説明

アルカリ骨材反応抑制剤およびコンクリート構造物のアルカリ骨材反応抑制方法

【課題】 アルカリ骨材反応に起因したコンクリート構造物のひびわれ、変形・変位、ポップアウト、滲出物等の劣化を抑えるための抑制剤を提供する。また、該抑制剤を用いたアルカリ骨材反応による劣化の抑制方法を提供すること。
【解決手段】 炭素数5以上の有機酸またはその塩若しくは糖類の少なくとも1種以上の化合物よりなるキレート試薬を有効成分とするアルカリ骨材反応抑制剤であって、これを水溶液の形態とし、コンクリ−ト構造物を浸漬するか、あるいは該水溶液をコンクリ−ト構造物へ注入、表面湿布等により塗布することによって前記課題を達成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物のアルカリ骨材反応を抑制し、かかる反応によるコンクリート構造物の劣化を防止するための、新規なアルカリ骨材反応抑制剤およびそれを使用したコンクリート構造物のアルカリ骨材反応抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートはセメント水和物、骨材および空隙によって構成され、そして空隙には水酸化ナトリウムや水酸化カリウムのアルカリ水溶液が存在する。骨材に反応性骨材(コンクリート中の水酸化アルカリと反応し易い状態にある準安定な反応性鉱物を有害量含む岩石と定義される。反応性鉱物は非晶質シリカまたは微結晶シリカが代表例である。)を使用すると、空隙中の水酸化アルカリと反応してアルカリ珪酸塩を生成する。
【0003】
この反応をアルカリ骨材反応(以下、ASRと略することもある。)と呼んでいる。ASRに起因して、コンクリート構造物にひびわれ、変形・変位、ポップアウト(骨材抜け落ち跡)、滲出物等の劣化が起こり、物性上は引張り強度と弾性係数が低下する。
【0004】
このような劣化に対して古くから対策研究が成され、そのうちの有効な方法として、塩化リチウム、炭酸リチウム、フッ化リチウム、珪酸リチウム、亜硝酸リチウム、硫酸リチウムなどのリチウム塩をコンクリートへ配合混練すると、ASRによる膨張が抑制されることが報告されている(非特許文献1参照)。
【0005】
また、コンクリート構造物に対するリチウム塩の補修用途への適用については、該コンクリート構造物の表面から亜硝酸リチウム又は水酸化リチウムの水溶液を含浸させる方法が開示されている(特許文献1参照)。
【0006】
しかしながら、リチウム塩は、ASRに対しては有効ではあるが、コンクリート構造物への適用においては、十分なASR抑制効果を発揮するとは言えなかった。即ち、上記リチウム化合物の水溶液をコンクリート構造物に含浸させても、ASR抑制効果はコンクリート構造体の表面に止まり、内部まで有効にASRを抑制することが困難であった。その理由は、リチウムが水中ではカチオンとなり珪酸分と容易に反応するため、ASRの反応サイトまでリチウム塩が到達することが困難だからであると考えられる。
【0007】
しかも、前記報告においては、リチウム塩は実用には高価過ぎるという問題があることも指摘されている。
【0008】
【非特許文献1】W.J.McCOY and A.G.CALDWELL,“New Approach to Inhibiting Alkali−Aggregate Expansion”, Journal of the American Concrete Institute,22,693−706(1951)
【特許文献1】特開昭61−256951号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明は、ASRによるコンクリート構造物のひびわれ、変形・変位、ポップアウト、滲出等の劣化の抑制効果の高いASR抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、キレート試薬を水溶液の形態でコンクリート構造体に含浸させることによって、前記目的を確実に達成することができることを見出し本発明の完成に至った。
【0011】
即ち、本発明は、 キレート試薬を有効成分とすることを特徴とするアルカリ骨材反応抑制剤である。
【0012】
また、本発明は、コンクリート構造物に上記キレート試薬を含浸せしめることを特徴とするコンクリート構造物のアルカリ骨材反応抑制方法をも提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のASR抑制剤は、コンクリート構造物の内部に及ぶ広範囲にわたってASRを抑制することが可能であり、ASRによるコンクリート構造物のひびわれ、変形・変位、ポップアウト、滲出物等の劣化を極めて効果的に抑制できる。
【0014】
上記効果を発揮する機構は明らかではないが、本発明者らは、下記のように推定している。
【0015】
即ち、ASRはまずコンクリート細孔中のアルカリ溶液が骨材に含有されているシリカ成分を溶解することで生起する。シリカの溶解で生成したアルカリ珪酸塩溶液は同細孔中に溶存するカルシウムイオンまたは固体として存在する水酸化カルシウムと反応して骨材表面に析出しアルカリ珪酸カルシウム層を形成する。このアルカリ珪酸カルシウム層内を1価のアルカリ金属イオンは比較的容易に通過できるが、カルシウムを初めとした2価のアルカリ土類金属イオンや多価のカチオンはアルカリ珪酸カルシウムと反応して同層内通過できないばかりか、アルカリ金属イオンを再生放出することになる。このため、骨材内のシリカ成分は次々とアルカリの攻撃を受けて、膨張性のアルカリ珪酸塩が生成する訳である。ここで、キレート試薬が細孔中に浸透してくれば、カルシウムを初めとした2価のアルカリ土類金属イオンや多価のカチオンはこれに捕捉され、骨材内部へと運ばれて膨張性のアルカリ珪酸塩の生成を抑えて、代わりに非膨張物質を生成させることになるので、劣化を抑制できるわけである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳しく説明する。
【0017】
本発明のASR劣化抑制剤はキレート試薬を有効成分とすることを特徴としている。
【0018】
上記キレート試薬は、特に制限されないが、キレート作用が強く、本発明において特に好適に使用できる化合物を例示すれば、炭素数5以上の有機酸、その塩、糖類等が挙げられる。
【0019】
かかる有機酸としては、例えばグルコン酸、アスコルビン酸、エリソルビン酸、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸などが挙げられる。また、有機酸の塩としては、前記有機酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩;マグネシウム塩、カルシウム塩などのアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩等が挙げられる。そのうち、アルカリ金属塩、特にナトリウム塩が好適に用いられる。
【0020】
また、糖類としては、アラビノース、キシロース、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトースなどの単糖類、マルトース、ラクトース、スクロース、サッカロース、ラフィノースなどの少糖類が用いられる。
【0021】
本発明において、これらの有機酸またはその塩若しくは糖類は、水和物としても使用することができる。
【0022】
本発明に用いるキレート試薬は、20℃における水への溶解度が1g/100g以上であることが好ましい。即ち、かかる溶解度が1g/100g未満の場合、キレート作用による効果が十分に発揮されない傾向にある。上記溶解度は、好ましくは、3g/100g以上、さらに好ましくは5g/100g以上である。
【0023】
本発明のASR抑制剤は、有効成分であるキレート試薬と共に、本発明の効果を著しく阻害しない範囲で、公知の添加剤を併用することができる。例えば、表面張力を低下してコンクリート構造物中への含浸効果を向上するための界面活性剤;塩化リチウム、炭酸リチウム、フッ化リチウム、珪酸リチウム、亜硝酸リチウム、硫酸リチウム、水酸化リチウム等のリチウム塩などの公知のASR抑制剤;セルロース、ポリエチレングルコール、ポリビニルアルコールなどの粘度調整剤、等と併用することができる。
【0024】
本発明のASR抑制剤は、水を代表とする極性溶媒に溶解した溶液として用いられる。その濃度は1重量%以上、溶解度以下が好ましい。より好ましくは3重量%以上、さらに5重量%以上であることが前記作用をより発揮するために好ましく、使用する化合物の飽和溶解度以下の濃度であることが望ましい。
【0025】
本発明のASR抑制剤は、水等の極性溶媒に溶解前の状態で現場に輸送し、ここで極性溶媒に溶解して使用しても良いし、あらかじめ極性溶媒に溶解した状態で取り扱うこともできる。
【0026】
本発明のASR抑制剤は、溶液の状態でコンクリ−ト構造物に含浸せしめることによって使用される。
【0027】
上記含浸方法は特に制限されないが、好適な方法を例示すれば、該コンクリート構造物が小型の場合は、キレート試薬を溶解した溶液に浸漬する方法が好適である。
【0028】
また、ASR抑制剤の含浸方法として、コンクリート構造物に、キレート試薬を溶解した溶液を塗布する方法も挙げられる。かかる塗布の方法は、一般的なスプレーや刷毛塗りに限定されず、前記水溶液に浸した布や吸水性高分子シ−トをコンクリート構造物の表面に貼付する表面湿布による方法も好適に実施することができる。更に、他の方法としては、コンクリート構造物の強度に影響を与えない程度の細孔をあけて前記溶液を注入することも可能である。
【0029】
また、上記含浸の処理は、コンクリート構造物に対して一回に限らず、複数回繰り返して実施することができる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。ただし本発明は本実施例に限定されるものではない。
【0031】
尚、実施例および比較例におけるモルタルバー供試体作製、貯蔵、長さ変化の測定の各方法については、基本的にはJIS A 1146−2001(骨材のアルカリシリカ反応性試験方法(モルタルバー法))に準拠して実施した。
【0032】
(1)配合、混練り
モルタルの配合は、質量比でセメント1、水0.5、表乾状態の骨材2.25とした。また、使用したセメントはトクヤマ製普通ポルトランドセメント(NC、ブレーン比表面積3290cm/g)でその中のアルカリがNaO当量で0.55%だったので、それが2.4%となるまでNaOHを加えた。また骨材としては、JIS A 1145−2001(骨材のアルカリシリカ反応性試験方法(化学法))に準拠した反応性試験にて「有害」と判定された発泡前パーライト精石(非晶質シリカが主成分)を使用した。混練り1回当たりの配合量は次のとおりであった。
【0033】
NC 600g
骨材 1350g
2mol/L−NaOH 121cm
純水 179cm
これらの内、NCと骨材をHOBART社製ミキサー(MODEL N−50)付属の金属製ボウル(内容積4.75cm)に入れ、“B”フラットビーターを取り付けた同ミキサーにてスピード1(低速:139rpm)で30秒間混合した。次に、2mol/L−NaOHと純水を投入して、30秒間混練した。20秒間停止し、その間にボウル及びパドルに付着したものを掻き落した。更に、ボウルの底を掻き上げるようにして、2〜3回掻き混ぜた。最後に、スピードを2(中速:285rpm)に切り替えて120秒間混練した。
【0034】
(2)成型
40×40×160mmの3連型枠を使用した。この型枠には両端にゲージプラグを埋め込むための穴が開けられている。
混練物を直ちに型枠の高さ2分の1まで詰め、突き棒を用いて先端が5mmはいる程度に、全面にわたって15回突いた。次に混練物を上端より約5mm盛り上がるように詰め、同様に突き棒を用いて突いてから、余盛部分を削り取ることで表面を平滑にした。
【0035】
(3)初期養生
成型後、混練から24時間はガラス板で混練物を覆い、水分が蒸発しないようにして20℃中保存した。
【0036】
(4)貯蔵
24時間経過してから、脱型、後述の方法で初期の長さを測定した後、貯蔵に回した。貯蔵方法は次のとおりであった。
【0037】
貯蔵容器:蓋付きポリ容器
内容積2240cm3(外寸法232×167×90mm)
本体材質 ポリプロピレン、 蓋材質 ポリエチレン
貯蔵水 :イオン交換水(水量1200cm
貯蔵温度:40℃(容器ごと恒温室に入れた)
初めの29日間は上記のとおり水中に含浸貯蔵し、その後は貯蔵液を抑制剤水溶液に入れ替えて同様に貯蔵した。
【0038】
(5)長さ測定
取り付けたゲージにてモルタルバー供試体の長さを測定した。これらの測定の時期は、脱型して直ぐ(初期)、混練りから30日後(即ち、溶液入替直前)及び60日後(即ち、溶液入替から30日後)とした。ところで、初期以外の測定前には、40℃の恒温室から容器を取り出し、20℃の恒温室に移して16時間以上置いた。
【0039】
長さ測定には、MITUTOYO製 DIDIMATIC INDICATORを使用し、同じくMITUTOYO製 DIDIMATIC MINI−PROCESSOR DP−1DXへデータを印字させた。測定は供試体1本につき3回実施し、それらの平均値をとった。因みに、各試料とも3本の供試体を作製していたので、1試料から9データを得た。
【0040】
実施例1〜13
水中に1ケ月放置したモルタルバー供試体3本を、表1に示す種類のASR抑制剤を、表1に示す濃度で溶解した水溶液1200cmに30日間浸漬した。その間の同供試体の長さ変化(膨張長さ;Lmm)を測定した。一方、前記試供体を更に1ヶ月間継続して水中に放置した場合の供試体の長さ変化(Lmm)を測定し、次式により膨張抑制率(%)を算出した。結果を表1に併せて示す。
【0041】
膨張抑制率(%)=[(L−L)/L]×100
比較例1
実施例1のASR抑制剤に代えて、亜硝酸リチウムを使用した以外は実施例1と同様の方法により、試供体を浸漬した。処理後の試供体について、実施例と同様な方法により、膨張長さを測定し、膨張抑制率を算出した。結果を表1に併せて示す。
【0042】
【表1】

表1から理解できるように、Lが67μmであったのに対して、実施例1のように、抑制剤としてグルコン酸ナトリウムを使用し、同濃度5重量%の水溶液に含浸した供試体の長さ変化は35μmで、膨張抑制率は48%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キレート試薬を有効成分とすることを特徴とするアルカリ骨材反応抑制剤。
【請求項2】
キレート試薬が、炭素数5以上の有機酸、該有機酸の塩、糖類より選ばれた少なくとも一種の化合物である請求項1記載のアルカリ骨材反応抑制剤。
【請求項3】
キレート試薬の20℃における水への溶解度が1g/100g以上である請求項1記載のアルカリ骨材反応抑制剤。
【請求項4】
コンクリート構造物にキレート試薬を含浸せしめることを特徴とするコンクリート構造物のアルカリ骨材反応抑制方法。
【請求項5】
コンクリート構造物へのキレート試薬の含浸が、該コンクリート構造物を、キレート試薬を溶解した溶液に浸漬することにより行われる、請求項4記載の方法。
【請求項6】
コンクリート構造物へのキレート試薬の含浸が、該コンクリート構造物に、キレート試薬を溶解した溶液を塗布することにより行われる、請求項4記載の方法。