説明

アルカリセルロースの製造方法及びセルロースエーテルの製造方法

【課題】セルロースエーテルの重合度を精度よくコントロールし、併せて品質及び製造工程の安定化を図る。
【解決手段】
パルプとアルカリ溶液を接触させて得られるアルカリセルロースを、酸素含有ガス流の存在下、供給される上記酸素含有ガス流中の酸素供給量と排出される上記酸素含有ガス流の酸素排出量を測定しながら解重合させる、重合度制御アルカリセルロースの製造方法を提供する。また、得られた重合度制御アルカリセルロースにエーテル化剤を添加する工程を少なくともセルロースエーテルの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリセルロースの重合度調整方法及びこれを用いた化学分野、医薬品分野等で利用されるセルロースエーテルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースエーテルを低粘度化する方法として、過酸化水素を用いる方法(特許文献1)、ハロゲン化水素等の揮発性の酸を用いる方法(特許文献2)、オゾンを用いる方法(特許文献3)、ガンマ線や電子ビームを用いる方法(特許文献4〜5)が、提案されている。
【0003】
しかし、これらの方法は、低粘度化のために用いる試薬が高価であったり、試薬が製品中に残存したり、特殊な装置を必要とする等の理由で、工業レベルでは満足できる方法ではなかった。
【0004】
そこで、これらの不都合を生じない方法として、特許文献6においてアルカリセルロース製造工程における反応開始時の反応器内の酸素量を調整することが提案されている。アルカリの存在下、酸素とセルロースの反応(解重合反応)によりセルロースの重合度が低下するので、酸素量が多い程、粘度の低いセルロースエーテルが得られる。酸素は空気中に存在するものを利用できるので安価であり、特殊な装置を必要とせず、しかも製品中に残留しない。
また、特許文献7では、内部に撹拌構造を有する反応器に粉末状のパルプを投入後、まず、反応器内の酸素量を目的粘度のために必要な酸素量に調整し、その後反応器内と外部との酸素の出入りをなくしてアルカリセルロースを製造する。パルプはアルカリと接触するに従って反応器内の酸素と反応し、解重合される。
【0005】
特許文献8は、アルカリの添加前における反応器内の酸素量をセルロース1kg当たり1g以下まで減少させる工程と、アルカリの添加中又は添加後に目的の粘度を得るために必要な量の酸素を該反応器内へ供給する工程とを含むアルカリセルロースの製造である。
非特許文献1においては、水酸化ナトリウム水溶液にセルロースを分散させたものを容器に入れ、密閉された状態で一定温度のもと酸素を吸収させ、容器内の圧力を測定することによりセルロース質量あたりの酸素吸収量0.360〜0.985ml/gを求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭48-192432号公報
【特許文献2】特公昭48-26385号公報
【特許文献3】特開昭55-145701号公報
【特許文献4】特公昭47-3964号公報
【特許文献5】特公昭47-3965号公報
【特許文献6】特開昭61-264001号公報
【特許文献7】特開昭59-56401号公報
【特許文献8】日本国特許第4087534号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.I.C. Michie, S.M. Neale : J.Polymer Sci.,A2,2063,(1964)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、セルロースエーテル製品の透明度を高めるため鋭意検討した結果、特に得ようとするセルロースエーテルの2質量%水溶液の20℃における粘度が100mm/s以下、とりわけ20mm/s以下の低粘度セルロースエーテルの透明性の低下の原因は、驚くことに特許文献6〜7に記載されたような反応開始時の酸素量の調整方法にあることを見出した。また、このようにして製造された低粘度セルロースエーテルは、後の熱水による洗浄工程でフィルターから溶けて漏れ出す、いわゆる洗浄ロス量が多いことを見出した。スプレー初期におけるパルプ上のアルカリの分布が不均一な状態で、パルプと酸素が接触するため、不均一な解重合によってセルロース分子の化学構造が変質し、透明性の低下を引き起こしていると考えられる。また、アルカリが付着した部分が最も長時間解重合される結果、極めて重合度の低い部分が形成され、この部分が洗浄時に溶け出してロスとなるとも考えられる。
また、本発明者は、特許文献8の方法では、目的の粘度のものが得られず、高かったり低かったりする場合があることを見出した。原因は酸素を供給する工程においてアルカリセルロースの温度が様々な外乱の影響を受けて一定にならないためだと考えられる。非特許文献1の方法で処理されたアルカリセルロースから製造されるセルロースエーテルは、未溶解繊維分が多く透明度が低いことを見出した。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、例えばアルカリセルロースと酸素を反応させて重合度低下を起こさせるときの季節要因やバッチ間インターバルの違いにより、取り入れ空気温度や反応機の温度がバッチ毎に一定でないため、反応温度の再現が得られず一定の反応速度を得られない場合や、初めての設備で製造する場合、最終生成物であるセルロースエーテルの溶液粘度を測定し、測定結果に基づき解重合反応時間を試行錯誤で決めていくことを行わずに、セルロースエーテルの重合度を精度よくコントロールし、併せて品質及び製造工程の安定化を図るものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、パルプとアルカリ溶液を接触させて得られるアルカリセルロースを、酸素含有ガス流の存在下、供給される上記酸素含有ガス流中の酸素供給量と排出される上記酸素含有ガス流の酸素排出量を測定しながら解重合させる、重合度制御アルカリセルロースの製造方法を提供する。また、得られた重合度制御アルカリセルロースにエーテル化剤を添加する工程を少なくともセルロースエーテルの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
セルロースエーテルの重合度の精度のよいコントロールとそれに伴う品質及び製造工程の安定化が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明を実施する装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
セルロースエーテルは、通常、原料となるパルプにアルカリを加えてアルカリセルロースとした後に、エーテル化剤を加えて製造される。本発明においては、例えば、ガスの入口及び出口を備えた容器内にアルカリセルロースを存在させ、ガスの入口より酸素を含むガスを供給しながらガスの出口より排気し、その際の酸素供給量及び酸素排気量を測定することによりアルカリセルロースが吸収した酸素量を知り、その量が目標値に到達した後に容器内の酸素を排除する。次にエーテル化剤を加えてセルロースエーテルを製造する。
【0014】
本発明で使用するパルプは、木材パルプ、リンターパルプ等、通常セルロースエーテルの原料となるものを用いることができる。本発明のアルカリセルロースの製造は、粉末状のパルプに撹拌下アルカリ溶液を滴下またはスプレーする方法、シート状又はチップ状のパルプをアルカリ溶液に浸漬後脱液する方法を用いることができる。粉末状のパルプに撹拌下アルカリ溶液を滴下またはスプレーする方法の場合、好ましくは流動性が良く、平均粒径が、好ましくは500μm以下、より好ましくは50〜500μmのものである。また、パルプの重合度は、目標とするセルロースエーテルの粘度に応じて適宜選択することができる。
【0015】
本発明は、粉末状のパルプに撹拌下アルカリ溶液を滴下またはスプレーする場合、アルカリセルロースの製造前に反応器内の酸素量を減らしておくのが好ましい。反応器内の酸素量は、少なければ少ない程よいが、好ましくはセルロース1kg当たり1g以下、より好ましくはセルロース1kg当たり0.1g以下である。なお、セルロース1kgとは、パルプ中のセルロース成分1kgを意味する。
【0016】
アルカリセルロース製造前にセルロース1kg当たり1g以下までに減少させる酸素量の調製は、反応器にパルプを投入する前後又は投入の途中のいずれにおいても行なうことができる。
酸素量の調整方法は、特に限定されないが、例えば反応器内のガスを排気後、窒素ガス、ヘリウムガス等の酸素を含まないガスを再充満させる方法、酸素を含まないガスを通気して置換する方法等によって行なうことができる。酸素量は、調製前の反応器内のガスの種類、反応器内の空間容積、気圧、ガス温度等が分かれば、気体の法則に基づいて容易に計算することができる。このようにして計算した反応器内の酸素量を、好ましくはセルロース1kg当たり1g以下となるようにする。なお、アルカリ溶液中の溶存酸素は無視してよい。
【0017】
本発明における反応器は、エーテル化反応のための反応容器にかかわらず、容器内部に好ましくは撹拌構造を持つ、アルカリセルロースを入れることができる全ての容器を適用することができる。
【0018】
パルプとアルカリ溶液の接触は、好ましくは、パルプにアルカリ溶液を添加することを少なくとも含み、酸素含有ガス流の存在下の解重合は、好ましくはアルカリ溶液の添加中及び/又は添加後に行なわれる。すなわち、酸素の供給は、アルカリ溶液の添加中及び/又はアルカリ溶液の添加が終了した後に行なわれる。酸素の供給をアルカリ溶液の添加前に行なうと、本発明の効果が得られない。
酸素の供給は、アルカリ溶液の添加中及び/又はアルカリ溶液の添加が終了した後に連続的又は断続的に行なわれるが、アルカリ溶液の添加がより進行した後、例えばアルカリ溶液添加量の3分の1量以上、特に全量添加した後が好ましい。このようにアルカリ溶液の添加がより進行した後に酸素を供給することで、アルカリ溶液の添加が多い程パルプ上のアルカリ分布が均一になり、解重合反応が均一になる。なお、アルカリ溶液を全量添加後、数分から数十分後に酸素を供給することもできる。
【0019】
酸素の供給は、酸素ガス又は空気等の酸素を含むガスを用いることができ、空気を用いる場合、安価で安全性も高く、好ましい。
【0020】
酸素の供給方法は、反応器の一端より酸素を含むガスを供給し、別の一端より排気する方法等により行なわれる。酸素ガス又は酸素を含むガスを移動させる手段としては、圧縮ガスによる供給、排風機によるガスの排出又は供給、真空ポンプによるガスの排出等によって行なわれる。ガスの供給口(入口)と排出口(出口)は、横置き円筒型反応器の場合、反応器の両端からそれぞれ反応器の横長さの4分の1より短い距離の位置に設けることが好ましい。ガスの供給口と排出口との距離は、反応器の横長さの2分の1の長さよりも大きくとることが好ましい。
【0021】
本発明の酸素の供給量及び排出量の測定は、供給するガス中の酸素濃度と供給ガス流量を測定するのが好ましい。酸素濃度の測定方法は、ジルコニア式、ガルバニ電池式が好ましい。供給ガス流量の測定は、ガスメーター、フロート型面積流量計、ピトー管、オリフィス流量計、熱式風速計、渦流量計が好ましい。ガスの温度及び又はガスの圧力を同時に測定し、計算により標準状態の酸素量を求めるのが好ましい。排気ガス中の酸素濃度を測定する前にガスを冷却して脱湿してから測定するのが好ましい。冷却器は、特に問わないがプレート式熱交器、多管式熱交換器、蛇管式、バブリング式が好ましい。冷却温度は、好ましくは10℃以下、より好ましくは−10〜10℃、さらに好ましくは0℃である。
【0022】
本発明のアルカリセルロースの酸素吸収量は、酸素供給量と酸素排気量の差として求められる。
なお、脱湿処理等により供給と排気の水蒸気の量の差が無視できる程度であるなら、上記の項目は必ずしも全てを実測する必要はない。例えば、反応器へのガスの供給速度をFi[NL/min]、供給ガス中の酸素濃度をCi[無次元]、排気ガスの速度をFo[NL/min]、排気ガス中の酸素濃度をCo[無次元]とすると、アルカリセルロースによる酸素消費速度R[NL/min]は次の式のいずれかにより計算し求めることができる。
R=Fi−Fo
R=Fi×Ci−Fo×Co
R=Fi×(Ci−Co)/(1−Co)
無視できる水蒸気量の差とは、ガス中の容積%の差として1ポイント以下が好ましい。特に好ましいのは反応器への供給ガス中の水蒸気が飽和するまで冷却し、反応器からの排気ガスもそれと同じ温度まで冷却することである。
【0023】
図1は、アルカリセルロースと酸素とを反応させる攪拌機付きの反応器1の一端から酸素を含むガスを供給し、もう一端から排出するための装置の一例である。送風機3によって空気取り入れ口2より大気が取り入れられる。取り入れられた空気は冷却器4により冷却され除湿される。湿分はドレン10となり系外へ廃棄される。流量計5でガスの流量が測定され、酸素濃度計6でガス中の酸素濃度が測定される。反応器1からの排出ガスは冷却器7により冷却され除湿される。湿分はドレン11となり系外へ廃棄される。流量計8でガスの流量が測定され、酸素濃度計9でガス中の酸素濃度が測定される。反応器1の酸素を含むガスを供給する側にはガス供給弁12が設けられ、排出する側にはガス排気弁13が設けられる。
【0024】
本発明のアルカリセルロースによる酸素消費量は、上記酸素供給速度、酸素排気速度の積算値の差として求められる。積算方法は、時間を短く区切ってガスの供給速度、排気速度、供給ガス中の酸素濃度、排気ガス中の酸素濃度等を測定し、それを積算する方法が好ましい。区切る時間は1分以下が好ましく、より好ましくは30秒以下である。
アルカリセルロースの酸素消費量は、用いるパルプの重合度、セルロースエーテルの目的粘度により異なるが、通常、セルロースの質量当たり0.1〜10NL/kgが好ましい。0.1NL/kgより少ないと目的の粘度が得られない場合がある。10NL/kgより多いと重合度低下が過度になり後の工程でトラブルを起こす場合がある。
【0025】
本発明の実施においては、目的の重合度を有するセルロースエーテルを得るための酸素消費量を予め計算しておくのが好ましい。計算方法は、下記式(1)で示される。
V=22400×4×{(Dp/Dp)−1}/(162×Dp) ‥(1)
上式中、Vはアルカリセルロースのセルロース質量当たりの酸素消費量(NL/kg)を、Dpは重合度低下前の重合度を、Dpは重合度低下後の重合度を示す。重合度低下前と重合度低下後の重合度は、GPC光散乱法により測定できる。また、Dpは重量平均重合度(Dpw)であっても数平均重合度(Dpn)であっても構わないが、式内でこれらが混在しないように、いずれか一方に統一する。式(1)は、アルカリセルロースの製造に使用する水酸化ナトリウム水溶液の濃度が35〜60質量%の時、セルロース分子1モルが1回切断されるごとに4モルの酸素分子(O)を消費される事実に基づく式である。(その一部は非特許文献 R.I.C. Michie, S.M. Neale; J. Polymer Sci., A2, 2063 (1964)に示されている。)
ここで、分子切断数は(Dp/Dp)−1で表され、セルロースはグルコース(分子量162)が重合した化学構造を持つポリマーである。従って、162×Dpは重合度低下前のセルロースの分子量である。今、重合度低下前のセルロースの質量をmkgとすると、そのセルロースの分子数はm/(162×Dp0) キログラムモルと表される。m/(162×Dp0) キログラムモルのセルロースが全て1回切断されたとき酸素分子の消費量は4×{(Dp/Dp)−1}×m/(162×Dp)キログラムモルである。標準状態の酸素ガス体積に直すと、22400×{(Dp/Dp)−1}×m/(162×Dp)NLとなる。重合度低下前のセルロースの質量あたりの酸素消費量Vは、上式をmで割って式(1)が得られる。
【0026】
所定量の酸素消費量が認められたらそれ以上の酸素吸収が起こらないよう、酸素の供給を停止し、反応器内の酸素を排除する。排除の方法は、真空引きによる方法、不活性ガスを通気する方法及びそれらを組み合わせた方法、真空引き後に不活性ガスで復圧する方法、及びそれを数回繰り返す方法が好ましい。
【0027】
添加されるアルカリ溶液は、アルカリとして例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアリカリ水酸化物が挙げられ、溶媒として水、炭素数1〜4のアルコール等が挙げられ、好ましくは水である。アルカリ溶液は、好ましくはアルカリ水酸化物水溶液又はアルカル水酸化物溶液であり、より好ましくはアルカリ水酸化物水溶液である。アルカリ溶液の濃度は、10〜60質量%、好ましくは20〜55質量%の範囲である。アルカリ溶液の濃度が10質量%未満だとアルカリセルロース中の水分が多くなり、後の工程のエーテル化反応の反応効率が低下する場合がある。60質量%を超えるとアルカリセルロースのアルカリの分布が不均一となり、セルロースエーテルの溶液の透明性が低下する場合がある。
【0028】
アルカリセルロース中のセルロースに対するアルカリの質量比は、目的とするエーテル基の置換度により適宜変えることができるが、セルロースエーテルの溶液の透明性及び後の工程であるエーテル化反応の反応効率を考慮すると、通常0.01〜2.0、好ましくは0.5〜1.5が好ましい。酸素含有ガスの添加時期で言及したアルカリ溶液添加量の3分の1量以上は、上記質量比となるアルカリ溶液添加量を全量としたときの3分の1量以上である。
【0029】
アルカリセルロースの製造及び解重合反応は、十分に撹拌しながら行うのが好ましい。これにより、アルカリセルロース、酸素を含むガス、熱を均一に分布させることが可能となり、本発明の効果が得られる。撹拌の周速は、均一性の観点から0.1〜15m/sが好ましい。
【0030】
本発明においては、必要に応じて解重合触媒を添加することができる。解重合触媒としては、例えば塩化コバルト、ベンゼンジアゾニウムハイドロキサイド等が挙げられ、その添加量は、セルロース1kg当たり3mg以下が好ましく、これ以上添加しても解重合触媒の効果は変らない。解重合触媒の添加方法は特に限定されないが、好ましくは、水、アルコール等の溶媒に溶解し溶液として添加、又はアルカリ溶液に含有させて添加できる。
【0031】
解重合反応は60〜100℃で行うのが好ましく、特に70〜90℃が好ましい。反応温度が60℃未満だと解重合反応の進行が遅くなるため反応に長時間を要する場合があり、逆に100℃を超えるとセルロースエーテルの水溶液の透明性が低下する場合がある。
解重合温度は解重合操作中に変動することが好ましく、特に温度が上昇する過程を含むのが好ましい。なぜなら一定の温度に保とうとするとジャケット等を用いたコントロールが必要となる場合があり、加熱冷却のために必要なエネルギーコストが発生する場合があり不経済だからである。解重合操作中はアルカリセルロースと酸素との反応が発熱反応ゆえ、アルカリセルロースの温度が上昇することがある。
【0032】
アルカリセルロースの製造及び解重合反応が終了した後は、通常の方法でエーテル化反応を行い、精製工程を経てセルロースエーテルが得られる。
本発明におけるセルロースエーテルとしては、例えば、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。
【0033】
本発明におけるアルカリセルロースのエーテル化剤としては、特に限定されないが、塩化メチル、酸化プロピレン、酸化エチレン等が挙げられる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=50mPa・s、Dpw=189のヒドロキシプロピルメチルセルロースの製造を試みた。上記式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量は、セルロース質量当たり1.45NL/kgだった。
容積144リットルの内部撹拌構造を有し、図1で示される空気をガス供給弁12と供給酸素量を測定するシステム(図1中の5及び6)及びガス排気弁13と排気酸素量を測定するシステム図1中の8及び9)を備えた反応器に、重合度Dpw=374の粉末状パルプをセルロース分として5.5kg仕込んだ。反応器内ゲージ圧をマイナス0.096MPaまで減圧した後、窒素ガスで0MPaに戻す操作を2回繰り返し行った。
次に、周胴面付近の周速8m/秒にて撹拌しながら、49質量%水酸化ナトリウム水溶液14.0kgを20分間添加した。その後、ジャケット温度を90℃に設定し、反応器内温を70℃を起点として、反応器内に空気を5.5NL/分の速度で通気した。冷却器4及び7は5℃に保たれた。酸素濃度は供給側が20.9%、排気側は初期が0%で経時的に上昇した。酸素供給速度及び酸素排気速度の測定値から1分刻みでアルカリセルロースの酸素消費量を測定した。通気開始から50分後、酸素消費量がセルロースの質量当たり1.45NL/kgに達したとき、ガスの供給を停止し、真空ポンプにより反応器内ゲージ圧をマイナス0.096MPaまで減圧し、これに塩化メチル11kg、酸化プロピレン2.8を加え、60〜90℃で110分間反応させた。反応後の未精製物を熱水で洗浄した後、乾燥させた。
得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースのメトキシ基DSは1.90、ヒドロキシプロポキシ基MSは0.25、2質量%水溶液の粘度は、日本薬局方の毛細管粘度計法に準じて測定され、15mm/s、GPC光散乱法によるDpwは350であった。得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの2質量%水溶液の透光度は、光電比色計PC-50型、セル長20mm、波長720nmにおいて測定したところ、97.0%だった。
【0035】
実施例2
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=100mPa・s、Dpw=225のヒドロキシプロピルメチルセルロース製造を試みた。上記式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量は、セルロース質量当たり0.98NL/kgだった。
通気開始から35分後、酸素消費量がセルロースの質量当たり0.98NL/kgに達したときにガスの供給を停止する以外は、実施例1と同様の方法で実施した。
得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度、2質量%水溶液の粘度、Dpw、透光度を表1に示す。
【0036】
実施例3
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=1130mPa・s、Dpw=350のヒドロキシプロピルメチルセルロースを製造することを試みた。上記式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量は、セルロース質量当たり0.10NL/kgだった。
通気開始から5分後、酸素消費量がセルロースの質量当たり0.10NL/kgに達したときにガスの供給を停止する以外は、実施例1と同様の方法で実施した。
得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度、2質量%水溶液の粘度、Dpw、透光度を表1に示す。
【0037】
実施例4
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=15mPa・s、Dpw=127のヒドロキシプロピルメチルセルロースを試みた。上記式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量は、セルロース質量当たり2.88NL/kgだった。
通気開始から86分後、酸素消費量がセルロースの質量当たり2.88NL/kgに達したときにガスの供給を停止する以外は実施例1と同様の方法で実施した。得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度、2質量%水溶液の粘度、Dpw、透光度を表1に示す。
【0038】
実施例5
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=3mPa・s、Dpw=49のヒドロキシプロピルメチルセルロース製造を試みた。上記式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量は、セルロース質量当たり10.0NL/kgだった。
通気開始から192分後、酸素消費量がセルロースの質量当たり10.0NL/kgに達したときにガスの供給を停止する以外は、実施例1と同様の方法で実施した。
得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度、2質量%水溶液の粘度、Dpw、透光度を表1に示す。
【0039】
比較例1
重合度Dpw=374の粉末状パルプから2質量%水溶液の粘度=50mPa・s、Dpw=189のヒドロキシプロピルメチルセルロースを製造することを試みた。酸素供給量及び酸素排気量を測定せず、それ以外は実施例1と同様に実施した。但し、ガスの供給を停止する時間は決める根拠がないため、試みとして通気開始から40分後にガスの供給を停止した。得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの2質量%水溶液の粘度は60mPa・s、Dpwは199であり、目標の2質量%水溶液の粘度=50mPa・s、Dpw=189とは異なっていた。
そこで、次のバッチは、前バッチの結果を受けて通気開始から60分後にガスの供給を停止する以外は前バッチと同様に行った。得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの2質量%水溶液の粘度は40mPa・s、Dpwは178だった。目標の2質量%水溶液の粘度=50mPa・s、Dpw=189とはやはり異なっていた。
そこで、次のバッチは、50分後にガスの供給を停止する以外は、前バッチと同様に行った結果、得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの2質量%水溶液の粘度は50mPa・s、Dpwは189となり目標に達した。
このように最終的には目的の重合度のヒドロキシプロピルメチルセルロースを得られたものの、試験的な製造を事前に2バッチ行ったため、目的重合度でない不良品の発生、試験的な製造に労力及び原料コストが発生した。また、製造開始から重合度の適合確認まで実施例1の3倍の時間を要した。
【0040】
比較例2
重合度Dpw=374の粉末状パルプから粘度Dpw=189のヒドロキシプロピルメチルセルロースを製造することを試みた。式(1)により計算されたアルカリセルロースの酸素消費量はセルロース質量当たり1.45NL/kgだった。
容積144リットルの内部撹拌構造を有する反応器に、重合度Dpw=374の粉末状パルプをセルロース分として5.5kg仕込んだ。反応器内ゲージ圧をマイナス0.096MPaまで減圧した後、窒素ガスで0MPaに戻す操作を2回繰り返し行った。
次に、周胴面付近の周速8m/秒にて撹拌しながら、49質量%水酸化ナトリウム水溶液14.0kgを20分間添加した。その後、ジャケット温度を90℃に設定し、反応器内を−94kPaまで真空引きした後、反応器内温を70℃を起点として、空気を吸い込ませた。吸い込ませた空気の体積は、酸素量としてセルロース質量当たり1.45NL/kgだった。ガス排気弁は終始閉じたままとし、排気を行なわずに撹拌した。空気を吸い込ませてから50分後、真空ポンプにより反応器内ゲージ圧をマイナス0.096MPaまで減圧し、これに塩化メチル11kg、酸化プロピレン2.8を加え、60〜90℃で110分間反応させた。得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの置換度、2質量%水溶液の粘度、Dpw、透光度を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
実施例1〜5に示すように、アルカリセルロースの酸素供給量及び酸素排気量を測定し、酸素消費量を調整することにより、ヒドロキシプロピルメチルセルロースの重合度を制御できた。一方、比較例1は目的の粘度及び重合度を得るために、試行錯誤で反応条件を決定したため、試行錯誤時の不良品の発生、労力及び原料コストが発生した。また、製造開始から重合度の適合確認までについても、長時間を要した。
更に、比較例2は計算された量の酸素を吸い込ませたにも拘わらず、目標のDpw189は達成されなかった。これは反応器からの排気を行なわなかったことにより、反応器内の残存酸素量の低下が酸素消費速度の低下を引き起こし、吸い込ませた酸素の全量を消費できなかったためと考えられる。また、比較例2の方法では、得られたヒドロキシプロピルメチルセルロースの透光度の低下が認められた。
【符号の説明】
【0043】
1 反応器
2 空気取り入れ口
3 送風機
4 冷却器
5 流量計
6 酸素濃度計
7 冷却器
8 流量計
9 酸素濃度計
10 ドレン
11 ドレン
12 ガス供給弁
13 ガス排気弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプとアルカリ溶液を接触させて得られるアルカリセルロースを、酸素含有ガス流の存在下、供給される上記酸素含有ガス流中の酸素供給量と排出される上記酸素含有ガス流の酸素排出量を測定しながら解重合させる、重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項2】
上記パルプと上記アルカリ溶液の接触が、上記パルプに上記アルカリ溶液を添加することを少なくとも含み、上記酸素含有ガス流の存在下の解重合が、上記アルカリ溶液の添加中及び/又は添加後に行なわれる請求項1に記載の重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項3】
上記酸素含有ガス流の存在下の解重合が、上記アルカリ溶液の全量の3分の1以上添加後に開始される請求項2に記載の重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項4】
上記酸素含有ガス供給量及び排出量の測定から算出される上記アルカリセルロースによる酸素消費量が、上記パルプ中に含まれるアルカリセルロースの製造に用いたセルロースの質量当たり0.1〜10NL/kgとなったところで、上記酸素ガスの供給を停止する請求項1〜3のいずれかに記載の重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項5】
上記アルカリセルロースによる酸素消費量が、下記式(1)
V=22400×4×{(Dp/Dp)−1}/(162×Dp) ‥(1)
(式中、Vはアルカリセルロースのセルロース質量当たりの酸素消費量(NL/kg)を、Dp0は重合度低下前の重合度を、Dpは重合度低下後の重合度を示す。)
により算出される請求項4に記載の重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項6】
上記アルカリセルロースの解重合が、上記アルカリセルロースの温度を60〜100℃として行われる請求項1〜5のいずれかに記載の重合度制御アルカリセルロースの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法によって製造された重合度制御アルカリセルロースにエーテル化剤を添加する工程を少なくともセルロースエーテルの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−172037(P2012−172037A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−34471(P2011−34471)
【出願日】平成23年2月21日(2011.2.21)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】