説明

しきい光電子分光装置およびしきい光電子分光方法

【課題】しきい光電子分光を効率的に行うことができる装置および方法を提供する。
【解決手段】しきい光電子分光装置1は、第1光源10、第2光源20、照射光学系30、真空容器40、分子線生成部50、撮像部60および検出部70を備える。準備段階において、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第1光源による第1パルス光出力タイミングを各値に設定して、分子線生成部による分子線生成,第1光源による第1パルス光出力および撮像部による蛍光撮像を行う。続く測定段階において、準備段階で撮像部による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第2光源による第2パルス光出力タイミングを設定するとともに、分子線への第2パルス光の照射位置を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、しきい光電子分光装置およびしきい光電子分光方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光電子分光技術は、被測定試料にパルス光(一般にUV光〜X線)を入射させたときに該被測定試料から放出される光電子のエネルギスペクトルを分析することにより、その被測定試料の表面近傍領域の元素組成や元素の結合情報を得ることができる。このような光電子分光技術は、例えば生体分子や有機分子の電子状態を計測することができる。光電子分光技術の一方式として、しきい光電子分光技術が知られている。
【0003】
図8は、しきい光電子分光技術の基本的原理を説明する図である。この図は、電子のエネルギレベルを模式的に示している。エネルギhνの光101が被測定試料に照射されて、その被測定試料中の元素の電子102が励起されると、その元素がイオン化されるとともに、光電子103a,103bが放出される。放出される光電子103a,103bの運動エネルギEは下記式で表される。ここで、hはプランク定数であり、νは光周波数であり、IPは真空準位104までのイオン化エネルギである。
E=hν−IP
【0004】
運動エネルギEが0超である光電子103aは、イオン化点を中心にして散逸する。その散逸の速さは、光電子103aの運動エネルギEにより定まる。一般的な光電子分光技術は、このような散逸する光電子103aの運動エネルギEのスペクトルを分析することで、被測定試料の分子内の電子準位を求めるものである。
【0005】
一方、照射光101のエネルギhνがイオン化エネルギIPと一致した場合、放出された光電子103bは、運動エネルギEが0であるので、イオン化点に留まる。このような光電子103bは、しきい光電子と呼ばれる。しきい光電子分光技術は、照射光101のエネルギhνの各値について、しきい光電子を選択的に検出して、エネルギスペクトルを求めることで、被測定試料の分子内の電子準位を求めるものである。
【0006】
このようなしきい光電子分光技術は、一般的な光電子分光技術と比較すると、装置構成がコンパクトであり、エネルギ分解能が優れ、感度が高い、という利点を有している。また、一般的な光電子分光技術では被測定試料は主に固体試料であるのに対して、しきい光電子分光技術では被測定試料は液体試料や気体試料も可能である。したがって、しきい光電子分光技術では、タンパク質やDNA等の生体試料の観測も容易である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しきい光電子分光技術は、高速バルブにより真空容器内に被測定試料の分子線を生成し、その分子線にパルス光を照射して光電子を生成させ、その光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する。しかし、分子線生成タイミングに対するパルス光出力タイミングや分子線へのパルス光照射位置によっては、しきい光電子の発生および検出を効率的に行うことが困難である。パルス光出力タイミングおよびパルス光照射位置それぞれを走査することで最適条件を探索することも可能であるが、これでは長時間を要し非効率的である。
【0008】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、しきい光電子分光を効率的に行うことができる装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のしきい光電子分光装置は、(1) 真空容器内に被測定試料の分子線を生成する分子線生成部と、(2) 分子線生成部により生成された分子線から蛍光を発生させるための第1パルス光を出力する第1光源と、(3) 分子線生成部により生成された分子線をイオン化して光電子を発生させるための波長可変の第2パルス光を出力する第2光源と、(4) 第1光源から出力される第1パルス光と第2光源から出力される第2パルス光とを真空容器内に導いて分子線に照射する照射光学系と、(5) 第1光源から出力される第1パルス光が照射光学系を経て分子線に照射されたときに分子線で発生した蛍光を撮像する撮像部と、(6) 第2光源から出力される第2パルス光が照射光学系を経て分子線に照射されたときに分子線で発生した光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する検出部と、を備えることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明のしきい光電子分光装置は、(a) 準備段階において、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第1光源による第1パルス光出力タイミングを各値に設定して、分子線生成部による分子線生成,第1光源による第1パルス光出力および撮像部による蛍光撮像を行い、(b) 測定段階において、準備段階で撮像部による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第2光源による第2パルス光出力タイミングを設定するとともに、分子線への第2パルス光の照射位置を設定して、第2パルス光の各波長について、分子線生成部による分子線生成,第2光源による第2パルス光出力および検出部によるしきい光電子検出を行うことを特徴とする。
【0011】
本発明のしきい光電子分光装置では、第1光源および第2光源が共通の光源であってもよい。また、第1光源および第2光源が別個の光源であってもよく、照射光学系が、第1光源から出力される第1パルス光および第2光源から出力される第2パルス光の一方を選択的に分子線に照射してもよい。
【0012】
本発明のしきい光電子分光方法は、(1) 真空容器内に被測定試料の分子線を生成する分子線生成部と、(2) 分子線生成部により生成された分子線から蛍光を発生させるための第1パルス光を出力する第1光源と、(3) 分子線生成部により生成された分子線をイオン化して光電子を発生させるための波長可変の第2パルス光を出力する第2光源と、(4) 第1光源から出力される第1パルス光と第2光源から出力される第2パルス光とを真空容器内に導いて分子線に照射する照射光学系と、(5) 第1光源から出力される第1パルス光が照射光学系を経て分子線に照射されたときに分子線で発生した蛍光を撮像する撮像部と、(6) 第2光源から出力される第2パルス光が照射光学系を経て分子線に照射されたときに分子線で発生した光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する検出部と、を用いることを特徴とする。
【0013】
さらに、本発明のしきい光電子分光方法は、(a) 準備段階において、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第1光源による第1パルス光出力タイミングを各値に設定して、分子線生成部による分子線生成,第1光源による第1パルス光出力および撮像部による蛍光撮像を行い、(b) 測定段階において、準備段階で撮像部による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部による分子線生成タイミングに対する第2光源による第2パルス光出力タイミングを設定するとともに、分子線への第2パルス光の照射位置を設定して、第2パルス光の各波長について、分子線生成部による分子線生成,第2光源による第2パルス光出力および検出部によるしきい光電子検出を行うことを特徴とする。
【0014】
本発明のしきい光電子分光方法では、第1光源および第2光源として共通の光源を用いてもよい。また、第1光源および第2光源として別個の光源を用いてもよく、第1光源から出力される第1パルス光および第2光源から出力される第2パルス光の一方を照射光学系により選択的に分子線に照射してもよい。
【0015】
また、本発明のしきい光電子分光方法では、準備段階において、蛍光物質を混入させた被測定試料の分子線を分子線生成部により生成させてもよいし、蛍光分子で標識された被測定試料の分子線を分子線生成部により生成させてもよいし、また、自ら蛍光を発生させる被測定試料の分子線を分子線生成部により生成させてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、しきい光電子分光を効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】第1実施形態のしきい光電子分光装置1の構成を示す断面図である。
【図2】第1実施形態のしきい光電子分光装置1の構成を示す断面図である。
【図3】第1実施形態のしきい光電子分光装置1の動作例を示すフローチャートである。
【図4】撮像部60により得られた蛍光像の一例を示す写真である。
【図5】第1実施形態のしきい光電子分光装置1における第2パルス光L2の出力タイミングおよび検出部70の電極73,71,72の各電圧値の時間的変化を示すタイミングチャートである。
【図6】第2実施形態のしきい光電子分光装置2の構成を示す断面図である。
【図7】第3実施形態のしきい光電子分光装置3の構成を示す断面図である。
【図8】しきい光電子分光技術の基本的原理を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0019】
(第1実施形態)
【0020】
図1および図2は、第1実施形態のしきい光電子分光装置1の構成を示す断面図である。第1実施形態のしきい光電子分光装置1は、第1光源10、第2光源20、照射光学系30、真空容器40、分子線生成部50、撮像部60および検出部70を備える。図1は、分子線生成部50により生成される分子線Mの飛行方向にしきい光電子分光装置1を見た断面図である。図2は、その分子線Mに照射されるパルス光L1,L2の照射方向にしきい光電子分光装置1を見た断面図である。分子線Mの飛行方向と、分子線Mに照射されるパルス光L1,L2の照射方向とは、互いに直交している。
【0021】
分子線生成部50は、真空容器40内に被測定試料Sの分子線Mを生成するものであって、高速バルブ51およびスキマ52を含む。高速バルブ51は試料Sを噴出する。スキマ52は、高速バルブ51が噴出した試料Sをコリメートし、これを分子線Mとして真空容器40内に導入する。
【0022】
第1光源10は、分子線生成部50により生成された分子線Mから蛍光Fを発生させるための第1パルス光L1を出力する。第1光源10は、例えば、キセノンフラッシュランプ11を含み、このキセノンフラッシュランプ11から出力されるパルス光をレンズ12によりコリメートして出力する。
【0023】
第2光源20は、分子線生成部50により生成された分子線Mをイオン化して光電子を発生させるための波長可変の第2パルス光L2を出力する。第2光源20として例えばエキシマレーザ光源が用いられる。
【0024】
照射光学系30は、第1光源10から出力される第1パルス光L1を真空容器40内に導いて分子線Mに照射するとともに、第2光源20から出力される第2パルス光L2を真空容器40内に導いて分子線Mに照射する。照射光学系30は、アパーチャ31、ミラー32およびレンズ33を含む。これらのうちミラー32およびレンズ33それぞれは、所定位置への配置と待避とが自在である。
【0025】
照射光学系30は、第1光源10から出力される第1パルス光L1を真空容器40内に導くときには、ミラー32を所定位置に配置するとともにレンズ33を待避させて、第1パルス光L1をミラー32により反射させて真空容器40内に導く。一方、照射光学系30は、第2光源20から出力される第2パルス光L2を真空容器40内に導くときには、ミラー32を待避させるとともにレンズ33を所定位置に配置して、第2パルス光L2をアパーチャ31によりビーム整形しレンズ33により収斂させて真空容器40内に導く。
【0026】
真空容器40は、内部を減圧下に維持することができる容器であって、パルス光L1,L2を内部に導入するための入射窓41と、パルス光L1が照射された分子線Mで発生した蛍光Fを外部へ出力する出射窓42と、出射窓42に設けられたフィルタ43とを含む。出射窓42は、入射窓41を経て内部に導入されたパルス光L1,L2が到達し得る位置に設けられる。フィルタ43は、パルス光L1,L2を遮断し、蛍光Fを選択的に透過させることができる。また、フィルタ43は、パルス光L1,L2の照射により蛍光を発生させることはない。フィルタ43は、例えばポリスチレン等のプラスチックにより構成されるのが好適である。
【0027】
撮像部60は、第1光源10から出力される第1パルス光L1が分子線Mに照射されたときに分子線Mで発生した蛍光Fを撮像する。
【0028】
検出部70は、第2光源20から出力される第2パルス光L2が分子線Mに照射されたときに分子線Mで発生した光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する。検出部70は真空容器40内に設けられている。検出部70は電極71〜75および電子検出器76を含む。
【0029】
加速用電極71,72は、分子線Mへのパルス光L1,L2の照射位置を挟んで対向して設けられていている。加速用電極71,72のうち電子検出器76に近い位置に設けられている加速用電極72を加速用電極71に対して正電圧として、両者間に電界(例えば電位勾配1.0〜10V/cm程度)を形成することにより、しきい光電子をイオン化点から電子検出器76へ向けて移動させることができる。加速用電極72は、メッシュ電極となっており、しきい光電子をイオン化点から電子検出器76へ向けて透過させることができる。
【0030】
遮蔽用電極73,74は、加速用電極72と電子検出器76との間のしきい光電子移動経路を挟んで対向して設けられている。遮蔽用電極73,74は、両者間に電界(例えば電位勾配10V/cm程度)を形成することにより、運動エネルギEを有する光電子が電子検出器76に到達することを防止することができる。
【0031】
電場漏洩防止用電極75は、電子検出器76の前面に設けられ、接地電位とされることにより、電子検出器76の電位の漏れを防ぐことができる。電場漏洩防止用電極75は、メッシュ電極となっており、しきい光電子を電子検出器76へ透過させることができる。
【0032】
電子検出器76は、電場漏洩防止用電極75を透過したしきい光電子を検出し、その検出した光電子量に応じた値の電気信号を出力する。電子検出器76は例えばチャンネルトロンである。
【0033】
次に、第1実施形態のしきい光電子分光装置1の動作について説明するとともに、第1実施形態のしきい光電子分光方法について説明する。図3は、第1実施形態のしきい光電子分光装置1の動作例を示すフローチャートである。しきい光電子分光装置1では、準備段階の動作の後に測定段階の動作が行われる。
【0034】
準備段階において、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する第1光源10による第1パルス光出力タイミングが各値に設定されて、分子線生成部50による分子線生成,第1光源10による第1パルス光出力および撮像部60による蛍光撮像が行われる。具体的には準備段階ではステップS1〜S6の各工程が順次に行われる。
【0035】
ステップS1では、第1光源10から出力される第1パルス光L1の照射により励起されて蛍光を発する蛍光物質が試料Sに混入される。或いは、このような蛍光分子で試料Sが標識される。或いは、試料Sが第1パルス光L1の照射により励起されて蛍光を発する場合には、試料Sそのままでもよい。
【0036】
ステップS2では、第1パルス光L1の光路上の所定位置にミラー32が配置されるとともに、第1パルス光L1の光路上からレンズ33が待避される。
【0037】
ステップS3では、分子線生成部50において、試料Sが高速バルブ51からスキマ52を介して真空容器40内に噴出されて分子線Mが形成される。
【0038】
ステップS4では、分子線生成部50による分子線生成タイミング(すなわち高速バルブ51動作タイミング)に対して、第1光源10による第1パルス光出力タイミングが各値に設定されて、第1光源10から第1パルス光L1が出力される。その第1パルス光L1は、ミラー32により反射され、入射窓41を経て真空容器40内に導入され、電極71と電極72との間の空間に照射される。この照射時の第1パルス光L1のビーム径は、入射窓41の径と同程度とされる。もし、第1パルス光L1の照射時に分子線Mが存在していれば、その分子線Mで蛍光Fが発生する。
【0039】
ステップS5では、分子線Mで発生し出射窓42およびフィルタ43を経て外部に出力された蛍光Fは、撮像部60により撮像される。このとき、撮像部60の焦点は分子線Mの位置になるよう調整されている。撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像(すなわち、蛍光物質の発光形状や強度分布)は分子線Mの形状や濃度を反映しているので、分子線Mの状態が観測され得る。なお、第1パルス光L1はフィルタ43により遮断され、また、第1パルス光L1が入射したフィルタ43において蛍光が発生することがないので、低ノイズの蛍光像が撮像部60により得られる。
【0040】
図4は、撮像部60により得られた蛍光像の一例を示す写真である。ここでは、試料Sとして蛍光物質PPOが用いられ、スキマ52が設けられることなく、高速バルブ51から直接に真空容器40内に分子線Mが生成された。この例の場合、分子線Mは幾つかのクラスタになっていることが判る。
【0041】
ステップS6では、撮像部60により得られた蛍光像が解析される。この解析では、分子線Mへの第1パルス光L1の照射タイミングおよび照射位置が適切であるか否かが判断される。もし、第1パルス光L1の照射タイミングおよび照射位置が適切であると判断されれば測定段階に移行し、適切でないと判断されればステップS1〜S6が繰り返される。この繰り返しに際して、分子線Mへの第1パルス光L1の照射タイミングおよび照射位置が適切なものとなるまで、第1パルス光L1の照射タイミングおよび照射位置が種々に設定される。なお、分子線Mへの第1パルス光L1の照射位置の設定は、第1光源10を移動させることにより行われてもよいし、分子線生成部50のバルブ51やスキマ52を移動させることにより行われてもよい。
【0042】
このようにして準備段階において分子線Mへのパルス光の照射タイミングおよび照射位置の適切な条件が決定されると、測定段階に移行する。測定段階においては、準備段階で撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する第2光源20による第2パルス光出力タイミングが設定されるとともに、分子線Mへの第2パルス光L2の照射位置が設定されて、第2パルス光L2の各波長について、分子線生成部50による分子線生成,第2光源20による第2パルス光出力および検出部70によるしきい光電子検出が行われる。具体的には測定段階ではステップS7〜S10の各工程が順次に行われる。
【0043】
ステップS7では、準備段階で蛍光物質が試料Sに混入されたり蛍光分子で試料Sが標識されたりした場合に、蛍光物質が混入されていない試料Sが用意され、或いは、蛍光標識されていない試料Sが用意される。
【0044】
ステップS8では、第2パルス光L2の光路上からミラー32が待避されるとともに、第2パルス光L2の光路上の所定位置にレンズ33が配置される。
【0045】
ステップS9では、分子線生成部50において、試料Sが高速バルブ51からスキマ52を介して真空容器40内に噴出されて分子線Mが形成される。また、分子線生成部50による分子線生成タイミング(すなわち高速バルブ51動作タイミング)に対して、第2光源20による第2パルス光出力タイミングが適正値に設定されて、第2光源20から第2パルス光L2が出力される。その第2パルス光L2は、アパーチャ31によりビーム整形され、レンズ33により収斂され、入射窓41を経て真空容器40内に導入され、電極71と電極72との間の空間における分子線Mに照射される。
【0046】
このとき、準備段階で撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する第2光源20による第2パルス光出力タイミングが設定されるとともに、分子線Mへの第2パルス光L2の照射位置が設定される。
【0047】
ステップS10では、検出部70によるしきい光電子検出が行われる。以上のようなステップS9,S10の工程は、第2パルス光L2の各波長について行われる。これにより、エネルギスペクトルが求められて、被測定試料Sの分子内の電子準位が求められる。
【0048】
次に、検出部70によるしきい光電子検出について図1,図2および図5を用いて説明する。図5は、第1実施形態のしきい光電子分光装置1における第2パルス光L2の出力タイミングおよび検出部70の電極73,71,72の各電圧値の時間的変化を示すタイミングチャートである。
【0049】
第2パルス光L2の出力タイミングより前の時刻から、その出力タイミングから時間Td経過後の時刻まで、電極73に電圧値V73が与えられる。電圧値V73の極性は正負いずれであってもよい。また、電極74は常に接地電位とされている。したがって、この期間に電極73と電極74との間に電界が形成される。これにより、分子線Mに第2パルス光L2が照射されて発生した光電子のうち運動エネルギを有しイオン化点から散逸する光電子は、電極73または電極74により捕捉されて、電子検出器76に到達することが防止される。このとき、しきい光電子はイオン化点に留まっている。
【0050】
その後の時間Tの期間、電極71に負の電圧値V71が与えられるとともに、電極72に正の電圧値V72が与えられる。したがって、この期間に電極71と電極72との間に電界が形成され、これにより、イオン化点に留まっていたしきい光電子は電子検出器76へ向けて移動する。しきい光電子は、メッシュ電極72およびメッシュ電極75を透過して電子検出器76へ到達する。そして、その到達したしきい光電子の量に応じた値の電気信号が電子検出器76から出力される。
【0051】
以上のように、本実施形態では、準備段階において、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する第1光源10による第1パルス光出力タイミングが各値に設定されて、分子線生成部50による分子線生成,第1光源10による第1パルス光出力および撮像部60による蛍光撮像が行われる。そして、この準備段階に続く測定段階においては、準備段階で撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する第2光源20による第2パルス光出力タイミングが設定されるとともに、分子線Mへの第2パルス光L2の照射位置が設定されて、第2パルス光L2の各波長について、分子線生成部50による分子線生成,第2光源20による第2パルス光出力および検出部70によるしきい光電子検出が行われる。これにより、しきい光電子分光を効率的に行うことができる。
【0052】
なお、測定段階の処理の前に必ず準備段階の処理が行われてもよい。準備段階の処理が1度行われた後に測定段階の処理が繰り返し行われてもよい。また、測定段階の処理が繰り返し行う間に定期的に測定段階の処理が行われてもよい。
【0053】
(第2実施形態)
【0054】
図6は、第2実施形態のしきい光電子分光装置2の構成を示す断面図である。第2実施形態のしきい光電子分光装置2は、光源20、照射光学系30A、真空容器40、分子線生成部50、撮像部60および検出部70を備える。図1に示された第1実施形態のしきい光電子分光装置1の構成と比較すると、この図6に示される第2実施形態のしきい光電子分光装置2は、第1光源10が設けられていない点、光源20が第1実施形態における第1光源および第2光源の双方を兼ねる点、および、照射光学系30に替えて照射光学系30Aを備える点、で相違する。照射光学系30Aは、アパーチャ31、ミラー32、レンズ33およびビームエクスパンダ34を含む。
【0055】
準備段階において、光源20から出力されるパルス光の光路上の所定位置にビームエクスパンダ34が配置されるとともに、該パルス光の光路上からレンズ33が待避される。この状態で、分子線生成部50において、試料Sが高速バルブ51からスキマ52を介して真空容器40内に噴出されて分子線Mが形成される。分子線生成部50による分子線生成タイミング(すなわち高速バルブ51動作タイミング)に対して、光源20によるパルス光出力タイミングが各値に設定されて、光源20からパルス光が出力される。
【0056】
光源20から出力されたパルス光は、アパーチャ31によりビーム整形され、ビームエクスパンダ34によりビーム径が調整され、ミラー32により反射され、入射窓41を経て真空容器40内に導入され、電極71と電極72との間の空間に照射される。この照射時のパルス光のビーム径は、入射窓41の径と同程度とされる。もし、パルス光の照射時に分子線Mが存在していれば、その分子線Mで蛍光Fが発生する。
【0057】
分子線Mで発生し出射窓42およびフィルタ43を経て外部に出力された蛍光Fは、撮像部60により撮像される。このとき、撮像部60の焦点は分子線Mの位置になるよう調整されている。撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像(すなわち、蛍光物質の発光形状や強度分布)は分子線Mの形状や濃度を反映しているので、分子線Mの状態が観測され得る。なお、パルス光はフィルタ43により遮断され、また、パルス光が入射したフィルタ43において蛍光が発生することがないので、低ノイズの蛍光像が撮像部60により得られる。
【0058】
そして、撮像部60により得られた蛍光像が解析される。この解析では、分子線Mへのパルス光の照射タイミングおよび照射位置が適切であるか否かが判断される。もし、パルス光の照射タイミングおよび照射位置が適切であると判断されれば測定段階に移行し、適切でないと判断されれば以上の工程が繰り返される。この繰り返しに際して、分子線Mへのパルス光の照射タイミングおよび照射位置が適切なものとなるまで、パルス光の照射タイミングおよび照射位置が種々に設定される。なお、分子線Mへのパルス光の照射位置の設定は、光源20を移動させることにより行われてもよいし、分子線生成部50のバルブ51やスキマ52を移動させることにより行われてもよい。
【0059】
このようにして準備段階において分子線Mへのパルス光の照射タイミングおよび照射位置の適切な条件が決定されると、測定段階に移行する。測定段階においては、準備段階で撮像部60による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、分子線生成部50による分子線生成タイミングに対する光源20によるパルス光出力タイミングが設定されるとともに、分子線Mへのパルス光の照射位置が設定されて、パルス光の各波長について、分子線生成部50による分子線生成,光源20によるパルス光出力および検出部70によるしきい光電子検出が行われる。このとき、光源20から出力されるパルス光の光路上からビームエクスパンダ34が待避されるとともに、該パルス光の光路上の所定位置にレンズ33が配置される。以降の工程は第1実施形態と同様である。
【0060】
第2実施形態でも、第1実施形態の場合と同様の効果が得られる。また、第1実施形態では2つの光源10,20の間の光軸調整が必要であったのに対して、第2実施形態では、光源20が第1実施形態における第1光源および第2光源の双方を兼ねることから、上記のような光軸調整が不要であり、装置の組み立てが容易である。
【0061】
(第3実施形態)
【0062】
図7は、第3実施形態のしきい光電子分光装置3の構成を示す断面図である。第3実施形態のしきい光電子分光装置3は、光源20B、照射光学系30B、真空容器40、分子線生成部50、撮像部60および検出部70を備える。図6に示された第2実施形態のしきい光電子分光装置2の構成と比較すると、この図7に示される第3実施形態のしきい光電子分光装置3は、光源20に替えて光源20Bを備える点、および、照射光学系30Aに替えて照射光学系30Bを備える点、で相違する。照射光学系30Bは、ミラー32、レンズ33およびレンズ35を含む。
【0063】
第1および第2の実施形態では光源20は指向性を有するレーザ光源であったが、第3実施形態では光源20Bは指向性を有しないUV光源である。光源20Bは、指向性を有していなくても、分子線Mを照射したときに光電子を放出させるだけの強度を有していればよい。
【0064】
照射光学系30Bのミラー35は、光源20Bから出力されたパルス光をコリメートすることで、適当なビーム径を有する平行光とする。このとき、パルス光のビーム径は、入射窓41の径と同程度とされる。なお、光源20Bから出力されたパルス光が充分な強度を有している場合には、ミラー35は不要である。
【0065】
準備段階では、光源20Bから出力されるパルス光の光路上からレンズ33が待避される。測定段階では、光源20Bから出力されるパルス光の光路上の所定位置にレンズ33が配置される。その他の動作は第1および第2の実施形態の場合と同様である。第3実施形態でも、第1および第2の実施形態の場合と同様の効果が得られる。
【0066】
(変形例)
【0067】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、第1〜第3の実施形態において測定段階時にレンズ33を照射光路中に挿入されたが、光源20から出力されるパルス光が充分な強度を有していればレンズ33は不要である。
【符号の説明】
【0068】
1〜3…しきい光電子分光装置、10…第1光源、20,20B…第2光源、30,30A,30B…照射光学系、31…アパーチャ、32…ミラー、33…レンズ、34…ビームエクスパンダ、35…レンズ、40…真空容器、41…入射窓、42…出射窓、43…フィルタ、50…分子線生成部、51…高速バルブ、52…スキマ、60…撮像部、70…検出部、71〜75…電極、76…電子検出器、L1…第1パルス光、L2…第2パルス光、F…蛍光、S…被測定試料、M…分子線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内に被測定試料の分子線を生成する分子線生成部と、
前記分子線生成部により生成された分子線から蛍光を発生させるための第1パルス光を出力する第1光源と、
前記分子線生成部により生成された分子線をイオン化して光電子を発生させるための波長可変の第2パルス光を出力する第2光源と、
前記第1光源から出力される第1パルス光と前記第2光源から出力される第2パルス光とを前記真空容器内に導いて前記分子線に照射する照射光学系と、
前記第1光源から出力される第1パルス光が前記照射光学系を経て前記分子線に照射されたときに前記分子線で発生した蛍光を撮像する撮像部と、
前記第2光源から出力される第2パルス光が前記照射光学系を経て前記分子線に照射されたときに前記分子線で発生した光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する検出部と、
を備え、
準備段階において、前記分子線生成部による分子線生成タイミングに対する前記第1光源による第1パルス光出力タイミングを各値に設定して、前記分子線生成部による分子線生成,前記第1光源による第1パルス光出力および前記撮像部による蛍光撮像を行い、
測定段階において、前記準備段階で前記撮像部による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、前記分子線生成部による分子線生成タイミングに対する前記第2光源による第2パルス光出力タイミングを設定するとともに、前記分子線への前記第2パルス光の照射位置を設定して、前記第2パルス光の各波長について、前記分子線生成部による分子線生成,前記第2光源による第2パルス光出力および前記検出部によるしきい光電子検出を行う、
ことを特徴とするしきい光電子分光装置。
【請求項2】
前記第1光源および前記第2光源が共通の光源であることを特徴とする請求項1に記載のしきい光電子分光装置。
【請求項3】
前記第1光源および前記第2光源が別個の光源であり、
前記照射光学系が、前記第1光源から出力される第1パルス光および前記第2光源から出力される第2パルス光の一方を選択的に前記分子線に照射する、
ことを特徴とする請求項1に記載のしきい光電子分光装置。
【請求項4】
真空容器内に被測定試料の分子線を生成する分子線生成部と、
前記分子線生成部により生成された分子線から蛍光を発生させるための第1パルス光を出力する第1光源と、
前記分子線生成部により生成された分子線をイオン化して光電子を発生させるための波長可変の第2パルス光を出力する第2光源と、
前記第1光源から出力される第1パルス光と前記第2光源から出力される第2パルス光とを前記真空容器内に導いて前記分子線に照射する照射光学系と、
前記第1光源から出力される第1パルス光が前記照射光学系を経て前記分子線に照射されたときに前記分子線で発生した蛍光を撮像する撮像部と、
前記第2光源から出力される第2パルス光が前記照射光学系を経て前記分子線に照射されたときに前記分子線で発生した光電子のうちしきい光電子を選択的に検出する検出部と、
を用いて、
準備段階において、前記分子線生成部による分子線生成タイミングに対する前記第1光源による第1パルス光出力タイミングを各値に設定して、前記分子線生成部による分子線生成,前記第1光源による第1パルス光出力および前記撮像部による蛍光撮像を行い、
測定段階において、前記準備段階で前記撮像部による蛍光撮像により得られた蛍光像に基づいて決定されるタイミングおよび照射位置となるように、前記分子線生成部による分子線生成タイミングに対する前記第2光源による第2パルス光出力タイミングを設定するとともに、前記分子線への前記第2パルス光の照射位置を設定して、前記第2パルス光の各波長について、前記分子線生成部による分子線生成,前記第2光源による第2パルス光出力および前記検出部によるしきい光電子検出を行う、
ことを特徴とするしきい光電子分光方法。
【請求項5】
前記第1光源および前記第2光源として共通の光源を用いることを特徴とする請求項4に記載のしきい光電子分光方法。
【請求項6】
前記第1光源および前記第2光源として別個の光源を用い、
前記第1光源から出力される第1パルス光および前記第2光源から出力される第2パルス光の一方を前記照射光学系により選択的に前記分子線に照射する、
ことを特徴とする請求項4に記載のしきい光電子分光方法。
【請求項7】
前記準備段階において、蛍光物質を混入させた前記被測定試料の分子線を前記分子線生成部により生成させる、ことを特徴とする請求項4に記載のしきい光電子分光方法。
【請求項8】
前記準備段階において、蛍光分子で標識された前記被測定試料の分子線を前記分子線生成部により生成させる、ことを特徴とする請求項4に記載のしきい光電子分光方法。
【請求項9】
前記準備段階において、自ら蛍光を発生させる前記被測定試料の分子線を前記分子線生成部により生成させる、ことを特徴とする請求項4に記載のしきい光電子分光方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−88111(P2012−88111A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233678(P2010−233678)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】