説明

アディポネクチン低下抑制剤

【課題】血中アディポネクチンの低下を抑制し、肝線維化抑制効果を発揮する医薬又は食品を提供する。
【解決手段】ジアシルグリセロールを有効成分とするアディポネクチン低下抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中アディポネクチンの低下を抑制するアディポネクチン低下抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、再生力の非常に強い臓器であるが、再生過程で線維化が起こると、正常な肝細胞の再生が妨げられる。肝線維化は、ウイルスやアルコール等の外的要因若しくは自己免疫異常が関与する内的要因によって惹起される肝細胞壊死と、肝機能を維持するための肝再生とのバランスが崩れた場合に、肝臓組織を修復するためにコラーゲン等の細胞外マトリックスが過剰沈着し、起こると考えられている。
肝線維化の進展は、血行動態を阻害し、肝再生の過程を障害して肝不全の病態を不可逆的にし、肝硬変、肝癌に移行する場合も多い。慢性肝炎等の治療において、肝硬変、肝癌への移行を抑制することは重要であり、そのためには肝線維化を抑制する必要がある。
【0003】
アディポネクチンは、1996年、前田らによりヒト脂肪組織から新たに分離された動物脂肪組織特異的タンパク質であるが(非特許文献1参照)、脂肪組織のみならず、血中にも多量に存在しており、正常ヒト血中には5〜10μg/mLという高濃度で存在している(非特許文献2参照)。最近の研究により、アディポネクチンの発現低下又は欠乏は、肥満インスリン抵抗性の原因であり、ひいては肥満及び2型糖尿病の原因であることが判明している(非特許文献3参照)。また、アディポネクチンの作用については、これまでに血管平滑筋の増殖ならびに細胞遊走の抑制作用、抗動脈硬化作用、単球及びマクロファージの活性化抑制作用(非特許文献4、5、6参照)、抗炎症作用(特許文献1参照)などが報告され、最近、肝星細胞の活性化の抑制、細胞外マトリックス産生の抑制、肝星細胞増殖の抑制、肝細胞増殖促進などの作用があり、肝線維化を抑制することが明らかにされている(特許文献2参照)。従って、生体内のアディポネクチン量の低下を抑制することができれば、肝線維化等を抑制することができると考えられる。
【0004】
一方、ジアシルグリセロールは、食後の血中中性脂肪の上昇抑制作用(例えば、特許文献3参照)や、血中HDLコレステロール上昇作用を有し(例えば、特許文献4参照)、調理油や種々の油脂加工食品に使用されている。しかしながら、ジアシルグリセロールのアディポネクチンに対する作用はこれまでに全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3018186号公報
【特許文献2】特開2002−363094号公報
【特許文献3】特開2003−2835号公報
【特許文献4】特開2001−64170号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Maeda K, et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 221:286(1996)
【非特許文献2】Arita Y et al, Biochem. Biophys. Res. Commun. 257:79〜83(1999)
【非特許文献3】T. Yamauchi et al, Nature Medicine, Vol. 7, No.8(2001)
【非特許文献4】Arita Y et al, Circulation.105(24),2893-8.(2002)
【非特許文献5】Ouchi N et al, Circulation.102(11),1296-301.(2000)
【非特許文献6】Okamoto Y et al, Circulation. 106(22),2767-70.(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、血中アディポネクチンの低下を抑制し、肝線維化抑制効果を発揮する医薬又は食品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、血中アディポネクチンの低下を抑制する物質について検討したところ、ジアシルグリセロールに当該作用があると共に、肝線維化抑制効果があることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、ジアシルグリセロールを有効成分とするアディポネクチン低下抑制剤、及びジアシルグリセロールを有効成分とする肝線維化抑制剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアディポネクチン低下抑制剤によれば、血中アディポネクチンの低下を抑制でき、肝機能を改善すると共に、肝線維化を有効に抑制することができる。従って、慢性肝炎等の慢性肝臓疾患の予防・治療において、肝再生を促進し、肝硬変、肝癌への移行を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のアディポネクチン低下抑制剤及び肝線維化抑制剤に用いられるジアシルグリセロ−ルは、その構成脂肪酸が炭素数8〜24、特に16〜22のものであるのが好ましい。また、全構成脂肪酸中、不飽和脂肪酸が70重量%(以下単に%で示す)以上であるのが望ましい。特に、本発明の効果を高めるという点から、不飽和脂肪酸量/飽和脂肪酸量(重量比)が5.5以上であるのが好ましく、より好ましくは不飽和脂肪酸量/飽和脂肪酸重量比が8以上、更に好ましくは10〜25である。また、飽和脂肪酸含量は10%以下、より好ましくは6%以下であるのが望ましい。ここで、不飽和脂肪酸量としては、オレイン酸、α-リノール酸、α−リノレン酸、シス−ジホモγ-リノレン酸、シス−アラキドン酸、シス-エイコサペンタエン酸、シス−ドコサヘキサエン酸などが挙げられ、飽和脂肪酸としては、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸などが挙げられる。
【0012】
本発明のアディポネクチン低下抑制剤及び肝線維化抑制剤においては、当該ジアシルグリセロールは、純度100%のジアシルグリセロールを用いるのが好ましいが、トリアシルグリセロール、モノアシルグリセロール等を若干含む油脂組成物を用いることでもよい。
この場合、モノアシルグリセロール含量は2%以下、特に1.5%以下であるのが好ましく、ジアシルグリセロールは、35%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは80%以上含有するのが望ましい。
【0013】
ジアシルグリセロールを含有する油脂組成物は以下の方法により得ることができる。
すなわち、特開平6-247849号公報に示されるように、目的の構成脂肪酸を有する油脂とグリセリンとをエステル交換反応に付すか、あるいは目的の構成脂肪酸またはそのエステルとグリセリンとの混合物にリパーゼを作用させてエステル化反応を行うことにより製造できるが、反応中の異性化を防止する上で、リパーゼを用いたエステル化反応がより好ましい。また、リパーゼを用いたエステル化反応においても、反応終了後精製手段における異性化を防止するため、精製手段も脂肪酸の異性化が生起しないような緩和な条件で行うのが好ましい。
【0014】
通常の植物油には植物ステロールが0.05〜1.2%程度含まれている。ジアシルグリセロールを含有する油脂組成物は上記の方法により得ることができるが、製造方法により植物ステロールが低下することがある。例えば、一般に市販されている蒸留して得られた脂肪酸を原料として用いた場合、組成物中の植物ステロール量は低下してしまう。このような場合には、植物ステロールを0.05%以上になるように添加してもよい。また、植物ステロール含量の上限は特に限定されない。ここで、植物ステロールとしては、α-シトステロール、β−シトステロール、スチグマステロール、カンペステロール、α-シトスタノール、β-シトスタノール、スチグマスタノール、カンペスタノール、シクロアルテノール等のフェリー体、及びこれらの脂肪酸エステル、フェルラ酸エステル、桂皮酸エステル体が挙げられる。
【0015】
尚、ジアシルグリセロールを含有する油脂組成物は、上記製造方法の他、天然食用油脂の分別により得ることもでき、本発明においては、そのような油脂組成物を用いることもできる。
【0016】
アディポネクチンは、正常ヒト血中に高濃度で存在する動物脂肪組織特異的タンパク質であり(前記非特許文献2)、肝線維化抑制作用(前記特許文献2)、血管平滑筋の増殖ならびに細胞遊走の抑制作用、抗動脈硬化作用、単球及びマクロファージの活性化抑制作用(前記非特許文献4、5、6参照)抗炎症作用(前記特許文献1)等を有する。本発明のジアシルグリセロールは、後記実施例に示すように、ラットにおいて、高蔗糖食により誘導される血中アディポネクチン濃度の低下を有意に抑制し、肝線維化抑制作用を有する。従って、斯かるジアシルグリセロールは、慢性肝炎等の慢性肝臓疾患における肝線維化を抑制することが可能であり、肝硬変、肝癌への移行を抑えるのに有効な医薬又は食品のための素材として有用である。
【0017】
本発明のアディポネクチン低下抑制剤及び肝線維化抑制剤は、ジアシルグリセロールを単体でヒト及び動物に投与できる他、各種飲食品、医薬品、ペットフード等に配合して摂取することができる。
食品形態としては、例えば、ドリンク等のドリンク飲料、粉末ジュース等の粉末飲料、キャンディ、ドロップ、ゼリー、クッキー、チョコレート、ケーキ、ヨーグルト、ガム等の菓子類、調味料、調理油、乳製品、パン、加工米等の他、錠剤(タブレット)、カプセル、顆粒等の肝臓機能の改善をコンセプトとする食品、病者用食品、特定保健用食品とすることができる。斯かる食品は、例えば、甘味剤、着色剤、抗酸化剤、乳化剤、ビタミン類、香料、ミネラル等の添加剤、タンパク質、脂質、糖質、炭水化物、食物繊維等の食品原料に、ジアシルグリセロールを混合し、常法に従って各種食品形態とすることにより調製できる。
【0018】
医薬品として使用する場合は、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形製剤や、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤とすることができる。尚、経口用固形製剤を調製する場合には、本発明のジアシルグリセロールに賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。また、経口用液体製剤を調製する場合は、矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯味剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。
【0019】
上記各製剤中に配合されるべきジアシルグリセロールの配合量は、一般に0.1〜100重量%、特に1〜90重量%が好ましい。
【0020】
本発明のアディポネクチン低下抑制剤及び肝線維化抑制剤の投与量(有効摂取量)は、ジアシルグリセロールとして、1日あたり0.03〜25g、更には5〜20g、特に6〜15gが好ましい。
【実施例】
【0021】
実施例1
以下の実施例で用いたジアシルグリセロールは下記の方法で製造したものである。
固定化1,3−位選択的リパーゼである市販リパーゼ製剤(商品名「Lipozyme IM−20」、の簿インダストリーA.S.社製)を触媒として、表1の脂肪酸組成を有するジアシルグリセロールを得た。
次に、表2に示す組成の高蔗糖ジアシルグリセロール(DAG)配合食(本発明品)を製造した。また、高蔗糖トリアシルグリセロール(TAG)配合食(比較品)及びコントロール食(コントロール品)を同様に製造した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
実施例2 血中アディポネクチン低下抑制効果及び肝線維化抑制効果
<実験方法>
Wistar系♂ラットに高蔗糖食を負荷させた場合、血糖値の上昇、血清中性脂肪の上昇、内臓脂肪量の増加、インスリン抵抗性を誘導する(Metabolism.36,11(1987),Obes.Res.4,6(1996), Am.J.Physiol.271(1996), J Appl physiol.91(2001),J.Nutr.133(2003))。そこで、7週齢のWistar系♂ラットを用い、各群6匹ずつ3群に分け、表2に示すように実施例1で調製した本発明品、比較品及びコントロール品で飼育した。1、2、11ヶ月後にエーテル麻酔下において頚静脈より採血を行い、血中アディポネクチン濃度を大塚製薬株式会社製マウス/ラットアディポネクチンELISAキットを用い、測定した。更に12ヶ月後に、肝臓を採取し、ホルマリン固定後、パラフィン包埋した後、切片を渡辺の鍍銀染色し、肝臓の線維化状態(新犬山分類によるスコア;日本消化器病学会雑誌 Vol.96 No.4 377-384)を観察した。また、肝線維化の1指標である血中ヒアルロン酸量を測定した。結果を表3及び表4に示す。
【0025】
<結果>
【表3】

【0026】
表3より、比較品投与群ではコントロール群と比較し、アディポネクチン濃度の有意な低下を認めたが、本発明品投与群はコントロール群と同等であり、血中アディポネクチンの低下を抑制した。
【0027】
【表4】

【0028】
表4より、比較品投与群ではコントロール群と比較し、肝臓の線維化が認められたが、本発明品投与群は肝臓の線維化を抑制した。また、肝線維化の1指標である血中ヒアルロン酸濃度は、比較品投与群ではコントロール群と比較し、有意に高値であったが、本発明品投与群はコントロール群と同等であった。すなわち、本発明品投与群は、肝線維化を有効に抑制した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアシルグリセロールを有効成分とするアディポネクチン低下抑制剤。

【公開番号】特開2010−241832(P2010−241832A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162948(P2010−162948)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【分割の表示】特願2004−145413(P2004−145413)の分割
【原出願日】平成16年5月14日(2004.5.14)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】