説明

アンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該引き寄せ金物を使用した大規模木造建物の耐震補強方法

【課題】大規模木造建物で用いられる耐力壁(柱同寸筋かい壁)が、十分な水平耐力を発揮しつつ、靭性を確保するようにする。
【解決手段】引き寄せ金物本体2を耐力壁25の柱3に固定し、アンカーボルト7を、鉄筋コンクリート基礎5に埋め込んで固定するとともに、その上端部を引き寄せ金物本体2に締め付けて締着することにより、柱3を土台6に引き寄せて接合し、アンカーボルト7は、地震により耐力壁25に強大な水平力Pが加わった際に、固定具4による引き寄せ金物本体2と柱3の固定部30、アンカーボルト7の鉄筋コンクリート基礎5の埋め込み部33及び耐力壁25の上部横架材32のいずれかが破壊するよりも先行して降伏し、その後に所定の強度を保ちながら伸び続ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木造軸組耐力壁の耐震補強を行う引き寄せ金物及び該引き寄せ金物を使用した耐震補強方法に関し、特に、大規模木造建物の耐震補強方法アンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該引き寄せ金物を使用した大規模木造建物の耐震補強方法に関する。ここで、大規模木造建物とは、一般住宅用の木造建物に対して、例えば、学校校舎等の大規模な木造建物を言う。
【背景技術】
【0002】
近年、木造住宅の耐震性の向上させるために、耐震金具についてはいろいろな開発が行われている。例えば、柱にねじ止めする背部と底部とから全体的にL字形に形成されており、背部と底部を結合して補強する側部を有し、ボルトを底部を通し土台に固定することで、柱を土台に固設する金具は、すでに公知である(特許文献1〜4参照)。
【0003】
ところで、従来の木造住宅の柱と土台の接合部は、耐震要素である耐力壁が十分に性能を発揮するまで破壊しないことを必須としている。一方、既存の大規模木造建築で多く用いられている耐力壁である柱同寸筋かい壁(筋かいの断面が柱と同寸法:最大150mm×150mm)では、住宅用の耐力壁よりも最大耐力が2倍程度大きい場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−119884号公報
【特許文献2】特開2007−170049号公報
【特許文献3】特開2003−278281号公報
【特許文献4】特開2010−248859号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような大規模木造建築において、耐力壁の柱と土台(横架材)との接合部の性能を、木造住宅と同じように確保しようとした場合、耐震要素である木造軸組耐力壁(以下、単に「耐力壁」という)として、柱同寸筋かい壁を用いるとともに、耐力壁の柱と土台との接合部に補強用の金物を用いて強度を高めても、これら耐力壁が十分に性能を発揮する前に、構架材等の他の軸組が脆性的に破壊してしまうことがある。
【0006】
本発明は、大規模木造建物において、構架材等の他の軸組が脆性的に破壊することなく、大規模木造建物の耐震要素である耐力壁が十分に性能を発揮するような、大規模木造耐震補強に用いる耐力壁を補強する金物及び該金物を使用して大規模木造建物の木造軸組耐力壁の補強方法を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために、引き寄せ金物本体と、上端部にねじ部が形成されたアンカーボルトと、引き寄せ金物本体を柱同寸筋かいを有する耐力壁の柱に固定する固定具とを備えており、引き寄せ金物本体は、背部と底部を有し、背部には固定具を通す固定具孔が形成され、底部にはアンカーボルトを通すボルト孔が形成されており、引き寄せ金物本体を固定具で耐力壁の柱に固定し、アンカーボルトを、その下部においてコンクリート基礎に埋め込んで固定するとともに、その上端部のねじ部に螺合したナットで前記底部に対して締め付けることにより、耐力壁の柱をコンクリート基礎側に引き込んで接合して木造建物の耐震補強に使用するアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物であって、アンカーボルトは、耐力壁に外力が加わった際に、前記固定具による引き寄せ金物本体と柱の固定部、アンカーボルトのコンクリート基礎への埋め込み部及び耐力壁の上部横架材のいずれかが破壊するよりも先行して降伏する強度を有する構成であることを特徴とするアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を提供する。
【0008】
本発明は上記課題を解決するために、引き寄せ金物本体と、上端部にねじ部が形成されたアンカーボルトと、引き寄せ金物本体を柱同寸筋かいを有する耐力壁の柱に固定する固定具とを備えたアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法であって、引き寄せ金物本体は、背部と底部を有し、背部には固定具を通す固定具孔が形成され、底部にはアンカーボルトを通すボルト孔形成された構成のものを使用し、 引き寄せ金物本体を固定具で耐力壁の柱に固定し、アンカーボルトを、その下部においてコンクリート基礎に埋め込んで固定するとともに、その上端部のねじ部に螺合したナットで前記底部に対して締め付けることにより、耐力壁の柱をコンクリート基礎側に引き込んで接合することで、耐力壁を補強し、アンカーボルトは、耐力壁に外力が加わった際に、前記固定具による引き寄せ金物本体と柱の固定部、アンカーボルトのコンクリート基礎への埋め込み部及び耐力壁の上部横架材のいずれかが破壊するよりも先行して降伏する強度を有するものを使用することを特徴とするアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法を提供する。
【0009】
前記アンカーボルトは、降伏した後に所定の強度を保ちながら伸び続けるものを使用する。
【0010】
前記アンカーボルトは、SNR鋼材を素材とした建築構造用転造ねじアンカーボルト、又は同等以上の変形能力(伸び能力)を有するアンカーボルトを使用することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該金物を使用して大規模木造建物の耐力壁の補強方法によれば、大規模木造建築において、地震の際に、大規模木造建築の軸組構造に強大な外力が加えられた場合、耐力壁の柱と土台の接合部を接合する引き寄せ金物のアンカーが先に破断するから、構架材等の他の軸組が脆性的に破壊することなく、耐震要素である耐力壁が十分にその性能を発揮する。
【0012】
即ち、従来の引き寄せ金物及びそれを使用した補強方法では、耐力は上昇するが靭性に乏しく、また横架材が脆性的に破壊してしまう。しかし、本発明により、柱と土台の接合部のアンカーボルトが降伏しても、その降伏後の靭性を確保することで、耐力壁は一定水平力を保持したまま変形することが可能となる。これにより、既存大規模木造建物で耐力壁として用いられる柱同寸筋かい壁が、十分な水平耐力を発揮しつつ、靭性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該金物を使用した新築の大規模木造建物の補強方法の実施例を説明する斜視図であり、(a)はアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物による柱と土台の接合部の構成を示し、(b)はアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を示す。
【図2】本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を適用した接合部を備えた耐力壁を模式的に示す図である。
【図3】実証試験1の試験体名と各種仕様を示す表1である。
【図4】実証試験1の結果得られた荷重−変位関係を示すグラフである。
【図5】実証試験1の結果得られた荷重−変位関係を示すグラフである。
【図6】実証試験1の荷重−変位関係の評価結果を示す表2と、許容値の検討結果を示す表3である。
【図7】実証試験2において、本発明において使用するアンカーボルト(SN400)と通常のボルト(SS400)の比較実験の結果得られた荷重−変位関係を示すグラフである。
【図8】本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該金物を使用した既存の大規模木造建物の補強方法の実施例を説明する図であり、(a)は側面図であり、(b)は(a)の要部の拡大図であり、(c)は(a)の要部を拡大した正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及び該金物を使用した大規模木造建物の補強方法を実施するための最良の形態を実施例に基づき図面を参照して、以下説明する。
【実施例】
【0015】
本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物(以下、「引き寄せ金物」という)の実施例を説明するとともに、この引き寄せ金物を使用して、大規模木造建物における耐力壁の耐震補強を行う補強方法の実施例を、図1、2を参照して説明する。
【0016】
(引き寄せ金物)
本発明の実施例の引き寄せ金物1は、図1(a)に示すように、主に、引き寄せ金物本体2と、引き寄せ金物本体2を柱3に固定する固定具4と、引き寄せ金物本体2を鉄筋コンクリート基礎5上の土台6に引き寄せて接合するアンカーボルト7と、を備えている。
【0017】
図1(b)は、引き寄せ金物本体2を示す斜視図である。引き寄せ金物本体2は、例えば、SNR鋼材(建築構造用圧延鋼材)で形成されており、柱3にねじ止めする背部10と、背部10に対して直交する底部11と、背部10と底部11を結合して補強する補強用側部12とを備えている。
【0018】
背部10には、固定具4(例.ビス)を通す複数の固定具孔14(例.ビス孔)が貫通して形成されている。底部11には、アンカーボルト7を通すボルト孔15が貫通して形成されている。このボルト孔15は、アンカーボルト7の固定位置の微調整を考慮し、底部11の横幅方向又は奥行き方向に沿って若干長い長孔としてもよい。
【0019】
なお、引き寄せ金物本体2は、特に上記のような構成でなくても、少なくとも、背部10及び底部11を有し、強度のある構成であれば、他の構成でもよい。
【0020】
引き寄せ金物本体2を柱3に固定する固定具4は、例えば、施工しやすいドリルビスを使用するとよい。このようなドリルビスは、例えば、SNR鋼材で製造されたものが好ましい。
【0021】
アンカーボルト7は、その上端部には、金物本体を固定するために、ねじ部17が形成されている。また、アンカーボルト7の下端部には、フック部18が形成されており、後記するが、使用時には、このフック部18を含めアンカーボルト7の下部は、鉄筋コンクリート基礎5に埋め込まれて固定されるように構成されている。
【0022】
通常、アンカーボルトの素材としては、構造用鋼材を使用するが、これには、SNR鋼材、SS鋼材(一般構造用圧延鋼材)等がある。また、アンカーボルトのねじ部については、転造して製造するABRタイプのねじ(転造ねじ)と、ねじ切り(切削)して製造するABMタイプ(切削ねじ)がある。
【0023】
SNR鋼材は、C(炭素)、Si(シリコン)をおさえ、溶接性が良くなるMn(マンガン)をやや多くし、不純物のP(リン)とS(イオウ)をかなり少なくして、衝撃に強く伸びやすくした建築構造用の鋼である。SNRのRは「Rod(丸鋼)」の略である。SS材は不純物であるP(リン)とS(イオウ)をおさえ、引張強さを決めただけの最も一般的に使用されている鋼である。
【0024】
転造ねじは、ダイスのねじ山部が丸鋼を圧縮してねじの谷部を作り、押して盛り上げた部分でねじの山部を作るから、金属組織の流れが山から谷へと連続してつながっているので強度が強くなる。その特長は、切削ねじと比べ強度が強く(5〜20%)、伸びが大きい(降伏前の長さに対して約20%の伸び能力)。強度はねじの有効径で決まるので、ねじ部と、軸部の強度がほぼ等しく、アンカーボルトに適用した場合、全体として充分に伸びる。
【0025】
本発明に係る引き寄せ金物に使用するアンカーボルト7としては、降伏した後に、所定の引っ張り力を加え続けても、強度を保ちながら伸び続けるSNR鋼材を素材として使用し、ねじ部は転造して形成されたABRタイプの建築構造用転造ねじアンカーボルトが適している。転造ねじの場合は、引っ張り力に対しても粘りがある。アンカーボルト7としては、SNR鋼材を素材として使用した建築構造用転造ねじアンカーボルトと同等以上の変形能力を有するアンカーボルトを使用してもよい。
【0026】
本発明に係る引き寄せ金物に使用するアンカーボルト7は、その伸び能力の観点から見ると、20%以上の伸び能力を有することが好ましい。この20%は、SNR鋼材の伸び能力が降伏前の長さに対して約20%であることに基づく値である。このように、20%以上の伸び能力を有することが好ましいが、伸びることで柱3が浮き上がった場合の建物全体の変形状態を考慮すると、伸び能力の上限は30%に抑えることが、より好ましい。
【0027】
以上整理すると、本発明に係る引き寄せ金物に使用するアンカーボルト7は、SNR鋼材を素材とした建築構造用転造ねじアンカーボルト、又は同等以上の変形能力(伸び能力)を有するアンカーボルトを使用することが好ましい。そして、その伸び能力は、20%以上であることが好ましく、20〜30%であれば、より好ましい。
【0028】
(補強方法)
本発明の引き寄せ金物1を使用した柱3と土台5の接合部の施工方法、及び大規模木造建物における耐力壁の構造等の説明を通して、本発明に係る引き寄せ金物及びこの引き寄せ金物を使用した大規模木造建物の補強方法を、建物を新築する場合について説明する。
【0029】
本発明の引き寄せ金物1を使用して、大規模木造建物における耐力壁(後記する図2参照)において、柱3を土台6に引き寄せて接合した接合部20の構造を図1(a)に示す。このような接合部20の施工を行う場合は、予め、補強する耐力壁における柱3と土台6の接合部の施工予定箇所において、鉄筋コンクリート基礎5に、フック部18を含めアンカーボルト7の下部を埋め込んで固定し、アンカーボルト7の上部を、土台6の挿通孔21から上方に突き出しておく。
【0030】
補強する柱3は、土台6上に載置され垂直に立てられるが、引き寄せ金物1を、この柱3の側面に沿うようにして下降させて、そのボルト孔15にアンカーボルト7の上端を挿通させる。
【0031】
そして、アンカーボルト7の上端がボルト孔15を通して底部11から上方に突出させた状態において、引き寄せ金物1を柱3の側面に固定する。この固定は、複数の固定具4をそれぞれ固定具孔14を通して柱3に固定することで行われる。
【0032】
次に、アンカーボルト7の上端に座金22を挿通させ、アンカーボルト7のねじ部17にナット23を螺合し、座金22を介して底部11に対して締め付ける。これにより、柱3を土台6上に引き寄せて接合し、図1(a)に示すような接合部20を形成する。
【0033】
図8は、既存の大規模建物を補強する場合の接合部20の構成及びその施工方法を示す図である。既存の大規模建物を補強する場合は、図8(a)に示すように、既存の鉄筋コンクリート基礎5の外側に、後施工で増し打ち鉄筋コンクリート基礎8を形成する。そして、その軸部31の途中に屈曲部34を有するアンカーボルト7を使用する。
【0034】
そして、施工に際しては、増し打ち鉄筋コンクリート基礎8に、新築の場合と同様に、アンカーボルト7のフック部を含め下部を埋め込めばよい。図8(b)、(c)は、図8(a)の引き寄せ金物1の部分を拡大した側面図及び正面図であるが、この部分については、新築の場合と同じである。図8(c)に示すように、耐力壁を構成する隣接する2本の柱同寸筋かい27の下端部は、柱3を両側から狭持するようにして、ボルト35及びナット36で固定される。
【0035】
(本発明の引き寄せ金物及び補強方法の特徴)
以上の大規模木造建物における耐力壁の柱3と土台6の接合部20の構成、及びこれによる耐力壁の補強方法において、本発明の特徴を以下説明する。図2は、本発明の引き寄せ金物1を適用した接合部20を備えた耐力壁25を模式的に示す図である。
【0036】
この耐力壁25は、柱同寸筋かい壁の構造である。即ち、鉄筋コンクリート基礎2の上に配置された土台6の上に、2本の柱3、3’が立てられ、それら柱3、3’の上部の間には上部横架材26が設けられている。そして、柱同寸筋かい(柱と同寸角の筋かい)27が、柱3の下部と柱3’の上部の間に斜めに配設されている。
【0037】
耐力壁25に、地震によって図2に示すように、水平力Pが加えられると、柱3、3’及び柱同寸筋かい27に対して、それぞれ矢印のような力が発生する。柱3には、上方に向かう引っ張り力(引抜力)Fが生じる。
【0038】
この引っ張り力Fは耐力壁の壁長さLと壁高さHの比H/Lに比例し、大規模木造建物ではH/Lが大きいところでは3〜4であることから、水平力Pの3〜4倍程度の大きさである。この引っ張り力Fにより、背部10が柱3に固定されている固定部30の固定具4には剪断力が生じ、アンカーボルト7の軸部31に軸方向の引っ張り力(軸応力)が生じ、鉄筋コンクリート基礎5とアンカーボルト7の間には引抜力が生じる。
【0039】
今、引っ張り力Fが加わっても、柱3と土台6の接合部20では破壊されないための、接合部20のそれぞれの箇所における必要な耐力は次のとおりとする。
【0040】
背部10が柱3に固定されている固定部30の固定具4にかかる剪断力が大きいと、固定具4が破断して固定部30が破損したり、或いは柱3の材質によっては許容耐力が低いために固定具4が引き抜かれ固定部30が破損したりする(後記するスギとヒノキの例参照)。このように固定部30が破損しないために必要な剪断耐力をAとする。アンカーボルト7に引っ張り力が加わっても降伏しない軸部の軸耐力をBとする。鉄筋コンクリート基礎5とアンカーボルト7間にかかる引抜力に対してアンカーボルトの引き抜き又はコンクリートのコーン破壊若しくは付着破壊が生じないための引き抜き耐力をCとする。
【0041】
柱3と土台6の接合部20において、剪断耐力A、軸耐力B及び引き抜き耐力Cを全て満たしている場合は、強大な水平力Pが加わっても、柱3と土台6の接合部20の破損は生じない。
【0042】
しかしながら、このような場合、図2において、上部横架材26と柱同寸筋かい27の接合部32において、上部横架材26に曲げ応力が発生し、上部横架材26等に曲げ破壊が生じる可能性がある。このように、上部横架材26等に曲げ破壊が生じると、柱同寸筋かい27がその機能を発揮することなく耐力壁25が破壊してしまう。
【0043】
そこで、上部横架材26等が曲げ破壊するが、柱3と土台6の接合部20ではいずれの箇所も破損しないため、上記剪断耐力をA、軸耐力をB及び引き抜き耐力をCとした場合、本発明では、アンカーボルト7の軸耐力をBより小さいB’として、地震の際に耐力壁25に水平力Pが加わり、柱3に引っ張り力Fが生じた際に、上部横架材26等が曲げ破壊することに先行して、アンカーボルト7にかかる引っ張り力によって、その軸部31が降伏するようにした。
【0044】
そして、アンカーボルト7は、降伏した後に、所定の引っ張り力を加え続けても、強度を保ちながら伸び続けるSNR鋼材を素材として使用することで、アンカーボルト7の軸部31が降伏した後において、アンカーボルト7にかかる引っ張り力が加わっていても、アンカーボルト7所定の強度を保ちながら伸び続けるので、柱3と土台6の接合部20に靭性(粘り)を確保し、耐力壁25は一定水平力を保持したまま変形することが可能となる。
【0045】
従って、地震の際に耐力壁25に水平力Pが加わっても、上部横架材26は、曲げ応力で曲げ破壊することがなくなるので、柱同寸筋かいはその機能を発揮するから、耐力壁25の破壊は防止される。
【0046】
要するに、本発明の引き寄せ金物1のアンカーボルト7は、地震の際に、外力である水平力Pが耐力壁25に加わった際に、柱3と引き寄せ金物1の固定部30、アンカーボルト7の鉄筋コンクリート基礎5の埋め込み部33、及び耐力壁25の上部横架材26の接合部32のいずれかが破壊するよりも先行して降伏する強度を有するようにし、しかも、降伏した後に所定の強度を保ちながら伸び続けるような寸法及び材料から成るアンカーボルトとする。
【0047】
(具体的施工例)
以下さらに、大規模木造建物における耐力壁25の柱3を土台6に接合する接合部20の具体的な施工例を説明する。この施工例は、耐力壁25のせん断性能から柱3と土台6の接合部20の必要性能を計算し、アンカーボルトの軸部(図2の符号31に示す部分)について短期許容引張耐力で80kN以上必要な場合とする。
【0048】
なお、「短期許容引張耐力」について説明する。許容耐力(引張・圧縮・曲げ・せん断)には、常時使用時(長期)と地震時や暴風時(短期)という2種類がある。一般的に、長期は、当該部材の最大耐力(引張・圧縮・曲げ・せん断)の1/3の耐力を長期許容耐力、短期はその2倍として許容耐力を設定する。本発明では、地震時を想定している(水平力Pというのが地震時を意味する)ので、許容耐力としては、「短期許容引張耐力」が必要となる。
【0049】
アンカーボルト7として、建築構造用転造ねじアンカーボルト(JIS II 13−2004 ABR400、M20)を使用する。
【0050】
固定具4については、柱3に引っ張り力Fが生じても、固定具4が破断して引き寄せ金物が柱3から剥離するようなことがなく、固定具4全体が十分なせん断性能を有し、固定具4全体の短期許容せん断耐力が200kN以上となるように、固定具4の本数(具体的にはビスの本数)を決定する。
【0051】
アンカーボルト7は、その下端部には、180°反転したフック部18を形成し、鉄筋コンクリート基礎5又は既存基礎に後施工する増し打ち鉄筋コンクリート基礎8に埋め込む。以上、鉄筋コンクリート基礎5又はアンカーボルト7の増し打ち鉄筋コンクリート基礎8への埋め込み長さは、これらの基礎のサイズにより異なり、アンカーボルト7の鉄筋コンクリート基礎5又は増し打ち鉄筋コンクリート基礎8上から引き寄せ金物下端までの長さは、400mm以上とする。
【0052】
(作用)
本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用し補強された耐力壁25によれば、地震により水平力Pが加わり、柱3に引っ張り力Fが生じた際に、上部横架材26等が曲げ破壊することに先行して、アンカーボルト7にかかる引っ張り力によって、その軸部31が降伏する。上記施行例の構成では、約80kNの引っ張り力がアンカーボルト7の軸部31に加わると、アンカーボルト7の軸部31が降伏し始める。
【0053】
しかし、本発明では、アンカーボルト7として、SNR鋼材使用したABRタイプの建築構造用転造ねじアンカーボルトを用いることで、降伏後の柱3と土台6の接合部20に靭性(粘り)を確保し、耐力壁25は一定水平力を保持したまま変形することが可能となる。これにより、既存大規模木造建物で用いられる柱3同寸耐力壁25が、十分な水平耐力を発揮しつつ、靭性を確保することができる。
【0054】
(実証試験1)
本発明者らは、本発明に係る引き寄せ金物及び該金物を使用した耐力壁の補強方法の実証試験1を実施した。この検証試験1では、試験体である柱3(母材)の下部に本発明の引き寄せ金物本体2の背部10を固定し、引き寄せ金物本体2にアンカーボルト7の上端部を固定し、下端部を鋼製基礎に固定した。
【0055】
そして、柱3を油圧引っ張り試験器で上方に引っ張り、柱3に引っ張り荷重を付与し、引っ張り荷重とアンカーボルト7の変位(伸び)を測定した。
【0056】
試験体である柱3(母材)は、既存材(ヒノキ)と新材(スギ)の2種類について行った。スギは、ヒノキに比べ許容耐力(圧縮、引張、せん断、曲げ)が低く、一般的に構造材として用いられる木材の中で最も許容耐力が低いもののひとつである。既存材(ヒノキ)については、アンカーボルト7の直径がM20(20mm)とM24(24mm)について、それぞれ載荷方法として、単調荷重(引っ張り荷重を徐々に大きくする)を行った。
【0057】
また、新材(スギ)については、アンカーボルト7の直径がM20とM24について、それぞれ載荷方法として、単調荷重と繰返し荷重(引っ張り荷重を徐々に大きくしながら時々緩めることを繰り返し行う載荷方法)を行った。以上の実証試験1における試験体名及び各種仕様について、図3の表1に示す。
【0058】
実証試験の結果を、図4及び図5においてそれぞれ荷重−変位関係のグラフで示す。図4は、いずれも単調荷重を前提として、柱3(母材)の違いによる荷重−変位関係を示すグラフである。M20の場合を図4(a)に、M24の場合を図4(b)に、それぞれ荷重−変位関係のグラフで示す。
【0059】
図5は、いずれも柱3はスギを前提として、載荷方法(単調荷重と繰返し荷重)の違いによる荷重−変位関係への影響を示す。M20の場合を図5(a)に、M24の場合を図5(b)に、それぞれ荷重−変位関係のグラフで示す。
【0060】
また、荷重−変位関係の結果より、評価結果の一覧を図6(a)の表2に示し、許容値の検討結果を図6(b)の表3に示す。
【0061】
図4(a)、(b)を比較すると、図4(a)は、アンカーボルト7がM20で細い場合であるが、この場合は、柱3がヒノキとスギの種類では荷重−変位関係はさほど異なることなく、引っ張り荷重が90.8KN(ヒノキ)、86.5KN(スギ)で降伏し、80mm程度伸びた段階で、破断する。
【0062】
この結果、アンカーボルト7がM20を本発明の引き寄せ金物1に使用すれば、アンカーボルト7が降伏後もアンカーボルト7が所定の荷重を受けていても伸びる、要するに所定の強度を保持したまま伸び続けることで、柱3と土台6の接合部20の靱性(粘り)を確保することができ、耐力壁25は水平耐力を保持したままで変形可能であり、靱性を確保することが可能である。
【0063】
図4(b)は、アンカーボルト7がM24で太い場合であるが、この場合は、柱3がヒノキとスギの種類による影響を受けて、荷重−変位関係が異なる。両者とも変位がほぼ40mmを越えると破断が開始されるが、スギ(SHM2)については、図6(b)に示すように、アンカーボルト7の破断ではなく、固定具4の破断、引き抜きにより、柱3と土台6の接合部20が破損する。
【0064】
なお、図4(b)は、M20におけるアンカーボルトの軸耐力B’<M24におけるアンカーボルトの軸耐力B’であり、しかもスギまたはヒノキにおけ固定部30が破損しないために必要な剪断耐力Aよりもアンカーボルトの軸耐力B’の方が大きい場合を前提とする。このような場合は、スギ、ヒノキのいずれについても固定部30で破損することが確認できた。
【0065】
図5(a)は、アンカーボルト7がM20で細い場合であるが、この場合は、柱3がヒノキとスギの種類では荷重−変位関係はさほど異なることなく、引っ張り荷重が86.5KN(単調荷重)、86.4KN(繰返し荷重)で降伏し、80mm程度伸びた段階で、破断する。
【0066】
図5(b)は、アンカーボルト7がM24で太い場合であるが、この場合は、載荷方法の違いよって影響を受けて、荷重−変位関係が異なる。両者とも変位がほぼ45mmを越えると破断が開始されるが、繰返し荷重(SHC1)については、図6(b)に示すように、アンカーボルト7の破断ではなく、固定具4の破断、引き抜きにより、柱3と土台6の接合部20が破損する。
【0067】
以上の実証試験の結果からすると、柱3(母材)の種類及び載荷方法によらず、アンカーボルト7がM20を本発明の引き寄せ金物1に使用すれば、アンカーボルト7が降伏後もアンカーボルト7が所定の荷重を受けていても伸びる、要するに所定の強度を保持したまま伸び続けることで、柱3と土台6の接合部20の靱性(粘り)を確保することができ、耐力壁25は水平耐力を保持したままで変形可能であり、靱性を確保することが可能であることが実証された。
【0068】
(実証試験2)
本発明者らは、本発明のアンカーボルト7の材料としてSN400を使用した場合と、SS400(一般構造用圧延鋼材)を使用した場合の、引っ張り試験による荷重−変位関係の実証試験2を行った。アンカーボルト7の径は、いずれもM16を使用した。
【0069】
この実証試験2の結果を、図7に示す。SS400(一般構造用圧延鋼材)を使用した場合は、15mm程度変位して破断したが、SN400を使用した場合は、55KN程度の引っ張り荷重で降伏するが、その後60mm程度まで変位して破断する。
【0070】
この実証試験2の結果から、本発明の引き寄せ金物1のアンカーボルト7として、SN400を使用することで、柱3と土台6の接合部20にかかった引っ張り荷重で引き寄せ金物1のアンカーボルト7が降伏しても、その後、アンカーボルト7は引っ張り荷重を受けていても伸びる。
【0071】
要するに、アンカーボルト7は、降伏後も、所定の強度を保持したまま伸び続けることで、柱3と土台6の接合部20の靱性(粘り)を確保することができ、柱同寸筋かい27はその機能を発揮し、耐力壁25は水平耐力を保持したままで変形可能であり、靱性を確保することが可能であることが実証された。
【0072】
以上、本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及びこの引き寄せ金物を使用した大規模木造建物の補強方法を実施するための最良の形態を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明に係るアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物及びこの引き寄せ金物を使用した補強方法は、上記のような構成であるから、例えば、柱同寸筋かいを耐震要素とする学校校舎等の大規模木造建物の1階の柱脚部の耐震補強手段及び方法としてきわめて有用であり、さらに、中層大規模木造建物の柱と土台の接合部にも利用可能である。
【符号の説明】
【0074】
1 引き寄せ金物
2 引き寄せ金物本体
3、3’ 柱
4 固定具
5 鉄筋コンクリート基礎
6 土台
7 アンカーボルト
8 増し打ち鉄筋コンクリート基礎
10 背部
11 底部
12 補強用側部
14 固定具孔
15 ボルト孔
17 ねじ部
18 フック部
20 柱と土台の接合部
21 土台の挿通孔
22 座金
23 ナット
25 耐力壁
26 上部横架材
27 柱同寸筋かい
30 固定部
31 アンカーボルトの軸部
32 上部横架材と筋かいの接合部
33 アンカーボルトの鉄筋コンクリート基礎の埋め込み部
34 アンカーボルトの屈曲部
35 ボルト
36 ナット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引き寄せ金物本体と、上端部にねじ部が形成されたアンカーボルトと、引き寄せ金物本体を柱同寸筋かいを有する耐力壁の柱に固定する固定具とを備えており、
引き寄せ金物本体は、背部と底部を有し、背部には固定具を通す固定具孔が形成され、底部にはアンカーボルトを通すボルト孔が形成されており、
引き寄せ金物本体を固定具で耐力壁の柱に固定し、アンカーボルトを、その下部においてコンクリート基礎に埋め込んで固定するとともに、その上端部のねじ部に螺合したナットで前記底部に対して締め付けることにより、耐力壁の柱をコンクリート基礎側に引き込んで接合して木造建物の耐震補強に使用するアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物であって、
アンカーボルトは、耐力壁に外力が加わった際に、前記固定具による引き寄せ金物本体と柱の固定部、アンカーボルトのコンクリート基礎への埋め込み部及び耐力壁の上部横架材のいずれかが破壊するよりも先行して降伏する強度を有する構成であることを特徴とするアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物。
【請求項2】
前記アンカーボルトは、降伏した後に所定の強度を保ちながら伸び続ける構成であることを特徴とする請求項1に記載のアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物。
【請求項3】
前記アンカーボルトは、SNR鋼材を素材とした建築構造用転造ねじアンカーボルト又は同等以上の変形能力を有するアンカーボルトであることを特徴とする請求項1又は2に記載のアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物。
【請求項4】
引き寄せ金物本体と、上端部にねじ部が形成されたアンカーボルトと、引き寄せ金物本体を柱同寸筋かいを有する耐力壁の柱に固定する固定具とを備えたアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法であって、
引き寄せ金物本体は、背部と底部を有し、背部には固定具を通す固定具孔が形成され、底部にはアンカーボルトを通すボルト孔形成された構成のものを使用し、
引き寄せ金物本体を固定具で耐力壁の柱に固定し、アンカーボルトを、その下部においてコンクリート基礎に埋め込んで固定するとともに、その上端部のねじ部に螺合したナットで前記底部に対して締め付けることにより、耐力壁の柱をコンクリート基礎側に引き込んで接合することで、耐力壁を補強し、
アンカーボルトは、耐力壁に外力が加わった際に、前記固定具による引き寄せ金物本体と柱の固定部、アンカーボルトのコンクリート基礎への埋め込み部及び耐力壁の上部横架材のいずれかが破壊するよりも先行して降伏する強度を有するものを使用することを特徴とするアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法。
【請求項5】
前記アンカーボルトは、降伏した後に所定の強度を保ちながら伸び続けるものを使用することを特徴とする請求項4に記載のアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法。
【請求項6】
前記アンカーボルトは、SNR鋼材を素材とした建築構造用転造ねじアンカーボルト又は同等以上の変形能力を有するアンカーボルトを使用することを特徴とする請求項4又は5に記載のアンカーボルト先行降伏型引き寄せ金物を使用した木造建物の耐震補強方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−193546(P2012−193546A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58401(P2011−58401)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(501267357)独立行政法人建築研究所 (28)
【Fターム(参考)】