説明

アルカリ珪酸塩浸透方法

【課題】アルカリ珪酸塩浸透材の半固体ゲル化反応を迅速かつ確実に行わせることができるアルカリ珪酸塩浸透方法を提供する。
【解決手段】鉄筋コンクリート構造物の防水又は吸水劣化防止のためにアルカリ珪酸塩をコンクリートに浸透させる方法において、コンクリートに対し、カルシウム塩水溶液を、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後して浸透させる。そうすると、コンクリートに浸透させたアルカリ珪酸塩の半固体ゲル化反応の過程で、外部から供給されたカルシウムイオンとアルカリ珪酸塩中の水素イオンとのイオン交換によってpH値が低下し、その結果コンクリート中の水酸化カルシウムの溶解が促進される。それによって生ずるCaイオンもまた、外部からのCaイオンと同様に作用し、全体として、半固体ゲル化反応が強化促進される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリートの劣化防止を目的としてコンクリート中に添加されるアルカリ珪酸塩浸透材の反応を強化促進するためのアルカリ珪酸塩浸透方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄筋コンクリート構造物の劣化は、地震力及び荷重等の外力によるものを除けば、コンクリート自体の劣化と鉄筋の腐食によるものである。それらを原因又は症状に基づいて分類すると、(1)中性化、(2)塩害、(3)硫酸塩浸食、(4)凍害、(5)アルカリ骨材反応のようになり、現実に起こる劣化はこれの複数原因又は症状が同時に進行する。
【0003】
これらの劣化は、全て、水を媒体にした物理・化学反応である。いわゆる生コンクリートは余剰の水分を含んでいるが、凝固乾燥とともに、セメント硬化体に化学的に取り込まれた水分及びセメント硬化体を構成するいわゆるC−S−Hゲルの中に捕捉又は吸着されたゲル水以外の水分は漸次蒸発し乾燥状態になる。このC−S−Hゲルは、セメントの水和反応によって生成するコンクリートの主要強度成分であり、単純な化学式では表せないが、3CaO・2SiO・3HOが近いとされている。天然に存在する鉱物であるトベルモライトに近い構造を持つといわれている。
【0004】
雨水又は海水が吸水又は透水(圧力をともなう)という形で、コンクリート内部に侵入する際、種々の有害な物質を伴うので、内部の物質との間で劣化化学反応を引き起こす。また、それだけではなく、元々内部に存在している物質間(乾燥状態では安定していたにも拘わらず)での有害な化学反応が、水を媒体にして励起されたり、活性化される。
【0005】
従って、外部からの水の侵入を防止するか、又は大巾に減少させることにより、コンクリート内部を乾燥状態に保てれば、劣化の進行を止めるか、又は大巾に減少させることができる。
【0006】
コンクリートの吸水及び透水を防止してコンクリートを保護するための一般的な方法は、その表面を防水施工するか、又は仕上げ(塗装、吹付け、金属パネル等、タオル等)加工を施す方法である。
【0007】
防水施工方法には、アスファルト防水、シート防水、及び塗膜防水等があるが、作業性及び美観上から、適用箇所が屋上コンクリート床及び水槽内部等に限られる。また、防水材はもちろん、塗装材及び吹付け材のほとんどは有機質であるので、紫外線又は温度変化にともない、経時劣化が避けられず、耐久性に弱点がある。
【0008】
一方、タイル及び金属パネルは高価であり、建築の外壁に使われることはあっても、土木構造物での使用は極めて稀である。
【0009】
アルカリ珪酸塩浸透材は、ナトリウム珪酸塩溶液又はナトリウム珪酸塩とカリウム珪酸塩の混合溶液を主成分とし、他に少量の特殊金属酸化物を含むものである。これをコンクリート表面に散布又は塗布すると、アルカリ珪酸塩浸透材は、多孔質であるコンクリートの内部に、毛細管現象で数cm〜10cmの深さに浸透する。
【0010】
コンクリートの骨材以外の部分であるセメント硬化体は多孔質の固体ゲルであり、0.01μm〜数μmの範囲の空隙を持ち、これを毛細管空隙とよんでいる。この空隙は、セメントの水和反応によって生成したC−S−Hゲル間に残った余剰水が水和の終結とともに徐々に蒸発して空隙化したものである。コンクリート内部には、毛細管空隙の他に、(1)ひび割れ又は凝結時の分離沈降によって生じた空隙、(2)AE材使用による気泡(数10μm〜1000μm)、(3)ゲル空隙(1nm〜4nm)がある。この(1)の空隙は漏水の原因となるものであるが、この空隙は、毛細管空隙より遙かに大きく、アルカリ珪酸塩のゲル化反応では対処できない。通常、シール材又はエポキシ樹脂の注入により補修される。但し、ヘアークラックとよばれる0.1mm幅以下の空隙であれば、アルカリ珪酸塩浸透材でも対処可能である。また、(2)は独立気泡であり、(3)に含まれる水はゲルに強く拘束されていて、共に劣化化学反応には関与しない。
【0011】
コンクリート内部には、主要強度成分であるC−S−Hゲルの他に、多量(セメント量の約1/3)の水酸化カルシウムCa(OH)の結晶が存在し、その一部(溶解度0.18g/100gHO)は毛細管空隙内で溶解している。また、セメント中には当初からアルカリ分(酸化ナトリウムNaO、酸化カリウムKO)が含まれるので、毛細管空隙中に水分が存在すると、ナトリウムイオンNa、カリウムイオンK、水酸化物イオンOH及びカルシウムイオンCa2+が溶解し、本来は強塩基性(pH12.5〜13.5)である。
【0012】
毛細管空隙にアルカリ珪酸塩が浸透すると、それが溶液中のカルシウムイオンを取り込んでガラス質の半固体ゲルに変化する。このゲルは水分の多い環境下では、充分な水分(ゲル水)を吸収して体積を増し、空隙を塞ぐ。この状態では、液体及び気体の出入りが遮断される。一方、乾燥時(ゲル水は通常の遊離水よりも蒸発しにくい)には、乾燥ゲルとなって体積が減少し、気体(酸素、二酸化炭素、水蒸気)はある程度、流通する。
【0013】
このような性質を利用して、水及び海水の侵入を防止又は抑制し、それによってコンクリートの劣化の進行を遅らせ、延命をはかるのに使われるのがアルカリ珪酸塩浸透材である。
【0014】
このアルカリ珪酸塩浸透材は、コンクリート内で生成する半固体ゲル(カルシウムアルカリ珪酸塩)が、セメント又はガラスと似た組成(酸化珪素、酸化カルシウム、酸化アルカリ)で、全て無機質であり、紫外線又は温度変化による経年変質がほとんどないという長所がある。また、施工可能な部位は、床、壁、天井(床下面、梁下面)の全てであり、また施工後もコンクリート表面の外観にほとんど変化がない。よって、材齢の若いコンクリートであれば、本来の肌理及び色を長期間にわたり保つことができる。
【0015】
そして、一般の防水のように薄い被膜による防水ではなく、ある厚さ(コンクリートの密実さによって数cm〜10cm)に広がった防水性のある層を形成するので、表面での機械的摩耗及び引っかき傷には強い。また、コンクリートの背面からの水圧をともなった透水(建物地中壁、地下ピット、擁壁、トンネル、水槽等)に対して、補修手段として極めて有効である。なぜなら、表面からの被膜防水では、内部からの水によって剥がれてしまい、困難である。
【0016】
更に、カルシウムアルカリ珪酸塩ゲルは、防水性のある層を形成するが、通常の意味での防水層ではない。防水層のように、健全である限り一滴の水も通さないという性質のものではない。むしろ、ある深さまでの一過性の吸水を前提にしている。しかし、カルシウムアルカリ珪酸塩ゲルは、それ以上の水の浸入は防止又は抑制し、劣化を起こさない程度に内部を乾燥した状態に保つことができる。その効果の永続性、つまり耐久性は、一般の防水材にはない長所である。
【0017】
【非特許文献1】川村満紀、S.チャタジー著「コンクリートの材料科学」
【非特許文献2】永長久彦著「溶液を反応場とする無機合成」
【非特許文献3】井村久則、鈴木孝治、保母俊行「分析化学1」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、アルカリ珪酸塩浸透材の短所は、そのゲル化の反応速度がコンクリートの状況、即ち塩基性度(pH)によって大きく左右されることである。これは反応の相手方である水酸化カルシウムの溶解性による。
【0019】
材齢が若く、健全なコンクリートではpHは12.0〜13.5であるといわれているが、この状態では毛細管空隙に溶解しているカルシウムイオンは極めて少ない。この場合、ゲル化の速度は極端に遅く、ゲル化の効果が発現するのに1〜2年を要する例もある。そして、この間に、コンクリートに浸透させたアルカリ珪酸塩(水溶性)が拡散してしまうおそれもある。
【0020】
下記表1は2種類のセメントペースト中における細孔溶液中のCa2+イオン濃度を示す(非特許文献1)。また、図2は細孔溶液中のK,Na、Ca2+、及びOH濃度の経時変化を示すグラフ図である(同非特許文献1)。表1及び図2によれば、水酸化物イオンOH、カリウムイオンK、ナトリウムイオンNaの濃度は高いが、カルシウムイオンCa2+は極めて微量である。但し、これらのデータは、実験用のセメントペースト硬化体によるデータであり、実際のコンクリートより極端な数値になってはいると思われる。
【0021】
【表1】

【0022】
また、図3は水酸化カルシウムCa(OH)の溶解度曲線(非特許文献2)であり、この図3からpH>12.5ではほとんど溶解しないことが分かる。このことは、溶解度積に基づく計算結果からも検証される。その結果によれば、pH≧12.0では、カルシウムイオン濃度は数10mmol/L(ミリモル/リットル)以下である。
【0023】
この計算方法について以下に説明する。Ca(OH)の溶解度積Kspは、Ksp=[Ca2+][OH=10−5.4である。また、溶解前の水酸化物イオン濃度を[OHOR、Ca(OH)の溶解度をS(mol/L)で表す。そうすると、[Ca2+]=S、[OH]=[OHOR+2Sである。このため、Ksp=S×([OHOR+2S)となり、これを展開して、下記数式が得られる。
+[OHOR+(1/4)[OHORS−(1/4)×Ksp=0
Sはこの3次方程式の解として与えられる。結果のみを示すと以下の通りである。
pH=13.0の溶液([OHOR=10−1
→S<0となり、溶解しない。
pH=12.0の溶液([OHOR=10−2
→S=6.67×10−3mol/L、pH=12.37に上昇する。
pH=11.0の溶液([OHOR=10−3
→S=9.65×10−3mol/L、pH=12.31に上昇する。
pH=10.0の溶液([OHOR=10−4
→S=9.95×10−3mol/L、pH=12.30に上昇する。
pH=7.0の溶液([OHOR=10−7
→S=9.98×10−3mol/L、pH=12.30に上昇する。
【0024】
pH=12.3強は、Ca(OH)の飽和水溶液のpH値であり、溶解前の溶液が中性又は塩基性であれば、Ca(OH)は自ら溶解することでこの値に近づいていく。その際の溶解量(電離している量)は僅か(1g/L以下)である。
【0025】
一方、外的要因によって当初のpH値が維持されている場合、例えば、酸の供給による場合、Ca2+=S、[OH]=[OHORであり、次のようになる。
pH=12.0の溶液:S=3.98×10−2mol/L(2.95g/L)
pH=11.0の溶液:S=3.98mol/L(295g/L)
このように、pH=12.0の溶液においては、カルシウム濃度Sは、3.98mol×10−2mol/L、即ち、39.8mmol/L(ミリモル/リットル)であるので、pHが12以上では、カルシウムイオン濃度は数10mmol/L以下となる。外部から酸の供給又はコンクリート内部のアルカリ分(NaOH,KOH)の溶出が無ければ、Ca(OH)の飽和水溶液のpH値は、pH=12.3程度に保たれている。もし、酸の供給(空気中の炭酸ガスCO又は酸性雨HSOの浸入)があったり、コンクリートの給水・乾燥の繰り返しがあり、OH−1の流出があると、pH値が下がる。このとき、Ca(OH)の溶解にも拘わらず、pH=12.0に保持されていると仮定すると、Sは前述の如く39.8mmol/Lであるので、これを質量に換算すると、2.95g/Lとなり、ゲル化には1桁足りないことになる。
【0026】
pH値の大きい健全なコンクリートも、時間とともにpH値が下がっていく。その第1の原因は当初から含まれていたアルカリ分の溶出である。pH値が下がると水酸化カルシウムの溶解が増大し、pH値を元の高い値に戻そうとする。
【0027】
一方、空気中の二酸化炭素がコンクリート中に吸収されると、溶解しているカルシウムイオンと結合して、当初は炭酸カルシウム(不溶性)となるが、過剰の二酸化炭素と更に結合して、水溶性の炭酸水素カルシウムCa(HCOとなって、表面に向かって移動する。表面に達すると、二酸化炭素を放出して、最終的に炭酸カルシウムとなって固化する。また、前述のアルカリ分も、炭酸イオンCO2−、硫酸イオンSO2−と結合して結晶化する。これらを総称してエフロレッセンス(白樺)と呼んでいる。
【0028】
以上のプロセスが中性化であるが、中性化が進行している状態では、溶解カルシウムイオンも充分に存在しているので、アルカリ珪酸塩のゲル化反応も進行する(pH≦11.0)。
【0029】
以上のように、コンクリートが健全な状態の間(pH≧12.0)は、アルカリ珪酸塩浸透材のゲル化は極めて緩慢で、かつ不十分(固化の程度が低い)であるが、劣化(中性化)が既に始まり、進行している状態では、ゲル化は順調に進み、本来の効力を発揮する。換言すれば、鉄筋コンクリート構造物の防水又は吸水劣化防止を目的として浸透させたアルカリ珪酸塩は、健全なコンクリート(pH≧12.0)中では、水酸化カルシウムの溶解が極めて少なく、そのためカルシウムイオンとの結合による半固体ゲル化反応に長時間を要し、その間にアルカリ珪酸塩が拡散してしまうおそれがあるという問題点がある。
【0030】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、アルカリ珪酸塩浸透材の半固体ゲル化反応を迅速かつ確実に行わせることができるアルカリ珪酸塩浸透方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
本発明に係るアルカリ珪酸塩浸透方法は、鉄筋コンクリート構造物の防水又は吸水劣化防止のためにアルカリ珪酸塩をコンクリートに浸透させる方法において、コンクリートに対し、カルシウム塩水溶液を、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後して浸透させることにより、コンクリートの半固体ゲル化反応を促進することを特徴とする。
【0032】
この場合に、前記カルシウム塩水溶液は、前記アルカリ珪酸塩浸透材における珪素のモル濃度(mol/L)を[Si]、前記カルシウム塩水溶液におけるカルシウムのモル濃度(mol/L)を[Ca]としたとき、モル濃度比[Ca]/[Si]が0.08乃至0.24となるものであることが好ましい。
【0033】
本発明において、カルシウム塩水溶液を、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後して浸透させる。この態様としては、(1)アルカリ珪酸塩の浸透の後、カルシウム塩の浸透を行うもの、及び(2)カルシウム塩の浸透の後、アルカリ珪酸塩の浸透を行うものの2態様がある。
【0034】
本発明においては、コンクリートに浸透させたアルカリ珪酸塩の半固体ゲル化反応の過程で、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後して浸透させることにより外部から供給されたカルシウムイオンとアルカリ珪酸塩中の水素イオンとのイオン交換によってpH値が低下し、その結果コンクリート中の水酸化カルシウムの溶解が促進される。これにより、半固体ゲル化反応が迅速かつ確実に行われ、この反応促進の結果、浸透させる塩化カルシウム塩の濃度をより低くすることができ、カルシウム塩の使用量が節減される。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後してカルシウム塩水溶液をコンクリートに浸透させることにより、コンクリートの半固体ゲル化反応が促進され、アルカリ珪酸塩による鉄筋コンクリート構造物の防水又は吸水劣化防止効果を確実にかつ迅速に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明の実施の形態について説明する。本発明においては、アルカリ珪酸塩の浸透と相前後してカルシウム塩水溶液を浸透させることにより、カルシウムイオンを外部から補給し、それによって、アルカリ珪酸塩のゲル化を強化促進する。
【0037】
この浸透の態様としては、(1)アルカリ珪酸塩の浸透の後、カルシウム塩の浸透を行うもの、及び(2)カルシウム塩の浸透の後、アルカリ珪酸塩の浸透を行うものの2態様がある。また、浸透作業は、アルカリ珪酸塩及び塩化カルシウム塩の双方共、例えば、以下のとおりである。即ち、コンクリートの表面を水洗いし、浸透材を散布又は塗布し、表面残留分を水洗いし、再び浸透材を散布又は塗布し、表面残留分を水洗いし、更に浸透材を散布又は塗布するというようにして、浸透材をコンクリート中に浸透させる。そして、コンクリートの状況(吸水性)によって、散布又は塗布は2〜3回繰り返される。
【0038】
健全なコンクリートでは、アルカリ珪酸塩浸透材が有効に作用しないという問題点があるが、本発明においては、これを解決する方法として、同材の浸透の前後に外部からカルシウムイオンを補給浸透させ、強制的にゲル化反応を起こさせる。
【0039】
この場合、カルシウムイオンの供給源となる物質としては、先ず、水溶性であること、次にゲル化後に残る物質(イオン)がコンクリートに有害でないことの二つの条件を満たす必要がある。そこで、本発明においては、カルシウム塩を使用する。
【0040】
例えば、塩化カルシウムCaClは、十分に水溶性があり、一定濃度以下であればコンクリートに無害である。
【0041】
但し、ゲル化後に残る塩化物イオンClは、Cl/OHの比が限度を超えると鉄筋を腐食させるおそれがあるため、国土交通省、日本工業規格、建築学会、土木学会では、コンクリート中の塩化物量(Cl)を、0.30kg/m以下と0.60kg/m以下の二段階で規制している。従って、0.30kg/mを充分に下まわる濃度で使えば問題はない。
【0042】
なお、塩化カルシウム以外でも、水溶性のカルシウム塩である酢酸カルシウム、硝酸カルシウム、乳酸カルシウム等も、安全な濃度で使えばカルシウムイオンの供給源となりうる。
【0043】
外部からのカルシウムイオンの補給浸透によって、強制的に半固体ゲル(カルシウムアルカリ珪酸塩ゲル)を生成させる場合、カルシウムイオンの必要量の全てを補給する必要はない。それは以下に述べるように、補給浸透されたカルシウムイオンがアルカリ珪酸塩と結合することが“呼び水”となって、内部の水酸化カルシウム結晶の溶解を促す(補給浸透されたカルシウムイオンの“呼び水効果”)。そして、この溶解によって供給されるカルシウムイオンも、補給浸透されたカルシウムイオンと同様、ゲル化と“呼び水効果”に貢献する。
【0044】
“呼び水効果”の原因は、カルシウムイオンCa2+がゲル内に取り込まれる際、ゲル内部のより結合度の弱い陽イオンとの置換が起こると考えられる(電気的中立性)。この置換される陽イオンとはアルカリイオン(Na又はK)と水素イオンHである。強酸性陽イオン交換樹脂の選択度(親和度)は、Ca2+≫K>Na>Hである(非特許文献3)ことから、上述の如く、Ca2+がゲル内に取り込まれる際、ゲル内部のアルカリイオン(Na又はK)と水素イオンHとの置換が起こると考えられる。
【0045】
カルシウムイオンと水素イオンの一部との交換にともなって、溶液のpH値は下がり、それによって、水酸化カルシウム結晶の溶解は促進される。
【0046】
以上のように、“呼び水効果”によって外部から補給浸透すべきカルシウムイオン量をゲル化に必要な量より少なくすることができる。このことは後に残る塩化物イオンClのように、濃度によってはコンクリートに有害になるかも知れない陰イオン物質を低減することに寄与する。
【実施例】
【0047】
次に、本発明の効果を実証するための試験結果について説明する。
【0048】
(A)“呼び水効果”の検証
アルカリ珪酸塩浸透材の一商品である「RCガード(ABC商会)」を使って、“呼び水効果”の基礎となっているゲル化にともなうpHの変化を調べた。その結果を図1に示す。図1は横軸にカルシウム塩の濃度(g/L(リットル))をとり、縦軸にpHをとって両者の関係を示す。この図1に示すように、カルシウム塩(塩化カルシウムCaClを使用)の濃度が20g/L以下の範囲ではpHの変化が少なく、20〜40g/L間でpHが大きく変化し、40g/L以上では再びpHの変化は少なくなる。
【0049】
濃度20〜40g/L間でのpHの減少は約1.5であり、これを水素イオン濃度[H](又は水酸化物イオン濃度[OH])の変化に換算すると、ほぼ30倍(又は1/30倍)に相当する。
【0050】
(B)ゲルの生成
次に、コンクリートの毛細管空隙中でのアルカリ珪酸塩浸透材のゲル化の模様を化学実験によって再現し、観察した。
【0051】
アルカリ珪酸塩浸透材(RCガード)、カルシウム塩水溶液(実験に使用したのは、苛性ソーダによってpH=13.0に調整した塩化カルシウム溶液)及び水酸化カルシウム粉末を、下記表1に示すように組み合わせた試料によって、ゲルの生成の模様を観察した。
【0052】
【表2】

【0053】
なお、水酸化カルシウム7.5g/250ccは、含有カルシウム分としては、カルシウム塩44.9g/Lの増量に相当する。
【0054】
これらの試験B−1乃至B−6について、混合直後(1時間後)及び1ヶ月経過後の両時点で、ゲル生成経過を観察した。その結果は次のとおりである。
【0055】
試験B−1の場合は、混合直後から固いゲル生成が見られ、表層に約1cmの透明な上澄みの液を残している。1ヶ月後には、上澄み液はほとんど無くなり(一部は蒸発したものと思われる)、ほぼ全体がゲル化した。
【0056】
試験B−2の場合は、混合直後は、試験B−1と同様であるが、上澄み液は試験B−1よりやや多い。1ヶ月後には、試験B−1との差は認められない。
【0057】
試験B−3の場合は、混合直後は、試験B−2に比べ、表層の上澄み液が更に多くなる(約1.5cm)。1ヶ月後には、試験B−2と同様になる。
【0058】
試験B−4の場合は、混合直後はゲルが軟らかく、底部にも上澄み液が見られる。1ヶ月後は、試験B−2と同様である。
【0059】
試験B−5の場合は、混合直後はゲルが上部と底部に分離していて、全体としてゲルの量も少ない。1ヶ月後も、ゲルは軟らかく、表層部はゲルとゲル状の液が混在している。
【0060】
試験B−6の場合は、混合直後は水酸化カルシウムは塊り状となり、アルカリ珪酸塩浸透材との反応は見られない。1ヶ月後も、固体ゲルの生成は見られず、上部約1/3は透明液、約2/3はゾル液であり、底部には水酸化カルシウムの塊りが残っている。
【0061】
以上の試験結果から次の2点の結果が得られる。
【0062】
(1)カルシウム塩を含まない場合は、pH=13.0の下で水酸化カルシウムの溶解は極めて少ない。従って、アルカリ珪酸塩のゲル化も極めて緩慢である。
【0063】
(2)カルシウム塩濃度が30g/Lの場合、混合直後のゲル化は60g/Lの場合より明らかに不十分であるが、1ヶ月後には両者の差は無くなっている。このことは、試験Aの結果とも一致している。つまり“呼び水効果”(pHの低下によって水酸化カルシウムの溶解が促進され、ゲル化に寄与する)が実証されたといえる。
【0064】
(C)珪酸塩の陰イオン量
ゲル化の強化促進に使用されるカルシウム塩は、コンクリートに有害な物質ではあってはならず、また有害な濃度の物質が残らないものでなければならない。
【0065】
代表的な可溶性カルシウム塩である塩化カルシウムの場合、塩化物イオンClが残る。塩化物イオンと水酸化物イオンOHとの比Cl/OHが大きくなると、コンクリート中の鉄筋を保護している不働態酸化膜が破壊され、電気化学的反応による錆が生じる。
【0066】
そのため、(旧)建設省通達、日本工業規格、日本建築学会、土木学会では、コンクリート1m中の塩化物量(Cl)を用途により(1)0.30kg/m以下、(2)0.30kg/mを超え0.60kg/m以下の2段階で規制している。
【0067】
試験Bによれば、アルカリ珪酸塩浸透材(RCガード)と等量で使用されるカルシウム塩水溶液の濃度は、30g/L以上であれば充分である。
【0068】
濃度深さを5cmと仮定し、毛細管空隙の分布は均一であると考えられるから、塩化物イオンの濃度も均一に分布すると仮定する。また、RCガードの標準使用量は、コンクリート面4m/Lである。以上から、30/(4×0.05)=150g/mとなる。つまり、上述の厳しい方の規制値の1/2におさまる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】カルシウム塩の量とpHとの関係を示すグラフ図である。
【図2】細孔溶液中のK,Na,Ca2+及びOH−1濃度の経時変化を示すグラフ図である。
【図3】Ca(OH)の溶解度曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄筋コンクリート構造物の防水又は吸水劣化防止のためにアルカリ珪酸塩をコンクリートに浸透させる方法において、コンクリートに対し、カルシウム塩水溶液を、アルカリ珪酸塩浸透材と相前後して浸透させることにより、コンクリートの半固体ゲル化反応を促進することを特徴とするアルカリ珪酸塩浸透方法。
【請求項2】
前記カルシウム塩水溶液は、前記アルカリ珪酸塩浸透材における珪素のモル濃度(mol/L)を[Si]、前記カルシウム塩水溶液におけるカルシウムのモル濃度(mol/L)を[Ca]としたとき、モル濃度比[Ca]/[Si]が0.08乃至0.24となるものであることを特徴とする請求項1に記載のアルカリ珪酸塩浸透方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−126309(P2007−126309A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−318571(P2005−318571)
【出願日】平成17年11月1日(2005.11.1)
【出願人】(505051024)
【Fターム(参考)】