説明

アセンジイミド化合物の製造方法

【課題】簡便にアセンジイミド化合物を製造することができる方法を提供する。
【解決手段】本発明のアセンジイミド化合物の製造方法は、アセンジカルボン酸化合物またはそのカルボン酸誘導体を、イソシアネート化合物と触媒存在下で反応させて、アセンジイミド化合物を得る工程を有する。本発明の製造方法においては、アセンジカルボン酸化合物を得るために、アセン化合物とビニレンカーボネートとをDiels−Alder反応させて1,2−ジオールを得る工程と、得られた1,2−ジオールを酸化的開裂させてアセンジカルボン酸化合物を得る工程を有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アントラセンジイミドやテトラセンジイミド等のアセンジイミド化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナフタレンジイミドやペリレンジイミドに代表されるように、芳香族ジイミド類は低いLUMOを有し、n型有機電子材料として注目されている。これらの芳香族ジイミド類については、有機太陽電池や有機ELへの適用を目指して、様々な研究開発が行われている。従来、芳香族ジイミド類の製造方法としては、ピレンを酸化分解してナフタレンジイミドを合成したり、ナフタレンイミドをカップリングさせてペリレンジイミドを合成する方法が一般に知られているが、これら以外の芳香族ジイミド類の一般的な製造方法は確立されていない。
【0003】
芳香族ジイミド類であるアセンジイミド化合物を製造する方法として、例えば特許文献1には、テトラセンからテトラセンジイミド化合物を合成する方法が開示されている。特許文献1に開示される方法によれば、テトラセンを臭素と反応させて5,6,11,12位をブロモ化し、その後n−BuLiとホルムアルデヒドを順次反応させてブロモ基をヒドロキシメチル基に置換し、さらに過マンガン酸カリウムでヒドロキシメチル基をカルボキシ基に酸化して、5,6,11,12位がカルボキシ基で置換されたテトラセンを得ている。そして、5位と6位のカルボキシ基と、11位と12位のカルボキシ基を、それぞれ脱水縮合して酸無水物とした後、アルキルアミンと反応させることにより、テトラセンジイミド化合物を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】中国特許出願公開第1990488号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に開示された方法は、有機合成化学の常識から判断すれば実際には実施が困難と考えられ、少なくとも工業的な大量合成には適さない。即ち、当該方法では5,6,11,12−テトラブロモテトラセンをn−BuLiと反応させることにより、理論上5,6,11,12位の4ヶ所にリチウムが結合したテトラセンが中間体として得られなくてはならないが、このような化合物は化学的に非常に不安定であり、所望通り次反応に付すことが非常に困難であったり、その収率自体が非常に低いと考えられる。また、ヒドロキシメチル基をカルボキシ基に酸化する反応では、過マンガン酸カリウムの酸化能があまりに強いためテトラセン骨格が分解し、所望する生成物(5,6,11,12−テトラカルボキシテトラセン)が得られなかったり、その収率が非常に低くなると考えられる。実際、本発明者らによる実験的知見によれば、かかる反応で目的化合物を得ることはできなかった。従って、特許文献1に開示された方法によりアセンジイミド化合物を製造するのは、現実的には多大な困難が伴うと考えられる。
【0006】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便にアセンジイミド化合物を製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、特許文献1に記載の方法のようにアセン化合物へ4つのカルボキシ基を導入するのではなく、導入すべきカルボキシ基の数を2つにすれば、アセンジイミド化合物を非常に簡便かつ効率的に製造することができ、また、中間体化合物であるジカルボン酸化合物自体も簡便に製造できることを見出して、本発明を完成した。
【0008】
本発明に係るアセンジイミド化合物は、下記式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物またはそのカルボン酸誘導体を、下記式(4)で示されるイソシアネート化合物と触媒存在下で反応させて、下記式(1)または下記式(2)で示されるアセンジイミド化合物を得る工程を有することを特徴とする。
【0009】
【化1】

【0010】
【化2】

【0011】
【化3】

【0012】
【化4】

【0013】
なお、上記式(1)〜(3)中、mは0以上の整数を表し、nは0以上の整数を表し、式(1),(2),(4)中、Rは炭素数1〜20のアルキル基または炭素数6〜12のアリール基を表す。
【0014】
式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物またはそのカルボン酸誘導体を式(4)で示されるイソシアネート化合物と反応させる際に用いる触媒としては、ルイス酸触媒が好ましい。
【0015】
本発明の製造方法において、式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物は、下記式(5)で示されるアセン化合物とビニレンカーボネートとをDiels−Alder反応させて1,2−ジオールを得た後、得られた1,2−ジオールを酸化的開裂させることにより得ることが好ましい。すなわち、本発明のアセンジイミド化合物の製造方法は、下記式(5)で示されるアセン化合物とビニレンカーボネートとをDiels−Alder反応させて1,2−ジオールを得る工程と、得られた1,2−ジオールを酸化的開裂させて、前記式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物を得る工程をさらに有することが好ましい。
【0016】
【化5】


[式(5)中、mおよびnは上記式(1)〜式(3)と同じである。]
【0017】
上記工程を経れば、式(5)で示されるアセン化合物から式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物を非常に容易に得ることができる。従って、アセン化合物を出発原料として、アセンジイミド化合物をより一層簡便に製造することができるようになる。
【0018】
上記反応において、1,2−ジオールの酸化的開裂は、過ヨウ素酸、過ヨウ素酸ナトリウム、2−ヨードキシ安息香酸、デス・マーチン・ペルヨージナン、または四酢酸鉛の存在下で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
従来、半導体材料としてはシリコンなどが用いられているが、資源の少ない我が国では、より安価な有機半導体材料が切望されている。本発明の製造方法によれば、有機半導体材料となり得るアセンジイミド化合物を簡便に製造することができることから、本発明は、有機太陽電池、有機EL、有機トランジスタなどの開発や実用化に寄与するものとして、産業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、中間体化合物であるアセンジカルボン酸化合物(3)の製造も含め、本発明を詳細に説明する。
【0021】
1. Diels−Alder反応工程
本発明の出発原料化合物としては、比較的容易に入手可能なアセン化合物(5)とビニレンカーボネート(6)を用いることが好ましい。これら化合物から、Diels−Alder反応とアルカリ加水分解反応により1,2−ジオールを得る。
【0022】
【化6】

【0023】
【化7】

【0024】
式(5)中、mは0以上の整数を表し、nも0以上の整数を表す。従って、m+nは0以上であればよい。mとnの上限は特に限定されないが、式(5)で示されるアセン化合物の製造容易性や入手容易性の点から、m+nは6以下が好ましく、5以下がより好ましく、4以下がさらに好ましい。
【0025】
Diels−Alder反応は、アセン化合物(5)とビニレンカーボネート(6)を含む溶液を加熱することにより行う。Diels−Alder反応では、アセン化合物(5)に基づく反応収率を高めるために、ビニレンカーボネート(6)をアセン化合物(5)の等モル量以上(より好ましくは1.5倍以上のモル量)用いることが好ましい。Diels−Alder反応は、例えば、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下、100℃〜260℃の温度範囲で、6時間〜5日間行えばよい。反応温度や反応時間は、出発原料や反応生成物の熱的安定性や反応の進行状況に応じて、適宜調整すればよい。
【0026】
上記Diels−Alder反応においては、ビニレンカーボネート(6)は、アセン化合物(5)の中央に近いベンゼン環骨格との反応が優勢となる。アセン化合物(5)では、中央に近いベンゼン環骨格ほど電子密度が高くなりやすく、ビニレンカーボネート(6)は、電子密度が高い部位に選択的に付加しやすくなるためである。
【0027】
アセン化合物(5)とビニレンカーボネート(6)とが反応することにより、下記式(7)で示される1,2−ジオール化合物が得られる。下記式(7)中、mおよびnは上記式(5)と同じである。なお、ビニレンカーボネート(6)はアセン化合物(5)の中央に近いベンゼン環骨格との反応が優勢となることから、より高収率で下記式(7)の1,2−ジオール化合物を得るためには、m−nが−2以上4以下であることが好ましく、−1以上3以下であることがより好ましく、0以上2以下であることがさらに好ましい。
【0028】
【化8】

【0029】
2. 酸化的開裂工程
次に、得られた1,2−ジオールを酸化的開裂させることにより、アセンジアルデヒド化合物(8)とする。下記式(8)中、mおよびnは上記式(5)と同じである。
【0030】
【化9】

【0031】
1,2−ジオール構造部分の酸化的開裂反応は酸化剤の存在下で行うことが好ましい。酸化剤としては公知の酸化剤を用いることができるが、好ましくは、例えば、過ヨウ素酸、過ヨウ素酸ナトリウム、2−ヨードキシ安息香酸、デス・マーチン・ペルヨージナン(Dess−Martin Periodinane;DMP)、または四酢酸鉛を用いる。なお、デス・マーチン・ペルヨージナンは1,1,1−トリアセトキシ−1,1−ジヒドロ−1,2−ベンズヨードキソール−3(1H)−オンの通称である。このような酸化剤を用いれば、1,2−ジオール構造部分の酸化的開裂反応を比較的穏和な条件で効率良く進行させることができる。これらの酸化剤は、1,2−ジオール構造部分を酸化的開裂させるのに必要な酸化当量の1.0倍以上のモル量を用いることが好ましく、1.2倍以上のモル量を用いることがより好ましく、また、5.0倍以下のモル量を用いることが好ましく、3.0倍以下のモル量を用いることがより好ましい。
【0032】
過ヨウ素酸や過ヨウ素酸ナトリウムを用いて1,2−ジオールを酸化的開裂させる反応は、Malaprade反応として一般に知られている。四酢酸鉛を用いて1,2−ジオールを酸化的開裂させる反応は、Criegee反応として一般に知られている。2−ヨードキシ安息香酸を用いて1,2−ジオールを酸化的開裂させる反応は、Org. Biomol. Chem., 5, 767-771 (2007)等の文献を参考にできる。
【0033】
酸化的開裂反応は、比較的穏和な条件で反応を進行できる点で、2−ヨードキシ安息香酸を用いることが好ましい。この場合、2−ヨードキシ安息香酸の溶解性を高める点から、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることが好ましい。2−ヨードキシ安息香酸を用いた酸化的開裂反応は、例えば、20℃〜200℃の温度範囲で、5分〜24時間行えばよい。反応温度や反応時間は、出発原料や反応生成物の熱的安定性や反応の進行状況に応じて、適宜調整すればよい。
【0034】
3. 酸化工程
次に、得られたアセンジアルデヒド化合物(8)のアルデヒド基を酸化してカルボキシ基とすることにより、アセンジカルボン酸化合物(3)を得る。
【0035】
【化10】

【0036】
アルデヒド基を酸化してカルボキシ基とする方法は公知の酸化反応を用いればよく、酸化剤としては、比較的穏和な条件で酸化することができる亜塩素酸ナトリウムを用いることが好ましい。特に、比較的穏和な条件下でアルデヒド基をカルボキシ基に酸化できる方法として、亜塩素酸ナトリウムを用いるPinnick(Kraus)酸化反応を利用することが好ましい。Pinnick(Kraus)酸化反応は、J. Org. Chem., 45, 4825 (1980)、J. Org. Chem., 45, 1175 (1980)、Tetrahedron, 37, 2091 (1981)等の文献を参考にできる。
【0037】
Pinnick(Kraus)酸化反応を利用してアルデヒド基をカルボキシ基に酸化する場合、例えば、アセンジアルデヒド化合物(8)を適当な溶媒に溶解させた後、2−メチル−2−ブテンを加え、さらに亜塩素酸ナトリウムとリン酸二水素ナトリウムを水に溶解させて加えることで、アセンジアルデヒド化合物(8)の酸化反応が進行する。
【0038】
アセンジアルデヒド化合物(8)を溶解させる溶媒としては、アセンジアルデヒド化合物(8)を溶解でき、かつ水との相溶性を有する溶媒を適宜選択すればよく、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、メチルエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類:アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類を用いればよい。
【0039】
亜塩素酸ナトリウムとリン酸二水素ナトリウムは等モル量用いることが好ましく、また、亜塩素酸ナトリウムとリン酸二水素ナトリウムは、アセンジアルデヒド化合物(8)のアルデヒド基の等モル量以上(より好ましくは1.2倍以上のモル量)用いることが好ましい。Pinnick(Kraus)酸化反応は、例えば、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下、−20℃〜60℃の温度範囲で、10分〜48時間行えばよい。反応温度や反応時間は、出発原料や反応生成物の熱的安定性や反応の進行状況に応じて、適宜調整すればよい。
【0040】
あるいは、対応するジハロゲン化合物、例えばジブロモ化合物が容易に入手できたり合成可能である場合には、ブチルリチウムなどでリチウム化したり、グリニヤール試薬とした後に二酸化炭素を作用させることにより、アセンジカルボン酸化合物(3)としてもよい。
【0041】
4. イミド化工程
次に、得られたアセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体を、下記式(4)で示されるイソシアネート化合物と触媒存在下で反応させて、アセンジイミド化合物を得る。
【0042】
【化11】

【0043】
【化12】

【0044】
式(3)中、mは0以上の整数を表し、nも0以上の整数を表す。従って、m+nは0以上であればよい。mとnの上限は特に限定されないが、式(3)で示されるアセンジカルボン酸の製造容易性や入手容易性の点から、m+nは6以下が好ましく、5以下がより好ましく、4以下がさらに好ましい。
【0045】
式(4)中、Rは炭素数1〜20のアルキル基または炭素数6〜12のアリール基を表す。
【0046】
前記アルキル基は、直鎖状であっても、分枝状であっても、脂環構造を有するものであってもよい。アルキル基は置換基を有していてもよい。アルキル基が有する置換基としては、ハロゲン基およびC6-12アリール基よりなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。このようなアルキル基を有するイソシアネート化合物であれば、比較的容易に入手または製造できる。アルキル基の炭素数としては、1〜12が好ましく、1〜8がより好ましい。なおアルキル基の炭素数には、アルキル基に結合した置換基の炭素数も含まれる。炭素数1〜20のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、i−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ドデシル基、オクタデシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、ベンジル基、2−フェニルエチル基、トリフルオロメチル基等が挙げられる。
【0047】
前記アリール基は、単環式であっても、多環式(縮合環式を含む)であってもよく、複数の芳香環が単結合で繋がったものであってもよい。アリール基は置換基を有していてもよい。アリール基が有する置換基としては、ハロゲン基、C1-6アルキル基、C1-6ハロゲン化アルキル基およびC1-6アルコキシ基よりなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。このようなアリール基を有するイソシアネート化合物であれば、比較的容易に入手または製造できる。アリール基の炭素数としては、6〜10がより好ましい。なおアリール基の炭素数には、アリール基に結合した置換基の炭素数も含まれる。炭素数6〜12のアリール基としては、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基等が挙げられる。
【0048】
アセンジカルボン酸化合物(3)は、遊離カルボン酸の形態で用いてもよく、酸無水物や酸ハロゲン化物等のカルボン酸誘導体として用いてもよい。なお、カルボン酸誘導体には、アシル誘導体も含まれる。遊離カルボン酸とカルボン酸誘導体は、公知の方法により相互に任意の形態に変換すればよい。
【0049】
アセンジカルボン酸化合物(3)は、カルボン酸とイソシアネートとの反応性を高めるために、カルボン酸ハロゲン化物(酸ハロゲン化物)にして用いることが好ましい。カルボン酸ハロゲン化物としては、カルボン酸フッ化物、カルボン酸塩化物、カルボン酸臭化物、カルボン酸ヨウ化物等が挙げられるが、簡便に得られ、得られたカルボン酸ハロゲン化物の反応性の点から、カルボン酸ハロゲン化物としてはカルボン酸塩化物を用いることが好ましい。アセンジカルボン酸化合物(3)をカルボン酸ハロゲン化物にするためには、アセンジカルボン酸化合物を、塩化チオニル、塩化オキサリル、塩化スルフリル、三塩化リン等のハロゲン化剤と反応させればよい。すなわち、アセンジカルボン酸化合物(3)とハロゲン化剤とを反応させて、アセンジカルボン酸ハロゲン化物を得ればよい。
【0050】
式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物またはそのカルボン酸誘導体を、式(4)で示されるイソシアネート化合物と触媒存在下で反応させることにより、下記式(1)または下記式(2)で示されるアセンジイミド化合物が生成する。
【0051】
【化13】

【0052】
【化14】

【0053】
上記式(1)および式(2)中、m,n,Rは、上記式(3)および式(4)と同じ意味を表す。すなわち、mは0以上の整数を表し、nも0以上の整数を表し、Rは炭素数1〜20のアルキル基または炭素数6〜12のアリール基を表す。なお、式(2)で示されるアセンジイミド化合物を得る場合は、nが1以上であることが必要となる。つまり、nが0の場合、式(2)で示されるアセンジイミド化合物は得られない。
【0054】
アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体とイソシアネート化合物(4)とを反応させる際に用いる触媒(以下、「イミド化触媒」と称する場合がある)としては、ルイス酸触媒を用いることが好ましい。イミド化触媒としてルイス酸触媒を用いることにより、イソシアネート化合物によるイミド化反応が効率的に進むようになる。
【0055】
ルイス酸触媒としては公知の触媒を用いればよく、例えば、Ag(I),B(III),Al(III),Sn(IV),Bi(III),Yb(III),Sc(III),V(IV),Ti(IV)等の錯体を用いればよい。なかでも、イミド化反応が効率よく進む点で、ビスマス触媒を用いることが好ましい。前記錯体の配位子は公知のものを用いればよく、例えば、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン;ビストリフルオロメタンスルホニルイミド(NTf2);トリフルオロメタンスルホニル(OTf)等が示される。
【0056】
アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体とイソシアネート化合物(4)とを触媒下で反応させることにより、イソシアネート化合物(4)のイソシアネート基がアセンジカルボン酸化合物(3)のカルボキシ基と反応して、イソシアネート化合物(4)がアセンジカルボン酸化合物(3)に導入され、その後イソシアネート基由来の構造部分がアセンジカルボン酸化合物(3)の芳香環の一部と協同して環形成し、式(1)または式(2)で示されるアセンジイミド化合物が得られると考えられる。従って、効率良く式(1)または式(2)で示されるアセンジイミド化合物が得られるようになる。
【0057】
アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体と、イソシアネート化合物(4)は、次の比率の範囲となるように用いることが好ましい。すなわち、[イソシアネート化合物(4)のモル量]/[アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体のモル量]で規定されるモル比が1.5以上となることが好ましく、2.0以上となることがより好ましく、また4.0以下となることが好ましく、3.5以下となることがより好ましく、3.0以下となることがさらに好ましい。
【0058】
アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体と式(4)で示されるイソシアネート化合物(4)との反応(以下、「イミド化反応」と称する場合がある)は、溶媒中で行うことが好ましい。溶媒としては、例えば、ベンゼン、トルエン、p−キシレン、m−キシレン、オクタン、デカン等の炭化水素類;クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、ジクロロエタン等の含ハロゲン炭化水素類等が挙げられる。さらに、前記反応は、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0059】
イミド化反応は、例えば、20℃〜200℃の温度範囲で、10分〜24時間行えばよい。イミド化反応の反応温度や反応時間は、出発原料や反応生成物の熱的安定性や反応の進行状況に応じて、適宜調整すればよい。
【0060】
イミド化反応において、得られるアセンジイミド化合物が式(1)で示される化合物と式(2)で示される化合物のどちらが優勢となるかは、アセンジカルボン酸(3)の環の数(すなわち、m+nの値)により変わりうる。また、イミド化触媒の種類やイミド化反応の反応条件(温度や溶媒等)によっても、優先的に得られるアセンジイミド化合物の種類が変わると考えられる。
【0061】
イミド化反応後は、蒸留等の適当な分離手段により、反応生成物と溶媒とを分離してもよい。また、反応生成物をカラムクロマトグラフィーや再結晶等の適当な精製手段を用いて精製し、式(1)または式(2)で示されるアセンジイミド化合物を得てもよい。
【0062】
本発明の製造方法によれば、上記説明したように、アセンジカルボン酸化合物(3)またはそのカルボン酸誘導体をイソシアネート化合物(4)と触媒存在下で反応させることにより、簡便に式(1)または式(2)で示されるアセンジイミド化合物を得ることができる。上記アセンジイミド化合物は、例えば、有機半導体の材料として有用である。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0064】
実施例1
(1) 1,2−ジオール化合物の製造
テトラセン(ナフタセン)4000mg(17.2mmol)をキシレン80mLに溶解させ、そこにビニレンカーボネート4100mg(47.4mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、180℃で3日間保持し、Diels−Alder反応を進行させた。その後、4mol/LのKOHを44mL加え、加水分解処理することにより1,2−ジオール化合物4340mg(15.1mmol)を得た。Diels−Alder反応における収率は88%であった。
【0065】
(2) テトラセンジアルデヒドの製造
得られた1,2−ジオール化合物50.0mg(0.173mmol)を脱水DMSO 3.0mLに溶解させて80℃に昇温した後、そこに2−ヨードキシ安息香酸(IBX)72.5mg(0.259mmol)を加え、80℃で2時間保持し、1,2−ジオール構造部分の酸化的開裂反応を進行させた。その後、溶媒を除去し残渣をメタノールで洗浄することで、テトラセンジアルデヒド35.7mg(0.126mmol)を得た。酸化的開裂反応における収率は72%であった。
【0066】
(3) テトラセンジカルボン酸の製造
得られたテトラセンジアルデヒド1.176g(4.136mmol)を2−メチル−2−ブテン 10.0mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、テトラヒドロフラン(THF)250mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこに、NaClO2 1.190g(13.16mmol)とNaH2PO4 1.579g(13.16mmol)を40mLの水に溶解させた溶液を加え、混合溶液を得た。得られた混合溶液を室温まで昇温させ、室温で16時間撹拌して、アルデヒドの酸化反応を進行させた。その後、THFを除去して1M HClを加え、析出した固体を濾別して水で洗浄し、さらにCHCl3で洗浄することで、下記式(11)に示すテトラセンジカルボン酸1.00g(3.16mmol)を得た。アルデヒド酸化反応における収率は76%であった。
【0067】
【化15】

【0068】
(4) テトラセンジイミドの製造
得られたテトラセンジカルボン酸30.0mg(0.0945mmol)をSOCl2 0.3mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、CH2Cl2 2.0mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこにN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)を3滴加えて、0℃で60分撹拌した後、溶媒を除去することでテトラセンジカルボン酸塩化物を得た。得られたテトラセンジカルボン酸塩化物(0.0945mmol)をイソプロピルイソシアネート0.5mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、o−ジクロロベンゼン 2mLに溶解させて、80℃に昇温した後、さらにそこにBi(OTf)3 0.125gを加え、120℃で2時間保持し、イミド化反応を進行させた。その後、溶媒を除去し、残渣をカラムクロマトグラフィーで精製し、さらに得られた精製物をメタノールで洗浄することにより、下記式(12)に示すテトラセンジイミド化合物19.9mg(0.0442mmol)を得た。イミド化反応における収率は47%であった。
【0069】
【化16】

【0070】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ9.72(m,4H),7.78(m,4H),5.59−5.52(m,2H),1.76(d,J=6.9Hz,12H)
【0071】
実施例2
上記実施例1において、イミド化反応に用いるイソシアネート化合物として、イソプロピルイソシアネートの代わりにn−ヘキシルイソシアネートを0.5mL用いた以外は同様にして、下記式(13)に示すテトラセンジイミド化合物21.0mg(0.0392mmol)を得た。イミド化反応における収率は42%であった。
【0072】
【化17】

【0073】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ9.82(m,4H),7.81(m,4H),4.36(t,J=7.7Hz,4H),1.92−1.84(m,4H),1.46−1.34(m,12H),0.92(t,J=7.0Hz,6H)
【0074】
実施例3
上記実施例1において、イミド化反応に用いるイソシアネート化合物として、イソプロピルイソシアネートの代わりにシクロヘキシルイソシアネートを0.3mL用い、Bi(OTf)3を0.290mg用いた以外は同様にして下記式(14)に示すテトラセンジイミド化合物14.4mg(0.0271mmol)を得た。イミド化反応における収率は29%であった。
【0075】
【化18】

【0076】
実施例4
(1) アントラセンジカルボン酸の製造
反応容器中、アルゴンガス雰囲気下で、9,10−ジブロモアントラセン(東京化成工業株式会社より購入)25g(74.4mmol)をジエチルエーテル 150mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこにn−ブチルリチウム 0.24molを滴下した後、室温まで昇温させ、1時間撹拌した。反応容器に二酸化炭素ガスを室温で15分吹き込み、その後、反応溶液にジエチルエーテルと水を加え、水層を分離した。分離した水層に6MHClを加えて、下記式(15)に示すアントラセンジカルボン酸を析出させ、さらに水とエタノールで洗浄することでこれを精製した。アントラセンジカルボン酸は9.1g(34.7mmol)得られ、収率は46%であった。
【0077】
【化19】

【0078】
(2) アントラセンジイミドの製造
得られたアントラセンジカルボン酸3000mg(1.126mmol)をSOCl2 3.5mLとともに、窒素ガス雰囲気下、CH2Cl2 15mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこにDMFを3滴加えて、0℃に保持したまま60分撹拌した後、溶媒を除去することでアントラセンジカルボン酸塩化物を得た。得られたアントラセンジカルボン酸塩化物(1.126mmol)をイソプロピルイソシアネート 5mLとともに、窒素ガス雰囲気下、o−ジクロロベンゼン15mLに溶解させて、80℃に昇温した後、さらにそこにBi(OTf)3 1.7gを加え、120℃で2時間保持し、イミド化反応を進行させた。その後、溶媒を除去し、残渣をカラムクロマトグラフィーで精製し、さらに得られた精製物をメタノールで洗浄することにより、下記式(16)に示すアントラセンジイミド化合物83.3mg(0.208mmol)を得た。イミド化反応における収率は18%であった。
【0079】
【化20】

【0080】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ10.21(m,J=9.1,1.2Hz,2H),8.81(m,J=7.0,1.2Hz,2H),7.99(m,J=9.1,7.0Hz,2H),5.49(quintet,J=6.9Hz,2H),1.68(d,J=7.0Hz,12H)
【0081】
実施例5
上記実施例4において、イミド化反応に用いるイソシアネート化合物として、イソプロピルイソシアネートの代わりにn−ヘキシルイソシアネートを2mL用いた以外は、実施例4と同様にして下記式(17)に示すアントラセンジイミド化合物100mg(0.2mmol)を得た。イミド化反応における収率は18%であった。
【0082】
【化21】

【0083】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ10.23(m,2H),8.77−8.75(m,2H),7.94(m,J=1.6Hz,2H),4.24(t,J=7.7Hz,4H),1.84−1.76(m,4H),1.51−1.30(m,12H),0.92(t,J=7.1Hz,6H)
【0084】
実施例6
上記実施例4において、イミド化反応に用いるイソシアネート化合物として、イソプロピルイソシアネートの代わりにシクロヘキシルイソシアネートを5mL用いた以外は、実施例4と同様にして下記式(18)に示すアントラセンジイミド化合物 30mg(0.062mmol)を得た。イミド化反応における収率は6%であった。
【0085】
【化22】

【0086】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ10.18(m,2H),8.80(m,2H),7.98(m,2H),5.07(m,2H),2.66−2.56(m,4H),1.96−1.74(m,10H),1.49−1.32(m,6H)
【0087】
実施例7
(1) 1,2−ジオール化合物の製造
ペンタセン6070mg(21.8mmol)をキシレン 150mLに溶解させ、そこにビニレンカーボネート4743mg(55.1mmol)を加え、アルゴン雰囲気下、180℃で3日間保持し、Diels−Alder反応を進行させた。その後、4mol/LのKOHを60mL加え、加水分解処理することにより1,2−ジオール化合物3000mg(8.88mmol)を得た。Diels−Alder反応における収率は41%であった。
【0088】
(2) ペンタセンジアルデヒドの製造
得られた1,2−ジオール化合物130mg(0.385mmol)を脱水DMSO 4.0mLに溶解させて160℃に昇温した後、そこに2−ヨードキシ安息香酸(IBX)102mg(0.365mmol)を加え、160℃で10分間保持し、1,2−ジオール構造部分の酸化的開裂反応を進行させた。その後、溶媒を除去し残渣をメタノールで洗浄することで、ペンタセンジアルデヒド80mg(0.240mmol)を得た。酸化的開裂反応における収率は62%であった。
【0089】
(3) ペンタセンジカルボン酸の製造
得られたペンタセンジアルデヒド80mg(0.240mmol)を2−メチル−2−ブテン0.37mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、テトラヒドロフラン(THF)15mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこに、NaClO2 44mg(0.486mmol)とNaH2PO487.5mg(0.729mmol)を5.0mLの水に溶解させた溶液を加え、混合溶液を得た。得られた混合溶液を室温まで昇温させ、室温で11時間撹拌して、アルデヒドの酸化反応を進行させた。その後、THFを除去して1M HClを加え、析出した固体を濾別して水で洗浄し、さらにCHCl3で洗浄することで、下記式(19)に示すペンタセンジカルボン酸30.4mg(0.083mmol)を得た。アルデヒド酸化反応における収率は34%であった。
【0090】
【化23】

【0091】
(4) ペンタセンジイミドの製造
得られたペンタセンジカルボン酸30.0mg(0.0893mmol)をSOCl2 0.3mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、CH2Cl2 2.0mLに懸濁させて、0℃に冷却した。そこにN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)を3滴加えて、0℃で10分撹拌した後、溶媒を除去することでペンタセンジカルボン酸塩化物を得た。得られたペンタセンジカルボン酸塩化物(0.0893mmol)をイソプロピルイソシアネート 0.5mLとともに、アルゴンガス雰囲気下、o−ジクロロベンゼン 3mLに溶解させて、80℃に昇温した後、さらにそこにBi(OTf)3 0.125gを加え、120℃で1時間保持し、イミド化反応を進行させた。その後、溶媒を除去し、残渣をカラムクロマトグラフィーで精製し、さらに得られた精製物をCHCl3で再結晶することにより、下記式(20)に示すペンタセンジイミド化合物 5.0mg(0.01mmol)を得た。イミド化反応における収率は11%であった。
【0092】
【化24】

【0093】
1H−NMR(400MHz,CDCl3) δ10.90(s,2H),9.82(m,2H),8.23(m,2H),7.83−7.80(m,2H),7.63−7.60(m,2H),5.68−5.64(m,2H),1.80(d,12H)
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明によれば、種々のアセンジイミド化合物を容易に得ることができる。得られたアセンジイミド化合物は、有機太陽電池や有機EL等への適用が見込まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物またはそのカルボン酸誘導体を、下記式(4)で示されるイソシアネート化合物と触媒存在下で反応させて、下記式(1)または下記式(2)で示されるアセンジイミド化合物を得る工程を有することを特徴とするアセンジイミド化合物の製造方法。
【化1】


【化2】


【化3】


【化4】


[式(1)〜(3)中、mは0以上の整数を表し、nは0以上の整数を表し、式(1),(2),(4)中、Rは炭素数1〜20のアルキル基または炭素数6〜12のアリール基を表す。]
【請求項2】
前記触媒としてルイス酸触媒を用いる請求項1に記載のアセンジイミド化合物の製造方法。
【請求項3】
さらに、下記式(5)で示されるアセン化合物とビニレンカーボネートとをDiels−Alder反応させて1,2−ジオールを得る工程と、
得られた1,2−ジオールを酸化的開裂させて、前記式(3)で示されるアセンジカルボン酸化合物を得る工程を有する請求項1または2に記載のアセンジイミド化合物の製造方法。
【化5】


[式(5)中、mおよびnは上記式(1)〜式(3)と同じである。]
【請求項4】
前記酸化的開裂を、過ヨウ素酸、過ヨウ素酸ナトリウム、2−ヨードキシ安息香酸、デス・マーチン・ペルヨージナン、または四酢酸鉛の存在下で行う請求項3に記載のアセンジイミド化合物の製造方法。

【公開番号】特開2012−116825(P2012−116825A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48301(P2011−48301)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】