説明

アセトアミノフェン肝傷害治療剤

【課題】 新規なアセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物を提供する。
【解決手段】 本発明は、(E)−3−[p−(1H−イミダゾール−1−イルメチル)フェニル]−2−プロペン酸(オザグレル)又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防用医薬組成物を提供する。
すなわち、本発明は、アセトアミノフェン投与前又は投与後に、オザグレル又はその薬理学的に許容される塩を投与することにより、肝アラニントランスアミナーゼ(ALT)の上昇抑制、肝総グルタチオン量の増加、肝組織傷害の顕著な抑制効果を有するアセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防用医薬組成物に関するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物に関するものである。
【0002】
さらに詳しく述べれば、本発明は、式:
【化1】

で表される(E)-3-[p-(1H-イミダゾール-1-イルメチル)フェニル]-2-プロペン酸 〔一般名:オザグレル(Ozagrel)〕又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0003】
アセトアミノフェン(以下、「APAP」と称することがある)は、アニリン系の非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)で、適正な使用量では安全で有効な解熱鎮痛薬であるが、小児の誤飲及び自殺企図のような過量投与等により中毒性肝傷害を惹起することが知られている。投与されたAPAPは、肝臓において約50%がグルクロン酸抱合され、約30%が硫酸抱合され、5〜10%がチトクロームP450(CYP)2E1により、N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)へと代謝され、さらにグルタチオン抱合されて尿中へと排泄される。NAPQIが何らかの原因により肝細胞内で多量に生成され蓄積すると肝傷害が惹起される。例えば、硫酸抱合能やグルタチオン合成能が低下している高齢者や、CYP2E1を誘導する薬物の服用や慢性の飲酒によりグルタチオン濃度が低下している人では、肝傷害が発症しやすく、重篤化する危険性も指摘されている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
薬物性肝傷害は、被疑薬を速やかに中止することが治療の原則であり、軽度の肝障害は自然に改善する。しかしながら、トランスアミナーゼ上昇や黄疸が遷延する場合には薬物療法を要する。APAP服用による肝傷害には、APAPの服用後10時間以内であれば肝グルタチオンを補填する目的で前駆体であるN-アセチルシステイン(NAC)の点滴静注が有効であるが、日本では静注薬が市販されていないため、内服液又は吸入液を、初回140 mg/kg、以後4時間ごとに70 mg/kgを17回、計18回、経口又は経鼻胃管による投与する方法が用いられている(非特許文献1又は2参照)。従って、APAP服用後、更に時間が経過して運ばれた患者などでは必ずしも十分な効果が得られない場合もあり、より使いやすい新規治療薬の早期開発が望まれている。
【0005】
オザグレル又はその薬理学的に許容される塩はトロンボキサン(TX)合成酵素阻害作用を有し、オザグレル塩酸塩水和物として気管支喘息治療剤、オザグレルナトリウムとしてクモ膜下出血術後の脳血管攣縮及びこれに伴う脳虚血症状の改善、脳血栓症(急性期)に伴う運動障害の改善のための治療薬として用いられている。その他に、角膜疾患(特許文献1参照)、アンギオテンシン変換酵素阻害薬による空咳(特許文献2参照)等においてオザグレルの有効性が報告されている。
【0006】
実験的な肝傷害モデルにおいて、オザグレルの効果が報告されている。具体的には、肝薬物代謝酵素により生じるフリーラジカルが肝細胞の変性壊死等を引き起こすとされている四塩化炭素誘発肝傷害モデルにおいて、オザグレルがトランスアミナーゼGOT(AST)及びGPT(ALT)の上昇抑制及び病理組織学的な改善を示すことが報告されている(非特許文献3参照)。bacterial lipopolysaccharide(LPS)及び抗basic liver protein(BLP)抗体誘発肝障害モデルにおいて、オザグレルがGOT(AST)及びGPT(ALT)の上昇抑制を示すことが報告されている(非特許文献4参照)。しかしながら、これらの肝障害モデルとAPAP肝傷害は、肝障害を引き起こす原因薬物や毒性代謝物がAPAP肝障害のものと明らかに異なっている。また、肝虚血−再灌流障害モデルにおいて、オザグレルはGPT(ALT)の上昇抑制及び肝組織血流の改善を示し、生存率が向上することが報告されている(非特許文献5参照)。
しかしながら、上記のいずれの文献にも、オザグレルがAPAP肝傷害の治療又は予防に有用であることについては記載も示唆もない。
【0007】
【特許文献1】国際公開2007/023877号パンフレット
【特許文献2】国際公開97/22362号パンフレット
【非特許文献1】厚生労働省 平成20年4月、重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬物性肝傷害 p.31−32
【非特許文献2】今日の治療指針2003年版、医学書院出版、p.365
【非特許文献3】永井博弌ほか5名、Prostaglandins、1989年、38巻、4号 p.439−446
【非特許文献4】永井博弌ほか5名、Japan. J. Pharmacol.、1989年、51巻、p.191−197
【非特許文献5】J Iidaほか11名、Transplant. Proc.、1999年、31巻、p.1061−1062
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、新規なAPAP肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、APAP投与前又は投与後に、オザグレル塩酸塩を投与することにより、驚くべきことに、肝トランスアミナーゼの上昇抑制、肝グルタチオン量の増加、肝組織傷害の顕著な抑制等を示すことを初めて見出し、オザグレル又はその薬理学的に許容される塩を含有する医薬組成物が、APAP肝障害の治療又は予防のために極めて有効であるという知見を得、本発明をなすに至った。
【0010】
即ち、本発明は、
【0011】
〔1〕オザグレル又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物;
【0012】
〔2〕オザグレル塩酸塩を有効成分として含有する、前記〔1〕記載の医薬組成物;
【0013】
〔3〕剤型が注射剤である前記〔1〕又は〔2〕記載の医薬組成物;等に関するものである。
【0014】
本発明において、「アセトアミノフェン肝傷害」とは、アセトアミノフェンの投与により惹起される薬物性肝障害をいい、例えば、アラニントランスアミナーゼ(ALT)の上昇や肝細胞組織の変性や壊死などの肝臓傷害及びそれらに起因する諸症状(黄疸、全身倦怠感等)が挙げられる。
【0015】
本発明において、APAP肝傷害の予防としては、APAP肝傷害の発現や重篤化のリスクが高い人(例えば、高齢者、CYP2E1を誘導する薬物を継続投与している患者、慢性の飲酒者等)に、予め又はAPAPと同時に投与することによりAPAP肝傷害の発現や重篤化を予防すること等が挙げられる。APAP肝傷害の治療としては、APAP肝傷害が発現している患者に事後的に投与することによりAPAP肝傷害の症状を改善し、又は重篤化を抑制すること等が挙げられる。
【0016】
本発明の医薬組成物の有効成分であるオザグレル又はその薬理学的に許容される塩は、公知の方法(例えば、特許第1395666号公報)、又はそれらに準じた方法により容易に製造することができ、市販のものを購入(例えば、APAC Pharmaceutical, LLC)することもできる。
【0017】
本発明の医薬組成物の有効成分であるオザグレルは薬理学的に許容される塩とすることができる。このような塩としては、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸との酸付加塩、ギ酸、酢酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、プロピオン酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、酪酸、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、炭酸、安息香酸、グルタミン酸、アスパラギン酸等の有機酸との酸付加塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、亜鉛塩、リチウム塩、アルミニウム塩等の無機塩基との塩、N−メチル−D−グルカミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、2−アミノエタノール、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、アルギニン、リジン、ピペラジン、コリン、ジエチルアミン、4−フェニル−シクロヘキシルアミン等の有機塩基との付加塩等を挙げることができ、塩酸塩又はナトリウム塩が好ましい。
【0018】
本発明において、薬理学的に許容される塩には、水又はエタノール等の薬理学的に許容される溶媒との溶媒和物も含まれ、例えば、オザグレル塩酸塩の1水和物が挙げられる。
【0019】
本発明の医薬組成物を実際の予防又は治療に用いる場合、その有効成分であるオザグレル又はその薬理学的に許容される塩の投与量は、患者の年齢、性別、体重、疾患及び治療の程度等により適宜決定されるが、例えば、成人1日当たり経口投与の場合概ね100〜800 mg、より好ましくは、200〜400 mgの範囲で、一回又は数回に分けて投与することができ、非経口投与の場合概ね10〜160 mg、より好ましくは、20〜80 mgの範囲で、一回又は数回に分けて、あるいは持続的に投与することができる。
【0020】
本発明の医薬組成物を実際の予防又は治療に用いる場合、用法に応じ、経口的又は非経口的に種々の剤型のものが使用され、例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、ドライシロップ剤、注射剤等が挙げられる。患者の状態により経口投与が困難な時は注射剤の使用(持続静注等)が好ましい。
【0021】
本発明の医薬組成物は、その剤形に応じ薬剤学的に公知の手法に従い、適当な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤などの医薬品添加物と適宜混合することにより製剤化することができる。
【0022】
例えば、錠剤は、市販品を入手するか、有効成分に、適当な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤などを加え、常法に従い打錠して錠剤とし、さらに必要に応じ、適宜コーティングを施し、フィルムコート錠、糖衣錠、腸溶性皮錠などにすることもできる。例えば、散剤は、有効成分に必要に応じ、適当な賦形剤、滑沢剤などを加え、よく混和して散剤とすることもできる。例えば、カプセル剤は、有効成分に、適当な賦形剤、滑沢剤などを加え、よく混和した後、又は常法に従い顆粒又は細粒とした後、適当なカプセルに充填してカプセル剤とすることもできる。さらに、このような経口投与製剤の場合は予防又は治療方法に応じて、速放性もしくは徐放性製剤とすることもできる。
例えば、注射剤は、市販品を入手するか、有効成分に、適当な希釈剤などを加え、必要に応じて、防腐剤、等張化剤、緩衝剤、乳化剤、分散剤、安定化、溶解補助剤などの医薬品添加剤を添加して、注射剤とすることもできる。さらにこのような注射剤の場合、治療の利便性に応じてアンプル製剤、バイアル製剤、プレフィルドシリンジ製剤などとすることもできる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の医薬組成物は、ALT上昇抑制、肝グルタチオン量の増加、肝細胞傷害の顕著な抑制効果等を示すことが見出された。従って、本発明は、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防として有用である医薬組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の内容を以下の実施例でさらに詳細に説明するが、本発明はその内容に限定されるものではない。
【0025】
本明細書の実施例において、オザグレル塩酸塩としてはオザグレル塩酸塩1水和物を用いた。なお、記載した量は、オザグレル塩酸塩として換算した量を記載した。
【0026】
実施例1
APAP肝傷害におけるオザグレル塩酸塩(30分後投与)のALT上昇抑制効果
(1)APAP誘発肝傷害モデルの作製
C57BL/6Njcl雄性マウス(Specific pathogen free(SPF)グレード、8-10週齢、日本クレア株式会社)を実験に使用した。APAP(550 mg/kg)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に約60 ℃で加温溶解した後、マウス体重50 g あたり1 mLの薬液量で腹腔内投与した。APAPを投与しない群を無処置群とした。
(2)アラニントランスアミナーゼ(ALT)の測定
肝傷害の血液生化学マーカーとして、APAP投与後24時間までの血清ALT活性の経時的変化及びそれに対するオザグレル塩酸塩の効果を検討した。
上記モデルにおいて、APAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)の生理食塩水(Saline)溶液(オザグレル投与群)又はSaline(対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。
APAP投与1、2、4、8及び24時間後に、マウスをエーテル吸入麻酔下、速やかに開腹して腹部大動脈より採血し、血清中ALT活性を、トランスアミナーゼC II-テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定した。本測定における反応液の吸光度測定は分光光度計(V-530, JASCO Corporation)にて行い、標準品より得られた検量線より、ALT活性を算出した。
(3)結果
図1に示すように、無処置群と比較して、対照群では8及び24時間後において有意なALT活性の上昇が見られた。一方、オザグレル投与群ではいずれの時間経過後においてもALT活性の上昇は見られなかった。すなわち、オザグレル塩酸塩のAPAP肝傷害における顕著なALT上昇抑制効果が確認された。
【0027】
実施例2
APAP肝傷害におけるオザグレル塩酸塩(30分後投与)のGSH増加効果
(1)グルタチオン(GSH)の測定
APAPの毒性代謝物であるNAPQIの抱合・解毒のために消費された肝組織中の総GSH量の経時変化及びそれに対するオザグレル塩酸塩の効果を検討した。
実施例1と同様に作製したAPAP誘発肝傷害モデルマウスに、APAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)の生理食塩水(Saline)溶液(オザグレル投与群)又はSaline(対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。APAP投与0.5、1、2、4及び8時間後に、マウスをエーテル吸入麻酔下、速やかに開腹して肝臓を摘出した。その一部をGSH測定用とし、Polytron PT 1600(EKINEMATICA Inc.)で5%メタリン酸水溶液にてホモジナイズした後に遠心分離し、その上清を測定サンプルとした。GSHはBIOXYTECH GSH/GSSG-412(OXIS International inc.)を用いて測定した。本測定における反応液の吸光度測定は分光光度計(V-530, JASCO Corporation)にて行い、GSH濃度を求め、肝臓組織の湿重量1 mg当たりの総GSH量として算出した。
(2)結果
図2に示すように、対照群では、無処置群と比較して、APAP投与後30分からGSHの顕著な低下が見られ、その後8時間まで有意な低下が認められた。すなわち、APAP肝傷害の特徴であるGSHの枯渇が確認された。一方、オザグレル投与群でも、無処置群と比較すると、1〜8時間後までGSHの有意な低下が見られたが、対照群と比較すると、2〜8時間後のGSHは有意に高値を示した。すなわち、オザグレル塩酸塩のAPAP肝傷害における顕著なGSH増加効果が確認された。
【0028】
実施例3
APAP肝傷害におけるオザグレル塩酸塩(30分後投与)の肝細胞傷害抑制効果
(1)肝臓の病理組織学的評価
APAP誘発肝傷害モデルマウスの病理組織学的評価により、肝細胞傷害に対するオザグレル塩酸塩の効果を検討した。
実施例1と同様に作製したAPAP誘発肝傷害モデルマウスに、APAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)の生理食塩水(Saline)溶液(オザグレル投与群)又はSaline(対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。APAP投与8及び24時間後に、マウスをエーテル吸入麻酔下、速やかに開腹して肝臓を摘出し、その一部を10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定し、病理組織標本を作製した。定法により固定組織をパラフィン包埋し、マイクロトームにより約3 μmの簿切標本を作製した後、Hematoxylin-Eosin (HE)染色により病理解析を行った。
(2)結果
対照群ではAPAP肝傷害に特徴的な小葉中心性の肝細胞の壊死(矢印)が全例において散見された(図3)。一方、オザグレル投与群ではグリコーゲン貯蔵が低下しているような所見は見られたが、対照群で見られたような肝細胞の壊死は全く確認されなかった(図4)。
HE染色した各病理標本(各群2例)について、肝細胞傷害の程度を評価した(表1)。表中の記号「−」は異常なし、「±」はごく軽度の変化、「++」は中程度の変化、「+++」は重度の変化をそれぞれ示す。
APAP肝傷害における肝細胞組織の傷害や壊死は、CYP2E1が肝小葉の中心静脈周囲の肝細胞に高濃度で含まれており、更に肝小葉の中心静脈周囲では酸素分圧が低くグルタチオン濃度も低いことから、特徴的に、NAPQIが蓄積しやすい肝小葉の中心静脈周囲を中心に発現する。オザグレル塩酸塩は、APAP肝傷害に特徴的な肝組織傷害を顕著に抑制することが確認された。
【0029】
【表1】

【0030】
実施例4
APAP肝傷害におけるオザグレル塩酸塩(30分〜3時間後投与)のALT上昇抑制効果
(1)ALTの測定
オザグレル塩酸塩及びN−アセチルシステイン(NAC)のAPAP肝傷害の治療効果に及ぼす投与タイミングの影響を比較検討した。
実施例1と同様に作製したAPAP誘発肝傷害モデルマウスに、APAP投与0.5、1、2及び3時間後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)のSaline溶液(オザグレル投与群)、NAC(600 mg/kg)のSaline溶液(NAC投与群)又はSaline(0.5時間のみ、対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。APAP投与24時間後に、実施例1と同様の方法によりALT活性を測定した。
(2)結果
図5に示すように、オザグレル投与群及びNAC投与群の両群において、30分〜2時間後の投与で、対照群と比較して顕著なALT上昇抑制効果が見られた。オザグレル投与群は、NAC投与群と比べ、より強いALT上昇抑制作用を示した。なお、3時間後の投与ではいずれの群においても、ALT上昇抑制効果は得られなかった。
【0031】
実施例5
(1)APAP肝傷害における生存率の比較
Crlj:CD1(ICR)雄性マウス(SPFグレード、7-8週齢、日本チャールズ・リバー株式会社)を使用し、実施例1と同様の方法によりAPAP(330 mg/kg)を投与し、APAP誘発肝傷害モデルを作製した。APAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)のSaline溶液(オザグレル投与群)、NAC(600 mg/kg)のSaline溶液(NAC投与群)又はSaline(対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。APAP投与72時間後まで観察を行った。
(2)結果
図6に示すように、対照群では12時間以内に全例死亡した。NAC投与群では40時間以上経過後に死亡例が観察された。一方、オザグレル投与群では、72時間経過後の生存率は100%であった。
【0032】
実施例6
肝組織中トロンボキサン(TX)産生に対する影響
(1)TXB2, 2, 3-Dinorの測定
肝組織中におけるTXA2の産生を調べる目的で、TXA2の安定代謝物であるTXB2, 2, 3-Dinorの肝組織中濃度を測定した。
実施例1と同様に作製したAPAP誘発肝傷害モデルマウスに、APAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)のSaline溶液(オザグレル投与群)又はSaline(対照群)を、マウス体重50 gあたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。
APAP投与3時間後に、マウスをエーテル吸入麻酔下、速やかに開腹して肝臓を摘出した。肝臓の一部をTXB2, 2, 3-Dinorの測定用とし、5倍量の抽出緩衝液(15% (v/v) メタノール及び1% (w/v) インドメタシン(Sigma)の 0.1M PBS溶液, pH 7.5)中にて、Polytron PT 1600(EKINEMATICA Inc.)でホモジナイズした後に遠心分離しその上清を測定サンプルとした。TXB2, 2, 3-Dinor, EIA Kit(Cayman chemical)を用いて、測定サンプル中のTXB2, 2, 3-Dinor濃度を測定した。反応液の吸光度測定はプレートリーダー(V-530, JASCO Corporation)を用いて行い、標準品より得られた検量線より、肝臓組織の湿重量1 mg当たりのTXB2, 2, 3-Dinor量として算出した。
(2)結果
その結果、TXB2, 2, 3-Dinor濃度は、無処置群、対照群及びオザグレル投与群でそれぞれ32.6±0.789、27.5±14.3及び29.1±6.42(pg/mg組織重量)であり、すべての群において有意差は見られなかった。
【0033】
実施例7
ヒト及びマウスCYP2E1活性に対する影響
(1)CYP2E1活性測定
ヒトCYP2E1とウサギNADPH-P450レダクターゼを発現する昆虫細胞から調製されたミクロソームで構成されるVivid(登録商標)CYP2E1 Blue Screening Kit(Invitrogen)を用いて、オザグレル塩酸塩のヒトCYP2E1阻害活性の有無を調べた。
また、C57BL/6Njcl雄性マウス肝臓より採取したミクロソームを用い、John W. Allisらの方法(Analytical Biochemistry 219巻 p.49-52 (1994))に記載の方法に準じて、CYP2E1に特異性の高い基質であるp-ニトロフェノール(PNP)からp-ニトロカテコール(PNC)の生成量を求めることにより、マウスCYP2E1活性に対するオザグレル塩酸塩添加(0.001-1mg/mL)の影響を調べた。なお、PNP及びPNCの濃度は、Sigma-Aldrichより購入した標準品を基準に吸光度をUltrospec 3300 (GE Healthcare UK Ltd.)を用いて測定し、PNC産生量 (nmol/mg/mg protein)として算出した。
(2)結果
ヒト及びマウスいずれにおいても0.001-1 mg/mLのオザグレル塩酸塩はCYP2E1に対する有意な阻害作用は示さなかった。
【0034】
実施例8
APAP肝傷害におけるオザグレル塩酸塩(前投与)のGSH増加効果
(1)GSHの測定
実施例1記載のAPAP誘発肝傷害モデルマウスにおいて、APAP投与30分前又はAPAP投与30分後にオザグレル塩酸塩(200 mg/kg)のSaline溶液(それぞれオザグレル前投与群及びオザグレル後投与群)又はSaline(それぞれ前投与対照群及び後投与対照群)を、マウス体重50 g あたり0.6 mLの薬液量で腹腔内投与した。
APAP投与1時間後に、マウスをエーテル吸入麻酔下、速やかに開腹して肝臓を摘出し、実施例2記載の方法と同様に総GSHの測定を行った。
(2)結果
図7に示すように、APAP投与により、全ての投与群において、無処置群に比較してGSHの顕著な低下(P<0.01)が見られたが、オザグレル前投与群では、前投与対照群及びオザグレル後投与群の両群に比較して、それぞれP<0.01及びP<0.05で有意にGSH量が多かった。
【0035】
実施例9
NAPQI誘発in vitro肝細胞傷害抑制効果
(1)使用細胞
ラット肝上皮細胞 RLC-16(RIKEN BioResource Center)をMinimum essential medium(MEM)培地(Sigma)に加え、次いで、10%ウシ胎仔血清(FBS)(Biowest)、100 IU/mL ペニシリン(Invitrogen)、100 μg/mL ストレプトマイシン(Invitrogen)及び0.1 mM non-Essential Amino Acids Solution(Invitrogen)を加え培養を行い、3〜4日に1 回継代培養を行った。
(2)細胞生存率測定
RLC-16細胞を1×104 cells/well で96 well plate に播き、細胞を生着させるため24時間培養した後、培養液を除去した。0.25mM NAPQI(Sigma-Aldrich)のジメチルスルホキシド溶液を、各濃度(1、10、100μM)のオザグレル塩酸塩のPBS溶液、1mM NACのPBS溶液又はPBS(対照群)を含有した培地にそれぞれ添加した。24時間培養後、cell counting kit(DOJINDO)にてWST-1 assay を行い、4 時間後に450 nm における吸光度をマイクロプレートリーダー(Immuno mini NJ-2300, Nalge Nunc International K.K)にて測定し、検量線をもとに生細胞数を求め、NAPQI非添加細胞における値を100として、各群の生存率(%)を求めた。
(3)結果
図8に示すように、NAPQI(0.25 mM)の暴露により、顕著な細胞生存率の低下が見られた。これに対しオザグレル塩酸塩(100 μM)又はNAC(1 mM)の添加により、対照群と比較し細胞生存率は有意に高値を示した。
【0036】
なお、本明細書中の各実験結果の統計処理は、GraphPad Prism ver.3.00(GraphPad Software)を用いて行った。各群の有意差検定は、実験結果に対し、多重比較検定により群間比較を行った。すなわち、Bartlett 検定により分散の均一性を検定し、分散が均一であった場合には一元配置分散分析(one-way ANOVA)を行い、不均一であった場合にはKruskal-Walis 検定を行い、これらで有意差が認められた場合に限り、Tukey's Multiple Comparison Testにより、群間の有意差検定を行った。なお、生存曲線の解析はKaplan-Meier methodにより行い、log-rank testにより各群間の有意差検定を行った。以上の検定により危険率が5%未満のときに有意であると判定した。
【0037】
以上の通り、オザグレル塩酸塩は、APAP肝傷害に対して、ALT上昇抑制、肝GSH増加(低下抑制)、肝組織傷害の抑制等の極めて優れた治療効果を示した。また、APAP投与前の投与タイミングでも有効性を発揮し、既存薬であるNACと比較して、種々の投与タイミングでより優れたALT上昇抑制効果を示すなど、投与タイミングの許容度がより広い薬剤である可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の医薬組成物はAPAP肝傷害の治療又は予防に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は、APAP誘発肝傷害モデルマウスにおけるALT活性の経時変化を示すグラフである。縦軸は、血清ALT活性(IU/L)を、横軸は、APAP投与後の経過時間(時間)をそれぞれ示す。図の左から、0(無処置群)、及び対照群(黒色)及びオザグレル投与群(白色)の各1、2、4、8、24時間後の平均値及び標準誤差(各群4-12例)を示す。図中、「**」は無処置群と比較してP<0.01で有意差があることを表す。
【0040】
【図2】図2は、APAP誘発肝傷害モデルマウスにおける肝組織中総GSH量の経時変化を示すグラフである。縦軸は、肝臓中総GSH量(nmol/mg組織重量)を、横軸は、APAP投与後の経過時間(時間)をそれぞれ示す。図の左から、0(無処置群)、及び対照群(黒色)及びオザグレル投与群(白色)の各0.5、1、2、4、8時間後の平均値及び標準誤差(各群4〜6例)を示す。図中、「*」、「**」は対照群と比較してそれぞれP<0.05、P<0.01で有意差があること;「†」は無処置群と比較してP<0.01で有意差があることをそれぞれ表す。
【0041】
【図3】図3は、APAP投与8時間後の肝組織のHE染色の結果(対照群)の一例を示す。図中の矢印は小葉中心性の肝細胞の壊死が認められる部分を示す。
【0042】
【図4】図4は、APAP投与8時間後の肝組織のHE染色の結果(オザグレル投与群)の一例を示す。
【0043】
【図5】図5は、APAP投与24時間後のALT活性における薬物の投与タイミングの影響を示すグラフである。縦軸は、ALT活性(IU/L)を示し、横軸は、オザグレル塩酸塩又はNACを投与したAPAP投与後の経過時間(時間)を示す。図の左から、無処置群(横縞)、対照群(黒色)、及びオザグレル投与群(白色)及びNAC投与群(灰色)の各0.5、1、2、3時間後投与における平均値及び標準誤差(各群3〜6例)を示す。
【0044】
【図6】図6は、APAP誘発肝傷害モデルマウスにおける生存率の推移を示すグラフである。縦軸は、生存率(%)(各群5〜11例)を示し、横軸は、APAP投与後の経過時間(時間)を示す。グラフは、×印がオザグレル投与群、●印がNAC投与群、■印が対照群をそれぞれ示す。図中、「***」は対照群と比較してP<0.001で有意差があることを表す。
【0045】
【図7】図7は、APAP誘発肝傷害モデルマウスにおけるAPAP投与1時間後の肝組織中総GSH量を示すグラフである。縦軸は、肝臓中総GSH量(nmol/mg組織重量)を、横軸は、投与群をそれぞれ示す。図の左から、無処置群(横縞)、後投与対照群(黒色)、オザグレル後投与群(白色)、前投与対照群(斜線)及びオザグレル前投与群(灰色)の平均値及び標準誤差(各群3〜4例)を示す。
【0046】
【図8】図8は、in vitro NAPQI誘発肝細胞傷害における細胞生存率を示すグラフである。縦軸は、細胞生存率(%)を、横軸は、群をそれぞれ示す。図の左から、対照群(黒色)、オザグレル塩酸塩1、10及び100μM(網かけ)、並びにNAC投与群(灰色)の平均値及び標準偏差(各群4〜9例)を示す。図中、「***」は対照群と比較してP<0.001で有意差があることを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オザグレル又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、アセトアミノフェン肝傷害の治療又は予防のための医薬組成物。
【請求項2】
オザグレル塩酸塩を有効成分として含有する、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
剤型が注射剤である請求項1又は2記載の医薬組成物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−102029(P2012−102029A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250367(P2010−250367)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】