説明

き裂進展挙動予測方法

【課題】評価時に得られたき裂の進展前後のデータからき裂進展速度を同定する。
【解決手段】進展前のき裂形状、進展後のき裂形状、進展前後間の時間t、および、き裂が無い状態における応力分布σを入力するステップと、き裂の進展前後における応力拡大係数Kを評価するステップと、き裂進展速度の式の材料定数同士を係数nを含む関係式として表して、カルマンフィルタに適用する材料定数βおよび係数nのパラメータを決定するステップと、材料定数βおよび係数nのパラメータに対して、き裂進展評価を行うステップと、進展前後間の時間を観測値としてカルマンフィルタを適用して確率密度関数を得るステップと、き裂長さcを観測値としてカルマンフィルタを適用して確率密度関数を得るステップと、得られた確率密度関数および確率密度関数を重ね合せることで、係数nおよび材料定数βを同定するステップと、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、き裂進展挙動予測方法に関するものであり、特に、き裂進展速度に適用する材料定数が未知の場合に材料定数を好適に同定してき裂進展挙動を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の表面き裂の進展解析方法および装置として、特許文献1には、構造部材の表面き裂の進展解析について、深さ方向と表面上(長さ方向)でのき裂進展特性の違いを考慮した表面き裂の進展解析方法および装置が開示されている。特許文献1で開示された表面き裂の進展解析方法および装置では、予め備えたき裂進展特性のデータベースから、き裂進展特性を読み込んでいる。
【0003】
また、金属部材の表面き裂深さ解析方法として、特許文献2には、表面き裂の進展度合いや構造物の残余寿命を高精度で評価できる金属部材の表面き裂深さ解析方法が開示されている。特許文献2で開示された金属部材の表面き裂深さ解析方法では、き裂の形状としてき裂深さのみを扱って評価している。
【0004】
一方で、微小硬度測定法による材料定数評価装置として、特許文献3には、微小領域・薄膜に関して材料定数の同定を可能にする材料定数評価装置が開示されている。特許文献3で開示された微小硬度測定法による材料定数評価装置では、材料定数の同定にカルマンフィルタを用いてステップ毎の繰返し処理により、最終ステップにおいて最適値を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−105673号公報
【特許文献2】特開2002−156325号公報
【特許文献3】特開2003−279458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、発電プラントの配管などの構造物の接合には、溶接が多く用いられる。溶接が行われると、溶接部近傍には残留応力(引張残留応力)が発生する。溶接部近傍に引張残留応力が付与されたまま高温純水中に長時間曝されると、応力腐食割れ(以下、SCC(Stress Corrosion Cracking)と称する)を発生するおそれがある。そして、溶接部近傍にSCCが発生して、かつ、SCCき裂進展速度が異方性を持つ場合、き裂深さ方向とき裂長さ方向の進展挙動が異なることも想定される。
【0007】
しかしながら、例えば特許文献2のように、き裂進展速度は、異方性を考慮せず一本のき裂進展速度線図として与えられる場合が多い。このようなき裂進展速度は、試験結果などを包絡するように決定されているため、実際のき裂進展速度よりも早い予測となることが考えられる。このため、き裂進展速度より算出されるき裂進展量についても、実際のき裂進展量より評価上のき裂進展量が多い保守側の評価となると考えられるが、異方性を持つ材料などでは、精度良く評価することが困難な場合も想定される。
【0008】
一方、特許文献1で開示された表面き裂の進展解析方法および装置では、き裂進展特性はデータベースから読み込むため、き裂進展速度の式が未知の材料に対しては、別途き裂進展速度の式を評価する必要がある。
【0009】
一般に、SCCき裂進展速度は、以下の式(1)および式(2)により定義される。ここで、aはき裂深さであり、cはき裂半長であり、tは時間であり、Kは応力拡大係数であり、α1 ,α2 ,β1 ,β2 は材料定数(但し、環境による影響も受ける)である。また、da/dtはき裂深さ方向のSCCき裂進展速度であり、dc/dtはき裂長さ方向のSCCき裂進展速度である。
【0010】
【数1】

【0011】
評価時に、材料定数α1 ,β1 (き裂深さ方向)は既知であり、初期のき裂形状(即ち、時間t=0におけるき裂深さaおよびき裂半長c)、評価時のき裂形状(即ち、時間t経過後のき裂深さaおよびき裂半長c)、および、その間の時間tが分かっているとすると、未知な材料定数α2 ,β2 (き裂長さ方向)は一意に決まる。
【0012】
ただし、き裂形状のみが一致するような材料定数α2 ,β2 の組合せは無限に存在する。また、時間tが一致するような材料定数α2 ,β2 の組合せも無限に存在する。このため、き裂形状と時間tの両方が一致するような材料定数α2 ,β2 の組合せを求める必要がある。
【0013】
ここで、式(1)、式(2)に示すように、材料定数α1 ,α2 は応力拡大係数Kの乗数であるの対して、材料定数β1 ,β2 は応力拡大係数Kの指数である。また、応力拡大係数Kは、き裂形状により異なるため、材料定数α2 ,β2を変化させると、き裂深さaとき裂半長cの履歴が変化して、応力拡大係数Kの履歴も変化する。このため、き裂の最深点と表面点を扱う必要がある、半楕円表面き裂などの場合は、特許文献2に記載の方法を直接適用することが困難となる。
【0014】
なお、評価に必要なき裂形状のデータは、例えば、発電プラントの定期検査の場合は定期検査毎のき裂形状に相当し、き裂進展試験の場合は逐次データに相当する。このように、評価に必要なき裂形状のデータを得ることも可能であるが、SCCき裂などを想定すると、バラツキも大きいため、進展前後の形状(初期時の形状と評価時の形状)から評価することができれば望ましい。
【0015】
そこで、本発明は、評価時に得られたき裂の進展前後のデータから、き裂進展速度を同定して、精度良くき裂進展挙動を予測することができるき裂進展挙動予測方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
このような課題を解決するために、本発明は、き裂進展速度式に適用する材料定数を同定してき裂進展挙動を予測するき裂進展挙動予測方法であって、進展前のき裂形状、進展後のき裂形状、進展前後間の時間、および、き裂が発生した面上の当該き裂が無い状態における応力分布を入力する入力ステップと、前記入力ステップで入力された値に基づいて、き裂の進展前後における応力拡大係数を評価する応力拡大係数評価ステップと、前記応力拡大係数評価ステップで評価された応力拡大係数から、前記き裂進展速度式の前記材料定数同士を係数を含む関係式として表して、前記材料定数のうちカルマンフィルタに適用する一方の材料定数および前記係数のパラメータを決定する決定ステップと、前記決定ステップで決定した前記一方の材料定数および前記係数のパラメータに対して、き裂進展評価を行うき裂進展評価ステップと、前記進展前後間の時間を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第1の確率密度関数を得る第1確率密度関数取得ステップと、前記き裂形状を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第2の確率密度関数を得る第2確率密度関数取得ステップと、得られた前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数を重ね合せることで、前記係数および前記一方の材料定数を同定する同定ステップと、を有することを特徴とするき裂進展挙動予測方法である。
【0017】
また、本発明は、き裂進展速度式に適用する材料定数を同定してき裂進展挙動を予測するき裂進展挙動予測方法であって、進展前のき裂形状、進展後のき裂形状、負荷の繰返し数、および、き裂が発生した面上の当該き裂が無い状態における応力分布の振幅を入力する入力ステップと、前記入力ステップで入力された値に基づいて、き裂の進展前後における応力拡大係数の振幅を評価する応力拡大係数評価ステップと、前記応力拡大係数評価ステップで評価された応力拡大係数の振幅から、前記き裂進展速度式の前記材料定数同士を係数を含む関係式として表して、前記材料定数のうちカルマンフィルタに適用する一方の材料定数および前記係数のパラメータを決定する決定ステップと、前記決定ステップで決定した前記一方の材料定数および前記係数のパラメータに対して、き裂進展評価を行うき裂進展評価ステップと、前記負荷の繰返し数を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第1の確率密度関数を得る第1確率密度関数取得ステップと、前記き裂形状を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第2の確率密度関数を得る第2確率密度関数取得ステップと、得られた前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数を重ね合せることで、前記係数および前記一方の材料定数を同定する同定ステップと、を有することを特徴とするき裂進展挙動予測方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、評価時に得られたき裂の進展前後のデータから、き裂進展速度を同定して、精度良くき裂進展挙動を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置の構成図である。
【図2】本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置の演算処理部の機能ブロック図である。
【図3】平板に導入したき裂状欠陥のSCCき裂進展試験を示す概略図である。
【図4】(a)は表面き裂の最深点と表面点を説明する図であり、(b)は表面き裂の最深点と表面点のき裂進展速度線図である。
【図5】本実施形態に係るき裂進展挙予測方法の流れを示すフローチャートである。
【図6】評価時間に対してカルマンフィルタを適用して得られた確率密度関数を表す図である。
【図7】き裂半長に対してカルマンフィルタを適用して得られた確率密度関数を表す図である。
【図8】評価時間とき裂半長に対してそれぞれカルマンフィルタを適用して得られた確率密度関数を重ね合せて得られた確率密度関数を表す図である。
【図9】目標とする実際のき裂進展速度と、本実施形態において得られたき裂進展速度の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態(以下「実施形態」という)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0021】
≪き裂進展挙動予測装置≫
図1は、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100の構成図である。
本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置(以下、「予測装置」と称する)100は、例えば、コンピュータ装置であり、入力部110と、電源投入時等のイニシャルブートプログラムが格納されているROM(Read Only Memory)120と、ワーキングメモリとして使用されるRAM(Random Access Memory)130と、OS(Operations System)、き裂進展速度に適用する材料定数を同定するためのアプリケーションプログラム、き裂進展挙動を予測するためのアプリケーションプログラムなどが格納されているHDD(Hard Disc Drive)140と、演算処理部としてのCPU(Central Processing Unit)150と、出力部160と、を備え、各部はバスラインで接続されている。
【0022】
図2は、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100の演算処理部の機能ブロック図である。
演算処理部としてのCPU150は、材料定数同定部151と、き裂進展挙動予測部152と、を有している。
CPU150は、HDD140に格納されているき裂進展速度に適用する材料定数を同定するためのアプリケーションプログラムを実行することにより、材料定数同定部151として機能するようになっている。材料定数同定部151は、入力部110から入力された情報に基づいて、き裂進展速度に適用する材料定数を同定し、その結果を出力部160に出力することができるようになっている。
また、CPU150は、HDD140に格納されているき裂進展挙動を予測するためのアプリケーションプログラムを実行することにより、き裂進展挙動予測部152として機能するようになっている。き裂進展挙動予測部152は、材料定数同定部151で同定された材料定数および入力部110から入力された情報に基づいて、き裂進展挙動を予測し、その結果を出力部160に出力することができるようになっている。
【0023】
≪き裂進展挙動予測方法≫
次に、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100を用いたき裂進展挙予測方法について説明する。なお、以下の説明において、SCCき裂進展試験を例に説明する。このため、先に「SCCき裂進展試験」および「き裂進展速度に適用する材料定数」について説明し、その後に「き裂進展挙予測方法(具体的には、後記するき裂進展速度に適用する材料定数を同定する方法)」について説明する。
【0024】
<SCCき裂進展試験>
まず、SCCき裂進展試験について、図3を用いて説明する。図3は、平板1に導入したき裂状欠陥のSCCき裂進展試験を示す概略図である。
平板1のき裂面3上に有する表面き裂2(後記する初期き裂4、進展後き裂5)について、SCCき裂進展試験を行う。
【0025】
まず、SCCき裂が発生する可能性のある例えばステンレス鋼製(またはニッケル合金製)の平板1を対象に、き裂面3上に放電加工によるノッチ(notch)を導入後、疲労き裂により初期き裂4を導入する。
【0026】
初期き裂4は、図3左上に示すように、初期き裂深さa0 と初期き裂長さ2c0 (初期き裂半長c0 )の半楕円表面き裂とする。なお、本評価では、a0 =0.0050[m]、c0 =0.0050[m]とした。また、平板1の厚さTは、T=0.02[m]とした。また、平板1の幅および長手方向長さは、無限として評価しても応力拡大係数Kへの影響は無視できる程度に、平板1の幅と長手方向長さが十分に大きいものとする。
【0027】
き裂面3上には、表面き裂2が無い状態において、残留応力分布(例えば、溶接が行われることにより溶接部近傍に発生した引張残留応力分布)が生じているものとする。
さらに、き裂面3上には、表面き裂2が無い状態において、残留応力を無視した場合に、250[MPa]の膜応力が発生する負荷を加える。
このとき、残留応力に負荷により生じる応力(膜応力)が加わると、き裂面3上の表面き裂2が無い状態の応力分布σ(y)は、有限要素法等により求めることができ、以下の式(3)で表されるものとする。
ここで、Tは平板1の厚さであり、yは平板1の表面き裂2側の表面から厚さ方向の距離である。
【0028】
【数2】

【0029】
負荷を加えた状態で、平板1をSCC環境に曝す。これにより、試験後、即ち、時間tが経過後には、進展後き裂5が得られる。なお、本評価では、t=34.4[年]である。
【0030】
進展後き裂5は、図3左下に示すように、進展後き裂深さa1 と進展後き裂長さ2c1 (進展後き裂半長c1 )に基づき、半楕円き裂形状の進展後き裂モデル6にモデル化する。なお、本評価では、a1 =0.0160[m]、c1 =0.0116[m]とした。また、平板1の厚さTは変化せず、T=0.02[m]とした。
【0031】
<き裂進展速度に適用する材料定数>
次に、図4を用いて、き裂進展速度について説明する。図4(a)は表面き裂2の最深点21と表面点22を説明する図であり、図4(b)は表面き裂2の最深点21と表面点22のき裂進展速度線図である。
【0032】
図4(a)に示すように、表面き裂2(初期き裂4、進展後き裂5の進展後き裂モデル6)は、半楕円表面き裂であり、最深点21と表面点22を扱う必要がある。
また、最深点21のき裂進展速度da/dtと表面点22のき裂進展速度dc/dtとは異方性を持ち、図4(b)に示すように、き裂進展速度da/dtまたはdc/dtと応力拡大係数Kを両対数グラフとして描画した時に、一本の直線で示されるものとする。
即ち、最深点21のき裂進展速度(き裂深さ方向のき裂進展速度)da/dtは以下の式(4)で表されるものとし、表面点22のき裂進展速度(き裂長さ方向のき裂進展速度)dc/dtは以下の式(5)で表されるものとする。ここで、KA はき裂の最深点21の応力拡大係数であり、KC はき裂の表面点22の応力拡大係数であり、αA およびβA はき裂深さ方向の材料定数であり、αC およびβC はき裂長さ方向の材料定数である。
【0033】
【数3】

【0034】
ここで、例えば引用文献2に示されるように、き裂深さ方向のき裂進展速度の解析は従来から行われており、従来の様々な実験結果等から、式(4)のき裂深さ方向の材料定数αA ,βA は既知であるものとする。なお、本評価では、αA =3×10-18、βA =5.186とした。
【0035】
よって、き裂長さ方向の材料定数αC ,βC を同定できれば、好適にき裂進展速度の予測をすることができる。
【0036】
<き裂進展速度に適用する材料定数の同定方法>
図5を用いて、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100の材料定数同定部151によるき裂長さ方向の材料定数αC ,βC を同定方法について説明する。図5は、本実施形態に係るき裂進展挙予測方法(き裂進展速度に適用する材料定数を同定する方法)の流れを示すフローチャートである。
【0037】
ステップS101において、予測装置100の材料定数同定部151は、既知の材料定数αA ,βA (最深点21のき裂進展速度da/dtの材料定数、き裂深さ方向の材料定数)の入力を受け付ける。なお、本評価では、αA =3×10-18、βA =5.186とした。
また、材料定数同定部151は、未知の材料定数βC (表面点22のき裂進展速度dc/dtの材料定数、き裂長さ方向の材料定数)の評価範囲の入力を受け付ける。ここで、材料定数β(βA 、βC )は、一般に2〜8の値を取ることが知られている。このため、本評価では、材料定数βC は、2から6の範囲で等間隔に5つのパラメータを設定した。即ち、βC =2,3,4,5,6とした。
さらに、このパラメータ(材料定数βC )について、最小を0、最大を1となるように正規化する(以下、正規化したβC をβCnor とする)。即ち、以下の式(6)で正規化すると、等間隔に設定した5つのパラメータはβCnor =0、0.25、0.5、0.75、1となる。
【0038】
【数4】

【0039】
作業者が、予測装置100の入力部110を操作して、材料定数αA ,βA および材料定数βC の評価範囲が入力されると、材料定数同定部151の処理は、ステップS104に進む。
【0040】
ステップS102において、予測装置100の材料定数同定部151は、初期き裂4の形状(初期き裂深さa0 、初期き裂半長c0 )、進展後き裂5の形状(進展後き裂深さa1 、進展後き裂半長c1 )、進展前から進展後までの時間t、および、平板1の厚さTの入力を受け付ける。なお、本評価では、a0 =0.0050[m]、c0 =0.0050[m]、a1 =0.0160[m]、c1 =0.0116[m]、t=34.4[年]、T=0.02[m]とした。
作業者が、予測装置100の入力部110を操作して、初期き裂4の形状(初期き裂深さa0 、初期き裂半長c0 )、進展後き裂5の形状(進展後き裂深さa1 、進展後き裂半長c1 )、進展前から進展後までの時間t、および、平板1の厚さTが入力されると、材料定数同定部151の処理は、ステップS104に進む。
【0041】
ステップS103において、予測装置100の材料定数同定部151は、き裂面3上の表面き裂2が無い状態の応力分布σ(y)の入力を受け付ける。なお、本評価では、応力分布σ(y)は式(3)に示すものとする。
作業者が、予測装置100の入力部110を操作して、き裂面3上の表面き裂2が無い状態の応力分布σ(y)が入力されると、材料定数同定部151の処理は、ステップS104に進む。
【0042】
ステップS101からステップS103の入力が全て完了すると、ステップS104において、予測装置100の材料定数同定部151は、初期き裂深さa0 、初期き裂半長c0 、進展後き裂深さa1 、進展後き裂半長c1 、および、応力分布σ(y)から、進展前の表面き裂2の表面点22の応力拡大係数K0 および進展後の表面き裂2の表面点22の応力拡大係数Kmax を評価して、進展前後の応力拡大係数の平均値Kave (=K0 /2+Kmax /2)を算出する。
【0043】
ステップS105において、予測装置100の材料定数同定部151は、ステップS104で算出した進展前後の応力拡大係数の平均値Kave を用いて、未知の材料定数αC (表面点22のき裂進展速度dc/dtの材料定数、き裂長さ方向の材料定数)を、以下の式(7)で定義し、材料定数αC の取り得る範囲を決定する。
【0044】
【数5】

【0045】
ここで、Fは、材料定数αC の取り得る範囲を決定する係数となる。ここでは、F=10とした。また、係数nは、n=−1、−0.5、0、0.5、1として、材料定数βC と同様に、等間隔に5つのパラメータを設定した。即ち、Fn =1/10,(1/10)0.5,1,100.5,10とした。
さらに、このパラメータ(係数n)について、最小を0、最大を1となるように正規化する。即ち、以下の式(8)で正規化する(以下、正規化したnをnnor とする)と、等間隔に設定した5つのパラメータはnnor =0、0.25、0.5、0.75、1となる。
【0046】
【数6】

【0047】
これにより、材料定数βC (正規化されたβCnor )および係数n(正規化されたnnor )を等間隔に配置した5×5のマトリクスが設定される。
【0048】
ステップS106において、予測装置100の材料定数同定部151は、設定した材料定数βC (正規化されたβCnor )と係数n(正規化されたnnor )の5×5=25通りの組み合せについて、式(7)よりそれぞれの材料定数αC を求める。そして、材料定数αC と材料定数βC の5×5=25通りの組み合せについて、き裂進展評価を行う。
なお、ステップS106におけるき裂進展評価には、影響関数法を適用した。影響関数法により、任意の分布応力場に対してき裂進展挙動が短時間に評価される。
【0049】
なお、影響関数法を用いたき裂進展評価は、一般に、時間増分Δt毎の進展量を評価して、き裂形状を更新する繰返し計算により評価される。本評価では、5×5=25通りのパラメータに対して評価するため、設定したパラメータによっては、非常に長い評価時間tとなることが想定される。この場合、繰り返し計算の回数が増加して、評価結果が得られるまでの計算時間が長くなる。
このため、本実施形態のき裂進展評価では、き裂深さ増分Δa毎に必要な進展時間を評価して、き裂形状を更新する繰返し計算により評価した。本評価では、繰返し計算が100回となるようにΔa(即ち、Δa=(a1 −a0 )/100)を設定した。これにより、どのようなパラメータの設定に対しても一定時間で評価結果が得られる。
【0050】
ステップS106における25通りのき裂進展評価が終了すると、材料定数同定部151の処理は、ステップS107およびステップS108に進む。
【0051】
ステップS107において、予測装置100の材料定数同定部151は、時間tに対してカルマンフィルタを適用する。これにより、図6に示す確率密度関数41が得られる。図6に示すように、確率密度関数41は、ピークとなる位置、即ち、取り得るパラメータの組み合わせ(nnor 、βCnor )が複数存在している。
そして、材料定数同定部151の処理は、ステップS109に進む。
【0052】
ステップS108において、予測装置100の材料定数同定部151は、進展後き裂半長c1 に対してカルマンフィルタを適用する。これにより、図7に示す確率密度関数42が得られる。図7に示すように、確率密度関数42は、ピークとなる位置、即ち、取り得るパラメータの組み合わせ(nnor 、βCnor )が複数存在している。
そして、材料定数同定部151の処理は、ステップS109に進む。
【0053】
ステップS107およびステップS108の処理が全て完了すると、ステップS109において、予測装置100の材料定数同定部151は、ステップS107で得た確率密度関数41(図6参照)とステップS108で得た確率密度関数42(図7参照)とを重ね合わせる(積算する)。これにより、図8に示す確率密度関数43が得られる。図8に示すように、確率密度関数43は、一つの大きなピークを示している。
【0054】
ステップS110において、予測装置100の材料定数同定部151は、材料係数αC ,βCを推定(同定)する。
具体的には、まず、ステップS109で得られた確率密度関数43(図8参照)におけるピークとなる位置のパラメータの組み合わせ(nnor 、βCnor )を抽出し、式(6)および式(8)を用いて、係数nと材料定数βC に変換する。これにより、本評価では、係数n=0.04、材料定数βC =4.0と同定された。
次に、同定された係数n、材料定数βC を式(7)に代入して、材料定数αC を同定する。これにより、本評価では、材料定数αC =1.41×10-17と同定された。
【0055】
図5に示す処理によって同定された材料定数αC,βC (αC =1.41×10-17、βC =4.0)を用いてき裂進展評価を行った。
結果は、時間t=16.6[年]において、a1 =0.0160[m]、c1 =0.0156[m]となった。
なお、目標値(即ちステップS102で入力したt,a1 ,c1 )は、時間t=34.4[年]において、a1 =0.0160[m]、c1 =0.0116[m]であり、評価時間tに20年程度の誤差が生じた。
【0056】
このため、ステップS105で材料定数αC の取り得る範囲を決定する係数FをF=10からF=2へと変更して、再度、ステップS105からステップS110を実行した。
F=2として図5に示す処理を実行することにより、材料定数αC,βC は、αC =4.73×10-18、βC =4.08と同定された。
【0057】
F=2として同定された材料定数αC,βC (αC =4.73×10-18、βC =4.08)を用いてき裂進展評価を行った。
結果は、時間t=28.2[年]において、a1 =0.016[m]、c1 =0.0125[m]となった。
【0058】
図9は、目標とする実際のき裂進展速度と、本実施形態において得られたき裂進展速度の評価結果を示す図である。
き裂進展速度51は実際のき裂進展速度であり、き裂進展速度52はF=10として同定された材料定数αC,βC を式(7)に代入したき裂進展速度であり、き裂進展速度53はF=2として同定された材料定数αC,βC を式(7)に代入したき裂進展速度である。
図9に示すように、実際のき裂進展速度51と、F=2に対するき裂進展速度53とは、非常に良く一致していることが確認される。
【0059】
本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100(き裂進展挙予測方法)によれば、き裂進展速度に異方性を持つ材料のき裂進展速度について、き裂進展挙動の途中経過が未知であっても、き裂の進展前後の状態(初期き裂4の状態、進展後き裂5の状態)から、短時間に精度良く評価することができる。
【0060】
また、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100(き裂進展挙予測方法)によれば、き裂進展速度の材料定数αC と材料定数βC を関係式(式(7)参照)として扱うことで、一方の材料定数(βC )のパラメータを決定すると、他方の材料定数(αC )のパラメータの範囲を決定することで可能となり、関係式中の係数をパラメータとして扱うことによりカルマンフィルタを適用可能とする。
【0061】
また、半楕円表面き裂に対して、き裂深さ方向とき裂長さ方向のき裂進展速度式が異なる場合に、パラメータを変化させると、き裂形状の履歴が変化して、さらには応力拡大係数の履歴が変化する。本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100(き裂進展挙予測方法)によれば、応力拡大係数の履歴が変化を考慮してき裂進展速度式の材料定数(αC、βC )を同定することが可能となる。
【0062】
また、ステップS106において、パラメータに対するき裂進展評価に対しては、き裂進展前後のき裂形状を入力パラメータとして、き裂深さ増分に基づいてき裂進展評価を行うことで、き裂進展評価に要する時間を一定とすることができる。このような方法により、実際に得られたき裂の進展データから、き裂進展速度を同定することで、精度の良いき裂の進展挙動の予測を可能にする。
【0063】
<変形例>
なお、本実施形態に係るき裂進展挙動予測装置100(き裂進展挙予測方法)は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の変更が可能である。
【0064】
本実施形態においては、SCCき裂を対象として説明したが、これに限られるものではなく、疲労によるき裂であってもよい。この場合、SCCき裂の応力分布σ、応力拡大係数K、時間tを、疲労き裂の応力分布の振幅Δσ、応力拡大係数の振幅ΔK、負荷の繰り返し数Nと読み替えればよく、同様の効果が得られる。
【0065】
ところで、ステップS109において、確率密度関数43(図8参照)にピークが現れない場合が考えられる。これは、ステップS101の未知の材料定数βCの評価範囲、および/または、ステップS105の材料定数αC の取り得る範囲を決定する係数Fの設定が適切でないことによる。この場合には、材料定数βCの評価範囲が広くなるように、および/または、係数Fが大きくなるように再設定して、再度、図5に示す処理を実行することにより、確率密度関数43(図8参照)にピークが現れるようにし、材料定数(αC、βC )を同定することが可能となる。
【0066】
なお、本実施形態においては、係数FをF=10からF=2へと変更して、ステップS105からステップS110を再度実行することにより、材料定数(αC、βC )を好適に同定するものとして説明したが、これに限られるものではない。この際、ステップS101で入力する材料定数βC の評価範囲を変更して、図5に示す処理を再度実行するものであってもよい。
この場合、最初の処理で同定された材料定数βC が、材料定数βC の評価範囲の略中心となるように(即ち、βCnor =0.5)材料定数βC の評価範囲を設定することが望ましい。また、材料定数βC の評価範囲の幅が小さくなるように設定することが望ましい。これにより、より好適に材料定数(αC、βC )を同定することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 平板
2 表面き裂
3 き裂面
4 初期き裂
5 進展後き裂
6 進展後き裂モデル
21 最深点
22 表面点
41,42,43 確率密度関数
51,52,53 き裂進展速度
100 き裂進展挙動予測装置(予測装置)
110 入力部
120 ROM
130 RAM
140 HDD
150 CPU(演算処理部)
151 材料定数同定部
152 き裂進展挙動予測部
160 出力部
αA C A C 材料定数
da/dt,dc/dt き裂進展速度
a き裂深さ(き裂形状)
c き裂半長(き裂形状)
2c き裂長さ(き裂形状)
0 初期き裂深さ(進展前のき裂形状)
0 初期き裂半長(進展前のき裂形状)
2c0 初期き裂長さ(進展前のき裂形状)
1 進展後き裂深さ(進展後のき裂形状)
1 進展後き裂半長(進展後のき裂形状)
2c1 進展後き裂長さ(進展後のき裂形状)
n 係数
T 厚さ
t 時間(進展前後間の時間)
K,KA ,KC 応力拡大係数
0 応力拡大係数(進展前の応力拡大係数)
max 応力拡大係数(進展後の応力拡大係数)
σ 応力分布
ave 進展前後の応力拡大係数の平均値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
き裂進展速度の式に適用する材料定数を同定してき裂進展挙動を予測するき裂進展挙動予測方法であって、
進展前のき裂形状、進展後のき裂形状、進展前後間の時間、および、き裂が発生した面上の当該き裂が無い状態における応力分布を入力する入力ステップと、
前記入力ステップで入力された値に基づいて、き裂の進展前後における応力拡大係数を評価する応力拡大係数評価ステップと、
前記応力拡大係数評価ステップで評価された応力拡大係数から、前記き裂進展速度の式の前記材料定数同士を係数を含む関係式として表して、前記材料定数のうちカルマンフィルタに適用する一方の材料定数および前記係数のパラメータを決定する決定ステップと、
前記決定ステップで決定した前記一方の材料定数および前記係数のパラメータに対して、き裂進展評価を行うき裂進展評価ステップと、
前記進展前後間の時間を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第1の確率密度関数を得る第1確率密度関数取得ステップと、
前記き裂形状を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第2の確率密度関数を得る第2確率密度関数取得ステップと、
得られた前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数を重ね合せることで、前記係数および前記一方の材料定数を同定する同定ステップと、を有する
ことを特徴とするき裂進展挙動予測方法。
【請求項2】
前記進展前のき裂形状および前記進展後のき裂形状について、
き裂深さとき裂長さにより表される半楕円形状の表面き裂としてモデル化し、
前記き裂進展評価ステップにおいて、
前記表面き裂の最深点および表面点のき裂進展速度によりき裂進進展評価する
ことを特徴とする請求項1に記載のき裂進展挙動予測方法。
【請求項3】
前記き裂進展評価ステップにおいて、
前記き裂形状に対して前記き裂深さの増分を設定して、
当該き裂深さの増分毎のき裂進展時間を評価することで、前記決定ステップで決定したパラメータに対して予測される、入力された進展後のき裂深さに到達した時の、前記き裂進展時間および前記き裂長さを得る
ことを特徴とする請求項2に記載のき裂進展挙動予測方法。
【請求項4】
前記き裂進展速度は、前記き裂深さ方向と前記き裂長さ方向とで、異方性を有し、いずれか一方向の材料定数は既知であって、
前記入力ステップにおいて、
前記既知の一方向の材料定数を更に入力する
ことを特徴とする請求項2に記載のき裂進展挙動予測方法。
【請求項5】
前記き裂進展速度式は、応力拡大係数の乗数となる第1材料定数および応力拡大係数の指数となる第2材料定数により表され、
前記同定ステップにおいて、
同定された前記係数および前記一方の材料定数から前記関係式により、他方の材料定数を同定する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のき裂進展挙動予測方法。
【請求項6】
前記関係式は、
き裂の進展前後における応力拡大係数の平均値により、他方の材料定数を同定する
ことを特徴とする請求項5に記載のき裂進展挙動予測方法。
【請求項7】
き裂進展速度式に適用する材料定数を同定してき裂進展挙動を予測するき裂進展挙動予測方法であって、
進展前のき裂形状、進展後のき裂形状、負荷の繰返し数、および、き裂が発生した面上の当該き裂が無い状態における応力分布の振幅を入力する入力ステップと、
前記入力ステップで入力された値に基づいて、き裂の進展前後における応力拡大係数の振幅を評価する応力拡大係数評価ステップと、
前記応力拡大係数評価ステップで評価された応力拡大係数の振幅から、前記き裂進展速度式の前記材料定数同士を係数を含む関係式として表して、前記材料定数のうちカルマンフィルタに適用する一方の材料定数および前記係数のパラメータを決定する決定ステップと、
前記決定ステップで決定した前記一方の材料定数および前記係数のパラメータに対して、き裂進展評価を行うき裂進展評価ステップと、
前記負荷の繰返し数を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第1の確率密度関数を得る第1確率密度関数取得ステップと、
前記き裂形状を観測値としてカルマンフィルタを適用して、第2の確率密度関数を得る第2確率密度関数取得ステップと、
得られた前記第1の確率密度関数および前記第2の確率密度関数を重ね合せることで、前記係数および前記一方の材料定数を同定する同定ステップと、を有する
ことを特徴とするき裂進展挙動予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−96862(P2013−96862A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−240441(P2011−240441)
【出願日】平成23年11月1日(2011.11.1)
【出願人】(507250427)日立GEニュークリア・エナジー株式会社 (858)
【Fターム(参考)】