説明

アルドース還元酵素阻害剤

【課題】 本発明は、糖尿病合併症の予防または治療のために、安全性が高く、安定供給についても問題がなく、且つコンプライアンスの点でも十分な、日常的に継続して使用できるアルドース還元酵素阻害剤を提供する。
【解決手段】
オーク類などブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物に含まれる、エラグ酸およびその他の天然由来の物質を有効成分として含有するアルドース還元酵素阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルドース還元酵素阻害剤に関する。さらに詳しくは本発明はブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物を含有するアルドース還元酵素阻害作用を有する飲食品または医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
食品分野における製品の価値は栄養的充足が第一義であるが、それに加えて味覚・視覚・嗅覚的な印象も従来より追求されてきた。近年、従来型のエネルギー充足・生体構築・生体機能維持たる栄養価値に加えて、生体機能調節・恒常性攪乱阻止等の付加的価値が求められている。この傾向は嗜好品に強く、特に酒類については、赤ワインの生体酸化ストレス抑制効果、日本酒麹の細胞増殖促進作用等は周知である。赤ワインの効果はブドウ種皮の成分に由来し、麹も生物の産物である。
【0003】
ウイスキーはその製法上オーク樽にて熟成させることにより独特の味覚・視覚・嗅覚的なメリットを得ているが、この熟成はオーク材を蒸留されたアルコールで抽出していることに他ならず、オークという植物の独特の成分がその特徴を表わすことに大きく貢献している。それゆえ、熟成ウイスキーにはオーク材成分に由来する独特の生理作用が期待される。
【0004】
一方、糖尿病では、合併症(典型的には、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症および糖尿病性神経症)が病状の深刻化をもたらすことが知られている。この合併症の憎悪に係わる酵素がアルドース還元酵素である。この酵素は、細胞内の糖代謝経路の一つであるポリオール代謝経路が異常亢進して、神経障害などの糖尿病合併症をひき起こすプロセスに関与する。より詳細には、糖尿病性合併症を引き起こす組織にある末梢神経Schwann 細胞・腎メンサギウム細胞・血管内皮細胞・網膜血管周皮細胞・水晶体上皮細胞等におけるグルコースの取り込みはインスリン非依存性であるため、血糖値に比例して細胞内グルコース濃度が上昇し、高血糖下では解糖系初発酵素が飽和状態となりポリオール経路(図1)にグルコースが流入する。このグルコースにアルドース還元酵素が作用して生成するソルビトールは、代謝が遅いため細胞内に蓄積する。この蓄積は細胞内浸透圧を上昇させるため、組織的・機能的にダメージを与える。また、NADPH の消費は還元型グルタチオンの再生を困難にするため、酸化ストレスの原因ともなる。
【0005】
したがって、アルドース還元酵素の阻害剤は、糖尿病合併症の治療薬としての用途が期待されている。しかしながら、この種の薬として実用化されている唯一の医薬品である糖尿病性神経症治療剤エパルレスタットは、医師による管理の下で使用しなければ肝臓障害の副作用が生じる可能性もあり、継続的または日常的に使用することはできないという問題がある。
【非特許文献1】Folia Pharmacol. Jpn. (1998) 111; 137-145
【非特許文献2】Recent Res. Devel. in Agricultural & Biological Chem. (1997) 1; 147-160
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、生活習慣病の予防的効果をねらい、特にその中で糖尿病に関係する生理反応に効果的な機能及び成分をウイスキーあるいはオーク材成分中に探索することを目的とし、特に、糖尿病合併症の成因として高血糖状態に続発するポリオール経路の亢進を抑制する機能を求め、この経路の中心的触媒であるアルドース還元酵素阻害活性物質を検討した。
【0007】
したがって、本発明の課題は、ウイスキーまたはその製造に用いられるブナ科コナラ属植物(例えば、オーク類)などに由来し、安全性が高く、安定供給についても問題がなく、且つコンプライアンスの点でも十分な、日常的または継続的に飲食品、香粧品、医薬品として使用可能なアルドース還元酵素阻害剤を提供することである。
【0008】
本発明のさらなる課題は、上記アルドース還元酵素阻害剤、または該阻害剤中に見いだされたエラグ酸及び/又はイソケルシトリンを有効成分として含有する、糖尿病合併症、特に、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症および糖尿病性神経症の予防または治療剤を提供することである。
【0009】
本発明のさらなる課題は、上記アルドース還元酵素阻害剤、またはエラグ酸及び/又はイソケルシトリンを添加した、糖尿病合併症の予防及び/又は治療に適する健康飲食品および香粧品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、ウイスキーにはアルドース還元酵素阻害剤が含まれ、この阻害剤成分の量は、ウイスキーの熟成期間とともに増加することが見いだされた。したがって、アルドース還元酵素阻害剤は、ウイスキー熟成用の樽を作るオーク類木材から抽出されたものであると考えられる。
【0011】
したがって、本発明は第一の態様において、ブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物を含有するアルドース還元酵素阻害剤である。
【0012】
本発明のアルドース還元酵素阻害剤を製造するための原料として用いられるブナ科(Fagaceae)コナラ属(Quercus sp)植物としては、例えば、 ミズナラ(学名:Q.mongolica Fisch. ex Turcz. var. grosseserrata (Bl.) Rehd. et Wils. )、カシワ(学名:Quercus dentata Thunb )、コナラ(学名:Quercus serrata Thunb )、クヌギ(学名:Quercus acutissima Carruth)、シラカシ(学名:Quercus myrsinaefolia Bl. )、ホワイトオーク(学名:Quercus alba L. )、コモンオーク(リムーザンオーク、フレンチオークまたはスパニッシュオークとも呼ばれる。学名:Quercus robur L.)、セシルオーク(学名:Quercus petraea (Mattuschka) Lieblein )、コルクオーク(学名:Quercus suber L.)等を挙げることができる。古来、ウイスキーやブランデー等の製造、貯蔵用の樽の原料として用いられてきた植物の多くはこの属に属される。特にオーク類と称される植物が好ましい。本発明でいうオーク類とは、ブナ科コナラ属の植物のうち、ウイスキーやブランデー等の製造、貯蔵用の樽の原料として用いられた植物群を言う。本発明においてはこのオーク類を好適に用いることができる。中でも、ホワイトオーク、コモンオーク、セシルオークやミズナラを特に好適に用いることができる。
【0013】
これらの植物について、原料として用いる部位は特に制限されるものではなく、幹、葉、枝、樹皮、花、実などを用いることができる。また、それらは採取直後でもよいし、乾燥させた後に用いてもよい。必要により粉砕、切断、細切、成形等の加工をして用いることもできる。かかる植物の木材から得られるチップ、木粉、樽等が加工品として挙げられる。樽は溶媒抽出に使用する前に内面を焼く等の加熱処理をするのが好ましい。
【0014】
アルドース還元酵素阻害成分の抽出に用いる溶媒としては、好ましくは低級アルコールの水溶液を用いることができる。ここで低級アルコールとしては、炭素数が1ないし4の直鎖または分岐鎖アルコール(例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等)を挙げることができる。水溶液中の低級アルコールの濃度は、アルドース還元酵素阻害作用の強い抽出物が得られる濃度とすることが肝要であり、具体的には、低級アルコール水溶液中の低級アルコールの濃度が、通常約10〜100容量%、好ましくは約30〜99容量%である。最終的に飲食品等にも配合できることを考慮すると、抽出溶媒としては、安全性の観点からエタノール水溶液を用いることが好ましい。またここでいう抽出溶媒には、低級アルコールと水のほか、抽出効率を大きく損わない範囲で他の成分が含まれていてもよい。例えば、所望により糖類、塩類またはアミノ酸などの水溶性成分や各種他の溶媒(例えば酢酸エチル、アセトン)が含まれていてもよい。
【0015】
従って、低級アルコールとして、例えばエタノールを用いる場合、エタノール水溶液として、工業的な試薬を水と混合したものを用いてもよいし、あるいは、各種アルコール製品やその仕掛品を用いてもよい。例えばブランデー、ウイスキー、焼酎、日本酒、ビール、発泡酒、スピリッツ、ウオッカまたはそれらの仕掛品が挙げられる。これらの製造方法は常法に従えばよい。植物原料で樽を成形し、その中に溶媒を注入して抽出を行う場合には、溶媒として、エタノール含有物を蒸留したものを好適に用いることができる。ここでいう、エタノール含有物を蒸留したものとは、エタノールを含有する液を蒸留して得られる蒸留物をいう。具体的には、麦芽、米、ブドウ等を原料の一部としてとして糖化、醗酵させて得られるエタノール含有物を、単式蒸留または複式蒸留して得ることができる。例えば、 焼酎、ウオッカ、ウイスキー貯蔵前原酒(モルトウイスキーの原酒のニューポット、グレンウイスキーの原酒のニューメイク)、ブランデー貯蔵前原酒(ヌーベル)、を用いるのが好ましい。中でも、ウイスキー貯蔵前原酒、ブランデー貯蔵前原酒を好適に用いることができる。これらの製造方法は常法に従えばよい。この場合には、抽出条件は室温で約半年〜30年程度とすることが好ましいが、抽出時間に実質的上限は存在しない。
【0016】
本発明で原料として用いられる植物の溶媒による抽出方法としては、特に限定されるものではなく、溶媒を上記植物原料と接触させることにより行われる。溶媒中に原料を浸漬させるか、あるいは、植物原料を用いて樽等の容器を成形しその中に溶媒を注入してもよい。静置保存してもよいし、加熱還流や浸漬抽出など、抽出様式は公知手段に従い所望に応じて適宜設定することができる。抽出は常温で行われても加温で行われてもよい。抽出温度は特に限定されないが、操作上、溶媒の沸点以下であることが好ましい。抽出に要する時間は、温度条件や抽出方法にもよるが、通常約30分〜30年程度である。しかし、抽出時間に実質的上限は存在しない。
【0017】
本発明によれば、上記抽出後、自体公知の手段に従って、アルドース還元酵素阻害成分を含有する抽出液をブナ科コナラ属植物、その処理物またはその加工品と分離する。分離手段としては、公知手段に従ってよく、例えば遠心分離、ろ過などが挙げられる。抽出液はそのままアルドース還元酵素阻害剤として使用してもよいし、抽出液の濃縮物または乾燥物(濃縮乾固物)をアルドース還元酵素阻害剤として使用してもよい。濃縮は常圧または減圧下に行われる。濃縮によって濃縮液の容積を約5〜70容量%、好ましくは約10〜50容量%に減少させるのがよい。乾固物は、アルドース還元酵素阻害成分を含む抽出液から溶媒を好ましくは減圧下に蒸発させることによって得られる。
【0018】
さらに、本発明の溶媒抽出物は、抽出によって得られた抽出物を更に例えばカラムクロマトグラフィー等で分画精製したものが含まれる。このようにして得られた溶媒抽出物は、抽出操作の完了した抽出液、抽出液の溶媒を部分的に除去した濃縮物または溶媒を全部除去した乾燥物として用いることができる。保存安定性や持ち運びが容易である点から、乾燥物として用いることが好ましい。本発明でいう溶媒抽出物とは、これら抽出液、濃縮物および乾燥物を指す。溶媒抽出物はそのままアルドース還元酵素阻害剤として使用してもよいし、さらに例えば酸化チタン、炭酸カルシウム、蒸留水、乳糖、デンプンまたは下記実施例で記載する具体例等の適当な液体または固体の賦形剤または増量剤を加えてアルドース還元酵素阻害剤に使用してもよい。アルドース還元酵素阻害剤中の溶媒抽出物の混合割合は、特に限定されないが、抽出物の性状(抽出液、濃縮物、または乾燥物)により、例えば、約0.01〜100重量%の範囲で適宜設定できる。
【0019】
本発明のアルドース還元酵素阻害剤は、そのままで、飲食品、香粧品および医薬品などに調製してもよいが、飲食品、香粧品および医薬品などの添加剤もしくは配合剤として使用してもよい。本発明でいう、飲食品用、香粧品用または医薬品用の添加剤または配合剤とは、香料、色素、酸化防止剤などの、飲食品、香粧品または医薬品用として通常用いられる添加剤または配合剤に、溶媒抽出物を混合したものを言う。混合比率は適宜設定すればよい。混合比率としては、例えば約0.01〜100重量%、好ましくは0.1〜80重量%である。ここで用いる飲食品、香粧品または医薬品用の添加剤または配合剤としては、以下で述べる各種添加剤が挙げられる。
【0020】
添加剤もしくは配合剤として用いる場合の飲食品、香粧品および医薬品などへの配合量は、特に限定されないが、溶媒抽出物を基準として例えば、約0.01〜100重量%、好ましくは約0.1〜80重量%の範囲で適宜設定できる。溶媒抽出物そのものをアルドース還元酵素阻害剤として配合する場合の配合量の設定には、抽出物の性状(抽出液、濃縮物、または乾燥物)も考慮される。
【0021】
本発明のアルドース還元酵素阻害剤を用いてまたは配合して製造する飲食品としては、飴、トローチ、ガム、ヨーグルト、アイスクリーム、プリン、ゼリー、水ようかん、アルコール飲料、コーヒー飲料、ジュース、果汁飲料、炭酸飲料、清涼飲料水、牛乳、乳清飲料、乳酸菌飲料等に対して、溶媒抽出物を適量含有させて、飲食品として提供することができる。これらの飲食品は、必要により各種添加剤を配合し、常法に従って得ることができる。
【0022】
これらの飲食品を調製する場合には、例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、ルブソサイド、コーンシロップ、乳糖、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、L−アスコルビン酸、dl−α−トコフェノール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルアラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、寒天、ビタミンB 類、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤等、通常の食品原料として使用されている添加剤を適宜配合して、常法に従って製造することができる。
【0023】
本発明でいう香粧品とは、化粧品や香料製品と称される製品を含むが、これらを提供する場合、化粧水、化粧クリーム、乳液、ファンデーション、口紅、整髪料、ヘアトニック、育毛料、シャンプー、リンス、入浴剤といった非口中用の香粧品や、歯磨き類、洗口液、うがい薬、口腔香料といった口中用の香粧品に対して、溶媒抽出物を適量含有させて、香粧品を調製することができる。
【0024】
これらの香粧品は、例えば、植物油等の油脂類、ラノリンやミツロウ等のロウ類、炭化水素類、脂肪酸、高級アルコール類、エステル類、種々の界面活性剤、色素、香料、ビタミン類、植物・動物抽出成分、紫外線吸収剤、抗酸化剤、防腐・殺菌剤、保湿剤(例えば尿素、ヒアルロン酸)等、通常の香粧品原料として使用されている添加剤を適宜配合して、常法に従って得ることができる。
【0025】
本発明のアルドース還元酵素阻害剤を医薬品に調製するまたは配合する場合には、必要により各種添加剤を配合し、溶媒抽出物を適量含有させて、各種剤形の医薬品として調製することができる。例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、エキス剤等の経口医薬品として、あるいは、軟膏、眼軟膏、ローション、クリーム、貼付剤、坐剤、点眼薬、点鼻薬、注射剤といった非経口医薬品として、提供することができる。これらの医薬品は、各種添加剤を用いて常法に従って製造すればよい。使用する添加剤には特に制限はなく、通常用いられているものを使用することができ、その例としてはデンプン、乳糖、白糖、マンニトール、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩等の固形担体、蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、エタノール等のアルコール、またはプロピレングリコール、ポリエチレングリコール等の液体担体、各種の動植物油、白色ワセリン、パラフィン、ロウ類等の油性担体等が挙げられる。
【0026】
また、本発明のアルドース還元酵素阻害剤を用いて飲食品、香粧品または医薬品を調製する場合には、他のアルドース還元酵素阻害剤やメラニン産生抑制剤、例えば、アスコルビン酸、ハイドロキノン、コウジ酸、プラセンタエキス、アルブチンや、あるいは、火棘、キョウニン、カリン、ヒノキ、ジャスミン、ヤワーピリーピリなどの植物の抽出成分などとあわせて用いることができる。このような植物抽出成分と本発明の溶媒抽出物配合割合は、一概には云えないが、重量割合で通常約1:9〜9:1である。
【0027】
本発明によれば、ブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物中のアルドース還元酵素阻害剤の有効成分には、次式:
【0028】
【化3】

【0029】
で表されるエラグ酸、および次式:
【0030】
【化4】

【0031】
(式中、Rhamはラムノース残基を表す)
で表されるイソケルシトリンが含まれる。エラグ酸がアルドース還元酵素阻害作用を有する事実は新知見である。なお、エラグ酸およびイソケルシトリンは、現在までに見つかったアルドース還元酵素阻害活性成分であり、ブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物中には他にも阻害活性成分が存在する可能性は残っている。
【0032】
したがって、本発明の第二の態様では、上記式で表されるエラグ酸及び、場合により上記式で表されるイソケルシトリン、さらに場合によりさらなるアルドース還元酵素阻害成分を活性成分として含有するアルドース還元酵素阻害剤も提供する。上記式の化合物はいずれも、生体で分解して上記式の化合物を生じる前駆体として、本発明のアルドース還元酵素阻害剤中に存在してもよい。
【0033】
本発明の第二の態様のアルドース還元酵素阻害剤も、前記第一の態様のアルドース還元酵素阻害剤と全く同様に、飲食品、香粧品または医薬品を調製に用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
実験方法・試料
各年代のシングルカスクス及びオーク材チップは、出願人のウイスキー製造現場から調達した。ウイスキー及びオーク材に含まれる種々の化合物(図2)はSigma、和光純薬、東京化成より購入した。ブタ眼球は日本ハム、Wister系オスラットは清水実験材料より購入した。
【0035】
アルドース還元酵素はブタ眼球より既に論文にて公表した方法(Recent Res. Devel. in Agricultural & Biological Chem. (1997) 1; 147-160の148頁、「Preparation of Lens Aldose Reductase」を参照)により調製し、組換えヒト型アルドース還元酵素は和光純薬より購入し、基質(グリセルアルデヒド)および補酵素(NADPH)と反応させ、NADPH の消費量(酸化速度)を340nm にて測定した(アルドース還元酵素活性の測定法の詳細については、Recent Res. Devel. in Agricultural & Biological Chem. (1997) 1; 147-160の149頁、「Assay of Reductase Activity」を参照)。
実施例1 ウイスキーのアルドース還元酵素阻害作用
18年熟成したウイスキー、ウーロン茶、ビールおよび緑茶のコンジェナー(これらから水を除去し、酒類ではアルコールも除いた粉末物)を、5μl /mlの量で反応液に加え、コンジェナーの代わりに緩衝液を加えたコントロールに対する、アルドース還元酵素(AR)阻害活性を調べた。その結果、ウイスキーでは80〜90%のAR阻害活性が認められ、ウーロン茶では約40%程度の阻害活性が認められたが、ビールおよび緑茶では阻害活性は認められなかった(図3)。
【0036】
次に、ウイスキー、焼酎、ビール、赤ワイン、日本酒につき、ウイスキー・コンジェナーのAR阻害作用を100とした時の各酒コンジェナーの阻害作用を比較した。結果を図4に示す。ウイスキーのアルドース還元酵素阻害作用は、他の酒類に比べて圧倒的に強かった。
実施例2 アルドース還元酵素阻害作用とウイスキー樽熟成年数との相関
熟成期間の異なるウイスキーのシングルカスクス(一つの樽からのウイスキー原液)を、アルドース還元酵素の反応液に添加し、熟成期間とアルドース還元酵素阻害作用の関係を調べた。全反応液に対して1%になるようにシングルカスクスを加えた。コントロールには60% EtOHを1%になるように用いた。コントロールのAR阻害%は0であった。熟成期間と阻害率の関係を図5に示す。
実施例3 ウイスキー中のアルドース還元酵素阻害作用成分
スパニッシュ・オークはコモン・オークとも呼ばれその学名はQuercus robur L.であり、アメリカン・オークはホワイト・オークとも呼ばれその学名はQuercus albaであり、ミズナラの学名Quercus crispula BLUMEである。ウイスキー及びQ. robur、 Q. albaに認められる化合物からアルドース還元酵素阻害物質を検索した。文献的にこれらに含まれることが知られている化合物中から図2の構造式で示されるものを入手して、アルドース還元酵素阻害作用を調べた。
【0037】
現在までに判明した結果では、エラグ酸に阻害作用が認められ、実施例1の直前に記載した試験系で、100 M 濃度のとき65% の阻害活性を示した。
【0038】
なお、 Quercus属植物には多くの複雑な構造を有するタンニンが含まれる。これらはタンパク質との吸着があるためアルドース還元酵素阻害も考えられる。また、 Q. robur にはイソケルシトリンが見い出されており、このようなフラボノイド配糖体はアルドース還元酵素阻害作用を有する。フラボノイドやクマリンの有無の検討も必要であろう。
実施例4
以下に示す方法で、本発明の溶媒抽出物を含む医薬品を製造した。
錠剤
ホワイトオークのチップ1kgをステンレス容器に入れ、エタノール濃度が60容量%の水溶液30Lを加え、60℃で3時間攪拌した。得られた抽出液から溶媒を除去し、15gのホワイトオーク抽出物(乾燥品)を得た。
【0039】
この乾燥品5gに、乳糖490g及びステアリン酸マグネシウム5gを混合し、単発式打錠機にて打錠し、直径10mm、重量300mgの錠剤を製造した。
顆粒剤
上述の錠剤を粉砕、整粒し、篩別して20−50メッシュの顆粒剤を得た。
実施例5
実施例4と同様の方法でホワイトオーク抽出物を調製し、以下に示す組成にて、本発明の溶媒抽出物入りの、各種飲食品を製造した。下記組成中のホワイトオーク抽出物(乾燥品)は実施例4で得たものである。

(組成) (重量部)
粉末ソルビトール 99.7
香料 0.2
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
ソルビトールシード 0.05
全量 100
キャンデー
(組成) (重量部)
砂糖 47.0
水飴 49.76
香料 1.0
水 2.0
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.24
全量 100
トローチ
(組成) (重量部)
アラビアゴム 6
ブドウ糖 73
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
リン酸第二カリウム 0.2
リン酸第一カリウム 0.1
乳糖 17
香料 0.1
ステアリン酸マグネシウム 3.55
全量 100
ガム
(組成) (重量部)
ガムベース 20
炭酸カルシウム 2
ステビオサイド 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
乳糖 76.85
香料 1
全量 100
キャラメル
(組成) (重量部)
グラニュー糖 32.0
水飴 20.0
粉乳 40.0
硬化油 4.0
食塩 0.6
香料 0.02
水 3.22
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.16
全量 100
ゼリー(コーヒーゼリー)
(組成) (重量部)
グラニュー糖 15.0
ゼラチン 1.0
コーヒーエキス 5.0
水 78.93
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.07
全量 100
アイスクリーム
(組成) (重量部)
生クリーム(45%脂肪) 33.8
脱脂粉乳 11.0
グラニュー糖 14.8
加糖卵黄 0.3
バニラエッセンス 0.1
水 39.93
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.07
全量 100
カスタードプリン
(組成) (重量部)
牛乳 47.51
全卵 31.9
上白糖 17.1
水 3.4
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.09
全量 100
水ようかん
(組成) (重量部)
赤生あん 24.8
粉末寒天 0.3
食塩 0.1
上白糖 24.9
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
水 49.8
全量 100
ジュース
(組成) (重量部)
冷凍濃縮温州みかん果汁 5
果糖ブドウ糖液糖 11
クエン酸 0.2
L−アスコルビン酸 0.02
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
香料 0.2
色素 0.1
水 83.43
全量 100
炭酸飲料
(組成) (重量部)
グラニュー糖 8.0
濃縮レモン果汁 1.0
L−アスコルビン酸 0.10
クエン酸 0.06
クエン酸ナトリウム 0.05
着色料 0.05
香料 0.15
炭酸水 90.55
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.04
全量 100
乳酸菌飲料
(組成) (重量部)
乳固形分21%発酵乳 14.76
果糖ブドウ糖液糖 13.31
ペクチン 0.5
クエン酸 0.08
香料 0.15
水 71.14
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.06
全量 100
コーヒー飲料
(組成) (重量部)
グラニュー糖 8.0
脱脂粉乳 5.0
カラメル 0.2
コーヒー抽出物 2.0
香料 0.1
ポリグリセリン 0.05
脂肪酸エステル
食塩 0.05
水 84.56
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.04
全量 100
アルコール飲料
(組成) (重量部)
50容量%エタノール 32
砂糖 8.4
果汁 2.4
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.2
精製水 57.0
実施例6
実施例4と同様の方法でホワイトオーク抽出物を調製し、以下に示す組成にて、本発明の溶媒抽出物入りの、各種香粧品を製造した。下記組成中のホワイトオーク抽出物(乾燥品)は実施例4で得たものである。
歯磨剤
(組成) (重量部)
第二リン酸カルシウム 42
グリセリン 18
カラギ−ナン 0.9
ラウリル硫酸ナトリウム 1.2
サッカリンナトリウム 0.09
パラオキシ安息香酸ブチル 0.005
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
香料 1
水 36.755
全量 100
洗口液
(組成) (重量部)
ラウリル硫酸ナトリウム 0.8
グリセリン 7
ソルビトール 5
エチルアルコール 15
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
1−メントール 0.05
香料 0.04
サッカリンナトリウム 0.1
水 71.96
全量 100
柔軟香粧品(弱酸性)
(組成) (重量部)
グリセリン 5.0
プロピレングリコール 4.0
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.05
ポリオキシエチレンソルビタン
モノラウリン酸エステル
(20 E.O.) 1.5
ポリオキシエチレンラウリル
エーテル(20 E.O.) 0.5
エタノール 10.0
香料 0.1
染料 微量
防腐剤 微量
紫外線吸収剤 微量
精製水 78.75
エモリエントクリーム
(組成) (重量部)
ミツロウ 2.0
ステアリルアルコール 5.0
ステアリン酸 8.0
スクアラン 10.0
自己乳化型プロピレングリコール 3.0
モノステアレート
ポリオキシエチレンセチルエーテール 1.0
(20 E.O.)
香料 0.5
酸化防止剤 微量
防腐剤 微量
プロピレングリクール 4.8
グリセリン 3.0
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
トリエタノールアミン 1.0
精製水 61.5
エモリエントローション
(組成) (重量部)
ステアリン酸 2.0
セタノール 1.5
ワセリン 3.0
ラノリンアルコール 2.0
流動パラフィン 10.0
ポリオキシエチレンモノオレイン酸 2.0
エステル(10 E.O.)
香料 0.5
酸化防止剤 微量
防腐剤 微量
プロピレングリクール 4.8
グリセリン 3.0
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
トリエタノールアミン 1.0
精製水 70.0
乳液状ファンデーション
(組成) (重量部)
ステアリン酸 2.4
モノステアリン酸プロピレン 2.0
グリコール
セトステアリルアルコール 0.2
液状ラノリン 2.0
流動パラフィン 3.0
ミリスチン酸イソプロピル 8.5
パラオキシ安息香酸プロピル 微量
精製水 64.1
カルボキシメチルセルロースナトリウム 0.2
ベントナイト 0.5
プロピレングリコール 3.8
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
トリエタノールアミン 1.1
パラオキシ安息香酸メチル 微量
酸化チタン 8.0
タルク 4.0
着色含量 微量
香料 微量
育毛ヘアトニック
(組成) (重量部)
エタノール 70.0
センブリエキス 0.2
ビタミンE 0.2
L−メントール 0.4
グリチルリチン 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
サリチル酸 0.5
グリセリン 0.5
香料 微量
精製水 28.0
シャンプー
(組成) (重量部)
アルキルエーテル硫酸 16.0
ナトリウム(AES−Na)
ラウリン酸ジエタノールアミド 4.0
プロピレングリコール 1.9
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
防腐剤 微量
色素 微量
香料 微量
精製水 78.0
リンス
(組成) (重量部)
塩化ステアリルジメチル 1.4
ベンジルアンモニウム
ステアリルアルコール 0.6
グリセリンモノステアレート 1.5
食塩 0.1
ホワイトオーク抽出物(乾燥品) 0.1
精製水 96.3

[発明の効果]
【0040】
本発明により、安全性が高く、安定供給についても問題がなく、且つコンプライアンスの点でも十分な、糖尿病合併症の予防または治療のために日常的に継続して使用できるアルドース還元酵素阻害剤が提供された。
【0041】
本発明のアルドース還元酵素阻害剤は、溶媒としてエタノール水溶液を用いた場合や、原料の植物として、抽出液での飲食経験の豊富なオーク類を用いた場合、経口服用時の安全性にもすぐれていることから、糖尿病合併症の予防または治療のために、飲食品、経口医薬品、口中用の香粧品として好適に用いることができる。従って、溶媒抽出物として、ウイスキーやブランデー、あるいはそれらの濃縮物ならびに乾燥物を用いて、飲食品、経口医薬品、口中用の香粧品に好適に調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】図1は、アルドース還元酵素とポリオール代謝経路との関係を示す。
【図2】図2は、本発明でアルドース還元酵素阻害作用を調べたウイスキー及びオーク材に含まれる種々の化合物の一覧である。
【図3】図3は、各種嗜好品のアルドース還元酵素阻害作用を比較したグラフである。
【図4】図4は、酒類別にアルドース還元酵素阻害剤作用を調べた結果を示すグラフである。
【図5】図5は、ウイスキーの熟成期間とアルドース還元酵素阻害率の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物を含有するアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項2】
抽出物が抽出液、抽出液の濃縮物または抽出液の乾燥物であることを特徴とする請求項1に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項3】
ブナ科コナラ属植物がオーク類であることを特徴とする請求項1または2に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項4】
ブナ科コナラ属植物がオーク類木材からなるチップまたはウイスキーもしくはブランデー熟成用樽の形態であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項5】
溶媒が低級アルコールを含む水溶液であることを特徴とする請求項1〜4 のいずれか1項に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項6】
低級アルコールがエタノールであることを特徴とする請求項5に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項7】
抽出時の溶媒のエタノールの濃度が10〜100容量%であることを特徴とする請求項6に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項8】
溶媒が、エタノール含有物を蒸留したものであることを特徴とする請求項6または7に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項9】
溶媒質物がエタノール含有物を蒸留したものをオーク樽中でオーク樽材と接触させることにより得られることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項10】
接触が、0.5〜30年間で行われたものであることを特徴とする請求項9に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項11】
ウイスキー、ブランデーまたはそれらの濃縮物あるいは乾燥物のいずれかである請求項1に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項12】
次式:
【化1】

で表されるエラグ酸またはその低級カルボン酸エステルまたはそれらの塩、および所望により次式:
【化2】

(式中、Rhamはラムノース残基を表す)
で表されるイソケルシトリンまたはその低級アルコールエステルまたはそれらの塩を有効成分として含有するアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項13】
飲食品、香粧品または医薬品である請求項1〜12のいずれか1項に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項14】
口中用の香粧品または経口医薬品である請求項13に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項15】
経口医薬品が糖尿病合併症の予防または治療剤である請求項14に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項16】
糖尿病合併症が、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症および糖尿病性神経症からなる群から選択される請求項15記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項17】
飲食品または香粧品への添加剤である請求項1〜12のいずれか1項に記載のアルドース還元酵素阻害剤。
【請求項18】
請求項17のアルドース還元酵素阻害剤を添加した、糖尿病合併症予防用の健康飲食品、または香粧品。
【請求項19】
ブナ科コナラ属植物の溶媒抽出物のアルドース還元酵素阻害剤製造のための使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−83138(P2006−83138A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−272039(P2004−272039)
【出願日】平成16年9月17日(2004.9.17)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】