説明

アルファ化デンプン粉の製造方法

【課題】原料穀物を問わずに無加水にて簡単且つ短時間でアルファ化デンプン粉を製造することができる新規技術を提供する。
【解決手段】原料穀物を所定温度以上、たとえば75℃以上に加熱することにより水分を蒸発させてデンプン分子間の水素結合を弱めた状態にし、その直後から、徐々に温度が低くなるような温度勾配条件下で剪断力を与えて粉砕する。剪断条件下での粉砕処理の開始から終了までに8℃以上、さらには10℃以上の温度低下を与えることが好ましい。また、0.5℃/秒以上の速度で温度低下を与えるはいりことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱下で粉砕することにより無加水にて簡単且つ短時間でアルファ化デンプン粉を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルファ化米などのデンプンを主成分とするアルファ化穀物粉は乾燥状態で長期保存が可能であり、蒸煮を必要とせずに、水や湯を加えるだけで美味しく食することができるため、非常食・保存食・アウトドア用食料その他広範な用途に使用され、今後ますますその需要が拡大することが見込まれる。
【0003】
従来は、原料穀粒を水中に懸濁・加熱(すなわち炊飯)により糊化させた後に一気に除水することによってアルファ化穀物粉を製造していたが、本発明者らが開発した新規な技術が特許文献1に記載されている。この従来技術では、原料穀粒を80℃以上、特に100〜200℃の温度に加熱しながら剪断条件下に粉砕してアルファ化穀物粉を製造する。穀粒は、ヒータによって所定温度に加熱された上臼(固定)を通って、所定速度で回転する下臼との間のギャップに供給され、このギャップを通過する間に剪断粉砕される。得られた穀粉はギャップから外方に放出され、受け皿に収容され、その隅部に開口形成された取出口から所定の容器に回収される。この従来技術によれば、穀粒を高温加熱条件で剪断粉砕することにより、簡単に短時間でアルファ化製粉することができ、生産コストも軽減できるものとされている。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明方法を実施するための装置構成の一例を示す概略図である。
【図2】この装置の要部断面図である。
【図3】この装置を用いて米粒を製粉したときの臼の温度分布(温度勾配)を示すグラフである。
【図4】この装置を用いて温度条件を変えて米粒を製粉して得られた米粉の広角X線回析グラフである。
【図5】この装置を用いて米粒を製粉したときの臼の各地点の温度を経時的に示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1は本発明方法を実施するための装置構成の一例を示す概略図である。この装置10は、固定設置される上臼11と、この上臼11との間に所定のギャップ13を介して回転可能に設けられる下臼12とを有する。上臼11は中心に米粒などの原料投入口14を有してリング状に形成されている。投入口14は、上臼11の底面においてギャップ13に通じている。下臼12は上臼11と略同一外径を有する円盤形状に形成されている。
【0011】
下臼12はモータ15により所定速度で回転駆動される。上臼11と下臼12との間のギャップ13はギャップ調整部16の範囲内で調整可能であり、原料とされる穀粒や処理後に得るべき所望の穀粉の大きさなどに応じて0.5〜0.01mm、特に0.1〜0.01mm程度の範囲内で任意に調整される。
【0012】
上臼11にはヒータ17が設けられる。ヒータ17は上臼11の上に原料投入口14を取り囲むように円筒形状に形成されている。ヒータ17は、ヒータコード18を介して温度コントローラ19に接続されており、温度コントローラ19により設定された温度に加熱されることにより、上臼11を加熱する。コンピュータ22は、温度コントローラ19による設定温度(データケーブル23から入力)と、熱電対20による測定温度(データケーブル21から入力)とを比較して、温度制御ケーブル24を介してヒータ制御信号を温度コントローラ19に与える。
【0013】
また、コンピュータ22はモータ制御ケーブル25を介してモータ制御信号をモータ15に与えて、モータ15による下臼12の回転数を制御する。下臼11の回転数は、ギャップ13に投入された穀粒が固定の上臼11と回転する下臼12との間で受ける剪断速度が90〜600sec−1、好ましくは280〜600sec−1となるように設定されることが好ましい。
【0014】
上臼11/下臼12の下方にはこれらの外径より十分に大きな内径を有する受け皿26が設けられる。受け皿26の底面には穀粉落下口27が開口しており、この装置10による処理後の穀粉(米粉など)を受け皿26から落下させ、さらに穀粉落下シュート28を経て所定の容器(図示せず)などに収容させるようにしている。
【0015】
装置10の要部断面図である図2に示されるように、上臼11は、原料投入口14に臨む内面11aから底面11bに至る原料通路11cが断面視においてテーパー状、平面視においては螺旋状に形成されている。前述の熱電対20は、このテーパー状通路11cの上端近傍において収容部29に臨むように上臼11に埋設されている。原料投入口14の下端部には、テーパー状通路11cによって拡大化された収容部29が形成されているので、原料投入口14に投入された原料穀物はギャップ13に入り込んで剪断粉砕される直前にこの収容部29に入り込み、ヒータ17により加熱された上臼11の内面11aからの伝熱ないし放熱によって加熱される。したがって、熱電対20で検出される温度は、原料投入口14に投入される原料穀粒がヒータ17によって加熱されたときの温度を示し、言い換えればギャップ13に送り込まれて上臼11と下臼12とにより剪断粉砕される直前の温度を示す。上臼11および下臼12の各ギャップ13に臨む面には、原料穀物に対する剪断力を増大させるために円周方向と交わる方向に延長する多数条の凹溝が形成されている。
【0016】
次いで、この装置10を用いて行うアルファ化製粉処理について説明する。まず、ギャップ調整部16を介して上臼11と下臼12との間のギャップ13を、原料穀粒や処理後の穀粉の大きさなどに応じて0.5〜0.01mm、特に0.1〜0.01mm程度の範囲内で任意に調整する。また、温度コントローラ19によりヒータ17を所定温度(たとえば100〜140℃の範囲内で10℃刻みで設定可能)に加熱し、その熱伝導によって上臼11を加熱する。また、コンピュータ22によって制御された回転数でモータ15が駆動され、前記所定の剪断速度を与えるように下臼12を回転させる。
【0017】
以上で装置10の準備が完了するので、原料穀粒を投入口14に投入して処理を開始する。ヒータ17は既に所定温度に加熱されており、これによって上臼11も加熱されているので、穀粒はヒータ17および投入口14を通過し、さらにテーパー状通路11cないし収容部29を通過する間に該ヒータ温度に対応した温度に加熱され、その直後に、下臼12との間のギャップ13に送り込まれ、固定の上臼11と回転する下臼12との間で剪断力を受けて粉砕される。剪断粉砕によって得られた穀粉(米粉)はギャップ13の側方から放出されて受け皿26に収容され、落下口27および落下シュート28を経て所定の容器(図示せず)に回収される。
【実施例】
【0018】
米粒を原料として上記構成の装置10を用いて実際に製粉処理を行った。使用した装置10において、上臼11および下臼12はいずれも外径寸法が50mm(半径25mm)であり、その中心に口径10mmの投入口14を有し、臼間のギャップ13は0.01mm(10μm)に調整した。また、上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから5mmの範囲に亘って形成されている(図2)。
【0019】
この装置10では、前記特許文献1記載の装置のように上臼を全面的に加熱するものではなく、穀粒投入口14を取り囲むように円筒形状のヒータ17を設けて上臼11の中心部のみを加熱するものであるため、上臼11は中心部から外周部に向けて徐々に温度が低くなる温度勾配を有している。これを確認するため、テーパー状通路11cの上端近傍に設置した熱電対20とは別に、図2に示すように、この熱電対20の位置から外方にそれぞれ5mm(テーパー状通路11cの下端地点=ギャップ13の始端)、10mm(ギャップ13の中途地点)および20mm(臼11,12の外周位置=ギャップ13の終端)だけ離れた各位置に熱電対30〜32を設け、これら各位置の温度を測定した。図2では熱電対20,30〜32がギャップ13の中に位置するように示されているが、実際には、上臼11の表面から厚さ方向に貫通する穴を開け、この穴の最奥に熱電対20,30〜32を埋設している。したがって、これら熱電対20,30〜32は原料穀物が通過するテーパー状通路11cおよびギャップ13に臨むように設けられているので、これら熱電対による検出温度は各設置位置における原料穀物の温度とほぼ同一である。
【0020】
この装置10において、温度コントローラ19による設定温度を変えて各設定温度条件下で各熱電対位置の温度を測定した。その結果を表1および表2に示すと共に図3に示す。表1および図3(A)はヒータ17を設定温度80℃、100℃および120℃に加熱したときの各熱電対による測定温度を示し、表2および図3(B)はこの状態から実際に米粒を投入して下臼12を回転させて3000秒間剪断粉砕処理した後の各熱電対による測定温度を示す。
【0021】
【表1】

【表2】

【0022】
これらの図表から明らかなように、処理前(表1,図3(A))も処理後(表2,図3(B))も、中心部から外周部に向けて徐々に温度が低くなる温度勾配を有することが確認された。そして、ヒータ17を80℃、100℃および120℃のいずれに加熱して剪断粉砕処理を行った場合にも、原料の米粒が糊状になって上臼11/下臼12の剪断面に付着することなく、効率的な製粉処理を長時間に亘って連続的に行うことができた。
【0023】
この試験により、加熱した原料穀粒を剪断条件下でアルファ化する際に、上臼11を全面的に加熱するのではなく、加熱した原料子穀物をその直後から徐々に温度が低くなる温度分布を与えながら剪断粉砕することが有益であることが確認された。すなわち、前記特許文献1では、穀粒を80℃以上、好ましくは100〜200℃以上に加熱しながら剪断条件下に粉砕することがアルファ化デンプンを効率的に製造する上での必須条件であるとされているが、その後の本発明者らによる実験と研究により、剪断粉砕処理開始直前に穀粒を所定温度以上に加熱することが必要であるが、剪断粉砕処理を受けている過程ではむしろ穀粒の温度が徐々に低下していくことが好ましいことが判明した。
【0024】
また、この試験で得られた米粉を広角X線回析(回析角度2θ)にかけたところ、図4に示す結果が得られた。この結果から、熱電対20の温度(加熱後ないし剪断粉砕処理開始直前の原料穀物の温度)が少なくとも75℃以上の場合にはいずれも十分にアルファ化されており、且つ、温度が高いほどアルファ化が進行していることが確認された。ヒータ17を作動させない場合(室温=25℃)および−15℃に冷却した場合についても同様に試験したが、シャープなピークが残っていることから、アルファ化していないことが確認された。
【0025】
なお、本明細書では、デンプン分子鎖間の水素結合が水の蒸発過程で脆弱化して結晶が完全に崩れた(非晶化した)状態をアルファ化と定義する。アルファ化の判断は主として広角X線回析で行い、広角X線回析においてシャープなピークが消えた状態であればアルファ化しており、シャープなピークが残っている状態はまだアルファ化していないものと考えることができるが、より明確に判断するには示差走査熱量測定(以下「DSC測定」)によりデンプン穀物と水との存在下での糊化(アルファ化)時に吸収される熱量を測定する手法を併用することが有用である。具体的には、アルファ化されていない場合ではDSC測定において明確な吸熱ピークが観測され、アルファ化されている場合はこの吸熱ピークが観測されない。この吸熱ピークはアルファ化の程度(アルファ化度)と相関があり、アルファ化の程度が高いと吸熱量が小さくなることが分かっている。
【0026】
なお、図4のグラフで室温から75℃までの間のデータが無いのは、この間の温度域では上下臼11,12間の摩擦熱が熱電対20による測定温度に影響してしまい、剪断粉砕処理開始直前の温度を厳密に測定することができないことから、この間のデータを取ることができないためであるが、75℃と室温の場合の結果の比較から、剪断粉砕処理開始直前の原料穀物温度が75度未満、特に70度未満であるとアルファ化が不完全になるものと推測される。これらから、剪断粉砕処理開始直前の原料穀物温度とアルファ化の進行度(アルファ化度)とが相関しており、剪断粉砕処理開始直前の原料穀物温度を変えることによってアルファ化度を制御可能であることが確認された。
【0027】
図5は、ヒータ17を作動させない場合、およびヒータ17を設定温度80℃、100℃および120℃で作動させた場合において、熱電対20,30,31,32による測定温度(t20,t30,t31,t32)の変化を時系列で示すグラフであり、同図(A)は原料穀物を投入しない場合、同図(B)は実際に米粒(水分含有量16.33%)を投入した場合を示す。原料穀物を投入せずに(図5(A))、ヒータ17を80℃、100℃および120℃に加熱した状態で装置10を運転した場合、それぞれ投入当初から剪断粉砕処理が進行するにつれて徐々に温度が低下していることが確認できる(熱電対測定温度t20>t30>t31>t32)が、経時的な温度変化(温度低下)は微小であることが分かる。実際に米粒を投入して剪断粉砕処理を行った場合(図5(B))については、糊化(アルファ化)に伴って粘性が増すために摩擦が小さくなっていくので米粒無しで測定した場合(図5(A))と比べて特に熱電対30,31,32による測定温度(t30,t31,t32)が低下しているものの、同様に経時的な温度変化は微小である。このことは表1および図3(A)に示す温度よりも表2および図3(B)に示す温度が各熱電対地点において若干高くなっているもののそれほど大きな差にはなっていないことにも符号している。これらのことから、本発明によるアルファ化処理において、摩擦熱の影響は微小であり、且つ、摩擦熱の影響を受けるとしても中心部から外周部に向けて徐々に低くなる温度勾配が存在することが確認された。
【0028】
なお、実際に米粒を投入して剪断粉砕処理を行った図5(B)においては、併せて、ヒータ17を作動させずに装置10を運転した場合のデータも示されているが、この場合、処理開始後短時間で60℃程度に上がるもののその後の温度上昇はほとんど無く、このような温度域では水分量の低下が不十分でデンプン分子鎖間の水素結合を弱めることができないため、アルファ化には至らないことを示している。このことは図4において室温が示すデータによっても実証されている。
【0029】
また、原料穀物に温度勾配を与えながら剪断粉砕する本発明の処理によれば、剪断粉砕処理の間に上下臼11,12の間で米粒が糊状になってこれらの面に固着してしまう現象は見られなかった。これは概ね次の理由によるものと推測される。すなわち、本発明処理によれば、原料穀物がある程度の温度(たとえば75℃以上)まで加熱されることで原料穀物内の水分が蒸発してデンプンの分子鎖間の水素結合が弱められており、その後、その状態を維持したまま剪断力を受けて粉砕されることによりアルファ化される。ここで注目すべきは、原料穀物には、投入時に加熱(以下「予備加熱」と言う。)された後もなおある程度の含有水分が残存しているということである。たとえば当初12〜15%程度の水分量の原料穀物を本発明処理によって予備加熱後に剪断粉砕処理した結果得られた米粉は5%程度の水分量を保持しており、このことから、予備加熱後の原料穀物には10%程度ないしこれより若干少ない程度の水分量が残存しているものと推測される。そして、この程度まで水分量が減少されてデンプン分子鎖間の水素結合が脆弱になっている状態で強い物理的な剪断力を受けることで効率的にアルファ化が進行するものと考えられる。
【0030】
ここで重要なことは、一つは、原料穀物を所定温度以上に予備加熱して一定程度まで水分量を低下させることによりデンプン分子鎖間の水素結合を弱めた「直後」に剪断粉砕処理を開始することであり、もう一つは、「温度勾配を与えながら」剪断粉砕処理を進行させることである。
【0031】
前者について言えば、あらかじめ米粒を乾燥機内で乾燥させて10%程度またはそれより若干少ない程度の水分量にしたものを原料として剪断粉砕処理に投入した場合は、温度勾配を与えながら剪断粉砕処理を行ったとしても(もちろん特許文献1記載のように80℃以上の温度を維持した状態で剪断粉砕処理を行っても)アルファ化が実現しないことを確認している。本発明処理によるアルファ化は、剪断粉砕直前まで加熱され、水分の蒸発によりデンプン分子間の水素結合を弱めておき、その「直後」に強い物理的剪断力を与えることが重要であり、言い換えれば、デンプンが主成分である穀物に対して、加熱による水分蒸発の「直後に」物理的な変形を与えることが本質的なメカニズムである。
【0032】
また、投入部での予備加熱後に急激に温度が低下すると、予備加熱によって脆弱になったデンプン分子同士が水分子を介さずに互いの水素結合によって再度強固に結合してしまい、剪断粉砕処理によるアルファ化を阻害する要因になることが考えられる。したがって、投入部で所定温度以上に予備加熱した「直後」から剪断粉砕処理を開始することが効率的にアルファ化を進行させる上で重要である。
【0033】
後者について言えば、特許文献1に記載される従来技術との対比が重要である。この従来技術では上臼全面を80℃以上に加熱するので、この場合でも、投入時の原料穀物はデンプン分子鎖間の水素結合が脆弱化されて非晶化(アルファ化)されており、この点では本発明処理の場合と同様である。しかしながら、この従来技術によると、粉砕処理中も一定の高温に維持されるため、必要以上に水が多いと非晶化したデンプン分子が水を吸ってしまって糊状になり、臼面に固着するものと考えられる。また、この従来技術では、粉砕処理中、一定の高温が維持されると共に原料穀物に加えられる物理的剪断力も一定であるので、本来であればこの程度の水分量では糊状(ご飯を炊いたような状態)にはなり得ないはずの原料穀物が一定条件で炊飯されたと同様の状態が一定時間継続するために糊状になってしまうことも一因であると考えられる。
【0034】
これに対し、本発明では、前述のように、剪断粉砕処理が始まる前に穀粒を所定温度以上に加熱してデンプン分子鎖間の水素結合を脆弱化させ非晶化(アルファ化)した後、剪断粉砕処理を受けている過程では温度が徐々に低下していくので、非晶化したデンプン分子の運動が拘束され、余分な吸水が抑制されるため、結果として糊状になることが防止されるものと考えられる。また、物理的剪断力が一定であっても炊飯条件(温度と水分量の関係)が徐々に変化し、糊状になり得る条件バランスが崩れるため、上記従来技術のように一定の炊飯条件が継続する場合とは異なり、臼面への固着が生じないものと考えられる。したがって、本発明のもう一つの本質的な条件として、「温度勾配を与えながら」剪断粉砕処理を進行させることが要求されるのである。
【0035】
ここでの「温度勾配」とは、剪断粉砕処理開始直前の温度(熱電対20による測定温度)から剪断粉砕処理終了時点の温度(熱電対32による測定温度)まで実質的な温度低下があることを意味し、好ましくは剪断粉砕処理開始から終了までの温度低下は8℃以上、より好ましくは10℃以上である。また、前述の実施例において米粒投入から剪断粉砕処理を終えて臼11,12から米粉となって出て来るまでの時間を実測したところ約20秒であったことから、表2の各ヒータ測定温度における熱電対20の測定温度から熱電対32の測定温度を引いた温度差を処理時間20秒で割って温度低下速度を算出すると、次の結果が得られる。この結果から0.5℃/秒の速度で温度低下するような温度勾配条件下で剪断粉砕処理することが好ましいことが確認された。
ヒータ設定温度80℃:(88.37−79.02)/20=0.4675℃/秒
ヒータ設定温度100℃:(108.58−95.08)/20=0.675℃/秒
ヒータ設定温度120℃:(126.70−112.51)/20=0.7095℃/秒
【0036】
なお、臼間で剪断粉砕された後にギャップ13から放出されるときの出口温度(熱電対32による測定温度)は特に限定的ではない。すなわち、本発明処理によれば、所定温度以上への予備加熱による水分蒸発でデンプン分子同士の水素結合を脆弱化させた「直後」に「温度勾配を与えながら」物理的剪断力を与えてアルファ化を経時的に進行させることが必須の処理条件であり、実質的に経時的な温度勾配が与えられている限りにおいて、予備加熱時の所定温度(熱電対20による測定温度)以上の温度を維持したまま剪断粉砕処理を終了しても、該温度よりも低い温度で剪断粉砕処理を終了しても、いずれであっても十分にアルファ化を実現させることができ、且つ、上記したようなメカニズムによって糊化が防止されるので剪断粉砕処理時に原料穀物が臼面に固着する現象も防止することができる。たとえば、図4に示す実施例では、ヒータ17の設定温度が105℃、99℃および91℃の場合は出口温度(距離20mmの地点の温度=熱電対32による測定温度)が75℃よりも高く、ヒータ設定温度が85℃の場合は出口温度が約75℃であり、ヒータ設定温度が75℃の場合は出口温度が約65℃であったが、いずれの場合も臼面への固着を生ずることなくアルファ化を実現しており(図4)、出口温度が限定的でないことが実証されている。
【0037】
また、図5(B)のグラフに示す結果は実際に米粒を投入した場合であるが、この米粒はいわゆる新米であって水分含有量が16.33%と高い。本発明によれば、このように水分含有量の高い原料穀物であっても効率的なアルファ化製粉処理が可能であることが実証されている。
【0038】
以上に本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に規定される発明の範囲内において種々の変形・変更をなし得るものである。
【0039】
図1および図2に示す装置は本発明方法を実施するために使用し得る一例にすぎず、本発明方法を実施することができるものであれば他のいかなる装置を使用しても良い。たとえば、原料穀物に剪断力を与えて粉砕するための装置としては、実施例で使用した図示の臼装置のほか、相対的に回転する2つのローラの間の微小ギャップに原料穀物を通過させる間に剪断粉砕する装置構成や、小径の円筒形または円柱形部材と大径の円筒形部材とを同心に配置させて相対回転させ、小径部材の外側と大径部材の内側との間の微小ギャップに原料穀物を通過させる間に剪断粉砕する装置構成などを採用することが可能である。
【0040】
剪断粉砕処理の進行につれて温度勾配を持たせるための装置構成については、図示のように臼として構成された装置10において原料穀物の投入口14を取り囲むように円筒形状のヒータ17を設けることが簡単で好適であるが、そのほか、たとえば上臼11の上にリング状に複数のヒータを同心に配置してこれらヒータの温度を中心から外側に向けて徐々に低くなるように設定する装置構成を採用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、アルファ化されたデンプン(穀物粉)を効率的に、短時間で、且つ低コストで製造するための新規技術として有用である。ここでいうアルファ化デンプンは、デンプンが主成分である穀物類、たとえば米、小麦、大豆、小豆、そば、芋類、豆類、とうもろこし類などのすべてを対象としており、本発明により簡便且つ短時間でこれらをアルファ化製粉することができる。したがって、従来は煮るなどの前工程が必要であった加工、たとえば小豆からの飴、芋類からのマッシュポテトなどの加工処理が冷水の加水のみで可能となり、煮るなどの工程を省いて製造可能となる。
【0042】
さらに、本発明によれば新米など水分量が多い(たとえば16%またはそれ以上)原料穀物や、カボチャなど原料穀物自体が粘着性の大きいものであっても、臼面への固着を生ずることなくアルファ化製粉することができ、広範な原料穀物を処理対象とすることができると共に、おいしく高品質なアルファ化デンプン粉を提供することが可能となる。
【0043】
さらに、本発明によれば粉砕条件を任意に選択することで、様々なアルファ化度のアルファ化デンプンを製造することができるため、冷水に対する膨潤性の異なる穀物類を製造することができる。すなわち、様々な生地粘度を有する穀物粉を任意に作成可能である。このことは、たとえば米粉100%パンなど従来は生地に粘りが乏しく製パンが実際上不可能であると考えられてきたものや、100%蕎麦における「つなぎ」などについても、本発明により得られるアルファ化デンプンを粘度調整剤として応用することが可能となる。
【0044】
さらに、本発明によれば簡単且つ瞬時にデンプンをアルファ化することができることから、煮るという前工程が必要とされていたすべての加工処理についてその必要をなくすことができ、きわめて広い応用範囲を有する。たとえば、工業材料としての用途として、生分解性樹脂の原料である乳酸を合成する際のデンプンの糖化、プラスチック材料/デンプンコンポジット材料などにおいて、本発明から得られるアルファ化デンプンを用いれば、該前工程が不要となり、従来技術が必要としていた炊飯などのアルファ化工程を省略することができるため、コスト面や工程面においてメリットが大きい。その他、酒造過程における発酵、味噌製造時の麹発酵などの際に、従来はデンプンが主原料である穀物類、たとえばとうもろこし、米、小麦粉などを煮る(炊飯)という前工程を必ず要していたが、本発明によって得られるアルファ化デンプンを用いれば、該前工程が不要となり、同様にコスト面や工程面において多大な優位性がある。
【0045】
このように、本発明で得られるアルファ化デンプンは、食品としての応用はもちろんのこと、工業材料としての応用性も幅広く期待できるものであって、本発明は幅広い産業分野において著しく高い利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料穀物を所定温度以上に加熱することにより水分を蒸発させてデンプン分子間の水素結合を弱めた状態にし、その直後から、徐々に温度が低くなるような温度勾配条件下で剪断力を与えて粉砕することを特徴とするアルファ化デンプン粉の製造方法。
【請求項2】
前記所定温度が75℃である請求項1記載のアルファ化デンプン粉の製造方法。
【請求項3】
前記温度勾配は、加熱後の温度から剪断粉砕処理終了時の温度まで少なくとも8℃以上の温度低下を与えるものである請求項1または2記載のアルファ化デンプン粉の製造方法。
【請求項4】
前記温度勾配は、前記所定温度以上への加熱から0.5℃/秒以上の速度で温度低下を与えるものである請求項1ないし3のいずれか記載のアルファ化デンプン粉の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−213472(P2009−213472A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−32725(P2009−32725)
【出願日】平成21年2月16日(2009.2.16)
【出願人】(508046362)
【Fターム(参考)】