説明

アンチセンスRNA制御による病態モデル動物

【課題】特定の領域、特に、疾患発症原因遺伝子又は発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域に、人為的にエピジェネティックなメチル化異常を誘発できるモデル(培養)細胞又は病態モデル動物の作製法等を提供すること。
【解決手段】ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入することにより人為的にエピジェネティック異常を誘発させることができる培養細胞又はヒト以外のモデル動物、該モデル動物の製造方法、及び、該モデル動物を利用するエピジェネティック機構に関連する疾患又は異常に有効な医薬品のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患発症原因遺伝子又は発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域に、人為的にエピジェネティックなメチル化異常を誘発させることができるモデル(培養)細胞又は病態モデル動物の作製方法、及び、このような特性を有するモデル動物等に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の開発において、ヒト患者の病態に類似した表現系を呈すモデル動物が、臨床病態モデルとして用いられている。従来のモデル動物の作製は、古典的には変異型を示すマウス系統、個体を同定し、純化していくことにより変異型を高率に生じさせる系統を作り出す古典的遺伝学手法によるもの、近年では遺伝子工学・発生工学技術を利用し、変異型遺伝子をES細胞や卵や初期胚に導入し個体発生させるトランスジェニック法や、疾患関連遺伝子をES細胞中で欠失(ノックアウト)させ、発生工学的手法により個体発生させるノックアウト法が用いられてきた。
【0003】
更に、例えば、レット症候群及び縁取り空胞型遠位型ミオパチー等の希少性難治性疾患のように、後天的かつ不可逆的な事象として生後しばらくの間の健常期を経た後に発症するヒト患者の病態に類似した表現系を呈すモデル動物も作製されている。これらのモデル動物は遺伝子変異が発病の原因(素因)であることを証明するために重要である。
【0004】
近年SNPs解析を基礎としたゲノムワイドアソシエーション研究の進展により、生活習慣病のような原因の明らかになっていない病気においても、多くの変異が発症に関連があることが分かってきた。重要な点は、これらの疾患の多くは発症がまさに後天的であることであり、また一旦発症すると病態が恒常化する慢性疾患であることである。即ち、感染症のような一過性の疾患をのぞくほとんどの疾患は、何らかの遺伝子変異、もしくはその組み合わせを発病の原因としているものの、発症とその慢性化の機構が不明な疾患といえる。すなわち、単一遺伝子変異による希少性難治性疾患が複雑化したものと考えることができる。
【0005】
生体の病態を含めた表現系は何らかの遺伝子発現制御に関連することは疑いない。これまで病態に関連する遺伝子の発現制御は、転写因子およびそれらを制御する因子(それらに起こる修飾、タンパク性、核酸性、生体小分子、これらの因子の組み合わせ)で説明することが試みられてきた。しかしこれらの分子メカニズムに基づく発現制御機構は可逆的であり、慢性化のような不可逆的な表現系を説明することは困難である。
【0006】
遺伝子配列変化を伴わず、細胞世代・世代を超えて発現制御が維持される仕組みとしてエピジェネティック機構が明らかとなってきた。エピジェネティック機構とは主に染色体の構成成分に起こる修飾であり、DNAのメチル化とヒストンのメチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化、スモリル化などであるが、これらの中でもっとも安定な修飾の一つはゲノムに起こるメチル化であり、ほ乳類の場合にはCpGジヌクレオチドのシトシンにのみ起こる。ゲノムのメチル化情報は、細胞複製の際に忠実に複製され、細胞世代を超えた情報伝達が行われる。またゲノムがメチル化されると一般的には抑制型のヒストン修飾との協調機構により凝集され、遺伝子発現が強固に抑制される。これまでに、幾つかの疾患において、このようなエピジェネティック機構が関与することが解明されている。
【0007】
これまでに本発明者らは、組織特異的発現が厳密に規定されているいくつかの遺伝子において、組織・細胞特異的にメチル化される領域(Tissue-Dependent and differentially Methylated Region:T-DMR)を同定し、T-DMRのメチル化状況と組織特異的発現には強い相関があることを示してきた(特許文献1)。さらに古典的な手法を用いた解析から、T-DMRは少なくとも数百ヶ所あり、それらのメチル化状況の組合せ(DNAメチル化プロフィール)は細胞特異的なものであることを示した(特許文献2)。更に、マイクロアレイを用いたゲノムワイドなDNAメチル化解析法を用いることにより、T-DMRは少なくとも数千ヶ所存在し、それらのメチル化の状態と組織、細胞特異的な遺伝子発現とは強い相関があり、さらに転写因子とそれらのターゲットからなる遺伝子発現ネットワークが協調的にメチル化制御されていることを明らかにした(特許文献3)。すなわち、これらのT-DMRの組み合わせからなるDNAメチル化プロフィールは、正常な細胞・組織の遺伝子発現および将来運命の基盤となっている。ミトコンドリアを構成しているタンパク質のほとんどは、核内ゲノム上の遺伝子群がコードしているが、これらのうち組織・細胞特異的な発現をするものはDNAメチル化制御を受けていることも分かってきた。更に、「ゲノムDNAの標的メチル化領域の脱メチル化法」に関する発明についての特許出願(特許文献4)を行っている。
【0008】
さらに正常なDNAメチル化プロフィール情報を基に、人工的に創出された分化多能性細胞であるiPS細胞を解析することにより、iPS細胞が生体から樹立された分化多能性細胞であるES細胞やEG細胞とは異なるDNAメチル化プロフィールを示し、この違いがiPS細胞の分化多能性に与える影響を示している(Genes to Cells (2010) 15, 607-618)。これらの知見は、DNAメチル化に基づくプロファイリングにより、細胞の正常・異常を含む特性を規定できることを強く示唆している (非特許文献1)。
【0009】
これらの知見を考え合わせると、例えば、発症前と発症後の臨床サンプルのゲノムワイドDNAメチル化プロフィールを比較する等による、ゲノムワイドなDNAメチル化プロフィール解析を基盤とした研究(ゲノムワイド・エピゲノムアソシエーションスタディ)により、後天的に発症し、持続化する疾患の発症に関連する特定のDNAメチル化異常領域を同定することが可能となると考えられる。このような発症に関わるゲノムワイド・エピゲノムアソシエーションスタディによって得られるデータベースを疾患エピゲノムデータベースと呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−171973号公報
【特許文献2】WO2007/088744
【特許文献3】WO2008/111453
【特許文献4】WO2004/002914
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Placenta, 2008, 29: 29-35
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし疾患エピゲノムデータベースを基にして得た、ゲノム領域を標的とした医薬品の開発において、患者組織を採取してその組織のDNAメチル化状況を調べることは、患者にとって多大なる負担を強いることになる。故に、適切なモデル細胞又はモデル動物が必要となる。
【0013】
しかしながら、従来の変異遺伝子導入(トランスジェニック)により作成されたモデル動物や、遺伝子欠損(ノックアウト)により作成されたモデル動物ではこのようなゲノムワイド・エピゲノムアソシエーションスタディに適したものではない。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記の課題を解決することを目的とし、特定の領域、特に、疾患発症原因遺伝子又は発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域に、人為的にエピジェネティックなメチル化異常を誘発できるモデル(培養)細胞又は病態モデル動物の作製法等を提供する。
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく、正常な発生に必要な遺伝子であるSall4遺伝子の転写制御域をモデルとして鋭意検討を行い、エピジェネティック異常を起こす領域に、人為的にエピジェネティックなメチル化異常を誘発させることによって、発生異常を誘発するモデル動物を産出することに成功した。
【0016】
即ち、本発明は以下に示す各態様に係るものである。
(1)ゲノムDNAの特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入することにより、人為的にエピジェネティック異常を誘発させることができる培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
(2)エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発させることができる病態モデル動物である、態様(1)記載のヒト以外のモデル動物。
(3)DNAメチル化異常がDNAメチル化又は脱メチル化の阻害である、態様(1)又は(2)記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
(4)特定領域が疾患の発症原因遺伝子若しくは発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域、又は、それらの候補領域である、態様(1)〜(3)のいずれか一項に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
(5)特定領域がT-DMRである、態様(1)〜(4)のいずれか一項に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
(6)トランスジェニック動物である、態様(1)〜(5)のいずれか一項に記載のヒト以外のモデル動物。
(7)態様(1)〜(6)に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物の製造方法であって、T-DMRの一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は、T-DMRの近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNAの発現を負に制御することによって、ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常が特異的に導入することからなる、前記方法。
(8)RNA干渉(RNAi)によりRNAの発現が負に制御されている、態様(7)記載の方法。
(9)短鎖ヘアピンRNA(shRNA)の転写により生じる短鎖干渉性RNA(siRNA)の作用によりRNAiが行われる、態様(8)記載の方法。
(10)態様(1)〜(6)に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物の製造方法であって、T-DMRの一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は、T-DMRの近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNAに対する短鎖干渉性RNA(siRNA)を生じるshRNAの発現用ビークルにより培養細胞又はヒト以外の動物を形質転換することからなる、前記方法。
(11)態様(1)〜(6)に記載の培養細胞若しくはモデル動物、又は、態様(7)〜(10)記載の方法で作製された培養細胞若しくはモデル動物を利用する、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常に有効な医薬品のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0017】
本願発明方法により人為的に作製されたモデル動物等は、DNAのメチル化プロフィールが改変されていることによって、後天的かつ不可逆的に、エピジェネティック異常によりエピジェネティック機構に関連する疾患を人為的に誘発することができる。その結果、本発明方法で作成した病態モデル動物等は、そのDNAメチル化状況を元に戻すことにより根本的な治療モデルとして用いることができる。更に、本発明のモデル動物等はエピジェネティック異常を改善したり、元の正常なエピジェネティック状態を維持することを目的とした、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常に有効な医薬品のスクリーニング・開発等に利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明方法で使用する発現ベクターであるpSingle-tTS-shRNA Vectorの構成の概要を示す。
【図2】本発明方法で用いる機能性RNA分子の一種である短鎖ヘアピンRNA(shRNA)の塩基配列を示す。
【図3】Doxの添加によりtTSによる不活性化が解除され、pSingle-tTS-shRNA Vectorから、Sall4アンチセンスRNAを特異的に分解するshRNAが発現される様子を示す。
【図4】Sall4アンチセンスRNAを特異的に分解するDox誘導性shRNA発現ベクターを組み込んだES細胞にDoxを添加することによる、標的のASncRNA量、Sall4 mRNA量及び細胞の増殖率の低下を示す。
【図5】shRNAによりSall4アンチセンスRNAを分解したES細胞において、アンチセンスRNAとオーバーラップするSall4遺伝子プロモーター領域のDNAが新たにメチル化されたことを示す。
【図6】pSingle-tTS-shRNA Vector内のアンピシリン耐性遺伝子のPvu1におけるダイジェストによって直鎖化された本発明の発現カセットを示す。
【図7】PCR及びサザンブロッティングによる、本発明のトランスジェニックマウスにおけるGenotypingの結果を示す。
【図8】ファウンダーマウスと野生型C57BL/6J(チャールスリバー)との交配により作製したF1におけるgenotypeによるファウンダーマウスの生殖系列移行確認の結果を示す。
【図9】ファウンダーマウスの雄と野生型の雌を交配し、交配日から妊娠した母マウスにDoxを飲水より摂取させることでSall4アンチセンスRNAを分解するshRNAの発現を誘導した。胎生7.5日目に胎仔を回収し、PCRでのネオマイシン(Neo)耐性遺伝子の検出によるGenotypingを行うと共に、実体顕微鏡下での明視野の観察(図9A)、及びパラフィン包埋した切片をヘマトキシリン-エオジン染色により観察した(図9B)結果を示す。胎生10.5日目(図9C)では、Tgマウスの発生は既に停止していることが観察された。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常が特異的に導入することにより、人為的にエピジェネティック異常を誘発させることができる培養細胞又はヒト以外のモデル動物(以下、「モデル動物等」ともいう)、及び、それらの製造方法等に係る。
【0020】
ここで、「DNAメチル化異常」とは、正常型又は野生型のゲノムDNAにおけるメチル化状態(状況)とは異なるメチル化状態にあることを意味し、例えば、正常型又は野生型のゲノムDNAにおいて脱メチル化されている部位がメチル化された状態又は該脱メチル化を阻害される状況を意味する。
【0021】
又、「エピジェネティック異常」とは、DNAのメチル化とヒストンのメチル化、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化、スモリル化等の主に染色体の構成成分に起こる修飾等のエピジェネティック機構に関して、正常型とは異なる状態を意味する。
【0022】
メチル化の対象となるシトシンとしては、例えば、CpG配列、CpApG配列、CpTpG配列、及びCpNpG配列(NはA,T,C又はG)に含まれるシトシン等が挙げられる。
【0023】
特定領域にDNAメチル化異常が導入されたか否かは、当業者に公知の任意の方法、例えば、bisulfite sequencing(バイサルファイトシーケンシング)、COBRA(Combined bisulfite restriction analysis)法、MS−PCR法、サザンブロッティング法などによって確認することが可能である。さらに目的以外の部位の変化を調べる方法としては、マイクロアレイを用いたゲノムワイドDNAメチル化解析法、例えばD−REAM法、HELP法、MIAMI法、さらに次世代シーケンサーを用いたバイサルファイトシーケンシングなどによりDNAメチル化プロフィール解析を行うことにより確認できる。古典的な方法としてはRLGS法(Restriction Landmark Genomic Scanning法)も有効である。例えば、RLGS法においては、細胞からゲノムDNAを抽出し、メチル化感受性制限酵素(例えば、NotI、BssHII、SalI等)で切断してDNA断片を作製し、標識物質(例えば32P)で末端を標識した後、一次元電気泳動でDNA断片を分離する。さらに電気泳動後のDNA断片をメチル化感受性制限酵素とは異なる他の制限酵素で消化し、二次元電気泳動にかけ、オートラジオグラフィー等によりスポットを解析する。そして、細胞特有のスポットのパターンから、標的メチル化領域が脱メチル化されたか否かを確認する。この方法によれば、ゲノムDNAの数千箇所に渡る領域のメチル化状況及び脱メチル化状況を一度に解析することができる。
【0024】
本発明のモデル動物等は、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発させることができるので、病態モデル動物として利用できる。ここで、「エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常」とは、エピジェネティック機構における何らかの異常に関連して発症すると考えられる各種の疾患、又は、組織、器官及び/又は、発生停止及び発生異常等の個体レベルでの各種の異常を意味する。
【0025】
本発明のモデル動物等においては、ゲノムDNAにおける或る特定領域においてDNAメチル化異常が特異的に導入されること、即ち、他の領域におけるDNAメチル化状態には実質的に影響を与えない(DNAメチル化状況に実質的に変化を起さない)ことを特徴とする。更に、人為的にエピジェネティック異常を誘発することができる出来る限り、該モデル動物において目的とするゲノムDNAの特定領域において完全にDNAメチル化異常が導入されていない(例えば、一部の細胞又は或る部位においてはDNAメチル化異常が起こらない等のDNAメチル化異常の程度が一定ではない、及び、新たに部位にメチル化が起こる等)場合も本発明の範囲に含まれる。
【0026】
ここで、「培養細胞」とは、生物個体から分離された状態で培養されている細胞を意味し、分離状態、又は任意の集合状態を取り得る。又、培養とは一般的に生体外(インビトロ)培養を意味し、組織構築から解放した細胞の水準で行う細胞培養、組織の水準で行う組織培養、器官の構築を保持したままで行う器官培養等が含まれる。培養に使用する培地としては、例えば、RPMI1640培地、EagleのMEM培地、DMEM培地、Ham F12培地、Ham F12K培地又はこれら培地に牛胎児血清等を添加した培地等を使用することができ、培養条件は、通常5%CO存在下、37℃である。
【0027】
該培養細胞が由来する生物種は特に限定されるものではなく、動物、植物、微生物等のいずれであってもよいが、動物であることが好ましく、哺乳動物であることがさらに好ましい。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、モルモット等が挙げられる。
【0028】
本発明において、生細胞の種類は特に限定されるものではなく、例えば、体細胞、生殖細胞、幹細胞、又はこれらの培養細胞等が挙げられる。体細胞の具体例としては、脳、脊髄等の神経系組織;網膜細胞、嗅細胞等の感覚器;食道、胃、小腸、大腸等の消化器;肺、気管支等の呼吸器;精巣、卵巣、子宮、胎盤等の生殖器;腎臓、膀胱等の泌尿器;骨髄細胞、血球細胞等の造血器;骨格筋、平滑筋、心筋等の筋組織;骨芽細胞、破骨細胞等の骨組織;皮膚、毛根細胞等の皮膚組織等の各種組織・器官から分離された生細胞又はその培養細胞等が挙げられ、生殖細胞の具体例としては、卵、精子又はその培養細胞等が挙げられ、幹細胞の具体例としては、各種方法で作製された人工幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、栄養膜幹細胞(TS細胞)、骨髄幹細胞、神経幹細胞等が挙げられる。
【0029】
又、本発明のモデル動物の種に特に制限はなく、例えば、マウス及びモルモットのような齧歯類に属する当業者に公知の実験動物を挙げることが出来る。
【0030】
本発明のモデル動物等において、DNAメチル化異常が導入されるゲノムDNAにおける特定領域としては、例えば、疾患の発症原因遺伝子若しくは発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域としてこれまでに当業者に知られている任意の領域、又は、それらの候補領域を挙げることが出来る。
【0031】
更に、特定領域として、組織特異的発現が厳密に規定されている遺伝子において組織・細胞特異的にメチル化される領域(T-DMR)を挙げることが出来る。T-DMRは疾患の発症原因遺伝子若しくは発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域である場合もある。
【0032】
本発明のモデル動物等は当業者に公知の任意の方法、例えば、ES細胞、iPS細胞、初期胚等を用いて行われる発生工学的な手法、遺伝子ターゲッティング及び遺伝子ノックイン等の遺伝子工学的手法、生体に薬剤を投与する、ウイルスベクターやDNAベクター(DNA発現ビークル)を投与する方法などこれまで実験動物を用いて行われてきた様々な手法を適当に組み合わせて作製することが可能である。
【0033】
本発明のモデル動物等を作製する際に使用する細胞は、正常なゲノム構成を持つ細胞であることが好ましく、また継続的に利用可能な細胞が好ましい。その点でiPS細胞、及びそれらを人為的に分化されることによって得られる分化細胞はモデル動物作成の原材料として好ましい。
【0034】
本発明のモデル動物等の作製に際して、ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入するための好適な一例として、コード領域の転写方向とは逆向きの非コードRNA(ASncRNA)である、T-DMRの一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は、T-DMRの近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNAの発現を負に制御する方法を挙げることができる。
【0035】
本発明者らの特許文献4に記載の発明において、このような非コードRNAは、標的メチル化領域の脱メチル化を行うために使用されている。尚、かかる標的メチル化領域の塩基長は特に限定されないが、通常、1〜10,000塩基長、好ましくは、100〜2,000塩基長である。
【0036】
更に、このような脱メチル化に関連する非コードRNAの存在は、RNAを網羅的に解析するトランスクリプトーム解析結果からも得られており(Genome Research, 2003, 13, 1324-1334)、多くの転写開始点の転写制御に関与することが示唆され、同様の方法でゲノム上に存在する多数のT-DMRにメチル化異常を特異的に導入することが可能である。
【0037】
このような非コードRNA(標的RNA)の発現を負に制御する具体例な方法として、アンチセンス分子(RNA)、リボザイム及びRNA干渉を生起させる各種RNA分子等の当業者に公知の任意の機能性RNA分子を作用させることによって、標的RNAの活性を阻害すること、及び標的RNAを切断・分解すること等を挙げることが出来る。
【0038】
例えば、RNA干渉(RNAi)により標的である上記の非コードRNAを切断・分解し、その機能を有効に抑制することもできる。このサイレンシングは2本鎖RNA(dsRNA)が細胞に入ると、RNase III様酵素であるダイサーにより開裂され、3’末端に2個のヌクレオチドオーバーハングを含む21〜23bpの2本鎖の短鎖干渉性RNAとなる(siRNA)。ATP依存段階において、siRNAはsiRNAを標的RNA配列に案内するRNAi誘導サイレンシング複合体(RISC)と通称されるマルチサブユニット蛋白質複合体に組込まれ、所定点でsiRNA2本鎖は巻き戻され、アンチセンス鎖はRISCに結合したままであり、エンドヌクレアーゼとエキソヌクレアーゼの組み合わせにより相補的mRNA配列の分解を誘導すると考えられている。
【0039】
siRNAは例えば、化学合成又はPCR等によってインビトロ合成したものでもよいし、60〜90bp程度の短鎖ヘアピンRNA(shRNA)が細胞の内側でプロセシングされてsiRNAとなったものでもよい。このような合成siRNAは、標的RNAの配列に基づき一般にアルゴリズムと従来のDNA/RNA合成手段により容易に調製することが出来る。
【0040】
siRNAは短鎖ヘアピンRNA(shRNA)の転写により作製するのが一般的である。かかるshRNA発現用のビークル(例えば、ベクター又はカセット)の作製用キットは市販品として入手可能である。
【0041】
又、アンチセンスRNAはカノニカル又は非カノニカル塩基対合を介して標的RNAと相互作用するように設計される。アンチセンス分子と標的分子の相互作用は例えば、RNAseH介在性RNA−DNAハイブリッド分解により標的分子の破壊を助長するように設計される。あるいは、アンチセンス分子は標的分子で通常行われる機能を妨げるように設計される。アンチセンス分子は標的分子の配列に基づいて設計することができる。標的分子の最も接近し易い領域を見いだすことによりアンチセンス効率を最適化するための多数の公知の方法が存在する。
【0042】
リボザイムは分子内又は分子間の化学反応を触媒することが可能な核酸分子である。従って、リボザイムは触媒核酸である。リボザイムは分子間反応を触媒することが好ましい。天然システムに存在するリボザイムに基づくヌクレアーゼ又は核酸ポリメラーゼ型反応を触媒する多数の異なる型のリボザイムがあり、RNA分子を基質として認識してこれと結合した後に開裂することができる。この認識は主にカノニカル又は非カノニカル塩基対相互作用に基づくことが多い。
【0043】
このような各種の機能性RNA分子を発現させるためのビークル(例えば、発現ベクター又は発現カセット)は当業者に公知の任意の方法で調製することが出来る。発現ベクター又はカセット等の種類は、作用させる細胞内において自立複製が可能であるか、又は、該細胞のゲノムに組み込まれて機能するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、プラスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター等を使用することができる。プラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(例えば、pRSET、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19)、枯草菌由来のプラスミド(例えば、pUB110、pTP5)、酵母由来のプラスミド(例えば、YEp13、YEp24、YCp50)が挙げられ、ファージベクターとしては、例えば、λファージ(例えば、Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP)が挙げられ、ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルス、ワクシニアウイルス等の動物ウイルス、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスが挙げられる。尚、発現ベクターに任意の制限酵素部位が含むことが出来、該発現ベクターに制限酵素を作用させ該制限酵素部位で切断することによって、機能性RNA分子を含むカセットを容易に作製することが出来る。
【0044】
このような発現用ビークルには、機能性RNA分子のコード領域に加えて、その種類に応じて、該RNAを発現させるために必要となる様々な調節要素を適宜含むことが出来る。例えば、プロモーター、転写サイレンサーのコード領域、制限酵素部位、薬剤耐性遺伝子、複製開始部位、転写調節領域、転写終始配列、ゲノム組換え配列、導入・発現確認用マーカー遺伝子等を挙げることが出来る。
【0045】
該発現用ビークルに含まれるプロモーターの種類は、対象となる細胞中で機能し得る限り特に限定されるものではない。対象となる生細胞が動物細胞である場合、プロモーターとしては、例えば、Rαプロモーター、SV40プロモーター、LTR(Long Terminal Repeat)プロモーター、CMVプロモーター、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター、CAGプロモーター、各種の等を使用することができる。
【0046】
モデル動物等において、所望の時期又は任意の段階で、ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入して人為的にエピジェネティック異常を誘発させ、ひいては、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発させるために、テトラサイクリン誘導RNAiシステム等のテトラサイクリン、ミフェプリストン及びエクソジン等の各種薬剤添加による転写誘導をかけることができるプロモーターを使用することが好ましい。更に、Cre-lox系に基づく機構によって、所望の時期に機能性RNA分子の発現を誘導することも可能である。このような系は当該技術分野における公知技術に基づき当業者には容易に構築することが出来る。
【0047】
機能性RNA分子を有する上記の発現用ビークルにより培養細胞又はヒト以外の動物を形質転換することによって、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発することができる本発明の培養細胞又はヒト以外のモデル動物、例えば、トランスジェニック動物を作製することが出来る。尚、細胞への該発現用ビークルの導入方法は、対象となる生細胞へDNAを導入し得る限り特に限定されるものではなく、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法等を使用することができる。
【0048】
更に、このようにして作製した形質転換細胞の細胞核は、クローン動物(非ヒトクローン動物)を作製する際に、除核した未受精卵に移植する細胞核として有用である。細胞核を提供する生細胞としては、通常、初期胚割球、初期胚由来培養細胞、胚性幹細胞、体細胞等が用いられる。他の細胞核を移植した卵を培養し、移植可能胚へ発生したものを仮親の子宮内に移植することにより、クローン動物を作製することができる。
【0049】
更に、本発明もモデル動物等の製造方法におけるゲノムDNAにおける特定領域におけるDNAメチル化異常の特異的な導入は、当業者に公知の任意の他の手段を用いて行うことも出来る。
【0050】
例えば、既に引用した特許文献等に記載された当業者に公知の方法によって、薬剤処理をした細胞または組織とコントロール群のDNAメチル化プロフィールを特許文献ゲノムワイドに解析することにより、特定の細胞の特定の遺伝子領域を標的とした薬剤をスクリーニングすることができる。このような薬剤処理エピゲノムアソシエーションスタディによって得られるデータベースをケミカルエピゲノムデータベースと呼ぶ。その結果、特定の細胞・組織に対して、DNAメチル化変動の標的領域が分かっている薬剤を用いてゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入することが出来る。
【0051】
DNAのメチル化は、直接的には3種類存在するDNAメチル化転移酵素(DNMT)によって付加・維持されるが、ヒストン修飾によってもDNAメチル化状況は変化する。従って、上記のケミカルエピゲノムデータベース作成手順に従い、標的細胞・組織における作用部位を決定することによって、酵素、酵素阻害剤などを用いてゲノムDNAにおける特定領域におけるDNAメチル化異常を特異的に導入することが出来る。
【0052】
更に、例えば、事前に特定の細胞、組織での標的領域が判明している場合には、DNMT1の強い酵素活性阻害効果を持つ5’aza-citidineを阻害剤として使用してゲノムDNAにおける特定領域におけるDNAメチル化異常を特異的に導入することが出来る。同様に、ヒストンメチル基転移酵素G9aの欠損で遺伝子領域特異的な脱メチル化が誘発可能である事実(Genes to Cells (2007) 12 , 1-11)と考え合わせると、ヒストン修飾酵素に対する阻害剤を用いても、事前に組織、細胞での標的領域が分かっている場合は本発明方法においてDNAメチル化異常を特異的に導入することが出来る。
【0053】
本発明のモデル動物等を利用することによって、医薬品、特に、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常に有効な医薬品をスクリーニングすることが出来る。スクリーニング自体は当業者に公知の任意の方法で行うことが出来る。
【0054】
例えば、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発したモデル動物に候補化合物を適当な方法で投与し、このような疾患又は異常に変化があるか否か、又は、軽減されるか等をそれらに応じた臨床的所見又は各種の生理学的パラメーターに基づき測定・検出することによって、このような医薬品をスクリ−ニングすることが出来る。又、培養細胞を使用する場合には、例えば、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発した培養細胞の培養系に適当な濃度の候補化合物を添加し、該細胞と該化合物とを作用させ、その後、該培養細胞における外疾患又は異常と関連する各種の特性等の変化を測定することによってスクリ−ニングすることが出来る。
【0055】
以下に実施例を参照して本発明を具体的に説明するが、これらは単に本発明の説明のために提供されているものである。従って、これらの実施例は、本願で開示する発明の範囲を限定し、又は制限するものではない。本発明では、特許請求の範囲の請求項に記載された技術的思想に基づく様々な実施形態が可能であることは当業者には容易に理解される。
【0056】
尚、実施例において用いた方法・手段などに関して特に記載のない場合には、当該技術分野における標準的な方法で実施した。
【実施例1】
【0057】
トランスジェニック(Tg)マウス作製のプロトコール
[コンストラクトの詳細]
図1に示したpSingle-tTS-shRNA Vectorを以下の要領で作製した。
即ち、標的Sall4アンチセンスRNAと相補的な配列(配列番号1又は配列番号2)を有し、二重鎖形成部位の反対鎖(配列番号3又は配列番号4)にはセンスRNAの分解を防ぐように下線の部分に変異を導入したshRNAを転写することが出来るオリゴヌクレオチド(図2)をデザインした。
アンチセンスRNAと相補的な配列:5’GCCTTTGTCACATGTAGGGCC 3’(配列番号1)又は5’TTTGTCACATGTAGGGCC 3’ (配列番号2);
反対鎖:5’GGTCCTATATGTGACGAAGGC3’(配列番号3)又は5’GGTCCTATATGTGACGAA3’ (配列番号4)。
【0058】
上記配列が転写される二本鎖オリゴヌクレオチドの両端を平滑化し、pSingle-tTS-shRNA Vectorのクローニングサイトに存在するXhoI、HindIII部位を制限酵素消化後に平滑化した後にオリゴヌクレオチドを導入し、ドキシサイクリン(Dox)誘導条件下でSall4アンチセンスRNAを特異的に分解するshRNAを発現するコンストラクトを作成した。こうして作製したpSingle-tTS-shRNA Vectorの全塩基配列を配列番号5で示す。
【0059】
pSingle-tTS-shRNAに導入したshRNA発現用オリゴヌクレオチドの配列を以下のshRNAオリゴヌクレオチド配列確認用シークエンシングプライマー:
Seq_R:5’-GAAGCGGAAGAGCGCCCAATACGCAAACCGCCT-3’(配列番号6)を用いたシークエンシングにより解析し、正しい配列が導入されていることを確認した。
【0060】
pSingle-tTS-shRNA Vectorは、恒常的にtTSタンパクを発現し、shRNAの発現を抑えているが、Doxの添加によりtTSによる不活性化が解除され、標的RNAである Sall4アンチセンスRNAを特異的に分解するshRNAを発現する(図3)。Sall4アンチセンスRNAを特異的に分解するDox誘導性shRNA発現ベクターを組み込んだマウスES細胞(MS12細胞株、京都大学末盛博文博士より分与された。Kawase E et al., Int. J. Dev. Biol. 38:p385-390, 1994)を3 cmディッシュに2 x 105細胞を播種し、2-10 μg/ml Doxを添加することで、標的のASncRNA量が約40-50%減少し、それに伴ってSall4 mRNA量および細胞の増殖率も低下した(図4)。標的Sall4アンチセンスRNAと相補的な配列(5’GCCTTTGTCACATGTAGGGCC 3’または5’TTTGTCACATGTAGGGCC 3’)を持つshRNAによりアンチセンスRNAを分解したES細胞において、アンチセンスRNAとオーバーラップするSall4遺伝子プロモーター領域のDNAが新たにメチル化された(図5)。以上より、デザインした2種類のshRNAいずれにおいても、Sall4アンチセンスRNAを分解するshRNAおよび、作成したコンストラクトの有効性が示された。
【0061】
[インジェクション用DNAの準備]
Sall4アンチセンスRNA分解用shRNAを模式的に示し(図6A、配列番号1及び配列番号3の組み合わせ)、上記コンストラクト内のアンピシリン耐性遺伝子のPvuI消化によりコンストラクトを直鎖化し、本発明の発現カセットを調製した(図6B)。その後、0.8%アガロースゲル電気泳動し、ゲルよりコンストラクトDNAを回収してMagExtractor(TOYOBO)で精製し、Tg用DNA溶液(Tris-HCl pH7.5 10mM, EDTA 0.25mM)に溶解した。この際、DNAを5ng/μlの濃度に調製した。
【0062】
[Microinjection〜founder獲得〜founder離乳]
1) 16:00にC57BL/6J ♀ 4週令マウス(チャールスリバー)へPMS (セロトロピン Asuka製薬)5.0 I.U.腹腔内投与した。
2) 48時間後、hCG(ゴナトロピン3000 Asuka 製薬) 5.0 I.U. 腹腔内投与し、個々にC57BL/6J ♂ 8週令〜1年マウス(チャールスリバー)と交配させた。
3)翌日、午前中に卵管膨大部を摘出し、微量のヒアルロニダーゼ(Sigma)入りM2培地(Sigma)を利用して受精卵を採卵し、ホールガラス(自家製)内にて受精卵より卵丘細胞を取り除いた。
4)キャピラリー(自家製)を用いて、ホールガラスより受精卵を回収し、M16培地(Sigma)Dropにて3回ほど洗浄を行った。
5)洗浄後、受精卵はM16培地DropにてMicroinjectionまで37℃インキュベーター内にて静置した。
6) 19:00より、実体顕微鏡(Leica)下で2つの前核を有する受精卵を選抜した。
7) Microinjector(Leica)のセットアップを行い、培地が充填された保持針(eppendorf)をMicroinjectorへ装着した。さらに、P-97 micropipette puller(Sutter Instrument)にて注射針を作成(注射針作成設定:heat set to 730, pull set to 0, velocity set to 30, time set to 250, heat set to 730, pull set to 80, velocity set to 60, and time set to 200.)し、針先へ注入用DNAを3μl充填した。
8)チャンバースライド(自家製)内に10μl dropを作成し、ミネラルオイルで重層した。
9) 20個の受精卵をチャンバースライドへ移した。
10)受精卵が入ったチャンバースライドをMicroinjectorへ装着した。
11) 40倍の視野にて、受精卵および保持針、注射針の位置を合わせた。
12) 400倍の視野にて、注射針の先端を保持針へこすることで注射針の先端を折った。
13) 400倍の視野にて、保持針で受精卵を保持し、保持針のつまみを上下させることで受精卵の前核および注射針の先端のピントを合わせた。
14) Micromanipulator 5171 (eppendorf)のコントロールレバーを左に倒すことで、注射針を受精卵の前核へ挿入した。
15) FemtoJet (eppendorf)のマウスをクリックしてDNAを前核へ注入した。この時、前核が膨張したことを目視確認した。
16) Micromanipulator 5171 (eppendorf)のコントロールレバーを右に倒すことで、受精卵より注射針を静かに抜いた。
17) 40倍の視野にて、DNAを打ち終えた受精卵を視野の下部位置に一時静置させた。
18) 20個の受精卵へのインジェクションを終えた後、キャピラリーで受精卵を回収し、M16培地Dropで37℃インキュベーター内にて一晩培養した。
19)翌日、2細胞期胚に発生した受精卵を0.5日目の偽妊娠マウス(ICR/SLC)の卵管采へ1匹あたり20個の2細胞期胚を移植した。
20)移植日を0日目とした場合、19日目にfounderを帝王切開にて摘出し、蘇生させた。
21)蘇生後、仮親(ICR)の仔数匹と取り替えることで、仮親にfounderを育てさせた。
22)帝王切開後20〜27日目に仔を離乳し、耳パンチ法にてNumberingおよびgenotyping用に5mmほどtail cutを施した。
【0063】
結果、約300個の受精卵へMicroinjectionし、271個が2細胞期胚へ発生し、すべてを移植した。その後、51匹のfounder候補マウスを得た。
【0064】
[Genotyping]
1) tailへプロテイナーゼK入りLysis buffer(100 mM Tris-Cl pH8, 5 mM EDTA, 0.2% SDS, 200 mM NaCl, 100-200μg/ml Proteinase K)を400μl加え、37℃で一晩静置した。
2) PCI抽出を3回行った後、エタノール沈殿によりゲノムDNAを精製した。
3) Tris-EDTA 50μlにゲノムDNAを溶解させた。
4) PCRによりコンストラクト内のネオマイシン耐性遺伝子、U6プロモーター、ColE1の検出を行った。さらに、BamHIでゲノムDNAを消化し、ネオマイシン耐性遺伝子内部に設定したプローブを用いてサザンブロッティングを行った。その結果、51匹のfounder候補マウスの内、founderマウスは8匹であった(図7)。
【0065】
ネオマイシン耐性遺伝子検出用PCRの設定:96℃,5min:30cycles (96℃30sec,60℃30sec,72℃1min:72℃,5min):4℃
Neo-1-F:5’-TGCTCCTGCCGAGAAAGTAT-3’(配列番号7)
Neo-1-R: 5’-AATATCACGGGTAGCCAACG-3’ (配列番号8)
PCR products size: 364bp
【0066】
U6プロモーター検出用PCRの設定:96℃,5min:30cycles (96℃30sec,62℃30sec,72℃1min:72℃,5min):4℃
U6_F1:5’-AGAGAACGATGTCGAGTTTACTCCCT-3’ (配列番号9)
U6_R1: 5’- GACCGTACACGCCTACCTCGACA-3’ (配列番号10)
PCR Products size: 211bp
【0067】
ColE1検出用PCRの設定:96℃,5min:30cycles (96℃30sec,62℃30sec,72℃1min:72℃,5min):4℃
ColE1_F1: 5’-GCCGCGTTGCTGGCGTTTTT-3’ (配列番号11)
ColE1_R1: 5’-GGGTTCGTGCACACAGCCCA-3’ (配列番号12)
PCR Products: 282bp
【0068】
[生殖系列移行確認]
ファウンダー(Founder)マウスと野生型C57BL/6J(チャールスリバー)との交配によりF1を作製し、F1のgenotypeにてfounderの生殖系列移行確認を行った。なお、genotypingはPCRおよびサザンブロッティングによりネオマイシン耐性遺伝子を検出した。
その結果、8匹のFounderの内7匹にgermline transmissionが確認され、そのうち5匹について以降の解析に用いた(図8)。
【0069】
Tgマウスのファウンダーマウスの雄と野生型の雌を交配し、交配日から妊娠した母マウスにDoxを飲水より摂取させることでSall4アンチセンスRNAを分解するshRNAの発現を誘導した。胎生7.5日目に胎仔を回収し、PCRでのネオマイシン(Neo)耐性遺伝子の検出によるGenotypingを行うと共に、実体顕微鏡下での明視野の観察(図9A)、およびパラフィン包埋した切片をヘマトキシリン-エオジン染色により観察した(図9B)。その結果、Tg(写真右側)では、胎生7.5日目ですでに胎仔が小さく(図9A)、形態形成も正しく行われていない(図9B)ことが明らかになった。胎生10.5日目(図9C)では、Tgはすでに発生が停止していることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明を利用することによって、既に述べたゲノムワイド・エピゲノムアソシエーションスタディがより一層進展することが期待される。
【0071】
即ち、同定した遺伝子の機能、特定の機能ネットワークへの関与、メチル化異常と関連する遺伝子の発現異常等を調べることにより、それらのメチル化異常の発症への関与の度合いを推し量ることが可能となる。一度関与が分かった場合には、その遺伝子もしくは遺伝子領域のDNAメチル化異常の改善を標的とした医薬品の開発が可能となる。また遺伝子領域が発症原因と直接的に関与しなかった場合も、この遺伝子領域は治療効果のモニター、治療効果予測に利用することが可能である。このようなマーカーは血中細胞のDNAを調べることによっても可能であると考えられる。
【0072】
さらに重要なことは、エピジェネティック異常であれば、その異常領域を人為的に元に戻すことが可能であり、さらに正常な状況を維持することにより、発症を遅らせることが可能となる。すなわちゲノムワイド・エピゲノムアソシエーションスタディによる発症原因遺伝子の同定などによって得られるデータベース(疾患エピゲノムデータベース)は、人類に多大なる利益をもたらすことになることは自明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常を特異的に導入することにより、人為的にエピジェネティック異常を誘発させることができる培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
【請求項2】
エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常を人為的に誘発させることができる病態モデル動物である、請求項1記載のヒト以外のモデル動物。
【請求項3】
DNAメチル化異常がDNAメチル化又は脱メチル化の阻害である、請求項1又は2記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
【請求項4】
特定領域が疾患の発症原因遺伝子若しくは発症に関連するエピジェネティック異常を起こす領域、又は、それらの候補領域である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
【請求項5】
特定領域がT-DMRである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物。
【請求項6】
トランスジェニック動物である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のヒト以外のモデル動物。
【請求項7】
請求項1〜6に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物の製造方法であって、T-DMRの一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は、T-DMRの近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNAの発現を負に制御することによって、ゲノムDNAにおける特定領域にDNAメチル化異常が特異的に導入することからなる、前記方法。
【請求項8】
RNA干渉(RNAi)によりRNAの発現が負に制御されている、請求項7記載の方法。
【請求項9】
短鎖ヘアピンRNA(shRNA)の転写により生じる短鎖干渉性RNA(siRNA)の作用によりRNAiが行われる、請求項8記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜6に記載の培養細胞又はヒト以外のモデル動物の製造方法であって、T-DMRの一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は、T-DMRの近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNAに対する短鎖干渉性RNA(siRNA)を生じるshRNAの発現用ビークルにより培養細胞又はヒト以外の動物を形質転換することからなる、前記方法。
【請求項11】
請求項1〜6に記載の培養細胞若しくはモデル動物、又は、請求項7〜10記載の方法で作製された培養細胞若しくはモデル動物を利用する、エピジェネティック機構に関連する疾患又は異常に有効な医薬品のスクリーニング方法。

【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−191902(P2012−191902A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59106(P2011−59106)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人医薬基盤研究所基礎研究推進事業、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】