説明

アレルギー診断キット

【課題】簡便で正確なアレルギー疾患の早期診断法を提供する。
【解決手段】本発明は、イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシンの配列を少なくとも有するペプチドから選ばれた少なくとも1種類のペプチドを搭載したアレルギー診断キットに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は牛乳アレルギーの診断に有用なペプチドを搭載した診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
食物アレルギーは増加の一途をたどり、極端な食事制限による成長障害などが社会問題化している。I型アレルギー疾患の診断法において最も信頼がおける方法として食物負荷試験(摂食試験)がある。食物負荷試験は確定診断に用いられる信頼性の高い試験ではあるが、被験者への身体的負担が大きく、実施できる機関も少ないため普及していない。そのため、現在では、患者血清等にアレルゲン特異的なIgE抗体が存在するかどうかによって診断を行うCAP−RAST法(放射性アレルゲン吸着試験法)が頻用されている。CAP−RAST法は簡便な方法であるが、早期診断に使用することはできなかった。
【0003】
前記CAP−RAST法は、抗原としてアレルゲンタンパク質分子そのものを利用しているが、アレルゲンタンパク質分子上のアレルギー症状発症に関与するエピトープ部分を特定し、その部分のみを切り出して、例えば抗原とすることで、アレルギー症状の早期診断が可能になると考えられる。
【0004】
アレルゲン上のIgEエピトープに関しては、IgEエピトープとIgEの結合および架橋構造の形成がアレルギー症状発症に不可欠なため、これまで様々なアレルゲンをモデルとして数多くの報告がなされている。牛乳アレルギーのアレルゲンであるカゼインのIgEエピトープについても、これまでに幾つか報告がなされている(非特許文献1、2および特許文献1)。これらの報告は、牛乳アレルギー患者の血清等を用いて、カゼイン上のエピトープを特定することを主題としており、CAP−RAST法との相関について検討したものではなく、早期診断を可能にするものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−267063号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】河野 陽一、「食物アレルギー:食物のアレルゲン性について」、千葉医学雑誌、千葉医学会、1998年12月01日、第74巻、第6号、pp.431-437
【非特許文献2】日本小児アレルギー学会誌、日本小児アレルギー学会、2004年10月15日、第18巻、第4号、pp.506
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記現状に鑑み、本発明者らは簡便で正確な早期診断法の開発を行った。すなわち本発明は、簡便で正確なアレルギー疾患の早期診断法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、アレルゲン特異的IgEを持つ者、即ちCAP−RAST法によってアレルギーであると診断された者の患者の血漿を用いて、研究した結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は以下の発明を包含する。[1]イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシンの配列を少なくとも有するペプチドから選ばれた少なくとも1種類のペプチドを固相担体に搭載したアレルギー診断キット。好ましくは、イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチドのいずれかのペプチドを搭載したアレルギー診断キット。[2]ペプチドが5〜25のアミノ酸配列からなることを特徴とする診断キット。[3]分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を塗布した担体上に、1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤でペプチドを搭載したことを特徴とする診断キット。[4]非特異的吸着防止材が、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤と、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる事を特徴とする診断キット。[5]光反応性基がアジド基或いはジアジリン基である診断キット。[6]アミノ基と室温反応性の官能基がエポキシ基或いはサクシンイミドエステルである診断キット。[7]水溶性ポリマーが、ノニオン性ポリマーである診断キット。[8]ノニオン性ポリマーが、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートのビニル重合体である診断キット。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】カゼインのアミノ酸配列
【図2】ヒト血漿とカゼインペプチドとの発光反応の結果(ペプセット♯1〜38)。
【図3】ヒト血漿とカゼインペプチドとの発光反応の結果(ペプセット♯13〜15、26〜34)。
【図4】ヒト血漿を用いた発光反応の結果とCAP−RAST法の結果との相関を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の診断用キットに搭載されるイソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシンの配列を少なくとも有するペプチドは、上記配列で表されるアミノ酸配列を少なくとも部分配列として含んでいる限り、そのアミノ酸残基数は特に限定されない。典型的にはアミノ酸残基数5〜25のペプチドであり、より典型的にはアミノ酸残基数5〜15のペプチドである。
【0012】
本明細書において、イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシンの配列を少なくとも有するペプチドを、単に「エピトープペプチド」と称する場合がある。
【0013】
上記したエピトープペプチドは、被験者の体液(例えば血漿)中の、牛乳アレルギーを発症する患者のみに存在する牛乳カゼイン抗体を認識し、結合する機能を有する。従って、これらのエピトープペプチドを搭載した本発明の診断キットは牛乳アレルギーの早期診断薬として利用できる。
【0014】
本発明の診断用キットによれば、エピトープペプチドを被験試料と接触させ、該被験試料に存在する前記抗体を検出、定量することによって牛乳アレルギーの診断を行うことができる。
【0015】
エピトープペプチドは、公知のペプチド合成方法、例えば全自動ペプチド合成装置を用いた方法により製造することができる。
【0016】
エピトープペプチドは、必要に応じて塩の形態、好ましくは生理学的に許容される酸付加塩の形態であってもよい。そのような塩としては、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)の塩、有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)の塩等が挙げられる。
【0017】
被験試料としては、牛乳カゼインに対する抗体が検出可能なものであればいかなるものでもよいが、例えば、被験者から単離された血液、血漿、血清、滑膜液、リンパ液、関節液、腹水、唾液、髄液、およびこれらから得られた分画成分などが挙げられる。
【0018】
本発明において「診断」とは、被験者が牛乳アレルギーに羅患しているか否かの判定、将来的に牛乳アレルギーに羅患する危険性が存在するか否かの判定、治療の効果の判定、および治療後に牛乳アレルギーを再発する危険性が存在するか否かの判定を意味する。また、診断には、牛乳アレルギーの羅患やその危険性がどの程度であるか測定することも含まれる。
【0019】
本発明の診断キットとしては、牛乳アレルギーを診断する方法に用いられるものであり、エピトープペプチドと被験試料中の抗体との抗原抗体反応に基づく物理量の変化を検出することができる方法に用いられる診断キットであればその形態は特に限定されない。例えば、標識免疫測定試薬で行われているように標識物質を利用して発色、発光、蛍光として上記抗原抗体反応を検出する方法、免疫学的凝集試薬で行われているように不溶性担体の凝集として目視や濁度により上記抗原抗体反応を検出する方法などのイムノアッセイに用いられる診断キットが採用できる。
【0020】
イムノアッセイの具体例としては、酵素免疫測定法(Enzyme-linked immunosorbent assay:ELISA)、放射免疫測定法(radioimmunoassay:RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、ゲル内沈降反応(Ouchterlony法、免疫電気泳動法、single radial
immunodiffusion法など)、免疫比濁法、粒子凝集反応法等が挙げられる。
【0021】
上記の方法の中において、診断キットの形態としては、エピトープペプチドを固相担体に固定化したものを採用できる。このとき、使用できる固相担体とは、上記抗原抗体反応の反応系で溶媒に不溶な担体であれば、その材質及び形状は特に制限されず、公知の固相担体が使用できる。固相担体の形状としては、使用目的に応じて適宜の形状を選択すれば良く、例えば、テストプレート状、ビーズ状、球状、ディスク状、チューブ状、フィルター状等が挙げられる。また、その材質としては、通常の免疫測定法用担体として用いられるもの、例えば、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアクリルアミド等の合成樹脂、または、これらに公知の方法によりスルホン酸基、アミノ基などの反応性官能基を導入したもの、ガラス、多糖類、シリカゲル、多孔性セラミックス、金属酸化物、赤血球等が例示できる。
【0022】
固相担体へのエピトープペプチドの固定化方法は、物理的吸着法、共有結合法、イオン結合法、架橋法などの公知の方法が使用できるが、操作の容易さ、再現性、感度等の観点から共有結合法を用いるのが好ましい。
【0023】
イムノアッセイに用いる標識物質としては、蛍光物質、発光物質、色素、酵素、補酵素、あるいはラジオアイソトープ等が挙げられる。なかでも、アルカリホスファターゼやパーオキシダーゼのような酵素標識は、安全性や経済性に優れ、しかも必要な感度を比較的容易に達成できる上で好ましい。標識物質は、エピトープペプチドや該エピトープペプチドに結合する抗体に対する二次抗体に直接結合して標識することができる。あるいは標識物質を認識する抗体やアビジン−ビオチン系などを利用して間接標識することもできる。
【0024】
本発明の診断キットは、必要な試薬とともにキット化することもできる。ELISA用の試薬キットの場合は、構成試薬としては、例えば、本発明のエピトープペプチド、酵素標識した二次抗体、基質液などを含有する。エピトープペプチドは予め固相に固定化されていてもよく、あるいは使用時に固相に固定化する形態であってもよい。この場合、試薬キットに、エピトープペプチドを固定化するための固相が含まれていてもよい。また、凝集反応用の試薬キットの場合は、エピトープペプチドを固定化した担体粒子を含有する。
【0025】
上記の構成試薬の他に、標準試料、緩衝液、溶解液、洗浄液、反応停止液、使用説明書などが含まれていてもよい。上記各構成試薬は、懸濁液、溶液、または凍結乾燥品の形態とすることができる。
【0026】
また、エピトープペプチドは、これらの複数種を高密度に貼り付けたプロテインチップ(プロテインアレイ)として用いられるのが最も好ましく、このようなプロテインチップも本発明の診断キットに含まれる。この場合、キットには、質量分析計、測定・解析に必要なソフト、該ソフトを導入したコンピューターなどが含まれていてよい。
【0027】
好ましいプロテインチップの製造法としては、特願2008−271460号明細書に記載されているように、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を塗布した担体上に、1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤でエピトープペプチドを固定化する方法である。
【0028】
非特異的吸着防止材として使用可能な水溶性ポリマーとしては、ホスホリルコリン含有ポリマーなどの両極性ポリマー及びノニオン性ポリマーがある。ノニオン性ポリマーとしては、ポリエチレングリコール(PEG)やポリプロピレングリコールのようなポリアルキレングリコール;ビニルアルコール、メチルビニルエーテル、ビニルピロリドン、ビニルオキサゾリドン、ビニルメチルオキサゾリドン、2-ビニルピリジン、4-ビニルピリジン、N-ビニルサクシンイミド、N-ビニルホルムアミド、N-ビニル-N-メチルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、N-ビニル-N-メチルアセトアミド、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、ポリエチレングリコールメタクリレート、ポリエチレングリコールアクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N-iso-プロピルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、メチロールアクリルアミド、アクリロイルモルホリン、アクリロイルピロリジン、アクリロイルピペリジン、スチレン、クロロメチルスチレン、ブロモメチルスチレン、酢酸ビニル、メチルメタクリレート、ブチルアクリレート、メチルシアノアクリレート、エチルシアノアクリレート、n-プロピルシアノアクリレート、iso-プロピルシアノアクリレート、n-ブチルシアノアクリレート、iso-ブチルシアノアクリレート、tert-ブチルシアノアクリレート、グリシジルメタクリレート、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、iso-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、iso-ブチルビニルエーテル、tert-ブチルビニルエーテルなどのモノマー単位の単独または混合物を構成成分とするノニオン性のビニル系高分子;ゼラチン、カゼイン、コラーゲン、アラビアガム、キサンタンガム、トラガントガム、グアーガム、プルラン、ペクチン、アルギン酸ナトリウム、ヒアルロン酸、キトサン、キチン誘導体、カラギーナン、澱粉類(カルボキシメチルデンプン、アルデヒドデンプン)、デキストリン、サイクロデキストリン等の天然高分子、メチルセルロース、ビスコース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースのような水溶性セルロース誘導体等の天然高分子を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。また、これらのポリマーをベースにした光架橋型水溶性ポリマーの市販品、例えばポリビニルアルコールをベースにした東洋合成工業社製「AWP」などを使用することも可能である。これらのうち、特に好ましいものは、ポリエチレングリコール系ポリマーであり、更にはポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートのビニル重合体である。
【0029】
本発明に使用される水溶性ポリマーは、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーである。ここで、「分子全体として電気的に中性」とは、中性付近のpH(pH6〜8)の水溶液中で電離してイオンになる基を有さないか、又は有していても陽イオンになるものと陰イオンになるものを有していて、その電荷の合計が実質的に0になることを意味する。ここで「実質的に」とは、電荷の合計が0になるか、又は0にはならないとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に小さいことを意味する。
【0030】
本発明に用いられる水溶性ポリマーの水に対する溶解度(水100gに溶解するグラム数)は、好ましくは5以上である。
【0031】
「ノニオン性」とは、中性付近のpH(pH6〜8)の水溶液中で電離してイオンになる基を実質的に有さないことを意味する。ここで「実質的に」とは、このような基を全く含まないか、又は含んでいるとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に微量(例えば、このような基の数が炭素数の1%以下)であることを意味する。
【0032】
ノニオン性水溶性ポリマーの分子量(平均分子量、以下同じ)は、特に限定されず、通常、1000〜5000万程度であるが、ノニオン性水溶性ポリマーの分子量が大きくなり過ぎると、水溶性に限界が生じてくる。また、分子量が小さいと効率よく固定化が行えなくなるので、1万〜5000万程度が好ましい。水溶性ポリマーの使用時の濃度は、特に限定されない。
【0033】
非特異的吸着防止材として使用する際は、上記水溶性ポリマーに光反応性基を導入しても良いが、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーに添加して使用することが簡便で望ましい。
【0034】
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤の添加量としては、特に制限はないが、好ましくは水溶性ポリマーに対して0.1〜50重量%とするのが好ましく、より好ましくは1〜30重量%、更に好ましくは1〜20重量%である。
【0035】
光架橋剤が有する光反応性基の好ましい例として、アジド基(-N3)を挙げることができるがこれに限定されるものではない。光架橋剤としては、アジド基を2個有するジアジド化合物が好ましく、特に水溶性ジアジド化合物が好ましい。本発明に用いられる光架橋剤の好ましい例として、下記一般式[I]、[II]で表されるジアジド化合物を挙げることができる。
【0036】
【化1】

【0037】
一般式[I]中、Rは単結合又は任意の基を示す。-R-は、2個のフェニルアジド基を連結するだけの構造であるから、ジアジド化合物が必要な水溶性(後述)を有することになるものであれば特に限定されない。好ましい-R-の例として、単結合(すなわち、2個のフェニルアジド基が直接連結される)、炭素数1〜6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい。特に好ましくはメチレン基である。)、-O-、-SO2-、-S-S-、-S-、-R2・・・Y・・・R3-(ただし、・・・は単結合又は二重結合を示し、Yは炭素数3〜8のシクロアルキレン基、R2及びR3は互いに独立に炭素数1〜6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、該アルキレン基の基端の炭素原子とYとの結合が二重結合であってもよく、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)を示し、シクロアルキレン基は、1個又は2個以上の任意の置換基で置換されていてもよく(置換されている場合、好ましくはシクロアルキレン基を構成する炭素原子のうち、1個若しくは2個が酸素と二重結合してカルボニル基を構成し、及び/若しくは1個若しくは2個の炭素数1〜6のアルキル基で置換されている)を挙げることができる。また、一般式[I]中のそれぞれのベンゼン環は、1個又は2個以上の任意の置換基(好ましくはハロゲン、炭素数1〜4のアルコキシル基、スルホン酸若しくはその塩等の親水性基)で置換されていてもよい。好ましい-R-の具体例として次のものを例示することができる。−、-CH2-、-O-、-SO2-、-S-S-、-S-、-CH=CH-、-CH=CH-CO-、-CH=CH-CO-CH=CH-、-CH=CH-、化2に示される置換基。
【0038】
【化2】

【0039】
【化3】

【0040】
上記式[II]中のnは1〜1000、好ましくは1〜500である。分子量が大きくなりすぎると光架橋効率が悪くなる。
【0041】
本発明に用いられる光架橋剤の内、特に好ましいのは水溶性のものである。光架橋剤についての「水溶性」とは、0.5mM以上、好ましくは2mM以上の濃度の水溶液を与えることができることを意味する。光架橋剤の使用時の濃度は、特に限定されない。
【0042】
尚、本発明に係る非特異的吸着防止材は、その使用に際し、水、燐酸緩衝生理食塩水(PBS)等の緩衝溶液等、適宜の溶媒を含んで使用される。担体への塗布を容易にするためである。このとき水溶性ポリマーの濃度は、特に限定されるものではないが、溶液(懸濁液)全体に対し0.005重量%〜20重量%とするのが好ましく、0.04重量%〜10重量%とするのがより好ましい。この場合の光架橋剤の濃度は上記のように、水溶性ポリマーに対して0.1〜50重量%とするのが好ましく、より好ましくは1〜30重量%、更に好ましくは1〜20重量%である。
【0043】
また、本発明に係る固定化剤は、ポリオキシモノラウレート(Tween20(登録商標))等の界面活性剤を含んでもよい。特に、緩衝溶液及び界面活性剤の両方を含むことにより、相乗効果として、バックグラウンド値を小さくする効果が得られ、これは特に血清などを使用して検出する際に有用である。この界面活性剤の添加量としては、溶液(懸濁液)全体に対し0.1〜20%が好ましい範囲である。更に、有機溶媒を含んでいてもよい。この有機溶媒としては、水と任意の割合で混じり合う低級アルコール(好ましくはエタノール)などを用いることができる。
【0044】
被固定化物質とともに使用される1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤としては次のものが好ましい。すなわち、光反応性基としてはアジド基、ジアジリン基が好ましく、室温反応性基としては、エポキシ基、サクシンイミドエステルのような活性エステルが好ましい。具体的には、N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]フェニル]オキシラン、N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]ベンゾキシル]サクシンイミド、5-アジド-2-ニトロベンゾイックアシッドN-ヒドロキシサクシンイミドエステルなどが好ましく用いられる。
【0045】
被固定化物質と混合して用いられる場合、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の添加量としては特に制限はないが、被固定化物質に対して0.001重量%〜100重量%が好ましく、特に0.01重量%〜10重量%が好ましい。1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の使用時の濃度は、特に制限されない。
【0046】
本発明にかかる1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤は、溶媒を含んで適用される。溶媒としては、水、水と任意の割合で混じり合う低級アルコール、ジメチルホルムアミド(DMF)及びこれらの混合物を用いることができる。
【0047】
本発明の非特異的吸着防止材に含まれる光架橋剤、水溶性ポリマー、及び1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤は、それ自体公知であり、公知の製造方法により製造可能であり、また、市販されているものもある。
【0048】
本発明の光反応性基として用いられるアジド基或いはジアジリン基は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共に窒素ラジカル或いは炭素ラジカルが生じ、この窒素ラジカル或いは炭素ラジカルは、アミノ基やカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物と架橋することが可能である。すなわち、非特異的吸着防止材に含まれる光架橋剤は、担体及び非特異的吸着防止材の水溶性ポリマーを効果的に架橋し、本発明にかかる固定化剤は効果的に非特異的吸着防止材と架橋する。
【0049】
一方、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤中のエポキシ基或いは活性エステルは、被固定化物質のアミノ基と選択的に反応し、担体上に被固定化物質の配向固定化を可能にする。
【0050】
本発明により、担体上に所望の物質を固定化することは、次のようにして行うことができる。先ず、担体上に非特異的吸着防止材をコーティングし、その上に固定化すべき物質と1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の混合物をスポッティングし、次いで室温反応後、担体の全面に光照射してもよいし、非特異的吸着防止材上に1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤をまずスポットし、光照射後、固定化すべき物質をその上にスポットし、その後室温反応をしてもよい。
【0051】
非特異的吸着防止材の膜厚に特に制限はないが、通常0.01〜10μm、好ましくは0.05〜1μmである。被固定化物質の濃度についても特に制限はないが、通常0.01〜10%、好ましくは0.05〜1%である。
【0052】
照射する光は、用いる光反応性基がラジカルを生じさせることができる光であればよく、光反応性基としてアジド基或いはジアジリン基を用いる場合には、300〜400nmの紫外線が好ましい。照射する光線の線量は、特に限定されないが、通常、1cm2当たり1mW〜100mW程度である。
【0053】
非特異的吸着防止材に光を照射することにより、光反応性基がラジカルを生じ、担体と水溶性ポリマーが共有結合する。その上に、固定化すべき物質と1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の混合物をスポットし、室温反応する事で1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤と、固定化すべき物質が共有結合し、次いで光を照射することにより、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の光反応性基がラジカルを生じ、水溶性ポリマーと共有結合する。その結果、担体上に固定化すべき物質が配向固定されることになる。また、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤を、まず非特異的吸着防止材上にスポットし光照射後、固定化すべき物質をその上にスポットして室温反応させてもよい。特に、この2段スポット法は、固定化すべき物質の溶液に緩衝溶液などを含む場合に有効である。通常の1段スポット法では、緩衝溶液などを含む場合は感度が低くなるが、この2段スポット法では感度低下がない。なお、本発明の方法では、固定化すべき物質は、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の室温反応性基と結合するため、配向固定されることになる。そのため、固定化すべき物質を、従来の光反応性基によるラジカルで固定化する特定の部位と結合しないランダム固定化方法と比較して、高感度化が可能になる。
【実施例】
【0054】
水溶性ポリマーの調製
ポリエチレングリコールモノメタクリレート(ポリエチレングリコール部分子量350)26.3gを200mlの酢酸エチルに溶解し、AIBNを開始剤として61.6mg加え、還流下で6時間反応させた。反応液はエバポレーターにて溶媒を取り除いた後、水で溶解し、限外ろ過を行い未反応のモノマーを取り除いた。ゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)にてポリマー生成を確認した。
【0055】
非特異的吸着防止材の形成及びペプチドの固定化
4,4'-ジアジドスチルベン-2,2'-ジスルホン酸ナトリウム(市販品)を光架橋剤として用いた。光架橋剤の濃度が0.15%、上記水溶性ポリマーの濃度が3%となるように混合した。得られた水溶液を、ハイインパクトポリスチレン樹脂担体上にスピンコートし、乾燥した(膜厚約0.1μm)後、UV照射(ブラックライトで7分間)した。次いで、固定化剤N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]フェニル]オキシラン(テイカ製薬製)が0.001%になるように混合したDMF−水(1:1)溶液を20nLスポットし、乾燥した後、UV照射(ブラックライトで7分間)した。その後、下記の固定化ペプチド0.1%のDMF−水(1:5)溶液を20nLスポットし、37℃で30分間反応させ固定化し、アレルギー診断用キットを作成した。
【0056】
固定化ペプチド
図1に示すカゼインのアミノ酸配列で、5残基ずつずらせた15残基のオーバーラップペプチド 38種類(クラボウ製)を固定化した。以下、上記のオーバーラップペプチドをアミノ酸配列左のものから、ペプセット#1〜38とする。
【0057】
測定
上記アレルギー診断用キットをPBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、CAP−RAST法で表1に示すような結果を示したヒトの血漿(International Diagnostic Resources,Inc.)と37℃で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識二次抗体(市販品)と37℃で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、化学発光試薬を添加し、発光強度を測定した。結果を図2〜図4に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
図2より、ペプセット#13−14−15、26−27−28、29−30−31及び32−33−34は、発光強度が高く、早期診断に有効なペプチドであることが分かった。これら発光強度の高いペプセットについての発光強度の結果を図3に示す。また、これらペプセットのアミノ酸配列を表2に示す。表2より、発光強度の高いペプセットにおいて共通していたアミノ酸配列である IVPNS(イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリン)、IGVNQ(イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミン)、RQFYQ(アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミン)及びYVPLG(チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシン)がエピトープと考えられる。ペプセット#13−14−15、26−27−28は、特に発光強度が高かった、よって、アミノ酸配列IVPNS及びIGVNQは、特に早期診断に有効なエピトープと考えられる。
【0060】
【表2】

【0061】
また、以上の発光反応の結果とCAP−RAST法による結果との相関を示した図4をみると、アレルゲンタンパク質であるカゼインを用いた場合、CAP値約80〜100kU/Lに発光強度のピークがみられたのに対し、ペプチドを用いた場合、CAP値が1〜5
kU/Lにピークがみられた。また、ペプチドを用いた場合、CAP値に対する発光強度の立ち上がりが急であった。よって、ペプチドの使用により、陰性、擬陽性、陽性の境界近傍の診断が、アレルゲンタンパク質を使用するよりも正確にでき、早期診断が可能となる。更に、エピトープペプチドとアレルゲンタンパク質の両方を用いることにより、総合的な診断も可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のアレルギー診断用キットを用いて牛乳アレルギーの診断を行えば、被験者に対し、食物負荷試験における身体的負担を与えることなく、迅速且つ高い信頼度で牛乳アレルギーを早期診断することができる。高い信頼度でアレルギー診断が行われることにより、現在のCAP−RAST法による診断よりも早期診断を可能にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソロイシン−バリン−プロリン−アスパラギン−セリンの配列を少なくとも有するペプチド、
イソロイシン−グリシン−バリン−アスパラギン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、
アルギニン−グルタミン−フェニルアラニン−チロシン−グルタミンの配列を少なくとも有するペプチド、
チロシン−バリン−プロリン−ロイシン−グリシンの配列を少なくとも有するペプチド、
から選ばれた少なくとも1種類のペプチドを固相担体に搭載したアレルギー診断キット。
【請求項2】
ペプチドが5〜25のアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1記載のキット。
【請求項3】
分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を塗布した担体上に、1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤でペプチドを搭載したことを特徴とする請求項1ないし2記載のキット。
【請求項4】
非特異的吸着防止材が、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤と、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる事を特徴とする請求項1ないし3記載のキット。
【請求項5】
光反応性基がアジド基或いはジアジリン基である請求項1ないし4記載のキット。
【請求項6】
アミノ基と室温反応性の官能基がエポキシ基或いはサクシンイミドエステルである請求項1ないし5のいずれか1項に記載のキット。
【請求項7】
水溶性ポリマーが、ノニオン性ポリマーである請求項1ないし6記載のキット。
【請求項8】
ノニオン性ポリマーが、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートのビニル重合体である請求項7記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−153843(P2011−153843A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−14064(P2010−14064)
【出願日】平成22年1月26日(2010.1.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 文部科学省、独立行政法人科学技術振興機構 独創的シーズ展開事業・革新的ベンチャー活用開発 委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(506166837)ヒラソルバイオ株式会社 (6)
【Fターム(参考)】