説明

すみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法

【課題】溶接材料による止端部の圧縮残留応力の付与に過度に頼らず、応力集中を改善することで高い疲労強度を有すると共に、割れがなく、靭性にも優れたすみ肉溶接継手、および、このすみ肉溶接継手を得るためのガスシールドアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】アーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)が0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素鋼のすみ肉溶接に際して、安価で、かつ溶接割れ発生の危険性を伴わずに疲労強度を高めることのできるすみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃費向上を目的として自動車や造船等の輸送機器では、質量軽減のために高張力鋼板を使用する動きが活発化している。高張力鋼板も軟鋼と同様にアーク溶接がなされるが、溶接継手では疲労強度が軟鋼と同程度にしか確保できず、溶接部の疲労強度が母材より低下して高張力鋼板本来の性能を発揮できない問題がある。
溶接部の疲労強度が母材より低下する原因として、(1)止端部の応力集中、(2)熱の膨張、収縮によって生じる引張残留応力、の2つが主因と考えられ、これまで数々の手段によって改善が試みられてきた。
これらに関して、以下、応力集中の緩和と引張残留応力の低下について説明する。
【0003】
<応力集中の緩和>
溶接止端部の応力集中を緩和するために、接触角の減少、止端半径の増大といったビード形状を滑らかにする手段が考案されている。例えば特許文献1〜4では、鋼板成分の限定、表面張力を下げる特殊成分を添加したワイヤの使用、電圧等の溶接条件の限定等によって達成することが示されている。しかし、これらの手段では条件についての制限が多く、汎用性に乏しかった。そしてこれまでに、単純に溶接を行っただけで止端形状を顕著に改善する技術は事実上無く、さらに発明者らの確認実験結果では、応力集中の緩和だけでは疲労強度改善効果が弱いことがわかった。すなわち、応力集中の改善のみで疲労強度の向上を達成できるとは言えない。
【0004】
<引張残留応力の低下(溶接金属の降伏応力の低下、延性の向上によるもの)>
特許文献5、6では、残留応力を低下させるために溶接金属を塑性変形させやすくする思想が提示されている。しかし、特許文献5では具体的な溶接手段が提示されておらず実用不可能であり、特許文献6では溶接ワイヤについて過剰に脱酸成分を減らして強度低下させることから、脱酸不足で気孔欠陥が生じやすいという問題や、高強度鋼板に適用すると静的継手引張強度が不足してしまう等の問題があった。
【0005】
<引張残留応力の低下(応力除去焼鈍によるもの)>
従来から最もよく知られている残留応力の除去方法として、焼鈍炉で高温保持する応力除去焼鈍(PWHT)がある。しかし、扱う鋼材が比較的薄いものが主体の輸送機器業界では、設備を有しているメーカーはほとんどなく、設備を導入しても生産効率が著しく低下し、高コスト化を招く事になる。
【0006】
<引張残留応力の低下(ピーニングによるもの)>
ショットピーニングやハンマーピーニング、超音波ピーニングと言われる手段で溶接後に圧縮応力を加える手段があり、特許文献7でも提示されている。しかしこれも設備の導入が必要で、かつ生産効率が著しく低下し、高コスト化を招く事になる。
【0007】
<引張残留応力低下(低温変態溶接材料によるもの)>
そこで最近注目されている手段として、溶接金属のマルテンサイト変態温度(Ms点)を低下させて室温時に膨張変態の圧縮残留応力を付与する、あるいは引張残留応力を低減させる方法が注目されている。例えば特許文献8には、高Crと高Niを合わせた溶接金属によってMs点を低下させる手法が提案されている。その後、数々の同手法による提案が出されている。例えば特許文献9〜16では、高Cr、高Ni、あるいは高Mn系の溶接金属もしくは溶接ワイヤの規定がある。
【0008】
特許文献17には、0.45〜0.7質量%という高Cの低温溶接ワイヤを用いてMs点を200〜350℃という低い温度を達成し、かつ溶込み深さを板厚の2/3以下に制限する薄板の重ねすみ肉溶接方法が提案されている。また特許文献18には、やはり0.35〜0.7質量%という高Cの低温溶接ワイヤを用いてMs点を250〜400℃という低い温度を達成し、かつ溶込み深さを板厚の1/2以下に制限し、さらに溶接ビード止端部が鋼板表面よりもへこんでいる薄板の重ねすみ肉溶接方法が提案されている。
【0009】
他方、特許文献19には、Ms点を475〜550℃と比較的高く設定して、溶接金属の耐割れ性や吸収エネルギーを改善し、かつ溶込み深さを板厚の1/3以下、拘束度が4000N/mm・mmにするすみ肉溶接方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−340947号公報
【特許文献2】特開平8−25080号公報
【特許文献3】特開2002−361480号公報
【特許文献4】特開2002−361481号公報
【特許文献5】特開平7−171679号公報
【特許文献6】特開平9−227987号公報
【特許文献7】特開2004−136312号公報
【特許文献8】特開昭54−130451号公報
【特許文献9】特開2000−288728号公報
【特許文献10】特開2001−246495号公報
【特許文献11】特開2002−273599号公報
【特許文献12】特開2004−98108号公報
【特許文献13】特開2004−98109号公報
【特許文献14】特開2004−98113号公報
【特許文献15】特開2004−98114号公報
【特許文献16】特開2005−238305号公報
【特許文献17】特許第4173957号公報
【特許文献18】特開2004−136313号公報
【特許文献19】特許第4173999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来のすみ肉溶接継手、および、すみ肉溶接方法においては、以下に示す問題がある。
特許文献8〜16に記載の発明では、これらはいずれも高価な元素を多量に添加し、かつソリッドワイヤを用いる場合は伸線性が悪いことも加わり、高コストな溶接材料となる。さらに実用上の最大の欠点として、Ms点の低下に伴い高硬度金属となり、遅れ割れ(すなわち、水素割れ)の発生懸念の増大が避けられないという問題がある。たとえ板厚が薄く、拘束が小さいことから溶接直後には割れが発生しなくても、その後の運用環境によっては腐食による水素進入、脆化の可能性があり、遅れ割れの懸念がつきまとう。それを避けるには、溶接前後に溶接体を加熱して拡散性水素を逃がす熱処理を行う必要があるが、輸送機器のように数多くの継手を大量生産する場合には、コスト面から事実上現実的ではない。また、マルテンサイト組織が主体になるほど一般的に金属は脆くなり、脆性破壊を起こしやすくなる。なお、このような特性の一般的な指標として、シャルピー吸収エネルギーが低下する。
【0012】
特許文献17、18に記載の発明では、これらはCの濃度が高いゆえに、前記したように遅れ割れが発生しやすく、かつ高温割れ(すなわち、凝固割れ)も発生しやすい。またシャルピー吸収エネルギーも低い。さらに実際の生産において、溶込み深さやビードのへこみ量を管理することも困難である。
【0013】
特許文献19に記載の発明では、やはり溶込み深さや拘束度を管理することは、実際の生産においては困難であり、Ms点が高まった分、疲労強度改善効果が小さくなる。
以上のように、低温変態による引張残留応力の低下に依存した手段は現実的ではない。
【0014】
本発明は、これらの状況を鑑みてなされたものであり、溶接材料による止端部の圧縮残留応力の付与に過度に頼らず、応力集中を改善することで高い疲労強度を有すると共に、割れがなく、靭性にも優れたすみ肉溶接継手、および、このすみ肉溶接継手を得るためのガスシールドアーク溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るすみ肉溶接継手は、アーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)、すなわち、止端半径ρと母材の板厚tとの比率ρ/tが0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないことを特徴とする。
【0016】
かかる構成によれば、溶接金属のMs点を400℃以上550℃以下とすることで、耐割れ性および靭性が低下せずに、膨張変態が起きて引張残留応力が小さくなり、圧縮残留応力が発生する。また、ρ/tを0.25以上とすることで、応力集中が著しく緩和され、疲労強度が向上する。さらに、式(1)を満たすことで、応力集中緩和と残留引張応力緩和の複合効果が有効となる。
【0017】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C:0.08〜0.32質量%、Si:0.40〜3.00質量%、Mn:1.00〜5.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.030質量%以下を含有し、かつ酸化物の合計を1.0質量%以下(0質量%を含む)に抑制し、さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を7〜30質量%とし、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成され、かつ割れ欠陥のないことを特徴とする。
【0018】
かかる構成によれば、シールドガスとして、純Arガスを用いることで、溶接止端部の止端半径ρが大きくなり、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いることで、純Arガスでの溶接が可能となる。また、C,Mnを所定量含有することで、焼入れ性が高まり、Siを所定量含有することで、母材と溶接ビードの馴染み性が向上し、P,Sを所定量以下に抑制することで、凝固割れの発生が抑制される。さらに、酸化物の合計を所定量以下に抑制することで、アーク安定性が阻害されず、ビード形状が正常となり、応力集中も緩和される。そして、ワイヤに対する総フラックス質量比を規定することで、純Arシールドガスにおいて適度にアークが安定化し、また、段階溶融が適正に行われる。また、パルス波形を用いることで、平均電流に係わらず、高い電流域の作用を常に用いることができるので、ピンチ力が付与され、規則正しい溶滴離脱が実現される。
【0019】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C:0.08〜0.32質量%、Si:0.40〜3.00質量%、Mn:1.00〜5.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.030質量%以下を含有し、かつ酸化物の合計を1.0質量%以下に抑制し、さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を7〜30質量%とし、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成され、
溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)が0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないことを特徴とする。
【0020】
かかる構成によれば、シールドガスとして、純Arガスを用いることで、溶接止端部の止端半径ρが大きくなり、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いることで、純Arガスでの溶接が可能となる。また、C,Mnを所定量含有することで、焼入れ性が高まり、Siを所定量含有することで、母材と溶接ビードの馴染み性が向上し、P,Sを所定量以下に抑制することで、凝固割れの発生が抑制される。さらに、酸化物の合計を所定量以下に抑制することで、アーク安定性が阻害されず、ビード形状が正常となり、応力集中も緩和される。そして、ワイヤに対する総フラックス質量比を規定することで、純Arシールドガスにおいて適度にアークが安定化し、また、段階溶融が適正に行われる。また、パルス波形を用いることで、平均電流に係わらず、高い電流域の作用を常に用いることができるので、ピンチ力が付与され、規則正しい溶滴離脱が実現される。
さらに、溶接金属のMs点を400℃以上550℃以下とすることで、耐割れ性および靭性が低下せずに、膨張変態が起きて引張残留応力が小さくなり、圧縮残留応力が発生する。また、ρ/tを0.25以上とすることで、応力集中が著しく緩和され、疲労強度が向上する。さらに、式(1)を満たすことで、応力集中緩和と残留引張応力緩和の複合効果が有効となる。
【0021】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、前記ワイヤは、さらに、ワイヤ全質量換算で、TiとZrとAlとMgとの合計(Ti+Zr+Al+Mg)を0.80質量%以下含有することを特徴とする。
これらの成分を含有することで、溶滴の表面張力が上昇し、ワイヤ先端溶融部の長さが短くなり、純Arガス雰囲気下でのアーク安定性が改善される。
【0022】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、前記ワイヤは、さらに、ワイヤ全質量換算で、Ni:3.0質量%以下、Cr:3.0質量%以下、Mo:3.0質量%以下のうちの一種以上を含有することを特徴とする。
これらの成分を含有することで、靭性が低下せずに、Ms点が下がり焼入れ性が高まる。
【0023】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、前記式(1)を、下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+250・・・(2)
としたことを特徴とする。
かかる構成によれば、応力集中緩和と残留引張応力緩和の複合効果がさらに有効となる。
【0024】
また、本発明に係るすみ肉溶接継手は、前記アーク溶接を行う母材の板厚が6mm以下であることを特徴とする。
かかる構成によれば、同じ止端半径ρであれば板厚tが小さい方が応力集中効果が消失することから、板厚を6mm以下とすることで、応力集中効果を消失させやすくなる。
【0025】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、前記記載のフラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法であって、シールドガスとして純Arガスを用い、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いたことを特徴とする。
【0026】
かかる溶接方法によれば、シールドガスとして、純Arガスを用い、ワイヤとして、前記記載のワイヤを用いるため、溶接止端部の止端半径ρが大きくなり、また、焼入れ硬化性や母材と溶接ビードの馴染み性が向上すると共に凝固割れの発生が抑制される。さらに、アーク安定性が阻害されず、ビード形状が正常となり、応力集中も緩和される。そして、パルス波形を用いることで規則正しい溶滴離脱が実現される。これらの作用により、溶接金属は、Ms点、ρ/tが所定になると共に、これらが所定の関係を有するものとなる。
【発明の効果】
【0027】
本発明のすみ肉溶接継手は、疲労強度が高いため、すみ肉溶接された製造物の寿命を延ばすことが可能となる。さらに、従来Ms点を大きく低下させるために必要とされたNi等の高価な合金元素を多量に含有させる必要がなく、コスト的にも優れる。
【0028】
本発明のガスシールドアーク溶接方法は、溶接ワイヤ組成およびシールドガス組成を規定し、これに溶接電流波形を組み合わせることによって、継手の疲労強度が大幅に向上するため、すみ肉溶接された製造物の寿命を延ばすことが可能となる。また、遅れ割れや凝固割れ等の溶接割れが発生しない。さらにNi等の高価な合金元素を多量に含有させる必要がなく、コスト的にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】重ねすみ肉溶接継手におけるρ/tと応力集中係数ktの関係を示すグラフである。
【図2】ρ/tとMs点の本発明範囲と従来範囲を比較したグラフである。
【図3】(a)〜(c)は、ガスシールドアーク溶接における溶滴移行を説明するための図であり、溶接部の断面形状を示す模式図である。
【図4】実施例における重ねすみ肉溶接の条件を説明するための模式図であり、(a)は斜視図、(b)は(a)のA−A断面図である。
【図5】実施例における止端半径ρの測定方法およびMs点測定用試験片の採取要領を示す模式図である。
【図6】実施例における疲労試験片の形状と寸法を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
まず、図1〜3を参照して、本発明者らが完成するに至った本発明に係るすみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法の原理について説明する。
【0031】
一般的に応力集中係数は、止端半径ρと板厚tの比率ρ/tと相反する関係にあり、例えば止端半径ρが大きくなるほど応力集中係数は小さくなる、すなわち応力集中が弱まる。この関係を実験にて確認したところ、図1に示す結果となった。すなわち、ρ/tが0.20以下の領域では応力集中係数が著しく上昇し、疲労強度低下が著しい。COガスや、ArとCOの混合ガス(以下、適宜、Ar+COという)を用いた一般的なガスシールドアーク溶接法では、止端半径ρに関しては、これまで検討されたいかなる手段を講じても、ρ/tは0以上0.20以下の領域内でしか改善できておらず、ゆえに疲労強度改善効果が顕著ではないことがわかった。
【0032】
一方、ρ/tが0.25以上の領域では、ρ/tの変化に対して応力集中係数の変化は鈍感であり、平板の応力集中係数である1.0に近い値となる。したがって、この領域にまでρ/tを改善できれば、応力集中は著しく緩和され、疲労強度が改善することが期待される。
【0033】
疲労強度低下のもう一つの要因である引張残留応力の影響については、これまでの数々の文献で報告されているとおり、疲労強度に影響していることは間違い無い。これまでは止端形状の改善による疲労強度の改善手段がなかったため、室温冷却時に引張が圧縮に変わる体積膨張相変態を最大限利用した手段が提案されてきた。しかし、膨張変態、すなわちマルテンサイト変態は高硬度で脆化した特性を持ち、水素による遅れ割れが最も発生しやすい金属組織として周知である。ここで、溶接金属の硬度はマルテンサイト変態開始温度(Ms点)と相関があり、Ms点が低いほど高硬度となる。そして高硬度ほど遅れ割れ感受性が高まり、さらに吸収エネルギーも低下する。すなわち、Ms点の低い溶接金属は、耐遅れ割れ性、靭性の点で実用性が乏しい。
【0034】
これらの理由から、疲労強度が改善された実用性に富む溶接継手は、予熱無しで遅れ割れが発生しない範囲までMs点を低下させることによる引張残留応力の軽減と、疲労強度改善の不足分を補うための、止端形状を改善することによる応力集中緩和効果とを組み合わせるハイブリッド(複合)作用とすることで達成するのが最も望ましいとの結論に達した。なお、Ms点を過度に低下させる必要がなければ、高価な合金を必要とすることもないので、コスト面でもより実用性が増す。
【0035】
具体的には、溶接金属のMs点は400℃以上とすることが必要である。Ms点が400℃以上では、若干の膨張変態であるベイナイト変態あるいは低歪み領域のマルテンサイト変態程度で済み、遅れ割れ感受性は高まらず、溶接後の運用時の環境を考慮しても割れ懸念は無視できる。また吸収エネルギーも実用的範囲に収まる。一方、Ms点が550℃を超えると、実質的に膨張変態は生じなくなり、止端部の圧縮残留応力は見込めない。そして応力集中をいくら緩和しても、応力集中緩和の単独効果では大きな疲労強度改善には至らない。
【0036】
なお、本発明の範囲において、ρ/tが比較的小さい領域では、Ms点を低下させて圧縮残留応力を付与することによる複合効果を最大限必要とするため、1次式による相関領域を設ける。具体的には、「Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)」を満足しなければならない。さらには「Ms(℃)≦375×[ρ/t]+250・・・(2)」を満足するとなお好ましい。これらMs点と一次式の関係を図2に示す。なお、図中、式(1)の範囲は、式(2)の範囲を含む。この止端形状とMs点で構成される領域は、これまで革新的な止端半径の改善手段が無かったことから、実用手段が存在していない。しかし、本発明者らはこの領域を満足できる実用的アーク溶接法を開発した。
【0037】
次に図3を参照して、ガスシールドアーク溶接における溶滴移行について説明する。
図3(a)は従来のワイヤと従来のシールドガスを組み合わせた場合の溶滴移行とビード形状を示す模式図、(b)は従来のワイヤと純Arシールドガスを組み合わせた場合の溶滴移行とビード形状を示す模式図、(c)は本発明で規定するワイヤと純Arシールドガスを組み合わせた場合の溶滴移行とビード形状を示す模式図である。
【0038】
一般的なガスシールドアーク溶接法は、シールドガスにCOやAr+COといった酸化性ガスを用いる。これは、例えば前記した全ての先行技術文献においても該当する。この理由は、図3(a)に示すように、酸化性ガスがアーク11a中で熱乖離する際に生じる吸熱反応がアーク11aを緊縮させ、いわゆるピンチ力として作用し、ワイヤ先端の溶融部(以下、適宜、ワイヤ先端溶滴部という)12aを絞って切断してアーク11aを安定的に移行させる働きを持つためである。これによって、アーク11aは硬直性を有し、一定の狭い領域にアーク11aを集中させ、深い溶込みと安定な溶滴移行を実現している(溶滴13a参照)。しかし、発明者らの研究により、このアーク11aおよび溶滴移行箇所の集中は、ビード形状の凸化や、止端部の濡れ性低下の要因になっている短所でもあることをつきとめた(溶融池14a参照)。
【0039】
これに対し、研究を進めた結果、本発明で規定するフラックス入りワイヤと、従来、消耗電極式ガスシールドアーク溶接法には不適とされていた純Ar組成のシールドガス、さらにパルス溶接機を組み合わせることで、従来不可能であったρ/tが0.25以上の優れたビード止端形状が得られる実用化手段を発明するに至った。
【0040】
図3(b)に示すように、一般にシールドガスとして純Arを用いると、ピンチ力が発生しないため、ワイヤ先端溶滴部12bを切断して溶融池14bに移行させることが不可能となる。ゆえに、極めてアーク11bが不安定で、正常な溶接ビードを形成することが出来ない(溶融池14b参照)。またスパッタ15も発生する。
【0041】
しかし、図3(c)に示すように、化学成分や酸化物量、フラックス率等を規定した本発明で規定するフラックス入りワイヤにおいてのみ、ワイヤ先端溶融部12cの伸張が防止され、溶融池14cへの溶滴13cの移行が可能となり、かつ一般に酸化物が基点となる母材側陰極点が無いことに伴う母材側アーク発生点の適度な不安定性が、溶融池14bを画期的に広げる作用があることがわかった。これによって、止端部の馴染み性が改善し、止端半径ρを飛躍的に大きくすることができる。また、パルス溶接機は電流域によらずアーク安定性を改善する効果があり、ひいては止端部形状の改善、安定化に寄与する。
【0042】
このように、溶接金属のMs点が適度になるべく、溶接ワイヤの化学成分を最適に調整し、Arシールドガスとパルス溶接機を組み合わせることで、従来なし得なかった残留応力と止端部への応力集中の同時制御を可能とするに至った。
【0043】
以下、本発明のすみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法について説明する。
【0044】
≪すみ肉溶接継手≫
[第1実施形態]
本発明のすみ肉溶接継手は、アーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であり、溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)、すなわち、止端半径ρと母材の板厚tとの比率ρ/tが0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないものである。
以下、各構成について説明する。
【0045】
<Ms点:400℃以上550℃以下>
溶接金属のMs点が低いほど室温近くで膨張変態を起こし、引張残留応力が相殺されて小さくなる。さらには転じて圧縮残留応力が発生し、疲労強度を改善させる。この作用はMs点が550℃以下でなければ有効とならない。一方、Ms点が低いほど圧縮残留応力が大きくなるが、歪みの大きいマルテンサイト組織が助長されて割れが発生するため、実用的ではなくなる。さらにシャルピー吸収エネルギーも低下し、衝撃に弱くなる。本発明では止端形状改善による応力集中の緩和が有効に働くため、過度に低いMs点にする必要はなく、一般的な施工において耐割れ性および靭性に問題のない溶接金属が形成される400℃を下限とする。
ここでMs点は、例えば溶接金属の断面中央部よりMs点測定用試験片を切り出し、この試験片のMs点を変態点測定装置により測定することで算出することができる。
【0046】
<ρ/t:0.25以上>
応力集中の度合いを示す応力集中係数は、止端半径ρと母材の板厚tとの比率ρ/tに反比例する。すなわち、止端半径ρが一定の溶接止端では、板厚が小さいほどρ/tが高くなり、応力集中緩和が顕著となり、板厚が大きくなるにつれてρ/tが低くなり、応力集中が強くなって疲労強度が低くなる傾向がある。本発明の規定範囲のMs点による溶接止端部の残留応力域では、ρ/tが0.25以上であれば応力集中による疲労強度低下が大きく改善される。したがって、ρ/tは0.25以上とする。
ここで止端半径ρは、例えば溶接後のビード長さ方向中央部を垂直に切断して断面マクロ試験片を作成した後、これを光学顕微鏡で溶接金属表面と母材表面の会合部である、いわゆる止端部を拡大し、円周をあてがって、その半径を止端半径ρと定義することで算出することができる。
【0047】
<Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320>
前記のとおり、Ms点とρ/tを両方満足することが本目的には必要であるが、ρ/tの下限側とMs点の上限側の領域では、これらの複合効果が不足するため、Ms点とρ/tの関係について所定の制限を設ける必要がある。この制限については、これら両方のパラメータを含む下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
の関係を満たせば、応力集中緩和と残留引張応力緩和の複合効果が有効となる。すなわち、疲労強度が改善される。
なお、さらに効果を高めるため、前記式(1)の切片を「+250」として狭め、
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+250・・・(2)
とすることがより好ましい。
【0048】
また、アーク溶接を行う母材の板厚は6mm以下であることが好ましい。
<母材の板厚:6mm以下>
止端半径ρと板厚tの比率ρ/tは応力集中係数と相関があり、その値が大きいほど応力集中係数が1、すなわち平面に近づき、応力集中効果が消失するメカニズムは前記したとおりである。また、溶接法で止端半径ρを大きくする手段も前記したとおりであるが、同じ止端半径ρであれば板厚tが小さい方が、より効果的になることは明らかである。すなわち、板厚が小さいほど、本発明はその疲労強度改善効果が大きくなる。そして、板厚が6mm以下では本発明による止端半径ρの改善範囲との組み合わせで、その効果は顕著となる。したがって、板厚は6mm以下とすることが好ましい。
【0049】
[第2実施形態]
本発明のすみ肉溶接継手は、シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であり、前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C、Si、Mn、P、Sを所定量含有し、かつ酸化物の合計を所定量以下に抑制したものである。さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を規定したものである。そして、このすみ肉溶接継手は、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成され、かつ割れ欠陥のないものである。
さらにワイヤは、ワイヤ全質量換算で、TiとZrとAlとMgとの合計(Ti+Zr+Al+Mg)を所定量含有してもよく、Ni、Cr、Moのうちの一種以上を所定量含有してもよい。
以下、各構成について説明する。
【0050】
<シールドガス:純Ar>
本発明のすみ肉溶接継手の構造を形成する溶接方法の必須条件の一つとして、溶接時のシールドガスを純Arとする必要がある。従来、鉄系の消耗電極式溶接法では用いられない純Arとすることで、酸化性ガスを加えた一般的なシールドガスに対して、革新的にビードの止端形状を平坦化、すなわち止端半径ρを大きくすることが出来る。酸化性ガスを用いたシールドガスでは止端半径ρを改善することは出来ない。
なお、本発明における「純Ar」の表記は、数学上の100体積%Arではなく、工業製品としての純Arである。ここで、JIS K1105には工業用Arが規定されており、1級が純度99.99体積%以上、2級が純度99.90体積%以上であるが、どちらも本溶接の組み合わせとして問題なく使用可能である。
【0051】
<ワイヤ形態:外皮が帯鋼または鋼管のフラックス入りワイヤ>
本発明のすみ肉溶接継手を実現する溶接ワイヤは、純Arガスでの溶接を可能とするために、その構造はソリッドワイヤではなく、フラックス入りワイヤでなければならない。ただし、フラックス入りワイヤとしての構造は従来と同じである。ソリッドワイヤを用いても止端半径ρが大きくならず、ρ/tが低くなり、応力集中改善効果を得ることができない。フラックス入りワイヤの製造方法は帯鋼の長さ方向にフラックスを散布してから包み込むように円形断面に成形し伸線する方法や、太径の鋼管にフラックスを充填して伸線する方法があるが、いずれの方法でも本発明には影響しないため、いずれの方法で製造しても良い。さらにシームがあるものと無いものがあるが、これもいずれでも良い。外皮の成分については何ら規定する必要はないが、コスト面と伸線性の面から軟鋼の材質を用いるのが一般的である。また、表面に銅メッキを施す場合もあるが、めっきの有無は問わない。
【0052】
<C:0.08〜0.32質量%>
CはMs点を下げて焼入れ性を高める効果のある元素である。Ms点を本発明での上限である550℃まで下げるには、0.08質量%以上が必要である。一方、C含有量を高めるにつれ、Ms点は低下するが、硬度が上昇し遅れ割れが発生しやすくなる。また、相変態図における固液共存温度域が拡大することから、凝固割れも起きやすくなる。さらに靱性も低下する。遅れ割れが発生しないMs点として本発明では下限を400℃としたが、これを実現し、かつ高温割れも防ぎ、靭性も確保するためには、C含有量を0.32質量%以下に抑制することが必要である。なお、耐高温割れ性、靭性の観点から、さらに好ましくは0.25質量%以下である。
【0053】
<Si:0.40〜3.00質量%>
Siは溶融池の表面張力を下げ、母材と溶接ビードの馴染み性を向上させる働きがある元素である。止端部での応力集中を改善するには、0.40質量%以上が必要である。一方、3.00質量%を超えると、溶融池の粘性が上昇し、逆に馴染み性を劣化させる。さらに靱性も低下する。そのため、Si含有量は3.00質量%以下に抑制することが必要である。
【0054】
<Mn:1.00〜5.00質量%>
MnはMs点を下げて焼入れ性を高める効果のある元素である。Ms点を本発明での上限である550℃まで下げるには、1.00質量%以上が必要である。一方、Mn含有量を高めるにつれ、Ms点は低下するが、硬度が上昇し遅れ割れが発生しやすくなる。さらに靱性も低下する。遅れ割れが発生しないMs点として、本発明では下限を400℃としたが、これを実現し、靭性も確保するためには、Mn含有量を5.00質量%以下に抑制することが必要である。
【0055】
<P,S:各々0.030質量%以下>
P,Sは共に凝固割れを発生させやすくする元素である。一般的には故意に添加する必要は無い。しかし、それぞれ0.030質量%以下であれば含有しても実用上問題ないため、それぞれ0.030質量%を許容上限とする。なお、Sについては表面張力を下げて、母材と溶接ビードの馴染み性を向上させる働きがあるため、0.007質量%以上に制御するとより好ましい。
【0056】
<酸化物の合計:1.0質量%以下(0質量含む)>
一般的な酸化性ガス用フラックス入りワイヤの多くは、TiOx、SiOx、MnOx、ZrOx、MgOx(式中、xは数)といった金属酸化物をアークのソフト化、スラグ剥離性の向上、スラグ被りの確保といった目的のために積極添加している。しかし、本発明のすみ肉溶接継手を実現するために必要なフラックス入りワイヤは、組み合わせる純Arガスに最適化させる必要があり、純Ar雰囲気では、逆に酸化物の存在はアーク安定性を阻害する。この結果、正常なビード形状が得られず、応力集中緩和の効果も得られない。したがって、酸化物は少ないほど好ましい。酸化物の合計が1.0質量%以下であれば悪影響は顕著ではないので、1.0質量%を上限とする。
【0057】
<フラックスの残部が鉄粉>
フラックスは、合金元素の他は基本的に鉄粉で構成される。なお、鉄粉の定義としては、Fe濃度95質量%以上で、かつ粒度が500μm以下の粉体である。ただし、アーク安定性のさらなる改善目的でアルカリ金属やアルカリ土類金属、あるいはそれらの化合物を微量に添加することは本発明の目的に対して短所とはならないため、許容し得る。また、フラックス中には、その他の成分として、不可避的不純物を微量に含む。なお、不可避的不純物の成分は、本発明の目的には影響を及ぼさない。
【0058】
<総フラックス質量比:7〜30質量%>
ワイヤに対する総フラックス質量比は、ワイヤ単位長さあたりのフラックス質量であり、総フラックス質量比が小さいほど断面積における中心部のフラックス専有面積が小さいことを表す。純Arシールドガスにおいて適度にアークを安定化させるためには、フラックスと外皮鋼の2重構造が必要であり、総フラックス質量比が7質量%未満では実質的に2重構造の効果が消失し、ソリッドワイヤと同じく全断面均一溶融を起こしてワイヤ先端溶融部が細長くなり、溶滴移行、ビード形状共に不安定化する。ワイヤ先端溶融部を短くするには総フラックス質量比として7質量%以上が必要である。一方、30質量%を超えると外皮鋼が薄くなってワイヤとしての製造が困難になるだけでなく、電流が流れる外皮鋼の過熱が激しくなり、外皮鋼のみがアークより上部で溶融してしまうことでやはり適正な段階溶融が行われず、アークが不安定となる。したがってワイヤに対する総フラックス質量比は30質量%を上限とする。
【0059】
<溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形>
パルス溶接法では平均電流に係わらず、高い電流域の作用を常に用いてピンチ力を付与することにより、規則正しい溶滴離脱が実現できる。酸化性ガスの熱乖離による熱的ピンチ力が得られない純Arガス溶接法では、電流波形によるピンチ力の増大が特に必要である。規則正しい溶滴移行でなければビード形状に悪影響を及ぼし、しいては応力集中を改善することができない。本発明で規定する止端形状を得るにはパルス波形が必須である。パルスの設定については特に限定しないが、ピーク電流:350〜600A、ベース電流:30〜100A、1ピーク(立上り開始からピーク定常期を経て、立下り終了まで)の期間で0.8〜5.0msecが一般に使われる。
【0060】
<Ti+Zr+Al+Mg:0.80質量%以下>
Ti,Zr,Al,Mgは溶滴の表面張力を上昇させて、ワイヤ先端溶融部の長さを短くし、純Arガス雰囲気下でのアーク安定性を改善する元素である。これらの元素は金属そのもの(例えば、Ti,Zr,Al,Mg)や、これらの鉄合金(例えば、フェロチタン、フェロジルコニウム、フェロアルミニウム)、および、それぞれの合金(例えば、アルミマグネ合金)といった形態でフラックスとして用いる。なお前記したとおり、酸化物での添加は好ましくない。いずれの形態にしろ、Ti、Zr、Al、Mgの換算で合計0.80質量%以下の積極添加でアーク安定性は改善するが、0.80質量%を超えると過剰となり、溶接止端部の馴染み性が劣化して応力集中改善を妨げる。したがって、Ti+Zr+Al+Mgを添加する場合は、合計0.80質量%が上限である。
【0061】
<Ni,Cr,Mo:各々3.0質量%以下>
Ni,Cr,MoはMs点を下げて焼入れ性を高める効果のある元素である。これらは必ずしも添加せずとも、Ms点を本発明での上限である550℃まで下げる事は出来るが、CやMnといった焼入れ性を高める元素の一部を代替することができる。しかし、それぞれの添加量を高めるにつれ、Ms点は低下するが、硬度が上昇し遅れ割れが発生しやすくなる。さらに靱性も低下する。遅れ割れが発生しないMs点として本発明では下限を400℃としたが、これを実現し、靭性も確保するには、これらを添加する場合、各々3.0質量%以下に抑制することが必要である。
【0062】
また、アーク溶接を行う母材の板厚は6mm以下であることが好ましい。板厚については、前記第1実施形態で説明したとおりであるので、ここでは説明を省略する。
【0063】
[第3実施形態]
本発明のすみ肉溶接継手は、シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であり、前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C、Si、Mn、P、Sを所定量含有し、かつ酸化物の合計を所定量以下に抑制したものである。さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を規定したものである。そして、このすみ肉溶接継手は、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成されたものである。
また、溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)、すなわち、止端半径ρと母材の板厚tとの比率ρ/tが0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないものである。なお、前記式(1)は、
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+250・・・(2)
とすることがより好ましい。
【0064】
さらにワイヤは、ワイヤ全質量換算で、TiとZrとAlとMgとの合計(Ti+Zr+Al+Mg)を所定量含有してもよく、Ni、Cr、Moのうちのいずれか一種を所定量含有してもよい。
そして、アーク溶接を行う母材の板厚は6mm以下であることが好ましい。
第3実施形態の各構成については、第1実施形態および第2実施形態で説明したとおりであるので、ここでは説明を省略する。
【0065】
≪ガスシールドアーク溶接方法≫
本発明のガスシールドアーク溶接方法は、前記記載のフラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法であり、シールドガスとして純Arガスを用い、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いたものである。
すなわち、シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとして前記説明したフラックス入りワイヤを用い、溶接機の電流または電圧波形として前記説明したパルス波形を用いて溶接することで、形成されたすみ肉溶接継手が、前記記載した本発明のすみ肉溶接継手となる。つまり、このガスシールドアーク溶接方法により、前記第1実施形態、前記第2実施形態、前記第3実施形態のすみ肉溶接継手を得ることができる。
なお、本溶接方法で用いる純Arガス、フラックス入りワイヤ、パルス波形については、前記説明したとおりであるので、ここでは説明を省略する。
【0066】
以上説明したとおり、本発明のすみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法は、溶接材料による止端部の圧縮残留応力付与に過度に頼らず、応力集中を革新的に改善する、すなわち残留応力制御と止端形状を同時に改善することで継手疲労強度を向上させ、かつ遅れ割れ等の危険性、吸収エネルギーの低下を排除することができるものであり、高能率、低リスク、低コストを実現することができる。
【0067】
すなわち、溶接ワイヤ組成およびシールドガス組成を規定し、これに溶接電流波形を組み合わせることで、ビード止端形状を画期的に改善させ、かつ引張残留応力に影響するMs点を適正に調整し、さらに板厚を満足させれば、継手の疲労強度が大幅に向上して製造物の寿命を延ばすことが可能となる。また、従来技術の手法である、Ms点を室温付近にまで低下させることで起きる溶接割れ発生の危険性が生じないという画期的な効果が得られる。さらに、Ms点を大きく低下させるために必要とされたNi等の高価な合金元素を多量に含有させる必要もなくなり、コスト的にも実用的な技術である。
【実施例】
【0068】
次に、本発明に係るすみ肉溶接継手およびガスシールドアーク溶接方法について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを比較して具体的に説明する。
【0069】
[第1実施例]
第1実施例は、前記第1実施形態に係るすみ肉溶接継手に関するものである。
図4(a)、(b)に示すように、サンプル毎に板厚を変化させた母材である鋼板50,50同士を重ねすみ肉溶接し、以下の項目を確認した。
本溶接条件は、以下のとおりである。
ワイヤ径:1.2mm
シールドガス流量:20litter/min
トーチ前進後退角:無し(すなわち、溶接線方向に直角)
溶接電流、溶接電圧、溶接速度:板厚に応じて最適値(ここでは、縦板側脚長が上板まで到達すること)
【0070】
表1に、母材の組成と引張強度を示す。また、フラックス入りワイヤ外皮の組成を表2に示し、ワイヤ形態、フラックス中の成分組成、シールドガス組成、溶接機の条件、アーク安定性を、表3〜5に示す。ここで、ワイヤ形態としては、No.48,49,55,58,61は、ソリッドワイヤ(表中、Solidと記載)を用いたものであり、成分組成の欄には、ソリッドワイヤの組成を記している。その他は、フラックス入りワイヤ(表中、FCWと記載)を用いたものである。なお、表3〜5において、「−」は、成分を含有しないものや数値が存在しないものであり、また、所定の範囲を満たさないものについては、数値等に下線を引いて示す。さらに、純Arは、JIS K1105に準拠したArガスを用い、表中には、Ar100%と記載する。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
【表3】

【0074】
【表4】

【0075】
【表5】

【0076】
<アーク安定性>
アーク安定性については、溶接時に官能にて評価した。安定的に溶接可能な場合を良好(良)、激しくスパッタが発生した場合や、ビード形状が不均一となった場合等を悪い(悪)、として区分した。
【0077】
<Ms点>
継手に形成された溶接金属51のMs点は、図5に示すように、溶接金属51の断面中央部より直径2.5mm×長さ10mmの丸棒をMs点測定用試験片52として切り出し、この試験片のMs点を変態点測定装置にて測定した。
【0078】
<止端半径ρ,ρ/t>
止端半径ρについては、まず溶接後のビード長さ方向中央部を垂直に切断し、研磨、酸によるエッチングを経て断面マクロ試験片を作成した。これを倍率10とした光学顕微鏡で溶接金属表面と母材表面の会合部である、いわゆる止端部を拡大し、図5に示すように、円周をあてがって、その半径を止端半径ρ(mm)と定義した。また、止端半径ρと板厚tからρ/tを算出した。
【0079】
<式(1),(2)(表中、Y,Y)>
止端半径ρと板厚tとの比率ρ/t、および、Ms点の関係式である前記式(1)は、便宜上、式を変換して「Y=375×[ρ/t]+320−Ms(℃)」とし、Yが0以上であれば式(1)を満足したことになるので、本発明の規定範囲を満たすとして(◎)、マイナス値であれば、本発明の規定範囲を満たさないとして(×)とした。
さらに好ましい範囲を規定する前記式(2)は、便宜上、式を変換して「Y=375×[ρ/t]+250−Ms(℃)」とし、Yが0以上であれば、式(2)を満足したことになるので、本発明の好ましい規定範囲を満たすとして(◎)、マイナス値であれば、本発明の規定範囲は満足するものの、やや効果が弱いとして(○)とした。なお、Yがマイナスだった場合は、Yを計算する必要は無いため省略している。
【0080】
<疲労強度>
疲労強度については、溶接ワークから図6に示す疲労試験片60を採取し、両振平面曲げ疲労試験による疲労強度を測定することにより評価した。両振平面曲げ疲労試験は、周波数25Hz,正弦波応力の条件で行った。そして、10回の時間強度を疲労強度と定義し、200MPa未満の場合を疲労強度向上の効果無しとして不合格(×)、200MPa以上の場合を効果ありとして合格(○)、230MPa以上を顕著に効果ありとして合格(◎)とした。
【0081】
<割れ>
割れについては、溶接後にX線透過試験を行い、割れの有無を確認することで評価した。割れの発生が認められたものは不合格とした。なお、遅れ割れか凝固割れかの判断は、ビード内の発生箇所と割れ破面を観察することにより特定した。なお、割れの発生している継手は、疲労試験において全て10回に達する前に破断したため、データ無しとなった。
【0082】
<靭性>
溶接金属の靭性については、シャルピー衝撃試験での吸収エネルギーにより評価した。まず、重ねすみ肉溶接試験とは別に、フラックス入りワイヤであるJIS Z3313、または、ソリッドワイヤであるJIS Z3312を用いる場合に準拠した全溶着多層溶接を行った。そして、溶接金属の断面中央部からシャルピー衝撃試験片を採取し、シャルピー衝撃試験に供した。そして、−20℃の吸収エネルギーとして47J以上の場合を、靭性が十分として合格(○)、47J未満の場合を、靭性不足として不合格(×)とした。
【0083】
これらの結果を表6〜8に示す。なお、表6〜8において、「−」は、測定等を行なわなかったか、得られなかったものである。また、「ρ/t」は、小数点以下3桁目を四捨五入した値であり、Y,Yの計算では四捨五入しない値を用いている。また、Y,Yは、小数点以下1桁目を四捨五入した値である。そして、Yがマイナス値となったものについては、以下、式(1)を満足しないものとして説明する。
【0084】
【表6】

【0085】
【表7】

【0086】
【表8】

【0087】
No.1〜24は本願の実施例である。溶接金属のMs点とρ/tの関係が本願規定範囲を満足しており、割れ欠陥の発生が無く、疲労強度改善が認められた。靭性も良好であった。
【0088】
一方、No.25〜61は、比較例であり、以下の結果となった。
No.25〜27は、Ms点とρ/tの各々も規定範囲を満足するものの、これらの相関式である式(1)を満足しない継手性状のため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.28はρ/tが規定範囲を下回るため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.29はワイヤのC含有量が不足しているため、Ms点が規定範囲を超えている。したがって、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0089】
No.30はワイヤのC含有量が過剰なため、Ms点が低くなりすぎ、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。また凝固割れも発生した。これが原因で疲労試験において短時間で試験片が破壊され、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。No.31はSi含有量が不足しているため、濡れ性が低下して止端部形状が悪化して式(1)を満足しなかった。したがって疲労強度改善効果が認められなかった。No.32はSi含有量が過剰なため、溶融池粘性が高くなって止端形状が悪化し、式(1)を満足しなかった。したがって疲労強度改善効果が認められなかった。また靭性にも劣った。
【0090】
No.33はMn含有量が不足しているため、焼入れ性が不足してMs点が規定範囲を超え、また、式(1)を満足しなかった。したがって疲労強度改善効果が認められなかった。No.34はMn含有量が過剰なため、Ms点が低くなりすぎ、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で試験片が破壊され、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。No.35,36は酸化物合計量が本願規定範囲を超えており、純Arガス溶接においてアーク安定性が改善されず、ビード形状も悪化してρ/tおよび式(1)が規定範囲から外れた。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0091】
No.37はTi含有量が過剰なため、アーク安定性が劣化して、溶接止端部の馴染み性も劣化し、ρ/tが規定範囲を下回った。また、式(1)を満足しなかった。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.38、39、40は、それぞれMo含有量、Cr含有量、Ni含有量が過剰なため、Ms点が低くなりすぎ、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で試験片が破壊され、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。
【0092】
No.41はワイヤのフラックス率が不足しているため、純Arガス溶接においてアーク安定性が改善されず、ビード形状も悪化してρ/tおよび式(1)が規定範囲から外れた。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.42は逆にワイヤのフラックス率が過剰なため、純Arガス溶接においてアーク安定性が改善されず、ビード形状も悪化してρ/tおよび式(1)が規定範囲から外れた。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。またワイヤ製造自体が困難でもあった。No.43はワイヤについては規定範囲を満足するが、シールドガスが純Arではなく、一般的によく使われる酸化性ガスの、Ar80体積%とCO20体積%の混合ガス組成である。酸化性ガスとの組み合わせではビードが広がらず、溶接止端部の馴染み性が劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0093】
No.44はやや酸化性は薄くなるものの、やはり酸化性を持つ、Ar90体積%とCO10体積%の混合ガス組成である。そのため、やはりビードが広がらず、溶接止端部の馴染み性が劣化し、ρ/tが規定範囲を下回った。さらにCr含有量とNi含有量が過剰なため、Ms点が低くなりすぎ、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で試験片が破壊され、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。No.45はさらに酸化性が低い、Ar98体積%とCO2体積%の混合ガス組成である。しかし、なおビードが広がらず、溶接止端部の馴染み性が劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0094】
No.46はCO溶接を行ったものである。一般的にCO溶接ではパルス溶接法の特徴である低スパッタ効果が現れないため、電流波形も通常の定電流・定電圧特性が組み合わせられている。しかし、本願発明に規定するワイヤとの組み合わせではアーク安定性が悪く、溶接止端部の馴染み性が劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.47はワイヤ組成とシールドガス組成が本願範囲を満足するが、電流波形がパルスではなく、定電流・定電圧特性である。しかしこの波形ではアークが不安定であり、溶接止端部の馴染み性も劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0095】
No.48はワイヤ形態が針金状のソリッドワイヤである。そのため、純Arとの組み合わせでは非常にアーク安定性が悪く、溶接止端部の馴染み性も劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.49は同じくソリッドワイヤであり、シールドガスが酸化性のAr90体積%とCO10体積%の混合ガス組成である。そのため、アーク安定性は改善されたが、アークは本発明の溶接方法ように広がらず、ビードも広がらないので、溶接止端部の馴染み性が劣化し、ρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0096】
No.50はワイヤ形態、ワイヤ組成、シールドガス組成、電流波形は規定範囲を満足するものの、板厚との組み合わせの関係でρ/tおよび式(1)が規定範囲を下回った。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。No.51は一般的に流通するフラックス入りワイヤと、これに用いるガス組成、よび電流波形の組み合わせである。C含有量が不足しているため、焼入れ性が不足してMs点が規定範囲を超えている。さらに酸化物量が過剰であり、また酸化性ガスや定電流・定電圧特性の波形を用いていることからビード形状改善効果も無く、ρ/tおよび式(1)が規定範囲から外れた。そのため、疲労強度改善効果が認められなかった。
【0097】
No.52は従来提案されていた高C系の低温変態溶接材料であるが、Ms点が低すぎ、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。また凝固割れも発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。さらに、ρ/tが規定範囲から外れた。No.53、54は、それぞれP含有量、S含有量が過剰であり、凝固割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で試験片が破壊され、10時間強度が得られなかった。
【0098】
No.55は、特許文献18に記載の継手No.3を模擬した試験片である。ただしピーニング処理は施していない。特許文献18ではソリッドワイヤかFCWか不明であるが、ここではソリッドワイヤおよび、Ar80体積%とCO20体積%の混合ガスを用いたため、ρ/tが小さく、応力集中改善は得られなかった。また、Cが過剰であり、Ms点は低いものの、高温割れ、凝固割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。No.56は、特許文献3に記載のワイヤNo.7を模擬した試験片である。極めて多量のSを添加することで、ρ/tを高めているが、凝固割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。なお、Ms点低下による残留応力の低減は起きていない。
【0099】
No.57は、特許文献12に記載のワイヤNo.8を模擬した試験片である。多量のMnとNiを添加することでMs点を下げ、残留応力を改善しているが、溶接金属が過剰硬度となって、遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。なお、Ar80体積%とCO20体積%の混合ガスが適用されており、ρ/tが小さく、応力集中改善は得られなかった。No.58は、特許文献14に記載のNo.3の条件を模擬したものである。多量のNiとCrを添加することでMs点を下げ、残留応力を改善しているが、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。なお、Ar98体積%とO2体積%の混合ガスが適用されており、ρ/tが小さく、応力集中改善は得られなかった。
【0100】
No.59は、特許文献10に記載のワイヤNo.bを模擬した試験片である。多量のNiとCrを添加することでMs点を下げ、残留応力を改善しているが、溶接金属が過剰硬度となって遅れ割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。なお、シールドガスが使われておらず、ρ/tが小さく、応力集中改善効果が得られなかっただけでなく、ブローホールも発生した(表には未掲載である)。No.60は、特許文献17に記載のワイヤNo.W5を模擬した試験片である。Ar80体積%とCO20体積%の混合ガスではρ/tが小さく、応力集中改善効果は得られなかった。またCが過剰であり、Ms点は低いものの、高温割れ、凝固割れが発生した。これが原因で疲労試験において短時間で破壊したため、10時間強度が得られなかった。また靭性にも劣った。
【0101】
No.61は、特許文献2に記載のワイヤNo.Cを模擬した試験片である。ソリッドワイヤとAr80体積%とCO20体積%の混合ガスとの組合わせのため、ρ/tが小さく、応力集中改善効果は得られなかった。また、Ms点とρ/tを規定した式(1)も満足せず、疲労強度改善効果は得られなかった。
【0102】
[第2実施例]
第2実施例は、前記第2実施形態、前記第3実施形態に係るすみ肉溶接継手、および、前記ガスシールドアーク溶接方法に関するものである。
試験方法、評価方法等は前記第1実施例と同様であり、母材の組成やフラックス入りワイヤ外皮の組成も同様である。
【0103】
また、ワイヤ形態、フラックス中の成分組成、シールドガス組成、溶接機の条件、アーク安定性は、前記第1実施例の表3〜5におけるNo.1〜24、29〜49、51〜61と同様である。結果についても、表6〜8におけるNo.1〜24、29〜49、51〜61と同様である。よって、ここでは表3〜8を参照して説明する。
【0104】
No.1〜24は本願の実施例である。成分組成や、溶接金属のMs点とρ/tの関係が本願規定範囲を満足しており、割れ欠陥の発生無く、疲労強度改善が認められた。靭性も良好であった。また、その作製条件も本願発明範囲を満足しており、Ms点とρの最適化を図ることが出来ている。
一方、No.29〜49、51〜61は、比較例である。なお、比較例については、前記第1実施例での説明と同様であるので、ここでは説明を省略する。
【0105】
以上、本発明について実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて広く改変・変更等することが可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0106】
11a,11b,11c アーク
12a,12b,12c ワイヤ先端溶滴部
13a,13c 溶滴
14a,14b,14c 溶融池
15 スパッタ
50 鋼板
51 Ms点測定用試験片
60 疲労試験片


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、
溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)が0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないことを特徴とするすみ肉溶接継手。
【請求項2】
シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、
前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C:0.08〜0.32質量%、Si:0.40〜3.00質量%、Mn:1.00〜5.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.030質量%以下を含有し、かつ酸化物の合計を1.0質量%以下に抑制し、さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を7〜30質量%とし、
溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成され、かつ割れ欠陥のないことを特徴とするすみ肉溶接継手。
【請求項3】
シールドガスとして純Arガスを用い、ワイヤとしてフラックス入りワイヤを用いたアーク溶接により形成された鋼のすみ肉溶接継手であって、
前記ワイヤは、外皮として帯鋼または鋼管を用い、ワイヤ全質量換算で、C:0.08〜0.32質量%、Si:0.40〜3.00質量%、Mn:1.00〜5.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.030質量%以下を含有し、かつ酸化物の合計を1.0質量%以下に抑制し、さらに、ワイヤに対する総フラックス質量比を7〜30質量%とし、
溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いて形成され、
溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が400℃以上550℃以下、溶接止端部の止端半径ρを母材の板厚tで割った値(ρ/t)が0.25以上、かつ下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+320・・・(1)
を満たし、かつ割れ欠陥のないことを特徴とするすみ肉溶接継手。
【請求項4】
前記ワイヤは、さらに、ワイヤ全質量換算で、TiとZrとAlとMgとの合計(Ti+Zr+Al+Mg)を0.80質量%以下含有することを特徴とする請求項2または請求項3に記載のすみ肉溶接継手。
【請求項5】
前記ワイヤは、さらに、ワイヤ全質量換算で、Ni:3.0質量%以下、Cr:3.0質量%以下、Mo:3.0質量%以下のうちの一種以上を含有することを特徴とする請求項2ないし請求項4のいずれか一項に記載のすみ肉溶接継手。
【請求項6】
前記式(1)を、下記式
Ms(℃)≦375×[ρ/t]+250・・・(2)
としたことを特徴とする請求項1または請求項3に記載のすみ肉溶接継手。
【請求項7】
前記アーク溶接を行う母材の板厚が6mm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のすみ肉溶接継手。
【請求項8】
請求項2から請求項5のいずれか一項に記載のフラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法であって、
シールドガスとして純Arガスを用い、溶接機の電流または電圧波形としてパルス波形を用いたことを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−11429(P2012−11429A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151082(P2010−151082)
【出願日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】