説明

アルミニウム合金導体

【課題】十分な引張強度と導電率を有し、柔軟性、耐屈曲疲労特性に優れたアルミニウム合金導体を提供する。
【解決手段】結晶粒の扁平率が0.6〜1.2であり、かつ、転位密度が25〜500/μmであるアルミニウム合金導体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気配線体の導体として用いられるアルミニウム合金導体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車、電車、航空機等の移動体の電気配線体として、ワイヤーハーネスと呼ばれる銅または銅合金の導体を含む電線に銅または銅合金(例えば、黄銅)製の端子(コネクタ)を装着した部材が用いられていたが、近年の移動体の軽量化の中で、電気配線体の導体として、銅又は銅合金より軽量なアルミニウム又はアルミニウム合金を用いる検討が進められている。
アルミニウムの比重は銅の約1/3、アルミニウムの導電率は銅の約2/3(純銅を100%IACSの基準とした場合、純アルミニウムは約66%IACS)であり、純アルミニウムの導体線材に純銅の導体線材と同じ電流を流すためには、純アルミニウムの導体線材の断面積を純銅の導体線材の約1.5倍にする必要があるが、それでも質量では銅に比べて約半分となるので、有利な点がある。
なお、上記の%IACSとは、万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)の抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%IACSとした場合の導電率を表したものである。
【0003】
そのアルミニウムを移動体の電気配線体の導体として用いるためには幾つかの課題がある。そのひとつは耐屈曲疲労特性の向上である。ドアなどに取り付けられたワイヤーハーネスではドアの開閉により繰り返し曲げ応力を受けるためである。アルミニウムなどの金属材料は、ドアの開閉のように荷重を加えたり除いたりを繰り返し行なうと、一回の負荷では破断しないような低い荷重でも、ある繰り返し回数で破断を生じる(疲労破壊)。前記アルミニウム導体が開閉部に用いられたとき、耐屈曲疲労特性が悪いと、その使用中に導体が破断することが懸念され、耐久性、信頼性に欠ける。
一般に強度の高い材料ほど疲労特性は良好と言われている。そこで、強度の高いアルミニウム線材を適用すればよいが、ワイヤーハーネスはその設置時の取り回し(車体への取り付け作業)がしやすいことが要求されているために、一般的には伸びが10%以上確保できる鈍し材(焼鈍材)が使われていることが多い。
【0004】
よって、移動体の電気配線体に使用されるアルミニウム導体には、取扱い及び取り付け時に必要となる引張強度、及び電気を多く流すために必要となる導電率に加えて、耐屈曲疲労特性に優れ、取り回しがしやすい柔軟な材料が求められている。
【0005】
このような要求のある用途に対して、送電線用アルミニウム合金線材(JIS A1060やJIS A1070)を代表とする純アルミニウム系では、ドアなどの開閉で生じる繰り返し曲げ応力に十分耐えることはできない。また、種々の添加元素を加えて合金化した材料は強度には優れるものの、アルミニウム中への添加元素の固溶現象により導電率の低下を招くこと、アルミニウム中に過剰な金属間化合物を形成することで伸線加工中に金属間化合物に起因する断線が生じることがあった。そのため、添加元素を限定、選択して断線しないことを必須とし、導電率低下を防ぎ、強度及び耐屈曲疲労特性を向上する必要があった。
【0006】
移動体の電気配線体に用いられるアルミニウム導体として代表的なものに特許文献1に記載のものがある。しかし、特許文献1に記載されている発明は、強度が高すぎであり、過度な力をかけずに取り回し可能なアルミニウム合金導体が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−67591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、十分な導電率と引張強度を有し、耐屈曲疲労特性、柔軟性に優れたアルミニウム合金導体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは種々検討を重ね、伸線加工度と、最終熱処理工程での熱処理条件及び冷却条件などを制御することにより結晶粒の形状及び転位密度を制御して、優れた耐屈曲疲労特性、柔軟性、強度、及び導電率を具備するアルミニウム合金導体を製造しうることを見い出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、上記課題は以下の発明により達成された。
(1)結晶粒の扁平率が0.6〜1.2であり、かつ、転位密度が25〜500/μmであることを特徴とするアルミニウム合金導体。
(2)Feを0.01〜0.4mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金導体。
(3)Feを0.4〜1.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金導体。
(4)Feを0.4〜1.5mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金導体。
(5)Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金導体。
(6)Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金導体。
(7)線径0.15〜1.0mmφの前記(1)〜(6)項のいずれか1項のアルミニウム合金導体を素線とし、該素線を撚り合わせた撚線を樹脂層で被覆したことを特徴とするアルミニウム導電線。
(8)移動体内のバッテリーケーブル、ハーネス、またはモータ用導線として用いられることを特徴とする(1)〜(7)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金導体。
(9)前記移動体が自動車、電車、または航空機であることを特徴とする(8)項に記載のアルミニウム合金導体。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアルミニウム合金導体は強度、及び導電率に優れ、移動体に搭載されるバッテ
リーケーブル、ハーネスあるいはモータ用導線として有用である。前記移動体としては、自動車や電車の車両、航空機があげられる。また非常に高い耐屈曲疲労特性が求められるドアやトランク、ボンネットなどにも好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例で行なった繰返破断回数を測定する試験の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のアルミニウム合金導体は、結晶粒の形状及び転位密度を以下のように規定することにより、優れた強度、導電率、柔軟性、及び耐屈曲疲労特性を具備したものとすることができる。
【0014】
(結晶粒の形状)
本発明のアルミニウム合金導体では、線材を構成する結晶粒の形状を規定する。結晶粒の形状は、伸線方向に垂直な方向での最大長さ/伸線方向での最大の長さで与えられる数値(扁平率)で表す。本発明では、扁平率が0.6〜1.2とする。結晶粒は、伸線工程で線材の伸線方向に伸ばされるため、伸線加工後であれば0に近づく。逆に熱処理工程では、再結晶粒が形成されるため、1前後の値となる。扁平率が0.6より小さい場合は、線材の伸びが不足し、電線取り付け時の取り回しに必要な柔軟性が得られない。扁平率が1.2より大きい場合は、材料に異方性が存在し、耐屈曲疲労特性が劣る。扁平率は好ましくは0.7〜1.1、より好ましくは0.8〜1.1である。
【0015】
(転位密度)
本発明のアルミニウム合金導体では、転位密度を25〜500/μmとする。転位とは、材料中の線状の欠陥のことである。転位密度が25/μm未満であると、十分に優れる耐屈曲疲労特性が得られない。転位密度が500/μm超であると、線状の欠陥が導入されすぎであり、断線の原因になる場合がある。また、十分な柔軟性が得られない。転位密度は好ましくは25〜300/μm、より好ましくは50〜150/μmである。
【0016】
このような結晶粒の形状と転位密度を有するアルミニウム合金導体を得るには、アルミニウム合金導体の伸線加工度と、最終熱処理工程での熱処理条件及び冷却条件などを以下のように制御すること、また、好ましくは合金組成を以下のように設定することにより実現できる。好ましい製造方法と合金組成を以下に述べる。
【0017】
(製造方法)
本発明のアルミニウム合金導体は、[1]溶解、[2]鋳造、[3]熱間または冷間加工(溝ロール加工など)、[4]伸線加工、[5]熱処理(中間焼鈍)、[6]伸線加工、[7]熱処理(仕上げ焼鈍)、[8]時効熱処理の各工程を経て製造することができる。
【0018】
溶解は、上述したアルミニウム合金組成のそれぞれの実施態様の濃度となるような分量で溶製する。
【0019】
次いで、鋳造輪とベルトを組み合わせたプロペルチ式の連続鋳造圧延機を用いて、溶湯を水冷した鋳型で連続的に鋳造しながら圧延を行ない、約10mmφの棒材とする。このときの鋳造冷却速度は1〜20℃/秒である。鋳造及び熱間圧延は、ビレット鋳造、及び押出法などにより行なってもよい。
【0020】
次いで、表面の皮むきを実施して、9〜9.5mmφとし、これを伸線加工する。加工度は、1以上6以下が好ましい。ここで加工度ηは、伸線加工前の線材断面積をA、伸線加工後の線材断面積をAとすると、η=ln(A/A)で表される。このときの加工度が小さすぎると、次工程の熱処理時、再結晶粒が粗大化し強度及び伸びが著しく低下し、断線の原因にもなることがある。大きすぎると、伸線加工が困難となり、伸線加工中に断線するなど品質の面で問題を生ずることがある。表面の皮むきは、行なうことによって表面の清浄化がなされるが、行なわなくてもよい。
【0021】
冷間伸線した加工材に中間焼鈍を施す。中間焼鈍は主に伸線加工で硬くなった線材の柔軟性を取り戻すために行なう。中間焼鈍温度が高すぎても低すぎても、後の伸線加工で断線を起し、線材が得られなくなる。中間焼鈍温度は好ましくは300〜450℃、より好ましくは350〜450℃である。中間焼鈍の時間は、10分以上とする。10分未満であると、再結晶粒形成及び成長に必要な時間が足りず、線材の柔軟性を取り戻すことができないためである。好ましくは1〜6時間である。また、中間焼鈍時の熱処理温度から100℃までの平均冷却速度は、0.1〜10℃/分が望ましい。
【0022】
さらに伸線加工を施す。この際の加工度は1以上6以下が好ましい。加工度は再結晶粒形成及び成長に多大に影響を及ぼす。加工度が小さすぎると、次工程の熱処理時、再結晶粒が粗大化し強度及び伸びが著しく低下し、断線の原因になる場合がある。また、転位密度が不足するため、耐屈曲疲労特性が低下する。大きすぎると、伸線加工が困難となり、伸線加工中に断線するなど品質の面で問題を生ずることがある。加工度はより好ましくは2以上6以下である。
【0023】
冷間伸線した加工材に連続熱処理により仕上げ焼鈍を行なう。連続熱処理は連続通電熱処理、連続走間熱処理の2つの方法のいずれかで行うことができる。
【0024】
連続通電熱処理は、2つの電極輪を連続的に通過する線材に電流を流すことによって自身から発生するジュール熱により焼鈍するものである。急熱、急冷の工程を含み、線材温度と焼鈍時間で制御し線材を焼鈍することができる。冷却は、急熱後、水中または窒素ガス雰囲気中に線材を連続的に通過させることによって行なう。線材温度または焼鈍時間の一方または両方が低すぎる場合は、結晶粒の扁平率が所定の範囲を満たさず、車載取り付けの際に必要な柔軟性が得られない。高すぎる場合は、転位密度が所定の範囲より低くなってしまい、耐屈曲疲労特性が低下する。さらに高い場合には、過焼鈍により結晶粒が粗大化し、強度、柔軟性が低下する。よって、連続通電熱処理においては線材温度をy(℃)、焼鈍時間をx(秒)とすると、
0.03≦x≦0.73、かつ
26x−0.6+377≦y≦19x−0.6+477
を満たすように行う。
なお、線材温度y(℃)は、線材として温度が最も高くなる、冷却工程に通過する直前の温度を表す。y(℃)は通常408〜633(℃)の範囲内である。
【0025】
連続通電熱処理では、熱処理後100℃以下に到達するまでの冷却速度を300℃/s以上と定める。これは、冷却速度が遅すぎると転位密度が低くなり、耐屈曲疲労特性が劣る場合があるためである。好ましくは400℃/s以上である。熱処理後の冷却速度Vは、連続通電熱処理において最も温度が高くなる地点と、線材が通過する任意のライン上において、連続通電熱処理後最も早く100℃になる地点間の距離Lと、温度(Tmax、100℃)、ライン線速vを用いて、
V=(Tmax−100)v/L (単位:℃/s)
の式より算出した。上限は特に制限はないが仕上げ焼鈍後の冷却速度は2000℃/s以下が好ましい。
【0026】
連続走間熱処理は、高温に保持した焼鈍炉中を線材が連続的に通過して焼鈍させるものである。急熱、急冷の工程を含み、焼鈍炉温度と焼鈍時間で制御し線材を焼鈍することができる。冷却は、急熱後、水中または窒素ガス雰囲気中に線材を連続的に通過させることによって行なう。焼鈍炉温度または焼鈍時間の一方または両方が低すぎる場合は、結晶粒の扁平率が所定の範囲を満たさず、車載取り付けの際に必要な柔軟性が得られない。高すぎる場合は、転位密度が所定の範囲より低くなってしまい、耐屈曲疲労特性が低下する。さらに高い場合には、過焼鈍により結晶粒が粗大化し、強度、柔軟性が低下する。よって、連続走間熱処理においては焼鈍炉温度をz(℃)、焼鈍時間をx(秒)とすると、
1.5≦x≦5、かつ
−50x+550≦z≦−36x+650
を満たすように行う。焼鈍炉温度z(℃)は、通常300〜596(℃)の範囲内である。
【0027】
連続走間熱処理では、この熱処理後100℃以下に到達するまでの冷却速度を300℃/s以上と定める。これは、冷却速度が遅すぎると転位密度が低くなり、耐屈曲疲労特性が劣る場合があるためである。好ましくは400℃/s以上である。上限は特に制限はないが仕上げ焼鈍後の冷却速度は2000℃/s以下が好ましい。熱処理後の冷却速度Vは、連続送間熱処理において焼鈍炉後端と、線材が通過する任意のライン上において、連続送間熱処理後最も早く100℃になる地点間の距離Lと、温度(Tmax、100℃)、ライン線速vを用いて、
V=(Tmax−100)v/L (単位:℃/s)
の式より算出した。
【0028】
次いで、合金成分によっては耐屈曲疲労特性が向上するため、時効熱処理を行なうと良い。
【0029】
(合金組成)
本発明の好ましい第1の実施態様の成分構成は、Feを0.01〜0.4mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなる。
【0030】
本実施態様において、Feの含有量を0.01〜0.4mass%とするのは、主にAl−Fe系の金属間化合物による様々な効果を利用するためである。Feはアルミニウム中には655℃において0.05mass%しか固溶せず、室温では更に少ない。残りはAl−Fe、Al−Fe−Si、Al−Fe−Si−Mg、Al−Fe−Cu−Siなどの金属間化合物として晶出または析出する。この晶出物または析出物は結晶粒の微細化材として働くと共に、強度、及び耐屈曲疲労特性を向上させる。一方、Feの固溶によっても強度が上昇する。Feの含有量が少なすぎるとこれらの効果が不十分であり、多すぎると金属間化合物の粗大化により、逆に強度、耐屈曲性を低下させ、場合によっては金属間化合物が起点となり断線が生じる。また、過飽和固溶状態となり導電率が低下する。Feの含有量は好ましくは0.1〜0.3mass%、さらに好ましくは0.15〜0.3mass%である。
【0031】
本実施態様において、Mgの含有量を0.01mass%以上0.3mass%未満とするのは、Mgはアルミニウム母材中に固溶して強化すると共に、その一部はSiと析出物を形成して強度、耐屈曲疲労特性、及び耐熱性を向上させることができるためである。Mgの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると導電率を低下させる。また、Mgの含有量が多いと耐力が過剰となり、成形性、撚り性を劣化させ、加工性が悪くなる。Mgの含有量は好ましくは0.05〜0.3mass%未満、さらに好ましくは0.10〜0.25mass%である。
【0032】
本実施態様において、Siの含有量を0.01mass%以上0.3mass%未満とするのは、上記したようにSiはMgと化合物を形成して強度、耐屈曲疲労特性、及び耐熱性を向上させる働きを示すためである。Siの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると導電率が低下する。また、Siの含有量が多いとSi単体の析出が生じ、断線が起こりやすくなる。Siの含有量は好ましくは0.02〜0.25mass%、さらに好ましくは0.04〜0.20mass%である。
【0033】
本実施態様において、Cuの含有量を0.01〜0.5mass%とするのは、Cuをアルミニウム母材中に固溶させ強化するためである。また、耐クリープ性、耐屈曲疲労特性、耐熱性の向上に寄与する。Cuの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると耐食性及び導電率の低下を招く。Cuの含有量は好ましくは0.10〜0.45mass%、さらに好ましくは0.20〜0.40mass%である。
【0034】
本発明の好ましい第2の実施態様の成分構成は、Feを0.4〜1.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなる。
【0035】
第2の実施態様では、Feの含有量を0.4〜1.5mass%とするのは、第1の実施態様で述べたように金属間化合物による様々な効果を利用するためである。Feの含有量が少なすぎると第2の実施態様ではCu、Mgを含まないため引張強度が低く、多すぎると金属間化合物の粗大化により、逆に強度、耐屈曲性を低下させ、場合によっては金属間化合物が起点となり断線が生じる。また、過飽和固溶状態となり導電率が低下する。Feの含有量は好ましくは0.6〜1.3mass%、さらに好ましくは0.8〜1.1mass%である。
【0036】
本発明の好ましい第3の実施態様の成分構成は、Feを0.4〜1.5mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満含有し、残部Alと不可避不純物からなる。
【0037】
第3の実施態様では、上述の第1の実施態様の合金組成と比較してFeの含有量が多く、Cuが含有されていない。Feの含有量を0.4〜1.5mass%とするのは、主にAl−Fe系の金属間化合物による様々な効果を利用するためである。その効果は第1の実施態様で述べた通りである。Feの含有量が少なすぎると第3の実施態様ではCuを含まないため引張強度が低く、多すぎると金属間化合物の粗大化により、逆に強度、耐屈曲性を低下させ、場合によっては金属間化合物が起点となり断線が生じる。また、過飽和固溶状態となり導電率が低下する。Feの含有量は、好ましくは0.6〜1.3mass%、さらに好ましくは0.8〜1.1mass%である。
その他の合金組成とその作用については上述の第1の実施態様と同様である。
【0038】
本発明の好ましい第4の実施態様の成分構成は、Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金導体である。
【0039】
本実施態様においてFeの含有量を0.01〜1.5mass%とするのは、第1の実施態様で述べたように金属間化合物による様々な効果を利用するためである。Feの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると金属間化合物の粗大化により、逆に強度、耐屈曲性を低下させ、場合によっては金属間化合物が起点となり断線が生じる。また、過飽和固溶状態となり導電率が低下する。Feの含有量は好ましくは0.15〜1.1mass%、さらに好ましくは0.15〜0.9mass%である。
【0040】
Mgの含有量を0.3〜1.0mass%とするのは、Mg−Si系析出物を多く析出させ、導電率を適切に保ちつつ強度を向上させるためである。Mgの含有量が少なすぎると強度の上昇があまり期待できず、多すぎると導電率を低下させる。また、Mgの含有量が多いと耐力が過剰となり、成形性、撚り性を劣化させ、加工性が悪くなる。Mgの含有量は好ましくは0.4〜0.9mass%、さらに好ましくは0.5〜0.8mass%である。
【0041】
Siの含有量を0.3〜1.0mass%とするのは、上述のMgと同様、Mg−Si系析出物を多く析出させ、導電率を適切に保ちつつ強度を向上させるためである。Siの含有量が少なすぎると強度の上昇があまり期待できず、多すぎると導電率が低下する。また、Siの含有量が多いとSi単体の析出が生じ、断線が起こりやすくなる。Siの含有量は好ましくは0.4〜0.9mass%、さらに好ましくは0.5〜0.8mass%
である。
【0042】
本発明の好ましい第5の実施態様の成分構成は、Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金導体である。
【0043】
第5の実施態様の合金組成とその作用については、Fe、Mg、及びSiについては第4の実施態様と同様であり、Cuについては、第1の実施態様と同様である。
【0044】
不可避不純物は製造工程上含まれる含有レベルである。不可避不純物は導電率を若干低下させる要因にはなるが、製造工程上含まれるものであるため、導電率の低下を加味して考えておく必要がある。不可避不純物としては、例えば、0.10mass%以下のSi、0.005mass%以下のCu、0.005mass%以下のMnなどがある。なお、これらの元素はJIS H 2110を参照した。
【0045】
本発明のアルミニウム合金線の導体の線径は、特に制限はなく用途に応じて適宜定めることができるが、好ましくは0.15〜1.0mmφ、より好ましくは0.20〜0.8mmφである。本発明の線材はアルミニウム合金線として、単線で細くして使用できることが利点の一つであるが、複数本束ねて(撚り線として)使用することもできる。
【実施例】
【0046】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0047】
実施例1〜13、比較例1〜5
Fe、Mg、Si、Cu、及びAlが表1に示す量(質量%)になるようにプロペルチ式の連続鋳造圧延機を用いて、溶湯を水冷した鋳型で連続的に鋳造しながら圧延を行ない、約10mmφの棒材とした。このときの鋳造冷却速度は1〜20℃/秒である。
次いで、表面の皮むきを実施して、約9.5mmφとし、これを所定の加工度が得られるように伸線加工した。次に、この冷間伸線した加工材に温度300〜450℃で0.5〜4時間の中間焼鈍を施し、さらに、所定の線径まで伸線加工を行った。
【0048】
なお、伸線加工履歴と連続熱処理前の加工度ηの対応は以下の通りである。
9.5mmφ→0.55mmφ→中間焼鈍→0.37mmφ(η=0.8)
9.5mmφ→0.54mmφ→中間焼鈍→0.31mmφ(η=1.1)
9.5mmφ→0.9mmφ →中間焼鈍→0.31mmφ(η=2.1)
9.5mmφ→1.5mmφ →中間焼鈍→0.31mmφ(η=3.2)
9.5mmφ→2.6mmφ →中間焼鈍→0.43mmφ(η=3.6)
9.5mmφ→2.6mmφ →中間焼鈍→0.37mmφ(η=3.9)
9.5mmφ→2.6mmφ →中間焼鈍→0.31mmφ(η=4.3)
9.5mmφ→5.7mmφ →中間焼鈍→0.31mmφ(η=5.8)
加工度6以上に伸線したものについては、9.5mmφから伸線し6.2の加工度となる線径(0.43mmφ)で断線した。
【0049】
次いで表1に示す条件で熱処理を行なった。連続通電熱処理では、ファイバ型放射温度計(ジャパンセンサ社製)で線材の温度が最も高くなる水中を通過する直前の線材温度y(℃)を測定した。連続走間熱処理では、焼鈍炉温度z(℃)を記載した。また、熱処理後、最も早く100℃になる地点を測定し、冷却速度を算出した。
【0050】
作製した各々の実施例及び比較例の線材について以下に記す方法により各特性を測定した。その結果を表1に示す。
【0051】
(a)結晶粒の扁平率
伸線方向に平行に切り出した供試材の縦断面を樹脂で埋め、機械研磨後、電解研磨を行った。電解研磨条件は、研磨液が過塩素酸20%のエタノール溶液、液温は0〜5℃、電圧は10V、電流は10mA、時間は30〜60秒である。次いで、結晶粒コントラストを得るため、2%ホウフッ化水素酸を用いて、電圧20V、電流20mA、時間2〜3分の条件でアノーダイジング仕上げを行なった。この組織を200〜400倍の光学顕微鏡で撮影し、結晶粒の扁平率を測定した。扁平率は、1つの結晶粒に対し、伸線方向に垂直な方向での最大長さ/伸線方向での最大の長さ、で求め、任意に選んだ15個の結晶粒の平均を算出した。縦断面は線材の中央を通るように、具体的には伸線方向に垂直な方向の長さが線材の直径に対し0〜−10%となるように、樹脂に埋めた。
(b)転位密度
実施例および比較例の線材をFIB法にて薄膜にして、透過電子顕微鏡(TEM)を用い、任意の1μmの視野を3枚撮影した。転位密度ρは、Hamの方法と呼ばれる手法にて測定した。つまり、撮影された写真に縦横10本ずつの平行線を引き、その線の合計の長さL(μm)と転位が交わる数N、そして試料厚さt(μm)を用いて、
ρ=2N/Lt (単位 本数/μm
の式より求め、n3の平均を求めた。n3の測定で得られた転位密度の最大値から最小値を引き、最大値で割って100をかけた値(%)が25%以上異なる際には、5枚の写真を撮影して上記と同様の方法で転位密度を算出し、n5の平均を求めた。転位は回折条件によって出現したり消滅したりするため、任意の視野を観察する際には、試料軸となるx軸またはy軸方向に試料を傾けて回折条件を変えながら観察し、目視で最も転位が出現している視野を選び撮影した。上記薄膜の試料厚さは、本実施例および比較例では、FIB法によりすべての試料において試料厚さを約0.15μmに設定し作製した。
(c)引張強度(TS)及び柔軟性(引張破断伸び)
JIS Z 2241に準じて各3本ずつ試験し、その平均値を求めた。引張強度は80MPa以上240MPa未満を合格とした。柔軟性は引張破断伸びが10%以上を合格とした。
(d)導電率(EC)
長さ300mmの試験片を20℃(±0.5℃)に保持した恒温漕中で、四端子法を用いて比抵抗を各3本ずつ測定し、その平均導電率を算出した。端子間距離は200mmとした。導電率は特に限定しないが、50%IACS以上が好ましく、更に好ましくは54%以上である。
(e)繰返破断回数
耐屈曲疲労特性の基準として、常温におけるひずみ振幅は±0.17%とした。耐屈曲疲労特性はひずみ振幅によって変化する。ひずみ振幅が大きい場合疲労寿命は短くなり、ひずみ振幅が小さい場合疲労寿命は長くなる。ひずみ振幅は図1記載の線材1の線径と曲げ冶具2、3の曲率半径により決定することができるため、線材1の線径と曲げ冶具2、3の曲率半径は任意に設定して屈曲疲労試験を実施することが可能である。
藤井精機株式会社(現株式会社フジイ)製の両振屈曲疲労試験機を用い、0.17%の曲げ歪みが与えられる治具を使用して、繰り返し曲げを実施することにより、繰返破断回数を測定した。繰返破断回数は各4本ずつ測定し、その平均値を求めた。図1の説明図に示すように、線材1を、曲げ治具2及び3の間を1mm空けて挿入し、冶具2及び3に沿わせるような形で繰り返し運動をさせた。線材の一端は繰り返し曲げが実施できるよう押さえ冶具5に固定し、もう一端には約10gの重り4をぶら下げた。試験中は押さえ冶具5が動くため、それに固定されている線材1も動き、繰り返し曲げが実施できる。繰り返しは1.5Hz(1秒間に往復1.5回)の条件で行い、線材の試験片1が破断すると、重り4が落下し、カウントを停止する仕組みになっている。繰返破断回数は、好ましくは10万回以上であり、より好ましくは12万回以上、さらに好ましくは15万回以上である。
【0052】
【表1】

【0053】
比較例No.1〜5はアルミニウム合金の製造条件によって本発明の規定するアルミニウム合金導体が得られなかった例である。比較例No.1では、伸線加工度が小さすぎるため、引張強度、引張破断伸び、繰返破断特性が悪かった。比較例No.2では、伸線加工度が大きすぎるため伸線加工中に断線した。比較例No.3では、連続通電熱処理の温度が低すぎるため引張破断伸びが悪かった。比較例No.4では、連続通電熱処理の温度が高すぎるため引張強度、引張破断伸び、繰返破断特性が悪かった。比較例No.5では、冷却速度が低すぎるため繰返破断特性が悪かった。
これに対し、実施例No,1〜13では、引張強度、導電率、引張破断伸び(柔軟性)、及び繰返破断特性(耐屈曲疲労特性)に優れたアルミニウム合金導体が得られた。
【符号の説明】
【0054】
1 試験片(線材)
2、3 曲げ治具
4 重り
5 押さえ冶具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶粒の扁平率が0.6〜1.2であり、かつ、転位密度が25〜500/μmであることを特徴とするアルミニウム合金導体。
【請求項2】
Feを0.01〜0.4mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項3】
Feを0.4〜1.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項4】
Feを0.4〜1.5mass%と、Mgを0.01mass%以上0.3mass%未満と、Siを0.01mass%以上0.3mass%未満含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項5】
Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項6】
Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.3〜1.0mass%と、Siを0.3〜1.0mass%と、Cuを0.01〜0.5mass%含有し、残部Alと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項7】
線径0.15〜1.0mmφの前記請求項1〜6のいずれか1項のアルミニウム合金導体を素線とし、該素線を撚り合わせた、撚線を樹脂層で被覆したことを特徴とするアルミニウム導電線。
【請求項8】
移動体内のバッテリーケーブル、ハーネス、またはモータ用導線として用いられることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項9】
前記移動体が自動車、電車、または航空機であることを特徴とする請求項8に記載のアルミニウム合金導体。

【図1】
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【公開番号】特開2013−44040(P2013−44040A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184180(P2011−184180)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】