アンチエイジング剤
【課題】老化現象を改善、防止又は遅延させる医薬組成物の提供。
【解決手段】カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質としては、インターフェロンγ又はリポ多糖が挙げられる。老化現象としては、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである。
【解決手段】カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質としては、インターフェロンγ又はリポ多糖が挙げられる。老化現象としては、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物に関する。さらに、本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品に関する。また、本発明は、カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物に関する。
【背景技術】
【0002】
時間の経過に伴う生理的機能の低下を一般に「老化」又は「加齢」と呼び、これらの減少を個体レベルから臓器・組織レベル、細胞レベルで、また細胞レベルから分子レベルで研究しようとするのが老化研究である。「老化」の定義は様々であるが、その一例として「時間依存性で不可逆的な変化が種に固有な構造に起こり、成熟した生体が徐々に退歩すること」(「ステッドマン医学大辞典-英和・和英」、メジカルビュー社)が挙げられる。
【0003】
ヒトの場合、40歳を過ぎた頃から癌などをはじめとする様々な疾患にかかりやすくなり、その発症率はほぼ指数関数的に増加する。同様の変化は、時間的経過に差異はあるものの、他の動物においても見られる。老化を進行させる本質的な仕組みは未だ不明な部分が多いが、その原因を細胞自身に求める場合や、細胞を取り巻く環境に注目する場合もある。ヒトの老化においてもっとも重要なものとして人格の座である脳の老化がある。これは脳神経細胞の減少、機能の変化などは認知症の原因として、特に超高齢化社会で問題視されている。一方、ホルモン系、免疫系、心血管系及び脳神経系等の老化も種々の疾患との関連できわめて重要であり、これらの老化に注目している研究者も多い。老化研究は病気にかかりやすくなる原因を見出すという観点とともに、「アンチエイジング」すなわち「抗老化」や「抗加齢」に関する生理作用や作用機構を研究することが重要であり、人々が生活の質(Quality Of Life:QOL)又は豊かな生活を送るための知識を高め、その予防又は治療方法を早急に確立するために必須の課題となっている。
【0004】
老化現象の一つとして、身体を覆う皮膚組織及び体毛の機能減退が挙げられる。皮膚のバリア機能又は保湿機能が喪失すると、皮膚疾患や床ずれ等の皮膚障害が生じ、その苦痛又は不快感によってQOLを大きく損なうことになる。また、皮膚組織の保湿機能の衰退及び発毛障害は、症状によっては美的外観上の深刻な問題となる。カテプシンEは免疫系細胞、消化系上皮細胞及び皮膚組織に多く発現しているタンパク質分解酵素である。本酵素は正常皮膚においては、角化細胞(ケラチノサイト)及び毛包の内毛根鞘の領域に存在する。また免疫系細胞のマクロファージなどの抗原提示細胞では主としてエンドソームなどの細胞内小器官に存在する。
【0005】
カテプシンEを欠損させたマウスは細菌感染に対して高感受性を示し、通常飼育環境下ではアトピー性皮膚炎症状を呈することなどが報告されている (非特許文献1及び2)。カテプシンE欠損マウス由来のマクロファージは、LAMP-1、LAMP-2等の主要なリソソーム膜糖タンパク質の異常な蓄積を特徴とするリソソーム蓄積症状を呈し、リソソーム性pHの著明な上昇を伴って細胞機能に著しい障害をきたすことも報告されている(非特許文献3)。更に、カテプシンEは、ヒト前立腺癌細胞の増殖停止とアポトーシスを誘導することも報告されている(非特許文献4)。
【0006】
特許文献1では、カテプシンEと皮膚の発毛促進との関連性が示唆されているが、マイクロアレイ解析において発毛促進状態とカテプシンEの発現上昇が統計的な関連性を示したことしか報告されておらず、発毛促進におけるカテプシンEの生物学的機能に関する知見を提供するものではない。
【0007】
このように、カテプシンEについては複数の報告がなされているが、カテプシンE自体の機能については、未だに不明な点が多い。特にカテプシンEの老化に関連する機能ついては、本発明者らの知る限り、現時点において何らの報告もなされていない。
【0008】
一方で、最近、中高年者を対象とした皮膚の若返り対策及び老化防止策等を目的とした研究は盛んに行われているが、現状では、サプリメントやホルモン補充療法などの一部を除けば、アンチエイジングのための医薬品の開発はほとんどなされていない。したがって、全身的にも局所的にもアンチエイジング効果が得られる医薬品の開発及び予防法の確立が待たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-304491
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Tsukuba et al., J. Biochem., Vol. 134, No. 6, pp.893 - 902 (2003)
【非特許文献2】Tsukuba et al., J. Biochem., Vol. 140, No. 1, pp.57 - 66 (2006)
【非特許文献3】Yanagawa et al., J. Biol. Chem., Vol.282, No. 3, pp.1851-1862 (2007)
【非特許文献4】Kawakubo et al., Cancer Res., Vol.67, No. 22, pp.10869-10878 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況下、カテプシンEの機能を解明し、これを応用したアンチエイジング用組成物の開発が待たれていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、カテプシンE遺伝子を欠損させたモデル動物を作製し、このモデル動物の生理学的状態及び組織学的状態を詳細に観察することにより、当該モデル動物が、老化現象を提示することを見い出した。また、本発明者らは、前記モデル動物の観察により得られた知見から、カテプシンEの機能、特に、皮膚及び体毛の機能維持におけるカテプシンEの生物学的機能を同定することに成功した。さらに、本発明者らは、カテプシンEを過剰発現させたトランスジェニック動物では、老化が遅延され、皮膚組織並びに毛包及び毛幹が野生型よりも発達していることを見い出した。またさらに、本発明者らは、カテプシンEを前記モデル動物に投与することにより、前記モデル動物が提示する老化現象が改善されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1] カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。
[2] 前記老化現象が、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである、前記[1]に記載の医薬組成物。
[3] 前記老化現象が、皮膚障害又は発毛障害である、前記[1]に記載の医薬組成物。
[4] 皮膚障害が、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う、前記[1]に記載の医薬組成物。
[5] 前記発毛障害が、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う、前記[1]に記載の医薬組成物。
[6] 前記カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質が、インターフェロンγ又はリポ多糖である、前記[1]に記載の医薬組成物。
[7] カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品。
[8] 化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームである、前記[7]に記載のスキンケア用品。
[9] カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物。
[10] 前記変異がカテプシンE遺伝子の欠失である、前記[9]に記載の動物。
【発明の効果】
【0014】
本発明の医薬組成物により、加齢に伴う老化現象を改善、防止又は遅延させることができる。また、本発明のスキンケア用品により、皮膚の老化現象を改善、防止又は遅延させることができる。さらに、本発明により、老化現象を提示する老化モデル動物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】同系若齢(生後21〜23日目)マウスの肉眼的所見を示す図である。
【図2】(A)野生型マウス(CatE+/+)(生後3週間)の皮膚の組織学的所見を示す図である。(B)カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後3週間)の皮膚の組織学的所見を示す図である。
【図3】同系加齢(生後6〜12月目)マウスの肉眼的所見を示す図である。
【図4】生後10ヶ月齢の野生型マウス及びカテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)の皮膚の組織染色切片を示す図である。(A)野生型マウスの皮膚(左パネル:矢状断片、右パネル:冠状断片)、(B)CatETgマウスの皮膚(左パネル:矢状断片、右パネル:冠状断片)
【図5】生後11ヶ月齢のCatE-/-マウスの皮膚組織を示す図である。
【図6】野生型マウスとCatE-/-マウスの血清中過酸化水素(H2O2)レベルとマクロファージ中のH2O2レベルを示す図である。
【図7】(A)マクロファージにおけるNADPHオキシダーゼによるラジカル生成経路の概略示す図である。(B)NADPHオキシダーゼのサブユニット構造を模式的に示しす図である。(C)NADPHオキシダーゼ複合体の主要成分gp91phoxの発現量をウェスタンブロット法により解析した結果を示す図である。
【図8】野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにより生成される誘導型NO合成酵素のmRNA量とNO2レベルを示す図である。
【図9】マクロファージ細胞の酸化ストレスに対する応答を示す概略図である。生体内活性酸素消去系の主要な3つの経路を示す。
【図10】(A)マクロファージにおけるグルタチオン系のH2O2還元反応を示す概略図である。(B)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおける還元型グルタチオン濃度を示す図である。
【図11】(A)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおける酸化型及び還元型ペロキシレドキシン6の濃度を示す図である。(B)野生型マウスのマクロファージにH2O2酸化ストレスをかけたときの酸化型及び還元型ペロキシレドキシン6の濃度変化を示す図である。
【図12】(A)酸化ストレスに対する細胞応答におけるアネキシン1の機能を示す概略図である。(B)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおけるアネキシン1濃度変化を二次元電気泳動にて示す図である。
【図13】ヒト前立腺癌細胞(ALVA101)にカテプシンEを過剰発現させた癌細胞(ALVA101/CE)とベクター(mock)のみを発現させた癌細胞(ALVA101/mock)をそれぞれヌードマウスの皮下に移植したときの皮膚組織の増殖及び分化促進作用を示す図である。(A)ALVA101/mock(カテプシンEを分泌しない癌細胞:コントロール)を移植した皮膚組織(B)ALVA101/CE(カテプシンEを分泌する癌細胞)を移植した皮膚組織
【発明を実施するための形態】
【0016】
医薬組成物
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物を提供する。
【0017】
本発明の医薬組成物の有効成分としては、(1)カテプシンEタンパク質、(2)カテプシンEの変異タンパク質、(3) カテプシンEタンパク質のペプチド断片、(4)カテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片、及び(5)カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質、が挙げられる。
【0018】
「カテプシンE」(Cathepsin E:本明細書において「CatE」と表示する場合もある)は、ヒトでは1q31-q32に存在する遺伝子にコードされる、396アミノ酸残基からなるタンパク質であり(Azuma et al., J. Biol. Chem., Vol.267, No. 3, pp. 1609-1614 (1992)、ペプシン・スーパーファミリーに属するエンドリソソーム系アスパラギン酸プロテイナーゼである(Sastradipura et al., J. Neurochem., Vol. 70, No.5, pp. 2045-2056, (1998), Nishioku et al., J. Biol. Chem., Vol.277, No. 7, pp.4816-4822 (2002))。カテプシンEは、主に免疫系細胞に多く発現しており、具体的には、胃粘膜細胞などの消化管上皮細胞、リンパ球、抗原定細胞(マクロファージ、樹状細胞、ミクログリアなど)、泌尿器系細胞、破骨細胞及び血球系細胞等で発現している。マクロファージやマイクログリア等の抗原提示細胞では、その多くがエンドソーム区画内に存在する。ヒトのカテプシンEのアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0019】
「カテプシンEの変異タンパク質」とは、カテプシンEのアミノ酸配列において、1又は複数(例えば、1又は数個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつカテプシンEと同様の生物学的機能を奏するタンパク質を意味する。ここで、本発明において「カテプシンEと同様の生物学的機能」とは、老化現象を改善、防止又は遅延させる機能、特に、老化による皮膚障害又は発毛障害を改善、防止又は遅延させる機能を意味する。
【0020】
カテプシンEタンパク質のアミノ酸配列において1以上のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたとは、同一配列中の任意かつ1若しくは複数のアミノ酸配列中の位置において、1又は複数のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加があることを意味し、欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。また、これらの変異によってアミノ酸に新たな修飾(糖鎖付加など)が生じてもよい。 「カテプシンEのアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」の例としては、配列番号2に示すアミノ酸配列において、例えば、1〜100個、1〜90個、1〜80個、1〜70個、1〜60個、1〜50個、1〜40個、1〜39個、1〜38個、1〜37個、1〜36個、1〜35個、1〜34個、1〜33個、1〜32個、1〜31個、1〜30個、1〜29個、1〜28個、1〜27個、1〜26個、1〜25個、1〜24個、1〜23個、1〜22個、1〜21個、1〜20個、1〜19個、1〜18個、1〜17個、1〜16個、1〜15個、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個(1〜数個)、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列が挙げられる。
【0021】
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。
A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2−アミノブタン酸、メチオニン、o−メチルセリン、t−ブチルグリシン、t−ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン;
B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2−アミノアジピン酸、2−アミノスベリン酸;
C群:アスパラギン、グルタミン;
D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4−ジアミノブタン酸、2,3−ジアミノプロピオン酸;
E群:プロリン、3−ヒドロキシプロリン、4−ヒドロキシプロリン;
F群:セリン、スレオニン、ホモセリン;
G群:フェニルアラニン、チロシン。
【0022】
カテプシンEの変異タンパク質の例としては、配列番号2のアミノ酸配列と85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつカテプシンEと同様の生物学的機能を有するタンパク質が挙げられる。上記同一性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0023】
アミノ酸配列の同一性は、FASTA(Science 227 (4693): 1435-1441, (1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTPと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTPを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore = 50、wordlength = 3とする。
【0024】
「カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片」とは、上記カテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質の部分配列からなるペプチド断片であって、カテプシンEと同様の生物学的機能を奏するものを意味する。ここで、本発明において「カテプシンEと同様の生物学的機能」とは、「カテプシンEの変異タンパク質」の説明で述べた通りである。「カテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質の部分配列からなるペプチド断片」とは、カテプシンEタンパク質若しくはカテプシンEの変異タンパク質の、N末端部分、C末端部分又はこれらの両部分が喪失したペプチド断片を意味するものであり、このようなペプチド断片は、ペプチダーゼ等を用いたカテプシンEタンパク質若しくはカテプシンEの変異タンパク質の断片化、又はカテプシンEタンパク質のペプチド断片若しくはカテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させること等によって得ることができる。
【0025】
「カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質」とは、その物質を対象に投与することにより、対象の全身又は身体の一部において、投与前と比べて投与後にカテプシンEタンパク質の発現量又は濃度が上昇する物質を意味する。このような物質の例としては、インターフェロンγ(Nishioku et al., J. Biol. Chem., Vol.277, No. 7, pp.4816-4822 (2002))及びリポ多糖(LPS)(Yanagawa et al., J. Oral Biosci., Vol. 48, No. 3, pp. 218-225 (2006))が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
カテプシンEタンパク質は、動物、好ましくは、哺乳動物、より好ましくは、ヒトに由来する組織又は細胞から抽出したものを使用してもよく、あるいはカテプシンEタンパク質をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。
【0027】
カテプシンEタンパク質をコードする遺伝子は、好ましくは配列番号2のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドである。本明細書において、「ポリヌクレオチド」とは、DNA又はRNAを意味する。
カテプシンEタンパク質をコードする遺伝子の例としては、配列番号1の塩基配列を有するDNAが挙げられる。
【0028】
カテプシンEの変異タンパク質は、天然に存在する変異タンパク質を使用してもよく、あるいはカテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子は、天然に存在する変異タンパク質を発現する細胞から抽出するか、あるいは、カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子配列番号1のポリペプチドをベースとして、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409(1982)"、"Gene, 34, 315 (1985)"、"Nuc. Acids. Res., 13, 4431(1985)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488(1985)"等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、人為的に取得することもできる。但し、変異導入の方法は、上記に限定されるものではなく、変異は当業者に公知のいずれかの方法で導入でき、そのような方法の例としては、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"に記載される方法が挙げられる。
【0029】
アミノ酸配列と遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTMSite-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社)、GeneTailorTMSite-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社)等を用いることができる。
【0030】
本発明において、DNAの塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができる。例えば、ジデオキシヌクレオチドチェーンターミネーション法(Sanger et al. (1977) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74: 5463)等により行うことができる。また、適当なDNAシークエンサーを利用して配列を解析することも可能である。
【0031】
塩基配列の決定は、プラスミドベクターを用いて作製された形質転換体の場合、宿主が大腸菌(エシェリヒア・コリ)であれば試験管等で培養を行い、常法に従ってプラスミドを調製する。得られたプラスミドをそのまま鋳型とするか、あるいは挿入断片を取り出してM13ファージベクター等にサブクローニングした後に、ジデオキシ法により塩基配列を決定する。ファージベクターで作製された形質転換体の場合も基本的に同様な操作により塩基配列を決定することができる。これら培養から塩基配列決定までの基本的な実験法については、例えば、T.Maniatisらの”Molecular Cloning, A Laboratory Manual”等に記載されている。
【0032】
また、カテプシンE遺伝子または該遺伝子が組み込まれたベクターから、カテプシンEタンパク質を製造することも可能である。すなわち、いわゆる無細胞タンパク質合成系を採用して、カテプシンEタンパク質を産生することが可能である。
【0033】
無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管などの人工容器内でタンパク質を合成する系である。なお、本発明において使用される無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
【0034】
ここで、上記細胞抽出液は、真核細胞由来または原核細胞由来の抽出液、例えば、小麦胚芽、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は濃縮されたものであっても濃縮されていないものであってもよい。
【0035】
細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。さらに本発明において、無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。そのようなキットとしては、例えば試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTMSystem(プロメガ)、合成装置のPG-MateTM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)などが挙げられる。
【0036】
カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子の例としては、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、カテプシンEと同様の生物学的機能を奏するタンパク質をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。
【0037】
「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、例えば、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドの全部又は一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法又はサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるポリヌクレオチドをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor, Laboratory Press 2001"及び"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"などに記載されている方法を利用することができる。
【0038】
本明細書中、「ストリンジェントな条件」とは、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件において、温度を上げるほど高い同一性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度等の複数の要素が考えられ、当業者であればこれらの要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0039】
なお、ハイブリダイゼーションに市販のキットを用いる場合は、例えばAlkphos Direct Labelling and Detection System(GE Healthcare)を用いることができる。この場合は、キットに添付のプロトコルにしたがい、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、メンブレンを55℃の条件下で0.1%(w/v)SDSを含む1次洗浄バッファーで洗浄後、ハイブリダイズしたDNAを検出することができる。
【0040】
上記以外にハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとしては、FASTA、BLAST等の相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメーターを用いて計算したときに、配列番号1の塩基配列と75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するDNAを挙げることができる。
【0041】
なお、塩基配列の同一性は、FASTA(Science 227 (4693): 1435-1441, (1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore = 100、wordlength = 12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0042】
カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片は、ペプチダーゼ等を用いてカテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質を断片化することによって得られるものを用いてもよく、あるいは、カテプシンEタンパク質のペプチド断片又はカテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。
カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片をコードするポリヌクレオチドは、上記カテプシンEタンパク質の遺伝子又はカテプシンEの変異タンパク質の遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)内に切断部位を有する制限酵素による処理、該遺伝子の開始コドンより下流(3’側)かつ終止コドンより上流(5’側)の領域内の塩基配列に相補的な配列を有するプライマーを用いたPCR増幅、または開始コドンより下流かつ終止コドンより上流の領域内に終止コドンを導入することにより得ることができる。これらの分子生物学的手法は、当業者に公知であり、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"に記載されている。
【0043】
本発明では、「老化現象」又は「老化症状」とは、加齢に伴う身体機能の衰退又はその関連症状を意味するものである。老化現象又は老化症状は、種々の生理学的分析又は分子生物学的分析によって確認できる。老化の主な原因としては、活性酸素による生体分子の酸化、特に免疫細胞中の生体分子の酸化が挙げられる。生体分子の酸化を老化の指標として用いた場合、対象の種々の組織、細胞等に含まれる酸化型分子の量の測定や、生体内活性酸素消去経路の活性の測定等によって、老化の進行を定量的に測定することができる。このような老化の測定方法の具体例としては、血清中のH2O2濃度の測定、マクロファージ細胞中のH2O2濃度の測定、マクロファージ細胞中のNADPHオキシダーゼの発現量の測定、マクロファージ細胞中の酸化型又は還元型グルタチオン濃度の測定、マクロファージ細胞中の酸化型又は還元型ペロキシレドキシン6濃度の測定、マクロファージ細胞中のアネキシン1の濃度の測定等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、老化は、対象の皮膚や体毛の状態を肉眼観察して、他の個体と比較することによって、相対的に進行を判断することも可能である。
本発明者らは、カテプシンEの欠損について以下の知見を得た。
(1)血清中のH2O2濃度の有意な増加(図6)
(2)マクロファージ細胞中のH2O2濃度の有意な増加(図6)
(3)マクロファージ細胞中のNADPHオキシダーゼの発現量の有意な増加(図7)
(4)マクロファージ細胞中の還元型グルタチオン濃度の有意な減少(図10)
(5)マクロファージ細胞中の還元型ペロキシレドキシン6濃度の有意な減少(図11)
(6)マクロファージ細胞中のアネキシン1レベルの有意な減少(図12)
また、カテプシンEを欠損させたモデル動物は、他の同系の動物と比べて、寿命が半分程度であることも確認された。
【0044】
「NADPHオキシダーゼ」は、マクロファージ等の食細胞内でスーパーオキシドの合成を触媒する酵素であり(図7A及びB)、NADPHオキシダーゼ発現量の上昇は、その食細胞が酸化ストレスに晒されていることを示す。「グルタチオン」及び「ペロキシレドキシン6」は、それぞれ生体内活性酸素消去経路で活性酸素(Reactive Oxygen Spesies:ROS)を還元する酵素であるが(図9)、これらの還元型酵素のレベルが減少していることは、ROSが還元されず、細胞が該ROSによる酸化ストレスに晒されていることを示す。また、「アネキシン1」は、酸化ストレスに対する細胞応答に関与するタンパク質であるが(図9及び図12A)、アネキシン1レベルの低下は、細胞応答機能が低下して酸化ストレスに晒されていることを示す。
【0045】
老化現象又は老化症状の具体例としては、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害が挙げられる。本発明の医薬組成物によって、特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる老化現象の例としては、皮膚障害又は発毛障害が挙げられる。
【0046】
皮膚障害は、老化以外の原因(例えば、外傷、細菌及びウィルス感染等)によっても起こりうるが、そのような皮膚障害は、処置を行わずとも自然治癒する場合があるため、可逆的であるといえる。これに対し、老化による皮膚障害は、皮膚組織そのものが退縮することが原因で、皮膚組織の機能が奪われるものであるから、その進行は不可逆的である。従って、老化による皮膚障害と老化以外の原因による皮膚障害は、その進行が不可逆性であるか又は可逆性であるかによって区別することができる。
本発明者らは、カテプシンE遺伝子を欠損させたモデル動物を作製し、当該モデル動物が乾燥皮膚等の老化症状を提示することを見い出した。当該モデル動物は、皮膚障害の症状を示したが、その皮膚組織は、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮等の特徴を有することが判明した(図2B)。さらに、当該モデル動物の真皮及び皮下組織には、炎症性細胞の浸潤は認められなかったため、当該モデル動物の皮膚障害は、老化のみを要因として生じたものであることが判明した(図2B)。またさらに、当該モデル動物は、Specific-Pathogen Free(SPF)環境下であっても、未処置のまま飼育し続けると高頻度に皮膚潰瘍を自然発症し、その治癒も遅延することが判明した(図5)。従って、これらの特徴を伴う皮膚障害は、皮膚組織の退縮によって不可逆的に進行するものであり、老化による皮膚障害であると判断される。
以上を考慮するに、本発明の医薬組成物によって特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる皮膚障害の具体例としては、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う皮膚障害が挙げられる。
【0047】
また、発毛障害は、老化以外の原因(例えば、外傷、精神ストレス及び過剰な皮脂分泌等)によっても起こりうるが、そのような発毛障害は、処置を行わずとも自然治癒する場合があるため、可逆性であるといえる。これに対し、老化による発毛障害も、上記皮膚障害と同様に、毛包及び毛幹そのものが減少することが原因で、発毛機能が奪われるものであるから、その進行は不可逆的である。従って、老化による発毛障害と老化以外の原因による発毛障害は、その進行が不可逆性であるか又は可逆性であるかによって区別することができる。
本発明者らが作製したカテプシンE遺伝子欠損モデル動物は、発毛障害の症状を示したが、皮下及び真皮組織において、毛包及び毛幹の減少が認められ、当該モデル動物の皮膚障害は、老化のみを要因として生じたものであることが判明した(図2)。従って、これらの特徴を伴う発毛障害は、毛包及び毛幹の減少によって不可逆的に進行するものであり、老化による発毛障害であると判断される。
以上を考慮するに、本発明の医薬組成物によって特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる発毛障害の具体例としては、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う発毛障害が挙げられる。
【0048】
老化現象の「改善」とは、加齢に伴って衰退した身体機能を、本発明の医薬組成物の投与によって回復させるか又は部分的に回復させることを意味する。老化現象の「防止」とは、加齢が進行し続ける状態において、本発明の医薬組成物の投与によって身体機能の衰退を停止させることを意味する。老化現象の「遅延」とは、加齢が進行し続ける状態において、本発明の医薬組成物の投与によって身体機能の衰退を、本発明の医薬組成物を投与しない場合と比べて、遅らせることを意味する。
【0049】
本発明の医薬組成物は、カプセル、錠剤、粉末等の固形剤であってもよく、溶液、懸濁液若しくは乳液等の液剤、又は軟膏、クリーム若しくはペースト等の半液体製剤であってもよい。
【0050】
上記有効成分は、単独で使用してもよく、又は薬理学的に許容可能な他の成分と共に調合してもよい。薬理学的に許容可能な他の成分の例としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、抗酸化剤、保存剤、補助剤、滑沢剤、甘味剤、香料等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0051】
本発明の医薬組成物は、種々の投与経路を介して投与することが可能であり、例えば、経口、局所又は非経口(静脈内、脈管内、腹腔内、経皮、経粘膜及び筋肉内を含む)の投与経路で投与できる。好ましくは、本発明の医薬組成物は、塗布によって局所投与される。
【0052】
局所投与に適切な剤形の例としては、皮膚への浸透に好適な液体又は半液体製剤(例えば、塗布薬、ローション、軟膏、クリーム、又はペースト)が挙げられる。本発明の医薬組成物は、ローション又はクリームの場合、上記有効成分の他に、液体パラフィン、キサンタンゴム、ワセリン、蜜蝋、又はポリエチレングリコール、ソルビトール、鉱油、ラノリン、スクワレン等の増粘剤、湿潤剤及び/又は皮膚軟化剤を含んでいてもよい。また、ローション又はクリームである場合、上記有効成分は、鉱油、ソルビタンモノステアレート、ポリエチレングリコール、液体パラフィン、ポリソルベート60、セチルエステルワックス、セテアリルアルコール、2-オクチルドデカノール、ベンジルアルコール及び水からなる群より選択される少なくとも1つに懸濁されていてもよい。一方、本発明の医薬組成物が軟膏である場合には、上記有効成分は、鉱油、液体ワセリン、白色ワセリン、プロピレングリコール、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレン化合物、乳化蝋及び水からなる群より選択される少なくとも1つに懸濁されていてもよい。
【0053】
本発明の医薬組成物は、上記有効成分を治療上有効量で含み得る。ここで、「治療上有効量」とは、その量の有効成分を対象に投与することにより、対象の老化現象を改善、防止又は遅延させることが可能な量を意味する。例えば、局所投与剤の場合、治療上有効量は、0.001〜10重量%であり、好ましくは、0.01〜5重量%であり、より好ましくは、0.1〜3重量%である。
【0054】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与頻度は、対象の種、体重、性別、年齢、老化の進行度、投与経路といった種々の要因に依存して変化するが、医師、獣医師、歯科医師又は薬剤師等の当業者であれば、それぞれの要因を考慮して投与量を決定することができる。例えば、本発明の医薬組成物を体重60kgの成人に局所投与する場合、毎日1〜4回、好ましくは1又は2回投与してもよく、1回あたりの投与量は、0.1〜150 mgであってもよい。
【0055】
上記の治療上有効量、投与量及び投与頻度は、典型的な数値を列挙したものであり、これを超える数値又は下回る数値であっても老化現象の改善、防止又は遅延効果が得られる場合も十分に考えられる。従って、上記の治療上有効量、投与量及び投与頻度を超える数値又は下回る数値であっても、本発明の医薬組成物の治療上有効量、投与量及び投与頻度として包含される。
【0056】
スキンケア用品
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品を提供する。
スキンケア用品は、使用時に対象の皮膚組織と直接接触されるものであれば特に限定されないが、具体例としては、化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームが挙げられる。
【0057】
本発明のスキンケア用品も、「医薬組成物」の項で説明した液剤又は半液体製剤と同様に、薬理学的に許容可能な他の成分を含んでいてもよい。
【0058】
本発明者のスキンケア用品を用いた場合、皮膚組織の増殖及び分化が促進されて、皮膚組織の老化が改善、防止又は遅延されることが期待される。。
【0059】
老化モデル動物
本発明は、カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物を提供する。
カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異は、カテプシンEの転写又は翻訳を阻害する変異であれば特に限定されないが、具体例としては、カテプシンE遺伝子のORF領域へのナンセンス変異、フレームシフト変異若しくはミスセンス変異の導入、又はカテプシンE遺伝子のORF領域の欠失が挙げられる。これらの例において、カテプシンE遺伝子のORF領域の欠失が好ましい。
このような変異は、当業者に公知の遺伝子組換技術によって容易に組み込むことが可能である(具体的手法については、以下を参照:Sambrook, Fritsch and Maniatis, ”Molecular Cloning: A Laboratory Manual” 2nd Edition (1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)。
【0060】
カテプシンE産生細胞
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、又は前記カテプシンEタンパク質若しくはその変異タンパク質のペプチド断片(以下において「カテプシンE」と総称する)を産生する細胞を提供する。
このような細胞は、カテプシンEの遺伝子を適切な発現ベクターに導入し、該発現ベクターを適切な宿主細胞にトランスフェクトすることにより得ることができる。
カテプシンEをコードする遺伝子は、前述の通りである。
【0061】
適切な発現ベクターは、ウィルスベクター又はプラスミドベクターのいずれでもよく、好ましくは、哺乳動物細胞、より好ましくは、ヒト細胞内で複製することが可能であり、かつカテプシンEを発現させることが可能なベクターである。このようなベクターの例としては、pcDNA3.1が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0062】
適切な宿主細胞は、特に限定されないが、好ましくは、哺乳動物細胞、より好ましくは、ヒト細胞に由来する細胞である。長期間に渡ってカテプシンEを発現させたい場合には、宿主細胞は、不死化していることが好ましく、例として、ALVA101が挙げられる。
【0063】
トランスフェクションは、前記発現ベクターを前記宿主細胞に導入可能な方法であれば、特に限定されないが、発現ベクターとしてプラスミドベクターを用いる場合には、エレクトロポレーション法、カルシウムイオンを用いる方法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法またはリポフェクション法等を用いることができ、宿主細胞へのダメージを軽減する観点から、リポフェクション法がより好ましい。
【0064】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【実施例1】
【0065】
トランスジェニックマウス及びノックアウトマウスの作製
(1)マウス
野生型マウス(CatE+/+)、カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)は同じ遺伝的背景を有するC57BL/6Nマウスである。野生型マウスはセアック吉冨(福岡、日本)から購入した。
(2)カテプシンE欠損マウスの作製
カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)は非特許文献1に記載の方法に従って作製した。
(3)カテプシンE過剰発現トランスジェニックマウスの作製
カテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)は非特許文献4 (Supplementary Fig. S2)に記載の方法に従って作製した。
(4)マウスの飼育環境
全てのマウスは無菌環境下(SPF)で飼育した。
【実施例2】
【0066】
マウスの肉眼観察及び組織学的所見
(1)同系若齢(生後21〜23日目)マウスの肉眼観察
若齢期のカテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後24日)、野生型マウス(CatE+/+)(生後21日)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニック(TG)マウス(CatETg)(生後23日)の外見的特徴を肉眼観察した(図1)。
野生型マウスとCatETgマウスの間には肉眼的に顕著な差は認められないが、CatE-/-マウスは、他の同系マウスに比べて明らかに身体が小さく、皮膚の乾燥や脱毛が顕著である。生後3週ぐらいまでは毛周期の部位特異性がないことから、カテプシンE欠損マウスで見られる皮膚の乾燥や脱毛は、本酵素が皮膚のバリア機能や保湿機能の維持及び発毛に重要な機能を担っていることを示している。
【0067】
(2)同系若齢(生後3週間)マウスの皮膚組織切片の組織学的観察
カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後3週間)及び野生型マウス(CatE+/+)(生後3週間)の皮膚組織切片を作製し、これを組織染色することによって、各マウスの皮膚組織の状態を観察した(図2)。
マウスをエーテル麻酔後頸椎脱臼により屠殺し、摘出した皮膚組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定した。パラフィン包埋後、約3μmの厚さで薄切し、染色はHE染色を施した。
図2Aは、野生型マウス(生後3週間)の皮膚組織を示す図である(上段:冠状断、下段:矢状断)。野生型マウスでは、表皮、真皮、及び皮下組織に異常が認められなかった。毛包及び毛幹、皮脂腺にも異常は認められなかった。図2Bは、CatE-/-マウス(生後3週間)の皮膚組織を示す図である(上段:冠状断、下段:矢状断)。CatE-/-マウスでは、真皮領域が軽度に拡大し、皮下組織が縮小していた。さらに、皮下組織の毛包及び毛幹は高度に減少し、真皮の毛包及び毛幹も中程度に減少していた。一方で、CatE-/-マウスの真皮及び皮下組織には炎症性細胞浸潤は全く認められなかった。このことは、KOマウスに見られる皮膚組織の性状が、炎症による二次的な変化ではなく、カテプシンE欠損の直接的な効果であることを示している。
【0068】
(3)同系加齢(生後6〜12月目)マウスの肉眼観察
高齢期のカテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後12月)、野生型マウス(CatE+/+)(生後6月)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニック(TG)マウス(CatETg)(生後6月)の外見的特徴を肉眼観察した(図3)。
CatE-/-マウスの身体は同週齢で比較すると野生型及びCatETgマウスより明らかに小さく、12ヶ月齢で野生型及びTgマウスの6ヶ月齢とほぼ同じ大きさであった(図3)。CatE-/-マウスの平均的な寿命は、野生型マウスの約半分である。
一方で、CatETgマウスは、野生型マウスやCatE-/-マウスと比べて、若々しく、皮膚の張りや保湿性も高く、体毛も艶やかで脱毛もまったく見られなかった(図3)。また、CatETgマウスは、野生型マウスやCatE-/-マウスと比べて、運動量が多いことが観察された。
【0069】
(4)同系加齢(生後10月)マウスの皮膚の組織学的観察
生後10ヶ月齢の野生型マウス及びCatETgマウス並びに生後11ヶ月齢のCatE-/-マウスの皮膚組織切片を、実施例2と同様の方法によって作製及び組織染色した(図4及び5)。
図4A及びBは、それぞれ野生型マウス及びCatETgマウスの皮膚組織を示す。
野生型マウスの皮膚では、矢状断(図4A左パネル)に示すように、真皮における毛包、皮脂腺が少なく皮下組織には毛球が認められなかった。また、冠状断(図4A右パネル)では、真皮の毛包及び皮脂腺はある程度認められるが、皮下組織の毛球は全く認められなかった。高齢期の野生型マウスの皮膚では、全体的な傾向として、被毛は形態的には休止期又は退行期にあるものが多く、増殖期のものは少なかった。
対照的に、CatETgマウスの皮膚では、矢状断(図4B左パネル)に示すように、真皮における毛包、皮脂腺ならびに皮下組織の毛球が数多く確認された。また、冠状断(図4B右パネル)では、真皮における毛包、皮脂腺ならびに皮下組織の毛球が数多く確認された。CatETgマウスの皮膚では、表皮に異常が認められなかった。これらの特徴は切片の全体に認められ、形態的には被毛は毛球が非常に発達していることから増殖期のものが多いと考えられる。従って、CatETgマウスでは、高齢期であっても皮膚の老化現象がほとんど見られなかった。
対照的に、CatE-/-マウスは、11ヶ月齢まで成長すると、SPF環境下においても、高頻度の脱毛とともに皮膚潰瘍を自然発症し、その治癒も遅延することが確認された。CatE-/-マウスでは、皮膚障害が頻繁に確認され、このことは、加齢に伴って皮膚組織のバリア機能が喪失したことを示している(図5)。CatE-/-、野生型及びCatETgの3種類のマウスのうち、CatE-/-マウスが最も顕著な老化現象を示した。
【実施例3】
【0070】
マウス由来サンプルの生化学的所見
(1)血清及びマクロファージのH2O2レベルの測定
CatE-/-マウス及び野生型マウスの受ける酸化ストレスを測定するため、各マウスの血清血清及びマクロファージ中のH2O2レベルを測定した。マウスから血液を採取後、遠心により血球部分を取り除き、血清を採取した。採取後、Amplex Red Hydrogen Peroxide Assay kit (Molecular Probesより購入)を用いて、血清中のH2O2量を測定した。マクロファージ中のH2O2量は、細胞浮遊液(5 x 105個)にルミノール溶液とオプソニン化ザイモサンを添加し、37℃条件下でMicroLumat Puls LB96V(ベルトールド社)を用いて測定した。
CatE-/-マウスは、野生型マウスに比べ、血清及びマクロファージ細胞の両方で有意に高いH2O2レベルを示した(図6)。このことは、CatE-/-マウスが受ける酸化ストレスが、野生型と比べて、個体レベルでも細胞レベルでも有意に高いことを示している。
【0071】
(2)マクロファージ細胞内のNADPHオキシダーゼレベルの測定
CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進が、NADPHオキシダーゼ系による活性酸素産生に依存するのかどうかを確認するため、NADPHオキシダーゼ複合体の主要成分であるgp91phoxの発現量をウェスタンブロット法により測定した。
マクロファージ細胞抽出液をSDSゲル電気泳動後、ゲル内のタンパク質をニトロセルロース膜に転写し、常法に従ってブロッキング、洗浄、一次抗体(抗gp91phox 抗体)とのインキュベーション、続いてHRP標識二次抗体とのインキュベーションを行って、ECL検出試薬で発色させ、LAS-1000 plus(富士フィルム、日本)により撮影した。
その結果を図7に示す。CatE-/-マウスのマクロファージでは、野生型マウスのマクロファージに比べて有意に高いgp91phox量が確認された。この結果から、CatE-/-マウスのマクロファージにおける酸化ストレス亢進は、NADPHオキシダーゼ系の寄与による可能性が高いと考えられる。
【0072】
(3)一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現量の測定及びNO2濃度の測定
CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進が、NO産生系による活性酸素産生に依存するのかどうかを確認するため、iNOS(誘導型NO産生酵素)発現量及びNO系の最終産物であるNO2量を測定した(図8)。
細胞培養皿に1 x 106個の細胞を培養した後、細胞を回収。その後、QickPrepTM Micro mRNA Purification kitを使用してmRNAの抽出を行った。50 ngのmRNAをReady・To・GoTM RT-PCR Beadsと反応させ、逆転写反応(45℃、15分間)、熱変性(95℃、30秒間)、アニーリングならびに伸長反応(72℃、1分間)を45サイクル行った。RT-PCR産物は2%アガロースゲル電気泳動後、エチジウムブロマイド染色を行い、トランスイルミネーターを用いて紫外線照射して検出した。マウスiNOSプライマー:
Forward: 5’-CAAAGTCAAATCCTACCAAAGTGACCTG-3’(配列番号3)
Reverse: 5’-TGCTACAGTTCCGAGCGTCAAAGACCTG-3’(配列番号4)
マクロファージをIFN-γ (100 units/ml)及びLPS (1 μg/ml)で刺激した後、誘導されてくるNO2量をNO2assay kit(同仁科学研究所より購入)で測定した。
結果を図8に示す。iNOS mRNA量及びNO2量のいずれについてもCatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージの間で有意差が認められなかった。この実験結果は、CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進においてNO産生系の寄与が低いことを示唆するものである。
【0073】
(4)マクロファージ細胞内の還元型グルタチオン(GSH)レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージのグルタチオン系H2O2合成経路(図10A)の状態を確認するため、それぞれのマウスのマクロファージ中の還元型グルタチオン(GSH)レベルを測定した(図10B)。
還元型グルタチオン量は以下の方法で測定した。細胞を4℃のトリクロロ酢酸に懸濁し、ホモジナイザーで破砕後、遠心により不溶成分を除去した。ジエチルエーテルで5回洗浄したものをサンプルとして使用した。150 μlの反応液(6.6 mMのリン酸バッファー(pH 7.5)中に0.33 mM EDTA、0.27 mM β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドホスフェート及び0.12 U グルタチオンレダクターゼを含む)を37℃で5分間恒温処理した後、50 μlの合成基質DTNB(最終濃度2.5 mM)を加え、37℃で10分間恒温処理した。反応後、吸光プレートリーダー(MicroLumat Puls LB96V(Berthold Technologies、ドイツ))で420 nmの吸光度を測定した。
CatE-/-マクロファージ細胞内の還元型グルタチオン量は、野生型細胞に比べて有意に減少していることが示された(図10B)。この結果から、CatE-/-マクロファージ細胞内では、グルタチオン系のROS還元経路の活性が低下していることが示された。
【0074】
(5)マクロファージ細胞内の還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージの還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルを測定した(図11A)。また、野生型マウスのマクロファージにH2O2で酸化ストレスを与えた場合に、ペロキシロドキシン6の酸化型と還元型の発現量が変化するかどうかを確認した(図11B)。
還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルは以下の方法にて測定した。マクロファージ細胞抽出液をSDS二次元電気泳動した後、銀染色を行った。還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6は、対応するバンドをトリプシン消化し、TOFMAS(AXIMA-CFR plus)(島津製作所、日本)を使ってペプチドマッピングを行った後、Mascot search engine(Matrix Science社、日本) を使って同定・定量した。
CatE-/-マクロファージ細胞では、還元型ペロキシレドキン6のレベルが、野生型細胞より有意に減少していた(図11A)。この結果から、CatE-/-マクロファージ細胞内では、ペロキシレドキン6系のROS還元経路の活性が低下していることが示された。また、野生型マクロファージにH2O2で酸化ストレスを与えると、CatE-/-マクロファージと同様の酸化型:還元型の比率が得られることが判明した(図11B)。
【0075】
(6)マクロファージ細胞内のアネキシン1レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージのアネキシン1レベルを測定した(図12B)。
アネキシン1レベルは以下の方法で測定した。マクロファージ細胞抽出液をSDS二次元電気泳動した後、銀染色を行った。アネキシン1は、対応するバンドをトリプシン消化し、TOFMAS(AXIMA-CFR plus)(島津製作所、日本)を使ってペプチドマッピングを行った後、Mascot search engine(Matrix Science社、日本) を使って同定・定量した。
CatE-/-マクロファージでは、野生型細胞と比べてアネキシン1レベルが有意に減少していることが判明した(図12B)。
【0076】
以上の実施例から、CatE-/-マウスのマクロファージでは、生体内活性酸素消去系の主要な3つの経路が野生型のマクロファージと比べて活性低下を示していることが確認された。
また、以上の実施例から、CatE-/-マウスは、個体レベル及び細胞レベルの両方で、強い酸化ストレスに晒されていることが確認されるとともに、非炎症性の皮膚障害、発毛障害、寿命の減少といった老化現象を提示することも確認された。また、CatE-/-マウスでは、、野生型マウスに比べて、加齢に伴う免疫細胞数が著しく減少していた。このことは、CatE-/-マウスの老化モデル動物としての有用性を示すものである。
一方で、カテプシンEを過剰発現させたTGマウスでは、高齢期においても皮膚組織及び発毛組織のいずれにおいても退縮又は減少のいずれも認められず、また、高い運動能力が確認された。また、CatETgマウスは、CatE-/-マウスや野生型と比べて、皮膚のツヤや張りが顕著であり保湿性も高く、脱毛は見られず毛髪も艶やかであった。このことは、全身のカテプシンEレベルの上昇により、アンチエイジング効果が得られることを強く示すものである。
【実施例4】
【0077】
カテプシンEを分泌する細胞(ALVA101/CE)の皮膚組織への移植
本発明者らは、カテプシンE投与による老化現象の改善、防止又は遅延効果を確認するため、カテプシンEを分泌する細胞(ALVA101/CE)の皮膚組織へ移植して、カテプシンEによる皮膚組織の状態の改善効果を試験した(図13)。
ALVA101細胞はDr. J.Y.Bahk(Gyeogsang National University, Korea) より供与された。
ALVA101細胞へのカテプシンE遺伝子の導入は文献(Shin M et al., Biol Chem Vol. 388, pp. 1173-1181, 2007)に記載の通りに行った。具体的には、ヒトカテプシン E cDNAはEcoRVとSma1で消化した後、pcDNA3.1(+)のEcoRV部位に導入してカテプシンE発現ベクター(hCE/pcDNA3.1(+))を作製した。TransFast transfection vector(プロメガ社、米国)を使ってhCE/pcDNA3.1(+)をALVA101細胞へトランスフェクトした。この細胞をG418含有培地で培養することで、カテプシンE安定発現株ALVA101/CEを得た。ネガティブコントロールとして、空ベクター(mock/pcDNA3.1(+))を同様にALVA101細胞に導入してALVA101/mockを得た。
また、1x107個のALVA101/CE細胞およびALVA101/mockをそれぞれ8週齢雄Balb/cAJc1-nuヌードマウス(九動株式会社より購入)の左側腹部皮下に移植した。組織採取に当たっては、マウスCをエーテル麻酔後頸椎脱臼により屠殺し、摘出した腫瘍及び皮膚組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定した。パラフィン包埋後、約3μmの厚さで薄切し、染色はHE染色を施した。
ALVA101/CEを移植した皮膚(図13B上段)は、カテプシンEを分泌しない癌細胞ALVA101/mock(コントロール) を移植した皮膚(図13A上段)に比べて厚く、また、形成された癌はよく発達した膜構造物によって分断されていた。
また、ALVA101/CEを移植した皮膚(図13B下段)では、 ALVA101/mockを移植した皮膚(図13A下段)に比して、厚く重層化した皮膚組織や間葉組織に覆われており、線維性膜構造や脂肪組織、皮脂腺様構造が観察され、さらに毛包及び毛幹の発達も認められる。この結果は、移植した細胞から分泌されたカテプシンEが皮膚の正常な増殖や分化を促進することを示している。 従って、本実施例により、カテプシンE投与により、皮膚組織の老化現象が、改善されることが確認された。また、カテプシンE投与により、発毛組織の発達も促進されることが確認された。
【0078】
上記の実施例を通じて、カテプシンEの過剰発現及びカテプシンE分泌細胞の投与により、宿主動物の生体機能に異常は認められなかった。このことは、カテプシンE投与による副作用が少ないことを示唆するものである。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明者らは、カテプシンEの欠損が老化現象を促進させ、反対に、カテプシンEレベルを上昇させることによってアンチエイジング効果が得られることを確認し、さらにカテプシンEの投与により、皮膚組織の老化現象が改善されることを確認した。従って、本発明により、老化現象、特に、老化による皮膚障害及び発毛障害を改善、防止又は遅延することが可能である。また、カテプシンEは本来宿主が保有する酵素であり、その遺伝子を過剰発現させても、外来性に投与しても、個体レベル及び細胞レベルのいずれにおいても異常は認められないことから、カテプシンE製剤及びその遺伝子発現や酵素活性を促進する薬剤は、従来には見られない副作用の少ない有用なアンチエイジング剤になるものと考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物に関する。さらに、本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品に関する。また、本発明は、カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物に関する。
【背景技術】
【0002】
時間の経過に伴う生理的機能の低下を一般に「老化」又は「加齢」と呼び、これらの減少を個体レベルから臓器・組織レベル、細胞レベルで、また細胞レベルから分子レベルで研究しようとするのが老化研究である。「老化」の定義は様々であるが、その一例として「時間依存性で不可逆的な変化が種に固有な構造に起こり、成熟した生体が徐々に退歩すること」(「ステッドマン医学大辞典-英和・和英」、メジカルビュー社)が挙げられる。
【0003】
ヒトの場合、40歳を過ぎた頃から癌などをはじめとする様々な疾患にかかりやすくなり、その発症率はほぼ指数関数的に増加する。同様の変化は、時間的経過に差異はあるものの、他の動物においても見られる。老化を進行させる本質的な仕組みは未だ不明な部分が多いが、その原因を細胞自身に求める場合や、細胞を取り巻く環境に注目する場合もある。ヒトの老化においてもっとも重要なものとして人格の座である脳の老化がある。これは脳神経細胞の減少、機能の変化などは認知症の原因として、特に超高齢化社会で問題視されている。一方、ホルモン系、免疫系、心血管系及び脳神経系等の老化も種々の疾患との関連できわめて重要であり、これらの老化に注目している研究者も多い。老化研究は病気にかかりやすくなる原因を見出すという観点とともに、「アンチエイジング」すなわち「抗老化」や「抗加齢」に関する生理作用や作用機構を研究することが重要であり、人々が生活の質(Quality Of Life:QOL)又は豊かな生活を送るための知識を高め、その予防又は治療方法を早急に確立するために必須の課題となっている。
【0004】
老化現象の一つとして、身体を覆う皮膚組織及び体毛の機能減退が挙げられる。皮膚のバリア機能又は保湿機能が喪失すると、皮膚疾患や床ずれ等の皮膚障害が生じ、その苦痛又は不快感によってQOLを大きく損なうことになる。また、皮膚組織の保湿機能の衰退及び発毛障害は、症状によっては美的外観上の深刻な問題となる。カテプシンEは免疫系細胞、消化系上皮細胞及び皮膚組織に多く発現しているタンパク質分解酵素である。本酵素は正常皮膚においては、角化細胞(ケラチノサイト)及び毛包の内毛根鞘の領域に存在する。また免疫系細胞のマクロファージなどの抗原提示細胞では主としてエンドソームなどの細胞内小器官に存在する。
【0005】
カテプシンEを欠損させたマウスは細菌感染に対して高感受性を示し、通常飼育環境下ではアトピー性皮膚炎症状を呈することなどが報告されている (非特許文献1及び2)。カテプシンE欠損マウス由来のマクロファージは、LAMP-1、LAMP-2等の主要なリソソーム膜糖タンパク質の異常な蓄積を特徴とするリソソーム蓄積症状を呈し、リソソーム性pHの著明な上昇を伴って細胞機能に著しい障害をきたすことも報告されている(非特許文献3)。更に、カテプシンEは、ヒト前立腺癌細胞の増殖停止とアポトーシスを誘導することも報告されている(非特許文献4)。
【0006】
特許文献1では、カテプシンEと皮膚の発毛促進との関連性が示唆されているが、マイクロアレイ解析において発毛促進状態とカテプシンEの発現上昇が統計的な関連性を示したことしか報告されておらず、発毛促進におけるカテプシンEの生物学的機能に関する知見を提供するものではない。
【0007】
このように、カテプシンEについては複数の報告がなされているが、カテプシンE自体の機能については、未だに不明な点が多い。特にカテプシンEの老化に関連する機能ついては、本発明者らの知る限り、現時点において何らの報告もなされていない。
【0008】
一方で、最近、中高年者を対象とした皮膚の若返り対策及び老化防止策等を目的とした研究は盛んに行われているが、現状では、サプリメントやホルモン補充療法などの一部を除けば、アンチエイジングのための医薬品の開発はほとんどなされていない。したがって、全身的にも局所的にもアンチエイジング効果が得られる医薬品の開発及び予防法の確立が待たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-304491
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Tsukuba et al., J. Biochem., Vol. 134, No. 6, pp.893 - 902 (2003)
【非特許文献2】Tsukuba et al., J. Biochem., Vol. 140, No. 1, pp.57 - 66 (2006)
【非特許文献3】Yanagawa et al., J. Biol. Chem., Vol.282, No. 3, pp.1851-1862 (2007)
【非特許文献4】Kawakubo et al., Cancer Res., Vol.67, No. 22, pp.10869-10878 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況下、カテプシンEの機能を解明し、これを応用したアンチエイジング用組成物の開発が待たれていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、カテプシンE遺伝子を欠損させたモデル動物を作製し、このモデル動物の生理学的状態及び組織学的状態を詳細に観察することにより、当該モデル動物が、老化現象を提示することを見い出した。また、本発明者らは、前記モデル動物の観察により得られた知見から、カテプシンEの機能、特に、皮膚及び体毛の機能維持におけるカテプシンEの生物学的機能を同定することに成功した。さらに、本発明者らは、カテプシンEを過剰発現させたトランスジェニック動物では、老化が遅延され、皮膚組織並びに毛包及び毛幹が野生型よりも発達していることを見い出した。またさらに、本発明者らは、カテプシンEを前記モデル動物に投与することにより、前記モデル動物が提示する老化現象が改善されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1] カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。
[2] 前記老化現象が、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである、前記[1]に記載の医薬組成物。
[3] 前記老化現象が、皮膚障害又は発毛障害である、前記[1]に記載の医薬組成物。
[4] 皮膚障害が、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う、前記[1]に記載の医薬組成物。
[5] 前記発毛障害が、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う、前記[1]に記載の医薬組成物。
[6] 前記カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質が、インターフェロンγ又はリポ多糖である、前記[1]に記載の医薬組成物。
[7] カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品。
[8] 化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームである、前記[7]に記載のスキンケア用品。
[9] カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物。
[10] 前記変異がカテプシンE遺伝子の欠失である、前記[9]に記載の動物。
【発明の効果】
【0014】
本発明の医薬組成物により、加齢に伴う老化現象を改善、防止又は遅延させることができる。また、本発明のスキンケア用品により、皮膚の老化現象を改善、防止又は遅延させることができる。さらに、本発明により、老化現象を提示する老化モデル動物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】同系若齢(生後21〜23日目)マウスの肉眼的所見を示す図である。
【図2】(A)野生型マウス(CatE+/+)(生後3週間)の皮膚の組織学的所見を示す図である。(B)カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後3週間)の皮膚の組織学的所見を示す図である。
【図3】同系加齢(生後6〜12月目)マウスの肉眼的所見を示す図である。
【図4】生後10ヶ月齢の野生型マウス及びカテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)の皮膚の組織染色切片を示す図である。(A)野生型マウスの皮膚(左パネル:矢状断片、右パネル:冠状断片)、(B)CatETgマウスの皮膚(左パネル:矢状断片、右パネル:冠状断片)
【図5】生後11ヶ月齢のCatE-/-マウスの皮膚組織を示す図である。
【図6】野生型マウスとCatE-/-マウスの血清中過酸化水素(H2O2)レベルとマクロファージ中のH2O2レベルを示す図である。
【図7】(A)マクロファージにおけるNADPHオキシダーゼによるラジカル生成経路の概略示す図である。(B)NADPHオキシダーゼのサブユニット構造を模式的に示しす図である。(C)NADPHオキシダーゼ複合体の主要成分gp91phoxの発現量をウェスタンブロット法により解析した結果を示す図である。
【図8】野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにより生成される誘導型NO合成酵素のmRNA量とNO2レベルを示す図である。
【図9】マクロファージ細胞の酸化ストレスに対する応答を示す概略図である。生体内活性酸素消去系の主要な3つの経路を示す。
【図10】(A)マクロファージにおけるグルタチオン系のH2O2還元反応を示す概略図である。(B)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおける還元型グルタチオン濃度を示す図である。
【図11】(A)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおける酸化型及び還元型ペロキシレドキシン6の濃度を示す図である。(B)野生型マウスのマクロファージにH2O2酸化ストレスをかけたときの酸化型及び還元型ペロキシレドキシン6の濃度変化を示す図である。
【図12】(A)酸化ストレスに対する細胞応答におけるアネキシン1の機能を示す概略図である。(B)野生型マウスとCatE-/-マウスのマクロファージにおけるアネキシン1濃度変化を二次元電気泳動にて示す図である。
【図13】ヒト前立腺癌細胞(ALVA101)にカテプシンEを過剰発現させた癌細胞(ALVA101/CE)とベクター(mock)のみを発現させた癌細胞(ALVA101/mock)をそれぞれヌードマウスの皮下に移植したときの皮膚組織の増殖及び分化促進作用を示す図である。(A)ALVA101/mock(カテプシンEを分泌しない癌細胞:コントロール)を移植した皮膚組織(B)ALVA101/CE(カテプシンEを分泌する癌細胞)を移植した皮膚組織
【発明を実施するための形態】
【0016】
医薬組成物
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物を提供する。
【0017】
本発明の医薬組成物の有効成分としては、(1)カテプシンEタンパク質、(2)カテプシンEの変異タンパク質、(3) カテプシンEタンパク質のペプチド断片、(4)カテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片、及び(5)カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質、が挙げられる。
【0018】
「カテプシンE」(Cathepsin E:本明細書において「CatE」と表示する場合もある)は、ヒトでは1q31-q32に存在する遺伝子にコードされる、396アミノ酸残基からなるタンパク質であり(Azuma et al., J. Biol. Chem., Vol.267, No. 3, pp. 1609-1614 (1992)、ペプシン・スーパーファミリーに属するエンドリソソーム系アスパラギン酸プロテイナーゼである(Sastradipura et al., J. Neurochem., Vol. 70, No.5, pp. 2045-2056, (1998), Nishioku et al., J. Biol. Chem., Vol.277, No. 7, pp.4816-4822 (2002))。カテプシンEは、主に免疫系細胞に多く発現しており、具体的には、胃粘膜細胞などの消化管上皮細胞、リンパ球、抗原定細胞(マクロファージ、樹状細胞、ミクログリアなど)、泌尿器系細胞、破骨細胞及び血球系細胞等で発現している。マクロファージやマイクログリア等の抗原提示細胞では、その多くがエンドソーム区画内に存在する。ヒトのカテプシンEのアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0019】
「カテプシンEの変異タンパク質」とは、カテプシンEのアミノ酸配列において、1又は複数(例えば、1又は数個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつカテプシンEと同様の生物学的機能を奏するタンパク質を意味する。ここで、本発明において「カテプシンEと同様の生物学的機能」とは、老化現象を改善、防止又は遅延させる機能、特に、老化による皮膚障害又は発毛障害を改善、防止又は遅延させる機能を意味する。
【0020】
カテプシンEタンパク質のアミノ酸配列において1以上のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたとは、同一配列中の任意かつ1若しくは複数のアミノ酸配列中の位置において、1又は複数のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加があることを意味し、欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。また、これらの変異によってアミノ酸に新たな修飾(糖鎖付加など)が生じてもよい。 「カテプシンEのアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」の例としては、配列番号2に示すアミノ酸配列において、例えば、1〜100個、1〜90個、1〜80個、1〜70個、1〜60個、1〜50個、1〜40個、1〜39個、1〜38個、1〜37個、1〜36個、1〜35個、1〜34個、1〜33個、1〜32個、1〜31個、1〜30個、1〜29個、1〜28個、1〜27個、1〜26個、1〜25個、1〜24個、1〜23個、1〜22個、1〜21個、1〜20個、1〜19個、1〜18個、1〜17個、1〜16個、1〜15個、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個(1〜数個)、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列が挙げられる。
【0021】
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。
A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2−アミノブタン酸、メチオニン、o−メチルセリン、t−ブチルグリシン、t−ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン;
B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2−アミノアジピン酸、2−アミノスベリン酸;
C群:アスパラギン、グルタミン;
D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4−ジアミノブタン酸、2,3−ジアミノプロピオン酸;
E群:プロリン、3−ヒドロキシプロリン、4−ヒドロキシプロリン;
F群:セリン、スレオニン、ホモセリン;
G群:フェニルアラニン、チロシン。
【0022】
カテプシンEの変異タンパク質の例としては、配列番号2のアミノ酸配列と85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつカテプシンEと同様の生物学的機能を有するタンパク質が挙げられる。上記同一性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0023】
アミノ酸配列の同一性は、FASTA(Science 227 (4693): 1435-1441, (1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTPと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTPを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore = 50、wordlength = 3とする。
【0024】
「カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片」とは、上記カテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質の部分配列からなるペプチド断片であって、カテプシンEと同様の生物学的機能を奏するものを意味する。ここで、本発明において「カテプシンEと同様の生物学的機能」とは、「カテプシンEの変異タンパク質」の説明で述べた通りである。「カテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質の部分配列からなるペプチド断片」とは、カテプシンEタンパク質若しくはカテプシンEの変異タンパク質の、N末端部分、C末端部分又はこれらの両部分が喪失したペプチド断片を意味するものであり、このようなペプチド断片は、ペプチダーゼ等を用いたカテプシンEタンパク質若しくはカテプシンEの変異タンパク質の断片化、又はカテプシンEタンパク質のペプチド断片若しくはカテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させること等によって得ることができる。
【0025】
「カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質」とは、その物質を対象に投与することにより、対象の全身又は身体の一部において、投与前と比べて投与後にカテプシンEタンパク質の発現量又は濃度が上昇する物質を意味する。このような物質の例としては、インターフェロンγ(Nishioku et al., J. Biol. Chem., Vol.277, No. 7, pp.4816-4822 (2002))及びリポ多糖(LPS)(Yanagawa et al., J. Oral Biosci., Vol. 48, No. 3, pp. 218-225 (2006))が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
カテプシンEタンパク質は、動物、好ましくは、哺乳動物、より好ましくは、ヒトに由来する組織又は細胞から抽出したものを使用してもよく、あるいはカテプシンEタンパク質をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。
【0027】
カテプシンEタンパク質をコードする遺伝子は、好ましくは配列番号2のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドである。本明細書において、「ポリヌクレオチド」とは、DNA又はRNAを意味する。
カテプシンEタンパク質をコードする遺伝子の例としては、配列番号1の塩基配列を有するDNAが挙げられる。
【0028】
カテプシンEの変異タンパク質は、天然に存在する変異タンパク質を使用してもよく、あるいはカテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子は、天然に存在する変異タンパク質を発現する細胞から抽出するか、あるいは、カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子配列番号1のポリペプチドをベースとして、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409(1982)"、"Gene, 34, 315 (1985)"、"Nuc. Acids. Res., 13, 4431(1985)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488(1985)"等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、人為的に取得することもできる。但し、変異導入の方法は、上記に限定されるものではなく、変異は当業者に公知のいずれかの方法で導入でき、そのような方法の例としては、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"に記載される方法が挙げられる。
【0029】
アミノ酸配列と遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTMSite-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社)、GeneTailorTMSite-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社)等を用いることができる。
【0030】
本発明において、DNAの塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができる。例えば、ジデオキシヌクレオチドチェーンターミネーション法(Sanger et al. (1977) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74: 5463)等により行うことができる。また、適当なDNAシークエンサーを利用して配列を解析することも可能である。
【0031】
塩基配列の決定は、プラスミドベクターを用いて作製された形質転換体の場合、宿主が大腸菌(エシェリヒア・コリ)であれば試験管等で培養を行い、常法に従ってプラスミドを調製する。得られたプラスミドをそのまま鋳型とするか、あるいは挿入断片を取り出してM13ファージベクター等にサブクローニングした後に、ジデオキシ法により塩基配列を決定する。ファージベクターで作製された形質転換体の場合も基本的に同様な操作により塩基配列を決定することができる。これら培養から塩基配列決定までの基本的な実験法については、例えば、T.Maniatisらの”Molecular Cloning, A Laboratory Manual”等に記載されている。
【0032】
また、カテプシンE遺伝子または該遺伝子が組み込まれたベクターから、カテプシンEタンパク質を製造することも可能である。すなわち、いわゆる無細胞タンパク質合成系を採用して、カテプシンEタンパク質を産生することが可能である。
【0033】
無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管などの人工容器内でタンパク質を合成する系である。なお、本発明において使用される無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
【0034】
ここで、上記細胞抽出液は、真核細胞由来または原核細胞由来の抽出液、例えば、小麦胚芽、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は濃縮されたものであっても濃縮されていないものであってもよい。
【0035】
細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。さらに本発明において、無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。そのようなキットとしては、例えば試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTMSystem(プロメガ)、合成装置のPG-MateTM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)などが挙げられる。
【0036】
カテプシンEの変異タンパク質をコードする遺伝子の例としては、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、カテプシンEと同様の生物学的機能を奏するタンパク質をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。
【0037】
「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、例えば、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドの全部又は一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法又はサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるポリヌクレオチドをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor, Laboratory Press 2001"及び"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"などに記載されている方法を利用することができる。
【0038】
本明細書中、「ストリンジェントな条件」とは、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件において、温度を上げるほど高い同一性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度等の複数の要素が考えられ、当業者であればこれらの要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0039】
なお、ハイブリダイゼーションに市販のキットを用いる場合は、例えばAlkphos Direct Labelling and Detection System(GE Healthcare)を用いることができる。この場合は、キットに添付のプロトコルにしたがい、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、メンブレンを55℃の条件下で0.1%(w/v)SDSを含む1次洗浄バッファーで洗浄後、ハイブリダイズしたDNAを検出することができる。
【0040】
上記以外にハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとしては、FASTA、BLAST等の相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメーターを用いて計算したときに、配列番号1の塩基配列と75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するDNAを挙げることができる。
【0041】
なお、塩基配列の同一性は、FASTA(Science 227 (4693): 1435-1441, (1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore = 100、wordlength = 12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0042】
カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片は、ペプチダーゼ等を用いてカテプシンEタンパク質又はカテプシンEの変異タンパク質を断片化することによって得られるものを用いてもよく、あるいは、カテプシンEタンパク質のペプチド断片又はカテプシンEの変異タンパク質のペプチド断片をコードする遺伝子を適切な宿主細胞に導入して発現させたものを用いてもよい。
カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片をコードするポリヌクレオチドは、上記カテプシンEタンパク質の遺伝子又はカテプシンEの変異タンパク質の遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)内に切断部位を有する制限酵素による処理、該遺伝子の開始コドンより下流(3’側)かつ終止コドンより上流(5’側)の領域内の塩基配列に相補的な配列を有するプライマーを用いたPCR増幅、または開始コドンより下流かつ終止コドンより上流の領域内に終止コドンを導入することにより得ることができる。これらの分子生物学的手法は、当業者に公知であり、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"に記載されている。
【0043】
本発明では、「老化現象」又は「老化症状」とは、加齢に伴う身体機能の衰退又はその関連症状を意味するものである。老化現象又は老化症状は、種々の生理学的分析又は分子生物学的分析によって確認できる。老化の主な原因としては、活性酸素による生体分子の酸化、特に免疫細胞中の生体分子の酸化が挙げられる。生体分子の酸化を老化の指標として用いた場合、対象の種々の組織、細胞等に含まれる酸化型分子の量の測定や、生体内活性酸素消去経路の活性の測定等によって、老化の進行を定量的に測定することができる。このような老化の測定方法の具体例としては、血清中のH2O2濃度の測定、マクロファージ細胞中のH2O2濃度の測定、マクロファージ細胞中のNADPHオキシダーゼの発現量の測定、マクロファージ細胞中の酸化型又は還元型グルタチオン濃度の測定、マクロファージ細胞中の酸化型又は還元型ペロキシレドキシン6濃度の測定、マクロファージ細胞中のアネキシン1の濃度の測定等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、老化は、対象の皮膚や体毛の状態を肉眼観察して、他の個体と比較することによって、相対的に進行を判断することも可能である。
本発明者らは、カテプシンEの欠損について以下の知見を得た。
(1)血清中のH2O2濃度の有意な増加(図6)
(2)マクロファージ細胞中のH2O2濃度の有意な増加(図6)
(3)マクロファージ細胞中のNADPHオキシダーゼの発現量の有意な増加(図7)
(4)マクロファージ細胞中の還元型グルタチオン濃度の有意な減少(図10)
(5)マクロファージ細胞中の還元型ペロキシレドキシン6濃度の有意な減少(図11)
(6)マクロファージ細胞中のアネキシン1レベルの有意な減少(図12)
また、カテプシンEを欠損させたモデル動物は、他の同系の動物と比べて、寿命が半分程度であることも確認された。
【0044】
「NADPHオキシダーゼ」は、マクロファージ等の食細胞内でスーパーオキシドの合成を触媒する酵素であり(図7A及びB)、NADPHオキシダーゼ発現量の上昇は、その食細胞が酸化ストレスに晒されていることを示す。「グルタチオン」及び「ペロキシレドキシン6」は、それぞれ生体内活性酸素消去経路で活性酸素(Reactive Oxygen Spesies:ROS)を還元する酵素であるが(図9)、これらの還元型酵素のレベルが減少していることは、ROSが還元されず、細胞が該ROSによる酸化ストレスに晒されていることを示す。また、「アネキシン1」は、酸化ストレスに対する細胞応答に関与するタンパク質であるが(図9及び図12A)、アネキシン1レベルの低下は、細胞応答機能が低下して酸化ストレスに晒されていることを示す。
【0045】
老化現象又は老化症状の具体例としては、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害が挙げられる。本発明の医薬組成物によって、特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる老化現象の例としては、皮膚障害又は発毛障害が挙げられる。
【0046】
皮膚障害は、老化以外の原因(例えば、外傷、細菌及びウィルス感染等)によっても起こりうるが、そのような皮膚障害は、処置を行わずとも自然治癒する場合があるため、可逆的であるといえる。これに対し、老化による皮膚障害は、皮膚組織そのものが退縮することが原因で、皮膚組織の機能が奪われるものであるから、その進行は不可逆的である。従って、老化による皮膚障害と老化以外の原因による皮膚障害は、その進行が不可逆性であるか又は可逆性であるかによって区別することができる。
本発明者らは、カテプシンE遺伝子を欠損させたモデル動物を作製し、当該モデル動物が乾燥皮膚等の老化症状を提示することを見い出した。当該モデル動物は、皮膚障害の症状を示したが、その皮膚組織は、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮等の特徴を有することが判明した(図2B)。さらに、当該モデル動物の真皮及び皮下組織には、炎症性細胞の浸潤は認められなかったため、当該モデル動物の皮膚障害は、老化のみを要因として生じたものであることが判明した(図2B)。またさらに、当該モデル動物は、Specific-Pathogen Free(SPF)環境下であっても、未処置のまま飼育し続けると高頻度に皮膚潰瘍を自然発症し、その治癒も遅延することが判明した(図5)。従って、これらの特徴を伴う皮膚障害は、皮膚組織の退縮によって不可逆的に進行するものであり、老化による皮膚障害であると判断される。
以上を考慮するに、本発明の医薬組成物によって特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる皮膚障害の具体例としては、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う皮膚障害が挙げられる。
【0047】
また、発毛障害は、老化以外の原因(例えば、外傷、精神ストレス及び過剰な皮脂分泌等)によっても起こりうるが、そのような発毛障害は、処置を行わずとも自然治癒する場合があるため、可逆性であるといえる。これに対し、老化による発毛障害も、上記皮膚障害と同様に、毛包及び毛幹そのものが減少することが原因で、発毛機能が奪われるものであるから、その進行は不可逆的である。従って、老化による発毛障害と老化以外の原因による発毛障害は、その進行が不可逆性であるか又は可逆性であるかによって区別することができる。
本発明者らが作製したカテプシンE遺伝子欠損モデル動物は、発毛障害の症状を示したが、皮下及び真皮組織において、毛包及び毛幹の減少が認められ、当該モデル動物の皮膚障害は、老化のみを要因として生じたものであることが判明した(図2)。従って、これらの特徴を伴う発毛障害は、毛包及び毛幹の減少によって不可逆的に進行するものであり、老化による発毛障害であると判断される。
以上を考慮するに、本発明の医薬組成物によって特に顕著な改善、防止又は遅延効果が得られる発毛障害の具体例としては、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う発毛障害が挙げられる。
【0048】
老化現象の「改善」とは、加齢に伴って衰退した身体機能を、本発明の医薬組成物の投与によって回復させるか又は部分的に回復させることを意味する。老化現象の「防止」とは、加齢が進行し続ける状態において、本発明の医薬組成物の投与によって身体機能の衰退を停止させることを意味する。老化現象の「遅延」とは、加齢が進行し続ける状態において、本発明の医薬組成物の投与によって身体機能の衰退を、本発明の医薬組成物を投与しない場合と比べて、遅らせることを意味する。
【0049】
本発明の医薬組成物は、カプセル、錠剤、粉末等の固形剤であってもよく、溶液、懸濁液若しくは乳液等の液剤、又は軟膏、クリーム若しくはペースト等の半液体製剤であってもよい。
【0050】
上記有効成分は、単独で使用してもよく、又は薬理学的に許容可能な他の成分と共に調合してもよい。薬理学的に許容可能な他の成分の例としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、抗酸化剤、保存剤、補助剤、滑沢剤、甘味剤、香料等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0051】
本発明の医薬組成物は、種々の投与経路を介して投与することが可能であり、例えば、経口、局所又は非経口(静脈内、脈管内、腹腔内、経皮、経粘膜及び筋肉内を含む)の投与経路で投与できる。好ましくは、本発明の医薬組成物は、塗布によって局所投与される。
【0052】
局所投与に適切な剤形の例としては、皮膚への浸透に好適な液体又は半液体製剤(例えば、塗布薬、ローション、軟膏、クリーム、又はペースト)が挙げられる。本発明の医薬組成物は、ローション又はクリームの場合、上記有効成分の他に、液体パラフィン、キサンタンゴム、ワセリン、蜜蝋、又はポリエチレングリコール、ソルビトール、鉱油、ラノリン、スクワレン等の増粘剤、湿潤剤及び/又は皮膚軟化剤を含んでいてもよい。また、ローション又はクリームである場合、上記有効成分は、鉱油、ソルビタンモノステアレート、ポリエチレングリコール、液体パラフィン、ポリソルベート60、セチルエステルワックス、セテアリルアルコール、2-オクチルドデカノール、ベンジルアルコール及び水からなる群より選択される少なくとも1つに懸濁されていてもよい。一方、本発明の医薬組成物が軟膏である場合には、上記有効成分は、鉱油、液体ワセリン、白色ワセリン、プロピレングリコール、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレン化合物、乳化蝋及び水からなる群より選択される少なくとも1つに懸濁されていてもよい。
【0053】
本発明の医薬組成物は、上記有効成分を治療上有効量で含み得る。ここで、「治療上有効量」とは、その量の有効成分を対象に投与することにより、対象の老化現象を改善、防止又は遅延させることが可能な量を意味する。例えば、局所投与剤の場合、治療上有効量は、0.001〜10重量%であり、好ましくは、0.01〜5重量%であり、より好ましくは、0.1〜3重量%である。
【0054】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与頻度は、対象の種、体重、性別、年齢、老化の進行度、投与経路といった種々の要因に依存して変化するが、医師、獣医師、歯科医師又は薬剤師等の当業者であれば、それぞれの要因を考慮して投与量を決定することができる。例えば、本発明の医薬組成物を体重60kgの成人に局所投与する場合、毎日1〜4回、好ましくは1又は2回投与してもよく、1回あたりの投与量は、0.1〜150 mgであってもよい。
【0055】
上記の治療上有効量、投与量及び投与頻度は、典型的な数値を列挙したものであり、これを超える数値又は下回る数値であっても老化現象の改善、防止又は遅延効果が得られる場合も十分に考えられる。従って、上記の治療上有効量、投与量及び投与頻度を超える数値又は下回る数値であっても、本発明の医薬組成物の治療上有効量、投与量及び投与頻度として包含される。
【0056】
スキンケア用品
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品を提供する。
スキンケア用品は、使用時に対象の皮膚組織と直接接触されるものであれば特に限定されないが、具体例としては、化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームが挙げられる。
【0057】
本発明のスキンケア用品も、「医薬組成物」の項で説明した液剤又は半液体製剤と同様に、薬理学的に許容可能な他の成分を含んでいてもよい。
【0058】
本発明者のスキンケア用品を用いた場合、皮膚組織の増殖及び分化が促進されて、皮膚組織の老化が改善、防止又は遅延されることが期待される。。
【0059】
老化モデル動物
本発明は、カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物を提供する。
カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異は、カテプシンEの転写又は翻訳を阻害する変異であれば特に限定されないが、具体例としては、カテプシンE遺伝子のORF領域へのナンセンス変異、フレームシフト変異若しくはミスセンス変異の導入、又はカテプシンE遺伝子のORF領域の欠失が挙げられる。これらの例において、カテプシンE遺伝子のORF領域の欠失が好ましい。
このような変異は、当業者に公知の遺伝子組換技術によって容易に組み込むことが可能である(具体的手法については、以下を参照:Sambrook, Fritsch and Maniatis, ”Molecular Cloning: A Laboratory Manual” 2nd Edition (1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)。
【0060】
カテプシンE産生細胞
本発明は、カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、又は前記カテプシンEタンパク質若しくはその変異タンパク質のペプチド断片(以下において「カテプシンE」と総称する)を産生する細胞を提供する。
このような細胞は、カテプシンEの遺伝子を適切な発現ベクターに導入し、該発現ベクターを適切な宿主細胞にトランスフェクトすることにより得ることができる。
カテプシンEをコードする遺伝子は、前述の通りである。
【0061】
適切な発現ベクターは、ウィルスベクター又はプラスミドベクターのいずれでもよく、好ましくは、哺乳動物細胞、より好ましくは、ヒト細胞内で複製することが可能であり、かつカテプシンEを発現させることが可能なベクターである。このようなベクターの例としては、pcDNA3.1が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0062】
適切な宿主細胞は、特に限定されないが、好ましくは、哺乳動物細胞、より好ましくは、ヒト細胞に由来する細胞である。長期間に渡ってカテプシンEを発現させたい場合には、宿主細胞は、不死化していることが好ましく、例として、ALVA101が挙げられる。
【0063】
トランスフェクションは、前記発現ベクターを前記宿主細胞に導入可能な方法であれば、特に限定されないが、発現ベクターとしてプラスミドベクターを用いる場合には、エレクトロポレーション法、カルシウムイオンを用いる方法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法またはリポフェクション法等を用いることができ、宿主細胞へのダメージを軽減する観点から、リポフェクション法がより好ましい。
【0064】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【実施例1】
【0065】
トランスジェニックマウス及びノックアウトマウスの作製
(1)マウス
野生型マウス(CatE+/+)、カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)は同じ遺伝的背景を有するC57BL/6Nマウスである。野生型マウスはセアック吉冨(福岡、日本)から購入した。
(2)カテプシンE欠損マウスの作製
カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)は非特許文献1に記載の方法に従って作製した。
(3)カテプシンE過剰発現トランスジェニックマウスの作製
カテプシンE過剰発現トランスジェニックマウス(CatETg)は非特許文献4 (Supplementary Fig. S2)に記載の方法に従って作製した。
(4)マウスの飼育環境
全てのマウスは無菌環境下(SPF)で飼育した。
【実施例2】
【0066】
マウスの肉眼観察及び組織学的所見
(1)同系若齢(生後21〜23日目)マウスの肉眼観察
若齢期のカテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後24日)、野生型マウス(CatE+/+)(生後21日)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニック(TG)マウス(CatETg)(生後23日)の外見的特徴を肉眼観察した(図1)。
野生型マウスとCatETgマウスの間には肉眼的に顕著な差は認められないが、CatE-/-マウスは、他の同系マウスに比べて明らかに身体が小さく、皮膚の乾燥や脱毛が顕著である。生後3週ぐらいまでは毛周期の部位特異性がないことから、カテプシンE欠損マウスで見られる皮膚の乾燥や脱毛は、本酵素が皮膚のバリア機能や保湿機能の維持及び発毛に重要な機能を担っていることを示している。
【0067】
(2)同系若齢(生後3週間)マウスの皮膚組織切片の組織学的観察
カテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後3週間)及び野生型マウス(CatE+/+)(生後3週間)の皮膚組織切片を作製し、これを組織染色することによって、各マウスの皮膚組織の状態を観察した(図2)。
マウスをエーテル麻酔後頸椎脱臼により屠殺し、摘出した皮膚組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定した。パラフィン包埋後、約3μmの厚さで薄切し、染色はHE染色を施した。
図2Aは、野生型マウス(生後3週間)の皮膚組織を示す図である(上段:冠状断、下段:矢状断)。野生型マウスでは、表皮、真皮、及び皮下組織に異常が認められなかった。毛包及び毛幹、皮脂腺にも異常は認められなかった。図2Bは、CatE-/-マウス(生後3週間)の皮膚組織を示す図である(上段:冠状断、下段:矢状断)。CatE-/-マウスでは、真皮領域が軽度に拡大し、皮下組織が縮小していた。さらに、皮下組織の毛包及び毛幹は高度に減少し、真皮の毛包及び毛幹も中程度に減少していた。一方で、CatE-/-マウスの真皮及び皮下組織には炎症性細胞浸潤は全く認められなかった。このことは、KOマウスに見られる皮膚組織の性状が、炎症による二次的な変化ではなく、カテプシンE欠損の直接的な効果であることを示している。
【0068】
(3)同系加齢(生後6〜12月目)マウスの肉眼観察
高齢期のカテプシンE欠損マウス(CatE-/-)(生後12月)、野生型マウス(CatE+/+)(生後6月)及びカテプシンE過剰発現トランスジェニック(TG)マウス(CatETg)(生後6月)の外見的特徴を肉眼観察した(図3)。
CatE-/-マウスの身体は同週齢で比較すると野生型及びCatETgマウスより明らかに小さく、12ヶ月齢で野生型及びTgマウスの6ヶ月齢とほぼ同じ大きさであった(図3)。CatE-/-マウスの平均的な寿命は、野生型マウスの約半分である。
一方で、CatETgマウスは、野生型マウスやCatE-/-マウスと比べて、若々しく、皮膚の張りや保湿性も高く、体毛も艶やかで脱毛もまったく見られなかった(図3)。また、CatETgマウスは、野生型マウスやCatE-/-マウスと比べて、運動量が多いことが観察された。
【0069】
(4)同系加齢(生後10月)マウスの皮膚の組織学的観察
生後10ヶ月齢の野生型マウス及びCatETgマウス並びに生後11ヶ月齢のCatE-/-マウスの皮膚組織切片を、実施例2と同様の方法によって作製及び組織染色した(図4及び5)。
図4A及びBは、それぞれ野生型マウス及びCatETgマウスの皮膚組織を示す。
野生型マウスの皮膚では、矢状断(図4A左パネル)に示すように、真皮における毛包、皮脂腺が少なく皮下組織には毛球が認められなかった。また、冠状断(図4A右パネル)では、真皮の毛包及び皮脂腺はある程度認められるが、皮下組織の毛球は全く認められなかった。高齢期の野生型マウスの皮膚では、全体的な傾向として、被毛は形態的には休止期又は退行期にあるものが多く、増殖期のものは少なかった。
対照的に、CatETgマウスの皮膚では、矢状断(図4B左パネル)に示すように、真皮における毛包、皮脂腺ならびに皮下組織の毛球が数多く確認された。また、冠状断(図4B右パネル)では、真皮における毛包、皮脂腺ならびに皮下組織の毛球が数多く確認された。CatETgマウスの皮膚では、表皮に異常が認められなかった。これらの特徴は切片の全体に認められ、形態的には被毛は毛球が非常に発達していることから増殖期のものが多いと考えられる。従って、CatETgマウスでは、高齢期であっても皮膚の老化現象がほとんど見られなかった。
対照的に、CatE-/-マウスは、11ヶ月齢まで成長すると、SPF環境下においても、高頻度の脱毛とともに皮膚潰瘍を自然発症し、その治癒も遅延することが確認された。CatE-/-マウスでは、皮膚障害が頻繁に確認され、このことは、加齢に伴って皮膚組織のバリア機能が喪失したことを示している(図5)。CatE-/-、野生型及びCatETgの3種類のマウスのうち、CatE-/-マウスが最も顕著な老化現象を示した。
【実施例3】
【0070】
マウス由来サンプルの生化学的所見
(1)血清及びマクロファージのH2O2レベルの測定
CatE-/-マウス及び野生型マウスの受ける酸化ストレスを測定するため、各マウスの血清血清及びマクロファージ中のH2O2レベルを測定した。マウスから血液を採取後、遠心により血球部分を取り除き、血清を採取した。採取後、Amplex Red Hydrogen Peroxide Assay kit (Molecular Probesより購入)を用いて、血清中のH2O2量を測定した。マクロファージ中のH2O2量は、細胞浮遊液(5 x 105個)にルミノール溶液とオプソニン化ザイモサンを添加し、37℃条件下でMicroLumat Puls LB96V(ベルトールド社)を用いて測定した。
CatE-/-マウスは、野生型マウスに比べ、血清及びマクロファージ細胞の両方で有意に高いH2O2レベルを示した(図6)。このことは、CatE-/-マウスが受ける酸化ストレスが、野生型と比べて、個体レベルでも細胞レベルでも有意に高いことを示している。
【0071】
(2)マクロファージ細胞内のNADPHオキシダーゼレベルの測定
CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進が、NADPHオキシダーゼ系による活性酸素産生に依存するのかどうかを確認するため、NADPHオキシダーゼ複合体の主要成分であるgp91phoxの発現量をウェスタンブロット法により測定した。
マクロファージ細胞抽出液をSDSゲル電気泳動後、ゲル内のタンパク質をニトロセルロース膜に転写し、常法に従ってブロッキング、洗浄、一次抗体(抗gp91phox 抗体)とのインキュベーション、続いてHRP標識二次抗体とのインキュベーションを行って、ECL検出試薬で発色させ、LAS-1000 plus(富士フィルム、日本)により撮影した。
その結果を図7に示す。CatE-/-マウスのマクロファージでは、野生型マウスのマクロファージに比べて有意に高いgp91phox量が確認された。この結果から、CatE-/-マウスのマクロファージにおける酸化ストレス亢進は、NADPHオキシダーゼ系の寄与による可能性が高いと考えられる。
【0072】
(3)一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現量の測定及びNO2濃度の測定
CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進が、NO産生系による活性酸素産生に依存するのかどうかを確認するため、iNOS(誘導型NO産生酵素)発現量及びNO系の最終産物であるNO2量を測定した(図8)。
細胞培養皿に1 x 106個の細胞を培養した後、細胞を回収。その後、QickPrepTM Micro mRNA Purification kitを使用してmRNAの抽出を行った。50 ngのmRNAをReady・To・GoTM RT-PCR Beadsと反応させ、逆転写反応(45℃、15分間)、熱変性(95℃、30秒間)、アニーリングならびに伸長反応(72℃、1分間)を45サイクル行った。RT-PCR産物は2%アガロースゲル電気泳動後、エチジウムブロマイド染色を行い、トランスイルミネーターを用いて紫外線照射して検出した。マウスiNOSプライマー:
Forward: 5’-CAAAGTCAAATCCTACCAAAGTGACCTG-3’(配列番号3)
Reverse: 5’-TGCTACAGTTCCGAGCGTCAAAGACCTG-3’(配列番号4)
マクロファージをIFN-γ (100 units/ml)及びLPS (1 μg/ml)で刺激した後、誘導されてくるNO2量をNO2assay kit(同仁科学研究所より購入)で測定した。
結果を図8に示す。iNOS mRNA量及びNO2量のいずれについてもCatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージの間で有意差が認められなかった。この実験結果は、CatE-/-マウスのマクロファージの酸化ストレス亢進においてNO産生系の寄与が低いことを示唆するものである。
【0073】
(4)マクロファージ細胞内の還元型グルタチオン(GSH)レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージのグルタチオン系H2O2合成経路(図10A)の状態を確認するため、それぞれのマウスのマクロファージ中の還元型グルタチオン(GSH)レベルを測定した(図10B)。
還元型グルタチオン量は以下の方法で測定した。細胞を4℃のトリクロロ酢酸に懸濁し、ホモジナイザーで破砕後、遠心により不溶成分を除去した。ジエチルエーテルで5回洗浄したものをサンプルとして使用した。150 μlの反応液(6.6 mMのリン酸バッファー(pH 7.5)中に0.33 mM EDTA、0.27 mM β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドホスフェート及び0.12 U グルタチオンレダクターゼを含む)を37℃で5分間恒温処理した後、50 μlの合成基質DTNB(最終濃度2.5 mM)を加え、37℃で10分間恒温処理した。反応後、吸光プレートリーダー(MicroLumat Puls LB96V(Berthold Technologies、ドイツ))で420 nmの吸光度を測定した。
CatE-/-マクロファージ細胞内の還元型グルタチオン量は、野生型細胞に比べて有意に減少していることが示された(図10B)。この結果から、CatE-/-マクロファージ細胞内では、グルタチオン系のROS還元経路の活性が低下していることが示された。
【0074】
(5)マクロファージ細胞内の還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージの還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルを測定した(図11A)。また、野生型マウスのマクロファージにH2O2で酸化ストレスを与えた場合に、ペロキシロドキシン6の酸化型と還元型の発現量が変化するかどうかを確認した(図11B)。
還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6レベルは以下の方法にて測定した。マクロファージ細胞抽出液をSDS二次元電気泳動した後、銀染色を行った。還元型及び酸化型ペロキシロドキシン6は、対応するバンドをトリプシン消化し、TOFMAS(AXIMA-CFR plus)(島津製作所、日本)を使ってペプチドマッピングを行った後、Mascot search engine(Matrix Science社、日本) を使って同定・定量した。
CatE-/-マクロファージ細胞では、還元型ペロキシレドキン6のレベルが、野生型細胞より有意に減少していた(図11A)。この結果から、CatE-/-マクロファージ細胞内では、ペロキシレドキン6系のROS還元経路の活性が低下していることが示された。また、野生型マクロファージにH2O2で酸化ストレスを与えると、CatE-/-マクロファージと同様の酸化型:還元型の比率が得られることが判明した(図11B)。
【0075】
(6)マクロファージ細胞内のアネキシン1レベルの測定
CatE-/-マウスと野生型マウスのマクロファージのアネキシン1レベルを測定した(図12B)。
アネキシン1レベルは以下の方法で測定した。マクロファージ細胞抽出液をSDS二次元電気泳動した後、銀染色を行った。アネキシン1は、対応するバンドをトリプシン消化し、TOFMAS(AXIMA-CFR plus)(島津製作所、日本)を使ってペプチドマッピングを行った後、Mascot search engine(Matrix Science社、日本) を使って同定・定量した。
CatE-/-マクロファージでは、野生型細胞と比べてアネキシン1レベルが有意に減少していることが判明した(図12B)。
【0076】
以上の実施例から、CatE-/-マウスのマクロファージでは、生体内活性酸素消去系の主要な3つの経路が野生型のマクロファージと比べて活性低下を示していることが確認された。
また、以上の実施例から、CatE-/-マウスは、個体レベル及び細胞レベルの両方で、強い酸化ストレスに晒されていることが確認されるとともに、非炎症性の皮膚障害、発毛障害、寿命の減少といった老化現象を提示することも確認された。また、CatE-/-マウスでは、、野生型マウスに比べて、加齢に伴う免疫細胞数が著しく減少していた。このことは、CatE-/-マウスの老化モデル動物としての有用性を示すものである。
一方で、カテプシンEを過剰発現させたTGマウスでは、高齢期においても皮膚組織及び発毛組織のいずれにおいても退縮又は減少のいずれも認められず、また、高い運動能力が確認された。また、CatETgマウスは、CatE-/-マウスや野生型と比べて、皮膚のツヤや張りが顕著であり保湿性も高く、脱毛は見られず毛髪も艶やかであった。このことは、全身のカテプシンEレベルの上昇により、アンチエイジング効果が得られることを強く示すものである。
【実施例4】
【0077】
カテプシンEを分泌する細胞(ALVA101/CE)の皮膚組織への移植
本発明者らは、カテプシンE投与による老化現象の改善、防止又は遅延効果を確認するため、カテプシンEを分泌する細胞(ALVA101/CE)の皮膚組織へ移植して、カテプシンEによる皮膚組織の状態の改善効果を試験した(図13)。
ALVA101細胞はDr. J.Y.Bahk(Gyeogsang National University, Korea) より供与された。
ALVA101細胞へのカテプシンE遺伝子の導入は文献(Shin M et al., Biol Chem Vol. 388, pp. 1173-1181, 2007)に記載の通りに行った。具体的には、ヒトカテプシン E cDNAはEcoRVとSma1で消化した後、pcDNA3.1(+)のEcoRV部位に導入してカテプシンE発現ベクター(hCE/pcDNA3.1(+))を作製した。TransFast transfection vector(プロメガ社、米国)を使ってhCE/pcDNA3.1(+)をALVA101細胞へトランスフェクトした。この細胞をG418含有培地で培養することで、カテプシンE安定発現株ALVA101/CEを得た。ネガティブコントロールとして、空ベクター(mock/pcDNA3.1(+))を同様にALVA101細胞に導入してALVA101/mockを得た。
また、1x107個のALVA101/CE細胞およびALVA101/mockをそれぞれ8週齢雄Balb/cAJc1-nuヌードマウス(九動株式会社より購入)の左側腹部皮下に移植した。組織採取に当たっては、マウスCをエーテル麻酔後頸椎脱臼により屠殺し、摘出した腫瘍及び皮膚組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定した。パラフィン包埋後、約3μmの厚さで薄切し、染色はHE染色を施した。
ALVA101/CEを移植した皮膚(図13B上段)は、カテプシンEを分泌しない癌細胞ALVA101/mock(コントロール) を移植した皮膚(図13A上段)に比べて厚く、また、形成された癌はよく発達した膜構造物によって分断されていた。
また、ALVA101/CEを移植した皮膚(図13B下段)では、 ALVA101/mockを移植した皮膚(図13A下段)に比して、厚く重層化した皮膚組織や間葉組織に覆われており、線維性膜構造や脂肪組織、皮脂腺様構造が観察され、さらに毛包及び毛幹の発達も認められる。この結果は、移植した細胞から分泌されたカテプシンEが皮膚の正常な増殖や分化を促進することを示している。 従って、本実施例により、カテプシンE投与により、皮膚組織の老化現象が、改善されることが確認された。また、カテプシンE投与により、発毛組織の発達も促進されることが確認された。
【0078】
上記の実施例を通じて、カテプシンEの過剰発現及びカテプシンE分泌細胞の投与により、宿主動物の生体機能に異常は認められなかった。このことは、カテプシンE投与による副作用が少ないことを示唆するものである。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明者らは、カテプシンEの欠損が老化現象を促進させ、反対に、カテプシンEレベルを上昇させることによってアンチエイジング効果が得られることを確認し、さらにカテプシンEの投与により、皮膚組織の老化現象が改善されることを確認した。従って、本発明により、老化現象、特に、老化による皮膚障害及び発毛障害を改善、防止又は遅延することが可能である。また、カテプシンEは本来宿主が保有する酵素であり、その遺伝子を過剰発現させても、外来性に投与しても、個体レベル及び細胞レベルのいずれにおいても異常は認められないことから、カテプシンE製剤及びその遺伝子発現や酵素活性を促進する薬剤は、従来には見られない副作用の少ない有用なアンチエイジング剤になるものと考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。
【請求項2】
前記老化現象が、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記老化現象が、皮膚障害又は発毛障害である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
皮膚障害が、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記発毛障害が、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質が、インターフェロンγ又はリポ多糖である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項7】
カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品。
【請求項8】
化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームである、請求項7に記載のスキンケア用品。
【請求項9】
カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物。
【請求項10】
前記変異がカテプシンE遺伝子の欠失である、請求項9に記載の動物。
【請求項1】
カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片、及びカテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質からなる群から選択される少なくとも1つを含む、老化現象を改善、防止又は遅延させるための医薬組成物。
【請求項2】
前記老化現象が、神経変性疾患、炎症、免疫アレルギー疾患、感染症、視覚障害、粘膜障害、皮膚障害又は発毛障害からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記老化現象が、皮膚障害又は発毛障害である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
皮膚障害が、乾燥皮膚、皮膚潰瘍、真皮領域の拡大、皮下組織の縮小、皮膚組織全体の退縮からなる群から選択される少なくとも1つの症状を伴う、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記発毛障害が、皮下又は真皮組織における毛包又は毛幹の減少を伴う、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記カテプシンEタンパク質の発現促進作用を有する物質が、インターフェロンγ又はリポ多糖である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項7】
カテプシンEタンパク質、カテプシンEの変異タンパク質、及び前記カテプシンEタンパク質又はその変異タンパク質のペプチド断片からなる群から選択される少なくとも1つを含む、スキンケア用品。
【請求項8】
化粧水、乳液、美容液、ファンデーション又はハンドクリームである、請求項7に記載のスキンケア用品。
【請求項9】
カテプシンE遺伝子を不活性化させる変異を有し、老化症状を提示するモデル動物。
【請求項10】
前記変異がカテプシンE遺伝子の欠失である、請求項9に記載の動物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−105686(P2011−105686A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264894(P2009−264894)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
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