アルコール耐性を付与した酵母菌株および該酵母菌株を用いたアルコールの製造法
【課題】遺伝的改変を有する酵母菌株の提供。
【解決手段】遺伝的に改変された酵母菌株であって、(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;(c)YCA1遺伝子の発現抑制;(d)DLD3遺伝子の発現抑制;(e)PDR5遺伝子の発現抑制;(f)DCG1遺伝子の発現増強;および(g)LEU2遺伝子の発現増強、からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する酵母菌株。
【解決手段】遺伝的に改変された酵母菌株であって、(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;(c)YCA1遺伝子の発現抑制;(d)DLD3遺伝子の発現抑制;(e)PDR5遺伝子の発現抑制;(f)DCG1遺伝子の発現増強;および(g)LEU2遺伝子の発現増強、からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する酵母菌株。
【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
技術分野
本発明は、アルコール耐性を付与した酵母菌株、および該酵母菌株を用いたアルコールの製造法に関する。
【0002】
背景技術
将来の化石資源枯渇のリスクに鑑み、近年では、化成品およびその素材を、植物バイオマスを原料として用いる発酵法によって生産する取り組みに注目が集められている。例えば、燃料としてのエタノールを製造する技術の開発が行われている。酵母は古くより酒の製造にも使われているため、酵母はエタノールの生産に適した微生物であるといえる。これまでに、酵母のエタノールに対する耐性に関与する遺伝子が数多く同定されてきた(非特許文献1:Appl Microbiol Biotechnol (2009) 85:253-263)。
【0003】
イソプロパノール(IPA)は、エタノールよりも炭素原子数が1つ多いアルコールの1種である。イソプロパノールは、種々の化合物の製造におけるビルディング・ブロックであり、アセトンやグリセリン合成における原料、消毒や清掃においての溶剤、自動車用の脱水剤などに用いられる。また、イソプロパノールの脱水により得られるプロピレンは、プラスチックの素材などに用いられる。現在、イソプロパノールの生産は化石資源に依存しているが、化石資源枯渇のリスクを回避するには、バイオマスからイソプロパノールを生産する技術が求められる。また、これと同時に、効率のよい製造法を実現するためには、IPAへの耐性能が高い微生物の構築が必要である。
【0004】
近年、パン酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の破壊株コレクション4,826株について、3種のアルコール(メタノール、エタノール、および1−プロパノール)に対する耐性能を調べた結果が報告されている(非特許文献2:J Appl Genet 50, 2009, pp. 301-310)。
【0005】
【非特許文献1】Appl Microbiol Biotechnol (2009) 85:253-263
【非特許文献2】J Appl Genet 50, 2009, pp. 301-310
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、酵母菌株において、特定の遺伝子の発現を抑制することにより、または特定の遺伝子の発現を増強することにより、その酵母菌株のアルコールに対する耐性能が顕著に向上することを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0007】
従って、本発明の目的は、遺伝的改変を有する酵母菌株、および該酵母菌株を用いたアルコールの製造法を提供することにある。
【0008】
そして、本発明による酵母菌株は、遺伝的に改変された酵母菌株であって、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する酵母菌株である。
【0009】
さらに、本発明による製造法は、酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法であって、該酵母菌株は、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有するものである。
【0010】
本発明によれば、アルコールに対する耐性能を酵母菌株に付与することができ、この酵母菌株を用いることにより、アルコールの発酵生産の効率を向上させることが可能となる。また、アルコール以外の物質の製造を目的として酵母菌株を培養する場合でも、その培養がアルコールの生成を伴う場合には、本発明による酵母菌株へのアルコール耐性付与により該酵母菌株の増殖効率を向上させ、ひいては目的の物質の生産効率を向上させることが可能となる。
【発明の具体的説明】
【0011】
本発明は、遺伝的に改変された酵母菌株、および該酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法に関する。
【0012】
本明細書における「アルコールを製造する方法」とは、アルコールの製造を主目的とする方法だけでなく、副産物としてアルコールの生成を伴う他の物質の製造法をも包含する。また、本明細書における「アルコール」は、天然酵母または組換え酵母によって生産できるアルコールであればよく、特に制限されないが、好ましくはイソプロパノール、イソブタノールまたはエタノール、より好ましくはイソプロパノールとされる。
【0013】
本発明に用いられる酵母は、アルコールをはじめとする物質の製造に用いられる酵母であればよく、特に制限されない。物質製造に利用される酵母は多種にわたる。このような酵母としては、The yeasts, a taxonomic study 5th edition(Elsevier ISBM978-0-444-52149-1)に記載されているものが挙げられる。その中でも、産業上有用な酵母として知られる具体例として、Saccharomyces属、Pichia属、Candida属、Schizosaccharomyces属、Hansenula属、Kluyveromyces属、Yarrowia属、Ogataea属、Ashbya属、Pseudozyma属が挙げられる。より具体的な例として、高濃度のアルコールをつくるSaccharomyces cerevisiae(特開2000−60538号公報)、バイオエタノール生産に利用されるPichia stipitis (Biotechnol Bioeng. 2011 Jun 8. doi: 10.1002/bit.23228)、生物界面活性剤であるソホロ脂質を作るPichia anomala(Biosci Biotechnol Biochem. 2008 Aug;72(8):2061-8)、カテプシン生産に用いられるCandida boidinii(Appl Microbiol Biotechnol. 2002 Jul;59(2-3):252-8)、糖タンパク質の生産に利用されるSchizosaccharomyces pombe (Schizosaccharomyces pombe)、1,3プロパンジオールを生産するHansenula polymorpha (Bioprocess Biosyst Eng. 2011 Feb;34(2):231-6)、高温でのエタノール発酵が可能なKluyveromyces marxianus (Appl Microbiol Biotechnol. 2008 Jun;79(3):339-54)、クエン酸高生産株のYarrowia lyporitica (J Ind Microbiol Biotechnol. 2010 May;37(5):431-5.)、抗体生産に用いられるOgataea minuta (FEMS Yeast Res. 2007 Dec;7(8):1307-16)、リボフラビンを生産する酵母としてAshbya gossypii (J Ind Microbiol Biotechnol. 2010 Jan;37(1):57-64.)、糖脂質を生産する酵母としてbasidiomycetous yeastのPseudozyma tsukubaensis (Appl Microbiol Biotechnol. 2010 Oct;88(3):679-88. )がある。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる酵母は、サッカロミセス属またはキャンディダ属に属するものとされ、より好ましくはサッカロミセス・セレビシエまたはキャンディダ・ユティリスとされる。本発明の一つの実施態様によれば、本発明に用いられる酵母は、キャンディダ属に属するものとされ、好ましくはキャンディダ・ユティリスとされる。
【0014】
本発明による酵母菌株は、(a)AIF1遺伝子の発現抑制;(b)YSP1遺伝子の発現抑制;(c)YCA1遺伝子の発現抑制;(d)DLD3遺伝子の発現抑制;(e)PDR5遺伝子の発現抑制;(f)DCG1遺伝子の発現増強;および(g)LEU2遺伝子の発現増強、からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する
【0015】
本発明による酵母菌株は、上記の(a)から(g)までの遺伝的改変のうち、いずれか一つを単独で有していてもよく、あるいは、任意の複数の遺伝的改変を組み合わせて有していてもよい。例えば、(a)から(c)までに示される遺伝子はいずれもアポトーシスに関与する遺伝子であり、特に、(a)に示されるAIF1遺伝子は、アポトーシス経路において(b)に示されるYSP1遺伝子および(c)に示されるYCA1遺伝子よりも上流側で作用する遺伝子である。また、フーゼルアルコール(酵母のアルコール発酵において副産物として得られるフーゼル油に主成分として含まれる、アミルアルコール、プロパノール、ブタノールなどのアルコール)を培地に添加することによって、特に2倍体の酵母が偽菌糸形成を行うという報告がある(Molecular Biology of the Cell (2000) 11:183-199、Folia Microbiol. (2008) 53:3-14)。本明細書の実施例に記載の実験においても、イソプロパノールを添加した培地において出芽した娘細胞と母細胞が完全に分裂せずに、娘細胞が母細胞に接着したまま増殖を繰り返す偽菌糸形成と呼ばれる現象がしばしば確認されている。(d)に示されるDLD3遺伝子および(e)に示されるPDR5遺伝子は、アルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子である。よって、複数の遺伝的改変を組み合わせる場合には、(a)から(c)までの遺伝的改変から1以上を選択し、これに(d)および/または(e)の遺伝子改変を組み合わせることが望ましく、さらに(f)および/または(g)の遺伝的改変を組み合わせてもよい。
【0016】
一つの特定の実施態様によれば、本発明による酵母菌株は、(f)DCG1遺伝子の発現増強を有するものとされ、酵母の種は、好ましくはキャンディダ・ユティリスとされる。この実施態様では、DCG1遺伝子は、キャンディダ・ユティリス由来の遺伝子であることが好ましい。
【0017】
さらに、上述のように、(a)から(c)までに示される遺伝子はいずれもアポトーシスに関与する遺伝子であり、(d)および(e)に示される遺伝子はアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子であることから、本発明による酵母菌株のアルコール耐性能は、アポトーシス機能または偽菌糸形成機能の抑制によってもたらされると考えるのが合理的である。よって、アポトーシスに関与する他の遺伝子またはアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる他の遺伝子の発現を抑制することにより、同等のアルコール耐性能を酵母菌株に付与することができると考えられる。従って、本発明の他の態様によれば、遺伝的に改変された酵母菌株であって、アポトーシスに関与する遺伝子および/またはアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子の発現が抑制された酵母菌株、ならびに該酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法が提供される。
【0018】
上記の(a)から(g)までに示される遺伝子は、使用する酵母菌株の種に応じて、当業者であれば容易に特定することができる。
【0019】
AIF1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYNR074C遺伝子(コード配列:配列番号1;アミノ酸配列:配列番号2)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0060079遺伝子(コード配列:配列番号3;アミノ酸配列:配列番号4)がある。
【0020】
YSP1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYHR155W遺伝子(コード配列:配列番号5;アミノ酸配列:配列番号6)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0030443遺伝子(コード配列:配列番号7;アミノ酸配列:配列番号8)がある。
【0021】
YCA1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYOR197W遺伝子(コード配列:配列番号9;アミノ酸配列:配列番号10)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0020143遺伝子(コード配列:配列番号11;アミノ酸配列:配列番号12)がある。
【0022】
DLD3遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYEL071W遺伝子(コード配列:配列番号13;アミノ酸配列:配列番号14)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0040185遺伝子(コード配列:配列番号15;アミノ酸配列:配列番号16)がある。
【0023】
PDR5遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYOR153W遺伝子(コード配列:配列番号17;アミノ酸配列:配列番号18)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0050711遺伝子(コード配列:配列番号19;アミノ酸配列:配列番号20)、cut01g0040782遺伝子(コード配列:配列番号21;アミノ酸配列:配列番号22)、cut01g0050707 (+cut01g0050706)遺伝子(コード配列:配列番号23;アミノ酸配列:配列番号24)、cut01g0040783遺伝子(コード配列:配列番号25;アミノ酸配列:配列番号26)、cut01g0050710遺伝子(コード配列:配列番号27;アミノ酸配列:配列番号28)、cut01g0680001遺伝子(コード配列:配列番号29;アミノ酸配列:配列番号30)、およびcut01g0910001遺伝子(コード配列:配列番号31;アミノ酸配列:配列番号32)がある。
【0024】
DCG1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYIR030C遺伝子(コード配列:配列番号33;アミノ酸配列:配列番号34)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0150005遺伝子(コード配列:配列番号35;アミノ酸配列:配列番号36)およびcut01g0021045遺伝子(コード配列:配列番号37;アミノ酸配列:配列番号38)がある。
【0025】
LEU2遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYCL018W遺伝子(コード配列:配列番号39;アミノ酸配列:配列番号40)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0010236遺伝子(コード配列:配列番号41;アミノ酸配列:配列番号42)がある。
【0026】
本明細書において、遺伝子の「発現抑制」とは、酵母の遺伝的改変により該酵母におけるその遺伝子の発現量が減少すること、または発現が無くなることを意味する。このような遺伝子の発現抑制は、例えば、当技術分野において公知のジーン・サイレンシング技術を用いて行うことができる。
【0027】
例えば、遺伝子の発現抑制は、アンチセンス核酸分子を用いて行うことができる。アンチセンス法は、特定の遺伝子の発現を抑制するための周知の技術である。一つの具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、遺伝子の5’コード領域の配列に基づいて設計された、約10〜40塩基長のアンチセンスRNAとされる。他の具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、遺伝子の転写に関与する領域の配列に相補的となるように設計されたDNAオリゴヌクレオチドとされる。このようなアンチセンス核酸分子は、各遺伝子の配列に基づいて容易に設計することができる。
【0028】
また、遺伝子の発現抑制は、siRNA核酸分子を用いて行うことができる。本明細書において、「siRNA核酸分子」とは、siRNAそのものだけでなく、標的細胞中にsiRNAを導入しうる、より長い二本鎖RNA分子をも意味する。siRNA核酸分子は、RNA干渉(RNAi)によって特定遺伝子の発現を抑制することができる、周知のツールである(Elbashir, S.M. et al., Nature 411, 494-498, 2001)。siRNAは、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同(同一)な、19〜21塩基対のヌクレオチド配列を含んでなる。上記の二本鎖RNA分子は、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、より長いヌクレオチド配列を含んでなる。このようなsiRNA核酸分子は、各遺伝子の配列に基づいて容易に設計することができる。さらに、前記siRNA核酸分子は、細胞中に送達された適切なベクターによって発現させることもできる。従って、遺伝子の発現抑制は、siRNA核酸分子を発現するベクターを用いて行ってもよい。このようなベクターは、当技術分野において周知の標準的な手順により、容易に構築することができる(Bass, B.L., Cell 101, 235-238, 2000;Tavernarakis, N. et al., Nat. Genet. 24, 180-183, 2000;Malagon, F. et al., Mol. Gen. Genet. 259, 639-644, 1998;Parrish, S. et al., Mol. Cell 6, 1077-1087, 2000)。
【0029】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)における遺伝子の発現抑制は、酵母菌株のゲノムにおける遺伝子の破壊(ノックアウト)によって行われる。遺伝子の破壊は、当技術分野において公知の方法、例えば、相同組換え技術によりその遺伝子を他の遺伝子(マーカー遺伝子など)または無意味な配列と置き換えることによって行うことができる。また、用いる酵母菌株の高次倍数性等により、ゲノム中に破壊しようとする遺伝子が複数コピーで存在する場合には、必ずしも全てのコピーを破壊する必要はなく、破壊したコピー数に応じて本発明の効果が得られるが、好ましくは全てのコピーが破壊される。
【0030】
例えば、キャンディダ・ユティリスは高次倍数性であることが知られている。高次倍数性の酵母の遺伝子を完全に欠損させる場合、一般に、複数の形質転換マーカーを使用する方法、ヘテロ接合体の喪失(Loss of heterozygosity)を利用する方法、形質転換マーカーを繰り返して利用する方法などがある。キャンディダ・ユティリスでは、例えば、ハイグロマイシンBやジェネティシン (G418)、シクロヘキシミド耐性で形質転換体を選抜することができる (Ikushima et al. 73 p.152-159 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem.; Kondo et al. WO95/32289)。これらを有効に利用することにより、完全欠損株を取得することができることは、当業者であれば容易に理解するであろう。例えば、マーカーの前後にホモロジーの高い配列を並べることによりポップアウトさせる手法がある。具体的には、Cre-loxPシステムを用いる方法がある。例えば、オロチジン5’リン酸脱炭酸酵素をコードするCuURA3遺伝子を完全に欠損させた報告(Ikushima et al. 73 p.879-884 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem)や、ピルビン酸脱炭酸酵素をコードするCuPDC1遺伝子を完全に欠損させた報告(Ikushima et al. 73 p.1818-1824 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem)があり、これらの文献を参照することにより、当業者であれば容易に遺伝子を破壊することができる。
【0031】
本明細書において、遺伝子の「発現増強」とは、酵母の遺伝的改変により該酵母におけるその遺伝子の発現量が増加すること、つまり、その遺伝子を過剰発現させることを意味する。このような遺伝的改変の方法としては、例えば、その遺伝子により酵母を形質転換する方法(つまり、その遺伝子を発現し得る形で酵母にトランスフェクトする方法)、その酵母のゲノム上に存在する遺伝子のプロモーター活性を強化する方法、その酵母のゲノム上に存在する遺伝子のプロモーターを他のプロモーターと置換することにより該遺伝子の発現を増強する方法など、様々な方法が知られているが、好ましくは酵母菌株への遺伝子導入による方法、すなわち、その遺伝子により酵母を形質転換する方法とされる。
【0032】
本発明において発現増強の候補となる遺伝子は、DCG1遺伝子およびLEU2遺伝子であり、その配列情報は、上述のサッカロミセス・セレビシエおよびキャンディダ・ユティリス由来の配列など、当業者であれば容易に得ることができる。得られた配列情報に基づいて、当業者であれば、容易にDCG1遺伝子およびLEU2遺伝子の発現増強を行うことができる。また、DCG1およびLEU2のポリペプチドは、天然のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含み、かつそれぞれの活性を有するポリペプチドであってもよい。
【0033】
アミノ酸の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記ポリペプチドをコードする遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又はGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばMutant−K(タカラバイオ社)やMutant−G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(TOYOBO)などを用いて変異を導入することができる。上記の各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0034】
本発明における遺伝子の発現増強においては、上記の遺伝子に代えて、それぞれの同等物を用いることもできる。この同等物は、それぞれの遺伝子と同等の機能を有することを条件に、一部のヌクレオチド残基が異なる遺伝子を意味する。このような同等物としては、それぞれのヌクレオチド配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性(配列同一性)があり、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、それぞれのヌクレオチド配列もしくはその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、それぞれのヌクレオチド配列において1もしくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、付加、または挿入された配列を含み、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。
【0035】
ここで、ヌクレオチド残基の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記配列を含む遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又はGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キットを用いればよい。例えばMutant−K(タカラバイオ社)やMutant−G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(TOYOBO)などを用いて変異を導入することができる。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0036】
相同性(配列同一性)を示す数値(%)は、塩基配列比較用プログラム:例えばGENETYX−WIN7.0.0を用いて、デフォルト(初期設定)のパラメーターにより算出されるものである。すなわち、酵母染色体上の各遺伝子が、同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0037】
ストリンジェントな条件とは、例えば、Rapid−Hyb Buffer(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用い、温度条件を好ましくは40〜70℃、より好ましくは60℃として、その他は添付のプロトコールに従って行うハイブリダイゼーション条件である。その後、例えば当業者に公知の一般的な方法を用い、2×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での5分間の洗浄、続いて1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄、さらに0.1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄を行うことを指す。ただしハイブリダイゼーション時の温度条件や、その後のメンブレンの洗浄に用いる溶液の塩濃度等の条件を適宜設定することにより、ある一定(70%、80%、85%、90%、95%のいずれか)以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできる。そのようにして得られる遺伝子が、配列上は同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0038】
本発明による酵母菌株は、所望の有用物質の製造に用いるために、該物質の生産に必要となる遺伝子で形質転換されていてもよい。例えば、本発明の方法によってアルコールを製造するために、本発明による酵母菌株は、アルコールを合成するための遺伝子により形質転換されていてもよい。必要な遺伝子は、製造しようとする物質に応じて、当業者であれば適切に選択することができる。
【0039】
本発明による酵母菌株の培養にあたっては、酵母の種類に応じて培養方法や培養条件を選択することができる。培養方法としては、例えば、試験管、フラスコあるいはジャーファーメンターを用いた液体培養法を挙げることができ、回分培養、半回分培養などの培養形式を採用できる。振盪速度および通気量は、一般的には50〜200rpm、好ましくは80〜150rpm、あるいはこの振盪速度に相当する通気量とされる。初期の菌体量としてのOD600は、一般的には0.1〜30、好ましくは0.2〜10とされる。
【0040】
本発明による酵母菌株の培養において、培地の組成は、酵母が生育し、且つ目的の物質を製造できる各種栄養素を含む組成であればよく、特に限定されない。培地に含まれる資化炭素源としては、例えば、グルコースのほかにもキシロースやスクロースでも資化できれば用いることができる。
【0041】
培地に含まれる栄養源としては、例えば、酵母エキス、ペプトン、ホエーなどが用いられるが、YP(10g/L酵母エキス、20g/Lペプトン)に上記の資化炭素源を加えた培地、例えばYPD(10g/Lグルコース、10g/L酵母エキス、20g/Lペプトン)等の培地で、さらに適宜pH調整されたものが便利である。
【0042】
培養温度は、用いる酵母の生育可能な範囲で選択することができる。培養温度は、例えば、約15℃〜45℃とすることができ、より好ましくは20〜40℃、さらに好ましくは25〜35℃、最も好ましくは約30℃とする。また、発酵過程における培地のpHは3〜8に保持することが好ましく、より好ましくはpH4〜7であり、必要に応じてpH調節剤を用いることができる。用いるpH調節剤としては、炭酸カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられるが、好ましくは炭酸カルシウムとされる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体例に説明するが、これら実施例は本発明の技術的範囲を制限するものではない。
【0044】
実施例1:サッカロミセス・セレビシエにおける遺伝子破壊とアルコール耐性との関連
実施例1−1:遺伝子破壊とIPA耐性との関連
Open Biosystems社より提供される非必須遺伝子破壊株コレクション・2倍体シリーズYeast Homozygous Diploid Collectionを用いて、IPA耐性に関わる遺伝子のスクリーニングを行った。このコレクションは、サッカロミセス・セレビシエ2倍体であるBY4743株の遺伝子型において、非必須遺伝子を1遺伝子ずつホモで破壊された遺伝子型を有する株から構成される。また、親株であるBY4743株とは異なり、それらの破壊株はジェネティシン(G418)に対する耐性能を付与する発現カセットを有している。
【0045】
酵母BY4743株はYPD (1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース) 液体培地にて、破壊株は、G418 (200 μg/ml) を添加したYPD液体培地にて、2日間、30℃で振とう培養した。それぞれの菌体を、IPAが0、5.0%(w/v)、5.5%(w/v)、6.0%(w/v)、6.5%(w/v)、7.0%(w/v)、7.5%(w/v)、8.0%(w/v)、8.5%(w/v)、9.0%(w/v)、9.5%(w/v)、10.0%(w/v)、10.5%(w/v)、11.0%(w/v)、11.5%(w/v)、12.0%(w/v)、12.5%(w/v)、13.0%(w/v) の濃度で含まれるYPD寒天培地 (1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース、2%アガー) に塗布した。30℃で4日間培養した後、遺伝子破壊の元株であるBY4743株に比較して、高い濃度で旺盛に生育できる株を選抜した。BY4743株の最大生育濃度よりも0.5 %(w/v) 以上高い濃度で生育した株として、あるいは、BY4743株の最大生育濃度においてBY4743株よりも旺盛に生育する株として、YHR155W (YSP1)、YGL237C (HAP2)、YKL146W (AVT3)、YPL119C (DBP1)、YIL054W、YGR063C (SPT4)、およびYGL181W (GTS1)を得た(図1)。また、YNR074C (AIF1)、YOR153W (PDR5)、およびYEL071W (DLD3)も野生株よりも旺盛に増殖することを見出した。
【0046】
実施例1−2:IPA含有培地での培養における野生株とysp1破壊株の比較
BY4743株およびysp1破壊株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlのYPD培地、ならびに1.5、3.0、4.5、および6.0%(w/v)の濃度でIPAを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った(N=3)。その結果、IPAを含まないYPD培地では菌体濃度に有意な差が見られなかったが、IPAを含む培地では、ysp1破壊株はBY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった(t検定:p<0.05)(図2)。このことはysp1破壊株が野生株よりもIPAを含む培地で速く増殖できることを示している。
【0047】
実施例1−3:各種アルコールを含有する培地での培養における野生株とysp1破壊株の比較
BY4743株およびysp1破壊株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlのYPD培地、ならびに3%(w/v) イソプロパノール、5%(w/v) メタノール、6%(w/v) エタノール、1%(w/v) 1-プロパノール、0.5%(w/v) 1-ブタノール、1%(w/v) 2-ブタノール、0.5%(w/v) イソブタノール、0.5%(w/v) イソアミルアルコールをそれぞれ含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、イソプロパノール、メタノール、1−ブタノール、2−ブタノール、およびイソブタノールをそれぞれ含む培地では、BY4743株に比べて、ysp1破壊株は有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図3)。
【0048】
また、3%(w/v) IPAを含む培地での24時間後の培養サンプルに関し、その培養上清のIPA濃度を調べた。その結果、BY4743株は2.79±0.03 %(w/v) であり、ysp1破壊株は2.70±0.27%(w/v)であった。つまり、培養時の培地からのIPAの損失に違いは認められなかった。
【0049】
実施例1−4:イソプロパノールまたはエタノールを含有する培地での培養における、野生株とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較
YSP1遺伝子はアポトーシスに関連する遺伝子であることが報告されている (J Cell Biol 168(2):257-69)。そこで、アポトーシスに関連することが知られているその他の遺伝子あるいはアルコールによって誘導される偽菌糸形成関連遺伝子なども含めて解析を行った。具体的には、BY4743株、ならびにYHR155W (YSP1)、YAL039C (CYC3)、YJL112W (MDV1)、YLL001W (DNM1)、YIL065C (FIS1)、YJL208C (NUC1)、YEL071W (DLD3)、YOL151W (GRE2)、YOR153W(PDR5)、YOR197W(YCA1)、およびYNR074C (AIF1)の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlの3.0%(w/v) IPAを含むYPD培地および6.0%(w/v)エタノールを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、ysp1、aif1、dld3、pdr5遺伝子破壊株では、IPAを含む培地において、BY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図4)。
【0050】
また、これら遺伝子破壊株のうち、dld3、pdr5遺伝子破壊株についてはエタノールに対しても有意に増殖能が高かった(t検定:p<0.1)(図5)。
【0051】
実施例1−5:イソブタノールを含有する培地での培養における野生株と各種遺伝子破壊株との比較
BY4743株、ならびにysp1、fis1、dld3、pdr5、yca1、およびaif1の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlの1.5%(w/v)イソブタノールを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、ysp1、dld3、pdr5、yca1、aif1遺伝子破壊株では、BY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図6)。
【0052】
実施例1−6:高濃度イソプロパノール・エタノールに対する耐性能評価
BY4743株、ならびにysp1、fis1、dld3、pdr5、yca1、aif1、nuc1、dnm1、およびmdv1の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。得られた各菌体を、水、、16%(w/v) エタノール、および12%(w/v) IPAのそれぞれに25℃で3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、3日後のコロニーの数(cfu)を調べた (N=3)。水に曝露したときのcfuを100とした場合の各アルコール曝露時のcfuを、生存率としてcfu%で表した。その結果、aif1破壊株およびyca1破壊株は、高濃度のイソプロパノール曝露に関して、BY4743株に比べて有意に生存率が高かった(t検定:p<0.1)(図7)。さらに、mdv1破壊株、nuc1破壊株、dld3破壊株、およびpfr5破壊株は、高濃度のエタノール曝露に関して、BY4743株に比べて有意に生存率が高かった(t検定:p<0.1)(図8)。
【0053】
実施例1−7:高濃度イソプロパノール・エタノール・イソブタノールに対する耐性能評価
破壊株コレクションからの選抜株のうち、YHR155W (YSP1)、YGL237C (HAP2)、YKL146W (AVT3)、YPL119C (DBP1)、YIL054W、YGR063C (SPT4)、およびYGL181W (GTS1) に関し、エタノール、IPA、およびイソブタノールに対する耐性能を評価した。比較対照は、野生株であるBY4743株とした。YPD液体培地において1晩30℃で好気的に振とう培養して調製した菌体を、水、または高濃度のアルコール [16%(w/v) エタノール、12%(w/v) イソプロパノール、または0.36%(w/v) イソブタノール]に3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、2日後のコロニーの数を調べた (N=2)。その後、各種アルコールで処理した場合のコロニー数を、水で処理した場合のもので除した(図9)。図9より、spt4破壊株やgts1破壊株は、IPAだけでなく、エタノールやイソブタノールに対する耐性能が高いことがわかる。
【0054】
実施例2:サッカロミセス・セレビシエにおける遺伝子過剰発現とアルコール耐性との関連
実施例2−1:遺伝子過剰発現とIPA耐性との関連
この実験は、Open Biosystems社より提供されるS. cerevisiaeのORF過剰発現コレクション・酵母版 [ORF Collection, Yeast (Yeast)] を用いて行った。これは、1倍体のサッカロミセス・セレビシエ株(ウラシル要求性)に、任意のORFを持つ多コピー型のプラスミドが導入されたコレクションである。プラスミドを保持しているか否かはウラシル栄養性で確認した。また、各ORFはガラクトース誘導性のGAL1遺伝子プロモーターの下流に連結されている。なお、コントロール株には、ホスト株(Y258)に、同じくウラシル独立栄養性の表現型を付与する多コピー型ベクター(GAL1プロモーターとその下流にORFがないもの)を構築した。
【0055】
菌株を、2% ラフィノース、0.67% Nitrogen base without amino acid (Difco)、0.5% カザミノ酸、500 μg/mlトリプトファン、および200 μg/ml アデニンから構成される液体培地で、2日間培養した。さらに同培地で継代培養した後、菌体を、2% ラフィノース、2% ガラクトース、0.67% Nitrogen base without amino acid (Difco)、0.5% カザミノ酸、500 μg/mlトリプトファン、200 μg/ml アデニン、および2% アガーから構成されるSRGa培地に塗布した。なお、この際も、前記組成に加え、IPAを全く含まない培地、さらには5.0%(w/v)、5.5%(w/v)、6.0%(w/v)、6.5%(w/v)、7.0%(w/v)、7.5%(w/v)、8.0%(w/v)、8.5%(w/v)、9.0%(w/v)、9.5%(w/v)、10.0%(w/v)、10.5%(w/v)、および11.0%(w/v)の各濃度でIPAを含む培地を用いた。培養は、30℃で4〜5日間行った。
【0056】
コントロール株と比較してIPA耐性能が高い株として、88株を選抜した。次に、これらの株が有するプラスミドをBY4743株に導入し、形質転換体の耐性能を評価した結果、12遺伝子が、酵母にイソプロパノール耐性能を付与する遺伝子として同定された。具体的には、YCL018W (LEU2)、YJL077C (ICS3)、YFR054C、YOL129W (VPS68)、YHR111W (UBA4)、YCL073C、YBL072C (RPS8A)、Q0142、YPL081W (RPS9A)、YIR030C (DCG1)、YPR103W (PRE2)、YDR208W (MSS4) である(図10)。
【0057】
実施例2−2:イソプロパノール・エタノール・イソブタノールに対する耐性能評価
過剰発現コレクションからの選抜株12株に関し、エタノール、IPA、およびイソブタノールに対する耐性能を評価した。YPD液体培地において、1晩、30℃で好気的に振とう培養して調製した菌体を、水、または高濃度のアルコール [16%(w/v) エタノール、12%(w/v) イソプロパノール、または0.36%(w/v) イソブタノール] に3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、2日後のコロニーの数を調べた (N=2)。その後、各種アルコールで処理した場合のコロニー数を、水で処理した場合のもので除した(図11)。その結果、IPAだけでなく、エタノールやイソブタノールに対する耐性能も高い株が複数見出された。
【0058】
実施例2−3:キャンディダ・ユティリスにおける耐性遺伝子の過剰発現
サッカロミセス・セレビシエのDCG1遺伝子について、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)におけるホモログ遺伝子を同定し、CuDCG1bと名づけた(ヌクレオチド配列:配列番号35;アミノ酸配列:配列番号36)。キャンディダ・ユティリスで発現させることが可能なpGAPURA1 (Kondo et al. Nat Biotechnol. 1997 May;15(5):453-7) を用いてCuDCG1b遺伝子をキャンディダ・ユティリスATCC15239株で発現させた(DCG1株)。また、CuDCG1b遺伝子を含まないpGAPURA1(Empty vector)を導入したATCC15239株も用意した。これらの株について、3%(w/v) IPAを含むYPD培地での増殖試験を実施した結果、DCG1株は、Empty vector株に比べて、その増殖能が優れていることが明らかになった(図12)。IPA耐性について、サッカロミセス・セレビシエで特定された遺伝子は、キャンディダ・ユティリスで相同性の高い遺伝子を用いても同様の効果が得られることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】図1は、サッカロミセス・セレビシエの各遺伝子破壊株の、イソプロパノール存在下における培養の結果を示す図である。
【図2】図2は、BY4743株(野生株)およびysp1破壊株の、各IPA濃度における24時間培養後の菌体濃度を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図3】図3は、BY4743株(野生株)およびysp1破壊株の、各種アルコールを含有する培地での24時間培養後の菌体濃度を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図4】図4は、イソプロパノールを含有する培地での培養における、野生株(host)とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図5】図5は、エタノールを含有する培地での培養における、野生株(host)とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図6】図6は、イソブタノールを含有する培地での培養における、野生株(BY4743)と各種遺伝子破壊株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図7】図7は、12%(w/v)イソプロパノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存率を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図8】図8は、16%(w/v)エタノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存率を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図9】図9は、16%(w/v)エタノール、12%(w/v)イソプロパノール、または0.36%(w/v)イソブタノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存比を比較した図である。各値は、独立2回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図10】図10は、サッカロミセス・セレビシエの各遺伝子過剰発現株の、イソプロパノール存在下における培養の結果を示す図である。
【図11】図11は、16%(w/v)エタノール、12%(w/v)イソプロパノール、または0.36%(w/v)イソブタノールに3時間暴露した後の培養における、コントロール株(Empty vector株)と各種過剰発現株の生存比を比較した図である。
【図12】図12は、サッカロミセス・セレビシエのDCG1遺伝子に対応するキャンディダ・ユティリスのホモログ遺伝子(CuDCG1b)を、キャンディダ・ユティリス菌株において過剰発現させた場合における、イソプロパノール存在下での培養の結果を示す図である。
【発明の背景】
【0001】
技術分野
本発明は、アルコール耐性を付与した酵母菌株、および該酵母菌株を用いたアルコールの製造法に関する。
【0002】
背景技術
将来の化石資源枯渇のリスクに鑑み、近年では、化成品およびその素材を、植物バイオマスを原料として用いる発酵法によって生産する取り組みに注目が集められている。例えば、燃料としてのエタノールを製造する技術の開発が行われている。酵母は古くより酒の製造にも使われているため、酵母はエタノールの生産に適した微生物であるといえる。これまでに、酵母のエタノールに対する耐性に関与する遺伝子が数多く同定されてきた(非特許文献1:Appl Microbiol Biotechnol (2009) 85:253-263)。
【0003】
イソプロパノール(IPA)は、エタノールよりも炭素原子数が1つ多いアルコールの1種である。イソプロパノールは、種々の化合物の製造におけるビルディング・ブロックであり、アセトンやグリセリン合成における原料、消毒や清掃においての溶剤、自動車用の脱水剤などに用いられる。また、イソプロパノールの脱水により得られるプロピレンは、プラスチックの素材などに用いられる。現在、イソプロパノールの生産は化石資源に依存しているが、化石資源枯渇のリスクを回避するには、バイオマスからイソプロパノールを生産する技術が求められる。また、これと同時に、効率のよい製造法を実現するためには、IPAへの耐性能が高い微生物の構築が必要である。
【0004】
近年、パン酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の破壊株コレクション4,826株について、3種のアルコール(メタノール、エタノール、および1−プロパノール)に対する耐性能を調べた結果が報告されている(非特許文献2:J Appl Genet 50, 2009, pp. 301-310)。
【0005】
【非特許文献1】Appl Microbiol Biotechnol (2009) 85:253-263
【非特許文献2】J Appl Genet 50, 2009, pp. 301-310
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、酵母菌株において、特定の遺伝子の発現を抑制することにより、または特定の遺伝子の発現を増強することにより、その酵母菌株のアルコールに対する耐性能が顕著に向上することを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0007】
従って、本発明の目的は、遺伝的改変を有する酵母菌株、および該酵母菌株を用いたアルコールの製造法を提供することにある。
【0008】
そして、本発明による酵母菌株は、遺伝的に改変された酵母菌株であって、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する酵母菌株である。
【0009】
さらに、本発明による製造法は、酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法であって、該酵母菌株は、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有するものである。
【0010】
本発明によれば、アルコールに対する耐性能を酵母菌株に付与することができ、この酵母菌株を用いることにより、アルコールの発酵生産の効率を向上させることが可能となる。また、アルコール以外の物質の製造を目的として酵母菌株を培養する場合でも、その培養がアルコールの生成を伴う場合には、本発明による酵母菌株へのアルコール耐性付与により該酵母菌株の増殖効率を向上させ、ひいては目的の物質の生産効率を向上させることが可能となる。
【発明の具体的説明】
【0011】
本発明は、遺伝的に改変された酵母菌株、および該酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法に関する。
【0012】
本明細書における「アルコールを製造する方法」とは、アルコールの製造を主目的とする方法だけでなく、副産物としてアルコールの生成を伴う他の物質の製造法をも包含する。また、本明細書における「アルコール」は、天然酵母または組換え酵母によって生産できるアルコールであればよく、特に制限されないが、好ましくはイソプロパノール、イソブタノールまたはエタノール、より好ましくはイソプロパノールとされる。
【0013】
本発明に用いられる酵母は、アルコールをはじめとする物質の製造に用いられる酵母であればよく、特に制限されない。物質製造に利用される酵母は多種にわたる。このような酵母としては、The yeasts, a taxonomic study 5th edition(Elsevier ISBM978-0-444-52149-1)に記載されているものが挙げられる。その中でも、産業上有用な酵母として知られる具体例として、Saccharomyces属、Pichia属、Candida属、Schizosaccharomyces属、Hansenula属、Kluyveromyces属、Yarrowia属、Ogataea属、Ashbya属、Pseudozyma属が挙げられる。より具体的な例として、高濃度のアルコールをつくるSaccharomyces cerevisiae(特開2000−60538号公報)、バイオエタノール生産に利用されるPichia stipitis (Biotechnol Bioeng. 2011 Jun 8. doi: 10.1002/bit.23228)、生物界面活性剤であるソホロ脂質を作るPichia anomala(Biosci Biotechnol Biochem. 2008 Aug;72(8):2061-8)、カテプシン生産に用いられるCandida boidinii(Appl Microbiol Biotechnol. 2002 Jul;59(2-3):252-8)、糖タンパク質の生産に利用されるSchizosaccharomyces pombe (Schizosaccharomyces pombe)、1,3プロパンジオールを生産するHansenula polymorpha (Bioprocess Biosyst Eng. 2011 Feb;34(2):231-6)、高温でのエタノール発酵が可能なKluyveromyces marxianus (Appl Microbiol Biotechnol. 2008 Jun;79(3):339-54)、クエン酸高生産株のYarrowia lyporitica (J Ind Microbiol Biotechnol. 2010 May;37(5):431-5.)、抗体生産に用いられるOgataea minuta (FEMS Yeast Res. 2007 Dec;7(8):1307-16)、リボフラビンを生産する酵母としてAshbya gossypii (J Ind Microbiol Biotechnol. 2010 Jan;37(1):57-64.)、糖脂質を生産する酵母としてbasidiomycetous yeastのPseudozyma tsukubaensis (Appl Microbiol Biotechnol. 2010 Oct;88(3):679-88. )がある。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる酵母は、サッカロミセス属またはキャンディダ属に属するものとされ、より好ましくはサッカロミセス・セレビシエまたはキャンディダ・ユティリスとされる。本発明の一つの実施態様によれば、本発明に用いられる酵母は、キャンディダ属に属するものとされ、好ましくはキャンディダ・ユティリスとされる。
【0014】
本発明による酵母菌株は、(a)AIF1遺伝子の発現抑制;(b)YSP1遺伝子の発現抑制;(c)YCA1遺伝子の発現抑制;(d)DLD3遺伝子の発現抑制;(e)PDR5遺伝子の発現抑制;(f)DCG1遺伝子の発現増強;および(g)LEU2遺伝子の発現増強、からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する
【0015】
本発明による酵母菌株は、上記の(a)から(g)までの遺伝的改変のうち、いずれか一つを単独で有していてもよく、あるいは、任意の複数の遺伝的改変を組み合わせて有していてもよい。例えば、(a)から(c)までに示される遺伝子はいずれもアポトーシスに関与する遺伝子であり、特に、(a)に示されるAIF1遺伝子は、アポトーシス経路において(b)に示されるYSP1遺伝子および(c)に示されるYCA1遺伝子よりも上流側で作用する遺伝子である。また、フーゼルアルコール(酵母のアルコール発酵において副産物として得られるフーゼル油に主成分として含まれる、アミルアルコール、プロパノール、ブタノールなどのアルコール)を培地に添加することによって、特に2倍体の酵母が偽菌糸形成を行うという報告がある(Molecular Biology of the Cell (2000) 11:183-199、Folia Microbiol. (2008) 53:3-14)。本明細書の実施例に記載の実験においても、イソプロパノールを添加した培地において出芽した娘細胞と母細胞が完全に分裂せずに、娘細胞が母細胞に接着したまま増殖を繰り返す偽菌糸形成と呼ばれる現象がしばしば確認されている。(d)に示されるDLD3遺伝子および(e)に示されるPDR5遺伝子は、アルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子である。よって、複数の遺伝的改変を組み合わせる場合には、(a)から(c)までの遺伝的改変から1以上を選択し、これに(d)および/または(e)の遺伝子改変を組み合わせることが望ましく、さらに(f)および/または(g)の遺伝的改変を組み合わせてもよい。
【0016】
一つの特定の実施態様によれば、本発明による酵母菌株は、(f)DCG1遺伝子の発現増強を有するものとされ、酵母の種は、好ましくはキャンディダ・ユティリスとされる。この実施態様では、DCG1遺伝子は、キャンディダ・ユティリス由来の遺伝子であることが好ましい。
【0017】
さらに、上述のように、(a)から(c)までに示される遺伝子はいずれもアポトーシスに関与する遺伝子であり、(d)および(e)に示される遺伝子はアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子であることから、本発明による酵母菌株のアルコール耐性能は、アポトーシス機能または偽菌糸形成機能の抑制によってもたらされると考えるのが合理的である。よって、アポトーシスに関与する他の遺伝子またはアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる他の遺伝子の発現を抑制することにより、同等のアルコール耐性能を酵母菌株に付与することができると考えられる。従って、本発明の他の態様によれば、遺伝的に改変された酵母菌株であって、アポトーシスに関与する遺伝子および/またはアルコールによって誘導される偽菌糸形成に関わる遺伝子の発現が抑制された酵母菌株、ならびに該酵母菌株を培養することによってアルコールを製造する方法が提供される。
【0018】
上記の(a)から(g)までに示される遺伝子は、使用する酵母菌株の種に応じて、当業者であれば容易に特定することができる。
【0019】
AIF1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYNR074C遺伝子(コード配列:配列番号1;アミノ酸配列:配列番号2)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0060079遺伝子(コード配列:配列番号3;アミノ酸配列:配列番号4)がある。
【0020】
YSP1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYHR155W遺伝子(コード配列:配列番号5;アミノ酸配列:配列番号6)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0030443遺伝子(コード配列:配列番号7;アミノ酸配列:配列番号8)がある。
【0021】
YCA1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYOR197W遺伝子(コード配列:配列番号9;アミノ酸配列:配列番号10)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0020143遺伝子(コード配列:配列番号11;アミノ酸配列:配列番号12)がある。
【0022】
DLD3遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYEL071W遺伝子(コード配列:配列番号13;アミノ酸配列:配列番号14)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0040185遺伝子(コード配列:配列番号15;アミノ酸配列:配列番号16)がある。
【0023】
PDR5遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYOR153W遺伝子(コード配列:配列番号17;アミノ酸配列:配列番号18)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0050711遺伝子(コード配列:配列番号19;アミノ酸配列:配列番号20)、cut01g0040782遺伝子(コード配列:配列番号21;アミノ酸配列:配列番号22)、cut01g0050707 (+cut01g0050706)遺伝子(コード配列:配列番号23;アミノ酸配列:配列番号24)、cut01g0040783遺伝子(コード配列:配列番号25;アミノ酸配列:配列番号26)、cut01g0050710遺伝子(コード配列:配列番号27;アミノ酸配列:配列番号28)、cut01g0680001遺伝子(コード配列:配列番号29;アミノ酸配列:配列番号30)、およびcut01g0910001遺伝子(コード配列:配列番号31;アミノ酸配列:配列番号32)がある。
【0024】
DCG1遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYIR030C遺伝子(コード配列:配列番号33;アミノ酸配列:配列番号34)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0150005遺伝子(コード配列:配列番号35;アミノ酸配列:配列番号36)およびcut01g0021045遺伝子(コード配列:配列番号37;アミノ酸配列:配列番号38)がある。
【0025】
LEU2遺伝子は、サッカロミセス・セレビシエにおいてはYCL018W遺伝子(コード配列:配列番号39;アミノ酸配列:配列番号40)として知られている。この遺伝子は他の酵母にも存在し、例えば、キャンディダ・ユティリスにおけるcut01g0010236遺伝子(コード配列:配列番号41;アミノ酸配列:配列番号42)がある。
【0026】
本明細書において、遺伝子の「発現抑制」とは、酵母の遺伝的改変により該酵母におけるその遺伝子の発現量が減少すること、または発現が無くなることを意味する。このような遺伝子の発現抑制は、例えば、当技術分野において公知のジーン・サイレンシング技術を用いて行うことができる。
【0027】
例えば、遺伝子の発現抑制は、アンチセンス核酸分子を用いて行うことができる。アンチセンス法は、特定の遺伝子の発現を抑制するための周知の技術である。一つの具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、遺伝子の5’コード領域の配列に基づいて設計された、約10〜40塩基長のアンチセンスRNAとされる。他の具体例では、前記アンチセンス核酸分子は、遺伝子の転写に関与する領域の配列に相補的となるように設計されたDNAオリゴヌクレオチドとされる。このようなアンチセンス核酸分子は、各遺伝子の配列に基づいて容易に設計することができる。
【0028】
また、遺伝子の発現抑制は、siRNA核酸分子を用いて行うことができる。本明細書において、「siRNA核酸分子」とは、siRNAそのものだけでなく、標的細胞中にsiRNAを導入しうる、より長い二本鎖RNA分子をも意味する。siRNA核酸分子は、RNA干渉(RNAi)によって特定遺伝子の発現を抑制することができる、周知のツールである(Elbashir, S.M. et al., Nature 411, 494-498, 2001)。siRNAは、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同(同一)な、19〜21塩基対のヌクレオチド配列を含んでなる。上記の二本鎖RNA分子は、典型的には、標的遺伝子のmRNAに特異的な配列に相同な、より長いヌクレオチド配列を含んでなる。このようなsiRNA核酸分子は、各遺伝子の配列に基づいて容易に設計することができる。さらに、前記siRNA核酸分子は、細胞中に送達された適切なベクターによって発現させることもできる。従って、遺伝子の発現抑制は、siRNA核酸分子を発現するベクターを用いて行ってもよい。このようなベクターは、当技術分野において周知の標準的な手順により、容易に構築することができる(Bass, B.L., Cell 101, 235-238, 2000;Tavernarakis, N. et al., Nat. Genet. 24, 180-183, 2000;Malagon, F. et al., Mol. Gen. Genet. 259, 639-644, 1998;Parrish, S. et al., Mol. Cell 6, 1077-1087, 2000)。
【0029】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)における遺伝子の発現抑制は、酵母菌株のゲノムにおける遺伝子の破壊(ノックアウト)によって行われる。遺伝子の破壊は、当技術分野において公知の方法、例えば、相同組換え技術によりその遺伝子を他の遺伝子(マーカー遺伝子など)または無意味な配列と置き換えることによって行うことができる。また、用いる酵母菌株の高次倍数性等により、ゲノム中に破壊しようとする遺伝子が複数コピーで存在する場合には、必ずしも全てのコピーを破壊する必要はなく、破壊したコピー数に応じて本発明の効果が得られるが、好ましくは全てのコピーが破壊される。
【0030】
例えば、キャンディダ・ユティリスは高次倍数性であることが知られている。高次倍数性の酵母の遺伝子を完全に欠損させる場合、一般に、複数の形質転換マーカーを使用する方法、ヘテロ接合体の喪失(Loss of heterozygosity)を利用する方法、形質転換マーカーを繰り返して利用する方法などがある。キャンディダ・ユティリスでは、例えば、ハイグロマイシンBやジェネティシン (G418)、シクロヘキシミド耐性で形質転換体を選抜することができる (Ikushima et al. 73 p.152-159 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem.; Kondo et al. WO95/32289)。これらを有効に利用することにより、完全欠損株を取得することができることは、当業者であれば容易に理解するであろう。例えば、マーカーの前後にホモロジーの高い配列を並べることによりポップアウトさせる手法がある。具体的には、Cre-loxPシステムを用いる方法がある。例えば、オロチジン5’リン酸脱炭酸酵素をコードするCuURA3遺伝子を完全に欠損させた報告(Ikushima et al. 73 p.879-884 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem)や、ピルビン酸脱炭酸酵素をコードするCuPDC1遺伝子を完全に欠損させた報告(Ikushima et al. 73 p.1818-1824 (2009), Biosci. Biotechnol. Biochem)があり、これらの文献を参照することにより、当業者であれば容易に遺伝子を破壊することができる。
【0031】
本明細書において、遺伝子の「発現増強」とは、酵母の遺伝的改変により該酵母におけるその遺伝子の発現量が増加すること、つまり、その遺伝子を過剰発現させることを意味する。このような遺伝的改変の方法としては、例えば、その遺伝子により酵母を形質転換する方法(つまり、その遺伝子を発現し得る形で酵母にトランスフェクトする方法)、その酵母のゲノム上に存在する遺伝子のプロモーター活性を強化する方法、その酵母のゲノム上に存在する遺伝子のプロモーターを他のプロモーターと置換することにより該遺伝子の発現を増強する方法など、様々な方法が知られているが、好ましくは酵母菌株への遺伝子導入による方法、すなわち、その遺伝子により酵母を形質転換する方法とされる。
【0032】
本発明において発現増強の候補となる遺伝子は、DCG1遺伝子およびLEU2遺伝子であり、その配列情報は、上述のサッカロミセス・セレビシエおよびキャンディダ・ユティリス由来の配列など、当業者であれば容易に得ることができる。得られた配列情報に基づいて、当業者であれば、容易にDCG1遺伝子およびLEU2遺伝子の発現増強を行うことができる。また、DCG1およびLEU2のポリペプチドは、天然のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を含み、かつそれぞれの活性を有するポリペプチドであってもよい。
【0033】
アミノ酸の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記ポリペプチドをコードする遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又はGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばMutant−K(タカラバイオ社)やMutant−G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(TOYOBO)などを用いて変異を導入することができる。上記の各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0034】
本発明における遺伝子の発現増強においては、上記の遺伝子に代えて、それぞれの同等物を用いることもできる。この同等物は、それぞれの遺伝子と同等の機能を有することを条件に、一部のヌクレオチド残基が異なる遺伝子を意味する。このような同等物としては、それぞれのヌクレオチド配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性(配列同一性)があり、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、それぞれのヌクレオチド配列もしくはその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。前記同等物としてはさらに、それぞれのヌクレオチド配列において1もしくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、付加、または挿入された配列を含み、かつ各ポリペプチドと同等の活性を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。
【0035】
ここで、ヌクレオチド残基の欠失、置換、付加、又は挿入は、上記配列を含む遺伝子を、当技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又はGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キットを用いればよい。例えばMutant−K(タカラバイオ社)やMutant−G(タカラバイオ社)などを用いて、あるいは、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット、KOD−Plus−Mutagenesis Kit(TOYOBO)などを用いて変異を導入することができる。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0036】
相同性(配列同一性)を示す数値(%)は、塩基配列比較用プログラム:例えばGENETYX−WIN7.0.0を用いて、デフォルト(初期設定)のパラメーターにより算出されるものである。すなわち、酵母染色体上の各遺伝子が、同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0037】
ストリンジェントな条件とは、例えば、Rapid−Hyb Buffer(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用い、温度条件を好ましくは40〜70℃、より好ましくは60℃として、その他は添付のプロトコールに従って行うハイブリダイゼーション条件である。その後、例えば当業者に公知の一般的な方法を用い、2×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での5分間の洗浄、続いて1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄、さらに0.1×SSCと0.1%(w/v)SDSから成り立つ溶液での10分間の洗浄を行うことを指す。ただしハイブリダイゼーション時の温度条件や、その後のメンブレンの洗浄に用いる溶液の塩濃度等の条件を適宜設定することにより、ある一定(70%、80%、85%、90%、95%のいずれか)以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできる。そのようにして得られる遺伝子が、配列上は同一ではないが同等の機能、すなわち各活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子によって相同組換え等を介して置換されていてもよい。各ポリペプチドの活性は、当技術分野において公知の手法により確認することができる。
【0038】
本発明による酵母菌株は、所望の有用物質の製造に用いるために、該物質の生産に必要となる遺伝子で形質転換されていてもよい。例えば、本発明の方法によってアルコールを製造するために、本発明による酵母菌株は、アルコールを合成するための遺伝子により形質転換されていてもよい。必要な遺伝子は、製造しようとする物質に応じて、当業者であれば適切に選択することができる。
【0039】
本発明による酵母菌株の培養にあたっては、酵母の種類に応じて培養方法や培養条件を選択することができる。培養方法としては、例えば、試験管、フラスコあるいはジャーファーメンターを用いた液体培養法を挙げることができ、回分培養、半回分培養などの培養形式を採用できる。振盪速度および通気量は、一般的には50〜200rpm、好ましくは80〜150rpm、あるいはこの振盪速度に相当する通気量とされる。初期の菌体量としてのOD600は、一般的には0.1〜30、好ましくは0.2〜10とされる。
【0040】
本発明による酵母菌株の培養において、培地の組成は、酵母が生育し、且つ目的の物質を製造できる各種栄養素を含む組成であればよく、特に限定されない。培地に含まれる資化炭素源としては、例えば、グルコースのほかにもキシロースやスクロースでも資化できれば用いることができる。
【0041】
培地に含まれる栄養源としては、例えば、酵母エキス、ペプトン、ホエーなどが用いられるが、YP(10g/L酵母エキス、20g/Lペプトン)に上記の資化炭素源を加えた培地、例えばYPD(10g/Lグルコース、10g/L酵母エキス、20g/Lペプトン)等の培地で、さらに適宜pH調整されたものが便利である。
【0042】
培養温度は、用いる酵母の生育可能な範囲で選択することができる。培養温度は、例えば、約15℃〜45℃とすることができ、より好ましくは20〜40℃、さらに好ましくは25〜35℃、最も好ましくは約30℃とする。また、発酵過程における培地のpHは3〜8に保持することが好ましく、より好ましくはpH4〜7であり、必要に応じてpH調節剤を用いることができる。用いるpH調節剤としては、炭酸カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられるが、好ましくは炭酸カルシウムとされる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体例に説明するが、これら実施例は本発明の技術的範囲を制限するものではない。
【0044】
実施例1:サッカロミセス・セレビシエにおける遺伝子破壊とアルコール耐性との関連
実施例1−1:遺伝子破壊とIPA耐性との関連
Open Biosystems社より提供される非必須遺伝子破壊株コレクション・2倍体シリーズYeast Homozygous Diploid Collectionを用いて、IPA耐性に関わる遺伝子のスクリーニングを行った。このコレクションは、サッカロミセス・セレビシエ2倍体であるBY4743株の遺伝子型において、非必須遺伝子を1遺伝子ずつホモで破壊された遺伝子型を有する株から構成される。また、親株であるBY4743株とは異なり、それらの破壊株はジェネティシン(G418)に対する耐性能を付与する発現カセットを有している。
【0045】
酵母BY4743株はYPD (1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース) 液体培地にて、破壊株は、G418 (200 μg/ml) を添加したYPD液体培地にて、2日間、30℃で振とう培養した。それぞれの菌体を、IPAが0、5.0%(w/v)、5.5%(w/v)、6.0%(w/v)、6.5%(w/v)、7.0%(w/v)、7.5%(w/v)、8.0%(w/v)、8.5%(w/v)、9.0%(w/v)、9.5%(w/v)、10.0%(w/v)、10.5%(w/v)、11.0%(w/v)、11.5%(w/v)、12.0%(w/v)、12.5%(w/v)、13.0%(w/v) の濃度で含まれるYPD寒天培地 (1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース、2%アガー) に塗布した。30℃で4日間培養した後、遺伝子破壊の元株であるBY4743株に比較して、高い濃度で旺盛に生育できる株を選抜した。BY4743株の最大生育濃度よりも0.5 %(w/v) 以上高い濃度で生育した株として、あるいは、BY4743株の最大生育濃度においてBY4743株よりも旺盛に生育する株として、YHR155W (YSP1)、YGL237C (HAP2)、YKL146W (AVT3)、YPL119C (DBP1)、YIL054W、YGR063C (SPT4)、およびYGL181W (GTS1)を得た(図1)。また、YNR074C (AIF1)、YOR153W (PDR5)、およびYEL071W (DLD3)も野生株よりも旺盛に増殖することを見出した。
【0046】
実施例1−2:IPA含有培地での培養における野生株とysp1破壊株の比較
BY4743株およびysp1破壊株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlのYPD培地、ならびに1.5、3.0、4.5、および6.0%(w/v)の濃度でIPAを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った(N=3)。その結果、IPAを含まないYPD培地では菌体濃度に有意な差が見られなかったが、IPAを含む培地では、ysp1破壊株はBY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった(t検定:p<0.05)(図2)。このことはysp1破壊株が野生株よりもIPAを含む培地で速く増殖できることを示している。
【0047】
実施例1−3:各種アルコールを含有する培地での培養における野生株とysp1破壊株の比較
BY4743株およびysp1破壊株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlのYPD培地、ならびに3%(w/v) イソプロパノール、5%(w/v) メタノール、6%(w/v) エタノール、1%(w/v) 1-プロパノール、0.5%(w/v) 1-ブタノール、1%(w/v) 2-ブタノール、0.5%(w/v) イソブタノール、0.5%(w/v) イソアミルアルコールをそれぞれ含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、イソプロパノール、メタノール、1−ブタノール、2−ブタノール、およびイソブタノールをそれぞれ含む培地では、BY4743株に比べて、ysp1破壊株は有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図3)。
【0048】
また、3%(w/v) IPAを含む培地での24時間後の培養サンプルに関し、その培養上清のIPA濃度を調べた。その結果、BY4743株は2.79±0.03 %(w/v) であり、ysp1破壊株は2.70±0.27%(w/v)であった。つまり、培養時の培地からのIPAの損失に違いは認められなかった。
【0049】
実施例1−4:イソプロパノールまたはエタノールを含有する培地での培養における、野生株とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較
YSP1遺伝子はアポトーシスに関連する遺伝子であることが報告されている (J Cell Biol 168(2):257-69)。そこで、アポトーシスに関連することが知られているその他の遺伝子あるいはアルコールによって誘導される偽菌糸形成関連遺伝子なども含めて解析を行った。具体的には、BY4743株、ならびにYHR155W (YSP1)、YAL039C (CYC3)、YJL112W (MDV1)、YLL001W (DNM1)、YIL065C (FIS1)、YJL208C (NUC1)、YEL071W (DLD3)、YOL151W (GRE2)、YOR153W(PDR5)、YOR197W(YCA1)、およびYNR074C (AIF1)の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlの3.0%(w/v) IPAを含むYPD培地および6.0%(w/v)エタノールを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、ysp1、aif1、dld3、pdr5遺伝子破壊株では、IPAを含む培地において、BY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図4)。
【0050】
また、これら遺伝子破壊株のうち、dld3、pdr5遺伝子破壊株についてはエタノールに対しても有意に増殖能が高かった(t検定:p<0.1)(図5)。
【0051】
実施例1−5:イソブタノールを含有する培地での培養における野生株と各種遺伝子破壊株との比較
BY4743株、ならびにysp1、fis1、dld3、pdr5、yca1、およびaif1の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。それぞれの細胞を、OD600値が0.2になるように、14 ml容ラウンドチューブ中の3 mlの1.5%(w/v)イソブタノールを含むYPD培地に接種し、30℃で24時間、好気的に振とう培養を行った (N=3)。その結果、ysp1、dld3、pdr5、yca1、aif1遺伝子破壊株では、BY4743株に比べて有意に菌体濃度が高かった (t検定:p<0.1)(図6)。
【0052】
実施例1−6:高濃度イソプロパノール・エタノールに対する耐性能評価
BY4743株、ならびにysp1、fis1、dld3、pdr5、yca1、aif1、nuc1、dnm1、およびmdv1の各遺伝子を破壊した株を、3 mlのYPD培地で1晩、30℃で好気的に振とう培養した。得られた各菌体を、水、、16%(w/v) エタノール、および12%(w/v) IPAのそれぞれに25℃で3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、3日後のコロニーの数(cfu)を調べた (N=3)。水に曝露したときのcfuを100とした場合の各アルコール曝露時のcfuを、生存率としてcfu%で表した。その結果、aif1破壊株およびyca1破壊株は、高濃度のイソプロパノール曝露に関して、BY4743株に比べて有意に生存率が高かった(t検定:p<0.1)(図7)。さらに、mdv1破壊株、nuc1破壊株、dld3破壊株、およびpfr5破壊株は、高濃度のエタノール曝露に関して、BY4743株に比べて有意に生存率が高かった(t検定:p<0.1)(図8)。
【0053】
実施例1−7:高濃度イソプロパノール・エタノール・イソブタノールに対する耐性能評価
破壊株コレクションからの選抜株のうち、YHR155W (YSP1)、YGL237C (HAP2)、YKL146W (AVT3)、YPL119C (DBP1)、YIL054W、YGR063C (SPT4)、およびYGL181W (GTS1) に関し、エタノール、IPA、およびイソブタノールに対する耐性能を評価した。比較対照は、野生株であるBY4743株とした。YPD液体培地において1晩30℃で好気的に振とう培養して調製した菌体を、水、または高濃度のアルコール [16%(w/v) エタノール、12%(w/v) イソプロパノール、または0.36%(w/v) イソブタノール]に3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、2日後のコロニーの数を調べた (N=2)。その後、各種アルコールで処理した場合のコロニー数を、水で処理した場合のもので除した(図9)。図9より、spt4破壊株やgts1破壊株は、IPAだけでなく、エタノールやイソブタノールに対する耐性能が高いことがわかる。
【0054】
実施例2:サッカロミセス・セレビシエにおける遺伝子過剰発現とアルコール耐性との関連
実施例2−1:遺伝子過剰発現とIPA耐性との関連
この実験は、Open Biosystems社より提供されるS. cerevisiaeのORF過剰発現コレクション・酵母版 [ORF Collection, Yeast (Yeast)] を用いて行った。これは、1倍体のサッカロミセス・セレビシエ株(ウラシル要求性)に、任意のORFを持つ多コピー型のプラスミドが導入されたコレクションである。プラスミドを保持しているか否かはウラシル栄養性で確認した。また、各ORFはガラクトース誘導性のGAL1遺伝子プロモーターの下流に連結されている。なお、コントロール株には、ホスト株(Y258)に、同じくウラシル独立栄養性の表現型を付与する多コピー型ベクター(GAL1プロモーターとその下流にORFがないもの)を構築した。
【0055】
菌株を、2% ラフィノース、0.67% Nitrogen base without amino acid (Difco)、0.5% カザミノ酸、500 μg/mlトリプトファン、および200 μg/ml アデニンから構成される液体培地で、2日間培養した。さらに同培地で継代培養した後、菌体を、2% ラフィノース、2% ガラクトース、0.67% Nitrogen base without amino acid (Difco)、0.5% カザミノ酸、500 μg/mlトリプトファン、200 μg/ml アデニン、および2% アガーから構成されるSRGa培地に塗布した。なお、この際も、前記組成に加え、IPAを全く含まない培地、さらには5.0%(w/v)、5.5%(w/v)、6.0%(w/v)、6.5%(w/v)、7.0%(w/v)、7.5%(w/v)、8.0%(w/v)、8.5%(w/v)、9.0%(w/v)、9.5%(w/v)、10.0%(w/v)、10.5%(w/v)、および11.0%(w/v)の各濃度でIPAを含む培地を用いた。培養は、30℃で4〜5日間行った。
【0056】
コントロール株と比較してIPA耐性能が高い株として、88株を選抜した。次に、これらの株が有するプラスミドをBY4743株に導入し、形質転換体の耐性能を評価した結果、12遺伝子が、酵母にイソプロパノール耐性能を付与する遺伝子として同定された。具体的には、YCL018W (LEU2)、YJL077C (ICS3)、YFR054C、YOL129W (VPS68)、YHR111W (UBA4)、YCL073C、YBL072C (RPS8A)、Q0142、YPL081W (RPS9A)、YIR030C (DCG1)、YPR103W (PRE2)、YDR208W (MSS4) である(図10)。
【0057】
実施例2−2:イソプロパノール・エタノール・イソブタノールに対する耐性能評価
過剰発現コレクションからの選抜株12株に関し、エタノール、IPA、およびイソブタノールに対する耐性能を評価した。YPD液体培地において、1晩、30℃で好気的に振とう培養して調製した菌体を、水、または高濃度のアルコール [16%(w/v) エタノール、12%(w/v) イソプロパノール、または0.36%(w/v) イソブタノール] に3時間暴露し(この時のOD600値は約1.0)、そのうちの5万分の1量の菌体をYPDプレートに塗布した後、2日後のコロニーの数を調べた (N=2)。その後、各種アルコールで処理した場合のコロニー数を、水で処理した場合のもので除した(図11)。その結果、IPAだけでなく、エタノールやイソブタノールに対する耐性能も高い株が複数見出された。
【0058】
実施例2−3:キャンディダ・ユティリスにおける耐性遺伝子の過剰発現
サッカロミセス・セレビシエのDCG1遺伝子について、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)におけるホモログ遺伝子を同定し、CuDCG1bと名づけた(ヌクレオチド配列:配列番号35;アミノ酸配列:配列番号36)。キャンディダ・ユティリスで発現させることが可能なpGAPURA1 (Kondo et al. Nat Biotechnol. 1997 May;15(5):453-7) を用いてCuDCG1b遺伝子をキャンディダ・ユティリスATCC15239株で発現させた(DCG1株)。また、CuDCG1b遺伝子を含まないpGAPURA1(Empty vector)を導入したATCC15239株も用意した。これらの株について、3%(w/v) IPAを含むYPD培地での増殖試験を実施した結果、DCG1株は、Empty vector株に比べて、その増殖能が優れていることが明らかになった(図12)。IPA耐性について、サッカロミセス・セレビシエで特定された遺伝子は、キャンディダ・ユティリスで相同性の高い遺伝子を用いても同様の効果が得られることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】図1は、サッカロミセス・セレビシエの各遺伝子破壊株の、イソプロパノール存在下における培養の結果を示す図である。
【図2】図2は、BY4743株(野生株)およびysp1破壊株の、各IPA濃度における24時間培養後の菌体濃度を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図3】図3は、BY4743株(野生株)およびysp1破壊株の、各種アルコールを含有する培地での24時間培養後の菌体濃度を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図4】図4は、イソプロパノールを含有する培地での培養における、野生株(host)とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図5】図5は、エタノールを含有する培地での培養における、野生株(host)とアポトーシス関連遺伝子および偽菌糸形成関連遺伝子を破壊した株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図6】図6は、イソブタノールを含有する培地での培養における、野生株(BY4743)と各種遺伝子破壊株との比較を示す図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図7】図7は、12%(w/v)イソプロパノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存率を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図8】図8は、16%(w/v)エタノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存率を比較した図である。各値は、独立3回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図9】図9は、16%(w/v)エタノール、12%(w/v)イソプロパノール、または0.36%(w/v)イソブタノールに3時間暴露した後の培養における、野生株(host BY4743)と各種破壊株の生存比を比較した図である。各値は、独立2回試行の平均値であり、バーは標準偏差である。
【図10】図10は、サッカロミセス・セレビシエの各遺伝子過剰発現株の、イソプロパノール存在下における培養の結果を示す図である。
【図11】図11は、16%(w/v)エタノール、12%(w/v)イソプロパノール、または0.36%(w/v)イソブタノールに3時間暴露した後の培養における、コントロール株(Empty vector株)と各種過剰発現株の生存比を比較した図である。
【図12】図12は、サッカロミセス・セレビシエのDCG1遺伝子に対応するキャンディダ・ユティリスのホモログ遺伝子(CuDCG1b)を、キャンディダ・ユティリス菌株において過剰発現させた場合における、イソプロパノール存在下での培養の結果を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝的に改変された酵母菌株であって、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する、酵母菌株。
【請求項2】
前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)における遺伝子の発現抑制が、酵母菌株のゲノムにおける遺伝子の破壊によって行われる、請求項1に記載の酵母菌株。
【請求項3】
前記(f)および(g)における遺伝子の発現増強が、酵母菌株への遺伝子導入によって行われる、請求項1または2に記載の酵母菌株。
【請求項4】
アルコールを合成するための遺伝子により形質転換されているものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項5】
前記アルコールが、イソプロパノール、イソブタノールまたはエタノールである、請求項4に記載の酵母菌株。
【請求項6】
前記アルコールがイソプロパノールである、請求項4に記載の酵母菌株。
【請求項7】
キャンディダ属に属するものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項8】
キャンディダ・ユティリスである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の酵母菌株を培養することを含んでなる、アルコールを製造する方法。
【請求項10】
前記アルコールが、イソプロパノール、イソブタノールまたはエタノールである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記アルコールがイソプロパノールである、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記酵母菌株が、サッカロミセス属またはキャンディダ属に属するものである、請求項9〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記酵母菌株が、サッカロミセス・セレビシエまたはキャンディダ・ユティリスである、請求項9〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項1】
遺伝的に改変された酵母菌株であって、
(a)AIF1遺伝子の発現抑制;
(b)YSP1遺伝子の発現抑制;
(c)YCA1遺伝子の発現抑制;
(d)DLD3遺伝子の発現抑制;
(e)PDR5遺伝子の発現抑制;
(f)DCG1遺伝子の発現増強;および
(g)LEU2遺伝子の発現増強
からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝的改変を有する、酵母菌株。
【請求項2】
前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)における遺伝子の発現抑制が、酵母菌株のゲノムにおける遺伝子の破壊によって行われる、請求項1に記載の酵母菌株。
【請求項3】
前記(f)および(g)における遺伝子の発現増強が、酵母菌株への遺伝子導入によって行われる、請求項1または2に記載の酵母菌株。
【請求項4】
アルコールを合成するための遺伝子により形質転換されているものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項5】
前記アルコールが、イソプロパノール、イソブタノールまたはエタノールである、請求項4に記載の酵母菌株。
【請求項6】
前記アルコールがイソプロパノールである、請求項4に記載の酵母菌株。
【請求項7】
キャンディダ属に属するものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項8】
キャンディダ・ユティリスである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の酵母菌株。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の酵母菌株を培養することを含んでなる、アルコールを製造する方法。
【請求項10】
前記アルコールが、イソプロパノール、イソブタノールまたはエタノールである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記アルコールがイソプロパノールである、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記酵母菌株が、サッカロミセス属またはキャンディダ属に属するものである、請求項9〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記酵母菌株が、サッカロミセス・セレビシエまたはキャンディダ・ユティリスである、請求項9〜12のいずれか一項に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2013−17413(P2013−17413A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152265(P2011−152265)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構・グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構・グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】
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