アニオン性界面活性剤
【課題】 食品分野への適用が期待される2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)を親水基を提供する化合物として利用した、新しい分子構造・機能を有する新規界面活性剤を開発する。
【解決手段】 2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2位の水酸基に、疎水基として脂肪酸を1分子エステル結合させた新規界面活性剤を提供する。
【解決手段】 2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2位の水酸基に、疎水基として脂肪酸を1分子エステル結合させた新規界面活性剤を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品、医薬、化粧品分野等での幅広い利用を可能とする新規界面活性剤及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤はあらゆる産業で利用されるキーマテリアルであるが、洗剤をはじめとする多くの用途では、使用後そのまま環境中に排出されることから、環境や生体に対する適合性に優れ、影響の少ない素材開発が常に求められている。特に、高い安全性が求められる食品分野においては、以前から使用実績のあるレシチンやサポニン、胆汁酸、植物抽出物などの天然の食品用乳化剤以外で、現在国内で食品添加物として認可されている合成界面活性剤(乳化剤)は、グリセリン脂肪酸エステル(グリセリン酢酸脂肪酸エステル、グリセリン乳酸エステル、グリセリンクエン酸エステル、グリセリンコハク酸エステル、グリセリンジアセチル酒石酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレン酸エステル、グリセリン酢酸エステルなどを含む)、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルなど、一部の素材に限られている。
これらはいずれも多価アルコールと脂肪酸とのエステルであり、使用される多価アルコール(親水性化合物)の種類は、グリセリン、ポリグリセリン、ソルビタン、ショ糖、プロピレングリコールのみである。そのため、分子構造のバラエティに制約があり、求められる機能を満たす素材が不足しているのが現状である。
【0003】
このような背景の下、食品分野への適用も想定される新たな親水性化合物として「2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)」が期待されている。2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)はグリセリンの1級水酸基の1つが酸化されることで得られるヒドロキシカルボン酸の一種であり、1個のカルボキシル基と2個の水酸基を有する(化学式2)。2位の炭素が不斉炭素であることから、D−体、L−体の光学異性体が存在する。
【化2】
天然に存在するものはD−体であり、トマトの果実、ピーナツ、ソラマメ、アーティチョーク(ちょうせんあざみ)、バナナの葉などから検出される(非特許文献1,2)。D−グリセリン酸は、利尿作用(非特許文献2)や肝疾患治療効果(非特許文献3)、生体内でのアルコール代謝促進作用(非特許文献4)など各種生物活性が報告されており、海外では食品成分としての利用が認可されている。また、化粧品分野では、グリコール酸に近い性能が期待されている。
【0004】
グリセリン酸のエステル誘導体に関する研究は、グリセリン酸のカルボキシル基に長鎖アルコールを導入したアルキルグリセレート系界面活性剤の報告が数例あり、特異な自己集合挙動を示すことが報告されている(特許文献1〜3、非特許文献5〜7)。一方、グリセリン酸の水酸基に脂肪酸鎖が導入されたタイプの化合物については、2個ある水酸基の両方に脂肪酸が導入された化合物として、カビの生産物中から抽出されたジアシルグリセリン酸がトリプシン阻害活性を示すという報告(非特許文献8、9)と、これを4級アンモニウム塩に変換した柔軟剤に関する報告(特許文献4,5)がある。また、1級水酸基のみに1分子、脂肪酸が導入された3−O−アシルグリセリン酸に関する報告もある(特許文献6、非特許文献10,11)が、構造種の種類や、界面機能に関するデータが大きく不足している。既存の技術だけでは、界面活性剤としてグリセリン酸誘導体を積極的に利用することは現状では極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5-247488
【特許文献2】特表2005-538151
【特許文献3】特開2010-209072
【特許文献4】米国特許5456846
【特許文献5】米国特許5500139
【特許文献6】米国特許4048202
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Duke J.A.; “Handbook of Phytochemical constituents of GRAS Herbs and Other Economic Plants,” CRC Press LLC, 2001.
【非特許文献2】Morrison R.I., Dekock P.C.; Glyceric acid in broad bean (Vicia faba L.), Nature, 184, 819, 1959.
【非特許文献3】Handa S.S., Sharma A., Chakraborti K.K.; Natural products and plants as liver protecting drugs, Fitoterapia, 57, 307-351, 1986.
【非特許文献4】Eriksson C.J.P., Saarenmaa T.P.S., Bykov I.L., Heino P.U.; Acceleration of ethanol and acetaldehyde oxidation by D-glycerate in rats, Metabolism, 56, 895-898, 2007.
【非特許文献5】Boyd B. J., Whittaker D. V., Khoo, S.-M., Davey G.; Lyotropic liquid crystalline phase formed from glycerate surfactants as sustained release drug delivery systems, Int. J. Pharmaceut., 309, 218-226, 2006.
【非特許文献6】Boyd B. J., Whittaker D. V., Khoo, S.-M., Davey G.; Hexosomes formed from glycerate surfactants - Formulation as a colloidal carrier for irinotecan, Int. J. Pharmaceut., 318, 154-162, 2006.
【非特許文献7】C. Fong, D. Wells, I. Krodkiewska, J. Booth, P.G. Hartley, “Synthesis and mesophases of glycerate surfactants”, J. Phys. Chem. B, 111, No.6, 2007, pp.1384-1392.
【非特許文献8】B. Proksa, et al., “OR-1 - a mixture of esters of glyceric acid produced by Penicillium funiculosum and its antitrypsin activity”, Folia Microbiol. 46, No.1, 2001, pp.21-23.
【非特許文献9】H. Habe, T. Fukuoka, S. Satou, D. Kitamoto, K. Sakaki, ”Synthesis and evaluation of dioleoyl glyceric acids showing antitrypsin activity”, J. Oleo Sci. in press.
【非特許文献10】Yoosoo, Shin; Ogyu, Lee; Chungberm, Park; Hakju, Lee; Bongjae, Choi; Inhye, Ham; Hoyoung, Choi; Naksul, Seong; Sunwoo, Cha; “Two new components from the roots of Angelicae koreana KITAGAWA”, Chemistry of Natural Compounds; vol. 43; 6; (2007); p. 652 - 654.
【非特許文献11】S. M. Ahn, H. J. Lee, S. W. Kim, JH. Lee, P.-S. Chang, “Physicochemical properties of selectively oxidized 1-monolaurin from 2,2,6,6-tetramethyl-1-piperidinyl oxoammonium ion/sodium hypochlorite-mediated reaction”, J. Agric. Food Chem., 57(7), 2920-2924 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、食品分野への適用が期待される2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)を、親水基を提供する化合物として利用した、新しい分子構造・機能を有する新規界面活性剤を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2位の水酸基に疎水基として脂肪酸を1分子エステル結合させた化合物、すなわち、2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を合成し、当該化合物がきわめて良好な界面活性作用を有することを見出し、本発明を完成した。本出願は、当該化合物を含むグリセリン酸のモノ脂肪酸エステルからなる新規な界面活性剤を提供するものである。
【0009】
本出願は、具体的には、以下の発明を提供する。
〈1〉 少なくとも2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を含む、モノアシル化された2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(モノアシルグリセリン酸)からなる、アニオン性界面活性剤。
〈2〉 2−O−アシルグリセリン酸に、3−O−アシルグリセリン酸が含まれた混合物からなることを特徴とする、〈1〉に記載のアニオン性界面活性剤。
〈3〉 2−O−アシルグリセリン酸からなることを特徴とする、〈1〉に記載のアニオン性界面活性剤。
〈4〉 2−O−アシルグリセリン酸が、下記化学式(1)で表されることを特徴とする、〈1〉〜〈3〉に記載のアニオン性界面活性剤。
【化1】
(ただし、Rは炭素数3〜24の直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
〈5〉 2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)と脂肪酸誘導体との反応を行うことを特徴とする、〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈6〉 脂肪酸誘導体が脂肪酸クロリドであることを特徴とする、〈5〉に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈7〉 2,3−O−ジアシルグリセリン酸の3位脂肪酸エステルのみを選択的に加水分解することを特徴とする、〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈8〉 〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の遊離カルボキシル基が金属塩となっていることを特徴とする、アニオン性界面活性剤。
〈9〉 〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤を中和して、カルボキシル基を金属塩にすることを特徴とする、〈8〉に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の界面活性剤は、最も広く利用されている食品用乳化剤であるグリセリン脂肪酸エステルと比べて、類似構造であるにもかかわらず、界面活性(表面張力低下能)に優れるだけでなく、親水基としてカルボキシル基を有するため水溶性にも優れる。本発明の界面活性剤に含まれる2−O−アシルグリセリン酸は、また、既知物質として報告のあるグリセリン酸の3位水酸基に脂肪酸が導入された異性体(3−O−アシルグリセリン酸)と比較して、極性が低く、油系物質との相性が良いことから、本発明の界面活性剤は、乳化性能などの向上が期待される。さらに、本発明の界面活性剤は、親水基のカルボキシル基を中和することで水溶性がさらに向上し、各種用途に利用する際の操作性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1で、グリセリン酸カルシウム塩と塩化ステアロイルの反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=3/1)である。
【図2】実施例2で、グリセリン酸と塩化ステアロイルの反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=4/1)である。
【図3】実施例4で、グリセリン酸と塩化ラウロイル(C12)、塩化ミリストイル(C14)、塩化パルミトイル(C16)、及び塩化ステアロイル(C18)の反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=2/1)である。
【図4】実施例5で、グリセリン酸と塩化パルミトイルとの反応から得られた反応混合物からモノパルミトイルグリセリン酸を単離した結果を示すTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=4/1)である。
【図5】実施例6で、グリセリン酸と塩化パルミトイルとの反応から得られた化合物(C16GA)の1H NMRスペクトルである。
【図6】実施例7で、グリセリン酸と塩化ミリストイルとの反応から得られた化合物(C14GA)の1H NMRスペクトルである。
【図7】実施例8で、モノミリストイルグリセリン酸(C14GA)を2位エステル(フラクションA)と3位エステル(フラクションB)に分離した結果を示すTLCチャートである。
【図8】実施例9で測定した、各モノアシルグリセリン酸の表面張力−濃度プロットである。
【図9】実施例10で測定した、2−O−ミリストイルグリセリン酸(2-O-C14GA)及び2−O−エステル、3−O−エステル混合物(C14GA混合物)の表面張力−濃度プロットである。
【図10】実施例11で行ったモノアシルグリセリン酸の中和滴定結果である。
【図11】実施例12で測定した、各モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の表面張力−濃度プロットである。
【図12】モノパルミトイルグリセリン酸(C16GA)とそのナトリウム塩(C16GA-Na)の表面張力−濃度プロットである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明を実施するための形態について、詳述する。
【0013】
「モノアシルグリセリン酸」
本発明の界面活性剤は、少なくとも2−O−アシルグリセリン酸を含む、モノアシルグリセリン酸からなるものである。
モノアシルグリセリン酸は、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2つのヒドロキシ基のうちの1つがエステル化されたモノ脂肪酸エステルであり、具体的には、下記化学式(1)と(3)の2種類の化学構造の化合物が存在する。
【化3】
(ただし、Rは直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
本発明で提供する新規界面活性剤は(1)式で示される構造の化合物(2−O−アシルグリセリン酸)を少なくとも含むものである。これを単独で用いることが好ましいが、(3)が一定の比率で混在した混合物として用いても、優れた界面活性を発揮することが可能である。具体的には、(1)の比率が30%以上であることが好ましく、50%であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。
少なくとも2−O−アシルグリセリン酸を含む、モノアシルグリセリン酸は、例えば、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸またはそのカルボン酸塩と脂肪酸誘導体とのエステル化反応によって簡便に合成することが出来る。また、2,3−O−ジアシルプロピオン酸の脂肪酸エステルの3位のエステルを選択的に加水分解する方法でも得ることが出来る。さらに、先述の非特許文献11に示される方法を参考にすれば、2−O−モノ脂肪酸グリセリドの1級水酸基を選択的に酸化する方法でも得ることが理論上可能である。
脂肪族アシル基(R-)の炭素数は、製造の際に用いた脂肪酸誘導体の炭素数がそのまま反映される。界面活性剤の疎水基として機能するには、炭素数が2〜30の範囲であることが望ましく、3〜24の範囲であることがより望ましく、6〜20の範囲であることがより望ましい。炭化水素鎖中には、不飽和二重結合が入っていても入っていなくても良い。
【0014】
「2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)」
本発明のモノアシルグリセリン酸を製造する際に用いるグリセリン酸は、上述の化学式(2)に記載の構造の化合物であり、本発明においては、D−体、L−体のどちらを用いてもよく、任意の比率の混合物、ラセミ体でも良い。化学合成法によって製造されたものでも、微生物、酵素などを利用したバイオプロセスから得られたものでもよく、その由来は問わず利用することができる。また、グリセリン酸のカルボキシル基が遊離のカルボン酸(−COOH)の形でも、金属塩(−COOM)の形でも良い。
【0015】
「脂肪酸誘導体」
本発明において、グリセリン酸のモノアシル化に用いる脂肪酸は、遊離のカルボン酸の形態でも水酸基とのエステル結合の形成が可能であるが、さらに水酸基との反応性の高い脂肪酸誘導体の形態で用いる方が望ましい。例えば、脂肪酸クロリドなどの脂肪酸ハロゲン化物、脂肪酸エステルなどが挙げられる。これらとグリセリン酸を脱水条件下で混ぜるだけでも良いが、酸、塩基触媒、酵素などを用いることで、より反応効率が向上する。脂肪酸の炭化水素鎖は界面活性剤の疎水基として作用するため、一定の炭素数があると機能が向上する。炭素数は、2〜30の範囲であることが望ましく、3〜24の範囲であることがより望ましく、6〜20の範囲であることがより望ましい。また、炭化水素鎖中には、不飽和二重結合が入っていても入っていなくても良い。
【0016】
「モノアシルグリセリン酸の合成」
(1)2,3−ジヒドロキシプロピオン酸と脂肪酸ハロゲン化物の反応
2,3−ジヒドロキシプロピオン酸と脂肪酸誘導体との反応によりモノアシルグリセリン酸を合成する方法について、以下に具体的に説明する。
非アルコール系の有機溶媒(例えばアセトン、N,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)など)中で、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸を溶解または分散させ、塩基(例えばトリエチルアミン、ピリジンなど)存在下で当量以下の脂肪酸ハロゲン化物(例えば、クロリド、ブロミド)をゆっくりと添加し、1時間程度撹拌する。
この反応においては、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸の2位水酸基と3位水酸基の両方がエステル化される可能性がある。反応温度に関係なく、短時間の反応で簡便にエステル体が得られるが、例えば氷水浴中で緩やかに反応を進めることで、熱力学的に安定な2位水酸基がエステル化された上述(1)式の化合物がより優先的に得られる。
反応終了後、希塩酸を加えて反応を停止し、溶媒に対して5倍量以上の酢酸エチルと水を加え分液操作を行い、有機相を回収する。有機相はエバポレーター等で溶媒除去し、少量のクロロホルムに溶解させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いる既知の分離方法で生成物の成分を分離する。生成物が分離されたことは薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認する。
【0017】
(2)2,3−O−ジアシルグリセリン酸の加水分解反応
次に、2,3−O−ジアシルグリセリン酸の加水分解により、モノアシルグリセリン酸を合成する方法について、以下に具体的に説明する。
非特許文献9に記載の方法により合成した2,3−O−ジアシルグリセリン酸と固定化リパーゼを含水有機溶媒(例えばアセトン、メタノール、エタノールなど)中、40〜60℃で、1〜数日間撹拌する。この時、1,3位選択性の固定化リパーゼ(例えばリゾプス(Rhizopus)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ムコール(Mucor)属の微生物由来のリパーゼ、すい臓リパーゼ等)を用いることで、選択的に3位脂肪酸エステルのみが加水分解されて目的の(1)式の化合物が優先的に得られる。
反応終了後、リパーゼをろ別し、溶媒に対して5倍量以上の酢酸エチルと水、希塩酸を加え分液操作を行い、有機相を回収する。有機相はエバポレーター等で溶媒除去し、少量のクロロホルムに溶解させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いる既知の分離方法で生成物の成分を分離する。生成物が分離されたことは薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認する。
【0018】
「モノアシルグリセリン酸の構造決定」
上述の方法により得られた2−O−アシルグリセリン酸の構造は、1H NMR測定によって決定する。脂肪酸鎖が導入されると、脂肪族アルキル基の炭化水素鎖由来のプロトンピークが大きく現れるが、脂肪酸の末端メチル基由来のピーク(-CH3、0.9ppm付近)やカルボニル炭素の隣の位置のプロトンのピーク(-CH2C=O、2.1〜2.4ppm)とグリセリン酸由来のプロトンとの積分値の比較を行うことで、脂肪酸の導入本数が確認できる。また、グリセリン酸の2位、3位のプロトン由来のピークはそれぞれ4.5、4.0ppm付近に現れるが、水酸基がエステル化されると、これらのピークは低磁場側にシフトするため、シフトしたピークを確認することで2位、3位どちらの水酸基がエステル化されたか確認できる。
本発明の2−O−アシル体の場合は、4.5ppm付近のグリセリン酸2位のプロトン由来のピークが5.2ppm付近にシフトし、3−O−アシル体では、4.0ppm付近のグリセリン酸3位のプロトン由来のピークが4.4〜4.5ppm付近にシフトするため、これらを確認することで、生成したモノアシル体を同定することができる。
これらの方法により生成したモノアシルグリセリン酸に3−O−アシル体が含まれている場合、2−O−アシル体と3−O−アシル体は、必要に応じ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどの一般的な分離精製方法を利用することにより、分離することができる。
【0019】
「アシルグリセリン酸塩の調製」
生成したモノアシルグリセリン酸のカルボキシル基を、水酸化物などのアルカリ(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物や、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物、水酸化マンガン、水酸化鉄、水酸化亜鉛などの遷移金属の水酸化物など)で中和することで、アシルグリセリン酸塩を調製することが出来る。調製した塩は遊離のカルボキシル基の状態と比べて水溶性が増加し、水溶液は中性付近となるため、より操作性が向上する。
【0020】
「モノアシルグリセリン酸及びその塩の界面活性の評価」
得られたモノアシルグリセリン酸及びその塩の界面活性の評価は、その最も基本的な手段として、界面活性剤の基礎物性である表面張力低下能を測定することにより、行う。液体の表面張力測定については、Wilhelmy法(プレート法)、懸滴法(ペンダント・ドロップ法)、毛管上昇法などがあり、各濃度の水溶液を調製して、それぞれ測定器を用いて表面張力を測り、溶液濃度と表面張力値をプロットすれば臨界ミセル濃度(CMC)などの各種界面物性値を算出することができる。
【0021】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0022】
本発明で出発物として用いる2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)(以下、GAと省略することがある)については特に限定されるものではないが、以下の実施例においては、特に記載が無ければ、Gluconobacter frateurii NBRC103465株を培養する微生物プロセス(Appl. Environ. Microbiol. 2009, 75, 7760-7766.)により、グリセリンを原料として製造したグリセリン酸(D-体、光学純度73%ee)またはそのカルシウム塩を出発物として用いた。
【0023】
実施例1
(グリセリン酸カルシウム塩とステアリン酸クロリドの反応)
グリセリン酸カルシウム(1.5g、GA 6mmol)をDMF40mlに分散させ、60℃で撹拌しながらトリエチルアミン(4ml、30mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(DMAP、20mg、0.6mmol)を加え、続いて塩化ステアロイル(C18、1.7g、5.6mmol)をゆっくりと加えた。1時間撹拌を行い、室温まで放冷した後、7%塩酸20ml、酢酸エチル120ml、水100mlを加えて分液操作を行った。酢酸エチル相を回収し、飽和食塩水で洗浄、硫酸マグネシウムで乾燥した後、エバポレーターで溶媒を除去することで白色結晶2.3gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体以外に、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物が混在していることが確認された(図1)。
【0024】
実施例2
(グリセリン酸とステアリン酸クロリドの反応1)
グリセリン酸カルシウムの代わりに遊離のグリセリン酸(0.64g、6mmol)を出発物とし、実施例1と同様の操作で白色結晶2.1gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された(図2)。
【0025】
実施例3
(グリセリン酸とステアリン酸クロリドの反応2)
反応溶媒をDMFからアセトンに変えて実施例2と同様の反応を行った。反応終了後、一旦エバポレーターで溶媒除去・濃縮した後、続けて実施例2と同様の分液操作を行い、白色結晶1.8gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された。
【0026】
実施例4
(グリセリン酸とC12〜C16脂肪酸クロリドの反応)
塩化ラウロイル(C12、1.2g)、塩化ミリストイル(C14、1.4g)、塩化パルミトイル(C16、1.6g)各5.5mmol前後を反応物として用い、以下実施例3と同様の操作で反応を行った。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された(図3)。
【0027】
実施例5
(モノアシルグリセリン酸の分離精製)
実施例4で、グリセリン酸(GA)と塩化パルミトイル(C16)との反応から得られた反応混合物について、クロロホルム/アセトン混合溶媒(濃度勾配100:0→0:100)を溶離液とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーによってモノアシル体と推測される生成物を単離した(回収率30%)(図4)。C12、C14、C18の各脂肪酸エステルについても、同様の操作で単離した。
【0028】
実施例6
(モノパルミトイルグリセリン酸の構造確認)
実施例5で単離された化合物について、重クロロホルム(CDCl3)を溶媒とするNMR解析により構造の同定を行った。1H、13C、1H-1H COSY、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)の各NMRスペクトルを解析することで、構造を完全帰属した。GAと塩化パルミトイルとの反応から得られた化合物の1H NMRスペクトルを図5に示す。高磁場側(0.8〜2.5ppm)に脂肪族アシル基由来のピークが確認され、末端メチル基(-CH3、0.88ppm)、パルミチン酸のカルボキシル基隣のプロトン(-CH2CO-、2.45ppm)、GAの3位プロトン(4.04ppm)、2位プロトン(5.19ppm)由来のピークの積分比がおよそ3:2:2:1であったことから、本化合物はGAにパルミチン酸が1本エステル結合した化合物であることが確認された。また、GAの2位プロトン由来のピークが本来の位置(4.47ppm)から低磁場側(5.19ppm)にシフトしており、本化合物の主成分は2−O−パルミトイル−グリセリン酸(化学式4)であると決定した。
【0029】
【化4】
【0030】
実施例7
(モノアシルグリセリン酸の構造確認)
実施例6と同様の方法で、実施例5で単離されたC12、C14、C18の各GA脂肪酸エステルについても構造確認を行った。例として、C14GAエステル(GAと塩化ミリストイルとの反応から得られた化合物)の1H NMRスペクトルを図6に示す。上記パルミトイル化合物とは異なり、C14GAエステルは、図中に示す通り2位エステルと3位エステルの混合物として回収されていることが確認された。その比率は図中のcとc’のピーク比から2−O−ミリストイル:3−O−ミリストイル=34:66であることが分かった。同様に、C12GAエステル、C18GAエステルについても、各モノアシルGAの組成比を算出した(C12; 73:27、C18; 36:64)。
【0031】
実施例8
(2−O−アシルグリセリン酸と3−O−アシルグリセリン酸の分離)
2位エステルと3位エステルの混合物は、TLC上ではほとんど差が無い1つのスポット(モノアシルグリセリン酸)として検出されるが、クロロホルム/アセトン混合溶媒(濃度勾配100:0→0:100)を溶離液とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーによってさらに2成分に分離することが出来る。例としてC14GAエステルの分離結果を示すが(図7)、細かく成分を分画したところ、溶離した前半のフラクションAが2−O−ミリストイル−グリセリン酸、後半のフラクションBが3−O−ミリストイル−グリセリン酸であることが1H NMR測定により確認された。なお、同様の操作によって、C12〜C18のアシルグリセリン酸は、全て2位エステルと3位エステルに分離することが出来た。
以上の結果より、本発明の2−O−アシルグリセリン酸を複数回のカラムクロマトグラフィーによって容易に単離することができた。また、本発明の2位エステルは、既知の3位エステルよりも低極性(親油性)であり、油との相性に優れると予想される。
【0032】
実施例9
(モノアシルグリセリン酸の界面活性)
上記に従って合成した全てのモノアシルグリセリン酸について、各濃度の水溶液を調製した後、KRUSS K100 自動表面張力計を用い、Wilhelmy Plate法によって表面張力測定を行った。各濃度に対する表面張力の対数曲線を作成し、屈曲点における濃度を臨界ミセル濃度(CMC)、その時の表面張力を(γCMC)として算出した。結果を図8と表1にまとめる。
【0033】
【表1】
【0034】
各モノアシルグリセリン酸は、CMCが10-4 M、あるいはそれ以下の極めて低濃度で、表面張力を30mN/m付近まで低下することができる、非常に優れた界面活性剤であることが分かった。なお、C18GAエステルは水溶性に乏しく、正確なCMCなどを求めることはできなかったが、10-6 M以下の極めて低濃度で界面活性を示すことから、油系でより効果的な界面活性剤として利用できると考えられる。
【0035】
比較例1
(脂肪酸モノグリセリドの界面活性)
文献に記載の脂肪酸モノグリセリドの界面活性(J. Piao et al., Colloids and Surfaces, A277, 15-19 (2006).)を表2にまとめる。
【0036】
【表2】
【0037】
脂肪酸モノグリセリドは、親油性界面活性剤、W/O型乳化剤として、食品用途での利用が認められている代表的な界面活性剤である。本発明のGA系界面活性剤は、同鎖長の脂肪酸モノグリセリドと比べてCMCが10倍程度高く、一方で表面張力を大きく(7〜18)低下させることが分かった。すなわち、本発明のモノアシルグリセリン酸は、脂肪酸モノグリセリドと比べて水溶性が向上し、かつ表面張力低下能が著しく向上したことが示された。
【0038】
実施例10
(モノアシルグリセリン酸の位置異性体の界面活性)
実施例7で得られたモノミリストイルグリセリン酸(2−O−エステルと3−O−エステル体の混合物、34:66)及び実施例8で分離した2−O−ミリストイルグリセリン酸の界面活性を比較した(図9)。結果を表3にまとめる。
【0039】
【表3】
【0040】
高純度の2−O−エステルと混合物では、表面張力低下能に少しの違いが見られた。混合物の方が低濃度領域での表面張力低下能に優れるが、CMC以上の濃度でも表面張力値が低下し続けるなど、水溶液の物性がやや不安定であると考えられる。これは、一般的な合成界面活性剤にも見られるように、混合物の存在が気−液界面での分子配向を不安定にさせているものと予想される。一方、高純度品では、水溶性が向上しているほか、CMC以上の濃度で表面張力値が一定であり、水溶液の安定性が優れるなど、操作性の向上が見込まれる。両者とも、優れた界面活性は維持されており、高純度品と混合物の両方を、使用条件によって使い分けることが可能である。
【0041】
実施例11
(モノアシルグリセリン酸の中和)
モノアシルグリセリン酸水溶液を水酸化ナトリウム水溶液で中和することで、ナトリウム塩を調製した。1mMのC12GAエステル水溶液10mLを調製し、撹拌しながら1mM水酸化ナトリウム水溶液をビュレットで滴下し、pH測定器でNaOH滴下量に対するpH変化を追跡した。C14GA、C16GAについても同様にして、pH変化を追跡した(図10)。
初発pHより算出したpKaはそれぞれC12GA:4.2、C14GA:5.1、C16GA:5.9、中和点でのpHはおよそ7であった。中和点の水溶液を凍結乾燥することで、モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩を得た。
【0042】
実施例12
(モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の界面活性)
実施例11で調製したモノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の水溶液についても、実施例9と同様の方法で界面活性を評価した(図11)。
測定の結果、C12GAナトリウム塩:CMC=9.0 x10-5(M)、γCMC=28.5(mN/m)、C16GAナトリウム塩:CMC=5.0 x10-5(M)、γCMC=27.7(mN/m)となり、表面張力低下能の向上が見られた。特に、C16GAの遊離カルボン酸型とナトリウム塩型との比較から分かるように(図12)、鎖長の長いモノアシルグリセリン酸ほど、カルボキシル基の中和によって水溶性や表面張力低下能が顕著に向上した。
【0043】
比較例2
(汎用アニオン性界面活性剤の界面活性)
文献に記載の汎用アニオン性界面活性剤の界面活性(W. Zwierzykowski et al., Colloids and Surfaces, 160, 183-188 (1999). B. D. Flockert et al., J. Colloid Sci., 428 (1953). N. J. Turro, P.-L.Kuo et al., J. Phys. Chem., 90, 288 (1986).)を表4にまとめる。
【0044】
【表4】
【0045】
モノアシルグリセリン酸及びそのナトリウム塩は、同鎖長の脂肪酸ナトリウム(石ケン)や、最も広く用いられているLAS、SDSなどと比較して、CMCが低く、また表面張力を大幅に低下できることが確認できた。すなわち、本発明から得られるGA系界面活性剤は、汎用のアニオン性界面活性剤と比べて、ごく低濃度で優れた界面活性を示すことが確認された。
【0046】
実施例13
(2−O−モノアシルグリセリン酸の効率的生産)
反応条件を適宜設定することで、さらに2−O−エステルの高効率な生産条件を検討した。反応温度を、0℃(氷水浴)、室温(25℃)、60℃にそれぞれ設定して、グリセリン酸0.5g(約5mmol)に対して塩化ラウロイル0.51g(約2.5mmol)(脂肪酸に対してGAが2倍量の過剰条件)をゆっくりと添加し、以下実施例3と同様の操作で反応を行った。分液操作によって回収した生成物を、未精製のまま1H NMR測定を行い、実施例7と同様の方法で、2−O−エステルと3−O−エステル、及びジエステルの成分比を算出した。結果を表5にまとめる。
【0047】
【表5】
【0048】
グリセリン酸過剰の条件では、いずれの場合でも2−O−エステルが主成分として生産されたが、室温以上ではジエステルの生成量が増加するのに対して、低温ではそれが抑えられ、2−O−エステルの成分比が増加した。以上の結果より、過剰のGA存在下で脂肪酸クロリドをゆっくりと添加し、反応を緩やかに行うことで2−O−モノアシルグリセリン酸を効率良く合成できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明から得られる界面活性剤は、一般的な工業用途から食品、医薬、化粧品分野等での利用も期待できる新しい界面活性剤となり得る。
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品、医薬、化粧品分野等での幅広い利用を可能とする新規界面活性剤及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤はあらゆる産業で利用されるキーマテリアルであるが、洗剤をはじめとする多くの用途では、使用後そのまま環境中に排出されることから、環境や生体に対する適合性に優れ、影響の少ない素材開発が常に求められている。特に、高い安全性が求められる食品分野においては、以前から使用実績のあるレシチンやサポニン、胆汁酸、植物抽出物などの天然の食品用乳化剤以外で、現在国内で食品添加物として認可されている合成界面活性剤(乳化剤)は、グリセリン脂肪酸エステル(グリセリン酢酸脂肪酸エステル、グリセリン乳酸エステル、グリセリンクエン酸エステル、グリセリンコハク酸エステル、グリセリンジアセチル酒石酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレン酸エステル、グリセリン酢酸エステルなどを含む)、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルなど、一部の素材に限られている。
これらはいずれも多価アルコールと脂肪酸とのエステルであり、使用される多価アルコール(親水性化合物)の種類は、グリセリン、ポリグリセリン、ソルビタン、ショ糖、プロピレングリコールのみである。そのため、分子構造のバラエティに制約があり、求められる機能を満たす素材が不足しているのが現状である。
【0003】
このような背景の下、食品分野への適用も想定される新たな親水性化合物として「2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)」が期待されている。2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)はグリセリンの1級水酸基の1つが酸化されることで得られるヒドロキシカルボン酸の一種であり、1個のカルボキシル基と2個の水酸基を有する(化学式2)。2位の炭素が不斉炭素であることから、D−体、L−体の光学異性体が存在する。
【化2】
天然に存在するものはD−体であり、トマトの果実、ピーナツ、ソラマメ、アーティチョーク(ちょうせんあざみ)、バナナの葉などから検出される(非特許文献1,2)。D−グリセリン酸は、利尿作用(非特許文献2)や肝疾患治療効果(非特許文献3)、生体内でのアルコール代謝促進作用(非特許文献4)など各種生物活性が報告されており、海外では食品成分としての利用が認可されている。また、化粧品分野では、グリコール酸に近い性能が期待されている。
【0004】
グリセリン酸のエステル誘導体に関する研究は、グリセリン酸のカルボキシル基に長鎖アルコールを導入したアルキルグリセレート系界面活性剤の報告が数例あり、特異な自己集合挙動を示すことが報告されている(特許文献1〜3、非特許文献5〜7)。一方、グリセリン酸の水酸基に脂肪酸鎖が導入されたタイプの化合物については、2個ある水酸基の両方に脂肪酸が導入された化合物として、カビの生産物中から抽出されたジアシルグリセリン酸がトリプシン阻害活性を示すという報告(非特許文献8、9)と、これを4級アンモニウム塩に変換した柔軟剤に関する報告(特許文献4,5)がある。また、1級水酸基のみに1分子、脂肪酸が導入された3−O−アシルグリセリン酸に関する報告もある(特許文献6、非特許文献10,11)が、構造種の種類や、界面機能に関するデータが大きく不足している。既存の技術だけでは、界面活性剤としてグリセリン酸誘導体を積極的に利用することは現状では極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5-247488
【特許文献2】特表2005-538151
【特許文献3】特開2010-209072
【特許文献4】米国特許5456846
【特許文献5】米国特許5500139
【特許文献6】米国特許4048202
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Duke J.A.; “Handbook of Phytochemical constituents of GRAS Herbs and Other Economic Plants,” CRC Press LLC, 2001.
【非特許文献2】Morrison R.I., Dekock P.C.; Glyceric acid in broad bean (Vicia faba L.), Nature, 184, 819, 1959.
【非特許文献3】Handa S.S., Sharma A., Chakraborti K.K.; Natural products and plants as liver protecting drugs, Fitoterapia, 57, 307-351, 1986.
【非特許文献4】Eriksson C.J.P., Saarenmaa T.P.S., Bykov I.L., Heino P.U.; Acceleration of ethanol and acetaldehyde oxidation by D-glycerate in rats, Metabolism, 56, 895-898, 2007.
【非特許文献5】Boyd B. J., Whittaker D. V., Khoo, S.-M., Davey G.; Lyotropic liquid crystalline phase formed from glycerate surfactants as sustained release drug delivery systems, Int. J. Pharmaceut., 309, 218-226, 2006.
【非特許文献6】Boyd B. J., Whittaker D. V., Khoo, S.-M., Davey G.; Hexosomes formed from glycerate surfactants - Formulation as a colloidal carrier for irinotecan, Int. J. Pharmaceut., 318, 154-162, 2006.
【非特許文献7】C. Fong, D. Wells, I. Krodkiewska, J. Booth, P.G. Hartley, “Synthesis and mesophases of glycerate surfactants”, J. Phys. Chem. B, 111, No.6, 2007, pp.1384-1392.
【非特許文献8】B. Proksa, et al., “OR-1 - a mixture of esters of glyceric acid produced by Penicillium funiculosum and its antitrypsin activity”, Folia Microbiol. 46, No.1, 2001, pp.21-23.
【非特許文献9】H. Habe, T. Fukuoka, S. Satou, D. Kitamoto, K. Sakaki, ”Synthesis and evaluation of dioleoyl glyceric acids showing antitrypsin activity”, J. Oleo Sci. in press.
【非特許文献10】Yoosoo, Shin; Ogyu, Lee; Chungberm, Park; Hakju, Lee; Bongjae, Choi; Inhye, Ham; Hoyoung, Choi; Naksul, Seong; Sunwoo, Cha; “Two new components from the roots of Angelicae koreana KITAGAWA”, Chemistry of Natural Compounds; vol. 43; 6; (2007); p. 652 - 654.
【非特許文献11】S. M. Ahn, H. J. Lee, S. W. Kim, JH. Lee, P.-S. Chang, “Physicochemical properties of selectively oxidized 1-monolaurin from 2,2,6,6-tetramethyl-1-piperidinyl oxoammonium ion/sodium hypochlorite-mediated reaction”, J. Agric. Food Chem., 57(7), 2920-2924 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、食品分野への適用が期待される2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)を、親水基を提供する化合物として利用した、新しい分子構造・機能を有する新規界面活性剤を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2位の水酸基に疎水基として脂肪酸を1分子エステル結合させた化合物、すなわち、2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を合成し、当該化合物がきわめて良好な界面活性作用を有することを見出し、本発明を完成した。本出願は、当該化合物を含むグリセリン酸のモノ脂肪酸エステルからなる新規な界面活性剤を提供するものである。
【0009】
本出願は、具体的には、以下の発明を提供する。
〈1〉 少なくとも2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を含む、モノアシル化された2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(モノアシルグリセリン酸)からなる、アニオン性界面活性剤。
〈2〉 2−O−アシルグリセリン酸に、3−O−アシルグリセリン酸が含まれた混合物からなることを特徴とする、〈1〉に記載のアニオン性界面活性剤。
〈3〉 2−O−アシルグリセリン酸からなることを特徴とする、〈1〉に記載のアニオン性界面活性剤。
〈4〉 2−O−アシルグリセリン酸が、下記化学式(1)で表されることを特徴とする、〈1〉〜〈3〉に記載のアニオン性界面活性剤。
【化1】
(ただし、Rは炭素数3〜24の直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
〈5〉 2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)と脂肪酸誘導体との反応を行うことを特徴とする、〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈6〉 脂肪酸誘導体が脂肪酸クロリドであることを特徴とする、〈5〉に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈7〉 2,3−O−ジアシルグリセリン酸の3位脂肪酸エステルのみを選択的に加水分解することを特徴とする、〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
〈8〉 〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤の遊離カルボキシル基が金属塩となっていることを特徴とする、アニオン性界面活性剤。
〈9〉 〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤を中和して、カルボキシル基を金属塩にすることを特徴とする、〈8〉に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の界面活性剤は、最も広く利用されている食品用乳化剤であるグリセリン脂肪酸エステルと比べて、類似構造であるにもかかわらず、界面活性(表面張力低下能)に優れるだけでなく、親水基としてカルボキシル基を有するため水溶性にも優れる。本発明の界面活性剤に含まれる2−O−アシルグリセリン酸は、また、既知物質として報告のあるグリセリン酸の3位水酸基に脂肪酸が導入された異性体(3−O−アシルグリセリン酸)と比較して、極性が低く、油系物質との相性が良いことから、本発明の界面活性剤は、乳化性能などの向上が期待される。さらに、本発明の界面活性剤は、親水基のカルボキシル基を中和することで水溶性がさらに向上し、各種用途に利用する際の操作性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1で、グリセリン酸カルシウム塩と塩化ステアロイルの反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=3/1)である。
【図2】実施例2で、グリセリン酸と塩化ステアロイルの反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=4/1)である。
【図3】実施例4で、グリセリン酸と塩化ラウロイル(C12)、塩化ミリストイル(C14)、塩化パルミトイル(C16)、及び塩化ステアロイル(C18)の反応から得られた反応混合物のTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=2/1)である。
【図4】実施例5で、グリセリン酸と塩化パルミトイルとの反応から得られた反応混合物からモノパルミトイルグリセリン酸を単離した結果を示すTLCチャート(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=4/1)である。
【図5】実施例6で、グリセリン酸と塩化パルミトイルとの反応から得られた化合物(C16GA)の1H NMRスペクトルである。
【図6】実施例7で、グリセリン酸と塩化ミリストイルとの反応から得られた化合物(C14GA)の1H NMRスペクトルである。
【図7】実施例8で、モノミリストイルグリセリン酸(C14GA)を2位エステル(フラクションA)と3位エステル(フラクションB)に分離した結果を示すTLCチャートである。
【図8】実施例9で測定した、各モノアシルグリセリン酸の表面張力−濃度プロットである。
【図9】実施例10で測定した、2−O−ミリストイルグリセリン酸(2-O-C14GA)及び2−O−エステル、3−O−エステル混合物(C14GA混合物)の表面張力−濃度プロットである。
【図10】実施例11で行ったモノアシルグリセリン酸の中和滴定結果である。
【図11】実施例12で測定した、各モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の表面張力−濃度プロットである。
【図12】モノパルミトイルグリセリン酸(C16GA)とそのナトリウム塩(C16GA-Na)の表面張力−濃度プロットである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明を実施するための形態について、詳述する。
【0013】
「モノアシルグリセリン酸」
本発明の界面活性剤は、少なくとも2−O−アシルグリセリン酸を含む、モノアシルグリセリン酸からなるものである。
モノアシルグリセリン酸は、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)の2つのヒドロキシ基のうちの1つがエステル化されたモノ脂肪酸エステルであり、具体的には、下記化学式(1)と(3)の2種類の化学構造の化合物が存在する。
【化3】
(ただし、Rは直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
本発明で提供する新規界面活性剤は(1)式で示される構造の化合物(2−O−アシルグリセリン酸)を少なくとも含むものである。これを単独で用いることが好ましいが、(3)が一定の比率で混在した混合物として用いても、優れた界面活性を発揮することが可能である。具体的には、(1)の比率が30%以上であることが好ましく、50%であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。
少なくとも2−O−アシルグリセリン酸を含む、モノアシルグリセリン酸は、例えば、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸またはそのカルボン酸塩と脂肪酸誘導体とのエステル化反応によって簡便に合成することが出来る。また、2,3−O−ジアシルプロピオン酸の脂肪酸エステルの3位のエステルを選択的に加水分解する方法でも得ることが出来る。さらに、先述の非特許文献11に示される方法を参考にすれば、2−O−モノ脂肪酸グリセリドの1級水酸基を選択的に酸化する方法でも得ることが理論上可能である。
脂肪族アシル基(R-)の炭素数は、製造の際に用いた脂肪酸誘導体の炭素数がそのまま反映される。界面活性剤の疎水基として機能するには、炭素数が2〜30の範囲であることが望ましく、3〜24の範囲であることがより望ましく、6〜20の範囲であることがより望ましい。炭化水素鎖中には、不飽和二重結合が入っていても入っていなくても良い。
【0014】
「2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)」
本発明のモノアシルグリセリン酸を製造する際に用いるグリセリン酸は、上述の化学式(2)に記載の構造の化合物であり、本発明においては、D−体、L−体のどちらを用いてもよく、任意の比率の混合物、ラセミ体でも良い。化学合成法によって製造されたものでも、微生物、酵素などを利用したバイオプロセスから得られたものでもよく、その由来は問わず利用することができる。また、グリセリン酸のカルボキシル基が遊離のカルボン酸(−COOH)の形でも、金属塩(−COOM)の形でも良い。
【0015】
「脂肪酸誘導体」
本発明において、グリセリン酸のモノアシル化に用いる脂肪酸は、遊離のカルボン酸の形態でも水酸基とのエステル結合の形成が可能であるが、さらに水酸基との反応性の高い脂肪酸誘導体の形態で用いる方が望ましい。例えば、脂肪酸クロリドなどの脂肪酸ハロゲン化物、脂肪酸エステルなどが挙げられる。これらとグリセリン酸を脱水条件下で混ぜるだけでも良いが、酸、塩基触媒、酵素などを用いることで、より反応効率が向上する。脂肪酸の炭化水素鎖は界面活性剤の疎水基として作用するため、一定の炭素数があると機能が向上する。炭素数は、2〜30の範囲であることが望ましく、3〜24の範囲であることがより望ましく、6〜20の範囲であることがより望ましい。また、炭化水素鎖中には、不飽和二重結合が入っていても入っていなくても良い。
【0016】
「モノアシルグリセリン酸の合成」
(1)2,3−ジヒドロキシプロピオン酸と脂肪酸ハロゲン化物の反応
2,3−ジヒドロキシプロピオン酸と脂肪酸誘導体との反応によりモノアシルグリセリン酸を合成する方法について、以下に具体的に説明する。
非アルコール系の有機溶媒(例えばアセトン、N,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)など)中で、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸を溶解または分散させ、塩基(例えばトリエチルアミン、ピリジンなど)存在下で当量以下の脂肪酸ハロゲン化物(例えば、クロリド、ブロミド)をゆっくりと添加し、1時間程度撹拌する。
この反応においては、2,3−ジヒドロキシプロピオン酸の2位水酸基と3位水酸基の両方がエステル化される可能性がある。反応温度に関係なく、短時間の反応で簡便にエステル体が得られるが、例えば氷水浴中で緩やかに反応を進めることで、熱力学的に安定な2位水酸基がエステル化された上述(1)式の化合物がより優先的に得られる。
反応終了後、希塩酸を加えて反応を停止し、溶媒に対して5倍量以上の酢酸エチルと水を加え分液操作を行い、有機相を回収する。有機相はエバポレーター等で溶媒除去し、少量のクロロホルムに溶解させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いる既知の分離方法で生成物の成分を分離する。生成物が分離されたことは薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認する。
【0017】
(2)2,3−O−ジアシルグリセリン酸の加水分解反応
次に、2,3−O−ジアシルグリセリン酸の加水分解により、モノアシルグリセリン酸を合成する方法について、以下に具体的に説明する。
非特許文献9に記載の方法により合成した2,3−O−ジアシルグリセリン酸と固定化リパーゼを含水有機溶媒(例えばアセトン、メタノール、エタノールなど)中、40〜60℃で、1〜数日間撹拌する。この時、1,3位選択性の固定化リパーゼ(例えばリゾプス(Rhizopus)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ムコール(Mucor)属の微生物由来のリパーゼ、すい臓リパーゼ等)を用いることで、選択的に3位脂肪酸エステルのみが加水分解されて目的の(1)式の化合物が優先的に得られる。
反応終了後、リパーゼをろ別し、溶媒に対して5倍量以上の酢酸エチルと水、希塩酸を加え分液操作を行い、有機相を回収する。有機相はエバポレーター等で溶媒除去し、少量のクロロホルムに溶解させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いる既知の分離方法で生成物の成分を分離する。生成物が分離されたことは薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認する。
【0018】
「モノアシルグリセリン酸の構造決定」
上述の方法により得られた2−O−アシルグリセリン酸の構造は、1H NMR測定によって決定する。脂肪酸鎖が導入されると、脂肪族アルキル基の炭化水素鎖由来のプロトンピークが大きく現れるが、脂肪酸の末端メチル基由来のピーク(-CH3、0.9ppm付近)やカルボニル炭素の隣の位置のプロトンのピーク(-CH2C=O、2.1〜2.4ppm)とグリセリン酸由来のプロトンとの積分値の比較を行うことで、脂肪酸の導入本数が確認できる。また、グリセリン酸の2位、3位のプロトン由来のピークはそれぞれ4.5、4.0ppm付近に現れるが、水酸基がエステル化されると、これらのピークは低磁場側にシフトするため、シフトしたピークを確認することで2位、3位どちらの水酸基がエステル化されたか確認できる。
本発明の2−O−アシル体の場合は、4.5ppm付近のグリセリン酸2位のプロトン由来のピークが5.2ppm付近にシフトし、3−O−アシル体では、4.0ppm付近のグリセリン酸3位のプロトン由来のピークが4.4〜4.5ppm付近にシフトするため、これらを確認することで、生成したモノアシル体を同定することができる。
これらの方法により生成したモノアシルグリセリン酸に3−O−アシル体が含まれている場合、2−O−アシル体と3−O−アシル体は、必要に応じ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどの一般的な分離精製方法を利用することにより、分離することができる。
【0019】
「アシルグリセリン酸塩の調製」
生成したモノアシルグリセリン酸のカルボキシル基を、水酸化物などのアルカリ(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物や、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物、水酸化マンガン、水酸化鉄、水酸化亜鉛などの遷移金属の水酸化物など)で中和することで、アシルグリセリン酸塩を調製することが出来る。調製した塩は遊離のカルボキシル基の状態と比べて水溶性が増加し、水溶液は中性付近となるため、より操作性が向上する。
【0020】
「モノアシルグリセリン酸及びその塩の界面活性の評価」
得られたモノアシルグリセリン酸及びその塩の界面活性の評価は、その最も基本的な手段として、界面活性剤の基礎物性である表面張力低下能を測定することにより、行う。液体の表面張力測定については、Wilhelmy法(プレート法)、懸滴法(ペンダント・ドロップ法)、毛管上昇法などがあり、各濃度の水溶液を調製して、それぞれ測定器を用いて表面張力を測り、溶液濃度と表面張力値をプロットすれば臨界ミセル濃度(CMC)などの各種界面物性値を算出することができる。
【0021】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0022】
本発明で出発物として用いる2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)(以下、GAと省略することがある)については特に限定されるものではないが、以下の実施例においては、特に記載が無ければ、Gluconobacter frateurii NBRC103465株を培養する微生物プロセス(Appl. Environ. Microbiol. 2009, 75, 7760-7766.)により、グリセリンを原料として製造したグリセリン酸(D-体、光学純度73%ee)またはそのカルシウム塩を出発物として用いた。
【0023】
実施例1
(グリセリン酸カルシウム塩とステアリン酸クロリドの反応)
グリセリン酸カルシウム(1.5g、GA 6mmol)をDMF40mlに分散させ、60℃で撹拌しながらトリエチルアミン(4ml、30mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(DMAP、20mg、0.6mmol)を加え、続いて塩化ステアロイル(C18、1.7g、5.6mmol)をゆっくりと加えた。1時間撹拌を行い、室温まで放冷した後、7%塩酸20ml、酢酸エチル120ml、水100mlを加えて分液操作を行った。酢酸エチル相を回収し、飽和食塩水で洗浄、硫酸マグネシウムで乾燥した後、エバポレーターで溶媒を除去することで白色結晶2.3gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体以外に、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物が混在していることが確認された(図1)。
【0024】
実施例2
(グリセリン酸とステアリン酸クロリドの反応1)
グリセリン酸カルシウムの代わりに遊離のグリセリン酸(0.64g、6mmol)を出発物とし、実施例1と同様の操作で白色結晶2.1gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された(図2)。
【0025】
実施例3
(グリセリン酸とステアリン酸クロリドの反応2)
反応溶媒をDMFからアセトンに変えて実施例2と同様の反応を行った。反応終了後、一旦エバポレーターで溶媒除去・濃縮した後、続けて実施例2と同様の分液操作を行い、白色結晶1.8gを得た。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された。
【0026】
実施例4
(グリセリン酸とC12〜C16脂肪酸クロリドの反応)
塩化ラウロイル(C12、1.2g)、塩化ミリストイル(C14、1.4g)、塩化パルミトイル(C16、1.6g)各5.5mmol前後を反応物として用い、以下実施例3と同様の操作で反応を行った。得られた反応混合物のTLC分析を行ったところ、目的のモノアシル体と思われる化合物が主成分として得られたが、ジアシル体、未反応の脂肪酸と推測される化合物も混在していることが確認された(図3)。
【0027】
実施例5
(モノアシルグリセリン酸の分離精製)
実施例4で、グリセリン酸(GA)と塩化パルミトイル(C16)との反応から得られた反応混合物について、クロロホルム/アセトン混合溶媒(濃度勾配100:0→0:100)を溶離液とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーによってモノアシル体と推測される生成物を単離した(回収率30%)(図4)。C12、C14、C18の各脂肪酸エステルについても、同様の操作で単離した。
【0028】
実施例6
(モノパルミトイルグリセリン酸の構造確認)
実施例5で単離された化合物について、重クロロホルム(CDCl3)を溶媒とするNMR解析により構造の同定を行った。1H、13C、1H-1H COSY、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)の各NMRスペクトルを解析することで、構造を完全帰属した。GAと塩化パルミトイルとの反応から得られた化合物の1H NMRスペクトルを図5に示す。高磁場側(0.8〜2.5ppm)に脂肪族アシル基由来のピークが確認され、末端メチル基(-CH3、0.88ppm)、パルミチン酸のカルボキシル基隣のプロトン(-CH2CO-、2.45ppm)、GAの3位プロトン(4.04ppm)、2位プロトン(5.19ppm)由来のピークの積分比がおよそ3:2:2:1であったことから、本化合物はGAにパルミチン酸が1本エステル結合した化合物であることが確認された。また、GAの2位プロトン由来のピークが本来の位置(4.47ppm)から低磁場側(5.19ppm)にシフトしており、本化合物の主成分は2−O−パルミトイル−グリセリン酸(化学式4)であると決定した。
【0029】
【化4】
【0030】
実施例7
(モノアシルグリセリン酸の構造確認)
実施例6と同様の方法で、実施例5で単離されたC12、C14、C18の各GA脂肪酸エステルについても構造確認を行った。例として、C14GAエステル(GAと塩化ミリストイルとの反応から得られた化合物)の1H NMRスペクトルを図6に示す。上記パルミトイル化合物とは異なり、C14GAエステルは、図中に示す通り2位エステルと3位エステルの混合物として回収されていることが確認された。その比率は図中のcとc’のピーク比から2−O−ミリストイル:3−O−ミリストイル=34:66であることが分かった。同様に、C12GAエステル、C18GAエステルについても、各モノアシルGAの組成比を算出した(C12; 73:27、C18; 36:64)。
【0031】
実施例8
(2−O−アシルグリセリン酸と3−O−アシルグリセリン酸の分離)
2位エステルと3位エステルの混合物は、TLC上ではほとんど差が無い1つのスポット(モノアシルグリセリン酸)として検出されるが、クロロホルム/アセトン混合溶媒(濃度勾配100:0→0:100)を溶離液とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーによってさらに2成分に分離することが出来る。例としてC14GAエステルの分離結果を示すが(図7)、細かく成分を分画したところ、溶離した前半のフラクションAが2−O−ミリストイル−グリセリン酸、後半のフラクションBが3−O−ミリストイル−グリセリン酸であることが1H NMR測定により確認された。なお、同様の操作によって、C12〜C18のアシルグリセリン酸は、全て2位エステルと3位エステルに分離することが出来た。
以上の結果より、本発明の2−O−アシルグリセリン酸を複数回のカラムクロマトグラフィーによって容易に単離することができた。また、本発明の2位エステルは、既知の3位エステルよりも低極性(親油性)であり、油との相性に優れると予想される。
【0032】
実施例9
(モノアシルグリセリン酸の界面活性)
上記に従って合成した全てのモノアシルグリセリン酸について、各濃度の水溶液を調製した後、KRUSS K100 自動表面張力計を用い、Wilhelmy Plate法によって表面張力測定を行った。各濃度に対する表面張力の対数曲線を作成し、屈曲点における濃度を臨界ミセル濃度(CMC)、その時の表面張力を(γCMC)として算出した。結果を図8と表1にまとめる。
【0033】
【表1】
【0034】
各モノアシルグリセリン酸は、CMCが10-4 M、あるいはそれ以下の極めて低濃度で、表面張力を30mN/m付近まで低下することができる、非常に優れた界面活性剤であることが分かった。なお、C18GAエステルは水溶性に乏しく、正確なCMCなどを求めることはできなかったが、10-6 M以下の極めて低濃度で界面活性を示すことから、油系でより効果的な界面活性剤として利用できると考えられる。
【0035】
比較例1
(脂肪酸モノグリセリドの界面活性)
文献に記載の脂肪酸モノグリセリドの界面活性(J. Piao et al., Colloids and Surfaces, A277, 15-19 (2006).)を表2にまとめる。
【0036】
【表2】
【0037】
脂肪酸モノグリセリドは、親油性界面活性剤、W/O型乳化剤として、食品用途での利用が認められている代表的な界面活性剤である。本発明のGA系界面活性剤は、同鎖長の脂肪酸モノグリセリドと比べてCMCが10倍程度高く、一方で表面張力を大きく(7〜18)低下させることが分かった。すなわち、本発明のモノアシルグリセリン酸は、脂肪酸モノグリセリドと比べて水溶性が向上し、かつ表面張力低下能が著しく向上したことが示された。
【0038】
実施例10
(モノアシルグリセリン酸の位置異性体の界面活性)
実施例7で得られたモノミリストイルグリセリン酸(2−O−エステルと3−O−エステル体の混合物、34:66)及び実施例8で分離した2−O−ミリストイルグリセリン酸の界面活性を比較した(図9)。結果を表3にまとめる。
【0039】
【表3】
【0040】
高純度の2−O−エステルと混合物では、表面張力低下能に少しの違いが見られた。混合物の方が低濃度領域での表面張力低下能に優れるが、CMC以上の濃度でも表面張力値が低下し続けるなど、水溶液の物性がやや不安定であると考えられる。これは、一般的な合成界面活性剤にも見られるように、混合物の存在が気−液界面での分子配向を不安定にさせているものと予想される。一方、高純度品では、水溶性が向上しているほか、CMC以上の濃度で表面張力値が一定であり、水溶液の安定性が優れるなど、操作性の向上が見込まれる。両者とも、優れた界面活性は維持されており、高純度品と混合物の両方を、使用条件によって使い分けることが可能である。
【0041】
実施例11
(モノアシルグリセリン酸の中和)
モノアシルグリセリン酸水溶液を水酸化ナトリウム水溶液で中和することで、ナトリウム塩を調製した。1mMのC12GAエステル水溶液10mLを調製し、撹拌しながら1mM水酸化ナトリウム水溶液をビュレットで滴下し、pH測定器でNaOH滴下量に対するpH変化を追跡した。C14GA、C16GAについても同様にして、pH変化を追跡した(図10)。
初発pHより算出したpKaはそれぞれC12GA:4.2、C14GA:5.1、C16GA:5.9、中和点でのpHはおよそ7であった。中和点の水溶液を凍結乾燥することで、モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩を得た。
【0042】
実施例12
(モノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の界面活性)
実施例11で調製したモノアシルグリセリン酸ナトリウム塩の水溶液についても、実施例9と同様の方法で界面活性を評価した(図11)。
測定の結果、C12GAナトリウム塩:CMC=9.0 x10-5(M)、γCMC=28.5(mN/m)、C16GAナトリウム塩:CMC=5.0 x10-5(M)、γCMC=27.7(mN/m)となり、表面張力低下能の向上が見られた。特に、C16GAの遊離カルボン酸型とナトリウム塩型との比較から分かるように(図12)、鎖長の長いモノアシルグリセリン酸ほど、カルボキシル基の中和によって水溶性や表面張力低下能が顕著に向上した。
【0043】
比較例2
(汎用アニオン性界面活性剤の界面活性)
文献に記載の汎用アニオン性界面活性剤の界面活性(W. Zwierzykowski et al., Colloids and Surfaces, 160, 183-188 (1999). B. D. Flockert et al., J. Colloid Sci., 428 (1953). N. J. Turro, P.-L.Kuo et al., J. Phys. Chem., 90, 288 (1986).)を表4にまとめる。
【0044】
【表4】
【0045】
モノアシルグリセリン酸及びそのナトリウム塩は、同鎖長の脂肪酸ナトリウム(石ケン)や、最も広く用いられているLAS、SDSなどと比較して、CMCが低く、また表面張力を大幅に低下できることが確認できた。すなわち、本発明から得られるGA系界面活性剤は、汎用のアニオン性界面活性剤と比べて、ごく低濃度で優れた界面活性を示すことが確認された。
【0046】
実施例13
(2−O−モノアシルグリセリン酸の効率的生産)
反応条件を適宜設定することで、さらに2−O−エステルの高効率な生産条件を検討した。反応温度を、0℃(氷水浴)、室温(25℃)、60℃にそれぞれ設定して、グリセリン酸0.5g(約5mmol)に対して塩化ラウロイル0.51g(約2.5mmol)(脂肪酸に対してGAが2倍量の過剰条件)をゆっくりと添加し、以下実施例3と同様の操作で反応を行った。分液操作によって回収した生成物を、未精製のまま1H NMR測定を行い、実施例7と同様の方法で、2−O−エステルと3−O−エステル、及びジエステルの成分比を算出した。結果を表5にまとめる。
【0047】
【表5】
【0048】
グリセリン酸過剰の条件では、いずれの場合でも2−O−エステルが主成分として生産されたが、室温以上ではジエステルの生成量が増加するのに対して、低温ではそれが抑えられ、2−O−エステルの成分比が増加した。以上の結果より、過剰のGA存在下で脂肪酸クロリドをゆっくりと添加し、反応を緩やかに行うことで2−O−モノアシルグリセリン酸を効率良く合成できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明から得られる界面活性剤は、一般的な工業用途から食品、医薬、化粧品分野等での利用も期待できる新しい界面活性剤となり得る。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を含む、モノアシル化された2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(モノアシルグリセリン酸)からなる、アニオン性界面活性剤。
【請求項2】
2−O−アシルグリセリン酸に、3−O−アシルグリセリン酸が含まれた混合物からなることを特徴とする、請求項1に記載のアニオン性界面活性剤。
【請求項3】
2−O−アシルグリセリン酸からなることを特徴とする、請求項1に記載のアニオン性界面活性剤。
【請求項4】
2−O−アシルグリセリン酸が、下記化学式(1)で表されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤。
【化1】
(ただし、Rは炭素数3〜24の直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
【請求項5】
2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)と脂肪酸誘導体との反応を行うことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項6】
脂肪酸誘導体が脂肪酸クロリドであることを特徴とする、請求項5に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項7】
2,3−O−ジアシルグリセリン酸の3位脂肪酸エステルのみを選択的に加水分解することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の、遊離カルボキシル基が金属塩となっていることを特徴とする、アニオン性界面活性剤。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤を中和して、カルボキシル基を金属塩にすることを特徴とする、請求項8に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項1】
少なくとも2−O−アシル−3−ヒドロキシプロピオン酸(2−O−アシルグリセリン酸)を含む、モノアシル化された2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(モノアシルグリセリン酸)からなる、アニオン性界面活性剤。
【請求項2】
2−O−アシルグリセリン酸に、3−O−アシルグリセリン酸が含まれた混合物からなることを特徴とする、請求項1に記載のアニオン性界面活性剤。
【請求項3】
2−O−アシルグリセリン酸からなることを特徴とする、請求項1に記載のアニオン性界面活性剤。
【請求項4】
2−O−アシルグリセリン酸が、下記化学式(1)で表されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤。
【化1】
(ただし、Rは炭素数3〜24の直鎖状、または分岐状の脂肪族アシル基である。)
【請求項5】
2,3−ジヒドロキシプロピオン酸(グリセリン酸)と脂肪酸誘導体との反応を行うことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項6】
脂肪酸誘導体が脂肪酸クロリドであることを特徴とする、請求項5に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項7】
2,3−O−ジアシルグリセリン酸の3位脂肪酸エステルのみを選択的に加水分解することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアニオン性界面活性剤の、遊離カルボキシル基が金属塩となっていることを特徴とする、アニオン性界面活性剤。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載のアニオン性界面活性剤を中和して、カルボキシル基を金属塩にすることを特徴とする、請求項8に記載のアニオン性界面活性剤の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−245509(P2012−245509A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−121792(P2011−121792)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省委託研究「日米エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(日米クリーン・エネルギー技術協力)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省委託研究「日米エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(日米クリーン・エネルギー技術協力)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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