説明

きのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法

【課題】広葉樹、針葉樹の木材、剪定枝、草木などに含まれるきのこ菌糸に対する成長阻害物質を分解除去するきのこ類培地基材の製造方法を提供する。
【解決手段】広葉樹、針葉樹の木材、剪定枝、草木などを粉砕したおが粉やチップなどの木質系材料を密閉容器内に充填し、容器内を飽和水蒸気圧曲線上の一定温度、一定圧力に保ち、さらに冷水シャワーを密閉容器内に噴射し木質系材料に水蒸気の衝撃波を与え植物組織の加水分解反応を促進し、木質系材料中に含まれる菌糸の成長阻害物質を、気体あるいは液体として木質系材料の外部に流出させ、実質的にリグニンとセルロースのみの菌成長阻害成分のない木質系材料を得きのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、きのこ類の人口培地に用いる培地基材の製造方法、特に針葉樹を原料に用いる培地基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食用きのこ類であるエノキタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、ナメコ、ヒラタケ、マイタケなどの培地は、通常の場合、おが粉、チップなどの培地基材にきのこの栄養剤である米ぬか、コーンコブなどの培地添加物などを加え、これをびん、袋、箱などの容器につめ、あるいは定型に保形して高圧殺菌釜(いわゆるオートクレーブ)内で120℃、1.2気圧、1時間を目安に殺菌し、冷却した後、種菌を接種することによって製造されてきた。
【0003】
まれに針葉樹のおが粉を混ぜて使うこともあったが、針葉樹にはタンニン、テルペン類などの菌糸成長阻害物質が多く含まれるという問題があり、多くの努力にもかかわらず広葉樹培地への混合割合は低く、20%以上の混入は収量、品質に影響が出るため、きのこ類の培地への針葉樹の本格使用は避けられてきた。
【0004】
しかしながら、近年広葉樹やコーンコブの入手が困難になり、新たな培地材料の開発が緊急の課題となっている。針葉樹のおが粉をきのこの培地に活用しようとする試みとして非特許文献1には、菌糸成長の阻害成分を針葉樹のおが粉から取り除く散水堆積処理を施して、タモギタケ、ヒラタケ、エノキタケといった栽培期間の短いきのこの生産に使用した例が記載されている。
【0005】
散水堆積の方法は、例えば底からだけ水が流れ出るようにした木箱におが粉を堆積し、数ヶ月間にわたり、例えば毎日一回定量の水を散水する処理であるが、栽培期間の長いきのこには、より長い散水処理を施すことが必要であるという問題がある。
【0006】
また、特許文献1には、きのこ類の培地用木質系材料を、針葉樹、広葉樹等を問わずに多用な材料から選択が可能なきのこ類の栽培方法が提案されている。特許文献1に記載されたきのこの栽培方法は、要するに乾燥した針葉樹又は広葉樹製のおが粉およびチップダストの混合物225kgに、米ぬか、ふすまなどの栄養剤を添加混合し、150〜300℃、1.0〜3.0t/cm2で1〜5分間、加熱加圧処理して円筒状の木質系培地材料とし、そして得られた木質系培地材料を加水して膨潤させ、袋に密閉して殺菌後、きのこ類を接種して栽培するというものである。
【0007】
そして、特許文献1に記載の方法によれば、培地の主要原料となるおが粉やチップなどの木質系材料を150〜300℃、1〜5分間という比較的高温かつ短時間の条件で前処理するとき、油脂やテルペン、フェノール化合物その他の揮発性の成分であって、菌糸の成長を阻害するものの量が減少するので、広葉樹以外の植物質材料をも培地材料として採用できるようになり、また1.5〜3t/cm2の高圧で処理した際、材料が軟化し、リグニンやセルロースなどが部分的に破壊され、短期間で菌が成長するようになるという作用効果が強調されている。
【0008】
ところで、一般に植物の細胞は、グルコースの高分子であるセリロース、キシロース、フルクトースの高分子であるヘミセルロース、そしてフェノール系(芳香族炭化水素)の高分子であるリグニンから作られた強固な細胞壁で細胞の一つ一つを侵入者から防護している。
【0009】
動物は抗体が体の隅々にまで行き渡った血液及びリンパ液中に存在して侵入者を攻撃するが、植物は侵入を防ぐことで自らの組織を護っている。従って植物細胞は、この最も外側(外部環境と接触する部分)を担当するリグニンにはビールスなどの侵入者や害虫などの破壊者を寄せ付けないための物理的堅固さと化学的忌避効果(菌糸の成長阻害効果)を備えている。
【0010】
きのこの菌(白色腐朽菌)にとって広葉樹と針葉樹の何が違うのかと言えば、木材の副成分であるタンニン及び樹脂成分(テルペン類)の多さ(針葉樹は広葉樹の約2〜2.5倍)である。これらは元はと言えば樹木の細胞組織がウィルスや細菌の侵入を防ぐために身につけた物質であり、きのこ菌にとっても例外ではない。すなわち、タンニン及び樹脂成分(テルペン類)の存在がきのこ類の培地として利用する場合往々にして邪魔をするのである。
【0011】
したがって特許文献1に記載されているように木質系材料を加熱、加圧処理して菌糸の成長阻害成分を減少できるのは事実であるが、特許文献1に記載されているような温度条件、圧力条件だけでは菌糸の成長阻害物質を完全に分解するのは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平6−54626
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】針葉樹おが粉の利用に適した道産品種の育成北海道立総合研究機構 平成14〜16年度 生産技術科、森主任林業専門技術員 (http://www.fpri.asahikawa.hokkaido.jp/rsjoho/40415014848.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
きのこの培地に針葉樹を用いる場合に、ある温度、圧力条件の下で培地の原料である木質系材料を軟化させ、組織を部分的に破壊するだけでは、おが粉中に含まれる菌糸の成長阻害物質を完全に分解除去するのは難しいという点である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、広葉樹、針葉樹を問わずその木材、剪定枝、草木などを粉砕しておが粉やチップなどの木質系材料を密閉容器内で加熱加圧し、容器の密閉環境内を一定温度、一定圧力に保ち、さらに冷水シャワーを容器内に噴射して木質系材料に水蒸気の衝撃波を与え、物理的、化学的に植物組織の加水分解反応を促進するものである。加水分解反応により菌糸の成長阻害物質は、気体あるいは液体として木質系材料の外部に流出し、実質的にリグニンとセルロースのみの菌成長阻害成分のない木質系材料を得ることを最大の特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、加水分解反応により木質系材料組織のセルロースは分解して一部糖化し、リグニンもフェノール系の物質に一部分解するとともに、ヘミセルロースは完全に分解して液化し、樹脂成分であるテルペン類や細胞内成分であるタンニンも気体又は液体となって木質系材料外へ流出するため、残った木質系材料のほとんどはリグニンとセルロースのみの有機体となる。従って、加水分解処理後得られた木質系材料に栄養剤を混合することによって、きのこ類にとって最適な条件を備えた培地を得ることができる。
【0017】
本発明によれば、針葉樹、広葉樹に関わりなく適用することができ、従って、従来菌糸の成長阻害物質を完全に分解するのは難しいとして従来は、殆ど利用されていなかった針葉樹、とりわけ針葉樹の間伐材をきのこ類の培地基材の原料に有効に活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】飽和水蒸気圧曲線を示すグラフである。
【図2】財団法人日本食品分析センターに依頼して行った高速液体クロマトグラフ法による「赤松のおが粉」中に含まれる成分の分析試験結果を示す分析試験成績表である。
【図3】図1の分析試験に用いた「赤松のおが粉」について、本発明による水蒸気の加水分解処理を行った後の「赤松のおが粉」中に含まれる成分の分析試験結果を示す分析試験成績表である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に本発明を説明する。本発明方法は、広葉樹、針葉樹を問わずその木材、剪定枝、草木などを粉砕しておが粉やチップなどの木質系材料(以下単に木質系材料という)の定量を密閉容器内に充填し、これとは別に、水蒸気発生源としての水分を容器の底部に入れて密閉し、密閉容器内を加熱、加圧して容器内の水分を蒸発させ、図1に示す飽和水蒸気圧曲線に沿って密閉容器内の温度、圧力を制御し、飽和水蒸気圧曲線上の一定の温度、圧力条件に達したときに密閉容器内に冷水シャワーを噴射するものである。
【0020】
冷水シャワーの噴射量、噴射時間は、密閉容器の容量にもよるが、密閉容器内の処理対象物上面全体に冷水シャワーの水滴がかかる程度の量の水量を数秒ないし数十秒間噴射する。また冷水の噴射回数は一回でよく、必ずしも繰り返し噴射する必要はない。
【0021】
密閉容器内に冷水シャワーを噴射すると、噴霧された冷水は、水滴となって木質系材料に吹き付けられ、木質系材料に吹き付けられた冷水シャワーの水滴は、木質系材料の表面に触れた瞬間に接触面の水蒸気が相移転して結露し、その体積が瞬間的に収縮するため、周囲の水蒸気(木質系材料内の水蒸気を含む)が衝撃波となって木質系材料表面を襲撃し、結果として木質系材料の全体に衝撃を与える。
【0022】
さらに、木質系材料を襲撃する水蒸気の運動エネルギーは、木質系材料への衝突によって瞬時に熱エネルギーに変化するため露結がおこり、その結果、連鎖反応的に相移転が進行して、水蒸気の衝撃波が振動的に発生する。このため木質系材料は、繰り返し水蒸気による衝撃を受け続ける。
【0023】
木質系材料は一定の温度、圧力条件の下で水蒸気の衝撃波の襲撃を繰り返し受けることにより、加水分解反応が進行してセルロース、ヘミセルロースは糖化し、リグニンもフェノール系の物質に分解するが、セルロース、リグニンの多くはそのまま固形成分として木質系材料中に残る。加水分解反応が終了後、冷却し、容器内から処理済の木質系材料の固形成分を取り出す。
【0024】
これに対し、菌糸の成長阻害物質である樹脂成分(テルペン類)および細胞内のタンニンは液体あるいは気体として木質系材料の外部へ流出し、残された木質系材料の固形成分中には菌糸の成長阻害物質は残らない。たとえ、菌糸の成長阻害物質が細胞内にすこし残ったとしても水蒸気による加水分解作用を受けて無害化される。最終的には木質系材料には、固形成分としてリグニンとセルロースのみが残される。樹脂成分(テルペン類)および細胞内のタンニンなどの液体や気体は、冷却後、必要により凝集して容器内から回収する。
【0025】
なお、リグニンは植物組織を物理的に硬く強固にすることによってウィルスや細菌の侵入を防ぎ、ヘミセルロースのアグリコンは侵入してきたウィルスや細菌の成長を阻害する役割を担っていた成分であるが、処理後これらの成分は木質系材料から除去され、リグニンとセルロースのみの菌阻害成分のない有機体となる。したがって、処理後得られた木質系材料を培地基材として他の栄養剤を混合し、きのこ類の培地に加工すれば菌糸の成長阻害物質を含まず、きのこ菌にとっては最適の生育環境を提供することが可能となる。
【0026】
本発明において、密閉容器内の温度、圧力は、図1に示す飽和水蒸気圧曲線に沿う温度、圧力域で加水分解処理を行うことが重要である。好ましい温度・圧力の範囲は、実験によって飽和水蒸気圧曲線上の125℃、2気圧〜140℃、3.6気圧の範囲内であることが確かめられた。植物組織成分を含む上記の温度・圧力領域で、密閉容器内の温度が図1に示す飽和水蒸気圧曲線に沿っていたとしても、飽和水蒸気圧曲線上から少しでも高い方へ外れると処理物は炭化し、低い方へ外れると分解が不完全となる。密閉容器内を一定温度、圧力に昇温、加圧あるいは、降温、減圧するに際しても図1に示す飽和水蒸気圧曲線に沿って温度、圧力を制御することが必要である。
【0027】
すなわち、密閉容器内の温度・圧力を、125℃、2気圧〜140℃、3.6気圧の範囲内にて密閉容器内の温度、圧力を一定に保つことで、密閉容器内に噴射された冷水シャワーの水滴に接触した周囲の水蒸気(木質系材料内の水蒸気を含む)が作る衝撃波として繰り返し木質系材料に作用させることができ、この結果、組織の分解を促進することができる。なお、液体あるいは気体として木質系材料の外部へ流出したフェノール系の成長阻害物質は、後に木搾オリゴ糖液として回収する。
【実施例】
【0028】
以下に本発明の実施例を示す。
図2は、財団法人日本食品分析センターに依頼して行った高速液体クロマトグラフ法による「赤松のおが粉」中に含まれる成分の分析試験結果を示すものである。「赤松のおが粉」中の、ブドウ糖、リグニン、セルロース、ヘミセルロースの含有量(重量%)を測定したところ、ブドウ糖は検出されず(含有量は0.05%以下)、リグニンは18.4%、セルロースは35.1%、ヘミセルロースは8.0%であった。
【0029】
次に図2の分析試験に用いた「赤松のおが粉」の5リットルを密閉容器(容量7.8リットル)内に充填し、容器内を133℃、3気圧に保ち、冷水シャワー(500cc)を10秒間噴射し、5時間にわたって水蒸気の加水分解処理を行った。図3は、加水分解処理後の「赤松のおが粉」中に含まれる成分の分析試験結果である。
【0030】
分析試験結果によれば、リグニンは10.6%、セルロースは19.2%、ヘミセルロースは0.7%であった。リグニン及びセルロースの含有量が処理前に比べて減少しているのは加水分解作用を受けて糖化(オリゴ糖)、あるいはフェノール系の物質に分解したからであるが、菌糸の成長阻害物質であるアグリコンを含むヘミセルロースの含有量は、0.7%に過ぎず、処理前の8.0%に比べて大幅に減少していることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に適用する木質系材料は、針葉樹、広葉樹の種類を問わないが、とりわけ針葉樹を用いることによって、入手が困難な広葉樹に代えて針葉樹の間伐材を有効に活用することができ、また加水分解処理によって得られた木質系材料は、きのこ類の栽培用培地素材として好適であるが、バイオ燃料、有機錯体金属の原料としても有効に活用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
広葉樹、針葉樹を問わずその木材、剪定枝、草木などを粉砕しておが粉やチップなどの木質系材料を密閉容器内で加熱加圧し、容器内を一定温度、一定圧力に保ち、さらに冷水シャワーを密閉容器内に噴射して木質系材料に水蒸気の衝撃波を与えて植物組織の加水分解反応を促進し、木質系材料中に含まれる菌糸の成長阻害物質を、気体あるいは液体として木質系材料の外部に流出させ、実質的にリグニンとセルロースのみの菌成長阻害成分のない木質系材料を得ることを特徴とするきのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。
【請求項2】
前記木質系材料を密閉容器内に充填して密閉し、密閉容器内を加熱、加圧し、飽和水蒸気圧曲線上の120℃、2気圧〜140℃、3.6気圧の範囲内の温度、圧力条件の下で密閉容器内に冷水シャワーを噴射して容器内に水滴を発生させることを特徴とする請求項1に記載のきのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。
【請求項3】
前記密閉容器内に冷水シャワーを噴射し、水滴となって木質系材料に吹き付けられた冷水シャワーによって発生する水蒸気の衝撃波を繰り返し木質系材料に作用させ、木質系材料の加水分解反応を進行させることを特徴とする請求項1に記載のきのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。
【請求項4】
前記冷水シャワーは、前記密閉容器内に定量を一度噴射するものであることを特徴とする請求項2に記載のきのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。
【請求項5】
前記密閉容器内を一定温度、圧力に昇温、加圧あるいは、降温、減圧するに際し、飽和水蒸気圧曲線に沿って密閉容器内の温度、圧力を制御することを特徴とする請求項2に記載のきのこ類の人工培地に用いる培地基材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−95585(P2012−95585A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−245267(P2010−245267)
【出願日】平成22年11月1日(2010.11.1)
【出願人】(592068510)
【Fターム(参考)】