説明

アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法、可溶化剤及び新規微生物

【課題】微生物又はその培養物を用いるアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法及び可溶化剤を提供する。
【解決手段】アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる特定の属(コリネバクテリウム属、バチルス属、オクロバクテリウム属)に属する微生物又はその培養液を作用させてアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることを特徴とするアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法、及びアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる特定の属(コリネバクテリウム属、バチルス属、オクロバクテリウム属)に属する微生物又はその培養液を含有するアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の微生物又はその培養物を用いるアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法及び可溶化剤に関する。更に、本発明は、アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる新規な微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル、クロム、マンガン、バナジウム、インジウム、ストロンチウムなどのレアメタルは、元素としての精製プロセスが困難な為、コストが高く、生産量が少ない。しかし、少量で優れた機能を発揮するため、電子機器や医療などの幅広い分野で利用されており、レアメタルは日本の産業を支えるハイテクノロジー機器に不可欠な資源である。例えば、現代社会にとって必須の携帯電話には、液晶画面、カメラ、電池、プラスチックにまでもレアメタルが利用されている。
【0003】
日本が世界で最も多くレアメタルを使用しているが、レアメタルの多くが中国や南アフリカなどの限られた国のみに存在している。そのため、日本はレアメタル資源の確保を輸入に頼っている。更に、近年ではレアメタルの急激な需要拡大によって、この5年ほどで価格が2倍〜8倍にまで高騰したレアメタルもあり、レアメタルの確保と安定供給が国策の急務となっている。
【0004】
日本では、電子機器廃棄物である「都市鉱山」に大量のレアメタルが埋もれており、それらを有効に再利用するためにレアメタル回収の動きが盛んになり始めている。液晶TVやプラズマTVにはインジウムが含まれているが、TVの地デジ化等で急速に需要が高まっている。これらのパネルは家電リサイクル法の非該当商品であるため、パネルからインジウムを回収する技術の開発の必要性や重要性が高まってきた。
【0005】
その一方で、レアメタル資源開発が一層盛んになるにつれて、鉱山坑や工場の廃水に含まれるレアメタルによる環境汚染や、それに伴う人体への影響が懸念されている。レアメタル及びその化合物の中には、毒性を示すものもある。今のところ環境汚染は認められていないが、製造工程などからの排水処理問題などに対して今後とも十分な対策が必要とされている。
【0006】
特に、アルカリ土類金属であるストロンチウムは、レアアース、白金、ニオブ、及びタンタルと共に、「要注視5鉱種」に含まれ、「すぐに備蓄が必要ではないが、注視し検討を要する鉱種」とされている。これらは、IT関連産業向け需要が急増し、近い将来には重要性が高まり、より重要な「備蓄レアメタル9鉱種」に追加される可能性がある。ストロンチウムは、主に炭酸ストロンチウムの形でテレビ用ブラウン管やフェライト磁石などに大量に使われており、最近では薄型テレビ(液晶、プラズマ)への需要も増加している。日本はストロンチウムの大消費国であり、消費割合は世界の約30%に上る。特に、ブラウン管でのストロンチウム消費は従来40,000〜70,000 t/年程度であり、日本国内の廃棄ブラウン管中に埋蔵する未利用ストロンチウムの量は当面著しく増大する見込みである。2011年にアナログテレビ放送が終了し、5,000万台のブラウン管テレビの廃棄が推定されているが、現状ではブラウン管からのストロンチウムのリサイクルについて有効な手段は無い。従って、ブラウン管のような混合材料に含まれる不溶態ストロンチウムを安価に可溶化して回収する手段が求められている。
【0007】
また、ストロンチウムの放射性同位体(90Sr)は、原子力発電に利用されている。これが原子力発電の事故等により環境中に放出された場合、土壌や水圏を汚染し、食物連鎖によってヒトを含む動植物の体内に蓄積し、長期間(半減期28.8年)にわたって放射線を出し続けて内部被ばくを引き起こすので、極めて危険性が高い。このような事故による放射性ストロンチウムの土壌や水圏への拡散においては、ストロンチウムの濃度は低いながら、広範囲にわたることが想定される。したがって、極力コストや手間をかけずに希薄溶液中のストロンチウムや微粒子状ストロンチウムを回収する技術が必要となるが、現在有効な手段が無いことが大きな問題である。
【0008】
このような放射性ストロンチウムを回収する技術としては、例えば、特許文献1ではストロンチウム・ナトリウム含有放射性硝酸水性廃棄物を除染する方法が、特許文献2では高レベル放射性廃液を含む硝酸溶液中のカルシウムおよびストロンチウムを効率的に抽出分離する方法が報告されているが、いずれも化学処理による方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表平8-512404号公報
【特許文献2】特開2004-212076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
日本では都市鉱山に大量のストロンチウムやバリウムなどのアルカリ土類金属が埋もれている。これまでに開発されたアルカリ土類金属の回収技術は化学処理による方法に限定されるが、化学処理による方法においては、環境負荷の高い強酸等の条件やエネルギーを多く消費する高温条件、大規模な装置などが必要となる。また、アルカリ土類金属以外の雑多な金属が同時に存在する混合材料である場合や金属濃度が極めて希薄な溶液の場合には化学処理の適用は困難である。したがって、化学処理による方法では上記のブラウン管等混合材料や放射性ストロンチウム汚染土壌・汚染水圏などからのストロンチウム回収は極めて難しい。そこで、微生物を用いたレアメタルの効率的回収技術の開発が望まれている。しかしながら、現在まで微生物を利用したアルカリ土類金属汚染の浄化やアルカリ土類金属回収を行ったことは知られていない。
【0011】
そこで、本発明は、微生物又はその培養物を用いるアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法及び可溶化剤を提供することを目的とする。更に、本発明は、アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、種々の土壌サンプルを使用して金属代謝微生物をスクリーニングすることによって、ある種の属(コリネバクテリウム属、バチルス属、オクロバクテリウム属)に属する微生物の中に炭酸ストロンチウムを可溶化することができる微生物が存在することを見出し、上記目的を達成することができるという知見を得た。
【0013】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の可溶化方法、可溶化剤及び微生物を提供するものである。
【0014】
(I) アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法
(I-1) 以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を作用させてアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることを特徴とするアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム(Corynebacterium)属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス(Bacillus)属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム(Ochrobactrum)属に属する微生物。
(I-2) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a1)〜(c1)の微生物である、(I-1)に記載の方法:
(a1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム・エフィシエンス(Corynebacterium efficiens)に属する微生物、
(b1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)に属する微生物、
(c1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム・オリザ(Ochrobactrum oryzae)に属する微生物。
(I-3) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a11)〜(c11)の微生物である、(I-1)に記載の方法:
(a11)コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、
(b11)バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、
(c11)オクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)。
(I-4) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(A)〜(C)の微生物である、(I-1)に記載の方法:
(A)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号1で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するコリネバクテリウム属に属する微生物、
(B)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号2で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するバチルス属に属する微生物、
(C)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号3で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するオクロバクテリウム属に属する微生物。
(I-5) 前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、(I-1)〜(I-4)のいずれかに記載の方法。
【0015】
(II) アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤
(II-1) 以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を含有するアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム属に属する微生物。
(II-2) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a1)〜(c1)の微生物である、(II-1)に記載の可溶化剤:
(a1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム・エフィシエンスに属する微生物、
(b1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス・メガテリウムに属する微生物、
(c1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム・オリザに属する微生物。
(II-3) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a11)〜(c11)の微生物である、(II-1)に記載の可溶化剤:
(a11)コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、
(b11)バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、
(c11)オクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)。
(II-4) 前記(a)〜(c)の微生物が以下の(A)〜(C)の微生物である、(II-1)に記載の可溶化剤:
(A)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号1で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するコリネバクテリウム属に属する微生物、
(B)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号2で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するバチルス属に属する微生物、
(C)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号3で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するオクロバクテリウム属に属する微生物。
(II-5) 前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、(II-1)〜(II-4)のいずれかに記載の可溶化剤。
【0016】
(III) 新規微生物
(III-1) アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる、コリネバクテリウム属、バチルス属、又はオクロバクテリウム属に属する微生物。
(III-2) コリネバクテリウム・エフィシエンス、バチルス・メガテリウム、又はオクロバクテリウム・オリザに属する微生物である、(III-1)に記載の微生物。
(III-3) コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、又はオクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)である、(III-1)に記載の微生物。
(III-4)以下の(A)〜(C)のいずれかの微生物である、(III-1)に記載の微生物:
(A)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号1で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するコリネバクテリウム属に属する微生物、
(B)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号2で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するバチルス属に属する微生物、
(C)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができ、且つ配列番号3で示される塩基配列を含む16S rDNAを有するオクロバクテリウム属に属する微生物。
(III-5) 前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、(III-1)〜(III-4)のいずれかに記載の微生物。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法及び可溶化剤によれば、微生物又はその培養液を用いることでアルカリ土類金属(特にレアメタルであるストロンチウム)の炭酸塩を可溶化させることが可能である。また、本発明の微生物は、アルカリ土類金属(特にレアメタルであるストロンチウム)の炭酸塩を可溶化することができるという優れた特性を有している。
【0018】
そのため、本発明により、効率的なレアメタル汚染の浄化やレアメタル資源回収のシステムの開発が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】日本海溝の土壌サンプルを培養したときのプレートの写真である。培地は左上から順に、none、In2O3、Fe2O3、左下から順にSn2O4、V2O5、SrCO3である。
【図2】足尾銅山の土壌サンプルを培養したときのプレートの写真である。培地は左上から順に、none、In2O3、Fe2O3、左下から順にSn2O4、V2O5、SrCO3である。
【図3】富士山山頂の土壌サンプルを培養したときのプレートの写真である。培地は左上から順にSrCO3、Sn2O4、V2O5、左下から順にnone、In2O3である。
【図4】SrCO3を可溶化する細菌のプレートの写真である。全て富士山山頂土壌サンプルから得た(上から順にFUJ3株、FUJ29株、FUJ33株である)。左列がプレート裏面の写真、右列がプレート表面の写真である。
【図5】SrCO3を可溶化する細菌の金属特異性を示す写真である。左上から順にSrCl、SrO、MnCO3、左下から順にBaCO3、SrCO3である。
【図6】各細菌の増殖曲線、pH変化、及び炭酸ストロンチウムの溶解度を示すグラフである。
【図7】SrCO3を可溶化する細菌の系統樹を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0021】
アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法
本発明のアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法は、以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を作用させてアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることを特徴とする:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム属に属する微生物。
【0022】
本発明の方法によれば、特定の微生物又はその培養液を用いることでアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることが可能となる。
【0023】
本発明におけるアルカリ土類金属の炭酸塩とは、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)及びラジウム(Ra)の炭酸塩であり、好ましくはレアメタルであるストロンチウム及びバリウムの炭酸塩、特に好ましくはストロンチウムの炭酸塩である。
【0024】
本発明の方法の可溶化の対象となるアルカリ土類金属の炭酸塩は、他の物質に含まれている状態であっても良く、例えば、アルカリ土類金属の炭酸塩を含む鉱石、電子機器、都市鉱山、工場等の廃液などにも本発明の方法を適用することができる。そのため、本発明の方法により電子機器の廃棄物等からアルカリ土類金属、特にレアメタルであるストロンチウム及びバリウムを可溶化させることで、アルカリ土類金属、特にストロンチウム及びバリウムの回収を容易に行うことが可能になる。
【0025】
本発明における可溶化とは、具体的には、アルカリ土類金属の炭酸塩を分解し、アルカリ土類金属のイオンを生成させる反応のことである。
【0026】
本発明で使用する微生物は、アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム属、バチルス属、オクロバクテリウム属等に属する微生物であり、好ましくはコリネバクテリウム・エフィシエンス、バチルス・メガテリウム、オクロバクテリウム・オリザ等に属する微生物である。土壌等から採取した微生物について、16S rRNAの情報等に基づいて微生物を分類(属種の同定)する方法は公知である。本発明で使用する微生物は、野生株、変異株、遺伝子工学的手法等により作製される組換え体などの何れの微生物であっても良い。
【0027】
微生物がアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができることは、実施例に記載の方法により確認することができる。具体的には、アルカリ土類金属の炭酸塩を添加したYPG等の培地で微生物を培養し、培養後の寒天培地や培養液の透明度が高まることを観察することで確認できる。本発明で使用するアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる微生物は、上記方法を用いることにより野生株、変異株等の中からスクリーニングすることで単離採取することができる。
【0028】
本発明で使用する微生物の例としては、コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株、バチルス・メガテリウムFUJ29株、及びオクロバクテリウム・オリザFUJ33株が挙げられる。当該コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株、バチルス・メガテリウムFUJ29株、及びオクロバクテリウム・オリザFUJ33株は、ストロンチウムの炭酸塩を可溶化することができる能力を有していることが実施例により示されている。以下に、これら菌株の菌学的性質及び遺伝学性質を示す。
【0029】
(コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株)
(i)菌学的性質
FUJ3株の形状的特徴としては、色調は黄色、形は点状、隆起状態は半球状、周縁は全縁、表面の形状等はスムーズ、透明度は不透明、粘稠度はバター様である。
【0030】
(ii)遺伝学的性質
16S rRNA遺伝子塩基配列(配列番号1)の解析により、コリネバクテリウム・エフィシエンスとの同一性が98.3%と高い値を示し、FUJ3株は当該属種に属する菌株であることが確認されている。
【0031】
(バチルス・メガテリウムFUJ29株)
(i)菌学的性質
FUJ29株の形状的特徴としては、色調は白、形は円形、隆起状態は波状又は突起状、周縁は波状、表面の形状等はムコイド、透明度は半透明、粘稠度は粘稠性である。
【0032】
(ii)遺伝学的性質
16S rRNA遺伝子塩基配列(配列番号2)の解析により、バチルス・メガテリウムとの同一性が99.5%と高い値を示し、FUJ29株は当該属種に属する菌株であることが確認されている。
【0033】
(オクロバクテリウム・オリザFUJ33株)
(i)菌学的性質
FUJ33株の形状的特徴としては、色調は象牙色、形は点状、隆起状態は扁平状、周縁は全縁、表面の形状等はラフ、透明度は半透明、粘稠度はバター様を有している。
【0034】
(ii)遺伝学的性質
16S rRNA遺伝子塩基配列(配列番号3)の解析により、オクロバクテリウム・オリザとの同一性が95.9%と高い値を示し、FUJ33株は当該属種に属する菌株であることが確認されている。
【0035】
当該コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株、バチルス・メガテリウムFUJ29株、オクロバクテリウム・オリザFUJ33株は、2011年7月11日に、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6(郵便番号305-8566))に、それぞれ受領番号FERM AP-22150、FERM AP-22151、FERM AP-22152として寄託されている。
【0036】
また、上記コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株、バチルス・メガテリウムFUJ29株、及びオクロバクテリウム・オリザFUJ33株以外に、アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる微生物としては、配列番号1〜3で示される塩基配列又はこれらと98%以上、99%以上、99.8%以上の同一性を有する塩基配列を含む16S rDNAを有する微生物が挙げられる。
【0037】
本発明で使用する微生物を培養する培地としては、当該微生物が増殖できる培地であれば制限無く使用できる。例えば、用いられる培地としては、炭素源としてグルコース、シュークロース、フルクトース、グリセロール、スターチなどの炭水化物を含有するものが挙げられる。また、無機又は有機窒素源(例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、カゼインの加水分解物、酵母抽出物、ポリペプトン、バクトトリプトン、ビーフ抽出物等)を含有するものも挙げられる。さらに所望により、他の栄養源(例えば、無機塩、ビタミン類、微量金属塩など)を培地中に添加しても良い。なお、これらは1.5%程度の寒天を添加することで、固体培地として調製することもできる。
【0038】
本発明で使用する微生物の培養は、通常pH4.0〜7.0のpH条件;通常30〜37℃の温度条件で行うことができる。
【0039】
本発明で使用する微生物を用いてアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化する際には、該微生物はカラギーナンゲル、アルギン酸ゲル等に公知の方法で固定化されていても良い。本発明の方法は、最初からアルカリ土類金属の炭酸塩が添加された培地を用いて上記微生物を培養する方法でも、上記微生物の培養液中にアルカリ土類金属の炭酸塩を添加する方法であっても良い。
【0040】
本発明における培養液には、微生物を培養した後の微生物を含む状態及び微生物が取り除かれた後の培養液が含まれる。
【0041】
微生物又はその培養液を作用させるとは、例えば、アルカリ土類金属の炭酸塩を含む鉱石や都市鉱山などに微生物等を添加する態様が挙げられる。
【0042】
本発明の方法により可溶化されたアルカリ土類金属は、海老や円石藻を用いたバイオミネラリゼーション等の公知の方法を使用することにより単離・回収することができる。
【0043】
アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤
本発明のアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤は、以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を含有することを特徴とする:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム属に属する微生物。
【0044】
本発明の可溶化剤によれば、アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることが可能となる。また、本発明の可溶化剤を用いることにより電子機器の廃棄物等からアルカリ土類金属、特にレアメタルであるストロンチウム及びバリウムを可溶化させることで、アルカリ土類金属、特にストロンチウム及びバリウムの回収を容易に行うことが可能になる。
【0045】
上記の「微生物」、「アルカリ土類金属」、「可溶化」等についての説明、定義等は、上記「アルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法」の項目に記載のものと同様である。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0047】
[試薬]
トリプトン、酵母エキス、塩化ナトリウム、寒天粉末、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化スズ、酸化鉄、炭酸ストロンチウム、塩化ストロンチウム、酸化ストロンチウム、炭酸バリウム、炭酸マンガン、アガロースはナカライテスクから購入した。D (+) -グルコースは和光純薬工業から購入した。
【0048】
[方法]
1.不溶化金属の可溶化能に秀でた細菌のスクリーニング
日本海溝、足尾銅山、富士山山頂の土壌サンプル数mgをエッペンチューブに計り取った。1 M Tris buffer (pH 8.0) 700μlで懸濁し、各20 mM酸化インジウム、酸化鉄、酸化スズ、酸化バナジウム、炭酸ストロンチウム(表1)含有YPG寒天プレート(表2)に上澄み100μlをまき、28℃で培養した。各プレートで生育した細菌を別の同金属含有プレートに継代した。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
2.炭酸ストロンチウム可溶化能を有する細菌の金属特性について
SrCO3 可溶化能を有する細菌が他の金属炭酸塩及びストロンチウム塩で金属の可溶化を生じるか調べた。上記の細菌は、各20 mM酸化ストロンチウム、塩化ストロンチウム、炭酸バリウム、炭酸マンガン(表3)を含有するYPG寒天プレート(表2)を用いて、28℃で培養した。
【0052】
【表3】

【0053】
3.可溶化能を有する細菌の培養
YPG液体培地5 ml入り試験管に細菌を植菌し、懸濁するまで30℃で振とう培養した。この溶液を前培養液とする。前培養液1 mlをYPG液体培養100 mlに加え、30℃で本培養した。そのときの経時変化についてO.D. = 600の吸光度とpHを測定した。また、培養上清の炭酸ストロンチウム可溶化能を調査するために、それぞれの培養時間による培養液1 mlを回収し、それらの溶液を遠心分離(6,000 rpm、5 min、4℃)により上清を得た。それらの上清と20 mM SrCO3含有YPG液体培地を2 : 1(total 300μl)で混合し、数時間静置し、O.D. = 600の吸光度を測定した。
【0054】
4.細菌の 16S rRNA 塩基配列解析
細菌のゲノム抽出はビーズフェノール法で行った。滅菌水100μl入りのエッペンチューブに細菌を懸濁し、200 mM Tris緩衝液(80 mM EDTA, pH 8.0)125μl、10% SDS 25μl、滅菌ガラスビーズ150 mg (φ ≦ 106μm)、TE飽和フェノール(pH 7.9)250μlを加えた。Vortexを用いて1分間撹拌後、遠心分離(15,000 rpm、4℃、5 min)し、ゲノムDNAを回収するために水系の上清200μlを回収した。純度の高いゲノムDNAを回収するために、その上清にPCIを200μl加え軽く撹拌した後、遠心分離(15,000 rpm、4℃、5 min)によりゲノムDNAが含まれる上清125μlを回収した。この上清は、エタノール沈殿法により、5M NaCl 12.5μl、99.5% エタノール310μlを加えDNAを沈殿させた。沈殿を70%エタノール200μlで洗浄後、TE緩衝液100μlで溶かした。
【0055】
スクリーニングで得た細菌を同定するために、16S rDNA塩基配列の増幅にはPCR法を用いた。PCR用マイクロチューブに反応溶液(表4)を入れ、PCR反応(表5)を行った。
【0056】
【表4】

【0057】
プライマー
16S_fD2_RT AGAGTTTGATCATGGCTCAG
16S_rP2_RT ACGGCTACCTTGTTACGACTT
【0058】
【表5】

【0059】
PCRで増幅した遺伝子についてアガロースゲル電気泳動を行い、増幅が確認されたPCR産物をMACHEREY-NAGEL社のNucleoSpin(登録商標)Extract IIを用いて回収を行った。ゲル抽出したPCR産物の塩基配列を解析するために、ファスマック社のシークエンス解析サービスに依頼した。得られたシークエンス解析結果を用いて系統樹を作成して属レベルを決定し、それに基づいて近縁の種間で系統樹を作成して種の同定を行った。
【0060】
[結果]
1.不溶化金属の可溶化能に秀でた細菌のスクリーニング
日本海溝、足尾銅山、富士山山頂の土壌サンプルを、それぞれの培地で培養した時の様子を図1〜3に示す。各地域及び不溶化金属により生育できる細菌群が異なるため、不溶化金属による選択が可能であることを示す。その内、炭酸ストロンチウムを可溶化する細菌を確認した。
【0061】
2.炭酸ストロンチウム可溶化能を有する細菌の金属特性について
単離した細菌のうち、水に不溶のSrCO3を可溶化している細菌(FUJ3、FUJ29、FUJ33)を発見した。それらを図4に示す。
【0062】
これらのSrCO3 を可溶化する細菌のうちFUJ3を、各20 mM酸化ストロンチウム、塩化ストロンチウム、炭酸バリウム、炭酸マンガンを含有するYPG寒天培地で培養した時の様子を図5に示す。
【0063】
酸化ストロンチウム、塩化ストロンチウム、炭酸マンガンを含むYPG培地に変化はなかったが、SrCO3 を可溶化する細菌は炭酸ストロンチウムだけでなく、炭酸バリウムも可溶化した。このことから、SrCO3 を可溶化する細菌はアルカリ土類金属の炭酸塩を選択的に可溶化すると考えられる。
【0064】
3.可溶化能を有する細菌の培養
各細菌の増殖曲線、pH変化、炭酸ストロンチウムの溶解度を図6に示す。FUJ3及びFUJ29は、双方とも生育、pH変化及び炭酸ストロンチウムの溶解度に大きな変化が見られない。しかし、FUJ33は、FUJ3及びFUJ29と比較すると、生育と炭酸ストロンチウムの溶解度が低い。
【0065】
4.ゲノム配列解析
SrCO3を可溶化する細菌の系統樹を図7に示す。
【0066】
系統樹より、富士山山頂の土壌から得られた細菌、FUJ3はコリネバクテリウム属、FUJ29はバチルス属、FUJ33はオクロバクテリウム属等と近縁の細菌であることが明らかとなった。
【0067】
<FUJ3:コリネバクテリウム属>
FUJ3の16S rRNA遺伝子塩基配列(全配列長:1,484 bp、配列番号1)のDNAデータベース(BLAST等)上での検索による最近縁種やその周辺近縁種との同一性(%)情報を以下の表6に示す。この結果からFUJ3株をコリネバクテリウム・エフィシエンスであると同定した。
【0068】
【表6】

【0069】
<FUJ29:バチルス属>
FUJ29の16S rRNA遺伝子塩基配列(全配列長:1,516 bp、配列番号2)のDNAデータベース(BLAST等)上での検索による最近縁種やその周辺近縁種との同一性(%)情報を以下の表7に示す。この結果からFUJ29株をバチルス・メガテリウムであると同定した。
【0070】
【表7】

【0071】
<FUJ33:オクロバクテリウム属>
FUJ33の16S rRNA遺伝子塩基配列(全配列長:1,449 bp、配列番号3)のDNAデータベース(BLAST等)上での検索による最近縁種やその周辺近縁種との同一性(%)情報を以下の表8に示す。この結果からFUJ33株をオクロバクテリウム・オリザであると同定した。
【0072】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を作用させてアルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化させることを特徴とするアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化方法:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム(Corynebacterium)属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス(Bacillus)属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム(Ochrobactrum)属に属する微生物。
【請求項2】
前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a1)〜(c1)の微生物である、請求項1に記載の方法:
(a1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム・エフィシエンス(Corynebacterium efficiens)に属する微生物、
(b1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)に属する微生物、
(c1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム・オリザ(Ochrobactrum oryzae)に属する微生物。
【請求項3】
前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a11)〜(c11)の微生物である、請求項1に記載の方法:
(a11)コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、
(b11)バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、
(c11)オクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)。
【請求項4】
前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
以下の(a)〜(c)からなる群から選択される少なくとも1種の微生物又はその培養液を含有するアルカリ土類金属の炭酸塩の可溶化剤:
(a)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム属に属する微生物、
(b)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス属に属する微生物、
(c)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム属に属する微生物。
【請求項6】
前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a1)〜(c1)の微生物である、請求項5に記載の可溶化剤:
(a1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるコリネバクテリウム・エフィシエンスに属する微生物、
(b1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるバチルス・メガテリウムに属する微生物、
(c1)アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができるオクロバクテリウム・オリザに属する微生物。
【請求項7】
前記(a)〜(c)の微生物が以下の(a11)〜(c11)の微生物である、請求項5に記載の可溶化剤:
(a11)コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、
(b11)バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、
(c11)オクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)。
【請求項8】
前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、請求項5〜7のいずれかに記載の可溶化剤。
【請求項9】
アルカリ土類金属の炭酸塩を可溶化することができる、コリネバクテリウム属、バチルス属、又はオクロバクテリウム属に属する微生物。
【請求項10】
コリネバクテリウム・エフィシエンス、バチルス・メガテリウム、又はオクロバクテリウム・オリザに属する微生物である、請求項9に記載の微生物。
【請求項11】
コリネバクテリウム・エフィシエンスFUJ3株(FERM AP-22150)、バチルス・メガテリウムFUJ29株(FERM AP-22151)、又はオクロバクテリウム・オリザFUJ33株(FERM AP-22152)である、請求項9に記載の微生物。
【請求項12】
前記アルカリ土類金属がストロンチウム又はバリウムである、請求項9〜11のいずれかに記載の微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−31402(P2013−31402A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−169162(P2011−169162)
【出願日】平成23年8月2日(2011.8.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 立命館大学生命科学部生物工学科 刊行物名 2010年度卒業論文発表会要旨集 発行年月日 2011年2月3日
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】