説明

アクリロニトリル系重合体およびその製造方法

【課題】ポリアクリロニトリル系繊維表面を均質化し、炭素繊維表面の欠陥を低減でき、毛羽や搬送ロールへの巻き付きを低減できるアクリトニトリル系重合体及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】還元剤及び酸化剤を用いた水系レドックス懸濁重合によって、アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含むアクリロニトリル系重合体を製造する方法であって、
該還元剤としてナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレートを使用し、該酸化剤として水溶性有機過酸化物を使用して、該アクリロニトリル系重合体に含まれる硫黄原子を5.0×10-5当量/g以下とするアクリロニトリル系重合体の製造方法。及び該方法より得られるアクリロニトリル系重合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアクリロニトリル系繊維に適したアクリロニトリル系重合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリロニトリル単量体単位の含有率の高いアクリロニトリル系重合体を用いたポリアクリロニトリル系繊維は、炭素繊維の前駆体として広く利用されている。炭素繊維は、軽量かつ高強度、高弾性率という極めて優れた物性を有することから、釣竿、ゴルフクラブやスキー板等の運動用具からCNG(圧縮天然ガス)タンク、フライホイール、風力発電用風車、タービンブレード等の形成材料、道路、橋脚等の構造物の補強材、さらには、航空機、宇宙用素材として使われ、さらにその用途は広がりつつある。
【0003】
このような炭素繊維の用途の拡大につれて、炭素繊維には、品質の向上と、生産性の向上の両方が望まれるようになってきている。
炭素繊維の生産性を向上させる手段として、前駆体であるポリアクリロニトリル系繊維の製造工程、耐炎化工程、及び炭素化工程において、毛羽や糸切れを抑制し、工程通過性を向上させる方法が挙げられる。
【0004】
毛羽低減対策については、種々検討がなされているが、毛羽発生の原因の一つとして、紡糸工程中の搬送ロールとの摩擦により、毛羽が発生することが挙げられる。更に発生した毛羽は、搬送ロールとの摩擦により搬送ロールへの巻き付き、糸切れの原因となることがある。このため、搬送ロールとの摩擦を低減することが毛羽低減のためには望ましい。
【0005】
一方、炭素繊維前駆体ポリアクリロニトリル系繊維の製造方法で、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して凝固浴中に吐出して繊維化する方法を採用した場合、凝固浴中でアクリロニトリル系重合体が凝固する際、水と溶剤とが置換して、重合体の配向が起こる。特に繊維表面は濃度差が大きいために、親水基が繊維表面に向かって配向し、繊維表面は、アクリロニトリルの疎水的な表面に、親水基が点在する不均一状態になると考えられる。これらの親水基は耐炎化工程や炭素化工程で、繊維(重合体)から脱落することがあるため、炭素繊維の配向乱れや微細なボイド(空隙)等の欠陥となって炭素繊維表面に残存することがあり、強度低下を招くことがある。さらに、親水基を含む不均質な表面は、搬送ロールとの摩擦が大きく、毛羽発生の原因となることがあり、生産性を低下させる恐れがある。
【0006】
アクリロニトリルの水系レドックス懸濁重合で触媒(酸化剤及び還元剤)として広く用いられているのは、無機系過酸化物で、特に過硫酸塩と重亜硫酸塩(亜硫酸水素塩)の組み合わせは重合率の高さゆえ好適に採用されている。しかし、炭素繊維の耐炎化工程や炭素化工程において、これらの触媒由来の官能基は繊維から脱落することがあり、脱落した場合、有毒な硫黄酸化物や窒素酸化物となって排出される。酸化剤として有機過酸化物を使用する場合には水溶性有機過酸化物が好適に用いられるが、過酸化水素は貯蔵安定性が低く、使用上取扱いに注意が必要であった。
【0007】
特許文献1では、重合開始剤に過硫酸アンモニウムと重亜硫酸アンモニウムを用いて、硫酸末端及び亜硫酸末端を含むアクリロニトリル系重合体を開示している。特許文献2では、重合開始剤にナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレート(SFS)と過酸化水素を用いて、ヒドロキシル基末端を含むアクリロニトリル系重合体を開示している。特許文献3では、重合開始剤にアスコルビン酸と過酸化水素を用いて、ヒドロキシル基末端を含むアクリロニトリル系重合体を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−140131号公報
【特許文献2】特許第3248795号公報
【特許文献3】特開昭49−48926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の重合体はその末端が硫酸末端もしくは亜硫酸末端であり、炭素繊維製造工程において、有毒な硫黄酸化物を発生する可能性があり好ましくないものであった。特許文献2では、酸化剤の過酸化水素が貯蔵安定性に優れないことや重合体末端はヒドロキシル基末端であり、ポリアクリロニトリル系繊維の製造工程で金属と結合して炭素繊維の強度低下につながる可能性があり、さらに毛羽の発生や搬送ロールへの巻き付きから生産性が低下する可能性があった。特許文献3に記載の重合体末端はアスコルビン酸及び過酸化水素由来のヒドロキシル基末端であり、特許文献2と同様に炭素繊維の強度及び生産性が低下する可能性があった。
【0010】
本発明の目的は、ポリアクリロニトリル系繊維表面を均質化し、炭素繊維表面の欠陥を低減でき、毛羽や搬送ロールへの巻き付きを低減できるアクリトニトリル系重合体及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題は本発明によって解決される。
【0012】
本発明の第一の要旨は、還元剤及び酸化剤を用いた水系レドックス懸濁重合によって、アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含むアクリロニトリル系重合体を製造する方法であって、該還元剤としてナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレートを使用し、該酸化剤として水溶性有機過酸化物を使用して、該アクリロニトリル系重合体に含まれる硫黄原子を5.0×10-5当量/g以下とするアクリロニトリル系重合体の製造方法である。
【0013】
また、本発明の第二の要旨は、アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含むアクリロニトリル系重合体であって、還元剤にナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレート、酸化剤に水溶性有機過酸化物を用いた水系レドックス懸濁重合により得られる、硫黄原子を5.0×10-5当量/g以下含むアクリロニトリル系重合体。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ポリアクリロニトリル系繊維表面を均質化し、炭素繊維表面の欠陥を低減でき、毛羽や搬送ロールへの巻き付きを低減できるアクリトニトリル系重合体及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の詳細を説明する。
【0016】
<アクリロニトリル系重合体>
本発明のアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル系重合体を構成する全単量体単位の合計に対し、アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含む。これにより、炭素繊維にしたときの共重合成分に起因する炭素繊維の配向乱れや微細なボイド(空隙)等の欠陥を少なくし、炭素繊維の品質ならびに性能を向上させることができる。
【0017】
また、アクリロニトリル系重合体は、重合体を湿式または乾湿式紡糸する際に、凝固時の繊維内部への水の拡散速度をゆるやかにする観点から、アクリロニトリル単量体単位を99質量%以下含むことが好ましい。
【0018】
なお、重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、核磁気共鳴により特定することができる。
【0019】
さらに、アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみからなることもでき、アクリロニトリル単量体単位の他に、例えば、アクリロニトリルと共重合可能なビニル単量体を含むことができる。このビニル単量体としては、例えば、アクリルアミド、アクリル酸及びメタクリル酸を挙げることができる。これらの共重合成分は、1種を単独で用いても良いし、2種以上を併用しても良い。
【0020】
また、本発明のアクリロニトリル系重合体の比粘度は、炭素繊維の性能保持の観点から0.1以上とすることが好ましく、アクリロニトリル系重合体を湿式または乾湿式紡糸する際の凝固時の生産性を確保する観点から1.0以下とすることが好ましい。
なお、重合体の比粘度は、0.5グラムの重合体を100mlのジメチルホルムアミドに75℃で45分間溶解し、25℃における溶液粘度をウベローデ型粘度計で測定することにより特定することができる。
【0021】
また、硫黄原子は、炭素繊維の耐炎化工程や炭化工程において、繊維から脱落し、炭素繊維中に欠陥として残存することがあり、炭素繊維の強度低下を引き起こしたり、有毒な硫黄酸化物となって排出されたりすることがある。アクリロニトリル系重合体に含まれる硫黄原子が、5.0×10-5当量/g以下であれば、強度に影響する程の欠陥が炭素繊維中に残存することを防ぐことができる。また、好ましくは4.0×10-5当量/g以下、更に好ましくは3.0×10-5当量/g以下である。さらに、アクリロニトリル系重合体の比粘度を1.0以下とするためには、重合体中の硫黄原子の含有量を0.5×10-5当量/g以上とすることが好ましい。
【0022】
なお、アクリロニトリル系重合体中の硫黄原子の含有量は、重合体を室温(25℃)にて圧縮成型して、直径15mm、厚み1.5mmの測定試料を作製し、この試料を蛍光X線解析(リガク 商品名:ZSX−100C)で分析することで特定できる。
【0023】
なお、アクリロニトリル系重合体中の硫黄原子の含有量は、重合の際に用いる重合開始剤(還元剤及び酸化剤)中の硫黄原子の量を調節することにより、調節することができる。このため、本発明では、重合体中の硫黄原子の含有量が5.0×10-5当量/g以下となるように、硫黄を含む重合開始剤の使用量を調節することが望ましい。その際、重合体中の硫黄原子の含有量を容易に調節するために、後述する水溶性有機過酸化物には硫黄原子を含まないことが望ましい。
【0024】
<アクリロニトリル系重合体の製造方法>
(水系レドックス懸濁重合)
アクリロニトリル系重合体の重合方法としては、水系レドックス懸濁重合、懸濁重合、溶液重合、乳化重合などが公知であるが、生産性に優れ、洗浄工程などにより残留する単量体などの不要な成分を少なくすることが可能であるため、本発明では、水系レドックス懸濁重合を用いる。
【0025】
・重合開始剤
水系レドックス懸濁重合では、酸化剤として、一般的に、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム等の無機系酸化剤や、過酸化ベンゾイル、メチルエチルケトンパーオキサイド、t−ブチルヒドロパーオキサイド、ジ−t−ブチルパーオキサイド、クメンヒドロパーオキサイド、コハク酸パーオキサイド、ジ(2−エトキシエチル)パーオキシジカーボネート等の有機過酸化物などが用いられる。
【0026】
また、還元剤としては一般的に、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸アンモニウム、重亜硫酸ナトリウム、重亜硫酸アンモニウム、チオ硫酸ナトリウム、チオ硫酸アンモニウム、亜二チオン酸ナトリウム、ナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレート(SFS)、L−アルコルビン酸、デキストロ−ズ等が用いられる。
【0027】
しかしながら、本発明では、水系レドックス懸濁重合に、特定の開始剤、即ち、還元剤としてSFS、酸化剤として水溶性有機過酸化物を用いる。
【0028】
i)水溶性有機過酸化物
本発明に用いる酸化剤は、有機過酸化物であることが必要である。有機過酸化物を酸化剤に用いることによって、炭素繊維の耐炎化工程及び炭素化工程において、有毒な硫黄酸化物や窒素酸化物を排出せずに済む。さらに、水系レドックス懸濁重合では、アクリロニトリル単量体などが重合する主な反応場は水相であるから、水への溶解性が良好な酸化剤であることが必要である。このことから、本発明の製造方法では、酸化剤として水溶性有機過酸化物を用いる。
【0029】
水溶性有機過酸化物としては、例えば、ターシャリーブチルヒドロパーオキサイド(TBHP)、クメンヒドロパーオキサイド、及びメチルエチルケトンパーオキサイドを挙げることができる。なお、アクリル繊維表面にヒドロキシル基等の親水基が配向した場合、炭素繊維の強度や生産性が低下する可能性があるため、本発明では、前述の繊維表面に親水基を配向させないために疎水基を含む重合開始剤を用いることが好ましい。これらの点を考慮し、本発明では、水溶性有機過酸化物として、TBHPや、クメンヒドロパーオキサイドを用いることが好ましい。また、水溶性有機過酸化物は1種を単独で用いても良いし、2種以上を併用しても良い。さらに、水溶性有機化合物の添加量は、重合体の比粘度を0.1以上とするために、重合体の製造に用いる単量体(アクリロニトリル単量体やビニル単量体)の合計100質量部に対して、0.1質量部以上とすることが望まれ、重合体の比粘度を1.0以下とするために5.0質量部以下とすることが望まれる。
【0030】
ii)SFS
本発明に用いる還元剤は、SFSであることが必要である。SFSは優れた還元力を持つため、重合率が高く、さらに水溶性であるため、水洗によって除去が可能で、重合体中に残存しにくい。
【0031】
なお、重合体中の硫黄原子(S)の含有量が5.0×10-5当量/g以下を満たせば、SFSの添加量は適宜選択することができる。しかし、重合体の比粘度を0.1以上とするために、重合体の製造に用いる単量体の合計100質量部に対して、0.1質量部以上とすることが望まれ、重合体の比粘度を1.0以下とするために5.0質量部以下とすることが望まれる。
【0032】
iii)他の添加剤
また、本発明では、酸化還元系の助剤として、硫酸第一鉄、硫酸銅等を使用しても良い。これらの助剤の添加量としては、重合をより効率よく進める上で、重合体の製造に用いる単量体の合計100質量部に対して、1×10-6質量部(0.01質量ppm)以上であることが好ましく、重合体粒子中への過剰な残存を防ぐために0.1質量部(1000質量ppm)以下が好ましい。
【0033】
・水系レドックス懸濁重合の重合方法
例えば以下の方法により、本発明のアクリロニトリル系重合体を得ることができる。
【0034】
まず、上記単量体(例えば、アクリロニトリル、アクリルアミドやメタクリル酸)及び重合開始剤を以下の反応器で反応させる。
【0035】
なお、水系レドックス懸濁重合に用いる反応器は、反応器内を循環させる装置、供給口、重合熱除去装置を有する反応器から適宜選択して用いることができ、特に限定されない。
【0036】
水系レドックス懸濁重合において、供給された単量体や重合開始剤などを含む溶液をすみやかに拡散させるために、反応器内を循環させることが好ましく、循環装置としては例えば攪拌機が好適に用いられる。また、重合媒体には通常水を使用し、さらにこの水には、脱イオン交換水を使用することが好ましい。
【0037】
水系レドックス懸濁重合の重合温度は重合可能な温度であれば特に限定されないが、アクリロニトリルが蒸発し、反応系外へ離散することを防ぐため、重合温度は80℃以下が好ましく、重合を安定に進めるために30℃以上が好ましい。より好ましくは40℃以上60℃以下である。また、分子量を一定に保つ観点から、重合温度は、重合反応中一定に保つことが望ましい。
【0038】
反応器内での水素イオン濃度は使用される触媒がすみやかに酸化・還元反応を起こす範囲から適宜選択することができる。
【0039】
なお、本発明では、重合反応を停止させるために、重合停止剤を添加しても良い。具体的には、反応器から取り出した重合体粒子を含む反応液に、重合停止剤を添加することで、重合を容易に停止させることができる。なお、重合停止剤は、通常、水系レドックス懸濁重合でアクリロニトリル系重合体を製造する際に使用するものから適宜選択することができる。
【0040】
続いて、必要に応じて重合停止剤を添加した後、重合体水溶液から未反応単量体の回収を行う。未反応単量体の回収方法としては、重合体水溶液を直接蒸留する方法、また一旦脱水し、未反応単量体を重合体と分離した後蒸留する方法があるが、本発明では、両方式とも採用可能である。後者の方法に用いる脱水洗浄機としては、通常公知の濾過脱水機を用いることができ、例えば、回転式真空濾過器、遠心脱水機等が使用することができる。これらの装置を用いて反応液から重合体を分離する際に、効率の観点から、硫酸アンモニウム、硫酸アルミニウム、硫酸ナトリウム等の凝集剤を添加することができ、さらに重合体の凝集を促進する観点から重合体水溶液を昇温する等の操作を行うこともできる。また、重合体中に残った水分は通常の乾燥方式によって取り除くことができる。
【0041】
以上より、アクリロニトリル系重合体を得ることができる。本発明の重合体は、水溶性有機化酸化物に由来する重合体末端に親水基を含まないため、従来よりもポリアクリロニトリル系繊維表面の親水基を低減させることができ、これにより繊維表面を均質化させることができる。さらに、炭素繊維表面の欠陥を低減でき、毛羽や搬送ロールへの巻き付きを低減できる。
【0042】
<ポリアクリロニトリル系共重合体の比粘度測定>
ポリアクリロニトリル系共重合体0.5gを100mlのジメチルホルムアミド中に分散し、75℃で40分間保持することで、アクリロニトリル系共重合体溶液を得る。このアクリロニトリル系共重合体溶液の粘度ηと溶媒の粘度η0から次式にて比粘度ηspを算出する。粘度測定はいずれもウベローデ型粘度計で、25℃において行う。
ηsp =((η−η0)/η0)/5
【0043】
<炭素繊維前駆体繊維の製造方法>
本発明のアクリロニトリル系重合体を用いて、例えば、以下の方法により炭素繊維前駆体ポリアクリロニトリル系繊維を製造することができる。
【0044】
まず、本発明のアクリロニトリル系重合体を、溶剤に分散し溶解して紡糸原液を得る(工程1)。
【0045】
溶剤としては、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド、γ−ブチロラクトン、硝酸水溶液、チオ硫酸ナトリウム水溶液等を挙げることができる。中でもジメチルアセトアミドが、アクリロニトリル系重合体の溶解性が優れること、かつ紡糸時に凝固状態を制御しやすいことから好ましい。
【0046】
重合体を溶剤に分散する方法としては、撹拌装置を備えたタンク等に、上記溶剤を所定量、計量して入れ、これに重合体を所定量、計量して投入し、分散液を調製する方法や、溶剤を連続的に流下させ、これに所定量の重合体を投入し分散液を調製する方法等を用いることができる。均一な分散液とするために、撹拌設備や攪拌条件、温度条件等を適宜調節することが望ましい。
【0047】
次いで、分散液を適宜加熱して溶解させ、紡糸原液を得る。加熱の方法は、分散液を均一に加熱できればよい。例えば熱交換器、熱媒が循環するジャケット構造、等を有した二軸押出機等を採用することができる。紡糸したときに緻密な凝固糸を得るためには、紡糸原液中の重合体の濃度は17質量%以上が好ましく、19質量%以上がさらに好ましい。また、通常重合体濃度は25質量%以下であることが好ましい。
【0048】
次に、前記紡糸原液を紡糸口金から吐出し、溶剤水溶液を満たした凝固浴中で凝固させ、凝固糸条を得る(工程2)。紡糸方式としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法が紡糸の生産性の観点、炭素繊維の強度発現性の観点から好ましく用いられる。凝固浴中の溶剤水溶液としては、例えば、ジメチルアセトアミドを用いることができる。
【0049】
次に、前記凝固糸条を洗浄し、延伸し、乾燥してポリアクリロニトリル系繊維を得る(工程3)。凝固糸条は、例えば、脱イオン交換水による洗浄により脱溶剤することができる。また、この際、例えば脱イオン交換水を満たした浴中で湿潤状態のまま延伸してもよい。また、油剤付着処理を行うことが好ましい。この後乾燥を行う。また乾燥した後更にスチーム延伸あるいは乾熱延伸等の延伸を施してもよい。
【0050】
<炭素繊維のストランド強度およびストランド弾性率の測定>
炭素繊維の物性(ストランド強度およびストランド弾性率)は、JIS R 7601に記載の方法に準じて測定することができる。
【実施例】
【0051】
以下の各実施例・比較例のアクリロニトリル系重合体中の硫黄原子の含有量(当量/g)は、各重合体を室温(25℃)にて圧縮成型して、直径15mm、厚み1.5mmの測定試料を作製し、この試料を蛍光X線解析(リガク 商品名:ZSX−100C)で分析した値である。
【0052】
<実施例1>
反応器(容量3リットル、ガラス製)に、硫酸でpHを3.0に調整した脱イオン交換水を2リットル仕込み、反応器内部の温度を55℃まで昇温した後、アクリロニトリル100質量部、アクリルアミド4.2質量部、メタクリル酸1.0質量部、脱イオン交換水690質量部、SFS0.53質量部、TBHP0.53質量部、硫酸第一鉄0.00018質量部を投入した。このとき、SFS、TBHP、硫酸第一鉄は、脱イオン交換水に溶解させて、溶液(供給流体)としてから供給し、この供給流体中の濃度はそれぞれ、TBHP5質量%、SFS5質量%、硫酸第一鉄(Fe2SO4 ・7H2O)2質量ppmとした。重合反応液温度を55℃に保ち、十分な撹拌を行い、60分間重合させた後反応液を取り出した。
【0053】
反応液には、重合停止剤水溶液(シュウ酸ナトリウム0.5質量%、重炭酸ナトリウム1.5質量%を脱イオン交換水に溶解したもの)を、反応液のpHが5.5〜6.0になるように加えた。この反応液をろ過した後、重合体の質量に対して10倍量の70℃の脱イオン交換水を加え、再び分散させた。再分散後の反応液を再度ろ過によって脱水処理し、80℃にて8時間、熱風循環型の乾燥機で乾燥後、ハンマーミルで粉砕した。この重合体に含まれる硫黄分(硫黄原子)は2.14×10-5当量/gであった。また、重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、96.5質量%であった。
【0054】
粉砕後の重合体を、−15℃に冷却したジメチルアセドアミドに重合体濃度21質量%になるように分散して分散液を得た。この分散液を、熱媒を循環可能なジャケット付きの内径12mmの配管に通過させ、滞在時間9分で110℃まで加熱して溶解させ、紡糸原液を得た。
【0055】
この紡糸原液を直径0.075mm、孔数3000個の口金を用いて、濃度68質量%、浴温37℃のジメチルアセトアミド水溶液を満たした凝固浴中に吐出し、透明で、マクロボイドのない凝固糸を得た。さらにこの凝固糸を空気中で1.5倍、さらに温水中で3.4倍延伸しながら洗浄・脱溶剤した後、シリコン系油剤溶液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーにて乾燥緻密化した。引き続いて、180℃の熱板上で1.5倍延伸し、捲取速度77m/分にて1.1デニールの円形断面を有する前駆体繊維を得た。この前駆体繊維は毛羽の発生がほとんどみられず、10000m紡糸した後に、上記加熱ローラーに付着した毛羽は無かった。
【0056】
<実施例2>
実施例1のTBHPをクメンヒドロパーオキサイドに変更した以外は実施例1と同様にして重合体を得た。重合体に含まれる硫黄分は2.54×10-5当量/gであった。この重合体を前駆体繊維とした場合、毛羽の発生はほとんど見られず、紡糸工程に用いた搬送ローラー(加熱ローラー)に付着した毛羽は無かった。また、重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、96.5質量%であった。
【0057】
<比較例1>
実施例1のTBHPを過酸化水素に変更した以外は実施例1と同様にして重合を得た。重合体に含まれる硫黄分は3.52×10-5当量/gであった。この重合体を前駆体繊維とした場合、毛羽が発生し、搬送ローラーに毛羽が若干付着した。また、重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、96.5質量%であった。
【0058】
<比較例2>
実施例1のSFSを亜硫酸水素アンモニウムに、TBHPを過硫酸アンモニウムに変更した以外は実施例1と同様にして重合を得た。重合体に含まれる硫黄分は5.16×10-5当量/gであった。この重合体を前駆体繊維とした場合、毛羽が発生し、搬送ローラーに毛羽が付着した。また、重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、96.5質量%であった。
【0059】
<比較例3>
実施例1のTBHPをメチルエチルケトンパーオキサイドに変更した以外は実施例1と同様にして重合を行った。メチルエチルケトンパーオキサイドは油滴を形成し、重合体の生成は確認できなかった。このため、重合体中の硫黄原子の含有量は測定できず、前駆体繊維を製造することもできなかった。
【0060】
<実施例3>
実施例1で得られた重合体を濃度が21.2質量%になるようにジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液とした。この紡糸原液を80℃に保持し、直径0.075mm、孔数6000の口金を用いて凝固浴(濃度67質量%、浴温38℃のジメチルアセトアミド水溶液)中に吐出し、透明な凝固糸を得た。ついで、得られた凝固糸を空気中で1.15倍、さらに温水中で3.0倍延伸しながら洗浄および脱溶剤した後、シリコン系油剤溶液中に浸漬し、180℃の加熱ローラーにて乾燥緻密化した。引き続いて、スチーム圧が220kPaのスチーム延伸機内で3.0倍延伸し、捲取速度50m/分にて前駆体繊維を得た。
得られた前駆体繊維束を空気中、230〜260℃の熱風循環式耐炎化炉にて60分間処理し耐炎化繊維束となし、ついで耐炎繊維束を窒素雰囲気中下で最高温度660℃にて1.5分間処理し、さらに同雰囲気下で最高温度が1350℃の高温熱処理炉にて約1.5分処理した後、重炭酸水素アンモニウム水溶液中で0.4Amin/mで電解処理を施し、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維のストランド弾性率を上述した測定方法により測定した。
炭素繊維のストランド弾性率は良好であった。
【0061】
<比較例4>
実施例1のSFSの添加量、及び酸化剤の種類とその添加量を表2の様に変更した以外は実施例1と同様にして重合体を得た。得られた重合体から実施例3と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維のストランド弾性率を測定した。
炭素繊維のストランド弾性率は実施例3と比較して低かった。
【0062】
<比較例5>
実施例1の共重合成分を表2の様に変更した以外は実施例1と同様にして重合体を得た。得られた重合体から実施例3と同様にして炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維のストランド弾性率を測定した。
炭素繊維のストランド弾性率は実施例3と比較して低かった。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元剤及び酸化剤を用いた水系レドックス懸濁重合によって、アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含むアクリロニトリル系重合体を製造する方法であって、
該還元剤としてナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレートを使用し、該酸化剤として水溶性有機過酸化物を使用して、該アクリロニトリル系重合体に含まれる硫黄原子を5.0×10-5当量/g以下とするアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項2】
前記水溶性有機過酸化物が、ターシャリーブチルヒドロパーオキサイドである請求項1に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性有機過酸化物が、クメンヒドロパーオキサイドである請求項1に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項4】
アクリロニトリル単量体単位を90質量%以上含むアクリロニトリル系重合体であって、還元剤にナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレート、酸化剤に水溶性有機過酸化物を用いた水系レドックス懸濁重合により得られる、硫黄原子を5.0×10-5当量/g以下含むアクリロニトリル系重合体。
【請求項5】
前記水溶性有機過酸化物が、ターシャリーブチルヒドロパーオキサイドである請求項4に記載のポリアクリロニトリル系重合体。
【請求項6】
前記水溶性有機過酸化物が、クメンヒドロパーオキサイドである請求項4に記載のポリアクリロニトリル系重合体。

【公開番号】特開2013−43904(P2013−43904A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180763(P2011−180763)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】