アスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法
【課題】 代表性および迅速性を確保しつつ、簡易で、かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供すること。
【解決手段】 (a)溶媒あるいは溶剤を用いて捕集物を前記フィルタから分離し、捕集物が分散した処理液を作製する機能、(b)処理液の遠心分離を行って捕集物の沈殿物を生成させ、沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、(c)測定試料を分散染色法によって分析する機能、を有することを特徴とする。
【解決手段】 (a)溶媒あるいは溶剤を用いて捕集物を前記フィルタから分離し、捕集物が分散した処理液を作製する機能、(b)処理液の遠心分離を行って捕集物の沈殿物を生成させ、沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、(c)測定試料を分散染色法によって分析する機能、を有することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法に関するもので、特に、フィルタによって捕集された粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アスベスト(石綿)は、岩石を形成する鉱物のうち、蛇紋石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(クリソタイル)、および角閃石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(アモサイト、クロシドライト、トレモライト、アクチノライトおよびアンソフィライト)をいう(例えば非特許文献1参照)。従前は、耐熱性、対磨耗性、あるいは対腐食性に優れていることから、建材などとして広く使用されていた。しかし、アスベストを吸い込むと、肺がんや中皮種などの呼吸系障害を引き起こす可能性が高いことから、使用禁止物質となった。しかしながら、建築物の解体時や改修時においては、大気中に飛散する危険性があり、作業の安全性の確保あるいは作業環境の安全性の確認などのために、大気粉塵中のアスベストの分析は欠かせない技術となっている。
【0003】
大気粉塵中のアスベストの分析方法は、光学顕微鏡法および走査電子顕微鏡法、あるいは直接および間接変換−透過電子顕微鏡法などのJIS法(例えば非特許文献1参照)をはじめ、いくつかの分析方法が実用化されている。
【0004】
具体的には、光学顕微鏡法の1つで、一般的な方法として、位相差顕微鏡を用いて繊維状粒子を測定する位相差顕微鏡法がある。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、アセトン蒸気の浸透によってフィルタを透明にした後、位相差顕微鏡によって、フィルタ上の繊維状粒子の数を計数し、繊維数濃度を測定する。
【0005】
また、位相差分散顕微鏡を用い、アスベストの屈折率を利用して、その織維数濃度を求める位相差分散顕微鏡法がある。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、フィルタを固定した後に、図12に示すような低温灰化装置を用いてフィルタを灰化し、それにアスベストの届折率に対応した浸液を滴下し、位相差分散顕微鏡によって、スライドガラス上のアスベストの数を計数し、アスベストの繊維数濃度を測定する方法である。対象となる繊維状粒子の屈折率が判明している場合は、その屈折率に対応した浸液を使用することによって、目的とする繊維数濃度を求めることができる。
【0006】
さらに、走査電子顕微鏡を用いてアスベストなどの繊維数濃度を測定する方法として、走査電子顕微鏡法がある。特に、アスベストなど繊維の種類を同定しながら計数するとき、又は位相差顕微鏡で測定する繊維より小さい繊維を含む場合に有効である。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、走査電子顕微鏡で観察試料に変換して、走査電子顕微鏡で観察試料上のアスベストその他の繊維の種類、数、寸法などを測定する。
【0007】
また、JIS法以外の方法として、例えば、以下の3工程;
(i)判別を行う繊維補強材を物理的に粉砕した後、粉砕粉をスライドガラス上に取る第1工程;
(ii)スライドガラス上の粉砕粉に特定の屈折率を有する浸液を滴下し、カバーガラスを乗せて供試体とする第2工程;及び
(iii)光源と、回転ステージと、分散染色レンズを備えてなる顕微鏡の回転ステージ上に、第2工程で得られた供試体を装着し、光源から供試体を通過した光を分散染色レンズを介して観察して、回転ステージを一方向に回転させるに伴い、赤橙色と青色あるいは青色と赤橙色の物理発色を交互に繰り返す繊維状物質を石綿と判別する第3工程;
からなることを特徴とする繊維補強材中の石綿繊維の有無を簡易的に判別する方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0008】
【非特許文献1】日本工業規格「JIS K 3850 2006」
【特許文献1】特開平07−181268号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記分析方法においては、以下のような課題が生じることがあった。
(1)JIS法として挙げられたいずれの方法においても、アスペクト比(繊維状物質の長さと幅の比)が3以上の繊維を数え、アスベスト繊維として表すため、完全な同定法とはいえない。
(2)走査電子顕微鏡法においては、アスベストは天然物質のため、元素比率のみでは同定は困難で、前処理にも時間がかかっていた。
(3)フィルタからの分離処理の1つである灰化処理においては、処理時間として8時間が必要で、迅速性に欠けるという課題があった。
(4)いずれの方法においても、各種の顕微鏡で計数(測定)する試料を準備するために、フィルタ上の捕集物中のアスベストを如何にロスなく測定試料として処理できるかが重要である。また、実際に測定される試料が、捕集物中のアスベストの分析対象を代表しかつ適切であること(以下「代表性」という。)が要求される。例えば、均一な試料全体から取り出しあるいは切り出した一部であることが必要となる。従って、試料処理段階における慎重な取り扱いを必要とすることから、従来の方法では、こうした処理を短時間で行うことが困難であった。
(5)上記「JIS K 3850 2006」に規定されるように、大気中の粉塵中には、アスベスト以外に種々の浮遊繊維状物質があり、また、繊維の長短、単繊維や繊維束、あるいはアスベスト構造体など種々の性状がある。従って、アスベスト分析の代表性の確保には、それらを含む測定試料の作製が不可欠である。
(6)一方、大気粉塵中のアスベスト分析は、上記のような現場作業時の迅速な安全性の確認のために用いられることも多く、かかる場合には迅速性とともに、簡易な分析方法や簡単な操作機能を有する分析装置が要求されていた。
【0010】
そこで、本発明は、こうした問題点を解決し、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易で、かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することを目的とする。つまり、フィルタによって捕集された粉塵中のアスベストを測定対象とする分析において、捕集物中のアスベストを代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定する分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、以下に示す大気粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法によって上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0012】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する方法であって、前記捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離処理して捕集物が分散した処理液を作製し、該処理液の液体−固体分離処理によって前記捕集物の沈殿物を作製し、該沈殿物を分散染色法によって分析することを特徴とする。
【0013】
上述のように、従前の方法では、現場作業時の安全確認など迅速性が要求される用途に使用することは困難であった。本発明者は、こうした要請に対して最も障害となっていたフィルタからのアスベストを含む捕集物の確実な分離方法を検証した結果、本発明の処理操作を行うことによって、分離の迅速性を確保することができるとともに、アスベストの分析において均一な測定試料を作製することができることを見出した。
つまり、本発明は、以下の3つの優れた処理操作を行うことによって、均一な測定試料を迅速に作製することが可能となった。
(1)捕集物を液体中で前記フィルタから分離処理して捕集物が分散した処理液を作製することによって、アスベストの均一的な分散の確保、およびそれに伴う代表性と迅速性の維持が可能となる。
(2)処理液の液体−固体分離処理によって捕集物の沈殿物を作製することによって、アスベストの均一的な濃縮処理、処理の迅速性の確保、およびそれに伴う代表性の維持が可能となる。従って、捕集物の量やその中のアスベストの量が少ない場合には全量を測定試料とし、多い場合にはその内から抜き取った少量を測定試料とするという自由度の高い分析を行うことが可能となるという利点もある。
また、本発明は、こうしたアスベストが均一に分散した測定試料の性状と整合するような測定方法として、既述の位相差分散顕微鏡法の1つである分散染色法を用いることによって、簡易で測定精度の高い分析が可能となる。従って、捕集物を代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定するアスベスト分析方法を提供することが可能となった。
【0014】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記分離処理が、前記フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる処理A、あるいは前記フィルタを所定の液体中で溶解させる処理Bであることを特徴とする。
【0015】
フィルタからのアスベストを含む捕集物の分離において、本発明は、〔処理A〕フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる分離処理、あるいは〔処理B〕フィルタを溶剤で溶解させる分離処理、を行い捕集物の溶液採取および処理液の作製を行うことによって、迅速性を確保しつつ、種々の性状の浮遊物質を含むアスベストを確実にフィルタから分離し、その代表性を確保することができる確実な分離方法を確立した。
ここで、〔処理A〕は、超音波照射による溶液内の振盪効果を利用して、物理的にフィルタからの確実な分離を図るものである。超音波照射により分散染色法で分析ができる程度に確実にフィルタからアスベストを分離できることを検証によって見出した。さらに、合せて溶液内での高い均一な分散効果を得ることができる。
一方、〔処理B〕は、溶剤に溶解可能なフィルタを用い、フィルタを溶解させることによって、確実にフィルタから分離を図ったものであり、溶液内での均一な分散効果を得ることができる。特に、溶剤として低沸点(ここでは水の沸点よりも低い温度をいう)のアルコールなどを用いた場合には、処理液をプレート上に注入したときに、溶剤の蒸散によって迅速に均一な測定試料を形成することができる。
これによって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0016】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記液体−固体分離処理を、遠心分離によって行うことを特徴とする。
【0017】
上記処理操作において、液体−固体の分離処理を行う方法としては、自然沈降法や濾過法、溶液気化による分離法および遠心分離法などを挙げることができるが、自然沈降法では、均一性に優れる一方、迅速性の点において優れているとはいえず、濾過法では、液体−固体分離効率において優れる一方、再度の分離処理を必要とする。また、溶液気化による分離法では、比較的簡便な手段によって気化を行うことができる一方、所定の凝縮段階までの気化の過程において均一性が損なわれる可能性がある。本発明においては、遠心分離法を用いることによって、均一性を保持しつつ、上記方法よりもさらに迅速性を高め、代表性の確保することができることを見出した。これによって、簡易かつ迅速に測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0018】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記処理Aあるいは処理Bを、前記遠心分離と同時に、あるいは前記遠心分離と交互に繰り返し行うことを特徴とする。
【0019】
上記〔処理A〕あるいは〔処理B〕において、アスベストを含む捕集物は、フィルタから分離した後、遠心分離処理を行うことによって、その均一性および代表性を確保しつつさらに迅速性を高めることができる。一方、〔処理A〕あるいは〔処理B〕といった分離処理は、同時に遠心分離処理を行っても、その分離機能が損なわれることがなく、むしろ遠心分離によって各物質に働く強制力によって、分離機能が増幅される効果を得ることができる。また、溶液による均一的な分散機能についても、過度の強制力とならない範囲の遠心分離によって、分散機能が増幅される効果を得ることができる。これによって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0020】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する装置であって、以下の処理機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)該測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有することを特徴とする。
【0021】
上記のように、処理液の作製時におけるアスベストの分散処理と、測定試料の作製時における遠心分離によるアスベストの濃縮処理との組み合わせは、従前の単一的な処理操作では困難であった、代表性と均一性のある測定試料の迅速な作製を可能にした。本発明は、その処理機能を明確にしたもので、こうした機能を基に、作製された測定試料を分析するによって、測定試料の分析までの操作を、迅速かつ精度よく行うアスベスト分析装置を提供することが可能となった。
【0022】
本発明は、フィルタによって捕集された粉塵を前記フィルタから分離して処理液を作製する分離処理部、該処理液から前記捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部、分散染色法を用いた分析部、を備えた大気粉塵中のアスベスト分析装置であって、前記分離処理部が前記遠心分離機能を有する、あるいは前記遠心分離部が前記分離処理機能を有することを特徴とする。
【0023】
アスベストの分析においては、複数の処理操作を必要とする一方、分析装置においては、1つの処理部が複数の機能を有することによって機能の効率化、装置のコンパクト化を図ることができる。具体的には、遠心分離による沈殿物の作製を行いながら超音波振盪によってフィルタからの捕集物の分離を行うことを可能にするように、本発明において重要な機能を果たす分離処理部と遠心分離部が、そのいずれかの処理部の少なくとも一部の機能を有することによって、処理操作の効率化を図り、分析装置全体のさらに高い迅速性を確保することが可能となった。つまり、上述の〔処理A〕または〔処理B〕を遠心分離と同時に行うことが可能となる。
【0024】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析用測定試料の作成方法であって、以下のプロセス;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製するプロセス、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製するプロセス、
を有することを特徴とする。
【0025】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析においては、代表性と均一性のある測定試料の迅速な作製が求められると同時に、分散染色法など所定の測定方法と整合するような測定試料の性状が必要となる。本発明は、その処理プロセスを明確にしたもので、こうして作製された測定試料を分析するによって、測定試料の分析までの操作を、迅速かつ精度よく行うアスベスト分析装置を提供することが可能となった。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明によって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易で、かつ測定精度の高いアスベストの分析が可能となった。従って、捕集物中のアスベストを代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定する分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。ここでは、アスベスト分析装置(以下「本装置」という。)として、フィルタによって捕集された捕集物を所定の液体中でフィルタから分離して処理液を作製する分離処理部と、処理液から捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部と、分散染色法を用いた分析部から構成される場合を例として説明する。
【0028】
〔本装置の構成要素〕
(1)分離処理部は、フィルタによって捕集された捕集物の分離を担う要素で、具体的には、後述する〔処理A〕を行う場合には、分離用容器、溶液収容部、溶液注入部、超音波処理部およびこれらを駆動させる制御部から構成される。超音波処理部は、容器を収容し周囲から超音波を照射するタイプや容器内に超音波照射部を投入するタイプなどがあり、いずれも使用することができる。また、振盪を行う場合には、別途分離用容器の固定が可能な振盪部を有する構成となる。〔処理B〕を行う場合には、分離用容器、溶剤収容部、溶剤注入部およびこれらを駆動させる制御部から構成される。また、フィルタ溶解後に溶媒で清浄処理を行う場合には、溶媒収容部、溶媒注入部および攪拌部を有する構成となる。
【0029】
(2)遠心分離部は、処理液から捕集物の沈殿物を作製するために、処理液中の捕集物の濃縮を担う要素で、具体的には、単独の遠心機能を有し上記の分離用容器をそのまま収容するタイプや、〔処理A〕を行う場合には、遠心機能に加えて振盪機能や超音波照射機能を有するタイプなどがあり、いずれも使用することができる。また、遠心分離処理後の、沈殿物の採取あるいは捕集物の清浄において、手動ではなく、溶液収容部、溶液注入部および吸引部を有し自動的に処理操作を行う機構を備えた遠心分離部も好適である。
【0030】
(3)分析部は、分散染色法による測定試料の分析を担う要素で、具体的には、位相差分散顕微鏡を用いることが好ましい。ハロゲンランプなどの光源部、作製された測定プレートをセットするステージ、測定プレートを観測する対物レンズと接眼レンズの組合せ、被観測体を撮影する撮影部、および撮影部からの画像のメモリや各部の処理操作を制御する機構を備えている。
【0031】
<本装置の構成例>
本装置は、こうした各要素によって、以下の機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有する。図1は、上記機能に基づく、フィルタによって捕集された粉塵の分離から測定試料の分析までの処理操作を例示する。以下、順に操作処理の内容を説明する。
【0032】
〔本装置における分析操作について〕
本装置は、フィルタによって捕集された捕集物を分離処理し試料液を作製する一次処理操作と測定試料を作製する二次処理操作と測定試料を分散染色法によって分析する三次処理操作とからなり、図1に例示するプロセスによって、分析操作される。
【0033】
(1)一次処理操作
粉塵を捕集したフィルタを、(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する。各処理操作について詳述する。
【0034】
本装置においては、〔処理A〕フィルタを所定の溶液内において超音波を照射しながら振盪させる方法と、〔処理B〕フィルタを溶剤で溶解させる方法がある。〔処理A〕は、アスベストを侵さない液体を使って、その液体中で、超音波照射による振盪効果を利用してフィルタから物理的に分離させる方法で、フィルタから分離した捕集物は、液体中に分散するが、超音波によって溶液中への拡散を迅速化し、均一性の高い分散効果を得ることができる。アスベスト中にはフィルタに突き刺さっているものもあると考えられるが、後述の実測例で示すように、分散染色法による分析が可能なほどアスベストとフィルタを分離できることを見出した。〔処理B〕は、フィルタを溶解可能でアスベストを侵さない溶剤を液体として用いてフィルタを溶解させることによって、フィルタから分離させる方法で、溶液内での均一な分散効果を得ることができる。この際、超音波を照射するのがさらに好適である。また、これらの分離処理と同時に、遠心分離処理を行うことも好適である。後述するように、分離機能が損なわれることがなく、捕集物に対して遠心力が働くによって、分離機能が増幅される効果を得ることができ、操作の迅速化を促進することができる。
【0035】
(a−1)〔処理A〕の方法では、粉塵が捕集されたフィルタの一部あるいは全部を、所定の溶液が入った容器内に入れ、超音波を照射し、捕集物を溶液中に分散させる。フィルタを一部のみ溶液に入れる場合には、JIS法に定めるフィルタの分割方法によることが好ましい。所定の溶液としては、フィルタを変質させることがない水やアルコールなどを用いる。超音波は、溶液の量や種類によって時間や強度を設定される。長時間の強力な超音波は、アスベストを破壊するおそれがあることから、予め最適範囲を設定することが好ましい。具体的には、検証の結果、捕集物0.1g、水溶液10mLに対して、強度30〜50W、より好適には50W、時間1〜3分、より好適には2分が基準となることが分かった。
【0036】
次に、捕集物を溶液中に分離した後にフィルタを取り除き、容器内部の溶液を攪拌することによって、捕集物が分散した処理溶液を作製する。ただし、アスベストの損傷を回避するために、容器を振盪するなど間接的に攪拌等をすることが好ましい。
【0037】
(a−2)〔処理B〕の方法では、大気粉塵を捕集したフィルタの一部あるいは全部を、所定の溶剤が入った容器内にいれて溶解させ、捕集物を溶剤中に分散させる。所定の溶剤としては、上記セルロースエステル製のフィルタを使用した場合には、アセトンが好適であり、酢酸エステルの場合にはエチルアルコールも使用可能である。これらの溶剤は、溶解性が高いことに加え、沸点が低いことから、後述する処理液をプレート上に注入したときに、溶剤の蒸散によって迅速に均一な測定試料を形成することができる。
【0038】
次に、捕集物を溶剤中に分離した後であれば、フィルタの形状が残っていても取り除き、溶器内部の溶剤を攪拌することによって、捕集物が分散した処理溶液を作製する。溶剤内に溶解したフィルタの量が多い場合には、容器に溶剤を追加し、フィルタ成分が捕集物に再度付着することを防止することが好ましい。
【0039】
(2)二次処理操作
作製された処理液に対して、(b)遠心分離を行って沈殿物を生成させ、沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する。本装置においては、遠心分離処理を行う場合を例示するが、処理液を構成する溶媒が比較的低温度の加温によって蒸散可能な場合には、溶液を気化し沈殿物を生成させる処理操作を行うことも可能である。
処理液が入った容器を遠心分離機にセットし、所定の回転数で所定の時間駆動し、浮遊物を沈殿させる。検証の結果、捕集物0.1g、水溶液10mLに対して、所定の回転数は、3000〜10000rpm、より好適には5000rpmが好ましい。また、所定の時間は、同様の条件において、5〜20分、より好適には10分が好ましい。このように、遠心分離により強制的に液体―固体分離を行うことによって、沈殿物の生成処理操作の迅速化を図ることができる。と同時に、処理液には捕集物が均一に分散していることから、その均一な状態を保持したままの沈殿物を生成することができる。
【0040】
遠心分離は、単独で処理操作を行うことも可能であるが、上記(a)のように、〔処理A〕あるいは〔処理B〕という分離処理と同時に行うことも好適である。このとき、本装置の構成として、分離処理部が遠心分離機能を有する場合、遠心分離機部が前記分離処理機能を有する場合は問わず、処理操作の効率化および迅速化が可能となる。また、こうした両機能を有する装置が複雑化する場合には、交互に各処理操作を繰り返し行うことが好適である。実質的に各操作の処理効果を同時に満たすことができる。
【0041】
(b−1)〔処理A〕と同時に遠心分離を行った場合には、超音波によって振動エネルギーを受容する捕集物が、さらに一定方向の強制的な力を受けることによって、フィルタからの分離を促進することができる。ただし、フィルタの捕集面を遠心分離機の回転中心に対し反対方向に近いことが好ましい。
【0042】
(b−2)〔処理B〕と同時に遠心分離を行った場合には、溶解するフィルタから分離しようとする捕集物に対して、一定方向の強制的な力を与えることとなり、フィルタからの分離を促進することができる。また、フィルタに対しても、溶解し遊離し始めた成分が、一定方向の強制的な力を受けてフィルタからの遊離を促進することができる。フィルタの捕集面は上記(b−1)と同様、遠心分離機の回転中心に対し反対方向に近いことが好ましい。
【0043】
遠心分離処理が完了した遠心分離機にセットした容器の底部には、溶液層と分離して沈殿物が凝集し、凝集物が濃縮している。この沈殿物が測定試料であり、これが適宜取り出されて分析が行われる。容器上部からピペットを投入して吸い上げ、プレート上に滴下する。沈殿物の量が多い場合には、順次採取し、この操作を繰り返し行う。このとき容器内の上澄みをピペットにて吸い上げて除去し、沈殿物を順次採取したり、全量採取することもできる。また、上澄みを除去した後、再度溶液を注入し、捕集物を清浄することができ、これを繰り返すことでより清浄化を図ることができる。
【0044】
また、沈殿物の内のアスベスト以外の成分を除去することが好ましい。具体的には、容器内の上澄みをピペットにて吸い上げて除去した後、さらに所定濃度の蟻酸を所定量沈殿物に注入することによって、アスベスト以外の成分、特に石灰を含む成分を溶解させることができる。従って、同時に遠心分離処理を行うことによって、不純物を除去し、アスベストがさらに濃縮された測定試料を作製される。注入される蟻酸は、検証の結果、捕集物0.1gにおいて、濃度10〜20%によってアスベストに影響与えずに、比較的容易に石灰を含む成分を除去することができ、注入量は5〜10mLが好適であることが分かった。なお、1度の蟻酸の注入処理だけで不十分な場合は、蟻酸の注入〜遠心分離〜濃縮処理を繰り返し行うことが好ましい。また、蟻酸の注入処理の最後は、水あるいはアルコールを注入し安全化を図ることが好ましい。このように、不純物を除去した測定試料の作成によって、精度の高い分析が可能となる。
【0045】
その後、プレートを所定時間静止状態で乾燥することによって、捕集物がプレートに載せられる。所定時間は、溶液成分や乾燥温度によって異なるが、アスベストおよび捕集物中の他の物質に影響の与えない温度まで加温して乾燥することが好ましい。例えば40〜50℃加温条件で、エチルアルコールやアセトンの場合は数分程度、水溶液の場合は10〜30分程度が好ましい。
【0046】
(3)三次処理操作
測定試料を、分散染色法によって分析する。測定試料は、通常の位相差分散顕微鏡を用い、分散染色法でアスベストの有無を分析する。アスベストの有無の分析は従来の方法でよいが、具体的には、測定試料が作製されたプレートを位相差分散顕微鏡にセットし、測定試料中に含まれるアスベストの種類に対応した浸液をプレートに所定量滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製する。位相差分散顕微鏡は、特定波長の光を照射する光源部と、測定プレートをセットするステージと、測定プレートを観測する対物レンズと接眼レンズの組合せを備えている。測定プレートをステージにセットし、光源から測定プレートに照射すると、その中を通過した光を、対物レンズおよび接眼レンズを通して観察し分析することができる。アスベストを観測するための顕微鏡の倍率は、50〜200倍程度が好適である。
【0047】
また、分析は、1つの測定試料について1つの視野にあるアスベストの有無のみを確認する場合、1つの視野内のアスベスト数量を計数し捕集物中のアスベスト全量を推定する場合、複数の視野(例えば50視野)内のアスベスト数量を計数する場合、複数の視野内のアスベスト数量を計数し、その平均値から捕集物中のアスベスト全量を推定する場合など種々の分析手法がある。
【0048】
なお、アスベストは、下表1に示すように、その種類によって屈折率が異なることから、使用する浸液は、分析するアスベストと同じ屈折率を有する浸液を用意しプレートに滴下する必要がある。
【0049】
【表1】
【0050】
例えば、測定試料が、クリソタイルを主成分とするアスベストの場合、屈折率1.550の浸液を用意して測定プレートを作製する。分析に際しては、観測視野内にアスベストがあれば、光源からの照射光に対して赤紫色〜青色で発色することから、繊維全体あるいは繊維の境界を観察することができる。ここで、屈折率が1.550の浸液としては、例えばチョウジ油とカッシア油との混合油などを挙げることができる。
【0051】
<上記処理操作を用いた実測例>
次に、上記処理操作を用い分析する。実際にアスベストを含む粉塵を採取したフィルタから測定試料を作製し、アスベストを分析した結果を以下に例示する。〔実施例〕として、本装置を用いた場合、〔比較例〕として、JIS法に準拠し灰化処理装置を用いてフィルタからの捕集物の分離を行った場合を示す。
【0052】
〔実施例〕
(1)実施条件と手順
(1−1)試験用容器(15mL)に純水10mLとフィルタを入れ、超音波処理機を用いて、超音波を強度45Wで、2分間照射した。
(1−2)フィルタを取り出した後、試験用容器を遠心分離機にセットした後、回転数5000rpmで、10分間遠心分離を行った。
(1−3)試験用容器内の上澄み液をピペットにて取り出し、残液を約50μLにした。
(1−4)残液を攪拌し、マイクロピペットにて20μLずつ、スライドガラスに全量滴下した。試験用容器の壁に付着した捕集物は、少量の純水を用い、採取することが好ましい。
(1−5)50℃に保温したホットプレート上で乾操し、水分を除去した。
(1−6)室温(25℃)まで自然冷却後、屈折率1.550の浸液を滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製した。
(1−7)測定プレートを位相差分散顕微鏡によって観測し、分散色(赤紫色〜青色)を確認し、その画像を得た。
【0053】
(2)実施結果
測定試料を観察した結果を、図2〜図5に例示する。図中の枠内に示すように、いずれも1〜5個のアスベスト(クリソタイル)を観測することができた。
【0054】
〔比較例〕
(1)実施条件と手順
(1−1)スライドガラスにフィルタ(メンブレンフィルタのように可燃性物質からなる)を載せ、図12に例示するような灰化装置にセットし、400℃で加熱した。
(1−2)試験用容器を取り出し、室温(25℃)まで自然冷却後、屈折率1.550の浸液(実施例と同じ)を滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製した。
(1−3)測定プレートを位相差分散顕微鏡(実施例と同じ)によって観測し、分散色(赤紫色〜青色)を確認し、その画像を得た。
【0055】
(2)実施結果
測定試料を観察した結果を、図7〜図12に例示する。図中の枠内に示すように、いずれも1〜3個のアスベスト(クリソタイル)を観測することができた。
【0056】
〔まとめ〕
以上のように、本分析方法による実施例の結果は、参照とする比較例と同等の実施結果となり、明確にアスベストを観測することができた。つまり、灰化処理を伴う従来法に相当する分析が可能な方法であると評価することができる。さらに、簡易な分析方法であるが、JIS法では実現できなかった迅速性および代表性の高いアスベストの分析を可能にした。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係るアスベスト分析処理操作を例示する説明図。
【図2】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図3】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図4】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図5】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図6】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図7】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図8】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図9】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図10】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図11】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図12】従来技術に係る低温灰化装置の構成を例示する説明図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法に関するもので、特に、フィルタによって捕集された粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アスベスト(石綿)は、岩石を形成する鉱物のうち、蛇紋石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(クリソタイル)、および角閃石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(アモサイト、クロシドライト、トレモライト、アクチノライトおよびアンソフィライト)をいう(例えば非特許文献1参照)。従前は、耐熱性、対磨耗性、あるいは対腐食性に優れていることから、建材などとして広く使用されていた。しかし、アスベストを吸い込むと、肺がんや中皮種などの呼吸系障害を引き起こす可能性が高いことから、使用禁止物質となった。しかしながら、建築物の解体時や改修時においては、大気中に飛散する危険性があり、作業の安全性の確保あるいは作業環境の安全性の確認などのために、大気粉塵中のアスベストの分析は欠かせない技術となっている。
【0003】
大気粉塵中のアスベストの分析方法は、光学顕微鏡法および走査電子顕微鏡法、あるいは直接および間接変換−透過電子顕微鏡法などのJIS法(例えば非特許文献1参照)をはじめ、いくつかの分析方法が実用化されている。
【0004】
具体的には、光学顕微鏡法の1つで、一般的な方法として、位相差顕微鏡を用いて繊維状粒子を測定する位相差顕微鏡法がある。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、アセトン蒸気の浸透によってフィルタを透明にした後、位相差顕微鏡によって、フィルタ上の繊維状粒子の数を計数し、繊維数濃度を測定する。
【0005】
また、位相差分散顕微鏡を用い、アスベストの屈折率を利用して、その織維数濃度を求める位相差分散顕微鏡法がある。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、フィルタを固定した後に、図12に示すような低温灰化装置を用いてフィルタを灰化し、それにアスベストの届折率に対応した浸液を滴下し、位相差分散顕微鏡によって、スライドガラス上のアスベストの数を計数し、アスベストの繊維数濃度を測定する方法である。対象となる繊維状粒子の屈折率が判明している場合は、その屈折率に対応した浸液を使用することによって、目的とする繊維数濃度を求めることができる。
【0006】
さらに、走査電子顕微鏡を用いてアスベストなどの繊維数濃度を測定する方法として、走査電子顕微鏡法がある。特に、アスベストなど繊維の種類を同定しながら計数するとき、又は位相差顕微鏡で測定する繊維より小さい繊維を含む場合に有効である。空気中に浮遊している繊維状粒子をフィルタに捕集し、走査電子顕微鏡で観察試料に変換して、走査電子顕微鏡で観察試料上のアスベストその他の繊維の種類、数、寸法などを測定する。
【0007】
また、JIS法以外の方法として、例えば、以下の3工程;
(i)判別を行う繊維補強材を物理的に粉砕した後、粉砕粉をスライドガラス上に取る第1工程;
(ii)スライドガラス上の粉砕粉に特定の屈折率を有する浸液を滴下し、カバーガラスを乗せて供試体とする第2工程;及び
(iii)光源と、回転ステージと、分散染色レンズを備えてなる顕微鏡の回転ステージ上に、第2工程で得られた供試体を装着し、光源から供試体を通過した光を分散染色レンズを介して観察して、回転ステージを一方向に回転させるに伴い、赤橙色と青色あるいは青色と赤橙色の物理発色を交互に繰り返す繊維状物質を石綿と判別する第3工程;
からなることを特徴とする繊維補強材中の石綿繊維の有無を簡易的に判別する方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0008】
【非特許文献1】日本工業規格「JIS K 3850 2006」
【特許文献1】特開平07−181268号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記分析方法においては、以下のような課題が生じることがあった。
(1)JIS法として挙げられたいずれの方法においても、アスペクト比(繊維状物質の長さと幅の比)が3以上の繊維を数え、アスベスト繊維として表すため、完全な同定法とはいえない。
(2)走査電子顕微鏡法においては、アスベストは天然物質のため、元素比率のみでは同定は困難で、前処理にも時間がかかっていた。
(3)フィルタからの分離処理の1つである灰化処理においては、処理時間として8時間が必要で、迅速性に欠けるという課題があった。
(4)いずれの方法においても、各種の顕微鏡で計数(測定)する試料を準備するために、フィルタ上の捕集物中のアスベストを如何にロスなく測定試料として処理できるかが重要である。また、実際に測定される試料が、捕集物中のアスベストの分析対象を代表しかつ適切であること(以下「代表性」という。)が要求される。例えば、均一な試料全体から取り出しあるいは切り出した一部であることが必要となる。従って、試料処理段階における慎重な取り扱いを必要とすることから、従来の方法では、こうした処理を短時間で行うことが困難であった。
(5)上記「JIS K 3850 2006」に規定されるように、大気中の粉塵中には、アスベスト以外に種々の浮遊繊維状物質があり、また、繊維の長短、単繊維や繊維束、あるいはアスベスト構造体など種々の性状がある。従って、アスベスト分析の代表性の確保には、それらを含む測定試料の作製が不可欠である。
(6)一方、大気粉塵中のアスベスト分析は、上記のような現場作業時の迅速な安全性の確認のために用いられることも多く、かかる場合には迅速性とともに、簡易な分析方法や簡単な操作機能を有する分析装置が要求されていた。
【0010】
そこで、本発明は、こうした問題点を解決し、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易で、かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することを目的とする。つまり、フィルタによって捕集された粉塵中のアスベストを測定対象とする分析において、捕集物中のアスベストを代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定する分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、以下に示す大気粉塵中のアスベスト分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法によって上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0012】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する方法であって、前記捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離処理して捕集物が分散した処理液を作製し、該処理液の液体−固体分離処理によって前記捕集物の沈殿物を作製し、該沈殿物を分散染色法によって分析することを特徴とする。
【0013】
上述のように、従前の方法では、現場作業時の安全確認など迅速性が要求される用途に使用することは困難であった。本発明者は、こうした要請に対して最も障害となっていたフィルタからのアスベストを含む捕集物の確実な分離方法を検証した結果、本発明の処理操作を行うことによって、分離の迅速性を確保することができるとともに、アスベストの分析において均一な測定試料を作製することができることを見出した。
つまり、本発明は、以下の3つの優れた処理操作を行うことによって、均一な測定試料を迅速に作製することが可能となった。
(1)捕集物を液体中で前記フィルタから分離処理して捕集物が分散した処理液を作製することによって、アスベストの均一的な分散の確保、およびそれに伴う代表性と迅速性の維持が可能となる。
(2)処理液の液体−固体分離処理によって捕集物の沈殿物を作製することによって、アスベストの均一的な濃縮処理、処理の迅速性の確保、およびそれに伴う代表性の維持が可能となる。従って、捕集物の量やその中のアスベストの量が少ない場合には全量を測定試料とし、多い場合にはその内から抜き取った少量を測定試料とするという自由度の高い分析を行うことが可能となるという利点もある。
また、本発明は、こうしたアスベストが均一に分散した測定試料の性状と整合するような測定方法として、既述の位相差分散顕微鏡法の1つである分散染色法を用いることによって、簡易で測定精度の高い分析が可能となる。従って、捕集物を代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定するアスベスト分析方法を提供することが可能となった。
【0014】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記分離処理が、前記フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる処理A、あるいは前記フィルタを所定の液体中で溶解させる処理Bであることを特徴とする。
【0015】
フィルタからのアスベストを含む捕集物の分離において、本発明は、〔処理A〕フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる分離処理、あるいは〔処理B〕フィルタを溶剤で溶解させる分離処理、を行い捕集物の溶液採取および処理液の作製を行うことによって、迅速性を確保しつつ、種々の性状の浮遊物質を含むアスベストを確実にフィルタから分離し、その代表性を確保することができる確実な分離方法を確立した。
ここで、〔処理A〕は、超音波照射による溶液内の振盪効果を利用して、物理的にフィルタからの確実な分離を図るものである。超音波照射により分散染色法で分析ができる程度に確実にフィルタからアスベストを分離できることを検証によって見出した。さらに、合せて溶液内での高い均一な分散効果を得ることができる。
一方、〔処理B〕は、溶剤に溶解可能なフィルタを用い、フィルタを溶解させることによって、確実にフィルタから分離を図ったものであり、溶液内での均一な分散効果を得ることができる。特に、溶剤として低沸点(ここでは水の沸点よりも低い温度をいう)のアルコールなどを用いた場合には、処理液をプレート上に注入したときに、溶剤の蒸散によって迅速に均一な測定試料を形成することができる。
これによって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0016】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記液体−固体分離処理を、遠心分離によって行うことを特徴とする。
【0017】
上記処理操作において、液体−固体の分離処理を行う方法としては、自然沈降法や濾過法、溶液気化による分離法および遠心分離法などを挙げることができるが、自然沈降法では、均一性に優れる一方、迅速性の点において優れているとはいえず、濾過法では、液体−固体分離効率において優れる一方、再度の分離処理を必要とする。また、溶液気化による分離法では、比較的簡便な手段によって気化を行うことができる一方、所定の凝縮段階までの気化の過程において均一性が損なわれる可能性がある。本発明においては、遠心分離法を用いることによって、均一性を保持しつつ、上記方法よりもさらに迅速性を高め、代表性の確保することができることを見出した。これによって、簡易かつ迅速に測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0018】
本発明は、上記アスベスト分析方法であって、前記処理Aあるいは処理Bを、前記遠心分離と同時に、あるいは前記遠心分離と交互に繰り返し行うことを特徴とする。
【0019】
上記〔処理A〕あるいは〔処理B〕において、アスベストを含む捕集物は、フィルタから分離した後、遠心分離処理を行うことによって、その均一性および代表性を確保しつつさらに迅速性を高めることができる。一方、〔処理A〕あるいは〔処理B〕といった分離処理は、同時に遠心分離処理を行っても、その分離機能が損なわれることがなく、むしろ遠心分離によって各物質に働く強制力によって、分離機能が増幅される効果を得ることができる。また、溶液による均一的な分散機能についても、過度の強制力とならない範囲の遠心分離によって、分散機能が増幅される効果を得ることができる。これによって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易かつ測定精度の高い大気粉塵中のアスベスト分析方法を提供することを提供することが可能となった。
【0020】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する装置であって、以下の処理機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)該測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有することを特徴とする。
【0021】
上記のように、処理液の作製時におけるアスベストの分散処理と、測定試料の作製時における遠心分離によるアスベストの濃縮処理との組み合わせは、従前の単一的な処理操作では困難であった、代表性と均一性のある測定試料の迅速な作製を可能にした。本発明は、その処理機能を明確にしたもので、こうした機能を基に、作製された測定試料を分析するによって、測定試料の分析までの操作を、迅速かつ精度よく行うアスベスト分析装置を提供することが可能となった。
【0022】
本発明は、フィルタによって捕集された粉塵を前記フィルタから分離して処理液を作製する分離処理部、該処理液から前記捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部、分散染色法を用いた分析部、を備えた大気粉塵中のアスベスト分析装置であって、前記分離処理部が前記遠心分離機能を有する、あるいは前記遠心分離部が前記分離処理機能を有することを特徴とする。
【0023】
アスベストの分析においては、複数の処理操作を必要とする一方、分析装置においては、1つの処理部が複数の機能を有することによって機能の効率化、装置のコンパクト化を図ることができる。具体的には、遠心分離による沈殿物の作製を行いながら超音波振盪によってフィルタからの捕集物の分離を行うことを可能にするように、本発明において重要な機能を果たす分離処理部と遠心分離部が、そのいずれかの処理部の少なくとも一部の機能を有することによって、処理操作の効率化を図り、分析装置全体のさらに高い迅速性を確保することが可能となった。つまり、上述の〔処理A〕または〔処理B〕を遠心分離と同時に行うことが可能となる。
【0024】
本発明は、フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析用測定試料の作成方法であって、以下のプロセス;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製するプロセス、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製するプロセス、
を有することを特徴とする。
【0025】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析においては、代表性と均一性のある測定試料の迅速な作製が求められると同時に、分散染色法など所定の測定方法と整合するような測定試料の性状が必要となる。本発明は、その処理プロセスを明確にしたもので、こうして作製された測定試料を分析するによって、測定試料の分析までの操作を、迅速かつ精度よく行うアスベスト分析装置を提供することが可能となった。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明によって、代表性および迅速性を確保しつつ、簡易で、かつ測定精度の高いアスベストの分析が可能となった。従って、捕集物中のアスベストを代表した試料を、迅速かつ簡易に処理して測定する分析方法、分析装置およびその測定試料の作成方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。ここでは、アスベスト分析装置(以下「本装置」という。)として、フィルタによって捕集された捕集物を所定の液体中でフィルタから分離して処理液を作製する分離処理部と、処理液から捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部と、分散染色法を用いた分析部から構成される場合を例として説明する。
【0028】
〔本装置の構成要素〕
(1)分離処理部は、フィルタによって捕集された捕集物の分離を担う要素で、具体的には、後述する〔処理A〕を行う場合には、分離用容器、溶液収容部、溶液注入部、超音波処理部およびこれらを駆動させる制御部から構成される。超音波処理部は、容器を収容し周囲から超音波を照射するタイプや容器内に超音波照射部を投入するタイプなどがあり、いずれも使用することができる。また、振盪を行う場合には、別途分離用容器の固定が可能な振盪部を有する構成となる。〔処理B〕を行う場合には、分離用容器、溶剤収容部、溶剤注入部およびこれらを駆動させる制御部から構成される。また、フィルタ溶解後に溶媒で清浄処理を行う場合には、溶媒収容部、溶媒注入部および攪拌部を有する構成となる。
【0029】
(2)遠心分離部は、処理液から捕集物の沈殿物を作製するために、処理液中の捕集物の濃縮を担う要素で、具体的には、単独の遠心機能を有し上記の分離用容器をそのまま収容するタイプや、〔処理A〕を行う場合には、遠心機能に加えて振盪機能や超音波照射機能を有するタイプなどがあり、いずれも使用することができる。また、遠心分離処理後の、沈殿物の採取あるいは捕集物の清浄において、手動ではなく、溶液収容部、溶液注入部および吸引部を有し自動的に処理操作を行う機構を備えた遠心分離部も好適である。
【0030】
(3)分析部は、分散染色法による測定試料の分析を担う要素で、具体的には、位相差分散顕微鏡を用いることが好ましい。ハロゲンランプなどの光源部、作製された測定プレートをセットするステージ、測定プレートを観測する対物レンズと接眼レンズの組合せ、被観測体を撮影する撮影部、および撮影部からの画像のメモリや各部の処理操作を制御する機構を備えている。
【0031】
<本装置の構成例>
本装置は、こうした各要素によって、以下の機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有する。図1は、上記機能に基づく、フィルタによって捕集された粉塵の分離から測定試料の分析までの処理操作を例示する。以下、順に操作処理の内容を説明する。
【0032】
〔本装置における分析操作について〕
本装置は、フィルタによって捕集された捕集物を分離処理し試料液を作製する一次処理操作と測定試料を作製する二次処理操作と測定試料を分散染色法によって分析する三次処理操作とからなり、図1に例示するプロセスによって、分析操作される。
【0033】
(1)一次処理操作
粉塵を捕集したフィルタを、(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する。各処理操作について詳述する。
【0034】
本装置においては、〔処理A〕フィルタを所定の溶液内において超音波を照射しながら振盪させる方法と、〔処理B〕フィルタを溶剤で溶解させる方法がある。〔処理A〕は、アスベストを侵さない液体を使って、その液体中で、超音波照射による振盪効果を利用してフィルタから物理的に分離させる方法で、フィルタから分離した捕集物は、液体中に分散するが、超音波によって溶液中への拡散を迅速化し、均一性の高い分散効果を得ることができる。アスベスト中にはフィルタに突き刺さっているものもあると考えられるが、後述の実測例で示すように、分散染色法による分析が可能なほどアスベストとフィルタを分離できることを見出した。〔処理B〕は、フィルタを溶解可能でアスベストを侵さない溶剤を液体として用いてフィルタを溶解させることによって、フィルタから分離させる方法で、溶液内での均一な分散効果を得ることができる。この際、超音波を照射するのがさらに好適である。また、これらの分離処理と同時に、遠心分離処理を行うことも好適である。後述するように、分離機能が損なわれることがなく、捕集物に対して遠心力が働くによって、分離機能が増幅される効果を得ることができ、操作の迅速化を促進することができる。
【0035】
(a−1)〔処理A〕の方法では、粉塵が捕集されたフィルタの一部あるいは全部を、所定の溶液が入った容器内に入れ、超音波を照射し、捕集物を溶液中に分散させる。フィルタを一部のみ溶液に入れる場合には、JIS法に定めるフィルタの分割方法によることが好ましい。所定の溶液としては、フィルタを変質させることがない水やアルコールなどを用いる。超音波は、溶液の量や種類によって時間や強度を設定される。長時間の強力な超音波は、アスベストを破壊するおそれがあることから、予め最適範囲を設定することが好ましい。具体的には、検証の結果、捕集物0.1g、水溶液10mLに対して、強度30〜50W、より好適には50W、時間1〜3分、より好適には2分が基準となることが分かった。
【0036】
次に、捕集物を溶液中に分離した後にフィルタを取り除き、容器内部の溶液を攪拌することによって、捕集物が分散した処理溶液を作製する。ただし、アスベストの損傷を回避するために、容器を振盪するなど間接的に攪拌等をすることが好ましい。
【0037】
(a−2)〔処理B〕の方法では、大気粉塵を捕集したフィルタの一部あるいは全部を、所定の溶剤が入った容器内にいれて溶解させ、捕集物を溶剤中に分散させる。所定の溶剤としては、上記セルロースエステル製のフィルタを使用した場合には、アセトンが好適であり、酢酸エステルの場合にはエチルアルコールも使用可能である。これらの溶剤は、溶解性が高いことに加え、沸点が低いことから、後述する処理液をプレート上に注入したときに、溶剤の蒸散によって迅速に均一な測定試料を形成することができる。
【0038】
次に、捕集物を溶剤中に分離した後であれば、フィルタの形状が残っていても取り除き、溶器内部の溶剤を攪拌することによって、捕集物が分散した処理溶液を作製する。溶剤内に溶解したフィルタの量が多い場合には、容器に溶剤を追加し、フィルタ成分が捕集物に再度付着することを防止することが好ましい。
【0039】
(2)二次処理操作
作製された処理液に対して、(b)遠心分離を行って沈殿物を生成させ、沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する。本装置においては、遠心分離処理を行う場合を例示するが、処理液を構成する溶媒が比較的低温度の加温によって蒸散可能な場合には、溶液を気化し沈殿物を生成させる処理操作を行うことも可能である。
処理液が入った容器を遠心分離機にセットし、所定の回転数で所定の時間駆動し、浮遊物を沈殿させる。検証の結果、捕集物0.1g、水溶液10mLに対して、所定の回転数は、3000〜10000rpm、より好適には5000rpmが好ましい。また、所定の時間は、同様の条件において、5〜20分、より好適には10分が好ましい。このように、遠心分離により強制的に液体―固体分離を行うことによって、沈殿物の生成処理操作の迅速化を図ることができる。と同時に、処理液には捕集物が均一に分散していることから、その均一な状態を保持したままの沈殿物を生成することができる。
【0040】
遠心分離は、単独で処理操作を行うことも可能であるが、上記(a)のように、〔処理A〕あるいは〔処理B〕という分離処理と同時に行うことも好適である。このとき、本装置の構成として、分離処理部が遠心分離機能を有する場合、遠心分離機部が前記分離処理機能を有する場合は問わず、処理操作の効率化および迅速化が可能となる。また、こうした両機能を有する装置が複雑化する場合には、交互に各処理操作を繰り返し行うことが好適である。実質的に各操作の処理効果を同時に満たすことができる。
【0041】
(b−1)〔処理A〕と同時に遠心分離を行った場合には、超音波によって振動エネルギーを受容する捕集物が、さらに一定方向の強制的な力を受けることによって、フィルタからの分離を促進することができる。ただし、フィルタの捕集面を遠心分離機の回転中心に対し反対方向に近いことが好ましい。
【0042】
(b−2)〔処理B〕と同時に遠心分離を行った場合には、溶解するフィルタから分離しようとする捕集物に対して、一定方向の強制的な力を与えることとなり、フィルタからの分離を促進することができる。また、フィルタに対しても、溶解し遊離し始めた成分が、一定方向の強制的な力を受けてフィルタからの遊離を促進することができる。フィルタの捕集面は上記(b−1)と同様、遠心分離機の回転中心に対し反対方向に近いことが好ましい。
【0043】
遠心分離処理が完了した遠心分離機にセットした容器の底部には、溶液層と分離して沈殿物が凝集し、凝集物が濃縮している。この沈殿物が測定試料であり、これが適宜取り出されて分析が行われる。容器上部からピペットを投入して吸い上げ、プレート上に滴下する。沈殿物の量が多い場合には、順次採取し、この操作を繰り返し行う。このとき容器内の上澄みをピペットにて吸い上げて除去し、沈殿物を順次採取したり、全量採取することもできる。また、上澄みを除去した後、再度溶液を注入し、捕集物を清浄することができ、これを繰り返すことでより清浄化を図ることができる。
【0044】
また、沈殿物の内のアスベスト以外の成分を除去することが好ましい。具体的には、容器内の上澄みをピペットにて吸い上げて除去した後、さらに所定濃度の蟻酸を所定量沈殿物に注入することによって、アスベスト以外の成分、特に石灰を含む成分を溶解させることができる。従って、同時に遠心分離処理を行うことによって、不純物を除去し、アスベストがさらに濃縮された測定試料を作製される。注入される蟻酸は、検証の結果、捕集物0.1gにおいて、濃度10〜20%によってアスベストに影響与えずに、比較的容易に石灰を含む成分を除去することができ、注入量は5〜10mLが好適であることが分かった。なお、1度の蟻酸の注入処理だけで不十分な場合は、蟻酸の注入〜遠心分離〜濃縮処理を繰り返し行うことが好ましい。また、蟻酸の注入処理の最後は、水あるいはアルコールを注入し安全化を図ることが好ましい。このように、不純物を除去した測定試料の作成によって、精度の高い分析が可能となる。
【0045】
その後、プレートを所定時間静止状態で乾燥することによって、捕集物がプレートに載せられる。所定時間は、溶液成分や乾燥温度によって異なるが、アスベストおよび捕集物中の他の物質に影響の与えない温度まで加温して乾燥することが好ましい。例えば40〜50℃加温条件で、エチルアルコールやアセトンの場合は数分程度、水溶液の場合は10〜30分程度が好ましい。
【0046】
(3)三次処理操作
測定試料を、分散染色法によって分析する。測定試料は、通常の位相差分散顕微鏡を用い、分散染色法でアスベストの有無を分析する。アスベストの有無の分析は従来の方法でよいが、具体的には、測定試料が作製されたプレートを位相差分散顕微鏡にセットし、測定試料中に含まれるアスベストの種類に対応した浸液をプレートに所定量滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製する。位相差分散顕微鏡は、特定波長の光を照射する光源部と、測定プレートをセットするステージと、測定プレートを観測する対物レンズと接眼レンズの組合せを備えている。測定プレートをステージにセットし、光源から測定プレートに照射すると、その中を通過した光を、対物レンズおよび接眼レンズを通して観察し分析することができる。アスベストを観測するための顕微鏡の倍率は、50〜200倍程度が好適である。
【0047】
また、分析は、1つの測定試料について1つの視野にあるアスベストの有無のみを確認する場合、1つの視野内のアスベスト数量を計数し捕集物中のアスベスト全量を推定する場合、複数の視野(例えば50視野)内のアスベスト数量を計数する場合、複数の視野内のアスベスト数量を計数し、その平均値から捕集物中のアスベスト全量を推定する場合など種々の分析手法がある。
【0048】
なお、アスベストは、下表1に示すように、その種類によって屈折率が異なることから、使用する浸液は、分析するアスベストと同じ屈折率を有する浸液を用意しプレートに滴下する必要がある。
【0049】
【表1】
【0050】
例えば、測定試料が、クリソタイルを主成分とするアスベストの場合、屈折率1.550の浸液を用意して測定プレートを作製する。分析に際しては、観測視野内にアスベストがあれば、光源からの照射光に対して赤紫色〜青色で発色することから、繊維全体あるいは繊維の境界を観察することができる。ここで、屈折率が1.550の浸液としては、例えばチョウジ油とカッシア油との混合油などを挙げることができる。
【0051】
<上記処理操作を用いた実測例>
次に、上記処理操作を用い分析する。実際にアスベストを含む粉塵を採取したフィルタから測定試料を作製し、アスベストを分析した結果を以下に例示する。〔実施例〕として、本装置を用いた場合、〔比較例〕として、JIS法に準拠し灰化処理装置を用いてフィルタからの捕集物の分離を行った場合を示す。
【0052】
〔実施例〕
(1)実施条件と手順
(1−1)試験用容器(15mL)に純水10mLとフィルタを入れ、超音波処理機を用いて、超音波を強度45Wで、2分間照射した。
(1−2)フィルタを取り出した後、試験用容器を遠心分離機にセットした後、回転数5000rpmで、10分間遠心分離を行った。
(1−3)試験用容器内の上澄み液をピペットにて取り出し、残液を約50μLにした。
(1−4)残液を攪拌し、マイクロピペットにて20μLずつ、スライドガラスに全量滴下した。試験用容器の壁に付着した捕集物は、少量の純水を用い、採取することが好ましい。
(1−5)50℃に保温したホットプレート上で乾操し、水分を除去した。
(1−6)室温(25℃)まで自然冷却後、屈折率1.550の浸液を滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製した。
(1−7)測定プレートを位相差分散顕微鏡によって観測し、分散色(赤紫色〜青色)を確認し、その画像を得た。
【0053】
(2)実施結果
測定試料を観察した結果を、図2〜図5に例示する。図中の枠内に示すように、いずれも1〜5個のアスベスト(クリソタイル)を観測することができた。
【0054】
〔比較例〕
(1)実施条件と手順
(1−1)スライドガラスにフィルタ(メンブレンフィルタのように可燃性物質からなる)を載せ、図12に例示するような灰化装置にセットし、400℃で加熱した。
(1−2)試験用容器を取り出し、室温(25℃)まで自然冷却後、屈折率1.550の浸液(実施例と同じ)を滴下し、カバーガラスを被せ、測定プレートを作製した。
(1−3)測定プレートを位相差分散顕微鏡(実施例と同じ)によって観測し、分散色(赤紫色〜青色)を確認し、その画像を得た。
【0055】
(2)実施結果
測定試料を観察した結果を、図7〜図12に例示する。図中の枠内に示すように、いずれも1〜3個のアスベスト(クリソタイル)を観測することができた。
【0056】
〔まとめ〕
以上のように、本分析方法による実施例の結果は、参照とする比較例と同等の実施結果となり、明確にアスベストを観測することができた。つまり、灰化処理を伴う従来法に相当する分析が可能な方法であると評価することができる。さらに、簡易な分析方法であるが、JIS法では実現できなかった迅速性および代表性の高いアスベストの分析を可能にした。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係るアスベスト分析処理操作を例示する説明図。
【図2】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図3】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図4】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図5】本発明に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図6】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図7】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図8】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図9】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図10】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図11】従来技術に係るアスベスト分析方法による観察結果を例示する説明図。
【図12】従来技術に係る低温灰化装置の構成を例示する説明図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する方法であって、前記捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離処理して前記捕集物が分散した処理液を作製し、該処理液の液体−固体分離処理によって前記捕集物の沈殿物を作製し、該沈殿物を分散染色法によって分析することを特徴とするアスベスト分析方法。
【請求項2】
前記分離処理が、前記フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる処理A、あるいは前記フィルタを所定の液体中で溶解させる処理Bであることを特徴とする請求項1記載のアスベスト分析方法。
【請求項3】
前記液体−固体分離処理を、遠心分離によって行うことを特徴とする請求項1また2記載のアスベスト分析方法。
【請求項4】
前記処理Aあるいは処理Bを、前記遠心分離と同時に、あるいは前記遠心分離と交互に繰り返し行うことを特徴とする請求項1〜3記載のアスベスト分析方法。
【請求項5】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する装置であって、以下の処理機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)該測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有することを特徴とするアスベスト分析装置。
【請求項6】
フィルタによって捕集された捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離して処理液を作製する分離処理部と、該処理液から前記捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部と、分散染色法を用いた分析部と、を備えたことを特徴とする請求項5記載のアスベスト分析装置。
【請求項7】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析用測定試料の作成方法であって、以下のプロセス;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製するプロセス、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物から測定試料を作製するプロセス、
を有することを特徴とするアスベスト分析用測定試料の作成方法。
【請求項1】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する方法であって、前記捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離処理して前記捕集物が分散した処理液を作製し、該処理液の液体−固体分離処理によって前記捕集物の沈殿物を作製し、該沈殿物を分散染色法によって分析することを特徴とするアスベスト分析方法。
【請求項2】
前記分離処理が、前記フィルタを所定の液体中において超音波を照射して振盪させる処理A、あるいは前記フィルタを所定の液体中で溶解させる処理Bであることを特徴とする請求項1記載のアスベスト分析方法。
【請求項3】
前記液体−固体分離処理を、遠心分離によって行うことを特徴とする請求項1また2記載のアスベスト分析方法。
【請求項4】
前記処理Aあるいは処理Bを、前記遠心分離と同時に、あるいは前記遠心分離と交互に繰り返し行うことを特徴とする請求項1〜3記載のアスベスト分析方法。
【請求項5】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベストを分析する装置であって、以下の処理機能;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製する機能、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物からアスベストが濃縮した測定試料を作製する機能、
(c)該測定試料を分散染色法によって分析する機能、
を有することを特徴とするアスベスト分析装置。
【請求項6】
フィルタによって捕集された捕集物を所定の液体中で前記フィルタから分離して処理液を作製する分離処理部と、該処理液から前記捕集物の沈殿物を作製する遠心分離部と、分散染色法を用いた分析部と、を備えたことを特徴とする請求項5記載のアスベスト分析装置。
【請求項7】
フィルタによって捕集された捕集物中のアスベスト分析用測定試料の作成方法であって、以下のプロセス;
(a)溶媒あるいは溶剤を用いて前記捕集物を前記フィルタから分離し、前記捕集物が分散した処理液を作製するプロセス、
(b)該処理液の遠心分離を行って前記捕集物の沈殿物を生成させ、該沈殿物から測定試料を作製するプロセス、
を有することを特徴とするアスベスト分析用測定試料の作成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−157879(P2008−157879A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349811(P2006−349811)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】
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