説明

アシルシランの製造方法

【課題】特定の1,3−ジチアン類を原料とするアシルシランの製造方法であって、環境汚染物質を排出しないアシルシランの製造方法を提供する。
【解決手段】下記式(1)で表される化合物を、ニオブ(V)化合物−ヨウ化物触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、下記式(2)で表されるアシルシランを製造することを特徴とするアシルシランの製造方法;


(式(1)および(2)中、Rは置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表し、R1〜R3はそれぞれ独立に、置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境汚染物質を排出しないアシルシランの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アシルシランはユニークな反応をするため、各種の有機合成化合物の原料として重要な化合物である。しかしながら、アシルシランを合成するためには有毒な水銀化合物を化学量論量以上使用する必要があり、反応終了後に水銀化合物が廃棄物として大量に生成する。そのため、アシルシランの製造方法は、環境保護の面できわめて問題の多いものであった(非特許文献1参照)。
【0003】
現在までのところ、アシルシランはまだ市販されておらず、工業的にも利用されるに至っていないが、水銀化合物などの環境汚染物質を排出しないアシルシランの効率的な製造方法が開発されれば、各種の有機化合物の原料として広く利用されることが期待できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「Organic Letters」、2002年、第4巻、第17号、p.2957-2960
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、特定の1,3−ジチアン類を原料とするアシルシランの製造方法であって、環境汚染物質を排出しないアシルシランの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討した結果、特定の1,3−ジチアン類に対し、ニオブ(V)化合物およびヨウ化物からなる触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、アシルシランが効率的に得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明には以下の事項が含まれる。
【0008】
[1]下記式(1)で表される化合物を、ニオブ(V)化合物およびヨウ化物からなる触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、下記式(2)で表されるアシルシランを製造することを特徴とするアシルシランの製造方法。
【0009】
【化1】

【0010】
【化2】

【0011】
(式(1)および(2)中、Rは置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表し、R1〜R3はそれぞれ独立に、置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表す。)
[2]前記Rがフェニル基、2−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、4−(N,N’−ジメチルアミノ)フェニル基、2−クロロフェニル基、4−クロロフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、フェロセニル基、1−フリル基、2−フリル基、2−ピリジル基、メチル基または、エチル基、イソプロピル基、t−ブチル基またはヘキシル基を表すことを特徴とする[1]に記載のアシルシランの製造方法。
【0012】
[3]前記R1〜R3がそれぞれ独立にフェニル基、メチル基、エチル基、イソプロピル基またはt−ブチル基を表すことを特徴とする[1]または[2]に記載のアシルシランの製造方法。
【0013】
[4]前記ニオブ(V)化合物がNbX5(Xはハロゲン原子またはアルコキシドを表
す。)で表されることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。
【0014】
[5]前記ヨウ化物がヨウ化ナトリウムまたはヨウ化カリウムであることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。
【0015】
[6]水銀化合物を用いないことを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、2位ケイ素置換1,3−ジチアン類に対し、ニオブ(V)化合物−ヨウ化物触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、アシルシランを良好な収率で製造することができる。
【0017】
本発明のアシルシランの製造方法では、高い毒性を持つ水銀化合物を触媒として用いることがないため、反応終了後に環境汚染物質を排出することがなく、アシルシランを効率的に製造することができる。したがって、従来のアシルシランの製造方法に代わる方法として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のアシルシランの製造方法について詳細に説明する。
【0019】
本発明のアシルシランの製造方法において用いられる原料は、下記式(1)で表される化合物である。
【0020】
【化3】

【0021】
上記式(1)および(2)中、Rは置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表す。ここで、置換もしくは非置換の芳香環とは、ベンゼン環、縮合ベンゼン環、非ベンゼン系芳香環または複素芳香環であって置換または非置換のものをいう。
【0022】
置換もしくは非置換のベンゼン環としては、具体的にはフェニル基、2−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、4−(N,N’−ジメチルアミノ)フェニル基、2−クロロフェニル基および4−クロロフェニル基などが挙げられる。
【0023】
置換もしくは非置換の縮合ベンゼン環としては、具体的には1−ナフチル基および2−ナフチル基などが挙げられる。
【0024】
置換もしくは非置換の非ベンゼン系芳香環としては、具体的にはフェロセニル基などが挙げられる。
【0025】
置換もしくは非置換の複素芳香環としては、具体的には1−フリル基、2−フリル基および2−ピリジル基などが挙げられる。
【0026】
置換もしくは非置換のアルキル基としては、特に制限されるものではないが、例えば炭素原子数1〜100、好ましくは炭素原子数1〜50、より好ましくは炭素原子数1〜20の置換もしくは非置換のアルキル基が挙げられる。このうち、ヘキシル基、イソプロピル基、t−ブチル基、メチル基およびエチル基などがより好ましく、ヘキシル基、イソプロピル基およびt−ブチル基などが特に好ましい。
【0027】
1〜R3は、置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表す。
【0028】
置換もしくは非置換の芳香環としては、具体的にはフェニル基などが挙げられる。
【0029】
置換もしくは非置換のアルキル基としては、特に制限されるものではないが、例えば炭素原子数1〜100、好ましくは炭素原子数1〜50、より好ましくは炭素原子数1〜20の置換もしくは非置換のアルキル基が挙げられる。このうち、メチル基、エチル基、t−ブチル基およびイソプロピル基などが好ましい。
【0030】
上記式(1)で表される化合物として具体的には、2−トリエチルシリル−2’−フェニル−1,3−ジチアン(下記式(3)で表される化合物)および2−t−ブチルジメチルシリル−2’−フェニル−1,3−ジチアン(下記式(5)で表される化合物)などが挙げられる。
【0031】
【化4】

【0032】
【化5】

【0033】
上記式(1)で表される化合物は、例えば「Organic Letters」、2002年、第4巻、第17号、p.2957-2960のSupporting Information p.1-5などに記載された公知の方法を用いて
製造する。
【0034】
得られるアシルシランは、上記式(1)で表される化合物に対応するものであり、下記式(2)で表される化合物である。
【0035】
【化6】

【0036】
RおよびR1〜R3は、上記式(1)で表される化合物中のRおよびR1〜R3と同様のものが挙げられる。上記式(2)で表される化合物として具体的には、フェニル トリエチ
ルシリル ケトン(下記式(4)で表される化合物)およびフェニル t−ブチルジメチルシリル ケトン(下記式(6)で表される化合物)などが挙げられる。
【0037】
【化7】

【0038】
【化8】

【0039】
本発明では、上記式(1)で表される化合物の脱チオアセタール化において、ニオブ(V)化合物およびヨウ化物からなる触媒が用いられる。
【0040】
上記ニオブ(V)化合物としては、特に制限されないが、NbX5(Xはハロゲン原子
またはアルコキシドを表す。)で表されるものが好ましい。このうち、取扱いの容易さから、五塩化ニオブおよびニオブペンタエトキシドなどが好ましく、五塩化ニオブがより好ましい。ニオブ(V)化合物の使用量は、上記式(1)で表される化合物1molに対して、通常0.001〜1.0mol、好ましくは0.01〜0.2molである。
【0041】
上記ヨウ化物としては、特に制限されないが、ヨウ化ナトリウムおよびヨウ化カリウムなどが好ましく、ヨウ化ナトリウムがより好ましい。ヨウ化物の使用量は、上記式(1)で表される化合物1molに対して、通常0.001〜1.0mol、好ましくは0.01〜0.2molである。
【0042】
本発明では、五塩化ニオブおよびヨウ化ナトリウムを組み合わせて用いるのが特に好ましい。すなわち、式(1)で表される化合物に対して、ルイス酸としての五塩化ニオブと、ヨウ化ナトリウムとを作用させることにより活性化させ、チオアセタールを脱離させる。五塩化ニオブ−ヨウ化ナトリウム触媒の使用量は、上記式(1)で表される化合物1当量に対して、0.01〜0.2当量である。
【0043】
本発明では、上記式(1)で表される化合物を、ニオブ(V)化合物−ヨウ化物触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、アシルシランを製造する。
【0044】
過酸化水素は、脱チオアセタール化に伴って上記式(1)で表される化合物を酸化するために用いられる。過酸化水素水の濃度は特に制限されないが、30%過酸化水素水を用いるのが好ましい。
【0045】
本発明で用いられる溶媒としては、ニオブ(V)化合物およびヨウ化物を溶解させるものであれば、特に制限されないが、例えば、有機溶媒および水の混合溶媒などが好ましい。有機溶媒としては、酢酸エチルおよび酢酸メチルなどのエステル系溶媒、メタノールおよびエタノールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリルおよびプロピオンニトリルなどのニトリル系溶媒、トルエンおよびキシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒ならびにヘキサンおよびペンタンなどの脂肪族炭化水素系溶媒などが挙げられる。このうち、酢酸エチルと水とを、体積比で0:1〜1:0、好ましくは1:2〜2:1、より好ましくは1:1の割合で混合した溶媒が好ましい。
【0046】
反応温度は、0〜50℃、好ましくは10〜40℃の範囲である。反応温度が低すぎると反応速度が遅くなり、また、高すぎると過酸化水素が蒸発してしまう場合があるため、目的のアシルシランの収率が低下して好ましくない。反応圧力は、特に限定されるものではなく、常圧下および加圧下のいずれでもよい。反応時間は5分〜24時間、好ましくは
1〜6時間の範囲である。
【0047】
反応終了後、反応混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーなどの常法によって分離精製することによりアシルシランが得られる。
【0048】
アシルシランの収率は50〜95%である。本発明のアシルシランの製造方法によれば、高い毒性を持つ水銀化合物を触媒として用いることがないため、反応終了後に環境汚染物質を排出することがなく、アシルシランを効率的に製造することができる。したがって、従来のアシルシランの製造方法に代わる方法として有用である。
【実施例】
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例で用いた測定方法を以下に示す。
【0050】
(1)核磁気共鳴法(1HNMRおよび13CNMR)
装置:JNM−EX400(JEOL社製)
測定条件
内部基準:テトラメチルシラン
測定溶媒:重水素化クロロホルム
周波数:400MHz(1HNMR)または100MHz(13CNMR)
(2)赤外分光法
装置:FT/IR−8300(日本分光社製)
測定方法:KBr法
[実施例1]
下記式(3)で表される化合物(160mg、0.5mmol)、ニオブペンタクロリド(14mg、0.05mmol)およびヨウ化ナトリウム(7.9mg、0.05mmol)の酢酸エチル(3.0ml)−蒸留水(3.0ml)溶液を45℃の恒温槽に浸し、30%過酸化水素水(1.15ml、10.0mmol)を滴下した。反応開始から4時間後、薄層クロマトグラフィー(TLC)にて反応が完結したことを確認した。反応系内を0℃に保ち、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液および炭酸ナトリウム水溶液で処理した。反応液を酢酸エチルで抽出し、飽和食塩水で有機層を洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。エバポレーターを用い溶媒を留去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、黄色油成物を63.7mg(0.29mmol、収率58%)得た。
【0051】
得られた黄色油成物についてIRおよびNMR測定を行った。結果を以下に示す。
IR(KBr、cm-1):3171,2955,2872,1578,1208,7691HNMR(400MHz、CDCl3):δ=1.05−0.85(15H,m),7.60−7.42(3H,m),7.92−7.75(2H,m)
13CNMR(100MHz、CDCl3):δ=3.7,7.4,127.1,128.
6,132.6,142.4,204.6,236.3
上記の結果から、黄色油成物が下記式(4)で表される化合物であることを確認した。
【0052】
【化9】

【0053】
[実施例2]
下記式(5)で表される化合物(157mg、0.5mmol)、ニオブペンタクロリド(14mg、0.05mmol)およびヨウ化ナトリウム(8.5mg、0.05mmol)の酢酸エチル(3.0ml)−蒸留水(3.0ml)溶液を45℃の恒温槽に浸し、30%過酸化水素水(1.15ml、10.0mmol)を滴下した。反応開始から2時間後、薄層クロマトグラフィー(TLC)にて反応が完結したことを確認した。反応系内を0℃に保ち、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液および炭酸ナトリウム水溶液で処理した。反応液を酢酸エチルで抽出し、飽和食塩水で有機層を洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。エバポレーターを用い溶媒を留去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、黄色油成物を79.1mg(0.36mmol、収率72%)得た。
【0054】
得られた黄色油成物についてIRおよびNMR測定を行った。結果を以下に示す。
IR(KBr、cm-1):3062,2931,1611,1464,1253,8381HNMR(400MHz、CDCl3):δ=0.37(6H,s),0.96(9H,s),7.60−7.40(3H,m),7.84−7.74(2H,m)
13CNMR(100MHz、CDCl3):δ=−4.7,16.9,26.7,127
.5,128.5,132.5,142.7,192.6,236.1
上記の結果から、黄色油成物が下記式(6)で表される化合物であることを確認した。
【0055】
【化10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物を、ニオブ(V)化合物およびヨウ化物からなる触媒と過酸化水素とを用いて脱チオアセタール化反応させることにより、下記式(2)で表されるアシルシランを製造することを特徴とするアシルシランの製造方法。
【化1】

【化2】

(式(1)および(2)中、Rは置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表し、R1〜R3はそれぞれ独立に、置換もしくは非置換の芳香環、または置換もしくは非置換のアルキル基を表す。)
【請求項2】
前記Rがフェニル基、2−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、4−(N,N’−ジメチルアミノ)フェニル基、2−クロロフェニル基、4−クロロフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、フェロセニル基、1−フリル基、2−フリル基、2−ピリジル基、メチル基または、エチル基、イソプロピル基、t−ブチル基またはヘキシル基を表すことを特徴とする請求項1に記載のアシルシランの製造方法。
【請求項3】
前記R1〜R3がそれぞれ独立にフェニル基、メチル基、エチル基、イソプロピル基またはt−ブチル基を表すことを特徴とする請求項1または2に記載のアシルシランの製造方法。
【請求項4】
前記ニオブ(V)化合物がNbX5(Xはハロゲン原子またはアルコキシドを表す。)
で表されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。
【請求項5】
前記ヨウ化物がヨウ化ナトリウムまたはヨウ化カリウムであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。
【請求項6】
水銀化合物を用いないことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のアシルシランの製造方法。

【公開番号】特開2011−184327(P2011−184327A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49286(P2010−49286)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(390033927)アイバイツ株式会社 (9)
【Fターム(参考)】