説明

アクリルアミドの分解促進方法

【課題】アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌の製造方法および該方法により得られた糸状菌を提供する。
【解決手段】糸状菌をpH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養する、アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌の製造方法。アクリルアミド分解能が誘導された固定化糸状菌の製造方法であって、下記工程:(a)担体を栄養源含有培地にてプレインキュベーションし、(b)糸状菌を、該担体を含む培地にて培養し、次いで(c)該担体に固定化された糸状菌を、pH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養することを含む、固定化糸状菌の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸状菌をアルカリ性の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養することを特徴とする、アクリルアミド分解能が高度に誘導された糸状菌の製造方法および該方法により得られた糸状菌に関する。さらに、本発明は、アクリルアミド分解能が高度に誘導された糸状菌を含む固定化糸状菌およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリルアミドは、常温では無臭白色の結晶で、水やアルコールに溶けやすい性質を示す。アクリルアミドの摂取は、ヒトや動物などの生体に対する影響が懸念される。アクリルアミドは、例えば、皮膚障害、言語障害、末梢神経炎、小脳性失調等を引き起こし、中毒症状においては、主に神経症状と肝障害を生じる。国際がん研究機関は、アクリルアミドを「ヒトに対しておそらく発がん性がある物質(2A)」に分類する。その理由は、ヒトが極微量のアクリルアミドを摂取し続けた場合、アクリルアミドが細胞中のDNAへの傷害することによりがんを誘発することが予想されるからである。
【0003】
近年、アクリルアミドが食品や加熱加工食品にも含まれることが報告された。各種食品を対象に分析が行われ、ポテトチップス、フライドポテト等のスナック、小麦を原料とするビスケット・焼き菓子、コーヒーやほうじ茶等や、家庭やレストラン等で調理された食品からのアクリルアミドの検出が報告された。アクリルアミドの食品別の摂取率は、コーヒーが最も多い約3割であり、次いで、ポテトチップス、パンの順であり、これらの合計は約6〜7割であった。食品中のアクリルアミドは、食品原材料に含まれているアミノ酸のアスパラギンと果糖やブドウ糖等の還元糖が、調理中の加熱によりアミノカルボニル反応を生じることにより生成されると考えられている。その他、脂質が分解されることにより生じるアクロレインの酸化による経路や、アスパラギン酸から生じたアクリル酸がアンモニアと反応して生成する経路、セリンやシステインなどのアミノ酸から生成した乳酸がアンモニアと反応して生成する経路、アスパラギンの酵素的脱炭酸反応により生じた3−アミノプロパンアミドが脱アミノ反応する経路等も報告されている。
【0004】
これまでに、上記のように生成されたアクリルアミドを微生物を用いて分解する方法が開発されてきた。例えば、糸状菌を用いてアクリルアミドを分解する方法が知られている(特許文献1〜3)。また、アミダーゼ遺伝子のクローニングも行われた(特許文献4〜9)。さらに、アミダーゼの製造についても報告されている(特許文献10)。最近では、対象が食品であっても、食品の製造工程で用いられる一定の麹菌を用いることにより、アクリルアミドを分解することができることが見出された(特許文献11)。特許文献11は、アクリルアミド分解能を有する麹菌を用いてアクリルアミドを分解する方法を開示しているが、アクリルアミド分解能を有する糸状菌から高いアクリルアミド分解活性を誘導するための最適な条件(例えば、培地組成、培養条件(pH、培養時間、通気条件、温度など))、並びに高いアクリルアミド分解能を有する固定化菌体の取得については、いまだ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許79011389号
【特許文献2】米国特許第5188952号
【特許文献3】国際公開第99/007748号
【特許文献4】国際公開第06/40345号
【特許文献5】特開平9−9973号公報
【特許文献6】特開2004−105152号公報
【特許文献7】米国特許第5260208号
【特許文献8】米国特許出願公開2004/0225116号
【特許文献9】特開2006−340630号公報
【特許文献10】国際公開第99/007838号
【特許文献11】特願2009−029836号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の解決課題は、糸状菌から効率的で短時間にアクリルアミドを分解する能力が誘導される条件を見出し、前記条件を含む糸状菌の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。そして、驚くべきことに、高いアルカリ性、とりわけpH9.0〜9.5の条件下において、糸状菌、特に麹菌を培養すると、アクリルアミド分解活性能が極めて上昇することを見出し、この条件下で培養する工程を含む、アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌を製造する方法およびこの方法により製造された糸状菌を完成させた。さらに、アルカリ性の条件下で培養する場合に菌を固定化した担体が脆くなるという問題点が存在していたが、本発明者らは、多孔質または繊維状のもの、とりわけヘチマを選択することにより解決した。その上、かかる担体を栄養源を含む培地とともにプレインキュベーションすることにより、多くの糸状菌を該担体に固定化させ、その後、アルカリ性の条件下で固定化菌体を培養することにより、さらに効率的にアクリルアミドを分解できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は:
(1)糸状菌をpH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養することを特徴とする、アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌の製造方法;
(2)pH8.5〜10.0の条件下で行われる、(1)記載の方法;
(3)pH9.0〜9.5の条件下で行われる、(2)記載の方法;
(4)糸状菌が麹菌である、(1)〜(3)のいずれか1つ記載の方法;
(5)培地がCD培地である、(1)〜(4)のいずれか1つ記載の方法;
(6)培地中のアクリルアミド濃度が150〜250ppmである、(1)〜(5)のいずれか1つ記載の方法;
(7)糸状菌が固定化されている、(1)〜(6)のいずれか1つ記載の方法;
(8)(1)〜(7)のいずれか1つ記載の方法により得られた糸状菌;
(9)(8)記載の糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法;
(10)糸状菌が担体に固定化されたものである、(9)記載の方法、
(11)アクリルアミド分解能が誘導された固定化糸状菌の製造方法であって、下記工程:
(a)担体を栄養源含有培地にてプレインキュベーションし、
(b)糸状菌を、該担体を含む培地にて培養し、次いで
(c)該担体に固定化された糸状菌を、pH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養すること
を含む、固定化糸状菌の製造方法、
(12)工程(c)が、pH8.0〜10.0の条件下で行われる、(11)記載の方法、
(13)工程(c)が、pH8.0〜9.0の条件下で行われる、(11)記載の方法、
(14)担体が、多孔質または繊維状のものである、(11)〜(13)のいずれか1つ記載の方法、
(15)担体が、ヘチマ、綿、多孔性ガラスビーズ、多孔質セラミックス、および不織布からなる群から選択されるものである、(11)〜(14)のいずれか1つ記載の方法、
(16)担体がヘチマである、(11)〜(15)のいずれか1つ記載の方法、
(17)糸状菌が麹菌である、(11)〜(16)のいずれか1つ記載の方法、
(18)(11)〜(17)のいずれか1つ記載の方法により得られた固定化糸状菌、
(19)(18)記載の固定化糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、糸状菌においてアクリルアミドを短時間かつ効率的に分解する活性を誘導することができる。したがって、このような糸状菌を用いて、アクリルアミド高含量生成物中のアクリルアミドを効率的に分解することができる。さらに、本発明によれば、アクリルアミド分解活性の高い多くの菌体を固定化することができ、これを用いてさらに短時間かつ効率的にアクリルアミドを分解することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、アクリルアミド低減化の最適化条件を調べるための一連の手順の概略図である。図1中、手順1は、各種麹菌を固定化し、YPD培地にてpH6.5で3日間培養する工程、次いで、AA(以下、AAはアクリルアミドを意味する)200ppm含有CD培地にてpH9.5で3日間培養してアクリルアミド分解能を誘導する工程、さらに、リアクターを用いてアクリルアミド10ppm含有の滅菌水またはほうじ茶中で0〜24時間反応させてアクリルアミドを低減化する工程である。手順2は、麹菌を固定化し、アクリルアミド200ppm含有のYPD培地にて培養してアクリルアミド分解能の誘導する工程、次いで、リアクターを用いてアクリルアミド10ppm含有の滅菌水またはほうじ茶中で3日間反応させてアクリルアミドを低減化する工程である。手順3は、麹菌を固定化し、アクリルアミドを含まないYPD培地にてpH6.5で培養する工程、次いで、リアクターを用いてアクリルアミド10ppm含有の滅菌水またはほうじ茶中で3日間反応させてアクリルアミドを低減化する工程である。使用した菌は、「白峯」、「1010」および「BF1」であり、「白峯」はA.oryzae No.100株を意味し、「1010」はA.oryzae KBN1010株を意味し、「BF1」はA.oryzae M−01株を意味する。これらの菌株は、市販の種麹から発明者らによって分離されたものである。
【図2】図2は、図1中の手順1におけるアクリルアミド低減化実験の結果を示す。使用した菌は、白峯である。縦軸はAA濃度(ppm)を表す。横軸は経過時間(「h」は時間を意味する)を表す。
【図3】図3は、図1中の手順2におけるアクリルアミド低減化実験の結果を示す。使用した菌は、白峯(◆)およびBF1(▲)である。縦軸はAA濃度(ppm)を表す。横軸は経過日数(日)を表す。
【図4】図4は、図1中の手順3におけるアクリルアミド低減化実験の結果を示す。使用した菌は、白峯(◆)、1010(■)およびBF1(▲)である。縦軸はAA濃度(ppm)を表す。横軸は経過日数(日)を表す。
【図5】図5は、図1中の手順1において誘導時に異なる培地を用いた場合の相違によるアクリルアミド低減化の比較を示す。縦軸はAA濃度(ppm)を表す。横軸は経過時間(h)を表す。使用した菌は白峯である。図1中の手順1における誘導工程をYPD培地(■または□)とCD培地(▲または△)で比較した。
【図6】図6は、図1中の手順1において誘導時に異なるpHを用いた場合の相違によるアクリルアミド低減化の比較を示す。縦軸はAA濃度(ppm)を表す。横軸は経過時間(h)を表す。図1中の手順1における誘導工程をCD培地にてpH9.0とpH9.5においてパラレルに実験を行った(実験1および2)。
【図7】図7は、ヘチマの大きさと量による固定化麹菌のアクリルアミド分解効率の相違を示す。麹菌としてA.oryzae No.100株を用いた。図中、縦軸は、AA濃度(ppm)を表し、横軸は、経過時間(h)を表す。◆は、8mm角のヘチマ1g、■は、8mm角のヘチマ0.5g、▲は、4mm角のヘチマ0.5g、×は、2mm角のヘチマ0.5gを用いてプレインキュベーションさせた場合のAA濃度を示す。*は、ヘチマなし(コントロール)の場合を示す。
【図8】図8は、ヘチマのプレインキュベーション条件による麹菌の菌体量増加の相違を示す。培地をYPD培地またはスクロース溶液とし、プレインキュベーションの時間を3時間または24時間とした。麹菌としてA.oryzae No.100株を用いた。図中、縦軸はヘチマ1gあたりの麹菌の菌体量(mg)を表し、横軸は培養日数(分または日)を表す。●は、プレインキュベーションなし(コントロール)、■は、ヘチマをYPD培地にて3時間、▲は、ヘチマをYPD培地にて24時間、×は、ヘチマをスクロース溶液にて3時間、*は、ヘチマをスクロース溶液にて24時間プレインキュベーションさせた場合の培養日数に応じた菌体量を表す。
【図9】図9は、ヘチマのプレインキュベーション条件による麹菌のアクリルアミド分解効率の相違を示す。プレインキュベーションに用いた培地をYPD培地またはスクロース溶液とし、プレインキュベーションの時間を3または24時間と設定した。開始AA濃度を10ppmとした。図中、縦軸はAA濃度(ppm)を表し、横軸は培養時間(h)を表す。●は、プレインキュベーションなし(コントロール)、■は、ヘチマをYPD培地にて3時間、▲は、ヘチマをYPD培地にて24時間、×は、ヘチマをスクロース溶液にて3時間、*は、ヘチマをスクロース溶液にて24時間プレインキュベーションさせ、各ヘチマを用いて麹菌をYPD培地にて増殖させ、誘導し、10ppm アクリルアミド存在下で各麹菌にて処理した場合のAA濃度を表す。
【図10】図10は、アクリルアミド分解能誘導時のpHによるアクリルアミド分解効率の相違を示す。固定化担体として、ヘチマをYPD培地で24時間プレインキュベーションしたものを使用した。図中、縦軸はAA濃度(ppm)を表し、横軸は培養時間(h)を表す。◆はpH4、■はpH6、▲はpH8、×はpH9、*はpH10で麹菌のAA分解能を誘導し、次いで10ppm アクリルアミド存在下で各麹菌を用いて処理した場合のAA濃度を表す。
【図11】図11は、麹菌を固定化させたヘチマを用いたバイオリアクターにおいて、再使用(1回目)がアクリルアミド分解効率に与える影響を示す。図中、縦軸はAA濃度(ppm)を表し、横軸は経過時間(h)を表す。■はpH8、▲はpH9で麹菌のAA分解能を誘導し、次いで10ppm アクリルアミド存在下で各麹菌を用いて処理した場合のAA濃度を表す。
【図12】図12は、麹菌を固定化させたヘチマを用いたバイオリアクターにおいて、再使用(2回目)がアクリルアミド分解効率に与える影響を示す。図中、縦軸はAA濃度(ppm)を表し、横軸は経過時間(h)を表す。■はpH8、▲はpH9で麹菌のAA分解能を誘導し、次いで10ppm アクリルアミド存在下で各麹菌を用いて処理した場合のAA濃度を表す。
【図13】図13は、麹菌を固定化させたヘチマを用いたバイオリアクターにおいて、再使用(3回目)がアクリルアミド分解効率に与える影響を示す。図中、縦軸はAA濃度(ppm)を表し、横軸は経過時間(h)を表す。■はpH8、▲はpH9で麹菌のAA分解能を誘導し、次いで10ppm アクリルアミド存在下で各麹菌を用いて処理した場合のAA濃度を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、1の態様において、アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌を製造する方法を提供する。本発明の方法は、糸状菌を高いアルカリ性の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養して、高いアクリルアミド分解活性を誘導する工程を特徴とする。本発明の誘導工程における高いアルカリ性とは、例えば、pH7.5、8.0、8.5または9.0〜pH9.5、10.0、10.5または11.0であり、好ましくは、pH8.5〜10.5であり、より好ましくは、pH9.0〜9.5である。本発明の最大の技術的特徴は、高いアルカリ性の条件下で培養することにより、糸状菌において高いアクリルアミド分解活性を誘導できる点である。なお、本明細書において、「アクリルアミド分解活性」と「アクリルアミド分解能」は同義である。
【0012】
本発明で用いる糸状菌は、アクリルアミド分解能を有するものであれば、いかなる属や類の菌株であってもよいが、アクリルアミド分解能が高いものが好ましい。例えば、鞭毛菌類、接合菌類、子嚢菌類、担子菌類、不完全菌類などの全ての糸状菌を含み、モナスカス(Monascus)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、セファロスポリウム(Cephalosporium)属、アクレモニウム(Acremonium)属、フミコーラ(Humicola)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ムコール(Mucor)属、リゾプス(Rhizopus)属、フザリウム(Fusarium)属、エメリセラ(Emericella)属に属するものが挙げられる。なかでも、麹菌が好ましく、例えば、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)、モナスカス・パーパレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)などが挙げられる。本明細書において、「Aspergillus」を「A.」と略記することがある。アクリルアミド分解能の高い菌株はまた、公知の方法を用いてスクリーニングすることができる。例えば、特願2008−199646に記載されたスクリーニング方法を用いてスクリーニングされた菌株であってもよい。本発明の方法に用いるアクリルアミド分解能の高い糸状菌としては、アスペルギルス・オリーゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・ソーヤなどの麹菌が挙げられる。麹菌は、伝統的に酒類、味噌、醤油などの食品の製造に利用されており、安全性が高く、本発明に用いる糸状菌として好ましい。本発明の方法に用いられる糸状菌は、1種類であってもよく、あるいは2種類以上であってもよい。
【0013】
本発明の誘導工程は、糸状菌を生存または生育可能であるならば、いかなる培地中または上で培養されてもよい。例えば、通常、糸状菌の培養に用いられ、資化可能な炭素源、窒素源、無機塩類および必要な栄養源を適当に含有する培地であれば、天然培地、合成培地のいずれであってもよい。本発明の一実施態様として好ましい培地は、ツァペック−ドックス(CD)培地である。なお、本明細書において、CD培地は公知の改変CD培地を包含するものとする。さらに、本発明の誘導工程では、上記培地にアクリルアミドが含有されることが望ましい。この場合、培地中のアクリルアミド濃度は、30ppmまたはそれ以上であってもよく、例えば、50〜300ppmであってもよく、好ましくは150〜250ppmであり、最も好ましくは200ppmである。
【0014】
本発明の誘導工程において、上記以外の条件、例えば、培養温度、培養期間、CO量、培養スケールなどの条件は、糸状菌の種類により適宜設定・変更することができる。例えば、麹菌を用いる場合、培養温度は、約15℃〜約37℃、好ましくは約20℃〜約30℃、培養期間は、1日〜7日間、好ましくは2〜4日間などを例示することができる。
【0015】
本発明において、アクリルアミド分解活性は、後述のように、反応前後のアクリルアミド量を比較することにより調べてもよく、あるいは、公知の方法によりアミダーゼ活性を測定することにより調べてもよい。
【0016】
本発明は、別の態様において、上記方法により得られた糸状菌を提供する。この糸状菌は、短期間で効率的にアクリルアミドを分解する活性を有する。したがって、前記菌を用いることにより、食品や工業製品などに含まれるアクリルアミドを迅速に分解することができる。また、本発明の糸状菌では、通常、アミダーゼ活性酵素のみでアクリルアミドを分解した時に生じるアクリル酸などの人体に有害な化合物が生成されうることもない。
【0017】
本発明は、なお別の態様において、上記方法により得られた糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法を提供する。本発明を適用できる試料は、アクリルアミドを含むものであればいかなるものであってもよく、特にアクリルアミド高含量のものに有効である。かかる試料として、例えば、コーヒー、ほうじ茶などの液状食品、加熱加工食品、その他に、化粧品、水処理剤、土壌凝固剤、漏水防止剤、紙力増強剤、アクリル系熱硬化性塗料などが挙げられる。特に、本発明では、安全性の観点から、食品の製造に利用されている糸状菌、とりわけ麹菌を用いることにより、食品や飲料に適用することができる。
【0018】
本発明で用いられる糸状菌は、十分な菌体量になるまで予め培養してから試料と接触させてもよく、胞子の状態で試料と接触させてもよいが、接触前に上記方法が適用されていることが必須である。糸状菌の培養は、例えば、YPD、PDAなどの公知の培地にて、公知の好気的培養条件下にて行うことができる。好気的培養には、通気、撹拌または振盪を行うことが好ましく、これらの手段・方法も公知である。
【0019】
糸状菌を試料と接触させる条件は、糸状菌を生存・培養させることができる条件であればよく、当業者が適宜決定することができる。例えば、約15℃〜約37℃、例えば、室温にて、pH無調整、あるいはpH約5〜約7において、バブリング、撹拌、振盪などにより好気的条件に保ちながら、アクリルアミドの分解を行うことができる。本発明において、麹菌と接触させる形態は、バッチ式、連続フロー式いずれの形態でも行うことができる。また、糸状菌の菌体あるいは胞子をそのまま使用してもよく、あるいは、特に、試料が食品である場合、糸状菌を固定化して本発明に使用することが好ましい。糸状菌を固定化して使用する場合、上述のごとき糸状菌の培養工程の前または後のいずれに固定化されていてもよい。
【0020】
糸状菌の固定化は、公知の方法にて行うことができる。糸状菌の固定化に適した方法として、包括法および結合法が例示される。包括法は、アルギン酸カルシウム、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、カッパ−カラギーナン、ゲランガム、アガロース、セルロース、デキストランのごとき合成および天然ポリマー、光架橋性樹脂プレポリマー、ウレタンプレポリマーのごときプレポリマー等のマトリクス中に菌体を取り込ませる方法である。結合法は、焼結ガラス、多孔質セラミックス、多孔性ガラスビーズ、キトサン、セライト、シリカゲル、ゼオライト、活性炭、各種スポンジ、綿等の水不溶性担体に菌体を固着させる方法である。糸状菌を膜状担体に固定化してもよい。膜の材料としてはセルロース膜、ナイロンネット、ポリウレタンフォーム膜、不織布、天然繊維を用いた布などが例示される。これらの固定化糸状菌を1種類、あるいは2種類以上用いることができる。
【0021】
本発明の1実施態様として、例えば、アルギン酸ナトリウムに包括固定化した糸状菌のビーズをカラムに充填し、公知のバイオリアクターにて使用してもよい。バイオリアクターとしては、流動床リアクター、固定膜型リアクター、浮遊式増殖リアクター、中空糸型リアクターなどが例示されるが、これらに限定されない。反応は試料を適当な流速にて連続的にリアクターに供給して行うこともできる。糸状菌が好気性であるので、適宜バブリングを行うことが好ましい。試料によって、あるいはプロセスによって、2つ以上のリアクターを組み合わせて使用することが好ましい場合もある。
【0022】
使用に伴って糸状菌のアクリルアミド分解能が低下あるいは生菌数が減少してきた場合、糸状菌(固定化されていれば担体とともに)を栄養培地に移して好気的に培養することにより菌体の活性および生菌体量を確保あるいは復活させることができる。かかる培養の際にアクリルアミドを適量(例えばppmオーダー)添加して培養してアクリルアミド分解能を誘導してもよい。この際、pHは、上記のごとく高いアルカリ性、好ましくはpH9.0〜9.5であることが好ましい。かくして得られた糸状菌あるいは固定化糸状菌を再度本発明の方法に使用することができる。
【0023】
本発明の方法を用いてアクリルアミドが分解されたことを調べるために、当業者間で公知の定量方法を用いることができ、質量分析や液体クロマトグラフィーなどの方法が例示される。
【0024】
本発明は、さらなる態様において、アクリルアミド分解能が誘導された固定化糸状菌の製造方法を提供する。本発明で用いる糸状菌は、上述のとおり、アクリルアミド分解能を有するものであれば、いかなる属や類の菌株であってもよく、アクリルアミド分解能が高いものが好ましい。例えば、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)、モナスカス・パーパレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)などが挙げられる。本発明の方法に用いるアクリルアミド分解能の高い糸状菌としては、アスペルギルス・オリーゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・ソーヤなどの麹菌が挙げられる。麹菌は、伝統的に酒類、味噌、醤油などの食品の製造に利用されており、安全性が高く、本発明に用いる糸状菌として特に好ましい。
【0025】
本発明の方法は、担体を栄養源含有培地にてプレインキュベーションする工程を含む。本発明の方法に用いられる担体は、上述のごとく公知の固定化方法で用いられるものであればいかなるものであってもよいが、本発明の方法に用いられる担体として、とりわけ、菌糸が脱離しにくく、しかも大量の菌糸を保持できる多孔質または繊維状のものが好ましい。このような好ましい担体として、例えば、ヘチマ、綿、多孔性ガラスビーズ、多孔質セラミックス、および不織布などを列挙することができる。本発明に用いられる栄養源含有培地は、糸状菌を生存または生育可能であるならば、いかなる培地であってもよく。例えば、通常、糸状菌の培養に用いられ、資化可能な炭素源、窒素源、無機塩類および必要な栄養源を適当に含有する培地であれば、天然培地、合成培地のいずれであってもよく、YPD培地、スクロース溶液などの公知の培地が挙げられる。本発明のプレインキュベーション工程は、担体に栄養源含有培地を十分に吸収・浸透させることができれば、いかなる条件(プレインキュベーション時間、温度、pH、所望により撹拌、例えば、20〜60℃で約1〜24時間)であってもよい。これらの条件は、担体の種類、サイズ、用いる糸状菌の種類などに応じて当業者が適宜設定・変更することができる。この工程により担体内部および表層に多くの栄養源を吸収・浸透させることにより、担体への胞子吸着率が高まり、後の培養工程でより多くの糸状菌の菌体を担体内部および表層で生育・保持させることが可能となる。次の菌糸固定化工程の前に、上記工程で得られた担体を乾燥させてもよい。
【0026】
本発明の方法は、糸状菌を、上記担体を含む培地にて培養して、菌体を担体に固定化させる工程を含む。本発明の培養工程は、上述のごとく、糸状菌を増殖させ、担体表面及び内部に固定化できるならば、いかなる条件で行われてもよい。本発明の培養工程は、上記のプレインキュベーション工程にて用いられた栄養源含有培地と同じものであってもよく、あるいは別の栄養源含有培地であってもよい。これらの培地は、当業者が適宜選択することができる。培地への糸状菌の接種は、胞子を培地に添加してもよく、培養菌糸を培地に添加してもよい。本発明の培養工程において、上記以外の条件、例えば、培養条件、培養期間、温度、通気量、撹拌条件、培養スケールなどの条件を、当業者が適宜設定・変更することができる。例えば、麹菌を用いる場合、培養温度は、約15℃〜約37℃、好ましくは約20℃〜約30℃、培養期間は、1日〜7日間、好ましくは2日〜4日間などを例示することができる。
【0027】
次に、上記のごとく得られた十分な菌体量を有する固定化糸状菌を、高いアルカリ性の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養し、高いアクリルアミド分解活性を誘導する工程を含む。本工程における高いアルカリ性とは、例えば、pH7.5、8.0、8.5または9.0〜pH9.5、10.0、10.5または11.0であり、好ましくはpH8.0〜10.0であり、より好ましくは、pH8.0〜9.0である。本工程に用いられる培養条件および培地は、糸状菌を生育状態にし、アクリルアミド分解活性を誘導できるものであれば、いかなる培養条件および培地であってもよい。本発明の一実施態様として好ましい培地は、CD培地である。本工程では、上記培地にアクリルアミドが含有されることが必須である。この場合、培地中のアクリルアミド濃度は、30ppmまたはそれ以上であってもよく、例えば、50〜300ppmであってもよく、好ましくは150〜250ppmであり、最も好ましくは200ppmである。上記以外の条件、例えば、培養温度、培養期間、通気量、撹拌条件、培養スケールなどの条件は、糸状菌の種類により適宜設定・変更することができる。本発明で用いる糸状菌は、上述のごとく、アクリルアミド分解能を有するものであれば、いかなる属や類の菌株であってもよいが、アクリルアミド分解能が高いものが好ましい。例えば、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)、モナスカス・パーパレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)などが挙げられる。本発明の方法に用いるアクリルアミド分解能の高い糸状菌としては、アスペルギルス・オリーゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・ソーヤなどの麹菌が挙げられる。麹菌は、伝統的に酒類、味噌、醤油などの食品の製造に利用されており、安全性が高く、本発明に用いる糸状菌として特に好ましい。
【0028】
本発明は、別の態様において、上記方法により得られた固定化糸状菌を提供する。この固定化糸状菌は、短期間で効率的にアクリルアミドを分解する活性を有する。したがって、この固定化糸状菌を用いることにより、食品や工業製品などに含まれるアクリルアミドを迅速に分解することができる。
【0029】
本発明は、なお別の態様において、上記方法により得られた固定化糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法を提供する。本発明における接触とは、アクリルアミド分解活性を発揮できる状態の糸状菌をアクリルアミドを含む試料に付することをいう。
【0030】
本発明は、1態様として、ヘチマなどの担体に固定化させた麹菌を利用したバイオリアクターを用いて、コーヒーなどのアクリルアミド含有試料と固定化糸状菌とを接触させる形態により、当該試料中のアクリルアミドを低減させる方法であってもよい。本発明を適用できる試料は、上述のごとく、アクリルアミドを含むものであれば、いかなるものであってもよい。例えば、コーヒー、ほうじ茶などの液状食品、加熱加工食品、その他に、化粧品、水処理剤、土壌凝固剤、漏水防止剤、紙力増強剤、アクリル系熱硬化性塗料などが挙げられる。また、固定化糸状菌を試料と接触させる条件や形態は、上記のとおり、糸状菌を生存・培養させることができるものであればいかなるものであってもよく、当業者が適宜決定することができる。固定化糸状菌を試料と接触させる条件や形態は、例えば、約15℃〜約37℃、例えば、室温にて、pH無調整、あるいはpH約5〜約7において、バブリング、撹拌、振盪などにより好気的条件に保ちながら、アクリルアミドの分解を行うことができ、バッチ式、連続フロー式いずれの形態でも行うことができる。
【0031】
本発明の1実施態様として、例えば、糸状菌をヘチマ、綿、多孔性ガラスビーズ、多孔質セラミックス、および不織布などの多孔質または繊維状の担体に固定化させた固定化糸状菌を公知のバイオリアクターにて使用してもよい。バイオリアクターとしては、流動床リアクター、固定膜型リアクター、浮遊式増殖リアクター、中空糸型リアクターなどが例示されるが、これらに限定されない。反応は試料を適当な流速にて連続的にリアクターに供給して行うこともできる。糸状菌が好気性である場合には、適宜バブリングを行ってもよい。試料によって、あるいはプロセスによって、2つ以上のリアクターを組み合わせて使用することが好ましい場合もある。
【0032】
使用に伴って糸状菌のアクリルアミド分解能が低下あるいは生菌数が減少してきた場合、固定化糸状菌を栄養源含有培地に移して培養することにより菌体のアクリルアミド分解活性および生菌体量を確保あるいは復活させることができる。かかる培養の際にアクリルアミドを適量(例えばppmオーダー)添加して培養してアクリルアミド分解能を誘導することが好ましい。この際、pHは、上記のごとく高いアルカリ性、例えば、pH7.5〜11.0であり、pH8.0〜10.0であってもよく、好ましくはpH8.0〜9.0である。かくして得られた糸状菌あるいは固定化糸状菌を再度本発明の方法に使用することができる。
【0033】
以下に実施例を示して本発明を具体的かつ詳細に説明するが、実施例は本発明を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0034】
麹菌において高いアクリルアミド分解能を誘導するための最適条件の検討
本研究では、麹菌において高いアクリルアミド分解能を誘導するための最適な条件を決定するために、図1に表す手順1〜3に従って条件を検討した。最初に、図1中の手順1に従って、pH9.5の条件下でCD培地にてアクリルアミド分解能を誘導する工程を含む場合について実験を行った。簡単に説明すると、2.0×10菌体数/mlの白峯(A.oryzae No.100株の略記である) 1mlおよび2%アルギン酸ナトリウム 9mlの混合液を、0.5%塩化カルシウム水溶液に滴下し、菌を固定化(ビーズ化)した。次いで、固定化した菌を、pH6.5に調整したYPD培地中において、ロータリーを用いて100rpmで30℃にて振蘯させながら、3日間前培養を行った。その後、培養した培地を、pH9.5に調整し、200ppm アクリルアミドを含有するCD培地と交換した。この培地を、ロータリーを用いて100rpmで30℃にて振蘯させながら3日間培養した。培養後、ビーズを洗浄し、リアクター(EYELA東京理科機械株式会社製の定量送液ポンプ(マイクロチューブポンプ))に詰め、10ppmのアクリルアミド入りの滅菌水またはほうじ茶を循環させ、0、2、4、6、24時間経過後にそれぞれサンプリングした(0hとは、リアクター開始30分後にサンプリングした)。サンプリングした試料を、0.45μmフィルターでろ過を行い、HPLCで測定した。その結果、24時間後にサンプリングした試料では、滅菌水とほうじ茶のいずれにおいてもアクリルアミド濃度が著しく減少した(図2)。
【0035】
次いで、図1中の手順2に従ってpH6.5にてアクリルアミド分解能を誘導する場合について検討した。簡単に説明すると、1.0×10菌体数/mlの白峯、1010(A.oryzae KBN1010株の略記である)またはBF1(A.oryzae M−01株の略記である)各々1mlおよび2%アルギン酸ナトリウム 9mlの混合液を、0.5%塩化カルシウム水溶液に滴下し、菌を固定化した。次いで、固定化した菌を、pH6.5に調整したYPD培地中において、ロータリーを用いて100rpmで30℃にて振蘯させながら、3日間前培養を行った。培養後、ビーズを洗浄し、リアクターに詰め、10ppmのアクリルアミド入りの滅菌水(またはほうじ茶)を循環させ、0、1、2、3日間経過後にサンプリングした。サンプリングした試料を0.45μmフィルターでろ過を行い、HPLCで測定した。その結果、3日目には、白峯、BF1のいずれの試料においてもアクリルアミド濃度が減少した。しかし、1日目には、ほとんど濃度が変化しなかった。このことと図2の結果を比較すると、誘導時にpH9.5でCD培地にて培養することが、麹菌に短時間で効率的にアクリルアミドを分解する活性を付与すると考えられる。
【0036】
さらに、図1中の手順3に従ってアクリルアミド分解能を誘導することなく培養した場合について検討した。簡単に説明すると、2.0×10菌体数/mlの白峯、1010またはBF1、各1mlおよび2%アルギン酸ナトリウム 9mlの混合液を、0.5%塩化カルシウム水溶液に滴下し、菌を固定化した。次いで、固定化した菌を、pH6.5に調整したYPD培地中において、ロータリーを用いて100rpmで30℃にて振蘯させながら3日間前培養した。培養後、ビーズを洗浄し、リアクターに詰め、10ppmのアクリルアミド入りの滅菌水(またはほうじ茶)を循環させ、0、1、2、3日間経過後にサンプリングした。サンプリングした試料を0.45μmフィルターでろ過を行い、HPLCで測定した。その結果、3日目には、3種のいずれの菌株においても、アクリルアミド濃度が減少した(図4)。しかし、1日目のアクリルアミド濃度の減少率は、上記図2における24時間後の減少率と比べて低かった(図2と図4の比較)。このことは、誘導時にpH9.5でCD培地にて培養することが、麹菌に短時間で効率的なアクリルアミド分解活性を付与することをさらに裏付ける。
【0037】
次に、誘導時に異なる培地を用いたことによる影響を調べるため、図1中の手順1に従ってCD培地とYPD培地を用いてアクリルアミド分解能を誘導した場合についてアクリルアミド低減化実験を行った。その結果を図5および表1に表す。YPD培地を用いた場合と比較して、CD培地を用いて誘導した場合に分解率が高かった。以上より、誘導時の培地としてCD培地が適当であることがわかった。
(表1.手順1の誘導時における培地の相違によるアクリルアミド分解率の比較)
【表1】

【0038】
さらに、誘導時に異なるpHを用いたことによる影響を調べるため、図1中の手順1に従ってpH9.0とpH9.5のCD培地を用いてアクリルアミド分解能を誘導した場合についてアクリルアミド低減化実験を行った。各pHにつきパラレルに実験を行い(図6と表2中、実験1および2)、その結果を図6および表2に表す。このことから、pH9.0およびpH9.5ともに高いアクリルアミド分解能を誘導することがわかった。
(表2.図1中の手順1において異なるpHを用いた場合のアクリルアミド分解率の比較)
【表2】

【0039】
誘導時の培養に使用する改変CD培地のpHの影響
さらに、誘導時に異なるpH条件下で培養した麹菌によるアミダーゼ活性への影響を調べた。まず、白峯の菌株をYPD培地中で3日間前培養した。次いで、培養した菌体を200ppmのアクリルアミド含有CD培地に移し、さらに48時間培養し、アクリルアミド分解活性を誘導した。この際、培地のpHを5.5、7.5、9.5、11.5に調整した。培養後、各培地の菌体抽出液中のアミダーゼ比活性を測定した(表3)。その結果、誘導時にpH7.5とpH9.5のアクリルアミド含有CD培地において培養した場合に、特に高い比活性を示した。
(表3.異なるpHで誘導した場合のアミダーゼ比活性の測定)
【表3】

【実施例2】
【0040】
固定化菌体の調製
アクリルアミド分解能を誘導する際に固定化麹菌をアルカリ性の条件下で処理すると、固定化材料がアルカリ性の条件下で劣化してしまう問題がある。そこで、アルカリ性の条件下でも耐えうる新たな固定化材料の一例として乾燥ヘチマの利用を検討した。まず、乾燥ヘチマを1(1個あたり約0.047g)、1/2(約0.024g)、1/4(約0.012g)の大きさに切断し、1gまたは0.5g用意し、オートクレーブ処理を行い、乾燥させた。各乾燥ヘチマを、YPD培地(pH6.6)を40ml入れたプラスチック容器に入れ、麹菌(A.oryzae No.100株:2×10菌体数/ml)を植菌し、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。次いで、プラスチック容器内のYPD培地を抜き取り、滅菌水で3〜4回洗い流した。その後、pH9.5に調整したAA200ppm含有CD培地を40ml入れた。ヘチマをプラスチック容器に入れ替え、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。次に、プラスチック容器内のCD培地を抜き取り、滅菌水でCD培地を3〜4回洗い流した。10ppm アクリルアミドを添加した水 40mlを用い、30℃にてバッチ式試験を開始し、0、2、4、6、24時間後にサンプリングし、HPLCにてAA濃度を測定した。その結果を図7に示す。乾燥ヘチマの量として、0.5gを使用した時に有意にAA濃度の低下が見られた(図7)。なかでも、乾燥ヘチマの大きさを4mm角(1個あたり約0.024g)として麹菌を固定化させた場合にAA濃度が有意に低下することが示された。
【0041】
麹菌菌体量の増加のための最適化条件の検討
固定化麹菌の菌体量を増加させるため、担体(ヘチマ)を栄養源含有培地で浸漬(プレインキュベーション)させることを検討した。まず、乾燥ヘチマを4mm角程度(約0.024g)の大きさに切断し、0.5g測りとり、オートクレーブ処理し、乾燥させた。次いで、乾燥ヘチマを、1.5ml(ヘチマの3倍量)のYPD培地またはスクロース水溶液(3% スクロース、0.3% NaNO)にて吸着させ、60℃で3または24時間乾燥させた(プレインキュベーション)。その後、ヘチマを、YPD培地(pH6.6)を40ml入れたプラスチック容器に入れ、麹菌(A.oryzae No.100株:2×10菌体数/ml)を植菌し、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。培養30分、2日、3日、4日後に固定化麹菌の菌体量を、麹菌体量測定キット(キッコーマン株式会社)を用いて製造業者の説明書に従って測定した。その結果を図8に示す。ヘチマにYPD培地またはスクロース水溶液を吸着させたことにより、顕著に麹菌菌体量の増加が見られた。中でも、スクロース水溶液を24時間吸着させた固定化麹菌は400mg/gの麹菌菌体量が確認された。また、YPDを3および24時間吸着させた固定化麹菌はいずれも350mg/gの菌体量が確認された。これらの結果から、あらかじめヘチマ担体に栄養源を吸収させておくことにより、麹菌胞子のヘチマ担体への吸着率が高まり、発芽した菌体の菌体量が増えたと考えられる。以上より、担体(ヘチマ)を栄養源含有培地でプレインキュベーションすることは、麹菌の菌体量を増加させるのに有効な手段であることがわかった。特に、ヘチマを栄養源含有培地にて24時間以上プレインキュベーションすることがより適する条件である。
【0042】
諸条件の検討
次に、栄養源含有培地の種類(YPD培地またはスクロース水溶液)とプレインキュベーション時間(3または24時間)によるアクリルアミド分解効率の比較を行った。まず、乾燥ヘチマを4mm角程度(約0.024g)の大きさに切断後、0.5g量り取り、オートクレーブ処理した。次いで、乾燥ヘチマを、1.5ml(ヘチマの3倍量)のYPD培地またはスクロース水溶液(3% スクロース、0.3% NaNO)にて吸着させ、60℃で3または24時間乾燥させた(プレインキュベーション)。その後、ヘチマを、YPD培地(pH6.6)を40ml入れたプラスチック容器に入れ、麹菌(A.oryzae No.100株:2×10菌体数/ml)を植菌し、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。100ml プラスチック容器内のYPD培地を抜き取り、50ml程度の滅菌水でYPD培地を3〜4回洗い流した。次に、ヘチマを、pH9.5に調整したAA200ppm含有CD培地を40ml入れたプラスチック容器に入れ替え、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。次に、CD培地を洗い流した。10ppm アクリルアミドを添加した水 40mlを用い、30℃にてバッチ式試験を開始し、0、2、4、6、24時間後にサンプリングし、HPLCにてAA濃度を測定した。その結果を図9に示す。YPD培地またはスクロースでプレインキュベーションさせたヘチマに固定化させた麹菌は、高いアクリルアミド分解能を有することがわかった。特に、YPD培地で24時間プレインキュベーションさせたヘチマを用いて固定化させた麹菌では、6時間という短時間で10ppm アクリルアミドを全て分解することができた(図9)。
【0043】
固定化麹菌のアクリルアミド分解活性誘導時におけるpHの影響
さらに、固定化麹菌のアクリルアミド分解能を誘導するための最適なpH条件を検討した。まず、乾燥ヘチマを4mm角程度の大きさに切断し、0.5g量り取り、オートクレーブ処理した。次いで、乾燥ヘチマを、1.5mlのYPD培地にて吸着させ、60℃で24時間乾燥させた。その後、ヘチマを、YPD培地(pH6.6)を40ml入れたプラスチック容器に入れ、麹菌(A.oryzae No.100株:2×10菌体数/ml)を植菌し、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。100ml プラスチック容器内のYPD培地を抜き取り、50ml程度の滅菌水でYPD培地を3〜4回洗い流した。その後、ヘチマを、pH4、6、8、9、10に調整したAA200ppm含有CD培地を40ml入れたプラスチック容器に入れ替え、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。次に、CD培地を洗い流し、10ppm アクリルアミドを添加した水 80mlを用い、22℃にてバッチ式試験を開始した。0、2、4、6、24時間後にサンプリングし、HPLCにてAA濃度を測定した。その結果を図10に示す。pH8で培養を行った固定化麹菌に関しては、4時間で10ppmのアクリルアミドを全て分解することができた(図10)。また、pH9で培養を行った固定化麹菌に関しては、4時間で10ppmのアクリルアミドをほぼ全て分解することができた(図10)。さらに、pH10で培養を行った固定化麹菌に関しても、6時間でアクリルアミドを全て分解することができた(図10)。この結果により、栄養源含有培地でプレインキュベーションさせた担体に固定させた麹菌をpH8〜10で培養することによりAA分解効率を顕著に向上させ、より短時間でアクリルアミドを分解することができることが示された。
【0044】
ヘチマを用いたバイオリアクターの再使用によるアクリルアミド分解能の影響
次に、ヘチマに固定された麹菌のアクリルアミド分解能が再使用によりどの程度影響を受けるか検討した。まず、乾燥ヘチマを4mm角程度の大きさに切断し、0.5g量り取り、オートクレーブ処理した。次いで、乾燥ヘチマを、1.5mlのYPD培地にて吸着させ、60℃で24時間乾燥させた。その後、ヘチマを、YPD培地(pH6.6)を40ml入れたプラスチック容器に入れ、麹菌(A.oryzae No.100株:2×10菌体数/ml)を植菌し、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。100ml プラスチック容器内のYPD培地を抜き取り、50ml程度の滅菌水でYPD培地を3〜4回洗い流した。その後、ヘチマを、pH8および9に調整したAA200ppmを含有するCD培地を40ml入れたプラスチック容器に入れ替え、30℃で3日間100rpmにてロータリー振盪培養を行った。次いで、固定化麹菌を洗浄し、反応器に入れ、10ppmのアクリルアミド添加滅菌水80mlを循環させた。循環直後、2、4、6、24時間毎に1mlをサンプリングした(1回目、図11)。バイオリアクターの循環とエアレーションを止めて24時間放置した。次に、2回目のアクリルアミド分解試験を開始した。再度、濃度が10ppmになるようにアクリルアミドを添加した滅菌水をバイオリアクターで循環させた。1回目と同様にサンプリングした(2回目、図12)。24時間放置した後、3回目のアクリルアミド分解試験を開始した。1および2回目と同様にアクリルアミドを添加した滅菌水を循環させ、サンプリングを行った(3回目、図13)。これらの結果を図11〜13に示す。これらの結果より、アクリルアミドの存在下でアルカリ性の条件下で固定化麹菌のアクリルアミド誘導能を再誘導することにより、アクリルアミド分解に3回使用してもその能力を維持できることが示された。なお、3回目の試験後であっても、担体の破損は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、短期間で効率的にアクリルアミドを分解する活性を有する糸状菌および前記糸状菌を用いたアクリルアミドの低減化方法が提供されるので、アクリルアミドを多く含有する加熱加工食品、液状食品、化粧品、工業製品などの分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸状菌をpH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養することを特徴とする、アクリルアミド分解能が誘導された糸状菌の製造方法。
【請求項2】
pH8.5〜10.0の条件下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
pH9.0〜9.5の条件下で行われる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
糸状菌が麹菌である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
培地がCD培地である、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
培地中のアクリルアミド濃度が150〜250ppmである、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
糸状菌が固定化されている、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の方法により得られた糸状菌。
【請求項9】
請求項8記載の糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法。
【請求項10】
糸状菌が担体に固定化されたものである、請求項9記載の方法。
【請求項11】
アクリルアミド分解能が誘導された固定化糸状菌の製造方法であって、下記工程:
(a)担体を栄養源含有培地にてプレインキュベーションし、
(b)糸状菌を、該担体を含む培地にて培養し、次いで
(c)該担体に固定化された糸状菌を、pH7.5〜11.0の条件下でアクリルアミド含有培地にて培養すること
を含む、固定化糸状菌の製造方法。
【請求項12】
工程(c)が、pH8.0〜10.0の条件下で行われる、請求項11記載の方法。
【請求項13】
工程(c)が、pH8.0〜9.0の条件下で行われる、請求項11記載の方法。
【請求項14】
担体が、多孔質または繊維状のものである、請求項11〜13のいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
担体が、ヘチマ、綿、多孔性ガラスビーズ、多孔質セラミックス、および不織布からなる群から選択されるものである、請求項11〜14のいずれか1項記載の方法。
【請求項16】
担体がヘチマである、請求項11〜15のいずれか1項記載の方法。
【請求項17】
糸状菌が麹菌である、請求項11〜16のいずれか1項記載の方法。
【請求項18】
請求項11〜17のいずれか1項記載の方法により得られた固定化糸状菌。
【請求項19】
請求項18記載の固定化糸状菌を試料と接触させることを特徴とする、試料中のアクリルアミドの低減方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−92185(P2011−92185A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−187380(P2010−187380)
【出願日】平成22年8月24日(2010.8.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.平成22年 2月24日 学校法人金沢工業大学発行の「平成21年度 工学設計III 公開発表審査会 予稿集」に掲載(加座 健士郎) 2.平成22年 2月24日 学校法人金沢工業大学主催の「平成21年度 工学設計III 公開発表審査会」において発表 (加座 健士郎) 3.平成22年 2月24日 学校法人金沢工業大学発行の「平成21年度 工学設計III 公開発表審査会 予稿集」に掲載(坪内 宏和) 4.平成22年 2月24日 学校法人金沢工業大学主催の「平成21年度 工学設計III 公開発表審査会」において発表 (坪内 宏和)
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【Fターム(参考)】