説明

りん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体の生産方法

【構成】 りん翅目昆虫の幼虫に幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質を投与して幼虫の蛹化を抑制しながら幼虫の体重増加が継続するように幼虫を飼育し、飼育中に幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質の投与前、投与後または投与と同時に、幼虫に病原ウイルスの多角体もしくは顆粒体をエサとともに摂食させ、またはウイルス粒子を注射して羅病させ、飼育後に病死した幼虫の虫体より病原ウイルスのウイルス封入体を収穫する、りん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体の高収量生産方法。
【効果】 りん翅目昆虫としてハスモンヨウトウ、ヨトウガ、モンシロチョウ、コカクモンハマキ、ハマキ、チャハマキ、クワゴマダラヒトリ等の病原ウイルスのウイルス封入体を大量に得ることができ、ウイルスが宿主とする昆虫の防除用天敵ウイルスの生産に有用である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はりん翅目昆虫を宿主とする病原ウイルスを当該昆虫の幼虫に接種して羅病させ、飼育後にウイルス病で病死した幼虫虫体から該ウイルスの多角体または顆粒体を回収することによりウイルス多角体または顆粒体を生産する方法において、幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質を幼虫に投与することにより蛹化を抑制しながら幼虫を飼育して幼虫の体重の増加を継続させ、しかも前記の投与と同時に、投与後に又は投与前に幼虫をウイルス病に感染させ幼虫体内で増殖したウイルスを病死幼虫からウイルス多角体または顆粒体の形で収穫して当該ウイルスの多角体または顆粒体(ウイルス封入体と総称される)を高収量で効率良く生産する方法に関する。
【0002】本発明の方法は、この方法で生産されたウイルスを、当該ウイルスが宿主とす害虫に人工的に感染させて行う害虫の防除に有効に使用し得る。
【0003】
【従来技術】りん翅目昆虫はそれの天敵微生物であるウイルスに感染すると、羅病死するので人工的にウイルスを該昆虫の幼虫に感染させ害虫の防除を行うことは知られている。この病原ウイルスは、病死幼虫の虫体の細胞内部に、タンパク質の結晶に包理されたウイルス粒子の集りである多角体または顆粒体として残留し、このような多角体、顆粒体はウイルス封入体と総称される。
【0004】これまで、ハスモンヨトウ、ヨトウガ、モンシロチョウ、ハマキムシ類、マツカレハ、クワゴマダラヒトリなどの、りん翅目昆虫のウイルス封入体(例えば、バキュロウイルスのグループである核多角体病ウイルス、ならびに顆粒病ウイルスやレオウイルスのグループである細胞多角体病ウイルスなどのウイルス封入体を包含する)の生産は、当該ウイルスの宿主である昆虫の幼虫にウイルスを注射することにより、あるいはウイルス粒子を含むウイルス封入体を飼料とともに摂食させることにより幼虫をウイルスに感染、羅病させ、その羅病した幼虫を飼育し、蛹化せずに病死した幼虫体内に形成したウイルス封入体を回収する方法で行われることが知られている(「微生物と農業」、195頁〜201頁、昭和62年全国農村教育協会発行;「果樹試験場報告」、A3 87頁〜99頁、昭和51年農水省発行;「農業及び園芸」、40巻第11号、1756頁〜1760頁、昭和40年養賢堂発行)。
【0005】例えば、ハンスモンヨトウを宿主とする核多角体病ウイルスの多角体の生産は幼虫の5齢(終齢の1齢前)の時期に幼虫に核多角体病ウイルスを感染させ、6齢(終齢)で発病死亡させて病死幼虫から多角体を回収する方法が知られている(「中国農業試験場報告」、E第12号、46頁〜62頁、昭和52年農水省発行)。当該ウイルス病に羅病した幼虫が蛹になると、蛹体からのウイルス多角体の回収は効率が悪いので余り行われない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明者らは、このような状況に鑑み、多くのりん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体を効率よく多収量で生産し得る方法について種々検討した結果、りん翅目昆虫の幼虫に病原ウイルスと幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質(以下、但し書きがない限りこれらをJHと略称する)とを適当な時期に投与して幼虫を飼育すると、ウイルス病羅病後も蛹化を抑制されて体重増加を継続して幼虫のまゝ病死する幼虫の率を増加でき、またウイルス封入体の回収し易い病死幼虫の全体の総体重を増加できることを知見し、そのようにして病死した幼虫の全体からのウイルス封入体を多収量で効率的に回収できることを見いだした。
【0007】すなわち、本発明の要旨とするところは、りん翅目昆虫の幼虫に幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質を投与して幼虫の蛹化を抑制しながら幼虫の体重増加が継続するように幼虫を飼育し、この飼育中に、幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質の投与前、投与後または投与と同時に、該幼虫に病原ウイルスの多角体もしくは顆粒体をエサとともに摂食させるか、または該ウイルス粒子を注射することにより幼虫を羅病させ、このように飼育した後に病死した幼虫の虫体より、当該病原ウイルスのウイルス封入体を収穫することを特徴とする、りん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体の高収量生産方法にある。
【0008】次に、本発明によるりん翅目昆虫のウイルス封入体の生産方法について詳しく説明する。
【0009】本発明の方法に用いるりん翅目昆虫としては、ハスモンヨウトウ、ヨトウガ、モンシロチョウ、コカクモンハマキ、ハマキ、チャハマキ、クワゴマダラヒトリ等が挙げられる。
【0010】これらの昆虫の卵塊を滅菌した後、ふ化した幼虫を通常行われている無菌飼育法、すなわち温度、湿度を共試昆虫に適した状態で飼育する。
【0011】ウイルスに羅病させる幼虫の時期は1齢〜終齢、JHを与える幼虫の時期は終齢の1齢前〜終齢、好ましくは両者とも終齢である。例えば、ハンスモンヨトウでは、25〜27℃、温度40〜80%に保ち、人工飼料(インセクタLFなど)により終齢まで飼育管理する。
【0012】このようにして得たりん翅目昆虫の幼虫に、その飼育中の適当な時期に下記により得られたウイルスを接種する。
【0013】接種源として用いる多角体または顆粒体(ウイルス封入体)は、どのような精製状態のものでも使用できるが、他の原因で死亡したり他の病気に感染しないように飼育されて、ウイルス病で死亡した幼虫を用い、そのような幼虫を脱イオン水と共に磨砕してホモジエナイズし、そのホモジエナイズ液を常法で500〜10μmのフィルターでろ過し、300〜15,000×gの遠心加速度で遠心分離を行ない、精製したウイルス封入体懸濁液を接種源として用いればよい。遠心分離の遠心加速度は好ましくは、多角体では300〜4,000×g、顆粒体では2,500〜15,000×gである。例えば、ハスモンヨトウでは、100〜20μmのフィルターでろ過し、600〜3,000×gで遠心分離を行ない精製したものを使用すればよい。
【0014】幼虫へのウイルスの接種は、エサとともにウイルス多角体または顆粒体(ウイルス封入体)を摂食させる方法により、もしくは幼虫にウイルス粒子を注射することにより行なう。例えば、ハスモントヨウで多角体を摂食により接種する場合に、エサに混ぜる多角体の適当な濃度範囲は多角体数で0.5×107 〜1×109 個/gである。好ましくは2×107 〜1×109 個/gである。
【0015】またJHの投与は、エサとともにJHを摂食させる方法により、あるいは幼虫またはエサにJHの溶液を噴霧する方法により行なう。例えば、ハスモンヨトウではJHとしてのメトプレンを10〜100ppm好ましくは50ppmの濃度で含んだエサを摂食させるのがよい。JHの投与量は、幼虫の蛹化を高率で抑制するに足る量であって、しかもウイルス羅病後の幼虫が幼虫終令末期まで体重増加を続けながら飼育、生存できるがそのあとに病死するに適する量である。
【0016】ウイルスの接種と、JHの投与とは、同時にまたは前後して行うことができ、その後には幼虫がウイルス病により死亡するまで、共試幼虫に適した温度、湿度に管理しながら通常の条件で幼虫終令末期まで体重増加を継続させながら飼育を続ければよい。
【0017】本発明の方法に用い得るJHとしては、「生化学辞典」、1308頁(昭和63年東京化学同人発行)に記載の、幼若ホルモンであるJH−I、JH−II、JH−III、JH−O、また「新農薬の開発と市場展望」、97頁〜99頁(昭和62年シーエムシー発行)に記載の幼若ホルモン様活性物質であるメトプレン、フエノキシカルブ、キノプレン、ピリプロキシフェンなどが挙げられる。JHの効果が持続するため投与が1回で済み、昆虫体内で代謝されないと考えられている幼若ホルモン様活性物質を用いることが好ましい。
【0018】これらのJHは、市販品でもよいが、あるいは昆虫組織より分離するか、合成してもよい。
【0019】前記の方法により得た病死虫体を回収、脱イオン水と共に磨砕してウイルス封入体を含む懸濁液を得、これを分離精製することにより、感染性を有するウイルス封入体を効率的に回収することができる。
【0020】以下に実施例を挙げて本発明を詳述するが、これは単なる例示であって、本発明の方法を制限するものではない。
【0021】
【実施例1】ハスモンヨトウの卵塊を70%エタノールに2分間、さらに5%ホルマリンに2分間浸漬することにより滅菌し、ふ化した後の幼虫を25〜27℃、湿度60〜80%に保ち、人工飼料(インセクタLF−日本農産工業(株)製)を与え、終齢まで飼育した。
【0022】次いで、ハスモンヨトウ核多角体病に罹病し死亡した幼虫を磨砕し、病死幼虫の総体重の約5倍量のイオン交換水を加え、このように調製されたウイルス封入体(本実施例においては、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスのウイルス封入体を「多角体」という)を含有する懸濁液を、孔径20μmのフィルターを用いて濾過して残渣を除いた。濾液は3000×gで遠心分離を行ない上澄み液を除き、沈澱物を得た。得られた沈澱物を沈澱物体積の約5倍のイオン交換水に懸濁し、血球計算板を用いて多角体数を計測した。このようにして得られた多角体濃度に基づき、イオン交換水で希釈することにより1×109 個/mlの多角体懸濁液を調製した。
【0023】このようにして得られた多角体を幼虫の接種源として使用した。
【0024】そして、人工飼料(インセクタLF−日本日本農産工業(株)製)に、50ppmのメトプレンと所定濃度の多角体を均一になるように混ぜた。このようにして多角体を配合された人工飼料をハスモンヨトウの終令幼虫20頭に2日間、27℃、60%湿度で摂食させた後、メトプレン及び多角体を含有しない前記同組成の人工飼料を与えて同温度、同湿度条件で10日間飼育した。
【0025】なお、対照試験Aとしては、当初から、メトプレンと多角体を配合してない飼料で幼虫を飼育し(対照区A)、また対照試験Bとしては、多角体を配合したがメトプレンを配合しない飼料で幼虫を飼育した(対照区B)。
【0026】メトプレンを配合したが多角体を含有しない飼料で飼育された終令幼虫の各個の体重変化を、終令期1日目〜10日目にわたって測定した結果を下記の表1に示す。
【0027】
【表1】


【0028】前記の多角体接種試験では、飼料に配合した多角体濃度、病死幼虫一匹当りから収穫できた多角体の数、飼育10日間に蛹化せずに病死した幼虫の病死率、病死幼虫の全体から収穫できた多角体の総収量の関連を調査して、その試験結果を次の表2に示す。
【0029】
【表2】


【0030】調査は、幼虫終令期における前記の人工飼料の供餌による飼育の4日後から10日後まで行ない、ウイルス病の罹病により死亡した病死幼虫体を1頭ずつ、5mlのイオン交換水と共に磨砕懸濁し、得られた懸濁液の1滴を血球計算板にのせ、1頭当たりの多角体数を測定した。また幼虫の病死率を下記式(1)により算出した。病死幼虫の1頭当たり多角体数の最大値と最小値とは、試験を行った各区20頭のうち、最大の多角体生産量を示した幼虫から得られた多角体数、最小の多角体数を示した幼虫から得られた多角体数を示すものとして記載した。
【0031】幼虫が蛹化して幼虫の病死率が低下すると、その割合だけ多角体の総収量が低下するので、下記式(2)により多角体の総収量を算出した。
【0032】なお、対照区Aは「中国農業試験場報告」、E第12号、46頁〜62頁(昭和52年農水省発行)に記載の方法に準じて行った。対照区Bでは、5令死亡と蛹化が起ることにより多角体の総収量が低下するので、対照区の病死幼虫数は6令死亡の幼虫のみとした。
【0033】その結果が表1に示したものである。
【0034】


【0035】
【発明の効果】本発明の方法によれば、従来技術に比べほぼ同程度の労力で、りん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体を大量に得ることができるため、当該ウイルスが宿主とする昆虫の防除に用いる天敵ウイルスの生産に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 りん翅目昆虫の幼虫に幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質を投与して幼虫の蛹化を抑制しながら幼虫の体重増加が継続するように幼虫を飼育し、この飼育中に、幼若ホルモンまたは幼若ホルモン様活性物質の投与前、投与後または投与と同時に、該幼虫に病原ウイルスの多角体もしくは顆粒体をエサとともに摂食させるか、または該ウイルス粒子を注射するこことにより幼虫を羅病させ、このように飼育した後に病死した幼虫の虫体より、当該病原ウイルスのウイルス封入体を収穫することを特徴とする、りん翅目昆虫の病原ウイルスのウイルス封入体の高収量生産方法。