説明

アルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法

【課題】電子機器等において、加飾され、耐候性に優れ、生産性のよいアルミニウム合金と樹脂の複合体を効率よく製造する。
【解決手段】アルミニウム合金形状物に特殊表面処理を施し、乾燥し、射出成形金型にインサートする。樹脂としてPBT、PPS、ポリアミド系樹脂をこの射出金型に射出成形することにより、アルミニウム合金形状物と成形された樹脂が強力で安定的に接合した複合体が形成できる。この特殊表面処理に於いて最も重要なヒドラジン水溶液の液寿命、すなわち液の可使用処理面積、をできるだけ延ばし表面処理での量産効率を上げるのに使用液の全量交換をしないという簡易で面白い方法であった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子機器の筐体等に用いられるアルミニウム合金と高強度樹脂の複合体の製造方法に関する。更に詳しくは、アルミニウム合金形状物と熱可塑性樹脂を一体化した複合体の製造方法に関し、特にモバイル用の各種電子機器、家電製品、医療機器、車両用構造部品、車両搭載用品、建築資材の部品、その他の構造用部品や外装用部品等に用いられる耐候性あるアルミニウム合金と樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属と合成樹脂を一体化する技術は、自動車、家庭電化製品、産業機器等の部品製造等の広い産業分野から求められており、このために多くの接着剤が開発されている。この中には非常に優れた接着剤が提案され使用されている。常温、又は加熱により機能を発揮する接着剤は、金属と金属や、金属と合成樹脂を一体化する接合に使われ、現在では一般的な技術である。
【0003】
しかしながら、接着剤を使用しないで接着させる方法も従来から種々研究されてきた。マグネシウム、アルミニウムやその合金である軽金属類あるいはステンレスなど鉄合金類に対しては、接着剤の介在なしで高強度のエンジニアリング樹脂を一体化する方法、例えば、金属側に樹脂成分を射出する等の成形と同時に接着する方法も種々開示されているが、まだ本格的に実用化されている段階ではない。
【0004】
これに関連し、実用化のため、本発明者らは鋭意研究開発を進めてきた。その結果、アンモニア、ヒドラジン、水溶性アミン等の水溶性アミン系化合物の水溶液にアルミニウム合金形状物を浸漬する表面処理をしてからポリブチレンテレフタレート樹脂(以下、「PBT」という)、ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下、「PPS」という)、又はポリアミド樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂組成物と高温高圧下で接触させると射出成形による樹脂成形品とアルミニウム合金形状物の間に特異的に強い接合力の生じることを見出しこの技術を確立した。これに関わる技術について本出願人は、射出によりアルミニウム合金と樹脂を一体化させる構造物とその技術を開示している(特許文献1、2、3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2003−170531号公報
【特許文献2】特開2003−200453号公報
【特許文献3】特開2005−144987号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者等は、前述の発明を使用してアルミニウム合金にPBT、PPS等の合成樹脂を射出接着しその効果を確かめるべく種々の詳細な試験を行った。加えて、モバイル電子機器のケース等の商業生産に備えて前述した表面処理に使用すべき薬品の種類、又その薬液の適切な廃棄、建液頻度について検討してきた。
【0007】
その結果、表面処理用の薬液である水溶性アミン系化合物のうちで商業生産用に最も適していると判断したのはヒドラジンであった。表面処理には数%濃度で効果があり、この濃度の水溶液は臭気が低く、廃棄時に次亜塩素酸ソーダの添加で食塩水となり完全分解ができること等が理由である。アンモニアは高濃度にて効果があるが、高濃度水溶液は臭気がひどい。又、臭気の比較的低い水溶性アミン類の使用も考えられたが、廃棄には硫酸等で中和して硫酸アミンとして廃棄することが想定され、アミン塩が環境にどう影響するかよくは分からなかった。これらも含めてヒドラジン、具体的には工業的に安価に供給される一水和ヒドラジンの使用が好ましいと考えた。
【0008】
実際に数%濃度のヒドラジン水溶液を使用して大量のアルミニウム合金を浸漬処理してみた。通常の鍍金量産ラインでは1日の処理量が1〜2万dmといわれるのでこれと可使用の液能力を比較するためであった。ヒドラジン水槽の液量によるが、600mm×600mm×1100mm高さの水槽に800mm程度に水溶液を張って液量300リットルとし、2万dm処理を目標としたが途中から液処理品の射出接合力が急減し対応できなかった。処理量が少ないと使用薬品量が多くなるだけでなく、新たに調整してヒドラジン水溶液を作り直す時間も作業時間中のかなりの部分を占めることになる。このため本発明者らは鋭意研究開発を行った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記目的を達成するために次の手段をとる。
本発明1のアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法は、
アルミニウム合金からアルミニウム合金形状物を形成する工程と、前記アルミニウム合金形状物をヒドラジン水溶液に浸漬する工程と、前記浸漬工程で処理された前記アルミニウム合金形状物を射出成形金型にインサートする工程と、前記射出成形金型にポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリアミド樹脂から選択される1種以上を主成分とする熱可塑性樹脂組成物を射出する工程とを少なくとも含むアルミニウム合金と樹脂が一体化した複合体の製造において、前記ヒドラジン水溶液の性能が低下したとき、使用済みヒドラジン水溶液の一部を使用して新たなヒドラジン水溶液を調整することで前記ヒドラジン水溶液の量産能力を大きくすることを特徴とするアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法である。
【0010】
本発明2のアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法は、
アルミニウム合金からアルミニウム合金形状物を形成する工程と、前記アルミニウム合金形状物をヒドラジン水溶液に浸漬する工程と、前記浸漬工程で処理された前記アルミニウム合金形状物を射出成形金型にインサートする工程と、前記射出成形金型にポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリアミド樹脂から選択される1種以上を主成分とする熱可塑性樹脂組成物を射出する工程とを少なくとも含むアルミニウム合金と樹脂が一体化した複合体の製造において、前記ヒドラジン水溶液に水酸化アルミニウムを添加することにより、前記ヒドラジン水溶液の量産能力を大きくすることを特徴とするアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法である。
【0011】
[本発明の上記各構成の説明]
以下、前述した本発明の耐候性あるアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法について、その手段を詳述する。アルミニウム合金にポリブチレンテレフタート(PBT)、ポリフェレンサルファイド(PPS)、又はポリアミド樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂組成物を射出成形する技術は、前述した特許文献等に記載されているので、これに関する技術の詳細な説明は省略する。本発明は形式的には前述した複数の特徴を含むが、本質的には同じものである。これらを説明するため、表面処理以外の工程も含む全工程につき、まず標準的な処理法、及び製造法を説明する。次いで表面処理での本処理工程の液性能向上方法を述べる。
【0012】
〔アルミニウム合金形状物の作成〕
アルミニウム合金形状物は、アルミニウム合金で作られ複合体の一部を構成する部品である。アルミニウム合金は、展伸用合金、鋳物用合金に大別される。一方、加工硬化のみにより硬さ、引張強さを高める非熱処理形合金と、熱処理により機械的性質を改善する熱処理合金にも大別できる。非熱処理形合金に属するアルミニウム合金は、Al−Mg系合金、Al−Mn系合金、Al−Mg−Mn系合金等が挙げられる。熱処理形合金に属するアルミニウム合金は、Al-Cu−Mg系合金、Al-Zn−Mg系合金、Al−Mg−Si系合金、及び耐熱アルミニウム合金等がある。鋳物用合金は、さらに金型・砂型・シェル鋳物用とダイ鋳物用等に分けられる。
【0013】
このように、本発明に用いるアルミニウム合金は、多種類のものが知られ、JIS(日本工業規格)で規格化されたA1000〜A7000番系、又ダイカスト用アルミニウム合金のADC1〜12等である。本発明で使用するアルミニウム合金部品は、原則としてこれらの公知のアルミニウム合金を使用する。アルミニウム合金は、素材から鋸加工、プレス加工、フライス加工、旋削加工、放電加工、ドリル加工、鍛造、プレス加工、研削加工、研磨加工等の塑性加工、機械加工により、所望形状を備えたアルミニウム合金形状物に加工される。アルミニウム合金形状物は、射出成形金型へのインサート用の部品となる。
【0014】
必要な形状に仕上げられた物の多くは、機械加工油材が付着しているのが普通である。そのような場合、後述する次工程の脱脂工程に送る前に、トリクレン、メチレンクロライド、イソパラフィン系炭化水素油剤等の溶剤を使用した溶剤脱脂装置を使用して、その表面に付着した加工油剤を除いておくのが好ましい。
【0015】
〔表面処理/脱脂工程〕
アルミニウム合金形状物を表面処理して射出接着に適した処理をする場合、これを3段に分け、脱脂工程、前処理、本処理と称することにする。脱脂工程は、加工油や指油等を除去するのが目的だが、前述したように加工油剤が強固に付着している場合は、この脱脂工程では除去し切れないことが多い。このために前述したように、溶剤脱脂装置に一旦通してからこの脱脂工程へ投入するのが好ましい。アルミニウム合金に加工油等の付着が少なくて油脂付着があるくらいの汚れ具合ならばこの工程から開始する。
脱脂材には市販のアルミニウム合金用脱脂剤が使用できる。市販アルミニウム合金用脱脂剤を湯に投入溶解しメーカー指定の温度と時間、即ち多くは50〜70℃、5〜10分、アルミニウム合金形状物を脱脂剤水溶液に浸漬するのが好ましい。脱脂槽から引き上げたら水洗する。
【0016】
〔表面処理/前処理〕
本発明者らが好ましいと考えている前処理には前処理Iと前処理IIの2種類あり、前処理Iで使用する浸漬用の液は、酸性、塩基性の水溶液である。塩基性液としては、0.5〜3.0%濃度の苛性ソーダ水溶液を35〜40℃で使い、酸性液としては、0.5〜5.0%濃度の塩酸又は硝酸水溶液を35〜40℃に温度制御して使用する。前処理Iは銅や珪素分の少ないA1000番台、A5000番台合金に使用する。一方、前処理IIでは酸性水溶液を主に使用するが、酸性液として硝酸、及び弗化水素酸を含む水溶液や弗化水素酸の誘導体を使用する。
【0017】
前処理IIは、銅や珪素を含むアルミ合金、即ち、JISで規定されたA2000番台、A6000番台、A7000番台、及びADC10、ADC12等の鋳造用合金に使用する。何れにせよ、酸塩基性液に数分浸漬しておおまかにエッチングして表層被膜を化学的に除去し、以降の本処理に適するようにするのが前処理の目的である。水洗してアルミニウム合金形状物を次工程に送る。
【0018】
〔表面処理/本処理〕
前処理を終了したアルミニウム合金形状物をヒドラジン水溶液に浸漬する。これが本発明でいう本処理である。前工程で得たアルミニウム合金形状物の表面を微細エッチングし、且つヒドラジンを吸着させるのがこの工程の目的である。標準の液処理法は、一水和ヒドラジンの2〜10%濃度、好ましくは3〜5%の水溶液を50〜70℃とし、45〜90秒浸漬し、水洗して60〜80℃で熱風乾燥する方法である。
【0019】
〔熱可塑性樹脂組成物〕
次に、本発明で使用する熱可塑性樹脂組成物、及び射出接着について説明する。本発明で使用するのは、PBT、PPS、又はポリアミド樹脂を主成分として含む熱可塑性樹脂組成物である。金属との接合力を長期間保つために、これら樹脂組成物には20〜50%の繊維成分や無機粉末成分、いわゆるフィラーの含有が必須である。フィラーを含有させることにより樹脂組成物の線膨張率を、2〜3×10−5−1として可能な限りアルミニウム合金と同様の線膨張率とする。又、フィラー以外の樹脂成分としては、PBT、PPS、又はポリアミド樹脂単独ではなく、PBTとポリエチレンテレフタレート樹脂(以下、PETという)のコンパウンド、PPSとポリオレフィン系ポリマーのコンパウンド、ナイロン6と芳香族ナイロンのコンパウンドなども好ましい。
【0020】
〔射出成形、射出接合〕
本発明でいう「射出接合」は、射出成形金型にアルミニウム合金形状物をインサートした後、この射出成形金型に熱可塑性樹脂組成物を射出して、この熱可塑性樹脂組成物とアルミニウム合金形状物を固着(接着)することをいう。具体的な射出接合の手順は、最初に前記した熱可塑性樹脂組成物を乾燥機にまず投入して乾燥し、射出成形に備える。射出成形金型を準備し、可動金型を開いてその一方の固定金型に前記の処理をしたアルミニウム合金形状物(部品)をインサートする。アルミニウム合金形状物をインサート後、可動金型を閉め、前記の熱可塑性樹脂組成物を射出する。
【0021】
射出成形後、可動金型を開くと樹脂組成物とアルミニウム合金が接合した複合体である一体化物が得られる。射出成形金型から、この複合体を取り出して固着(接着)は完了する。射出温度は使用する樹脂組成物を通常に射出成形するときと、同一温度か、やや高めの温度が好ましい。その他の成形条件に関しては通常の射出成形に比較して大きく変える必要はないが、接合力(固着力)を上げるために高速高圧の射出条件が好ましい。一方、金型温度はどの樹脂種に対しても120℃以上の高め温度が好ましく、設計面では、ガスを十分に金型から逃がせる構造であること、キャビティーに至る流路を短くしてアルミニウム合金に触れる樹脂の温度が十分高いようにするランナー、ゲート構造であることが好ましい。
【0022】
〔射出接合力の評価〕
本発明で得られるアルミニウム合金と合成樹脂の一体化物は双方が非常に強力に接合している。最も簡単な評価法は、図1に示す形状のアルミニウム合金とPPS系樹脂とで一体化物を得て、引っ張り試験機で両端を引っ張り破断し、その破断力を測定することである。本発明者らは、射出接合力測定用のPPS系樹脂としてガラス繊維を約20%と、ポリオレフィン系樹脂及び相溶化剤を含む後記実施例で述べるPPS系樹脂を使用することが多かった。この樹脂を使用しての射出接合は非常に強力で且つ安定的であったので、液処理したアルミニウム合金側の評価を下すのに適していたのである。
【0023】
又、種々の形状のアルミニウム合金形状物を順次大量に表面処理するに当たり、厚さ1.6mmで18mm×45mmの小型アルミニウム片数個を同時に表面処理し、表面処理後の小型アルミニウム片の前記PPS樹脂による射出接合とその接合力を評価した。この評価は、接合力が24.5Mpa(250Kgf/cm2)以上のせん断破断力を有する場合において、表面処理が良好であったと判断した。例えば、ヒドラジン水溶液槽を建液して次々と表面処理を進め、処理面積が250dm毎に小型アルミニウム合金片3個を同時処理する。
この小型アルミニウム片を全て射出接合し、引っ張りせん断破断の実験を行う。ここで7250dmの処理面積に当たる小型アルミニウム合金片の一体化物3個のうちの1個でもせん断破断力が低下していたなら、ヒドラジン水溶液の量産能力は7000dmであると判定する。
【0024】
〔量産能力向上を考慮した本処理法〕
本処理液の一例として、一水和ヒドラジン3.5%濃度の水溶液(ヒドラジンとしては2.24%濃度の水溶液)を300リットルとし、これをヒドラジン水溶液槽とした。このヒドラジン水溶液の劣化度を前述した方法で評価したら、次のような結果となった。この液に対し、脱脂工程と前処理工程を経たA5052アルミニウム合金8500dmを処理するまでは何ら射出接合力に遜色はなかったが、これを過ぎて処理したアルミニウム合金では射出接合力が低下した。浸漬時間を延ばすなどの工夫をしても本来の強烈な射出接合力を示すことは難しいとみられたので、ヒドラジン水溶液の量産能力は8500dm/300l(リットル)と判断し、この液は使用済みヒドラジン水溶液と為した。
【0025】
一つの本処理用ヒドラジン水溶液の量産能力向上策は、前記使用済みヒドラジン水溶液を全量廃棄することなく、1/2〜1/3量を残して上澄みをプラスチック製バケツで掬い取って廃棄し、廃棄量にあたる量の新ヒドラジン水溶液を加えて新液とすることである。こうして作った新ヒドラジン水溶液では、その量産性が8500dmよりぐんと向上する。そしてこの水溶液も8500dm程度を処理した後、又同様な廃棄と新たな調整を行う。何回も繰り返すことでヒドラジン水溶液の量産能力は15000〜20000dm/300lに達する。この方法の特異な点は、ヒドラジン水溶液槽の内側に付着する水酸化アルミニウムとみられる白色付着結晶と白色沈殿物を槽内に残し蓄えることであると考えている。
【0026】
もう一つの方法は、市販の高純度水酸化アルミニウム粉末を若干量加えることである。表面処理プラントを設置して最初の処理では当然ヒドラジン水溶液槽の内側は全く清浄であり何も付着していない。それ故、この槽での量産能力は前記した様に低いため、十g程度/300lの水酸化アルミニウム粉末を加えてよくかき混ぜ、早期の処理能力の向上に努めることができる。この場合でも、使用済みヒドラジン水溶液を全量廃棄せず前述のような1/2〜1/3量を残す方法を繰り返した方が早期の量産性向上に好ましい。
【0027】
量産性が向上する理由として本発明者らは以下を想定した。即ち、ヒドラジン(N)と水は水溶液中でヒドラゾニウムイオン(N)と水酸イオン(OH)を平衡反応で生じており、このOHが塩基性の元となっている。
+ HO ⇔ N+ + OH-
【0028】
ただ塩基性は弱くて60℃の一水和ヒドラジン3.5%水溶液にてPHは9.9〜10.0程度である。アルミニウム金属とOHと水は反応してアルミン酸イオン(Al(OH))と水素ガスを生じる。
Al+ OH+3HO → Al(OH)+ 3/2H
【0029】
この反応でアルミニウム合金は微細エッチングされ、一方のOHは消費される。アルミニウム合金の浸漬を繰り返して行くと、OHが減少し塩基性は弱化するが、平衡反応があるのでPHの低下は急激に起こらない。加えて、生じたアルミン酸イオン(Al(OH))は対イオンとなるヒドラゾニウムイオン(N)が強くないので塩としてそれほど安定ではなく、いずれ水酸化アルミニウム(Al(OH))とOHに分解するものとみられる。この分解反応に水酸化アルミニウムが関与すると想像した。
Al(OH)+Al(OH) → 2Al(OH)+ OH
【0030】
アルミン酸イオンが水酸化アルミニウムに変化するこの分解反応が円滑に進むと、OHはどんどん復活するので更にPHの低下速度は低くなる、即ち水溶液は長持ちすると考えた。実際の量産においては、PHが9.4程度まで下がるまで射出接合力の低下は確認できなかった。
【0031】
更に、多量のアルミニウム合金を処理してPH9.2程度にまで処理を続けたとき、この間に得られたアルミニウム合金の射出接合能は、9.8〜24.5Mpa(100〜250Kgf/cm2)の間で射出接合能がバラつきだした。この値がPH9.2以下に下がった液で処理したアルミニウム合金ではもう高強度の射出接合力を得るのは難しかった。試験用アルミニウム合金を量産状態で同時処理してその射出接合能を測定し、せん断破断力で24.5Mpa(250Kgf/cm2)を下回る様子が見られたときに、このヒドラジン水溶液の液寿命が来たと判断する。
【0032】
そのときのPHは9.3〜9.4であった。従って本発明者らは、PH低下を遅らせるにはアルミン酸イオンを速く分解させてその液中濃度を下げるのが良策と考えた。同時に、もしこの分解反応に対し本当に水酸化アルミニウムが触媒的に働くとしたら槽の内壁には反応の繰り返しで次第に水酸化アルミニウムの結晶が付着して行くことは好都合であるから、削り取る必要はないと考えたのである。実際、寿命が来たヒドラジン水溶液を全量廃棄せず、清浄な上部の水溶液の半程度を掬い取って廃棄し、槽の側壁や底部に白色付着物や懸濁部を残してから補填する形で新たに建液してみた。この方法を繰り返しているうちにヒドラジン水溶液の寿命は次第に延びて倍以上になることが分かった。
【0033】
このようにヒドラジン水溶液槽に付着した水酸化アルミニウムは汚れではなく大事な物質であり、水溶液中に懸濁している水酸化アルミニウム結晶も廃棄すべきでないとみられる。ただ、この槽にて溶解するアルミニウム金属量は数万dmのアルミニウムやアルミニウム合金を処理しても数g程度とみられ内壁を白色結晶で覆うには時間がかかる。それ故、水酸化アルミニウムの添加も初期に効果が期待できると考え、実験して確認することができた。
【0034】
時々刻々変化する液中の各種イオンの正確な濃度を測定する手段は水酸イオンを除いて開発するに至らず、反応機構を証拠立てて解明できなかったが、本発明者らの仮説は上記の様なもので繰り返した量産結果の疫病学的推測、統計学的結果から導いたものである。
【発明の効果】
【0035】
以上詳記したように、本発明のアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法は、熱可塑性樹脂組成物とアルミニウム合金形状物とを容易に剥がれることのない一体化できる構造物とし、その効率的な製造技術を確立したものである。即ち、アルミニウム合金形状物に為す表面処理法の量産性向上にごく簡単な方法ながら役立つものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
アルミニウム合金の形状物による実物で種々の試験を行った。その効果を実施例において確認したので、本発明の実施の形態を実施例に代えて説明する。ただし本発明は、実施例に限定されないことはいうまでもない。
【0037】
以下、実施例を示して本発明の一端を示す。
[実施例1]
[PPS樹脂とその樹脂組成物の調整例]
攪拌機を装備する50リットルオートクレーブに、NaS・2.9HO6,214g、及びN−メチル−2−ピロリドン17,000gを仕込み、窒素気流下攪拌しながら徐々に205℃まで昇温して、1,355gの水を留去した。この系を140℃まで冷却した後、p−ジクロロベンゼン7,160gとN−メチル−2−ピロリドン5,000gを添加し、窒素気流下に系を封入した。この系を2時間かけて225℃に昇温し、225℃にて2時間重合させた後、30分かけて250℃に昇温し、さらに250℃にて3時間重合を行った。重合終了後、室温まで冷却しポリマーを遠心分離機により単離した。該固形分を温水でポリマーを繰り返し洗浄し100℃で一昼夜乾燥することにより、溶融粘度が280ポイズのPPSを得た。このPPSを、さらに窒素雰囲気下250℃で3時間硬化を行った。得られたPPSの溶融粘度は、400ポイズであった。
【0038】
このPPSを6.5kgとエチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体1.5kg「ボンダインTX8030(アルケマ社製)」、エポキシ樹脂「エピコート1004(ジャパンエポキシレジン社製)」0.4kgをあらかじめタンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B(東芝機械社製)」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91(日本板硝子社製)」をサイドフィーダーから添加量が20重量%となるように供給しながら、シリンダー温度300℃で溶融混練してペレット化したPPS組成物を得た。得られたPPS組成物を175℃で5時間乾燥し、PPS組成物とした。
【0039】
[アルミニウム合金部品とアルミニウム合金片の用意]
1mm厚A5052アルミニウム合金板を切断して270mm×270mmとし表面積14.6dmの板状部品を多数作成した。浸漬治具を用意し、治具1基当たりこの部品30枚を充填して1治具当たり438dmのアルミニウム合金が充填された形とした。一方、1.6mm厚A5052アルミニウム合金板を切断して18mm×45mmの小型のアルミニウム合金片を多数作成し、その各々の端部に2mmφの穴を開けた。このアルミニウム合金片3個の穴に塩ビカバー銅線を通し銅線を曲げて、片が互いに接触しないようにした上で前記の治具に括り付けた。
【0040】
要するに浸漬治具にアルミニウム合金部品438dmと小型アルミニウム合金片3個が付き、同時に処理する形とした。治具を10基用意し、大量のアルミニウム合金を浸漬処理する準備とした。
【0041】
[アルミニウム合金の表面処理]
市販アルミ脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%濃度で湯に溶かし75℃とした槽(脱脂槽)に前記浸漬治具を7分間浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。次いで40℃の1%塩酸水溶液が入った予備酸洗槽に1分浸漬し、次いで3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。次いで40℃とした1.5%苛性ソーダ水溶液が入ったアルカリエッチング槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。次いで40℃とした3%硝酸水溶液が入った中和槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。ここまでが脱脂工程と前処理工程である。
【0042】
次いで60℃とした3.5%濃度の1水和ヒドラジン水溶液300リットルを入れたヒドラジン水溶液槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。これが本処理工程である。治具ごと大型の温風乾燥機に入れて40℃で10分、67℃で10分間温風乾燥した。治具よりアルミニウム合金部品を全数取り出し廃棄し、一方の小型アルミニウム合金片3個はアルミ箔で包み保管した。
【0043】
この浸漬サイクルに順次新たなアルミニウム合金部品と合金片を乗せて8分サイクルで処理し続けた。処理治具数で言って40治具まで行った。40治具の処理でアルミニウム合金処理量は438×40→17520dmとなる。ヒドラジン槽のPHは、建液直後は10.1であったが20治具後は9.4であり40治具処理後は9.2になっていた。
【0044】
[アルミニウム合金片の射出接合能の測定]
熱可塑性樹脂組成物として前記のPPS組成物を用いる。140℃とした射出成形金型に前記のアルミニウム合金片をインサートし、前記樹脂組成物を300℃の射出温度で射出した。金型を開き、図1に示す形の一体化物を得た。表面処理した各治具毎に得られるアルミニウム合金片3個を順次射出接合し樹脂金属一体化物各3個を得た。
【0045】
射出接合して約20分後に、引っ張り試験機にて一体化物の両端を引っ張り破断し破断力を測定した。各治具毎に付けた小型アルミニウム合金片とPPS樹脂の一体化物の破断力を得て、1個でも24.5Mpa(250Kgf/cm2)以下になったとき、その前の治具までの処理品をOK処理品とした。実際に実施した結果では20治具までOKであった。それ故、ヒドラジン水300リットルは438×20→8760dmであった。
【0046】
[ヒドラジン水溶液の建液と繰り返しの表面処理]
前記の表面処理40治具まで行った翌日にヒドラジン槽だけ以下の方法で新たに調整した。即ち2日目は、綺麗に洗浄したプラスチック製バケツで初日に使用した一水和ヒドラジンの3.5%水溶液を上から何回もかき出して廃棄槽に移し、残液量を120リットルとした。要するに60%を廃棄した。その後に一水和ヒドラジン6.3kgとイオン交換水を加えて全量300リットルとした。前日の処理で槽の内壁に僅かに白い結晶が付着したのでこれを大事にするわけである。液温度を全て制御し、前日と同様に処理を開始した。治具数で20まで処理を行った。前日と同様にアルミニウム合金小片の射出接合試験を行い、引っ張り試験も行って全ての処理がOKであったことを確認した。
【0047】
翌々日(当初から3日目)も前日と全く同様に、ヒドラジン水溶液を部分廃棄しながら建液した。建液直後のPHは9.8であった。20治具まで表面処理をした。同様に、2日目から5日目と6日目の間に2日間の休日を挟み、10日目まで前処理日と同じことを繰り返した。その結果、積算の処理量は40治具+20治具×9→220治具であり96350dmとなった。その結果、ヒドラジン水槽はその内壁にかなりの白色結晶が付着した。
【0048】
[ヒドラジン水溶液の建液と繰り返しの表面処理/2]
10日目の後に2日の休日を挟み11日目の実験は10日目と同様にヒドラジン水溶液を調整したが、表面処理した治具数は50とした。やはり小型アルミニウム合金片を治具に付けて各治具での射出接合能を検査した。その結果、44治具までのアルミニウム合金片から射出接合で得た一体化物の引っ張り破断試験で24.5Mpa(250Kgf/cm2)以下の物は得られなかった。即ち、300リットルのヒドラジン水槽での量産性は438dm×44→19272dmまで向上した。又、この日のヒドラジン槽のPHは、建液食後は9.9であり、44治具後のPHは9.4であった。
【0049】
[実施例2]
[アルミニウム合金の表面処理]
実施例1と同様にアルミニウム合金部品と小型のアルミニウム合金片を作り治具に充填した。そして実施例1と同様に以下の表面処理ラインを用意し浸漬処理を行った。即ち、市販アルミ脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%濃度で湯に溶かし75℃とした槽(脱脂槽)に前記浸漬治具を7分間浸漬し、次いで3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。
【0050】
次いで40℃の1%塩酸水溶液が入った予備酸洗槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。次いで40℃とした1.5%苛性ソーダ水溶液が入ったアルカリエッチング槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。次いで40℃とした3%硝酸水溶液が入った中和槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。
【0051】
次いで3.5%濃度の1水和ヒドラジン水溶液300リットルを入れ、更に水酸化アルミニウム20gを加えて60℃に昇温し、その後5分間以上撹拌しておいたヒドラジン水溶液槽に1分浸漬し、3連続して設置してある水洗槽に順次浸漬して水洗した。治具ごと大型の温風乾燥機に入れて40℃で10分、67℃で10分間温風乾燥した。治具よりアルミニウム合金部品を全数取り出し廃棄し、一方の小型アルミニウム合金片3個はアルミ箔で包み保管した。この浸漬サイクルに新たなアルミニウム合金部品と合金片を乗せて8分サイクルで順次処理した。処理治具数で言って40治具まで行った。
【0052】
熱可塑性樹脂組成物として実施例1で試用した前記のPPS組成物を用い、140℃とした射出成形金型に前記のアルミニウム合金片をインサートし、樹脂組成物を300℃の射出温度で射出した。金型を開き、一体化物を得た。射出接合して約20分後に引っ張り試験機にて一体化物の両端を引っ張り破断し破断力を測定した。各治具毎の破断力を得て1個でも24.5Mpa(250Kgf/cm2)以下になったとき、その前の治具までの処理品をOK処理品とした。実際に実施した結果では29治具までOKであった。実施例1の1日目のデータと比較してOK品の処理量が多くなった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、アルミニウム合金形状物と熱可塑性樹脂組成物の接合後の形状を示した形状図である。
【符号の説明】
【0054】
1…アルミニウム合金形状物
2…熱可塑性樹脂組成物
3…複合体
4…接合面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からアルミニウム合金形状物を形成する工程と、
前記アルミニウム合金形状物をヒドラジン水溶液に浸漬する工程と、
前記浸漬工程で処理された前記アルミニウム合金形状物を射出成形金型にインサートする工程と、
前記射出成形金型にポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリアミド樹脂から選択される1種以上を主成分とする熱可塑性樹脂組成物を射出する工程と
を少なくとも含むアルミニウム合金と樹脂が一体化した複合体の製造において、
前記ヒドラジン水溶液の性能が低下したとき、使用済みヒドラジン水溶液の一部を使用して新たなヒドラジン水溶液を調整することで前記ヒドラジン水溶液の量産能力を大きくすること
を特徴とするアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法。
【請求項2】
アルミニウム合金からアルミニウム合金形状物を形成する工程と、
前記アルミニウム合金形状物をヒドラジン水溶液に浸漬する工程と、
前記浸漬工程で処理された前記アルミニウム合金形状物を射出成形金型にインサートする工程と、
前記射出成形金型にポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリアミド樹脂から選択される1種以上を主成分とする熱可塑性樹脂組成物を射出する工程と
を少なくとも含むアルミニウム合金と樹脂が一体化した複合体の製造において、
前記ヒドラジン水溶液に水酸化アルミニウムを添加することにより、前記ヒドラジン水溶液の量産能力を大きくすること
を特徴とするアルミニウム合金と樹脂の複合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−144795(P2007−144795A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−342491(P2005−342491)
【出願日】平成17年11月28日(2005.11.28)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】