説明

アルデヒド又はケトン化合物量の測定方法及び大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジ

【課題】アルデヒド又はケトン化合物にDNPHを作用させて得られたヒドラゾン化合物を精度よくHPLC法により定量する方法、及びそのような測定方法を実施するのに適したアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジを提供すること。
【解決手段】酸性物質とともに固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンに、測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物を反応させてヒドラゾン化合物を生成する工程と、当該生成したヒドラゾン化合物を抽出する工程と、当該抽出されたヒドラゾン化合物を還元剤によりアミノ化合物に変換する工程と、当該ヒドラゾン化合物から変換されたアミノ化合物を定量することにより、測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物の量を算出する工程とを含む測定方法を使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象物に含まれるアルデヒド又はケトン化合物を定量する方法及びその定量方法に好ましく使用されるガス吸収カートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に含まれるアルデヒド類は、シックハウス症候群の原因物質(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド)となったり、悪臭の原因物質(アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、n−ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、n−バレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド)となったりすることが知られている。これらは、建材に使用される接着剤や自動車の排ガス中に含まれ、社会問題の一つとなっている。
【0003】
これらのアルデヒド類は、その沸点が低いので定量のための濃縮が難しいとされ、一般的には、2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(以下、「DNPH」ともいう)を用いてヒドラゾン化合物に変換すると同時に濃縮を行っている。すなわち、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを溶解させた酸性溶液中に試料ガス、例えば、空気をバブリングさせた後、有機溶媒で抽出、濃縮する方法、あるいはDNPHと酸触媒を固体の担体(シリカゲル等)に保持させたものをガラスやプラスチックのカートリッジに充填し、そのカートリッジに空気を吸引した後、アセトニトリルで抽出する方法等が用いられている(例えば、非特許文献1を参照)。これらの濃縮方法は、アセトンやメチルエチルケトン等といったケトン化合物の定量においてもまた有効である。
【0004】
アルデヒド類の大気中濃度は、上記過程で得られたヒドラゾン化合物を例えば高速液体クロマトグラフ法(以下、「HPLC」ともいう)により定量し、DNPHと反応したアルデヒド類を算出することにより求めることができる。最近では、DNPHと酸触媒を含侵させたシリカゲルをカートリッジに充填した「DNPHカートリッジ」を用いる方法が主流であり、これらはアクティブサンプリング、拡散サンプリングとして広く使用され、また環境省、厚生労働省をはじめ多くの公定法にも採用されている。さらに、このような測定法を応用し、例えば有機物中のアルデヒド濃度の測定方法(例えば特許文献1を参照)や、溶媒による抽出操作を必要としない分析装置及び繊維充填ニードル(例えば特許文献2を参照)等が提案されている。
【特許文献1】特開平8−21829号公報
【特許文献2】特開2007−205867号公報
【非特許文献1】JTCCM(財団法人建材試験センター)平成16年4月19日発行「ホルムアルデヒド発散建築材料性能試験・評価業務方法書」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、このようにアルデヒド又はケトン化合物にDNPHを反応させ、ヒドラゾン化合物に変換してから定量を行う場合、次のような問題があった。
【0006】
第一の問題は、下記化学反応式(1)中の構造式で表されるようにヒドラゾン化合物は二重結合を有するので、下記式(2)のように(E)体と(Z)体という2種類の幾何異性体が存在し、例えばHPLC法で定量する場合2本のピークとして検出されることである。したがって、HPLC法を使用してヒドラゾン化合物を定量しようとする場合、(E)体のヒドラゾン化合物と(Z)体のヒドラゾン化合物の両方を含む標準物質が必要となり、煩雑である。しかも、アルデヒド又はケトン化合物にDNPHを作用させるのに必要となる酸性物質がヒドラゾン化合物の異性化を促進するので、時間の経過や酸触媒の濃度により(E)体と(Z)体の比率が変化することになる。このため、試料に含まれる(E)体と(Z)体の比率は毎回異なるにもかかわらず、これに合致した標準物質を用意することは現実的に不可能であるので、精度の高い定量を行う上で問題となっている。第二の問題は、ヒドラゾン化合物の分解である。下記化学反応式(1)のように、ヒドラゾン化合物の生成は水が生成される平衡反応であるので、水分が存在すると、平衡はヒドラゾン化合物が分解される方向に移行する。このことも精度の高い定量を行う上で問題となる。大気汚染やシックハウス症候群の問題が社会問題化する中で、アルデヒドやケトン化合物の大気中濃度を正確に測定することについて高いニーズが有るにもかかわらず、これらの問題を解決するようなアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定方法は存在しなかったのが現状である。
【0007】
【化1】

(式中、R、Rはそれぞれ独立に水素原子又は一価の有機基を表し、Rの式量はRの式量よりも大きいものとする。)
【0008】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、測定対象物に含まれるアルデヒド又はケトン化合物の量をHPLC法により精度良く測定する方法、及びそのような測定方法を実施するのに適したアルデヒド又はケトン化合物の濃度測定用ガス吸収カートリッジを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意研究の結果、アルデヒド又はケトン化合物にDNPHを作用させて得られたヒドラゾン化合物に2−ピコリンボラン等の還元剤を作用させた生成物が、異性体による複数のピークを発生することなくHPLC法で定量できることを見出し、本発明を完成するに至った。この生成物が得られる反応は、下記化学反応式(3)で表されるように不可逆反応であるので、当該生成物の分解によって定量精度が低下するという問題が発生しない。この点でも本発明による方法は上述のような従来のヒドラゾン化合物を定量する場合と比べて優れたものである。
【0010】
すなわち本発明は、(1)測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法であって、酸性物質とともに固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンに、前記測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物を反応させてヒドラゾン化合物を生成する工程と、前記生成したヒドラゾン化合物を抽出する工程と、前記抽出されたヒドラゾン化合物を還元剤によりアミノ化合物に変換する工程と、前記ヒドラゾン化合物から変換されたアミノ化合物を定量することにより、前記測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物量を算出する工程と、を含むアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法である。
【0011】
また本発明は、(2)測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法であって、酸性物質と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと、還元剤と、が担持された固体相を使用して、測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物に、前記固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジン及び前記還元剤を連続的に反応させてアミノ化合物を得る工程と、前記アミノ化合物を定量することにより、前記測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量を算出する工程と、を含むアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法である。
【0012】
また本発明は、(3)前記測定対象が大気である前記(1)項又は(2)項記載のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法である。
【0013】
また本発明は、(4)前記還元剤が2−ピコリンボラン及び/又はピリジンボランである前記(1)項から(3)項のいずれか1項記載のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法である。
【0014】
また本発明は、(5)酸性物質と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと、2−ピコリンボラン及び/又はピリジンボランとが担持された固体相を含む、アルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジである。
【0015】
また本発明は、(6)前記固体相がシリカゲルである前記(5)項記載のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の測定方法によれば、測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物にDNPHを作用させて得られたヒドラゾン化合物の量を精度良くHPLC法により求めることができるので、特に大気中に含まれるアルデヒド又はケトン化合物の濃度を精度良く求める場合に好適に使用される。また、本発明のアルデヒド又はケトン化合物の濃度測定用ガス吸収カートリッジを使用することにより、簡便な方法で上記測定方法を実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、アルデヒド又はケトン化合物量の測定方法、及び当該測定方法を簡便に実施することが可能なアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジに係るものである。以下、それぞれ説明する。
【0018】
まず、本発明のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法のうち第一の態様について説明する。
【0019】
本発明のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法のうち第一の態様は、酸性物質とともに固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンに、測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物を反応させてヒドラゾン化合物を生成する第一工程と、第一工程で生成したヒドラゾン化合物を抽出する第二工程と、第二工程で抽出されたヒドラゾン化合物を還元剤によりアミノ化合物に変換する第三工程と、第三工程でヒドラゾン化合物から変換されたアミノ化合物を定量することにより、測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量を算出する第四工程を含む。上記記載の通り、ヒドラゾン化合物をHPLC法で直接定量する従来の方法では、ヒドラゾン化合物の異性化反応や分解反応により定量精度が低下するという問題が生じるが、本発明の測定方法のようにヒドラゾン化合物をアミノ化合物に還元してからHPLC法で定量すると、そのような問題に伴う定量精度の低下が回避されるので、測定対象に含まれるアルデヒドやケトン化合物の量を正確に求めることができる。したがって、大気中のアルデヒドやケトン化合物の濃度を測定する際に好ましく使用することができる。
【0020】
本発明に係る測定方法の第一工程は、酸性物質とともに固体相に担持されたDNPHに測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物を反応させてヒドラゾン化合物を生成するものである。
【0021】
[酸性物質]
本発明の第一工程で使用される酸性物質は、測定対象中に含まれるアルデヒド又はケトン化合物とDNPHとを反応させてヒドラゾン化合物を得る際に触媒として機能する物質である。このような酸性物質としては、揮発性のない無機酸が好ましく使用され、そのような無機酸としてはリン酸、硫酸、ホウ酸等が例示される。これらの中でも、取り扱いやすさの面からはリン酸が好ましく使用される。
【0022】
[固体相]
本発明で使用される固体相は、酸性物質やDNPHを担持させるための媒体として使用される。このような固体相としては、シリカゲル、XAD−2樹脂(スチレンジビニルベンゼン共重合体)、ガラスビーズ、ODS(オクタデシルシラン結合シリカ)、フロリジル、グラスファイバー等、各種例示することができる。これらの中でも、シリカゲルは表面積が大きいのでDNPHや酸性物質を担持するのに好ましく使用される。
【0023】
固体相に酸性物質やDNPHを担持させて担持体を作成する方法としては、酸性物質やDNPHを極性有機溶媒に溶解しておき、当該溶液に所定量の固体相を混合した後に溶媒を留去する方法や、当該溶液に所定量の固体相を混合した後で当該固体相をろ別、乾燥する方法が例示される。ここで使用される極性有機溶媒はこれらの化合物を溶解することができ、かつDNPHと反応するようなケト基を持たないものであれば特に制限されることなく使用することができる。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、ジメチルスルフォキシド,メタノール,酢酸エチル,ジクロロメタン等が例示され、中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお酸性物質の溶解を助けるために当該極性有機溶媒中に水を含んでいてもよい。
【0024】
溶液中の酸性物質濃度は2〜50mmol/Lが好ましく、10〜20mmol/Lがより好ましい。また、溶液中のDNPH濃度は1〜10mmol/Lが好ましく、4〜6mmol/Lがより好ましい。DNPH濃度が1mmol/L以上であれば、測定対象物中のアルデヒドやケトン化合物と十分に反応させることができ、また、10mmol/L以下であれば、HPLC法による定量の際にDNPHのピークとホルムアルデヒド誘導体のピークを良好に分離することができる。
【0025】
得られた上記溶液を使用して固体相に上記各成分を担持する。この際、固体相10gに対して上記溶液0.1mLの割合で上記溶液を用意し、用意した溶液中に固体相を含侵させる。その後、溶媒をロータリーエバポレーターで減圧除去することによって、固体相の表面に上記各成分が担持された担持体が得られる。後述するように、ヒドラゾン化合物を還元剤によってアミノ化する際に酸触媒が存在する方が好ましいので、その分も含めて酸性物質を担持しておいてもよい。
【0026】
なお、上記の担持体作成方法は一例であり、他に、溶液中に固体相を含侵させた後、当該固体相をろ別、乾燥して担持体を得る方法を採用しても構わない。
【0027】
測定対象物が大気である場合、担持体に含まれるDNPHと大気中のアルデヒド又はケトン化合物とを反応させる方法としては、担持体を保持しておくためのフィルターを備えた筒状体に当該担持体を充填し、筒状体の一端から予め決められた体積の空気をポンプ等の吸引手段により吸引し、開放された他端から測定対象となる大気を吸入する方法が例示される。筒状体を構成する材質は、ガラス、セラミック等の無機物、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート等のプラスチック等が例示される。
【0028】
本発明に係る測定方法の第二工程は、第一工程で生成したヒドラゾン化合物を抽出するものである。
【0029】
抽出には極性有機溶媒が使用される。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、メタノール、酢酸エチル、ジメチルスルフォキシド等が例示され、これらの中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、極性有機溶媒であっても、アセトンやメチルエチルケトンのようなケトン系の溶媒はDNPHと反応してヒドラゾン化合物を生成するので好ましくない。
【0030】
生成されたヒドラゾン化合物を抽出するには、上記筒状体に担持体を保持した場合であれば、筒状体の一端から他端へ抽出溶媒を通過させればよい。上記筒状体を使用しない場合には、ソックスレー抽出装置など適切な抽出手段により抽出すればよい。
【0031】
本発明に係る測定方法の第三工程は、第二工程で抽出されたヒドラゾン化合物を還元剤によりアミノ化合物に変換するものである。一例として、還元剤として2−ピコリンボランを使用した場合の化学反応式を下記化学反応式(3)に示す。
【0032】
【化2】

(式中、R、Rはそれぞれ独立に水素原子又は一価の有機基を表す。)
【0033】
還元剤としては、ヒドラゾン化合物のC=N二重結合を還元してアミンとすることができるものであれば特に制限されないが、2−ピコリンボランやピリジンボランは、緩和かつヒドラゾン還元の選択性が高い点で好ましく使用することができる。また、これらの還元剤は無水条件を必要としないため、処理を簡便に行うことができる点からも好ましい。
【0034】
ヒドラゾン化合物を還元する際には酸触媒を使用することが好ましい。このような酸性物質としては、リン酸、ホウ酸、硫酸、塩酸、硝酸等の無機酸;酢酸、プロピオン酸、酪酸、シュウ酸、コハク酸、ベンゼンスルホン酸等の有機酸が例示されるが、還元反応の触媒として使用することができれば特に制限されない。これらの中でも、第一工程で使用した酸性物質と同じものを酸触媒として使用することで煩雑さを避けるという観点からは、リン酸が好ましいといえる。特に、第一工程において、第三工程で酸触媒として使用する分の酸性物質も固体相に担持しておけば、溶媒抽出の際にその分の酸性物質も一緒に抽出されるので、第三工程で別途酸触媒を添加する手間が省ける点で好ましい。
【0035】
ヒドラゾン化合物の還元反応は、特に限定されないが概ね10〜30℃の範囲にてアセトニトリル等の極性溶媒中で酸触媒及び還元剤とともに撹拌混合して行う。このとき、還元剤の濃度は、0.1〜10mmol/Lが好ましい。還元剤の濃度を0.1mmol/L以上とすることにより十分に還元反応を行うことができ、10mmol/L以下とすることにより還元剤の無駄を抑えることができる。より好ましい還元剤の濃度は、0.5〜2mmol/Lである。また、酸触媒の濃度は、0.1〜30mmol/Lが好ましく、10〜30mmol/Lがより好ましく、20mmol/Lが最も好ましい。酸触媒の濃度を10mmol/L以上とすることにより還元反応の十分な速度が得られ、30mmol/L以下とすることによりHPLCの十分な分解能を得ることができる。なお、酸触媒の濃度が過剰な場合は、適度な濃度になるまで中和すればよい。
【0036】
図1は、酸触媒としてリン酸を使用し、その濃度を変化させた場合の還元反応時間に対するヒドラゾン化合物(アセトアルデヒド由来)の存在量の変化を示したグラフである。ヒドラゾン化合物による紫外光(360nm)の吸収強度の変化を、ヒドラゾン化合物の存在量の変化として観察した。図1中、横軸は還元反応時間(分)を表し、縦軸はヒドラゾン化合物の吸収強度を表す。図1によれば、リン酸濃度が5〜10mmol/Lを越えるあたりから急速に反応速度が上昇することがわかる。なお、図1の実験データは、溶媒をアセトニトリルとし、ヒドラゾン化合物の濃度を100μmol/L、還元剤(2−ピコリンボラン)の濃度を1mmol/Lとした場合のものである。
【0037】
ヒドラゾン化合物を還元するのに要する時間は、試料溶液に添加した還元剤や酸触媒の濃度によって異なるが、例えば、50μmol/Lのヒドラゾン化合物溶液に、還元剤として2−ピコリンボランを0.6mmol/Lと、酸触媒としてリン酸を0.3mmol/L添加した場合には、およそ40分で2,4−ジニトロヒドラゾンのHPLCピークが消失し、全て対応するアミン化合物(還元体)に変化した。このように、HPLCを使用して反応の終点を観察するのも還元反応の時間を決定する一つの方法である。なお、得られた還元体は非常に安定で、少なくとも1週間程度は濃度の変化が認められないので、還元反応に十分な時間をかけても問題ない。
【0038】
本発明に係る測定方法の第四工程は、第三工程でヒドラゾン化合物から変換されたアミノ化合物を定量することにより、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと反応したアルデヒド又はケトン化合物量を算出するものである。アミノ化合物の定量はHPLC法を使用するのが簡便かつ正確である。HPLC法で使用するカラムは逆相カラムが好ましく、溶離液としては、例えばアセトニトリル−水系が挙げられるが、これらに限定されるものではないので、条件に合わせてカラムや溶離液を適宜選択すればよい。HPLC法で使用する検出器としてはUV検出器が例示されるが、これに限定されず適宜条件や装置に合わせて選択すればよい。また、定量を行うので、予め定量対象である還元体について検量線を作成し、試料には内部標準物質を加えることが必要なことはいうまでもない。
【0039】
このようにして得られた還元体の濃度に第三工程で作成した試料溶液の体積を乗じることにより、測定対象物中のアルデヒドやケトン化合物のモル数を算出することができるので、これを第一工程で吸引した測定対象物の体積で割ることにより測定対象物中のアルデヒドやケトン化合物の濃度を求めることができる。測定対象物として大気を選択すれば、大気中のアルデヒドやケトン化合物の濃度を求めることができる。
【0040】
次に、本発明のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジについて説明する。
【0041】
本発明のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジ(以下、「本発明のカートリッジ」ともいう)は、上記測定方法を簡便に行うためのものであり、固体相に酸性物質、DNPH、及び還元剤を担持した担持体をカートリッジに充填したものである。このようなカートリッジを使用することにより、大気中のアルデヒドやケトン化合物をカートリッジ内に吸引した際に、ヒドラゾン化合物の生成から当該化合物の還元体の生成までをカートリッジ内の担持体表面で行うことができるので、あとはカートリッジに適切な抽出溶媒を通過させることによって定量対象である還元体を抽出し、当該抽出物中の還元体濃度をHPLC法で定量すればよい。このような簡便な方法で、大気中のアルデヒドやケトン化合物を正確に定量することのできるカートリッジはこれまで存在せず、本発明者が上記測定方法を知見したことによって初めてもたらされるものである。
【0042】
本発明のカートリッジで使用される酸性物質は、揮発性のない無機酸が好ましく使用される。そのような無機酸としては、リン酸、硫酸、ホウ酸等が例示される。これらの中でも、取り扱いやすさの面からはリン酸が好ましく使用される。また、本発明のカートリッジで使用される固体相及び還元剤については、上記本発明のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定方法と同様のものを使用することができる。
【0043】
次に固体相に酸性物質、DNPH、及び還元剤を担持させた担持体を作成する方法について説明する。まず適切な極性有機溶媒に酸性物質、DNPH、及び還元剤を溶解する。ここで使用される極性有機溶媒はこれらの化合物を溶解することができ、かつDNPHと反応するようなケト基を持たないものであれば特に制限されることなく使用することができる。このような極性有機溶媒としては、アセトニトリル、ジメチルスルフォキシド,酢酸エチル,メタノールジ,ジクロロメタン等が例示され、中でもアセトニトリルが好ましく使用される。なお、酸性物質の溶解を助けるために当該極性有機溶媒中に水を含んでいてもよい。
【0044】
溶液中の酸性物質濃度、DNPH濃度、及び還元剤濃度は、反応を速やかに進行させるのに必要な量を添加するという観点や、過剰に添加して無駄を省くという観点に基づいて適宜設定すればよい。
【0045】
得られた溶液を使用して固体相に上記各成分を担持する。この際、上記溶液を、固体相10gに対して0.1mLの割合になるように用意し、用意した溶液中に固体相を含侵させる。その後、溶媒を留去することによって、固体相の表面に上記各成分が担持された担持体が得られる。
【0046】
なお、上記の担持体作成方法は一例であり、他に、溶液中に固体相を含侵させた後、当該固体相をろ別、乾燥して担持体を得る方法を採用しても構わない。
【0047】
次に得られた担持体をカートリッジに充填する。ここで使用されるカートリッジは、例えば筒状体をしており、筒状体の一端から予め決められた体積の空気をポンプ等の吸引手段により吸引した際に、開放された他端から測定対象となる大気を吸入することができるようになっている。この場合、担持体は当該筒状体の両端の間に、フィルターに挟まれた状態で保持される。なお、フィルターとしては、気体や液体は通過させるが、担持体のような固形分は通過させない性質を有するものであれば特に制限されずに使用することができる。また、カートリッジに使用される材質としては、ガラス、セラミック等の無機物、ポリエチレン、ポリプロピレンポリカーボネート等のプラスチック等が例示される。
【0048】
次に、本発明のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法のうち第二の態様について説明する。
【0049】
本発明のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法のうち第二の態様は、酸性物質と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと、還元剤と、が担持された固体相を使用して、測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物に、前記固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジン及び前記還元剤を連続的に反応させてアミノ化合物を生成する第一工程と、前記アミノ化合物を定量することにより、前記測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物の量を算出する第二工程を含む。本測定方法は、上述のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジを使用することにより実施されるものである。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0051】
図2は、C〜C10のアルデヒドをDNPH処理して得られたヒドラゾン化合物(50μmol/L)が還元剤(2−ピコリンボラン、0.6mmol/L)及び酸性物質(リン酸、0.3mmol/L)の存在下で、還元体(アミン化合物)に変化する様子をHPLCで観察したものである。なお、図2中、クロマトグラムのピーク付近に記載してある数字は、ヒドラゾン化合物の由来となったアルデヒドの炭素数である。
【0052】
図2(a)は、2−ピコリンボランを添加する前のHPLCクロマトグラムであり、ホルムアルデヒド由来のヒドラゾン化合物以外は、全てピークが2つずつ現れていることがわかる。これは、上述のように、これらのヒドラゾン化合物に(E)体と(Z)体という異性体が存在するためである。これまでのDNPHを使用したアルデヒドの分析法ではこのようにピークが2本存在する状態で定量を行っており、それに伴う精度低下の問題が生じていたことは既に述べた通りである。
【0053】
図2(b)及び(c)は、当該ヒドラゾン化合物を含む溶液に2−ピコリンボランを添加し、25℃で反応させたときのHPLCクロマトグラムである。2−ピコリンボランを添加してから10分後である図2(b)では、還元体(アミン化合物)の生成に伴う新たなピークが出現しており、40分後である図2(c)では、全てのヒドラゾン化合物が還元体(アミン化合物)に変換されて、それぞれの炭素数のアルデヒドについて単一のピークとして観察されていることがわかる。その結果、1つの化合物について1本のピークを使用して定量すればよいことになるので、定量精度が向上することになる。このことから、本発明がアルデヒドの定量に極めて有効であることがわかる。
【0054】
図3は、実際に空気をサンプリングして空気中のアルデヒドを分析した際のHPLCクロマトグラムである。上述の担持体に、室内空気を100mL/minの流速で24時間捕集し、5mLのアセトニトリルで抽出して各種アルデヒド由来のヒドラゾン化合物を含む試料を作成した。
【0055】
図3(a)は、当該試料のHPLCクロマトグラムである。これによると、ホルムアルデヒド由来のヒドラゾン化合物(FA)は、単一のピークとして観察されるものの、アセトアルデヒド由来のヒドラゾン化合物(AA)や、ノナナール由来のヒドラゾン化合物(NA)や、デカナール由来のヒドラゾン化合物(DA)は、それぞれ(E)体と(Z)体の存在による2本のピークとして観察されていることがわかる。これまでのDNPHを使用したアルデヒド分析法はこの状態で定量を行うため、定量精度という点で問題が有ることがわかる。
【0056】
図3(b)は、当該試料に2−ピコリンボラン(1mmol/L)を添加し、室温で40分間反応させた後のHPLCクロマトグラムである。図3(a)のときとは異なり、全てのアルデヒドが単一のピークとして観察され、定量性が向上していることがわかる。このことから、本発明の測定方法がアルデヒドやケトン化合物の定量において、極めて有効であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】リン酸濃度を変化させた際の、還元反応時間に対するヒドラゾン化合物の存在量の変化を示したグラフである。
【図2】ヒドラゾン化合物が還元剤及び酸性物質の存在下で、還元体(アミン化合物)に変化していく様子を表したHPLCクロマトグラムである。
【図3】実際に空気をサンプリングして空気中のアルデヒドを分析した際のHPLCクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法であって、
酸性物質とともに固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンに、前記測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物を反応させてヒドラゾン化合物を生成する工程と、
前記生成したヒドラゾン化合物を抽出する工程と、
前記抽出されたヒドラゾン化合物を還元剤によりアミノ化合物に変換する工程と、
前記ヒドラゾン化合物から変換されたアミノ化合物を定量することにより、前記測定対象中のアルデヒド又はケトン化合物量を算出する工程と、を含む
アルデヒド又はケトン化合物量の測定方法。
【請求項2】
測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法であって、
酸性物質と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと、還元剤と、が担持された固体相を使用して、
測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物に、前記固体相に担持された2,4−ジニトロフェニルヒドラジン及び前記還元剤を連続的に反応させてアミノ化合物を得る工程と、
前記アミノ化合物を定量することにより、前記測定対象物中のアルデヒド又はケトン化合物量を算出する工程と、を含む
アルデヒド又はケトン化合物量の測定方法。
【請求項3】
前記測定対象物が大気である請求項1又は2記載のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法。
【請求項4】
前記還元剤が2−ピコリンボラン及び/又はピリジンボランである請求項1から請求項3のいずれか1項記載のアルデヒド又はケトン化合物量の測定方法。
【請求項5】
酸性物質と、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンと、2−ピコリンボラン及び/又はピリジンボランとが担持された固体相を含む、アルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジ。
【請求項6】
前記固体相がシリカゲルである請求項5記載のアルデヒド又はケトン化合物の大気中濃度測定用ガス吸収カートリッジ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate