説明

アクリル繊維束およびその製造方法

【課題】耐炎化工程などの焼成工程における単繊維間の融着を抑制でき、かつ、焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下を抑制し、機械的特性が安定に維持された炭素繊維束を得ることのできる、アクリル繊維束を連続的に製造する。
【解決手段】アクリル繊維束製造工程中の油剤処理工程で、シリコーン系化合物を含有する油剤成分を含む油剤処理液をアクリル繊維束に付着させ、蛍光X線により前記シリコーン系化合物の付着量を測定する監視工程を有する、アクリル繊維束の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば炭素繊維束の前駆体として用いられるアクリル繊維束と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維束の製造方法として、アクリル繊維などからなる前駆体繊維束を200〜400℃の酸素存在雰囲気下で加熱処理して耐炎化繊維束に転換し(耐炎化工程)、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して(炭素化工程)、炭素繊維束を得る方法が知られている。この方法で得られた炭素繊維束は、優れた機械的特性により、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
【0003】
しかし、このような炭素繊維束の製造方法において、前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程で、単繊維間に融着が発生し、耐炎化工程およびそれに続く炭素化工程(以下、耐炎化工程と炭素化工程を総合して焼成工程と表記する場合もある。)において、毛羽や束切れといった工程障害が発生する場合がある。この融着を回避するためには、前駆体繊維束に付着させる油剤の選択が重要であることが知られており、多くの油剤組成物が検討されてきた。
【0004】
その中で、耐炎化工程における融着を防止する効果が良好であるため、シリコーン系化合物を含有するシリコーン系油剤が最も一般的に用いられている(例えば、特許文献1,2参照)。しかしながら、シリコーン系油剤は、加熱により架橋反応が進行して高粘度化し、粘着物を生成しやすい。粘着物が生成すると、前駆体繊維束の製造工程や耐炎化工程における繊維搬送ローラーやガイドなどの表面に堆積して、繊維束が粘着物に巻き付いたり引っかかったりして、断糸するなどの操業性低下を引き起こすことがある。また、シリコーン系化合物を含有する油剤組成物は、焼成工程において分解するなどして、酸化ケイ素や炭化ケイ素、窒化ケイ素などのケイ素化合物を生成し、これらが飛散、堆積してスケールとなり、工程安定性、製品の品質を低下させるという問題をも有している。
【0005】
このため、油剤組成物中のシリコーン化合物、ひいてはケイ素含有量を低減して、このような問題を回避しようとする油剤技術が提案されている。例えば、分子内に3個以上のエステル基を有するエステル化合物とシリコーン系化合物とを必須成分とした油剤組成物が提案されている(特許文献3参照)。該油剤組成物によれば、エステル化合物によってシリコーン含有量を低減させ、上述の粘着物やケイ素化合物の生成を抑制して、安定した操業性を得るとともに、炭素繊維製造における単繊維間の融着を防止することもできるとされている。
また、油剤が過剰に付着しないように付着量を調整する技術として、油剤を付着させ乾燥した後の前駆体繊維束を界面活性剤が含まれる洗浄液に通すことで、付着した油剤の一部を除去する方法が提案されている(特許文献4参照)。
【0006】
一方、機械的特性の安定した炭素繊維束を得るためには、長期の製造工程において、前駆体繊維束に油剤を均一に付着させることも重要である。油剤を均一に付着させることを目的とした装置としては、例えば、油剤付与ノズル(特許文献5参照)、油剤付与ガイド(特許文献6参照)、油剤付与ローラー(特許文献7参照)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−183159号公報
【特許文献2】特開2006−188795号公報
【特許文献3】国際公開第07/066517号パンフレット
【特許文献4】特開2007−113141号公報
【特許文献5】特開平10−280224号公報
【特許文献6】特開2004−300582号公報
【特許文献7】特開2001−98410号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献3に記載のように、シリコーン含有量を低減した油剤組成物を付与した前駆体繊維束は、集束性が悪く、高い生産効率で製造するには適していない上、機械的特性に優れた炭素繊維束が得られないという問題があった。このように油剤組成物の組成を調整するだけでは、安定した操業性、高い生産効率のもとで、機械的特性に優れた炭素繊維束を得ることは困難であった。
また、特許文献4に記載の方法では、全体的に油剤付着量が低下するのみで、定着した余分な油剤成分のみを除去することはできず、均一に油剤が付着した前駆体繊維束を得ることはできなかった。
また、特許文献5〜7に記載の各装置は、繊維束中に油剤処理液を行き渡らせ、繊維束半径方向の斑を低減することはできたとしても、数日から数ヶ月に渡る長期の製造工程において、常に一定量の油剤を繊維束に安定に付与して、経時的な油剤付与の安定性を可能にするものではなかった。
【0009】
つまり、焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下の問題を可能な限り低減し、かつ、得られる炭素繊維の機械的特性を安定に維持するためには、前駆体繊維束に対して、長期的にみて、必要最低限量(適正量)の油剤成分を均一に安定に付着させることが重要であるが、従来、前駆体繊維束に対して必要最低限量の油剤成分を均一に安定に付着させる技術は見出されていなかった。
また、製造工程において、何らかの理由で局所的に油剤成分の付着異常が生じたとしても、それを検知できる技術も無かった。
また、従来、前駆体繊維束を製品として採取するためには、例えば前駆体繊維束をオフラインで複数回検査するなどして、前駆体繊維束の油剤成分の付着量が定常的に適正値の範囲内に入っているかどうか確認が必要であり、非常に手間がかかった。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、耐炎化工程などの焼成工程における単繊維間の融着を抑制でき、かつ、焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下を抑制し、機械的特性が安定に維持された炭素繊維束を得ることのできる、アクリル繊維束を連続的に製造できる方法の提供を課題とする。また、このような方法により製造され、油剤が安定に付着し、高生産性、高品質な炭素繊維束を製造し得るアクリル繊維束の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意検討した結果、前駆体繊維束としてのアクリル繊維束の製造工程において、蛍光X線分析装置を用いてアクリル繊維束のケイ素含有量をオンライン測定することにより、シリコーン系化合物を含有する油剤成分のアクリル繊維束への付着量を監視できることを見出し、本発明を完成するに至った。これにより、油剤成分の付着異常があった場合にはそれを検出把握することができ、さらには、油剤成分の付着量を速やかに適正値に制御する、すなわち必要最低限量の油剤成分を精度良く均一にアクリル繊維束に付着させることも可能となる。必要最低限量の油剤の付着、すなわち、余分な油剤成分の低減は、紡糸工程、焼成工程の工程通過性を向上させる。また、油剤成分の均一な付着は、均質で高品位な炭素繊維を連続生産可能なアクリル繊維束の製造を可能とする。
【0012】
すなわち、本発明のアクリル繊維束の製造方法は、アクリル繊維束製造工程中の油剤処理工程で、シリコーン化合物を含有する油剤成分を含む油剤処理液をアクリル繊維束に付着させ、蛍光X線により前記シリコーン系化合物の付着量を測定する監視工程を有する。
前記油剤処理工程後に前記アクリル繊維束を乾燥緻密化する乾燥緻密化工程を有し、該乾燥緻密化工程後に前記監視工程を有することが好ましい。
前記監視工程で測定された前記付着量に応じて、前記油剤処理工程の処理条件を制御して、前記アクリル繊維束への前記油剤成分の付着量を所定の管理値にコントロールする制御工程を有することが好ましい。
前記アクリル繊維束は、当該アクリル繊維束の質量を100質量%とした場合、前記油剤成分を100質量%中、0.1〜1.0質量%含むものであることが好ましい。
前記シリコーン系化合物は、アミノ変性シリコーンであることが好ましい。
前記油剤処理液は、非イオン系乳化剤を含有することが好ましい。
前記油剤処理液中では、平均粒子径0.01μm以上0.5μm以下のミセルが形成されていることが好ましい。
本発明のアクリル繊維束は、上述の製造方法により製造されたアクリル繊維束である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐炎化工程などの焼成工程における単繊維間の融着を抑制でき、かつ、焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下を抑制し、機械的特性が安定に維持された炭素繊維束を製造可能な、アクリル繊維束の製造方法を提供できる。また、このような方法によれば、油剤成分が安定に付着し、高生産性、高品質な炭素繊維束を製造し得るアクリル繊維束を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明のアクリル繊維束の製造方法について、一実施形態を挙げて詳細に説明する。
【0015】
[アクリル繊維束の製造方法]
アクリル繊維束として炭素繊維前駆体アクリル繊維束を例示し、その製造方法の一例について、以下に詳細に説明する。
【0016】
(紡糸工程)
本実施形態例の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法では、公知の紡糸技術によりアクリル繊維束(前駆体繊維束)を得る紡糸工程を行う。
具体的には、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して、紡糸原液とし、この紡糸原液を凝固浴中に吐出して繊維化し、凝固糸を製造する方法が挙げられる。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体であり、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーでも、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を併用したアクリロニトリル系共重合体であってもよい。
【0017】
アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル単位の含有量は、96.0〜98.5質量%であることが焼成工程での繊維の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性、および炭素繊維にした際の品質の観点でより好ましい。アクリロニトリル単位が96質量%以上の場合は、炭素繊維に転換する際の焼成工程で繊維の熱融着を招くことなく、炭素繊維束の優れた品質および性能を維持できるので好ましい。また、共重合体自体の耐熱性が低くなることもなく、アクリル繊維束の後述の乾燥緻密化工程や、例えば加熱ローラーや加圧水蒸気による後述の延伸処理工程、二次延伸処理工程などにおいて、単繊維間の接着を回避できる。一方、アクリロニトリル単位が98.5質量%以下の場合には、溶剤への溶解性が低下することもなく、紡糸原液の安定性を維持できると共に共重合体の析出凝固性が高くならず、アクリル繊維束の安定した製造が可能となる。
【0018】
アクリロニトリル共重合体を用いる場合のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができる。例えば、耐炎化反応を促進する作用を有するアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸などのカルボキシル基含有ビニル系単量体、または、これらのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩、アクリルアミド等の単量体から選択することが好ましい。より好ましくは、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系単量体である。
アクリロニトリル系共重合体におけるカルボキシル基含有ビニル系単量体単位の含有量は0.5〜2.0質量%が好ましい。
これらビニル系単量体は、1種単独で用いても良よく、2種以上を併用してもよい。
【0019】
紡糸の際には、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解し紡糸原液とする。このときの溶剤には、ジメチルアセトアミドあるいはジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、または塩化亜鉛やチオシアン酸ナトリウム等の無機化合物水溶液等、公知のものから適宜選択して使用することができる。これらの中でも、生産性向上の観点から、凝固速度が早いジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドおよびジメチルホルムアミドが好ましく、ジメチルアセトアミドがより好ましい。
【0020】
また、緻密な凝固糸を得るためには、紡糸原液の重合体濃度がある程度以上になるように紡糸原液を調製することが好ましい。具体的には、紡糸原液中の重合体濃度が17質量%以上になるように調製することが好ましく、より好ましくは19質量%以上である。
なお、紡糸原液は適正な粘度・流動性を必要とするため、重合体濃度は25質量%を超えない範囲が好ましい。
【0021】
具体的な紡糸方法としては、上述した紡糸原液を直接凝固浴中に紡出する湿式紡糸法、空気中で凝固する乾式紡糸法、および一旦空気中に紡出した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸法など公知の紡糸方法を適宜採用できるが、より高い性能を有する炭素繊維束を得るには湿式紡糸法または乾湿式紡糸法が好ましい。
【0022】
湿式紡糸法または乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、紡糸原液を円形断面の孔を有するノズルより凝固浴中に紡出することで行える。凝固浴としては、紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いるのが溶剤回収の容易さの観点から好ましい。
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、水溶液中の溶剤濃度は、ボイドがなく緻密な構造を形成させ高性能な炭素繊維束を得られ、かつ延伸性が確保でき生産性に優れる等の理由から、50〜85質量%が好ましく、凝固浴の温度は10〜60℃が好ましい。
【0023】
(延伸処理工程)
紡糸工程において、紡糸原液を凝固浴中に吐出して繊維化し、得られた凝固糸には、延伸処理工程により延伸し、アクリル繊維束とすることができる。具体的な延伸方法としては、凝固浴中または延伸浴中で延伸する浴中延伸や、一部空中延伸した後に、浴中延伸する方法が挙げられる。そして、延伸の前後あるいは延伸と同時に適宜水洗を行うことにより、水膨潤状態のアクリル繊維束を得ることができる。
浴中延伸は、通常50〜98℃の水浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行い、空中延伸と浴中延伸を行う場合には、合計倍率が2〜10倍になるように凝固糸を延伸するのが、得られる炭素繊維束の性能の点から好ましい。
【0024】
(油剤処理工程)
ついで、シリコーン系化合物を含む油剤成分が水中に分散した油剤処理液に、水膨潤状態のアクリル繊維束を連続的に接触させ、油剤成分をアクリル繊維束に付着させる油剤処理工程を行う。
ここで油剤処理液としては、油剤成分を水中に分散させて、平均粒子径が0.01〜0.50μmのミセルを形成させた水系の乳化溶液(エマルション)を用いる。ミセルの平均粒子径が上記範囲内であれば、アクリル繊維束の表面に油剤成分を均一に付与できる。
なお、油剤処理液中のミセルの平均粒子径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、商品名:LA−910)を用いて測定することができる。
【0025】
水系乳化溶液は、例えば以下のようにして調製できる。すなわち、シリコーン系化合物と乳化剤とを攪拌しながら、そこに水を加えることで油剤成分が水中に分散した水系乳化溶液が得られる。
油剤成分には、耐熱性樹脂や芳香族エステルなどの非シリコーン成分、帯電防止剤や酸化防止剤、抗菌剤、浸透剤などの添加物を任意成分として含有させてもよい。これらは、アクリル繊維束に油剤成分を付着させるための装置の種類、使用環境などに応じて、操業性向上の目的や、水系乳化溶液の安定性や付着特性の向上を目的として使用される。
酸化防止剤を含有させる場合は、酸化防止剤を予めシリコーン系化合物に溶かしておくことが好ましい。また、帯電防止剤および/または抗菌剤を含有させる場合は、水を加えて水系乳化溶液とした後に添加攪拌することが好ましい。
各成分の混合または水中分散は、プロペラ攪拌、ホモミキサー、ホモジナイザー等を使って行うことができる。特に、150MPa以上に加圧可能な超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。
【0026】
油剤成分としては、シリコーン系化合物を含有するものであれば、特に制限なく使用でき、シリコーン系化合物としては、アクリル繊維束に対する油剤成分の親和性が良好となることから、アミノ変性シリコーンが好ましい。アミノ変性シリコーンは、アミノ変性基の位置が側鎖型、片末端型、両末端型、側鎖両末端型など、いずれの構造のものでも差し支えない。より好ましくは側鎖型のアミノ変性シリコーンである。アミノ基の含有量は、アクリル繊維束への馴染みやすさと、耐熱性の点から、アミノ当量が2000〜6000g/molが好ましい。
シリコーン系化合物の粘度は25℃において50〜300mm/sが水系乳化溶液の調製の容易さ、耐熱性保持の観点から好ましい。
シリコーン系化合物は1種単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。変性基が異なる、あるいは変性基を有しないシリコーン系化合物を混合して用いても差し支えない。
【0027】
乳化剤としては、アクリル繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の機械的強度発現性に優れることから、非イオン系乳化剤を用いることが好ましい。非イオン系乳化剤としては公知の様々な物質を用いることができる。例えば高級アルコ−ルエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノ−ルエチレンオキサイド付加物、脂肪族エチレンオキサイド付加物、多価アルコ−ル脂肪族エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪族アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコ−ルエチレンオキサイド付加物などのポリエチレングリコ−ル型非イオン性界面活性剤;グリセロ−ルの脂肪族エステル、ペンタエリスト−ルの脂肪族エステル、ソルビト−ルの脂肪族エステル、ソルビタンの脂肪族エステル、ショ糖の脂肪族エステル、多価アルコ−ルのアルキルエ−テル、アルカノ−ルアミン類の脂肪酸アミドなどの多価アルコ−ル型非イオン性界面活性剤等が挙げられる。これら乳化剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
上述の方法で調製される水系乳化溶液中の油剤成分(すなわち、シリコーン系化合物と乳化剤と、必要に応じて添加される任意成分)の含有量は、2〜40質量%が好ましく、10〜30質量%がより好ましく、20〜30質量%が特に好ましい。油剤成分の濃度が2質量%未満であると、必要な量の油剤成分を水膨潤状態のアクリル繊維束に付与することが困難となる。一方、油剤成分の濃度が40質量%を超えると、水系乳化溶液が不安定となり乳化の破壊が起こりやすくなる。
【0029】
油剤処理工程では、このような水系乳化溶液にさらにイオン交換水を加えて所定の濃度に希釈したものを油剤処理液として用い、これに上述した水膨潤状態のアクリル繊維束を連続的に接触させることが好ましい。
なお、「所定の濃度」は、油剤処理時のアクリル繊維束の状態によって調整される。
【0030】
具体的に、所定の濃度に調整された油剤処理液に水膨潤状態のアクリル繊維束を接触させる方法としては、ローラーの下部を油剤処理槽内の油剤処理液に浸漬させ、そのローラーの上部にアクリル繊維束を接触させるローラー付着法、油剤処理槽内から油剤処理液をポンプで一定量ガイドから吐出し、そのガイド表面にアクリル繊維束を接触させるガイド付着法、油剤処理槽と通じたノズルから一定量の油剤処理液をアクリル繊維束に噴射するスプレー付着法、油剤処理槽内の油剤処理液の中にアクリル繊維束を導いて連続的に浸漬し、その後、ローラー等で絞って余分な油剤処理液を除去するディップ付着法等の公知の方法を用いることができる。
これらの方法の中でも、均一付着の観点から、アクリル繊維束に十分に油剤処理液を浸透させ、その後余分な油剤処理液を除去するディップ付着法が好ましい。より均一に付着させるためには、油剤処理工程を2つ以上の多段にし、繰り返し付着させることも有効である。
【0031】
(乾燥緻密化工程)
ついで、油剤処理工程で油剤成分が付着したアクリル繊維束を乾燥して、緻密化する乾燥緻密化工程を行う。乾燥緻密化工程の温度は、繊維のガラス転移温度を超えた温度とすることが必要である。例えば温度が100〜200℃程度の加熱ローラーによる方法にて乾燥緻密化するのが好ましい。このとき加熱ローラーの個数は、1個でもよく、複数個でもよい。
【0032】
(監視工程)
ついで、本実施形態例では、このような乾燥緻密化工程後に、油剤成分が付着したアクリル繊維束のケイ素(Si)量を大気(常圧)中での蛍光X線分析法によりオンライン測定して、アクリル繊維束へのシリコーン系化合物の付着量を連続的に監視する監視工程を行う。具体的には、乾燥緻密化工程から後述の二次延伸処理工程へと、油剤成分が付着したアクリル繊維束を搬送する途中に、蛍光X線分析装置を設置して、アクリル繊維束中のSiの蛍光X線強度を測定し、予め作成した検量線によりSi含有量を定量する。
このSiは油剤成分に含まれるシリコーン系化合物由来の元素であり、測定されるSi含有量は、アクリル繊維束へのシリコーン系化合物の付着量と相関しており、さらには、アクリル繊維束への油剤成分の付着量とも相関している。そのため、Si含有量から油剤成分の付着量を求めることができる。
【0033】
Siを定量するための検量線は次の方法で作成できる。
アクリル繊維束に対して種々の付着量で油剤成分を付着させ、それぞれの付着量のアクリル繊維束に対して、上述した搬送途中において、Siの蛍光X線強度を測定する。その後、蛍光X線強度を測定した部分のアクリル繊維束を採取し、鋏で細かく粉砕した後に、密閉るつぼに50mg秤量する。ついで、この中に、粉末状としたNaOH、KOHを各0.25g加え、マッフル炉にて210℃で150分間加熱分解する。これを蒸留水で溶解し100mlに定容したものを測定試料としてICP発光分析装置(サーモエレクトロン株式会社製、装置名:IRIS Advantage AP)にてSi含有量を求める。Siの蛍光X線強度と、ICP発光分析装置による精密分析結果との相関式をもって、検量線とすることができる。検量線を作成する際には、定量性を高めるために、検量線作成時の油剤成分の付着量(検量点)が、実際の工程での付着量をカバーするように、付着量を決定して検量線作成する。さらには、実際の工程での付着量の近傍に、検量点を設定することが好ましい。
【0034】
使用する蛍光X線分析装置には特に制限は無いが、アクリル繊維束の製造工程中で測定するため、大気中で測定できるものが好ましい。具体的には、例えば、アワーズテック株式会社製のエネルギー分散型蛍光X線分析装置(商品名:OURSTEX100FA)を用いることができる。
【0035】
オンライン測定は、乾燥緻密化工程から後述の二次延伸処理工程へと、油剤成分が付着したアクリル繊維束を搬送する途中のアクリル繊維束に対して行えばよく、例えば、搬送ローラー上のアクリル繊維束、ローラー間を空走するアクリル繊維束、繊維束の糸道を制御するガイド上のアクリル繊維束などに対して特に制限なく行える。測定精度の観点からは、アクリル繊維束と計測部との間隔は一定であることが好ましいため、ローラー上の繊維束に対して測定することが好適である。さらに、繊維と接触することの無い状態で、可能な限り計測部と繊維束を近づけることが測定精度を向上させるためにより好ましい。
【0036】
このような監視工程を行うことによって、アクリル繊維束の油剤成分の付着量が所定の管理値であるかどうかを連続的にリアルタイムで監視して、品質管理を常時行うことができる。そして、油剤処理工程において、何らかの理由で局所的に油剤の付着異常が生じた場合には、それを検知することができる。また、このように監視することにより、得られたアクリル繊維束を製品として採取するにあたって、例えばアクリル繊維束をオフラインで複数回検査するなどして、油剤成分の付与量が定常的に適正値の範囲に入っているか否かを確認するなどの作業が不要となる。すなわち、従来の品質検査が代表検査で、かつ繊維束を一部切断して行う破壊検査であったのに対し、本手法によれば全製品検査を非破壊で行うことができる。
【0037】
(制御工程)
ついで、監視工程で測定されたオンライン測定の測定値(Si含有量)、すなわち、シリコーン系化合物の付着量に応じて、油剤処理工程の処理条件を制御して、アクリル繊維束への油剤成分の付着量を所定の管理値にコントロールする制御工程を有する。具体的には、予め設定した管理値から±5%の範囲内であれば、管理値に等しいものとみなし、この範囲から外れた場合には、例えば油剤処理槽の油剤成分の濃度を変更するなど、油剤処理工程の処理条件を制御する。
【0038】
上述したように、油剤処理工程において、水膨潤状態のアクリル繊維束を油剤処理液と長期にわたって連続的に接触させると、アクリル繊維束に付随して油剤処理槽に持ち込まれる水分や、アクリル繊維束によって油剤処理槽から持ち出される油剤処理液により、油剤処理槽中の油剤処理液の油剤成分の濃度は経時的に変化する。そこで、通常は、油剤成分を分散させた水系乳化溶液を油剤処理液に定量的に追加し、油剤処理槽に持ち込まれる水とバランスさせることで、油剤処理液の濃度を一定に保つようにしている。しかし、油剤処理液自体の経時変化や外気温などにより、アクリル繊維束への油剤の定着量が変化するなどして、数日〜数ヶ月にわたる連続した長期製造においては、追加する水系乳化溶液の量を単に一定に保つだけでは、アクリル繊維束への油剤成分の付着量は一定にはならない。そのため、監視工程により測定されたSi含有量が低下した場合には、油剤処理槽に追加する水系乳化溶液の量を増加させ、Si含有量が上昇した場合には、追加する水系乳化溶液の量を減少させるなどして、監視工程の結果をフィードバックして、油剤処理工程の処理条件を制御して、アクリル繊維束への油剤成分の付着量を所定の管理値にコントロールすることが、均質なアクリル繊維束を長期連続して製造するために重要である。
【0039】
油剤処理工程の処理条件を制御する具体的方法としては、アクリル繊維束への油剤成分の付着量を制御できる方法であるかぎり、油剤処理槽に追加する水系乳化溶液の量を制御する方法に限定されず、油剤処理工程で採用した装置(アクリル繊維束と油剤処理液とを接触させる装置。)の形態などに応じて、適宜選択できる。例えば、装置の都合などから油剤処理槽への水系乳化溶液の追加量を制御できない場合には、アクリル繊維束から油剤処理槽に持ち込まれる水の量を制御する方法、油剤処理槽に入る前のアクリル繊維束の開繊の程度を制御する方法、油剤処理槽でのアクリル繊維束と油剤処理液との接触時間を制御する方法、アクリル繊維束の張力を制御する方法、スプレー付着法においてアクリル繊維束に対して噴射される油剤処理液の量を制御する方法、油剤処理槽からアクリル繊維束によって持ち出される油剤処理液の量を制御する方法なども有効である。
【0040】
(二次延伸処理工程)
乾燥緻密化したアクリル繊維束には、二次延伸処理工程により、更に延伸処理を施すことが好ましい。延伸方法としては、加圧あるいは常圧水蒸気による水蒸気延伸、熱盤延伸、加熱ローラーによる延伸等、公知の延伸技術を用いることができる。これらの中でも、安定した均一延伸が可能な加熱ローラーによる延伸処理が好ましい。このような延伸処理により、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の緻密性や配向度をさらに高めることができる。特に、加熱ローラーにより乾燥緻密化したアクリル繊維束を搬送させながら、ローラー速度を変えることで、1.1〜4.0倍に延伸すると、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の緻密性や配向度をより向上できる。
加熱ローラーの温度としては150〜200℃程度が好ましい。温度が150℃未満であると、可塑化が不完全となり、延伸をかけた際に毛羽等が発生し、得られたアクリル繊維束を炭素繊維束にするための炭素化工程で繊維束が搬送ローラー等に巻き付いて、工程障害を招き操業性が低下することがある。一方、温度が200℃を超えると、酸化反応や分解反応などが開始され、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の品質を低下させる場合がある。
【0041】
以上のようにして得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、室温のロールを通し、常温の状態まで冷却した後にワインダーでボビンに巻き取られる、あるいはケンスに振込まれて収納される。
炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、この状態で、炭素繊維束とするための焼成工程に移される。
【0042】
[アクリル繊維束]
このようにして得られる本発明のアクリル繊維束は、このアクリル繊維束の質量を100質量%とした場合、付着した油剤成分を100質量%中、0.1〜1.0質量%含むことが好ましく、より好ましくは0.3〜0.5質量%含むことが好ましい。油剤成分の付着量が0.1質量%未満であると、油剤成分本来の機能を十分に発現することが困難となる場合がある。一方、油剤成分の付着量が1.0質量%を越えると、油剤成分が過剰となりやすく、アクリル繊維束の製造過程において、アクリル繊維束を搬送しながら乾燥したり延伸したりする際などに用いられる加熱ローラー上に析出、堆積し、アクリル繊維束が巻き付くなどの操業性を低下させる場合がある。
なお、「乾燥質量」とは、乾燥緻密化工程で処理された後のアクリル繊維束の乾燥繊維質量のことである。
【0043】
なお、監視工程ではシリコーン系化合物の付着量を定量しているが、ここでの定量は、蛍光X線分析法によるSi含有量を指標とした間接的なものである。そこで、得られたアクリル繊維束の実際の油剤成分の付着量は、次のようにして確認することが好ましい。
すなわち、メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃のメチルエチルケトンにアクリル繊維束を8時間浸漬させて油剤成分を抽出し、抽出前のアクリル繊維束の質量W、および抽出後のアクリル繊維束の質量Wをそれぞれ測定し、下記式(I)により油剤成分の付着量を求める。
油剤成分の付着量(質量%)=((W−W)/W)×100 ・・・(I)
【0044】
以上説明したように、本発明の製造方法によれば、アクリル繊維束に付着させる油剤成分を必要最低限量に制御しつつ、均一に付着させることができるため、耐炎化工程などの焼成工程における単繊維間の融着が抑制され、かつ、焼成工程でのケイ素化合物生成による操業性低下が抑制され、機械的特性が安定に維持された炭素繊維束を製造可能なアクリル繊維束を連続的に製造できる。
このようにして製造されたアクリル繊維束を前駆体繊維束として得られる炭素繊維束は、様々な構造材料に用いられる繊維強化樹脂複合材料の強化繊維として好適である。
【実施例】
【0045】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
本実施例に用いた各種測定方法、および評価方法は以下の通りである。
【0046】
[定常化時間]
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造を始めてから10分おきに、得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を採取し、Si含有量を蛍光X線分析装置(理学電機工業株式会社製、製品名:ZSX100e)にて測定し、油剤成分の付着量が安定化するまでの時間を評価した。
具体的には、製造開始後10分おきに採取した上記アクリル繊維束を、縦20mm、横40mm、厚み5mmのアクリル樹脂製板に、隙間のない様に均一に巻き付け、これを蛍光X線分析装置にセットした。このとき、測定に付す繊維束の巻き長は同一とすることが重要である。その後、通常の蛍光X線分析方法により各繊維束のSiの蛍光X線強度を測定し、検量線を用いて各繊維束のSi含有量を求めた。測定数はn=5とし、平均値を算出した。この値のうち、連続した3回分の測定結果の標準偏差が100ppmとなった時点を、付着量が安定化した定常状態と判断した。この安定化するまでの時間を定常化時間として、操業性の指標の一つとした。
【0047】
[油剤成分の付着量、付着斑の測定]
<油剤成分の付着量>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を105℃で1時間乾燥させた後、メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃のメチルエチルケトンに8時間浸漬して付着した油剤成分を溶媒抽出した。抽出前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W、および抽出後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量Wをそれぞれ測定し、下記式(I)により油剤成分の付着量を求めた。なお、測定回数は各ボビンあるいは各ケンスにつき10回とし、全ボビンあるいは全ケンスの平均値を油剤付着量とした。
油剤成分の付着量(質量%)=((W−W))/W×100 ・・・(I)
<付着斑>
連続して製造された炭素繊維前駆体アクリル繊維束について、各ボビンあるいは各ケンスにつき上記の油剤成分の付着量の測定を行った。ついで、各ボビンあるいは各ケンスについて10回測定した値の、各ボビンあるいは各ケンスにおける平均値を算出し、その平均値を用いて全ボビンあるいは全ケンスにおける変動係数(標準偏差の平均値に対する百分率)を算出して、一連の製品における油剤付着斑を評価した。評価基準は以下の通りとした。
○:変動係数が5%以下。
×:変動係数が5%より大きい
【0048】
[操業性の評価]
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を30日間連続して製造した時に、製造工程中の搬送ローラーへ単糸が巻き付き、除去した頻度により、操業性の評価をした。評価基準は1日当たりの平均除去回数とし、次の通りとした。
○:除去回数(回/日)≦1
△:除去回数(回/日)2〜5
×:除去回数(回/日)>5
【0049】
[Si飛散量の測定]
炭素繊維前駆体アクリル繊維のSi含有量A、耐炎化繊維のSi含有量Aとの差から計算される耐炎化工程前後の繊維束中Si含有量の変化を、Si飛散量(シリコーン系化合物由来のケイ素化合物飛散量)として評価した。
具体的には、鋏で細かく粉砕した試料(炭素繊維前駆体アクリル繊維、耐炎化繊維)を密閉るつぼに50mg秤量し、粉末状としたNaOH、KOHを各0.25g加え、マッフル炉にて210℃で150分間加熱分解する。これを蒸留水で溶解し100mlに定容したものを測定試料としてICP発光分析装置(サーモエレクトロン株式会社製、装置名:IRIS Advantage AP)にてSi含有量を求め、下記式(II)によってSi飛散量を算出する。
Si飛散量(mg/kg)=A−A ・・・(II)
アクリル繊維束の各ボビンあるいは各ケンスごとに測定を行い、それらの平均値をその製造条件におけるSi飛散量として評価に用いた。
【0050】
[単繊維間融着数の測定]
炭素繊維束を長さ3mmに切断し、アセトン中に分散させ、10分間攪拌した後の全単繊維数と、単繊維同士が融着している数(融着数)を計算し、単繊維100本当たりの融着数を算出し、以下の評価基準にて評価した。
○:融着数(個/100本)<1
×:融着数(個/100本)≧1
【0051】
[ストランド強度(CF強度)の測定、物性の安定発現(強度発現性)評価]
<ストランド強度の測定>
連続して製造された炭素繊維前駆体アクリル繊維束を焼成し、JIS−R−7608に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じて測定した。なお、測定回数はアクリル繊維束の各ボビンあるいは各ケンスにつき10回とし、それらの平均値をストランド強度として評価した。
<物性の安定発現評価>
上記の測定において、各ボビンあるいは各ケンスごとの10回の測定の平均値を用い、測定した各ボビン各ケンス間でのストランド強度の振れを変動係数として評価した。下記評価基準にて機械的特性の発現安定性を評価した。
○:変動係数が5%以下。
×:変動係数が5%より大きい。
【0052】
[実施例1]
<油剤成分の調製>
下記の組成で油剤成分の水系乳化溶液を調製した。
・1級側鎖タイプのアミノ変性シリコーン 80質量%
(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−865)
・ノナエチレングリコールドデシルエーテル(非イオン系乳化剤) 20質量%
(日光ケミカルズ株式会社、商品名:NIKKOL BL−9EX)
調製手順は、上記の油剤成分を混合し、さらに上記油剤成分の濃度が30質量%になるようにイオン交換水を加え、ホモミキサーで乳化した。この状態でのミセルの平均粒子径をレーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、装置名:LA−910)を用いて測定したところ、10μm程度であった。
その後、さらに高圧ホモジナイザーにより、ミセルの平均粒子径が0.3μm以下になるまで分散し、油剤成分の水系乳化溶液を得た。
【0053】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造>
油剤成分を付着させるアクリル繊維束は、次の方法で調製した。
アクリロニトリル系共重合体(組成比:アクリロニトリル/アクリルアミド/メタクリル酸=97/2/1(質量比))をジメチルアセトアミドに溶解し、重合体濃度21質量%の紡糸原液を調製し、濃度60質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液を満たした凝固浴中に孔径(直径)50μm、孔数50000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。凝固糸は水洗槽中で脱溶媒するとともに5.5倍に延伸して水膨潤状態のアクリル繊維束とした(紡糸工程および延伸処理工程)。
先に得られた油剤成分の水系乳化溶液をイオン交換水で希釈して、油剤成分の初期濃度が0.6質量%になるように調整した油剤処理液を満たした油剤処理槽に、水膨潤状態のアクリル繊維束を導き、水系乳化溶液を連続的に付着させた。油剤処理槽を通過したアクリル繊維束は油剤の斑付き抑制や、必要以上の処理液を後工程に持ち出さないためにガイドバーで絞られる。ガイドバーは工程中の糸道を制御する円柱状のバーであり、繊維束をローラーで搬送するためには一定の張力が発生するため、その張力によってバーで扱かれて余分な油剤処理液が除去される。製品である前駆体アクリル繊維束への付着量0.3質量%を目標値とし、電磁定量ポンプを用いて、油剤成分が30質量%濃度の水系乳化溶液を油剤処理槽に定量的、連続的に追加した(油剤処理工程)。
その後、油剤処理液が付着したアクリル繊維束を表面温度180℃のロールにて乾燥緻密化(乾燥緻密化工程)した後に、表面温度190℃のロールを用い1.5倍延伸を施し(二次延伸処理工程)、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束をケンスに振り込んで後述の焼成工程に移した。
【0054】
この際、乾燥緻密化工程から後述の二次延伸処理工程へと、油剤成分が付着したアクリル繊維束を搬送する途中の搬送ローラー上のアクリル繊維束について、このアクリル繊維束の近傍に設置された蛍光X線分析装置により、Siの蛍光X線強度を測定した。蛍光X線分析装置にはアワーズテック株式会社製のエネルギー分散型蛍光X線分析装置(商品名:OURSTEX100FA)を用いた。そして、予め作成した検量線を用いて、Si含有量が900ppmであるかどうか、監視した(監視工程)。すなわち、900ppmを管理値とした。
また、このように監視すると共に、Si含有量がこの値(管理値)から±5%外れた場合には、これに連動して前記電磁定量ポンプのストローク数を変化させて、油剤処理槽に供給する水系乳化溶液の量を調整することによって、油剤処理槽中の油剤処理液の濃度(油剤成分の濃度)を変化させ、アクリル繊維束に付着させる油剤成分の付着量をコントロールした(制御工程)。この時、電磁定量ポンプのストローク数を変えてから、繊維への付着量が変化するのにはタイムラグがあるため、一度ストローク数を変更した後には、その後10分間はストローク数を変更せず、10分間経過してから、さらに必要がある場合には再度ストローク数を変更するようにした。
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造は連続して30日間行い、10時間ごとに切断し、ケンスを替えて続けて製造し、合計で72ケンスの炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
油剤成分の付着量が安定し定常化するのに要した時間、得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束の油剤成分の付着量、付着斑を測定し、製造中の操業性を評価した。結果を表1に示す。
【0055】
<炭素繊維束の製造>
得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、220〜260℃の温度勾配を有する耐炎化炉に通して耐炎化し、耐炎化繊維束とした(耐炎化工程)。そして、上述のSi飛散量を評価した。結果を表1に示す。
その後、該耐炎化繊維束を窒素雰囲気中で400〜1400℃の温度勾配を有する炭素化炉に入れて、炭素繊維束とした(炭素化工程)。得られた炭素繊維束の単繊維間融着数、ストランド強度の測定とその安定発現性を評価した。結果を表1に示す。
【0056】
[実施例2]
<油剤成分の調製>
油剤成分の組成を下記のように変えた以外は実施例1と同様の手法で水系乳化溶液を調製した。
・1級および1,2級側鎖タイプのアミノ変性シリコーン 80質量%
(東レ・ダウコーニング株式会社製、商品名:FZ−3785)
・ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(非イオン系乳化剤) 20質量%(BASFジャパン株式会社製、商品名:Pluronic PE6800)
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造>
孔径(直径)75μm、孔数12000の紡糸ノズルを用い、凝固浴の条件を38℃、ジメチルアセトアミドの濃度が67質量%、アクリル繊維束のSi含有量の管理値を1200ppmとし、炭素繊維前駆体アクリル繊維束をボビンで採取した。それ以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体アクリル繊維束を製造した。
<炭素繊維束の製造>
実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。各評価結果を表1に示した。
【0057】
[実施例3]
<油剤成分の調製>
油剤成分の組成を下記のように変えた以外は実施例1と同様の手法で水系乳化溶液を調製した。
・両末端タイプのアミノ変性シリコーン 80質量%
(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8012)
・ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(非イオン系乳化剤) 20質量%(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社、商品名:PLURONIC F−68)
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造>
孔径(直径)45μm、孔数24000の紡糸ノズルを用い、凝固浴の条件を38℃、ジメチルアセトアミドの濃度が66質量%、アクリル繊維束のSi含有量の管理値を1500ppmとし、炭素繊維前駆体アクリル繊維束をボビンで採取した。それ以外は実施例1と同様にして炭素繊維前駆体アクリル繊維束を製造した。
<炭素繊維束の製造>
実施例1と同様にして炭素繊維束を製造した。各評価結果を表1に示した。
【0058】
[比較例1〜3]
監視工程を行わず、そのため、監視工程に基く制御工程も行わない以外は、実施例1〜3と同様にして、それぞれ比較例1〜3を行った。各評価結果を合わせて表1に示した。なお、電磁定量ポンプにより、油剤成分が30質量%濃度の水系乳化溶液を油剤処理槽に定量的、連続的に追加することは行った。
【0059】
[比較例4]
監視工程を行わず、そのため、監視工程に基く制御工程も行わず、さらには、初期の油剤処理槽の濃度を1.7質量%に設定し、アクリル繊維束への油剤成分の付着量を増やすように条件設定した以外は、実施例1と同様にして比較例4を実施した。各評価結果を合わせて表1に示した。なお、電磁定量ポンプにより、油剤成分が30質量%濃度の水系乳化溶液を油剤処理槽に定量的、連続的に追加することは行った。
【0060】
【表1】

表中「油剤付着量」とは油剤成分の付着量である。
【0061】
表1から明らかなように、各実施例では、速やかに付着量が安定化した。さらに、アクリル繊維束を長期連続生産した場合においても油剤成分の付着斑は少なく、操業性は良好であった。
また、各実施例で得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を前駆体繊維束として焼成して得られた炭素繊維束には、実質的に融着が無く、耐炎化工程におけるSi飛散量も良好であった。炭素繊維束の機械的強度の発現も良好で、長期連続生産においてもその値は変動が少なく、品質安定性に優れていた。
【0062】
一方、表1から明らかなように、各比較例では実施例のいずれと比較しても付着量が安定するのに時間を要した。
また、比較例1〜3においては、油剤成分の付着量は30日間に紡糸された全ケースあるいは全ボビンの値を平均化すると実施例1〜3と比較して実質的に同等であったが、各ケースあるいは各ボビン間の付着斑が大きかった。
操業性は比較例1,3では実施例同等であったが、比較例2において実施例よりやや劣る傾向にあった。
これらのアクリル繊維束を焼成して得られた炭素繊維束の融着数は各実施例と比べて多かった。
また、Si飛散量、平均のCF強度は実施例1〜3と同等であったが、CF強度は安定した物性を発現しなかった。このことから、Si飛散量は少なく、操業性への悪影響は少ないものの、油剤成分の付着が不均一であるために、CF強度の安定性が悪くなったと考えられる。
【0063】
油剤成分の付着量を増やした比較例4においては、炭素繊維束の融着は少なく、その点では各実施例に近いものであったが、油剤成分の付着斑、アクリル繊維束の操業性が悪く、CF強度の発現性も不安定であった。さらには、耐炎化工程のSi飛散量が多く、焼成工程の障害となった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のアクリル繊維束の製造方法によれば、炭素繊維の高品質化および高性能化と操業安定性、延いては生産性を共に向上させることができるアクリル繊維束を得ることができる。
このようにして製造されたアクリル繊維束から得られた炭素繊維束は、例えばプリプレグ化したのち複合材料に成形することもできる。この炭素繊維束を用いた複合材料は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途、さらには構造材料として自動車や航空宇宙用途、また各種ガス貯蔵タンク用途などに好適に用いることができ、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル繊維束製造工程中の油剤処理工程で、シリコーン系化合物を含有する油剤成分を含む油剤処理液をアクリル繊維束に付着させ、蛍光X線により前記シリコーン系化合物の付着量を測定する監視工程を有する、アクリル繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記油剤処理工程後に前記アクリル繊維束を乾燥緻密化する乾燥緻密化工程を有し、該乾燥緻密化工程後に前記監視工程を有する、請求項1に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記監視工程で測定された前記付着量に応じて、前記油剤処理工程の処理条件を制御して、前記アクリル繊維束への前記油剤成分の付着量を所定の管理値にコントロールする制御工程を有する、請求項1または2に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記アクリル繊維束が、当該アクリル繊維束の質量を100質量%とした場合、前記油剤成分を100質量%中0.1〜1.0質量%含むものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項5】
前記シリコーン系化合物が、アミノ変性シリコーンである、請求項1〜4のいずれか一項に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項6】
前記油剤処理液が、非イオン系乳化剤を含有する、請求項1〜5のいずれか一項に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項7】
前記油剤処理液中では、平均粒子径0.01μm以上0.5μm以下のミセルが形成されている、請求項1〜6のいずれか一項に記載のアクリル繊維束の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法により製造されたアクリル繊維束。


【公開番号】特開2012−92468(P2012−92468A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242376(P2010−242376)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】