説明

りん酸イオンの定量方法

【課題】検査水に含まれる比較的高濃度のりん酸イオンを定量可能であって、自動化に適した定量方法を実現する。
【解決手段】りん酸イオンの定量方法は、検査水に対し、硫酸、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物、2価または3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含む発色剤を添加し、65℃から検査水の沸騰温度までの温度で加熱する工程1と、工程1を経た検査水について、600から900nmの範囲における任意の波長の吸光度を測定する工程2とを含む。ここで用いられる発色剤の一例は、硫酸およびヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、モリブデン化合物、アンチモン化合物および鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなり、鉄塩として3価の鉄イオンを生成可能なものを用いたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、りん酸イオンの定量方法、特に、モリブデン青の生成による、検査水に含まれるりん酸イオンの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
りんは海洋水、湖沼水、河川水および地下水等の富栄養化に関わる原因物質の一つであることから、工場排水等での排出規制が設けられている。このため、工場排水等は、環境への排出前にりんの定量、特に、りん酸イオンの定量が求められる。
【0003】
水中に含まれるりん酸イオンの公的な定量方法として、非特許文献1に記載のモリブデン青(アスコルビン酸還元)吸光光度法が知られている。この定量方法は、りん酸イオンが七モリブデン酸六アンモニウムおよび酒石酸アンチモニルカリウム(ビス[(+)−タルトラト]二アンチモン(III)酸二カリウム)と反応して生成するヘテロポリ化合物をL(+)−アスコルビン酸で還元し、それにより生成するモリブデン青により発色した検査水の吸光度を測定することでりん酸イオンを定量するものである。この定量方法の基本的操作では、所定量の検査水に対して所定量のモリブデン酸アンモニウム−アスコルビン酸混合溶液を加えて振り混ぜた後、20〜40℃で約15分間放置する。そして、この溶液について波長880nm付近の吸光度を測定し、この測定値から予め作成しておいた検量線に基づいて検査水のりん酸イオン濃度(mgPO3−/L)を算出する。
【0004】
しかし、この定量方法は、非特許文献1に記載のように、定量範囲が2.5〜75μgという微量範囲であるため、検査水について、溶存しているりん酸イオンおよび有機物等に由来のりん酸イオン等の総量である全りんを定量する場合において、結果的に定量の上限が1〜1.5mg[P]/L程度に制限され、検査水によっては全りんの定量に用いることができないという不具合がある。
【0005】
また、環境保全の機運の高まりにより、工場排水等におけるりん酸イオンの定量頻度は増加の一途であるため、その定量操作の自動化装置が望まれている。この自動化装置では、所要の定量用薬剤を装置内に保存し、これを定量時に使用するのが理想的である。具体的には、上述のモリブデン青吸光光度法において定量用薬剤として用いられるモリブデン酸アンモニウム−アスコルビン酸混合溶液は、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物と酒石酸アンチモニルカリウム三水和物(モリブデン青の生成反応促進剤)とを水に溶かし、これに硫酸とアミド硫酸アンモニウム(モリブデン青の生成を妨害する亜硝酸イオンの分解剤)とをさらに溶かすことで調製したモリブデン酸アンモニウム溶液と、L(+)−アスコルビン酸溶液とを所定割合で混合したものであり、使用時にモリブデン酸アンモニウム溶液とL(+)−アスコルビン酸溶液とを混合することで調製されるものであるから、自動化装置においては、予め調製されたモリブデン酸アンモニウム溶液とL(+)−アスコルビン酸溶液とを保存しながら用いるのが好ましい。
【0006】
ここで、L(+)−アスコルビン酸溶液は、L(+)−アスコルビン酸を水に溶解して調製される水溶液であるが、調製後にL(+)−アスコルビン酸の劣化が速やかに進行し、変質(外観的には黄色に変色)することから、非特許文献1は、L(+)−アスコルビン酸溶液を0〜10℃の暗所に保存するよう指示し、また、着色したものの使用を禁止している。このように、L(+)−アスコルビン酸溶液は、保存環境に制約があり、また、使用時に着色の有無を確認する必要もあることから、自動化装置において保存しながら用いるのが実質的に困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本工業規格 JIS K 0102、工場排水試験方法(2008)46.1.1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、検査水に含まれる比較的高濃度のりん酸イオンを定量可能であって、自動化に適した定量方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、検査水に含まれるりん酸イオンの定量方法に関するものであり、この定量方法は、検査水に対し、硫酸、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物、2価または3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含む発色剤を添加し、65℃から検査水の沸騰温度までの温度で加熱する工程1と、工程1を経た検査水について、600から900nmの範囲における任意の波長の吸光度を測定する工程2とを含む。
【0010】
他の観点に係る本発明は、検査水に含まれるりん酸イオンの発色方法に関するものであり、この発色方法は、検査水に対し、硫酸、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物、2価または3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含む発色剤を添加し、65℃から検査水の沸騰温度までの温度で加熱する工程を含む。
【0011】
本発明の定量方法および発色方法において用いられる発色剤の一例は、硫酸およびヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、モリブデン化合物、アンチモン化合物および鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなり、鉄塩として3価の鉄イオンを生成可能なものを用いている。
【0012】
さらに他の観点に係る本発明は、検査水に含まれるりん酸イオンを発色させるための発色剤に関するものであり、この発色剤は、硫酸およびヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物および3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなる。
【0013】
本発明の定量方法、発色方法および発色剤において用いられる鉄塩は、例えば、塩化鉄(III)、硫酸鉄(III)、硝酸鉄(III)および酢酸鉄(III)からなる群から選択された少なくとも1つである。また、ヒドロキシルアミン塩は、例えば、硫酸ヒドロキシルアミンおよび塩酸ヒドロキシルアミンのうちの1つである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るりん酸イオンの定量方法は、特定の成分を含む発色剤を用いているため、検査水に含まれる比較的高濃度のりん酸イオンを定量可能であり、また、自動化に適している。
【0015】
本発明に係るりん酸イオンの発色方法は、特定の成分を含む発色剤を用いているため、検査水に含まれるりん酸イオンを比較的高濃度の範囲までりん酸イオンの濃度に応じた強度で発色させることができ、また、自動化に適している。
【0016】
本発明に係るりん酸イオンの発色剤は、特定の成分を含む第1剤と第2剤とからなるため、検査水に含まれるりん酸イオンを比較的高濃度の範囲までりん酸イオンの濃度に応じた強度で発色させることができる。また、第1剤および第2剤は、いずれも安定であるため、この発色剤は、りん酸イオンの定量を自動化するための装置において保存しながら用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】比較例1において調べた吸光度とりん酸イオン濃度との関係を示す図。
【図2】実施例1で作成した、830nmの吸光度による検量線を示す図。
【図3】実施例1で作成した、650nmの吸光度による検量線を示す図。
【図4】実施例2で作成した検量線を示す図。
【図5】実験例の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の方法によりりん酸イオンを定量可能な検査水は、特に限定されるものではないが、通常は工場排水や生活排水等のりんの排出規制が設けられている排水の他、海洋水、湖沼水、河川水および地下水等の天然水である。
【0019】
検査水のりん酸イオンを定量する際には、先ず、所定量の検査水を採取し、この検査水に対して発色剤を添加して加熱する(工程1)。
【0020】
ここで、検査水の全りんを測定する場合は、発色剤を添加する前に、りんの発生源となる有機および無機のりん化合物を分解し、りん元素をりん酸イオンに変換する。りん化合物の分解方法としては、日本工業規格 JIS K0102 「工場排水試験方法(2008)」の「46.3 全りん」に挙げられたペルオキソ二硫酸カリウム分解法、硝酸−過塩素酸分解法および硝酸−硫酸分解法などを採用することができる。
【0021】
検査水へ添加する発色剤は、硫酸、モリブデン化合物、アンチモン化合物、鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含むものである。
【0022】
硫酸の使用量は、発色剤を検査水へ添加したときの硫酸の濃度が、通常、0.08〜0.4Mになるよう設定するのが好ましく、0.1〜0.3Mになるよう設定するのがより好ましい。
【0023】
モリブデン化合物としては、七モリブデン酸六アンモニウムまたはモリブデン酸のアルカリ金属塩が用いられる。モリブデン酸のアルカリ金属塩の例としては、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムを挙げることができる。
【0024】
モリブデン化合物の使用量は、通常、発色剤を検査水へ添加したときのモリブデン化合物の濃度(水和物を用いる場合は水分子を除いて換算した濃度)が0.3〜3.0g/Lになるよう設定するのが好ましく、0.5〜2.0g/Lになるよう設定するのがより好ましい。
【0025】
アンチモン化合物としては、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物が用いられる。アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物の例としては、酒石酸アンチモニルカリウム、三酸化アンチモン(すなわち、酸化アンチモン(III))およびアンチモンのハロゲン化物塩などを挙げることができる。アンチモンのハロゲン化物塩としては、加水分解により有害な物質を生成しにくい三塩化アンチモン(すなわち、塩化アンチモン(III))などを用いるのが好ましい。
【0026】
なお、アンチモン化合物としては、アンチモンの価数が5のアンチモン化合物を用いることもできる。このアンチモン化合物は、水溶液中において自然にアンチモンの価数が3のアンチモン化合物に変換されるため、アンチモンの価数が3のアンチモン化合物の供給源として用いることができる。ここで利用可能なアンチモンの価数が5のアンチモン化合物の例としては、五酸化アンチモン(すなわち、酸化アンチモン(V))および価数が5のアンチモンのハロゲン化物塩などを挙げることができる。価数が5のアンチモンのハロゲン化物塩としては、加水分解により有害な物質を生成しにくい五塩化アンチモン(すなわち、塩化アンチモン(V))などを用いるのが好ましい。
【0027】
アンチモン化合物の使用量は、通常、発色剤を検査水へ添加したときのアンチモン化合物の濃度(水和物を用いる場合は水分子を除いて換算した濃度)が0.01〜0.24g/Lになるよう設定するのが好ましく、0.02〜0.13g/Lになるよう設定するのがより好ましい。但し、検査水において、アンチモン化合物(A)とモリブデン化合物(B)との濃度比(A:B)が1:8〜100になるよう設定するのが好ましく、1:10〜50になるよう設定するのがより好ましい。
【0028】
鉄塩としては、水中において解離することで2価または3価の鉄イオンを生成可能なものが用いられる。2価の鉄イオンを生成可能な鉄塩としては、例えば、塩化鉄(II)、硫酸鉄(II)、硝酸鉄(II)および酢酸鉄(II)を挙げることができる。また、3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩としては、例えば、塩化鉄(III)、硫酸鉄(III)、硝酸鉄(III)および酢酸鉄(III)を挙げることができる。鉄塩は、2種以上のものを併用することもできる。鉄塩のうち好ましいものは、3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩、特に、塩化鉄(III)、硫酸鉄(III)、硝酸鉄(III)および酢酸鉄(III)のうちから選ばれた少なくとも1つのものである。
【0029】
鉄塩の使用量は、通常、発色剤を検査水へ添加したときの2価または3価の鉄イオンの濃度が0.1〜25mg/Lになるよう設定するのが好ましく、0.5〜15mg/Lになるよう設定するのがより好ましい。なお、検査水における鉄塩の濃度が過剰なとき、特に、3価の鉄イオンの濃度が30mg/L以上のときは、当該鉄イオンの影響により後記するモリブデン青が退色するため、りん酸イオンの定量精度を損なう可能性がある。
【0030】
ヒドロキシルアミン塩は、検査水中において、3価の鉄イオンを2価の鉄イオンに還元可能なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、硫酸ヒドロキシルアミン(硫酸ヒドロキシルアンモニウムとも呼ばれる)、塩酸ヒドロキシルアミン、メチルヒドロキシルアミン類およびエチルヒドロキシルアミン類等が用いられる。このうち、硫酸ヒドロキシルアミンまたは塩酸ヒドロキシルアミンを用いるのが好ましい。
【0031】
ヒドロキシルアミン塩の使用量は、通常、発色剤を検査水へ添加したときのヒドロキシルアミンとしての濃度が0.5〜5g/Lになるよう設定するのが好ましく、1〜3g/Lになるよう設定するのがより好ましい。
【0032】
発色剤は、通常、純水、蒸留水またはイオン交換水等の精製水に所要の成分を溶解した水溶液として検査水へ添加される。ここで、発色剤は、硫酸、モリブデン化合物、アンチモン化合物、鉄塩およびヒドロキシルアミン塩の各成分について個別に調製された水溶液を検査水へ別々に添加することで、検査水に対して添加することができる。また、各成分の水溶液を検査水への添加直前に混合することで調製した混合水溶液として、検査水に対して添加することもできる。これらの添加方法において用いられる各成分の水溶液は、いずれも、室温或いは3〜60℃程度の広い温度環境において安定であるため、予め調製して保存し、適宜使用することができる。
【0033】
また、発色剤は、第1剤と第2剤との2つの剤に分けたものを調製し、各剤を検査水へ添加することで検査水に対して添加することもできる。この場合、2つの剤は、検査水に対して個別に添加されてもよいし、検査水への添加直前に混合して添加されてもよい。
【0034】
2つの剤からなる発色剤としては、次の形態1、2のものを挙げることができる。各形態の発色剤における第1剤および第2剤は、いずれも、室温或いは3〜60℃程度の広い温度環境において長期間に亘って安定性を維持し得ることから、予め調製して保存することができる。特に、形態1の発色剤は、安定性が高く、保存に適している。なお、次の形態1、2以外の2つの剤からなるもの、或いは、所要の成分を全て含む水溶液からなるものは、モリブデン化合物またはアンチモン化合物が変質するか、或いは、ヒドロキシルアミン塩が自然に消滅することになるため、保存に適さない。
【0035】
<形態1>
硫酸およびヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、モリブデン化合物、アンチモン化合物および鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなるもの。
<形態2>
ヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、硫酸、モリブデン化合物、アンチモン化合物および鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなるもの。
【0036】
形態1および形態2の発色剤において用いられる鉄塩は、2価の鉄イオンを生成可能なものを用いると他の成分と容易に反応してそれ自体または他の成分が変質するため、3価の鉄イオンを生成可能なものを選択する必要がある。
【0037】
発色剤を調製するための各種水溶液における各成分の濃度および検査水に対する発色剤の添加量は、検査水に対して発色剤を添加したときにおける各成分のそれぞれの濃度が既述の範囲になるよう調整するのが好ましい。
【0038】
本工程において、発色剤を添加した検査水を加熱するときは、検査水を適宜攪拌するのが好ましい。加熱温度は、65℃以上で検査水の沸騰温度までの範囲に設定する。また、加熱時間は、通常、2〜60分に設定するのが好ましい。
【0039】
加熱された検査水中のりん酸イオンは、発色剤のモリブデン化合物およびアンチモン化合物と反応してヘテロポリ化合物を生成する。また、鉄塩として3価の鉄イオンを生成可能なものを用いる場合、当該鉄塩を含む水溶液中または検査水中において、鉄塩の解離により3価の鉄イオン(すなわち、Fe3+)が生成し、この3価の鉄イオンがヒドロキシルアミン塩の作用を受けて2価の鉄イオン(すなわち、Fe2+)に還元される。そして、生成したヘテロポリ化合物は、硫酸による酸性環境下で2価の鉄イオンにより還元され、この還元によりモリブデン青を生成する(りん酸イオンの発色)。これにより、検査水が発色(変色)する。この際、生成した2価の鉄イオンは、ヘテロポリ化合物の還元時に3価の鉄イオンへ酸化されるが、この3価の鉄イオンは、ヒドロキシルアミン塩の作用を受けて2価の鉄イオンに還元されることになるため、ヘテロポリ化合物の還元剤として機能する。
【0040】
一方、鉄塩として2価の鉄イオンを生成可能なものを用いる場合、当該鉄塩を含む水溶液中または検査水中において、鉄塩の解離により2価の鉄イオンが生成し、この2価の鉄イオンがヘテロポリ化合物からモリブデン青を生成するための還元剤として機能する。この際、2価の鉄イオンは、上述のように3価の鉄イオンに酸化されるが、この3価の鉄イオンは、ヒドロキシルアミン塩の作用を受けて2価の鉄イオンに還元されることになるため、ヘテロポリ化合物の還元剤として機能する。
【0041】
このように、ヒドロキシルアミン塩は、3価の鉄イオンを2価の鉄イオンへ還元する還元剤として機能し、2価の鉄イオンによるヘテロポリ化合物の還元を安定に進行させることができるものであるが、ヘテロポリ化合物に対する還元作用を示さないものであるため、3価の鉄イオンに対する選択的な還元剤として機能し得る。
【0042】
次に、モリブデン青により変色した検査水について、600から900nmの範囲における任意の波長の吸光度を測定する(工程2)。そして、当該吸光度とりん酸イオン濃度との関係を予め調べて作成しておいた検量線に基づいて、吸光度の測定値から検査水のりん酸イオン量を判定する。
【0043】
本発明に係るりん酸イオンの定量方法は、発色剤として安定に保存可能な水溶液からなるものを用いることができるため、自動化に適している。また、本発明に係るりん酸イオンの定量方法においては、検量線を作成したときに、りん酸イオン濃度と600から900nmの範囲における任意の波長の吸光度との間の直線関係が比較的高濃度のりん酸イオン濃度の範囲まで良好に成立することから、検査水中に含まれるりん酸イオンの定量上限が3mg[P]/L若しくはそれ以上の範囲まで拡大する。このため、この定量方法は、検査水の全りんを定量する場合において、特に有効である。
【0044】
本発明の定量方法における工程1は、りん酸イオンを含む検査水について、りん酸イオンを発色させるための方法として活用することができる。例えば、検査水がりん酸イオンを含むものであるかどうかを単純に判定する必要がある場合、この発色方法を用いれば、その判定を簡単に短時間で行うことができる。具体的には、検査水に対してこの発色方法を適用し、検査水においてりん酸イオンの発色が観測されたときは、検査水がりん酸イオンを含むものと判定することができ、一方、検査水においてりん酸イオンの発色が観測されなかったときは、検査水がりん酸イオンを含まないものと判定することができる。
【実施例】
【0045】
試薬
以下の実施例等で用いた試薬および分光光度計は次のものである。
りん標準液(水質試験用):和光純薬工業株式会社 コード160−19241
硫酸(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード192−04696
モリブデン(VI)酸二ナトリウム二水和物(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード190−02475
七モリブデン酸六アンモニウム四水和物(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード018−06901
酒石酸アンチモニルカリウム三水和物(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード020−12832
塩化アンチモン(III)(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード011−04492
塩化鉄(III)六水和物(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード095−00875
硫酸鉄(III)n水和物(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード090−01062
硫酸ヒドロキシルアミン:和光純薬工業株式会社の和光特級 コード086−01502
アスコルビン酸(試薬特級):和光純薬工業株式会社 コード014−04801
分光光度計:株式会社島津製作所の商品名「UV−1600PC」
【0046】
検査水
以下の実施例等で用いた検査水は次のものである。
りん酸イオン濃度が0、0.5、1.0、2.0および3.0mg[P]/Lの五種類の検査水を用意した。mg[P]/Lの単位は、1Lの検査水に含まれるりんのmg数を示したものである。りん酸イオン濃度が0mg[P]/Lの検査水は蒸留水をそのまま用い、また、他の検査水はりん標準液を蒸留水で希釈することでりん酸イオン濃度を調整した。
【0047】
比較例1
日本工業規格 JIS K 0102、工場排水試験方法(2008)46.1.1(非特許文献1)に規定されたモリブデン青(アスコルビン酸還元)吸光光度法に従い、五種類の各検査水2.5mLについて890nmの吸光度を測定し、同吸光度とりん酸イオン濃度との関係を調べた。結果を図1に示す。図1によると、りん酸イオン濃度2mg[P]/Lの検査水の吸光度がりん酸イオン濃度1mg[P]/Lの検査水の吸光度の2倍にならず、りん酸イオンの定量可能範囲が多くても1.5mg[P]/Lまでの低濃度の範囲に限定されることがわかる。
【0048】
実施例1
硫酸を3Mおよび硫酸ヒドロキシルアミンを100g/L含む水溶液からなる第1剤と、モリブデン(VI)酸二ナトリウム二水和物を16g/L、酒石酸アンチモニルカリウム三水和物を0.5g/Lおよび塩化鉄(III)六水和物を60mg/L含む水溶液からなる第2剤とを調製した。
【0049】
五種類の各検査水2.5mLについて、95℃に加熱されたブロックヒータを用いて3分間予熱した後、第1剤0.2mLおよび第2剤0.4mLを添加し、95℃で12分間加熱した。加熱終了直後、分光光度計を用いて各検査水の830nmの吸光度および650nmの吸光度を測定し、それぞれの波長の吸光度に基づくりん酸イオン濃度の検量線を作成した。結果を図2(830nmの吸光度による検量線)および図3(650nmの吸光度による検量線)に示す。図2および図3によると、これらの検量線は、少なくともりん酸イオン濃度が0〜3mg[P]/Lの範囲で高い直線性を示している。
【0050】
なお、検量線の作成時に用いた第1剤および第2剤は、いずれも、調製後に50℃の環境下で14日間保存したものであり、高い直線性の検量線を作成することができたことから、保存安定性が良好である。
【0051】
実施例2
硫酸を6Mおよび硫酸ヒドロキシルアミンを200g/L含む水溶液からなる第1剤と、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物を15g/L、塩化アンチモンを0.6g/Lおよび硫酸鉄(III)n水和物を0.5g/L含む水溶液からなる第2剤とを調製した。
【0052】
五種類の各検査水2.5mLについて、95℃に加熱されたブロックヒータを用いて3分間予熱した後、第1剤0.1mLおよび第2剤0.2mLを添加し、95℃で12分間加熱した。加熱終了直後、分光光度計を用いて各検査水の830nmの吸光度を測定し、当該波長の吸光度に基づくりん酸イオン濃度の検量線を作成した。結果を図4に示す。図4によると、この検量線は、少なくともりん酸イオン濃度が0〜3mg[P]/Lの範囲で高い直線性を示している。
【0053】
なお、検量線の作成時に用いた第1剤および第2剤は、いずれも、調製後に50℃の環境下で14日間保存したものであり、高い直線性の検量線を作成することができたことから、保存安定性が良好である。
【0054】
実験例
比較例1のモリブデン青(アスコルビン酸還元)吸光光度法で用いる72g/Lのアスコルビン酸溶液について、保存試験を実施した。
【0055】
ここでは、アスコルビン酸溶液を褐色瓶に入れ、50℃のインキュベータ内に配置した。そして、アスコルビン酸溶液について、調製から24時間後、48時間後および96時間後の吸収スペクトルを測定し、これらの吸収スペクトルを調製直後の吸収スペクトルと比較した。結果を図5に示す。
【0056】
図5によると、アスコルビン酸溶液は、調製から24時間後の時点で早くも吸収スペクトルの変化が見られることから、調製後の早い段階で変質が進行しており、安定な保存が困難である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査水に含まれるりん酸イオンの定量方法であって、
前記検査水に対し、硫酸、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物、2価または3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含む発色剤を添加し、65℃から前記検査水の沸騰温度までの温度で加熱する工程1と、
工程1を経た前記検査水について、600から900nmの範囲における任意の波長の吸光度を測定する工程2と、
を含むりん酸イオンの定量方法。
【請求項2】
前記発色剤は、前記硫酸および前記ヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、前記モリブデン化合物、前記アンチモン化合物および前記鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなり、かつ、前記鉄塩が3価の鉄イオンを生成可能なものである、請求項1に記載のりん酸イオンの定量方法。
【請求項3】
前記鉄塩が塩化鉄(III)、硫酸鉄(III)、硝酸鉄(III)および酢酸鉄(III)からなる群から選択された少なくとも1つである、請求項1または2に記載のりん酸イオンの定量方法。
【請求項4】
前記ヒドロキシルアミン塩が硫酸ヒドロキシルアミンおよび塩酸ヒドロキシルアミンのうちの1つである、請求項1から3のいずれかに記載のりん酸イオンの定量方法。
【請求項5】
検査水に含まれるりん酸イオンの発色方法であって、
前記検査水に対し、硫酸、七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物、2価または3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩およびヒドロキシルアミン塩を含む発色剤を添加し、65℃から前記検査水の沸騰温度までの温度で加熱する工程を含む、
りん酸イオンの発色方法。
【請求項6】
前記発色剤は、前記硫酸および前記ヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、前記モリブデン化合物、前記アンチモン化合物および前記鉄塩を含む水溶液からなる第2剤とからなり、かつ、前記鉄塩が3価の鉄イオンを生成可能なものである、請求項5に記載のりん酸イオンの発色方法。
【請求項7】
検査水に含まれるりん酸イオンを発色させるための発色剤であって、
硫酸およびヒドロキシルアミン塩を含む水溶液からなる第1剤と、
七モリブデン酸六アンモニウムおよびモリブデン酸のアルカリ金属塩のうちの1つのモリブデン化合物、アンチモンの価数が3であるアンチモン化合物および3価の鉄イオンを生成可能な鉄塩を含む水溶液からなる第2剤と、
からなるりん酸イオンの発色剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−37252(P2012−37252A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174927(P2010−174927)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【出願人】(000175272)三浦工業株式会社 (1,055)
【Fターム(参考)】