説明

アコースティックエミッションによって蓄電池の内部状態を診断する方法およびシステム

【課題】アコースティックエミッション技術を使用して蓄電池の内部状態を判定する。
【解決手段】蓄電池のような電力貯蔵用の第1の電気化学システムと同じ種類の第2の電気化学システムの様々な内部状態に対してのアコースティックエミッション応答を測定および処理し、音響信号母集団に共通するパラメータのうちの少なくとも1つと第2のシステムの所与の内部状態との関係を較正することによって所与の内部状態の音響シグネチャを決定する。第1の電気化学システムからのアコースティックエミッション応答を決定し、所与の内部状態の音響シグネチャに特有な1つまたは2つ以上のパラメータを検出することによって、第1の電気化学システムの内部状態が推定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の概略的な分野は、蓄電池の内部状態の非侵襲的診断である。
【0002】
本発明は、特に、アコースティックエミッション技術を使用して蓄電池の内部状態を診断することに関する。
【背景技術】
【0003】
蓄電池の残容量(SoC)および劣化状態(SoH)を決定することは、このような貯蔵要素の内部状態を特徴付けて、このようなアキュムレータのエネルギー放出/充足と寿命を最適化するための基本的な基準である。このような基準を知ることは、リチウムイオン蓄電池の場合には、よりいっそう重要である。なぜならば、この技術において充電が適切に制御されないと、セルの熱暴走が生じることがあり、アキュムレータの破壊に至ることすらあるからである。それゆえ、内部状態の特徴付け、欠陥の識別、および動作中の予後診断を可能にする物理的な測定技術を開発する必要がある。
【0004】
残容量(SoC)を見積もる数々の方法がある。これらの方法は、3つの主要なグループに分類することができる。
【0005】
たとえば、放電中の電解液の密度を測定することによる、充電/放電に続く蓄電池の物理的な変化を検出することによる物理的な測定。この方法が適しているのは、電解液が反応に関与する据置き蓄電池(たとえば、鉛蓄電池)だけである。
【0006】
電圧、電流、および温度の測定。第1の方法は、クーロンカウンティングを用いる。すなわち、既知の状態からの残容量(SoC)の変動を知るために、入力および出力電流が測定され積分される。しかし、この方法では、自己放電などの現象を無視することによって見積もり誤差が生じる。例えば(特許文献1、特許文献2)、無負荷電圧または内部抵抗の推定値のような他の指標を用いることも公知である。この種の方法では、SoCはまず、測定可能であるかあるいは容易に推定可能な1つまたは2つ以上の物理量(電位、内部抵抗、温度)にスタティックマップまたは解析関数依存性を介して関連付けられる。この種の方法は、特に停止段階中のクーロンカウンティング型の方法の再較正に使用することができる。しかし、このような依存性は実際には、通常BMSにおいて考慮される点よりもずっと複雑であり、SoC推定誤差が生じることが少なくない。最後に、「電圧−電流−温度」トリプティクを入力変数として使用して残容量をリアルタイムに算出するアルゴリズムに基づくより複雑な方法がある。この代替手法は、他の分野において公知の推定技術を使用するために数学的蓄電池モデルに基づいている。特許文献3は特に、数学的蓄電池モデルを使用して状態変数および蓄電池のパラメータをサービスデータ(電圧U、電流I、温度T)から推定する方法について説明している。この数学的モデルは、複数の数学的サブモデルを有し、より高速の応答を可能にすることを特徴とする。これらのサブモデルは、RCモデルと呼ばれ、制限された周波数範囲に関連する等価電気回路型のモデルである。文献([Gu、Whiteなど])において公知の他のSoC推定方法は、電気化学システムの反応についての数学的な記述に基づく方法である。SoCはシステムの状態変数から算出される。この記述は、物質収支、電荷、エネルギー、および半経験的相関に基づいている。すべてのこれらの方法は、固定用途または車両のような搭載用途に使用することができる。
【0007】
蓄電池に加えられる電気負荷、特に低振幅周波数負荷を使用する電気化学的インピーダンス分光。これらの方法も、蓄電池のSoHを推定するのに使用することができ、これらの方法については以下に説明する。
【0008】
文献において公知のSoH推定方法に関して、特許文献4の著者は、市販の各要素に基準電極を導入し、電極の劣化反応を観察している。しかし、この方法では、特に要素の内側に基準電極を挿入するための多くの器具が必要であり、かつ蓄電池のより複雑な電子的管理が必要である。
【0009】
特許文献5は、時間的な電気的摂動を使用して得られた応答を基準応答と比較する方法について説明している。しかし、この方法は、この種の摂動に続く応答変動が非常に弱く、したがって、厳密なSoH測定が可能ではないリチウムイオン型要素に対して実施するのはより困難である。
【0010】
電気化学的インピーダンス測定によるSoCまたはSoHの推定方法は数多くある。最も単純な推定方法は、様々な残容量および様々な温度を有する事前に記録されたチャートを使用して、温度を知ったうえで、インピーダンスの測定値から残容量を求める。実際にインピーダンスがSoCまたはSoHに応じて変化するため、この方法は、内部状態を決定するために研究所において広く使用されている。
【0011】
潜在的により有望な方法として、SoCによってパラメータ化された物理量をインピーダンス分光(EIS)によって測定することに基づく方法がある。たとえば、特許文献6は、キャパシタンス−インダクタンス遷移に関連する周波数f±をEISによって求めることを目的としている。周波数f±とSoCとの相関は、鉛蓄電池とNi−Cd蓄電池およびNi−MH蓄電池に関して表されている。各構成要素が特許文献7に記載されているようにSoCによってパラメータ化された、等価電気回路によるEISスペクトルのモデル化に基づく同様の手法があり、それによって、酸−鉛対の多重周波数電気化学的インピーダンス分光に基づく自動車用蓄電池テスタSpectro CA−12(カナダのCadex Electronics Inc.)を開発することが可能になる。EISスペクトルは、等価電気回路によって近似され、各構成要素の変化はSoCによってパラメータ化される。同様に、特許文献8では、残容量および他の蓄電池特性が、鉛蓄電池または他のシステムの複素インピーダンス/アドミッタンスの実部および虚部を測定することによって決定される。RC型モデルの使用は特許文献9にも記載され、電極や電解液における電気化学的および物理的現象の記述はRCモデルを開発するためのサポートとして働き、蓄電池の温度は、外部測定値と比べて精度が高くなるようにこのモデルによってシミュレートされる。
【0012】
インピーダンス分析も文献に記載されている。非特許文献1は、電気的モデルに従ったインピーダンスの調整を伴うインピーダンス分光を使用して要素の劣化状態を判定する方法について説明している。しかし、この技術では、測定のために要素の使用を停止する必要がある。
【0013】
本出願人によって出願された特許文献10は、等価システムによってモデル化されたインピーダンス測定を使用してSoCまたはSoHのような蓄電池の内部状態を診断する方法について説明している。多変量統計分析によって、SoC(および/またはSoH)と所与の蓄電池の等価回路特性のパラメータとの関係を較正することができる。
【0014】
しかし、インピーダンス分光などの電気的測定を使用する従来の診断技術は、依然として、実施するのが困難な複雑な技術である。蓄電池の内部状態の推定は、完全な診断、すなわち蓄電池の1つまたは2つ以上の要素の残容量および劣化状態ならびに故障状態の診断が可能である場合に向上する。それゆえ、考えられる故障の予測を伴う蓄電池の内部状態を迅速に診断するのを可能にする非侵襲的技術が必要である。
【0015】
アコースティックエミッション技術は、蓄電池の故障を検出するのを可能にし、一方、この故障を電気的測定では検出することはできない。アコースティックエミッションを使用して蓄電池または各構成要素(たとえば電極)の物理的状態を調べることの原理は、充電/放電時のイオン挿入メカニズムの研究に関する多数の学術的調査の主題になっており、リチウムイオン蓄電池電極材料におけるイオン挿入/引抜き現象(たとえば、非特許文献2)ならびに複数の電極の電気化学的および機械的なパチパチ音の現象(たとえば、非特許文献3)に対するこの技術の感度が強調されている。
【0016】
しかし、これらの研究は、蓄電池の内部状態を充電/放電サイクル中の各蓄電池要素からのアコースティックエミッションと相関させることを目的としたものではない。
【0017】
特許文献11は、蓄電池からのアコースティックエミッション信号を検出し、かつこの信号を周波数に応じて2つの信号に分離して気体の発生または蓄電池の内部構造の劣化を識別するのを可能にする装置を提供する。
【0018】
特許文献12は、蓄電池内の反応に伴う短い弾性波をアコースティックエミッション検出器によって検出することができ、かつ蓄電池の内部状態の変化を厳密に検査することができる、蓄電池の内部状態を検出する装置について説明している。
【0019】
特許文献13は、電気化学的アキュムレータ内の少なくとも1つの有害な化学反応の進行または電気化学的アキュムレータの物理的な劣化のような電気化学的アキュムレータ内の異常を直接検出する段階を含む、充電時または動作時に電気化学的アキュムレータを監視する方法について説明している。
【0020】
しかし、これらの文献は、蓄電池の欠陥ならびに/または残容量および劣化状態を含む、蓄電池の所与の内部状態を厳密に診断する完全な方法については説明していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】米国特許第6191590号明細書
【特許文献2】欧州特許第1835297号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2007/0035307号明細書
【特許文献4】国際公開第2009/036444号
【特許文献5】仏国特許発明第2874701号明細書
【特許文献6】米国特許出願公開第2007/0090843号明細書
【特許文献7】米国特許第6778913号明細書
【特許文献8】米国特許第6037777号明細書
【特許文献9】欧州特許第0880710号明細書
【特許文献10】仏国特許出願公開第2956486号明細書
【特許文献11】特許第7006795号公報
【特許文献12】国際公開第2011/001471号
【特許文献13】仏国特許出願公開第2949908号明細書
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】U.トゥレルツシュなど(U. Troeltzsch et al.)、「エレクトロキミカ アクタ(Electrochimica Acta)」、2006年、第 51巻、p. 1664-1672
【非特許文献2】S.カルナウス、K.ローデス、C.ダニエル(S. Kalnaus, K. Rhodes and C. Daniel)、「リチウムイオン蓄電池内のアノード材料として使用されるシリコン粒子のリチウムイオン挿入によって誘発される割れの研究(A study of lithium ion intercalation induced fracture of silicon particles used as anode material in Li-ion battery)」、ジャーナル・オブ・パワー・ソーシズ(Journal of Power Sources)、 2011年、校正済み、印刷中
【非特許文献3】A.エティエンブル、H.イドリッシ、L.ロウエ(A. Etiemble, H. Idrissi and L. Roue)、「その場のアコースティックエミッションによって検査されるMgNi電極およびLaNi5電極のパチパチ音のメカニズムに関して(On the decrepitation mechanism of MgNi and LaNi5-based electrodes studied by in situ acoustic emission )」、 ジャーナル・オブ・パワー・ソーシズ(Journal of Power Sources)、 2011年、第196巻、第11号、p. 5168-73
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
驚くべきことに、試験によって、アコースティックエミッション技術では、蓄電池が動作しているときに生成される音響信号を記録することによって様々な蓄電池の内部状態の変化を監視することが可能になるだけでなく、信号の記録に対して実行される信号処理によって蓄電池の障害または所与の内部状態の音響シグネチャを強調表示することも可能になることがわかっている。1つまたは2つ以上の基準電気化学システムに対する一連の比較試験によって、所与の内部状態と音響シグネチャとの関係を定義することができ、それによって、後で所与の電気化学システムに対して迅速で非侵襲的な診断を行うことが可能になる。
【0024】
本発明による方法およびシステムは、アコースティックエミッション技術を使用して蓄電池の内部状態、特にその劣化状態(SoH)、その残容量(SoC)、またはその故障状態を判定するのを可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明は、蓄電池のような電力貯蔵用の第1の電気化学システムの内部状態を推定する方法であって、第1の電気化学システムの内部状態に対する少なくとも1つの特性がアコースティックエミッション測定値から推定される方法に関する。
【0026】
本発明は、電力貯蔵用の電気化学システムの内部状態を推定するシステムにも関する。
【0027】
本発明は、蓄電池の内部状態を推定する上記のシステムを有するスマート蓄電池管理システムにも関する。
【0028】
本発明は、蓄電池と本発明による蓄電池を管理するスマートシステムとを有する車両にも関する。
【0029】
本発明は、蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する蓄電池診断システムにも関する。
【0030】
本発明は、蓄電池のような、電力貯蔵用の第1の電気化学システムの内部状態を推定する方法であって、第1の電気化学システムの内部状態に対する少なくとも1つの特性が、
第1の電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態について、各内部状態に対応する第2の電気化学システムからのアコースティックエミッション応答を測定し、
応答ごとに、第2のシステムからのアコースティックエミッション応答の特徴を示す信号を記録する段階と、
第2のシステムの特徴を示す記録された信号を、複数の共通のパラメータを有する複数の信号母集団に分類することによって処理する段階と、
内部状態の各々について得られた複数の音響信号母集団の1つまたは2つ以上の共通のパラメータの値を分析することによって、少なくとも1つの音響信号母集団に共通するパラメータのうちの少なくとも1つと第2のシステムの所与の内部状態との関係を較正することによって所与の内部状態の音響シグネチャを判定する段階と、
第1の電気化学システムからのアコースティックエミッション応答を判定し、第1のシステムからのアコースティックエミッション応答の特徴を示す少なくとも1つの信号を得る段階と、
第1のシステムからのアコースティックエミッション応答の特徴を示す信号において所与の内部状態の音響シグネチャの特徴を示す1つまたは2つ以上のパラメータを検出することによって、上記の関係によって第1の電気化学システムの内部状態を推定する段階とを含むアコースティックエミッション測定から推定される方法に関する。
【0031】
本発明による方法は、
所与の内部状態の音響シグネチャの特徴を示す1つまたは2つ以上のパラメータを直接検出するのを可能にするシステムを開発する段階を含むことが好ましい。
【0032】
一実施形態では、様々な内部状態は、第1の電気化学システムと同じ種類の電力貯蔵用の第2の電気化学システムを加速劣化させることによって得られる。
【0033】
他の実施形態では、様々な内部状態は、第1の電気化学システムと同じ種類であり、かつ様々な内部状態を有する複数の第2の電気化学システムの組を選択することによって得られる。
【0034】
電気化学システムの内部状態に対する以下の特性、すなわちシステムの残容量(SoC)、システムの劣化状態(SoH)、システムの故障状態のうちの少なくとも1つが算出されることが好ましい。
【0035】
音響信号は、以下のパラメータ、すなわち平均周波数または最大周波数、信号持続時間、信号立ち上がり時間、信号のカウント数、信号振幅、信号エネルギー、またはこれらのパラメータの任意の組合せから選択されるいくつかのパラメータによって定義されてもよい。
【0036】
一実施形態では、電気化学システムは動作中である。
【0037】
他の実施形態では、電気化学システムは休止状態であり、電気化学システムに負荷をかけるために電気信号が電気化学システムに送られる。
【0038】
本発明は、電力貯蔵用の電気化学システムの内部状態を推定するシステムであって、
検出器(G)および検出器(G)に接続された取得システムを有する、電気化学システムのアコースティックエミッションを測定する手段と、
電気化学システムの内部状態の特徴を示す複数の音響信号の複数のパラメータおよび音響シグネチャを、電気化学システムの内部状態に対する特性と電気化学システムの内部状態の特徴を示す複数の音響信号の複数のパラメータとの関係の形で格納するのを可能にし、上記の関係が、電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態を測定することによって較正されるメモリと、
第1の電気化学システムの所与の内部状態の音響シグネチャの特徴を示す複数のパラメータを検出する手段と、
上記の関係によって電気化学システムの内部状態に対する特性を判定する手段とを有するシステムに関する。
【0039】
アコースティックエミッション測定手段は、
電気化学システムと接触する少なくとも1つの(圧電)検出器と、
音響信号を増幅するのを可能にする増幅器と、
一方では、外部環境からの複数の音響信号をフィルタリングするのを可能にし、他方では、電気化学システムの特徴を示す複数の音響信号を記録するのを可能にする取得システムとを有することが好ましい。
【0040】
アコースティックエミッション測定手段は、蓄電池パックまたは蓄電池モジュールを構成するいくつかの要素の内部状態を検出するのを可能にするいくつかの検出器を有してもよい。
【0041】
本発明は、上述のように蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する搭載型スマート蓄電池管理システムにも関する。
【0042】
本発明は、蓄電池と搭載型スマート蓄電池管理システムとを有する車両にも関する。
【0043】
本発明はさらに、上述のように蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する蓄電池診断システムにも関する。
【0044】
診断システムは、
蓄電池に負荷をかけるシステムも有する。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】アコースティックエミッションヒットと、このヒットに関して算出された複数のアコースティックエミッションパラメータ(EA)、すなわち振幅(A)、立ち上がり時間(tm)、2つのしきい値(L)交差(D1およびDn)間の時間(dm)、パルス数(c)を示す図である。
【図2】本発明による方法のフローチャートである。
【図3】ノルム型固有ベクトルV0およびV1に沿った音響データの(2D)平面内のノルム型線形射影を示す図である。
【図4】6つの要素(例)を有する鉛蓄電池パック上に配置されたアコースティックエミッション検出器の構成を示す図である。
【図5A】上記の例による鉛蓄電池パックの要素1に関して記録された音響信号の分布を示す図である。
【図5B】上記の例による鉛蓄電池パックの要素5に関して記録された音響信号の分布を示す図である。
【図6】上記の例の鉛蓄電池の6つの要素の各々のナイキスト表現によるインピーダンス線図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
アコースティックエミッション技術の説明
アコースティックエミッションは、(ASTM W1316−05規格によれば)ある物質内の局所的な微小変位に続いて過渡的な弾性波が発生する現象として定義される。語「アコースティックエミッション」は、この現象を使用する分野も指定する。
【0047】
したがって、アコースティックエミッション源は、ある物質の応力場が急激に変動することによってエネルギーが散逸する位置である。そのような変動時に、エネルギーは主として弾性波の形で散逸し、残りは熱散逸または転位の変位によって散逸し、それによって弾性波が発生することもある。このように生成された波は、物質内をその表面まで送られる。物質の表面に配置された検出器によって測定される信号は、アコースティックエミッション源の所で放出される信号よりもずっと弱い。これは、この放出現象の性質と、主として信号の減衰の原因となる物質の性質とに著しく依存する。物質が物理的な応力を受けると、内部構造のそれぞれの変化がアコースティックエミッションの発生源になり、物質内を伝搬する過渡的な弾性波を発生させる。したがって、ヒットと呼ばれるこれらの信号の検出は、これらの変化が存在することをリアルタイムに検出するのを可能にする。これらの変化の範囲およびその性質の評価は、放出されたヒットの音響パラメータを分析することによって実現することができる。応力がなくなると、もはやアコースティックエミッションによって、物質が受ける変化をこの事象の後に検出することはできなくなる。
【0048】
物質内でアコースティックエミッションを発生させることのできる現象は数多い。
【0049】
以下の例を挙げることができる。
【0050】
塑性変形、転位移動、双晶変形、粒界滑り、Piobert−Lueders帯形成、
封入および金属間化合物の破壊、
(マルテンサイト)相変態、
亀裂発生および伝搬(静応力、疲労応力など)、
水素脆化、
局所的な腐食(応力腐食割れ、点食、裂け目)、
複合材料およびコンクリートの損傷(マトリックス微小亀裂、層間剥離、界面破壊、繊維破断など)、
摩擦、機械的衝撃。
【0051】
この(非網羅的な)現象リストには、金属の溶解また気体状二水素放出のようないくつかの電気化学的プロセスがある。したがって、(蓄電池のような)任意の電気化学システムの電極を構成する物質内で同時に発生する大部分の電気化学的現象をアコースティックエミッションによって検出し識別することができる。したがって、アコースティックエミッションを電気化学測定と組み合わせると、電流および電位の測定値を補足する情報を得ることができ、特に電極に生じる様々なプロセスが区別される。
【0052】
器具
アコースティックエミッション技術では、物質から放出された弾性波を測定するのを可能にする特定の器具が必要である。検出器が、検査されるサンプルの表面に接触するように直接配置される。微小変位によって生じたヒットはまず、物質の表面に到達する前に物質内を伝搬する必要がある。検出器は、このように生成された力学的波を記録し、力学的波を、事前に増幅され次いで取得システムによって記録される電気信号に変換する。
【0053】
様々な障害物または自然なフィルタが、信号の伝搬時に信号の性質および強度を明確に変化させ、そのうちの第1の信号は物質自体である。検出器は、検査すべきものの種類、環境の特徴、感度、および物質内の伝搬によって生じる周波数フィルタリングに応じて適切に選択される必要がある。
【0054】
アコースティックエミッションにおいて最も広く使用されている検出器は、圧電セラミックから成り、物質に接触すると、力学的波を電気信号に変換する。力学的波を物質と検出器との間で適切に送ることは、概してシリコーングリースのような音響伝達媒質によって実現される。
【0055】
検出器出口の所で生成される電圧レベルは非常に低く、したがって、信号を
前置増幅器によって増幅し、任意に周波数フィルタリングし(バンドパスフィルタ)、調整する(場合によっては長距離にわたる信号転送のためのインピーダンス整合)必要がある。この特定の器具は、周囲の媒質によって誘発される摂動を最低限に抑える。
【0056】
取得システムは、最終的にシステム構成(取得パラメータ、グラフ型位置映像)の管理と、ヒットをデジタル化するときのアコースティックエミッション特性を抽出することによる分析とを可能にする。取得システムによってデータ格納も実現される。
【0057】
アコースティックエミッションパラメータ
アコースティックエミッションは、複数のヒットの形で生じ、したがって、不連続に生じる。各ヒットは、その発生時の現象に応じた複数の固有パラメータを有する。これらのヒットをデジタル的に取得すると、これらのパラメータを求めることができ、したがって、記録された複数の事象を各々が物質内の摂動現象に対応する複数の群に分類することができる。
【0058】
代表的なアコースティックエミッションヒットが、システムによって算出されるパラメータとともに図1に示されている。
【0059】
任意の測定の前に、検出システムによってヒットが測定されなくなる検出しきい値(dB単位)を定義する必要がある。それによって、そのしきい値の第1の交差時のヒットの開始、したがって、アコースティックエミッション特性の計算の開始を定義することができる。測定を最適化するように時間パラメータを定義する必要もある。
【0060】
デジタル化されたヒットから抽出される分析パラメータの数は非常に多いことがあり、分析パラメータはユーザによって選択される。パラメータの非網羅的で非限定的なリストを以下のように定義してもよい(図1)。
【0061】
最大振幅(dB単位のA):ヒット全体にわたる信号の最大振幅、
立ちあがり時間(dB単位のtm):第1のしきい値交差と最大振幅に達する時間との間の時間間隔、
持続時間(μs単位のdm):ヒットの第1のしきい値交差(D)と最後のしきい値交差(D)との間の時間間隔、
カウント数(無次元、c):信号の振幅がしきい値を超える回数、
エネルギー(絶対エネルギーまたはAEエネルギー、1aJ=10−18J):信号をヒット持続時間にわたって自乗することによる積分、
ピーク周波数または最大周波数(kHz):ヒットの離散フーリエ変換の最大値の周波数、
部分出力(kHz):複数の周波数帯域におけるエネルギー分布。このパラメータは、各ヒットのスペクトルエネルギー分布を特徴付けるように複数の周波数帯域を調整するのを可能にする。これらの値は、ヒットの総エネルギーにおける割合で与えられる。エネルギースペクトル密度は常に、デジタル化された波形から抽出されたキロポイントから算出される。
【0062】
次いで、信号処理ソフトウェアによってこれらのヒットを統計的に処理することが可能である。これによって、複数の共通のパラメータを有する様々な事象群(母集団)を区別し、物質内でどの現象が生じているかを判定するとともに、それらの事象が識別され複数の事象群と相関させられたときに各事象の持続時間および範囲を求めることが可能になる。
【0063】
本発明の方法の一般的な原理
本発明の目的は、蓄電池のような電力貯蔵用の第1の電気化学システムの内部状態を推定する方法であって、第1の電気化学システムの内部状態に対する少なくとも1つの特性がアコースティックエミッション測定によって推定される方法に関する。この方法は、
前記第1の電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態について、動作時の前記第2のシステムの様々な状態に対応するアコースティックエミッション信号を測定する段階と、
音響信号の様々な母集団の中から、推定すべき内部状態に直接的に起因する少なくとも1つの母集団を識別する段階と、
この母集団の音響信号の少なくとも1つのパラメータを、測定された他の音響信号の他のすべてのパラメータから区別して識別する段階であって、音響信号のそれぞれのパラメータは以下の種類のパラメータ、すなわち平均周波数または最大周波数、信号持続時間、信号立ち上がり時間、信号のカウント数、信号振幅、信号エネルギーなどであるが、任意の他のパラメータまたは複数のパラメータの任意の組合せを使用して所与の内部状態の音響シグネチャを求めてもよい段階と、
前記電気化学システムの内部状態に対する1つまたは2つ以上の音響パラメータを検出することによって前記第1の電気化学システムの内部状態を推定する段階と、を含む方法に関する。
【0064】
本発明によれば、第1の電気化学システムと同じ種類の電力貯蔵用の第2の電気化学システムの残容量を変化させることと加速劣化との少なくとも一方を実施することによって様々な内部状態を得ることができる。第1の電気化学システムと同じ種類であり、かつ様々な内部状態を有する1組の第2の電気化学システムを選択することによって様々な内部状態を得ることもできる。
【0065】
電気化学システムの内部状態に対する以下の特性、すなわち、システムの残容量(SoC)、システムの劣化状態(SoH)、またはシステムの故障状態のうちの少なくとも1つを、これらの状態のうちの1つが、少なくとも1つのパラメータがシステムによって生成される他の複数の音響信号のパラメータから区別される複数の音響信号を生成するかぎり、測定可能である。
【0066】
本発明によれば、電気化学システムは、動作中であってもあるいは停止していてもよい。後者の場合、蓄電池に負荷をかけるために電気信号が蓄電池に送られる。この信号は、蓄電池の充電中に送られる電流または電流パルスもしくは電圧パルスのような特定の電気信号であってもよい。
【0067】
本発明は、電力貯蔵用の電気化学システムの内部状態を推定するシステムであって、
取得システムに接続されたアコースティックエミッション検出器を有するアコースティックエミッション測定手段(G)と、
測定された複数の音響信号のそれぞれのパラメータを算出する手段と、
電気化学システムの内部状態の特徴を示す複数の信号のそれぞれのパラメータを格納するのを可能にするメモリと、
算出された複数の音響信号の複数のパラメータと電気化学システムの内部状態の複数のパラメータとの関係を確立する手段とを有するシステムにも関する。
【0068】
本発明によれば、アコースティックエミッション測定手段は、
電気化学システムと接触したときにシステム内を伝搬する弾性波を検出するのを可能にする圧電検出器を有する。この検出器は、電気化学システムと常に接触してもあるいは一時的に接触してもよい。検出器と電気化学システムの表面が接触するには適切な音響結合が必要である。検出器は、検出器と電気化学システムの表面との間に圧力を維持することによって貼り付けられても、固定されても、あるいは締結されてもよい。適切な音響結合を可能にする接触グリースを使用してもよい。アコースティックエミッション測定手段は、
音響信号を増幅するのを可能にする増幅器と、
一方では、外部環境から得られ、かつパラメータが電気化学システムによって生成されるパラメータとはかなり異なる音響信号をフィルタイングするのを可能にし、他方では、音響信号を記録するのを可能にする取得システムとをさらに有する。
【0069】
本発明は、本発明による蓄電池の内部状態を推定するシステムを有するスマート蓄電池管理システムと、蓄電池および本発明による蓄電池を管理するスマートシステムを有する車両にも関する。
【0070】
本発明は、本発明による任意の他の電力貯蔵システムの内部状態を推定するシステムを有する任意の他の電力貯蔵システム、たとえば光電池電力貯蔵システム、または特に携帯可能な電子デバイスの分野の任意の他の電力貯蔵システムにも関する。
本発明は、蓄電池パックまたは蓄電池モジュールを構成するいくつかの要素の内部状態を検出するのを可能にするいくつかの検出器から成るシステムにも関する。特に、本発明は、各要素に関する情報にアクセスすることが不可能な蓄電池(たとえば、密閉型鉛蓄電池)の各要素上に配置されたいくつかの検出器から成るシステムにも関する。この場合、本発明は、パックの複数の構成要素のうちの1つの逸脱または故障が生じたことを検出するのを可能にし、一方、この逸脱または故障は、蓄電池パックのグローバル電気信号のグローバル測定では検出することができない。
【0071】
本発明は、所与の内部状態を表すあるパラメータを信号処理段階なしに検出できる場合に、このパラメータを検出することが可能なシステムにも関する。たとえば、ある母集団の音響シグネチャが(他の複数のヒットのエネルギーよりも高い)高ヒットエネルギーである場合、基準ヒットエネルギーしきい値の交差を検出することのできるシステムは、対応するシステムの内部状態を検出するのを可能にし、この高エネルギーはこの状態の十分な音響シグネチャである。
【0072】
本発明の方法のフローチャート
この方法のフローチャートが図2に示されている。本発明による方法は以下の段階を有する。
段階E1:1組の蓄電池(Bat.)に室内試験を実施して、蓄電池に負荷がかけられたとき(動作時、充電、放電、電流パルスなど)に蓄電池によって生成される音響信号を、SoC、SoH、動作状態(故障であるかないか)、および蓄電池の標準的な動作温度範囲内の温度に応じて測定する。n個の状態(E)に対応するアコースティックエミッション信号(S)が得られる。
段階E2:記録された信号をまず、複数の共通のパラメータを有する複数の信号母集団(pop S)にグループ分けすることによって処理する。音響信号のパラメータは、以下の種類のパラメータ、すなわち平均周波数または最大周波数、信号持続時間、信号立ち上がり時間、信号のカウント数、信号振幅、信号エネルギーなどである。複数の信号母集団は、n個の状態に関して得られる。
段階E3:事象母集団pop Sをシステムの状態Eに割り当てる。たとえば、音響事象母集団は、SoC範囲においてのみ存在することができ、したがって、蓄電池がこの範囲内で動作することを示す。事象母集団は、ある経年劣化段階から現れ、この経年劣化段階に達したことを示す音響シグネチャを構成してもよい。最後に、事象母集団は、故障に至る不可逆的な劣化現象が出現したときに現れてもよく、したがって、蓄電池故障の開始の音響シグネチャを構成する。
段階E4:ユーザは、ユーザが関心を抱く内部状態に対応する母集団のうちで、他の信号のパラメータから区別された信号のパラメータまたは信号の複数のパラメータの組合せを識別することを望む。たとえば、故障現象に対応する事象母集団は、すべての他の信号よりも高いエネルギーを有してもよく、あるいは水溶液型蓄電池が完全に充電されたことに対応する複数の信号の周波数は、他の複数の信号の周波数とは異なる周波数であってもよい。
【0073】
次いで、蓄電池(BatE)上で対象となる内部状態を検出することのできるシステムGを実現する。このシステムは、一方ではアコースティックエミッション検出器およびその取得システム(CAP)から成り、他方では、この母集団に対応し段階E1〜E4において識別された1つまたは2つ以上の特性パラメータを識別することによってシステムの状態に対応する母集団の音響シグネチャを検出することのできるデバイス(DET)から成る。
【0074】
負荷がかけられた状態では、標準的な動作時であるか、充電時であるか、それとも特定の電流プロファイル条件または電圧プロファイル条件であるかにかかわらず、蓄電池BatEは音響信号を放出する。装置Gは、これらの信号を測定し処理して蓄電池の1つまたは2つ以上の内部状態の音響シグネチャを検出し、この状態をユーザに送る。
【0075】
所与の内部状態(SoC、SoH、故障状態)に対応する音響シグネチャの判定
室内試験ではまず、蓄電池のSoC、蓄電池のSoH、蓄電池が故障状態であるか否か、および任意に温度に応じて蓄電池上で発生するアコースティックエミッション信号を測定することができる。概して、ユーザが関心を抱く電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態について、第2のシステムの内部状態(SoC、SoH、故障状態)に対する特性を測定し、関心対象の内部状態の前後にこの第2の電気化学システムに負荷がかけられたときに第2の電気化学システムのアコースティックエミッション応答を測定する。
【0076】
一実施形態によれば、所与の種類の蓄電池(BatE)について、かつこの蓄電池の所与の用途について、同じ種類の蓄電池(Bat.)を使用する。次いで、この蓄電池の様々な残容量、劣化状態、および故障状態についてアコースティックエミッション測定を実施する。この蓄電池の様々な劣化状態(SoH)が得られるように選択された用途を表す加速劣化を実施してもよい。たとえば、実験室において、ハイブリッド車両型搭載用途をシミュレートする加速劣化プロトコルまたは電力貯蔵システムが使用される任意の他の用途をシミュレートする加速劣化プロトコルを蓄電池に対して実施する。特に故障モードが得られるまで劣化を継続してもよい。
【0077】
蓄電池が休止しないように蓄電池の複数の端子の所に電流または電圧の摂動を施す(そうしないと音響信号が存在しなくなるかあるいはほぼ存在しなくなる)ことによって音響信号測定を実施してもよい。蓄電池に接触するように配置されたアコースティックエミッション検出器を使用する測定手段によって音響信号を測定する。
【0078】
SoCに応じた音響信号の測定は、全SoC範囲にわたって行われても、あるいはその用途に使用される範囲に対応するSoC範囲でのみ行われてもよい。
【0079】
その用途の動作温度範囲内の温度による音響信号の変化も測定する。
【0080】
各残容量および劣化状態において、ガルバノスタットによって電流摂動を施すことによって電気化学システムの音響信号を測定する。この測定は、蓄電池を完全に充電または放電する間連続的に行われてもよい。
【0081】
検査される蓄電池と同じ種類の第2の蓄電池を較正に使用してもよい。各蓄電池が異なる残容量と異なる劣化状態の少なくとも一方を有する、同じ種類の1組の蓄電池を使用することも可能である。
【0082】
音響信号処理
これは、記録されたすべての音響ヒットの統計処理を実施することから成る。従来のソフトウェアおよび信号処理方法を使用してもよい。この目標は、複数の共通のパラメータを有する様々な事象群同士を区別し、したがって、これらの群のうちの1つまたは2つ以上を研究対象のシステムの特定の内部状態、ならびに内部状態の持続時間および範囲が明確に識別され事象群と相関させられるときにはその持続時間および範囲と相関させることができるようにすることである。
【0083】
複数の音響事象母集団が単純な複数の分布を有するとき、これらの母集団を二次元軸によって表すことによって互いに区別することが可能であり、その場合の2つの次元は音響パラメータである(たとえば、音響ヒットの振幅の関数としての音響ヒットの周波数)。この単純な処理は、互いに近い複数のパラメータを有する複数の母集団としてグループ分けされた複数組の事象を強調表示するのを可能にする。
【0084】
複数の母集団が複雑な複数の分布を有する場合、主成分分析を実行することができる。各アコースティックエミッション信号は、座標が様々な音響パラメータであるベクトルによって多次元空間において表される。たとえば、以下の種類のベクトルによって音響信号を定義することができる。
【0085】
【数1】

【0086】
次いで、この1組のベクトルの、いくつかの事象母集団への分割を、以下のように行うことができる。
【0087】
取得しきい値および取得チャネルのようなAE信号の物理的性質に関する情報を有さないパラメータを削除する。
【0088】
いくつかのパラメータのうちの1つから得られた情報が十分な情報であるときに互いに相関させられた複数のパラメータを削除する。
【0089】
ノルム型固有ベクトルに射影を施す。相関させられていない複数のパラメータの(2D)平面上にノルム型線形射影を施すと、システムが無次元になり、ベクトルの分散を最大にすることが可能になる。データネットワークの次元は、射影されるパラメータの数に対応する。したがって、互いに近い特性を有する2つのベクトルは同じ空間領域内に表される。たとえば、図3は、ノルム型固有ベクトルV0およびV1上への音響データの射影を示している。
【0090】
AE信号のいくつかのクラスへの分割は、統計処理によって行われてもよい。所与の数の母集団について各点間の平方偏差を最小限に抑える傾向がある単純な反復型アルゴリズム(K−平均法)を使用することのようないくつかの分類方法がある。
【0091】
使用されるソフトウェアによって事象母集団が明確に判定されたときには、その母集団をファイルから削除し、残りの部分について統計処理を再開する。
【0092】
本発明の方法の利点
したがって、この技術は、複雑であるために実現形態が不十分であるインピーダンス分光のような電気的測定を使用する従来の診断方法の代替解決手段または補足的解決手段を構成することができる。この技術の利点は主としてその非侵襲性にある。その理由は、蓄電池パックの複数の要素の表面に1つまたは2つ以上の検出器を配置し維持するだけでよいからである。診断は、非常に高速に行うことができ(特に故障の場合)、故障を予測することが可能になる(劣化機構はしばしば早期に音響現象を生じ、それは電気的測定によって測定することができるパラメータに影響を与える十分に前である)。
【0093】
特にこの技術は、蓄電池の故障を、この故障がまだ電気的測定によって検出することができないときに検出するのを可能にする。特に、この技術は、単一の要素の規模では情報にアクセスすることが不可能な密閉された蓄電池パックのいくつかの要素のうちの欠陥のある要素を検出するのも可能にする。
【0094】
結果として得られる利点は、使用不能な蓄電池の再充電を行わないことによって時間およびエネルギーが節約されることである。(たとえば、鉛蓄電池の脱硫酸化のような)不可逆的な損傷の場合、この方法は、再生動作が効率的であったかどうかを検査するのも可能にする。
【0095】
本発明による方法の用途
本発明による方法は、所与の用途、たとえば輸送用途(車両用蓄電池)、再生可能エネルギーの貯蔵、または電力貯蔵システムを使用する任意の他の用途に関して事前に識別されている蓄電池の残容量、劣化状態、または故障情報のような内部状態を測定するのを可能にする。提案された原則は、蓄電池管理システムによって実現される推定を向上させる。なぜなら、これらのデータを直接的に測定することはできないからである。
【0096】
ハイブリッド車または電気自動車
この方法は、ハイブリッド車または電気自動車に対して実施することができ、1つまたは2つ以上のアコースティックエミッション測定値から蓄電池の内部状態を判定するのを可能にする。
【0097】
アコースティックエミッション測定は、1つまたは2つ以上の蓄電池要素の表面に直接配置されるかあるいは弾性波を伝達するのを可能にする導波管を介して間接的に配置された検出器から実施される。この方法は、BMSによって使用される従来の推定方法を補足するものとして使用することができる。この方法は、BMSに直接組み込むことができる。
【0098】
自動車の分野では、この技術は、自動車の販売業者によって試験時に電気自動車またはハイブリッド車の蓄電池を診断するのに使用することもできる。試験を実施する技術者によって各電池要素上に検出器が配置されてもよい。検出器は、試験に備えて蓄電池の製造時に設定されていてもよい。
【0099】
試験時には、販売業者によってシステムに特定の負荷(たとえば電流パルス)をかけてもよく、あるいは試験を電気自動車の充電時に実施するか、または場合によっては車両の動作時にオンラインで実施してもよい。
【0100】
外部診断キットは、本発明による蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する。このようなキットは、蓄電池に負荷をかけるシステムを有してもよく、したがって、販売業者が車両を充電または始動するのが不要になる。
【0101】
蓄電池の故障
本発明による方法は、劣化の特徴を示す音響信号を検出することのできる多重検出器を介して蓄電池パックの1つまたは2つ以上の要素の故障を診断するために使用することができる。次いで、診断によってパックの欠陥のある要素を検出し、それらの要素が取外し可能であるときにそれらの要素を交換することができる。診断によって、パックの複数の要素のうちの少なくとも1つに欠陥があり、これらの要素が取外し可能ではないときに、パックが使用不能であることを検出することも可能である。
【0102】
その他
本発明による内部状態推定方法は、任意の種類の電力貯蔵システム、特に光電池電力貯蔵システム、または携帯可能な電子デバイスの分野において利用することができる。
【0103】
本発明は有利なことに、以下の例に示されているように鉛蓄電池の場合に適用される。
【0104】
実施例:鉛蓄電池に対して実施された試験
分離不能な6つの要素から成るスタータ鉛蓄電池を販売業者から回収した。この蓄電池はすでに使用されており、性能が低くなっている(充電が困難になっている)。
【0105】
図4に示されているように、この蓄電池上に、要素当たり1つの、6つのアコースティックエミッション検出器を配置した。
【0106】
次いで、蓄電池を充電し、充電の間、6つの検出器によって、6つの要素の各々のアコースティックエミッション信号を記録した。
【0107】
充電の間に各検出器上に記録されたすべての音響信号を上述の分析技術に従って処理した。信号ベクトルをある複数の次元に射影することによって、要素5に関する高エネルギー信号母集団を示すことが可能であり、一方、この事象母集団は他の要素には存在しなかった。
【0108】
一例として、要素1および5上に記録された複数の信号の複数の分布がそれぞれ図5Aおよび図5Bに示されている。
【0109】
図5Aのa)および図5Bのa)は、振幅の関数としてのアコースティックエミッション信号の数の分布を示している(累積モード−ポロック勾配)。
【0110】
図5Aのb)および図5Bのb)は、振幅の関数としてのアコースティックエミッション信号の数の分布を示している
図5Aのc)および図5Bのc)は、エネルギーと振幅との相関を示している。
【0111】
図5Aのd)および図5Bのd)は、カウント数と振幅との相関を示している。
【0112】
図5Aと図5Bを比較すると、要素5が、他の要素には出現しない高エネルギー音響事象母集団を明確に示していることがわかる(図5Bにおいて囲まれている信号を参照されたい)。
【0113】
この事象母集団をシステムの状態に割り当てるために、蓄電池を取り外し、電気化学インピーダンス分光技術を使用して6つの要素の各々のインピーダンス線図を作成した。高周波数(各線図の、横軸と交差する部分)では、要素1、2、3、4、および6上で測定されたインピーダンスは5ミリオームから7ミリオーム程度であった。これは正常値である(図6)。要素5上で測定された高周波数インピーダンスは65ミリオームであり、すなわち10倍の値であった。これは、この要素が故障していることが確認されたことを示す。
【0114】
したがって、高エネルギー音響事象母集団は要素5の音響シグネチャを構成する。
【0115】
その後、図5において定められている追加的な事象母集団を識別するのを可能にするアコースティックエミッション技術に基づく検出器を開発することによって、鉛蓄電池パックのある要素の故障状態、したがって、可逆的に取り外すことのできない完全なシステムの故障状態を判定することが可能である。
【符号の説明】
【0116】
A 最大振幅
tm 立ち上がり時間
dm 持続時間
第1のしきい値交差
最後のしきい値交差
c カウント数
G アコースティックエミッション測定手段
Bat、BatE 蓄電池
S アコースティックエミッション信号
E 状態
pop S 信号母集団
CAP 取得システム
DET デバイス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄電池のような、電力貯蔵用の第1の電気化学システムの内部状態を推定する方法であって、前記第1の電気化学システムの前記内部状態に関する少なくとも1つの特性がアコースティックエミッション測定から推定され、
前記第1の電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態に対して、各内部状態に対応する前記第2の電気化学システムからのアコースティックエミッション応答を測定し、各応答に対して前記第2のシステムからの前記アコースティックエミッション応答に特有な信号を記録する段階と、
前記第2のシステムに特有な前記記録された信号を、共通のパラメータを有する信号母集団にグループ分けすることによって処理する段階と、
前記内部状態の各々に対して得られた前記音響信号母集団の1つまたは2つ以上の共通のパラメータの値を分析することによって、少なくとも1つの音響信号母集団に共通する前記パラメータのうちの少なくとも1つと前記第2のシステムの所与の内部状態との関係を較正することによって所与の内部状態の音響シグネチャを決定する段階と、
前記第1の電気化学システムからのアコースティックエミッション応答を決定し、前記第1のシステムからの前記アコースティックエミッション応答に特有な少なくとも1つの信号を得る段階と、
前記第1のシステムからの前記アコースティックエミッション応答に特有な前記信号において、所与の内部状態の前記音響シグネチャに特有な1つまたは2つ以上のパラメータを検出することによって、前記関係によって前記第1の電気化学システムの前記内部状態を推定する段階と、を含む方法。
【請求項2】
所与の内部状態の前記音響シグネチャに特有な前記1つまたは2つ以上のパラメータを直接検出することを可能にするシステムを開発する段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記様々な内部状態は、前記第1の電気化学システムと同じ種類の電力貯蔵用の第2の電気化学システムを加速劣化させることによって得られる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記様々な内部状態は、前記第1の電気化学システムと同じ種類であり、かつ様々な内部状態を有する複数の第2の電気化学システムの組を選択することによって得られる、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記電気化学システムの前記内部状態に関する以下の特性、すなわち前記システムの残容量(SoC)、前記システムの劣化状態(SoH)、前記システムの故障状態のうちの少なくとも1つが算出される、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記音響信号は、以下のパラメータ、すなわち平均または最大周波数、信号持続時間、信号立ち上がり時間、前記信号のカウント数、信号振幅、信号エネルギー、またはこれらのパラメータの任意の組合せの中から選択されるいくつかのパラメータによって定義される、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記電気化学システムは動作中である、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記電気化学システムは休止状態であり、前記電気化学システムに負荷をかけるために電気信号が前記電気化学システムに送られる、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
電力貯蔵用の電気化学システムの内部状態を推定するシステムであって、
検出器(G)および前記検出器(G)に接続された取得システムを有する、前記電気化学システムのアコースティックエミッションを測定する手段と、
前記電気化学システムの前記内部状態に特有な音響信号のパラメータ、および前記電気化学システムの前記内部状態に関する特性と前記電気化学システムの前記内部状態に特有な前記音響信号の前記パラメータとの間の関係の形での音響シグネチャと、を格納することを可能にし、前記関係が、前記電気化学システムと同じ種類の少なくとも第2の電気化学システムの様々な内部状態を測定することによってまず較正されるメモリと、
前記第1の電気化学システムの所与の内部状態の前記音響シグネチャに特有なパラメータを検出する手段と、
前記関係によって前記電気化学システムの前記内部状態に関する特性を決定する手段と、を有するシステム。
【請求項10】
前記アコースティックエミッション測定手段は、
前記電気化学システムと接触する少なくとも1つの圧電検出器と、
前記音響信号を増幅するのを可能にする増幅器と、
一方では、外部環境から来る前記音響信号をフィルタリングすることを可能にし、他方では、前記電気化学システムに特有な前記音響信号を記録することを可能にする取得システムと、を有する、請求項9に記載のシステム。
【請求項11】
前記アコースティックエミッション測定手段は、蓄電池パックまたは蓄電池モジュールを構成するいくつかの要素の内部状態を検出することを可能にするいくつかの検出器を有する、請求項10に記載のシステム。
【請求項12】
請求項9から11のいずれか一項に記載の前記蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する搭載型のスマート蓄電池管理システム。
【請求項13】
蓄電池と請求項12に記載の搭載型のスマート蓄電池管理システムとを有する車両。
【請求項14】
請求項9から11のいずれか一項に記載の前記蓄電池の内部状態を推定するシステムを有する蓄電池診断システム。
【請求項15】
前記蓄電池に負荷をかけるシステムをさらに有する、請求項14に記載の診断システム。

【図1】
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【図4】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図5A】
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【図5B】
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【公開番号】特開2013−80703(P2013−80703A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−217114(P2012−217114)
【出願日】平成24年9月28日(2012.9.28)
【出願人】(591007826)イエフペ エネルジ ヌヴェル (261)
【氏名又は名称原語表記】IFP ENERGIES NOUVELLES
【Fターム(参考)】