説明

アンピシリン耐性インフルエンザ菌の鑑別法

【課題】β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性インフルエンザ菌を、特殊な技術や熟練を必要とせず、短時間にかつ容易にまた正確に、β−ラクタマーゼ非産生AMPC感受性菌と識別する方法の提供。
【解決手段】ディスク拡散法を用いて、試験菌がβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性であるか否かを識別する方法であって、セファレキシン、セファロチン及びセフスロジンから選ばれる1種以上のセファロスポリン系薬剤を含有するディスクを用いることを特徴とするβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性インフルエンザ菌の鑑別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌の簡易な鑑別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)は、肺炎、急性気管支炎、中耳炎、あるいは細菌性化膿性髄膜炎などの感染症の起炎菌となることが多い菌種としてよく知られた細菌である。
従来、この菌種におけるβ-ラクタム系薬剤に対する耐性菌には、β-ラクタマーゼ産生能を獲得した、いわゆるアンピシリン(AMPC)耐性菌が中心であり、当該耐性菌の鑑別は、Clinical and Laboratory Standard Institute(CLSI)が推奨する薬剤感受性試験(微量液体希釈法或いはディスク拡散法)に従って、同CLSIが示すAMPC感受性判定の基準値と比較することにより行われていた。
【0003】
しかしながら、近年、細菌細胞の細胞質膜上に存在し、β-ラクタム系薬の標的であるペニシリン結合蛋白質(PBP)が変異することにより、β-ラクタム系薬剤への結合親和性が低下したβ−ラクタマーゼ非産生の耐性インフルエンザ菌、すなわちβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性(β-lactamase-nonproducing AMPC-resistant;BLNAR)と呼ばれる耐性菌が急増し、臨床的にも本菌株による難治な重症感染症が問題となってきている。
【0004】
斯かるPBPに変異を認めるインフルエンザ菌は、前記CLSIが示すAMPC感受性判定基準で判定した場合、必ずしも耐性或いは中間と判定されず、感受性と判定される場合がしばしばあり、このことから、同耐性菌を正確に鑑別するためには、PBPの構造遺伝子であるfts I遺伝子等の精査が必要であると考えられていた。しかしながら、遺伝子を精査することは、時間がかかり、また労力も要する。
【0005】
また、アンピシリン(ABPC)、セファクロール(CCL)を用いたディスク拡散法により、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性菌をβ−ラクタマーゼ非産生AMPC感受性(β-lactamase-nonproducing AMPC-susceptible;BLNAS)の菌と識別できることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、この方法は、ABPCで≧27mmかつCCLで≧21mmの阻止円を形成するときBLNAS、ABPCで≦26mm あるいはCCLで≦20mmときBLNARと判定しているため、2種のディスクを同時に用い、かつ阻止円を正しく測定する必要があり、容易且つ正確な鑑別法であるとは言い難い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J Infect Chemother (2002) 8:50-58
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性インフルエンザ菌を、特殊な技術や熟練を必要とせず、短時間にかつ容易にまた正確に、β−ラクタマーゼ非産生AMPC感受性菌と識別できる方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、簡易な判定が可能なディスク拡散法を利用した、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性菌(以下、「BLNAR」とも称する)とβ−ラクタマーゼ非産生AMPC感受性菌(以下、「BLNAS」とも称する)との識別を検討したところ、特定のセファロスポリン系薬剤を含侵させたディスクを用いることにより、両者を簡単に且つ明瞭に鑑別できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の1)〜4)に係るものである。
1)ディスク拡散法を用いて、試験菌がβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性であるか否かを識別する方法であって、セファレキシン、セファロチン及びセフスロジンから選ばれる1種以上のセファロスポリン系薬剤を含有するディスクを用いることを特徴とするβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性インフルエンザ菌の鑑別方法。
2)薬剤として、少なくともセファレキシン及び/又はセフスロジンを用いる1)の鑑別方法。
3)ディスク当たり20〜70μgのセファレキシンを含有する1)又は2)の鑑別方法。
4)5%CO2条件下、33〜37℃で、16〜24時間培養後に形成された阻止帯を判定する1)〜3)のいずれかの鑑別方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の鑑別方法によれば、PBPの遺伝子型を精査することなく、試験インフルエンザ菌がβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性(BLNAR)か否かを迅速かつ簡便に鑑別できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、インフルエンザ菌とは、ヘモフィルス(Haemophilus)属のグラム陰性桿菌であるHaemophilus influenzaeを意味する。
β−ラクタマーゼ非産生AMPC感受性菌とは、β−ラクタマーゼ非産生アンピシリン感受性(β-lactamase-nonproducing AMPC-susceptible;BLNAS)のインフルエンザ菌を意味し、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性菌とは、β−ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(β-lactamase-nonproducing AMPC-resistant;BLNAR)のインフルエンザ菌を意味する。
本明細書においては、β−ラクタマーゼ非産生アンピシリン感受性菌を「BLNAS」、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性菌を「BLNAR」と称する場合もある。
BLNARは、ペニシリン結合蛋白質(PBP3)をコードする遺伝子であるftsI遺伝子の1〜3箇所が変異することにより起こると考えられており、その1箇所のみに変異が入った場合には軽度耐性(Low- BLNAR)となることが報告されている。本発明において、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性(BLNAR)といった場合、Low- BLNARも包含されるものとする。
【0012】
本発明の鑑別法は、一般の薬剤感受性試験において汎用されるディスク拡散法を利用するものであるが、ここで、ディスク拡散法とは、試験菌を試験培地に塗布した後、薬剤を含有するディスクを試験培地に配置し、培養後に形成された発育阻止帯(例えば、阻止円)の有無又は大きさにより、試験菌の当該薬剤に対する感受性を判定する方法である。
【0013】
本発明において用いられる試験培地は、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)が生育できる培地であれば特に限定されないが、例えば、炭素源、窒素源等の栄養分を含む固体培地が挙げられ、例えばミュラーヒントン寒天培地に15mg/Lのヘマチン、15mg/Lのβ-NAD及び5g/Lの酵母エキスを添加したヘモフィルステストメディウム(HTM)寒天培地、ミュラーヒントン寒天培地に5%馬血液、20mg/Lのβ-NADを添加した寒天培地、ミュラーヒントン寒天培地に2〜5%馬溶血液、15mg/Lのβ-NAD及び 5g/L酵母エキスを添加した寒天培地等を挙げることができる。
【0014】
上記試験培地の表面には、試験菌が塗布されるが、菌の塗布方法や条件等は、一般の薬剤感受性試験で採用されているものをそのまま使用できる。例えば、Clinical and Laboratory Standard Institute(CLSI)が推奨する薬剤感受性試験で定められたディスク拡散法で指定されている方法を用いることができる。
【0015】
ディスクとしては、適当な寸法及び形状(好ましくは、円形)の素材に、本発明の薬剤を、必要により溶媒を用いて含浸させることで作成することができる。ディスクの素材は、ディスクに含まれる薬剤が試験培地に含まれる液体を介してディスクの外に拡散し得るものであればよく、そのような素材としては、例えば、濾紙を挙げることができる。
【0016】
本発明において用いられる薬剤は、セファレキシン(CEX)、セファロチン(CET)及びセフスロジン(CFS)から選ばれる1種以上のセファロスポリン系薬剤である。
すなわち、本発明の方法は、斯かる3種のセファロスポリン系薬剤のうちいずれか1種を用いれば実施でき、2種又は3種を組み合わせてもよいが、鑑別精度及び判定のし易さの点から、少なくともセファレキシン又はセフスロジン、特にセファレキシンを用いるのが好ましい。
【0017】
2種又は3種の薬剤を同時に用いる場合、各薬剤のディスクへの添加位置は、各薬剤の拡散範囲を考慮して、各薬剤の周囲に形成される阻止帯(阻止円)が重複しない位置に、各薬剤を間隔を置いて含侵させることが、阻止帯の大きさを判別し易いという点から好ましい。
薬剤の間の距離は、薬剤の拡散範囲が用いるディスクの種類、薬剤の種類、添加量、及び培養条件により変化するので、それらを考慮し予め求めておくことができる。
【0018】
各薬剤のディスクへの添加量は、各薬剤の培地表面での拡散性や培養時間等を考慮して適宜決定できる。例えば、セファレキシンではディスク当たり20〜70μgの範囲とすることが適当であり、セフスロジンではディスク当たり20〜40μgの範囲とすることが適当であり、セファロチンではディスク当たり20〜40μgの範囲とすることが適当である。
また、当該薬剤ディスクには、本発明の薬剤の他に、BLNASとBLNARを識別するためのより好適な阻止帯形成を可能とする薬剤、例えば微量のセファロスポリン系薬剤を共存含浸させることができる。
【0019】
上記薬剤を含有するディスクを試験培地に配置した後の培養は、薬剤の拡散範囲を考慮して培養条件を定めればよいが、例えば、5%CO2条件下、33〜37℃、好ましくは34〜36℃で、16〜24時間、好ましくは20〜24時間の範囲とすることができる。
【0020】
後記実施例に示すように、34種のセファロスポリン系薬剤について、β−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性のBLNARと感受性菌であるBLNASとで、阻止帯形成の相違を検討した結果、本発明の上記3種のセファロスポリン系薬剤では、BLNARとBLNASとで、薬剤の周囲に形成される阻止帯の有無及び大きさに、有意な相違が認められた。すなわち、試験インフルエンザ菌がBLNARである場合、BLNASの場合に阻止帯が大きく明確に形成されるのに対し、阻止帯が全く形成されないか或いは僅かに形成されるだけであり、阻止帯形成の有無或いはその大きさを観察することだけで、BLNARとBLNASとを識別することができる。
尚、阻止帯の大きさを測定する場合には、使用する薬剤毎に、所定量の薬剤及び所定の培養条件(培地の種類や培養温度、時間)における阻止帯の大きさを予め求めておき、BLNARとBLNASとを識別するための基準値を定めておくことが適当である。
【0021】
例えば、薬剤としてセファレキシン(30μg)及びセファロチン(30μg)を用い、5%CO2条件下34〜36℃で20〜24時間程度の培養を行った場合には、BLNARでは阻止帯を形成せず、BLNASでは阻止帯を形成することから極めて容易に鑑別が可能となる。
【実施例】
【0022】
実施例1 34薬剤からのスクリーニング
供試菌株としてBLNARの臨床分離株各2株〔NS-9186(BLNAR)1)、NS-9257(Low-BLNAR)2)〕、BLNASの臨床分離株各1株〔NS-9210(BLNAS)3)〕およびヘモフィルス インフルエンザ ATCC 49247株(BLNAR)を用い、セファロスポリン系ディスク34薬剤、セファロチン(CET、30μg)、セファゾリン(CEZ、30μg)、セフォチアム(CTM、30μg)、セファマンドール(CMD、30μg)、セフロキシム(CXM、30μg)、セフスロジン(CFS、30μg)、セフォタキシム(CTX、30μg)、セフメノキシム(CMX、30μg)、セフォペラゾン(CPZ、75μg)、セフチゾキシム(CZX、30μg)、セフタジジム(CAZ、30μg)、セフトリアキソン(CTRX、30μg)、セフォゾプラン(CZOP、30μg)、セフピラミド(CPM、75μg)、セフェピム(CFPM、30μg)、セフピロム(CPR、30μg)、セフォテタン(CTT、30μg)、セフォキシチン(CFX、30μg)、セフメタゾール(CMZ、30μg)、セファレキシン(CEX、30μg)、セファクロル(CCL、30μg)、セフチブテン(CETB、30μg)、セフポドキシム(CPDX、10μg)、セフェタメト(CEMT、10μg)、セフィキシム(CFIX、5μg)、セフジニル(CFDN、5μg)、セフジトレン(CDTR、5μg)、ラタモキセフ(LMOX、30μg)、フロモキセフ(FMOX、30μg)、セフォジジム(CDZM、30μg)、セフォセリス(CFSL、30μg)、セフブペラゾン(CBPZ、75μg)、セフカペン(CFPN、5μg)、セフテラム(CFTM、10μg)を用いた。
1)NS-9186;臨床分離株(BLNAR)
2)NS-9257;臨床分離株(Low-BLNAR)
3)NS-9210;臨床分離株(BLNAS)
【0023】
試験方法は、CLSIディスク拡散法に準拠し、前培養は、チョコレート寒天培地を用い35℃、5%CO2条件下で20〜24時間培養とした。試験ではヘモフィルステストメディウム(HTM)寒天培地に菌を塗沫し、所定のディスクを置き、35℃、5%CO2条件下で18時間培養後にディスク周囲に形成される発育阻止帯(阻止円)の直径を測定した。その結果、表1に示すように、セファレキシン(CEX)、セフスロジン(CFS) 、セファロチン(CET)の3種の薬剤において、この順で、BLNASとBLANRでの阻止円の差を確認することができた。特に前2薬剤ではBLNARでは阻止円を形成せず、BLNASでは阻止円を形成することから容易に鑑別が可能であった。
【0024】
【表1】

【0025】
実施例2
供試菌株として臨床分離株BLANR 110株、BLNAS 30株を用い、セファレキシン(CEX)、セフスロジン(CFS) 、セファロチン(CET)について実施例1と同様の試験を実施した。但し、培養時間は18時間に24時間を加え、判定を2回とした。結果を表2に示す。
【0026】
【表2】

【0027】
阻止円径を認めない株をBLNARとした場合、各ディスクにおけるBLNARの検出感度(率)は、セファレキシン(CEX)では18時間判定時に90.9%、24時間判定時に96.4%であった。 セフスロジン(CFS)では18時間で87.3%、24時間で96.4%、セファロチン(CET) では18時間で76.4%、24時間で84.5%であり、総じてセファレキシンで良好な鑑別が可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディスク拡散法を用いて、試験菌がβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性であるか否かを識別する方法であって、セファレキシン、セファロチン及びセフスロジンから選ばれる1種以上のセファロスポリン系薬剤を含有するディスクを用いることを特徴とするβ−ラクタマーゼ非産生AMPC耐性インフルエンザ菌の鑑別方法。
【請求項2】
薬剤として、少なくともセファレキシン及び/又はセフスロジンを用いる請求項1記載の鑑別方法。
【請求項3】
ディスク当たり20〜70μgのセファレキシンを含有する請求項1又は2記載の鑑別方法。
【請求項4】
33〜37℃で、16〜24時間培養後に形成された阻止帯を判定する請求項1〜3のいずれか1項記載の鑑別方法。

【公開番号】特開2011−4672(P2011−4672A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152123(P2009−152123)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000226862)日水製薬株式会社 (35)
【Fターム(参考)】