説明

アクリロニトリル系繊維束の製造方法

【課題】炭素繊維用アクリロニトリル系前駆体繊維束の製造工程において、薬液を含浸させた前駆体繊維束から過剰の薬液を、薬液の飛散を伴うことなく、効果的に搾液し、単繊維間接着を低減することができるアクリロニトリル系前駆体繊維束の製造方法を提供する。
【解決手段】薬液槽に浸漬した薬液含浸繊維束をニップローラーに通した後、乾燥、および延伸してアクリロニトリル系繊維束を得るに際し、乾燥させる前の繊維束に、繊維束の走行方向に対する加圧流体の噴射角θを45°〜90°にして流体処理を施して繊維束を開繊させることを特徴とするアクリロニトリル系繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬液に浸漬した繊維束から過剰の薬液を搾液し、さらに乾燥緻密化工程における単繊維接着を抑制するアクリロニトリル系繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維用前駆体などとしても用いられるアクリロニトリル系繊維束は、その製造工程で、油剤処理等の各種薬剤による処理が施されている。しかしながら、例えば、油剤処理工程において油剤含浸繊維束から過剰の油剤分散液を十分搾液していなければ、後の乾燥緻密化工程に持ち込まれる油剤分散液の量が多くなり乾燥効率が低下し、製造コストを上げる要因となるだけではなく、繊維束に油剤の付着斑が生じ易く、特に過剰付着部分では糸条同士の接着が起こり、後延伸工程で毛羽が発生し、さらには糸切れが生じるという問題が発生する。
【0003】
このため、繊維束への薬剤の過剰の付着を減少させるため、薬液含浸繊維束をニップローラーに通したり(例えば、特許文献1参照)、エアーを吹き付けて風圧で過剰薬液を吹き飛ばす方式のもの(例えば、特許文献2参照)が提案されている。しかし、これらの技術を単に適用したとしても、前記した問題は解消されないのが実状である。
【0004】
また、炭素繊維用前駆体として用いられるアクリロニトリル系繊維束における従来の工程では、通常繊維束に油剤処理を施した後、乾燥緻密化させ、延伸してから巻き取る方法が一般的であるが、その延伸直前に通常繊維束の単繊維間の接着をなくす必要があり、その方法として、乾燥緻密化後の糸条に対して、エアー、またはスチームにより糸条を開繊させた後、後延伸する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、この方法は、長期生産時、油剤の経時的変化により、単繊維同士の接着度合、すなわち、油剤の樹脂化率が一定でないことから、開繊処理条件の適正化が困難であることや、一度接着した乾燥緻密化後の単繊維同士を無理に開繊することになるので、単繊維が傷つく可能性が大きいという問題があった。このように、アクリロニトリル系繊維束を製造する場合、乾燥緻密化工程において、単繊維同士の接着を抑制することが、操業性並びに品位向上には、不可欠である。
【特許文献1】特開2004―60106号公報
【特許文献2】特開平2−74622号公報
【特許文献3】特開平11−12874号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、炭素繊維用前駆体として好適に用いられるアクリロニトリル系繊維束の製造工程において、薬液を含浸させた繊維束から過剰の薬液を、薬液の飛散を伴うことなく、効果的に搾液し、単繊維間接着を低減することができるアクリロニトリル系繊維束の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本発明は、以下の構成を採用する。すなわち、
薬液槽に浸漬した薬液含浸繊維束をニップローラーに通した後、乾燥、および延伸してアクリロニトリル系繊維束を得るに際し、乾燥させる前の繊維束に、繊維束の走行方向に対する加圧流体の噴射角θを45°〜90°にして流体処理を施して繊維束を開繊させることを特徴とするアクリロニトリル系繊維束の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、前駆体繊維束の製造工程における前駆体繊維束への薬液の含浸の際、薬液を含浸させた前駆体繊維束から過剰の薬液を、効果的に搾液し、開繊することで、乾燥緻密化後の糸条の単繊維間の接着を低減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、前記課題すなわち、乾燥緻密化工程後における単繊維間接着のないアクリロニトリル系繊維束の製造方法について鋭意検討し、乾燥緻密化工程後すなわち後延伸工程の直前に、エアー処理による開繊を施す従来の方法を見直し、乾燥緻密化工程前(ニップローラー処理後)に、エアーなどの流体による開繊処理を施すことにより、乾燥緻密化後の単繊維接着が低減し、得られる前駆体繊維の品位が大幅に向上することを究明し、前記課題を一挙に解決することができたものである。 本発明におけるアクリロニトリル系繊維束は、アクリロニトリル系ポリマーから製造される。アクリロニトリル系ポリマーとしては、少なくとも90重量%のアクリロニトリルと10重量%以下の共重合モノマーを重合してなるものが用いられる。共重合モノマーとしては、アクリル酸、メタアクリル酸、イタコン酸や、それらのメチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩や、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸や、これらのアルカリ金属塩が具体的に例示できる。
【0009】
かかるポリマーから、アクリロニトリル系繊維束を製造する場合、ポリマーがジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、硝酸等の溶媒に溶解してなる紡糸原液を乾湿式紡糸方法や、湿式紡糸方法を用いて紡糸する。紡糸後の糸条は、通常適時合糸して、溶媒を除去するための水洗工程、必要に応じて配高度を高めるための浴延伸工程を経て膨潤糸条とし、単繊維間接着を抑制するための油剤を付与する油剤付与工程、乾燥工程、延伸工程を経て、アクリロニトリル系繊維束とする。乾燥工程では、通常繊維が緻密化されるようになる。
【0010】
本発明において、通常、薬液槽は油剤付与工程で用いられる。本発明において適用される薬液槽は、薬液の種類、設置位置等にもよるが、薬液を繊維束に含浸させるための、一部または全部が薬液中に浸っている搾りバーが配置された構造のものが好ましく適用できる。この場合、特に搾りバーの数にも制限はなく、繊維束の本数等により槽の大きさが適宜選択される。
【0011】
また、繊維束に含浸させる薬液としては、高級アルコール等の非シリコーン系油剤や、離型性、平滑性に優れたシリコーン系油剤、例えば、エポキシ変性シリコーン油剤、アミノ変性シリコーン油剤、アルキレンオキサイド変性シリコーン油剤等がふくまれた溶剤溶液、または水分散液などが挙げられる。また、かかる薬液は、25℃における粘度が、100〜100000cstであることが好ましい。
【0012】
本発明においては、薬液槽中の搾りバーを経て繊維束をニップローラーで薬液を搾取した後、乾燥緻密化する前の薬液がまだ湿潤状態にある間に流体処理を施して繊維束を開繊させるものである。流体処理は、繊維束をニップローラーに通した直後に施すことが好ましい。ニップローラーは、少なくとも2つのローラーがローラー軸を同方向として接してなる。そして、それぞれのローラにおいて、繊維束と接する部分は通常ゴムで構成されており、その表面硬度は好ましくは80度以下、40度以上である。ここでいう表面硬度とは、ショア硬度である。また、ニップローラにおいて、ローラー同士を押し付ける力、いわゆるニップ力は通常1N/dtex以下、0.3N/dtex以上とする。ここでいうニップ力とは、ニップローラーのローラー間にかかる力(N)を、ニップ処理される全糸条の総繊度(dtex)で割った値である。ローラー間にかかる力は、ローラー重量、負荷圧力などにより決まるが、プレッシャースケールを用いることにより測定することができる。なお、後述する実施例では、プレッシャースケールとして、プレスケール(富士写真フィルム(株)製)を用いた。また、このような条件を満たせば、通常、ニップローラーを通した後の繊維束に付着している薬液付着量を適切なもの、例えば、乾燥繊維の重量当たり0.3〜1.5重量%に調製することができ、本発明の効果をより一層際立ったものとすることができる。なお、薬液付着量は、溶媒抽出法により測定することができる。
【0013】
また、流体処理手段は、湿潤状態にある繊維束を開繊させることができるものであれば特に限定されないが、例えば、繊維束の走行方向と直角、もしくは逆になるように繊維束に対して加圧流体を噴射するようなものであることが好ましい。接線方向に、かつ走行する方向とは逆方向から加圧流体を噴射することで、加圧流体の風圧により、繊維束を開繊させ、付着斑を軽減するとともに、過剰油剤を除去することができる。
【0014】
また、本発明においては、ニップローラーを通した後の繊維束に対して、繊維束の走行方向Yに対する加圧流体の噴射角(吹きつけ角度)θ(図1参照)を45°〜90°に制御するものである。この噴射角θは60°〜90°であることがより好ましい。繊維束の走行方向と加圧流体の噴射方向とが45°〜90°を超えてずれるに従い、開繊効果が劣ってくる。
【0015】
加圧流体としては、加圧エアーが好ましく用いられ、また、流体が繊維束にあたる距離での加圧流体の流体速度は、50〜100m/sであることが好ましい。50m/s未満では搾液効果が小さすぎ、100m/sを超えると、毛羽が発生することがある。また、繊維束と、噴射ノズル開口部との距離は、2.0〜10cmであることが好ましい。ここでいう流体速度とは、流体速度計にて繊維束にかかる流体速度が最も高い箇所での流体速度を測定したものである。なお、後述する実施例では、流体速度計として、KANOMAX(株)製(モデル24−6111)を使用した。
【0016】
噴射ノズルには、扇形ノズル、スリットノズル、円柱状ノズル、コイル状ノズル等が用いられ、繊維束を構成する単繊維の繊度、本数にもよるが、各繊維束の糸条毎にあるいは複数の繊維束の糸条全体に対し加圧気体が噴射されるよう、任意の個数の噴射ノズルをニップローラーの後方に配して、乾燥工程前の繊維束に対し加圧気体を噴射するようにすることが好ましい。
【0017】
なお、ニップローラーに通す繊維束は、単繊維数が3000本以上、24000本未満のものとするのが本発明の効果を奏す上で好ましい。3000本未満では、エアー圧により、単糸切れが発生し、24000本以上では、、本発明においても均一に開繊させるのが困難となることがあり、後延伸性が低下する場合がある。
【0018】
図1は、本発明における薬液含浸繊維束から過剰の薬液を搾液する際の一例を示す概略工程図である。
【0019】
図1において、繊維束7は、一部または全部が薬液中に浸っている搾りバー2が配置された構造の薬液6が入った薬液槽4に含浸され、次いで、ニップローラー1に通した後に繊維束の走行方向Yと、加圧流体の噴射角(吹きつけ角度)θが45°〜90°になるように乾燥工程前の前駆体繊維束7に対して加圧流体を噴射する流体噴射ノズル3により開繊され、その後、乾燥ロール5が複数個備えられたロール群により150℃〜200℃で乾燥緻密化され、後続する延伸工程で、延伸チューブ内に供し、加圧スチーム中で通常2〜6倍に延伸され、アクリロニトリル系繊維束が得られる。このようにして得られるアクリロニトリル系繊維束は、単繊維間の接着が少なく開繊しているため、炭素繊維の前駆体繊維束として好適に用いられる。
【実施例】
【0020】
以下実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例中の接着本数および後延伸毛羽数は、次のようにして測定した。
(接着本数)
後延伸後の繊維束(単繊維12000本で構成)を約3mmに切断し、“ノイゲンSS(登録商標)”(第一工業製薬(株)製)の0.1重量%水溶液に分散させ、スターラー(ヤマト科学(株)製)で60rpmで1分間攪拌後、黒色濾紙で濾過して、接着繊維本数を数えた。
(後延伸毛羽数)
後延伸後の前駆体繊維束の走行毛羽数(10分間目視でカウントし、1分当たりに換算)を測定した。
【0021】
実施例1
アクリロニトリル99.7モル%、イタコン酸0.3モル%からなる固有粘度[η]が1.80のアクリル系重合体の20%DMSO溶液を紡糸原液として、孔径が0.1mmφの6000ホールの口金を用いてDMSO30%、水70%からなる凝固浴中に3mmの空気層を介した後に吐出し、凝固糸を得た。該凝固糸を水洗、浴延伸して単繊維本数が12000本の膨潤糸条を得た後、図1に示す装置を用いて、薬液槽4において、シリコン系油剤水分散液の薬液6を付与した後、表面硬度が80度であるゴム製ニップローラー1でニップ力を1N/dtexとして過剰油剤を除去した。ニップローラー1を通した直後の繊維束における薬液付着量は0.45重量%であった。次いでニップローラー1を通した直後に、繊維束と噴射ノズル開口部との距離が3cm、繊維束に対するエアー吹きつけ角度θが80°となるように設置した流体噴射ノズル3から、流体速度を100m/sとして加圧エアーを吹きつけて繊維束7を開繊した後、23本の乾燥ロール5にて温度185℃で乾燥緻密化を行い、引続いて延伸チューブ内の加圧スチーム中で4.5倍に後延伸させ、単繊維繊度が1.1dtexで、総繊度が13300dtexのアクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示した。
【0022】
実施例2
実施例1において、加圧気体の流体速度を50m/sに代えた他は、実施例1と同様にしてアクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
【0023】
実施例3
実施例1において、加圧気体の流体速度を100m/sに代えた他は実施例1と同様にしてアクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
【0024】
比較例1
実施例1において、エアー吹きつけを行わない以外は実施例1と同様にしてアクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
【0025】
比較例2
実施例1において、エアーの吹きつけ角度θを30°に変更した以外は、実施例1と同様にしてアクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
【0026】
比較例3
実施例1において、ニップローラー処理を行わない以外は、実施例1と同様にしてアクリロニトリル系繊維束を得た。なお、エアー吹き付けを行う前の繊維束における薬液付着量は3.9重量%であった。評価結果を表1に示す。
【0027】
比較例4
実施例1において、ニップローラー直後のエアー処理を行わず、乾燥緻密化後に、従来の公知の方法(例えば特許文献3参照)で、エアー開繊させた他は、実施例1と同様にして、アクリロニトリル系繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1から明らかなように、実施例1〜3のものは、ニップローラー後に、エアー吹きつけを行うことで、単繊維間の接着が大幅に改善され、後延伸工程での単繊維切れを抑制することが出来、毛羽数が大幅に減少した。これに対して、比較例1〜4で、エアー吹きつけを行わないものや、吹きつけ角度が低いものや、ニップローラーなしのものは、大幅に接着が増加し、後延伸での毛羽の増加が目立った。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば、アクリロニトリル系前駆体繊維束の製造工程において、薬液を含浸させた後、前駆体繊維束から、過剰の薬液を搾液するにあたり、効率よく薬液を搾り取ることができ、さらには、その後に、前駆体繊維を乾燥緻密化させる前に開繊することで、単繊維間の接着を抑制し、後の乾燥緻密化工程、後延伸工程における毛羽の発生を抑制して品位良好な前駆体繊維束を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明における薬液含浸前駆体繊維束から過剰の薬液を搾液する際の一例を示す概略工程図である。
【符号の説明】
【0032】
1:ニップローラー
2:搾りバー
3:流体噴射ノズル
4:薬液槽
5:乾燥ロール
6:薬液
7:繊維束
θ:加圧流体の噴射角(吹きつけ角度)
Y:繊維束の走行方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬液槽に浸漬して薬液含浸繊維束をニップローラーに通した後、乾燥、および延伸してアクリロニトリル系繊維束を得るに際し、乾燥させる前の繊維束に、繊維束の走行方向に対する加圧流体の噴射角θを45°〜90°にして流体処理を施して繊維束を開繊させることを特徴とするアクリロニトリル系繊維束の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−262604(P2007−262604A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−87399(P2006−87399)
【出願日】平成18年3月28日(2006.3.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】