説明

アクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法

【課題】非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造プロセスに於いて、発生するモノマーの未反応分を再利用するに際し、設備に発生する付着性の汚れを最小限に抑えつつ、かつ経済的に蒸留精製できる技術を提供する
【解決手段】溶液重合により得られたポリアクリロニトリル(AN)を紡出した水系凝固浴液からモノマーの未反応分を分離するに際し、水とANの共沸を行う行程、前記共沸の留分をデカンテーションにより水相と有機相に分液し、ANを90重量%以上含む粗ANを回収する工程、蒸留塔内に重合溶媒と重合禁止剤が存在する条件で、粗ANを少なくとも1回以上減圧蒸留し、純度97重量%以上に高純度化した精製ANを回収する工程、精製ANの少なくとも一部を重合原料として重合工程に添加する工程を行うANの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるポリアクリロニトリル(以下PANと記載)系繊維の製造プロセスに於いて、発生するアクリロニトリルを主成分とする原料モノマーの未反応分を蒸留精製し、再度重合原料として利用する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PAN系繊維の用途は衣料向けを始めとして多岐に渡り、炭素繊維を製造するための前駆体繊維としても使用されている。特に、炭素繊維は、優れた比強度と弾性率を有することから、自動車、航空機分野での使用が増加しつつある。
【0003】
PAN系繊維は、アクリロニトリルを主成分とするモノマー原料を重合、紡糸することによって得られ、重合方法は溶液重合と懸濁重合に大別される。
【0004】
溶液重合では反応が進行すると、ラジカル重合の反応速度が低下するため、モノマーの転化率を90%前後で打ち切った方が、経済的な運転が可能となる。ここで得られたポリマー溶液を、水系凝固浴液に紡出することでPAN系繊維が得られる。
【0005】
重合工程で重合に寄与しなかったモノマーは、原料の損失として製造コストを上げる要因となる。また、製造プロセスから分離回収したモノマーの未反応分を廃棄する場合は、さらに費用が発生する。このため、PAN系繊維のコストを低減するためには、モノマーの未反応分を回収し、再利用する技術を確立することが有効な手段である。
【0006】
溶液重合によるPAN系繊維製造において発生するモノマー未反応分の回収、再利用方法としては、特許文献1及び2に記載の方法がある。
【0007】
特許文献1には紡糸前のポリマー溶液からモノマーの未反応分を気化回収する方法が記載されており、特許文献2には回収したモノマーの未反応分を精製することなく重合原料として再利用する方法が記載されている。しかしながら、回収したモノマー未反応分を未精製のまま原料として再利用した場合、原料中の不純物が循環濃縮するためPAN系繊維の品質低下の原因となる。また、特許文献1及び特許文献3に記載されているように、紡糸前のポリマー溶液からモノマーの未反応分を気化回収する方法では、未反応分を完全に回収することはできず、回収されずに残った未反応分は紡糸工程に送られ水系凝固浴液に混入する。このため、モノマー未反応分を確実に回収して精製する技術、及び水系凝固浴に混入したモノマーの未反応分を再利用する技術が確立できれば、既存技術以上の品質安定化、及びコスト低減が期待できる。
【0008】
水系凝固浴液からモノマーの未反応分を気化分離し、回収する技術に関しては特許文献3及び4に記載されている。しかしながら、これら技術は凝固浴液中のモノマー除去を目的としており、再利用に関して全く考慮されていない。
【0009】
重合溶液および凝固浴液から回収したモノマーの未反応分を再利用する技術に関しては、特許文献5に記載されている。しかし、この発明は回収したモノマー未反応分の安定性向上を目的として重合禁止剤を加える技術であり、モノマー未反応分の精製に関する詳細技術および、PAN系繊維への品質影響に関しては考慮されていない。
【0010】
モノマーの未反応分を精製する場合の問題点は、特許文献4に記載されており、モノマーの未反応分にはラジカル開始剤の残存分・開始剤の分解物・その他原料由来の不純物等が含まれているため、容易に重合反応が起きやすくなっている。そのため、モノマーの未反応分を蒸留精製すると、設備内部が重合反応物の汚れにより設備洗浄サイクルが短くなるなど経済的な運転ができないばかりか、重合反応の制御に課題が残るため、工業化という観点で十分とはいえなかった。
【0011】
実際に、特許文献5に記載の方法で蒸留精製を行った場合、蒸留設備内部にモノマーの未反応分の重合反応に由来すると思われる付着物が発生するため、経済的に不利な蒸留運転を強いられることになる。
【0012】
精製蒸留の経済的な運転、及びPAN系繊維の品質影響を無視すれば、特許文献4及び5の技術範囲内で、モノマーの未反応分を再利用することは可能だが、高機能繊維及び炭素繊維向けなど、品質の安定性が高い基準で求められる用途では、純度が保証できないモノマーの未反応分を未精製のまま再利用することは、実質的に問題が大きい。
【0013】
PAN系繊維の製造プロセス以外ではあるが、反応系から回収されたアクリロニトリルを精製する技術としては、特許文献6及び7に記載の方法がある。
【0014】
これらは、蒸留時の酸素濃度、又は温度条件の制御により、アクリロニトリルの重合を抑制する技術であり、主にアクリルアミド誘導体の製造工程から回収されるアクリロニトリルの未反応分の精製を技術の適応範囲としている。
【0015】
しかしながら、本発明者らの検討において、ラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維で発生するモノマーの未反応分の精製に関して、特許文献6及び7に記載の技術を適用したところ、蒸留設備内壁に発生する付着物を完全に抑制することはできなかった。この問題の原因は、特許文献7に記載のとおり、アクリロニトリルに含まれる不純物は反応系ごとに異なっているため、その有効性を全てのアクリロニトリル含有成分を精製する際に適応できない点にあると思われる。
【0016】
以上の理由から、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造において、発生する原料モノマーの未反応分を蒸留精製し、再度重合原料として使用する技術の需要は極めて高いものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2000−44606
【特許文献2】特開2000−336115
【特許文献3】特開2004−91943
【特許文献4】特開2006−241648
【特許文献5】特開平10−87740
【特許文献6】特開平7−70036
【特許文献7】特開平7−48335
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造プロセスに於いて、発生するモノマーの未反応分を再利用するに際し、設備に発生する付着性の汚れを最小限に抑えつつ、かつ経済的に蒸留精製できる技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造プロセスに於いて、発生するモノマーの未反応分を蒸留する技術を詳細に検討した結果、特定の蒸留条件において、設備に発生する付着性の汚れを最小限に抑えつつ、かつ経済的に運転できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
すなわち、請求項1に係る発明は、PAN系繊維の製造に関して、以下の工程を備えることを特徴とするアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法である。
(1)モノマー原料の95重量%以上がアクリロニトリルであり、非プロトン性極性溶媒を重合溶媒として、ラジカル開始剤を用いた溶液重合を行う工程。
(2)溶液重合により得られたポリアクリロニトリル(以下PANと記載)を水系凝固浴液に紡出する。その水系凝固浴液からモノマーの未反応分を分離するに際し、水とアクリロニトリルの共沸を行う行程。
(3)前記共沸の留分をデカンテーションにより水相と有機相に分液し、アクリロニトリルを90重量%以上含む粗アクリロニトリルを回収する工程。
(4)蒸留塔内に重合溶媒と重合禁止剤が存在する条件で、粗アクリロニトリルを少なくとも1回以上減圧蒸留し、純度97重量%以上に高純度化した精製アクリロニトリルを回収する工程。
(5)精製アクリロニトリルの少なくとも一部を重合原料として重合工程に返還する工程。
【0021】
請求項2に係る発明は、非プロトン性極性溶媒のジメチルスルホキシド(以下DMSOと記載)であることを特徴としている。
【0022】
請求項3に係る発明は、前記工程(4)において、減圧蒸留する際の重合禁止剤がクペロンを含んでおり、かつクペロンの供給量が、粗アクリロニトリルの重量に対して10ppm(重量基準、以下同様)以上、500ppm以下であることを特徴としている。
【0023】
請求項4に係る発明は、前記工程(4)において、減圧蒸留の運転条件が22kPa(絶対圧、以下同様)以上、70kPa以下であり、蒸留塔内の液およびガスの温度が35℃以上90℃以下であり、かつ蒸留設備に付随するリボイラの加熱源として60℃以上105℃以下の流体を使用することを特徴としている。
【0024】
請求項5に係る発明は、前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔が、精製アクリロニトリルを留出回収する蒸留塔であり、蒸留塔のボトムにおける重合溶媒の濃度が5重量%以上、72重量%以下であることを特徴としている。
【0025】
請求項6に係る発明は、前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔が、精製アクリロニトリルを留出回収する蒸留塔であり、蒸留塔のボトムにおける重合溶媒の濃度が30重量%以上、72重量%以下であることを特徴としている。
【0026】
請求項7に係る発明は、前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔の缶出液に水分を加え、抽出操作により缶出液から重合溶媒を回収することを特徴としている。
【発明の効果】
【0027】
本発明の蒸留技術により、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造プロセスに於いて発生するモノマーの未反応分を、設備に発生する付着性の汚れを最小限に抑えつつ、効果的に蒸留精製し、再利用可能となるため、品質の安定性を保持したまま、PAN系繊維の製造コストを低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明はPAN系繊維で用いるPANの重合に於いて、反応に寄与しなかった原料モノマーを回収し精製する技術であり、原料モノマーはアクリロニトリルを主成分するものである。本発明対象の原料モノマーには共重合可能なコモノマーを含んでも良いが、含有量は原料モノマー重量の5重量%以下であること条件とする。5重量%を越えるコモノマーを含む系にも適応できる可能性は十分あるが、その効果を保証するものではない。
【0029】
コモノマーとしては、エチレン性二重結合を有する化合物であれば特に問題なく用いることができ、具体的にはアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等の不飽和有機酸、及びそのメチル、エチル等のエステルまたは塩、さらにはアクリルアミド等の不飽和アミド化合物などが例示できる。
【0030】
本発明におけるPANの重合は、非プロトン性極性溶媒を重合溶媒として、ラジカル開始剤を用いた溶液重合により行われる((1)工程)。溶液重合の条件としては、特に制限はなく、通常行われる方法であってよい。
【0031】
ラジカル重合開始剤は過酸化ベンゾイル等の過酸化物、アゾビスジメチルバレロニトリルやアゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物、またはレドックス系の開始剤など、一般的なラジカル開始剤を用いることができ、特に制限は無い。
【0032】
非プロトン性極性溶媒としては、DMSO、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどを用いることができるが、低毒性の観点からはDMSOの使用が好ましい。
【0033】
重合工程に於ける原料モノマーの転化率に制限は無いが、投入した原料モノマーの85%〜95%が消費された時点で反応を打ち切り、紡出用のポリマー溶液とした方が経済的に有利となる。
【0034】
次に(2)工程について説明する。
【0035】
上記(1)工程において重合を行ったポリマー溶液は、水系凝固浴液に紡出することにより、紡糸する。
【0036】
重合後のポリマー溶液は、紡糸前にモノマーの未反応分をポリマー溶液から気化分離し、溶液中の濃度を低減することができるが、この行程を省略しても本発明の実施に支障は無い。また、紡糸前に気化回収したモノマーの未反応分を精製し再利用する場合、この未反応分を紡糸後の凝固浴液に再度混合し、本発明に記載のプロセスにて蒸留精製すれば、高純度化し、再利用することができる。
【0037】
溶液重合により得られたPANを凝固する際に使用した水系凝固浴には重合溶媒の他、アクリロニトリル成分を主体とする原料モノマーの未反応分、ラジカル開始剤の残存分・開始剤の分解物・その他原料由来の不純物等が含まれる。
【0038】
凝固浴液中のアクリロニトリル成分は重合溶媒に比べ蒸気圧が高く、かつ水と最低共沸混合物を形成するため、蒸留塔または蒸発缶によって、凝固浴液中の重合溶媒と分離することができる。
【0039】
水と共沸したアクリロニトリル成分は熱交換器で凝縮・冷却し、デカンテーションすると水相と有機相に分離し、有機相の主成分はアクリロニトリルとなる(以下、粗モノマーと表記する)((3)工程)。通常、粗モノマーには水分が飽和しているため、約3重量%の水分が混入する。その他、凝固浴液中の不純物のうち沸点が低い成分、及び回収時に副成した不純物が混入する。
【0040】
かくして回収された本発明の精製原料となる粗モノマー中のアクリロニトリル濃度は通常90重量%以上である(以下、粗アクリロニトリルと表記する。)。
【0041】
本発明では、かくして得られる粗アクリロニトリルを少なくとも1回以上減圧蒸留し、アクリロニトリル濃度を97重量%以上に精製したモノマー成分(以下、精製アクリロニトリルと表記する)を回収する((4)工程)。純度97重量%未満では精製モノマーに残存する不純物が、貯蔵時、重合時、又は品質に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0042】
本発明で回収した精製アクリロニトリルはPAN系の重合原料として重合工程に添加する(5)工程を行うことにより、再利用できる。原料モノマーに於ける精製アクリロニトリルの割合に制限は無いが、PAN系繊維の品質への影響を最小限に抑えるため、原料モノマーに於ける精製アクリロニトリルの割合は、20重量%以下とすることが好ましい。
【0043】
前記(4)工程において、粗アクリロニトリルを1回以上減圧蒸留するが、減圧蒸留に用いる蒸留塔等の蒸留設備としては、同じ蒸留塔、設備を繰り返し用いてもよいし、複数の蒸留塔、設備を用いてもよい。蒸留する1基以上の蒸留塔は、各蒸留塔で蒸留形態および設備仕様を同一とすることもできるし、異なった仕様としても良い。
【0044】
蒸留塔のインターナルに制限は無いが、塔内に滞留する液量を少なくすることが好ましく、この観点からホールドアップの少ない規則充填物や不規則充填物、もしくは、液の滞留が少ないシーブトレイなどを使用することが好ましい。
【0045】
また、蒸留段数に制限は無いものの、理論段として40段以下とすることが好ましい。それ以上では、設備費が上がる他、塔の圧力損失が上がり、ボトムの温度が高くなるため、本発明で推奨する温度条件を満たすことが困難となる。
【0046】
本発明で用いる蒸留塔等の蒸留設備には、通常リボイラが付随する。このリボイラの型式に制限は無いが、リボイラ内で液が長時間滞留すると、副反応による付着性の汚れ原因になるため、液の滞留が起きない構造にすることが好ましい。また、リボイラ壁面に成長する付着物を抑制するためには、伝熱面で液に剪断力が加わる構造が好ましい。以上の観点から、サーモサイホン又は強制循環によって液の流動を起こす事が好ましく、多管式又はプレート式などの熱交換器によって伝熱面で液に剪断力を与える構造が好ましい。
【0047】
本発明では、精製アクリロニトリルを回収するために、粗アクリロニトリルから低沸点成分と高沸点成分、及び水分を減圧蒸留で分離するが、蒸留形態はバッチ蒸留でも連続蒸留でも実施することができる。
【0048】
連続蒸留で精製を行う場合は蒸留塔を1基のみ設置し、サイドカットにより精製モノマーを中段より回収し、塔頂部より低沸点不純物を抜出す設計とすれば、設備投資額を抑えることができる。しかし、この場合限られた段数で低沸点成分と高沸点成分の分離を行うため、不純物の分離が悪くなる場合がある。本発明で用いる粗アクリロニトリルには同定されていない不純物も含め、多種の不純物が混入しており、アクリロニトリルと水は最低共沸混合物を形成するため、アクリロニトリルと水と不純物の分離を厳密に制御することは難しい。
【0049】
PAN系繊維の品質の観点から特に純度が高い精製モノマーが要求される場合、2基以上の蒸留設備で連続蒸留を行う、若しくは精製プロセスの一部でバッチ蒸留を実施すると、不純物の濃度制御が容易になる。
【0050】
以上に記載した理由から、蒸留設備基数、及びバッチ蒸留と連続蒸留の選択は、要求される精製モノマーの純度と回収コストから、自由に設計できる。
【0051】
各蒸留塔に於いて、内部の液及びガス温度が上がると、モノマー未反応分の副反応に起因する設備内壁の汚れが発生する他、モノマー成分が副反応により消費されるため、精製アクリロニトリルの回収量が低下する可能性がある。このため、蒸留塔内の液及びガス温度を90℃以下で蒸留運転を行うことが副反応を抑制する点から好ましい。また、蒸留塔内の液及びガスの温度が35℃未満で運転を行う場合、付帯設備(凝縮器、真空発生源等)の仕様に対する要求が厳しくなるため、経済的な運転が困難になる場合があるので35℃以上で行うことが望ましい。
【0052】
本発明では、蒸留塔内の圧力としては22kPa以上70kPa以下(絶対圧、以下同じ)の範囲で減圧蒸留することで設備内の液及びガスの温度を推奨範囲内に納め、経済的な運転を可能にする。
【0053】
また、本発明で用いる粗アクリロニトリルには、先の溶液重合で用いられたラジカル開始剤等、液の安定性を特に低下させる成分が混入している。この成分は、アクリロニトリルよりも沸点の高い成分のため、設備内の付着物汚れは、主に蒸留塔のボトム付近で発生する。
【0054】
このため、蒸留塔ボトムの液温を本発明で推奨する温度(60℃以上、90℃以下)に保持しても、リボイラ伝熱面の温度が高い場合は、壁面に付着汚れが発生し易くなる。このため、リボイラの加熱源として用いられる流体(熱媒)の温度を105℃以下に制御することで、ボトム液の安定性を改善することができる。
【0055】
熱媒としては、蒸気、温水、オイル等、いずれも使用することができる。本発明で実施する蒸留設備専用の熱媒を準備することもできるが、他のプロセスの廃熱を利用すれば、さらに効率的な運転が可能となる。
【0056】
各蒸留設備には重合反応の暴走と設備の汚れを防止するため、重合禁止剤を供給する。重合禁止剤は、一般的に知られている重合禁止剤の中から任意に選択でき、1種類のみで使用しても、2種類以上を混合しても良いが、強い重合禁止効果が得られ、蒸気圧が低いクペロンが含まれることが好ましい。クペロンは、蒸気圧が低いため、蒸留塔のボトムに濃縮し、液の安定性向上に効果がある。またクペロンが精製モノマーに混入し難いため、重合原料の禁止剤濃度を制御し易くなる点でも好ましい。
【0057】
重合禁止剤の供給形態に特に制限は無く、重合禁止剤の一部、又は全部を蒸留設備に供給する前の粗アクリロニトリルに混合することもできるし、蒸留設備に直接供給しても良いが、蒸留設備の原料供給ラインで起きる汚れを抑制するために、少なくとも一部は蒸留前の粗アクリロニトリルに混合することが好ましい。
【0058】
クペロンの添加量は粗アクリロニトリルの重量に対して、10ppm以上、500ppm以下(重量基準)の重量とすることが好ましい。10ppm以上とすることにより、十分な重合禁止効果が得られる。500ppm以下とすることにより経済的な運転ができる他、アクリロニトリルへのクペロン溶解度の観点から見ても均一分散しやすく好ましい。
【0059】
本発明で用いる粗アクリロニトリルには、重合原料に由来する不純物以外にも重合時の副成分などを含んでいるため、液の安定性は、重合工程、紡糸工程、および粗アクリロニトリル回収工程の各運転条件により変化する。このため、最適な重合禁止剤量を厳密に決定するためには、あらかじめ同様の工程から回収した工程実液、または、工程実液と同様の性質となるように調製したモデル液を使用し、重合禁止剤の添加量と重合誘導時間の関係を調査し、十分な誘導時間が得られることを確認することが好ましい。
【0060】
クペロンのように固体の重合禁止剤を用いる場合で供給が困難な場合は、適当な溶媒に溶解することで供給が容易となる。溶媒としては、水、エタノール、メタノール、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、DMSOなどが使用できるが、なかでもDMSOは重合溶媒にも使用される成分であり、かつアクリロニトリルよりも蒸気圧が低く、蒸留ボトムでクペロン等重合禁止剤の溶解度を上げる効果があるため、特に好ましい。
【0061】
本発明では、蒸留設備内に重合溶媒を存在させることが必要である。重合溶媒はアクリロニトリルよりも蒸気圧が低いため、蒸留塔のボトムに濃縮し、ボトムのアクリロニトリル濃度を下げ、液の安定性を上げる効果がある。
【0062】
また、重合禁止剤の添加と温度の管理で完全に副反応を抑制しきれず、アクリロニトリルに溶解しない付着性の汚れが発生した場合でも、蒸留塔内に存在する重合溶媒により、付着性の汚れの溶解度が上がるため、設備洗浄の間隔が延びる等、経済的な運転が可能となる。また、重合溶媒を使用すれば、溶媒が精製アクリロニトリルに混入した場合でも、重合に影響を与えないなど工業的メリットが大きい。
【0063】
重合溶媒の供給形態に制限は無く、粗アクリロニトリルに一部又は全部を混入することもできるし、蒸留設備のいずれの箇所にも直接供給することができるが、供給した重合溶媒の少なくとも一部が蒸留塔のボトムに達することが好ましい。
【0064】
重合溶媒の供給量に制限は無いが、本発明の実施形態で推奨する温度、圧力の条件を満たす量とすることが好ましい。具体的には、精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔の缶出液に於ける重合溶媒濃度が5重量%以上、72重量%以下となるように供給することが好ましく、さらに好適には蒸留塔缶出液の重合溶媒濃度が30重量%以上、72重量%以下である。
【0065】
缶出液中の重合溶媒濃度が5重量%以上のとき、重合禁止剤の十分な分散効果が得られる。更に、30重量%以上のとき、重合禁止剤の十分な分散効果が得られるのに加え、蒸留塔内の付着物の十分な溶解効果が得られる。
【0066】
また、72重量%を越える場合、蒸留ボトムの温度が本発明で推奨する温度を越える可能性がある。
【0067】
回収した精製アクリロニトリルは、重合原料として使用できるが、重合原料に使用するまでの貯蔵安定性を高めるため、精製アクリロニトリルに重合禁止剤を加えることもできる。添加する重合禁止剤及び添加量は重合に影響を及ぼさない組み合わせで任意に選択できる。
【0068】
精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔の缶出液にはアクリロニトリル成分、重合物を主体とする高沸点の不純物、重合溶媒等が含まれる。この缶出液は残渣として産廃処理することもできるが、この場合は、重合溶媒の損失となる。ここで、重合溶媒を回収できれば、更に経済的な精製が可能となる。
【0069】
この重合溶媒の回収は、重合溶媒を蒸留操作等の気化回収のみにより行うことも出来る。しかしモノマーの蒸留設備と同様に付着性汚れの発生や、高沸点の不純物が重合溶媒に混入するなどの問題が起きるため、重合溶媒の回収工程の一部で抽出操作を行うことが好ましい。
【0070】
ここで、本発明で使用する重合溶媒は水への溶解度が高く、アクリロニトリル成分及び重合物等は水に溶解し難いため、水を抽剤とした抽出分離が有効な手段となる。
【0071】
抽出によりアクリロニトリル成分及び重合物等から分離した重合溶媒は、水との混合物として回収されるため、これを脱水することで重合溶媒をリサイクルできる。
【0072】
抽出条件に特に制限は無いが、重合溶媒の回収率、不純物成分の分配、及び重合溶媒の脱水に必要な熱量から、経済的な条件を設定することができる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例、比較例及び参考例を例示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0074】
〔実施例1〕
ガラス製の200ml丸底フラスコ、ジムロート式冷却凝集器、5段相当の充填塔を備えた蒸留実験装置を準備した。DMSOを重合溶媒に用い、ラジカル開示剤としてアゾビスイソブチロニトリルを用いてアクリロニトリルを溶液重合して得られたPAN系繊維を水系凝固浴液に紡出して製造した際の水系凝固浴液から、水とアクリロニトリルの共沸蒸留を用いて回収したモノマー未反応分(粗アクリロニトリル)のサンプル100gを準備した。このモノマー未反応分は水系凝固浴液の気化成分をデカンテーションした有機相であり、アクリロニトリル純度は95.6重量%である。粗アクリロニトリルにクペロン0.02g(粗アクリロニトリルに対し、200ppm)、DMSO10gを添加し、減圧式バッチ蒸留実験を行った。圧力は24kPaから29kPaの間で制御し、加熱は60℃のオイルバスを使用し、還流比は1とした。最初の留出分10gは初留として、その後80gを主留とした。主留サンプルをFID−GC(島津製作所GC−2010)で分析したところ、アクリロニトリル純度は99.2重量%となった。これは通常重合原料として使用するアクリロニトリルと同様の純度であり、重合原料に添加しても支障の無い純度まで高純度化できた。
【0075】
加熱開始から蒸留終了までの時間は3時間だった。蒸留中、フラスコ内の液の温度は42〜55℃、ガスの温度は42〜49℃で維持されていた。蒸留終了後、釜として使用していた丸底フラスコの内壁に付着性の汚れは発生していなかった。
【0076】
また、蒸留装置のボトムから抜き出した缶出液中、DMSO濃度は、55.3重量%であった。なお、DMSO濃度は主留サンプルと同様にFID−GCで測定した。
また、この缶出液のうち10g(DMSO約5.5gを含む)に5gの水分を加え、液温25℃でDMSOの抽出操作を行った。その結果、水相側にDMSOを4.4g分配でき、アクリロニトリルとDMSOの分離ができた。
【0077】
〔比較例1〕
粗アクリロニトリルにDMSOを添加しない他は実施例1と同様の実験を行った。
主留サンプルをFID−GCで分析したところ、アクリロニトリル純度は99.0重量%であり、純度は実施例1と同様に高純度化できた。
【0078】
加熱開始から蒸留終了までの時間は3時間だった。蒸留終了後、釜として使用していた丸底フラスコのガラス内面が白く曇ったようになっており、付着性の汚れが発生した。この汚れはアセトンで洗浄しても取り除けなかった。
【0079】
〔比較例2〕
粗アクリロニトリルにDMSOを添加せず、オイルバス温を160℃に変更した他は実施例1と同様の実験を行った。
【0080】
加熱開始後、約20分経過した時点で、丸底フラスコのガラス内面が白く曇ったようになり、付着性の汚れが発生した。その後、約50分経過した時点で、釜の内液に白色の固体が発生し、重合物が発生したため、蒸留の継続は危険と判断し、実験を中止した。
【0081】
〔参考例1〕
50mlナス型フラスコ、アリーン式冷却器、オイルバスを備えた加熱実験装置を準備した。関東化学株式会社製鹿特級アクリロニトリル(純度99重量%以上)を80〜160℃の範囲で加熱し、120分の熱安定性試験を行った。白色の重合物が発生した時間(重合抑制時間)を表1に示す。このとき、160℃で加熱した際に10分の重合抑制効果があったのに対し、100℃では重合抑制効果が120分以上に延長した。
【0082】
【表1】

【0083】
〔参考例2〕
参考例1と同様の装置を用いて、実施例1で用いたのと同じ粗アクリロニトリルに重合禁止剤であるクペロンが2〜20ppm(重量基準)になるように添加し、160℃の加熱条件下で120分の熱安定性試験を行った。白色の重合物が発生した時間(重合抑制時間)を表2に示す。2ppm添加した際に40分の重合抑制効果があったのに対し、10ppm以上添加したとき重合抑制効果が120分以上に延長した。
【0084】
【表2】

【0085】
〔参考例3〕
参考例1と同様の装置を用いて、アクリロニトリルに対して重量基準で重合禁止剤であるクペロン10ppm、ラジカル開始剤アゾビスイソブチロニトリル10ppmを含む関東化学株式会社製鹿特級アクリロニトリル(純度99重量%以上)に重合溶媒DMSOが10〜70重量%になるように添加し、100℃の加熱条件下で120分の熱安定性試験を行った。白色の重合物が発生した時間(重合抑制時間)を表3に示す。10重量%のとき20分の重合抑制効果があったのに対し、30重量%以上添加したとき、重合抑制効果が40分以上に延長した。更に50重量%、70重量%添加したとき120分以上に延長した。
【0086】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明により、非プロトン性極性溶媒およびラジカル開始剤を用いた溶液重合によるPAN系繊維の製造プロセスに於いて発生するアクリロニトリルを主成分とする原料モノマーの未反応分を、設備に発生する付着性の汚れを最小限に抑えつつ、蒸留精製し、再度重合原料として利用できるため、品質の安定性を保持したまま、PAN系繊維の製造コストを大きく低減できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系繊維の製造に関して、以下の工程を備えることを特徴とするアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
(1)モノマー原料の95重量%以上がアクリロニトリルであり、非プロトン性極性溶媒を重合溶媒として、ラジカル開始剤を用いた溶液重合を行う工程。
(2)溶液重合により得られたポリアクリロニトリルを水系凝固浴液に紡出する。その水系凝固浴液からモノマーの未反応分を分離するに際し、水とアクリロニトリルの共沸を行う行程。
(3)前記共沸の留分をデカンテーションにより水相と有機相に分液し、アクリロニトリルを90重量%以上含む粗アクリロニトリルを回収する工程。
(4)蒸留塔内に重合溶媒と重合禁止剤が存在する条件で、粗アクリロニトリルを少なくとも1回以上減圧蒸留し、純度97重量%以上に高純度化した精製アクリロニトリルを回収する工程。
(5)精製アクリロニトリルの少なくとも一部を重合原料として重合工程に添加する工程。
【請求項2】
非プロトン性極性溶媒のジメチルスルホキシドであることを特徴とする請求項1に記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
【請求項3】
前記工程(4)において、減圧蒸留する際の重合禁止剤がクペロンを含んでおり、かつクペロンの供給量が、粗アクリロニトリルの重量に対して10ppm(重量基準、以下同様)以上、500ppm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
【請求項4】
前記工程(4)において、減圧蒸留の運転条件が22kPa(絶対圧、以下同様)以上、70kPa以下であり、蒸留塔内の液及びガスの温度が35℃以上90℃以下であり、かつ蒸留設備に付随するリボイラの加熱源として105℃以下の流体を使用することを特徴とする請求項1及至3のいずれか1項記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
【請求項5】
前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する減圧蒸留塔のボトムより缶出する重合溶媒の濃度が5重量%以上、72重量%以下であることを特徴とする請求項1及至4のいずれか1項記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
【請求項6】
前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する減圧蒸留塔のボトムより缶出する重合溶媒の濃度が30重量%以上、72重量%以下であることを特徴とする請求項1及至5のいずれか1項記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。
【請求項7】
前記工程(4)において、精製アクリロニトリルを回収する蒸留塔の缶出液に水分を加え、抽出操作により缶出液から重合溶媒を回収することを特徴とする請求項1及至6のいずれか1項記載のアクリロニトリルの重合に於けるモノマー未反応分を再利用する方法。

【公開番号】特開2011−63553(P2011−63553A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−216488(P2009−216488)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】