説明

アグリカン分解抑制剤

【課題】新規なアグリカン分解抑制剤を提供する。
【解決手段】ライチ抽出物を有効成分として含有するアグリカン分解抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアグリカン分解抑制剤、アグリカナーゼ活性阻害剤、及び関節軟骨細胞外基質分解抑制剤に関する。さらに本発明は、関節軟骨細胞外基質の分解に起因する症状又は疾患の予防剤、治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、骨関節疾患の罹患人口が増加している。骨関節疾患の多くは年齢とともに発症者数が増加する傾向にあり、近年の高齢化に伴って罹患人口のさらなる増加が予想されている。
骨関節疾患のひとつである変形性関節症(Osteoarthritis)は、関節軟骨の破壊、変性、消失を特徴とする進行性の疾患である。全国の患者総数は約800万人と推測されており、同じ骨関節疾患のひとつである慢性関節リウマチとくらべてはるかに患者数が多い。現在のところ、変形性関節症の薬物治療法は疼痛緩和を目的とした対症療法であり、疾患の進行そのものを抑える治療法はほとんど確立されていない。また、従来の治療薬には副作用等の問題があるものが多く、より安全で効果の高い予防・治療薬が望まれている。
【0003】
変形性関節症は、軟骨組織の破壊が原因とされる。軟骨組織は軟骨細胞とそれを取り囲む細胞外基質から構成されており、関節軟骨細胞外基質(以下、単に軟骨基質ともいう)の主成分はII型コラーゲンとプロテオグリカンである。健常人の軟骨組織では、軟骨基質コラーゲン及びプロテオグリカン(アグリカン)の産生と、軟骨基質分解酵素による軟骨基質分解との代謝バランスが適正に保たれている。これに対し、変形性関節症患者では、発症初期において関節軟骨基質の分解・変性が観察されることから、軟骨基質の代謝バランスが分解に傾いていると考えられている。
【0004】
軟骨基質を分解する酵素としては、ADAMTS(A Disintegrin And Metalloproteinase with ThoromboSpondin motifs)ファミリーに属するメタロプロテアーゼ群、及びMMP(Matrix Metalloproteinase)ファミリーに属するメタロプロテアーゼ群が知られている。これらのファミリーには、アグリカンを分解する酵素アグリカナーゼや、コラーゲンとアグリカンを分解する酵素MMPが含まれる。
近年の研究で、軟骨基質の破壊は、まずアグリカンの酵素的分解と消失が先行して起こり、次いでコラーゲンの酵素的分解が起こること、変形性関節症患者から採取した関節液中にはアグリカン分解産物が多く観察されることが報告されている。さらに、変形性関節症軟骨でのアグリカン分解は、アグリカナーゼ阻害剤によって抑制されるが、MMP阻害剤では抑制されないことも報告されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ann-Marie,et al.;THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 277;22201-22208,2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アグリカン分解抑制剤、アグリカナーゼ活性阻害剤、及び関節軟骨細胞外基質分解抑制剤を提供することを課題とする。また本発明は、関節軟骨細胞外基質の分解に起因する症状又は疾患の予防剤、治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記課題に鑑み、アグリカン分解を抑制する新規素材の探索を行った。その結果、ライチ抽出物がアグリカン分解酵素であるアグリカナーゼの活性を阻害し、軟骨基質のアグリカン分解を効果的に抑制することを見出した。本発明はこの知見に基づいて完成されたものである。
【0008】
本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有するアグリカン分解抑制剤に関する。
また、本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有するアグリカナーゼ活性阻害剤に関する。
また、本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有する関節軟骨基質分解抑制剤に関する。
さらに、本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有し、関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる症状又は疾患(例えば、変形性関節症)を予防、改善するための予防・治療剤に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、アグリカン分解抑制剤、アグリカナーゼ活性阻害剤、及び関節軟骨細胞外基質分解抑制剤を提供することができる。また、本発明によれば、関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる症状又は疾患を予防・改善するための予防剤、治療剤、食品及び飲料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のアグリカン分解抑制剤及びアグリカナーゼ活性阻害剤は、ライチ抽出物を有効成分として含有する。後述の実施例で示されるように、ライチ抽出物はアグリカナーゼ活性を有意に低下させ、アグリカナーゼによるアグリカン分解を抑制する。
アグリカンは、関節軟骨の細胞外基質に存在する主要なプロテオグリカンであって、コアタンパク質とそれを修飾するコンドロイチン硫酸及びケラタン硫酸などのグリコサミノグリカンとからなる。アグリカナーゼは、アグリカンのコアタンパク質中の特定の部位を切断してアグリカンを分解する酵素である。代表的なアグリカナーゼとしてADAMTS−4及びADAMTS−5が挙げられ、これらは変形性関節症患者の軟骨中でタンパク質及び遺伝子発現が確認されている(Ann-Marie,et al.;THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 277;22201-22208,2002)。特に、ADAMTS−5はアグリカン破壊において中心的な役割を担っていると考えられており、ADAMTS−5遺伝子欠損マウスでは軟骨基質破壊が大幅に抑制されること、ADAMTS−5が関節炎に関与することが報告されている(Glasson SS,et al.;Nature;vol.434:644-648,2005、及びStanton H,et al.;Nature;vol.434:648-652,2005参照)。
本発明のアグリカナーゼ活性阻害剤は、特にアグリカナーゼADAMTS−5の活性を好適に阻害する。
【0011】
さらに本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有する関節軟骨細胞外基質分解抑制剤を提供するものである。前述のように軟骨基質にはアグリカン及びコラーゲンが含まれ、ライチ抽出物の作用によりアグリカナーゼによるアグリカン分解を抑制することで、関節軟骨細胞外基質全体の分解を抑制することができる。
ライチ抽出物が、アグリカン分解抑制作用、アグリカナーゼ活性阻害作用、及び関節軟骨基質分解抑制作用を有することは、従来全く知られておらず、本発明者等により今回新たに得られた知見である。
【0012】
また本発明は、ライチ抽出物を有効成分として含有する、関節軟骨細胞外基質の分解に起因する種々の症状や疾患を予防・改善することを目的とした予防剤・治療剤を提供する。ライチ抽出物の作用により過剰なアグリカン分解を抑制し、分解に傾いた軟骨基質の代謝バランスを修復し、減少したアグリカンを増加させ、軟骨基質を健常化することができる。
関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる症状又は疾患としては、種々の骨関節疾患が挙げられる。骨関節疾患の一例として、変形性関節症、慢性関節リウマチ、骨関節症、乾癬性関節炎、炎症性腸疾患、歯周疾患、骨粗頌鬆症等を挙げることができる。特に、本発明の予防・治療剤は、変形性関節症の予防・改善に用いることが好ましい。なお、変形性関節症(Osteoarthritis)とは、関節軟骨の変性、磨耗および軟骨下骨の硬化、増殖性変化を特徴とする疾患をいう。
【0013】
本発明に用いる抽出物はライチを原料とする。ライチは、学名:Litchi chinensisであるムクロジ科レイシ属の植物であり、レイシ(茘枝)とも呼ばれる。
抽出物の製造には、ライチの全ての任意の部分が使用可能である。例えば、全木、任意の部位(根、根茎、幹、枝、茎、葉、樹皮、樹液、樹脂、花、果実、種子等)を用いることができ、これらを複数組み合わせて用いてもよい。なかでも、本発明ではライチの果実を用いて抽出を行うことが好ましい。ライチ果実は、従来から食用として用いられていることもあり、安全性が高い。
【0014】
ライチ抽出物の抽出には、通常の抽出方法を用いることができる。本発明で用いるライチ抽出物は、溶媒等を用いて得られる抽出液であってもよく、果実を搾汁等して得られる果汁でもよい。
抽出方法は特に限定されないが、植物を常温又は加温下にて抽出するか又はソックスレー抽出器等の抽出器具を用いて抽出することにより得ることが好ましい。
抽出物の調製には、上記植物をそのまま又は乾燥粉砕して用いることができる。また、上記植物の水蒸気蒸留物又は圧搾物を用いることもでき、これらは精油等より精製したものを用いることもでき、また市販品を利用することもできる。上記植物又はその水蒸気蒸留物若しくは圧搾物は、いずれかを単独で、又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0015】
抽出に溶媒を用いる場合、溶媒としては特に限定されないが、通常植物成分の抽出に用いられるもの、例えば水、石油エーテル、n−ヘキサン、トルエン、ジクロロエタン、クロロホルム、エーテル、酢酸エチル、アセトン、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、超臨界二酸化炭素等を用いることができる。なかでも、水、エタノール、アセトンを用いることが好ましい。これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用できる。また、抽出に際して酸やアルカリなどを添加し、抽出溶媒のpHを調整してもよい。
【0016】
抽出条件も通常の条件を適用でき、例えば上記植物を0〜100℃で0.5時間〜30日間浸漬又は加熱還流すればよい。用いる抽出溶媒の量は、上記植物の重量に対して1倍量〜50倍量、好ましくは5倍量〜20倍量である。
【0017】
本発明において、上記ライチ抽出物をそのまま用いてもよいし、さらに適当な分離手段、例えば吸着樹脂精製、ゲル濾過、クロマトグラフィー、精密蒸留等により活性の高い画分を分画して用いることもできる。また、得られたライチ抽出物を希釈、濃縮または凍結乾燥した後、粉末又はペースト状に調製して用いることもできる。
本発明において、ライチ抽出物とは、前記のような抽出方法で得られた各種溶剤抽出液、その希釈液、その濃縮液、その精製画分又はその乾燥末を含むものである。
【0018】
ライチ抽出物の具体的な抽出方法として以下の方法が例示できるが、本発明はこれに限定されるものではない。
ライチ抽出物の抽出方法:まず、ライチ果実100gに対して、50%エタノール水 1Lを加え、20℃で7日間浸漬抽出を行う。その後、ろ紙を用いたろ過によって、不溶の抽出残渣を除去して抽出液を得る。得られた抽出液を減圧にて濃縮した後、凍結乾燥を行い、抽出物を得る。
【0019】
本発明で用いるライチ抽出物は、ライチ由来ポリフェノールを主成分として含有するものであることが好ましい。特に、ライチ抽出物中にライチ由来ポリフェノールが40質量%以上含まれることが好ましい。ライチ由来ポリフェノールは、例えば、上記の手法で得たライチ抽出物を、後述する吸着樹脂等により精製することで得ることができる。
さらに、本発明ではポリフェノール成分が低分子化されたライチ抽出物を用いることが好ましい。ポリフェノール成分が低分子化されたライチ抽出物とは、カテキン分子の重合度が5以下の低重合体ポリフェノールが主成分(ライチ抽出物中に10質量%以上含まれることが好ましい)であるライチ抽出物をいう。
このような低分子化ポリフェノールは、カテキン分子が10ユニット以上重合した(重合度10以上の)高重合体ポリフェノールを分解・断片化することによって得ることができる。抽出物のポリフェノール成分を低分子化する方法としては、例えば、国際公開第2006/090830号パンフレット記載の方法を参照でき、当該方法を本発明においても好ましく用いることができる。具体的には、ライチ抽出物を、フロログルシノール環またはレゾルシノール環構造を有する物質と共に、酸性溶液中で加熱分解した後、吸着樹脂などにより精製を行うことで得ることができる。
【0020】
ライチ抽出物を低分子化する際に用いるフロログルシノール環またはレゾルシノール環構造を有する物質としては、フロログルシノール、レスベラトロール、カテキン、エピカテキン、カテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキン、エピガロカテキン、ガロカテキンガレート、エピガロカテキンガレート、緑茶抽出物、ブドウ果皮抽出物等が挙げられる。なかでも、本発明においては緑茶抽出物を用いることが好ましい。
上記フロログルシノール環またはレゾルシノール環構造を有する化合物は、市販品を用いることができる。また、通常の方法により化学合成することもできる。
緑茶抽出物、ブドウ果皮抽出物等の植物抽出物の抽出方法は特に限定されず、一般的な植物の抽出方法を用いることができる。また、前記のライチ抽出物の抽出方法に準拠しておこなうこともできる。緑茶抽出物としては、ツバキ科チャノキ(Camellia sinensis)の葉より得られる抽出物を用いることが好ましく、抽出溶媒としては水、エタノールが好ましく、水が特に好ましい。また、抽出温度は20〜100℃が好ましく、80〜100℃が特に好ましい。抽出時間は、30秒〜10日間が好ましく、1〜5分が特に好ましい。具体的な抽出方法として、緑茶葉10gに対して、98℃の熱水を100mL加え、2分間抽出した後、ろ過によって抽出液を得た後、凍結乾燥することで抽出物を得る方法が例示できるが、本発明はこれに限定されない。
【0021】
ライチ抽出物とともに用いるフロログルシノール環又はレゾルシノール環構造を有する物質の使用量は、ライチ抽出物由来のポリフェノールを低分子化することができる量であればよく、特に限定されない。
ライチ抽出物と、フロログルシノール環又はレゾルシノール環構造を有する物質との反応は溶媒中で加熱して行なわれる。反応溶媒としては、水、メタノール、エタノール等の1種類または2種以上の混合物が用いられる。本発明の剤を医薬品や食品等の用途に用いることを考慮すると、水、エタノールを用いることが好ましい。反応は酸性条件下で行なうことが好ましい。酸としては、塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸類、あるいは酢酸、クエン酸、アスコルビン酸、リンゴ酸等の有機酸類から適宜選択して用いることができる。これらの酸は、0.1N〜1.0N程度、好ましくは0.5N程度の濃度で用いられる。ライチ抽出物とフロログルシノール環又はレゾルシノール環構造を有する物質との反応は、室温〜100℃で0.5時間〜1週間行なうことが好ましく、90〜100℃で1〜4時間行なうことがより好ましい。
【0022】
上記反応の後、ろ過などの方法により固形分を除去分液し、低分子化されたポリフェノール成分を含むライチ抽出物を得ることができる。また、ろ過後に濃縮、乾燥、分画、精製等の処理を行ってもよい。例えば、反応液から残渣をろ別して、得られたろ液を膜処理(限外ろ過、逆浸透等)や吸着剤で処理することにより、目的成分を分離、濃縮、精製することができる。
吸着剤としては、スチレン−ジビニルベンゼン系吸着剤、メタクリル酸系吸着剤、親水性ビニルポリマー、修飾デキストランゲル、ポリアクリルアミドゲル、逆相系シリカゲル、イオン交換樹脂等が用いられる。これらの吸着剤に吸着した画分を含水アルコール、アルコール、アセトン等で溶出させることによりポリフェノール成分が低分子化されたライチ抽出物を得ることができる。
【0023】
ライチ抽出物のポリフェノール成分を低分子化する他の方法としては、例えば、粗抽出物を塩酸等の無機酸、あるいは有機酸等を用いて加熱する方法が挙げられる。
ポリフェノール成分が低分子化されたライチ抽出物は、市販品を利用することもできる。市販品の一例として、オリゴノール(商品名、アミノアップ化学社製)が挙げられる。
【0024】
本発明のアグリカン分解抑制剤、アグリカナーゼ活性阻害剤、関節軟骨基質分解抑制剤、及び関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる症状又は疾患を予防・改善するための予防・治療剤(以下、纏めて「本発明の剤」、「本発明の各剤」ともいう)は、ライチ抽出物をそのまま用いてもよい。また、他の成分を加えて組成物としたものであってもよい。他の成分として、例えば、酸化チタン、炭酸カルシウム、蒸留水、乳糖、デンプン等の適当な液体または固体の賦形剤または増量剤を加えることができる。剤中に含有されるライチ抽出物の量は特に制限されないが、ライチ抽出物が固形分換算で0.0001〜100質量%含まれるのが好ましく、0.01〜80質量%含まれるのがより好ましく、0.1〜80質量%含まれるのがさらに好ましい。
本発明の剤の剤形は特に限定されないが、例えば散剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、錠剤等の固形製剤、水剤、懸濁剤、乳剤等の液剤等が挙げられる。
【0025】
上記本発明の各剤は、アグリカン等の関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる種々の症状又は疾患を予防・治療することを目的としたヒト若しくは動物用医薬組成物、医薬部外品組成物に適用することができる。例えば、医薬組成物や医薬部外品組成物の添加剤、配合剤として用いることができる。このような医薬組成物や医薬部外品組成物の添加剤、配合剤は、香料、色素、酸化防止剤等の医薬用として通常用いられる添加剤または配合剤に、有効成分として上記ライチ抽出物を混合することで調製できる。
医薬品や医薬部外品には、本発明の剤の他に、助剤、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、吸収促進剤及び界面活性剤等の薬学的に許容される担体、賦活剤、その他添加剤を任意に組合せて配合することができる。経口投与の医薬用組成物の場合、本発明の剤の他に、経口投与剤の形態に応じて一般に用いられる賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、界面活性剤、アルコール類、水、水溶性高分子、甘味料、矯味剤、酸味料等を添加し、常法に従って製造することができる。
医薬品等に用いる場合、本発明の剤の使用量は、患者の年齢、症状、患者の程度、投与経路、投与スケジュール、製剤形態、素材の阻害活性の強さなどにより、適宜選択、決定される。例えば、経口投与の場合、一般に1日当たり0.001〜10g/kg体重が好ましく、1日数回に分けて投与してもよい。
【0026】
また、本発明の各剤は、食品又は飲料用の添加剤や配合剤として用いてもよい。このような食品又は飲料用の添加剤、配合剤は、香料、色素、酸化防止剤等、食品及び飲料用として通常用いられる添加剤または配合剤に、有効成分として上記ライチ抽出物を混合することで調製できる。
本発明の剤を適用する食品及び飲料の形状は特に限定されない。例えば、本発明の剤に適当な助剤を添加した後、通常の手段を用いて、食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル、ペースト、液状などに成形して提供することができる。食品及び飲料は、例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、ルブソサイド、コーンシロップ、乳糖、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、L−アスコルビン酸、dL−α−トコフェノール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルアラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、寒天、ビタミンB類、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤等、通常の食品及び飲料に使用されている添加剤を適宜配合して、常法に従って製造することができる。
食品や飲料等に用いる場合、本発明の剤の摂取量は、消費者の年齢、体重、症状、素材の阻害活性の強さなどにより、適宜選択、決定される。一般には、1日当たり0.001〜10g/kg体重が好ましく、1日数回に分けて摂取してもよい。
【0027】
また、本発明は別の態様として、ライチ抽出物を用いたアグリカン分解抑制方法、アグリカナーゼ活性阻害方法、関節軟骨細胞外基質分解抑制方法、及び関節軟骨細胞外基質の分解によって引き起こされる症状又は疾患の予防・治療方法を提供することができる。当該方法では、ライチ抽出物を人間又は動物の身体に適用することを特徴とする。適用部位及び形態としては特に限定されず、上述した本発明の剤を医薬品、医薬部外品、食品、飲料等として用いる場合の適用部位及び適用形態と同様である。また、適用量についても、上述した本発明の剤を医薬品、医薬部外品、食品、飲料等に適用する場合の使用又は摂取量と同様である。
【0028】
次に、アグリカナーゼ活性阻害作用及びアグリカン分解抑制作用を有する物質の探索方法について説明する。
軟骨基質でのアグリカン分解は、アグリカンのコアタンパク質中の2箇所の特定部位が切断されることによって起こる。この2箇所の切断部位は、第341番目のアスパラギン残基と第342番目のフェニルアラニン残基との間(以下、Asn341−Phe342と称する)と、第373番目のグルタミン酸残基と第374番目のアラニン残基との間(以下、Glu373−Ala374と称する)であり、前者のAsn341−Phe342はMMP−3等によって切断され、後者のGlu373−Ala374はアグリカナーゼによって切断される。変形性骨関節疾患等の患者の関節液中のアグリカン分解産物を調べると、Glu373−Ala374間の切断断片が特に多く含まれることから、アグリカナーゼが軟骨基質破壊において重要な役割を果たしていると考えられる。本発明では、アグリカナーゼによるアグリカンGlu373−Ala374間の切断に着目して、アグリカン分解抑制剤の探索を行った。
【0029】
本発明で用いた探索方法の一態様を以下に示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
酵素としてアグリカナーゼの1つであるADAMTS−5を、基質としてGlu373−Ala374を含む球間ドメイン(IGD)領域のアグリカンを使用する。なお、アグリカンのコアタンパク質は、N末端側に2個の球状ドメインG1及びG2を、C末端側に球状ドメインG3を持ち、G1とG2の間に球間ドメイン(IGD)を、G2とG3の間にグリコサミノグリカン結合領域を有する。アグリカナーゼによる切断部位Glu373−Ala374は球間ドメイン上に存在する。
まず、上記酵素と基質に抽出物試料を加えて酵素分解反応を行う。ADAMTS−5の作用によって、アグリカン中のGlu373−Ala374結合が切断され、アグリカン分解産物が産出する。このアグリカン分解産物は2種類のアグリカン断片を含み、一方はC末端にGlu373を、他方はN末端にAla374を持っているが、どちらの分解断片もアグリカナーゼ活性強度に応じて定量的に産出される。なお、基質として用いたアグリカン上のIGD領域において、酵素ADAMTS−5によって切断される部位は、上記Glu373−Ala374のみである。
次いで、N末端Ala374に特異的に結合する抗体を用いて、N末端にAla374を持つアグリカン断片を検出・定量する。または、C末端Glu373に特異的に結合する抗体を用いて、C末端にGlu373を持つアグリカン断片を検出・定量してもよい。或いは、アグリカン断片に特異的に結合する抗体を1次抗体として使用し、さらに1次抗体に結合する2次抗体を用いて検出、定量を行うこともできる。
得られた結果を、抽出物試料を加えない系で得られた結果と比較することで、当該試料の添加によるアグリカン分解抑制効果及びアグリカナーゼ活性阻害効果を確認できる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0031】
実施例
1.ライチ抽出物の調製
(1)ライチ抽出物サンプル1
ライチ(ムクロジ科レイシ(Litchi chinensis)の果実、中国産)495gを凍結乾燥後、ミルにて粉砕し、50%エタノール水1Lを加え、室温下、1日間浸漬抽出した。不溶物をろ別したのち、減圧濃縮、凍結乾燥を行い、ライチ抽出物62.5gを得た。得られたライチ抽出物を50v/v%エタノール水にエキス濃度1w/v%となるように溶解して、ライチ抽出物サンプル1とした。
【0032】
(2)ライチ抽出物サンプル2,3
上記で得られたライチ抽出物100mgをSephadex LH−20(商品名、20×65mm、GEヘルスケア社製)カラムに吸着させ、50%メタノール水60mLにて洗浄し、メタノール60mLにて溶出して得られた画分をW3画分(1.8mg)とした。次に、70%アセトン水60mLにて溶出して得られた画分をW4画分(2.4mg)とした。得られたW3画分、W4画分それぞれについて、50v/v%エタノール水に濃度1w/v%となるように溶解して、ライチ抽出物サンプル2(W3画分)及びサンプル3(W4画分)とした。
【0033】
(3)ライチ抽出物サンプル4
ライチ(ムクロジ科レイシ(Litchi chinensis))の果実を抽出後、緑茶抽出物と混合し、加熱により低分子化し、吸着樹脂により精製して得られたオリゴノール(商品名、アミノアップ化学社製)を、50v/v%エタノール水に濃度1w/v%となるように溶解して、ライチ抽出物サンプル4とした。
【0034】
上記で得られた各ライチ抽出物のポリフェノール量をフォーリンーデニス法により算出した。あお、標準物質として、(+)―カテキンを用いた。結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
2.アグリカン分解抑制効果の検証
上記1.で調製したライチ抽出物サンプル1〜4について、下記の手順でアグリカン分解抑制効果の検証を行った。なお、以下の操作において、ライチ抽出物、基質、酵素及び反応停止液の希釈にはTris Buffer(50mM Tris-HCl(pH7.5),150mM NaCl,5mM CaCl)を用いた。
【0037】
96wellの蛋白高結合マイクロプレート(CORNING社製、製品番号#3361)の各ウェルに、基質としてアグリカン(商品名:RECOMBINANT INTERGLOBULAR DOMAIN T331-G458(Aggrecan-IGD1)、CHEMICON社製)40μL、アグリカン分解酵素としてADAMTS−5(商品名:RECOMBINANT HUMAN ADAMTS-5、CHEMICON社製)40μL、上記で調製したライチ抽出物サンプル20μLを添加混合した。基質アグリカンは終濃度0.025μM、酵素ADAMTS−5は終濃度1.5nMとし、ライチ抽出物サンプルは終濃度0.0001%となるように調製した。37℃で3時間反応後、EDTAを50μL/ウェル(30mM)を加えて反応を停止し、4℃で一晩静置した。翌日、洗浄液としてTBS−T(BIO-RAD社製;20mM Tris−HCL(pH7.6),0.8%NaCl,0.1%Tween-20)を用いてプレートを3回洗浄し、ブロッキング液として1%BSA(Bovine Serum Albumin、ROCKLAND社製)250μL/ウェルを添加した後、室温にて2時間静置させた。プレートをTBS−Tで3回洗浄後、一次抗体として抗アグリカン抗体(商品名:Aggrecan ARGxx antibody[BC-3]、abcam社製)をブロッキング液(1%BSA、TBS−T)で500倍に希釈したもの100μL/ウェルを加え、室温で1.5時間反応させた。プレートをTBS−Tで3回洗浄後、二次抗体として西洋わさびペルオキシダーゼ結合抗マウスIgG抗体(商品名:ECLTM Anti-mouse IgG,Horseradish Peroxidase、GE Healthcare UK社製)をブロッキング液(1%BSA、TBS−T)で1000倍に希釈したもの100μL/ウェルを加えて室温で1.5時間反応させた。TBS−Tで3回洗浄後、発色剤としてTMB−solution(TMB-solution Kit(BIO-RAD社製))100μL/ウェルを添加し、暗所で30分反応させた後、1N HSO 100μL/ウェルを加えて反応を停止させた。
また、ライチ抽出物サンプルを添加しない以外は上記と同様の操作を行ったコントロールサンプルを作製した。
【0038】
得られた各サンプルについて、最大波長450nmの吸光度をマイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)で測定した。コントロールサンプルの吸光度を100としたときの各サンプルの吸光度を相対値であらわし、アグリカン分解活性(ADAMTS−5酵素活性)とした。結果を表2に示す。
【0039】
なお、上記評価系の有効性については、アグリカナーゼ活性阻害剤として知られているアクチノニン(Actinonin)をポジティブコントロールとして用いて検証を行った。
上記系において、ライチ抽出物の代わりにアクチノニン(SIGMA製)を終濃度10μMとなるよう添加したサンプルを作製し、アグリカン分解活性を評価した。その結果、アクチノニン添加サンプルでは有意にアグリカン分解活性が低下しており、評価系の有効性が確認された。
【0040】
【表2】

【0041】
表2から明らかなように、ライチ抽出物サンプル1を添加した系では、コントロールと比べて有意にアグリカン分解活性が低く、アグリカン分解が抑制されていることがわかった。特に、ポリフェノール含有量が40質量%以上であるライチ抽出物サンプル2〜4では、さらに優れたアグリカン分解抑制作用を示した。以上の結果から、ライチ抽出物がアグリカナーゼ活性を阻害し、アグリカン分解を効果的に抑制することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ライチ抽出物を有効成分として含有するアグリカン分解抑制剤。
【請求項2】
ライチ抽出物を有効成分として含有するアグリカナーゼ活性阻害剤。
【請求項3】
前記アグリカナーゼがADAMTS−5であることを特徴とする請求項2記載のアグリカナーゼ活性阻害剤。
【請求項4】
ライチ抽出物を有効成分として含有する関節軟骨細胞外基質分解抑制剤。
【請求項5】
ライチ抽出物を有効成分として含有し、関節軟骨細胞外基質の分解により引き起こされる症状又は疾患を予防、改善するための予防・治療剤。
【請求項6】
関節軟骨細胞外基質の分解により引き起こされる症状又は疾患が、変形性関節症であることを特徴とする請求項5記載の予防・治療剤。

【公開番号】特開2013−14550(P2013−14550A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149437(P2011−149437)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】