説明

アンジオゲニンおよびその変異体による治療

【課題】神経変性疾患を治療または予防するための医薬品の提供。
【解決手段】神経変性疾患を治療または予防するための医薬品の製造における、野生型ヒトアンジオゲニン、または野生型ヒトアンジオゲニンから誘導され、且つ野生型ヒトアンジオゲニンと少なくとも98%のアミノ酸配列相同性を有するその神経保護作用変種の使用。さらに、野生型ヒトアンジオゲニン、または野生型ヒトアンジオゲニンから誘導され、少なくとも98%のアミノ酸配列相同性を有するその神経保護作用変種をコードする核酸分子の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞損傷もしくは神経細胞死(neuronal injury or death)、または軸索変性、特に筋萎縮性側索硬化症(ALS)によって特徴付けられる疾患または状態の治療または予防の方法に関する。本発明はまた、個体がALSに罹患しているかどうかを評価する方法に関する。本発明はまた、いくつかのALS特異的突然変異体を提供する。
【0002】
本出願は、特願2007−542496号の分割出願である。
【背景技術】
【0003】
ALSは、神経変性の典型例であり、若年および中年成人に最も一般的な神経変性障害である。アイルランドにおけるALSの発症率は、2.6/100000である。ALS患者の10%は、常染色体優性遺伝形式の家族歴を有し、SOD1遺伝子の機能獲得型変異はこれらの20%を占める。病因は分かっていないが、遺伝的に決定された感受性因子が、ALSおよびその他の非家族性神経変性疾患の両方の発症に寄与し得るという証拠がある。
【0004】
血管内皮成長因子(VEGF)の低酸素症応答因子(HRE)を欠損したマウスでは、ALS表現型と類似して、神経発現が40%減少しており、成人発症型の運動ニューロン変性が見られる。血管新生特性に加えて、VEGFは、運動ニューロンおよびその他の中枢神経に直接、神経栄養作用および神経保護作用を有する。これらの所見は、VEGF依存性神経栄養援助の不十分さが、この動物モデルにおけるALSの病因に重要であり得ることを示唆している。
【0005】
北ヨーロッパの1900人以上の個体の遺伝子型メタ分析によると、VEGFプロモーター/リーダー配列の2種のハプロタイプがホモ接合である対象ではALS発症の相対的危険率が1.8であることが確認された。危険な状態のハプロタイプは、VEGF転写を減少させ、血清VEGFレベルの低下を引き起こす。今まで、ALSの患者において、VEGF HREまたはコーディング配列の変異は確認されておらず、循環VEGFレベルの低さの有意性は依然として測定されていない。
【0006】
ALSについて今日までに発見されている証拠に基づく治療法はリルゾールのみで、これは平均余命を約3カ月延長させる。リルゾールの生存効果は、18カ月の治療中に弱まる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0335243号明細書
【特許文献2】米国特許出願第4966849号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J. M. Stewart and J. D. Young, Solid Phase Peptide Synthesis, 2nd edition, Pierce Chemical Company, Rockford, Illinois (1984)
【非特許文献2】M. Bodanzsky and A. Bodanzsky, The Practice of Peptide Synthesis, Springer Verlag, New York (1984)
【非特許文献3】Ignacio et al, Ann. N.Y. Acad. Sci. 2005, 1053: 121-136)
【非特許文献4】Azzouz et al., Nat Med. 2005; 11(4): 429-33
【非特許文献5】Kieran et al., Nat Med 2004; 10(4): 402
【非特許文献6】Reinholz et al., Exp Neurol. 1999; 159(1): 2 04-16
【非特許文献7】Sathasivam et al., 2005 Neuropath App Neurobiol; 31(5): 467
【非特許文献8】Kieran and Greensmith, 2004 Neurosci 125(2): 4 27-39
【非特許文献9】Nature, VoI 429 (2004), P413-417
【非特許文献10】Nature Medicine Vol 6 (2000) No 4 P405-413
【非特許文献11】Azzouz et al., Nat Med. 2005; 11 (4): 429-33
【非特許文献12】Wu and Wu, 1987, J. Biol. Chem. 262: 4429-4432
【非特許文献13】Langer, Science 249:1527-1533 (1990)
【非特許文献14】Treat et al, in Liposomes in the Therapy of Infectious Disease and Cancer, Lopez-Berestein and Fidler (eds.), Liss, New York, pp. 353-365 (1989)
【非特許文献15】Lopez-Berestein, ibid, pp. 317-327
【非特許文献16】Langer, supra; Sefton, CRC Crit. Ref. Biomed., Eng. 14:201 (1987)
【非特許文献17】Buchwald et al., Surgery 88:75 (1980)
【非特許文献18】Saudek et al., N. Engl. J. Med. 321:574 (1989)
【非特許文献19】Medical Applications of Controlled Release, Langer and Wise (eds.), CRC Pres., Boca Raton, FIa. (1974)
【非特許文献20】Controlled Drug Bioavailability, Drug Product Design and Performance, Smolen and Ball (eds.), Wiley, New York (1984)
【非特許文献21】Ranger and Peppas, J. Macromol. Sci. Rev. Macromol. Chem. 23:61 (1983)
【非特許文献22】Levy et al, Science 228:190 (1985)
【非特許文献23】During et al., Ann. Neurol. 25:351 (1989)
【非特許文献24】Howard et al., J. Neuiosurg. 71:105 (1989)
【非特許文献25】Goodson, in Medical Applications of Controlled Release, supra, vol. 2, pp. 115-138 (1984)
【非特許文献26】Langer, Science 249:1527-1533 (1990)
【非特許文献27】"Remington's Pharmaceutical Sciences" by E. W. Martin
【非特許文献28】Greenway, MJ. et al. Neurology. 63, 1936-1938 (2004)
【非特許文献29】Hayward, C. et al Nuerology. 52, 1899-901 (1991)
【非特許文献30】Fett, J.W. et al. Biochem. 24, 5480-5486 (1985)
【非特許文献31】Shapiro, R., Riordan, J.F. & Vallee, BL. Biochem. 25, 3527-3532 (1986)
【非特許文献32】Shapiro, R., Fox, E.A & Riordan, J.F. Biochem 28, 1726-1732 (1989)
【非特許文献33】Shapiro, R & Vallee, B.L. Biochem. 28, 7401-7408 (1989)
【非特許文献34】Morioanu, J. & Riordan, J.F. Proc. Natl Acad Sci USA. 91, 1667-1681 (1994)
【非特許文献35】Kishimoto, K., Liu, S., Tsuji, T., Olson, K.A. & Hu, G.F. Oncogene. 24, 445-456 (2005)
【非特許文献36】Acharya, K. R., Shapiro, R., Allen, S.C., Riordan, J.F.& Vallee, BL. Proc. Natl. Acad. Sci USA. 91, 2915-2919 (1994)
【非特許文献37】Shapiro, R., Riordan, J.F. & Vallee, BL. Biochem. 25, 3527-3532 (1986)
【非特許文献38】Shapiro, R., Fox, E.A. & Riordan, J.F. Biochem. 28, 7401-7408 (1989)
【非特許文献39】Bond, M.D. & Vallee, BL. Biochem. 29, 3341-3349 (1990)
【非特許文献40】Shapiro, R. & Vallee, BL. Biochem. 31, 12477-12485 (1992)
【非特許文献41】Oosthuyse, B et al. Nat Genet. 28, 131-138 (2001)
【非特許文献42】Azzouz M. et al. Nature. 429 413-417 (2004)
【非特許文献43】Storkebam, E, et al Nat Neurosci 8, 85-92 (2005)
【非特許文献44】Kieran and Greensmith, Neuroscience 2004, Vol. 125: 427-439
【非特許文献45】Gurney et al, 1994 Science 264: 1772-5
【非特許文献46】Kieran et al., Nat Med, 10: 402-5
【非特許文献47】Ignacio et al., Ann. N.Y. Acad, Sci. 2005, 1053: 121-136
【非特許文献48】Kieran et al, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、前記問題の少なくとも1つを克服することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、本発明は、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態の治療または予防の方法に関する。本発明の方法は、アンジオゲニンタンパク質またはその神経保護作用断片もしくは変種で個体を治療するステップを含む。適切には、アンジオゲニンまたはその変種もしくは断片は、疾患または状態を治療または予防するのに有効な量で投与される。本発明が治療に関するとき、予防とは対照的に、個体は一般的にこのような治療を必要とする個体である。この疾患または状態は、神経変性疾患、一般的にALSまたは運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種が適切である。
【0011】
本発明はまた、医薬品として使用するためのアンジオゲニンまたはその神経保護作用断片または変種に関する。この医薬品は、神経変性疾患、特にALSまたは運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種の治療または予防のためであることが適切である。
【0012】
本発明はまた、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態を治療または予防するための医薬品の製造における、アンジオゲニンまたはその神経保護作用断片もしくは変種、あるいはアンジオゲニンまたはその断片もしくは変種をコードする核酸分子の使用に関する。特に、本発明は、ALSまたは運動ニューロン疾患、または、原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種を治療または予防するための医薬品の製造における、アンジオゲニンまたはその神経保護作用断片もしくは変種、あるいはアンジオゲニンまたはその断片もしくは変種をコードする核酸分子の使用に関する。
【0013】
本出願人は、ALSに関連することが示されたアンジオゲニン遺伝子におけるいくつかの変化を同定した。これらの変化を以後変異と称する。したがって、本発明はまた、配列番号1から7を含む群から選択された核酸配列を含む単離核酸分子に関する。この配列のそれぞれは、遺伝子の変異型の配列である。提供された配列は、終止コドン(taa)を含むが、これは除外してよい。さらに、この配列はシグナルペプチド(ヌクレオチド1〜72)のコード配列を含むが、配列番号1から7と同一であるがシグナルペプチド(ヌクレオチド1〜72)のコード配列を除く配列も本発明の一部である。
【0014】
遺伝子の変異型に対応するポリペプチド配列も提供される。したがって、更なる態様では、本発明は、配列番号8から14を含む群から選択されたアミノ酸配列を含む単離ポリペプチドに関する。配列表に挙げられたアミノ酸配列には、シグナルペプチド(MVMGLGVLLLVFVLGLGLTP)が含まれる。しかし、本発明はまた、配列番号1から7の1つと同一であるが、シグナルペプチドを含まないアミノ酸配列を含む単離ポリペプチドに関する。
【0015】
アンジオゲニン遺伝子における変異の具体的な詳細および変異ポリペプチドに生じたアミノ酸変化を表1に挙げる。
【0016】
本発明はまた、個体が神経細胞損傷もしくは神経細胞死または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態に罹患しているかどうか、あるいは発症する遺伝的素因があるかどうかを評価する方法であって、個体の生物学的試料を、表1に示した変異のいずれかの存在について測定するステップを含む方法に関する。本発明はまた、個体が神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態に罹患しているかどうか、あるいは発症する遺伝的素因があるかどうかを評価するキットであって、個体の生物学的試料を、表1に示した変異のいずれかの存在について検定する手段を含む方法に関する。典型的には、評価手段には、本発明のオリゴヌクレオチドプローブまたはプライマーが含まれる。
【0017】
本発明はまた、個体が神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態に罹患しているかどうか、または発症する遺伝的素因があるかどうかを評価する方法であって、
− 個体から得られた試料中の循環アンジオゲニンの血清レベルを決定するステップと、
− 個体の循環アンジオゲニンの血清レベルと対照アンジオゲニンレベルの予め決定された範囲とを比較するステップの比較ステップを含み、
予め決定された対照範囲と比較して個体におけるアンジオゲニンの血清レベルの減少が、その個体が神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態に罹患しているか、または発症する遺伝的素因があることを示唆する方法に関する。典型的には、予め測定された対照範囲は、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態に罹患していないか、または発症する遺伝的素因がない個体群から得られる。好ましい実施形態では、この診断または予後方法は、神経変性疾患、特にALSまたは運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種の診断または予後を特に指向する。この診断/予後方法は、循環アンジオゲニンの血清レベルの測定によって明確に定められるが、全血、リンパ液、脳脊髄液、尿、唾液、精液などのその他の生体液中のアンジオゲニンレベルの測定によっても具体化され得ることは理解されよう。
【0018】
典型的には、循環アンジオゲニンの血清レベルは、ELISA試験を使用して測定される。このような試験の1つは、QUANTIKINE(R&D Systems、Minneapolis、MN55413、USA)の商標名で、カタログ番号DAN00として市販されている。
【0019】
本発明はまた、個体が神経変性疾患に罹患しているかどうか、または神経変性疾患を発症する遺伝的素因があるかどうかを評価するのに使用するための、個体における循環アンジオゲニンの血清レベルを決定するキットに関する。典型的には、神経変性疾患は、ALSまたは運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】選択されたANG変異を有する患者の系図を示す図である。変異は、1文字アミノ酸コードを使用して示される。発端者は矢印で示されており、丸は女性、四角は男性、中抜きは非罹患、影付きは罹患、対角線は減少、Coは対照、アステリスクは変異を表している。現在の年齢および死亡年齢および死因も示す。Dmtは認知症、MIは心筋梗塞、EMGは正常な筋電図を表す。
【図2】モデル化された変異、Q12L、K17E、K17I、R31K、K40IおよびI146Vをボールおよびスティック表現で表したANGの3次元構造を示す図である。この図は、PyMOLプログラム(DeLano Scientific、San Carlos、CA)を使用して作製された。
【図3】MTT検定の結果を示す図である。MTT検定は、運動ニューロン変性のin vitroモデルにおけるアンジオゲニン処理の神経保護効果を決定するために使用された。処理培養物における細胞生存率を未処理姉妹培養物(対照)における細胞生存率の割合として表した。図に示すように、AMPAに対して曝露すると細胞生存率の有意な減少が生じたが、アンジオゲニン(100ng/ml)の共処理または予備処理では細胞生存率が有意に増加した。アンジオゲニンまたはBSA単独に曝露しても細胞生存率に有意な影響はなかった(値=平均値、エラーバー=S.E.M.、N=24)。
【図4】リン酸化Aktのウェスタンブロット。P13K/Akt経路の活性化は、リン酸化Aktのウェスタンブロットによって調べた。図に示すように、アンジオゲニンで共処理した、または予備処理したAMPA曝露培養物では、ホスホ−Akt発現が強く増加している。このことは、アンジオゲニンの神経保護効果が、PI3K/Aktシグナル伝達経路によるシグナル伝達に関係することを示唆している。
【発明を実施するための形態】
【0021】
ヒトアンジオゲニンタンパク質の核酸配列は、NCBIデータベースにおいて、アクセッション番号M11567番として提供されている。成熟タンパク質をコードする配列は、ヌクレオチド1881から2249にわたる。シグナルペプチドを含まない成熟タンパク質の配列を以下に挙げる。
【0022】
QDNSRYTHFLTQHYDAKPQGRDDRYCESIMRRRGLTSPCKDINTFIHGNKRSIKAICENKNGNPHRENLRISKSSFQVTTCKLHGGSPWPPCQYRATAGFRNVVVACENGLPVHLDQSIFRRP(配列番号15)
【0023】
シグナルペプチドを含む完全な転写物の配列は、配列番号16に提供され、完全な転写物(成熟タンパク質およびシグナルペプチド)をコードするヒト遺伝子のcDNA配列は配列番号17に提供される。
【0024】
一般的に、本発明の方法および生成物に使用されるアンジオゲニンは、詳細に報告されたアイソフォームのいずれかのヒトアンジオゲニンである。しかし、その他の哺乳類アンジオゲニン遺伝子から得られた、またはそれらをベースとしたアンジオゲニンも本発明の範囲内に含まれる。好ましくは、このアンジオゲニンは組換えアンジオゲニンであり、最も好ましくは組換えヒトアンジオゲニンである。組換えヒトアンジオゲニンは、R&D Systems Inc.(Minneapolis、USA)からカタログ番号265−AN−250として市販されている。
【0025】
アンジオゲニンタンパク質の「断片」とは、少なくともアミノ酸5個、好ましくは少なくともアミノ酸6個のアミノ酸残基が隣接した鎖(contiguous stretch)を意味する。一般的に、「断片」は、少なくとも10個、好ましくは少なくとも20個、より好ましくは少なくとも30個、理想的には少なくとも40個の隣接したアミノ酸を含む。この点に関して、タンパク質の断片を作製し、以下に説明する運動ニューロン変性のin vitroまたはin vivoモデルを使用してこのような断片の神経保護活性を評価することは、比較的簡単な仕事であろう。
【0026】
アンジオゲニンタンパク質の「変種」は、野生型アンジオゲニンタンパク質、典型的には、ヒト野生型アンジオゲニンと実質的に同一なアミノ酸配列を有するタンパク質を意味するものと考えられる。したがって、例えば、この用語は1個または複数のアミノ酸残基に関して変更されたタンパク質またはポリペプチドを含むものと考えられる。好ましくは、このような変更は、5個以下、より好ましくは4個以下、さらにより好ましくは3個以下、最も好ましくは1個または2個のみのアミノ酸の挿入、付加、欠失および/または置換を含む。天然および修飾されたアミノ酸の挿入、付加および置換も包含される。この変種は保存的アミノ酸変化を有し、導入されたアミノ酸は置換されたものと構造的、化学的または機能的に類似している。典型的には、触媒的に重要な残基の置換または欠失によって変更されたアンジオゲニンタンパク質は、「変種」という用語から除外される。このような触媒的に重要な残基の詳細は、アンジオゲニンタンパク質モデリングの分野の当業者には周知である。一般的に、この変種は、野生型アンジオゲニン、典型的には成熟野生型ヒトアンジオゲニン(前記のようにシグナルペプチドを除外する)とのアミノ酸配列相同性が少なくとも70%、好ましくは配列相同性が少なくとも80%、より好ましくは配列相同性が少なくとも90%、理想的には配列相同性が少なくとも95%、96%、97%、98%または99%である。このような関係においては、配列相同性には、配列同一性および類似性の両方が含まれ、すなわち、野生型ヒトアンジオゲニンと70%のアミノ酸相同性を共有するポリペプチド配列は、整列した残基の任意の70%が野生型ヒトアンジオゲニンの対応する残基と同一であるか、または保存的置換体であるポリペプチド配列である。本発明の範囲に含まれる具体的な変種は、特許文献1で同定された変異アンジオゲニンタンパク質であり、理想的には特許文献2で開示された変異アンジオゲニンタンパク質である。これらの文書の両方の内容およびそれらで開示されたアンジオゲニン変異体および変種は、本明細書に参照として取り込まれる。
【0027】
「変種」という用語はまた、アンジオゲニンの化学的誘導体、すなわち、アンジオゲニンの1個または複数の残基が側鎖官能基の反応によって化学的に誘導体化されているものを含むことを意図する。この用語に含まれる変種はまた、天然に生じるアミノ酸残基がアミノ酸類縁体で置換されたアンジオゲニン分子である。
【0028】
アンジオゲニンの断片または変種は、本明細書で説明した神経変性のin vitroモデルにおいて、この断片または変種を使用すると細胞生存率が対照と比較して増加するとき、「神経保護的」であると考えられる。
【0029】
本発明の、および本発明で使用するためのタンパク質およびポリペプチド(その変種および断片を含む)は、化学合成によって、または核酸からの発現によって全部または部分的に生成することができる。本発明の、および本発明で使用するためのタンパク質およびペプチドは、当業界で公知のよく確立された、標準的液相、または、好ましくは固相ペプチド合成法によって容易に調製することができる(例えば、非特許文献1および非特許文献2参照)。
【0030】
本発明の治療方法および治療用生成物は、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態を対象とする。本発明の一実施形態では、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態は神経変性疾患である。典型的には、神経変性疾患は、運動ニューロン疾患、プリオン疾患、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、パーキンソンプラス病、タウオパシー、第17番染色体痴呆症、アルツハイマー病、多発性硬化症(MS)、遺伝性神経障害、および小脳変性症が関与する疾患を含む群から選択される。本発明の特に好ましい実施形態では、神経変性疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)または運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種である。本発明の方法は、特にALSを治療または予防するために適している。「神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性によって特徴付けられる疾患または状態」という用語は、理想的には、虚血または外傷によって引き起こされるもの(すなわち、脳卒中)、および糖尿病の個体における糖尿病に関連した神経学的合併症(すなわち、糖尿病性神経障害および糖尿病性網膜症)などの中枢神経系(CNS)損傷を原則的に除外するものと考えるべきである。
【0031】
他の実施形態では、神経細胞死によって特徴付けられる疾患または状態は、多発性硬化症(MS)、てんかん、統合失調症および代謝の先天性異常に関連した疾患または状態を含む群から選択される。
【0032】
この明細書では、「有効量」という用語は、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性の臨床的に有意な減少または予防をもたらす量を意味するものと考えられる。適切には、アンジオゲニンまたはその変種もしくは断片は、1ml当たり1マイクログラムと10ミリグラムとの間、好ましくは1ml当たり10マイクログラムと5ミリグラムとの間、より好ましくは1ml当たり100マイクログラムと2ミリグラムとの間の用量で投与される。典型的には、ボーラス投与として投与される。しかし、クモ膜下腔内ポンプなどによる連続注入を使用するとき、タンパク質またはその断片もしくは変種は5と20μg/kg/分との間、好ましくは7と15μg/kg/分との間の投与速度で投与してよい。本発明の治療的態様の場合、「それらを必要とする個体」という用語は、神経細胞変性もしくは神経細胞死、または軸索変性が関与する疾患または状態に罹患した個体を意味するものと考えられる。ALSまたは(ルーゲーリック病としても知られている)運動ニューロン疾患などの神経変性疾患および本明細書で説明したその変種は、このような疾患の例である。
【0033】
本発明の一実施形態では、個体は、静脈内輸送、経口輸送、筋肉内輸送、クモ膜下腔内輸送および吸入輸送の群から選択された手段によるタンパク質の直接輸送によって、アンジオゲニンで治療される。これらの輸送手段を実施する方法は、薬剤輸送の当業者には周知である。具体的な例を以下に示す。
・ ミニ浸透圧ポンプによるクモ膜下腔内への輸送(例えば、非特許文献3参照)。
・ 筋肉内−シリンジまたはミニ浸透圧ポンプによる筋肉内へのAng直接輸送(例えば、非特許文献4参照)。
・ 腹腔内−Angの全身投与用。シリンジまたはミニ浸透圧ポンプによる腹膜への直接投与(例えば、非特許文献5参照)。
・ 皮下−Angの全身投与用。シリンジによる皮下への直接投与(例えば、非特許文献6参照)。
・ 脳室内−注射による、または浸透圧ポンプに装着された小カテーテルを使用した、脳室への直接投与(例えば、非特許文献7参照)。
・ 移植−angを放出する移植片(例えば、小シリコン移植片)内にangを調製することができる。移植片は、筋肉または脊髄上に配置することができる(例えば、非特許文献8参照)。
【0034】
他の実施形態では、個体は、例えばウイルスベクターなどのアンジオゲニン発現ベクターをこの個体に形質移入することによってアンジオゲニンで処理することができる。適切な発現ベクターは、レンチウイルスベクターである。典型的には、本発明の方法で使用したアンジオゲニンは、組換えアンジオゲニンである。組換えアンジオゲニンの作製方法および組換え型のタンパク質を発現する発現ベクターは、当業者には周知で(例えば、非特許文献9、10、11参照)、これらの文献では、レンチウイルス発現ベクターを使用した動物モデルへの組換VEGF輸送方法について説明されている。遺伝治療による取組みの実施形態には、angのコード化およびウイルスに結合したマーカータンパク質(例えば、蛍光タンパク質)が関係し、これが動物に投与され、細胞に取り込まれ、これによってゲノムに組み込まれ、angを発現させる(現在、angを過剰発現させることが考案されており、それには、多くのコピー数をもたらすためにウイルスにおいて何回もang配列を反復させることが必要である)。
【0035】
本発明の一実施形態では、この方法には、個体をVEGF、特に組換えVEGFタンパク質で処理するステップがさらに含まれる。したがって、本発明はまた、アンジオゲニンまたはその神経保護作用断片もしくは変種、およびVEGFタンパク質またはそのアイソフォームを含む医薬品を提供する。本発明はまた、神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性、特に神経変性疾患によって特徴付けられる疾患または状態の予防または治療のための医薬品の製造における本発明の医薬品の使用に関する。
【0036】
本発明の治療の一実施形態では、アンジオゲニンタンパク質(またはその断片もしくは変種)を結合相手、例えば、エフェクター分子、標識、薬剤、毒素および/または担体または輸送分子に結合させる。本発明のペプチドをペプチジルおよび非ペプチジル結合相手の両方に結合する技術は当業界では周知である。
【0037】
前述のように、本出願人はまた、神経変性疾患表現型、特にALS表現型に関連するヒトアンジオゲニンの遺伝子内のいくつかのヌクレオチド配列変更(以後、「変異」)を発見した。遺伝子変異の詳細およびタンパク質内の対応する変異を以下の表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
変異遺伝子の核酸配列(シグナルペプチドのコード配列も含む)を配列番号1から7に示す。前記変異遺伝子によってコードされた変異タンパク質のアミノ酸配列を配列番号8から14に示す。疾患関連変異の詳細は、個体の遺伝子の変異型を検出するために使用できる核酸プローブまたはプライマーの設計に有用である。例えば、1個または複数の変異を含む遺伝子の配列に特異的に結合する(すなわち、変異遺伝子に特異的に結合し、野生型遺伝子には結合しないか、または野生型よりも変異遺伝子に優先的に結合する)核酸プローブを設計することができる。典型的には、プローブは、表1で確認した1個または複数の変異を含む遺伝子の配列に相補的な核酸配列である。適切には、このプローブは、適切な厳密さの条件下で、少なくとも1個の変異を含むアンジオゲニン遺伝子の配列の少なくとも7個、好ましくは少なくとも14個、より好ましくは少なくとも25、50、75、100、150、200、250、300、350または400個の連続したヌクレオチドにハイブリダイズする核酸配列を含む。
【0040】
したがって、本発明の他の実施形態では、表1に示した変異の少なくとも1個を含むアンジオゲニン遺伝子の配列に相補的なオリゴヌクレオチドを提供する。典型的には、このオリゴヌクレオチドはプローブまたはプライマーである。理想的には、このプライマーは、PRC核酸増幅、理想的にはRT PCT増幅のプライマーである。一実施形態では、このオリゴヌクレオチドは、好ましくは少なくとも7個、好ましくは少なくとも14個、より好ましくは少なくとも25、50、75、100、150、200、250、300、350または400個の連続したヌクレオチドから成る。本発明はまた、個体が神経細胞損傷もしくは神経細胞死、または軸索変性、特にALSまたは運動ニューロン疾患などの神経変性疾患、またはその変種によって特徴付けられる疾患または状態に罹患しているかどうか、または発症する遺伝的素因があるかどうかの評価における、本発明のプローブまたはプライマーの使用に関する。例えば、個体の神経細胞の試料を単離し、DNAを抽出し、次に表1に示した変異の1つの存在について本発明のプローブを使用して検定した。同様に、本発明のオリゴヌクレオチドプライマーは、DNA試料のRT PCRを実施するために使用することができる。このプライマーは、所望する変異が存在するときのみ標的DNAに結合するように設計されているので、変異が存在するときにのみ増幅が引き起こされる。本発明のプライマーおよびプローブの設計ならびに試料中における表1の変異のいずれかの存在の測定におけるその使用は、当業者には周知であろう。
【0041】
本発明は、このような治療を必要とする対象に、治療または予防有効量のアンジオゲニンまたはその変種もしくは断片(以後、「治療薬」)を投与することによって治療および予防する方法を提供する。対象は好ましくは動物であり、限定はしないが、サル、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリ、ネコ、イヌなどの動物が含まれ、好ましくは哺乳類、最も好ましくはヒトである。
【0042】
以下に例示した具体的な送達系とは別に、リポソームへの封入、微粒子、マイクロカプセル、治療薬を発現できる組換え細胞、受容体媒介エンドサイトーシス(例えば、非特許文献12参照)、レトロウイルスベクターまたはその他のベクターの一部としての治療用核酸の構築などの様々な送達系が知られており、本発明の治療薬の投与に使用することができる。導入方法には、皮内、筋肉内、腹腔内、静脈内、皮下、鼻腔内、硬膜外および経口経路が含まれるが、これらに限定されない。化合物は、任意の便利な経路によって、例えば、注入またはボーラス注射によって、上皮または粘膜皮膚表面(例えば、口腔粘膜、結腸および小腸粘膜など)からの吸収によって投与することができ、その他の生物学的活性薬剤と一緒に投与することができる。投与は全身または局所であってよい。さらに、本発明の医薬組成物は、脳室内およびクモ膜下腔内注射を含む任意の適切な経路によって中枢神経系に導入することが望ましく、脳室内注射は、例えば、Ommaya貯蔵体などの貯蔵体に装着した脳室内カテーテルによって容易にすることができる。肺投与はまた、例えば、吸入器またはネブライザーおよび噴霧化剤を含む製剤によって使用することができる。
【0043】
具体的な実施形態では、治療を必要とする領域に局所的に本発明の医薬組成物を投与することが望ましく、これは、例えば、移植片によって実施することができ、前記移植片は、サイアラスティック膜(sialastic membranes)などの膜または繊維を含む多孔性、非多孔性またはゼラチン性の物質である。
【0044】
他の実施形態では、治療薬は小胞、特にリポソームで送達することができる(例えば、非特許文献13、14、15参照)。
【0045】
さらに他の実施形態では、治療薬は制御放出系で送達することができる。一実施形態では、ポンプを使用することができる(例えば、非特許文献16、17、18)。他の実施形態では、ポリマー材料を使用することができる(例えば、非特許文献19、20、21、22、23、24参照)。さらに他の実施形態では、制御放出系は、治療標的に接近して配置することができ、したがって、全身用用量の一部のみが必要となる(例えば、非特許文献25参照)。その他の制御放出系は、総説に記載されている(例えば、非特許文献26参照)。
【0046】
治療薬がタンパク質治療物質をコードする核酸である具体的な実施形態では、この核酸は本明細書で説明した遺伝子治療方法によって投与することができる。
【0047】
本発明はまた、アンジオゲニンまたはその変種もしくは断片を含む医薬組成物を提供する。このような組成物は、治療薬の治療有効量および薬剤として許容される担体を含む。具体的な実施形態では、「薬剤として許容される」という用語は、連邦または州政府の規制機関によって承認されており、合衆国薬局方、または動物において、より具体的にはヒトにおいて使用するためのその他の一般的に認識されている薬局方に挙げられていることを意味する。
【0048】
「担体」という用語は、治療薬と一緒に投与する希釈剤、補助剤、賦形剤またはビヒクルのことである。このような医薬担体は、水および油などの滅菌液体であることができ、石油、動物、植物または合成由来のもの、例えば、ラッカセイ油、大豆油、鉱油、ゴマ油などが含まれる。水は、医薬組成物が静脈内に投与されるときに好ましい担体である。生理食塩水溶液および水性デキストロースおよびグリセロール溶液はまた、特に注射可能な溶液のための液体担体として使用することができる。適切な医薬賦形剤には、澱粉、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、コメ、小麦粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセロール、タルク、塩化ナトリウム、乾燥スキムミルク、グリセロール、プロピレングリコール、水、エタノールなどが含まれる。
【0049】
所望するならば、組成物はまた、微量の湿潤剤もしくは乳化剤またはpH緩衝剤を含有できる。これらの組成物は、溶液、懸濁液、エマルジョン、錠剤、丸剤、カプセル、粉末、持続放出製剤などの形態をとることができる。
【0050】
この組成物は、従来の結合剤およびトリグリセリドのような担体と共に坐剤として製剤することができる。経口用製剤は、医薬品等級のマンニトール、ラクトース、澱粉、ステアリン酸マグネシウム、サッカリンナトリウム、セルロース、炭酸マグネシウムなどの標準的担体を含むことができる。適切な医薬品担体の例は、例えば、非特許文献27に記載されている。このような組成物は、患者に適切に投与するための形態を提供するために、適切な量の担体と一緒に、好ましくは精製された状態で治療薬の治療有効量を含有する。この製剤は、投与様式に適しているべきである。
【0051】
好ましい実施形態では、組成物はヒトに静脈投与するために適合した医薬組成物として、通常の方法に従って製剤化される。典型的には、静脈投与用組成物は、滅菌等張水性緩衝液の溶液である。必要ならば、この組成物はまた、可溶化剤、注射部位の痛みを軽減するためのリグノカインなどの局所麻酔薬を含んでよい。一般的に、これらの成分は、別々に、または単位投与形態中に一緒に混合して、例えば、活性薬剤の量を示したアンプルまたはサシェなどの密閉容器に乾燥した凍結乾燥粉末または水を含まない濃縮物として供給される。この組成物を注入によって投与する場合、滅菌した医薬品等級の水または生理食塩水を含有する注入瓶に分配することができる。この組成物を注射によって投与する場合、投与前に成分を混合することができるように、注射用滅菌水または生理食塩水のアンプルを提供することができる。
【0052】
本発明の治療薬は、中性または塩の形態として製剤化することができる。薬剤として許容される塩には、塩化水素酸、リン酸、酢酸、シュウ酸、酒石酸などから誘導されたもののような遊離アミノ基で形成されたもの、および水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化カルシウム、水酸化鉄、イソプロピルアミン、トリエチルアミン、2−エチルアミノエタノール、ヒスチジン、プロカインなどから誘導されたもののような遊離カルボキシル基で形成されたものが含まれる。
【0053】
特定の障害または状態の治療に有効な本発明の治療薬の量は、その障害または状態の性質に左右され、標準的臨床技術によって決定することができる。さらに、最適な投薬範囲の予測を助けるために、in vivoおよび/またはin vitro検定法を場合によって使用することができる。製剤で使用される正確な用量はまた、投与経路、疾患または障害の重症度に左右され、医師の判断およびそれぞれの患者の事情によって決定されるべきである。
【0054】
本発明はまた、本発明の医薬組成物の1種または複数の成分を充填した1個または複数の容器を含む医薬品パックまたはキットを提供する。場合によってこのような容器に付随させるものは、医薬品または生物学的製品の製造、使用または販売を規制する政府機関によって指示された形態の通知書で、この通知書はヒト投与のための製造、使用または販売が機関によって承認されたことを反映している。
【実施例】
【0055】
遺伝子型解析データ
本出願人は、アイルランド人およびスコットランド人集団における筋萎縮性側索硬化症の候補領域として染色体14q11.2を先に同定し(例えば、非特許文献28、29参照)、アイルランド人のALS集団において、ALSとrs11701一塩基多形との関係を報告した(例えば、非特許文献28)。独立した5種の集団のALSの個体1629人および対照1264人におけるrs11701SNPの遺伝子型解析(表2)によって、米国、英国またはスウェーデン人集団には関連性が認められなかったが、アイルランド人とスコットランド人のALS集団には関連性が確認された。rs11701SNPは、ANG、即ち1エキソン遺伝子であって、その産物が運動ニューロンで発現し、RNアーゼA活性を備えた血管新生因子であるもの、における同義の置換である。
【0056】
同じ集団でヒトアンジオゲニン遺伝子(以後ANG)を配列解析して、家族性ALS4人および「孤発性」ALS11人の15人の個体において7個のミスセンス変異を同定した(表3)。これらの個体はすべて、スーパーオキシドジスムターゼ1変異が陰性であった。5集団すべての個体に変異は存在したが、15人のうち12人の罹患個体は、スコットランドまたはアイルランドの家系であった(表3)。出願人の知る限りでは、ANG変種は今まではヒト疾患に関連してこなかった。ALSに関連した変異は、民族が同じ対照の染色体2528個において同定されておらず、1家族で疾患が分離された(図1)。ANG変異を有する個体の予測割合(60%)より多くが延髄発症型疾患を有していたが、この研究に参加した患者はすべて、典型的なALSであった。しかし、特定の変異が発症部位に関連しておらず、C39W変異が2人の兄弟で認められ、そのうちの1人で四肢型およびその他の延髄発症型ALSの臨床的特徴が確認された。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
3種の共通のハプロタイプが、それぞれK17I(S3、S4)、K40I(S8、S9およびS10)およびI46V(S11、F2およびF3)変異を有するアイルランド人およびスコットランド人の個体のANG座および隣接領域に認められ、各症例における基礎的な影響が示唆された。K17E変異に共通な特有のハプロタイプがスウェーデン人および北アイルランド民族の個体(S5およびS6)に確認された。
【0060】
ANG、アミノ酸123個、タンパク質14.1kDaは、in vivoにおける血管新生の潜在的誘導因子であり、膵臓リボヌクレアーゼA(RNアーゼA)スーパーファミリーの構成要素である(例えば、非特許文献30参照)。ANGのRNアーゼ活性は、その生物学的活性に重要である(例えば、非特許文献31)。RNアーゼ活性が減少したANG変種は、常に血管新生活性が減少している(例えば、非特許文献32、33)。ANGは、神経軸索で発現する。しかし、その作用機構はまだ確立されていない。内皮細胞では、ANGは管様構造に向けて細胞形成を組織化し、第2メッセンジャーを誘導し、内皮細胞の接着および拡大をサポートする。血管新生に重要な段階では、ANGは内皮細胞によって内部移行し、核に輸送され(例えば、非特許文献34)、そこでリボソーム生合成、タンパク質翻訳および細胞増殖における律速段階であるrRNA転写を刺激する。内在性ANGは、血管内皮増殖因子(VEGF)などのその他の血管新生タンパク質によって誘導される細胞増殖に必要である(例えば、非特許文献35参照)。低分子干渉RNA(siRNA)およびアンチセンスオリゴヌクレオチドによるANGの下方制御は、VEGFで誘導されるrRNA転写を減少させ、ANGの核転座の阻害によってVEGFの血管新生活性が消失する(例えば、非特許文献35参照)。
【0061】
ANGの血晶構造解析によって、RNアーゼAの溝およびH13、K40およびH114の触媒3要素の保存の明白な証拠がもたらされた(例えば、非特許文献36)。ALSの個体11人で同定されたミスセンス変異5個は、ANGおよびRNアーゼAの中の進化上保存性の高い機能的に重要な残基に影響を及ぼす(Q12L、K17I、K17E、C39WおよびK40I)(図2)。ANGのK40は、触媒作用に関与する重要な残基である(例えば、非特許文献37参照)。QでK40を置換するか、またはRで保存的に置換すると、リボヌクレオチド分解活性がそれぞれ2×10倍(例えば、非特許文献30参照)および50倍減少する(非特許文献38参照)。理論には結びつけないが、K40I置換の分子モデリングによって、いくつかの鍵となる相互作用が変異によって失われことが示唆され、リボヌクレオチド分解活性の消失が予測される(図2)。C39Wは、C92のジスルフィド結合形成の消失による著しい構造変化を引き起こす(図2)。このジスルフィド結合の崩壊は、タンパク質の折り畳み構造に影響を及ぼし、リボヌクレオチド分解活性の低下をもたらすと思われる。Q12は、天然の構造における活性部位残基K40と相互作用する(図2)。Q12L置換は、この相互作用を中断させ、酵素的に活性を減少させる。ANGの残基K17は、分子表面上のループ内の活性部位から離れて位置する(図2)。K17のIまたはEへの変種は、構造に著しい影響を有さないようである。しかし、ANG−RNアーゼAハイブリッドに関する以前の研究では、K17を含有する保存領域は、完全なリボソームに対するANGの活性に関与することが示された。このことは、K17のI/E変種は、ANG活性を変更できることを示唆する(例えば、非特許文献39参照)。
【0062】
触媒中心に加えて、ANGは、内皮細胞によって取り込まれた後、核へのANGの輸送に関与する配列(31RRRGL35)を含有する核移行部位を有する。R31Aは、天然タンパク質よりも移行の効率が非常に悪い(例えば、非特許文献40)。R31K変種は核移行において役割を果たすことができるが、構造にはほんのわずかな混乱しか引き起こさないことが予測される。I46は、完全には保存されず、引き起こされる構造変化は最小であることが予測される。
【0063】
VEGFのように、ANGは、低酸素症によって血管新生の惹起を誘導し、運動ニューロンで発現する。VEGFプロモーターの低酸素応答因子を除去すると、マウスにおいて運動ニューロン疾患表現型が生じ(例えば、非特許文献41参照)、VEGFを置換することは、SODG93A齧歯類モデルにおいて有益である(例えば、非特許文献42、43)。VEGF発現レンチウイルスベクターMoNuDin(登録商標)を使用した遺伝子をベースにした治療は、Oxford Biomedicaによってヒト使用のために開発されている。VEGFは、ALSの修飾剤と推測されるが、この遺伝子における変異は、ALSの患者では発見されていない。対照的に、本出願人は、ALS発症の明白な感受性因子として機能欠如性ANG変異を同定した。ANG変異は、常染色体優性ALSおよび「孤発性」ALSによく似た浸透性の低い疾患の原因となり得る。
【0064】
運動ニューロン変性の細胞モデル
方法
運動ニューロン変性のin vitroモデルとして、in vitroにおける7日目の運動ニューロン初代培養物を培地中においてAMPA 50μMに24時間曝露した(例えば、非特許文献44参照)。アンジオゲニンの可能性のある神経保護効果を調べるために、培地中で、アンジオゲニン(R&D systems)によるi)予備処理およびii)共処理の効果を25ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、200ng/mlおよび500ng/mlの濃度で調べた。対照として、アンジオゲニンに曝露していないか、または(前述と同濃度で)曝露した、またはBSA(ウシ血清アルブミン、Sigma)に曝露した姉妹培養物を使用した。
【0065】
この研究で、MMT細胞生存率測定を実施した。PBSに溶解し(5mg/ml)、培地で1:10に希釈したMTT(Sigma)を培養物に添加し、37℃で4時間インキュベートした。インキュベーション後、培地をHCl0.04Mを含有するイソプロパノールで置換した。次に、発光値は、マイクロELISAプレートリーダーで570nmで読み取った。処理培養物における細胞生存率を未処理姉妹培養物(100%)における細胞生存率の割合として表し、マンホイットニーのU検定を使用して結果の有意性を比較した。
【0066】
アンジオゲニンの神経保護効果の媒介に関与するシグナル伝達経路を調べるために、PI3K/Akt経路の活性化をウェスタンブロットを用いて調べた。特に、そのリン酸化によって示されるような、Aktの活性化を調べた。(前述のように)AMPA、AMPAおよびアンジオゲニン、またはアンジオゲニン単独に曝露した運動ニューロン初代培養物を溶解し、タンパク質を抽出した。各実験条件におけるタンパク質濃度は、Micro BCA Assay(Pierce)を使用して決定した。試料を10%SDSゲルで泳動し、ニトロセルロース膜に移し、Aktおよびホスホ−Akt(いずれもCell Signalling)に対する抗体で調べた。ブロットは、ECLシステムを使用して視覚化した。アルファ−チューブリンに対する抗体(Sigma)でブロットを再度調べることによって、同量のタンパク質添加物を確認した。
【0067】
結果
1.運動ニューロン変性および脳卒中のin vitroモデルにおけるアンジオゲニンの神経保護効果。
【0068】
a)MTT細胞生存率検定を使用して、運動ニューロン初代培養物をAMPA 50μMに24時間曝露した運動ニューロン変性のin−vitroモデルにおいてアンジオゲニンの濃度増加の効果が調べられた。神経保護効果を示すアンジオゲニンの最適濃度は100ng/mlであることがわかった。運動ニューロン初代培養物をAMPA 50μMに24時間曝露することは、運動ニューロン変性のin−vitroモデルで詳しく記載されている(例えば、非特許文献44)。図3に示したように、AMPAに曝露すると、細胞生存率の58.5%への有意な減少が生じた(±3.3S.E.M.、n=24、p<0.05)。しかし、アンジオゲニン100ng/mlで共処理または予備処理すると、細胞生存率はそれぞれ82.5%(±3.9S.E.M.、n=24)および92.3%(±4.8S.E.M.、n=24)に有意に増加した(p<0.05)。運動ニューロン初代培養物をアンジオゲニンまたはBSAで処理しても、細胞生存率に有意な効果はなかった。
【0069】
2.アンジオゲニンシグナル伝達におけるAktの役割
ウェスタンブロッティングを使用して、アンジオゲニンの神経保護効果の媒介に関与する細胞生存経路を調べた。特に、PI3K/Akt細胞生存経路の活性化は、Aktの活性型(リン酸化Akt)の発現を調べることによって調査した。図4に示すように、活性化Akt(リン酸化Akt)のレベルは、AMPA単独またはアンジオゲニン単独で処理した培養物と比較して、アンジオゲニンで共処理したAMPA曝露培養物では増加していた。このAktの活性型の増加は、運動ニューロン変性のこのin−vitroモデルにおけるアンジオゲニンの神経保護効果にはPI3K/Akt経路の活性化が関与することを示している。
【0070】
神経変性の動物モデル
処理計画:
アンジオゲニン(ang)(R&D Systems Inc.、Minneapolis、USA、カタログ番号265−AN−250)を、ALS/MNDのマウスモデルである変異SOD1(mSOD1)マウスに投与する(例えば、非特許文献45参照)。これらのマウスは、Jackson Laboratory、Maine、USAから入手することができる。これらのマウスは、臨床症状が非常によく似ている進行型運動ニューロン変性および後肢麻痺のALS様表現型を発症する。この疾患は、これらのマウスで迅速に進行し、約125日の寿命を非常に縮める(例えば、非特許文献46)。異なる疾患段階でのang処理開始の効果を調べる。これらの段階は、i)症候前段階(35日から)、ii)症候初期段階(70日から)、iii)症候後期段階(90日から、患者は中後期、すなわち、麻痺が歴然としてから患者は神経科医とのみ会うので、この時点で臨床状況は最もよく似ている。)である。結果を混乱させる性差を回避するために、アンジオゲニンは、いくつかの同腹子の同性の動物に投与される。
【0071】
投与経路
1.クモ膜下腔内−脊髄へのangの直接送達
動物のクモ膜下腔内に、シリンジでangを投与する。これには、麻酔した動物の脊髄を、上に重なる椎骨に「穴」を創出するために椎弓切除を実施することによって露出し、次にこの穴を通して髄膜から脊髄周辺の空間にシリンジを挿入することが必要である。このシリンジは脊髄に貫通させない。
【0072】
別法では、動物のクモ膜下腔内にミニ浸透圧ポンプでangを輸送する。動物を麻酔し、椎弓切除を実施して小さなカテーテルをクモ膜下腔内に挿入する。このカテーテルにはアンジオゲニンを含有するミニ浸透圧ポンプが装着されている。これらのポンプは、大きさが非常に小さく、マウスなどの小さな齧歯類に挿入するのに適している。このポンプを脊髄の上に重ねて配置し、ポンプの大きさおよび保持できる量に応じてangを規定した期間にわたって放出する(例えば、非特許文献47参照)。
【0073】
組換えangを投与する場合では、最初に異なる濃度の効果、次いで最適な送達計画(すなわち、連続的(このために浸透圧ポンプを使用可能である)、毎日、1日2回、毎週、隔週、その他の日数間隔などで投与する)を調べる。連続注入では、組換えアンジオゲニンは5と20μg/kg/分との間の用量範囲で注入する。別法では、アンジオゲニンは0.1と2mg/kgとの間の用量範囲で投与する。
【0074】
処理効果の決定
ang処理がmSOD1マウスで効果的かどうかを決定するために、処理したmSOD1マウスの疾患進行および寿命を未処理mSOD1同腹子と比較する。疾患進行のモニターには、歩行運動能力および筋肉機能の機能的評価、ならびに体重、一般的外見および運動ニューロン生存率(例えば、非特許文献48、44参照)が含まれる。寿命は、動物が生存する日数の尺度である。
【0075】
結果:アンジオゲニンは、ポンプおよびシリンジから放出され、脊髄中の細胞によって取り込まれる。これは、Angタンパク質に蛍光マーカーのタグを付けることによってモニターされる。Angを脊髄に直接投与すると、全身的Ang投与と比較して、発癌作用を有するAng投与の可能性が減少する。
【0076】
本発明は、前述した実施形態によっては制限されず、本発明の精神を逸脱せずに、構成および詳細を変化させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経変性疾患を治療または予防するための医薬品の製造における、野生型ヒトアンジオゲニン、または1個、2個若しくは3個のアミノ酸残基の置換若しくは欠失によって野生型ヒトアンジオゲニンから誘導され、且つ野生型ヒトアンジオゲニンと少なくとも98%のアミノ酸配列相同性を有するその神経保護作用変種の使用。
【請求項2】
前記神経変性疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)または運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種であることを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記神経変性疾患は、運動ニューロン疾患、プリオン疾患、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症(MS)、遺伝性神経障害、および小脳変性症が関与する疾患を含む群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項4】
タンパク質を直接クモ膜下腔内送達することによって、個体をアンジオゲニン(またはその神経保護作用変種)で治療することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の使用。
【請求項5】
神経変性疾患を治療または予防するための医薬品の製造における、野生型ヒトアンジオゲニンをコードする核酸分子、または1個、2個若しくは3個のアミノ酸残基の置換若しくは欠失によって野生型ヒトアンジオゲニンから誘導され、且つ野生型ヒトアンジオゲニンと少なくとも98%のアミノ酸配列相同性を有するアンジオゲニンの神経保護作用変種をコードする核酸分子の使用。
【請求項6】
前記核酸分子はDNA分子であることを特徴とする請求項5に記載の使用。
【請求項7】
前記DNA分子は配列番号17で示されるヌクレオチド配列を有することを特徴とする請求項5に記載の使用。
【請求項8】
前記神経変性疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)または運動ニューロン疾患、または原発性側索硬化症および脊髄性筋萎縮症を含むその変種であることを特徴とする請求項5から7のいずれか1項に記載の使用。
【請求項9】
前記神経変性疾患は、プリオン疾患、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症(MS)、遺伝性神経障害および小脳に関与する疾患を含む群から選択されることを特徴とする請求項5から7のいずれか1項に記載の使用。
【請求項10】
野生型ヒトアンジオゲニン、または1個、2個若しくは3個のアミノ酸残基の置換若しくは欠失によって野生型ヒトアンジオゲニンから誘導され、且つ野生型ヒトアンジオゲニンと少なくとも98%のアミノ酸配列相同性を有するその断片を含むことを特徴とする神経変性疾患によって特徴付けられる疾患または症状を治療又は予防するための医薬製剤。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−254997(P2012−254997A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−167612(P2012−167612)
【出願日】平成24年7月27日(2012.7.27)
【分割の表示】特願2007−542496(P2007−542496)の分割
【原出願日】平成17年11月22日(2005.11.22)
【出願人】(507038157)ロイヤル カレッジ オブ サージャンズ イン アイルランド (4)
【Fターム(参考)】