説明

アシロイル基を側鎖に持つスピロケタール構造を有する重合体およびその製造方法

【課題】重合体鎖中にスピロアセタール構造を有する新規重合体及びその製造法の提供。
【解決手段】式(A)で表されるスピロケタール構造単位が連結した重合体であって、


(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基又は置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示す。)重合体鎖を構成する全構造単位の合計モル数に対する構造単位(A)の比率が50モル%以上である重合体、並びに一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体を酸性化合物を用いて環化する当該重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピロケタール構造からなる重合体主鎖にアシロイル基が側鎖として結合している新規な重合体およびその製造方法に関する。本発明の重合体は、重合体主鎖を構成するスピロケタール構造よりなる繰り返し単位中にエーテル性酸素原子を有すると共に側鎖に極性の高いアシロイル基を有していることにより、重合体全体の極性が高くて、極性物質との親和性に優れており、しかも重合体主鎖はスピロケタール構造よりなる繰り返し単位が剛直な立体構造をなしながら直線的に結合していることにより、重合体分子間の絡み合いが少なく、溶融流動性に優れている。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリ(スピロケタール)構造からなる主鎖を有する重合体およびその製造方法が提案されている。ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体は、重合体主鎖が、剛直なスピロケタール構造が直線的に配列した立体構造を有していて、重合体分子同士の絡み合いが少ないことから、汎用のポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、その他のビニル系重合体などに比べて、重合体主鎖の構造が複雑であるにも拘わらず、溶融流動性に優れ、また溶媒に対する溶解性も良好である。
【0003】
ポリ(スピロケタール)構造からなる主鎖を有する重合体に係る従来技術としては、例えば、(1)一酸化炭素と式:CH2=CH(CH2xy2y+1(式中、xは1〜5の整数、yは1〜10の整数)で表されるパーフルオロアルキル基を有するエチレン性不飽和化合物、および場合により更にエチレンまたは炭素数22までの1−アルケンを、二座配位ホスフィンおよび/またはホスファイトを配位子とするカチオンパラジウム(II)錯体とカウンター陰イオンとからなる触媒を用いて重合して得られた、パーフルオロアルキル基を側鎖に有するポリ(スピロケタール)構造単位を有する重合体、すなわちパーフルオロアルキル基で置換されたスピロケタール構造(テトラヒドロフラン様5員環)がその2−位置および5−位置の炭素原子で、隣接するパーフルオロアルキル基で置換されたスピロケタール構造とそれぞれスピロ結合している構造単位を持つ重合体が知られている(特許文献1)。また、それ以外にも、一酸化炭素とエチルアクリレートまたはブチルアクリレートを、1,4:3,6−ジアンヒドロ−2,5−ジデオキシ−2,5−ビス(ジフェニルホスフィノ)−L−イディトールで変性したパラジウム触媒を用いて共重合して、メトキシカルボニル基またはブトキシカルボニル基で置換されたポリ(スピロケタール)構造を有する重合体、すなわちメトキシカルボニル基またはブトキシカルボニル基で置換されたスピロケタール構造(テトラヒドロフラン様5員環)がその2−位置および5−位置の炭素原子で、隣接するメトキシカルボニル基またはブトキシカルボニル基で置換されたスピロケタール構造とスピロ結合している構造を持つ重合体が知られている(非特許文献1)。
【0004】
しかし、特許文献1に記載されているポリ(スピロケタール)構造単位を有する重合体は、重合体鎖を構成するスピロケタール構造部分にエーテル性酸素原子を有するものの、側鎖に撥水性で、非粘着性のパーフルオロアルキル基を有しているため、極性物質に対する親和性が十分であるとは言い難い。
また、非特許文献1に記載されているポリ(スピロケタール)構造を有する重合体は、その製造に当って、1,4:3,6−ジアンヒドロ−2,5−ジデオキシ−2,5−ビス(ジフェニルホスフィノ)−L−イディトールという特殊な化合物で変性されたパラジウム触媒を使用する必要があるため、ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体の製造に多大の費用がかかる。しかも、非特許文献1には、非特許文献1に記載されている前記触媒を用いてポリ(スピロケタール)構造を有する重合体を製造するに当って、一酸化炭素と共重合させる不飽和単量体として、エチルアクリレートおよびブチルアクリレートの代りにメチルアクリレートを用いた場合には、ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体がごく僅か(trace)しか生成しなかったことが記載されている。
【0005】
さらに、一酸化炭素、炭素数3以上のα−オレフィンおよび場合によりエチレンを、パラジウム化合物、pKaが2未満の酸のアニオンおよびジホスフィンを含む触媒組成物の溶液と接触させて重合して、主鎖の一部にスピロケタール構造を有する重合体を製造することが知られている(特許文献2)。しかしながら、この特許文献2には、「特許文献2の方法で得られた、主鎖の一部にスピロケタール構造を有する重合体をヘキサフルオロイソプロパノールに溶解して13C−NMR分析したところ、スピロケタール構造が消滅した」との記載がなされており(特許文献2の第5頁左上欄)、安定なスピロケタール構造を有する重合体が得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4172747号公報
【特許文献2】特開平2−189337号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Journal of Molecular Catalysis. A」,Chemical 174 ,2001,p.63−68
【非特許文献2】「J.Am.Chem.Soc.」,129,2007,p.7770−7771
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、高い極性を有していて、各種の極性物質に対する親和性が高く、接着剤、粘着剤、吸着剤、表面処理剤、分離剤、複合材料用素材、成形材料などとして有効に使用することができ、しかも溶融流動性、溶媒への溶解性などに優れていて、取り扱い性、成形性、加工性などに優れる、スピロケタール構造単位からなる重合体を提供することである。
そして、本発明の目的は、高価な触媒や、希少な触媒などを使用することなく、安価で入手容易な原料や触媒を用いて、高い極性を有する、スピロケタール構造単位からなる重合体を簡単に且つ円滑に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の目的を達成すべく検討を重ねてきた。その結果、一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体を、酸性化合物を用いて環化することにより、重合体主鎖にスピロケタール構造を有し且つ側鎖にアシロイル基を有する従来にない新規な重合体、すなわちアシロイル基で置換されたスピロケタール構造(テトラヒドロフラン様5員環)が、その2−位置および5−位置の4級炭素原子で、隣接するアシロイル基で置換されたスピロケタール構造とそれぞれスピロ結合している構造を有する重合体が円滑に製造できることを見出した。
そして、本発明者は、重合体主鎖にスピロケタール構造を有し且つ側鎖にアシロイル基を有する当該新規な重合体は、重合体主鎖を構成するそれぞれのスピロケタール構造中にエーテル性酸素原子を有すると共に、それぞれのスピロケタール構造に極性の高いアシロイル基が結合しているために、高い極性を有し、各種極性物質に対する親和性が高いこと、それによって、接着剤、粘着剤、吸着剤、表面処理剤、分離剤、複合材料用素材、成形材料などとして有効に使用できること、さらに溶融流動性、溶媒への溶解性などに優れていて、取り扱い性、成形性、加工性などに優れることを見出して本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) 重合体鎖の一部または全部が、下記の構造式(A);
【0011】
【化1】

(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示す。)
で表される、アシロイル基で置換された構造単位(A)が2個以上連結したスピロケタール構造からなる重合体であって、重合体鎖を構成する全構造単位の合計モル数に対する構造単位(A)の合計モル数が50モル%以上であることを特徴とする重合体である。
【0012】
そして、本発明は、
(2) 重合体鎖の一部または全部が、下記の一般式(I);
【0013】
【化2】

(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示し、nは10〜10,000の整数を示す。)
で表される、アシロイル基で置換された構造単位(A)がn個連結したポリ(スピロアセタール)構造からなる前記(1)の重合体;および、
(3) 上記の構造式(A)におけるRがメチル基である前記(1)または(2)の重合体;
である。
【0014】
さらに、本発明は、
(4) 一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体を、酸性化合物を用いて環化することを特徴とする前記(1)または(2)の重合体の製造方法である。
そして、本発明は、
(5) 酸性化合物がブレンステッド酸である前記(4)の製造方法;および、
(6) ブレンステッド酸が、塩酸またはパラトルエンスルホン酸である前記(5)の製造方法;
である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の重合体は、重合体主鎖を構成するスピロケタール構造[構造単位(A)]よりなる繰り返し単位中にエーテル性酸素原子を有すると共に、側鎖に極性の高いアシロイル基を有していることにより、重合体全体の極性が高く、極性物質との親和性に優れている。
さらに、本発明の重合体は、スピロケタール構造[構造単位(A)]よりなる繰り返し単位の連結によって、剛直で直線的な主鎖が形成されているために、分子間の絡み合いが少なく、溶融流動性、溶媒溶解性に優れており、しかも溶媒に溶解してもスピロケタール構造が失われず、安定であり、取り扱い性、成形性、加工性などに優れている。
そのため、本発明の重合体は、上記した特性を活かして、接着剤、粘着剤、吸着剤、表面処理剤、分離剤、複合材料用素材、成形材料などとして有効に使用することができる。
本発明の製造方法により、上記した優れた特性を有する本発明の重合体を、高価な触媒や、希少な触媒などを使用することなく、安価で入手容易な原料や触媒を用いて、簡単に且つ円滑に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、参考例1で得られた、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の13C−NMRスペクトル(重クロロホルム溶液)を示す図である。
【図2】図2は、実施例1において、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体に塩酸を添加して1時間反応させた時点で得られた重合体の13C−NMRスペクトル(重クロロホルム溶液)を示す図である。
【図3】図3は、実施例1において、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体に塩酸を添加して3時間反応させた時点で得られた重合体の13C−NMRスペクトル(重クロロホルム溶液)を示す図である。
【図4】図4は、実施例2において、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体にp−トルエンスルホン酸を添加して1時間反応させた時点で得られた重合体の13C−NMRスペクトル(重クロロホルム溶液)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明について詳細に説明する。
本発明の重合体は、鎖状構造を有する重合体であって、重合体鎖の一部または全部が、下記において、│←(A)→│として表されている部分に相当する、アシロイル基(−O−CO−R)で置換された構造単位(A)が2個以上連結したスピロアセタール構造からなっており、且つ重合体鎖を構成する全構造単位の合計モル数に対する構造単位(A)の合計モル数が50モル%以上である重合体である。
【0018】
【化3】

(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示す。)
【0019】
スピロ化合物は、「隣り合う環同士が原子を1個共有し、いかなる橋によっても連結されていない、多環系の化合物」の総称である。
本発明の重合体は、隣り合う、アシロイル基(−O−CO−R)で置換されたアセタール環(テトラヒドロフラン様5員環)同士が、アセタール環中の酸素原子に対する2−位置および5−位置の4級炭素原子を介して連結したスピロアセタール構造を有している。
【0020】
本発明の重合体は、重合体鎖中に構造単位(A)が2個以上連結したスピロアセタール構造部分を有し、且つ重合体鎖を構成する全構造単位の合計モル数に対する構造単位(A)の合計モル数が50モル%以上であれば、構造単位(A)のみから構成されていてもよいし、または構造単位(A)とともに他の構造単位を有していてもよい。
本発明の重合体において50モル%未満の割合で含まれ得る他の構造単位[スピロアセタール構造単位(A)以外の構造単位]は、一般に、本発明の重合体の製造原料として用いられる一酸化炭素とビニルエステルの交互共重合体に由来する、下記の構造式(B)で表される構造単位(B)である。
【0021】
【化4】

(式中、Rは上記と同じである。)
【0022】
本発明の重合体が、構造単位(A)と共に、他の構造単位[特に上記した構造単位(B)]を有する場合は、構造単位(A)と構造単位(B)はランダムに結合していてもよいし、ブロック状になって結合していてもよいし、ランダムに結合した部分とブロック状になって結合した部分が混在していてもよい。
【0023】
本発明の重合体における構造単位(A)の割合は、重合体鎖を構成する全構造単位に対して、60モル%以上であることが好ましく、70モル%以上であることがより好ましく、80〜100モル%であることが更に好ましい。構造単位(A)の割合が高くなるほど、重合体の剛直性が高くなり、溶融流動性に一層優れたものになる。
構造単位(A)の割合が、重合体鎖を構成する全構造単位の50モル%未満であると、重合体の剛直性が低下して、溶融流動性の低下などが生じ易くなる。
【0024】
本発明の重合体は、重合体鎖の一部または全部として、下記の一般式(I)で表される、構造単位(A)のn個(n=10〜10,000)が連結したポリ(スピロアセタール)構造を有していることが好ましい。
【0025】
【化5】

(式中、Rは上記と同じであり、nは10〜10,000の整数を示す。)
【0026】
上記の一般式(I)で表される、構造単位(A)がn個結合したポリ(スピロアセタール)構造をより具体的に示すと、以下の構造(Ia)のとおりである。
【0027】
【化6】

(式中、Rおよびnは上記と同じ。)
【0028】
本発明の重合体、特に重合体鎖の一部または全部が上記したポリ(スピロアセタール)構造(I)、すなわち(Ia)からなる本発明の重合体は、主鎖を構成するスピロケタール環中の酸素原子に対する2−位置および5−位置の4級炭素原子で、隣接するスピロケタール環とそれぞれスピロ結合しており、重合体主鎖を構成するそれぞれのスピロケタール環中に極性をもたらすエーテル性酸素原子を有すると共に、それぞれのスピロケタール環に極性の高いアシロイル基(−O−CO−R)が側鎖として結合しているため、重合体全体で、高い極性を有し、各種極性物質に対する親和性が高い。しかも、本発明の重合体の主鎖は、直鎖状の剛直な立体構造を有しているため、分子同士の絡み合いが少なくなり、溶融流動性、溶媒への溶解性などに優れる。
【0029】
スピロケタール環に側鎖として結合しているアシロイル基(−O−CO−R)は、スピロケタール環中の酸素原子に対して3−位置の炭素原子に結合していてもよいし、または4−位置の炭素原子に結合していてもよい。また、重合体全体では、主鎖を構成するスピロケタール環の全部で、アシロイル基が3−位置の炭素原子または4−位置の炭素原子に揃って結合していてもよいし、或いは主鎖を構成する複数のスピロケタール環のうちの一部でアシロイル基が3−位置の炭素原子に結合し、残りのスピロケタール環でアシロイル基が4−位置の炭素原子に結合していてもよい。
【0030】
本発明の重合体において、スピロケタール環からなる主鎖に側鎖として結合しているアシロイル基(−O−CO−R)におけるRは、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基のいずれであってもよい。
Rが置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基である場合の具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロへプチル基などの直鎖状、分枝鎖状または環状の脂肪族炭化水素基、或いはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、tert−ブトキシ基などのアルコキシ基、フェノキシ基などのアリロキシ基、ハロゲン(F、Cl、Br、I)原子、アセトキシ基、ニトロ基、スルホン酸基、カルボキシル基、アミノ基などの官能基などで置換された前記した直鎖状、分枝鎖状または環状の脂肪族炭化水素基を挙げることができる。
また、Rが置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基である場合の具体例としては、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、アントリル基、フェナントリル基、インデニル基、フルオレニル基、アズレニル基、或いはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、tert−ブトキシ基などのアルコキシ基、フェノキシ基などのアリロキシ基、ハロゲン(F、Cl、Br、I)原子、アセトキシ基、ニトロ基、スルホン酸基、カルボキシル基、アミノ基などの官能基などで置換された前記した芳香族炭化水素基を挙げることができる。
また、Rは、スピロケタール環に結合したアシロイル基を、アシドリシス反応によりアシロイル基を交換した基であってもよい。
そのうちでも、Rはメチル基であることが、原料として用いられる一酸化炭素とビニルエステルの交互共重合体の製造または入手の容易性、本発明の重合体の製造の容易性などの点から好ましい。
【0031】
本発明の重合体では、スピロケタール環に結合しているアシロイル基は、本発明の重合体の製造原料である一酸化炭素とビニルエステルの交互共重合体におけるビニルエステル単位に由来するため、アシロイル基におけるRは、当該交互共重合体の製造に用いたビニルエステルの種類によって決まる。
【0032】
本発明の重合体が、重合体鎖の一部または全部として上記の一般式(I)、すなわち(Ia)で表されるポリ(スピロアセタール)構造を有する重合体である場合は、原料である一酸化炭素とビニルエステルの交互共重合体の製造や入手の容易性、当該ポリ(スピロアセタール)構造を有する重合体の製造の容易性、得られる重合体の物性(例えば、取り扱い性、成形加工性、皮膜形成性、強度など)などの点から、構造単位(A)の結合数nは10〜10,000であることが好ましく、100〜10,000であることがより好ましく、1,000〜10,000であることがさらに好ましい。
【0033】
本発明の重合体は、一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体を、酸性化合物を用いて環化して、構造単位(B)を構造単位(A)に変えると同時に構造単位(A)が2個以上連結したスピロアセタール構造を有する重合体にする本発明の製造方法によって円滑に製造することができる。
本発明の重合体の製造原料として用いる一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体は公知の物質であり、非特許文献2などに記載されている方法で製造することができる。
そのため、本発明の重合体の原料として用いる一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体の製造方法は何ら限定されない。一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体は、例えば、触媒として、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウムなどのパラジウム(II)化合物および2−{ジ(2−メトキシフェニル)ホスフィノ}ベンゼンスルホン酸などのスルホン酸基を有するホスフィン系リガンドを、パラジウム(II)化合物:ホスフィン系リガンド=1:0.8〜1.2のモル比で用いて、パラジウム(II)化合物の濃度を0.1〜100mMとし、一酸化炭素の圧力または分圧2〜30MPa、酢酸ビニルなどのビニルエステル類の使用割合2〜10.8M、重合温度0〜100℃の条件下で、0.5〜100時間重合を行なうことによって製造することができる。一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体の製造は、バルク重合で行ってもよいし、または重合を阻害しない溶媒(例えばトルエン)を用いて溶液重合で行なってもよい。
【0034】
一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体を酸性化合物で環化して本発明の重合体を製造するに当っては、酸性化合物として、ブレンステッド酸またはルイス酸が好ましく用いられる。当該酸性化合物の具体例としては、HF、HCl、HBrなどのハロゲン化水素酸;H2SO4、H3BO3、HClO4、CH3COOH、CH2ClCOOH、CHCl2COOH、CCl3COOH、CF3COOH、クエン酸、パラトルエンスルホン酸、CF3SO3H、H3PO4、P25などのオキソ酸、およびこれらの基を有するイオン交換樹脂などの高分子化合物;BF3、BF3OEt2、BBr3、BBr3OEt2、AlCl3、AlBr3、AlI3、TiCl4、TiBr4、TiI4、FeCl3、FeCl2、SnCl2、SnCl4、WCl6、MoCl5、SbCl5、TeCl2などの周期律表IIIA族からVIII族までの金属ハロゲン化合物;燐モリブデン酸、燐タングステン酸などのヘテロポリ酸;SiO2、Al23、SiO2−Al23、MgO−SiO2、B23−Al23、WO3−Al23、Zr23−SiO2、硫酸化ジルコニア、タングステン酸ジルコニア、H+または希土類元素と交換したゼオライト、活性白土、酸性白土、γ−Al23、P25をケイソウ土に担持させた固体燐酸などの固体酸などを挙げることができる。これらの酸性化合物は、単独で使用してもよいし、または2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0035】
本発明の重合体を得るための酸性化合物を用いての環化反応は、例えば、一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体を、塩化メチレン、トルエンなどのような、反応を阻害しない溶媒に溶解させ、それに、酸性化合物を、一酸化炭素とビニルエステル類の交互共重合体に対して0.1〜150モル%の割合で添加して、0〜100℃の温度で実施することができる。環化反応の終了後に、溶媒を留去することによって、重合体鎖の一部または全部が、構造単位(A)が2個以上連結したスピロケタール構造からなり、且つ重合体鎖を構成する全構造単位の50モル%以上が構造単位(A)からなる、本発明の重合体が回収される。これに得られる本発明の重合体は、通常、常温において固体状を呈していて、加熱することによって流動性の高い溶融物となる。重合体の溶融温度は、重合度によって異なる。
また、本発明の重合体は、塩化メチレン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの有機溶媒にも可溶であり、溶媒に溶解して溶液状にして使用することができる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
以下の例において、重合体の分子量の測定、重合体におけるスピロケタール構造の確認、並びに重合体の溶融温度および溶融粘度の測定は、次のようにして行なった。
【0037】
(1)重合体の分子量:
ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)装置として東ソー株式会社製「HLC−8020」を使用し、カラムとして、東ソー株式会社製の「TSKgel GMH−M」の2本と「G2000H」の1本を直列に繋いだものを用いて、GPCにより測定し、ポリスチレン換算で求めた数平均分子量を重合体の分子量とした。
【0038】
(2)重合体におけるスピロケタール構造の確認:
重合体を重水素化クロロホルムに溶解した溶液を用いてNMR分析(NMR装置:日本電子株式会社製「JNM−LA−400」)を室温で行ない、それにより得られた13C−NMRスペクトルから、スピロケタール構造の有無を確認した。その際に重水素化クロロホルムを77ppmとした。
13C−NMRスペクトルでは、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体における重合体主鎖中のカルボニル基(C=O)に由来するピークは203ppmに観察され、またスピロケタール構造に由来するピークは108〜117ppmに観察される。
【0039】
(3)重合体の溶融粘度:
歪制御型粘弾性測定装置(レオメトリックサイエンティフィック社製「ARES」)を使用して、温度150℃および回転角速度が100rad/secのときの溶融粘度、並びに温度150℃および回転角速度10rad/secのときの溶融粘度を測定した。
【0040】
《参考例1》[一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の製造]
(1) 非特許文献2に準じて、窒素置換した100mLのオートクレーブに、2−{ジ(2−メトキシフェニル)ホスフィノ}ベンゼンスルホン酸80.5mg(0.2mmol)、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム115mg(0.2mmol)および酢酸ビニル50mL(0.54mol)を入れ、室温で1時間攪拌した後、一酸化炭素を60kgf/cm2の加圧下に導入し、次いで70℃に加熱して10時間攪拌して重合を行なった。
(2) 10時間後、加圧、加熱を止め、反応液から未反応の酢酸ビニルを減圧除去し、残留した固形分を塩化メチレンに溶解させ、メタノールに再沈澱させた。再沈殿によって得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合(直鎖体)をグラスフィルターで濾過して固形分として回収し、減圧乾燥した。これにより得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の収量は1.38g(収率2.2%)であり、数平均分子量は15,400(g/mol)であった[上記した構造単位(B)がほぼ100個結合した重合体]。
【0041】
(3) 上記(2)で得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体のNMR分析により得られた13C−NMRスペクトル(100−210ppm)を図1に示す。
図1にみるように、上記(2)で得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の13C−NMRスペクトルでは、203ppmに重合体主鎖中のカルボニル基(C=O)に由来するピークがあり、その一方で、スピロケタール構造に由来するピークは存在しない。
(4) 上記(2)で得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の、温度150℃および回転角測度100rad/secでの溶融粘度は766Pa・sec、温度150℃および回転角測度10rad/secでの溶融粘度は1441Pa・secであった。
【0042】
《実施例1》[ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体の製造]
(1)(i) 参考例1で得られた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体100mgを重クロロホルム1mLに溶解させ、1N塩酸0.1mLを添加して環化反応を行なった。環化反応の開始(塩酸の添加時)から1時間後に、反応液の1部を採取して、NMR分析を行なって、図2に示す13C−NMRスペクトル(100−210ppm)を得た。
次に、環化反応の開始(塩酸の添加時)から3時間後に、反応液の1部を採取して、NMR分析を行なって、図3に示す13C−NMRスペクトル(100−210ppm)を得た。
(ii) 図2の13C−NMRスペクトルでは、203ppmに重合体主鎖中のカルボニル基(C=O)に由来するピークがあり、それと共に108〜117ppmにスピロケタール構造に由来するピークがあり、このことから、環化反応開始から1時間後では、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体を構成する構造単位(B)の一部がスピロケタール構造へと環化され、残りの構造単位(B)がそのまま残存していることがわかる。
(iii) 一方、図3の13C−NMRスペクトルでは、203ppmにはピークがなく、重合体主鎖中のカルボニル基(C=O)がもはやなくなっており、その一方で108〜117ppmのピークが大きくなっている。このことから、環化開始から3時間後には、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体を構成していた構造単位(B)のほぼ全部が環化されてスピロケタール構造[構造単位(A)]に転換されて、ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体が得られたことがわかる。
(iv) ところで、上記したように、特許文献2には、特許文献2の発明で得られたスピロケタール構造部分を有する重合体をヘキサフルオロイソプロパノールに溶解させるとスピロケタール構造が失われてしまいスピロケタール構造が不安定であることが記載されている。それに対して、この実施例1で得られたポリ(スピロケタール)構造を有する本発明の重合体は、溶媒に溶解してもスピロケタール構造が何ら失われず安定であり、かかる結果は、特許文献2の技術からみて全く予想外のことである。
【0043】
(2) 環化開始3時間後に得られたポリ(スピロケタール)構造を有する重合体の温度150℃および回転角速度100rad/secでの溶融粘度は357Pa・sec、温度150℃および回転角速度10rad/secでの溶融粘度は701Pa・secであり、いずれの溶融粘度も、原料として用いた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体の溶融粘度の2分の1よりも小さくなっている。このことは、この実施例1で得られた本発明の重合体の主鎖が、直鎖状の剛直な立体構造(スピロケタール構造)を有しているため、分子同士の絡み合いが少なくなり、原料として用いた一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体に比べて、溶融流動性が一層増したことを示している。
【0044】
《実施例2》[ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体の製造]
(1) 実施例1の(i)において、1N塩酸0.1mLを添加する代りに、p−トルエンスルホン酸1水和物10mgを添加した以外は、実施例1の(i)と同様にして環化反応を行なった。環化反応の開始(塩酸の添加時)から1時間後に、反応液の1部を採取して、NMR分析を行なって、図4に示す13C−NMRスペクトル(100−210ppm)を得た。
(2) 図4の13C−NMRスペクトルでは、203ppmにはピークがなく、重合体主鎖中のカルボニル基(C=O)がもはやなくなっており、その一方で108〜117ppmに大きなピークが現れている。このことから、環化開始から1時間後には、一酸化炭素と酢酸ビニルの交互共重合体を構成していた構造単位(B)のほぼ全部が環化されてスピロケタール構造に転換されて、ポリ(スピロケタール)構造を有する重合体が得られたことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の重合体は、重合体主鎖を構成するスピロケタール構造[構造単位(A)]よりなる繰り返し単位中にエーテル性酸素原子を有すると共に、側鎖に極性の高いアシロイル基を有していることにより、重合体全体の極性が高く、極性物質との親和性に優れており、しかもスピロケタール構造[構造単位(A)]よりなる繰り返し単位の連結によって剛直で直線的な主鎖が形成されているため、分子間の絡み合いが少なく、溶融流動性、溶媒溶解性に優れており、しかも溶媒に溶解してもスピロケタール構造が失われず、安定であることから、それらの特性を活かして、接着剤、粘着剤、吸着剤、表面処理剤、分離剤、複合材料用素材、成形材料などとして有用であり、その上本発明の製造方法により、上記した優れた特性を有する本発明の重合体を、高価な触媒や、希少な触媒などを使用することなく、安価で入手容易な原料や触媒を用いて、簡単に且つ円滑に製造することができる点でも有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合体鎖の一部または全部が、下記の構造式(A);
【化1】

(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示す。)
で表される、アシロイル基で置換された構造単位(A)が2個以上連結したスピロケタール構造からなる重合体であって、重合体鎖を構成する全構造単位の合計モル数に対する構造単位(A)の合計モル数が50モル%以上であることを特徴とする重合体。
【請求項2】
重合体鎖の一部または全部が、下記の一般式(I);
【化2】

(式中、Rは水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素数6〜20の芳香族炭化水素基を示し、nは10〜10,000の整数を示す。)
で表される、アシロイル基で置換された構造単位(A)がn個連結したポリ(スピロアセタール)構造からなる請求項1に記載の重合体。
【請求項3】
上記の構造式(A)におけるRがメチル基である請求項1または2に記載の重合体。
【請求項4】
一酸化炭素とビニルエステル類との交互共重合体を、酸性化合物を用いて環化することを特徴とする請求項1または2に記載の重合体の製造方法。
【請求項5】
酸性化合物がブレンステッド酸である請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
ブレンステッド酸が、塩酸またはパラトルエンスルホン酸である請求項5に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−57084(P2012−57084A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−203089(P2010−203089)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】