説明

アクリロニトリル系重合体溶液およびその製造方法と炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法

【課題】高強度の炭素繊維を得ることができるアクリロニトリル系重合体溶液及びその製造方法、並びにこの重合体溶液を用いた炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成されるアクリロニトリル系重合体が溶媒に溶解した重合体溶液であって、該アクリロニトリル系重合体の濃度が18質量%以上26質量%以下であり、かつ明細書中に定義される方法により算出された吸光度が40以上50以下であるアクリロニトリル系重合体溶液。及びアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維の原料となるアクリロニトリル系重合体溶液及びその製造方法、並びに炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度及び比弾性率を有することが知られている。このため、炭素繊維は、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途及び航空・宇宙用途に加え、自動車や土木、建築、圧力容器、風車ブレード等の一般産業用途にも幅広く展開されつつある。
【0003】
炭素繊維の中ではアクリロニトリル系炭素繊維が最も広く利用されており、アクリロニトリル系炭素繊維は以下の工程を有する製造方法により得ることができる。
アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して、アクリロニトリル系重合体溶液(紡糸原液)を調製する工程。この紡糸原液を湿式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得る工程。この前駆体繊維を200〜300℃の酸化性雰囲気中にて加熱処理(耐炎化処理)して耐炎化繊維とする耐炎化工程。300〜2500℃の不活性雰囲気にて前記耐炎化繊維を加熱処理(炭素化処理)する工程。
しかし、このようにして得られた炭素繊維は、物性や品質には優れるものの、製造費用が高額になることが多いため、特に低コスト化が求められる産業用途分野においては、多用化は十分に実現されていない。また、航空・宇宙用途では炭素繊維の更なる高強度化が求められている。
【0004】
高強度の炭素繊維を製造する方法として炭素繊維に存在する傷や欠陥の削減がある。特に炭素繊維中の異物や内部に存在する500nm以下のサイズのボイドと呼ばれる空孔は炭素繊維の強度を低下させる要因になる。これらの原因のひとつに紡糸原液中に含まれる数十nm以上のサイズを持つ原液熱劣化物(以下、ゲル状物と称する)などが挙げられ、特に数百nm以上のサイズを持つゲル状物は炭素繊維の強度を大きく低下させることがある。このゲル状物はポリマー分子鎖内、分子鎖間での架橋反応、および環化反応が進行することによって発生する。したがって紡糸原液中に含まれるゲル状物などの異物を前駆体繊維内に混入させないことが高強度の炭素繊維を製造するために重要である。また、紡糸原液中に含まれるゲル状物を削減することは前駆体繊維及び炭素繊維の製造工程安定化、生産性向上にも寄与する。
【0005】
紡糸原液に含まれるゲル状物を除去する方法のひとつとして、特許文献1には、波長450nmの光透過率が60%以上、550nmの光透過率が90%以上となる紡糸原液のみを選別、次工程へと投入することでゲルが多く含まれた紡糸原液を工程から除く方法が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には紡糸原液中に含まれるゲル状物などの異物をフィルター装置により除く方法が記載されている。
【0007】
また、特許文献3には回転体を伴った溶解装置を用いることで攪拌によるせん断力とそれに伴う発熱により、アクリロニトリル系重合体を溶媒に均一に分散させつつ外部からの加熱をほとんど必要としない溶解を行うことで、ゲル状物の発生を抑制しつつ未溶解紡糸原液の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−348422号公報
【特許文献2】特開2009−235662号公報
【特許文献3】特開2002−45671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1ではポリマー分子鎖内、分子鎖間での架橋反応、および環化反応が大きく進行していないナノサイズのゲル状物と相関がある350nm付近での光吸光度(もしくは透過率)については言及されておらず、さらに紡糸原液作製時にゲル状物などの異物を削減させる方法についても言及されていない。
【0010】
また、特許文献2では炭素繊維の更なる高強度化の障害となる数百nm以下のゲル状物を除くことについては言及されていない。
【0011】
また、特許文献3の方法では攪拌軸および攪拌翼周辺といった箇所では溶液が高熱化することがあり、ゲル状物が発生しやすい状態となる場合があるため、長期的な運転を考えるとゲル状物の削減がかえって困難になる場合がある。
【0012】
したがって、従来の技術で数百nmの小さなゲル状物を紡糸原液中から大きく削減することは困難な場合があり、高強度の炭素繊維を得られない場合がある。
【0013】
このため、本発明は高強度の炭素繊維を得ることができるアクリロニトリル系重合体溶液及びその製造方法、並びにこの重合体溶液を用いた炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、
アクリロニトリル単量体単位を含むアクリロニトリル系重合体が分散媒に分散したアクリロニトリル系重合体分散液を加熱してアクリロニトリル系重合体溶液を製造する方法であって、以下の条件を満足する製造方法である。
1.加熱前の分散液の温度が−20℃以上40℃以下である、
2.加熱を開始してから1分後の分散液温度Y(℃)が60℃以上125℃以下である、
3.加熱を開始してから5分以上12分以下の間に該分散液が溶解したアクリロニトリル系重合体溶液を得て、その際、得られた該重合体溶液の温度Z(℃)が式1を満たす、
4.アクリロニトリル系重合体溶液を得た時点から3分以内にアクリロニトリル系重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に温度制御する、
(式1)
−0.006×Y2+0.47×Y+112(℃)≦Z(℃)≦−0.30×Y+145(℃)。
【0015】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記アクリロニトリル系重合体分散液の加熱開始1分後からアクリロニトリル系重合体溶液を得るまでの間の該分散液の温度を60℃以上130℃以下とすることが好ましい。
【0016】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記アクリロニトリル系重合体が、前記アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と、該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成されていることが好ましい。
【0017】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記分散媒がジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドまたはジメチルスルホキシドであることが好ましい。
【0018】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記アクリロニトリル系重合体分散液中のアクリロニトリル系重合体の含有率が18質量%以上26質量%以下であることが好ましい。
【0019】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記アクリロニトリル系重合体分散液を加熱する手段が、シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器であることが好ましい。
【0020】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器のチューブ側にアクリロニトリル系重合体分散液を通液させ、シェル側に加熱媒体を通液させることが好ましい。
【0021】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のチューブ断面に対する内接円の半径A(mm)が以下の式2を満たすことが好ましい。
(式2)
4.0(mm)≦A(mm)≦10.0(mm)。
【0022】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のアクリロニトリル系重合体分散液の平均流速C(m/min)が以下の式3を満たすことが好ましい。
(式3)
0.0010/B(m/min)≦C(m/min)≦0.0500/B(m/min)
(ただし、Bは前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のチューブ断面の内周長(m)を表す)。
【0023】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器を複数直列に接続させて使用することが好ましい。
【0024】
本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法は、前記の製造方法により得られたアクリロニトリル系重合体溶液を乾湿式紡糸法または湿式紡糸法により紡糸して、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得ることを特徴とする。
【0025】
本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法は、前記乾湿式紡糸法または湿式紡糸法において、前記の製造方法により得られたアクリロニトリル系重合体溶液をノズルから吐出する際に、該重合体溶液を得た時点から3分以内に30℃以上90℃以下に温度制御してから、該ノズルから吐出するまで、該重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に保ち続けることが好ましい。
【0026】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液は、アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と、該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成されるアクリロニトリル系重合体が溶媒に溶解した重合体溶液であって、
該アクリロニトリル系重合体の濃度が18質量%以上26質量%以下であり、かつ以下の方法により算出された吸光度が40以上50以下であることを特徴とする。
吸光度の算出方法
前記アクリロニトリル系重合体溶液を前記溶媒で質量換算で20倍に希釈し、厚さ1cmのセルに入れ、波長350nmにおける吸光度A350を測定し、以下の式4を用いて吸光度を算出する。
(式4)
吸光度 = 吸光度A350/(希釈前のアクリロニトリル系重合体溶液1g中のアクリロニトリル系重合体質量(g)×アクリロニトリル系重合体1モル中のカルボン酸モル量(mol))。
【0027】
また、本発明のアクリロニトリル系重合体溶液は、前記溶媒がジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドまたはジメチルスルホキシドであることが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明により、高強度の炭素繊維を得ることができるアクリロニトリル系重合体溶液及びその製造方法、並びにこの重合体溶液を用いた炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
これまでアクリロニトリル系重合体溶液(紡糸原液)中の約1μm以上のゲル状物を取り除く方法は議論されてきたが、更なる炭素繊維の高強度化の障害となりうる数百nmのゲル状物を大きく削減する方法についてはあまり議論されてこなかった。
【0030】
そこで本発明者らは炭素繊維の更なる高強度化を目指す上での障害となりうる紡糸原液中に含まれる数百nmのゲル状物を削減する方法について鋭意検討した結果、上記目的を達成するための新規でかつ有用な本発明の製造方法を発見するに至った。
【0031】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、アクリロニトリル系重合体を溶媒に効率的に溶解させつつ、溶解時に発生するゲル状物の量を大きく低減させることができるため、紡糸原液中に含まれる数百nm以上のゲル状物を削減することができる。このため、この製造方法により得られた重合体溶液を用いて高強度の炭素繊維を得ることができる。
【0032】
また、本発明者らは、式4により算出したアクリロニトリル系重合体溶液の吸光度を特定の範囲内とすることで、未溶解物や100nm以上のサイズを持つゲル状物をもっとも少なくできることを発見し、結果高強度の炭素繊維が容易に得られることを見出した。
【0033】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液は、従来のものと比べて100nm以上のゲル状物の量が非常に少ないため、この重合体溶液を用いて高強度の炭素繊維を容易に製造することができる。
【0034】
<アクリロニトリル系重合体溶液の製造方法>
以下に本発明のアクリロニトリル系重合体溶液及びその製造方法について説明する。
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法は、アクリロニトリル系重合体分散液(単に分散液と称することもある)を加熱してアクリロニトリル系重合体溶液(単に重合体溶液または紡糸原液と称することもある)を製造する方法である。分散液は、アクリロニトリル単量体単位を含むアクリロニトリル系重合体を分散媒に分散させたものである。得られた重合体溶液では、アクリロニトリル系重合体が溶媒(上記分散媒と同じもの)中に溶解している。
【0035】
なお、分散時の分散媒(溶解時の溶媒)には、凝固速度が早く、生産性を向上させやすい、ジメチルアセトアミドや、ジメチルホルムアミドや、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。
【0036】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法では、加熱前、より具体的には加熱直前の温度が−20℃以上40℃以下であるアクリロニトリル系重合体分散液を加熱する。このため、分散液に対して、熱交換器等を用いて加熱操作を行うまでの温度は−20℃以上40℃以下に保つようにする。その際、加熱を開始してから1分後の分散液温度Y(℃)が60℃以上125℃以下になるように加熱する。また、加熱開始より5分以上12分以下の間に分散液が溶解した(上記重合体が分散媒に用いた溶液に溶解した)アクリロニトリル系重合体溶液を得て、その際、得られた重合体溶液の温度Z(℃)が式1を満たすようにする。
(式1)
−0.006×Y2+0.47×Y+112(℃)≦Z(℃)≦−0.30×Y+145(℃)。
【0037】
さらに、アクリロニトリル系重合体溶液を得た時点から3分以内にこの重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に温度制御する。また、50℃以上70℃以下に温度制御することが好ましい。
【0038】
なお、これらの要件を満たすのであれば、分散液を溶解して重合体溶液を得る際に、分散液を常に加熱し続ける必要はなく、本発明では−20℃以上40℃以下の分散液に対して少なくとも1度加熱操作が行われれば良い。また、分散液から重合体溶液を得る際に、必要に応じて冷却操作を行うこともできる。
【0039】
また、加熱開始1分後からアクリロニトリル系重合体溶液を得るまでの間の分散液の温度は、60℃以上130℃以下とすることが好ましい。
【0040】
また、分散液の加熱手段として例えば、後述するシェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器を用いた場合、分散液温度を測定する地点での加熱開始からの時間は、加熱開始地点から分散液温度測定地点までの配管内部の容積を流量で割ることで求めることができる。なお、例えばこの熱交換器のチューブ側に分散液を通液させた場合、分散液の温度は、分散液の流路であるチューブ断面の中央部に挿入した熱電対を用いて測定することができる。熱交換器内にチューブが複数ある場合は、分散液の温度はそれら全てのチューブ内で測定された温度の平均値とすることができる。
【0041】
加熱前のアクリロニトリル系重合体分散液を−20℃以上とすることで分散液の粘度がわずかな溶解の進行によって適度に増加し、分散液中のアクリロニトリル系重合体の沈降による濃度斑を防ぐことができる。また、加熱前のアクリロニトリル系重合体分散液を40℃以下とすることで分散液の過剰な粘度上昇を抑えることができ、工程通過性が向上する。
【0042】
加熱開始から1分後の分散液温度を60℃以上とすることで、未溶解物の量を少なくすることができ、125℃以下とすることで、ゲル状物の発生を抑えることができる。また、5分以上12分以下の間にこの分散液が溶解した、温度Z(℃)が式1の範囲内のアクリロニトリル系重合体溶液を得る。得られた重合体溶液の温度が式1より算出される下限温度以上であることで、未溶解物の量を少なくすることができ、上限温度以下であることで、ゲル状物の発生を抑えることができる。
【0043】
アクリロニトリル系重合体が分散媒として用いた溶媒に溶解したことは、目視によって確認することができる。なお、本発明の製造方法の条件を満たす方法によって重合体溶液を製造した場合は、吸光度によりその溶液を確認することもでき、その場合、以下の方法により算出された吸光度が35以上50以下となる。
吸光度の算出方法
前記アクリロニトリル系重合体溶液を前記分散媒として用いた溶媒で質量換算で20倍に希釈し、厚さ1cmのセルに入れ、波長350nmにおける吸光度A350を測定し、以下の式4を用いて吸光度を算出する。
(式4)
吸光度 = 吸光度A350/(希釈前のアクリロニトリル系重合体溶液1g中のアクリロニトリル系重合体質量(g)×アクリロニトリル系重合体1モル中のカルボン酸モル量(mol))。
【0044】
また、加熱開始から1分未満の分散液温度は、加熱開始から1分後に60℃以上125℃以下になるようほぼ単調に昇温させることが好ましい。なお、加熱開始1分後からアクリロニトリル系重合体溶液を得るまでの間の分散液の温度は、残存未溶解物削減の観点から60℃以上とすることが好ましく、発生ゲル状物低減の観点から130℃以下とすることが好ましい。また、この1分後から重合体溶液を得るまでの分散液の温度は、分散液の流路であるチューブ断面の中央部に挿入した熱電対を用い、測定位置を変更しながら温度の測定値をモニタリングすることにより特定することができる。
【0045】
なお、上記製造方法では、分散液を加熱開始から5分から12分の間に溶解させることができ、重合体溶液を得ることができる。分散液を加熱、溶解する時間を5分以上とすることで未溶解物を容易に低減させることができ、12分以下とすることで発生ゲル状物を容易に低減させることができる。
【0046】
また、重合体溶液を得た時点から3分以内に、重合体溶液の温度を30℃以上に温度制御することで、アクリロニトリル系重合体溶液の流動性を保つことができ、炭素繊維を製造する際に、重合体溶液を作製した後の工程における通過性が良好になる。また、重合体溶液を得た時点から3分以内に、重合体溶液の温度を90℃以下に温度制御することで、アクリロニトリル系重合体溶液中のポリマー鎖の分子内、分子間での架橋反応、および環化反応の進行を抑えることができ、ゲル状物の量の増加を防ぐことができる。
【0047】
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱する手段としては、炭素繊維の分野で公知の加熱手段を用いることができるが、製造効率の観点から熱交換器を用いることが好ましい。なお、伝熱効率やメンテナンス効率の観点から、熱交換器としてシェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器を用いることが好ましい。以下、このシェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器に着目して説明する。
【0048】
この熱交換器では、効率や滞留スペース低減の観点から、チューブ側に分散液を通液させ、シェル側に加熱媒体を通液させることが好ましい。なお、加熱媒体としては、例えば、加熱蒸気やオイルなど公知の加熱媒体を用いることができる。
【0049】
また、この熱交換器内のチューブ断面の内周に接する内接円の半径A(mm)は以下の式2を満たすことが好ましい。なお、チューブ断面とは、チューブを軸に対して垂直方向に切断したときの断面のことであり、内接円とは、その断面の内周に対する内接円のことである。
(式2)
4.0(mm)≦A(mm)≦10.0(mm)
また半径Aは以下の式5を満たすことがより好ましい。
(式5)
6.0(mm)≦A(mm)≦8.0(mm)
内接円の半径Aが4.0mm以上の場合、チューブでの閉塞がほとんど発生せず、安定かつ連続的にアクリロニトリル系重合体溶液を容易に得ることが可能となる。また、半径Aが10.0mm以下の場合、チューブの管壁と中心部の温度差が大きくならず、均一な重合体溶液を容易に得ることが可能となる。
【0050】
また、シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のチューブの内周長B(m)と熱交換器内のアクリロニトリル系重合体分散液の平均流速C(m/min)が以下の式6(上述した式3を変形したもの)を満たすことが好ましい。なお、内周長とは、前述したチューブ断面の内周長である。
(式6)
0.0010(m2/min)≦B×C(m2/min)≦0.0500(m2/min)。
【0051】
またチューブの内周長B(m)と熱交換器内のアクリロニトリル系重合体分散液の平均流速C(m/min)が以下の式7を満たすことがより好ましい。
(式7)
0.015(m2/min)≦B×C(m2/min)≦0.040(m2/min)。
【0052】
B×Cは単位時間あたりのこの熱交換器内のチューブ中を通過するアクリロニトリル系重合体分散液体積であり、この値が0.0010m2/min以上の場合、チューブ管壁のみでのアクリロニトリル系重合体分散液の温度上昇を抑えることが容易に可能となり、ゲル状物発生量を容易に抑えることができ、ゲル状物発生に伴うチューブの閉塞もほとんど発生しない。また、B×Cが0.0500m2/min以下であれば、チューブ中心部と管壁の流速差も大きくなることを容易に防ぐことができ、内部まで効率的に熱を伝えることが可能となり、溶解を効率的に行える。
【0053】
また、製造効率を更に上げるため、複数のシェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器を複数直列に接続させて使用することが好ましい。
【0054】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法に用いられるアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル単量体単位を含めば、アクリロニトリルのみを重合して得られるホモポリマー(単独重合体)であっても良く、アクリロニトリルと他の単量体とを共重合して得られる共重合体であってもよい。
【0055】
なお、アクリロニトリル系重合体は、主成分としてアクリロニトリル単量体単位を含むことができる。アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリルの配合量は、得られる炭素繊維に求める品質等を勘案して決定できるが、95.0質量%以上99.0質量%以下であることが好ましい。アクリロニトリルの配合量が95.0質量%以上であれば、前駆体繊維を炭素繊維に転換するための焼成工程で、繊維同士の融着を招くことを容易に防ぐことができ、炭素繊維の優れた品質及び性能を容易に維持できる。加えて、アクリロニトリル系重合体の耐熱性が低下することを容易に防ぐことができ、前駆体繊維を紡糸する際の乾燥を容易に抑制することができる。さらに、加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸等の処理において、単繊維間の接着を容易に回避できる。アクリロニトリルの配合量が99.0質量%以下であれば、溶剤への溶解性が低下することを容易に防ぐことができ、アクリロニトリル系重合体の析出および凝固を容易に防止し、紡糸原液の安定を容易に維持できるため、前駆体繊維を安定して容易に製造できる。
【0056】
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリル単量体単位の含有量は、1H−NMR法から得られるケミカルシフトの積分比により特定することができる。
【0057】
アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宜選択することができ、アクリロニトリル系重合体の親水性を向上させるビニル系単量体や、耐炎化促進効果を有するビニル系単量体を用いることが好ましい。
【0058】
アクリロニトリル系重合体の親水性を向上させるビニル系単量体としては、例えば、カルボキシル基、スルホ基、アミノ基、アミド基、ヒドロキシル基等の親水性の官能基を有するビニル系化合物がある。なお、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体およびビニル系化合物は、ビニル基(CH2=CH−)、ビニリデン基(CH2=C<)、ビニレン基(−CH=CH−)およびアリル基(CH2=CHCH2)等のアクリロニトリルと共重合可能な炭素−炭素二重結合を有する単量体および化合物であれば良い。
【0059】
カルボキシル基を有するビニル系単量体(アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸)としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸等が挙げられる。
スルホ基を有するビニル系単量体としては、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、ビニルスルホン酸、スルホプロピルメタクリレート等が挙げられる。
アミノ基を有するビニル系単量体としては、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ターシャリーブチルアミノエチルメタクリレート、アリルアミン、o−アミノスチレン、p−アミノスチレン等が挙げられる。
アミド基を有するビニル系単量体としては、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、クロトンアミドが挙げられる。
ヒドロキシル基を有するビニル系単量体としては、ヒドロキシメチルメタクリレート、ヒドロキシメチルアクリレート、2―ヒドロキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、3−ヒドロキシプロピルメタクリレート、3−ヒドロキシプロピルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、2−ヒドロキシプロピルアクリレートなどが挙げられる。
【0060】
アクリロニトリル単量体の他に、このようなビニル系単量体を重合体に配合させることで、アクリロニトリル系重合体の親水性を容易に向上させることができる。親水性が向上すると、得られる前駆体繊維の緻密性が向上し、表層部のミクロボイド発生を抑制することができる。上述の親水性を向上させるビニル系単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。このようなアクリロニトリル系重合体の親水性を向上させるビニル系単量体の配合量は、アクリロニトリル系重合体中1.0質量%以上5.0質量%以下とすることが好ましい。
【0061】
耐炎化促進効果を有するビニル系単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、エタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、マレイン酸、メサコン酸又はこれらの低級アルキルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩もしくはアクリルアミド、メタクリルアミド等が挙げられる。中でも、少量の配合量でより高い耐炎化促進効果を得る観点から、カルボキシル基を有するビニル系単量体が好ましく、特にアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のビニル系単量体がより好ましい。このようなビニル系単量体を配合することで、後述する耐炎化工程の時間を容易に短縮でき、製造コストを容易に低減できる。上述の耐炎化を促進させるビニル系単量体は、1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。このような耐炎化促進効果を有するビニル系単量体の配合量は、アクリロニトリル系重合体中1.0質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。
【0062】
また、本発明の製造方法では、アクリロニトリル系重合体が、アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸(例えば、アクリル酸やメタクリル酸やイタコン酸)を含むビニル系単量体単位を合計で1.0質量%以上5.0質量%以下含むことが好ましい。これによって、アクリロニトリル系重合体中のアクリロニトリル配合量を95.0質量%以上99.0質量%以下にすることができ、更にアクリロニトリル系重合体の親水性を向上させ、耐炎化促進成分も導入することができる。なお、アクリロニトリル系重合体中の上記ビニル系単量体単位の含有量は、1H−NMR法から得られるケミカルシフトの積分比により特定することができる。
【0063】
アクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル系重合体濃度は、18質量%以上26質量%以下が好ましく、20質量%以上24質量%以下がより好ましい。18質量%以上であれば、緻密な凝固糸を容易に得ることができ、26質量%以下であれば紡糸原液として適度な粘度と流動性が容易に得られるためである。
【0064】
また、本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法では、上述したようにジメチルホルムアミド等の高沸点の分散媒を用いることが好ましく、これら高沸点の分散媒を用いた場合、加熱前の分散液中の重合体濃度(含有率)と加熱後の溶液中の重合体濃度は変化しない。このため、分散液中の重合体の含有率も、同様の理由から、18質量%以上26質量%以下が好ましく、20質量%以上24質量%以下がより好ましい。
【0065】
また、本発明のアクリロニトリル系重合体溶液は式4より算出した吸光度が40以上50以下であることが好ましい。吸光度が上記範囲内の重合体溶液は、ゲル状物の含有量が非常に少ないだけでなく、溶け残りなどの異物量も非常に少なく、高強度の炭素繊維が容易に得られ、さらに炭素繊維を製造する際に、重合体溶液を作製した後の工程における安定性向上も期待できる。
【0066】
吸光度の測定
重合体の溶解に使用した溶媒と同じ溶媒で、アクリロニトリル系重合体溶液をその質量に対して20倍希釈して厚さ1cmのセルに入れて、波長350nmにおける吸光度A350を測定する。吸光度A350と以下の式4を用いることで吸光度を算出する。なお、吸光度A350の測定には、日立分光光度計(U−3300)を用いることができ、測定は、30℃で行うことができる。
【0067】
(式4)
吸光度 = 吸光度A350/(希釈前のアクリロニトリル系重合体溶液1g中の重合体質量(g)×アクリロニトリル系重合体1モル中のカルボン酸モル量(mol))。
【0068】
なお、20倍希釈に用いる溶媒は、溶解時の溶剤と同様の溶剤を用いる。
【0069】
例えば、以下の条件(iおよびii)で本発明のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法を行うことにより、式4に示す吸光度が上記範囲内の重合体溶液を得ることができる。
【0070】
i)アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と、該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成されるアクリロニトリル系重合体を用いること。
ii)分散液中のアクリロニトリル系重合体の濃度を18質量%以上26質量%以下にすること。
【0071】
<炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法>
以下に、アクリロニトリル系重合体溶液から炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維(以下単に炭素繊維前駆体繊維と表記する場合がある)を得る方法の一例を詳しく説明する。
【0072】
本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法は、前記アクリロニトリル系重合体溶液を乾湿式紡糸法または湿式紡糸法により紡糸して、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を製造する方法である。
【0073】
また、乾湿式紡糸法または湿式紡糸法において、前記アクリロニトリル系重合体溶液をノズルから吐出して紡糸する際に、重合体溶液を得た時点から3分以内に30℃以上90℃以下に温度制御してから、前記ノズルから吐出するまで、重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に保ち続けることが好ましい。さらに、重合体溶液を得た時点から3分以内に50℃以上70℃以下に温度制御し、それから重合体溶液をノズルから吐出するまで、この重合体溶液の温度を50℃以上70℃以下に保持し続けることがより好ましい。30℃以上に保持することで、アクリロニトリル系重合体溶液の流動性を容易に保つことができ、炭素繊維を製造する際に、重合体溶液を作製した後の工程における通過性が特に良好になる。また、90℃以下に保持することでアクリロニトリル系重合体溶液中のポリマー鎖の分子内、分子間での架橋反応、および環化反応の進行を容易に抑えることができ、ゲル状物の量の増加を容易に防ぐことができる。
【0074】
本発明の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
工程1.前記重合体溶液を乾湿式または湿式紡糸する前に、この重合体溶液を濾過する濾過工程。
工程2.濾過した重合体溶液を凝固浴に紡出して凝固糸を得る凝固工程。
工程3.前記凝固糸を湿熱延伸して湿熱延伸糸を得る湿熱延伸工程。
工程4.前記湿熱延伸糸に油剤組成物を付着させる油剤組成物付着工程。
工程5.油剤組成物を付着させた湿熱延伸糸を乾燥緻密化させて乾燥緻密糸を得る乾燥緻密化工程。
工程6.前記乾燥緻密糸を乾熱延伸して炭素繊維前駆体繊維を得る乾熱延伸工程。
【0075】
・濾過工程
重合体溶液を紡糸する前に、重合体溶液から工程異常や炭素繊維の性能低下を招く可能性のあるゴミなどの異物をフィルター装置で濾過する工程である。また、重合体溶液をフィルター装置で濾過する際、目開きの粗いプレフィルターにて予め重合体溶液を濾過してもかまわない。
【0076】
・凝固工程
炭素繊維前駆体繊維を得る方法としては、例えば、直接凝固浴中に紡出して凝固させる湿式紡糸法、空気中で凝固させる乾式紡糸法、一旦、空気中に紡出した後、凝固浴中で凝固させる乾湿式紡糸法等、公知の紡糸方法が挙げられる。中でも、炭素繊維の強度及び弾性率をより向上させる観点から、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法が好ましい。
【0077】
乾湿式紡糸法または湿式紡糸法による紡糸賦形は、アクリロニトリル系重合体溶液を略円形断面の吐出孔を有するノズルより凝固浴中に紡出する方法が挙げられる。凝固浴としては、溶剤回収の容易性の観点から、アクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤(溶媒)を含む水溶液を用いることが好ましい。
【0078】
凝固浴として重合体溶液の溶剤を含む水溶液を用いる場合、この水溶液中の溶剤濃度は、60質量%以上85質量%以下であることが好ましい。この範囲内であれば、炭素繊維前駆体繊維をボイドの発生がない緻密な構造に容易にすることができ、高強度、高弾性率の炭素繊維が容易に得られる。加えて、延伸性が確保でき生産性にも優れる。
【0079】
凝固浴の温度は、特に限定されないが、−10℃以上60℃以下が好ましい。この範囲内であれば、前駆体繊維をボイドの発生がない緻密な構造に容易にすることができ、高強度、高弾性率の炭素繊維が容易に得られる。加えて、延伸性も確保でき生産性に優れたものとなる。
【0080】
・湿熱延伸工程
得られた凝固糸は凝固浴中又は延伸浴中で湿熱延伸させて湿熱延伸糸とする。また、凝固糸を空中で延伸した後、再度、浴中で延伸することで湿熱延伸糸を得ることもできる。更にまた、延伸の前後又は延伸中に水洗し、湿熱延伸糸を水膨潤状態とすることができる。延伸浴としては、例えば、水や、アクリロニトリル系重合体溶液に用いられる溶剤を含む水溶液等が挙げられる。
【0081】
延伸浴の溶剤濃度は0質量%〜85質量%が好ましい。この範囲内であれば炭素繊維前駆体繊維をボイドの発生がない緻密な構造に容易にすることができ、高強度、高弾性率の炭素繊維が容易に得られる。加えて、延伸性も確保でき生産性に優れたものとなる。
【0082】
延伸浴の温度は特に限定されないが50以上98℃以下が好ましい。この範囲内であれば、前駆体繊維をボイドの発生がない緻密な構造に容易にすることができ、高強度、高弾性率の炭素繊維が容易に得られる。加えて、延伸性も確保でき生産性に優れたものとなる。
【0083】
湿熱延伸は、凝固浴又は延伸浴に凝固糸を入れ、凝固糸に張力を掛けることで行うことができる。湿熱延伸は、例えば、1回で所望の倍率としてもよいし、2回以上に分けて多段に延伸することで所望の倍率としてもよい。なお、空中での延伸と延伸浴中での延伸とを組み合わせて、合計で5〜15倍に湿熱延伸することが好ましい。このように延伸することで、炭素繊維の高強度化、高弾性率が容易に図れる。
【0084】
・油剤組成物付着工程
油剤組成物の湿熱延伸糸への付与は、前述の浴中延伸後の水膨潤状態にある湿熱延伸糸に油剤組成物の分散液(油剤分散液)を付与することにより行うことができる。浴中延伸の後に洗浄を行う場合は、浴中延伸及び洗浄を行った後に得られる水膨潤状態にある湿熱延伸糸に油剤分散液を付与することもできる。
【0085】
油剤組成物は、炭素繊維前駆体繊維に求める機能等を勘案して決定でき、耐熱性の観点から、シリコーン系油剤組成物が好ましく、アミノ変性シリコーンが特に好ましい。油剤組成物には、必要に応じて、さらに酸化防止剤、帯電防止剤、消泡剤、防腐剤、抗菌剤、浸透剤等の添加物を配合することができる。
【0086】
油剤分散液を調製する際の、各成分の混合や水中分散は、プロペラ攪拌、ホモミキサー、ホモジナイザー等を使って行うことができる。そのほかの調整方法として加温しながらホモミキサー等で油中水滴型の油剤分散液を形成した後、温度を下げて転相させ、水中油滴型の油剤分散液とする転相温度法を用いることもできる。
【0087】
油剤組成物を炭素繊維前駆体繊維に含浸させる方法としては、ローラー法、ガイド法、スプレー法、ディップ法等、公知の方法を用いることができる。
【0088】
湿熱延伸糸への油剤組成物付着において、湿熱延伸糸の油剤分散液への含浸は1回であってもよく、2回以上繰り返す多段処理であってもよい。より均一に凝固糸に油剤組成物を付着させる観点から、多段処理とすることが好ましい。
【0089】
炭素繊維前駆体繊維における油剤組成物の付着量は、炭素繊維前駆体繊維の乾燥質量に対して0.1質量%以上2質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上1.5質量%以下であることがさらに好ましい。油剤組成物の付着量が0.1質量%以上であると、油剤組成物の機能を容易に十分発現させることができる。油剤組成物の付着量が2質量%以下であると、余分に付着した油剤組成物が、焼成工程において高分子化して単繊維間の接着の誘因となることを容易に防ぐことができる。
【0090】
・乾燥緻密化工程
続いてこの油剤組成物が付着した湿熱延伸糸を乾燥緻密化させて乾燥緻密糸を得る。乾燥緻密化は、炭素繊維の分野で従来公知の方法を用いることができる。
【0091】
油剤組成物を付与した湿熱延伸糸の乾燥緻密化における乾燥温度は、前駆体繊維のガラス転移温度を超えた温度とすることが好ましい。このような乾燥温度で処理することで、油剤組成物を付与した湿熱延伸糸の乾燥と緻密化が容易に達成できる。乾燥温度は油剤組成物を付与した湿熱延伸糸の含水量の変動により異なるが、100〜200℃の範囲で決定することが好ましい。
【0092】
・乾熱延伸工程
続いて緻密性や配向度の向上のため、乾燥緻密糸を乾熱延伸させ、炭素繊維前駆体繊維を得る。加熱延伸の方法には、加熱ローラーで搬送させながら延伸する方法や加圧水蒸気圧雰囲気下で延伸する方法がある。
【0093】
以上より得られた炭素繊維前駆体繊維を、室温のロール等に通すことにより、常温の状態まで冷却することができる。冷却した炭素繊維前駆体繊維は、ワインダーによってボビンに巻き取られ、或いはケンスに振込まれて収納され、以降の炭素繊維の製造に供される。
【0094】
〈炭素繊維の製造方法〉
以下に、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維から炭素繊維を得る方法の一例を説明する。
【0095】
炭素繊維は、炭素繊維前駆体繊維を焼成する(以下焼成工程と表記する)ことで得ることができる。焼成工程は、耐炎化処理工程と炭化処理工程とからなることができる。焼成工程における各処理の条件は特に限定されないが、繊維内部にボイド等の構造的欠陥が発生しにくい条件を設定するのが好ましい。
【0096】
耐炎化処理工程は、前駆体繊維を酸化性雰囲気中で緊張あるいは延伸条件下で、任意の時間加熱し、耐炎化繊維とするものである。耐炎化処理の方法は、例えば、熱風循環方式、多孔板表面を有する固定熱板方式等が挙げられる。
【0097】
炭化処理工程は、耐炎化処理で得られた耐炎化繊維を不活性ガス雰囲気下で加熱することにより、炭素繊維を得るものである。炭化処理工程は、前炭素化工程と、前炭素化工程より高い温度で行う炭素化工程とからなることができる。
【0098】
前炭素化工程は、例えば、最高温度550〜800℃の不活性ガス雰囲気中、緊張下で耐炎化繊維を加熱することより行うことができる。
【0099】
炭素化工程は、例えば、1200〜3000℃の不活性雰囲気中、前炭素化工程より得られた前炭素化繊維を加熱することにより行うことができる。
【0100】
以上より得られた炭素繊維に対して、さらに表面処理を行うことにより、複合材料のマトリックス樹脂との接着性の改善を容易に図ることができる。表面処理方法としては、例えば、気相、液相処理を採用することができ、生産性、バラつき防止等の観点から電解処理が好ましい。電解処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の酸水溶液、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド等のアルカリ水溶液、或いはこれらの塩の水溶液が挙げられる。中でも、アンモニウムイオンを含む水溶液が好ましく、例えば、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、過硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウムあるいはこれらの混合物の水溶液が挙げられる。
【0101】
電解処理の電気量は、炭素繊維に応じて決定でき、例えば、炭化度の高い炭素繊維ほど、高い通電電気量とする。
【0102】
得られた炭素繊維は、必要に応じて、さらにサイジング処理を行うことができる。サイジング処理に用いるサイジング剤は、マトリックスの種類に応じて決定でき、マトリックスとの相溶性のよいものが好ましい。
【0103】
炭素繊維にこれらの表面処理を施すことによって、炭素繊維とマトリックスとの接着を適正なレベルに容易にすることができ、縦方向及び横方向にバランスのとれた機械特性を容易に発現させることができる。
【0104】
本発明のアクリルニトリル系重合体溶液の製造方法より得られる、または本発明のアクリロニトリル系重合体溶液を用いて、上述した方法によって得た炭素繊維前駆体繊維は、100nm以上の大きさを持つ、ポリマー鎖が分子内、分子間架橋または分子内環化したゲル状物がほとんど含まれていないものになる。
【0105】
また、この炭素繊維前駆体アクリル繊維を焼成して得られる炭素繊維は、強度が非常に優れており、特に航空機、宇宙産業用繊維強化樹脂複合材料に用いる強化繊維として好適である。
【実施例】
【0106】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、各例より得られた重合体溶液および炭素繊維について以下の評価を行った。
【0107】
[フィルター交換頻度]
65℃に保温したアクリロニトリル系重合体溶液を1分間当たり0.20L/m2の流量でステンレス鋼繊維焼結フィルター(型番:NF2M−05C、(株)明成商会製)を用いたリーフディスクタイプのフィルター装置で濾過をしながら、炭素繊維前駆体繊維を連続的に長期間製造した。このとき、紡糸開始日から終了日までの間にフィルターを交換した回数(年間あたりに換算)を調べた。交換の目安である限界圧力は2.5MPaとした。
【0108】
[吸光度]
評価原液(重合体溶液)を、重合体溶液の溶媒と同じ溶媒で30℃にて質量基準で20倍に希釈して厚さ1cmのセルに入れ、日立分光光度計(型番:U−3300)を用いて波長350nmにおける吸光度A350を測定した。吸光度A350と次式を用いることで吸光度X値を求めた。
吸光度 = 吸光度A350/(希釈前のアクリロニトリル系重合体溶液1g中の重合体質量(g)×アクリロニトリル系重合体1モル中のカルボン酸モル量(mol))。
【0109】
[100nm以上のゲル状物個数]
評価原液20gを評価原液の溶媒と同じ溶媒で質量基準で50倍希釈したものを、目開き0.1μmのPTFEメンブレンフィルター(型番:DMT11T1−A0.1μ、セントラルフィルター工業株式会社製)で、希釈原液温度を50℃に維持しながら、流量を4g/min/cm2に維持しつつ、濾過した。溶液濾過後のメンブレンフィルターの表面を蛍光顕微鏡で観測し、一視野当たりの黄色輝点の個数を測定した。測定は観測する箇所を変更しながら10回おこない、測定した黄色輝点数の平均値を50倍することで100nm以上のゲル状物個数とした。
【0110】
[炭素繊維ストランド強度]
炭素繊維ストランド強度は、JIS−R−7601に準じたエポキシ樹脂含浸炭素繊維ストランド法に準じて測定した。なお、測定回数は10回とし、その平均値を評価の対象とした。
【0111】
(実施例1)
[アクリロニトリル系重合体の製造]
アクリロニトリル系重合体は、オーバーフロー式の重合容器に、以下のように各原料を供給すると共に重合容器内の温度を50℃に維持しながら攪拌し、オーバーフローした重合体スラリーを洗浄、乾燥して製造した。重合容器内には、脱イオン水82.75質量%と、モノマー17質量%(組成比・・・アクリロニトリル(AN)単量体単位:メタクリル酸(MAA)単量体単位(質量比)=98:2)と、過硫酸アンモニウム0.1質量%と、亜硫酸水素アンモニウム0.15質量%と、硫酸第一鉄7水和物2質量ppmとを、それぞれ連続して供給すると共に、pH3.0となるように硫酸を適量添加した。得られたアクリロニトリル系重合体の組成は、AN単量体単位:MAA単量体単位(質量比)=98:2であった。
【0112】
[アクリロニトリル系重合体溶液(紡糸原液)の製造]
上記で得たアクリロニトリル系重合体23質量%と−10℃のジメチルホルムアミド(DMF)77質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合してアクリロニトリル系重合体分散液を作製した。分散液作製中は分散液が0℃以上にならないようにした。得られたアクリロニトリル系重合体分散液を分散後すぐに3基直列のシェルアンドチューブタイプの多管式熱交換器のチューブ側に通液し、シェル側に加熱媒体として加圧蒸気を通液させ、この分散液を加熱することで溶解して、加熱開始から10分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。通液直前(加熱直前)の前記分散液の温度は10℃であった。また、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)は表1に示したとおりでY=125(℃)、Z=95(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は95℃以上130℃以下であった。
【0113】
また、シェルアンドチューブタイプの多管式熱交換器内のチューブ断面に対する内接円の半径A(mm)、チューブ断面の内周長B(m)、チューブ内通過液の平均流速C(m/min)は表1に示した通りでA=6.5(mm)、B=0.040(m)、C=0.60(m/min)に制御した。
【0114】
なお、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に65℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前、即ち、後述する紡糸ノズルから吐出するまで重合体溶液の温度を65℃に保持し続けた。
【0115】
また、加熱開始から10分後に得られた重合体溶液を上述した方法により測定した吸光度X値および100nm以上のゲル状物個数(個)を表1に示す。
【0116】
[炭素繊維前駆体繊維の製造]
得られたアクリロニトリル系重合体溶液を、ステンレス鋼繊維焼結フィルター(型番:NF2M−05C、(株)明成商会製)を用いたリーフディスクタイプのフィルター装置にて濾過した。
【0117】
次に、濾過した重合体溶液を、孔径150μm、孔数2000の紡糸ノズルより一旦空気中に吐出し、約4mmの空間を通過させた後、濃度80質量%、温度10℃のジメチルホルムアミド水溶液からなる凝固浴中に導入することで紡糸し、凝固糸を得た。得られた凝固糸を空気中で1.1倍に延伸し、続いて濃度50質量%、温度60℃のジメチルホルムアミド水溶液中で3.0倍に延伸し、熱水中で1.1倍に延伸しながら洗浄、脱溶剤を行った。脱溶剤した凝固糸をアミノ変性シリコーン系油剤分散液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーで緻密乾燥化した。このとき使用したアミノ変性シリコーン系油剤分散液は、アミノ変性シリコーン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8002)90質量部に対し、乳化剤(花王株式会社製、商品名:エマルゲン108)を10質量部混合したものをゴーリンミキサー(エスエムテー株式会社製、商品名:圧力式ホモジナイザーゴーリンタイプ)で乳化した後、水を加えて製造したもので、得られた油剤分散液の組成は、水:アミノ変性シリコーン:乳化剤(質量比)=98.65:1.2:0.15であった。次いで、表面温度190℃の熱ロールにて3.0倍に延伸し、捲取速度250m/分にて単繊維繊度0.7dtexの炭素繊維前駆体繊維を製造した。このときのフィルター交換頻度は表1に示したとおりであった。
【0118】
[炭素繊維の製造]
前駆体繊維を、空気中、200〜280℃の温度勾配を有する耐炎化炉に通し(耐炎化処理)、窒素雰囲気中で350〜2000℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成した(炭素化処理)。その後、電解酸化処理、サイジング処理を施し、炭素繊維とした。
得られた炭素繊維のストランド強度は表1に示したとおり7.0GPaとなった。
【0119】
(実施例2)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=80(℃)、Z=120(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上120℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.9GPaであった。
【0120】
(実施例3)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=90(℃)、Z=115(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を90℃以上115℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は7.2GPaであった。
【0121】
(実施例4)
アクリロニトリル系重合体分散液を、アクリロニトリル系重合体22質量%と−10℃のジメチルホルムアミド78質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合することにより作製した。また、得られた分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際に、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=100(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を100℃以上105℃以下に変更した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に60℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を60℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0122】
(実施例5)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は7.1GPaであった。
【0123】
(実施例6)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=80(℃)、Z=110(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上110℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.7GPaであった。
【0124】
(実施例7)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。さらに、チューブ内通過液の平均流速C(m/min)を表1に示した通りC=1.00(m/min)に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.9GPaであった。
【0125】
(実施例8)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。さらに、チューブ断面に対する内接円の半径A(mm)、チューブ断面の内周長B(m)、平均流速C(m/min)を表1に示した通りA=5.0(mm)、B=0.030(m)、C=0.80(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は7.0GPaであった。
【0126】
(実施例9)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。さらに、チューブ断面に対する内接円の半径A(mm)、チューブ断面の内周長B(m)、平均流速C(m/min)を表1に示した通りA=8.0(mm)、B=0.050(m)、C=0.50(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0127】
(実施例10)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。さらに、平均流速C(m/min)を表1に示した通りC=0.07(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0128】
(実施例11)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を105℃以上110℃以下に変更した。さらに、平均流速C(m/min)を表1に示した通りC=1.00(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.9GPaであった。
【0129】
(実施例12)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから6分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始6分後の溶液温度Z(℃)は表1に示したとおりのY=105(℃)、Z=105(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始6分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は105℃以上110℃以下であった。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始6分後)から3分以内に65℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を65℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0130】
(実施例13)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから7分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始7分後の溶液温度Z(℃)は表1に示したとおりのY=115(℃)、Z=100(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始7分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は100℃以上120℃以下であった。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始7分後)から3分以内に65℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を65℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.7GPaであった。
【0131】
(実施例14)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから8分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始8分後の溶液温度Z(℃)は表1に示したとおりのY=125(℃)、Z=100(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始8分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は100℃以上125℃以下であった。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始8分後)から3分以内に65℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を65℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は7.1GPaであった。
【0132】
(実施例15)
アクリロニトリル系重合体分散液を、アクリロニトリル系重合体24質量%と−10℃のジメチルホルムアミド78質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合することにより作製した。この分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)は、実施例1と同様に、表1に示したとおりのY=125(℃)、Z=95(℃)であった。なお、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を90℃以上125℃以下に変更した。また、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に80℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を80℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は7.0GPaであった。
【0133】
(実施例16)
アクリロニトリル系重合体分散液を−10℃のジメチルホルムアミドの代わりに−10℃のジメチルアセトアミド(DMAc)を用いて作製した以外は、実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.6GPaであった。
【0134】
(実施例17)
アクリロニトリル系重合体分散液をアクリロニトリル系重合体21質量%と20℃のジメチルスルホキシド(DMSO)79質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合することにより作製した。このとき、分散液作製中の分散液の温度が20℃以上にならないようにした。また、加熱開始直前の前記分散液温度は30℃であった。また、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に45℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を45℃に保持し続けた。それら以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.6GPaであった。
【0135】
(実施例18)
重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に60℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を60℃に保持し続けた以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0136】
(実施例19)
重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に80℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を80℃に保持し続けた以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.9GPaであった。
【0137】
(実施例20)
アクリロニトリル系重合体分散液を分散後すぐに1基のシェルアンドチューブタイプの多管式熱交換器のチューブ側に通液した以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.9GPaであった。
【0138】
(実施例21)
アクリロニトリル系重合体分散液を分散後すぐに10基のシェルアンドチューブタイプの多管式熱交換器のチューブ側に通液した以外は実施例1と同様に行った。
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表1に示したとおりであり、得られた炭素繊維のストランド強度は6.8GPaであった。
【0139】
【表1】

【0140】
(比較例1)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=135(℃)、Z=135(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を135℃に維持した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に70℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を70℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0141】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較するとフィルター交換頻度、100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.7GPaであり、実施例1と比較すると1.3GPa低下した。
【0142】
(比較例2)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=90(℃)、Z=90(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を90℃に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0143】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)に大きな違いはなかったがフィルター交換頻度が多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.5GPaであり、実施例1と比較すると1.5GPa低下した。
【0144】
(比較例3)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=80(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液得るまでの分散液の温度を80℃に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0145】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)に大きな違いはなかったがフィルター交換頻度が多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.6GPaであり、実施例1と比較すると1.4GPa低下した。
【0146】
(比較例4)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱を終了した10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0147】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)が多く、フィルター交換頻度も若干多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は6.3GPaであり、実施例1と比較すると0.7GPa低下した。
【0148】
(比較例5)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱を終了した10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=35(℃)、Z=135(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を35℃以上135℃以下に変更した。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0149】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多く、フィルター交換頻度も若干多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.7GPaであり、実施例1と比較すると1.3GPa低下した。
【0150】
(比較例6)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱を終了した10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上135℃以下に変更した。さらに、平均流速C(m/min)を表2に示した通りC=1.50(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0151】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)が多く、フィルター交換頻度も若干多くなった。
得られた炭素繊維は6.1GPaであり、実施例1と比較すると0.9GPa低下した。
【0152】
(比較例7)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、平均流速C(m/min)を表2に示した通りC=0.02(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0153】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)が多く、フィルター交換頻度も多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.9GPaであり、実施例1と比較すると1.1GPa低下した。
【0154】
(比較例8)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、チューブ断面に対する内接円の半径A(mm)、チューブ断面の内周長B(m)、平均流速C(m/min)を表2に示した通りにA=2.0(mm)、B=0.015(m)、C=1.95(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0155】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)が多く、フィルター交換頻度も多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は6.5GPaであり、実施例1と比較すると0.5GPa低下した。
【0156】
(比較例9)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上135℃以下に変更した。さらに、チューブ断面に対する内接円の半径A(mm)、チューブ断面の内周長B(m)、平均流速C(m/min)を表2に示した通りにA=15.0(mm)、B=0.095(m)、C=0.25(m/min)に変更した。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0157】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)が多く、フィルター交換頻度もかなり多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.5GPaであり、実施例1と比較すると1.5GPa低下した。
【0158】
(比較例10)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから15分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始15分後の溶液温度Z(℃)は表2に示したとおりでY=125(℃)、Z=100(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始15分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は100℃以上125℃以下であった。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0159】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較するとフィルター交換頻度、100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.7GPaであり、実施例1と比較すると1.3GPa低下した。
【0160】
(比較例11)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから15分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始15分後の溶液温度Z(℃)は表2に示したとおりでY=135(℃)、Z=110(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始15分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は110℃以上135℃以下であった。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0161】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較するとフィルター交換頻度、100nm以上のゲル状物個数(個)が多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は4.8GPaであり、実施例1と比較すると2.2GPa低下した。
【0162】
(比較例12)
アクリロニトリル系重合体分散液を加熱してから3分後にアクリロニトリル系重合体溶液を得た。その際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始3分後の溶液温度Z(℃)は表2に示したとおりでY=125(℃)、Z=100(℃)であった。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始3分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度は100℃以上125℃以下であった。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0163】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)に大きな違いはなかったがフィルター交換頻度が多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.9GPaであり、実施例1と比較すると1.1GPa低下した。
【0164】
(比較例13)
アクリロニトリル系重合体分散液を、アクリロニトリル系重合体10質量%と−10℃のジメチルホルムアミド90質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合することにより作製した。得られた分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に20℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を20℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0165】
100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多かった。
また、安定に紡糸ができず、炭素繊維前駆体繊維を得ることができなかった。このため、フィルター交換頻度および炭素繊維のストランド強度は測定できなかった。
【0166】
(比較例14)
アクリロニトリル系重合体分散液を、アクリロニトリル系重合体30質量%と−10℃のジメチルホルムアミド70質量%を二軸ミキサーにより攪拌、混合することにより作製した。得られた分散液の加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に100℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を100℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0167】
100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多かった。
また、安定に紡糸ができず、炭素繊維前駆体繊維を得ることができなかった。このため、フィルター交換頻度および炭素繊維のストランド強度は測定できなかった。
【0168】
(比較例15)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解して重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。このとき3基直列の多管式熱交換器に通液する直前の前記分散液温度は70℃であった。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0169】
前記分散液を3基直列の多管式熱交換器に通液する最中に分散液の粘度が増加し、送液負荷の増大、熱交換器内の閉塞が発生し、運転ができなかった。このため、重合体溶液の吸光度及びゲル状物個数、フィルター交換頻度並びに炭素繊維のストランド強度は測定できなかった。
【0170】
(比較例16)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解して重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。このとき3基直列の多管式熱交換器に通液する直前の前記分散液温度は−40℃であった。それら以外は実施例1と同様に行った。
【0171】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較するとフィルター交換頻度がかなり多かった。
【0172】
得られた炭素繊維のストランド強度は5.8GPaであり、実施例1と比較すると1.2GPa低下した。
【0173】
(比較例17)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に20℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を20℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0174】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較すると100nm以上のゲル状物個数(個)、フィルター交換頻度がかなり多くなった。
得られた炭素繊維のストランド強度は5.2GPaであり、実施例1と比較すると1.8GPa低下した。
【0175】
(比較例18)
アクリロニトリル系重合体分散液を溶解してアクリロニトリル系重合体溶液を得る際、加熱開始から1分後の分散液温度Y(℃)および加熱開始10分後の溶液温度Z(℃)を表2に示したとおりのY=80(℃)、Z=130(℃)に変更した。また、加熱開始より1分を超えてから加熱開始10分後に重合体溶液を得るまでの分散液の温度を80℃以上130℃以下に変更した。さらに、重合体溶液の温度を、重合体溶液を得た時点(加熱開始10分後)から3分以内に110℃に変更し、それから炭素繊維前駆体繊維を製造する直前まで、重合体溶液の温度を110℃に保持し続けた。それら以外は、実施例1と同様に行った。
【0176】
フィルター交換頻度および100nm以上のゲル状物個数(個)も表2に示したとおりであり、実施例1と比較するとフィルター交換頻度、100nm以上のゲル状物個数(個)がかなり多かった。
得られた炭素繊維のストランド強度は3.3GPaであり、実施例1と比較すると3.7GPaも低下した。
【0177】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル単量体単位を含むアクリロニトリル系重合体が分散媒に分散したアクリロニトリル系重合体分散液を加熱してアクリロニトリル系重合体溶液を製造する方法であって、以下の条件を満足する製造方法:
1.加熱前の分散液の温度が−20℃以上40℃以下である、
2.加熱を開始してから1分後の分散液温度Y(℃)が60℃以上125℃以下である、
3.加熱を開始してから5分以上12分以下の間に該分散液が溶解したアクリロニトリル系重合体溶液を得て、その際、得られた該重合体溶液の温度Z(℃)が式1を満たす、
4.アクリロニトリル系重合体溶液を得た時点から3分以内に該重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に温度制御する、
(式1)
−0.006×Y2+0.47×Y+112(℃)≦Z(℃)≦−0.30×Y+145(℃)。
【請求項2】
加熱開始1分後からアクリロニトリル系重合体溶液を得るまでの間の該分散液の温度を60℃以上130℃以下とする請求項1に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項3】
前記アクリロニトリル系重合体が、前記アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と、該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成される請求項1または2に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項4】
前記分散媒がジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドまたはジメチルスルホキシドである請求項1〜3のいずれか一項に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項5】
前記アクリロニトリル系重合体分散液中の前記アクリロニトリル系重合体の含有率が18質量%以上26質量%以下である請求項1〜4のいずれか一項に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項6】
前記アクリロニトリル系重合体分散液を加熱する手段が、シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器である請求項1〜5のいずれか一項に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項7】
前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器のチューブ側に前記アクリロニトリル系重合体分散液を通液させ、シェル側に加熱媒体を通液させる請求項6に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項8】
前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のチューブ断面に対する内接円の半径A(mm)が以下の式2を満たす請求項7に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法:
(式2)
4.0(mm)≦A(mm)≦10.0(mm)。
【請求項9】
前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のアクリロニトリル系重合体分散液の平均流速C(m/min)が以下の式3を満たす請求項7または8に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法:
(式3)
0.0010/B(m/min)≦C(m/min)≦0.0500/B(m/min)
(ただし、Bは前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器内のチューブ断面の内周長(m)を表す)。
【請求項10】
前記シェルアンドチューブタイプの単管もしくは多管式熱交換器を複数直列に接続させて使用する請求項6〜9のいずれか一項に記載のアクリロニトリル系重合体溶液の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の製造方法により得られたアクリロニトリル系重合体溶液を乾湿式紡糸法または湿式紡糸法により紡糸して、炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維を得る炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項12】
前記乾湿式紡糸法または湿式紡糸法において、前記アクリロニトリル系重合体溶液をノズルから吐出して紡糸する際に、
該重合体溶液を得た時点から3分以内に30℃以上90℃以下に温度制御してから、該ノズルから吐出するまで、該重合体溶液の温度を30℃以上90℃以下に保ち続ける請求項11に記載の炭素繊維前駆体アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項13】
アクリロニトリル単量体単位95.0質量%以上99.0質量%以下と、該アクリロニトリル単量体と共重合可能なカルボン酸を含むビニル系単量体単位1.0質量%以上5.0質量%以下とで構成されるアクリロニトリル系重合体が溶媒に溶解した重合体溶液であって、
該アクリロニトリル系重合体の濃度が18質量%以上26質量%以下であり、かつ以下の方法により算出された吸光度が40以上50以下である、アクリロニトリル系重合体溶液:
吸光度の算出方法
該アクリロニトリル系重合体溶液を該溶媒で質量換算で20倍に希釈し、厚さ1cmのセルに入れ、波長350nmにおける吸光度A350を測定し、以下の式4を用いて吸光度を算出する:
(式4)
吸光度 = 吸光度A350/(希釈前のアクリロニトリル系重合体溶液1g中のアクリロニトリル系重合体質量(g)×アクリロニトリル系重合体1モル中のカルボン酸モル量(mol))。
【請求項14】
前記溶媒がジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドまたはジメチルスルホキシドである請求項13に記載のアクリロニトリル系重合体溶液。

【公開番号】特開2013−44057(P2013−44057A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180697(P2011−180697)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】