説明

アミノリン脂質の糖化抑制物

【課題】様々な分類や品目からなる食品群において、食物繊維に限らない糖尿病予防食品として有用な抗糖化食品群としての位置づけを明らかにすると共に、糖化抑制能に特に優れる食品から抽出されたアミノリン脂質の糖化抑制物を提供すること。
【解決手段】レモン、レモン皮、発酵米ぬか、赤唐辛子、りんご皮、アボガド、発芽玄米、玉ねぎ皮、バナナ皮、クコの実、りんご、黒大豆、キウイ皮、黒米、黒こしょう、シナモン、わかめ、かいわれ、緑茶、白ゴマ、及びピーナッツ皮からなる群から選択される食品からの抽出物の1種又は2種以上を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノリン脂質の糖化抑制物に関するものであり、特に、アミノリン脂質の糖化抑制能に特に優れる食品から抽出されたアミノリン脂質の糖化抑制物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、日本における糖尿病疾患が増加しており、糖尿病が強く疑われる人が約740万人、糖尿病の可能性を否定できない人まで含めると糖尿病予備軍は約1620万人存在すると推定されている(平成14年度糖尿病実態調査報告より)。また、糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症は、糖尿病による3大合併症と呼ばれており、更に症状を悪化させている。
【0003】
糖尿病に特徴的な症状である高血糖状態の持続による糖化反応は、糖尿病性合併症の発症要因となり得ることが指摘されている。この糖化反応については、タンパク質のアミノ基と還元糖のカルボニル基の非酵素的な反応がよく研究されており、糖尿病性合併症だけでなく、老化や動脈硬化などの加齢疾患でも亢進すると言われている。
【0004】
糖尿病において糖化反応が糖尿病性合併症の発症要因となり得ることは上記に指摘したとおりであるが、糖尿病疾病患者においては、細胞膜中リン脂質の糖化反応による糖化リン脂質量が多いことがわかっており、近年、糖尿病合併症の要因として、糖化タンパク質ではなく糖化リン脂質、特にアマドリ型糖化リン脂質が組織や細胞内のメイラード反応の進展に寄与していることが指摘されるようになった。
【0005】
糖化リン脂質は、アミノリン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンがグルコース、マンノースなどの様々な糖と反応し、不安定なシッフ塩基を介して安定なアマドリ型糖化リン脂質になることが知られており、生体中では血糖の上昇に伴い各種の化合物が糖化され、各種の糖化物が生成する。
【0006】
糖尿病発症については、タンパク質に関する糖化反応が多く研究されており、HbAlc検査による診断があるが、リン脂質に関する糖化反応については世界的にも研究者が乏しく、本発明者らが先進的かつ独創的に研究を進めている状態である。
【0007】
かかる現状のなかで、国立大学法人東北大学では、糖化リン脂質について研究し、ラット実験では加齢により血漿中の糖化リン脂質が有意に増加することを確認している(非特許文献1を参照。)。さらに人では糖尿病患者において優位に血漿中の糖化リン脂質が増加することを確認している(非特許文献2を参照。)。また、糖化リン脂質と糖尿病性網膜症の原因とされる血管新生との関連についても指摘し(非特許文献3を参照。)、更に玉ねぎ鱗茎部から得られたエキスにおいてアミノリン脂質の糖化を抑制する成分があり、細胞毒性を和らげていることを報告している(非特許文献4を参照。)。このほかにも、玉ねぎ鱗茎部から得られたエキスを用いたアミノリン脂質の糖化抑制剤に関する報告はされている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0008】
このように、玉ねぎ鱗茎部にアミノリン脂質の糖化を抑制する成分が含有され得ることは確認されているものの、食品全体の中でアミノリン脂質の糖化抑制能がどの程度のものであるかは明らかにされておらず、抗糖化食品群としての位置づけは未だ明らかになっていないのが実情である。
【0009】
一方、糖尿病予防として、インスリン機能の不足を補うべく、血糖値の急激な上昇を和らげるような機能性食品が開発されている。一部の健康食品を除いては、糖尿病予防食品中の機能性成分は殆どが食物繊維に限られている。
【特許文献1】特開2004−115491号公報
【非特許文献1】Oak JH, Nakagawa K, Miyazawa T; "UV analysis of Amadori-glycated phosphatidylethanolamine in foods and biological samples." J. Lipid Res. 2002 Mar.; 43 (3): 523-529.
【非特許文献2】Nakagawa K, Oak JH, Higuchi O, Tsuzuki T, Oikawa S, Otani H, Mune M, Cai H, Miyazawa T; "lon-trap tandem mass spectrometric analysis of Amadori-glycated phosphatidylethanolamine in human plasma with or without diabetes."; J. Lipid Res. 2005 Nov.; 46 (11): 2514-2524. Epub 2005 Sep. 8.
【非特許文献3】Oak JH, Nakagawa K, Oikawa S, Miyazawa T; "Amadori-glycated phosphatidylethanolamine induces angiogenic differentiations in cultured human umbilical vein endothelial cells"; FEBS Litters. 555, 419-423 (2003).
【非特許文献4】玉 正浩、仲川 清隆、宮尾 興平、並木 満夫、宮澤 陽夫;「リン脂質アマドリ化合物の生成と細胞毒性に対するタマネギ抽出物の抑制効果」、日本食品科学工学会誌、49(10)、646−651(2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記背景技術に鑑み完成されたものであり、様々な分類や品目からなる食品群において、食物繊維に限らない糖尿病予防食品として有用な抗糖化食品群としての位置づけを明らかにすると共に、糖化抑制能に特に優れる食品から抽出されたアミノリン脂質の糖化抑制物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は鋭意研究を重ねた結果、各種食品から得られた抽出物を添加した場合の糖化リン脂質量を、該抽出物を添加しない場合の糖化リン脂質量で除することにより、各種食品におけるリン脂質の糖化抑制能を評価し、上記課題を解決するに至った。
【0012】
すなわち、本発明により、レモン、レモン皮、発酵米ぬか、赤唐辛子、りんご皮、アボガド、発芽玄米、玉ねぎ皮、バナナ皮、クコの実、りんご、黒大豆、キウイ皮、黒米、黒こしょう、シナモン、わかめ、かいわれ、緑茶、白ゴマ、及びピーナッツ皮からなる群から選択される食品からの抽出物の1種又は2種以上を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物が提供される。
【0013】
また、本発明により、レモンから水、エタノールまたはそれらの混合物を主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物が提供される。
【0014】
また、本発明により、レモン皮から水を主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物が提供される。
【0015】
また、本発明により、発酵米ぬかから水、エタノール、ヘキサン、又はアセトンを主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物が提供される。
【0016】
さらに、本発明により、前記アミノリン脂質の糖化抑制物からなる飲食品用添加剤が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、食品間におけるアミノリン脂質の糖化抑制能の相違が明らかにされ、様々な分類や品目からなる食品群における糖尿病予防食品として有用な抗糖化食品群としての位置づけが明らかにされると共に、該糖化抑制能に特に優れる食品から抽出されたアミノリン脂質の糖化抑制物の提供が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で対象となる各種の食品は、日常市販で入手し得る食品である。また、「皮」のような特段の記載がない限り、食品は一般的な可食部を意味する。抽出は、食品を生鮮のまま、もしくは乾燥したものを用いることができ、乾燥方法としては限定されるものではないが、凍結乾燥が好適に用いられる。評価対象となる食品を生鮮状態で粉砕し、または乾燥後粉砕し、これを水、エタノール、ヘキサン、アセトンなどの溶媒に攪拌溶解し、抽出物を得る。なお、後掲の実施例で使用される発酵米ぬかは、米ぬか原料に好気性菌液または嫌気性菌液、もしくはその混合物を散布し、一定期間保管した後、乾燥して得られた乾燥物を粉砕機で粉砕し得られた乾燥粉末を使用して抽出物を得ることができる。
【0019】
本発明において、食品におけるアミノリン脂質の糖化抑制能は、ホスファチジルエタノールアミン又はホスファチジルセリン等のアミノリン脂質と、グルコース、マンノース等の糖との反応に対し、上記手段で食品から得られた抽出物を添加した場合と添加しない場合とで、糖化リン脂質量を比較することにより評価する。
【0020】
具体的には、例えば、1,2−ジ(シス−9−オクタデセノイル)−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン(ジオレイルPE)とD−グルコースをメタノール中で37℃において2時間反応させ、アミノリン脂質が糖化された糖化リン脂質であるシッフ型リン脂質及び、更に糖化されたアマドリ型リン脂質からなる糖化リン脂質を含有する反応物を得る。該反応物について高速液体クロマトグラフィー−蒸発光散乱検出システム(HPLC−ELSD)により糖化リン脂質量を測定する。そして、上記抽出物を添加した場合の糖化リン脂質量を添加しない場合の糖化リン脂質量で除して得られる値(本発明において、「糖化リン脂質生成率」という。)を得る。この糖化リン脂質生成率が低いほどアミノリン脂質の糖化抑制能に優れた抗糖化食品として本発明において判断される。
【0021】
高速液体クロマトグラフィー−蒸発光散乱検出システム(HPLC−ELSD)による測定について更に詳細に説明する。得られるクロマトグラムには、測定後約7分でシッフ型リン脂質、約9分でアマドリ型リン脂質、約11分でアミノリン脂質のピークが見られる。通常、試料(本発明の抽出物)を加えない対照区では、アミノリン脂質と糖化されたシッフ型リン脂質やアマドリ型のピークが見られる。一方、試料抽出物を添加した系で測定すると、シッフ型リン脂質のピーク面積やアマドリ型リン脂質のピーク量が試料抽出物を加えない対照区と異なる場合がある。すなわち、試料抽出物を添加して測定した際に、対照と比べて糖化リン脂質であるシッフ型リン脂質やアマドリ型リン脂質の生成が少なければ、糖化反応を抑制していることを示しアミノリン脂質の糖化抑制能があるといえる。本測定法では、試料抽出物を用いて得られたクロマトグラムにおけるシッフ型リン脂質とアマドリ型リン脂質の合計ピーク面積値を、対照区のシッフ型リン脂質とアマドリ型リン脂質の合計ピーク面積値で除した値を糖化リン脂質生成率とし、値が低い程にアミノリン脂質の糖化抑制能に優れると評価する。
【0022】
かかる手段により評価した結果、後掲の実施例において実証されているように、糖化リン脂質生成率から評価される抽出食品の糖化抑制能は食品により大きく異なり、特に、レモン、レモン皮、発酵米ぬか、赤唐辛子、りんご皮、アボガド、発芽玄米、バナナ皮、クコの実、りんご、黒大豆、キウイ皮、黒米、黒こしょう、シナモン、わかめ、かいわれ、緑茶、白ゴマ、及びピーナッツ皮からなる群から選択される食品からの抽出物が、糖化リン脂質生成率が低く、抗糖化食品として優れることが明らかとなった。従って、これら食品群から選択される食品からの抽出物の1種又は2種以上を主成分として含有する組成物が、アミノリン脂質の糖化抑制物として本発明により提供された。
【0023】
更に、後掲の実施例から、本発明に係る食品抽出物の糖化リン脂質生成率は、抽出の際に用いられる溶媒による影響を受け得ることも明らかとなった。本発明において好適に用いられる抽出溶媒としては、上記に列挙した水、エタノール、ヘキサン、アセトンもしくはこれらの混合物が挙げられる。
【実施例】
【0024】
(実施例1)
表1に示す食品各種をミキサーで粉砕後、凍結乾燥し、得られた乾燥物を粉砕して100mg精秤し、80%のエタノール水溶液3mlを加えて攪拌し、これを一晩静置し翌日に0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、得られたろ液を抽出液とした。
【0025】
抽出液100μl、メタノール溶液の3mMジオレイルPE100μl、pH7.4に調整したリン酸緩衝液の2.5Mグルコース200μl、同リン酸緩衝液100μl、メタノール500μlを混合・攪拌し、37℃において2時間反応させ糖化リン脂質を生成させた。
【0026】
反応後、10分間氷冷することで反応を止め、クロロホルム2ml、メタノール300μl、蒸留水700μlを混合・攪拌し、3000rpmで10分間遠心分離を行った。遠心分離した溶液のうち、クロロホルム層を採取し、採取液を乾固させた。得られた乾固物にクロロホルムとメタノール2対1割合の混合溶媒2mlを混合・攪拌し、3000rpmで10分間遠心分離を行った。遠心分離した溶液のうち、クロロホルム層を採取し、採取液を乾固した。得られた乾固物にメタノール1mlを加えて溶解し、測定試料とした。
【0027】
測定はHPLC−ELSDを用いた。分析条件を以下に示す。
【0028】
カラム :TSK−GELODS−80Ts(4.6x150mmTOSOH)、
分析温度:35℃、
溶離液 :メタノール/0.5M酢酸アンモニウム(99/l)、
流速 :1.0ml/分、
検出器 :ELSD検出器(SEDEX55:SEDERE社製)。
【0029】
上述した測定方法に従い、得られたクロマトグラムに見られたシッフ型リン脂質、アマドリ型リン脂質、アミノリン脂質の各ピークから、表1に列挙した各種食品における糖化リン脂質生成率を算出し、結果を表1に示した。表1より、測定した食品群の中ではレモンが糖化リン脂質生成率が一番低く、2.3%であった。玉ねぎが90.8%(表1)であることからも、レモンがアミノリン脂質の糖化抑制能に特に優れることがわかった。また、レモン以外にも、赤唐辛子、レモン皮、りんご皮、アボガド、発芽玄米、玉ねぎ皮、バナナ皮、クコの実、りんご、黒大豆、キウイ皮、黒米、黒こしょう、シナモン、わかめ、緑茶(桃生茶)、かいわれ、白ゴマ、及びピーナッツ皮なども糖化リン脂質生成率が低く、アミノリン脂質の糖化抑制能に優れることがわかった。なお、本実施例で使用した桃生茶とは、緑茶の一種であり、宮城県桃生町で生産されたものである。
【表1】

【0030】
(実施例2)
実施例1で用いたレモンを対象とし、抽出溶媒として実施例1と同じ80%エタノール水溶液以外にも、水、熱水(85℃、30分抽出)、20%エタノール水溶液、50%エタノール水溶液、100%エタノールを用いて抽出することにより得られた抽出物を使用し、その他の条件は実施例1と同様にして糖化リン脂質生成率を測定した。結果を表2に示す。
【0031】
レモンはいずれの抽出溶媒を用いた場合も糖化リン脂質生成率が低く、アミノリン脂質の糖化抑制能に優れることがわかった。
【表2】

【0032】
(実施例3)
実施例1で用いた発酵米ぬか(商品名「玄米のかわり」)を対象とし、抽出溶媒として実施例1と同じ80%エタノール水溶液以外にも、水、熱水(85℃、30分抽出)、20%エタノール水溶液、50%エタノール水溶液、100%エタノール水溶液を用いて抽出することにより得られた抽出物を使用し、その他の条件は実施例1と同様にして糖化リン脂質生成率を測定した。結果を表3に示す。表3から、発酵米ぬかは抽出溶媒として水、又はエタノールを用いた場合に特に糖化リン脂質生成率が低く、アミノリン脂質の糖化抑制能に優れることがわかった。
【表3】

【0033】
(実施例4)
実施例1で用いた発酵米ぬか(商品名:玄米のかわり)、およびレモン皮を対象とし、抽出溶媒として実施例と同じ80%エタノール水溶液以外にも、水、100%エタノール、ヘキサン、アセトン、DMSOを用いて抽出することにより得られた抽出物を使用し、その他の条件は実施例1と同様にして測定した。結果を表4に示す。表4から、発酵米ぬかは抽出溶媒としてヘキサン又はアセトンを用いた場合にも糖化リン脂質生成率が低く、アミノリン脂質の糖化抑制能に優れることがわかった。また、レモン皮は水を用いた場合に特に糖化リン脂質生成率が低く、アミノリン脂質の糖化抑制能に優れることがわかった。
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
レモン、レモン皮、発酵米ぬか、赤唐辛子、りんご皮、アボガド、発芽玄米、玉ねぎ皮、バナナ皮、クコの実、りんご、黒大豆、キウイ皮、黒米、黒こしょう、シナモン、わかめ、かいわれ、緑茶、白ゴマ、及びピーナッツ皮からなる群から選択される食品からの抽出物の1種又は2種以上を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物。
【請求項2】
レモンから水、エタノールまたはそれらの混合物を主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物。
【請求項3】
レモン皮から水を主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物。
【請求項4】
発酵米ぬかから水、エタノール、ヘキサン、又はアセトンを主成分とする溶媒を用いて抽出された抽出物を主成分として含有する、アミノリン脂質の糖化抑制物。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のアミノリン脂質の糖化抑制物からなる飲食品用添加剤。

【公開番号】特開2007−223977(P2007−223977A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−49056(P2006−49056)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(591074736)宮城県 (60)
【出願人】(505426945)株式会社プロジェクト・エム (6)
【Fターム(参考)】