説明

アオクサカメムシの誘引剤

【課題】農業現場等において、アオクサカメムシの発生密度や発生時期を簡易に把握するための誘引源として利用でき、アオクサカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供する。
【解決手段】シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを主成分とし、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量以上であることを特徴とする、アオクサカメムシの誘引剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアオクサカメムシの誘引剤に関する。
【背景技術】
【0002】
カメムシ目カメムシ科に属するアオクサカメムシ(学名:Nezara antennata)は、日本をはじめ、亜熱帯アジアに広く生息し、イネ科やマメ科さらには果菜類など25科80種を加害する広食性の害虫であり、日本において、アオクサカメムシは、大豆や水稲、果樹類に大きな被害をもたらしている。
従来の発生予察を行うための一般的な手段としては、目視による見取り調査や捕虫網を使ったすくい取り調査等が行われてきたが、これらの方法は多大な労力を必要とする他、調査者の経験により結果が左右されるという問題点を持つ。
一方、フェロモン等の誘引剤を利用したトラップでは、対象害虫のみを選択的に捕獲できることや調査経験などの人為的な影響を排除できるため、発生予察を効率的に行うことができる。
以上のことから、アオクサカメムシを対象とした発生予察においても、誘引効果の高い誘引剤の開発およびその利用が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来、アオクサカメムシに対し誘引効果のある成分は、知られておらず、発生予察などに誘引物質が利用されていない。
【0004】
なお、アオクサカメムシの近縁種であるミナミアオカメムシ(学名:Nezara viridula)は、熱帯原産で世界各地に分布し、32科145種の植物への加害が確認されている。
該ミナミアオカメムシのフェロモンについては、(Z)−α−ビザボレン、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレン、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレン、(E)−ネロリドール、n−ノナデカンの5成分で構成されていることが明らかとなっている(Journal of Experimental Zoology、第244巻、第1号、171−175、1987年、 Naturwissenschaften、76巻、173−175、1989年、Journal of Chemical Ecology、第20巻、第12号、3133−3147、1994年)。
【0005】
従って、本発明の課題は、農業現場等において、アオクサカメムシの発生密度や発生時期を簡易に把握するための誘引源として利用でき、アオクサカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討し、アオクサカメムシに対し顕著な誘引活性を示す成分を見出した。
【0007】
すなわち、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンおよび、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの2成分を主成分とし、この2成分の含有量について、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量以上である誘引剤は、アオクサカメムシの雌雄成虫に対して有効な誘引性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
この2成分の含有量は、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量を10とすると、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が45〜55であることが好ましい。
【0009】
本発明に係る誘引剤の調製は、これらの物質を用いて、通常、誘引剤の調製に際して適用されている製剤化技術を用いて行うことができる。
例えば、2成分を混合した化合物を、そのまま、あるいはエーテル、アセトン、アルコール、ヘキサン、ペンタン、ジクロロメタン、トリグリセライド等の適当な溶媒で希釈した後、適当な担体、例えば、各種合成高分子体、ゴム等に吸着させたり、綿や不織布、紙、繊維等に含浸させたり、さらに適当な高分子材料の成型物に封入することで製剤化することができる。
【0010】
有効成分の含有量は、使用環境に応じて適宜定めることができるが、通常製剤あたりの有効成分量が1mg〜10g、好ましくは10mg〜500mgの範囲になるように添加する。
【0011】
本発明の誘引剤は、水盤式、滑落式、粘着式等の任意の形態の捕虫器の誘引源として利用することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、アオクサカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0014】
(実施例1)
本発明誘引剤1は、20mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと20mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0015】
対照誘引剤1は、20mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンを単独で用い、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤2は、20mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンを単独で用い、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤3は、20mgの(Z)−α−ビザボレンを単独で用い、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤4は、20mgの(Z)−α−ビザボレンと、20mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤5は、20mgの(Z)−α−ビザボレンと、20mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤6は、20mgの(Z)−α−ビザボレンと、20mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと、20mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
【0016】
対照誘引剤7は、何の物質も吸着させていない合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)を、対照のために準備したものである。
【0017】
次に、上記で得た本発明誘引剤1及び対照誘引剤1〜7について、各誘引剤の誘引効果を確認するために行った試験について説明する。
【0018】
各試験は、上記で得た各誘引剤を、各トラップに装着したものを用意し、同一条件下で、各トラップを設置し、アオクサカメムシの捕虫数を調査することで行った。
ここで、捕虫結果は、対照誘引剤1(トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレン単独)の捕虫数を100として、他の誘引剤の捕虫数を、対照誘引剤1に対する捕虫比として表した。
その結果は、次のとおりである。
【0019】
本発明誘引剤1は357、対照誘引剤1は100(基準)、対照誘引剤2は29、対照誘引剤3は14、対照誘引剤4は157、対照誘引剤5は143、対照誘引剤6は214、対照誘引剤7は0であった。
【0020】
上記の結果に示すように、本発明誘引剤1は、単独成分による対照誘引剤1〜3及び3成分の対照誘引剤6より強い捕虫効果を有し、実用的に充分な誘引効果を有することが確認できる。
【0021】
(実施例2)
本発明誘引剤2は、10mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと50mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
本発明誘引剤3は、30mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと30mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
【0022】
対照誘引剤8は、60mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンを単独で用い、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤9は、60mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンを単独で用い、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
対照誘引剤10は、50mgのシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと、10mgのトランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを混合し、合成高分子体に吸着させることで製剤化したものである。
【0023】
対照誘引剤11は、何の物質も吸着させていない合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)を、対照のために準備したものである。
【0024】
次に、上記で得た本発明誘引剤2、3及び対照誘引剤8〜11について、各誘引剤の誘引効果を確認するために行った試験について説明する。
【0025】
各試験は、上記で得た各誘引剤を、各トラップに装着したものを用意し、同一条件下で、各トラップを設置し、アオクサカメムシ及びアオクサカメムシの近縁種であるミナミアオカメムシの捕虫数を調査することで行った。
ここで、捕虫結果は、アオクサカメムシにおける対照誘引剤8(トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレン単独)の捕虫数を100として、他の誘引剤の捕虫数を、アオクサカメムシにおける対照誘引剤8に対する捕虫比として表した。
その結果は、次のとおりである。
【0026】
アオクサカメムシについて、本発明誘引剤2は139、本発明誘引剤3は121、対照誘引剤8は100(基準)、対照誘引剤9は54、対照誘引剤10は94、対照誘引剤11は3であった。
また、ミナミアオカメムシについて、本発明誘引剤2は18、本発明誘引剤3は18、対照誘引剤8は0、対照誘引剤9は3、対照誘引剤10は38、対照誘引剤11は0であった。
【0027】
上記の結果に示すように、本発明誘引剤2、3は、アオクサカメムシについて、単独成分による対照誘引剤8、9及び対照誘引剤10(トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンに対してシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が多いタイプ)より強い捕虫効果を有し、実用的に充分な誘引効果を有することが確認できる。
また、ミナミアオカメムシについては、対照誘引剤10(トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンに対してシス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が多いタイプ)が強い捕虫効果を有していること、及び対照誘引剤8(トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレン単独)の誘引効果が全くなかったことが確認できる。
このことから、アオクサカメムシとミナミアオカメムシは、近縁種であっても有効な誘引物質が異なることがわかる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】Journal of Experimental Zoology、第244巻、第1号、171−175、1987年
【非特許文献2】Naturwissenschaften、76巻、173−175、1989年
【非特許文献3】Journal of Chemical Ecology、第20巻、第12号、3133−3147、1994年

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを主成分とし、この2成分の含有量について、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量以上であることを特徴とする、アオクサカメムシの誘引剤。
【請求項2】
シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンと、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンとを主成分とし、シス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量を10とすると、トランス−1,2−エポキシ−(Z)−α−ビザボレンの含有量が45〜55であることを特徴とする、アオクサカメムシの誘引剤。

【公開番号】特開2012−229196(P2012−229196A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−20647(P2012−20647)
【出願日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(391020584)富士フレーバー株式会社 (16)
【Fターム(参考)】