説明

ろ過膜及びそれを用いた鉛イオンの簡易定量方法

【課題】 現行の水質基準値での判別が可能な高感度で、現場での分析の容易な、簡便で汎用性のある鉛イオン簡易定量方法を提供する。
【解決手段】 鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと天然繊維及び/又は合成繊維との複合体からなるろ過膜に、鉛イオン含有検体試料液を通して鉛イオンを選択的に捕捉し、濃縮させた後、ろ過膜を顕色試薬溶液と接触させて発色させ、発色度を比色定量するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛イオン含有検体試料液をろ過することで鉛イオンを選択的に分離濃縮し、その後濃縮された鉛イオンを顕色試薬溶液により顕色し、その濃さの程度から簡易に鉛イオンを比色定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉛イオンの定量法としては、フレーム原子吸光、ICP−AES、ICP−MSなどの機器分析法(JIS K0102)やジチゾンによる溶媒抽出後の吸光光度定量法(JIS G1229)等が知られている。
しかし、この機器分析法は高感度ではあるが、装置が大型かつ高価であり、現場でのオンサイト分析には不向きであるし、また、この吸光光度定量法は、ジチゾンによる抽出操作が煩雑で、かつ抽出試薬、有機溶媒、酸等を要し、簡易なものではない。
吸光光度定量法としては他にも、アゾ色素やポルフィリン等の試薬を用いた例が報告されてはいるが、いずれも他の金属イオンによる妨害が大きいし、また、検出感度に限界があるので環境基準値レベルの鉛イオン濃度を測定するのは困難であり、溶液への光透過を計測原理とするため汚濁・着色した排水のような試料の分析には不向きである。
【0003】
また、薄膜内での鉛イオンと長鎖アルキル基を有する有機試薬との化学平衡反応を利用した光センサーが提案されているが(非特許文献1参照)、このセンサーは有機試薬が高価であり、簡易で汎用性のあるものではない。
【0004】
【非特許文献1】「アナリティカルケミストリー(Analytical Chemistry)」、第64巻、p.1534、1992年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
人体が鉛に長期間さらされると、脳や神経に致命的な損傷を受けることが明らかになり、WHOは鉛の規制量として10ppb以下という厳しい環境基準を勧告している。我が国でも、鉛は、工業排水基準として0.1ppm以下、環境基準ならびに水道水基準として10ppb以下と定められている有害重金属である。また上水道の鉛配管からの鉛溶出による飲料水汚染も深刻な問題となっているため、そのモニターは重要な課題であるが、現状では、環境診断は大型機器を保有する一部の業者に限られている。
そのため、鉱工業排水や河川水、飲料水などの水溶液中に微量に存在する鉛イオンを、現行の水質基準値を満たすか否かを判別しうるに足る高感度で、現場で容易に定量しうる、簡便で汎用性のある鉛イオン計測法の開発が急務とされている。
【0006】
本発明の課題は、このような事情の下、現行の水質基準値での判別が可能な高感度で、現場での分析の容易な、簡便で汎用性のある鉛イオン簡易定量方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記した好ましい特徴を有する鉛イオン簡易定量方法について種々研究を重ねた結果、リン酸セリウムが繊維状の結晶を生じ、鉛イオンを強く保持することに着目し、繊維状リン酸セリウム結晶を用いたろ過膜に鉛イオン含有検体試料液を通し、ろ過して鉛イオンをろ過膜に捕捉し、分離濃縮した後、顕色試薬により発色させ、発色の程度を目視で或いは光電的に比色するなどして比色定量する方法が課題解決に資することを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のとおりのものである。
(1)鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと天然繊維及び/又は合成繊維との複合体からなるろ過膜に、鉛イオン含有検体試料液を通して鉛イオンを選択的に捕捉し、濃縮させた後、ろ過膜を顕色試薬溶液と接触さ
せて発色させ、発色度を比色定量することを特徴とする鉛イオンの簡易定量方法。
(2)複合体が不織布である前記(1)記載の方法。
(3)鉛イオン含有検体試料液がpH1.5〜8に調整されたものである前記(1)又は(2)記載の方法。
(4)鉛イオンの濃縮操作の際に、鉛イオン含有検体試料液中の共存金属イオンの妨害抑止にマスキング剤を用いる前記(1)ないし(3)のいずれかに記載の方法。
(5)発色度を比色定量するのを、発色させた色の濃さを標準のそれと比較することにより行う前記(1)ないし(4)のいずれかに記載の方法。
【0009】
本発明方法に用いるろ過膜には、鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウムが不可欠であり、該繊維状リン酸セリウムは結晶構造のものであるのが好ましい。ろ過膜は、繊維状リン酸セリウムだけで網組みするなどして作製したものであってもよいし、また、繊維状リン酸セリウムと、他の繊維状物である、天然繊維及び/又は合成繊維とを組み合わせた複合体として網組み成形したり、不織布成形したり、バインダーを添加してプレス成形したりするなどして作製したものであってもよい。
複合体に用いられる天然繊維としては、セルロース繊維が好ましく、天然繊維、中でもセルロース繊維の併用により、ろ過性が良くなる。複合体における天然繊維の割合、中でもセルロース繊維の割合は10〜95質量%の範囲とするのが望ましい。この割合が少なすぎるとろ過性が良好でなくなるし、また、多すぎても鉛イオンの捕捉能が低下する。
また、合成繊維としては、ナイロン、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリビニリデンクロライド、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエーテルスルホン等が好ましい。
【0010】
ろ過膜としては、ろ紙状薄膜が好ましく、これを作製するには、繊維状リン酸セリウム、好ましくはその結晶構造のものを水に分散したスラリー、或いは繊維状リン酸セリウム、好ましくはその結晶構造のものと、他の繊維状物、例えばセルロース繊維等とを水に分散した混合スラリーをろ過器に取り付けたろ紙上に全面的に供し、ろ過処理に付し、乾燥するか、あるいはさらにこのようにした後、ろ紙からはがすなどの通常の紙すき手法によるのがよい。
【0011】
ろ過膜の厚さはその機能を有する限り特に制限されないが、通常10μm〜5mm、好ましくは20μm〜2mm、中でも50μm〜1mmの範囲で選ばれる。
ろ過膜は、上記紙すき手法による場合、長いリン酸セリウム結晶繊維同士、例えば長さ数10μmの該繊維同士が絡み合いながら比較的隙間のある凝集形態をなしていることが電子顕微鏡で観察される。
【0012】
ろ過膜は、それに鉛イオン含有検体試料液を通してろ過すると、ろ過膜を構成する繊維状リン酸セリウム結晶或いは該部分により、鉛イオンが選択的に捕捉され、濃縮されるようになる。
ろ過膜は、セパラブルフィルターに取り付けて用いるのが好ましい。
ろ過膜に通液する鉛イオン含有検体試料液については、そのpHを適宜調整するのが好ましく、通常pHは1.5〜9.0の範囲で選ばれるが、共存イオンの妨害を避けて鉛イオンを選択的に分離するにはpHを1.5〜8、中でも1.5〜4.0の範囲とするのが望ましい。
鉛イオン含有検体試料液としては、例えば水道水、井戸水等の上水や飲料水、工場用水、地下水、河川水、鉱山水、排水などが挙げられる。
【0013】
また、通液時に共存イオンの妨害を抑止するため、マスキング剤を用いるのが好ましい。
マスキング剤としては、シュウ酸、コハク酸などのジカルボン酸塩や鉄イオンを隠蔽するヒドロキサム酸、タイロン、エチレンジアミン四酢酸やニトリロトリ酢酸等のコンプレクサンに代表されるキレート化剤などが挙げられる。
通液速度については特に制限されないが、鉛イオンの定量的な吸着のためには毎分20ml以下とするのが望ましい。
【0014】
鉛イオンの濃縮されたろ過膜は、顕色試薬溶液と接触させると発色する。この発色の色調やその濃さの程度、換言すれば濃淡を比色定量することにより、鉛イオンの濃度を求めることが可能になる。
【0015】
顕色試薬溶液は、顕色試薬をその良溶媒に溶解させたものであって、顕色試薬としては、鉛イオンと反応して色を変化させるもの、例えば鉛イオンと反応し、鉛イオンと安定な着色化合物、着色沈殿を生成するものであれば特に制限されないが、好ましくは、鉛イオンはリン酸セリウムに強固に結合されているので、これをさらに強い力で引き剥がしうる試薬や沈殿を生成しうる試薬を選ぶのがよく、このような試薬としては、硫化水素水、硫化ナトリウム、硫化カリウム、クロム酸カリウム、ヨウ化カリウムなどの発色性沈殿試薬や、鉛イオンと選択的にキレートを形成して発色するキレート化剤、例えばジチゾン、ジエチルジチオカルバミン酸などが挙げられる。
【0016】
発色操作において、発色させた色の濃さは、色調比較表により目視でも判断できるが、デンシトメーター、TLCスキャナー、色彩色差計などの計測器により数値化するのが定量に適している。
顕色試薬に硫化ナトリウムを用いて鉛イオンを硫化物として比色する際には、ろ過膜に共吸着した他のイオン、例えばFe(III)イオン等の発色による妨害を避けるため、希塩酸ないし希硫酸溶液、例えば濃度1〜2M程度のものに適当な時間、例えば0.5〜1分間さらすことで、希酸に溶解しにくい硫化鉛を残留させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明方法によれば、現行の水質基準値での判別が可能な高感度で、現場での分析の容易な、簡便で汎用性のあるものとして、鉛イオンを簡易に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、実施例により本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0019】
製造例1
95℃に保った6Mリン酸水溶液200mlを攪拌し、この中に硫酸セリウム4g(0.05モル)を1M硫酸200mlに溶解した溶液を毎分3mlの速度で滴下し、薄黄色の沈殿物を生成させた。滴下終了後、攪拌を止め、この沈殿物を7時間95℃で熟成させたところ、リン酸セリウムの微細な繊維状結晶が析出した。これをろ紙でろ過し、水でよく洗浄した後、乾燥し、ろ紙からはがしてフィルター状の薄膜成形体を得た。
【0020】
製造例2
製造例1と同様にして得たリン酸セリウムの繊維状結晶1.6gに、セルロース繊維粉末(市販のNo.5ろ紙を水中で破砕したもの)3.8gと水200mlを加え、ミキサーでよく混合した。得られたスラリーを遠心分離し、上澄みを捨てて調整したスラリーをろ過器に取り付けたNo.5ろ紙(直径15cm)により吸引ろ過し、水洗した後、乾燥し、フィルター状の薄膜成形体を得た。
この薄膜成形体の電子顕微鏡写真を図1に示す。
【実施例1】
【0021】
製造例2で得た薄膜成形体を直径およそ3cmの小片に切り出し、セパラブルフィルター(図2、直径0.5cm、ろ過面積0.13cm2)にはさんで作製したろ過材に、上から各種濃度の鉛イオン含有検水(酢酸緩衝液にてpH3.5に調製したもの)100mlをそれぞれペリスターポンプで毎分10ml送液し、ろ過した後、水洗、乾燥し、鉛イオンの濃縮されたろ過材を得た。
このろ過材より薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸したところ、黒色の硫化物が黒色スポットとして検出された。鉛イオン含有検水中の鉛イオン濃度を5、10、50、100、500ppbと変化させた場合の結果を図3に写真で示す。
【実施例2】
【0022】
実施例1で得た黒色スポットを、TLCスキャナー、色彩色差計を用い、400nmから600nmの間の波長で相対反射吸収を測定した.その反射吸収のスポットの直径分の積分値を鉛イオン含有検水中の鉛イオン濃度に対してプロットした結果を図4に示す。
【実施例3】
【0023】
製造例2で得た直径およそ3cmの薄膜成形体の小片を、セパラブルフィルター(ろ過面積0.2cm2)にはさんで作製したろ過材に、上から鉛イオン100ppbと、鉄(III)1ppm(1.8×10-5M)ならびに鉄の50倍濃度のイミノジ酢酸(9×10-4M)を含有し、pH3.5に調製された鉛イオン含有検水100mlを、ペリスターポンプを用いて毎分10mlで送液し、ろ過した。鉛イオン含有検水をろ過し、水洗した後に薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸し、黒色の硫化物として顕色させた。黒色の強度は、Fe(III)イオンを含まない場合と同等であった。
【実施例4】
【0024】
東北地方の廃鉱山の下を流域とする河川の現場で河川水を採取し、そのpHを3.5に調整して、鉛イオン含有検水を調製した。この検水を、製造例2で得た直径およそ3cmの薄膜成形体の小片をセパラブルフィルター(ろ過面積0.2cm2)にはさんで作製したろ過材に、上からペリスターポンプで毎分10ml送液し、ろ過、水洗した後、薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸したところ、鉛硫化物が生成され、黒色に顕色した。この黒色の相対強度の積分値を、実施例2の検量線にあてはめると、およそ鉛イオン濃度が10ppbに相当するものであった。同じ試料について別途ICP−MS分析した結果、鉛イオン濃度は14ppbであった。両者の濃度値は近似することから、本発明方法は鉛イオン濃度のおよその簡易な判定方法として利用しうることが分る。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、排水や河川水、飲料水などの水溶液中に微量に存在する鉛イオンを、現行の水質基準値を満たすか否かを判別しうるに足る高感度で、現場で容易に分析しうるので、簡便で汎用性のある比色定量方法として利用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】製造例2の薄膜成形体の電子顕微鏡写真。
【図2】実施例1のろ過用のセパラブルフィルター。
【図3】実施例1の種々の濃度の鉛イオンを顕色した結果を示す写真。
【図4】実施例1で得た黒色スポットについての相対反射吸収の積分値と検水中の鉛イオン濃度との関係を示すグラフ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ろ過膜、及びそれを用いて、鉛イオン含有検体試料液をろ過することで鉛イオンを選択的に分離濃縮し、その後濃縮された鉛イオンを顕色試薬溶液により顕色し、その濃さの程度から簡易に鉛イオンを比色定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉛イオンの定量法としては、フレーム原子吸光、ICP−AES、ICP−MSなどの機器分析法(JIS K0102)やジチゾンによる溶媒抽出後の吸光光度定量法(JIS G1229)等が知られている。
しかし、この機器分析法は高感度ではあるが、装置が大型かつ高価であり、現場でのオンサイト分析には不向きであるし、また、この吸光光度定量法は、ジチゾンによる抽出操作が煩雑で、かつ抽出試薬、有機溶媒、酸等を要し、簡易なものではない。
吸光光度定量法としては他にも、アゾ色素やポルフィリン等の試薬を用いた例が報告されてはいるが、いずれも他の金属イオンによる妨害が大きいし、また、検出感度に限界があるので環境基準値レベルの鉛イオン濃度を測定するのは困難であり、溶液への光透過を計測原理とするため汚濁・着色した排水のような試料の分析には不向きである。
【0003】
また、薄膜内での鉛イオンと長鎖アルキル基を有する有機試薬との化学平衡反応を利用した光センサーが提案されているが(非特許文献1参照)、このセンサーは有機試薬が高価であり、簡易で汎用性のあるものではない。
【0004】
【非特許文献1】「アナリティカルケミストリー(Analytical Chemistry)」、第64巻、p.1534、1992年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
人体が鉛に長期間さらされると、脳や神経に致命的な損傷を受けることが明らかになり、WHOは鉛の規制量として10ppb以下という厳しい環境基準を勧告している。我が国でも、鉛は、工業排水基準として0.1ppm以下、環境基準ならびに水道水基準として10ppb以下と定められている有害重金属である。また上水道の鉛配管からの鉛溶出による飲料水汚染も深刻な問題となっているため、そのモニターは重要な課題であるが、現状では、環境診断は大型機器を保有する一部の業者に限られている。
そのため、鉱工業排水や河川水、飲料水などの水溶液中に微量に存在する鉛イオンを、現行の水質基準値を満たすか否かを判別しうるに足る高感度で、現場で容易に定量しうる、簡便で汎用性のある鉛イオン計測法の開発が急務とされている。
【0006】
本発明の課題は、このような事情の下、現行の水質基準値での判別が可能な高感度で、現場での分析の容易な、簡便で汎用性のある鉛イオン簡易定量方法及びそれに用いて有効なろ過膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記した好ましい特徴を有する鉛イオン簡易定量方法及びろ過膜について種々研究を重ねた結果、リン酸セリウムが繊維状の結晶を生じ、鉛イオンを強く保持することに着目し、繊維状リン酸セリウム結晶を用いたろ過膜に鉛イオン含有検体試料液を通し、ろ過して鉛イオンをろ過膜に捕捉し、分離濃縮した後、顕色試薬により発色させ、発色の程度を目視で或いは光電的に比色するなどして比色定量する方法及び上記ろ過膜が課題解決に資することを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のとおりのものである。
(1)鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと天然繊維及び/又は合成繊維との複合体からなるか、或いは該繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと他の繊維状物とを水に分散したスラリーをろ過器に取り付けたろ紙上に全面的に供し、ろ過処理に付し、乾燥してなるろ過膜。
(2)前記(1)記載のろ過膜に、鉛イオン含有検体試料液を通して鉛イオンを選択的に捕捉し、濃縮させた後、ろ過膜を顕色試薬溶液と接触させて発色させ、発色度を比色定量することを特徴とする鉛イオンの簡易定量方法。
(3)複合体が不織布である前記(2)記載の方法。
(4)鉛イオン含有検体試料液がpH1.5〜8に調整されたものである前記(2)又は(3)記載の方法。
(5)鉛イオンの濃縮操作の際に、鉛イオン含有検体試料液中の共存金属イオンの妨害抑止にマスキング剤を用いる前記(2)ないし(4)のいずれかに記載の方法。
(6)発色度を比色定量するのを、発色させた色の濃さを標準のそれと比較することにより行う前記(2)ないし(5)のいずれかに記載の方法。
【0009】
本発明方法に用いるろ過膜には、鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウムが不可欠であり、該繊維状リン酸セリウムは結晶構造のものであるのが好ましい。ろ過膜は、繊維状リン酸セリウムだけで網組みするなどして作製したものであってもよいし、また、繊維状リン酸セリウムと、他の繊維状物である、天然繊維及び/又は合成繊維とを組み合わせた複合体として網組み成形したり、不織布成形したり、バインダーを添加してプレス成形したりするなどして作製したものであってもよい。
複合体に用いられる天然繊維としては、セルロース繊維が好ましく、天然繊維、中でもセルロース繊維の併用により、ろ過性が良くなる。複合体における天然繊維の割合、中でもセルロース繊維の割合は10〜95質量%の範囲とするのが望ましい。この割合が少なすぎるとろ過性が良好でなくなるし、また、多すぎても鉛イオンの捕捉能が低下する。
また、合成繊維としては、ナイロン、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリビニリデンクロライド、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエーテルスルホン等が好ましい。
【0010】
ろ過膜としては、ろ紙状薄膜が好ましく、これを作製するには、繊維状リン酸セリウム、好ましくはその結晶構造のものを水に分散したスラリー、或いは繊維状リン酸セリウム、好ましくはその結晶構造のものと、他の繊維状物、例えばセルロース繊維等とを水に分散した混合スラリーをろ過器に取り付けたろ紙上に全面的に供し、ろ過処理に付し、乾燥するか、あるいはさらにこのようにした後、ろ紙からはがすなどの通常の紙すき手法によるのがよい。
【0011】
ろ過膜の厚さはその機能を有する限り特に制限されないが、通常10μm〜5mm、好ましくは20μm〜2mm、中でも50μm〜1mmの範囲で選ばれる。
ろ過膜は、上記紙すき手法による場合、長いリン酸セリウム結晶繊維同士、例えば長さ数10μmの該繊維同士が絡み合いながら比較的隙間のある凝集形態をなしていることが電子顕微鏡で観察される。
【0012】
ろ過膜は、それに鉛イオン含有検体試料液を通してろ過すると、ろ過膜を構成する繊維状リン酸セリウム結晶或いは該部分により、鉛イオンが選択的に捕捉され、濃縮されるようになる。
ろ過膜は、セパラブルフィルターに取り付けて用いるのが好ましい。
ろ過膜に通液する鉛イオン含有検体試料液については、そのpHを適宜調整するのが好ましく、通常pHは1.5〜9.0の範囲で選ばれるが、共存イオンの妨害を避けて鉛イオンを選択的に分離するにはpHを1.5〜8、中でも1.5〜4.0の範囲とするのが望ましい。
鉛イオン含有検体試料液としては、例えば水道水、井戸水等の上水や飲料水、工場用水、地下水、河川水、鉱山水、排水などが挙げられる。
【0013】
また、通液時に共存イオンの妨害を抑止するため、マスキング剤を用いるのが好ましい。
マスキング剤としては、シュウ酸、コハク酸などのジカルボン酸塩や鉄イオンを隠蔽するヒドロキサム酸、タイロン、エチレンジアミン四酢酸やニトリロトリ酢酸等のコンプレクサンに代表されるキレート化剤などが挙げられる。
通液速度については特に制限されないが、鉛イオンの定量的な吸着のためには毎分20ml以下とするのが望ましい。
【0014】
鉛イオンの濃縮されたろ過膜は、顕色試薬溶液と接触させると発色する。この発色の色調やその濃さの程度、換言すれば濃淡を比色定量することにより、鉛イオンの濃度を求めることが可能になる。
【0015】
顕色試薬溶液は、顕色試薬をその良溶媒に溶解させたものであって、顕色試薬としては、鉛イオンと反応して色を変化させるもの、例えば鉛イオンと反応し、鉛イオンと安定な着色化合物、着色沈殿を生成するものであれば特に制限されないが、好ましくは、鉛イオンはリン酸セリウムに強固に結合されているので、これをさらに強い力で引き剥がしうる試薬や沈殿を生成しうる試薬を選ぶのがよく、このような試薬としては、硫化水素水、硫化ナトリウム、硫化カリウム、クロム酸カリウム、ヨウ化カリウムなどの発色性沈殿試薬や、鉛イオンと選択的にキレートを形成して発色するキレート化剤、例えばジチゾン、ジエチルジチオカルバミン酸などが挙げられる。
【0016】
発色操作において、発色させた色の濃さは、色調比較表により目視でも判断できるが、デンシトメーター、TLCスキャナー、色彩色差計などの計測器により数値化するのが定量に適している。
顕色試薬に硫化ナトリウムを用いて鉛イオンを硫化物として比色する際には、ろ過膜に共吸着した他のイオン、例えばFe(III)イオン等の発色による妨害を避けるため、希塩酸ないし希硫酸溶液、例えば濃度1〜2M程度のものに適当な時間、例えば0.5〜1分間さらすことで、希酸に溶解しにくい硫化鉛を残留させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明方法によれば、現行の水質基準値での判別が可能な高感度で、現場での分析の容易な、簡便で汎用性のあるものとして、鉛イオンを簡易に定量することができ、本発明のろ過膜はこのような方法に用いて有効である
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、実施例により本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【実施例1】
【0019】
95℃に保った6Mリン酸水溶液200mlを攪拌し、この中に硫酸セリウム4g(0.05モル)を1M硫酸200mlに溶解した溶液を毎分3mlの速度で滴下し、薄黄色の沈殿物を生成させた。滴下終了後、攪拌を止め、この沈殿物を7時間95℃で熟成させたところ、リン酸セリウムの微細な繊維状結晶が析出した。これをろ紙でろ過し、水でよく洗浄した後、乾燥し、ろ紙からはがしてフィルター状の薄膜成形体を得た。
【実施例2】
【0020】
実施例1と同様にして得たリン酸セリウムの繊維状結晶1.6gに、セルロース繊維粉末(市販のNo.5ろ紙を水中で破砕したもの)3.8gと水200mlを加え、ミキサーでよく混合した。得られたスラリーを遠心分離し、上澄みを捨てて調整したスラリーをろ過器に取り付けたNo.5ろ紙(直径15cm)により吸引ろ過し、水洗した後、乾燥し、フィルター状の薄膜成形体を得た。
この薄膜成形体の電子顕微鏡写真を図1に示す。
【実施例3】
【0021】
実施例2で得た薄膜成形体を直径およそ3cmの小片に切り出し、セパラブルフィルター(図2、直径0.5cm、ろ過面積0.13cm2)にはさんで作製したろ過材に、上から各種濃度の鉛イオン含有検水(酢酸緩衝液にてpH3.5に調製したもの)100mlをそれぞれペリスターポンプで毎分10ml送液し、ろ過した後、水洗、乾燥し、鉛イオンの濃縮されたろ過材を得た。
このろ過材より薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸したところ、黒色の硫化物が黒色スポットとして検出された。鉛イオン含有検水中の鉛イオン濃度を5、10、50、100、500ppbと変化させた場合の結果を図3に写真で示す。
【実施例4】
【0022】
実施例3で得た黒色スポットを、TLCスキャナー、色彩色差計を用い、400nmから600nmの間の波長で相対反射吸収を測定した。その反射吸収のスポットの直径分の積分値を鉛イオン含有検水中の鉛イオン濃度に対してプロットした結果を図4に示す。
【実施例5】
【0023】
実施例2で得た直径およそ3cmの薄膜成形体の小片を、セパラブルフィルター(ろ過面積0.2cm2)にはさんで作製したろ過材に、上から鉛イオン100ppbと、鉄(III)1ppm(1.8×10-5M)ならびに鉄の50倍濃度のイミノジ酢酸(9×10-4M)を含有し、pH3.5に調製された鉛イオン含有検水100mlを、ペリスターポンプを用いて毎分10mlで送液し、ろ過した。鉛イオン含有検水をろ過し、水洗した後に薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸し、黒色の硫化物として顕色させた。黒色の強度は、Fe(III)イオンを含まない場合と同等であった。
【実施例6】
【0024】
東北地方の廃鉱山の下を流域とする河川の現場で河川水を採取し、そのpHを3.5に調整して、鉛イオン含有検水を調製した。この検水を、製造例2で得た直径およそ3cmの薄膜成形体の小片をセパラブルフィルター(ろ過面積0.2cm2)にはさんで作製したろ過材に、上からペリスターポンプで毎分10ml送液し、ろ過、水洗した後、薄膜成形体を取り出し、0.5%硫化ナトリウム水溶液に浸したところ、鉛硫化物が生成され、黒色に顕色した。この黒色の相対強度の積分値を、実施例2の検量線にあてはめると、およそ鉛イオン濃度が10ppbに相当するものであった。同じ試料について別途ICP−MS分析した結果、鉛イオン濃度は14ppbであった。両者の濃度値は近似することから、本発明方法は鉛イオン濃度のおよその簡易な判定方法として利用しうることが分る。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、排水や河川水、飲料水などの水溶液中に微量に存在する鉛イオンを、現行の水質基準値を満たすか否かを判別しうるに足る高感度で、現場で容易に分析しうるので、簡便で汎用性のある比色定量に利用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例2の薄膜成形体の電子顕微鏡写真。
【図2】実施例3のろ過用のセパラブルフィルター。
【図3】実施例3の種々の濃度の鉛イオンを顕色した結果を示す写真。
【図4】実施例3で得た黒色スポットについての相対反射吸収の積分値と検水中の鉛イオン濃度との関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと天然繊維及び/又は合成繊維との複合体からなるろ過膜に、鉛イオン含有検体試料液を通して鉛イオンを選択的に捕捉し、濃縮させた後、ろ過膜を顕色試薬溶液と接触させて発色させ、発色度を比色定量することを特徴とする鉛イオンの簡易定量方法。
【請求項2】
複合体が不織布である請求項1記載の方法。
【請求項3】
鉛イオン含有検体試料液がpH1.5〜8に調整されたものである請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
鉛イオンの濃縮操作の際に、鉛イオン含有検体試料液中の共存金属イオンの妨害抑止にマスキング剤を用いる請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
発色度を比色定量するのを、発色させた色の濃さを標準のそれと比較することにより行う請求項1ないし4のいずれかに記載の方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛イオン選択捕捉能を有する繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと天然繊維及び/又は合成繊維との複合体からなるか、或いは該繊維状リン酸セリウム単独或いは該繊維状リン酸セリウムと他の繊維状物とを水に分散したスラリーをろ過器に取り付けたろ紙上に全面的に供し、ろ過処理に付し、乾燥してなるろ過膜。
【請求項2】
請求項1記載のろ過膜に、鉛イオン含有検体試料液を通して鉛イオンを選択的に捕捉し、濃縮させた後、ろ過膜を顕色試薬溶液と接触させて発色させ、発色度を比色定量することを特徴とする鉛イオンの簡易定量方法。
【請求項3】
複合体が不織布である請求項記載の方法。
【請求項4】
鉛イオン含有検体試料液がpH1.5〜8に調整されたものである請求項2又は3記載の方法。
【請求項5】
鉛イオンの濃縮操作の際に、鉛イオン含有検体試料液中の共存金属イオンの妨害抑止にマスキング剤を用いる請求項2ないし4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
発色度を比色定量するのを、発色させた色の濃さを標準のそれと比較することにより行う請求項2ないし5のいずれかに記載の方法。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−23132(P2006−23132A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−199795(P2004−199795)
【出願日】平成16年7月6日(2004.7.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】