説明

めっき浴内の温度分布推定装置、温度分布推定方法、及び連続溶融金属めっきプロセスの操業方法

【課題】めっき浴内の実測する温度測定点の数を抑えつつ、精度良く浴温分布推定を可能とする。
【解決手段】1又は2以上の温度センサがめっき浴内の温度をそれぞれ測定する。浴温推定器12が、熱収支算出手段12Aがめっき浴内に浸漬する鋼板3とめっき浴との熱収支を求め、ヒーター8によるめっき浴への加熱量と上記熱収支とに基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定する。浴温分布推定器13は、上記1又は2以上の温度センサが測定した温度測定値と浴温推定器12が推定した温度推定値とに基づき、空間的に補間を行うことで、任意のめっき浴中の位置の温度を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、連続溶融金属めっき鋼板等の金属帯のめっき設備において、めっき浴中の任意の点における温度を推定する技術、及び、それを用いた連続溶融金属めっきプロセスの操業方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼板に代表される溶融金属めっき鋼板の連続めっき処理では、帯状の鋼板(金属帯)を、溶融金属を貯留しためっき浴に対し連続して浸漬させ、続いて引き上げる処理が実施される。上記帯状の鋼板は、通常巻き取られた円筒状態(コイルと呼ばれる)でハンドリングされるが、上記めっき処理においては、めっき浴に浸漬される前に、巻き戻される各コイルの尾端と先端とを順次溶接することで連続した鋼帯にしてめっき処理が行われる。また、溶融亜鉛めっき鋼板は、防錆性に優れているので各種用途に使用され、自動車用内装材、自動車用外装材、建材として大量に使用される。
【0003】
しかし近年、溶融亜鉛めっき鋼板の品質特性のうち、特に表面品質に対する要求が厳しくなってきている。
ここで、めっき浴中では、FeとZn、またはFeとAlの化合物であるドロスと呼ばれる不純物が生成され、生成されたドロスが鋼板に付着した場合には、表面欠陥となってプレス加工時に顕在化するという問題がある。そして、めっき浴の温度(浴温)の変動は、浴中のドロス生成に影響を与えるため、浴温変動を小さくすることは品質管理上非常に重要である。
【0004】
一般的に、浴温の制御は、浴温目標値と浴温実績値の偏差に基づいて、溶融金属を貯留しためっき槽内を加熱するヒーターの出力を調節することで行われる。定常的な操業状態においては、このような浴温制御で十分浴温変動を抑制することができるが、鋼板の搬送速度が変動すると、めっき浴内で温度差が生じる。
これに対し、特許文献1では、めっき浴内の異なる箇所の浴温をそれぞれ測定し、その測定結果に基づいて浴中の温度差を低減させる、めっき浴のドロス発生抑制方法が開示されている。特許文献1では、浴中の温度差としては、浴中の最高温度と最低温度の差であって、該温度差を5℃以内に管理することが望ましいとされている。また、めっき浴の異なる箇所としては、めっき浴の上部および下部が望ましいとされている。
【0005】
また、特許文献2では、焼鈍後の鋼板を浸漬する溶融亜鉛めっき浴における浴温制御で、浴温測定値が目標範囲内に入るように焼鈍炉冷却帯での目標板温設定値を制御する、めっき浴の温度制御方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−107208号公報
【特許文献2】特開平6−108214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
浴温変動には、めっき浴内の位置による温度の差異、すなわちめっき浴内の温度分布と、その温度分布の時間的な変動の両方が含まれる。また、溶融金属めっきプロセスの品質管理を厳格に実施するには、めっき浴の上部と下部の温度差だけでなく、めっきポット内の温度分布の時間的な変動を詳細に把握して、管理・制御することが望ましい。めっき浴全体の温度分布を把握するためには、例えば、めっき浴内の複数点に熱電対(温度センサ)を設置し、それらの熱電対による測定値を用いて温度分布の管理、制御を行う必要がある。
【0008】
しかし、設置する熱電対(温度センサ)の数が多い場合、それらの測定値に基づいて、どのような管理、制御を行うかが課題となる。
また、ドロス生成にはめっき浴内の温度分布(浴温分布)が影響するが、温度分布は、めっき浴に進入する鋼板が持ち込む熱量、めっき浴から失われる熱量、およびヒーター(加熱手段)によってめっき浴に加えられる熱量のバランス、およびめっき浴内の溶融金属の流動によって複雑に変動する。そのため、浴温分布を制御、管理するには、個別の熱電対の測定値、あるいは特許文献1に開示されているように2点の測定値の差の時間変動を監視するのでは不十分であり、より多くの測定点の情報から浴温分布の時間変動を詳細に把握する必要がある。
【0009】
しかしながら、めっき浴中には、斜め上方から浸漬された帯状の鋼板の進行方向を転換するためのシンクロールや、鋼板を保持するためのロール、さらにはそれらのロールを支持するための機構が浸漬されているため、めっき浴中において、熱電対などの温度センサを設置できる場所は限られており、また、品質管理上重要な場所には温度センサの設置が困難な場合がある。また、温度センサを使用するコストやメンテナンスの観点からは、浴中の温度測定点の数はなるべく少なくしたいが、浴温分布の推定精度を向上させるにはなるべく多くの温度測定点の温度情報が必要である。
【0010】
また、原理上は少なくとも2箇所、実用的には少なくとも5箇所以上の温度データを用いる必要があり、溶融金属内という厳しい環境条件の下、限られた設置スペースに多数の温度センサを設置し、その精度を維持、管理していくことは大変な負荷となる。
本発明は、上記のような点に着目したもので、めっき浴内の実測する温度測定点の数を抑えつつ、精度良く浴温分布推定を可能とする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
浴温分布は、次の(a)(b)によって変動する。
(a)めっき浴に進入する金属帯が持ち込む熱量、めっき浴から失われる熱量、および加熱手段によってめっき浴に加えられる熱量のバランス(熱収支)
(b)めっき浴内の溶融金属の流動
また、めっき浴中の所定位置の温度は、上記の浴温分布に影響を与える要因を考慮した計算式(モデル式)を用いることにより推定することができる。すなわち、めっき浴と浴中に浸漬する金属帯との熱収支、および加熱手段での加熱によるめっき浴の温度変化を表す関係式を用いることにより推定することができる。この温度推定値を、温度測定値の代わりに用いることにより、めっき浴中に設置する温度センサの数を抑えつつ、めっき浴内の温度分布推定を高精度に行うことができるようになる。
【0012】
また、品質管理上重要な場所には温度センサの設置が困難な場合があるが、その場所の温度データを精度良く取得することが好ましい。
本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
すなわち、上記課題を解決するために、本発明のうち請求項1に記載した発明は、 溶融金属を貯留しためっき浴に金属帯を連続的に浸漬した後に引き上げると共に、そのめっき浴内の溶融金属を加熱する加熱手段を備えるめっき設備における、上記めっき浴内の温度分布を推定する温度分布推定装置において、
上記めっき浴内の温度をそれぞれ測定する1又は2以上の温度センサと、
上記めっき浴内に浸漬する金属帯とめっき浴との熱収支を求める熱収支算出手段と、
上記加熱手段によるめっき浴への加熱量と上記熱収支算出手段が算出する熱収支とに基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定する第1の温度推定手段と、
上記1又は2以上の温度センサが測定した温度測定値と第1の温度推定手段が推定した温度推定値とに基づき、空間的に補間を行うことで、めっき浴内における、上記温度センサで測定する位置及び第1の温度推定手段が推定する位置以外のめっき浴中の位置の温度を推定する第2の温度推定手段と、
を備えることを特徴とする。
【0013】
次に、請求項2に記載した発明は、請求項1に記載した構成に対し、上記温度センサが測定した測定温度、及び第1の温度推定手段が推定した推定温度を温度Ti(i=1、2、…、n)としたときに、
第2の温度推定手段は、推定する位置の推定温度Teを、予め設定した重みWi、若しくは、温度Tiに対応するめっき浴中の位置と推定温度Teに対応するめっき浴中の位置における温度の相関の大小を示す重みWiを用いて、下記式に基づき推定することを特徴とする。
【0014】
【数1】

【0015】
次に、請求項3に記載した発明は、溶融金属を貯留しためっき浴に金属帯を連続的に浸漬した後に引き上げると共に、そのめっき浴内の溶融金属を加熱する加熱手段を備えるめっき設備における、上記めっき浴内の温度分布推定方法において、
上記めっき浴内の1又は2以上の箇所の温度を測定すると共に、
上記めっき浴内に浸漬する金属帯とめっき浴との熱収支、及び上記加熱手段によるめっき浴への加熱量に基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定し、
更に、上記測定した温度及び上記推定した温度に基づき、空間的に補間を行うことで、めっき浴内における、上記温度を測定する位置及び温度推定する位置以外の任意の位置の温度を推定することを特徴とする。
【0016】
次に、請求項4に記載した発明は、請求項3に記載した構成に対し、上記測定した温度及び上記熱収支で推定した温度を温度Ti(i=1、2、…、n)としたときに、上記任意の位置の推定温度Teを、予め設定した重みWi、若しくは、温度Tiに対応するめっき浴中の位置と推定温度Teに対応するめっき浴中の位置における温度の相関の大小を示す重みWiを用いて、下記式に基づき推定することを特徴とする。
【0017】
【数2】

【0018】
次に、請求項5に記載した発明は、請求項3又は請求項4に記載した温度分布推定方法を用いてのめっき浴内の温度分布を求め、その求めためっき浴内の温度分布と予め設定し
た基準とする温度分布とを比較することにより、めっき浴内の温度分布を監視することを特徴とする連続溶融金属めっきプロセスの操業方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、金属帯とめっき浴との熱収支、及び上記加熱手段によるめっき浴への加熱量に基づき推定した1又は2以上の推定温度と、実際に測定した1又は2以上の測定温度とによって他の位置の浴温について温度を推定することで、温度センサによる測定値だけを用いる場合に比べて、浴内に設置する温度センサの数を減らすことができ、その精度維持、管理に要する負荷を軽減することができる。
【0020】
また、温度分布の推定に用いる温度データの点数を増やすことができるので、温度分布の推定精度を高めることができる。特に、浴内において温度センサを設置することが困難な場所であっても、第1の温度推定手段よって推定した当該位置の温度推定値を用いることにより、温度センサを設置することなく温度分布の推定に用いる温度データの点数を増やすことができる。この結果、温度分布の推定精度を高めることができる。
【0021】
また、浴内に設置する温度センサの数を減らすことができ、その精度維持、管理に要する負荷を軽減することができる。
また、請求項5に係る発明によれば、浴内における特定の点状位置の温度ではなく、浴全体の温度分布を、精度よく推定することができるようになったので、時々刻々の浴温分布を通常の操業状態における浴温分布などの予め設定した基準の浴温分布と比較することにより、めっき浴内の温度、流動の異常が検出しやすくなる。この結果、これらの異常によるめっき鋼板の表面品質不良を生じさせることなくめっきプロセスの操業を行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に基づく実施形態に係るめっき設備を示す構成図である。
【図2】熱電対の配置を示す図である。
【図3】本実施形態で求めた浴温分布の例を示す図である。
【図4】比較のための浴温分布を示す図である。
【図5】重みの求め方を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本実施形態に関するめっき設備を説明する概要構成図である。
(構成)
本実施形態では、金属帯として帯状の鋼板3を例示する。その他の金属板からなる金属帯であっても適用可能である。本実施形態では、順次、先行の鋼板3の尾端と後行の鋼板3の先端とを溶接によって接続することで、連続してめっき処理を行う場合を想定して説明する。
【0024】
本実施形態の溶融めっき設備は、図1に示すように、浴槽1(ポット)内に溶融金属として溶融亜鉛20が収容されている。その溶融亜鉛20による浴中には、鋼板3の進行方向を転換するシンクロール2が配置されている。また、その浴槽1の上流には、焼鈍炉の冷却帯(図示せず)が配置されている。その冷却帯には鋼板3を冷却するための冷却ゾーンが配置されている。冷却ゾーンにおける冷却は、例えば送風ファンによる空冷によって実施され、送風ファンの送風量を調整することで、浴に進入する前の鋼板3の温度降下量(抜熱量)を制御可能となっている。その冷却ゾーンの出側に設けられたスナウト21には板温検出器11が設置され、板温検出器11は、めっき浴に進入する鋼板3の温度を測定している。
【0025】
また、制御用浴温検出器6が上記めっき浴内に配置されている。制御用浴温検出器6は、検出した浴温測定値を浴温制御装置7に出力する。また、浴加熱装置(加熱手段)としてのヒーター8が上記めっき浴内に配置されている。
浴温制御装置7は、制御用浴温検出器6が測定した浴温測定値と、制御用計算機9から伝送された浴温目標値に基づいて、浴温を浴温目標値に一致させるための加熱制御量を求め、その加熱制御量をヒーター制御装置10に出力する。ヒーター制御装置10は、浴温制御装置7から入力した加熱制御量に応じた加熱量に上記ヒーター8を操作する。これによって、上記の浴温測定値が浴温目標値に一致するようにフィードバック制御が行われる。
【0026】
また、上記めっき浴内に1又は2以上の熱電対4が温度センサとして配置されている。図1では、図が煩雑になるので熱電対4の配置位置を1箇所だけ示しているが、実際には図2のように、めっき浴内の6箇所にそれぞれ設置した。6個の熱電対4のうち、3本の熱電対4は鋼板3が進入する側でシンクロール2の軸からの距離が900mmである位置、残り3本の熱電対4はその反対側で同様にシンクロール2軸からの距離が900mmである位置に設置した。深さ方向は、浴槽1の上端からの距離が300mm、900mm、1500mmとなる位置にそれぞれ対をなして熱電対4を配置した。また、6本の熱電対4はいずれも図1中の手前側に設置され、鋼板3を搬送するラインのセンターからの横方向距離を1500mmとした。
【0027】
本実施形態では、上記複数の熱電対4を、上記側面視で浴中に浸漬している鋼板3の上側領域Aを除く領域に配置されている。そして、各熱電対4の検出値は浴温分布推定器13に出力される。
符号12は浴温推定器12である。浴温推定器12は、めっき浴内の予め設定した1又は2以上の位置の浴温を推定する装置である。浴温推定器12は、上記めっき浴内に浸漬する鋼板3とめっき浴との間の熱収支と、ヒータによるめっき浴への加熱量とから予め設定した1又は2以上の位置の浴温を推定する。そして、浴温推定器12は、推定した浴温を浴温分布推定器13に出力する。
【0028】
上記浴温推定器12は、熱収支算出手段12Aと第1の温度推定手段12Bとを備える。
熱収支算出手段12Aは、上記めっき浴内に浸漬する鋼板3とめっき浴との熱収支を求める。第1の温度推定手段12Bは、ヒーター8によるめっき浴への加熱量と上記熱収支算出手段12Aが算出する熱収支とに基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定する。
【0029】
本実施形態の浴温推定器12は、図1中符号5の位置の浴温を推定することとする。
符号5の位置は、シンクロール2の上側の領域A(上側領域Aとも呼ぶ。)内に位置する。この上側領域Aは、めっき浴に浸漬した鋼板3、シンクロール2およびシンクロール2の支持機構に取り囲まれている。このため、めっき浴内において、この上側領域Aへの溶融亜鉛20の外部からの流入、及びこの上側領域Aから外部への溶融亜鉛20の流出が少ないので、上側領域Aは、その他のめっき浴中の位置との温度変化の相関が比較的小さい。また、この上側領域Aは、鋼板3とめっき浴との熱収支の影響を直接的に受ける部分であるため、上記熱収支から精度良く温度を推定可能と考えられる。以上の理由から、例えば、めっき浴に進入する鋼板3の温度が低下して鋼板3がめっき浴に持ち込む熱量が減少すると、上記上側領域Aの浴温が低下することで、上記上側領域Aにおいてドロスの析出、成長が促進され、鋼板3の表面欠陥発生率が高くなる恐れがある。そのため、上記上側領域Aの溶融金属の温度を管理することは鋼板3の表面品質管理上重要である。しかし、浴中の機器(シンクロール2の支持機構など)との干渉があるため、上記上側領域A内の位置(5の位置)に浴温測定のための熱電対4をめっき処理中に設置することが困難な場合もある。
【0030】
本実施形態の浴温推定器12は、上記5の位置の浴温を、めっき浴と鋼板3との熱収支およびヒーター8(浴加熱装置)によるめっき浴の温度変化を表す関係式を使用して推定する。なお、上記熱電対4、制御用浴温検出器6、ヒーター8は、上記上側領域A以外のめっき浴中の位置に設置されている。
ここで、めっき浴に進入する鋼板3の温度は、通常は浴温よりも高いことから、めっき浴に進入する鋼板3は、熱を浴に与えながらめっき浴内を移動する。一方、浸漬した鋼板3がめっき浴から引き上げられる際には、そのときの鋼板3温度は浴温と一致していると考えてよい。以上から、本実施形態では、鋼板3が浴へ持ち込む熱量と持ち出す熱量の差、つまり熱収支を以下のように求める。すなわち、単位時間に鋼板3がめっき浴に与える熱量は、進入板温Tsと浴温代表値Tcとの温度差、単位時間にめっき浴を通過する鋼板3の体積、鋼板3の比熱ρ、及び鋼板3の密度Cを乗じることで精度良く推定することが出来る。また、単位時間にめっき浴を通過する鋼板3の体積は、鋼板3の板幅B、板厚h、および搬送速度Vの積(=BhV)となる。さらに、鋼板3がめっき浴に与える熱量による浴温の変動は、めっき浴内の流動などによって拡散することで、めっき浴内の各点における浴温は、所定の遅れをもって変動する。
【0031】
以上のことを考慮して、鋼板3とめっき浴の熱収支の変化から5の位置の浴温変化までの動特性を表す伝達関数を設定し、その伝達関数をF(s)と記載する。
同様に、ヒーター8からの入熱(出力P)、すなわちヒーター8がめっき浴に与える熱量による浴温の変動も、めっき浴内の流動などによって拡散することで、めっき浴内の各点における浴温は、所定の遅れをもって変動する。これに鑑み、ヒーター8の出力による浴温変化から5の位置の浴温変化までの動特性を表す伝達関数を設定し、その伝達関数をG(s)と記載する。
【0032】
そして、上記伝達関数F(s)、G(s)を使用することで、5の位置における浴温推定値Tmは、鋼板3とめっき浴との熱の授受(熱収支)、およびヒーター8による加温の効果の和として、(1)式で示すような関係式を使用することで求めることが出来る。なお、鋼板3の比熱ρ、鋼板3の密度Cを除き、各データはすべて時間の関数である。
【0033】
【数3】

【0034】
ここで、T0は、温度推定値のオフセットを補償するための定数項である。また、
(2)式で表されるuは、鋼板3とめっき浴との熱の授受(熱収支)を求める式である。
以上のように、制御用計算機9が鋼板3の板幅B、板厚h、搬送速度Vを浴温推定器12に伝送し、制御用浴温検出器6が、測定した浴温代表値Tcを浴温推定器12に出力し、めっき浴に進入する鋼板3温度を測定する板温検出器11が進入板温Tsを浴温推定器12に出力し、ヒーター8が出力Pを浴温推定器12に出力する。そして、熱収支算出手段12Aが上記(2)式に基づいて熱収支を求め、第1の温度推定手段12Bが、上記(1)式に基づいて、5の位置における浴温推定値Tmを求める。
【0035】
ここで、上記伝達関数F(s)、G(s)、定数項T0は、5の位置における浴温推定
値Tmが実際の浴温を精度良く近似するように調整する必要がある。その調整はたとえば
次のようにして実施する。5の位置に熱電対4を仮設置してめっき操業を行うことで、伝達関数F(s)、G(s)のパラメータ及定数項T0を調整する。すなわち、伝達関数F(s)、G(s)を1次遅れ系の伝達関数とし、その時定数とゲインおよびT0を(1)式に含まれる変数の時系列信号に基づいて調整する。これにより、(1)式で推定した5の位置における浴温推定値Tmが仮設置した熱電対4による測温値Ttと精度よく近似するように、これらのパラメータを調整できる。このとき、鋼板3とめっき浴との熱の授受による影響と、ヒーター8の加温による影響は、それぞれ個別に求める方が望ましい。そのため、時系列信号の中で板幅、板厚、搬送速度、進入板温の変化が無視できる浴中の区間を用いて伝達関数G(s)を求める。
具体的には、伝達関数G(s)を下記式で表す。
【0036】
【数4】

【0037】
そして、ヒーター8の出力Pの変化に対応した熱電対4による測温値Ttの変化を(1)式の浴温推定値Tmが精度よく近似するように、G(s)のパラメータKG、TGを求める。パラメータ調整には、最小二乗法を用いることもできるが、ヒーター8の出力Pと熱電対4による測温値Ttの時系列チャートを参照して、Pが変化している部分を抽出し、その抽出した部分での測温値Ttの変化に浴温推定値Tmの応答が合うようにKG、TGを調整することでも実用上十分な精度が得られる。
同様に、ヒーター8出力の変動が無視できる区間を用いて伝達関数F(s)を求める。
具体的には、伝達関数F(s)を下記式で表す。
【0038】
【数5】

【0039】
そして、熱の授受を表すuが変化したときの熱電対4による測温値Ttを(1)式の浴温推定値Tmが精度よく近似するようにF(s)のパラメータKF、TFを求める。
また、図1において符号13は、第2の温度推定手段を構成する浴温分布推定器13である。
【0040】
浴温分布推定器13は、上記1又は2以上の温度センサである熱電対4が測定した温度測定値と浴温推定器12が推定した温度推定値とに基づき、空間的に補間を行うことで、めっき浴内における、上記温度センサで測定する位置及び浴温推定器12が推定する位置以外の位置の温度を推定する。
本実施形態の浴温分布推定器13は、熱電対4(No.1〜6)から得られる浴温測定値Ti(i=1、2、…、6)、および5の位置の浴温推定値Tmを入力し、その入力した浴温を使用し(5)式に基づき空間的に補間を行って、浴槽1(ポット)内の複数の箇所の浴温を推定する。(5)式では、TmをTi(i=7)としている。なお、制御用浴温検出器6の測定値も使用して推定しても良い。
【0041】
【数6】

【0042】
ここで、Wiは、空間的に補間するために、めっき浴中の位置ごとに予め設定した重みである。指定するめっき浴中の位置の温度をTeとしたとき、Wiは浴温測定値あるいは浴温推定値Ti(i=1〜7)と温度Teとの相関の大小を表しており、相関が大きいほどWiの値が大きくなる。
【0043】
ここで、めっき浴内には、溶融金属の流れ(対流など)が存在し、温度分布にはその影響が強く現れる。そのため、めっき浴内のある点の温度Teを推定するときに、温度測定値Tiの測定点あるいは浴温推定値Tmの測定点と、浴温分布推定器13が推定する位置との直線距離を用いて重み付き平均値を求めても十分な精度は得られない。このため、本実施形態では、数値計算などの手法によって、温度Ti、Tmに対応するめっき浴中の位置と、温度Teに対応するめっき浴中の位置における温度の相関の強さを重みWiとして予め求める。そしてその予め求めたWiを重みとして、(5)式にように、Ti、Tmの重み付き平均値によってTeを求めることにより、高精度の浴温分布推定を行う。
【0044】
上記重みWiの求め方は、例えば次のようにする。すなわち、温度Ti、Tmに対応した温度測定点において熱を発生させた場合に、予め設定した時刻が経過したときのめっき浴内のある点(推定する位置)の温度の変化量を数値計算で求める。そして、例えばその温度変化量をもって重みWiとする。図5は、その例を示したものであり、めっき浴内の溶融金属の流動と温度を数値計算するシミユレーションとにより、予め設定した位置の温度測定値において単位の熱を発生させたときのめっき浴内の点1、2における溶融金属の温度変化を求めたものである。この計算結果から、熱を与えてから時間τだけ経過したときの温度上昇量W1,W2をもって上記温度測定点と温度推定点1、2との温度をW1,W2で関連付ける。同様の数値計算をめっき浴内の浴温推定に必要な箇所の全ての温度推定点について行う。
【0045】
さらに、浴温分布推定器13は、例えば、熱電対4(No.1〜6)から得られる浴温測定値Ti(i=1、2、…、6)、5の位置の浴温推定値Tm、及び(5)式に基づき推定した推定温度を使用して、浴槽1(ポット)内のめっき浴の浴温の等温線データを作成する。そして、浴温分布推定器13は、作成した等温線データを表示装置14に出力し、表示装置14は、等温線データに基づく浴温分布を表示する。
【0046】
そして、上記浴温分布推定器13による浴温分布の推定を用いて、時々刻々求めた浴温分布と、予め求めた通常の操業状態における浴温分布(基準の浴温分布)と比較することにより、めっき浴内の温度、流動の異常の有無を監視する。基準の浴温分布は、正常の分布と推定される浴温分布である。
これによって、めっき浴内の温度、流動の異常によるめっき鋼板3の表面品質不良を早期に検出若しくは事前に抑制したプロセスの操業を行う。時々刻々の浴温分布を通常の操業状態における浴温分布と比較する方法としては、浴中において予め温度の監視領域を設けておき、当該部分の浴温の差の最大値が予め定められた閾値を越えた場合に異常と判断する方法が望ましい。
または、時々刻々求める浴温分布の変化からめっき浴内の温度、流動の異常を検出しても良い。
【0047】
(作用その他)
図3に、上記構成の装置で演算し表示装置14で表示された推定浴温分布の例を示す。この浴温分布の例は、目標値からの偏差として浴温分布の等高線の値を表示している。なお、Ti(i=7)がTmである。
また、5の位置の浴温推定値Tmを用いず、熱電対4 (No.1〜6)から得られる浴温測定値Ti(i=1、2、…、6)の6点の測温値だけを用いて、上記(5)式によって各部の温度を推定してみた。この場合、(5)式において、i=1〜6となる。その推定による温度分布を図4に示す。
【0048】
図3と図4を比較すると、図3ではほぼ浴温目標値に一致しているが、図4では、シンクロール2の上側である上側領域Aでの浴温が他の部分よりも高くなっている。このときのデータでは、5の位置に仮設置した熱電対4によって、浴温実績値はほぼ目標値に近いことが確認されており、図4の場合は推定値Tmを用いていないために誤差が生じていることが確認できた。すなわち、5の位置の浴温も使用して各部の温度を推定する方が精度良く推定することが出来る。
【0049】
ここで上記原因としては、5の位置の周辺(上側領域A)は鋼板3、シンクロール2、およびシンクロール2を支持する機構によって囲まれており、溶融金属の流入及び流出が少ないため、仮に各熱電対4の位置で熱を発生させても上記上側領域Aではわずかしか温度が上昇しない。すなわち、上側領域Aの浴温と各熱電対4を設定した位置の浴温とは相関が小さい。そのため、上側領域A内の各位置では上記重みWiが小さく、熱電対4の温度だけからでは温度が精度よく推定できない。逆に、5の位置の浴温推定値Tmを用いれば、その周辺の温度は精度よく推定可能である。
【0050】
以上説明したように、本実施形態では、ポット内の浴内に設置した温度センサ(熱電対4)から得られる温度測定値と、めっき浴と鋼板3との熱収支およびヒーター8からの入熱によるめっき浴の温度変化を表す関係式から得られる温度推定値を併用して浴温分布推定を行う。
これによって、温度分布推定に用いる温度測定点の数を実質的に増やすことができる結果、少ない浴温測定点によって浴槽1内の浴温分布を測定することが可能となる。
【0051】
このとき、浴中に浸漬した鋼板3近傍の浴温は、ドロス生成・付着に大きく影響するので、そのめっき浴中の位置、特に、他の浴温との相関が低い、浸漬した鋼板3及びシンクロール2の上側に位置する上側領域Aの浴温を使用することが好ましいが、上述の通り上側領域Aには温度センサを設定し難い。これに対し、本実施形態では、その温度センサを設置し難い上側領域A内のめっき浴中の位置の温度を、めっき浴と鋼板3との熱収支およびヒーター8からの入熱によるめっき浴の温度変化を表す関係式から推定することで、より精度良く浴槽1内の浴温分布を測定することが可能となる。すなわち、温度センサが設置困難な場所の温度も温度分布推定に用いることができるので、温度センサだけを用いる場合に比べて温度分布の推定精度を高めることができる。
【0052】
上記浴温推定器12で推定する位置は、上述のように、浸漬した鋼板3に近い位置であって温度センサを設置し難い位置とすることが好ましい。
ここで、本実施形態では、浴温推定器12で1箇所のみの温度推定を実施する例を説明した。これに代えて、複数の箇所の温度推定を実施してもよい。
また、本実施形態によれば、一度めっき浴と鋼板3との熱収支およびめっき浴のヒーター8による入熱による、めっき浴の温度変化を表す関係式を得ておけば、熱電対4の劣化などによる温度測定誤差の影響を受けることもなく、常に高精度の浴温分布推定を行うことができる。
【0053】
また、現在求めている時々刻々の浴温分布と、予め求めた通常の操業状態における分布とを比較することにより、何らかの異常によって浴温分布が変化した場合、それを確実に検知することができる。特に、鋼板3の表面品質に与える影響が大きい重要な位置近傍での浴温分布の異常を確実に検知できるので、品質管理の有効な手段として活用することができる。具体的には、上記浴温分布推定方法により通常の操業状態における浴温分布を予め求めておき、本発明による浴温分布推定方法により時々刻々の浴温分布を求め、浴中において予め温度の監視領域を設けておき、当該部分において上記の2つの浴温の差の最大値が予め定めた閾値を越えた場合に異常と判断することにより、浴温分布の異常を検知することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 浴槽
2 シンクロール
3 鋼板
4 熱電対(温度センサ)
6 制御用浴温検出器
7 浴温制御装置
8 ヒーター(加熱手段)
9 制御用計算機
10 ヒーター制御装置
11 板温検出器
12 浴温推定器(第1の温度推定手段)
12A 熱収支算出手段
12B 温度推定手段
13 浴温分布推定器(第2の温度推定手段)
14 表示装置
20 溶融亜鉛
21 冷却帯
Te 推定温度
Ti 浴温測定値
Tm 浴温推定値
Ts 進入板温
Tt 測温値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融金属を貯留しためっき浴に金属帯を連続的に浸漬した後に引き上げると共に、そのめっき浴内の溶融金属を加熱する加熱手段を備えるめっき設備における、上記めっき浴内の温度分布を推定する温度分布推定装置において、
上記めっき浴内の温度をそれぞれ測定する1又は2以上の温度センサと、
上記めっき浴内に浸漬する金属帯とめっき浴との熱収支を求める熱収支算出手段と、
上記加熱手段によるめっき浴への加熱量と上記熱収支算出手段が算出する熱収支とに基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定する第1の温度推定手段と、
上記1又は2以上の温度センサが測定した温度測定値と第1の温度推定手段が推定した温度推定値とに基づき、空間的に補間を行うことで、めっき浴内における、上記温度センサで測定する位置及び第1の温度推定手段が推定する位置以外のめっき浴中の位置の温度を推定する第2の温度推定手段と、
を備えることを特徴とするめっき浴内の温度分布推定装置。
【請求項2】
上記温度センサが測定した測定温度、及び第1の温度推定手段が推定した推定温度を温度Ti(i=1、2、…、n)としたときに、
第2の温度推定手段は、推定する位置の推定温度Teを、予め設定した重みWi、若しくは、温度Tiに対応するめっき浴中の位置と推定温度Teに対応するめっき浴中の位置における温度の相関の大小を示す重みWiを用いて、下記式に基づき推定することを特徴とする請求項1に記載しためっき浴内の温度分布推定装置。
【数1】

【請求項3】
溶融金属を貯留しためっき浴に金属帯を連続的に浸漬した後に引き上げると共に、そのめっき浴内の溶融金属を加熱する加熱手段を備えるめっき設備における、上記めっき浴内の温度分布推定方法において、
上記めっき浴内の1又は2以上の箇所の温度を測定すると共に、
上記めっき浴内に浸漬する金属帯とめっき浴との熱収支、及び上記加熱手段によるめっき浴への加熱量に基づき、めっき浴内の1又は2箇所以上の温度を推定し、
更に、上記測定した温度及び上記推定した温度に基づき、空間的に補間を行うことで、めっき浴内における、上記温度を測定する位置及び温度推定する位置以外の任意の位置の温度を推定することを特徴とするめっき浴内の温度分布推定方法。
【請求項4】
上記測定した温度及び上記熱収支で推定した温度を温度Ti(i=1、2、…、n)としたときに、上記任意の位置の推定温度Teを、予め設定した重みWi、若しくは、温度Tiに対応するめっき浴中の位置と推定温度Teに対応するめっき浴中の位置における温度の相関の大小を示す重みWiを用いて、下記式に基づき推定することを特徴とする請求項3に記載しためっき浴内の温度分布推定方法。
【数2】

【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載した温度分布推定方法を用いてのめっき浴内の温度分布を求め、その求めためっき浴内の温度分布と予め設定した基準とする温度分布とを比較することにより、めっき浴内の温度分布を監視することを特徴とする連続溶融金属めっきプロセスの操業方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−180578(P2012−180578A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45645(P2011−45645)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】