説明

アミド又はラクタムの製造方法

【課題】オキシム化合物のベックマン転位反応によりアミド又はラクタムを製造する方法において、触媒として安価な塩化水素を利用した高活性な触媒系を構築し、該触媒系を用いて、高転化率及び高収率でアミド又はラクタムを生成することができるとともに、大量の硫酸アンモニウムなどの副生物が生成しないアミド又はラクタムの製造方法を提供すること。
【解決手段】塩化水素のみを触媒として、環状エーテル又はニトリル化合物から選択される溶媒中でオキシム化合物を転移させ、対応するアミド又はラクタムを生成させるアミド又はラクタムの製造方法。好ましくは、塩化水素の使用量が、オキシム化合物に対して0.01〜50mol%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オキシム化合物のベックマン転位反応を行うことにより、ポリアミドの原料等として有用なアミド又はラクタムを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シクロドデカノンオキシムのベックマン転位反応を行い、工業的にラウロラクタムを製造する方法としては、硫酸を用いてベックマン転位反応を行う方法が一般的に知られている(特許文献1及び2参照)。しかしながら、本方法は、シクロドデカノンオキシムに対して、当モル以上の硫酸を使用する必要があるため、反応後にアンモニアなどの塩基化合物で中和する必要があり、大量の硫酸アンモニウムなどの塩が副生することが問題である。
この問題を解決するために、種々触媒を用いたベックマン転位反応が検討されてきた。例えば、特許文献3及び非特許文献1には、極性溶媒中で2,4,6−トリクロロ−1,3,5−トリアジンを触媒として、シクロドデカノンオキシムのベックマン転位を行う方法が記載されている。
また、特許文献4には、シクロドデカノンオキシムとして、特定の方法で製造されたシクロドデカノンオキシムを用いてベックマン転位反応を行い、ラウロラクタムを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭52−033118号公報
【特許文献2】特開平5−4964号公報
【特許文献3】特開2006−219470号公報
【特許文献4】特許第4207574号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Ishihara, et. al., Journal of American Chemical Society, pp. 11240-11241 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、オキシム化合物のベックマン転位反応によりアミド又はラクタムを製造する方法において、触媒として安価な塩化水素を利用した高活性な触媒系を構築し、該触媒系を用いて、高転化率及び高収率でアミド又はラクタムを生成することができるとともに、大量の硫酸アンモニウムなどの副生物が生成しないアミド又はラクタムの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、下記のアミド又はラクタムの製造方法を提供することにより、上記の課題を解決したものである。
「塩化水素のみを触媒として、環状エーテル又はニトリル化合物から選択される溶媒中でオキシム化合物を転位させ、対応するアミド又はラクタムを生成させるアミド又はラクタムの製造方法。」
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、触媒として安価な塩化水素を用い、オキシム化合物から対応するアミド又はラクタムを、高転化率及び高収率で製造することができ、且つ大量の副生物を生成することなく、高選択率で製造することができ、工業的に有利である。
特に、シクロドデカノンオキシムからラウロラクタムを、高転化率及び高収率で、且つ大量の副生物を生成することなく、高選択率で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で使用するオキシム化合物としては、特に制限されるものではなく、製造対象のアミド又はラクタムに応じて適宜選択することができ、例えば、下記の式(1)又は(2)で表される化合物が挙げられる。
【0009】
【化1】

〔式(1)中、Ra 及びRb はそれぞれ有機基を示す。但し、Ra 及びRb の何れか一方は水素原子であってもよい。また、式(2)中、mは2以上の整数を示す。〕
【0010】
前記式(1)中のRa 及びRb で示される有機基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ヘキシル、イソヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ドデシル、ペンタデシルなどのアルキル基(例えばC1-20アルキル基、好ましくはC1-12アルキル基、さらに好ましくはC2-8アルキル基);ビニル、アリル、1−プロペニル、1−ブテニル、1−ペンテニル、1−オクテニルなどのアルケニル基(例えばC2-20アルケニル基、好ましくはC2-12アルケニル基、さらに好ましくはC2-8アルケニル基);エチニル、1−プロピニルなどのアルキニル基(例えばC2-20アルキニル基、好ましくはC2-12アルキニル基、さらに好ましくはC2-8アルキニル基);シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、シクロドデシルなどのシクロアルキル基(例えば、C3-20シクロアルキル基、好ましくはC3-15シクロアルキル基);シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロオクテニルなどのシクロアルケニル基(例えばC3-20シクロアルケニル基、好ましくはC3-15シクロアルケニル基);フェニル、ナフチルなどのアリール基;ベンジル、2−フェニルエチル、3−フェニルプロピルなどのアラルキル基;2−ピリジル、2−キノリル、2−フリル、2−チエニル、4−ピペリジニルなどの芳香族性又は非芳香族性の複素環基などが挙げられる。これらの有機基は、反応を阻害しない範囲で種々の置換基、例えば、ハロゲン原子、オキソ基、ヒドロキシル基、メルカプト基、置換オキシ基(例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基など)、置換チオ基、カルボキシル基、置換オキシカルボニル基、置換又は無置換カルバモイル基、シアノ基、ニトロ基、置換又は無置換アミノ基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基、アリール基(例えば、フェニル、ナフチルなど)、アラルキル基、複素環基などを有していてもよい。
【0011】
前記式(1)で表される化合物としては、具体的には例えば、アセトアルデヒドオキシム、アセトンオキシム、2−ブタノンオキシム、2−ペンタノンオキシム、3−ペンタノンオキシム、1−シクロヘキシル−1−プロパノンオキシム、ベンズアルデヒドオキシム、アセトフェノンオキシム、ベンゾフェノンオキシム、4’−ヒドロキシアセトフェノンオキシムなどが挙げられる。
【0012】
前記式(2)で表される環状オキシム化合物は、環に置換基が結合してもよく、他の環が縮合していてもよい。式中のmは2〜30、好ましくは4〜20、さらに好ましくは5〜14である。前記式(2)で表される環状オキシム化合物としては、具体的には例えば、シクロプロパノンオキシム、シクロブタノンオキシム、シクロヘキサノンオキシム、シクロヘプタノンオキシム、シクロオクタノンオキシム、シクロノナノンオキシム、シクロデカノンオキシム、シクロドデカノンオキシム、シクロトリデカノンオキシム、シクロテトラデカノンオキシム、シクロペンタデカノンオキシム、シクロヘキサデカノンオキシム、シクロオクタデカノンオキシム、シクロノナデカノンオキシムなどが挙げられる。
前記環に結合してもよい置換基としては、前記有機基が有していてもよい置換基として例示したものと同様の置換基が挙げられる。
これらの環状オキシム化合物は、対応するケトンとヒドロキシルアミンとを反応させて得る事ができる。
【0013】
本発明は、前記オキシム化合物としてシクロドデカノンオキシムを用い、ラウロラクタムを製造する場合に適用して特に好適なものである。
本発明で使用するシクロドデカノンオキシムは、その製法に制限されるものではなく、公知の方法により製造されたもの、例えば、シクロドデカンを分子状酸素含有ガスにより酸化し、得られたシクロドデカノールを脱水素反応に供することにより調製されたシクロドデカノンを、出発原料として用い、これをヒドロキシルアミン鉱酸塩と反応させる方法(特許文献4の段落〔0034〕参照)により製造されたものを用いることができる。
【0014】
塩化水素の使用量は、オキシム化合物に対して通常、0.01〜50mol%であればよく、好ましくは、0.7〜23mol%である。塩化水素の使用量が少なすぎると、転位反応速度が遅く反応時間が長くなるため、工業的に好ましくない。
【0015】
本発明で使用可能な溶媒としては、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフランなどの環状エーテル、アセトニトリルなどのニトリル化合物が挙げられ、1,4−ジオキサン、アセトニトリルが好ましい。
前記溶媒の使用量は、質量にして、オキシム化合物1gに対して好ましくは3倍以上、より好ましくは5〜10倍である。
【0016】
反応温度としては、特に制限はないが、工業的に実施可能な温度範囲が好ましい。具体的には、50〜250℃であればよく、好ましくは80〜150℃である。
反応時間は、反応温度にもよるが、上記反応温度内において、通常0.1〜10.0時間が好ましく、0.5〜6.0時間がより好ましい。
【0017】
反応圧力については、特に制限はないが、通常は、大気圧〜10気圧が好ましく、大気圧〜5気圧がより好ましい。
【0018】
反応は、空気中、又は窒素ガス、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガス雰囲気中あるいは塩化水素雰囲気中で行うことが好ましい。
【0019】
ベックマン転位反応の形態としては、回分式反応、連続式反応の何れでもよいが、工業的見地からは連続式反応が好ましい。反応槽としては、回分式反応槽、管型連続式反応槽、攪拌型連続反応槽、管型又は攪拌型の多段式連続反応槽などを使用することができ、管型連続式反応槽、攪拌型連続反応槽、管型又は攪拌型の多段式連続反応槽などの連続反応槽が好ましい。
【0020】
反応終了後、得られたアミド又はラクタムは、晶析又は蒸留などによって精製・分離することができる。
【実施例】
【0021】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0022】
(実施例1)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素41.4mg(1.13mmol、シクロドデカノンオキシムの22.2mol%)を1,4−ジオキサン9gに溶解させた溶液、アセトニトリル1gを仕込んだ後、100℃の恒温器にセットし、反応を開始した。2時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は83.3%であり、生成したラウロラクタムの選択率は91.2%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は76.0%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は3.4であった。
【0023】
(実施例2)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素41.4mg(1.13mmol、シクロドデカノンオキシムの22.2mol%)を1,4−ジオキサン1gに溶解させた溶液、アセトニトリル9gを仕込んだ後、100℃の恒温器にセットし、反応を開始した。2時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は99.4%であり、生成したラウロラクタムの選択率は95.9%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は95.3%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は4.3であった。
【0024】
(実施例3)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素2.8mg(0.076mmol、シクロドデカノンオキシムの1.5mol%)を1,4−ジオキサン0.022gに溶解させた溶液、アセトニトリル9.98gを仕込んだ後、100℃の恒温器にセットし、反応を開始した。6時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は69.4%であり、生成したラウロラクタムの選択率は45.6%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は31.7%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は21.2であった。
【0025】
(実施例4)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素27.7mg(0.76mmol、シクロドデカノンオキシムの14.9mol%)を溶解させたアセトニトリル10gを仕込んだ後、100℃の恒温器にセットし、反応を開始した。2時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は100%であり、生成したラウロラクタムの選択率は97.8%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は97.8%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は6.6であった。
【0026】
(実施例5)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素13.9mg(0.38mmol、シクロドデカノンオキシムの7.5mol%)を溶解させたアセトニトリル10gを仕込んだ後、100℃の恒温器にセットし、反応を開始した。6時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は100%であり、生成したラウロラクタムの選択率は85.4%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は85.4%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は11.4であった。
【0027】
(実施例6)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素5.5mg(0.15mmol、シクロドデカノンオキシムの2.9mol%)を溶解させたアセトニトリル10gを仕込んだ後、130℃の恒温器にセットし、反応を開始した。2時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は99.3%であり、生成したラウロラクタムの選択率は94.6%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は93.9%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は31.3であった。
【0028】
(実施例7)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素2.8mg(0.076mmol、シクロドデカノンオキシムの1.5mol%)を溶解させたアセトニトリル10gを仕込んだ後、130℃の恒温器にセットし、反応を開始した。2時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は93.4%であり、生成したラウロラクタムの選択率は81.4%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は76.0%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は50.9であった。
【0029】
(実施例8)
オートクレーブ(容積50cc)にシクロドデカノンオキシム1.0g(5.1mmol)、塩化水素1.4mg(0.038mmol、シクロドデカノンオキシムの0.75mol%)を溶解させたアセトニトリル10gを仕込んだ後、130℃の恒温器にセットし、反応を開始した。6時間後、反応管を恒温器から取り出し放冷した後、ガスクロマトグラフィー装置で生成物を定量分析した。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は98.6%であり、生成したラウロラクタムの選択率は89.8%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は88.5%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は118.6であった。
【0030】
(実施例9〜10)
実施例5において、シクロドデカノンオキシムに対する塩化水素の使用量(HCl/CDOX)を表1に示す量とした以外は、それぞれ実施例5と同様にして反応を行った。
シクロドデカノンオキシムの転化率、生成したラウロラクタムの選択率、ラウロラクタムの収率、及び塩化水素のターンオーバー数(TON)を表1に示す。
【0031】
【表1】


【0032】
(実施例11〜15)
実施例6において、シクロドデカノンオキシムに対する塩化水素の使用量(HCl/CDOX)及び反応時間を表2に示す量及び時間とした以外は、それぞれ実施例6と同様にして反応を行った。
シクロドデカノンオキシムの転化率、生成したラウロラクタムの選択率、ラウロラクタムの収率、及び塩化水素のターンオーバー数(TON)を表2に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
(実施例16)
実施例8において、アセトニトリルの使用量を5gとした以外は、実施例8と同様にして反応を行った。その結果、シクロドデカノンオキシムの転化率は93.6%であり、生成したラウロラクタムの選択率は82.6%であった。したがって、ラウロラクタムの収率は77.3%であった。塩化水素のターンオーバー数(TON)は103.6であった。
【0035】
(実施例17〜18)
実施例3において、シクロドデカノンオキシムに対する塩化水素の使用量(HCl/CDOX)、反応温度及び反応時間を表3に示す量及び時間とした以外は、それぞれ実施例3と同様にして反応を行った。
シクロドデカノンオキシムの転化率、生成したラウロラクタムの選択率、ラウロラクタムの収率、及び塩化水素のターンオーバー数(TON)を表3に示す。
【0036】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化水素のみを触媒として、環状エーテル又はニトリル化合物から選択される溶媒中でオキシム化合物を転移させ、対応するアミド又はラクタムを生成させるアミド又はラクタムの製造方法。
【請求項2】
塩化水素の使用量が、オキシム化合物に対して0.01〜50mol%である請求項1記載のアミド又はラクタムの製造方法。
【請求項3】
環状エーテルが1,4−ジオキサン又はテトラヒドロフランであり、ニトリル化合物がアセトニトリルである請求項1又は2記載のアミド又はラクタムの製造方法。

【公開番号】特開2012−56846(P2012−56846A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198224(P2010−198224)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】