説明

すべり軸受

【課題】 起動停止を頻繁に繰り返すエンジンでも優れた耐焼付性を示す樹脂コーテインング層を設けたすべり軸受を提供する。
【解決手段】 鋼裏金層に積層した軸受合金層1の表面に樹脂コーティング層2を設けたすべり軸受において、樹脂コーティング層2の樹脂バインダーとして高温下で劣化しにくいPAIを主成分とし、その樹脂バインダー中に調整粒子3を含有させることにより樹脂コーティング層の圧縮強度を向上させて軸による樹脂コーティング層2の凹みを防止する一方、樹脂バインダー中に板状固体潤滑剤4を包含させることによりすべり特性の向上を図ると共に、クラックによる剥離を調整粒子3のせき止め効果と固体潤滑剤配向調整効果によって防止することで、起動停止を頻繁に繰り返すエンジンでも優れた耐焼付性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機器特に自動車エンジン用として適した、軸受合金層に更に樹脂コーティング層を設けたすべり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高周速・高面圧の自動車用エンジンには、耐摩耗性や耐焼付性などの摺動特性に優れたすべり軸受が必要となる。このような摺動特性に優れた軸受技術の一つとして樹脂コーティング層を軸受合金層の表面に薄く設けたすべり軸受が挙げられる。この樹脂コーティング層は、金属材料のように凝着現象を生じないため、金属系の軸受合金層又はオーバレイ層に比べて格段に良い耐焼付性を示す。加えて耐摩耗性、耐疲労性に関しても金属材料系のそれらと同等かそれ以上の性能を示す。
【0003】
樹脂コーティング層の耐焼付性を向上させる手法としていくつか挙げられるが、特に影響を及ぼすのが、固体潤滑剤の存在である。例えば、特許文献1においては、固体潤滑剤が多く、結晶配向が揃っているほど耐焼付性には効果があると指摘している。即ち、特許文献1には、「上記のメカニズムとしては軸-軸受間での摺動中に負荷がかかったとき固体潤滑剤はある一定の結晶面にてすべりを生じ、樹脂コーティング層全体を変形させることにより耐焼付性を向上させている。よって、その効果を発揮する固体潤滑剤が多いほど、またそのすべり面が摺動方向と平行に揃っているほど耐焼付性向上効果が大きい」旨の記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−95725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年の自動車エンジンは高周速・高面圧に加えて燃費向上を目的として起動停止を頻繁に繰り返すようなもの(例えば、アイドリングストップ機能)が多い傾向にある。高周速・高面圧自動車用エンジンで上述のように高性能を発揮していた固体潤滑剤を包含している樹脂コーティング層付きすべり軸受ではあるが、このようなエンジン環境では、樹脂コーティング層の耐焼付性が急激に低下してしまい早期に焼付に至ってしまう傾向にある。これは以下のように考えられる。樹脂コーティング層は、摺動方向への固体潤滑剤の結晶面でのすべりによる変形により耐焼付性を維持していたが、起動停止を繰り返すようなエンジンの停止状態では、軸の自重やベルトテンションにより軸受に常に荷重がかかっており、オイルの供給も停止されることから軸と軸受との摺動面間に油膜が発生していない状態となる。そのためエンジン起動時には境界潤滑状態となり、摩擦係数が高くなることから、樹脂コーティング層に過度の変形(剪断力)が生じ、これを発端に、樹脂コーティング層の剥離・下地との直接の金属接触・凝着が順に起こり、最終的には焼付現象を引き起こすからだと考えられる。つまり、固体潤滑剤の変形では吸収しきれないほどの負荷がかかると考えられるため、早期焼付という深刻な問題が発生し、起動停止を頻繁に繰返すエンジンには積極的に採用されにくい状況にある。
【0006】
本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、高周速・高面圧エンジンだけではなく、起動停止を頻繁に繰り返すエンジンでも優れた耐焼付性を示す、樹脂コーティング層を設けたすべり軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、鋼裏金層に積層した軸受合金層の表面に、摺動面を有する樹脂コーティング層を設けたすべり軸受において、前記樹脂コーティング層は、主成分PAI(ポリアミド樹脂)の樹脂バインダー中に、20〜50vol%の板状固体潤滑剤と、5〜30vol%の平均粒子径0.7〜1.6μmかつビッカース硬さ100〜300の調整粒子と、を含有した厚さ2〜10μmの層として形成され、前記摺動面に対して前記板状固体潤滑剤の(0,0,L)面の配向強度比が75%以上、85%以下の状態で配置されていることを特徴とする。前記板状固体潤滑剤の量は、樹脂コーティング層を100vol%としたときの量である。前記調整粒子の量についても同じである。
【0008】
請求項2に係る発明においては、請求項1記載のすべり軸受において、前記樹脂バインダーは、PA(ポリアミド樹脂)とEP(エポキシ樹脂)を合計で30mass%以下含み、前記調整粒子は、CaCO(炭酸カルシウム)からなることを特徴とする。詳述すると、PA及びEPの両方を含ませる場合は、PAとEPとPAIとの合計を100mass%として、PAとEPとの合計を30mass%以下含む。PA又はEPの一方を含ませる場合は、当該一方とPAIとの合計を100mass%として、当該一方を30mass%以下含む。
【0009】
請求項3に係る発明においては、請求項1記載又は請求項2記載のすべり軸受において、前記樹脂コーティング層の膜厚断面における前記調整粒子の重心間距離が、α、σをそれぞれ粒子重心間距離の平均値、標準偏差とした場合に、3μm≦α−1σ、且つα+1σ≦15μmとなるように前記調整粒子を分布させたことを特徴とする。本発明において、前記膜厚断面は摺動方向に平行であり、前記重心間距離は粒子と粒子との摺動方向での距離である。
【発明の効果】
【0010】
前述したように、起動停止を繰り返すようなエンジンの停止状態では、軸の自重やベルトテンションにより軸受に常に荷重がかかっているため、軸による樹脂コーティング層に凹みが形成されがちであり、その凹みが大きいほど軸と樹脂コーティング層との接触面積が大きくなり、結果的に停止後に起動する際の摩擦係数が大きくなって樹脂コーティング層にかかる剪断力も大きくなり、この剪断力により樹脂コーティング層が破壊されて剥離が生じて焼付が発生するものと考えられる。一方、請求項1に係る発明においては、樹脂コーティング層の樹脂バインダーとして、PAIを使用しているため、エンジン環境のような高温下で劣化しにくく、また形状の変化も起こしにくいため軸と軸受の間のクリアランス変化が少ない。加えて、樹脂バインダー中に、板状固体潤滑剤を添加することにより、樹脂コーティング層のすべり特性を向上させることができる。板状固体潤滑剤としては、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、グラファイトのうち1種類以上から選択するのがよい。板状固体潤滑剤が20vol%未満であると樹脂層のすべり特性が悪くなり、50vol%より多いと皮膜強度が低下し、剥離しやすくなる。25〜45vol%が望ましい。
【0011】
また、樹脂コーティング層に含まれる板状固体潤滑剤の(0,0,L)面の配向強度比が75%以上、85%以下の状態で配置されていることにより、樹脂コーティング層のすべり特性を向上させることができる。ここで、固体潤滑剤のすべり面を表す(0,0,L)面の配向強度比(%)は、以下の計算式により算出される。
(計算式)・・ΣI(0,0,L)/ΣI(H,K,L)×100
(H,K,L:整数値)
そして、配向強度比が75%未満であると樹脂コーティング層の摩擦係数が高くなる結果、耐焼付性が悪くなり、85%より大きいと微小クラックが入ったときにクラック伝播が止まらずに大きな剥離が発生して耐焼付性が低下する。
【0012】
ここで、配向強度比の違いにより剥離が生ずるメカニズムについて、より詳細に説明すると、配向強度比が85%を超える程高い場合には、摺動方向と平行な固体潤滑剤のすべり面((0,0,L)面)の割合が多いために、図1(a)に示すように、軸との摩擦により摺動面近くの板状固体潤滑剤4の長手方向のすべり面である(0,0,L)面に沿って破線で示すように摺動方向sと平行なクラックが発生し、このクラックが伝搬して摺動面から軸受合金層1に至る樹脂コーティング層2に広域にクラックが生じて、遂には、図1(b)に示すように、適切な油膜厚さを確保できないような相対的に大きな剥離が発生し、広範囲での軸受合金層との金属接触、凝着が順に起こり、焼付に至る。これに対し、配向強度比が85%以下である場合には、すべり面が摺動方向と平行とならない板状固体潤滑剤4の割合も適当に存在するため、図1(c)に示すように、軸との摩擦により摺動面近くの板状固体潤滑剤4の長手方向のすべり面である(0,0,L)面に沿って破線で示すようにクラックが発生して伝搬しても、そのクラックが軸受合金層1に到達することなくその方向が再度摺動面に向かう状態となり、結果的に図1(d)に示すように、相対的に小さな剥離で済んで、基材である軸受合金層1が露出する可能性を低くすることができる。ただし、配向強度比が75%未満になると、すべり面が摺動方向と平行とならない板状固体潤滑剤の割合が多くなるため、前述したように、樹脂コーティング層2の摩擦係数が高くなる結果、耐焼付性が悪くなる。
【0013】
また、本発明の調整粒子添加により、樹脂コーティング層の圧縮強度を向上させ、軸による樹脂コーティング層の凹みを防止する。そして、伝搬するクラックを調整粒子でせき止める効果があると共に、板状固体潤滑剤と調整粒子とを混在させることによりすべり面が摺動方向と平行となる板状固体潤滑剤の割合を調整することができるため、剥離を防止する固体潤滑剤配向調整効果がある。
調整粒子は100〜300HVであり、例えばCaCO、CaF、CuAsS、Sn−Sb−As系化合物、Zn−Al系化合物等の粒子である。
【0014】
また、調整粒子が5vol%未満であると、樹脂コーティング層中に存在する調整粒子の粒子量が少なく板状固体潤滑剤に沿って伝搬するクラックをせき止める効果および固体潤滑剤配向調整効果が希薄となると共に、軸による樹脂コーティング層の凹み防止効果を得られない。一方、30vol%より多いと調整粒子の凝集により摺動面が粗くなり、耐焼付性が低下する。好ましくは10〜25vol%である。更に、調整粒子の平均粒子径が0.7μm未満であると伝搬するクラックをせき止める効果および固体潤滑剤配向調整効果が希薄となると共に、軸による樹脂層の凹み防止効果を得られない。一方、1.6μmより大きいと摺動面が粗くなり、耐焼付性が低下する。なお、調整粒子の平均粒子径の測定方法は、電子顕微鏡を用いて樹脂コーティング層の組成像を倍率5000倍で撮影し、得られた組成像から一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−ProPlus(Version4.5);(株)プラネトロン製等)を用いて測定した。
【0015】
また、樹脂コーティング層の膜厚が2μm未満であると小さな剥離・脱落でも金属接触に至るため耐焼付性が低下し、10μmより厚いと熱伝導性が悪くなって樹脂コーティング3層の温度が高くなり、機械的物性が低下する。より好ましくは3〜8μmが望ましい。
【0016】
また、請求項2に係る発明のように、PAIを主成分とする樹脂バインダーは、PAとEPを合計で30mass%以下含むことにより、樹脂バインダーの伸び性が向上して剥離を抑えることができる。
そして、調整粒子は炭酸カルシウムからなることが好ましい。炭酸カルシウムは、
(1)樹脂バインダーよりも硬く、圧縮強度の向上に寄与すること
(2)軸を傷つけないこと(軸が約500HVに対し、CaCOは約135HVである。)
であると共に、
(3)オイルとの濡れ性が高く油膜の確保に有利なこと
(4)摺動特性に優れていること(炭酸カルシウムはエンジンオイルの硫酸分と反応して粒子のごく表面域のみにCaSOを形成して摺動特性を向上させる効果がある。)
(5)比較的安価であり、人体への影響が少ないこと
等の効果がある。
また、調整粒子である炭酸カルシウム粒子は、特にこの樹脂バインダーとの接合性及び分散性の面において好ましい。
【0017】
また、請求項3に係る発明のように、樹脂コーティング層の膜厚断面における調整粒子の重心間距離が、α、σをそれぞれ粒子重心間距離の平均値、標準偏差とした場合に、3μm≦α−1σ、且つα+1σ≦15μmとなるように調整粒子を分布させたことにより、樹脂コーティング層に含まれる板状固体潤滑剤の(0,0,L)面の配向強度比を75%以上、85%以下の状態で配置させ易くすることができる。即ち、上述したように、板状固体潤滑剤と調整粒子とを混在させることによりすべり面が摺動方向と平行となる板状固体潤滑剤の割合を調整することができるが、具体的には、図2の模式図に示すように、基材軸受合金層1の表面に設けた樹脂コーティング層2中に混在される平均粒子径0.7〜1.6μmの炭酸カルシウム粒子等の調整粒子3を、3μm≦α−1σ、且つα+1σ≦15μmとなるように分布させたことにより、樹脂コーティング層2に含まれる板状固体潤滑剤4が摺動面に対して平行状となる割合を所定値に調整することができる。つまり、製造時において所定の押付圧力を施したときに、樹脂コーティング層2中の炭酸カルシウム粒子(以下、発明イメージの容易化のため、調整粒子として炭酸カルシウム粒子を用いた例で説明する。)3の近傍に存在する板状固体潤滑剤4は、炭酸カルシウム粒子3に邪魔されて摺動面と平行状とらず、炭酸カルシウム粒子3からやや離れた位置に存在する板状固体潤滑剤4は、摺動面と平行状となり易い。こうして、炭酸カルシウム粒子3の摺動方向sでの重心間距離の平均値αが、3+1σμm以上15−1σμm以下となるように分布させたことにより、摺動面に対して、樹脂コーティング層2に含まれる板状固体潤滑剤4の(0,0,L)面の配向強度比を75%以上、85%以下の状態で配置させ易くすることができるのである。なお、炭酸カルシウム粒子の重心間距離は、電子顕微鏡を用いて樹脂コーティング層の組成像を倍率5000倍で撮影し、得られた組成像から一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−ProPlus(Version4.5);(株)プラネトロン製等)を用いて各粒子の重心点を表示させ、膜厚方向と垂直の方向の線を引き、距離測定して粒子間距離の分布をとり、α(粒子間距離の平均値)とσ(標準偏差)とを算出した。
【0018】
また、本発明において、樹脂コーティング層の成膜方法は、ロールコート法で行い、該樹脂コーティング層を設ける軸受合金層は、アルミ合金、銅合金、錫合金のいずれを使用しても良い。更に、軸受合金層の表面に金属めっきが処理してある場合には、その表面に本発明に係る樹脂コーティング層を成膜しても良い。なお、鋼裏金層に積層した軸受合金層は、鋼裏金層に中間層を介して設けられていても、直接設けられていても良い。また、接着力向上のための軸受合金層への前処理はブラストによる粗面化処理、エッチング処理、化成処理、プライマー処理、コロナ放電処理等を行うことが好ましい。また、樹脂コーティング層のスクラッチ強度は、1,000MPa以上が好ましい。ここでいうスクラッチ強度は、円錐状ダイヤモンド圧子にて層内を掻いた時の抵抗値であり、摩擦力を樹脂コーティング層にもぐりこんだダイヤモンド圧子の投影面積で除した値である。スクラッチ強度が高いほど、剥離しにくいことを示しており、樹脂コーティング層の剥離防止特性の向上の効果が見られる。本発明の構造を簡易的に確認する手法として有効である。
【0019】
なお、本発明において、樹脂コーティング層の成膜方法としてロールコート法を採用する理由は、以下の通りである。例えば、特開2010−249313号(段落0078)に示されるスプレーコートによる製法では、本発明が適用される半割形状のすべり軸受の場合、コーティング装置が複雑になると共に、スプレーコートにて、薄膜を作製する場合、板状固体潤滑剤の(0,0,L)面配向強度比を75%以上85%以下にコントロールすることが非常に困難であると同時に、膜厚の均一性を保つことが非常に困難である。また、例えば、特開2010−216639号(段落0017及び0023)に示される多孔質金属層への含浸による製法は、薄膜作製には不向きである。たとえ、含浸による製法で膜形成できたとしても、その際の圧延による高圧により板状固体潤滑剤の(0,0,L)面配向強度比が上昇しすぎてしまい、固体潤滑剤の(0,0,L)面配向強度比を75%以上85%以下にコントロールすることが非常に困難である。更に、例えば、特表2000−505527(第7頁15行〜)に示される基材へ炭酸カルシウム等の粉末散布後にコーティングする製法では、平板上でなら作製可能であるが、半割形状のすべり軸受で粉末散布をするのは手間がかかると共に、炭酸カルシウム粉末を樹脂バインダー中に均一に分散させることができないため、軸のもぐり込みや樹脂コーティング層の剥離への防止性能の向上が得られない。したがって、本発明において、樹脂コーティング層の成膜方法としてロールコート法が最適である。
【0020】
また、製法を単にロールコートを採用しただけでは発明の構成は得られず、被コーティング面への印刷ロールの押付面圧に対する工夫が必要である。付け加えて、印刷ロール粗さが粗いと押付時に印刷ロール凹部に炭酸カルシウム粒子が偏析しやすいため、印刷ロール粗さについても慎重に選択する必要がある。即ち、コーティング時の押付面圧は、3500〜6000Paが望ましい。3500Pa未満であると(0,0,L)面配向強度比が75%未満となりやすく、6000Pa超えであると(0,0,L)面配向強度比が85%を超え易いからである。また、印刷ロール粗さは、ロールのうねりを除去した粗さ(2次粗さ)において、基準長さにおける最大山高さと最大谷深さの和(Rp+Rv)が3.0〜7.0μmが望ましい。3.0μm未満であるとロールに十分な塗料量が保持できず、塗りムラができ、7.0μmより大きいとロール凹部に炭酸カルシウム粒子の凝集ができるからである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】配向強度比の違いにより剥離が生ずるメカニズムを説明するための模式図である。
【図2】配向強度比を調整するメカニズムを説明するための模式図である。
【図3】樹脂コーティング層の成膜方法としてロールコート法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を適用した実施例について図3を参照して説明する。裏金に圧接されたアルミニウム軸受合金を半割形状へ加工した半円筒部材14の内面仕上げを実施した後、ブラストによる粗面化処理を実施し、その後、半円筒部材14を組付けハウジング15に装着した状態でロールコート法にて樹脂層をコーティングした。ロールコート法によるコーティングは、予め定めた材料(例えば、表1に示す樹脂バインダーPAIと固体潤滑剤と炭酸カルシウム等の調整粒子その他の添加物、あるいはPA、EP)を混合した塗料をあらかじめ作製し、その作製した塗料の入った塗料供給部10と転写ロール11とを接触させて、回転している転写ロール11へ塗料を付着させる。また、転写ロール11と印刷ロール12とを回転接触させることにより、転写ロール11の塗料が印刷ロール12に転写される。次いで、塗料が転写された印刷ロール12を荷重調整アーム13の支持部16を中心に回転させて半円筒部材14の内面へ塗料を転写させて樹脂層のコーティングを実施する。その際、印刷ロール12の粗さ5.8μm(Rp+Rv)を使用し、荷重調整アーム13により押付圧力を調整して、配向強度比を調整する。コーティング後に半円筒部材14を100℃×1分間程度乾燥させ、このコーティングと乾燥を繰り返すことによって、表1の「膜厚」欄に示す厚さとする。その後、180〜220℃×1時間程度焼成して、表1に示す実施例1〜17及び比較例1〜15のすべり軸受を完成させた。
本実施の形態において、配向強度比(%)は、以下の計算式により算出した。
(計算式)・・ΣI(0,0,L)/ΣI(H,K,L)×100
ΣI(0,0,L):(0,0,2)、(0,0,4)、(0,0,6)、(0,0,8)面ピーク強度の積算値。
ΣI(H,K,L):(0,0,2)、(0,0,4)、(0,0,6)、(0,0,8)、(1,0,0)、(1,0,1)、(1,0,2)、(1,0,3)、(1,0,4)、(1,0,5)、(1,1,0)、(1,1,6)面ピーク強度の積算値。
【0023】
【表1】

【0024】
上記のように作製した実施例1〜17及び比較例1〜15のすべり軸受を、従来の高周速・高面圧エンジンでの使用を想定した試験とは異なる起動・停止モードのエンジン環境での運転を想定した試験(焼付試験)を実施した。なお、この焼付試験の試験条件は、表2に示す通りである。
【0025】
【表2】

【0026】
以下、表1を参照しながら試験結果について説明する。表1の実施例1〜17は、本発明に包含されるものであり、比較例1〜15は、本発明に包含されないものである。即ち、実施例1〜17は、板状固体潤滑剤が20〜50vol%、ビッカース硬さ100〜300である調整粒子が5〜30vol%、調整粒子の平均粒子径が0.7〜1.6μm、固体潤滑剤の(0,0、L)面の配向強度比が75〜85%、膜厚2〜10μm、の範囲に入るようにそれぞれ作製したものである。ただし、実施例1,3,4、6,7,9,10,12,14,15,17は、板状固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS)を使用し、その他の実施例2,5,8,11,13,16は、板状固体潤滑剤として窒化ボロン(h−BN)を使用している。実施例6は、調整粒子として弗化カルシウムを添加し、実施例12は、調整粒子として炭酸カルシウムと硫砒銅鉱とを添加し、その他の実施例は、調整粒子として炭酸カルシウムを添加している。また、実施例12以外の実施例1〜17には、PAIを主成分とする樹脂バインダー中に、PAとEPのいずれか一方又は両方をPAIに対して合計で0〜30mass%の範囲で含むように作製されている。また、実施例2以外の実施例1〜17では、調整粒子の粒子間距離の平均値αが3μm≦α−1σ、且つα+1σ≦15μmの範囲に入るように作製されている。
【0027】
板状固定潤滑剤(MoS又はh−BN)を上限まで含む実施例1,9,16においては、最大面圧がいずれも45MPaであり、起動停止を頻繁に繰り返すエンジン実機テストにおいて焼付現象が生じないとして計測された最大面圧40MPa(以下、これを「許容面圧」という。)よりも大きな値となった。一方、板状固定潤滑剤を下限まで含む実施例2,10においても、最大面圧がそれぞれ45,40MPaとなって許容面圧以上の値となった。これらのことから板状固体潤滑剤を20〜50vol%の範囲内で添加することにより、樹脂層のすべり特性を向上させることができ、結果的に焼付が発生しないということが理解できる。上記以外の実施例においても最大面圧が40MPa以上であるが、配向強度比が上限である実施例5、膜厚が上限の実施例8、膜厚が下限の実施例14においては、許容面圧に近い値となっている。更に、板状固体潤滑剤が25〜45vol%、調整粒子である炭酸カルシウム粒子が10〜25vol%、膜厚3〜8μm、の好ましい範囲の実施例3,4,6,7,11,12,13,15,17は、最大面圧が50MPa以上の高い値となっている。
【0028】
一方、比較例1〜15は、本発明に包含されないものである。比較例1は、組成的には実施例3とほぼ同じであるが、配向強度比が71.3%と低いため、樹脂コーティング層のすべり特性が悪くなり、樹脂コーティング層にかかる剪断力が高くなって剥離が生じるため、最大面圧が許容面圧よりも低い25MPaになったものと考えられる。比較例2,14(先行技術文献1の摺動部材に相当)は、調整粒子を包含していないため、軸による樹脂コーティング層への凹みが大きくなり、樹脂コーティング層にかかる剪断力が高くなって剥離が生じ、最大面圧が許容面圧よりも低い20MPaになったものと考えられる。また、比較例3は、比較例1とは逆に配向強度比が90.7%と高いため、樹脂コーティング層のクラック伝搬が止まらずに大きな剥離が生じるため、最大面圧が許容面圧よりも低い25MPaになったものと考えられる。比較例4は、実施例4と比べて板状固体潤滑剤の種類が異なるもののその組成はほぼ同じであるが、配向強度比が上限値を僅かに超える85.9%であるため、比較例3と同様な理由により最大面圧が許容面圧よりも低い30MPaになったものと考えられる。
【0029】
比較例5,6は、実施例7に近い組成を有するものであるが、調整粒子である炭酸カルシウムや弗化カルシウムの粒子に代えて比較例5が硫酸カルシウム(CaSO)、比較例6がアルミナ(Al)の粒子をそれぞれ20vol%含有するものとした。これらの場合も最大面圧が許容面圧よりも低いそれぞれ30MPa及び15MPaになった。この理由は、以下のように考えられる。硫酸カルシウム及びアルミナは、調整粒子と同様な粒子径のものを使用したが、硫酸カルシウムは、調整粒子に比べて硬さが低いためコーティング時に押付面圧により破壊されやすく、結果板状固体潤滑剤を傾かせる効果(固体潤滑剤配向調整効果)が少ないため低い面圧で剥離して焼付に至ったと思われる。一方、アルミナは、固体潤滑剤配向調整効果は見られたものの、すべり特性の低下や、硬さが高いために軸への攻撃性が高くなった理由で、低い面圧で焼付に至ったと思われる。つまり、固体潤滑剤配向調整剤効果を示し、且つ起動・停止モードのエンジン環境での軸受として高い焼付性能を発揮するのは調整粒子、特に炭酸カルシウムの粒子を添加したすべり軸受であると言える。
【0030】
比較例7(実施例7の組成とほぼ同じ)や比較例10(実施例8の組成とほぼ同じ)のように、板状固体潤滑剤の含有量が上限値・下限値をそれぞれ超えたものにおいては、樹脂層のすべり特性の悪化や皮膜強度の低下に基づく剥離によって最大面圧が許容面圧よりも低い25MPa、15MPaにそれぞれなったものと考えられる。比較例8、11(実施例3の組成とほぼ同じ)のように、炭酸カルシウム粒子の平均粒子径が上限値・下限値をそれぞれ超えたものにおいては、摺動面の粗さや、クラック伝搬のせき止め効果及び固体潤滑剤配向調整効果が劣るため、最大面圧が許容面圧よりも低い25MPaにそれぞれなったものと考えられる。比較例9、12(実施例10の組成とほぼ同じ)のように、炭酸カルシウム粒子の含有量が上限値・下限値をそれぞれ超えたものにおいては、摺動面の粗さや、クラック伝搬のせき止め効果及び固体潤滑剤配向調整効果が劣るため、最大面圧が許容面圧よりも低い15MPa、20MPaにそれぞれなったものと考えられる。更に、比較例13(実施例3の組成とほぼ同じ)と比較例15(実施例4の組成とほぼ同じ)のように、膜厚が下限値・上限値をそれぞれ超えたものにおいては、僅かな剥離ではあっても早期の金属接触や、熱伝導性の悪化による樹脂コーティング層の機械的物性の低下により、最大面圧が許容面圧よりも低い20MPa、15MPaにそれぞれなったものと考えられる。
【0031】
以上、説明したところから明らかなように、鋼裏金層に積層した軸受合金層の表面に樹脂コーティング層を設けたすべり軸受において、樹脂コーティング層の樹脂バインダーとして高温下で劣化しにくいPAIを主成分とし、その樹脂バインダー中に炭酸カルシウム等の調整粒子を適正量含有させることにより樹脂コーティング層の圧縮強度を向上させて軸による樹脂コーティング層の凹みを防止する一方、樹脂バインダー中に板状固体潤滑剤を包含させることによりすべり特性の向上を図ると共に、樹脂コーティング層のクラックによる剥離を調整粒子のせき止め効果と固体潤滑剤配向調整効果によって防止することで、起動停止を頻繁に繰り返すエンジンでも優れた耐焼付性を有するすべり軸受を提供することができる。
【符号の説明】
【0032】
1 軸受合金層
2 樹脂コーティング層
3 調整粒子(炭酸カルシウム粒子)
4 板状固体潤滑剤
10 塗料供給部
11 転写ロール
12 印刷ロール
13 荷重調整アーム
14 半円筒部材
15 ハウジング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼裏金層に積層した軸受合金層の表面に、摺動面を有する樹脂コーティング層を設けたすべり軸受において、
前記樹脂コーティング層は、主成分PAIの樹脂バインダー中に、20〜50vol%の板状固体潤滑剤と、5〜30vol%の平均粒子径0.7〜1.6μmかつビッカース硬さ100〜300の調整粒子と、を含有した厚さ2〜10μmの層として形成され、
前記摺動面に対して前記板状固体潤滑剤の(0,0,L)面の配向強度比が75%以上、85%以下の状態で配置されていることを特徴とするすべり軸受。
【請求項2】
前記樹脂バインダーは、PAとEPを合計で30mass%以下含み、
前記調整粒子は、炭酸カルシウムからなることを特徴とする請求項1記載のすべり軸受。
【請求項3】
前記樹脂コーティング層の膜厚断面における前記調整粒子の重心間距離が、α、σをそれぞれ粒子重心間距離の平均値、標準偏差とした場合に、
3μm≦α−1σ、且つα+1σ≦15μm
となるように前記調整粒子を分布させたことを特徴とする請求項1又は請求項2記載のすべり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−72535(P2013−72535A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214077(P2011−214077)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【特許番号】特許第5132806号(P5132806)
【特許公報発行日】平成25年1月30日(2013.1.30)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】