説明

アクリル系プリカーサー及びその製造方法

【課題】緻密性が高く、強度欠陥の少ないアクリル系プリカーサー及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アクリル系繊維からなり、油剤を付与してなるプリカーサーであって、該プリカーサー中の総油剤付着量が0.3〜1.1質量%であり、ベンゼン−エタノールを用いたソックスレー抽出後のプリカーサー中の油剤付着量が0.1質量%以下であることを特徴とするアクリル系プリカーサー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緻密性が高く、強度欠陥の少ないアクリル系プリカーサー及びその製造方法に関し、更に詳しくは、炭素繊維化した際に強度欠陥の少ない炭素繊維を作製できるアクリル系プリカーサー及びその製造方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造方法としては、原料繊維にポリアクリロニトリル系(PAN系)繊維(プリカーサー)を使用し、これに耐炎化処理及び炭素化処理を施して炭素繊維を得る方法が広く知られている。前駆体繊維になるアクリル系繊維は、塩化亜鉛系溶剤中で溶液重合し、塩化亜鉛系溶剤中で湿式紡糸したものが、分子量分布がシャープであることや、重合用溶媒と紡糸用溶媒が共通である等の利点があり広く用いられている。このようにして得られた炭素繊維は、高い比強度、比弾性率など良好な特性を有している。
【0003】
一方、塩化亜鉛系溶剤を使用する紡糸原液は、有機系溶剤を使用するものと比較してポリマー濃度が低くなるため、トウの構造が粗になり易い。また、湿式紡糸では乾式紡糸に比べてトウが粗になる。これらの理由から塩化亜鉛溶剤系の湿式紡糸においては、水洗出のトウの構造は粗になり、紡糸油剤が繊維内部に侵入して異物となりCF強度低下を招く問題がある。
【0004】
近年、炭素繊維を利用する複合材料の工業的な用途は、多目的に広がりつつある。特にスポーツ・レジャー分野、航空宇宙分野、自動車分野においては、(1)より高性能化(高強度化、高弾性化)、(2)より軽量化(繊維軽量化及び繊維含有量低減)、(3)複合した際のより高いコンポジット物性の発現性向上(炭素繊維表面・界面特性の向上)に向けた要求が強まっている。
【0005】
プリカーサー内部の油剤付着量を減少させるためには、プリカーサーを緻密化する手法が考えられる。このように緻密性の高いプリカーサーを得るため、凝固糸と水洗糸の細孔半径を規定する手法が、特許文献1に開示されている。また、紡糸系油剤がプリカーサーフィラメント内部に浸透しないようにするため、水洗糸の細孔半径と油剤のエマルジョン平均粒径の関係を規定する方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。
【0006】
しかし、これらの方法のプリカーサーは、プリカーサー表面の平均細孔径について規定したものであって、CFの強度特性欠陥に対して最も重要なプリカーサー内部の油剤付着量については言及していない。
【0007】
従って、単にこれらの方法のプリカーサーを焼成しても、得られた炭素繊維の強度特性欠陥を防止することが出来ない
【特許文献1】特開平4−257313号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2002−146681号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者等は、上記問題を解決するために種々検討しているうちに、プリカーサーの製造過程で、乾燥緻密化前に繊維同士の融着防止用油剤を必要最小限で付与し、乾燥緻密化時に特定の湿度、温度雰囲気下で特定の延伸条件でアクリル系繊維を延伸し、更にスチーム延伸前に繊維集束用油剤を特定量付与し、水蒸気加熱条件下で延伸処理することにより得られる、特定油剤付着量のプリカーサーであれば、強度特性欠陥の無い炭素繊維が得られることを知得し、本発明に至った。
【0009】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した、強度欠陥の少ない炭素繊維を得ることができるプリカーサー及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
【0011】
[1] アクリル系繊維からなり、シリコーン系油剤を付与してなるプリカーサーであって、該プリカーサー中の総油剤付着量が0.3〜1.1質量%であり、ベンゼン−エタノールを用いるソックスレー抽出後のプリカーサー中の油剤付着量が0.1質量%以下であることを特徴とするアクリル系プリカーサー。
【0012】
[2] アクリル系繊維からなるプリカーサーの製造方法であって、
(A)塩化亜鉛溶剤を用いて湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維100質量部に、繊維同士の融着防止用シリコーン系油剤を0.1質量部以下付与する融着防止用シリコーン系油剤付与工程、
B)上記融着防止用シリコーン系油剤付与工程(A)で得られる融着防止用油剤付与粗アクリル系繊維を、最高温度領域が100〜140℃の雰囲気下で乾燥し、10〜100nmの細孔容積の積算値を0.01ml/g以下に緻密化処理するアクリル系繊維の緻密化工程。(C)上記緻密化工程(B)で得られる緻密化アクリル系繊維100質量部に対し、繊維集束用シリコーン系油剤を0.2〜1.0質量部付与する集束用シリコーン系油剤付与工程、
上記(A)〜(C)の各工程を含む請求項1に記載のアクリル系プリカーサーの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のアクリル系プリカーサーの製造方法においては、乾燥緻密化の前の工程で必要最小量の油剤を付与して、その後プリカーサーを乾燥緻密化する。この乾燥緻密化工程により、プリカーサーの表面は緻密化され、細孔が塞がれる。その結果、プリカーサーの内部には油剤が浸入し難くなり、炭素化する際に繊維内部に生じる油剤に由来する異物の生成が抑制される。
【0014】
本発明の製造方法で製造されるアクリル系プリカーサーは、フィラメント内部の油剤含有量が少ないことに由来して、繊維内に異物が少ない。従って、これを用いて製造する炭素繊維は欠陥が少なく高強度を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について更に詳しく説明する。
【0016】
[プリカーサー]
本発明のプリカーサーは、アクリル系繊維に、油剤を付与してなるプリカーサーであって、該プリカーサーの総油剤付着量が0.3〜1.1質量%であり、ベンゼン−エタノールを用いるソックスレー抽出後のプリカーサー内部の油剤付着量は0.1質量%以下で、好ましくは0.1〜0.001質量%、より好ましくは0.05〜0.005質量%である。
【0017】
油剤はシリコーン系油剤(シリコーンオイル)が好ましい。シリコーンオイルの動粘度は100〜3500cStが好ましい。
【0018】
シリコーン系油剤は、未変性あるいは変性されたメチルシリコーン系のいずれでもよいが、中でもエポキシ変性シリコーン、エチレンオキサイド変性シリコーン、ポリシロキサン、アミノ変性シリコーンが好ましく、アミノ変性シリコーンが特に好ましい。これらは、市販品が使用できる。市販品としては、
BS4112等の竹本油脂株式会社製のシリコーンが例示される
アクリル系繊維表面の油剤付着量は、エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法により油剤を抽出した後、油剤の含まれる溶液を乾燥し、得られた固形分を秤量することによって求めることが出来る。
【0019】
アクリル系繊維内部の油剤付着量は、エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法によりアクリル系プリカーサーより油剤を抽出した後、抽出したプリカーサー中のSi含有量を蛍光X線装置(リガク製 全自動蛍光X線分析装置システム 3270)を使用して測定して求めることが出来る。測定したSi含有量から油剤付着量を算出する。
【0020】
プリカーサーの総油剤付着量は、前記求めた表面と内部の油剤付着量を合算することにより算出できる。
【0021】
合算した油剤付与量が0.3 質量%より少ない場合は、耐炎化工程におけるアクリル繊維の集束性が不十分になり、耐炎化工程以降での工程通過性が著しく損なわれるようになるので好ましくない。一方、トータル油剤付着量が1.1質量%を超える場合、アクリル単繊維の表面に形成される油膜により耐炎化が遅延し、加えて炭素化工程にて窒化珪素を大量に発生させる原因となり、その結果得られる炭素繊維の品位を著しく低下させるので好ましくない
本発明のプリカーサーは、ポロシメーターを用いて測定する、細孔径10〜100nmの細孔容積の積算値が0.01ml/g以下であり、0.005〜0.001ml/gがより好ましい。積算値がこの範囲であると、プリカーサー内部に油剤が浸入し難く、本発明のプリカーサーを炭素化して得られた炭素繊維の強度特性が特に良好となる。
【0022】
細孔容積及び平均細孔径の測定は、ポロシメーターを用いる水銀圧入法による。
【0023】
平均細孔直径は、Quantachrome社製水銀ポロシメーターを使用して測定する。水銀圧入法は、比較的濡れ性の悪い水銀に所定の圧力を加えていき、各圧力ごとに繊維内部へ侵入した水銀量を測定してこれを細孔容積、Washburn式より平均細孔直径が算出される。
【0024】
以下、本発明のアクリル系プリカーサーの製造方法に付、説明する。
【0025】
[粗アクリル系繊維]
本発明のプリカーサーは、アクリル系重合体繊維を主発原料とする。アクリル系重合体としては、アクリロニトリルと、このアクリロニトリルと共重合可能なオレフィン構造を有するコモノマーとの共重合体を用いることができる。
【0026】
この共重合体中のアクリロニトリル含有量は90質量%以上が好ましく、95質量%以上が更に好ましい。
【0027】
コモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等の不飽和カルボン酸及びそれらのアンモニウム塩及びアルキルエステル類、アクリルアミド、メタクリルアミド及びそれらの誘導体等を挙げることができ、それらを2種類以上組み合わせることもできる。
【0028】
特に低コスト化を進める上で、コモノマーとして不飽和カルボン酸を用いることは、耐炎化反応を促進させる意味で好ましいものである。不飽和カルボン酸の共重合体中の含有量は、0.1〜3質量%であることが好ましく、特に0.5〜2質量%がより好ましい。
【0029】
不飽和カルボン酸の例としては、アクリル酸、クロトン酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸等をあげることができる。
【0030】
なお、高強度の炭素繊維を得る為には、プリカーサーを構成するアクリル系繊維の分子配向性を高くすることが好ましい。そのため、プリカーサー製造工程で、高延伸しやすくする為に、アクリル系繊維中の分子自由度を高くする目的で、不飽和カルボン酸エステルを共重合することが好ましい。不飽和カルボン酸エステルの共重合体中の含有量は、0.1〜6質量%が好ましく、2〜5質量%が更に好ましい。
【0031】
不飽和カルボン酸エステルの例としては、アクリル酸アルキル、メタクリル酸アルキルがある。好ましいアルキル基の長さは、炭素数(C)が1〜4であり、特に好ましいアルキル基の長さは、Cが1〜2である。
【0032】
上記モノマーとコモノマーとの重合方法としては、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等を用いることができるが、そのまま紡糸できることにより溶液重合が好ましく、重合溶媒として塩化亜鉛溶媒を用いることが最も好ましい。
【0033】
紡糸する際の液(紡糸原液)は、塩化亜鉛水溶液を溶媒として用い、上記モノマーとコモノマーとを重合させたポリマー溶液を、紡糸原液とすることが好ましい。
【0034】
紡糸原液の濃度は、炭素繊維前駆体繊維の比重に影響を与えるので、溶媒として塩化亜鉛水溶液を用いた場合、5質量%以上10質量%以下が好ましい。更に好ましくは7質量%以上9質量%以下が更に好ましい。紡糸原液の濃度が低すぎる場合は、得られる炭素繊維前駆体繊維の比重が低くなり、低比重の炭素繊維が得られなくなる。一方、濃度が高すぎる場合は、ポリマーの溶媒に対する溶解度には限界があるため、紡糸原液が不均一な溶液になり好ましくない。
【0035】
紡糸は、低温に冷却した凝固液(紡糸する際の溶媒−水混合液)を入れた凝固浴中に直接紡出する湿式紡糸が好ましい。また、空気中にまず吐出させた後、3〜5mm程度の空間を有して凝固浴に投入し凝固させる乾湿式紡糸法でもよい。
【0036】
紡出糸は、濃度勾配をかけた凝固浴で徐々に凝固させ、同時に溶媒を除去しながら、水洗して直接浴中延伸する。浴中延伸では、数種の水洗〜熱水浴中で、延伸比2.0〜6.0、特に延伸比4.0〜6.0で紡出糸を延伸するのが好ましい。
【0037】
浴中延伸の条件については、上記凝固浴温度と、水洗温度又は熱水浴温度との温度勾配は最大で98℃にするのが好ましい。
【0038】
上記方法等により、本発明製造方法の出発原料の粗アクリル系繊維が得られる。
【0039】
[(A)付着防止用油剤付与工程]
先ず、粗アクリル系繊維100質量部に対しに、繊維同士の融着防止用油剤を0.1質量部以下、好ましくは0.1〜0.0001質量部、より好ましくは0.05〜0.001質量部を付与する。融着防止用油剤付着量を0.1質量部以下にすると、プリカーサー中の内部油剤付着量を0.1質量%以下にすることができる。融着防止用油剤はシリコーン系油剤(シリコーンオイル)が好ましい。シリコーンオイルの動粘度は100〜3500cStが好ましい。
【0040】
シリコーン系油剤は、未変性あるいは変性されたもののいずれでもよいが、中でもエポキシ変性シリコーン、エチレンオキサイド変性シリコーン、ポリシロキサン、アミノ変性シリコーンが好ましく、アミノ変性シリコーンが特に好ましい。シリコーン系以外の油剤についても同様である。
[(B)アクリル系繊維の乾燥緻密化工程]
アクリル系繊維の乾燥緻密化工程においては、乾熱空気中で昇温方向に温度勾配を設け、最高温度域が100〜140℃に達する温度条件の雰囲気下で水分率が1質量%以下となるまで乾燥する。最高温度域が100℃以下だと十分に乾燥緻密化が進まずミクロボイドが繊維中に残り、後に続くスチーム延伸工程で糸切れを発生する。また、140℃を超えると温度勾配が急激になり、糸が急激に収縮するため、乾燥工程が不安定になる。具体的には70℃から上記最高温度まで昇温することが好ましい。昇温勾配は3〜10℃/分が好ましい。
【0041】
上記条件で乾燥緻密化を行うことによって、アクリル系繊維中のミクロボイドを低減でき、その結果、作製されるプリカーサー中の内部油剤付着量を低減できる。
【0042】
上記緻密化により、ポロシメーターを用いる水銀圧入法で測定される10〜100nmの細孔容積の積算値が0.01ml/g以下、好ましくは0.005〜0.001ml/gになる
細孔容積及び平均細孔径の測定方法は、以下に記載するものである。
【0043】
先ず、緻密化されたプリカーサーを室温下エタノールで溶剤と水との置換を十分に行った後、液体窒素中に浸漬して凍結させ、その後凍結糸を-5℃〜-10℃のドライアイス・メタノールバスにて冷却しながら減圧下にて72時間以上乾燥処理を施す。
【0044】
上記乾燥処理を行った試料を用いて、平均細孔直径は、Quantachrome社製水銀ポロシメーターを使用して測定する。水銀圧入法は、比較的濡れ性の悪い水銀に所定の圧力を加えていき、各圧力ごとに繊維内部へ侵入した水銀量を測定してこれを細孔容積、Washburn式より平均細孔直径が算出される。
[(C)集束用油剤付与工程]
上記緻密化工程(B)で得られる緻密化アクリル系繊維100質量部に対し0.2〜1.0質量部、好ましくは0.3〜0.8質量部の繊維集束用油剤を付与する。繊維集束用油剤付着量を0.2〜1.0質量部の範囲にすることにより、後述するスチーム延伸工程(D)での延伸処理を効率良く行うことができ、かつ得られるプリカーサー中の内部油剤付着量油剤付着量を低減することができる。繊維集束用油剤付着量が0.2質量部未満であるとアクリル系繊維の集束性が低下し、取扱性が悪くなることがある。また、繊維集束用油剤付着量が1.0質量部を超えると、プリカーサーを炭素化する際に油剤の熱分解生成物である異物の発生量が増えるので好ましくない。繊維集束用油剤には、融着防止用油剤と同じ油剤を使うことができる。繊維集束用油剤もシリコーン系油剤(シリコーンオイル)が好ましい。
【0045】
[スチーム延伸工程]
上記(C)集束用油剤付与工程で得られた集束アクリル系繊維を、更に延伸する。この工程の目的は繊維配向を上げ、このプリカーサーを焼成して得られた炭素繊維の強度を上げることである。
【0046】
アクリル系繊維のスチーム延伸工程においては、加圧スチーム中で延伸温度100〜130℃、延伸倍率4.0〜6.0倍、好ましくは4.5〜5.5倍の条件で湿熱延伸処理することが好ましい。上記延伸温度は、吹込む加圧スチームの温度により調節できる。
【0047】
尚、加圧スチームの吹込みを行わずに延伸を行うことは、アクリル系繊維中の空隙が増加することがあるので好ましくない。
【0048】
得られるプリカーサーは、分子配向の緩和が生じ難いように、糸の乾燥を防ぐ必要がある。そのため、プリカーサーの水分率は、好ましくは20〜60質量%、特に好ましくは30〜50質量%に保つ必要がある。プリカーサーの水分率が低くなりすぎると、集束性が低下して取扱性が悪くなる。水分率が高すぎると水の表面張力により、耐炎化工程中のローラーに巻き付きやすくなり工程トラブルの原因になる。
【0049】
上記のようにして作製され、適宜調節された水分率を有するプリカーサーは、密閉容器中に一時保存することが可能である。保存容器としては、円筒形の容器が好ましく、ビニール袋が好ましい。但し、保存する際は、内部の水分が保持できるものでなければいけない。
【0050】
本発明のプリカーサーは、耐炎化処理、炭素化処理を順次行うにより、炭素繊維とし、樹脂コンポジットの強化材として使用できる。
【0051】
[耐炎化処理]
耐炎化処理は、例えば加熱空気中横型炉で、多段ローラー群を介して、温度230〜290℃、好ましくは230〜270℃、延伸比1.02〜1.08、好ましくは1.03〜1.07で熱処理して行うことができる。
【0052】
耐炎化の延伸比が低いと、分子配向が緩和されてしまう為好ましくない。また、通常耐炎化が進むにつれて繊維が脆弱化するので、延伸比が高すぎると、単糸切れによる毛羽が発生し、後に得られる炭素繊維の品位を著しく低下させるので好ましくない。
【0053】
従って、耐炎化時の延伸比は、1.02〜1.08が好ましく、1.03〜1.07が更に好ましい。
【0054】
耐炎化反応については、初期にニトリル基への酸化によって反応が開始され、環化反応が生じ、更に環への酸素の付加により、耐炎化構造となる。従って、環化の度合いと酸化の度合いを規定することにより、好ましい耐炎化糸を製造することが可能である。
【0055】
[炭素化処理]
上記耐炎化繊維は、窒素等の不活性ガス雰囲気下300〜750℃で焼成炉(第一炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の炭素化(予備炭素化)をすることが好ましい。
【0056】
緊張条件については、収縮比(緊張後の長さ/緊張前の長さ)が好ましくは1.01〜1.07の範囲、より好ましくは1.02〜1.05の範囲がよい。
【0057】
焼成温度については、第一炭素化炉で温度勾配を設け、最高温度領域が、好ましくは550〜750℃、より好ましくは600〜700℃とすることがよい。
【0058】
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、次いで窒素等の不活性ガス雰囲気下で、焼成炉(第二炭素化炉)で徐々に温度勾配を設けて昇温し、糸(予備炭素化繊維)の張力を制御して弛緩条件で焼成する。
【0059】
弛緩条件については、収縮比(弛緩後の長さ/弛緩前の長さ)が好ましくは0.9〜1.0の範囲、より好ましくは0.92〜0.99の範囲、更に好ましくは0.95〜0.98の範囲がよい。
【0060】
焼成温度については、第二炭素化炉で温度勾配をかけていき、最高温度領域で、好ましくは1180〜1320℃、より好ましくは1200〜1300℃とすることがよい。
【0061】
温度勾配については、好ましくは、400℃/分以上の昇温、より好ましくは400〜1000℃/分の昇温、更に好ましくは、500〜900℃/分の昇温である。生産性やコスト面から炉長があまり長すぎるのは好ましくない。
【0062】
炉内の高温部での滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られる。
【0063】
また、温度勾配が緩く、滞留時間が長くなると、炭素繊維内部の構造において、緻密化が進んでしまうため、炭素繊維の密度が高くなり過ぎるので好ましくない。上記範囲の温度勾配、最高温度領域で、滞留時間を設定することにより、炭素繊維内部の構造が適正化され、従来の汎用炭素繊維が有する繊維特性を有することができる。
【実施例】
【0064】
以下の実施例及び比較例に記載した条件によりアクリル系プリカーサーを作製した。更に、得られたプリカーサーから、以下に記載した条件により炭素繊維を作製した。なお、各プリカーサー及び炭素繊維の諸物性値は、以下の方法により測定した。
【0065】
[プリカーサー中の総油剤付着量]
プリカーサー中の総油剤付着量は、下記方法にて測定した。
エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法により油剤を抽出した後、油剤の含まれる溶液を乾燥し、得られた固形分を秤量することによって求めた。
【0066】
[ソックスレー抽出後のプリカーサー中の油剤付着量(内部油剤付着量)]
プリカーサー中の内部油剤付着量は、下記方法にて測定した。
エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法によりアクリル系プリカーサーより油剤を抽出した後、抽出したプリカーサー中のSi含有量を蛍光X線装置(リガク製 全自動蛍光X線分析装置システム 3270)を使用して測定して求めることが出来る。測定したSi含有量から油剤付着量を算出した。
【0067】
[細孔径10〜100nmの細孔容積の積算値]
細孔径10〜100nmの細孔容積の積算値は、下記方法にて測定した。
【0068】
プリカーサーを室温下エタノールで溶剤と水との置換を十分に行った後、液体窒素中に浸漬して凍結させ、その後凍結糸を-5℃〜-10℃のドライアイス・メタノールバスにて冷却しながら減圧下にて72時間以上乾燥処理を施す。
【0069】
その後、平均細孔直径及び細孔容積は、Quantachrome社製水銀ポロシメーターを使用して測定した。
【0070】
[炭素繊維ストランド強度、弾性率]
JIS R 7601に規定された方法により測定した。
【0071】
[実施例1]
粗アクリル系繊維の製造工程
塩化亜鉛水溶液を溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル4質量%、イタコン酸1質量%とからなる重合度が1.6、ポリマー濃度7.5質量%のポリマー原液を得た。
【0072】
このポリマー原液を、12000フィラメント用の口金を通して、5℃の25質量%塩化亜鉛水溶液中に吐出して凝固させ、凝固糸を得た。
【0073】
この凝固糸を水洗し、90℃で熱延伸し、粗アクリル系繊維を得た。
(A)付着防止用油剤の付与工程
得られた粗アクリル系繊維100質量部に対し、融着防止用油剤(竹本油脂株式会社アミノ変性シリコーン系油剤BS4112)を表1に記載する量を付与し、フィラメント内部に残る固形分が0.03質量部のトウを得た。
(B)アクリル系繊維の緻密化工程
熱風乾燥機を用いて90から140℃に昇温する温度分布を持った雰囲気下で5分間、乾燥緻密化して、細孔容積が0.005cc/gのプリカーサーを得た
(C)集束用油剤付与工程
得られたプリカーサー100質量部に対し、集束用油剤(竹本油脂株式会社アミノ変性シリコーン系油剤 BS4112)を付与した。付与量は、表1に示した。固形分として集束用油剤のトータル付着量が0.30質量部のプリカーサーを得た。
(D)スチーム延伸工程
得られた集束アクリル系繊維を、温度113℃の水蒸気で、倍率4.6倍に延伸してプリカーサーを得た。得られたプリカーサーの特性を表2に示す。
(E)耐炎化
得られた炭素繊維用前駆体繊維を空気中250℃から270℃の温度分布を持った雰囲気下で、延伸比1.05で耐炎化させた。耐炎化繊維の比重は1.36であった。
(F)炭素化
この耐炎化繊維を、不活性雰囲気中300〜650℃の温度分布を持った第一炭素化炉において、延伸比1.03で炭素化させ、更に、不活性雰囲気中で最高温度が1250℃になるように設定(雰囲気中の温度分布:650〜1250℃)した第二炭素化炉で炭素化させた。
【0074】
このようにして得られた炭素繊維の特性を表2に示す。
【0075】
[実施例2〜4]
プリカーサーの製造条件を表1に示すように替えた以外は実施例1と同様にプリカーサーを得た。得られたプリカーサーの特性を表2に示す。得られたプリカーサーを実施例1と同様に炭素化して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の特性を表2に示す。
【0076】
[比較例1〜4]
融着防止用油剤付与量と、集束用油剤付与量を表1に示す量とした以外は実施例1と同様にプリカーサーを得た。得られたプリカーサーの特性を表2に示す。得られたプリカーサーを実施例1と同様に炭素化して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の特性を表2に示す。
【0077】
[比較例5〜6]
工程(B)の乾燥温度を表1に示す以外は実施例1と同様にプリカーサーを作製した。この場合、それぞれスチーム延伸工程と乾燥工程との工程が不安定になりプリカーサーを得ることができなかった。
【0078】
表1及び表2に示した結果から明らかなように、本発明のプリカーサーを用いて製造される炭素繊維は、高い強度が得られ、安定した耐炎化炉走行性を示した。
【0079】
なお、表中の*は、本発明の範囲外の箇所を示す。
【0080】
表中、○は、良いを示し、Xは悪いを示す。
【0081】
【表1】

【0082】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル系繊維からなり、シリコーン系油剤を付与してなるプリカーサーであって、該プリカーサー中の総油剤付着量が0.3〜1.1質量%であり、ベンゼン−エタノールを用いるソックスレー抽出後のプリカーサー中の油剤付着量が0.1質量%以下であることを特徴とするアクリル系プリカーサー。
【請求項2】
アクリル系繊維からなるプリカーサーの製造方法であって、
(A)塩化亜鉛溶剤を用いて湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維100質量部に、繊維同士の融着防止用シリコーン系油剤を0.1質量部以下付与する融着防止用シリコーン系油剤付与工程、
(B)上記融着防止用シリコーン系油剤付与工程(A)で得られる融着防止用油剤付与粗アクリル系繊維を、最高温度領域が100〜140℃の雰囲気下で乾燥し、10〜100nmの細孔容積の積算値を0.01ml/g以下に緻密化処理するアクリル系繊維の緻密化工程。
(C)上記緻密化工程(B)で得られる緻密化アクリル系繊維100質量部に対し、繊維集束用シリコーン系油剤を0.2〜1.0質量部付与する集束用シリコーン系油剤付与工程、
上記(A)〜(C)の各工程を含む請求項1に記載のアクリル系プリカーサーの製造方法。

【公開番号】特開2009−242989(P2009−242989A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90790(P2008−90790)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】