説明

アルゼンチンアリの防除方法、防除剤およびその製造方法

【課題】アルゼンチンアリの分布の拡大を、長期間にわたり効果的に止める方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るアルゼンチンアリの防除方法は、アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量の巣仲間認識フェロモンを、床面または地面に適用する。本発明の防除方法は、好ましくは、巣仲間認識フェロモンが担体に担持されており、前記巣仲間認識フェロモンの担持量が、担体面1cm2あたり5.8μg以上である、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリ防除剤を用いて行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルゼンチンアリの防除方法に関する。より詳細には、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを、特定の割合で用いるアルゼンチンアリの防除方法、防除剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルゼンチンアリ(学名:Linepithema humile)は、その名の通り、アルゼンチンなど南米原産のアリである。アルゼンチンアリは、貿易などの人間活動、物資の流通などによって、北米、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアなどに分布が拡大している。また、1990年代には、日本にも侵入しており、兵庫県、山口県、愛知県、神奈川県、岐阜県などで分布が確認され、特定外来生物に指定されている。
【0003】
アルゼンチンアリは、攻撃性や繁殖力が強く、近年、アルゼンチンアリによる被害が報告されている。その被害としては、「侵略アリとしての生態系への被害(在来種アリ類の駆逐)」、「不快害虫としての被害」および「農業害虫としての被害」の3つが挙げられる。
【0004】
従来、害虫の駆除は、毒物を混ぜた餌を摂取させる方法が行われている。しかし、アリのような雑食性の害虫は、食嗜好が一定せず効力を持続させるには限界がある。そこで、近年、フェロモンを用いた害虫の駆除・防除技術(特許文献1〜4)や、所定の成分を含有する防除剤(特許文献5)が開示されている。
【0005】
特許文献1には、性フェロモンを長期間、高濃度に保つことにより、害虫の交信を撹乱する効果を高め、防除する方法が記載されている。また、アリの防除を目的として、特許文献2には、警報フェロモンと害虫防除薬剤とを組み合わせたアリ防除剤が記載されている。特許文献3には、アルゼンチンアリの防除や繁殖の抑制を目的として、道標フェロモン(Z−9−ヘキサデセナール)を高濃度で放散してアルゼンチンアリの行動を撹乱する方法が記載されている。しかし、Z−9−ヘキサデセナールは揮発性が高いため、効果が持続しないという欠点が考えられる。特許文献4には、アルゼンチンアリのブルード(卵、幼虫および蛹)認識フェロモンと駆除活性成分とを組み合わせて用いる駆除・防除方法が記載されている。特許文献5には、所定のアルコール、所定の脂肪酸、またはクロチアニジンを有効成分とするアルゼンチンアリ防除剤が記載されている。
【0006】
アルゼンチンアリは、大多数の働きアリと女王アリとからなる大規模な巣を形成し、1つの巣には、複数の女王アリが存在し、数百匹の女王アリが存在することもある。アルゼンチンアリは、道標フェロモンやブルード認識フェロモン以外に、巣仲間認識フェロモンを分泌している。巣仲間認識フェロモンにより、同じ巣の個体か異なる巣の個体かを識別している。この巣仲間認識フェロモンを、他の巣のアルゼンチンアリに適用すると、攻撃行動を誘発することが報告されている(非特許文献1)。
【0007】
アルゼンチンアリは、上記のように大規模な巣を形成するため、巣全体の駆除は極めて困難であり、従来の駆除技術は、一時的な対処にすぎない。したがって、一刻も早くアルゼンチンアリの分布の拡大を、長期間にわたって効果的に止める(防除する)ことができる技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−120146号公報
【特許文献2】特開平4−230604号公報
【特許文献3】特開2005−263651号公報
【特許文献4】特開2009−221174号公報
【特許文献5】特開2009−227666号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Insect. Soc. 54, 363-373, 2007, The role of cuticular hydrocarbons as chemical cues for nestmate recognition in invasive Argentine ant (Linepithema humile)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、アルゼンチンアリの分布の拡大を、長期間にわたり効果的に止めることができるアルゼンチンアリ防除剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、以下の構成からなる解決手段を見出し、本発明を完成するに至った。
(1)アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量の巣仲間認識フェロモンを、床面または地面に適用することを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリの防除方法。
(2)前記巣仲間認識フェロモンの十分な量が、適用面1cm2あたり5.8μg以上である、(1)に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
(3)前記巣仲間認識フェロモンの十分な量を担持した担体を、前記床面または地面に適用する、(1)または(2)に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
(4)前記担体が、ガラスビーズ、樹脂ビーズ、フィルム、布、パルプ成形体、粉剤およびチョーク剤からなる群より選択される、(3)に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
(5)前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、(1)〜(4)のいずれかに記載のアルゼンチンアリの防除方法。
(6)前記巣仲間認識フェロモンが、n-tricosane、n-pentacosane、n-hexacosane、n-heptacosane、n-octacosaneおよびn-nonacosaneからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、(1)〜(5)のいずれかに記載のアルゼンチンアリの防除方法。
(7)アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量の巣仲間認識フェロモンを含有することを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリ防除剤。
(8)前記巣仲間認識フェロモンが担体に担持されており、前記巣仲間認識フェロモンの担持量が、担体面1cm2あたり5.8μg以上である、(7)に記載のアルゼンチンアリ防除剤。
(9)前記担体が、ガラスビーズ、樹脂ビーズ、フィルム、布、パルプ成形体、粉剤およびチョーク剤からなる群より選択される、(7)または(8)に記載のアルゼンチンアリ防除剤。
(10)前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、(7)〜(9)のいずれかに記載のアルゼンチンアリ防除剤。
(11)アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを、担体面1cm2あたり5.8μg以上となるように、担体に担持させる工程を含むことを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリ防除剤の製造方法。
(12)前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、(11)に記載のアルゼンチンアリ防除剤の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、アルゼンチンアリにとって本来、巣仲間であるか否かを認識するためのフェロモン(巣仲間認識フェロモン)を、特定量以上用いることによって、アルゼンチンアリに忌避行動を誘発させることができ、優れた忌避効果が得られる。また、巣仲間認識フェロモンは揮発しにくいため、長期間にわたり顕著な忌避効果が得られ、アルゼンチンアリの分布の拡大を、長期間にわたり効果的に止めることができるという効果が得られる。さらに、本発明のアルゼンチンアリの防除方法や防除剤は、アルゼンチンアリのフェロモンを利用したものであり、他の生物や散布・設置など適用した周囲の環境に悪影響を与えることもない。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るアルゼンチンアリの防除方法は、アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量のアルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを用いる。なお、本発明において「防除」とは、主として「忌避」を意味し、「忌避行動」とは、防除剤から離れたり戻ったりするような行動であり、驚きのあまりに思わず後ずさりするような行動(すなわち「特異的な忌避行動」)をも包含する。
【0014】
アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンは、アルゼンチンアリの体表に分泌されるフェロモンであり、約30種の炭化水素類が知られている。これらの炭化水素類は、揮発しにくく水に不溶性の化合物である。本発明に用いられる巣仲間認識フェロモンは、化学合成により得られるものでも、アルゼンチンアリの体表から抽出されるものでも、あるいはこれらの炭化水素類を含むものであれば、アルゼンチンアリ以外のアリの体表から抽出されるものでもよい。生産コストを考慮すると、化学合成で得られるアルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンが好ましい。
【0015】
巣仲間認識フェロモンを、アルゼンチンアリの体表から抽出する方法としては、特に限定されない。例えば、アルゼンチンアリの働きアリ(Worker)を有機溶媒に浸漬し、体表に付着しているフェロモンを濯ぐようにして抽出すればよい。有機溶媒としては、例えば、ヘキサン、酢酸エチル、エーテル、クロロフォルム、ジクロロメタン、エタノールなどが挙げられる。これらの有機溶媒の中でも、ヘキサンが好ましい。ヘキサンを用いると、アリの体液など不要な物質が抽出されにくく、巣仲間認識フェロモンが効率よく抽出される。抽出物中に、巣仲間認識フェロモンが含まれることは、ガスクロマトグラフィー質量分析などの方法により確認(同定)することができる。
【0016】
抽出温度は、通常15〜30℃、好ましくは常温(室温)であり、抽出時間は、通常60〜600秒、好ましくは200〜300秒である。抽出温度を高くしすぎたり、あるいは抽出時間を長くしすぎたりすると、アリの体液など不要な物質が抽出されやすくなり、精製が煩雑になる。
【0017】
得られた抽出液は、例えばシリカゲルカラムに通液され、高純度の巣仲間認識フェロモン抽出液が得られる。なお、シリカゲルカラム以外にも、フロリジルカラム、薄層クロマトグライーなどの方法によって精製してもよい。このようにして精製された抽出液には、巣仲間認識フェロモンとして、上記約30種の炭化水素類のうち少なくとも1種の炭化水素が含まれる。
【0018】
本発明に用いられる巣仲間認識フェロモンは、上記約30種の炭化水素類であれば、特に限定されないが、これらの炭化水素類の中でも、n-tricosane、n-pentacosane、n-hexacosane、n-heptacosane、n-octacosaneおよびn-nonacosaneの6種の炭化水素のうち、少なくとも1種を含有していることが好ましい。なお、これら6種の炭化水素は、例えば、クロオオアリの体表抽出物(フェロモン)にも含まれる化合物である。したがって、本発明に用いられる巣仲間認識フェロモンとして、クロオオアリの体表成分(体表抽出物)をそのまま、あるいは6種の炭化水素を単離して用いても差し支えない。
【0019】
本発明に係るアルゼンチンアリの防除方法では、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを、アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量を床面や地面に適用すればよい。床面や地面に適用する際、巣仲間認識フェロモンを直接散布・塗布してもよく、後述の担体に巣仲間認識フェロモンを担持して適用してもよい。「アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量」とは、適用面1cm2あたり、好ましくは5.8μg以上(5.8μg/cm2以上)、より好ましくは23μg以上(23μg/cm2以上)、さらに好ましくは193μg以上(193μg/cm2以上)である。適用面1cm2あたり1.9μg未満(1.9μg/cm2未満)の場合、アルゼンチンアリが忌避行動を起こさない割合が高くなるおそれがある。
【0020】
本発明のアルゼンチンアリ防除剤は、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを、アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量を含有する。好ましくは、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンは、担体に担持されており、担体面1cm2あたり、好ましくは5.8μg以上(5.8μg/cm2以上)、より好ましくは23μg以上(23μg/cm2以上)、さらに好ましくは193μg以上(193μg/cm2以上)である。担体面1cm2あたり1.9μg未満(1.9μg/cm2未満)の場合、アルゼンチンアリが忌避行動を起こさない割合が高くなるおそれがある。なお、「適用面」および「担体面」は、面に存在する凹凸などを考慮した表面積ではなく、みかけ上の面積のことをいう。
【0021】
上記の5.8μg/cm2の適用量(担持量)は、例えば、直径約2mmのガラスビーズ、樹脂ビーズなどのような約0.126cm2の表面積を有する担体に担持する場合、約3匹等量に相当する。同様に、23μg/cm2の適用量(担持量)は約12匹等量に相当し、193μg/cm2の適用量(担持量)は約100匹等量に相当する。なお、「1匹等量」とは、一般的なアルゼンチンアリの働きアリ(Worker)約1匹分の巣仲間認識フェロモン量(約0.24μg)を示す。
【0022】
担体への担持量を特定する方法は、特に限定されず、例えば、担体に担持されている巣仲間認識フェロモン総量を測定し、担持された担体面の面積から1cm2あたりの担持量を求めればよい。なお、担体に均一に担持されている場合は、必ずしも総量を測定する必要はなく、例えば、担体の任意の範囲(面積)における巣仲間認識フェロモン量を測定し、その任意の範囲(面積)から1cm2あたりの担持量を求めればよい。巣仲間認識フェロモンを地面など土壌に直接適用した場合などは、土壌に浸潤する分を考慮して、1cm2あたりの適用量を求める必要がある。なお、巣仲間認識フェロモンの測定は、ガスクロマトグラフィー質量分析計などを用いて行えばよい。
【0023】
本発明に用いられる担体は、巣仲間認識フェロモンを担持し得るものであれば、特に限定されない。担体としては、例えば、ガラスビーズ、樹脂ビーズ、フィルム、布、パルプ成形体、粉剤、チョーク剤などが挙げられる。本明細書において「担持」とは、担体に、巣仲間認識フェロモンが塗布、固着、含浸など任意の状態で付着していることをいう。また、担体が、板状の場合、「担体面」は、その使用態様によって両面または片面のいずれもあり得る。例えば、布やパルプ成形体などのように、巣仲間認識フェロモンを含浸させて用いる場合、あるいは樹脂に練り込んで板状に加工する場合は、通常両面を担体面とし、板状物の片面のみに、巣仲間認識フェロモン塗布する場合は、片面(塗布面)を担体面とする。また、エアゾルなどの溶液に溶解・分散させた防除剤を担体に塗布してもよい。
【0024】
例えば、担体の原料として樹脂を用いる場合、ビーズ状やフィルム状に成形した後、その表面に巣仲間認識フェロモンを塗布してもよく、溶融した樹脂に、最終的に得られる形状の表面積から求められる量の巣仲間認識フェロモンを添加して、ビーズ状やフィルム状、その他任意の形状に成形してもよい。この場合、巣仲間認識フェロモンが樹脂に練り込まれており、表面に塗布するよりも効果の持続が期待できる。また、巣仲間認識フェロモンを含む溶液などを、ビーズやカプセルに内包してもよい。内包する場合、ビーズやカプセルの表面積から求められる量の巣仲間認識フェロモンを用いればよい。布(不織布(フェルトなど)や織布)、パルプ成形体などの繊維集合体を用いる場合、このような繊維集合体に巣仲間認識フェロモンを含浸させてもよい。また、杭や柵のような用途で用いる場合、金属や木を、柱状や錘状に加工して用いるが、この場合「担体面」とは、地上に露出している部分を示す。
【0025】
本発明に用いられる担体は、粉体であってもよい。担体として粉体を用いる場合、巣仲間認識フェロモンは、粉体の比表面積1cm2/gあたり上述の担持量で用いればよい。粉体としては賦形剤が用いられ、例えば、澱粉、炭酸カルシウム、タルク粉、微粉末クレイ、セラミック粉末、微粉末シリカおよびこれらの混合物が挙げられるが、これらに限定されない。これらの粉体と巣仲間認識フェロモンとを混合して粉剤の形態で用いてもよく、混合後、造粒して顆粒の形態や打錠して錠剤の形態で用いてもよい。
【0026】
さらに、本発明のアルゼンチンアリ防除剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、従来知られている忌避行動を誘発する成分を併用してもよい。このような成分としては、例えば、アルゼンチンアリの警報フェロモン(抽出物または化学合成物)などが挙げられる。特に、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンと警報フェロモンとを組み合わせることによって、より優れた効果が期待できる。
【0027】
本発明のアルゼンチンアリ防除剤は、床面または地面に散布または設置して用いる。本発明のアルゼンチンアリ防除剤に接触したアルゼンチンアリは、防除剤に近づかなかったり、引き返したり、戻ったり、あるいは後ずさりなどの忌避行動を示し、防除剤を超えて前進しようとしない。その結果、アルゼンチンアリの分布の拡大を防止することができる。特に、アルゼンチンアリの巣の入り口を囲むように防除剤を散布、あるいはリング状に加工したフィルム形態や布形態の防除剤を、入り口を囲むように設置することによって、アルゼンチンアリが巣の周囲に閉じ込められ、より効果的にアルゼンチンアリの分布の拡大を防止することができる。アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンは、揮発しにくく適用した場所に長時間留まるため、長時間効果が持続する。また、アルゼンチンアリのフェロモンを利用したものであり、他の生物や適用した周囲の環境に悪影響を与えることもなく、安全性にも優れる。さらに、巣仲間認識フェロモンとして、アルゼンチンアリの抽出物を用いる場合、抽出に用いたアルゼンチンアリと異なる巣仲間(非巣仲間)のアルゼンチンアリに適用した場合、より顕著な忌避行動を示し、非常に有用である。
【0028】
本発明は上述するように揮発性の低い体表フェロモンを忌避に十分な高濃度に適用面または担体に塗布・含浸・練込をすると、巣仲間または非巣仲間アルゼンチンアリが後ずさりのような従来技術では見られなかった強い忌避行動を含むアルゼンチンアリの防除法または防除剤に関するものである。上記非特許文献1の365ページの“Extraction and application of whole profile cuticular hydrocarbon"および367ページのFigure2に記載されているように、この実験は、600匹から抽出した体表フェロモンをヘキサンで抽出溶解した後、それを乾燥させて容器壁面に固化した体性表成分に一匹のアリを接触させ、そのアリの体表に抽出した体表フェロモンを固着させる方法である。Figure2に示されるように、C37成分は未処理のアリの体表成分(約0.11ng)に対して、2倍程度(0.23ng)しか付着していない事がわかる。すなわち、自己の体表成分に対してさらに1匹分、計2匹分の体表成分しか無いことがわかる。
【0029】
なお、上記非特許文献1に記載されているZ−9−ヘキサデセナールは、組成式C1630Oで分子量234である。一方、本発明の6種のフェロモンは直鎖の飽和炭化水素であって、23〜29の炭素数(C23〜C29)を有する。
【実施例】
【0030】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0031】
(調製例1:アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンの抽出)
ヘキサン20mLに、アルゼンチンアリの働きアリ100匹を、室温で5分間浸漬した。次いで、全てのアリを取り出し、抽出液をシリカゲルカラムで精製した。なお、溶離液としてジクロロメタンを用いた。次いで、室温下にて気流濃縮により溶媒を除去し、アルゼンチンアリの働きアリ100匹分の巣仲間認識フェロモンを得た。巣仲間認識フェロモンであることは、攻撃性評価と化学分析によって同定した。化学分析として採用したガスクロマトグラフィーの分析条件は、インジェクション部を通過後、カラム温度はオーブン温度で60℃にて1分間維持後、30℃/分で210℃まで、さらに10℃/分で350℃まで上昇させ、350℃で15分間維持する昇温クロマトグラムの条件で分析した。
【0032】
(調整例2:クロオオアリの体表成分の抽出)
ヘキサン20mLに、クロオオアリの働きアリ6匹を、室温で5分間浸漬した。次いで、全てのアリを取り出し、抽出液をシリカゲルカラムで精製した。なお、溶離液としてヘキサンとジクロロメタンとの混合溶媒を用いた。次いで、室温下にて気流濃縮により溶媒を除去し、クロオオアリの働きアリ6匹分の体表成分を得た。なお、クロオオアリから抽出される体表成分を分析すると、アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンと共通する5種の成分(炭化水素)が、クロオオアリ1匹あたりアルゼンチンアリの約100倍含まれることがわかった。
【0033】
(非巣仲間アルゼンチンアリにおける忌避行動の検証)
(実施例1A)
調製例1で得られたアルゼンチンアリ100匹分の巣仲間認識フェロモンを、直径約2mmのガラスビーズ(柄付き)に塗布し(ビーズ表面1cm2あたり191μg塗布)、アルゼンチンアリ防除剤を得た。次いで、抽出に用いたアルゼンチンアリと異なる巣のアルゼンチンアリ(非巣仲間アルゼンチンアリ)を5匹採取し、その中の1匹をシャーレに入れた。次いで、シャーレに入れたアルゼンチンアリにガラスビーズを近づけ、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。次いで、別の1匹をシャーレに入れ、同様の手順で行動を観察した。この観察を繰り返し行った。結果を表1に示す。
【0034】
(実施例1B〜1F)
調製例1で得られたアルゼンチンアリ100匹分の巣仲間認識フェロモン(100匹等量)を、ヘキサンを用いて2倍希釈(50匹等量)、4倍希釈(25匹等量)、8倍希釈(12.5匹等量)、16倍希釈(6.3匹等量)および32倍希釈(3.1匹等量)したものを用いた以外は、実施例1Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。結果を表1に示す。
【0035】
(比較例1A〜1D)
調製例1で得られたアルゼンチンアリ100匹分の巣仲間認識フェロモンを、ヘキサンを用いて128倍希釈(0.8匹等量)、256倍希釈(0.4匹等量)、および512倍希釈(0.2匹等量)したものを用いた以外は、実施例1Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。また、対照実験として、巣仲間認識フェロモンを用いない(0匹等量)場合を比較例1Dとした。結果を表1に示す。表中の「通常の忌避行動」とは、ガラスビーズを避けて近づかなかったり、引き返したり、戻ったりするような行動であり、「特異的な忌避行動」とは、驚きのあまりに思わず後ずさりするような行動である。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すように、巣仲間認識フェロモンを、6.0〜191μg/cm2の割合(ガラスビーズへの塗布量:3.1〜100匹等量)で塗布したガラスビーズを近づけた場合(実施例1A〜1F)、ほぼ全てのアルゼンチンアリが、通常または特異的な忌避行動を示すことがわかる。特に、実施例1Aでは、5匹中2匹のアルゼンチンアリが、特異的な忌避行動を示すことがわかる。
【0038】
一方、巣仲間認識フェロモンが、1.5μg/cm2未満(ガラスビーズへの塗布量:0.8匹等量未満)の場合(比較例1A〜1D)、ガラスビーズを近づけても、全く忌避行動を示さないことがわかる。
【0039】
(巣仲間アルゼンチンアリにおける忌避行動の検証)
(実施例2A)
非巣仲間アルゼンチンアリの代わりに、抽出に用いたアルゼンチンアリと同じ巣のアルゼンチンアリ(巣仲間アルゼンチンアリ)を用いた以外は、実施例1Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。結果を表2に示す。
【0040】
(実施例2Bおよび2C)
調製例1で得られたアルゼンチンアリ100匹分の巣仲間認識フェロモン(100匹等量)を、ヘキサンを用いて2倍希釈(50匹等量)および4倍希釈(25匹等量)したものを用いた以外は、実施例2Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。結果を表2に示す。
【0041】
(比較例2A〜2E)
調製例1で得られたアルゼンチンアリ100匹分の巣仲間認識フェロモンを、ヘキサンを用いて64倍希釈(1.6匹等量)、128倍希釈(0.8匹等量)、256倍希釈(0.4匹等量)、および512倍希釈(0.2匹等量)したものを用いた以外は、実施例2Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。また、対照実験として、巣仲間認識フェロモンを用いない(0匹等量)場合を比較例2Eとした。結果を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
表2に示すように、巣仲間認識フェロモンを、47.8〜191μg/cm2の割合(ガラスビーズへの塗布量:25〜100匹等量)で塗布したガラスビーズを近づけた場合(実施例2A〜2C)、巣仲間であるにもかかわらず、忌避行動を示すことがわかる。
【0044】
一方、巣仲間認識フェロモンが、2.9μg/cm2未満(ガラスビーズへの塗布量:1.6匹等量未満)の場合(比較例2A〜2E)、ガラスビーズを近づけても、全く忌避行動を示さないことがわかる。
【0045】
(クロオオアリの体表成分を用いた場合における忌避行動の検証)
(実施例3A)
アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンとして、調製例2で得られたクロオオアリ6匹分(アルゼンチンアリ600匹等量に相当)の体表成分を用いた以外は、実施例1Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。結果を表3に示す。
【0046】
(実施例3B〜3G)
クロオオアリ6匹分の体表成分を、ヘキサンを用いて2倍希釈(3匹等量(アルゼンチンアリ300匹等量に相当))、4倍希釈(3匹等量(アルゼンチンアリ150匹等量に相当))、8倍希釈(0.8匹等量(アルゼンチンアリ80匹等量に相当))、16倍希釈(0.4匹等量(アルゼンチンアリ40匹等量に相当))、32倍希釈(0.2匹等量(アルゼンチンアリ20匹等量に相当))および64倍希釈(0.1匹等量(アルゼンチンアリ10匹等量に相当))したものを用いた以外は、実施例3Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した。結果を表3に示す。
【0047】
(比較例3A)
クロオオアリの体表成分を用いない(0匹等量)以外は、実施例3Aと同様の手順で、ガラスビーズに触れたアルゼンチンアリの行動を観察した(対照実験)。結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3に示すように、クロオオアリの体表成分を、18〜1146μg/cm2の割合(ガラスビーズへの塗布量:0.1〜6匹等量)で塗布したガラスビーズを近づけた場合(実施例3A〜3G)、ほぼ全てのアルゼンチンアリが、通常または特異な忌避行動を示すことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量の巣仲間認識フェロモンを、床面または地面に適用することを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項2】
前記巣仲間認識フェロモンの十分な量が、適用面1cm2あたり5.8μg以上である、請求項1に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項3】
前記巣仲間認識フェロモンの十分な量を担持した担体を、前記床面または地面に適用する、請求項1または2に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項4】
前記担体が、ガラスビーズ、樹脂ビーズ、フィルム、布、パルプ成形体、粉剤およびチョーク剤からなる群より選択される、請求項3に記載のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項5】
前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、請求項1〜4のいずれかに記載のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項6】
前記巣仲間認識フェロモンが、n-tricosane、n-pentacosane、n-hexacosane、n-heptacosane、n-octacosaneおよびn-nonacosaneからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、請求項1〜5のいずれかに記載のアルゼンチンアリの防除方法。
【請求項7】
アルゼンチンアリが忌避行動を起こすのに十分な量の巣仲間認識フェロモンを含有することを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリ防除剤。
【請求項8】
前記巣仲間認識フェロモンが担体に担持されており、前記巣仲間認識フェロモンの担持量が、担体面1cm2あたり5.8μg以上である、請求項7に記載のアルゼンチンアリ防除剤。
【請求項9】
前記担体が、ガラスビーズ、樹脂ビーズ、フィルム、布、パルプ成形体、粉剤およびチョーク剤からなる群より選択される、請求項7または8に記載のアルゼンチンアリ防除剤。
【請求項10】
前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、請求項7〜9のいずれかに記載のアルゼンチンアリ防除剤。
【請求項11】
アルゼンチンアリの巣仲間認識フェロモンを、担体面1cm2あたり5.8μg以上となるように、担体に担持させる工程を含むことを特徴とする、巣仲間および非巣仲間のアルゼンチンアリ防除剤の製造方法。
【請求項12】
前記巣仲間認識フェロモンが、化学合成によって得られるフェロモンである、請求項11に記載のアルゼンチンアリ防除剤の製造方法。

【公開番号】特開2012−250938(P2012−250938A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125363(P2011−125363)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】