説明

アルミニウム系部材、その製造方法、およびアルミニウム系部材の表面処理方法

【課題】 基材との密着性、疲労強度、耐焼付性、耐食性、および電気絶縁性に優れた被覆層を備えるアルミニウム系部材を提供する。また、その製造に適したアルミニウム系部材の製造方法を提供する。
【解決手段】 アルミニウム系部材を、アルミニウム(Al)を主成分とし、活性化された活性面を持つアルミニウム基材と、該活性面上に形成され、二硫化モリブデン(MoS2)を含む被覆層と、から構成する。ここで、被覆層表面のX線分析によるモリブデン(Mo)、硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)のX線強度比は、Mo:3〜20k%、S:2〜15k%、O:1〜15k%、C:10〜35k%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材との密着性、疲労強度、耐焼付性、耐食性、および電気絶縁性に優れた被覆層を備えるアルミニウム系部材、その製造方法、およびアルミニウム系部材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種製品の軽量化の要請から、軽量なアルミニウム合金製品が採用されつつある。軽量化により、各種装置等の性能向上が図られ、特に、自動車等においては、軽量化による燃費向上により、環境改善も図られる。
【0003】
アルミニウムは、硬さの低い軟質な金属であるため、耐摩耗性、耐焼付性に劣る。よって、使用状況によっては、アルミニウムやアルミニウム合金の表面を硬化したり、表面に摩擦係数の小さな被膜を形成するといった表面処理が必要となる。しかし、アルミニウムは、空気中の酸素との親和力が強く、酸素と容易に結合する。このため、アルミニウムの表面には緻密で安定なアルミナ(Al23)層が形成されている。このアルミナ層の存在により、アルミニウム基材の表面に密着性の良好な被膜を形成することは難しい。
【0004】
例えば、アルミニウム基材の表面処理として、陽極酸化処理、めっき等が行われている。また、アルミニム基材の表面に、窒化アルミニウム層を形成するイオン窒化処理が知られている(例えば、特許文献1参照。)。さらに、アルミニウム基材の表面に、化成被膜を形成する化成処理もある(例えば、特許文献2参照。)。
【特許文献1】特開昭60−211061号公報
【特許文献2】特開2004−169120号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、陽極酸化処理で形成される陽極酸化膜は、比較的硬いものの、疲労強度が低く、耐焼付性に劣る。また、ポーラス状であるため耐食性も充分ではない。めっきは、剥離し易く、耐食性に劣る。化成被膜は薄いため、耐食性、耐摩耗性が充分ではない。また、上記いずれの表面処理においても、アルミニウム基材と形成される被膜との密着性は充分ではない。このように、アルミニウム系部材の疲労強度、耐焼付性等を向上させるために効果的な表面処理方法は、未だ見出されていないのが現状である。
【0006】
ところで、アルミニウム系部材は、低コスト化、量産性等の観点から、ダイカスト鋳造法により製造されることが多い。この場合、内部に存在するポロシティ等の欠陥により、鋳物の疲労強度は低下し易い。また、金型との接触により、鋳物表面には凹凸が多くなる。よって、アルミニウム系部材をダイカスト鋳造法により製造する場合には、疲労強度を改善でき、かつ、密着力の高い被膜を形成することのできる表面処理方法がより強く望まれる。
【0007】
本発明は、このような実状を鑑みてなされたものであり、基材との密着性、疲労強度、耐焼付性、耐食性、および電気絶縁性に優れた被覆層を備えるアルミニウム系部材を提供することを課題とする。また、その製造に適したアルミニウム系部材の製造方法を提供することを課題とする。さらに、そのような被覆層をアルミニウム系部材の表面に形成するアルミニウム系部材の表面処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明のアルミニウム系部材は、アルミニウム(Al)を主成分とし、活性化された活性面を持つアルミニウム基材と、該活性面上に形成され、二硫化モリブデン(MoS2)を含む被覆層と、からなり、該被覆層表面のX線分析によるモリブデン(Mo)、硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)のX線強度比は、Mo:3〜20k%、S:2〜15k%、O:1〜15k%、C:10〜35k%であることを特徴とする。
【0009】
MoS2を含む被覆層は、自己潤滑性を有するため、耐焼付性に優れる。また、疲労の進展を抑制する役割をも果たす。このような被覆層が形成されることで、本発明のアルミニウム系部材は、高い疲労強度を示し、耐焼付性、耐食性および電気絶縁性に優れる。
【0010】
また、本明細書における「活性面」とは、その表面に形成される被覆層の密着力を高めることのできる面を意味する。活性面としては、例えば、アルミニウム基材の表面を粗面化した態様、同表面に予め形成されていた酸化物層を除去して清浄化した態様、同表面に被覆層との密着力を高めるための被膜が形成されている態様等、種々の態様が挙げられる。本発明のアルミニウム系部材では、MoS2を含む被覆層は、アルミニウム基材の活性面上に形成される。このため、被覆層とアルミニウム基材との密着力は高い。
【0011】
このように、アルミニウム基材との密着性、疲労強度、耐焼付性、耐食性、および電気絶縁性に優れた被覆層を備えるアルミニウム系部材は、多くの分野で使用され得る。例えば、自動車分野では、エンジン用部材のピストン、エアコン用斜板やシュー、サイドプレートやフロコン等のポンプ部品、キャブレター、ギアースライダー、プーリー軸、ガイド、マンドレル、シャフト等が挙げられる。
【0012】
(2)このように優れた特性を持つ被覆層を備えたアルミニウム系部材は、例えば、以下の本発明の製造方法により製造することができる。すなわち、本発明のアルミニウム系部材の製造方法は、Alを主成分とするアルミニウム基材の表面を活性化する活性化工程と、活性化された活性面上に、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を付着させる付着工程と、少なくとも該混合液が付着した混合液付着部を加熱する加熱工程と、を備え、該アルミニウム基材の該活性面上にMoS2を含む被覆層を形成することを特徴とする。
【0013】
本発明のアルミニウム系部材の製造方法では、まず、活性化工程でアルミニウム基材の表面を活性化する。被覆層を形成するアルミニウム基材の表面を予め活性化しておくことで、形成される被覆層の密着力を高めることができる。そして、次の付着工程で、活性化された活性面上にMoS2粉末を含む混合液を付着させ、続く加熱工程で加熱して、MoS2を含む被覆層を形成する。このように、本発明の製造方法によれば、上記本発明のアルミニウム系部材を容易に製造することができる。
【0014】
(3)本発明は、アルミニウム系部材の表面処理方法としても把握することができる。すなわち、既存のアルミニウム基材に新たな表面処理を施して、上述した被覆層を形成することができる。したがって、本発明は、Alを主成分とするアルミニウム基材の表面を活性化する活性化工程と、活性化された活性面上に、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を付着させる付着工程と、少なくとも該混合液が付着した混合液付着部を加熱する加熱工程と、を備え、該アルミニウム基材の該活性面上にMoS2を含む被覆層を形成することを特徴とするアルミニウム系部材の表面処理方法であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のアルミニウム系部材は、その表層部を構成する被覆層がアルミニウム基材と強固に密着し、優れた疲労強度、耐焼付性、耐食性、および電気絶縁性を発揮する。このため、本発明のアルミニウム系部材は、自動車分野をはじめとする多くの分野で使用が可能となる。また、本発明の製造方法、表面処理方法によれば、そのような本発明のアルミニウム系部材を容易に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、実施形態を挙げ、本発明をより詳しく説明する。以下では、本発明のアルミニウム系部材、およびその製造方法について説明するが、その内容は、本発明のアルミニウム系部材の表面処理方法にも適宜該当する。また、以下で説明する内容は、適宜選択され、または組み合わされて、本発明のアルミニウム系部材、その製造方法、およびその表面処理方法にそれぞれ適用可能である。
【0017】
〈アルミニウム系部材〉
本発明のアルミニウム系部材は、Alを主成分とし、活性化された活性面を持つアルミニウム基材と、該活性面上に形成され、MoS2を含む被覆層と、からなり、該被覆層表面のX線分析によるMo、S、O、CのX線強度比は、Mo:3〜20k%、S:2〜15k%、O:1〜15k%、C:10〜35k%である。
【0018】
本発明のアルミニウム系部材は、被覆層が形成される部分にアルミニウム基材を備えていればよい。被覆層が形成される部分にアルミニウム基材を備える限り、内部等の他の部分がAl以外の他の金属や樹脂等で構成されていてもよい。
【0019】
アルミニウム基材は、Alを主成分とすれば、その組成や形状は特に問題ではない。例えば、純Al材[1050系等]、Al合金材[2014系、5052系、7075系等の展伸材、JIS:ADC1等のダイカスト材、JIS:AC2B、AC8A、AC4C等の鋳造材(高圧鋳造材、低圧鋳造材、重力鋳造材、チクソモールド材を含む)]、種々の元素を配合した素粉末混合法や合金粉末法により得られる焼結材、繊維等で強化したAl基複合材等が挙げられる。
【0020】
アルミニウム基材は、活性化された活性面を持つ。上述したように、活性面には、種々の態様が挙げられる。活性面の形成方法は、その表面に形成される被覆層の密着力を高めることができれば、特に限定されるものではない。例えば、アルミニウム基材の表面に化成処理、ホーニング、およびスパッタリングの少なくとも一種以上を施して形成すればよい。活性面の形成方法については、後述する製造方法の「(1)活性化工程」にて詳しく説明する。
【0021】
活性面上に形成される被覆層は、MoS2を含む。また、被覆層表面をX線分析すると、Mo、S、O、CのX線強度比は、Mo:3〜20k%、S:2〜15k%、O:1〜15k%、C:10〜35k%となる。本明細書では、X線強度比として、被覆層表面をX線マイクロアナライザ(EPMA)により分析した値を採用する。
【0022】
被覆層の形成方法は、特に限定されるものではない。例えば、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を活性面上に付着させた後、加熱して形成することができる。被覆層の形成方法については、後述する製造方法の「(2)付着工程、(3)加熱工程」にて詳しく説明する。
【0023】
被覆層の厚さは、アルミニウム基材との密着性や、耐摩耗性等を考慮して、1μm以上とすることが望ましい。3m以上とするとより好適である。一方、30μmを超えると、処理時間が長くなり実用的ではない。このため、20μm以下とすることが望ましく、15μm以下とするとより好適である。
【0024】
〈アルミニウム系部材の製造方法〉
本発明のアルミニウム系部材の製造方法は、活性化工程と、付着工程と、加熱工程とを備える。以下、各工程について説明する。
【0025】
(1)活性化工程
本工程は、Alを主成分とするアルミニウム基材の表面を活性化する工程である。アルミニウム基材の表面を活性化する方法としては、既に公知の種々の表面処理を用いることができる。なかでも、化成処理、ホーニング、およびスパッタリングの少なくとも一種以上を施すと効果的である。
【0026】
例えば、化成処理は、アルミニウム基材の表面に、リン酸亜鉛、リン酸ナトリウム等を含む処理液を接触させて行えばよい。処理液の組成により、アルミニウム基材の表面には、種々の化成被膜が形成される。形成された化成被膜の表面が活性面となる。化成被膜の形成により、被覆層の密着性が向上する。
【0027】
ホーニングは、通常の方法に従い、例えば、Al23粒子等を用いて行えばよい。ホーニングにより、アルミニウム基材の表面に形成されていたAl23等の酸化物層を除去することができる。この場合、ホーニング後の表面が活性面となる。酸化物層が除去されることにより、被覆層の密着性が向上する。
【0028】
スパッタリングは、通常の方法に従い、例えば、アルゴンガス等を用いて行えばよい。アルゴンガスによるスパッタリングを行うことで、アルミニウム基材の表面に形成されていたAl23等の酸化物層を除去することができる。この場合、スパッタリング後の表面が活性面となる。酸化物層が除去されることにより、被覆層の密着性が向上する。なお、ホーニングやスパッタリングを行うと、アルミニウム基材の表面には微細な凹凸が形成される。このため、長時間行い過ぎると、活性面の表面状態が粗悪になるおそれがある。また、スパッタリングにより窒化チタン(TiN)等の被膜を形成してもよい。この場合には、形成されたTiN等の被膜の表面が活性面となる。TiN等の被膜の形成により、被覆層の密着性が向上する。
【0029】
(2)付着工程
本工程は、前の活性化工程で形成された活性面上に、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を付着させる工程である。
【0030】
使用するMoS2粉末の粒子径は、アルミニウム基材との密着性を向上させ、被覆層の表面粗さを小さくするという観点から、できるだけ小さい方がよい。例えば、粒度が−100#〜−320#(平均粒子径が45μm以上150μm以下)の粉末を使用するとよい。樹脂は、形成される被覆層において、粉末どうし、および粉末とアルミニウム基材とを結合する結合剤としての役割を果たす。このような樹脂としては、例えば、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂等が好適である。樹脂を溶解させる溶剤としては、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)等が挙げられる。これら溶剤に溶解した樹脂とMoS2粉末とを適宜混合して、粘稠なペースト状、あるいはスラリー状の混合液を調製すればよい。
【0031】
また、被覆層の疲労強度、耐摩耗性等をより向上させる、また、アルミニウム基材とのなじみを良好にする等の観点から、上記混合液にさらに金属等の粉末を添加することが望ましい。好適な粉末としては、金属粉末、金属化合物粉末、ケイ素(Si)粉末、シリカ(SiO2)粉末、炭化ケイ素(SiC)粉末、窒化ホウ素(BN)粉末、黒鉛粉末、およびフッ素樹脂粉末が挙げられる。被覆層の所望の特性に応じて、これらから選ばれる一種を単独で、あるいは二種以上を混合して添加するとよい。
【0032】
金属としては、例えば、クロム(Cr)、アンチモン(Sb)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、Al、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)等が好適である。また、金属化合物としては、金属酸化物(CrO3、Cr23、SbO2、TiO2、MoO3、WO3、Fe23、MnO2、CoO3、ZrO2、NiO2等)や、チタンテトライソプロポキシド(Ti[OCH(CH324)、ジルコニウムブトキシド(Zr(n−OBu)4)等が好適である。また、フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が好適である。
【0033】
なかでも、Cr、Sb、Ti、Sn、Alから選ばれる一種以上の金属の粉末、該金属の化合物粉末、Si粉末、SiO2粉末、SiC粉末、BN粉末、黒鉛粉末、およびPTFE粉末から選ばれる一種以上を用いると好適である。この場合、被覆層は、Cr、Si、Sb、Ti、Sn、Al、B、Nから選ばれる一種以上の元素を、X線強度比で合計2〜10k%含む態様となる。
【0034】
例えば、比較的軟らかい黒鉛、PTFE、Sn、Sb、Co、Niおよびこれらの酸化物等を含む粉末を添加すると、アルミニウム基材とのなじみが良くなり、被覆層の密着性がより向上する。また、比較的硬いBN、Si、SiO2、SiC等を含む粉末を添加すると、被覆層の疲労強度、耐摩耗性等が向上する。以下、MoS2粉末以外に添加する粉末を、適宜「添加粉末」と称す。
【0035】
ここで、混合液中のMoS2粉末、あるいは、MoS2粉末および添加粉末の配合割合は、被覆層の形成速度を考慮して、混合液の全体質量を100質量%とした場合の1質量%以上とすることが望ましい。5質量%以上とするとより好適である。一方、被覆層を均一に形成するためには、MoS2粉末、あるいは、MoS2粉末および添加粉末の配合割合を60質量%以下とすることが望ましい。50質量%以下とするとより好適である。
【0036】
この混合液を、アルミニウム基材の活性面上に付着させる。混合液の活性面上への付着は、例えば、活性面を混合液中に浸漬するディップ法、活性面上に混合液を刷毛塗りする刷毛塗り法、活性面上に混合液を噴霧するスプレー法等により行えばよい。ディップ法によれば、生産性の向上を図ることができ、刷毛塗り法によれば、混合液を細部にまで容易に付着させることができ、スプレー法によれば、混合液を均一に付着させることができる。採用する方法に応じて、混合液の粘度等を適宜調整すればよい。
【0037】
(3)加熱工程
本工程は、少なくとも混合液が付着した混合液付着部を加熱して、被覆層を形成する工程である。加熱は、大気雰囲気で行ってもよく、アルゴンガスや窒素ガス等の非酸化性雰囲気で行ってもよい。アルミニウム系部材の全表面あるいは大部分の表面に被覆層を形成する場合には、アルミニウム系部材全体を加熱することのできる炉を使用すると効率的である。また、アルミニウム系部材の一部表面のみに被覆層を形成する場合には、バーナー等を使用するとよい。
【0038】
加熱温度は、150℃以上とすることが望ましい。150℃未満では、混合液中の樹脂等が分解し難いためである。200℃以上がより好適である。一方、加熱温度の上限は、アルミニウム基材の軟化を考慮して、350℃とすることが望ましい。
【0039】
加熱時間は、採用する加熱手段、加熱対象の大きさ等により異なるため、一律には決められないが、例えば、1〜3時間程度とすることができる。アルミニウム基材の熱歪みや組織変態等を抑制するためには、加熱時間を短くすることが望ましい。また、前の付着工程と、本加熱工程とを、繰り返し実施することにより、被覆層の厚さを厚くすることができる。例えば、両工程を2〜5回程度繰り返すとよい。
【実施例】
【0040】
次に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0041】
〈実施例1〉
まず、展伸用アルミニウム合金(A5052、組成は下記表1に示す)からなる、厚さ1.0mm、幅25mm、長さ60mmの板状の試験片を準備した。この試験片は、本発明におけるアルミニウム基材に相当する。また、被覆層形成用の混合液を調製した。混合液は、粒度−250#のMoS2粉末:30重量部、粒度−150#のSbO2粉末:10重量部、粒度−420#の黒鉛粉末:5重量部、PTFE粉末:5重量部、NMPに溶解したポリアミド樹脂:50重量部を、混合して調製した。
【0042】
次に、試験片の一方の表面を、アセトンで脱脂した後、粒度80#のAl23粒子を用いてホーニング加工し、活性面とした(活性化工程)。この試験片を60℃に加熱して、予め調製しておいた混合液に1分間浸漬した(付着工程)。混合液が付着した試験片を箱形熱処理炉に入れ、250℃の大気雰囲気で60分間加熱した(加熱工程)。このような付着工程および加熱工程を、5回繰り返して行った。
【0043】
加熱工程後に得られた試験片の断面を光学顕微鏡で観察した。図1に、試験片の断面の光学顕微鏡写真を示す(倍率500倍)。図1の写真から、アルミニウム基材の表面に厚さ約8μmの被覆層が形成されていることがわかる。また、図2に、試験片の外観の写真を示す。図2の写真に示すように、被覆層の表面は、黒色を呈し、滑らかで健全な状態であった。なお、予めホーニング加工を施さずに、つまり活性化工程を行わずに、付着工程および加熱工程のみを行った場合には、このような被覆層は形成されなかった。
【0044】
さらに、形成された被覆層の断面を、EPMAにより線分析した。その結果を図3に示す。図3中、横軸は測定距離(μm)であり、縦軸は元素濃度(質量%、以下単に「%」と示す。)である。図3に示すように、約8μmの被覆層において、最大で約8%のMo、約7%のS、約5%のSbの他、Oおよび多量のCが検出された。また、被覆層の表面をEPMAにより分析した。その結果を下記表2に示す。表2に示すように、各元素のX線強度比は、Mo:8k%、S:7k%、O:7k%、C:26k%、Sb:5k%であった。これらの結果から、被覆層を構成する主要元素はCであり、Mo、S、Sb、Oがほぼ均一に存在していることがわかる。また、被覆層の表面のX線回折で得られた回折線は、MoS2、SbO2、およびCの回折線とよく一致した。以上より、被覆層は、カーボン膜中にMoS2およびSbO2が分散して構成されていると推察される。
【0045】
〈実施例2〉
まず、鋳造用アルミニウム合金(JIS2種B:AC2B、組成は下記表1に示す)からなる、厚さ7.0mm、幅8mm、長さ35mmの板状の試験片を準備した。本合金は、重力鋳造後、T6処理(500℃×2h熱処理→水冷→160℃×5h人工時効処理)を行ったものである。この試験片は、本発明におけるアルミニウム基材に相当する。また、被覆層形成用の混合液を調製した。混合液は、粒度−320#のMoS2粉末:20重量部、粒度−250#のSbO2粉末:13重量部、粒度−320#の黒鉛粉末:5重量部、PTFE粉末:2重量部、NMPに溶解したポリアミド樹脂:60重量部を、混合して調製した。
【0046】
次に、試験片の一方の表面を、アセトンで脱脂した後、リン酸亜鉛溶液により化成処理して活性面とした(活性化工程)。この試験片を60℃に加熱して、予め調製しておいた混合液に1分間浸漬した(付着工程)。混合液が付着した試験片を箱形熱処理炉に入れ、350℃の大気雰囲気で60分間加熱した(加熱工程)。このような付着工程および加熱工程を、6回繰り返して行った。
【0047】
加熱工程後に得られた試験片の断面を光学顕微鏡で観察すると、アルミニウム基材の表面に厚さ約10μmの被覆層が形成されていた。形成された被覆層は、実施例1の図2に示したのと同様に、黒色で滑らかな表面を呈していた。また、被覆層の断面を、EPMAにより線分析したところ、約10μmの被覆層において、最大で約9%のMo、約8%のS、約6%のSbの他、Oおよび多量のCが検出された。また、被覆層の表面をEPMAにより分析した。その結果を下記表2に示す。表2に示すように、主な元素のX線強度比は、Mo:9.8k%、S:7.7k%、O:3.0k%、C:23k%、Sb:5.1k%であった。これらの結果から、被覆層を構成する主要元素はCであり、Mo、S、Sb、Oがほぼ均一に存在していることがわかる。また、被覆層の表面のX線回折で得られた回折線は、MoS2、SbO2、およびCの回折線とよく一致した。以上より、被覆層は、カーボン膜中にMoS2およびSbO2が分散して構成されていると推察される。
【0048】
〈実施例3〉
実施例2と同じ鋳造用アルミニウム合金からなる試験片を準備した。また、被覆層形成用の混合液を調製した。混合液は、SbO2粉末の代わりにSiO2粉末を用いた以外は、すべて実施例1と同様に調製した。そして、試験片の一方の表面を、アセトンで脱脂した後、アルゴンガスによるスパッタリングを行い活性面とした(活性化工程)。この試験片を60℃に加熱して、予め調製しておいた混合液に1分間浸漬した(付着工程)。混合液が付着した試験片を箱形熱処理炉に入れ、250℃の大気雰囲気で60分間加熱した(加熱工程)。このような付着工程および加熱工程を、5回繰り返して行った。
【0049】
加熱工程後に得られた試験片の断面を光学顕微鏡で観察すると、アルミニウム基材の表面に厚さ約8μmの被覆層が形成されていた。形成された被覆層は、実施例1の図2に示したのと同様に、黒色で滑らかな表面を呈していた。また、被覆層の断面を、EPMAにより線分析したところ、約8μmの被覆層において、最大で約10%のMo、約7%のS、約4%のSiの他、Oおよび多量のCが検出された。また、被覆層の表面をEPMAにより分析した。その結果を下記表2に示す。表2に示すように、各元素のX線強度比は、Mo:10k%、S:7k%、O:3.0k%、C:24k%、Si:4k%であった。これらの結果から、被覆層を構成する主要元素はCであり、Mo、S、Si、Oがほぼ均一に存在していることがわかる。また、被覆層の表面のX線回折で得られた回折線は、MoS2、SiO2、およびCの回折線とよく一致した。以上より、被覆層は、カーボン膜中にMoS2およびSiO2が分散して構成されていると推察される。
【0050】
〈実施例4〉
まず、鋳造用アルミニウム合金(AC4C相当材、組成は下記表1に示す)からなる、厚さ10mm、幅20mm、長さ100mmの板状の試験片を準備した。本合金は、重力鋳造後、T6処理(530℃×5.5h熱処理→水冷→140℃×3.5h人工時効処理)を行ったものである。本合金の気孔率は約0.5vol%であった。この試験片は、本発明におけるアルミニウム基材に相当する。また、被覆層形成用の混合液を調製した。混合液は、粒度−320#のMoS2粉末:30重量部、粒度−350#のSn粉末:10重量部、粒度−320#の黒鉛粉末:2重量部、PTFE粉末:3重量部、NMPに溶解したポリアミド樹脂:55重量部を、混合して調製した。
【0051】
次に、試験片の一方の表面を、アセトンで脱脂した後、リン酸亜鉛溶液により化成処理して活性面とした(活性化工程)。この試験片を60℃に加熱して、予め調製しておいた混合液に1分間浸漬した(付着工程)。混合液が付着した試験片を箱形熱処理炉に入れ、200℃の大気雰囲気で60分間加熱した(加熱工程)。このような付着工程および加熱工程を、5回繰り返して行った。
【0052】
加熱工程後に得られた試験片の断面を光学顕微鏡で観察した。図4に、試験片の断面の光学顕微鏡写真を示す(倍率500倍)。図4の写真から、アルミニウム基材の表面に厚さ約8μmの被覆層が形成されていることがわかる。また、形成された被覆層は、実施例1の図2に示したのと同様に、黒色で滑らかな表面を呈していた。また、被覆層の断面を、EPMAにより線分析したところ、約8μmの被覆層において、最大で約10%のMo、約8%のS、約5%のSnの他、Oおよび多量のCが検出された。また、被覆層の表面をEPMAにより分析した。その結果を下記表2に示す。表2に示すように、主な元素のX線強度比は、Mo:10.2k%、S:7.9k%、O:3.0k%、C:24k%、Sn:6.1k%であった。これらの結果から、被覆層を構成する主要元素はCであり、Mo、S、Sn、Oがほぼ均一に存在していることがわかる。また、被覆層の表面のX線回折で得られた回折線は、MoS2、Sn、およびCの回折線とよく一致した。以上より、被覆層は、カーボン膜中にMoS2およびSnが分散して構成されていると推察される。また、本実施例により、内部に欠陥(ポロシティ)を持つアルミニウム合金であっても、活性面を形成することで、表面の滑らかな被覆層を形成できることが確認された。
【0053】
〈実施例5、実施例6〉
実施例1と同じ展伸用アルミニウム合金(A5052)からなる、厚さ1.0mm、幅20mm、長さ50mmの板状の試験片を準備し、この試験片に実施例1と同様の表面処理(活性化工程→付着工程→加熱工程)を施して被覆層を形成した。形成された被覆層の組成、外観等は実施例1の場合と同様であった。被覆層が形成された試験片を実施例5の試験片とする。
【0054】
実施例2と同じ鋳造用アルミニウム合金(JIS2種B:AC2B)からなる、厚さ7.0mm、幅10mm、長さ25mmの板状の試験片を準備し、この試験片に実施例2と同様の表面処理(活性化工程→付着工程→加熱工程)を施して被覆層を形成した。形成された被覆層の組成、外観等は実施例2の場合と同様であった。被覆層が形成された試験片を実施例6の試験片とする。
【0055】
実施例5、6の各試験片について塩水噴霧試験を行った。塩水噴霧試験は、JIS Z 2371に準じ、各試験片に対して35℃の5%塩化ナトリウム水溶液(pH:6.5〜7.2)を100時間噴霧して行った。図5に、試験後の各試験片の外観写真を示す。なお、比較のため、表面処理を施さなかった二種類のアルミニウム合金(A5052、AC2B)の試験片についても、同様の塩水噴霧試験を行った。図5には、これら比較例となる試験片の外観写真も併せて示す。
【0056】
図5の各写真から明らかなように、表面処理を施さなかった試験片、言い換えれば、被覆層が形成されていない試験片の表面は、大きく腐食した。これに対して、被覆層が形成されている実施例5、6の試験片は、ほとんど腐蝕していなかった。また、図6に、試験前後の各試験片の表面粗さの変化を示す。図6に示すように、展伸用アルミニウム合金(A5052)では、被覆層の有無に関わらず、表面粗さはあまり変わらなかった。一方、鋳造用アルミニウム合金(AC2B)では、被覆層が形成されていない試験片の表面粗さが、試験後に大幅に増加した。以上の結果より、被覆層を備える実施例の試験片は、高い耐蝕性を示すことが確認された。
【0057】
〈実施例7〉
実施例4と同じ、気孔率約0.5vol%の鋳造用アルミニウム合金(AC4C相当材、T6処理実施)から、疲労試験用の試験片を作製した。図7に、作製した試験片の形状を示す。図7に示すように、試験片1は、長さ56mmの杵型形状をなし、中央部に長さ23.4mmの軸部2を持つ。軸部2の表面には、被覆層(図略)が形成されている。被覆層の形成は、実施例1と同様の表面処理(活性化工程→付着工程→加熱工程)により行った。形成された被覆層の組成、外観等は実施例1の場合と同様である。この試験片を実施例7の試験片とした。
【0058】
実施例7の試験片の疲労強度を調べるため、同試験片に対して引張−圧縮疲労試験を行った。疲労試験は、電気油圧式疲労試験装置(株式会社島津製作所製「サーボパルサー」)を用い、50Hzの正弦波荷重制御で実施した。試験条件は、(a)常温、最大応力振幅90MPa、(b)200℃、最大応力振幅80MPa、の二種類とした。図8に、試験片の破断までの繰り返し数を示す。なお、比較のため、被覆層が形成されていない試験片についても、同様の疲労試験を行った。図8には、この比較例の試験片の破断までの繰り返し数も併せて示す。
【0059】
図8に示すように、常温では、実施例7の試験片は、約12×105回で破断したのに対し、比較例の試験片は約4×105回で破断した。つまり、実施例7の試験片は、比較例の試験片に対して約3倍の疲労強度を示した。また、200℃では、実施例7の試験片は、約22×105回で破断したのに対し、比較例の試験片は約13×105回で破断した。つまり、高温下であっても、実施例7の試験片は、比較例の試験片に対して約2倍の疲労強度を示した。以上の結果より、被覆層を備える実施例の試験片は、高い疲労強度を示すことが確認された。
【0060】
〈電気絶縁性、耐焼付性、アルミニウム基材への密着性〉
例えば、本発明のアルミニウム系部材を摺動部品へ適用する場合には、上記耐食性、疲労強度に加えて、耐焼付性、電気絶縁性も問題になる。本発明者がテスターによる通電試験を行ったところ、被覆層を備える上記各試験片は、全く通電しなかった。また、耐久試験により、被覆層を備える上記各試験片は、耐焼付性に優れ、被覆層の密着性も良好であることが確認された。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例1に係る試験片の断面の光学顕微鏡写真である(倍率500倍)。
【図2】同試験片の外観の写真である。
【図3】同試験片の断面のEPMAによる線分析結果を示すグラフである。
【図4】実施例4に係る試験片の断面の光学顕微鏡写真である(倍率500倍)。
【図5】塩水噴霧試験後の各試験片の外観写真である。
【図6】塩水噴霧試験前後の各試験片の表面粗さの変化を示すグラフである。
【図7】疲労試験用試験片の形状を示す概略図である。
【図8】疲労試験における各試験片の破断までの繰り返し数を示すグラフである。
【符号の説明】
【0064】
1:試験片 2:軸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム(Al)を主成分とし、活性化された活性面を持つアルミニウム基材と、
該活性面上に形成され、二硫化モリブデン(MoS2)を含む被覆層と、からなり、
該被覆層表面のX線分析によるモリブデン(Mo)、硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)のX線強度比は、Mo:3〜20k%、S:2〜15k%、O:1〜15k%、C:10〜35k%であることを特徴とするアルミニウム系部材。
【請求項2】
前記被覆層は、さらにクロム(Cr)、ケイ素(Si)、アンチモン(Sb)、チタン(Ti)、スズ(Sn)、Al、ホウ素(B)、窒素(N)から選ばれる一種以上の元素を、前記X線強度比で合計2〜10k%含む請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項3】
前記被覆層の厚さは1μm以上20μm以下である請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項4】
前記活性面は、前記アルミニウム基材の表面に化成処理、ホーニング、およびスパッタリングの少なくとも一種以上を施して形成される請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項5】
前記被覆層は、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を、前記活性面上に付着させた後、加熱して形成される請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項6】
前記混合液は、さらにCr、Sb、Ti、Sn、Alから選ばれる一種以上の金属の粉末、該金属の化合物粉末、Si粉末、シリカ(SiO2)粉末、炭化ケイ素(SiC)粉末、窒化ホウ素(BN)粉末、黒鉛粉末、およびフッ素樹脂粉末の少なくとも一種以上を含む請求項5に記載のアルミニウム系部材。
【請求項7】
Alを主成分とするアルミニウム基材の表面を活性化する活性化工程と、
活性化された活性面上に、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を付着させる付着工程と、
少なくとも該混合液が付着した混合液付着部を加熱する加熱工程と、を備え、
該アルミニウム基材の該活性面上にMoS2を含む被覆層を形成することを特徴とするアルミニウム系部材の製造方法。
【請求項8】
前記活性化工程は、前記アルミニウム基材の表面に化成処理、ホーニング、およびスパッタリングの少なくとも一種以上を施す工程である請求項7に記載のアルミニウム系部材の製造方法。
【請求項9】
前記混合液は、さらにCr、Sb、Ti、Sn、Alから選ばれる一種以上の金属の粉末、該金属の化合物粉末、Si粉末、SiO2粉末、SiC粉末、BN粉末、黒鉛粉末、およびフッ素樹脂粉末の少なくとも一種以上を含む請求項7に記載のアルミニウム系部材の製造方法。
【請求項10】
Alを主成分とするアルミニウム基材の表面を活性化する活性化工程と、
活性化された活性面上に、MoS2粉末と溶剤に溶解した樹脂とを含む混合液を付着させる付着工程と、
少なくとも該混合液が付着した混合液付着部を加熱する加熱工程と、を備え、
該アルミニウム基材の該活性面上にMoS2を含む被覆層を形成することを特徴とするアルミニウム系部材の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−137993(P2006−137993A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−328870(P2004−328870)
【出願日】平成16年11月12日(2004.11.12)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】