説明

アグロバクテリウム媒介形質転換方法及びこれを用いた形質転換植物の作出方法

【課題】 除菌効率を高め、これによりカルス誘導、シュート再生効率を改善したアグロバクテリウム媒介形質転換方法及びこれを利用した形質転換植物の作出方法を提供する。
【解決手段】 外来性DNAを保持したアグロバクテリウムを植物の葉に接種することにより植物の形質転換を行う方法であって、前記アグロバクテリウムを接種後、アグロバクテリウム除菌用抗生物質含有液体を、前記葉の葉柄から吸水させる除菌工程を含む。前記除菌工程後に、前記葉の葉身を次亜塩素酸水溶液に浸漬することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アグロバクテリウムを用いた植物形質転換方法(アグロバクテリウム媒介形質転換方法)及びこれを用いた形質転換植物の作出方法に関し、特にアグロバクテリウムを接種する植物材料、及び接種後、余剰なアグロバクテリウムを除菌する方法に特徴を有するアグロバクテリウム媒介形質転換方法及び形質転換植物の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物に外来遺伝子を導入して、形質転換を行う方法として、土壌細菌アグロバクテリウムを用いる方法がある。
アグロバクテリウムを用いる植物の形質転換方法(アグロバクテリウム媒介形質転換方法)は、エレクトロポレーション法等の直接法と比較して、特別な装置を必要とせず簡易である、不都合な変異が少ない、コピー数は少なくとも高発現領域に挿入される傾向が強い、導入遺伝子の再構成が少ない等の利点を有していることから、近年、形質転換植物の作出手段の主流となっている。
【0003】
アグロバクテリウム媒介形質転換法は、通常、前培養したカルス、植物組織片、植物培養細胞等に、目的の外来遺伝子を導入したベクターを有するアグロバクテリウムを接種した後、共存培地に移して共存培養することにより、目的の外来遺伝子をカルス、植物組織片、植物培養細胞等内に導入している。その後、アグロバクテリウムを除菌し、さらに選択培地で選択培養し、適切なマーカーを指標に遺伝子組み換えカルス、植物を選抜する。
【0004】
アグロバクテリウムを接種する植物材料、すなわちアグロバクテリウム属細菌の感染対象となる植物組織等として一般に使用されるカルスは、感染前に植物組織から脱分化誘導させる作業、期間が必要となるため、迅速性に欠ける。このような事情下、カルスを誘導せずに、葉若しくは茎由来の分化植物細胞にアグロバクテリウムを感染させ、遺伝子導入する方法も種々研究されている。
【0005】
一方、アグロバクテリウム媒介形質転換方法の場合、遺伝子導入後、アグロバクテリウムは、形質転細胞、カルス誘導、植物再生の支障となることが知られている。このため、通常、アグロバクテリウムを十分感染させるために共存培養を行った後、余剰なアグロバクテリウムを除菌することが行われている。具体的には、アグロバクテリウムの殺菌剤、静菌剤を含む培地、さらには導入遺伝子確認のためのマーカー遺伝子(耐薬剤性遺伝子)に対する抗生物質を含むスクリーニング培地で除菌、選択培養している。
【0006】
形質転換効率を上げるために、更には形質転換された細胞の取得率を上げるために、例えば、特開2004−357574号(特許文献1)では、オジギソウについてであるが、遺伝子導入に供する植物材料として、胚軸、子葉、小葉、花茎を使用し、アグロバクテリウム感染液への浸漬を減圧処理で行うことにより、遺伝子導入効率を向上させること(段落番号0011)を提案するとともに、アグロバクテリウム殺菌用抗生物質として一般に用いられるセフォタキシムがカルス増殖を阻害すること(段落番号0073)から、セフォタキシムに代えて、メロベネム、モキサラクタムを用いることで、高効率のカルス誘導が可能となることを開示している(段落番号0074)。
【0007】
また、特表2003−506035号公報(特許文献2)では、アグロバクテリウム殺菌用抗生物質以外に、アグロバクテリウムの成長阻害剤となる硝酸銀等の重金属イオンを、共存培養中に添加することで、形質転換されたカルス誘導、成長の割合を高めることができることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−357574号公報
【特許文献2】特表2003−506035号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1、2に記載されているように形質転換効率、形質転換植物の生産性は、使用する植物材料の種類、組織器官の種類の影響を受けるだけでなく、接種後に行う共存培養、残存しているアグロバクテリウムの影響も受ける。
従って、形質転換植物の生産性、形質転換効率を上げるためには、形質転換に用いる植物材料の選択に加えて、接種後、アグロバクテリウムの除菌についても、検討する必要がある。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、除菌効率を高め、これによりカルス誘導、シュート再生効率を改善したアグロバクテリウム媒介形質転換方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法は、外来性DNAを保持したアグロバクテリウムを植物の葉に接種することにより植物の形質転換を行う方法であって、前記アグロバクテリウムを接種後、アグロバクテリウム除菌用抗生物質含有液体を、前記葉の葉柄から吸水させる除菌工程を含む。前記除菌工程後に、前記葉の葉身を次亜塩素酸水溶液に浸漬することが好ましい。
【0012】
また、前記接種は、外来性DNAを保持したアグロバクテリウムの懸濁液に、前記葉を浸漬した後、前記葉が枯死又は腐敗しない条件下で、前記アグロバクテリウムを葉細胞に感染させることにより行ってもよいし、外来性DNAを保持したアグロバクテリウムの懸濁液に、前記葉を浸漬した後、前記葉の葉柄から吸水できる条件で葉を生育させることにより行ってもよい。
【0013】
本発明の形質転換植物の作出方法は、上記本発明の形質転換法を行った後、カルスを誘導及びシュート形成を行う方法であり、前記カルス誘導及びシュート形成を、アグロバクテリウム除菌用抗生物質を含有しない培地で培養することにより行うことが好ましい。
【0014】
ここで、「葉」とは、葉身及び葉柄をそなえた状態をいい、托葉を含んでもよいし、含まなくてもよい。
「葉身」とは、表皮と葉肉と葉脈とから構成される葉の主要部分で、葉柄に支えられて茎につく。
「葉柄」とは、葉身を支えて茎に接着している葉の部分をいう。葉柄の維管束の上端は葉脈に、下端は葉跡をへて茎の維管束に連絡する。
「葉脈」とは「葉」に形成される維管束系をいう。
「茎」とは、維管束植物の胞子体を構成する栄養器官の1つで、葉を支える軸状構造のものをいう。
「維管束」とは、導管、師管、形成層からなる。
「外植体」とは、摘出された植物組織や器官をいう。
【発明の効果】
【0015】
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法は、外来遺伝子導入後、アグロバクテリウムを除菌する工程で、除菌用抗生物質含有液体を葉に吸水させるといった簡易な工程を追加するだけで、除菌効率が改善され、ひいては形質転換植物の生産性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の形質転換植物の作出方法の操作フローを示す図である。
【図2】アグロバクテリウム接種工程を説明するための概略模式図である。
【図3】挿し葉状態を説明するための概略模式図である。
【図4】接種後の葉(実施例)を組織化学染色した後の写真である。暗影部分(矢印部分)は青く染色された部分であり、β−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子が発現した部分である。
【図5】実施例で誘導されたカルスを撮影した実体顕微鏡写真であり、(b)は(a)を拡大した写真(写真左下の実線長さは(a)で1.00mm、(b)で2.00mm)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法は、アグロバクテリウムを感染させた後、余剰なアグロバクテリウムを、感染に供した植物材料から除菌する方法として、葉(葉柄が付着した状態の葉身)から除菌用抗生物質含有液を吸水させる点に特徴があり、本発明の形質転換植物の作出方法は、当該本発明のアグロバクテリウム形質転換方法を利用する点に特徴がある。
以下、本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法及び形質転換植物の作出方法を、図1に示すフロー図に基づいて説明する。
はじめに、除菌の対象となる植物材料の調製方法、すなわち形質転換に供する植物材料及び当該植物材料への遺伝子導入方法について説明する。
【0018】
〔植物材料〕
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法を適用できる植物は、アグロバクテリウム媒介形質転換方法が可能な植物であればよく、双子葉植物、単子葉植物のいずれにも適用できる。好ましくは、一般に葉身の面積が大きく、葉脈が網状脈となっている双子葉植物が好ましく用いられる。双子葉植物としては、大豆及び他の豆類;タバコ、ナタネ等のアブラナ属;ジャトロファと等のトウダイグサ目などが挙げられ、種子を収穫できるまでの期間が長い植物、例えば、ジャトロファなどのトウダイグサ目などに好ましく適用される。
【0019】
遺伝子導入及び除菌に供される植物の器官は、上記植物から採取される葉(本葉)であり、葉柄がついた状態の葉身である。葉身は、一部欠いていてもよいが、好ましくは欠失部分がない葉身全部である。また、托葉はついていてもよいし、いなくてもよい。複葉の場合、葉柄に複数の小葉がついたものを用いることが好ましい。さらに、茎に、複数の葉身及び葉柄が接着した状態で用いることもできるが、遺伝子導入の作業性、除菌の効率化の観点からは、全葉1枚を1つの供試材料単位として用いることが好ましい。
【0020】
植物体のどの葉位の葉身を使用するかについては限定しない。成熟した葉を用いることもできる。成長が進んだ植物体から、第2位以上の葉身、茎頂を除く部分の葉全てを試料の対象とすることで、同一個体から大量の植物試料(外植体)を得ることが可能である。但し、感染により遺伝子導入された葉から、カルスを経て植物体を再分化させる効率は、若い葉の方が高く、第2位から第4位までが望ましい。
【0021】
なお、遺伝子導入に供する植物材料は、葉身全体である。後述するように、気孔を通じてアグロバクテリウム懸濁液を葉身組織内に取り込むので、従来の葉の切片を用いる培養のように、アグロバクテリウム取り込み効率を高めるために、切断、摩擦、穴あけ、微粒子若しくは加圧流体での貫通、プラズマ創傷、などの創傷を施す必要がないが、これらの創傷を葉身に施すことを排除するものではない。
【0022】
以上のような葉(葉身及び葉柄)を、特定機能を有するDNA、すなわち目的の外来遺伝子を保持したアグロバクテリウムで感染させることにより、遺伝子導入する。アグロバクテリウムを用いた遺伝子導入方法は、特に限定せず、当該分野で公知の方法を採用でき、好ましくは、バイナリーベクター法である。
バイナリーベクター法とは、T−DNA領域のボーダー(LB及びRB)を有するプラスミドのT−DNA領域に目的の外来遺伝子を組み込んだプラスミドをアグロバクテリウムに導入して遺伝子導入用アグロバクテリウムを調製し、これを植物に感染させることにより、目的遺伝子を植物ゲノムに挿入する方法である。
【0023】
〔遺伝子導入用アグロバクテリウム〕
アグロバクテリウムとしては、アグロバクテリウム・ツメファシエンス、アグロバクテリウム・リゾゲネスのいずれの菌種を用いることもできるが、好ましくはTiプラスミドを保持したアグロバクテリウム・ツメファシエンスである。
【0024】
バイナリーベクター法を利用した発現用プラスミドは、T−DNA領域に、特定機能を有する外来性DNA、すなわち形質転換の目的とする外来遺伝子(耐乾燥性、耐寒性遺伝子など)、及び当該遺伝子発現のためのプロモータ、ターミネータ、マーカー遺伝子、レポータ遺伝子を含んでいる。
【0025】
プロモータとしては、35Sカリフラワーモザイクウィルスプロモータ、ノパリンシンターゼ(NOS)プロモータ、並びにβファゼオリン、ナピン、ユビキチンなどの他のプロモータが挙げられる。
【0026】
ターミネータとしては、プロモータにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネータ、オクトビン合成酵素(OCS)、CaMV35S RNA遺伝子のターミネータが挙げられる。
【0027】
選択マーカー遺伝子としては、抗生物質または除草剤のような選択剤に対する抵抗性を付与する遺伝子が用いられる。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、パロモマイシンB耐性遺伝子、またはグルフォシネート及びグリフォセートのような除草剤に対する抵抗性遺伝子などが挙げられる。
形質転換体を視覚的に同定できる選択マーカー、例えば、ルシフェラーゼ、または緑色蛍光タンパク質(GFP)のような発色または蛍光タンパク質を発現する遺伝子又は種々の発色体基質が知られているβグルクロニダーゼまたはGUSを発現する遺伝子も利用することができる。このような選択マーカーは、レポータ遺伝子としても利用できる。
【0028】
必要に応じて、さらにエンハンサー、タグなどを含んでもよい。エンハンサーは、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。
【0029】
以上のような発現用バイナリーベクターとしては、pBI系、pRI系、pPZP系、pSMA系、pGWB系などの市販ベクターに上記発現カセットを組み入れたものを用いることができる。
【0030】
以上のような構成を有するバイナリーベクターを、エレクトロポレーション法等によりアグロバクテリウムに導入することにより、遺伝子導入用アグロバクテリウムを作製できる。作製した遺伝子導入用アグロバクテリウムの懸濁液を接種液として、形質転換に供する植物材料に接種すればよい。
【0031】
遺伝子導入用のアグロバクテリウム懸濁液としては、例えば、AB培地、YEP培地、LB培地などの培地で、外来遺伝子を保持したアグロバクテリウムを、15〜24時間程度培養した培養液を用いてもよいし、培養したアグロバクテリウム属細菌を集菌し、TDZ、アセトシリンゴンを含むMS培地に懸濁することにより調製してもよいし、上記培養液をそのまま、接種液として用いてもよい。
【0032】
接種液には、さらに界面活性剤を含有することが好ましい。界面活性剤は、水の表面張力を低下させ、これにより、アグロバクテリウム懸濁液の葉身に対する濡れ性が高められ、有効に葉身内にアグロバクテリウム懸濁液を取り込ませることができる。
【0033】
使用する界面活性剤としては、水の表面張力を低下させて、感染液の組織への浸透を促進できるものであればよく、例えば、形質転換用試薬として市販されているSILWET L-77、Tween 80、Tween 20、Triton X-100などが挙げられる。界面活性剤の濃度は、界面活性剤の種類にもよるが、0.005〜0.01%水溶液が用いられる。
【0034】
以上のようにして調製される接種液を用いて、葉にアグロバクテリウムを感染させる。感染方法は、次に行う除菌工程を全葉の状態で行うこととの関係から、感染工程も全葉の状態行うことが好ましい。具体的には、以下のような方法を好ましく採用できる。
【0035】
〔感染工程〕
感染は、上記で調製した外植体、すなわち葉(葉身及び葉柄)の状態で、図2に示すように、アグロバクテリウム懸濁液に浸漬する。アグロバクテリウム懸濁液の組成は特に限定しないが、アセトシリンゴンを10〜30mg/L程度及び必要な塩類を含有させた溶液に、アグロバクテリウム濃度(OD600)の値で0.05−0.4に調整したものが好ましく用いられる。浸漬前には、流水(塩素を含む水道水)下で5分程度、葉を洗浄し、目的とするアグロバクテリウム以外の微生物の植物体への進入を最小限に抑制する。
浸漬時間は、特に限定しないが、アグロバクテリウムを葉身内に取り込むことができる程度の時間、通常5〜10分程度で足りる。浸漬時間が長くなりすぎると、葉身が枯死又は腐敗してしまう。
【0036】
浸漬処理は減圧下で行うことが好ましい。これにより、アグロバクテリウム懸濁液の吸い込み効率を高くできるとともに、葉身内の細胞間間隙全体にアグロバクテリウム液を浸透させることができる。特に、ジャトロファのように、葉身の表皮が硬く、気孔が少ない植物体の場合、上記のような短時間で十分量のアグロバクテリウム接種液を吸い込ませるためには、減圧湿潤を行うことが好ましい。
【0037】
以上のような浸漬処理により、アグロバクテリウム懸濁液は、主として、植物体の葉身の気孔から取り込まれ、細胞間間隙に浸透する。細胞間間隙に取り込まれたアグロバクテリウムは、葉が枯死又は腐敗しない条件下に静置ないし放置する間(通常3〜5日間)に、細胞に感染して、細胞内に目的の外来遺伝子を送りこむことができる。
【0038】
葉が枯死又は腐敗しない条件とは、葉が萎れない程度の温度、湿度が保持された条件であり、好ましくは、水を吸水できるように、葉柄を水を入れた容器につけた、いわゆる図3に示すような挿し葉状態で放置する方法である。光量は低く抑えることが好ましい。
【0039】
葉が枯死しない条件とは、主として気孔からの水分の蒸散防止あるいは気孔から蒸散する水分の補給される条件であればよいので、容器に収容する液体は、水で足りる。水の種類は特に限定せず、水道水を用いることもできる。
【0040】
この点、組織切片やカルスの組織培養のように、細胞の生存に必要な養分としての炭素源、窒素源、無機塩などを含んだ溶液を用いなくてもよい。さらに、全葉の状態では、切り口が実質的に葉柄先端部分だけであることから、組織切片やカルスの組織培養と異なり、微生物汚染のおそれが少ないので、滅菌シートに置床する等の滅菌条件下で行う必要もない。
【0041】
但し、葉の生育の観点からは、ハイポネックス(商品名)等の液体肥料を添加した水を用いてもよい。
【0042】
以上のような遺伝子導入方法によれば、葉身の細胞ほぼ全体にわたって感染させることができる。しかも、成長した植物体から葉を採取し、そのまま外植体として利用できるので、葉を切片に切り分けたりするなどの手間が不要である。また、成熟に時間がかかる植物体であっても、同一植物体から、大量の外植体を準備することができる。かかる意味においても、形質転換植物の生産性がよい。
さらに、植物の種類によっては、葉の切片部位によって、感染しにくい葉片もあったが、本発明の方法では、1つの外植体が葉身全体を対象としているので、葉身の部位による感染効率を問題とせずに済む。
【0043】
〔除菌〕
以上のようにして、葉身全体にわたって感染させた葉からカルス誘導、さらにはシュート形成、発根するにあたり、アグロバクテリウムは植物体再生を阻害する要因となるので、残存しているアグロバクテリウムを殺菌又は除菌する。
【0044】
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法で行う除菌(図1中、「除菌1」で示す)は、遺伝子導入した葉を、アグロバクテリウム除菌用抗生物質を含む溶液(除菌用溶液)に一晩〜一昼夜程度、挿し葉の状態で静置して、除菌用溶液を葉柄から吸水させることにより行う。
【0045】
ここで、挿し葉の状態とは、図3に示すように、容器に除菌用溶液を入れ、葉柄を除菌用溶液に挿しこんだ状態をいう。共培養にあたる生育のときは、容器内に水、必要に応じて養分(ハイポネックスなど)を含む水溶液であったのに対し、除菌工程では、アグロバクテリウム除菌用抗生物質を含む水溶液であるという点が異なっている。
【0046】
抗生物質含有液は、葉柄から導管及び葉脈を通じて葉身全体に送りこまれ、細胞間間隙の余剰なアグロバクテリウムを殺菌できる。具体的には、一晩吸水させただけで、アグロバクテリウム菌体数を1/10程度にまで減少させることができる。
【0047】
抗生物質としては、アグロバクテリウムの殺菌に用いられる従来より公知の抗生物質であればよく、セフォタキシム、モキサラクタム、メロペネムなどを用いることができ、入手容易性の点から、通常、セフォタキシムが好ましく用いられる。
【0048】
除菌用溶液中の抗生物質濃度は、抗生物質の種類、植物材料の種類により適宜異なる。セフォタキシムを用いる場合、挿し葉するための除菌用溶液で、400〜600mg/L程度であり、ジャトロファの場合、通常約500mg/Lである。
【0049】
挿し葉状態で行う除菌1の後、組織培養前に、次亜塩素酸水溶液で葉を滅菌することが好ましい。葉身表面を次亜塩素酸水溶液で滅菌することにより、葉表面に付着した雑菌を殺菌することができ、組織培養を無菌的に行うことが可能となる。
次亜塩素酸水溶液としては、通常、市販のキッチンブリーチ(界面活性剤を含むために好ましい)を10倍希釈したもの(有効塩素濃度0.6%程度)を用いることができる。また、次亜塩素酸水溶液での処理時間は5分〜30分間、好ましくは20分程度である。次亜塩素酸は葉身表皮から細胞内にまで浸透することができるので、処理時間が長くなると、葉組織に対するダメージが大きく、ついには枯死又は壊死させてしまう。
【0050】
〔遺伝子導入植物のカルス誘導、スクリーニング〕
除菌後、カルス誘導するとともに、目的遺伝子が導入された細胞をスクリーニングする。カルス誘導、スクリーニングには、まず除菌1を行った葉を適当なサイズ(通常3〜10mm)にカッティングした葉カット片を用いる。
【0051】
除菌1行った葉としては、上記除菌工程における挿し葉の状態で一晩〜一昼夜、抗生物質含有液を吸水させただけの葉(除菌1)であってもよいが、組織培養におけるコンタミネーション防止の観点から、除菌1後、次亜塩素酸ナトリウム溶液への浸漬を行ったものであることが好ましい。
【0052】
カルス誘導は、従来より公知の方法により行うことができる。具体的には、植物ホルモンとして、オーキシンとサイトカイニンを含み、さらに無機養分源、ビタミン類を加え、特定のゲル化剤を加えて固化したカルス誘導用固体培地で培養すればよい。
【0053】
上記オーキシンとしては、インドール−3−酪酸(IBA)、ナフチル酢酸(NAA)、及び2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)が挙げられる。サイトカイニンとしてベンジルアデニン(BA)、カイネチン、チジアズロンなどを挙げることができる。
【0054】
ここで、カルス誘導の初期、具体的にはカルス誘導開始後2〜7日間は、カルス誘導用固体培地には抗生物質を含有させて、除菌2を行いながらカルス誘導を行う。除菌1、更に次亜塩素酸ナトリウム浸漬による葉身表面の殺菌を追加しても、アグロバクテリウムが葉内に残存しているおそれがあるので、さらに抗生物質含有培地でカルス誘導を行う必要がある(除菌2)。しかしながら、除菌2操作、すなわちカルス誘導用固体培地における抗生物質濃度は、除菌1の抗生物質濃度より低くてよい。抗生物質濃度が高すぎると、誘導されたカルスの増殖が抑制される傾向にあることから、抗生物質濃度を低減した状態でカルス誘導、増殖を行うことは、カルスの増殖効率を高める点で有効である。除菌2における抗生物質濃度は、除菌1の抗生物質含有濃度の1/2〜1/5程度の濃度で足りる。例えば、ジャトロファでは、100mg/L以上〜250mg/L未満程度でよい。
【0055】
除菌2により、アグロバクテリウム菌体数を0とすることが可能となる。アグロバクテリウム菌体数0を確認できた後は、アグロバクテリウム除菌用抗生物質不在下(アグロバクテリウム除菌用抗生物質を含有しない培地)、ジャトロファでは多くともカルス形成、シュート形成を阻害しない100mg/L以下で、カルス誘導、続く再分化誘導を行うことができる。
【0056】
カルス誘導とともに、あるいはカルス誘導を行った後に、目的の遺伝子が導入された細胞をスクリーニングする。スクリーニングは、選抜用マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子など)に対応する薬剤(例えばカナマイシン、ハイグロマイシン等の抗生物質)をさらに添加した培地で培養することにより行うことができる。
【0057】
培地におけるこれらの含有量は、形質転換された植物の種類、培養条件等に応じて、適宜選択される。培養環境条件としては、光照射条件で、培養する。
例えばジャトロファでは、10〜30℃、好ましくは25℃の温度で、30〜120日間、好ましくは60〜90日間培養すると、組織片から不定芽もしくは不定胚が形成される。
【0058】
<形質転換植物体の再生>
選抜したカルスを、シュート形成用、発根用培地に移して、シュート形成、発根させ、植物体へ再分化させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシンやサイトカイニン等の植物成長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。
【0059】
本発明の形質転換植物の作出方法において、除菌操作1及び除菌操作2を行った後は、アグロバクテリウム菌数をほぼ0とすることができる、その結果、カルス誘導、特に、カルス誘導後に行うシュート形成を、抗生物質不在下で行うことが可能となる。従って、抗生物質による、シュート形成阻害、植物の成長阻害を防止できるので、形質転換植物の作出生産効率を高めることができる。
【実施例】
【0060】
本発明を実施するための形態を実施例により説明する。下記実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0061】
(1)アグロバクテリウム懸濁液(感染液)の調製
アグロバクテリウム菌として、gv3101株を用いた。
バイナリーベクターとしては、T−DNAのLB及びRB領域を含み、カリフラワーモザイクウィルス由来の35Sプロモータ、ノバリン合成遺伝子のターミネーターが組み込まれ、マーカー遺伝子としてカナマイシン遺伝子、さらに遺伝子導入の確認のための外来遺伝子としてβ−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を有するプラスミドpBI121を購入して使用した。このプラスミドを、ヒートショック法によりアグロバクテリウムに導入して得られた形質転換アグロバクテリウムを、マーカーであるカナマイシン50μg/mlの濃度で含有させたL−液体培地にて、30℃で一晩培養した。
【0062】
培養後、遠心分離により集菌し、集菌した菌をYEB培地に再懸濁して、600nmにおける吸光度OD600=0.1−0.2の感染用菌液を調製した。懸濁用培地は、1mM MES(pH5.8)、10mM MgCl2、20mg/Lアセトシリンゴンを含む。
このアグロバクテリウム懸濁液に、界面活性剤としてSILWET L-77を0.005%の割合で添加して、感染用アグロバクテリウム懸濁液とした。
【0063】
(2)外植体
タイ系統のジャトロファ(通常の温室で生育させた6カ月から1年程度の木週令)の4位置の葉を採取した。葉(葉身の長径約6−8cm、短径約5−6cm、葉柄4−6cm)を水洗して用いた。
【0064】
(3)アグロバクテリウム接種
(1)で調製したアグロバクテリウム懸濁液を容器に入れ、図2に示すように、(2)で調製した葉を浸漬し、−0.1MPaで5分間減圧湿潤処理した。
次いで、表面に残った懸濁液を水道水で軽く洗い流した後、図3に示すように、水道水をいれた容器に、葉柄を付けた状態で、5日間生育させた。
【0065】
生育後の葉身では、アグロバクテリウムの浸透に起因すると考えられる変色が全体に分布していた。変色部分をカットし、GUS遺伝子発現の有無を確認するために、葉カット片を組織化学的染色法で染色した。染色後の葉カット片の状態を撮影した写真を図4に示す。図4において、暗影部分(矢印部分)は染色された部分であり、外来遺伝子であるGUS遺伝子が発現した部分である。葉身全体に対する染色部分の割合が高く、形質転換が有効に行われたことが確認できた。
【0066】
また、5日間の生育後の葉内に残存するアグロバクテリウムの菌体数を測定したところ、1715±499/leaf diskであった。leaf diskは直径2mmの円形である。尚、葉内のアグロバクテリウム菌体数の測定は、葉を次亜塩素酸溶液(10%)に20分間浸漬し、水洗した後に行った(以下、同様)。
【0067】
(4)除菌1
(3)にて、生育させた葉を、セフォタキシム(500mg/L)含有溶液に、図3に示すように挿し葉の状態で、一晩静置した。静置後、葉内に残存しているアグロバクテリウム菌体数を測定したところ、186±102/leaf diskであった。
【0068】
(5)除菌2及びカルス誘導、シュート形成
除菌1を行った葉について、葉身表面に付着しているアグロバクテリウムを除菌するために、次亜塩素酸溶液(10%)に20分間浸漬した後、葉身をカットし、葉身のカット片を、さらに、下記組成を有するカルス誘導培地で1週間培養した(除菌2)。
MS基本培地 1x, (pH5.8)
スクロース 3%
Myo-inositol 100 mg / l
Thiamine-HCl(pH5.8) 10 mg / l
Agar 0.8 %
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
Cefotaxime-Na 200 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
1週間後、葉内のアグロバクテリウム菌体数を測定したところ、0/leaf diskであった。
【0069】
セフォタキシム濃度を0あるいは100mg/Lとした以外は、上記と同様組成のカルス誘導培地で、さらに30日間培養し、カルス誘導を行った。誘導されたカルスの写真を図5に示す。次いで、得られたカルスをシュート誘導培地(3mg/LのIBA、0.5mg/LのBA、0.7%の寒天、20μg/mlのカナマイシンをふくむMS固体培地)に移植し、25℃、2000ルクス、16時間の明時間条件下で、4週間培養し、シュートを形成させた。
【0070】
〔比較例〕
(1)外植体
タイ系統のジャトロファ(温室で生育させた6カ月から1年程度の木)の4位置の葉を採取した。葉(葉身の長径約6−8cm、短径約5−6cm、葉柄4−6cm)を次亜塩素酸溶液(10%)に20分間浸漬した後、一辺長さ5−8mmにカットした。得られた葉カット片を外植体として用いた。
【0071】
(2)アグロバクテリウム接種
実施例(1)で調製したアグロバクテリウム懸濁液に、上記で調製した葉カット片を浸漬し、10分間振とうした後、3日間、25℃で遮光環境下で、滅菌シートを載置した寒天培地上で共培養した。共培養培地としては、下記組成を有する共存培地を用いた。
MS基本培地
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
AS (Acetosyringone) 20 mg /l
【0072】
(3)除菌
共培養後、植物組織内に残存するアグロバクテリウムの菌体数を測定したところ、100000/leaf diskであった。
次いで、下記組成を有するカルス誘導培地で1週間培養した。
MS基本培地 1x, (pH5.8)
スクロース 3%
Myo-inositol 100 mg / l
Thiamine-HCl(pH5.8) 10 mg / l
Agar 0.8 %
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
Cefotaxime-Na 200 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
残存しているアグロバクテリウム菌体数を測定したところ、800−1600/leaf diskであった。
従って、以後のカルス誘導、シュート形成においても、セフォタキシムを200mg/l含む培地で培養する必要があった。
【0073】
〔カルス誘導及びシュート形成と抗生物質濃度との関係〕
カルス誘導培地におけるセフォタキシム濃度が、カルス誘導、シュート形成に及ぼす影響を調べた。
下記組成を有するカルス誘導培地に、表1に示す濃度となるように、セフォタキシムを添加した培地で、形質転換を行っていない上記実施例で使用したジャトロファと同種類のジャトロファの葉片を3週間、組織培養した。培養開始後1週間、2週間、3週間後のカルス形成割合及び3週間後に形成されたシュート数を測定した結果を表1に示す。
【0074】
MS基本培地 1x, (pH5.8)
スクロース 3%
Myo-inositol 100 mg / l
Thiamine-HCl(pH5.8) 10 mg / l
Agar 0.8 %
TDZ (thidiazuron) 0.5 mg / l
BA (6-benzylaminopurine) 1 mg / l
IBA (indole-3-butyric acid) 0.075 mg /l
カナマイシン 20 mg /l
【0075】
【表1】

【0076】
表1から、セフォタキシム濃度が高くなる程、カルス誘導割合、シュート数が減少していることがわかる。特にセフォタキシム濃度250mg/L以上では、3週間の培養でシュートが形成されなかった。これらの結果から、カルス誘導、シュート形成のための組織培養において、セフォタキシム濃度を低減、さらにセフォタキシム不在下で培養することは、カルス誘導、シュート形成効率を高めるのに有効であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明のアグロバクテリウム媒介形質転換方法によれば、除菌効率が高く、アグロバクテリウム菌体数を0とすることもできるので、カルス誘導、シュート形成、発根をアグロバクテリウム除菌用抗生物質の不在下で組織培養することにより行うことが可能である。従って、本発明の形質転換方法は、形質転換効率、形質転換植物の生産性向上のために利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来性DNAを保持したアグロバクテリウムを植物の葉に接種することにより植物の形質転換を行う方法であって、
前記アグロバクテリウムを接種後、アグロバクテリウム除菌用抗生物質含有液体を、前記葉の葉柄から吸水させる除菌工程を含むアグロバクテリウム媒介形質転換方法。
【請求項2】
前記除菌工程の後に、前記葉の葉身を次亜塩素酸水溶液に浸漬する請求項1に記載のアグロバクテリウム媒介形質転換方法。
【請求項3】
前記接種は、外来性DNAを保持したアグロバクテリウムの懸濁液に、前記葉を浸漬した後、前記葉が枯死又は腐敗しない条件下で、前記アグロバクテリウムを葉細胞に感染させることにより行う請求項1又は2に記載のアグロバクテリウム媒介形質転換方法。
【請求項4】
前記接種は、外来性DNAを保持したアグロバクテリウムの懸濁液に、前記葉を浸漬した後、前記葉の葉柄から吸水できる条件で葉を生育させることにより行う請求項1又は2に記載のアグロバクテリウム媒介形質転換方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の形質転換法を行った後、カルス誘導及びシュート形成を行う形質転換植物の作出方法。
【請求項6】
前記カルス誘導及びシュート形成を、アグロバクテリウム除菌用抗生物質を含有しない培地で培養することにより行う請求項5に記載の形質転換植物の作出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−110270(P2012−110270A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−261982(P2010−261982)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/乾燥ストレス耐性改良型ヤトロファの創出とその機能評価に関する研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】