説明

アンモニウムカチオンを用いたオリゴヌクレオチドの融解温度制御法

【課題】ハイブリダイゼーション反応において、効率的に特異的ハイブリッドを形成させるオリゴヌクレオチドの融解温度の制御方法の提供。
【解決手段】下記式(式中、R〜Rは水素原子であってよいが、R〜Rの全てが水素原子であるものは除く)で示されるアンモニウムカチオンを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリゴヌクレオチドの融解温度を制御する方法に関する。より詳しくは、特定のアンモニウムカチオンを用いて、ハイブリダイゼーション反応におけるオリゴヌクレオチドの融解温度を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム上には、塩基の置換や欠失、逆位、挿入、遺伝子の重複や転座等、多くの多型が存在している。このうち遺伝子をコードする領域で見られる1〜数十塩基の置換や欠失、挿入は、疾病の発症に直接関連する遺伝子変異として、現在までに種々の遺伝子及び疾患に関連して膨大なデータが蓄積されてきている。近年、これらの遺伝子変異に加えて、一塩基多型(single nucleotide polymorphism、SNP)と呼ばれる多型が注目されるようになってきている。SNPは、ゲノム上数百塩基から1000塩基に1ヶ所程度の割合で存在する一塩基の置換であり、ヒトゲノム上には300万〜1000万のSNPがあると推定されている。SNPは個々人の疾患感受性や薬剤応答性を規定しているものと考えられており、いわゆるオーダーメード医療の実現に向け、精力的なデータ収集が行なわれている。
【0003】
これらの多型を検出するための手段についても、盛んに研究が進められており、これまでにハイブリダイゼーションに基づくもの、プライマー伸長に基づくもの、あるいは酵素の基質特異性を利用するもの等、様々な手法が開発されるに到っている。このなかでも、ハイブリダイゼーションに基づく方法(以下、ハイブリダイゼーション法という)は、現在最も広く普及した多型解析手段となっている。ハイブリダイゼーション法は、非相補的な塩基対(ミスマッチ)が存在する2本鎖DNAは、完全に相補的な2本鎖DNAに比べて、ハイブリッド形成が不安定であるという性質を利用して、多型を検出する手法である。
【0004】
完全相補的な2本鎖DNAは、相補的な塩基対(アデニン−チミン、グアニン−シトシン)間に形成される水素結合によって安定的にハイブリッドを形成する。これに対して、1塩基でもミスマッチが存在する2本鎖(ミスマッチ鎖)DNAでは、当該ミスマッチ塩基間において水素結合が形成されないため、ハイブリッドが形成されにくく、また、形成されたとしても当該ハイブリッドは不安定な状態となる。ハイブリダイゼーション法は、このような完全相補鎖DNAとミスマッチ鎖DNAの安定性の違いを利用して、ミスマッチ鎖はハイブリッドを形成できないが、完全相補鎖はハイブリッドを形成できるような一定の条件下においてハイブリダイゼーション反応を行い、完全相補鎖が形成したハイブリッドを検出することを基本原理としている。
【0005】
例を挙げて説明すると、ハイブリダイゼーション法として最も基本的なものであるASO法においては、標識したオリゴヌクレオチドプローブが完全に相補的なDNA(正常遺伝子)とはハイブリッドを形成できるが、ミスマッチがあるDNA(変異遺伝子)とはハイブリッドを形成できないような条件下において、オリゴヌクレオチドプローブと被検DNAのハイブリダイゼーション反応を行う。この反応により、被検DNAと標識オリゴヌクレオチドプローブがハイブリダイズして、被検DNAが標識されれば、被検DNAは正常遺伝子と判定することができ、一方、被検DNAと標識オリゴヌクレオチドプローブがハイブリダイズせず、被検DNAが標識されなければ、被検DNAは変異遺伝子と判定することができる。
【0006】
近年、同時に数万〜数十万のSNPを解析できるDNAチップが登場してきているが、この多型解析用のDNAチップ(以下、単にDNAチップという)も、上記の基本原理に基づくハイブリダイゼーション法の1つである。DNAチップは、目的のSNP部位を含む塩基配列に対応するオリゴヌクレオチドプローブ(通常20〜30mer程度の長さ)をガラス基板上に合成したものである。このオリゴヌクレオチドプローブには、SNP部位の多型に応じて一塩基を変化させた複数の配列を有するプローブが用いられる。まず、多型を調べたい被検DNAを蛍光試薬で標識する。その後、被検DNAが完全に相補的なオリゴヌクレオチドプローブ(被検DNAのSNPに対応するプローブ)とはハイブリッドを形成できるが、ミスマッチがあるオリゴヌクレオチドプローブ(被検DNAのSNPに対応しないプローブ)とはハイブリッドを形成できないような条件下において、オリゴヌクレオチドプローブと被検DNAのハイブリダイゼーション反応を行う。最後に蛍光強度を測定して、被検DNAがどのオリゴヌクレオチドプローブにハイブリダイズしたかを検出すれば、該被検DNAと完全相補的なオリゴヌクレオチドプローブを特定することができ、結果として被検DNAの有していた塩基配列、すなわち多型を判定することが可能となる。
【0007】
このようにハイブリダイゼーション法による多型解析においては、完全相補鎖DNAはハイブリッドを形成し得るが、ミスマッチ鎖DNAはハイブリッドを形成できないような条件下でハイブリダイゼーション反応を行なうことが必須となる。
【0008】
仮に反応条件が適切でない場合には、例えば、ASO法においては、標識したオリゴヌクレオチドプローブが完全相補的なDNA(正常遺伝子)とも、ミスマッチがあるDNA(変異遺伝子)ともハイブリッドを形成し、被検DNAの多型を判定することができない。また、DNAチップ法においても、蛍光標識した被検DNAが、当該被検DNAの多型に対応する完全相補的なオリゴヌクレオチドプローブのみならず、他の多型に対応するミスマッチのオリゴヌクレオチドプローブにもハイブリダイズしてしまい、有意な蛍光シグナルが得られず、被検DNAの多型を判定することができなくなる。
【0009】
このようなミスマッチ鎖を形成するDNAのハイブリダイズは、完全相補鎖を形成するハイブリダイズを特異的ハイブリダイズ(特異的結合)と呼ぶのに対して、非特異的ハイブリダイズ(非特異的結合)と呼ばれる。ハイブリダイゼーション法においては、この特異的ハイブリダイズによるシグナルを「Signal(シグナル)」、非特異的ハイブリダイズによるシグナルを「Noise(ノイズ)」として、両者のシグナル強度比(S/N比)をとることで、解析結果の信頼性評価を行なっている。すなわち、S/N比が低い場合には、本来検出されるべき特異的ハイブリダイズ以外に、相当程度の非特異的ハイブリダイズをも検出しているということであり、最終的に得られた多型判定結果が間違いである可能性が高くなる。
【0010】
ハイブリダイゼーション反応において、非特異的ハイブリダイズを抑制するためには、反応に用いるオリゴヌクレオチドプローブの塩基配列や、反応の温度・時間、反応溶液組成等の条件検討が不可欠であり、この中でも特に温度条件の検討が重要である。2本鎖オリゴヌクレオチドが1本鎖オリゴヌクレオチドに解離する温度を、融解温度(Melting temperature, Tm)というが、完全相補鎖DNAは、安定的なハイブリッドを形成しているため、高温下でも容易に1本鎖に解離せず、Tmは高い。これに対して、ミスマッチ鎖DNAは、ハイブリッド形成が不安定なため、より低い温度で解離が起き、Tmは低くなる。従って、ハイブリダイゼーション反応の温度条件を、完全相補鎖DNAのTmより低く、かつ、ミスマッチ鎖DNAのTmよりは高く設定できれば、特異的ハイブリッドのみを形成させて、非特異的ハイブリダイズを抑制することが可能となる。非特異的ハイブリダイズを抑制するための別法として、特許文献1には、ハイブリダイゼーション反応後に超音波を用いた洗浄工程を行なう方法が開示されている。
【特許文献1】特表2005−502346号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
塩基配列中の1塩基ないしは数塩基の違いによって、被検DNAとオリゴヌクレオチドプローブとのハイブリッド形成が左右されるようなハイブリダイゼーション反応の温度条件を見出すことは、実際には容易ではないため、温度条件の最適化によっても、高い再現性をもって特異的ハイブリダイズのみを検出することは困難である。これは、Tmはオリゴヌクレオチドに存するミスマッチのみに依存して決定されるわけではなく、該オリゴヌクレオチドの塩基数(長さ)や、塩基配列に占めるグアニン又はシトシンの比率(GC含有率)にも依存する性質があるためである。
【0012】
一般に、オリゴヌクレオチドが長いほど、塩基対の数及び塩基対間に形成される水素結合の数が多くなるため、Tmは高くなる。また、アデニン−チミン間においては2つの水素結合しか形成されないのに対して、グアニン−シトシン間では3つの水素結合が形成されるため、オリゴヌクレオチドのGC含有率が高くなるほど、水素結合の数が増えて、Tmは高くなる。従って、ハイブリダイゼーション反応の温度条件を設定する際には、これらオリゴヌクレオチドプローブのTmを規定する要素を勘案して、適切な温度条件を検討する必要がある。
【0013】
Tmを規定する上記要素のうち、オリゴヌクレオチドプローブの長さについては、該プローブの設計段階である程度調整することが可能である。しかし、オリゴヌクレオチドプローブのGC含有率については、検出したい多型部位の周辺配列に相補的に設計せざるを得ない。そのため、GC含有率が高いオリゴヌクレオチドでは、該オリゴヌクレオチドにミスマッチが存したとしても、Tmは比較的高く、他の完全相補的ではあるがGC含有率が低いオリゴヌクレオチドのTmよりも高くなることがある。このことは、GC含有率が高いオリゴヌクレオチドプローブでの非特異的ハイブリダイズを抑制するために、ハイブリダイゼーション反応の温度を上げると、他のGC含有率が低いオリゴヌクレオチドプローブでは特異的ハイブリダイズさえも起こらなくなってしまうということを意味し、ハイブリダイゼーション法における温度条件設定の困難さの原因となっている。特に、DNAチップ法では、それぞれTmが異なる数万〜数十万のオリゴヌクレオチドプローブについて、本来的にはその全てに共通する画一的な最適温度条件を設定する必要がある。しかし、実際の解析においては、非特異的ハイブリダイズを最小限に抑え得る温度条件を検討し、該温度条件においてハイブリダイゼーション反応を行ってもなお生ずる非特異的ハイブリダイズについては、ノイズとして甘受せざるを得ない状況であった。
【0014】
そこで、本発明は、ハイブリダイゼーション反応において、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリッドのみを形成させることを目的とした、オリゴヌクレオチドの融解温度の制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明においては、まず、
式:
【化2】

(式中、R〜Rは水素原子であってよいが、R〜Rの全てが水素原子であるものは除く)
で示されるアンモニウムカチオンを用いて、ハイブリダイゼーション反応におけるオリゴヌクレオチドの融解温度を制御する方法を提供する。
【0016】
本発明において、「オリゴヌクレオチド」とは、DNA及びオリゴヌクレオチドプローブ、オリゴヌクレオチドプライマーを包含し得る概念とする。また、「ハイブリダイゼーション反応」とは、一般に、1本鎖オリゴヌクレオチドが2本鎖オリゴヌクレオチドを形成することをいうが、本発明においては、オリゴヌクレオチドが「2本鎖の形成と1本鎖への解離との間でなす熱平衡反応」を広く意味するものとする。
【0017】
上記アンモニウムカチオンは、オリゴヌクレオチドが形成するハイブリッドの安定性を低下させることで、オリゴヌクレオチドのTmを、
(1)低下させる作用
(2)GC含有率に非依存的とする作用
を発揮する。本発明における「オリゴヌクレオチドの融解温度の制御」とは、上記アンモニウムカチオンがオリゴヌクレオチドのTmに及ぼすこれらの作用によって実現されるものであり、ハイブリダイゼーション反応において、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリッドのみを形成させることを可能とするものである。なお、上記アンモニウムカチオンがこれらの作用を発現するメカニズムについては、図を用いて後述する。
【0018】
本願発明者は、まず上記アンモニウムカチオンの有するオリゴヌクレトチドのTmを(1)低下させる作用について検討を重ね、当該作用は、
(1a)オリゴヌクレオチドに存するミスマッチが多くなるほど顕著に現れる
(1b)上記式中R〜Rに有する残基の分子量が大きいほど増強されることを見出した。本発明において「残基」とは、飽和脂肪族炭化水素基、不飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、エーテル基、アシル基等を広く含み、特に限定はされない。
【0019】
上述したように、ハイブリダイゼーション反応の温度条件は、完全相補鎖のTmより低く、かつ、ミスマッチ鎖のTmよりは高く設定する必要がある。この場合において、一のオリゴヌクレオチドが完全相補的である場合のTmと、ミスマッチが存する場合のTmの温度差が小さいと、設定可能な温度条件の温度幅も小さくなるため、温度条件の設定には厳密な検討が必要となる。しかし、完全相補的である場合のTmと、ミスマッチが存する場合のTmの温度差が大きければ、設定可能な温度幅が大きくなるため、温度条件の設定が容易となる。
【0020】
上記アンモニウムカチオンの存在下では、(1a)ミスマッチが多くなるほど、また(1b)上記式中R〜Rに有する残基の分子量が大きくなるほど、完全相補鎖のTmに比べて、ミスマッチ鎖のTmが大きく低下し、両者の温度幅が大きくなる。従って、温度条件の設定が容易となり、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリダイズのみを形成させることが可能となる。
【0021】
さらに、上記式中R〜Rに有する残基の分子量を任意に変化させて、上記アンモニウムカチオンのオリゴヌクレオチドのTmを制御する機能を調整すれば、使用する解析機器等に合わせて所望のハイブリダイゼーション反応の温度条件を実現することが可能である。
【0022】
特に、上記式中R〜Rに有する残基をメチル基、エチル基、プロピル基等の炭化水素基とすることにより、該炭化水素基の炭素数を自由に変更して残基の分子量を容易に変更することができるため、上記アンモニウムカチオンのオリゴヌクレオチドのTmを制御する機能を任意に調整することが容易となる。
【0023】
次に、本願発明者は、上記アンモニウムカチオンの有するオリゴヌクレトチドのTmを(2)GC含有率に非依存的とする作用について検討を行なった。
【0024】
上述したように、オリゴヌクレオチドのTmは、該オリゴヌクレオチドの塩基数(長さ)や、GC含有率、ミスマッチの存否に依存する。ここで、オリゴヌクレオチドの塩基数が一定であり、TmがGC含有率に非依存的であるならば、該オリゴヌクレオチドのTmはミスマッチの存否によってのみ決定されることとなる。すなわち、完全相補鎖オリゴヌクレオチドのTmはその塩基配列に拠らず、常にミスマッチ鎖のTmより高くなるため、多数の塩基配列(GC含有率)の異なるオリゴヌクレオチドプローブを用いるハイブリダイゼーション反応であっても、温度条件の設定が容易となり、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリダイズのみを形成させることが可能となる。
【0025】
続いて、本願発明者は、このような上記アンモニウムカチオンのTmを、
(1)低下させる作用
(2)ミスマッチの存否にのみ依存的とする作用
に基づいてオリゴヌクレオチドのTmを制御する方法を、DNA多型解析法及びDNAミスマッチ検出法、PCR法におけるハイブリダイゼーション反応へ応用した。
【0026】
上記アンモニウムカチオンを用いて、オリゴヌクレオチドのTmを制御することにより、上述の通り、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリダイズのみを形成させることができるため、DNA多型解析法において、ノイズのない高精度の解析結果を得ることが可能となる。
【0027】
DNAミスマッチ検出法も、いわばDNA多型解析方法のひとつということができ、上述のASO法とは表裏一体の関係にある。すなわち、ASO法がハイブリダイゼーション反応の温度を上昇させて、Tmの低い非特異的ハイブリッドを解離させ、特異的ハイブリッドのみを検出する方法であるのに対して、DNAミスマッチ検出法は、ハイブリダイゼーション反応の温度を上昇させて、Tmの高い特異的ハイブリッドの解離に先立って起こる非特異的ハイブリッドの解離を検出するものである。上記アンモニウムカチオンを用いたオリゴヌクレオチドのTmの制御により、非特異的ハイブリダイズが抑制された状態、換言すれば、非特異的ハイブリッドが不安定さを増した状態にあっては、非特異的ハイブリッドの解離を特異的ハイブリッドの解離とより明確に区別して、高感度に検出することが可能となる。
【0028】
また、オリゴヌクレオチドのTmを制御することで、PCR法においては、効率的な目的オリゴヌクレオチドの増幅が可能となる。すなわち、PCR法においては、プライマーオリゴヌクレオチドが目的オリゴヌクレオチドと特異的ハイブリダイズを形成(プライミング)することが必要で、プライマーオリゴヌクレオチドと目的としないオリゴヌクレオチドが非特異的ハイブリダイズを形成(ミスプライミング)してしまうと、目的オリゴヌクレオチドを効率的に増幅することができなくなる。従って、上記アンモニウムカチオンを用いて、オリゴヌクレオチドのTmを制御し、非特異的ハイブリダイズを抑制すれば、効率的に目的オリゴヌクレオチドのみを増幅することが可能となるのである。
【0029】
さらに、上述したように、上記式中R〜Rに有する残基の分子量を任意に変化させて、上記アンモニウムカチオンのオリゴヌクレオチドのTmを制御する機能を調整すれば、DNA多型解析法、DNAミスマッチ検出法、PCR法において、所望のハイブリダイゼーション反応の温度条件を実現することができ、それぞれの精度や感度、増幅効率を任意にコントロールすることが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明にかかるオリゴヌクレオチドの融解温度の制御方法により、ハイブリダイゼーション反応において、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリッドのみを形成させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
上述の通り、
【0032】
【化3】

で示されるアンモニウムカチオンは、オリゴヌクレオチドが形成するハイブリッドの安定性を低下させることで、オリゴヌクレオチドのTmを、
(1)低下させる作用
(2)GC含有率に非依存的なものとする作用
を発揮する。
【0033】
ここで、式中、R〜Rは水素原子であってよいが、R〜Rの全てが水素原子であるアンモニウムカチオンは除かれ、望ましくは、R〜Rの全てが水素原子ではない第4級アンモニウムカチオンを採用することが好ましい。第4級アンモニウムカチオンは、第1級〜3級アンモニウムカチオンと異なり、溶媒のpHによって電荷が失われることがない安定したカチオンであることによる。
【0034】
上記式中R〜Rは、飽和脂肪族炭化水素基、不飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、エーテル基、アシル基等を広く含み、限定はされないが、特に炭素と水素からなる炭化水素基が好ましく、さらにはメチル基、エチル基、プロピル基等の飽和脂肪族炭化水素基(アルキル基)が好適である。アルキル基を採用した場合には、その炭素数によりアンモニウムカチオンの分子量が一義的に表されるため、その分子量に基づくオリゴヌクレオチドのTmを制御する機能の調整が容易となる。なお、上記式で示されるアンモニウムカチオン以外にも、テトラアルキル尿素、テトラアルキルホスホニウム塩、テトラアルキルジアミン等も同様の目的で使用することが可能である。
【0035】
上記アンモニウムカチオンが、(1)及び(2)の作用を発揮するメカニズムは、一に特定することはできないが、上記アンモニウムカチオンの以下のような性質が関与しているものと考えられる。
【0036】
図1は、DNAの二重らせん構造におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。図1中、四角に囲ったA,G,T,Cの文字は、それぞれアデニン、グアニン、チミン、シトシン塩基を示している。各ヌクレオチドはホスホジエステル結合によって連結され、二本のポリヌクレオチド鎖を構成している。該ポリヌクレオチド鎖は、塩基対が形成する水素結合(図中破線)により、安定したハイブリッドを形成している。このように二本のポリヌクレオチド鎖が安定してハイブリッドを形成している状態におけるポリヌクレオチド鎖間の距離を図中Lで表した。
【0037】
図2は、上記アンモニウムカチオンの1つであるテトラメチルアンモニウムカチオンの存在下におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。図2中、Aはテトラメチルアンモニウムカチオンを示している。
【0038】
ヌクレオチド間に形成されたホスホジエステル結合において、一の酸素原子はマイナスの極性を有している。この酸素原子にテトラメチルアンモニウムカチオンがイオン結合すると、図2のように、二本のポリヌクレオチド鎖間の距離がL(>L1)に押し広げられると考えられる(図1も参照)。
【0039】
このテトラメチルアンモニウムカチオンが二本のポリヌクレオチド鎖の距離を押し広げる働きは、テトラメチルアンモニウムカチオンの有する炭化水素残基に基づくものと推定される。テトラメチルアンモニウムカチオンは4つのメチル基を有しており、分子量及び分子サイズが大きく、「嵩だか」な分子となっている。従って、ポリヌクレオチド鎖に結合すると、この「嵩だか」性により、二本のポリヌクレオチド鎖間の距離を物理的に押し広げると考えられる。
【0040】
このように、ポリヌクレオチド鎖間の距離が広がった状態では、塩基対間の距離も遠くなる(L2>L1)ため、塩基対間の水素結合の形成が阻害されたり、結合力が減殺される。従って、ポリヌクレオチド鎖が形成するハイブリッドの安定性が低下し、Tmが低下するものと考えられる。さらに、ここで、上述の通り、グアニン−シトシンの結合は3つの水素結合が形成されるのに対して、アデニン−チミン間の結合は2つの水素結合しか形成されないため、両塩基対の結合力には差が存在する。しかし、ポリヌクレオチド鎖間の距離が広げられ水素結合の結合力が減殺された状態にあっては、アデニン−チミン、グアニン−シトシンの結合力の差が無視することができる程度まで小さくなり、グアニン−シトシン及びアデニン−チミンのハイブリッド安定化への寄与度を同等とみなすことが可能となる。このようにして、テトラメチルアンモニウム塩は、オリゴヌクレオチドのTmをGC含有率に非依存的なものとする作用を発揮するものと考えられる。
【0041】
図3は、上記アンモニウムカチオンの1つであるテトラエチルアンモニウムカチオンの存在下におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。図3中、A2はテトラエチルアンモニウムカチオンを示している。
【0042】
ヌクレオチド間に形成されたホスホジエステル結合の酸素原子にテトラエチルアンモニウムカチオンがイオン結合すると、図3のように、二本のポリヌクレオチド鎖間の距離がL(>L>L1)に押し広げられる(図1及び図2も参照)。
【0043】
テトラエチルアンモニウムカチオンは4つのエチル基を有しており、テトラメチルアンモニウムカチオンに比べて、さらに分子量及び分子サイズが大きく、より「嵩だか」な分子となっている。従って、ポリヌクレオチド鎖に結合すると、二本のポリヌクレオチド鎖間の距離を一層広く押し広げることとなる(L>L>L1)。
【0044】
このように、ポリヌクレオチド鎖間の距離が一層広げられた状態では、塩基対間の距離もさらに遠くなるため、塩基対間の水素結合の形成が阻害されたり、結合力が減殺される効果がさらに大きくなるため、残基の分子量を大きくするほど、オリゴヌクレオチドのTmを低下させる作用が増強されたものと推定される。ただし、残基の分子量が大きくなりすぎると、ポリヌクレオチド鎖間にアンモニウムカチオンが入り込めなくなり、Tmを低下させる作用が失われる可能性があると考えられる。
【0045】
以上は、上記アンモニウムカチオンがオリゴヌクレオチドのTmを低下させる作用、及び、GC含有率に非依存的なものとする作用につき、推定されるメカニズムの一つを述べたものであり、他のメカニズムの関与も当然に考えられる。
【0046】
次に、上記アンモニウムカチオンのこれらの作用に基づいてオリゴヌクレオチドのTmを制御する方法のハイブリダイゼーション反応への応用について、図4に基づいて説明する。
【0047】
図4中、T0は一般に用いられる塩化ナトリウムを含有する緩衝液中における完全相補鎖のTm、T2はミスマッチ鎖(ミスマッチ数2)のTmを示す。そして、式中R〜Rに炭素数がkである飽和脂肪族炭化水素残基を有するアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中における完全相補鎖のTmをT0(Rk)、ミスマッチ鎖(ミスマッチ数2)のTmをT2(Rk)で示した。
【0048】
図4に示すように、塩化ナトリウムを含有する緩衝液中においても、完全相補鎖に比べ、安定性の低いミスマッチ鎖ではTmは低下する(T0>T2)。ところが、式中R〜Rに有する炭化水素残基の炭素数がkであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中おいては、完全相補鎖のTmであるT0(Rk)に比べ、ミスマッチ鎖のT(.Rk)はより大きく低下する。従って、図4中、ミスマッチ数の増加に伴うTmの低下を表す直線の傾きは、塩化ナトリウムを含有する緩衝液中に比べ、炭化水素残基の炭素数がkであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中ではより大きくなっている。これは、Tmを低下させる作用は、オリゴヌクレオチドに存するミスマッチ数が多いほど顕著に現れることによる。
【0049】
このような条件下で、ハイブリダイゼーション反応の適切な温度条件について検討すると、塩化ナトリウムを含有する緩衝液中における適切な温度条件は、ミスマッチ鎖のTm(T2)より高く、完全相補鎖のTm(T0)より低い温度、すなわち、図中Dの範囲となる。これに対して、炭化水素残基の炭素数がkであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中における反応の適切な温度条件は、図中Dの範囲となり、これはDよりも大きい。従って、炭化水素残基の炭素数がkであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中においては、温度条件の設定可能範囲が広くなっているといえる。
【0050】
さらに、図4中、式中R〜Rに有する炭化水素残基の炭素数がlであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中における完全相補鎖のTmをT2(R)、ミスマッチ鎖(ミスマッチ数2)のTmをT2(R)で示した。ここで、l>kである。
【0051】
炭化水素残基の炭素数がlであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中において、ミスマッチ数の増加に伴うTmの低下を表す直線の傾きは、炭化水素残基の炭素数がkであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液に比して、さらに大きくなっている。これは、Tmを低下させる作用は、R〜R残基の分子量が大きいほど増強されることによる。
【0052】
従って、炭化水素残基の炭素数がlであるアンモニウムカチオンを含有する緩衝液中における反応の適切な温度条件範囲DはD及びDkに比べてさらに広くなる。
【0053】
このように、ハイブリダイゼーション反応の温度条件の設定可能範囲を広くすることで、非特異的ハイブリダイズを効率的に抑制し、特異的ハイブリダイズのみを形成させる温度条件を容易に見出すことが可能になり、例えば、DNAチップにおいてはS/N比を向上させて高精度の多型解析が可能となる他、DNAミスマッチ検出法においてはミスマッチ鎖の解離を完全相補鎖の解離とより明確に区別して高感度に検出することが可能となる。さらに、PCR法における目的オリゴヌクレオチドの効率的な増幅も可能となる。
【実施例】
【0054】
【化4】

(式中、R1〜R4は水素原子であってよいが、R1〜R4の全てが水素原子であるものは除く)
で示されるアンモニウムカチオン存在下において、完全相補鎖及びミスマッチ鎖の2本鎖オリゴヌクレオチドのTmを測定し、図5に示した。
【0055】
以下に、実験方法の概略を説明する。
・ オリゴヌクレオチド
塩基配列:5'- GTG GTA GGT GAT GTT GAT GTA CAC ATT GTC -3'で表わされる1本鎖オリゴヌクレオチド(W鎖:配列番号1参照)と、その完全相補鎖である塩基配列:GAC AAT GTG TAC ATC AAC ATC ACC TAC CACで表わされる1本鎖オリゴヌクレオチド(C鎖:配列番号2参照)を合成した。さらに、C鎖に対して1塩基の置換を行った塩基配列:GAC AAT GTA TAC ATC AAC ATC ACC TAC CACを有する1本鎖オリゴヌクレオチド(M1鎖:配列番号3参照)及び3塩基の置換を行った塩基配列:GAC AAT GTG TAC TTC AAC ATG TCC TAC CACで表わされる1本鎖オリゴヌクレオチド(M3鎖:配列番号4参照)、を合成した。W鎖とC鎖、W鎖とM1鎖、W鎖とM3鎖を等量にて混合(終濃度各0.5μM)し、インターカレーターを添加して、95℃で5分間保持した。その後20℃まで冷却してハイブイリダイズさせ、ミスマッチ数0(W鎖とC鎖)、ミスマッチ数1(W鎖とM1鎖)、ミスマッチ数3(W鎖とM3鎖)の2本鎖オリゴヌクレオチドを生成した。
・ Tmの測定
Tm測定は塩化ナトリウム、テトラメチルアンモニウム水(TMAC)、テトラエチルアンモニウム(TEAC)、テトラプロピルアンモニウム(TPAC)、各々の水溶液(20mM)中で行った。TMACはR〜Rに炭素数1の炭化水素残基(メチル基)を有し、TEACは炭素数2の炭化水素残基(エチル基)、TPACは炭素数3の炭化水素残基(プロピル基)を有する。従って、これらの分子量の関係は、NaCl<TMAC<TEAC<TPACとなっている。NaCl,TMAC,TEAC,TPAC緩衝液にミスマッチ数が0〜3である上記2本鎖オリゴヌクレオチドのいずれかを100μMとなるように溶解し、得られた2本鎖オリゴヌクレオチド溶液を25℃から95℃まで加温して、2本鎖オリゴヌクレオチドが1本鎖オリゴヌクレオチドへ解離する際のインターカレーターの放出に伴う蛍光強度の低下を計測してTmを算出した。
【0056】
図5を参照しながら、実験結果について以下に説明する。
【0057】
ミスマッチ数0(W鎖とC鎖)、ミスマッチ数1(W鎖とM1鎖)、ミスマッチ数3(W鎖とM3鎖)の全ての2本鎖ヌクレオチドについて、各緩衝液中におけるTmは、NaCl>TMAC>TEAC>TPACの順で低下した。
【0058】
これにより、TMAC,TEAC,TPACが2本鎖オリゴヌクレトチドのTmを低下させる作用を有すること、さらに、当該作用は分子量に依存して(R〜Rに有する炭化水素残基の炭素数に依存して)大きくなることが明らかとなった。
【0059】
さらに、TMAC,TEAC,TPACが2本鎖オリゴヌクレオチドのTmを低下させる作用は、当該2本鎖オリゴヌクレオチドに存するミスマッチ数が多いほど、より顕著になることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明にかかるオリゴヌクレオチドの融解温度の制御方法は、ハイブリダイゼーション反応溶液中に、特定のアンモニウムカチオンを添加するのみで、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリダイズのみを形成させることを可能とするため、DNA多型解析法、DNAミスマッチ検出法、PCR法等において、従来の解析機器をそのまま利用してコストを抑えつつ、精度や感度、増幅効率を飛躍的に高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】DNAの二重らせん構造におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。
【図2】テトラアルキルアンモニウムカチオンの存在下におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。
【図3】テトラエチルアンモニウムカチオンの存在下におけるヌクレオチドの結合を表す模式図である。
【図4】ハイブリダイゼーション反応の温度条件の設定可能範囲を示す図である。
【図5】オリゴヌクレオチドのTmの低下を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
【化1】

(式中、R〜Rは水素原子であってよいが、R〜Rの全てが水素原子であるものは除く)
で示されるアンモニウムカチオンを用いて、ハイブリダイゼーション反応におけるオリゴヌクレオチドの融解温度を制御する方法。
【請求項2】
前記式中R〜Rの残基の分子量を任意に変化させることにより、前記アンモニウムカチオンの前記オリゴヌクレオチドの融解温度を制御する機能を調節することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記式中R〜Rの少なくとも1つ以上が炭化水素残基であって、前記炭化水素残基の炭素数を任意に変化させることにより、前記アンモニウムカチオンの前記オリゴヌクレオチドの融解温度を制御する機能を調節することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
請求項1記載の方法を用いてオリゴヌクレオチドのハイブリダイゼーション反応を行うことを特徴とするDNA多型解析法。
【請求項5】
請求項1記載の方法用いてオリゴヌクレオチドのハイブリダイゼーション反応を行うことを特徴とするDNAミスマッチ検出法。
【請求項6】
請求項1記載の方法を用いてオリゴヌクレオチドのハイブリダイゼーション反応を行うことを特徴とするPCR法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−104424(P2008−104424A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−291925(P2006−291925)
【出願日】平成18年10月27日(2006.10.27)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】