説明

アルデヒド検出用組成物

本発明は、脂質過酸化や活性酸素の指標としての、生物学的試料中のマロンジアルデヒド(MDA)等のアルデヒドの検出を行うための、塩基性フクシン、亜硫酸水素ナトリウム、リン酸を含む組成物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、脂質過酸化や活性酸素の指標としての、生物学的試料中のアルデヒドの検出を行うための組成物に関する。
【背景技術】
生体に酸化ストレスの障害が与えられると、まずターゲットとなるのが細胞の生体膜を構成する不飽和脂肪酸である。活性酸素の攻撃によって生じる連鎖反応によって、不飽和脂肪酸から種種の低分子アルデヒドが生成される。生成された低分子アルデヒドは、反応性が高く、タンパク質、核酸、脂質等の生体成分を攻撃し、修飾することによって生体に障害を与える。
上記のアルデヒドとしては、マロンジアルデヒド(MDA)が知られている。MDAは、生体内の抗酸化機構によって代謝され、血液を経て尿中に排泄される。
したがって、生物学的試料、例えば尿中のMDA濃度を測定することによって、活性酸素の生成レベルを推定することができる。また、日常の食生活のバランスや抗酸化物質のレベルなどを判断することができる。
別のアルデヒドとしては、アクロレインが知られている。アクロレインは、食用油の加熱、タバコの燃焼などによって発生する非常に反応性の高いアルデヒドで、強い細胞毒性、変異原性を有することが報告されている。近年、インビトロにおける脂質の過酸化反応によってアクロレインが生成されることが証明され、さらにヒトの動脈硬化症病巣においてもその存在が確認されており、生体内における脂質酸化損傷のマーカーとして有用性が期待されている。
また、脂質は、核酸やタンパク質よりも酸化を受けやすく、ヒドロペルオキシドを生成する。ヒドロペルオキシドは、さらにタンパク質の求核部位と反応して複雑な修飾物を形成し、タンパク質の劣化を引き起こす。したがって、ヒドロペルオキシドは、酸化ストレスマーカーとしても近年関心を集めている。
したがって、生物学的試料中のMDA濃度を測定することによって、脂質の過酸化のレベルを知ることができる。
生物学的試料における従来のアルデヒド検出方法としては、HPLCやGC−MAS等の機器分析による方法があるが、高価な機器や高度な技術を必要とし、また操作が複雑であるという問題があった。
生物学的試料におけるアルデヒド類の簡易な検出方法としては、シッフ試薬(塩基性フクシン及び亜硫酸水素ナトリウム、及び場合により塩酸を含む)を用いる方法が知られている。
公知のシッフ試薬は、古くから染料として用いられているマジェンダに、亜硫酸ガスを通じて脱色したもので、アルデヒドの検出又は過ヨウ素酸シッフ染色法(PAS)に用いられている。
しかし、公知のシッフ試薬は、生物学的試料、例えば、尿に対する反応性が極めて弱いか又は無反応性であり、また、ホルムアルデヒド(HCHO)やマロンジアルデヒド(MDA)を検出することができなかった。
したがって、生物学的試料におけるアルデヒド類の簡易な検出方法に用いることができる安価な組成物の開発が待たれていた。
本発明者は、塩酸の代わりに緩衝能を有するリン酸を使用することによって、驚くべきことに、組成物の安定性を高めることができ、かつ、アルデヒド類の検出感度を向上させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【発明の開示】
本発明は、塩基性フクシン、亜硫酸水素ナトリウム、リン酸を含む、アルデヒド検出用組成物に関する。
より具体的には、本発明は、塩基性フクシン0.1〜0.5重量%、リン酸0.5〜5重量%、亜硫酸水素ナトリウム1〜5重量%を含む、アルデヒド検出用組成物に関する。
公知のシッフ試薬の組成物は、塩基性フクシン及び亜硫酸水素ナトリウム塩酸、及び場合により塩酸を含む。これに対して、本発明の組成物は、塩基性フクシン、亜硫酸水素ナトリウム及びリン酸を含むことを特徴とする。
公知のシッフ試薬では、ホルムアルデヒド(HCHO)又はマロンジアルデヒド(MDA)に対する反応性が、非常に低い。また、生物学的試料、例えば、尿に対する反応性が低いか又は反応性を有しないのに対し、本発明の組成物は、HCHO及びMDAに対する反応性が高く、また、生物学的試料、例えば、尿に対する反応性を有し、その感度も高い。
公知のシッフ試薬で用いられている塩酸の代わりにリン酸を用いたのは、下記の理由による。
カルボニル化合物とRNH誘導体との縮合(C=OH+HN−R→C=N−R+HO)には、通常、酸性触媒が必要である。
この縮合反応の速度は、酸濃度に依存し、pHを上げていくと反応速度は、あるpHで最大となる。反応速度が最大となるpHの値は、R−NHのRの性質に大きく依存する。
速度に最大値があるのは、RNHとカルボニル化合物との間の平衡(RNH+H⇔RNH)によって理解される。ここで、RNHの窒素の非共有電子対にプロトンが付くと、カルボニル基の炭素を攻撃できなくなってしまう。一方、カルボニル基がプロトン化されると、求核試薬に対する反応性が大きくなる(RC=O⇔RC=OH)。
したがって、最適なpHは、共役酸であるカルボニル化合物を適切な濃度とし、RNHが完全にRNHにはならないが、反応が進行するpHである。
よって、濃塩酸(pKa=−8)よりリン酸(pKa=2.14)の方がこの反応系を促進していると考えられる。
また、リン酸は、緩衝能を有し、液のpH値に対する安定性を保つことができる。さらに、生物学的試料において適応することができる。
本発明の組成物によって検出されるアルデヒドは、好ましくは、マロンジアルデヒド、アクロレイン及び/又はホルムアルデヒドである。
本発明の組成物は、例えば、下記の方法によって得ることができる。
塩基性フクシン300mgを水100mlに溶解し、これに亜硫酸水素ナトリウム3.0gを入れて完全に溶解するまで振り混ぜる。その後、85%リン酸2.0gを加える。この液に活性炭1.0gを加え濾過したものを使用する。
本発明の組成物は、生物学的試料におけるアルデヒド検出に用いることができる。
生物学的試料は、好ましくは、尿である。
本発明の組成物は、過酸化脂質や活性酸素の測定に用いることができる。
また、本発明は、上記のアルデヒド検出組成物を含む容器、指示書を含むアルデヒド検出用キットにも関する。
本発明の組成物は、体内の酸化状態を簡易に測定することができ、健康の維持のための重要な指標を提供することができる。
本発明の組成物を用いることによって、従来のシッフ試薬では検出することができなかった、尿中に排泄されたMDA等のアルデヒドを簡便かつ迅速に検出することができる。
本発明の組成物を用いて得られたデータは、生体内の酸化ストレス状態の指標とすることができ、また、栄養摂取指導や抗酸化剤の補助効果等の目安とすることができる。
【図面の簡単な説明】
図1A及びBは、生活習慣とMDAレベルとの関連を示す。
図2A及びBは、本発明の組成物とFRTキットを用いて得られた吸光度の強さを示す。
図3Aは、本発明の組成物を用いて得られた吸光度値と尿中に含まれているMDA値との相関性を示す。
図3Bは、FRTキットを用いて得られた吸光度値と尿中に含まれているMDA値との相関性を示す。
【実施例】
以下、本発明を実施例により詳細に説明をするが、これらに制限されるものではない。
1.標準物質であるMDA、HCHOに対する反応性
1−1.標準物質の調製
MDAは、1,1,3,3−テトラ−エトキシプロパン(TEP)をHClで加水分解して得た。精製水を用いて、0.05、0.1及び1mMのMDA溶液を調製し、MDA標準液とした。
HCHOは、市販の試薬ホルムアルデヒドを精製水で希釈し、0.05、0.1及び1mMのHCHO溶液を調製し、HCHO標準液とした。
1−2.FRT液による検出
FRT液は、原産国−米国で、日本食養科学株式会社から入手した。反応は、FRT液:MDA又はHCHO標準液=1:10の割合で行った。
その結果を下記に示す。

1−3.本発明の組成物による検出
方法は、本発明組成物:MDA又はHCHO標準液=1:10の割合で行った。
その結果を下記に示す。

MDAに対する反応性はFRT液では非常に低い呈色を示すのに対して、本発明組成物では高い呈色結果を示した。また、本発明組成物のMDAに対する反応性は、MDAの濃度に依存的に高くなる傾向が観察された。
2.生体物尿に対する反応性
2−1.FRTによる反応性
健常ヒト(n=20)の早朝尿(起床して最初の尿)を収集した。反応は、 FRT:尿=1:10の割合で行い、その呈色反応を検出した。
その結果を下記に示す。

OD値は、室温にて尿液:FRTキット=10:1との割合で反応をさせ、5分間後反応液150μlを96穴プレートに速やかに入れ、マイクロプレートリーダーで波長532nmにて吸光度を測定した値である。
レベル 目視法 OD範囲
−: 尿の色(黄色)
±: 微発色 0.05<±≦0.1
+: 薄ピンク 0.1<+≦0.4
++: やや赤色 0.4<++≦0.7
+++: 赤色 0.7<+++≦1.2
++++: 濃赤色 ++++>1.2
上記表に示したように、FRTキットを用いた各個体における5分間の発色度は、非常に高く、各個体に対する多様性を検出することができなかった。
周知のように、生体内(血液及び尿中)のMDAは、生体成分である不飽和脂肪酸の酸化分解生成物である。生体内で生成されたMDAの正常値は、まだ不明であるが、測定方法によって値が異なるのが現状である。
文献では正常ヒトの場合は、血液中のMDA量がおよそ10nmolMDA/ml以下であることが記載されている。FRTキットの尿に対する反応は、非常に強く、濃く発色する。しかし、尿中のMDA量を正確に反映しているか否かは疑問であり、反応結果の信用性は、非常に低いと考えられる。
2−2.本発明の組成物のヒト尿に対する反応性
健常ヒト(n=20)の早朝尿(朝起床して最初の尿)を収集した。反応は、本発明の組成物:尿=1:10の割合で行い、その呈色反応を検出した。
その結果を下記に示す。

OD値は、室温にて尿液:本発明組成物液=10:1との割合で反応をさせ、5分間後反応液150μlを96穴プレートに速やかに入れ、マイクロプレートリーダーで波長532nmにて吸光度を測定した値である。
レベル 目視法 OD範囲
−: 尿の色(黄色)
±: 微発色 0.05<±≦0.1
+: 薄ピンク 0.1<+≦0.4
++: やや赤色 0.4<++≦0.7
+++: 赤色 0.7<+++≦1.2
++++: 濃赤色 ++++>1.2
本発明組成物を用いた各個体における5分間の発色度は、様々なレベルに分布し、非常に多様性に富み、FRTキットより信用性が高いと考えられた。
3.各個体における生活習慣との関連
健常者20人、喫煙者かつ飲酒者10名、非喫煙者かつ非飲酒者10名の早朝尿を集め、本発明組成物を用いて、測定を行った。その結果を図1に示した。

喫煙者かつ飲酒習慣のある個体群では、赤発色の高いレベル(+++)のヒトの割合は50%、中間発色レベル(++)の割合は40%、低い発色レベル(+)の割合は10%であるのに対し、喫煙かつ飲酒習慣のない個体群では、最高レベル(++++)の割合は10%で、次に発色度の高いレベル(+++)の割合は30%で、中間発色レベル(++)の割合は20%で、低い発色レベル(+)の割合は30%で、また非常に低い発色レベル又は無発色(±)に近いヒトの割合は10%であった。
また、発色度「+」以下を低レベル、「++」及び「++」以上を高レベルとすると、喫煙者かつ飲酒者では低レベルの割合は10%、高レベルの割合は90%を占めた。
これに対して、非喫煙者かつ非飲酒者では低レベルの割合は40%、高レベルの割合は60%を占めた。喫煙かつ飲酒習慣のない個体群に比べて喫煙かつ飲酒習慣のある群において本発明組成物を用いた結果は高いことが明らかとなった。
酸化ストレスは喫煙や飲酒、過度な運動等で生じることが明らかにされている。喫煙は活性酸素種(ROS:Reactive Oxygen Species)生成の一因となり、DNAや蛋白質、脂質に対して癌、心血管疾患など疾病に関連のある酸化的傷害を誘発する畏れがある。
4.本発明の組成物及びFRTキットを用いて得られた吸光度とMDA値との相関性について
本発明の組成物及びFRTキットを用いて得られた吸光度値と尿中に含まれているMDA値との相関性を比較するために、更に15検体を追加して上記と同様な方法によって、本発明組成物及びFRTキットを用いて各検体について吸光度を測定した。
また、尿中MDA値を、文献(W.G.Niehaus,Jr.and B.Samuelesson,Eur.J.Biochem.6,126(1968);E.D.Wills,Biochem.J.113,315(1969))の方法にしたがって測定した。
測定値は、TEPを標準物として用いた場合の相当値をMDAとした。それぞれについて得られた吸光度と尿中MDA値との相関性を求めた。
その結果、発明組成物を用いた場合には、発色レベル(+++)、(++)、(+)、(±)に属する検体数が、それぞれ15(43%)、12(34%)、7(20%)、1(3%)であった。
これに対して、FRTキットを用いた場合には、発色レベル(+++)、(++)、(+)、(±)に属する検体数が、それぞれ、30(86%)、4(11%)、1(3%)、0(0%)検体であった。
FRTキットを用いた場合には、呈色反応が非常に強く、各検体における多様性を検出できなかった。これに対して、本発明の組成物を用いた場合には、呈色の程度(得られたOD値の範囲)は、レベル「+++」、「++」、「+」、「±」と「−」に属する割合が、多様性に富み、濃度依存性が高く、より信頼性の高い検出ができることを示した(図2)。
本発明の組成物及びFRTキットを用いて得られた吸光度とMDA値との相関係数を求めた。その結果、本発明の組成物を用いて得られた吸光度とMDA値との相関係数は、0.45であるのに対し、FRTキット用いて得られた吸光度とMDA値との相関係数は、0.31であり、本発明の組成物がFRTキットに比べてより高い相関性が認められた(図3)。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性フクシン、亜硫酸水素ナトリウム、リン酸を含む、アルデヒド検出用組成物。
【請求項2】
アルデヒドが、ホルムアルデヒド又はマロンジアルデヒドである、請求の範囲第1項記載の組成物。
【請求項3】
生物学的試料における測定に用いる、請求の範囲第1項又は第2項記載の組成物。
【請求項4】
生物学的試料が、尿である、請求の範囲第1項〜第3項のいずれか1項記載の組成物。
【請求項5】
過酸化脂質の測定に用いる、請求の範囲第1項〜第4項のいずれか1項記載の組成物。
【請求項6】
活性酸素の測定に用いる、請求の範囲第1項〜第4項のいずれか1項記載の組成物。
【請求項7】
請求の範囲第1項〜第6項のいずれか1項記載の組成物を含む容器、指示書を含むアルデヒド検出用キット。

【国際公開番号】WO2004/111635
【国際公開日】平成16年12月23日(2004.12.23)
【発行日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−500747(P2005−500747)
【国際出願番号】PCT/JP2003/007470
【国際出願日】平成15年6月12日(2003.6.12)
【出願人】(591155884)株式会社東洋発酵 (21)
【Fターム(参考)】