説明

アミノ末端およびカルボキシル末端の同時的配列分析

本発明は、質量分析によってカルボキシルおよびアミノ末端のアミノ酸配列を導き出すことによって、ポリペプチドを特定するための新規方法に関する。本法は、電子移動解離誘発陰イオンによって、高度に荷電したペプチド前駆体イオン(例えば、z>4)を解離する工程、次いで、これらの試薬を除去し、第2のプロトン移動誘発陽イオン型を導入する工程を含む。ETD産物を主に+1電荷状態に変換して高度に荷電したcおよびz-型断片を低減し、アミノおよびカルボキシル末端の配列をそれぞれ明らかにするために簡単に解釈することが可能な一連のcおよびz-型断片イオンを含むm/zスペクトルを生成するように、第2のPTR反応持続時間を調節する。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
(関連出願)
本出願は、米国特許法119条に基づき、2004年10月8日に出願された米国特許仮出願第60/617,125号に対する優先権を主張する。なお、この出願の開示を参照することにより本出願に含める。
タンパクおよびペプチドの特定および特性解明は、現代生物学の重要部分となり、質量分析は、ペプチドおよびタンパクの分析に用いられるもっとも重要な技術の一つとなっている。近年、電子移動解離(ETD)と呼ばれる、ペプチドイオン解離の新しい手段が記載された(Syka, J.E.P.; Coon, J.J.; Schroeder, M.J.; Shabanowitz, J.; Hunt, D.F., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2004, 101, 9528-9533; Coon, J.J.; Syka, J.E.P.; Schwartz, J.C.; Shabanowitz, J.; Hunt, D.F., International Journal of Mass Spectrometry 2004印刷中)。ETDでは、陰イオンは、リニアイオントラップ質量分析器において、多重的に陽子化されたペプチド/タンパクの陽イオンと反応させられる。その結果、陰イオンから電子がペプチドに移動する。電子の移動後、ペプチドは、電子捕獲解離(ECD)のたどる同じ経路を通じて解離する(Zubarev, R.A.; Kelleher, N.L.; McLafferty, F.W., Journal of the American Chemical Society 1998, 120, 3265-3266)。
【0002】
ETDは、高速で高効率であり、ペプチド配列分析のためにクロマトグラフィーとの直接接続設置を可能とする。さらに、ETDは、未処理タンパクを、初期の研究に記載される比較的小型のペプチドと同様の効率で解離する(Syka, J.E.P.; Coon, J.J.; Schroeder, M.J.; Shabanowitz, J.; Hunt, D.F., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2004, 101, 9528-9533)。図2は、ETD誘発陰イオン、フルオランテンの、ヒストンH4の1-52残基(SGRGKGGKGLGKGGAKRHRKVLRDNIQGITKPAIRRLARRGGVKRISGLIYE、配列番号2)の+10陽イオンとの、15msの反応後に得られた産物を示す。観察されるのは、数百のcおよびz-型断片イオンであり、その多くは多重電荷を持つ。事実、これらの産物イオンの多くは高い電荷を持つ。断片分子と関連する複数の同位体ピークを完全に分離するためには、リニアイオントラップ質量分析器において利用可能な程度を超えたm/z分解能が要求される。大型ペプチド/タンパク陽イオン、例えば、ヒストンH4の1-52残基を含む陽イオンの直接的ETD解離は、通常、配列情報を得るには複雑すぎる産物イオンスペクトルを生成する。すなわち、この制限は、数十または数百の高荷電cおよびz-型断片が、全て、約300-1000m/zの範囲内に集約されて存在するせいである。従って、この、複雑な断片イオンの混合物を分解することを可能とする第2の質量分析器を導入すること(ハイブリダイゼーション)なしには、大型ペプチド/タンパク陽イオンの直接的ETD断片化の実際の運用性は、特に、先験的に未知のタンパクの配列を決定するには、やや限界がある。
【0003】
最近発見されたETD反応の外に、別のタイプのイオン/イオン反応が数年前McLuckeyとその共同研究者によって記載された(Stephenson, J.L.; McLuckey, S.A. Analytical Chemistry 1996, 68, 4026-4032; McLuckey, S.A.; Stephenson, J.L. Mass Spectrometry Reviews 1998, 17, 369-407)。この反応では、多重荷電ペプチドまたはタンパクの陽イオンは、陰イオンと反応し、この陰イオンは、タンパクの陽イオンからプロトンを奪う(プロトン移動反応、PTR)。高荷電タンパク陽イオンからプロトンを奪うことによって、タンパクのネットの電荷は低下させられる。このようにして、タンパクの荷電状態を定量することが可能になる。McLuckey等はまた、衝突活性化解離(CAD)によって得られたタンパク断片イオンの電荷を下げるためにこのPTR反応を用いた(Reid, G.E.; McLuckey, S.A. Journal of Mass Spectrometry 2002, 37, 663-675; Reid, G.E.; Shang, H.; Hogan, J.M.; Lee, G.U.; McLuckey, S.A. Journal of the American Chemical Society 2002, 124, 7353-7362; Amunugama, R.; Hogan, J.M.; Newton, K.A.; McLuckey, S.A. Analytical Chemistry 2004, 76, 720-727)。
【0004】
このようにして、衝突活性化解離によって得られた高荷電bおよびy-型断片イオンを、単一荷電分子に還元することが可能になり、解釈がより易しくなった。しかしながら、産物イオンの生産のためにCADを使用することは、下記を含むいくつかの欠点を抱えることになる。すなわち、
a)翻訳後修飾(すなわち、リン酸化およびグリコシル化等)を有するペプチドは、ペプチド骨格ではなく、むしろ修飾物を失うことによって断片化する場合がよくある。このタイプのペプチドイオン先駆体では、約(20%-30%)という比較的僅かなパーセントからしか、解釈可能/探索可能な産物イオンスペクトルが得られない。この傾向は、ペプチド内のアミノ酸数が増加するにつれて若干減少する(修飾物損失の傾向が減少する)。
b)複数の塩基性アミノ酸残基(Lys、Arg、およびHis)を含み、従って、2つ以上の電荷を担持するペプチドも、ペプチド骨格に沿ってランダムに断片化することができず、従って、前述の技法(CAD)によって分析した場合、不完全な配列情報しかもたらさない。
c)40を超えるアミノ酸を含むペプチドも、ペプチド骨格に沿ってランダムに断片化することができない。これらもまた不完全な配列情報しかもたらさない。
【0005】
従って、タンパク陽イオンのCAD断片化は、通常、該タンパクの翻訳後修飾に関する十分な情報をもたらさず、また、通例として、タンパク/大型ペプチドにおける各ペプチド結合を切断しない。典型的には、大型ポリペプチド分子(例えば、40を超えるアミノ酸)については、ほんの数個のbおよびy-型切断が観察されるにすぎず、その過程は、タンパクの初期の荷電状態に極めて依存する(Hogan, J.M.; McLuckey, S.A. Journal of Mass Spectrometry 2003, 38, 245-256)。CAD切断は、ランダムであり、予測不可能な性質があるために、このタイプの実験は、全タンパク配列特定のためには標準ツールとはならなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
天然のタンパクまたはペプチド、または大型のタンパク分解産物の、高速配列分析を可能とする新規方法の開発は、当該技術分野において長く求められていた。本発明はこの要求を満たすものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一つの態様は、サンプルに存在するポリペプチドを特定する、またはその存在を確認する、高速な方法に関する。一つの実施態様では、本発明は、単一の直線性イオントラップ質量分析器を用いることによって、少なくとも40アミノ酸長を持つポリペプチドの特定を可能とする。本方法は、ポリペプチドのカルボキシルおよびアミノ末端のアミノ酸配列を同時に特定するために質量分析器分析を用いることを含む。前述したように、ETDは、ペプチドのサイズまたは荷電(荷電>3と仮定する)によらず、本質的に全ての構成アミノ酸残基(プロリンを除く)のペプチド骨格結合の切断に相当する、完全な、またはほぼ完全な1組の切断産物(c,z-型断片)を、多くの場合生成する。本明細書に記載されるように、後続のイオン/イオン反応(プロトン移動反応、PTR)の導入によって、高荷電cおよびz-型断片の電荷を低減し、一連のcおよびz-型断片イオンを含むm/zスペクトルが得られ、これらは容易に解釈されて、それぞれ、アミノ末端およびカルボキシル末端の配列を明らかにする。
【0008】
一つの実施態様によれば、本方法は、多重荷電陽イオン状態におけるタンパクを、RF電場イオン含有装置に導入する工程、および、該電子移動試薬陰イオンから該タンパクへ向かう電子の移動を促進するために、気相電子移動試薬陰イオンを、該タンパクと混合することによって、解離産物陽イオンを生産させる工程を含む。次に、前記解離産物陽イオンから、プロトン受容試薬陰イオンへ向かうプロトンの移動を促進するために、解離産物陽イオンを、プロトン受容試薬陰イオンと接触させることによって、多重荷電解離産物陽イオン上の電荷を低減させ、従って、最終断片陽イオン集団が低電荷の(一つの実施態様では、単一電荷の)陽イオンから本質的に成るようにする。次に、該タンパクのアミノ末端およびカルボキシル末端の配列を決定し、かくして、該タンパクを特定するために、この単一電荷断片について質量(m/z)分析が行われる。要すれば、カルボキシルおよびアミノ末端配列を用いて、関連タンパク配列データベースを探索して該タンパクを特定することも可能である。一つの実施態様では、タンパクの特定はさらに、天然タンパクの分子量の質量分析的決定を実行することによってさらに明確化される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
[定義]
本明細書で用いる用語「ハロゲン」または「ハロ」は、ブロモ、クロロ、フルオロ、およびイオドを含む。
【0010】
本明細書で用いる「ハロアルキル」という用語は、少なくとも1個のハロゲン置換基を持つラジカルアルキルであって、例えば、クロロメチル、フルオロメチル、またはトリフルオロメチル等を指す。
【0011】
本明細書で用いるnが整数である「C1-Cnアルキル」という用語は、1から特定数の炭素原子を有する、分枝鎖または直鎖のアルキル基を表す。通常、C1-C6アルキル基は、メチル、エチル、n-プロピル、イソ-プロピル、ブチル、イソ-ブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ペンチル、ヘキシル等が挙げられるが、ただしこれらに限定されない。
【0012】
本明細書で用いる「アリール」という用語は、1個以上の芳香環を有する、単環または、複数環の、炭素環システムを指し、例えば、フェニル、ベンジル、ナフチル、テトラヒドロナフチル、インダニル、インデニル、アントラセニル等を含むシステムが挙げられるが、ただしこれらに限定されない。「任意に置換されるアリール」とは、ゼロから4個の置換基を有するアリール化合物を含み、「アリール置換体」とは、1から3個の置換基を有するアリール化合物であって、該置換基がヒドロキシル、C1-C4アルキル、ハロ、またはアミノ置換基を含む、アリール化合物を含む。
【0013】
「多環式芳香族炭化水素」という用語は、2個以上の芳香環(アリールおよびヘテロアリール環構造の中から選ばれる)を含む、複数炭素環システムを指し、例えば、ナフタレン、フルオレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテン、クリセン、トリフェニレン、ペリレン、アクリジン;2,2’ジピリジル;2,2’ビキノリン;9-アントラセンカルボニトリル;ジベンゾチオフェン;1,10’-フェナントロリン;9’アントラセンカルボニトリル;およびアントラキノンを含むが、ただしこれらに限定されない。「多環式芳香族炭化水素置換体」としては、1から3個の置換基を有する多環式芳香族炭化水素化合物であって、該置換基がアリール、ヘテロアリール、ヒドロキシ、C1-C4アルキル、ハロ、またはアミノ置換基を含む、化合物を含む。
【0014】
「ヘテロ環基」という用語は、1個以上のヘテロ原子を含む、単環または複数環炭素環システムであって、ヘテロ原子が、酸素、硫黄、および窒素から成るグループから選ばれるシステムを指す。
【0015】
本明細書で用いる「ヘテロアリール」という用語は、1個以上のヘテロ原子(例えば、O、N、およびS)を含む、1個以上の芳香環を有する、単環または複数環炭素環システムを指し、フリル、チエニル、ピリジル等を含むが、ただしこれらに限定されない。
【0016】
本明細書で用いる「巨大分子」という用語は、モノマー単位から成るポリマー、またはその誘導体を指し、合成的に誘導されたポリマーを始め、天然に見られるポリマーを含む。巨大分子の例としては、ポリペプチド、ポリサッカリド、および核酸が挙げられる。
【0017】
「ポリペプチド」および「タンパク」という用語は、少なくとも30アミノ酸長のアミノ酸ポリマーを指す。この用語は、本発明のポリペプチドの化学的、または発現後修飾を特定もしないし、排除もしない。ただし、これらのポリペプチドの化学的または発現後修飾は、特定の実施態様として含められる場合も、排除される場合もある。ポリペプチドに対する修飾としては、グリコシル基、アセチル基、リン酸基、脂質基、ユビキチン基の共有結合付着を含むが、これらは、ポリペプチドという用語の中に含まれることが明言される。さらに、これらの修飾を有するポリペプチドは、本発明に含まれる、または本発明から排除される、個別の分子として指定されてもよい。ポリペプチドの修飾は、ポリペプチドの任意の場所、例えば、ペプチド骨格、アミノ酸側鎖、およびアミノまたはカルボキシル末端を含む任意の場所に生じてもよい。同じタイプの修飾が、ある任意のポリペプチドのいくつかの部位に、同じ程度に、または様々な程度で存在してもよいことが了解されよう。(例えば、「タンパク−構造および分子の性質」(“PROTEINS-STRUCTURE AND MOLECULAR PROPERTIES”)、第2版、T.E. Creighton, W.H. Freeman and Company, New York (1993); 「タンパクの、共有結合による翻訳後修飾」(“POSTTRANSLATIONAL COVALENT MODIFICATION OF PROTEINS”), B.C. Johnson, Ed., Academic Press, New York, pgs. 112(1983); Seifer et al., Meth Enzymol 182:626-646(1990); Rattan et al., Ann NY Acad Sci 663:48-62(1992)を参照されたい)。
【0018】
本明細書で用いる「アミノ酸配列の決定」という句は、標的タンパクの連続アミノ酸配列の直接的決定を始め、標的タンパクの部分的および/または非連続的配列の決定、さらには、核酸またはタンパクのデータベース探索に基づいて完全配列を特定するために、標的タンパクの部分的および/または非連続的配列を用いること、さらには、観察された断片イオン質量を、既知のタンパクの既知のアミノ末端およびカルボキシル末端配列から導かれる予測断片と直接比較することにってタンパクを特定することを含むことが意図される。
【0019】
本明細書で用いる「アミノ末端配列の決定」および「カルボキシル末端配列の決定」という句は、タンパクの、それぞれのアミノまたはカルボキシル末端から10アミノ酸以内の、2を超える任意の長さのアミノ酸配列の決定を含むことが意図される。
【0020】
本明細書でイオン含有装置との関連で用いられる、陽イオンまたは陰イオンを「導入する」という用語は、これらのイオンを該含有装置に物理的に挿入することの外に、陽イオンと、試薬陰イオンとの接触を誘起することを含む。例えば、イオンの導入は、陽イオンと、含有装置の内部に既に存在するが、隔離されている試薬陰イオンを、隔離イオン同士を互いに接触する状態に移動させることによって接触させる工程を含んでもよい。同様に、「陽イオン/陰イオンを奪う」という用語は、陽イオンと、試薬陰イオンとの接触を終了することと定義される。例えば、イオンの奪取は、イオンの内の一つを、含有装置から物理的に奪うことの外に、陽イオンと試薬陰イオンの両方とも含有装置の内部に存在したまま、陽イオンと試薬陰イオンとを互いに隔離することも含む。
【0021】
本開示によれば、質量分析および多重イオン/イオン反応による、天然タンパクまたは大型タンパク分解産物の、アミノおよびカルボキシル末端配列の高速分析を実行する方法が提供される。一つの実施態様では、本法は、サンプルにおける、30、40、50以上のアミノ酸長のポリペプチドを特定する、またはその存在を確認するための高速な手段を提供する。サンプルは、標的ポリペプチドを純粋な形(例えば、99%を超える純度)で含んでいてもよいし、あるいは、他のポリペプチドまたは化合物を含んでいてもよい。サンプルはまた、他のタンパク/ペプチドから成る複雑な混合物、例えば、全細胞分解物から得られたものであってもよい。さらに詳細には、一つの実施態様では、本法は、第1のイオン-イオン反応(電子移動解離反応、ETD)を実行し、質量分析システムにおいてポリペプチドイオンの解離を実現する工程、次いで、イオン断片の荷電低下をもたらす第2のイオン-イオン反応(プロトン移動反応、PTR)を実行する工程を含む。この荷電低下は、イオンの質量分析を単純化し、ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端のアミノ酸配列を比較的速やかに導出することを可能とする。
【0022】
本明細書に記載される、アミノおよび/またはカルボキシル末端の配列決定は、該カルボキシルおよびアミノ末端について、アミノ酸の完全な連続配列が確立されることを要しない。そうではなく、この句はむしろ単純に、十分な数のアミノ酸残基、およびそれらの位置(または観察された断片イオン質量)が、カルボキシルおよびアミノ末端近傍において決定されること、比較的少数のタンパク(または、予測される断片イオン質量を持つ比較的少数のタンパク)を、この特定されたアミノ酸配列(または観察された断片イオン質量)と相関させることが可能であることを伝えるだけであることが意図される。質量分析によって導かれる配列は、1個以上のギャップまたは不確かなアミノ酸を有していてもよい。理想的には、配列情報は、データベース探索によって、その特定された配列と適合するたかだか1個または2個のタンパクの特定を可能とするものである。従って、タンパクの特定は、該タンパクのカルボキシルおよびアミノ末端配列の明示的な決定とは独立する。1から約10、または約20アミノ酸残基の長さを持つ、十分な数の、真のcおよびz-型イオン(前駆物質のアミノまたはカルボキシル末端を含む)が得られる限り、データベース探索法を用い、タンパクを特定するのに十分な、あるいは、同じアミノまたはカルボキシル末端配列を持つ、きわめて近縁のタンパク類のリストを少なくとも制作するのに十分な情報がある。さらに、タンパクの特定を助けるために、得られた配列情報を、質量分析によって決定されるタンパクの近似的分子量と組み合わせることも可能である。
【0023】
本法の一つの態様は、産物イオンスペクトルにおける主力イオンは、タンパクのカルボキシルおよびアミノ末端について特異的な情報を担っていることが予想されることである。他にも、カルボキシルおよびアミノ末端イオンと混合する、低電荷で、「低い」質量イオンがある場合がよくある。これは恐らく、内部断片イオン、すなわち、タンパクのカルボキシルおよびアミノ末端のいずれも含まない、複数のETD反応の産物と考えられる。高度に荷電した前駆体イオンについては、ETD反応速度は極めて速いので(このようなイオン-イオン反応の速度は、イオンの電荷状態の二乗と共に進む)、試薬陰イオンの数を制限しない限り、短い反応時間(1-5ms)であっても、生成される産物イオンは複数のETD反応の産物となる。従って、元の大型ポリペプチドの各イオン前駆体は、複数のペプチド断片イオンに区分されるが、その内の二つは、元のタンパク前駆体のどちらかの末端を含んでいなければらない。前駆体イオンの初期集団から得られるETD産物(前駆体イオン集団の全体電荷は、通常、10,000-100,000電荷の桁であり、+25前駆体の場合、これは、400から4000個の前駆体イオンとなる)については、各前駆体イオンは、1組の真のc-型(N-末端)断片と真のz-型(C-末端)断片の外に、様々な質量を持つ、多数の内部断片を生成する。ETD反応の数が増すにつれて、アミノおよびカルボキシル末端断片イオンは単純により短く、相対的により多数になる。長い、中間のアミノ断片、アミノおよびカルボキシル末端断片は、短い断片よりも高度に荷電され、従って、短いアミノおよびカルボキシル末端産物よりも速やかに反応することに注意しなければならない。ETD反応を抑制するために何かしない限り(試薬陰イオンの減衰)、異なる長さの、可能な限りの内部断片と関連する多量のイオンが生じる。
【0024】
内部断片は、総じて擬似ランダムな質量分布を示す。なぜなら、プロリンにおける切断を除き、ETDは、残基のタイプとは実質的に独立な切断を実行するからである。一つの装置の「高い」m/z範囲モード(4000のm/z範囲に対し低い分解能および低い感度のイオン分析を可能とする)を用いようと試みたところ、2000を超えるm/z範囲(単位分解能の走査モードおよび比較的高い分解能の走査モードにおける標準的m/z範囲)では、産物イオンのマススペクトルにおいて(電荷低減の後)内部断片の「雑音」イオンから、真のcおよびz-イオンを区別することが困難になった。
【0025】
驚くべきことに、ETD反応が、我々の制限された質量範囲に集中する産物を生産できるほど十分長く進行した場合には、良好なアミノおよびカルボキシル末端配列イオンを大きな分子から得ることが可能である。一つの実施態様によれば、本方法は、5,000ダルトンを超える質量を持つ前駆体イオンの、一つの実施態様では、10,000を超える質量を持つ前駆体イオンの、カルボキシルおよびアミノ末端の配列決定を可能とする。従って、本方法は、単位分解能および通常の質量範囲の質量分析器を用いたカルボキシルおよびアミノ末端配列の決定を可能とする(大抵のRFイオントラップ装置は、その標準的走査モードで、単位分解能および約2000ダルトン/単位電荷を実現する)。前述の外に、タンパクを特定するためには、マススペクトルにおいてカルボキシルまたはアミノ末端の、必ずしも連続配列の個々の全てを特定する必要はない(実施例4)。例えば、ペプチドの各末端の最初の12から18個の残基の内、5または6個の連続配列イオンが得られたならば、それは、半自動化法(手動で6個の残基配列を入力し、データベースでその配列タグを探索する)による配列特定(ID)にとって十分な情報である。十分に断片化したポリペプチドについて実施する場合、配列イオンの多くはスペクトルの中にあるので、極めて低い擬似陽性期待値を持つ直接的データベースマッチング(OMMSAプログラムの改訂版を用いて)を通じてポリペプチド特定を可能とする。一つの実施態様によれば、配列決定/タンパク特定のために利用される断片イオンm/zピークの質量(m/zではない)の少なくとも50%(または別の実施態様では、少なくとも70%)は、2000ダルトン未満である。一つの実施態様によれば、配列決定/タンパク特定のために利用される断片イオンm/zピークの質量(m/zではない)の少なくとも70%は、1500ダルトン未満である。一つの実施態様によれば、配列決定/タンパク特定のために利用される断片イオンm/zピークの質量(m/zではない)の少なくとも70%は、1000ダルトン未満である。
【0026】
一つの実施態様によれば、大型ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端アミノ酸配列を決定するための方法が提供される。一つの実施態様では、分析されるポリペプチドは、少なくとも30アミノ酸長である。別の実施態様では、ポリペプチドは、少なくとも40アミノ酸長である。別の実施態様では、ポリペプチドは少なくとも50アミノ酸長である。ポリペプチドは、通常はエレクトロスプレイ・イオン化法によってイオン化されて多重荷電陽イオンを形成し、陽イオンはETDによって解離される。次に、得られた断片は、4以下の低い単位電荷に電荷低減される。一つの実施態様では、ETD反応によって生成される荷電cおよびz-型断片は、解離断片の電荷を低減させるのに十分な時間、プロトン受容試薬陰イオンと接触させられる。このため、残存する断片は、3以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成るようになる。一つの実施態様では、ETD反応によって生成される、荷電cおよびz-型断片は、解離断片の電荷を低減させるのに十分な時間、プロトン受容試薬陰イオンと接触させられる。このため、残存する断片は、2以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成るようになる。電荷低減工程が完了したならば、残存する荷電断片に対して質量(m/z)分析を実施する。
【0027】
さらに詳細に言うと、一つの実施態様によれば、大型ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端アミノ酸配列を決定する方法は、多重荷電陽イオン状態にあるポリペプチドをRF電場イオン含有装置に導入する工程、および、気相電子移動試薬陰イオンを、前記イオン含有装置に導入する工程と、電子移動試薬陰イオン、またはその誘導体電子移動試薬イオンから、ポリペプチドへ向かう電子の移動を促進するために、導入された電子移動試薬陰イオン、またはその誘導体電子移動試薬イオンと、ポリペプチドを混合することによって、解離産物陽イオンを生成させる工程を含む。次に、気相プロトン受容試薬陰イオンが、イオン含有装置に導入され、前記解離産物陽イオンから、プロトン受容試薬陰イオン、またはその誘導体プロトン受容試薬イオンへ向かうプロトンの移動を促進するために、導入されたプロトン受容試薬陰イオン、または、その誘導体プロトン受容試薬イオンと、解離産物陽イオンとを混合することによって、多重荷電解離産物陽イオン上の電荷を低減させ、従って、残存する荷電cおよびz-型断片が、4以下の単位電荷の断片から本質的に成るようにさせる。次に、残存する荷電断片に対して質量(m/z)分析を実施し、このデータを用いてポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端配列が決定される。一つの実施態様によれば、本法はさらに、気相プロトン受容試薬陰イオンの導入の前に、電子移動試薬陰イオン、およびその誘導体電子移動試薬イオンを排除する工程を含む。一つの実施態様では、最初の天然ポリペプチドは、少なくとも5000ダルトンの質量を持ち、さらに別の実施態様では、ポリペプチドは、少なくとも10,000ダルトンの質量を持つ。別の実施態様では、PTR反応は、PTRの終了後に残存する荷電cおよびz-型断片が、3以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成るのに十分な時間行われる。別の実施態様では、PTR反応は、PTRの終了後に残存する荷電cおよびz-型断片が、2以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成る(一つの実施態様では、残存荷電cおよびz-型断片イオンが、単位荷電断片から本質的に成る)のに十分な時間行われる。
【0028】
一つの実施態様によれば、低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する工程は、RFイオントラップ質量(m/z)分析器によって実行される。一つの実施態様では、RFイオントラップ質量(m/z)分析器は、3D RFイオントラップ分析器、およびリニアイオントラップ分析器から成るグループから選ばれるイオントラップ分析器である。別の実施態様では、低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する工程は、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(FTICR)質量(m/z)分析器によって行われる。別の実施態様では、低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する工程は、飛行時間型質量(m/z)分析器によって実行される。別の実施態様では、低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する工程は、オービトラップ型質量(m/z)分析器によって実行される。
【0029】
元のタンパクの特定はさらに、未処理の前駆体イオンの質量を決定することによって補助できる。前駆体の分子量は、当業者に既知の標準技術によって、例えば、完全マススペクトルにおける、前駆体分子の様々な荷電状態と関連するルm/zピークの分布から決定することが可能である。別法として、特定の前駆体m/zを単離し、これに、いくつかの異なる荷電状態を持つ(しかし、装置のm/z範囲内にある)産物イオンが生成されるようにPTRを実施してもよい。前駆体の分子量(ダルトン)は、リニアトラップ装置を単位分解能モードで用いることによって、上記データから+/-1.0%よりもはるかに優る精度で(恐らく0.1%により近い値で)簡単に推定することが可能である。分子量情報を加えることは擬似陽性率を下げることになるから、結果の確かさは向上する。
【0030】
一つの実施態様によれば、タンパクの分子量と結び付けたアミノおよびカルボキシル末端の配列決定を、既知のタンパクの、翻訳後修飾またはスプライス変異種の存在の検出に用いることが可能である。さらに詳細には、元のエレクトロスプレイ・イオン化スペクトルから、それに基づいてタンパクの分子量が計算できるシグナルが得られる。アミノ末端およびカルボキシル末端配列情報によるデータベース探索によって、分析されるタンパクが特定される。この分子量が、配列データベース探索によって特定されたタンパクのものと合致しなかった場合、該タンパクは、翻訳後修飾されたか、あるいは、いくつかのスプライス変異種の内の一つであると結論される。スプライス変異種の検出は、ETD能力の重要な一面である。なぜなら、タンパクを消化し、ペプチドを分析するという従来の方法は、ある特定のスプライス変異種に特異的な断片を検出することもあるし、しないこともあるからである。
【0031】
別の実施態様では、本発明は、生物工学および製薬産業における商品として販売される、組み換えタンパクおよび抗体産物を含む組成物の特性解明のために使用することが可能である。米国食品薬品局の承認は通常、製品が、生産中にアミノまたはカルボキシル末端において欠損されないことを示す証拠を企業が提供することを要求する。本明細書に記載される方法は、今やこのような情報を生成するための特選法となる。企業はまた、製品は、クローン用生物体(細菌、酵母等)由来のタンパクによって汚染されていないことを示さなければならない。本明細書に記載される、タンパクサンプル分析法はまた、商品サンプル中の全てのタンパク汚染を特定する筈である。
【0032】
一つの実施態様では、特定の対象とされる元のタンパクは、エレクトロスプレイ・イオン化法によってイオン化される。この工程では、高度に荷電された未処理タンパクイオンの形成がもたらされる。次に、この多重荷電タンパクイオンは、リニアイオントラップ質量分析器中に集められ、電子移動解離を誘発することが可能な、選択された陰イオンとイオン/イオン反応させられる。この反応は高速で進み(約1-50ms)、ペプチド骨格の広範な断片化が引き起こされ、それによって、高度に荷電したcおよびz-型断片イオンの形成がもたらされる。第1回のイオン/イオン反応の完了後、ETD-誘発性陰イオンは取り除かれ、電荷低減を実行することが可能な、第2組の陰イオンに置き換えられる(10-250 ms)。この陰イオンの目的は、ETDによって形成された多重荷電断片から、過剰な電荷を取り除くことである。
【0033】
本発明の一つの実施態様では、第2回目のイオン/イオン反応の持続時間は、完了時、本質的に単一荷電のみのcおよびz-型断片しか残っていないように調整される。最後に、第2陰イオンが除去され、得られたcおよびz-型イオンのm/z分析が実行される。次に、生成されたマススペクトルは、cおよびz-シリーズの断片イオンを含む。c-シリーズにおいて近傍イオンを差し引くことによって、タンパクのアミノ末端の配列を導き出すことが可能であり、同様に、zシリーズにおけるイオンの差し引きによって、カルボキシル末端の配列分析が可能である。
【0034】
一つの実施態様では、最初の大型ペプチド/タンパク前駆体イオン集団は、最初の陰イオン集団よりもはるかに大きいので、産物イオンが、二次的電荷移動反応を受けて、「内部」断片イオンを生成する確率を下げる。反応の終了時、未反応前駆体イオンは、その関連する空間電荷が、質量分析器の機能を妨げることがないようにトラップから取り除かれる。
【0035】
従って、本発明の一つの態様は、速やかなタンパク特定を可能とする、アミノおよびカルボキシル末端タンパク配列決定のための、連続イオン/イオン反応に関する。本法は、対象とするタンパク陽イオンの、二つのタイプの陰イオン、すなわち、ETDを誘発する陰イオンと、PTRを誘発する陰イオンとのイオン/イオン反応を利用する。この両タイプの陰イオンは、メタンを反応ガスとして用いる化学的イオン化(CI)供給源において同時に生成することが可能である(図3および4を参照)。0.7 torr圧において70 eV電子でメタンを電子照射すると、CH4+、CH3+、および、近熱電子の集団が生成される。一つの実施態様では、二つの反応用の陰イオンを生産するために、フルオランテンおよび安息香酸の分子が気化されて、化学イオン化供給源に送り込まれ、熱電子集団と反応させられる(Hunt, D.F.; Stafford, G.C.; Crow, F.A.; Russell, J.W. Analytical Chemistry 1976, 48, 2098; Hunt, D.F.; Crow, F.A.; Analytical Chemistry 1978, 50, 1781-1784)。反応の例は下記に示される。種々の陰イオンが試験されたが、これらの陰イオンは大きく二つのカテゴリーに分けられる。すなわち、多重プロトン化ペプチドと反応して、電子を移動させ(ETD)、低電荷陽イオン分子の解離をもたらすものと、多重プロトン化ペプチド/タンパクから、解離させることなく、プロトンを奪うもの(プロトン移動、PTR)とである。
【0036】
【化1】

【0037】
一つの実施態様では、連続イオン/イオン反応は、先ず、例えば、エレクトスプレイ・イオン化法を用いて、大型ペプチドおよび全体タンパクをプロトン化することによって実行される。次に、この多重荷電ポリペプチドは、分節型の2D-多極イオントラップ器の一端に、直線軸に沿って注入され、前部セグメントに保存される。次に、陰性イオンが、同じ分節型の2D-多極イオントラップ器の直線軸に沿って、ただし対抗端から注入される。安息香酸由来の陰イオン、および、フルオランテン由来の陰イオンを除く他の全て、および、m/zが前駆体ポリペプチドのm/zに近すぎて前駆体ポリペプチドの損失なしには取り除くことのできないバックグラウンド陰イオンが、イオントラップ器の中央セクションから除去される。フルオランテンの陰イオンは、リニアイオントラップ器の中央セクションに保存され、次に、多重荷電タンパクイオンと混合される。定められた反応時間の後、フルオランテン陰イオンは軸方向に放出され、一方、陽イオン産物は、イオントラップ器の前部セクションに戻される。
【0038】
反応しなかった前駆体陽イオンおよび解離されなかった産物も、トラップから選択的に除去されてよい(典型的には、共鳴排除による)。次に陰イオンが、リニアイオントラップ器の中央セクションに再び注入される。今度は、フルオランテンの陰イオンがリニアイオントラップ器の中央セクションから選択的に除去され、安息香酸由来の陰イオン、および少数のバックグラウンド陰イオンが残される。最初に中央セクションに保存されていた安息香酸の陰イオンは、前のETD反応によって生産されたcおよびz-型断片と混合される。もう一つの定められた反応時間の後、安息香酸陰イオンは軸方向に放出され、最後に、cおよびz-型産物のm/z分析が実行される。
【0039】
多重荷電(プロトン化)ペプチド、(M + nH)+nが、奇数電子ラジカル陰イオンA・−(フルオランテン陰イオンのような)、または偶数電子ラジカル陰イオンA(安息香酸陰イオンのような)のいずれかに遭遇する際、二つのタイプの反応が起こってもよい。番号nが先駆体イオンにおける最初の荷電の数(>2)を決める整数である、多重プロトン化タンパク陽イオンについて考慮する。後述するように、電子移動(方程式7および10)か、プロトン移動(方程式8および9)のいずれかを含む、主に二種類の反応が観察される。電子移動反応(方程式7および10)は、水素ラジカルを生成し、これが、ETD条件下で観察されるペプチド骨格の断片化を駆動すると考えられている。プロトン移動反応(方程式8および9)は、ペプチド上の電荷を低減するが、断片化を促進することはできない。
【0040】
【化2】

【0041】
陽イオンと陰イオンとが結合複合体を形成し、それが次に解離して各種産物イオンを生成する、関連反応もまた観察されている。
【0042】
フルオランテンは、方程式7に定義される反応の促進に特によく働く。逆に、安息香酸の陰イオンは、もっぱら方程式9に示される経路を通じて反応する。図5Aおよび5Bは、三重プロトン化リン酸化ペプチドと、両陰イオンのイオン/イオン反応を(別々に)示す。図5Aは、PDCH(約100 ms)のイオン/イオン反応によって得られた産物を示す。この反応において、PDCH陰イオンは、ペプチドからプロトンを奪い、電荷低減されたペプチドを後に残す(+1および+2産物)。図5Bは、フルオランテン陰イオンの、同じ三重プロトン化ペプチドとのイオン/イオン反応(約65 ms)によって得られた産物を示す。この反応の後、ペプチドの広範な断片化が観察される。PDCH陰イオンの場合のようにプロトンを奪う代わりに、フルオランテン陰イオンは、多重プロトン化ペプチドに電子を付与する。電子付加によって、ペプチド骨格の切断および広範な解離が誘発される。
【0043】
図6Aおよび6Bは、ヒト・ヒストンH3(1-50)由来50残基ポリペプチドの+10荷電状態に対する、それぞれ、フルオランテン/安息香酸の連続的イオン/イオン反応から得られた産物イオンマススペクトルを示す(これらのスペクトルは、約2秒の獲得時間を持つ5回走査の平均である)。ポリペプチドの複雑な混合物(タンパクは通常、翻訳後において広範に修飾されるので、細胞中では、極めて多数の、様々な翻訳後修飾変異分子として存在する)は、逆相分離毛細管カラムに負荷され、60分に渡る勾配で溶出される。m/z 577および荷電状態+10を持つ、初期の溶出ポリペプチド変異分子から得られた産物イオンスペクトルを図6Aに示す。これらの産物は、m/z 577の、フルオランテンのラジカル陰イオンとの15 msに渡る初回イオン/イオン反応、およびそれに続く、安息香酸の陰イオンとの150 msに渡る第2のイオン/イオン反応から得られたものである。スペクトルから、アミノ末端から16番目残基まで延びる、ほぼ完全なc-型イオンのシリーズが観察された。さらに、さらに、カルボキシル末端の15番目残基まで、可能な全てのz-型イオンが観察された。これらの産物イオンは全て単一プロトン化分子として検出される。さらに、スペクトルは、多重荷電cおよびz-型産物イオンは、仮にあったとしてもごく僅かしか含まない。実質量の多重プロトン化断片の存在は、仮にあったとしても、全て割り引かれるのであるから、産物イオンマススペクトルの解釈は紛れがない。
【0044】
図6Bは、同じ50アミノ酸ポリペプチドの後期溶出成分について得られた結果を示す。この場合、前駆体m/zは、荷電状態+10の580である。再び、広範なcおよびz-型断片化が観察され、該ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル両末端の特性解明が可能とされる。この二つのスペクトルを比較することによって下記のPTMが明らかにされる。すなわち、ペプチド#1では、リシン4のメチル化、リシン9および36のジメチル化、および、ペプチド#2では、リシン4のメチル化、リシン9のジメチル化、および、リシン37のメチル化である。ここに、我々は、この連続イオン/イオン反応法は、ポリペプチド/タンパク陽イオンのアミノおよびカルボキシル末端の配列を特定することに加えて、タンパクのPTMにおける、微小ではあるが重要な変化を明らかにすることができることを示す証拠を提示する。
【0045】
従来のプロテオミクス法は、相補的断片イオンの観察に依存する。すなわち、断片イオンペア、例えば、b/yまたはc/zのようなペアで、その合計が、前駆体物質の分子量に一致するペアの位置づけに依存する。2000 m/zに限局された質量範囲を持つ、リニアイオントラップ質量分析器の場合、大型のポリペプチド/タンパク陽イオンから得られる、予想される単一荷電cおよびz-型産物イオンのほとんどは、この質量範囲を大きく超えると考えられる。にも拘わらず、ETDは、タンパク全体に渡って広範な骨格切断を実現し、かつ、電荷低減工程が、全ての産物イオンの単一電荷性を確保するので、アミノおよびカルボキシル末端の配列を、相補的イオンペアを位置づけることをしないでも、簡単に特定することが可能である。比較的高いm/zを持つcおよびz-型断片が生産されることもあるけれども、それらは、現在のリニアイオントラップ質量分析器の制限された質量範囲のために、単純に検出されないことに注意されたい。別の実施態様では、PTR反応期間は、1を超える断片イオン電荷状態の観察を可能とするために短縮されてもよい。これによって、もしそうしなかったら質量分析器のm/z範囲を超えてしまうと考えられる、より大型の断片分子も観察することが可能となると考えられる。
【0046】
この質量範囲の制限は、質量分析器技術が進歩するにつれて緩和されよう。先ず、スタンドアローン型リニアイオントラップ質量分析器の質量範囲の拡張における進歩が、来る数年の内に期待されている。m/z範囲が単に2倍になるだけでも、現状の15残基に対して、タンパクの30残基の最初および最後の検出にほぼ相当する。他のハイブリッド型質量分析器においても、著明に質量範囲を、従って提案実験から得られる配列取得の範囲を拡大することが期待される。この配置では、リニアイオントラップ質量分析器は、前述の連続反応を実行するために利用される。しかしながら、反応後、産物イオンは、m/z分析のために第2の質量分析器に送られる。第2の質量分析器としては、飛行時間型(TOF)、オルビトラップ、およびイオンサイクロトロン共鳴(ICR)を含むが、ただしこれらに限定されない。これらの第2の分析器の使用は、質量範囲を実質的に延長することになるので、生成される全てのcおよびz-型イオンの観察が可能となる。分解能が比較的高いのであれば、PTR反応の持続を短縮し、そうすることによって1を超える電荷状態を可能とすると有利であると考えられる。当然ながら、配列取得の範囲が延長すればするほど実験の利便性は向上するであろう。
【0047】
しかし、現在のスタンドアローン型リニアイオントラップ質量分析器を用いる、本明細書に記載される連続イオン/イオン方法にも、直ちに応用できる用途がある。この実験のタイムスケールは低いので、すなわち、約500 - 700 ms/走査であるので、工程は、クロマトグラフィーと共に簡単に実行される。本明細書に記載される実験は、クロマトグラフィー分離と適合する、最初の、全体タンパク分析実験を提供する。全体タンパクから成る複雑な混合物を、上に詳述したポリペプチド分析と同様にしてすぐさま分析することが可能である。得られた産物イオンスペクトルは、既知の全タンパクを含むコンピュータデータベースに対して探索することが可能である。従来の探索アルゴリスムを簡単に修飾するだけで、タンパクの特定は紛れのないものとなる。
【0048】
一つの実施態様によれば、タンパクの分子量と組み合わせたアミノおよびカルボキシル末端配列の決定を用いて、既知のタンパクの、翻訳後に修飾された変異分子およびスプライス変異分子を特定することが可能である。さらに詳細には、元のエレクトロスプレイイオン化スペクトルから、それに基づいてタンパクの分子量が計算できるシグナルが得られる。最近、既存のMS-データベース探索アルゴリスム(OMSSA; Geer et al., Journal of Proteome Research 3(5):958-964 SEP-OCT 2004)が、図10、11、12、および14に示される全タンパクデータを探索するように改善された。プログラムは、分子種特異的非冗長タンパクデータベースに含まれる全ての(未処理の)タンパクの、最初の17個のcおよびzイオンを計算するように改変された。各タンパクにおいてETD/PTR連続反応から導かれる生データを、データベースの全タンパクの計算された最初の17個のc/zイオンと(個別に)相関させた。いずれの場合も、高い確率の、真陽性スコア付きで適正なタンパクが特定された。この結果は、全体タンパクを速やかに高い確度をもって特定する点における、ETD/PTR連続イオン/イオン反応と、それに続くm/z分析の、独特の能力を確認するものである。
【0049】
一つの実施態様では、得られた産物イオンスペクトルは、既知の全タンパクのデータベースに対して探索される。各スペクトルは、タンパクのアミノ末端におけるアミノ酸配列に一致する、一連のc-型イオンと、該タンパクのカルボキシル末端におけるアミノ酸配列に一致する、一連のz-型イオンを含む。この情報は、大抵のタンパクを特定するのに十分な筈である。未処理のタンパクの分子量は、前駆体の、元のエレクトロスプレイイオン化マススペクトルで観察されるm/z値からも知られる。これを用いることによって、タンパクの本体の確認、あるいは、分子の中に翻訳後修飾、スプライス変異種、または突然変異が存在するかどうかに関する示唆が得られる。前述の技術の使用は、バイオテクノロジー/製薬産業において薬剤または診断薬として採用される、末端欠損異性体を含む組み換えタンパクの特性解明にとって、特に貴重なものとなる筈である。
【0050】
一つの実施態様によれば、多重荷電ポリペプチド陽イオンを解離する方法が提供される。本法は、多重荷電陽イオンをRF電場イオン含有装置に導入する工程、気相電子移動試薬陰イオンを前記イオン含有装置に導入する工程、および、導入された試薬陰イオンを、該試薬陰イオン、またはその誘導体試薬イオンから、多重荷電陽イオンへ向かう電子の移動を促進するように、多重荷電陽イオンと混合する工程を含む。各陽イオンおよび/または陰イオンを直接RF電場イオン含有装置に注入することによって、混合して反応させること、あるいは、別態様として、注入した後で混合される前に、注入した陽イオンおよび/または陰イオンにさらに操作を加えることも可能であり、これらはいずれも本発明の範囲内と見なされる。
【0051】
一つの実施態様によれば、陽イオンはRF電場イオン含有装置に注入された後、下記の操作の内の一つ以上が該陽イオンに施される。この最初の陽イオン集団に対し、m/z単離、プロトン移動電荷低減(イオンパーキングを含む)、光解離、衝突活性化、および、元の注入陽イオン集団から多重荷電陽イオン誘導体を生産するための、イオン-分子反応が実施されてもよい。同様に、最初に注入された陰イオンに対しても、該陰イオンを陽イオン(または陽イオン誘導体)と混合する前に、各種の操作を加えてもよい。特に、陰イオン集団に対し、下記の操作の内の一つ以上を実施してもよい。すなわち、m/z単離、光解離、衝突活性化、および、元の注入陰イオン集団から単一または多重荷電陰イオン誘導体を生産するための、イオン-分子反応である。
【0052】
従って、一つの実施態様では、多重荷電ポリペプチド陽イオンが、RF電場イオン含有装置に注入され、気相電子移動試薬陰イオンがイオン含有装置に導入され、次に、注入された陰イオンおよびポリペプチド陽イオンが、要すれば任意に操作され、次に、試薬陰イオン、または、その誘導体試薬イオンから、多重荷電ポリペプチド陽イオン、またはその誘導体多重荷電ポリペプチド陽イオンに向かう電子移動を促進するため、解離産物ポリペプチド陽イオンを生成するように、導入された試薬陰イオン、またはその誘導体試薬イオンが、多重荷電ポリペプチド陽イオン、またはその誘導体多重荷電ポリペプチド陽イオンと混合される。
【0053】
一つの実施態様によれば、導入された試薬陰イオン、またはその誘導体試薬イオン、および多重荷電ポリペプチド、またはその誘導体多重荷電ポリペプチドの運動エネルギーは、1電子ボルト未満である。一つの実施態様によれば、イオン含有装置におけるバックグラウンドの気体分子との衝突は、混合および反応工程の間、陰イオンおよび多重荷電陽イオンの運動エネルギーを、近熱エネルギーレベルに下げるのに用いられる。
【0054】
一つの実施態様によれば、RF電場イオン含有装置は、RFイオンガイドである。別の実施態様では、RF電場イオン含有装置は、RFイオントラップである。本発明において使用するのに好適な、そのような一つの装置は、RFリニア多極性イオントラップであり、一つの実施態様では、RFイオントラップは、RF 三次元多極性イオントラップである。一つの実施態様では、陰イオンは、RFリニア多極性イオントラップの直線軸に沿って注入される。
【0055】
一つの実施態様によれば、陽性多重荷電ポリペプチドは、陽性多重荷電ポリペプチドをイオントラップに導入し、気相陰イオンをイオントラップに導入し、ラジカル陰イオンから陽性多重荷電ポリペプチドに向かう電子移動を促進するために、ETDを用いて、気相陰イオンと陽性多重荷電ポリペプチドとを混合することによって、陽性多重荷電ポリペプチドの断片化を誘発して、電子移動解離産物イオンを生成するように断片化される。本明細書で用いるイオンをイオントラップに導入するという用語は、イオントラップに直接注入されるイオンばかりでなく、イオンがイオントラップに注入された後で、その最初に注入されたイオンから生成される誘導体イオンも含むことが意図される。イオントラップは、当業者に既知のイオン含有装置の内のいずれから選ばれたものであってもよい。好適な装置としては、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(FTICR)質量分析器、RF 三次元多極性イオントラップ(QIT)、およびRFリニア二次元多極性イオントラップが挙げられる。一つの実施態様では、装置は、それが、陰イオン/陽イオンを別々に保存し、その後それらを混合する能力に基づいて選択される。一つの実施態様では、イオントラップはRFイオントラップであり、さらに詳細には、一つの実施態様では、RFイオントラップは、分節型のリニアRF多極性イオントラップである。
【0056】
多重荷電ポリペプチドと陰イオンの混合中または後に、電子移動解離産物イオンに対し、さらに新たに活性化エネルギーを付与してもよい。さらに詳細には、電子移動解離産物イオンに対し、従来型の衝突活性化解離産物を実質的に生成すること無しに、電子移動型解離経路を起動するのに十分なエネルギーが供給される。一つの実施態様によれば、本法は、20%未満のCAD産物を生成し、さらに別の実施態様では10%未満のCAD産物が生成され、さらに別の実施態様では5%未満のCAD産物が生成され、さらに別の実施態様では、約1%未満のCAD産物が生成される。エネルギーは、光活性化または衝突活性化の形で供給することも可能である。一つの実施態様では、電子移動解離産物イオンに対し、低エネルギー非共鳴域衝突活性化を実施する。その際、生成される産物の20%未満が、従来型の衝突活性化解離産物である。一つの実施態様によれば、電子移動解離産物イオンは、多重荷電ポリペプチドを陰イオンと混合した後、q=0.15以下、正規化活性化エネルギー20%以下で60 ms持続時間を持つ、低減Finnigan LTQ CAD条件によってさらに活性化される。一つの実施態様では、低減活性化条件は、0.13以下のq値、および17%の正規化活性化エネルギー、60 msの持続時間を含む。
【0057】
一つの実施態様によれば、多重荷電ポリペプチドが陰イオンと混合され、電子移動解離産物イオンが形成された後、残存する陰イオンはリニアイオントラップから放出され、一方、電子移動解離産物イオンは、リニアイオントラップの内部に保持される。次に、この残存する電子移動解離産物イオンに対し、約5%未満、または全体イオン産物の約20%未満の、従来型衝突活性化解離産物を生成するには不十分な、低エネルギー非共鳴域衝突活性化を行う。
【0058】
次に、電子解離法によって生成される電子移動解離産物イオンは、第2のタイプの陰イオンに接触させられる。このイオンは、電子移動解離産物から実質的にプロトンだけを取り除き、従って解離産物の電荷を低減する。一つの実施態様では、第1電子移動陰イオンは、イオントラップから排除され、次に、第2タイプの陰イオンがリニアイオントラップに導入され、解離産物と混合される。一つの実施態様によれば、第2の陰イオンタイプは、カルボン酸、フェノール、およびアルコキシド含有化合物から得られる。一つの実施態様では、第2陰イオンは、安息香酸、PDCH、SF6、およびPFTBAから成るグループから選ばれる化合物の陰イオンである。
【0059】
本開示は、本明細書に記載されるアッセイおよび方法のみに限定されると考えてはならず、他の方法およびアッセイも含むものと考えなければならない。当業者であれば、本明細書に記載される手順を実行するのに利用可能なアッセイおよび方法は他にもあることを承知であろう。
【0060】
別の実施態様によれば、多重荷電ポリペプチドイオンからの電子の移動(抽出)を含むイオン-イオン反応は、RF電場イオン含有装置内においてポリペプチド分析対象イオンの陰性電子移動解離(NETD)を実行するために使用される。このETD工程において、多重荷電ポリペプチド分析対象イオンは陽イオン(陽性イオン)である。NETD工程では、多重荷電ポリペプチド分析対象イオンは陰イオン(陰性イオン)である。ETDと区別するために、陰性電子移動解離(NETD)という用語を用いる。ETDとNETDとは、分析対象とされるイオンが共に反対極性であること、および、分析対象に対する電子移動の方向が互いに逆向きであることからも察せられるように、二つの、別々の異なるタイプの解離促進性イオン-イオン反応を表す。これらの異なる工程によって、分析対象ポリペプチドイオンの骨格に沿った、様々な化学的結合の解離がもたらされる。
【0061】
一つの実施態様によれば、大型のポリペプチドについて、そのアミノおよびカルボキシル末端配列は、NETDを行い、その後、気相プロトンドナー試薬陽イオンをイオン含有装置に導入し、プロトンドナー試薬陽イオン、またはその誘導体プロトンドナー試薬陽イオンから、前記解離産物陰イオンへ向かうプロトンの移動を促進するために、導入されたプロトンドナー試薬陽イオン、または、その誘導体プロトンドナー試薬陽イオンと、解離産物陰イオンとを混合することによって、多重荷電解離産物陽イオン上の電荷を低減させ、従って、残存する荷電cおよびz-型断片が、4以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成るようにさせ、次に、ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端配列を決定するために、残存する荷電断片に対して質量(m/z)分析を実施する。一つの実施態様によれば、NETD誘発性陽イオンは排除され、解離産物陰イオン断片の電荷低減(10 - 250 ms)を実行することが可能な、第2組の陽イオンに置換される。この反応の目的は、多重荷電断片から過剰な電荷を取り去ることである。第2のイオン/イオン反応の持続時間は、完了時、本質的にごく低単位の電荷を持つ(例えば、4単位の電荷、および、一つの実施態様では単一電荷を持つ)aおよびx-型断片しか残らないように調整される。最後に、第2陽イオンが排除され、得られたcおよびz-型イオンのm/z分析が実行される。生成されたマススペクトルは、cおよびz-シリーズの断片イオンを含む。aシリーズから近傍イオンを差し引くことによって、タンパクのアミノ末端の配列を導き出すことが可能となり、同様に、xシリーズからイオンを差し引くことによって、カルボキシル末端の配列分析が可能となる。
【0062】
一つの実施態様によれば、ETDは、オンライン・クロマトグラフィーと結合させた連続イオン/イオン反応を用いることによって天然のタンパクの直接的配列分析のために使用することが可能である。この実施態様では、先ず、多重荷電ポリペプチドが単離され、リニアイオントラップ質量分析器において単一または多重荷電陰イオンと反応させられる。一つの実施態様では、陰イオンは、ラジカル陰イオンであり、別の実施態様では、陰イオンは、単一電荷を持つラジカル陰イオンである。比較的短い反応後(約5から約20 ms)、残存する陰イオンはイオントラップから排出され、ポリペプチドイオン産物は、イオントラップに注入される第2の陰イオンと反応させられる。トラップに注入される第2陰イオンは、そのプロトン受容性能に基づいて選ばれる。ポリペプチドイオン産物からのプロトンの移動は、産物スペクトルを単純化して単一プロトン化断片イオンのみを含むようにさせ、かつ、前駆体タンパクのアミノおよびカルボキシル末端配列を特徴づける、均一シリーズの、単一電荷を持つcおよびz-型断片イオンを生成させるのに役立つ。一つの実施態様では、イオントラップに注入される第2陰イオンは、安息香酸の偶数電子陰イオンであり、反応は約75から約150 msまで行われる。
【0063】
本発明は、質量分析および多重イオン/イオン反応による、天然タンパク、または大型のタンパク分解産物の、アミノおよびカルボキシル末端配列の高速分析のための新規な方法を明らかにする。この配置の一つの実施態様では、天然タンパクは、エレクトロスプレイ・イオン化法によってイオン化される。これは、一般に、高度に荷電された天然タンパクイオンの形成をもたらす工程である。多重荷電タンパクイオンが、リニアイオントラップ質量分析器に蓄積され、これに対して、電子移動解離を誘発することが可能な選択された陰イオンによるイオン/イオン反応が課せられる。この反応は急速に進み(5 - 50 ms)、ペプチド骨格の広範な断片化と、同時に、高度に荷電されるcおよびz-型断片イオンの形成をもたらす。
【0064】
第1のイオン/イオン反応の完了後、ETD誘発性陰イオンは排除され、電荷低減をすることが可能な、第2組の陰イオンに置き換えられる(10 - 250 ms)。この反応の目的は、多重荷電断片から過剰な電荷を取り去ることである。第2のイオン/イオン反応の持続時間は、完了時、単一電荷を持つcおよびz-型断片しか残らないように調整される。最後に、第2陰イオンが排除され、得られたcおよびz-型イオンのm/z分析が実行される。生成されたマススペクトルは、cおよびz-シリーズの断片イオンを含む。cシリーズにおいて近傍イオンを差し引くことによって、タンパクのアミノ末端の配列を導き出すことが可能となり、同様に、zシリーズにおいてイオンを差し引くことによって、カルボキシル末端の配列分析が可能となる。
【0065】
アミノおよびカルボキシル末端配列情報と関連して、標的ポリペプチドの分子量も、質量分析によって決定することが可能であり、これは、サンプル中に存在する未知のポリペプチドを特定するのに役立つ。分子量は、当業者には既知の質量分析技術、例えば、エレクトロスプレイ・イオン化法(ESI)、およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)を含む技術によって定めることが可能である。一つの実施態様では、天然タンパクの分子量は、エレクトロスプレイ・イオン化・マススペクトルに観察される、同じポリペプチド分子の様々な荷電状態と関連するm/z値から決定される。
【0066】
一つの実施態様によれば、質量分析器においてペプチドをランダムに断片化する方法は、下記の工程を含む。
【0067】
気相陰イオンは、低電子アフィニティー基質から生成されるが、その生成は、無機および有機分子を気化し、タウンゼンドの放電ソースの中に、または、メタン、イソブタン、またはアルゴンのようなバッファーガスによって操作される、従来型の陰性イオン化学的イオン化ソースの中に送り込むことによって行われる。これらのソースは、多量の熱電子を生成するが、これらの電子は、気相の有機または無機の分子によって捕獲される。
【0068】
次に、所望の陰イオンが、イオン保存装置に注入されるが、この注入は、電子解離による陰イオンの破壊を除去、または最小化するように行われる。一つの実施態様では、この工程は、分節型の熱電子・二次元-四極リニアイオントラップ(LTQ)の中に、装置の直線軸に沿って陰イオンを注入し、該イオンを、装置のセグメント2に保存することを含む。ヘリウム浴ガスとの激しい衝突は、このプロトコールによって抑えられる。従って、この工程では、幅広い電子アフィニティーを持つ基質から、ETD用陰イオンを採用することが可能である。
【0069】
多重荷電ペプチドイオンは、エレクロスプレイ・イオン化法によって生成され、イオン保存装置に注入され、陰イオンと反応させられる。一つの実施態様では、この工程は、分節型の二次元-四極リニアイオントラップの中に、装置の直線軸に沿って多重荷電陽性イオンを注入し、該イオンを、装置の前部セクションに保存することを含む。
【0070】
この二つのイオン集団は、陰イオンから、多重荷電陽性イオンへの電子移動を促進するように、中央セクションにおいて混合される。ラジカルから陽性荷電サンプルイオンに向けての電子移動は、サンプルポリペプチドの断片化を引き起こすのに十分なほど発熱性である。残存する陰イオンはイオントラップから排除され、ポリペプチドイオン産物は、イオントラップに注入される第2陰イオンと反応させられる。トラップに注入される第2陰イオンは、多重プロトン化ポリペプチド陽イオンからプロトンを抽出する、その能力に基づいて選ばれる。ポリペプチドイオン産物からのプロトンの移動は、産物スペクトルを単純化して、単一プロトン化断片イオンのみを含むようにさせ、かつ、前駆体タンパクのアミノおよびカルボキシル末端配列を特徴づける、均一シリーズの、単一電荷を持つcおよびz-型断片イオンを生成させるのに役立つ。
【0071】
[試薬陰イオン]
前述したように、正の電子アフィニティ(EA)を持つ(発熱的に反応し、安定な、または一時的に安定なラジカル陰イオンを形成する)分子ならいずれも電子ドナーとして機能することが可能であり、従って、電子移動解離反応における試薬として使用される潜在能力を持つ。さらに我々はまた、多重荷電ペプチドと反応すると、電子を移動してETDを実行する偶数電子分子を形成するような、いくつかの化合物を特定した。従って、ラジカル陰イオンの形成は、ある陰イオンが電子移動性能を持つかどうかを決めるための唯一の基準ではない。我々の元々の研究は、いくつかの化合物、すなわち、FC-43(パーフルオロトリブチルアミン、PFTBA)、6フッ化イオウ(SF6)、パーフルオロ-1,3-ジメチルシクロヘキサン(PDCH)、ヘキサフルオロベンゼン(C6F6)から得られる陰イオンを利用した。この研究では、ETD型断片化が観察されたが、しかし主にプロトン移動反応が起こった。次に、我々は、ある選択されたペプチドイオンと反応する特定の陰イオン分子を単離する能力について研究を開始した。その時、我々は、前述の分子ではなく、バックグラウンドのイオンが、低レベルETD断片化を起していることを発見した。6フッ化イオウおよびPDCHの両方から陰イオンを単離したところ、これらの陰イオンのみがプロトン移動反応を誘発するが、検出できるほどのETDは観察されないことが明らかになった。
【0072】
次に、試薬として、C14H10・−に変換されるアントラセンのような芳香族分子を調べた。陰イオンに向けてのプロトン移動を抑えるために、9,10-ジフェニルアントラセンを試薬として用いることも可能である。電子移動解離を促進するための陰イオンとして使用される、さらに別の芳香族化合物としては、芳香族炭化水素(多環アリール)、および芳香族炭化水素置換体が挙げられる。一つの実施態様によれば、下記の一般式を持つ複数芳香環炭水化物が提供される。すなわち、
【0073】
【化3】

上式において、nは1か0であり;
Xは、S、O、N、NH、CR5、およびCHR5から成るグループから選ばれ;
Yは、S、O、N、NH、CR6、およびCHR6から成るグループから選ばれ;
Wは、S、O、N、NH、CR7、およびCHR7から成るグループから選ばれ;
Uは、S、O、N、NH、CR8、およびCHR8から成るグループから選ばれ;
Zは、S、O、N、NH、CR3、CHR3、および-CHR8CHR7-ら成るグループから選ばれ;
TおよびVは、S、O、N、NH、CR4、およびCHR4から成るグループから選ばれ;前式において、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、およびR8は、それぞれ独立に、H、C5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール、ハロ、CN、C1-C4アルキル、アミノ、およびヒドロキシから成るグループから選ばれ、あるいは、R1およびR8、および/またはR2およびR7は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成し、あるいは、R7およびR5、および/またはR6およびR8は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成し、あるいは、R2およびR3は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成する。
【0074】
一つの実施態様では、nは1であり、XおよびYは、それぞれ独立に、S、O、N、NH、CH、およびCH2から成るグループから選ばれ;Wは、CR7またはCHR7であり、Uは、CR8およびCHR8であり、前式においてR7およびR8は、それぞれ独立に、H、C5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリールから成るグループから選ばれ、あるいは、R1およびR8は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成し、かつ、R2およびR7は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成する。別の実施態様では、TおよびVは、それぞれ独立に、S、O、N、NH、CH2、およびCHから成るグループから選ばれ、Zは、S、O、N、NH、CH、およびCH2から成るグループから選ばれ、かつ、R1およびR2は、H、C5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール、ハロ、CN、C1-C4アルキル、アミノ、およびヒドロキシから成るグループから選ばれる。別の実施態様では、TおよびVは、それぞれ独立に、S、O、N、NH、CH2、およびCHから成るグループから選ばれ、R1はHであり、かつ、ZはCHR3であり、前式においてR2およびR3は、その結合する原子と共に、C5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成する。別の実施態様では、TおよびVは、それぞれ独立に、S、O、N、NH、CH2、およびCHから成るグループから選ばれ、Zは-CHR8CHR7-であり、前式においてR1およびR8は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成し、かつ、R2およびR7は、その結合する原子と共にC5-C6アリール、C5-C6ヘテロアリール環を形成する。
【0075】
試験した全ての芳香族炭化水素は、多重荷電ペプチドと反応させると、若干の、電子移動解離性能を持っていた。試験した陰イオンとしては、ナフタレン、フルオレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテン、クリセン、トリフェニレン、ペリレン、アクリジン、2,2’ジピリジル、2,2’ビキノリン、9-アントラセンカルボニトリル、ジベンゾチオフェン、1,10’-フェナントロリン、9’アントラセンカルボニトリル、およびアントラキノンが挙げられる。これらの化合物から得られた陰イオンは全て、ある程度電子移動解離を誘発した。これらの芳香族炭化水素は全て電子移動を促進するが、フルオランテンは、2,2’ビギノイリンおよびアズリンと共に、特に良好に動作する。そのETD誘発能について試験した化合物の内のいくつかの化学構造は下記の通りである。
【0076】
【化4】

【0077】
従って、芳香族炭化水素は、それぞれの陰イオンに変換されると、多重荷電陽イオンに電子を移動する、一つの一般的クラスの化合物を表す。さらに、これらの化合物を、イオウ、酸素、または窒素から成る原子(単複)を含むように修飾すること(ヘテロ環化合物)は、それらの電子移動性能を変えることはないから、それらの修飾化合物もこの電子移動促進化合物の中に含められるべきである。従って、本発明の一つの実施態様では、本発明に従ってポリペプチドの電子移動解離を促進するための陰イオンとして、多環アリールおよびヘテロアリール化合物が用いられる。表1は、化合物、分子量、および、その対応陰イオン(単複)のm/z観測値を示す。
【0078】
【表1】

【0079】
[装置]
一つの実施態様によれば、これらの実験を実行するために使用される装置は、市販のシステムであって、二次元多極性イオントラップ、改変Finnigan LTQ(Thermo Electron Corp.)においてペプチドを断片化する改良法に必要な工程を実行するように改変されたものである。他の、市販の、または特注の部品を組み込んだ、別様の装置構成も使用が可能である。ESIソースからRF QLTまでのイオン経路成分に対する、イオン経路機構または印加電圧は変更しなかった。簡単に言うと、Finnigan LTQ二次元多極イオントラップは下記のように改変した。Finnigan MAT 4500イオンソースを収容するために、装置の後部真空フランジに、第5の差動ポンプ真空域を取り付けた。この領域は、2段階ターボ分子ポンプである、PfeifferモデルTMH230-160支援、Alcatel 2008A-回転羽根機械的ポンプの、高真空段階によって吸引される。Finnigan MAT 4500イオンソースから発するイオンを輸送するために、後部オクトポール#1および後部オクトポール#2と表示される、二つのRFオクトポール(8極電極)イオン・ガイドを用いた。この二つのRFオクトポールイオン・ガイドを隔てる平板レンズ(Rear Inter-Octopole Lens、後方オクトポール間レンズ)は、追加された真空段階、すなわち、真空域#5と、LTQ含有RFリニア4極イオントラップ、QLTとの間の、差動ポンプコンダクタンスの限界となる。後部オクトポール#1は、Finnigan LCQから直列に配置され、電気的に一単位として接続される、1対の、2インチ長電極アッセンブリ(r0= 0.108インチ)によって構成される。後部オクトポール#2は、単に単一のLCQオクトポール電極アッセンブリである。RF QLTアッセンブリは機械的には改変しなかった。しかしながら、前面レンズおよび後面レンズ電極の電気的接続は、これらのレンズに対して標準的エレクトロニクスによって供給されるDCバイアス電圧に対して、RF電圧の重畳を可能とするように改変した。
【0080】
イオンソースレンズ電圧は、Finnigan MAT 4500 PPNICIコントロールモジュールによって供給され、フィラメント電源および発射コントロールは、Finnigan MAT 4600 Quadrepole Electronics Module (QEM)によって供給される。ソースヒーター電源および調整は、Omega Model CN9000A温度コントローラーおよび1.5A 24VAC変圧器による手製ユニットによって供給される。ソース較正ガスのソレノイドバルブは、別の自家製ユニットによって操作される。ソースの標準プローブ真空インターロックベローズバルブは、ボールバルブ(A and N Corporation)と交換した。プローブインターロックおよび較正ガスの入力について、1組のトグルバルブと、Alcatel Model 2012機械式ポンプによって大まかな評価ができるようにした。
【0081】
後部オクトポールRFおよびDC電圧を始め、QLT末端レンズのRF電圧は、Finnigan LCQおよびTSQ 7000装置の改変回路を用いた、自家製のエレクトロニクスモジュールによって供給された。二つのオクトポールは同じRF電圧によって駆動される。同様に、QLT末端レンズも、同じ二次RF電圧を受け取るが、別々のDCバイアス電圧を有する。二つの周波数合成器、Wavelet/Rockland Model 5100およびStanford Research Systems Model_DS340は、それぞれ、オクトポールおよび末端レンズRFエレクトロニクスの参照周波数を供給する。後部オクトポールおよび末端レンズの両RF電圧の振幅は、LTQエレクトロニクスにおけるスペアのDAC(ディジタル・アナログ変換器)によって調節される。本装置の組込コンピュータ制御システムは、質量分析実験の実行の際に上記の電圧の制御(走査機能)を可能とするように再構成された。
【0082】
陰性化学的イオン化モードで操作されると、イオンソースレンズL1、L2、およびL3(ここに、L1は、イオン集積にもっとも近く、L3はもっとも遠い)は、それぞれ、+10V、+70V、および+23VのDCバイアス電圧を持つ。陰イオンをQLTに伝達するために、隣接ロッド間のRF電圧は、通常、約2.2 MHzの周波数において約300ボルトのゼロ・ツー・ピーク電圧である。後部オクトポールRF振幅は、QLTに対する陰イオン伝達が中断される場合(ゲートオフ)をゼロとする。
【0083】
装置には、標準的ナノフローESIソースを用いた。多くの実験において、40%アセトニトリル水溶液に0.1%酢酸を添加した溶液に溶解させた標準ペプチドの混合物を、100 nl/分で注入した。ソースは改変することなく用いた。LC/MS実験では、ソースは、我々が実験室で使用する、レーザー吸引エレクトロスプレイエミッターと一体の、自作の充填された毛細管HPLCカラムに適切に取り付けられるように、改変されて電気的に接続された。
【0084】
ETD MS/MS実験を行う質量分析器の調節を支配するコンピュータプログラムは改変された。放射方向発射RF 4極リニアトラップの操作は、既にSchwartz等によって詳細に記載されている(J. Am. Soc. Mass Spectrom. 2002, 13, 659-669)。この論文に記載される装置は、Finnigan LTQの直接の先行器である。
【0085】
[操作工程]
多重ペプチド陽イオンは、エレクトスプレイ・イオン化法(ESI)によって生成した。ペプチドを1 pmol/μLで含む、40%アセトニトリル水溶液(0.1%酢酸含有)を、SilicaTip(登録商標)融合シリカエミッター(30 μm先端、New Objective, Woburn、マサチューセッツ州、米国)に注入した。試験されたペプチドは、副腎皮質ホルモンの断片1-24(ATCTホルモン、Sigma-Aldrich、セントルイス、ミズーリ州、米国)、および当社合成のリン酸化ペプチドを含む。メタンバッファーガス(MG Industries, Malvern、ペンシルバニア州、米国)による陰性化学的イオン化を用い、SF6(MG Industries, Malvern、ペンシルバニア州、米国)、およびPDCH(Sigma-Aldrich、セントルイス、ミズーリ州、米国)の陰イオンを生成した。Finnigan LTQリニアイオントラップ質量分析器(ThermoElectron、サンホセ、カリフォルニア州、米国)を、Finnigan 4500化学的イオン化ソース(Finnigan, Sunnyvale、カリフォルニア州、米国)を受け容れるよう改良した。それは装置の後部、つまり工場仕様ナノスプレイ・ソース・ペプチドイオン生産とは反対側に取り付けた。走査事象の順序は、先駆体イオンの分離(リニア4極イオントラップ内で)、イオン/イオン反応のための陰イオン導入、および最後の産物イオンの質量分析を含み、より詳しくは、下記の通りである。
【0086】
<1. ESIソースによって生成された陽イオンの、4極リニアトラップ(QLT)への注入において、陽イオンは衝突によって安定化され捕獲される。>
大気圧境界面のスキマー電極は、アース電位0ボルトに維持されるので、QLTに進入する陽イオンは、0ボルトにおいて本質的にゼロの運動エネルギーを持つ。従って、後面レンズ電極をアース電位に偏倚させることはDC軸電位を上昇させることになるので、バックグラウンドとの僅かな分散的衝突を経過した注入イオンは、反射されて装置の前部に戻される。注入イオンはさらに、ヘリウム原子(約3 mTorr)との、それら注入イオンの軸方向運動を効果的に抑圧する、数多くのモーメント減衰性衝突を経過し、このために、装置の中央部の、低バイアス電位によって形成される軸方向DCウェルの中に捕獲される。これらの衝突はまた、イオンの放射方向の運動をも抑圧するので、イオンは、RF4極電場の、強力な放射性集束作用の影響下に、緩和されて装置の中心軸の近傍に集まる。さらに運動的に励起されることがないならば、ヘリウムとの衝突によって、捕獲陽イオンの運動および内部エネルギーは、約1-2 ms以内に近熱レベルに低下する。衝突によって十分に緩和した捕獲イオンは、中心軸の約1.0 mm以内に閉じ込められる。
【0087】
一般に、QLTの適正な性能を妨げる空間荷電効果を回避するために、所望の前駆体のm/z範囲内に収まるものとは異なる、質量対電荷比を持つイオンの蓄積を阻止することが好ましい。これは、補助的な2極広帯域AC電場を、RF 4極捕獲用電場に重畳させ、それによって、前駆体のm/zウィンドウ内に収まるイオンのものから変位した、4極電場における運動(装置の軸に対して横方向の運動)の特徴周波数を持つイオンを、共鳴的に排除することによって達成される。前駆体イオンの注入および蓄積にとって最適な、RF4極電場の強度では、前駆体イオンの効率的蓄積、および、一般的に要求される、約3 Th(ダルトン/単位電化)以下のm/z分離バンドの実現は満足されない。従って、「注入波形」分離は、必然的に粗くなり、通常、前駆体m/z比の約±2-10%の外側のm/z比を持つイオンの蓄積が阻止されるだけである。
【0088】
<2. 前駆体m/z分離>
陽イオン注入の終了後、および「注入波形」電場印加の停止後数ミリ秒以内に、所望のm/z分解能および高い効率(前駆体イオンの最低損失)の下にイオン分離が実行されるようにRF4極捕獲電場の強度を増す。所望の前駆体m/zウィンドウの外部の陽イオンを全てQLTから共鳴的に排除するためには、比較的高い分解能の「波形」電場を印加する。通常、前駆体イオンの90%を超えるものが保持される。m/z分離の際、QLTの前部セクションおよび後部セクションのDCバイアス電位は、陽イオンを装置の中央セクションに閉じ込めるために、中央セクションに対して約+12ボルトに維持される。
【0089】
<3. QLTの前部セクションへの前駆体陽イオンの再配置>
前駆体m/z分離が完了した後、前部セクションのDCバイアス電位を、中央セクションの電位よりも1ボルト下げる。前面レンズのDCバイアスは、陽イオンの軸方向の閉じ込めを維持するために、中央セクションおよび前部セクションのバイアスよりも高く保たれる。数ミリ秒以内に、最初中央セクションにあった前駆体イオンは全て前部セクションに拡散し、ここで再び、ヘリウム原子との抑圧的衝突のために停滞させられる。
【0090】
<4. NICIソースによって生成された陰イオンのQLTへの注入、ここで衝突によって安定化され、装置の中央セクションに捕獲される。>
前駆体イオンが前部セクションに移動させられたならば、中央セクション、後部セクション、および後方レンズのDCバイアス電位は、「アース」電位より高く上昇させられる。NICIソースは0ボルトに偏倚され、これは、前部セクションを負のDCバイアス電圧に維持することになり、両者は、前駆体イオンの捕獲を続行し、装置の前部において、陰性イオンに対し軸方向の電位障壁を形成する。中央セクションのDCバイアスは、後部セクションのものよりもより正にされるので、陰イオンは、装置のこのセクションに蓄積する。この工程は、陰イオンが装置の後端から注入されること、および、定義により陰イオンは負に帯電しているので、DCバイアス電位は反対の符号を持つことを除き、工程1における陽イオンの注入と蓄積に相当する。
【0091】
陰イオン注入中、「注入波形」を印加して、所望の試薬陰イオンのものに近いm/z比を持たず、および/または、以前に選択された前駆体陽イオンのものに近いm/z比も持たない陰イオンを共鳴的に排除することは、技術的に実行可能である。しかしながら、ECDをもっとも促進すると考えられる陰イオンであっても、僅かなエネルギーの衝突を被りさえすれば簡単に電子を手放してしまうであろうと考えられる。従って、試薬陰イオンに対し、イオン注入に関連するエネルギーを超えて少しでも余分な運動エネルギー励起があった場合、それは、我々が分離したいと思う陰イオンそのものの損失を招く恐れがある。従って、陰イオン注入時の試薬陰イオン分離は好ましくないかもしれない。陰イオン注入の典型的持続時間は、NICIソースによって供給される陰イオン電流に依存して、1 msから1秒の間(理想的には数ミリ秒)である。
【0092】
<5. 試薬陰イオンm/z分離またはm/z除去>
陰イオン注入終了後数ミリ秒以内に、前駆体の分離が、可能な最善のm/z分解能と効率で実現されるようにRF 4極捕獲電場の強度が調整されてもよい。前述したように、陰イオン分離「波形」は、所望の試薬陰イオンのものに近いm/z比を持たず、および/または、以前に選択された前駆体陽イオンのものに近いm/z比も持たない陰イオンを、共鳴的に排除しなければならない。従って、選択された前駆体m/zウィンドウのものにごく近いm/z比を持つ不要な陰イオンは排除されない。この設定は理想的ではない。しかしながら、この問題を回避するためには、QLTの設計および/またはQLTを駆動する電圧に対し実質的な変更が必要となる。現在の実施態様によれば、もっとも好ましくない陰イオンは、陽イオン-陰イオン反応の開始前にトラップから排除されることを保証する。
【0093】
RFのみの4極捕獲電場におけるイオン運動の基本的性質は、RF 4極捕獲電場のいずれの特定の強度においても、イオントラップに関して対応する閾値m/z比(これは電場の強度に比例する)が存在するということである。この閾値m/z比を超えるm/z比を持つイオンのみが捕獲される。この閾値未満のm/z比を持つイオンは、放射方向に放出される。我々は、対象とする試薬陰イオンのm/z以下の不要な陰イオン分子を排除するために、多くの場合、QLT電極に印加されるRF電圧の大きさに対するこの単純な操作を用いた。
【0094】
どの陰イオンがECDを促進するのかを決める簡単な方法は、イオン-イオン反応工程の前に、またはその最中に、単一周波数「波形」を用いて、標的陰イオン分子に対応する、比較的狭いm/zウィンドウを共鳴的に排除することである。この方法は、トラップに保持される陰イオンに対し比較的低い運動エネルギー活性化しか及ぼさないから、電子脱離による陰イオン損失の確率を下げる。
【0095】
<6. 前駆体陽イオンと試薬陰イオンを混合し、陽イオン-陰イオン反応およびETD産物イオンの生成を招く。>
所望の捕獲前駆体陽イオンおよび試薬陰イオン集団が定着し、衝突的に緩和されたならば、QLTの、両方の端面レンズプレートに、二次RF電圧が印加される(我々の用語法では、放射方向の封じ込めを実現するためにQLT電極に印加されるRF電圧が、一次RF電圧である)。この二次RF電位の作用は、陽性および陰性両方のイオンを反発することである。いずれのm/zにおいても、この反発作用は、m/zに逆比例する反発電位としてモデル化され、文献では、擬似電位または実効電位と呼ばれている。QLTの同じ領域において陰イオンと陽イオン両方の同時的捕獲を実現し、それにより陽イオン−陰イオン反応を引き起こすために、捕獲セグメントと端面レンズに印加されるDCバイアス電圧は等しくされる(名目的には0.000ボルト)。端面レンズに印加される二次RF電圧によって定められる擬似電位によって、陽イオンおよび陰イオン両方についての、必要な軸方向の捕獲が実現される。
【0096】
ここに示した作業の全てにおいて、100V(0-ピーク)の振幅V2、および、約600 kHz(4極電場の周波数f1の1/2)を持つ二次RF電圧が、陽イオン-陰イオン反応の期間、両方の端面レンズに印加された。この電圧によって、100 u 以下から2000 u以上の範囲に渡るm/z比を持つ、両方の極性のイオンの効率的な同時的捕獲が実現される。この軸方向擬似電位は、端面レンズのごく近傍においてのみ著明な作用を及ぼすので、装置の三つのセクション全てに広く分散している陰イオンおよび陽イオンは自由に反応する。現在のところ、我々は、QLTの三つのセクションのDCバイアス電圧を、約±.030ボルト以内で互いに等しくなるように設定することのみが可能である。これらのバイアス電圧を調節するDACの単一増加分は、バイアス電圧として約0.063ボルトに対応する。300℃におけるイオンの平均熱運動エネルギーは約0.030eVであるから、バイアス電位におけるこれらの小さな差は、捕獲された陰イオンおよび陽イオンについて若干の軸方向分離を引き起こす可能性がある。しかしながら、我々がたくさんの陽イオン-陰イオン反応産物を観察した限りでは、このようなことは、大まかな観点で見ると起こっていないようである。捕獲されたイオン集団は、各セグメントにおいて、補償的な空間荷電電位を形成できるほど十分に高い電位にあるものと考えられる。イオンは、均一な軸方向電位を実現するように自分自身を分布させ、装置の軸に沿ってイオンの自由な運動を可能とするようになっていなければならない。イオンの軸方向の移動性は、m/z依存性であると考えられる。なぜなら、低いm/zイオンは一般に中心軸のより近くに閉じ込められるからである。従って、三つのセグメントのDCバイアス電位は、陽イオン-陰イオン反応期間中、約±.001ボルト以内で一致することが好ましい。このようなバイアス差は、実験室の温度では、無視できるほどの陰イオン-陽イオン分離しか起こさない筈である。バイアス差の符号を交互に反転し、そうすることによって捕獲イオンを絶えず軸方向に再分布するように強制し、従って混合状態に維持することによって、陽イオン-陰イオン分離を回避することも可能である。
【0097】
試薬陰イオン集団が大きければ大きいほど、前駆体イオンの産物イオンへの転換はより高速になる。適当に大きな試薬陰イオンの集団では、前駆体陽イオンの多くを反応させるには、通常、30-100 msのイオン-イオン反応期間で十分である。本明細書で示す結果では、典型的には、約3,000-30,000個の前駆体イオンが分離された(これは、前駆体分子が3重に荷電され、10,000-100,000のAGC MSn標的値に相当すると仮定している)。イオン-イオン反応に参加可能な試薬陰イオンの初期数は、恐らく前駆体イオンの初期集団よりも少なくとも約3-10倍大きい。先に論じたように、ETDを促進するタイプの試薬陰イオンの初期数は、NICIイオンソースに導入された化合物に応じて、恐らく大きさと共に変動する。
【0098】
ETDおよびプロトン移動産物イオンは、試薬陰イオンとさらに反応を生ずる可能性を持つ。このような二次反応は中和をもたらし、従って、単一荷電陽イオン産物の損失を招くことになる。この二次反応はさらに、元の前駆体ペプチド陽イオンのアミノ末端でもカルボキシル末端でもない、第2世代産物イオンを生成する可能性がある。このような「内部断片」産物イオンは望ましくない。なぜなら、それは、マススペクトルにおける産物イオンの解釈を複雑にするからである。このような二次反応を抑制するために、三次元RF 4極イオントラップにおける、電荷低減(プロトン移動)イオン-イオン実験のための方法が開発された(米国特許出願公報第US2002/0092980およびUS2002/0166958号を参照されたい、なお、これら公報の開示を本明細書に含める)。これらの方法が、二次元RF 4極イオントラップにおける試薬陰イオンとETD産物陽イオンの間の二次反応を抑制するように適応可能であることが期待される。
【0099】
より長い反応時間、より長いイオン蓄積時間、かつ、恐らくより高い最小サンプルレベルを要求するという点では恐らく好ましくないと思われるが、試薬陰イオンに対しより高い比の前駆体陽イオンを用いることは、二次産物イオンをより少なくすると考えられる。前駆体陽イオン集団は、産物陽イオン集団よりも常にはるかに大きい筈であるから、陰イオンは、産物イオンとよりは、前駆体イオンと反応する確率の方がはるかに高いと考えられる。試薬イオンに対する前駆体イオンの比は、前駆体の蓄積速度(ESIソースからの前駆体イオンの生成速度)に応じて自動的に調節可能とし、前駆体イオンが多量になった場合二次産物イオンの生産を抑えるようにすることも考えられる。
【0100】
我々の現在の実験では、プロトン移動は、一般に、多数の一次および二次産物イオンを生成する。例えば、4重荷電前駆体イオン[M+4H]4+は、一連のプロトン移動反応によって、3重荷電一次産物イオン[M+3H]3+の外に、2重荷電イオン「M+2H」2+、単一荷電イオン[M+H]+、二次産物イオンを生成する。二次産物イオンは、ETD産物イオンと同じm/z比を持つ場合があり、その場合ETD産物イオンの観察を妨げる可能性がある。陽イオン-陰イオン反応時において一次プロトン移動産物イオンを連続的に共鳴放出することは、このような干渉性二次プロトン移動産物イオンの生産を排除する。前記共鳴放出はまた、一次および二次プロトン移動産物からの、二次ETD産物イオンの生産と観察を阻止する。我々は、この工程を、ここに示すデータの収集には用いなかったが、実際に使用して好成績を挙げることを立証した。
【0101】
定められた反応期間の後、EDT試薬陰イオンは軸方向に放出され、一方、陽イオン産物はイオントラップの前部セクションに戻される。未反応の前駆体陽イオンおよび解離されなかった産物もトラップから選択的に除去される(典型的には、共鳴排除によって)。次に、陰イオンが再び、リニアイオントラップの中央セクションに注入される。今度は、ETD試薬陰イオンが、PTR試薬として作用しないことが知られている全てのバックグラウンド陰イオンと共に、イオントラップから選択的に排除され、プロトン受容体となる陰イオン(例えば、安息香酸の陰イオン)が保持される。最初に中央セクションに保存された、プロトン移動イオンは、以前のETD反応によって生成されたcおよびz-型断片と混合される。さらにもう一つの定められた反応期間の後、陰イオンは軸方向に放出され、最後に、cおよびz-型産物のm/z分析が行われる。
【0102】
<7. イオン-イオン反応の終息>
陽イオン-陰イオン反応を終了するために、中央セクションのDCバイアス電圧を、末端セクションおよび端面レンズのDCバイアスに対して下げる。数ミリ秒以内に、全ての陽イオンはQLTの中央セクションに移動し、全ての陰イオンは末端セクションに移動する。次に、端面レンズプレートに印加されていた、軸方向捕獲RF電圧(二次RF電圧)が遮断され、陰イオンを開放する。診断目的のためには、多くの場合、未反応試薬陰イオンのm/zスペクトルを獲得することが有用である。このことは、前述のように中央セクションの相対的DCバイアスを下げる代わりに、上げることによって陽イオン-陰イオン反応を終息させることによって簡単に実現される。これによって、陰イオンは中央セクションに保持され、軸方向に陽イオンを引き込む。
【0103】
産物陽イオンの質量分析をする前に、特定のm/z比を持つ陽イオンを共鳴排除によって取り除いておくことが望ましい。排除した方がよいと予想される候補は、未反応の前駆体イオン、およびプロトン移動産物イオン(電荷低減産物イオン)である。現在実現可能な前駆体対ETD産物効率が約10-20%なのであるから、適当数のETD産物イオンを獲得するための合理的戦略は、直接m/z分析され、かつ、m/z割り当て正確度および分解能(スペクトル的空間電荷限界[25])に関する装置の仕様に合致する、前駆体陽イオンの量に対して、実質的過剰量(約5-10倍)を分離することである。しかしながら、陽イオン-陰イオン反応工程の後では、保持されるETD産物イオンの合計数(さらに具体的には、保持されるETD産物イオンの合計電荷)は、スペクトル的空間電荷限界内にある。
【0104】
保持された未反応前駆体イオンおよび、保持されたプロトン移動産物イオンがあればその全てに関連する、過剰な電荷を除去することは、ETD産物イオンの質量分析を、優れたm/z確度と、分解能の下に分析することを可能とする。保持されるETD産物イオンの合計電荷は、スペクトル的空間電荷限界に近いので、産物イオンスペクトルのダイナミックレンジは、装置の実現し得る最高範囲である。これは、微小成分ETD産物イオン(すなわち、小さいETDピーク)の観察を向上させる。
【0105】
前述の過程は、一般に、さらに大きい一連の実験の一部として実行されることを理解しなければならない。陽イオン注入回数は、通常、事前の実験(単回または複数回)によって決められ、それによって、陽イオン注入工程1の間の、トラップにおける前駆体陽イオンの蓄積速度、および、実験で使用される前駆体陽イオンの全電荷の指定標的量の推定が可能となる。RF 4極イオントラップ質量分析器における保存イオン電荷(空間電荷)調整のためのこの方法は、自動ゲインコントロール(AGC)として従来技術で既知である。
【0106】
前述の過程の事象の配列において含意されるものは、陽イオン前駆体のm/zは、試薬陰イオンのものよりも大きいということである。試薬陰イオンがm/z分離の対象であり、かつ、指定の前駆体m/zウィンドウよりもはるかに大きなm/z比を持つのであれば、陽イオンと陰イオンの注入・分離の順序を逆転するのが望ましいと思われる。試薬陰イオンの最適分離のための捕獲条件は、より低いm/zを持つ陽イオンの捕獲とは相容れないと考えられる。この場合、陰イオンが先ず注入され、中央セクションに集められる。試薬陰イオンがm/z分離され、次に後部セクションに再配置される。次に、陽イオンが注入され、中央セクションに捕獲され、前駆体陽イオンが、試薬陰イオンの共鳴排除を引き起こすことなくm/z分離される。残余の実験は、前述のものと同じである。
【0107】
上の議論は、RF QLT質量分析器のETDの実施に焦点を合わせた。イオン-イオン型実験のためにRF多極リニアイオントラップにおいて電荷符号非依存的なイオン捕獲を利用するような、各種の質量分析システムが、ETD/PTR MS/MS実験を行うのに好適である。一つの実施態様では、前駆体陽イオンおよび試薬陰イオン分離を実行する外に、ETD過程のために電荷符号非依存的捕獲を実行するのに好適なRFトラップ装置は、6セグメントトラップであろうと考えられる。この装置は、一対の直列に並べられた(LTQ装置のような)三セグメントトラップ同士から構築されるQLTを本質的に構成すると考えられる。このような「二重」の3セグメントトラップは、前駆体陽イオンおよび試薬イオン、両イオンの独立的m/z分離を可能とすると考えられる。もちろん、この「二重」トラップの半分同士の内の一方は、走査m/z分析器として動作することも可能であろう。前駆体陽イオンおよび陰イオンのm/z選択が、それらイオンのRF 4極リニアトラップへの注入前に為されるのであれば、2または4セグメント(軸捕獲のための二次RF電圧が端面プレートレンズに印加されるのか、あるいは、末端セクションにおける隣接ロッドの間の双極電圧として印加されるのかに依存して)で十分であろう。
【実施例】
【0108】
==実施例1==
[ポリペプチドの電子移動解離のための陰イオンの使用]
一つの実施態様によれば、FC-43(パーフルオロトリブチルアミン、PFTBA)、6フッ化イオウ(SF6)、パーフルオロ-1,3-ジメチルシクロヘキサン(PDCH)、ヘキサフルオロベンゼン(C6F6)、およびアントラセンを、NICI(陰性イオン化学的イオン化)ソースへ導入して、実験のための陰イオンを生成した。いずれの場合も、ソースにおいて生成された陰イオンは、標準的ペプチド前駆体イオンと反応させると、少なくともある程度のETD産物を生成した。電子衝突イオン化ソースを備えた質量分析器に使用される標準的m/z較正物質であるFC-43を、ソースに導入すると、前駆体からETD産物への変換効率は極めて低かったものの、小数のcおよびzイオンが生産された。続く実験で、前述の分子を、別々に、イオンソースに導入したところ、全てが、我々の標準的前駆体イオン、3重荷電12アミノ酸リン酸化ペプチドの、広範なcおよびz型断片を生成した。前駆体から、ETD産物への変換効率は、SF6およびPDCHの約0.1-1%から、C6F6の約0.5-5%、および、アントラセンおよび9,10ジフェニル-アントラセンの約5-20%の範囲に渡っていた。
【0109】
アントラセン由来陰イオンで観察されたものにほぼ匹敵する前駆体からETD産物への変換効率を達成した、別の陰イオンソースとして、CIイオンソース中の「残留」または「バックグラウンド」ガスがある。この実験の前、イオン-イオン反応の開始時に見られる前駆体イオンの数を増やしたが、それは、ETD産物イオンの数(絶対数)の増加をもたらさなかった。これは奇妙であった。なぜなら、イオン-イオン反応期間を通じて、イオントラップ中には、前駆体イオンよりもはるかに多量の陰イオンがあると考えられるからである。さらに、イオン-イオン反応期間の終わりに、陰イオン集団が減衰していることが確認された。このような条件下では、生成されるETD産物の数は、前駆体陽イオンの初期数にほぼ比例する筈である(第一次運動理論が適用される筈である)。事実、プロトン移動産物は、前駆体イオンの初期数にほぼ比例して生産されるようであった。もしもETD産物が、陰イオン混合物中の僅少成分(単数)または僅少成分(複数)との反応によって生成され、かつ、陰イオンの僅少成分が、イオン-イオン反応期間において減衰するものであれば、この所見の説明は可能である。
【0110】
一つの可能性は、この仮定された僅少成分陰イオンは、ETD産物イオンの生成に与るイオンソース中の残留バックグラウンド・ガス(汚染)から得られたものであるということである。この実験では、残留量のFC-43、SF6、PDCH、およびC6F6の外に、各種の未知のバックグラウンド成分があり、これが、CIイオンソース中で電子捕獲によってイオンを生成し、これが試薬陰イオンとして使用された。「バックグラウンド」成分から得られた大量の試薬陰イオン集団を用いると、生産されるETD産物イオンの数は、試薬イオンの初期数に比例するようになった。実験の、前駆体からETD産物への変換効率も実質的に改善した。
【0111】
イオントラップから、選択された狭いm/z範囲のイオンを共鳴的に排除し、従って、ある特定の試薬イオン分子を、イオン-イオン反応期間中、存在から排除するまたは存在に含める能力を実現するために、手順を修正した。イオンソースの「バックグラウンド」成分から得られた優れた試薬陰イオンの、ETD産物の生産能力をこのようにして調べた。イオン-イオン反応期間におけるm/z181(モノ同位元素m/z)を持つ試薬陰イオン分子の排除は、実質的に低減されないプロトン移動産物の生産に対し、ETD産物の生産を約3-5倍下げた。この分子は、C6F6・−と、NICIソース中のメタンCH4との間のイオン分子反応によって形成されたC6H5CH2と考えられている。さらに、アントラセン由来の試薬陰イオン(C14H10・−とCH4のイオン分子反応による)もETDを促進する。アントラセンをNICIソースの導入しこれらの試薬陰イオンを生成させると、ETD産物イオンは、前駆体陽イオンの初期数に比例して生産される。イオン-イオン反応期間においてQLTに印加されるRF電圧に変動があると、それと共に、ETD産物に対するプロトン移動の比にも変動が観察された。
【0112】
==実施例2==
[連続イオン/イオン反応]
前述のように、いくつかの陰イオンは、主にETD試薬として、またはPTR試薬として作用する。いずれかのカテゴリーの陰イオンに対して陽イオンを暴露することによって、これらのそれぞれ異なる反応を、別々に連続的に実行することが可能である。例えば、高度に荷電したペプチド前駆体(例えばz>4)を、ETD-誘発性陰イオンを用いて解離し、次いで、これらの試薬を除去し、第2の、PTR-誘発性陰イオンタイプを導入することが可能である。この第2反応の持続時間は、産物分子の荷電状態が調節的に低減されるように調整することが可能である。すなわち、+10前駆体ペプチドはETDによって解離され、+1から+9の範囲の電荷を持つ断片を生成する。もちろん、このように高度に荷電した産物の同位体ピークのm/z分解能は問題であり、従って、PTR反応期間は、このETD産物が、主に+1電荷状態に変換されるように調整される。最終的作用は、最初様々な荷電状態で生成されたETD断片を、より低い荷電状態に変換し、それによってスペクトルの解釈を単純化することである。この過程は、単一荷電ETD産物の同時的質量分析を可能とし、ポリペプチドのカルボキシルおよびアミノ末端のアミノ酸配列を同時に決定することを可能とする。
【0113】
もちろん、ETDとPTRのその他の順序または継続も、単独で、または、他のイオン操作法(例えば、活性化、またはm/z選択)と直列で結合しても有用性を持つ。ある例では、ETD、またはその他のイオン操作技術の前に、陽イオンの電荷低減することが有利な場合がある。
【0114】
Finnigan LTQリニアイオントラップ質量分析器を、工場仕様ナノスプレイ・ソース・ペプチドイオン生産とは反対に、装置の後ろ側に取り付けた化学的イオン化ソースを受け容れるように改良した。陰性的化学イオン化(メタンバッファー)を用い、フルオランテン、安息香酸、および6フッ化イオウの陰イオンを生成した。フルオランテンおよび安息香酸の導入は、ガスクロマトグラフ・オーブンおよび加熱転送ラインから成るバッチ入力部を経由して行った。6フッ化イオウ(これは気体である)は、漏洩バルブを通じて直接ソースに導入した。電荷符号独立的捕獲のために、LTQエレクトロニクスは、二次RF捕獲電圧が、QLTの端面レンズに重複するように改変した。
【0115】
[結果]
修正型リニアイオントラップ質量分析器を用いて、我々は、連続イオン/イオン反応による、高度に荷電したペプチドの直接的な探索を例示する。ここで、+7ACTHペプチド(SYSMEHFRWGKPVGKKRRPVRVYP7+、配列番号4)(m/z 420)を先ず分離し、次に約75 msの間フルオランテンの陰イオンと反応させた(ETD)。この反応後に得られたスペクトルを図7に示す。ペプチドは多くの骨格結合において解離される。しかしながら、断片の多くは、この実験で用いた質量分析器の解像能力を超えた電荷を持つ(インセット図の、ドットでマークしたm/zを参照)。この問題を回避するため、我々は、連続イオン/イオン反応を導入した。この実験では、ETD反応、および過剰なフルオランテン陰イオン排除の後、得られた多重荷電産物イオンを、6フッ化イオウの偶数陰イオン(約200 ms)と反応させる。この第2反応(プロトン移動、PTR)は、産物スペクトルが、単一プロトン化断片イオンのみを含むよう単純化し、様々なcおよびz-型産物イオン信号を一つの荷電状態に集中させるように働く。最終結果は、前駆体ペプチドのアミノおよびカルボキシル末端配列の特徴を表す、単一荷電cおよびz-型断片イオンの均一なシリーズの生成である(リニアトラップは、2000という制限されたm/z範囲を持つ)。上段に表示される多重荷電断片の排除に注意されたい。
【0116】
図8Aおよび8Bにおいて、同じ実験を行った。ただ今度はPTR陰イオンとして、6フッ化イオウではなく安息香酸を用いた。我々はまた最初のETD反応の持続時間を短縮したことに注意されたい。再び、ETD実験後に生成された多重荷電断片イオンは、第2のPTR反応後、荷電が低減され、主に+1電荷状態に濃縮された。反応期間を延長するにつれ、より高度に荷電していた断片は、より低い荷電状態に濃縮する傾向を示し、安息香酸と150 ms反応の場合(図8B)では、主に単一電荷産物が得られた。明らかに、ETD反応後、比較的大きい質量のcおよびz-型断片イオンが生成されたが、残念ながら、単純化プロトン移動反応によって、それらのm/z値は増加して我々の限界質量範囲を超えた。装置のm/z分解能の上限と適合する、多くは二重および単一電荷断片イオンを生成するようPTR反応時間を選択することによって、測定可能範囲を延長することが可能である。PTR反応時間は、質量分析器のm/z分解能と一致する産物荷電状態を生成するように調整することが可能である。別態様として、このイオン/イオン装置を、他の質量分析器と接合することによっても、この質量範囲の限界を延長することが可能である(例えば、TOF、ICR-MS、orbitrap等)。
【0117】
==実施例3==
[電子移動解離を促進するための、芳香族炭化水素の使用]
電子移動解離を促進する陰イオンについて調べた。これらの陰イオンの多くは、芳香族炭化水素と呼ばれるクラスの化合物に属する。我々の結果は、試験したほとんど全ての芳香族炭化水素が、多重荷電ペプチドと反応させると、電子移動解離を誘発する、ある程度の能力を持つことを示す。試験した陰イオンとしては、ナフタレン、フルオレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテン、クリセン、トリフェニレン、ペリレン、アクリジン、2,2’ジピリジル、2,2’ビキノリン、9’アントラセンカルボニトリル、ジベンゾチオフェン、1,10’-フェナントロリン、およびアントラキノンが挙げられる。これらの芳香族炭化水素の全てが電子移動を促進するが、フルオランテンおよび2,2’ビキノリンの二つの作用が特に優れる。
【0118】
図9は、フルオランテンのラジカル陰イオンm/z202と、m/z482(三重プロトン化リン酸化ペプチド、LPISASHpSpSKTR、配列番号1)との50 ms反応から得られた単回走査ETD-MS/MSスペクトルを表す。ここでは、電子移動産物のみが観察される。観察された産物の内、3分の2は、直接的電子移動解離産物に対応する。かつ、産物の約3分の1は、解離無し電子移動の結果である。しかしながら、これらの産物は、衝突的に活性化されて、cおよびz型の産物イオンを生成することが可能である(低エネルギー活性化に関する節を参照されたい)。これは、最初の電子移動事象が、ペプチド骨格の解離を誘発することを示す。しかしながら、前駆体ペプチドイオンは、他の、非共有的相互作用を通じて無傷で居続けることも可能である。一方、低エネルギー活性化は、ETD様断片化経路を実際に誘発することが可能である。
【0119】
電子移動解離効率・対・反応q(qは、誘導パラメータであり、特に、イオントラップにおけるイオン移動に作用する)のプロットを作製した。このプロットから、電子移動(q値約.33)によって得られる産物について約1300カウント(任意単位)が生成される。反応が無い場合、前駆体強度は約3000カウントである。我々は、100%電子移動効率では、約2000カウントを生成するであろうと推定する(検出器は、+3と比べて+2イオンに対し約2/3反応を生成する)。このプロットから、我々は、電子移動効率は60%になると推定する。電子移動による直接の解離は、この値の3分の2、すなわち、約40%を占める。
【0120】
この実験で試験した芳香族炭化水素は全て、種々の効率度において電子移動を誘発した。この結果に基づいて、我々は、この実験で試験していない他の芳香族炭化水素も同様に振舞うと提案する。従って、芳香族炭化水素は、一般に、多重荷電陽イオンと反応させた場合電子移動を誘発する、好ましい化合物クラスを代表する。さらに、イオウ、酸素、または窒素(ヘテロ環化合物)の原子(単複)を含むようにこれらの化合物を修飾することは、それらの電子移動性能を変更する筈はないから、従って、それらの修飾化合物も、このグループの電子移動促進化合物の中に含められるべきである。表は、化合物、分子量、その対応陰イオン(単複)のm/z観測値を掲げる。他の試験化合物としては、アクリジン;2,2’ジピリジル;2,2’ビキノリン;9-アントラセンカルボニトリル;ジベンゾチオフェン;1,10’-フェナントロリン;9’-アントラセンカルボニトリル;およびアントラキノンが挙げられる。これら全ての化合物から誘導された陰イオンは、ある程度の電子移動解離を引き起こす。
【0121】
==実施例4==
本明細書に記載される方法は、連続イオン/イオン反応および、ベンチトップリニアイオントラップ質量分析器と結合するオンライン・クロマトグラフィーによって、大型ポリペプチドおよび全体タンパクの特性解明に使用することが可能である。本実施例では、溶出する多重プロトン化ペプチドおよびタンパクが先ず分離され、次に、比較的短時間(約10 ms, ETD)フルオランテンのラジカル陰イオンと反応させられる。この反応、および過剰なフルオランテン陰イオンの排出後、得られた産物イオンは、安息香酸の偶数電子陰イオンと反応させられる(約100 - 200 ms)。この第2の反応(PTR)は、スペクトルを単純化し、スペクトルの解釈を極めて容易なものとすること、および、各種cおよびz-型産物イオンを、主に単一荷電陽イオンに変換すること、という二つの働きをする。
【0122】
[材料および方法]
装置の改変および操作 実験は全て、市販のRF 4極リニアイオントラップ(QLT)、Finnigan LTQ質量分析器(Thermo Electron Corp., サンホセ、カリフォルニア州、米国)で、改良型工場仕様ナノフロー・エレクトスプレイ・イオン化(ESI)ソース(クロマトグラフィー実験)、またはナノスプレイロボット(Advion Biosciences, Ithaca、ニューヨーク州、米国、吸入)のいずれかを装着したものによって実行した。LTQは、装置の後部に設置される、Finnigan 4500化学的イオン化ソースを受容するよう改変した(Thermo Electron Corp., サンホセ、カリフォルニア州、米国)(Syka, et al., (2004) P Natl Acad Sci USA 101, 9528-9533)。フルオランテンおよび安息香酸の両分子を気化してCIソースに送り込むためにバッチ流入口を用いた。CIソースにおいて電子ビームが両分子の陰イオンを生成した。装置制御ソフトウェア(ITCL)は、前駆体イオンの選択(分離幅4 m/z単位)および保存後、下記の順序を受け容れるように改変した。(1)陰イオン注入(約2 ms)、(2)フルオランテン陰イオン分離(m/z 202, 10 ms)、(3)陰イオンと前駆体陽イオンのイオン/イオン反応(約10 - 15 ms)、(4)過剰なフルオランテン陰イオンの除去およびETD産物の保存、(5)陰イオンの注入(約2 ms)、(6)m/z 202および他の、バックグラウンド陰イオン分子を除去するための選択的波形の印加(約5 ms)、(7)ETD産物イオンと精製安息香酸陰イオン(m/z 121)とのイオン/イオン反応(約100 - 150 ms)、(8)過剰な安息香酸陰イオンの除去と、産物イオンの質量分析。
【0123】
サンプル調製 ヒストンH3.1は、以前に記載したように(Luger, et al., (1997) Nature 389, 251-260)、非対称的に増殖するHeLa細胞から単離して分離した。ヒストンH3.1の5 μg含有分液を、100 mM酢酸アンモニウム(pH 4.0)に溶解したGlu-C(Roche, Palo Alto、カリフォルニア州、米国)によって、1:15の酵素・対・タンパク比で、37℃で4時間消化した。得られたペプチドをHPLCで分画した。1-50残基を含む分画を濃縮し、100 mM重炭酸アンモニウム(pH = 8.5)に再懸濁し、以前に記載したように(Syka, et al., (2004) Journal of Proteome Research 3, 621-626)、等量のプロピオニル化試薬で処理した。反応混合物を凍結乾燥し、0.1%酢酸水溶液に再懸濁した。ヒストンH2A.Zを、Dryhurst, D., Thambirajah, A.A., & Ausio, J. (2004) Biochemistry and Cell Biology-Biochimie Et Biologie Cellulaire 82, 490-497に記載されるように、ニワトリ赤血球から分離した。
【0124】
クロマトグラフィー オンラインタンパク/タンパク分離のために、Agilent 1100シリーズバイナリーHPLCシステム(Palo Alto、カリフォルニア州、米国)を、LTQ質量分析器と接続した。約100 fmol(それぞれ;別様に指示しない限りSigma Aldrich、セントルイス、ミズーリ州、米国)の腸ペプチド、血管形成II、ウシユビキチン、ウシシトクロムC、組み換えヒストンH2B、ウシアルブミン(Upstate、シカゴ、イリノイ州、米国)、および、約10 pmolのH2A.Z混合物を、モノリシック毛細管カラム(360 μm x 100 μm内径、5 cmカラム長、LC Packings, Sunnyvale、カリフォルニア州、米国)で、30 μm SilicaTip(商標)ESIエミッター(New Objective, Woburn、マサチューセッツ州、米国)装着に加圧負荷し、0-60%Bの直線勾配で12分、および60-100%Bで2分(A=0.1Mギ酸、B=0.1Mギ酸に溶解した70%アセトニトリル、流速=1 μL/分)勾配溶出した。
【0125】
プロピオニル化ヒストンH3.1(1-50残基、10 pmol)を、自作のナノ-HPLCカラム(360 μm x 50 μm内径の石英ガラスで、7 cmのC18逆相物質を充填したもの(ODS-AQ, YMC, Waters, Milford, マサチューセッツ州、米国))で、一体型、レーザー吸引ESIエミッターを装備したものに加圧負荷した。ペプチドは、流速60 nL/分で、0-5%Bの直線勾配で15分、および5-100%Bで15分を用いて溶出した(A=0.1M酢酸、B=0.1M酢酸に溶解した70%アセトニトリル)。
【0126】
[結果]
連続イオン/イオン反応 +13荷電状態のユビキチン(8.5 kD, m/z 659, 76残基)と、フルオランテンのラジカル陰イオンとの15 ms反応は、図10Aに示す、タンデムマススペクトルを生成する。この比較的短い反応の後、数百の高度に荷電した、分解されない断片イオンが観察される。理論的には、これらの産物は、1-12の範囲の電荷(z)を持つ。ここで使用されるベンチトップ・イオントラップシステムは、z≦2のzを分解することが可能であることを想起されたい。約146種の可能な、一意のcおよびz-型断片が、多数の荷電状態の中に−多かれ少なかれ1000 m/z範囲に限局して−広がっている有様では、この時点でのスペクトルの解釈は単純に不可能である。
【0127】
最初のETDイオン/イオン反応で得られたマススペクトル(図10A)は、高度に荷電した産物イオンの全混合物を分離し、それらのイオンを第2陰イオン、脱プロトン化安息香酸と反応させることによって単純化することが可能である。この第2反応(PTR)は、多重荷電断片イオンの多様な集団から過剰な電荷を取り去る。イオン/イオン反応速度は、電荷の二乗に比例して増加することを想起されたい。従って、PTR反応時間を調整することによって、得られる産物の電荷状態を調節することが可能である。この実験では、複数のPTR反応時間を用いた(図10B、10C、および10Dにおいて、それぞれ、50、100、および150 ms)。反応時間が延びるにつれて、より高度に荷電する断片がより低い荷電状態に濃縮される傾向があり、150 ms反応では主に単一荷電産物が得られた(図10D)。この効果は、図10にプロットされた各スペクトルの、小さな拡大領域を辿ることによっても観察することが可能である。短い15 ms ETD反応後の質量分析では、60 m/z拡大範囲の中にいくつかの、等高の、高度に荷電した断片が得られる。このような多重プロトン化産物は徐々にスペクトルから取り除かれ、150 ms後には、僅かに3個の著明な産物イオンが残るだけとなる。すなわち、二重プロトン化z17およびc17、および単一電荷c8である。反応時間の増加と共に、c17およびz17の二重プロトン化信号が次第に劣化する一方で、単一プロトン化形態(m/z 1919)は比例的に増加することに注意されたい。
【0128】
図10Dに示すスペクトルから、タンパクの全アミノおよびカルボキシル末端を、各シリーズ内部の、連続するcおよびz-型産物イオンの質量対電荷を差し引くことによって配列決定することが可能である(それぞれの末端から17残基深度まで)。本実験に使用される質量分析器は、2000に限定されたm/z範囲を持つが、この範囲はもちろん観察される測定範囲深度を限定する。ETD反応後には、明らかに比較的高い質量のcおよびz-型断片イオンが生産される(図10A)。しかしながら、簡単化するためのプロトン移動反応は、そのm/z値を我々の質量範囲を超えて増加させる。このように限定されたm/z範囲でさえ、測定範囲は、我々の分解能の上限である、二重プロトン化断片イオンを特定することによって拡張することが可能である(100 ms PTR条件において、各末端から約35残基まで測定範囲を増大させる二重プロトン化断片シリーズの集団を我々は観察した)。
【0129】
オンライン・クロマトグラフィーによる全タンパクの配列決定 オンライン・クロマトグラフィーによる天然タンパク配列決定の有効性を立証するために、100 fmol(それぞれ)の、3種のタンパク−ユビキチン、チトクロムC、およびヒトヒストンH2Bを、モノリシック毛細管カラムに負荷し、勾配溶出して、質量分析器に送り込んだ(図11A)。十分なm/z走査の後、二つのもっとも多量なm/z比を、連続イオン/イオン反応(15 ms ETDで、その後に150 ms PTR、各スペクトルは、4回の単一走査スペクトルの平均)による探索に選んだ。この過程を、実験の進行中繰り返し回転させた。図2B−Dは、各溶出タンパクの自動化選択と探索の後に生成されたタンデムマススペクトルを示す。各スペクトルは、約2秒に獲得されたものであるが、前駆体タンパクのアミノおよびカルボキシル末端(最大約20残基)を定める。チロクトムcのアミノ末端に位置するヘム基のために、c-型断片シリーズは、9番目の残基で止まる(ECD断片化でも同様のことが観察される)。
【0130】
図12Aに示したものは、ETD(10 msec)およびPTR(150 msec)の組み合わせによって生成されるアルブミン(66 kDa, m/z 1381)の(M+49H)+49イオンのタンデムマススペクトルである。このスペクトルは、タンパクのN-末端の最初の31アミノ酸を定める。これらのデータは、注液サンプルから60秒間に得られた100回の、単回走査を平均することによって得られた。しかしながら、このスペクトルにおいて、カルボキシル末端からの配列イオンを特定することはできなかった。以前の研究から、気相タンパクの立体配置は、ECD後の断片化の生成に、少なくともその観察に影響を及ぼすことが知られていた(それと共に、ジスルフィド架橋によるポリマーの架橋結合等も)。そうではあっても、この結果は、通常のサイズ(約66 kDa)の全タンパクは、事前の処理なく、ベンチトップ質量分析器によって簡単に特定することが可能であるという直接的証拠を提供する。本法の性能をさらに評価するために、前述のものと同じ条件下に、100 fmolのタンパクをカラムに負荷し、勾配溶出し、溶出液を質量分析器に入力させた。注液実験で使用されたものと同じ連続イオン/イオン反応を用いて多量の電荷状態を自動的に分離した。図12Bは、5回の単一走査スペクトルの平均であるマススペクトルの内の一つを示す(獲得約3秒)。ここでは、前に観察された(注液実験中)単一荷電c-型イオンの全てが、十分な信号/雑音を持つために簡単に識別が可能である。比較的高いm/zを持つ、二重プロトン化c-型イオンは、バックグラウンドともはや区別されない。にも拘らず、スペクトルは、天然タンパクの最初の23残基をはっきりと定める。
【0131】
高度に修飾された、大型ペプチドの配列決定 ヒストンH3.1の半分のN-末端、このタンパクの、翻訳後に高度に修飾される領域(非同期ヒト細胞から採取した、1-50残基)を分離し、オンラインで連続イオン/イオン反応および質量分析と連結させたクロマトグラフィー分離によって分析した。第1走査(図13A、4回の単一走査スペクトルの平均、獲得約2秒)は、早期溶出ペプチドの自動化探索の結果である(約15 ms ETD、続いて150 ms PTR)。N-末端におけるc-型イオンのほぼ完全なシリーズ(11の内10個)は、K4およびK9が、それぞれ、モノ-メチル基およびジ-メチル基によって修飾されることを示す。z-型イオンシリーズの分析は、c-末端はK36まで修飾されず、K36はジメチル化リシンを含むことを示す。この時点では、m/z範囲が限定されている限り、ペプチドの「中央」部分は解明されないままに留まる。それでもなお、本発明のシステムによって、別のシステムではあいまいなまま残されたと思われる全体的な修飾パターンを明らかにすることができる。例えば、図13Bは、後期溶出ペプチド(約6秒)が、近似するが、異なるところもある修飾パターンを含むことを示す。c-型シリーズを調べると、このペプチドのN-末端は、以前の分子と同様に修飾される。ところが、比較的高い質量のz-型イオンではm/zシフトが見られ、これは、未修飾のK36残基の後にモノメチル化K37が続くことを確認する。この後期スペクトルは、二つの分子(共同溶出)からの断片イオン、例えば、二つのz14イオン−一つはK37で未修飾(早期分子、約60%)、もう一つはK37のモノメチル化形(後期ペプチド、約40%)の存在を含むことに注意されたい。
【0132】
タンパク混合物の配列決定 図14は、野生型タンパク混合物(ニワトリヒストンH2A.Z)の未処理分析のために、オンライン・クロマトグラフィーおよび連続イオン/イオン反応を行った後に得られた結果を示す。大型溶出分子について得られた完全なm/zスペクトルは、分離後に、二つの、別々のタンパク形−分子量約13,380および13,456 Daの存在を示す。比較的軽い方のタンパクは、13,380 Daの測定分子量を持つが、未修飾の、以前に報告されているニワトリヒストンH2A.Z異性形の2 Da以内にある。約76 Daの重い方は恐らくPTMによるものと推定された。さらに、連続イオン/イオン反応(15 ms ETD/150 ms PTR)による探索のために、前駆体m/zピークが選ばれた。低分子量分子の産物イオンスペクトルは、このタンパクが、未修飾ヒストンH2A.Zであると特定した(該タンパクの各末端から、ほぼ最初の30残基を定義する、連続的cおよびz-型イオンが観察された、図14C)。しかしながら、重い方の分子の産物イオンスペクトルを調べると、PTMの可能性は排除された。その代わりに、未修飾H2A.Z配列に対し、アミノ末端の12番目と14番目の残基(c12およびc14)において30単位のm/zシフトが観察された。これは、H2A.Zの位置12および14に存在するアラニン残基が、重い方の分子においてトレオニン残基に置換されたことを示す。もう一つの違いが、重い方のタンパクのz-型イオンシリーズの中に観察された。これは、28 m/z単位だけ増加していた(図14D、ただし、この差は、最初の3個のアミノ酸のみに位置づけることが可能であった)。c-型イオンシリーズは、2個のアミノ酸変化を示したので、解離スペクトル(新規)から解釈される最初の30個のN-末端アミノ酸に対し、検出されたアミノ酸変化を含むH2A.Z異性形がもしあればそれを特定するために、BLAST(基本的局所整列探索ツール)探索を行なった。
【0133】
驚くべきことに、探索は、12および14位置にトレオニン残基を持つ、ETD/PTRによって特定された正確なN-末端アミノ酸配列を持つタンパクを返してきた。このタンパクを、ニワトリの「仮定タンパク」と名づけ、現在のところH2A.Zの変異種と記載はしない。H2A.Zの全配列を、この「仮定タンパク」配列と比較したところ、合計4アミノ酸の変化:A12TA14TT38SA128Vが明らかになった。バリンからアラニンへの変化は、28 Daの質量増加に対応し、重い方のタンパクのz-型イオンシリーズの28 Daの増加を説明する。これら4個の、変化アミノ酸による、74 Daの合計変化は、完全m/z走査によって決められる分子量(約76 Da)に一致する。Glu-C消化物のペプチドを、タンデム質量分析(ETD/PTR)によって配列決定することによって、分離タンパクが上記のアミノ酸変化を含むことの追加的確認が得られた。
【0134】
[討論]
イオン-イオン化学 イオン/イオン反応の持続時間は重要なパラメータであるが、まだ最適化されないままである。例えば、上記の実験において、ETD反応期間は、多重電子移動事象を抑えるために低く留められる−連続的電子移動は、内部断片の生成をもたらす可能性があるからである。例えば、全体タンパク陽イオンに対する単一電子の移動後に生成されるc50断片は、その後電子を受け取って、分断し、2個の産物イオン、例えば、c25およびz'25を形成する可能性がある。もちろん、N-末端断片c25は、元の前駆体タンパクの文脈の中で依然として認識が可能であるが、一方、z'25は、元の前駆体のアミノ末端もカルボキシ末端も含まないので、様々な他の類似産物と一緒では、高まったノイズのように見える。化学的ノイズを増すことの外に、多重電子移動事象はまた、桁外れの量の、低いm/zのcおよびz-型断片イオンの生成を助長する可能性がある。
【0135】
PTR反応持続時間はまた、理想的には、前駆体タンパクの電荷とサイズに合わせて調整される。将来この方法論が実施されたならば、それは、PTRによって前駆体イオン荷電状態を自動的に事前スクリーニングする(電荷と分子量を獲得する)能力を、疑い無く含むであろう。この情報があれば、最適なETDおよびPTR反応期間は計算され、その後のイオン/イオン反応シリーズに用いられるであろう。求められたm/zに基づいて、PTR時間は、全体cおよびz-型シリーズを単一荷電状態に還元するように(大型タンパク)、あるいは、単一および二重荷電分子の両方を残すように反応期間を短縮し、配列決定可能範囲を増すように(大型ペプチド/小型タンパク)調整することが可能となろう。
【0136】
装置構成 このイオン/イオン技術の将来の強化は、必ず、装置構成の形で現れるであろう。例えば、完全に独立的な陰イオンおよび陽イオン分離を可能とする、複数分節型イオントラップは、獲得時間を短縮し、陰イオン純度を向上させる。さらに高い性能の装置は、イオン保存の増量を可能とするから、スペクトルの平均化に対する要求を緩和するであろう(現在、我々は、従来のCAD実験に使用される前駆体イオン数の約2-5倍からスタートする)。最後に、装置と、他の質量分析器(例えば、FT-ICR-MS、TOF-MS等)との結合は、質量正確度、質量分解能、および/または、m/z範囲を増す点で明らかに有用であろう。
【0137】
データ分析 タンデムマススペクトルからペプチド/タンパク配列への翻訳は、通常は、タンパクデータベース探索アルゴリスム、例えば、SEQUEST(Eng, et al., (1994) Journal of the American Society of Mass Spectrometry 5, 976-989)によって実現される。これらの探索アルゴリスムは、特に、CADによって実現される断片化タイプ、すなわち、どんなアミノ酸が存在するか、それらの順序、およびPTMの存在に高度に依存する断片化のために設計されていた。アミノ酸側鎖またはPTMの中性的損失は一般的である。上記注意点があるのであるから、(ペプチドまたは全体タンパクの)CADタンデムマススペクトルの直接的解釈(コンピュータによる新規配列決定)は問題が多い。一方、ETDは、このような制限に拘束されない。むしろ、ペプチド骨格の断片化はランダムに起こり、c-およびz-型断片イオンの均一なシリーズを生成する。例えば、タンパクのアミノ末端の直接的「読み取り」を可能とする、図13Bの連続的c-型イオンシリーズに注目されたい。この予測性は、新規自動化配列決定を可能とすると考えられ、これは次に、タンパクデータベース探索に対する依存性を排除することになろう。全体タンパクから得られたETD/PTR由来タンデムマススペクトルは、下記のように分析することも可能である。すなわち、(1)新規アルゴリスムによって事前処理して、現在のcおよびz-型イオンシリーズからのタグを生成すること、(2)ゲノムデータベースのBLAST(基本的局所整列探索ツール)整列によって探索された、計算されたアミノ酸配列、(3)可能な配列(工程(2)で特定された)全てを含むタンパクをイン・シリコで断片化し、次いでスペクトル整列して、未処理タンパクのMW測定値との比較を行う。
【0138】
本明細書に記載される連続イオン/イオン反応は、安価な、ベンチトップ型イオントラップ質量分析器による天然タンパクの高速配列分析を可能とする。明らかにされたように、各スペクトルは、タンパクのアミノ末端のアミノ酸配列に特徴的な、一連のc-型イオン、および、カルボキシル末端を定義する一連のz-型イオンを含む。さらにその上に、タンパク電荷包絡線(完全m/zスペクトルにおいて得られる)によって、N/C-末端アミノ酸が解明された、各タンパクの元のMWを決定することが可能である。これは、タンパクの本体を確認するため、あるいは、PTMの存在、または分子中の突然変異の存在に関するヒントを得るために使用される。別態様として、元のMW、またはN/C末端アミノ酸配列における、予測配列との差は、mRNAの選択的スプライシングを特定する可能性がある。最後に、この技法は、プロテオミクス応用の外に、生物工学/製薬産業において治療薬または診断薬として用いられる、短縮型異性形を含む組み換えタンパクの特性解明にとって特に貴重なものとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】図1は、マススペクトル・ペプチド分析によって生成される、様々なタイプのペプチド骨格切断を示す模式図、および関連する分断産物の命名である。a、b、c-型の断片イオンは、前駆体ペプチドのアミノ末端を含むが、一方、x、y、z-型断片イオンはc-末端を含むことに注意されたい。低エネルギーCAD工程は主にアミド結合を切断してb/y-型ペアを形成し、ECDおよびETDは、アミン結合を切断し、主にc/z-型断片イオンを形成する。
【図2】図2は、ETD誘発性陰イオン、フルオランテンと、ヒストンH4の1-52残基(SGRGKGGKGLGKGGAKRHRKVLRDNIQGITKPAIRRLARRGGVKRISGLIYE、配列番号2)の+10陽イオンとの15 msの反応に続いて得られた産物イオンスペクトルを表す。観察されるものは、数百のcおよびz-型断片イオンであり、その多くは多重荷電性のものである。
【図3】図3は、装置設定、およびFinnigan LTQに加えた成分を示す模式図を表す。NICIイオンソース(右側に示す)は、加えられた2個のオクトポールおよび1個のインターオクトポールレンズを介して、リニアイオントラップと接する。これらの加えられた特徴部品は、陰イオンを生成してリニアイオントラップに輸送する働きをする。
【図4】図4は、陰イオンを生成するために用いられたFinnigan MAT 4500 NICIソースのインセット模式図を表す。
【図5】図5Aおよび5Bは、図4Aおよび4Bを含むが、二種類のイオン/イオン反応を示す。図5Aは、プロトン移動反応(PTR)を表し、図5Bは、電子移動解離反応(ETD)を表す。図5Aは、PDCHと、三重プロトン化フォスフォペプチドLPISASHpSpSKTR(配列番号1)とのイオン/イオン反応によって得られた産物を示す。ここでは、PDCH陰イオンは、ペプチドからプロトンを奪い、ペプチドの電荷を低減させる(+1および+2産物)。図5Bは、フルオランテンと、同じ三重プロトン化ペプチドとのイオン/イオン反応によって得られた産物を示す。ここでは、ペプチドの広範な断片化が観察される。PDCH陰イオンの場合のようにプロトンを奪うのではなく、フルオランテン陰イオンは、多重プロトン化ペプチドに電子を付与する。この電子付与は、ペプチド骨格の切断と広範な解離を誘発する。
【図6】図6Aおよび6Bは、それぞれ、フルオランテンおよび安息香酸と、+10荷電状態における、ヒト・ヒストンH3由来の50残基ポリペプチド(ARTKQTARKSTGGKAPRKQLATKAARKSAPATGGVKKPHRYRPGTVALRE、配列番号3)との連続イオン/イオン反応によって得られた産物イオンマススペクトルを示す(これらのスペクトルは、5回の走査の平均で、獲得時間は約2秒)。ポリペプチドの、様々な翻訳後修飾変異分子から成る複雑な混合物(タンパクは通常、翻訳後において広範に修飾されるので、細胞中では、数百の、様々な修飾変異分子として存在する)は、逆相分離毛細管カラムに負荷され、60分に渡る勾配で溶出される。m/z 577および荷電状態+10を持つ、早期溶出ペプチドから得られた産物イオンスペクトルを図6Aに示す。これらの産物は、m/z 577の、フルオランテンのラジカル陰イオンとの15 msに渡る初回イオン/イオン反応、およびそれに続く、安息香酸の陰イオンとの150 msに渡る第2のイオン/イオン反応によって生じたものである。図6Bは、同50アミノ酸残基の後期溶出成分について得られた結果を示す。この場合、前駆体m/zは、荷電状態+10の580である。再び、広範なcおよびz-型断片化が観察され、該ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル両末端の特性解明が可能とされる。
【図7】図7は、同じ+7副腎皮質ホルモン(ACTH)ペプチド(SYSMEHFRWGKPVGKKRRPVRVYP7+、配列番号4)(m/z 420)を、フルオランテンの陰イオンと持続約75 msの間反応させたもの(図上段)と、フルオランテンの陰イオンと反応させ、得られた多重荷電産物イオンを次に6フッ化イオウの陰イオンと約200 ms反応させたもの(図下段)のMS/MSスペクトルの比較を示す。
【図8】図8Aおよび8Bは、同じ+7 ACTHペプチド(SYSMEHFRWGKPVGKKRRPVRVYP7+、配列番号4)(m/z 420)を、フルオランテンの陰イオンと持続約20 msの間反応させたもの(図8A)と、得られた多重荷電産物イオンを次に安息香酸の陰イオンと約150 ms反応させたもの(図8B)のMS/MSスペクトルの比較を示す。
【図9】図9は、フルオランテンのラジカル陰イオンm/z202と、m/z482(三重プロトン化リン酸化ペプチド、LPISASHpSpSKTR、配列番号1)との50 ms反応から得られた単回走査ETD-MS/MSスペクトルを表す。
【図10】図10A−10Eは、イオン/イオン反応によって生成されるユビキチンのタンデムマススペクトルのデータを示す。フルオランテンのラジカル陰イオンとの15 ms反応後における全体タンパク解離(ユビキチン+13、m/z 659)(図10A)。数百の高度に荷電した、解像されないcおよびz-型断片イオンの生成に注意されたい。図10B−10Dは、それに続く、この産物と、それぞれ、50、100、および150 msにおける、安息香酸の偶数電子陰イオンとの反応を示す。多重荷電産物の漸進的分解によって、150 ms後には、主に二重および単一電荷断片が残されることに注意されたい。図10Eは、単一電荷産物イオンのみを考慮した場合の、得られた配列分析範囲(MQIFVKTLTGKTITLEVESSDTIDNVKSKIQDKEGIPPDQQRLIFAGKQLEDGRTLSDYNIQKESTLHLVLRLRGG、配列番号5)を示す。各スペクトルは、約50個スペクトルの平均であり(約30秒の獲得時間)、y-軸は、イオンの相対量を示す。
【図11】図11A−11Dは、オンライン・クロマトグラフィーと連続イオン/イオン反応の組み合わせによって生成される混合物におけるタンパクの一連の質量タンデムマススペクトルを表す。自動化オンライン連続イオン/イオン反応と結合させた全タンパクのクロマトグラフ分離を図11Aに示す。図11B−11Dは、それぞれ、ユビキチン、チトクロムC、およびヒストンH2Bの直列マススペクトルを示す。各スペクトルは、4回の単一走査マススペクトル(獲得約2秒)の平均であり、y-軸は、イオンの相対的量を示す。
【図12】図12Aおよび12Bは、連続イオン/イオン反応によって生成されたアルブミンのタンデムマススペクトルを表す。図12Aは、アルブミン(約66 kDa)の+49荷電状態の直接分析の後に生成されたタンデムマススペクトル(約100回の単一走査スペクトル、獲得60秒)を表す。100 fmol(オン・カラム)の同じタンパクのクロマトグラフィー溶出を、自動的オンライン連続イオン/イオン反応させたところ、図12Bに示すスペクトルが得られた(5回の、単一走査スペクトル、獲得約3秒)。図12Bに示すインセットは、ESI後のタンパク電荷包絡線を示し、どのm/zが断片化のために選択されたか(1187, +57)を示す。広範なc-型イオンシリーズが、天然タンパクのアミノ末端を特徴づけるように簡単に解釈される。y-軸は相対的イオン量を、*は二重荷電cまたはz-型断片イオンを示す。しかしながら、カルボキシル末端の配列イオンはこのスペクトルでは全く特定されなかった。従来の研究から、気相タンパクの立体配置は、ECD後の断片化の生成に、または少なくともその観察に影響を及ぼすことが知られていた。タンパクサイズが増加するにつれて、気相における部分的または完全な折り畳み(気相立体配置)の可能性も増す。タンパクにおける特定のアミノ酸を架橋するジスルフィド結合も、気相タンパクの折り畳み解除を阻止する可能性がある。この例では、ジスルフィド結合は、分析前に未処理状態を保っていた。これらの結合は、アルブミンイオンが、低いm/z z-型イオンの形成、または少なくともその観察を阻止する気相立体配置を取ることを促進するようであった。
【図13】図13Aおよび13Bは、ヒストンH3.1由来の残基(1-50、該タンパクの半分)を表す大型ペプチド(ARTKQTARKSTGGKAPRKQLATKAARKSAPATGGVKKPHRYRPGTVALRE、配列番号6)のオンライン・クロマトグラフィー分離に続けて、自動化連続イオン/イオン反応(ETD/PTR)および質量分析によって得たデータを表す。図13Aは、早期溶出ペプヂトから得られたタンデムマススペクトルを示す。広範なcおよびz-型イオンシリーズが、アミノおよびカルボキシル末端の解釈を可能とし、かつ、1個のメチル化部位および2個のジメチル化部位の位置を決めることに注意されたい。図13Bに示されるのは、後期溶出ペプチドから得られたタンデムマススペクトルである。ここでは、c-型イオンシリーズは、N-末端も同様に修飾されることを示す。ところが、C-末端は、早期分子ではK36がジメチル化されるのに対し、K37においてモノメチル化されている。図13Bに示すスペクトルは、少なくとも2種の、独自に修飾されるペプチドの混合物から得られる断片イオンを含むことに注意されたい(y-軸は、イオンの%相対量を示す)。
【図14】図14A-14Dは、オンライン・クロマトグラフィーおよび連続イオン/イオン反応による、ヒストンH2A.Z異性形に対する配列分析を示す。図14Aは、未処理ヒストンH2A.Zタンパクのクロマトグラフを示す。図14Bは、二つの共同溶出タンパクのタンパク電荷包と調査のため選択された対応するm/z値を示す。図14Cは、比較的軽いm/z分子−未修飾ヒストンH2A.Z(AGGKAGKDSGKAKAKA(配列番号7)....SLIGKKGQQKTA(配列番号8)の、解離後のタンデムマススペクトルを示す。図14Dは、比較的重いタンパク(AGGKAGKDSGKTKTKA(配列番号9).....SLIGKKGQQKTV(配列番号10))の、解離後のタンデムマススペクトルを示す。cおよびz-型断片シリーズの比較から、4個のアミノ酸置換体を持つ、新規H2A.Z異性形の存在が示される。y-軸は、イオンの相対量を示し、*は、二重荷電cまたはz-型断片イオンを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端アミノ酸配列を決定する方法であって、
多重荷電陽イオン状態にある前記ポリペプチドをRF電場イオン含有装置に導入する工程;
気相電子移動試薬陰イオンを、前記イオン含有装置に導入する工程;
電子移動試薬陰イオン、またはその誘導体電子移動試薬イオンから、ポリペプチドへ向かう電子の移動を促進するために、前記導入された電子移動試薬陰イオン、またはその誘導体電子移動試薬イオンと、前記ポリペプチドを混合することによって、解離産物陽イオンを生成させる工程;
気相プロトン受容試薬陰イオンを前記イオン含有装置に導入する工程;および、
前記解離産物陽イオンから、前記プロトン受容試薬陰イオン、またはその誘導体プロトン受容試薬イオンへ向かうプロトンの移動を促進するために、前記導入されたプロトン受容試薬陰イオン、または、その誘導体プロトン受容試薬イオンと、解離産物陽イオンとを混合することによって、多重荷電解離産物陽イオン上の電荷を減少させる工程;
前記残存する荷電cおよびz-型断片を質量(m/z)分析する工程;および、
前記ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端配列を決定する工程、を含み、
前記残存する荷電断片は、4またはそれより低い単位電荷を持つ断片から本質的に成る方法。
【請求項2】
前記気相プロトン受容試薬陰イオンの導入の前に、前記電子移動試薬陰イオン、およびその誘導体電子移動試薬イオンを排除する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項3】
前記ポリペプチドは、少なくとも5000ダルトンの質量を持つことを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項4】
前記ポリペプチドは、少なくとも10,000ダルトンの質量を持つことを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項5】
前記残存する荷電cおよびz-型断片が、3以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成ることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項6】
前記残存する荷電cおよびz-型断片が、2以下の単位電荷を持つ断片から本質的に成ることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項7】
前記残存する荷電cおよびz-型断片イオンが、単一荷電断片から本質的に成ることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項8】
前記低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する前記工程は、RFイオントラップ質量(m/z)分析器によって実行されることを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項による方法。
【請求項9】
前記RFイオントラップ質量(m/z)分析器は、3D RFイオントラップ分析器であることを特徴とする、請求項8の方法。
【請求項10】
前記RFイオントラップ質量(m/z)分析器は、リニアイオントラップ分析器であることを特徴とする、請求項7の方法。
【請求項11】
前記低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する前記工程は、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(FTICR)質量(m/z)分析器によって行われることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項12】
前記低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する前記工程は、飛行時間型質量(m/z)分析器によって実行されることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項13】
前記低い電荷を持つ断片を質量(m/z)分析する前記工程は、オービトラップ型質量(m/z)分析器によって実行されることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項14】
未処理の前記ポリペプチドの分子量を質量分析によって決定する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項15】
前記アミノ末端およびカルボキシル末端のアミノ酸配列を用いてデータベース探索を実行し、前記ポリペプチドを特定することを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項16】
前記ラジカル気相電子移動陰イオンは、多環式芳香族炭化水素、または多環式芳香族炭化水素置換体から生成されるラジカル気相陰イオンであることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項17】
前記気相電子移動陰イオンは、アントラセン、9,10ジフェニル-アントラセン、ナフタレン、フルオレン、フェナントレン、ピレン、フルオランテン、クリセン、トリフェニレン、ペリレン、アクリジン;2,2’ジピリジル;2,2’ビキノリン;9-アントラセンカルボニトリル;ジベンゾチオフェン;1,10’-フェナントロリン;9’アントラセンカルボニトリル;およびアントラキノンを含むグループから選ばれる、低い電子アフィニティー基質から生成されることを特徴とする、請求項16の方法。
【請求項18】
前記プロトン受容試薬陰イオンは、カルボン酸、フェノール、およびアルコキシド含有化合物から成るグループから選ばれる化合物から誘導されることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項19】
前記プロトン受容試薬陰イオンは、安息香酸、PDCH、SF6、およびPFTBAから成るグループから選ばれる化合物の陰イオンであることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項20】
未処理の前記ポリペプチドは、該ポリペプチドが前記気相電子移動陰イオンと混合される前に、エレクトロスプレイ・イオン化法によってイオン化されることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項21】
陰イオンは、前記RFリニア多極性イオントラップの直線軸に沿って注入されることを特徴とする、請求項10の方法。
【請求項22】
前記電子移動産物陽イオンを前記リニアイオントラップ内に保持しながら、前記残存陰イオンを前記RFイオントラップから排出する工程;および、
前記気相プロトン受容試薬陰イオンを前記イオン含有装置に導入する前に、20%未満の従来型衝突活性化解離産物を生成する低エネルギー活性化を、前記電子移動産物イオンに対し実行する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項23】
前記低エネルギー活性化は、非共鳴域運動エネルギー励起を含むことを特徴とする、請求項22の方法。
【請求項24】
ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端アミノ酸配列を決定する方法であって、
多重荷電陰イオン状態にある前記ポリペプチドをRF電場イオン含有装置に導入する工程;
気相電子移動試薬陽イオンを、前記イオン含有装置に導入する工程;
前記陰イオンから前記陽イオンへ向かう電子の移動を促進するために、ラジカル気相イオンとイオン化ポリペプチドを混合することによって、陰性電子移動解離産物イオンの生産を誘発する工程;
気相プロトンドナー試薬陽イオンを前記イオン含有装置に導入する工程;
プロトンドナー試薬陽イオン、またはその誘導体プロトンドナー試薬陽イオンから、前記解離産物陰イオンへ向かうプロトンの移動を促進するために、前記導入されたプロトンドナー試薬陽イオン、またはその誘導体プロトンドナー試薬陽イオンと、前記解離産物陰イオンとを混合することによって、多重荷電解離産物陽イオン上の電荷を減少させる工程;
前記残存する荷電cおよびz-型断片を質量(m/z)分析する工程;および、
前記ポリペプチドのアミノおよびカルボキシル末端配列を決定する工程、を含み、
前記残存する荷電断片は、4またはそれより低い単位電荷を持つ断片から本質的に成る方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A)】
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【図8B)】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2008−516242(P2008−516242A)
【公表日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−535876(P2007−535876)
【出願日】平成17年10月7日(2005.10.7)
【国際出願番号】PCT/US2005/036337
【国際公開番号】WO2006/042187
【国際公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【出願人】(506062584)ユニバーシティ オブ ヴァージニア パテント ファウンデーション (9)
【Fターム(参考)】